注意!

 

# 21 いにしえの塔

脚本:面出明美/コンテ:まついひとゆき/演出:佐々木忍、佐藤照雄/作画監督:佐久間信一

 障気中和は、私が最も楽しみにしていたエピソードの一つです。今回と次回の二回がそれにあてられました。ひと繋がりのエピソードなので、感想も二回分を同時に出すことにします。

 

 これだけの尺を取って大好きなエピソードが大きく扱われた。とても嬉しい。とは言え、レプリカ編に入ってからの脚色の方向と『アニメディア』3月号のアニメ監督さんのコメントから、私が期待した形にならないだろう予感はありました。

 果たしてその通り……いえ、予感以上でした。《ルークの悩み》に殆ど触れないのは相変わらず。その上で、エピソードの順番を入れ替えて、ルークがアッシュを両親に引き会わせた意味を緩和……いえ、別のものに変えてあったからです。

 

 一時的にとは言え、主人公が死を望むような展開がTVアニメには相応しくない、ということかもしれませんが……。話が進めばちゃんと立ち直る訳ですし、何より、一時はどん底に落ちるからこそ立ち直った姿が輝くと思うのになァ。

 

 この感想を書いている時点で、地上波放送は既に最終回を迎えています。アニメ版がどんな地点に着地したのか、私は概ね知っています。だからもう済んじゃったこと、みたいな気分も大きいのですが。でも、その回その回を最初に見た時に感じたことを書くのがいいのかな、と思い、この先の感想を続けることにします。もうしばらくだけお付き合いくださいませ。

 

 以下は重箱の隅ツッコミです。すんご〜くグダグダ言ってますので、読みたい方だけどうぞ。





 原作では、モースの命でイオンがアニスに連れ出された段階で、世界は復活した障気に呑まれていました。対してアニメ版では、「(ヴァンがローレライを取り込んだ)せいで、障気がまた復活し始めている」とアッシュが言っただけで、イオンの死後もピカピカ青空。障気の気配すら感じさせず、小鳥がのどかに鳴き交わしておりました。

 そして至った障気中和エピソード。流石に、障気が湧いてなければ成り立ちませぬ。そんな次第で、アバンでやっと障気が湧いておりました。ついでにそれが猛毒だという説明を映像で行う。

 中央大海に面した美しい海岸。どこからともなく流れ込んだ障気によって花は枯れ、獣たちが死に、木々の葉が落ちる。

 障気は猛毒だと容易に伝えるための方便だとは分かってます。とは言え原作的には、数日でここまでになるモノじゃないよなぁ。(^_^;)

 個人的には、人のいない野山が密かに障気に侵されている様子を映すのではなく、原作のように、《人間が》障気に怯え不安がる様子の方が見たかったです。どうしてアニメ版では徹底的に避けたのでしょうか。アクゼリュスが障気に覆われ人間が苦しむ様子は描写してたので、何かの規制に引っ掛かったという訳ではない筈ですよね。

 

 カメラは中央大海上に浮かぶエルドラントに移動。プラネットストーム状のエネルギー流に包まれた内部で、環状の建築物……ホドのレプリカが見る見る形成されていく様子を映す。

 その中央に、アッシュとアリエッタを除いた六神将四人が集結しています。アニメオリジナルのシーンです。

リグレット「そうか。アリエッタは死んだか」
ラルゴ「立派な最期だった」
#背を向けて立っているリグレットに報告しているラルゴ。
#ディスト、飛行椅子に座って手をひらひらさせつつ、呆れたように

ディスト「何が立派なものですか。勝手に決闘などして、返り討ちにあうなど」
#ラルゴ、ギッと睨むと、ディストの首元に大鎌の刃を突き付ける
ラルゴ「自分の心に正直に生き、死んだ者に対する侮辱は許さん!」
#リグレット、肩越しにチラリと視線を投げて
リグレット「……そこまでにしておけ、ラルゴ」
#ラルゴが大鎌を下ろすと、解放されたディストはヨタヨタッとなって、ひぃぃとみっともない悲鳴を漏らし
ディスト「な、なんと言うことを!」
#怒りながら飛行椅子で舞い上がる
ディスト「覚えていなさい!」
#空に飛び去るディスト
リグレット「モースの件といい、あの男の行動は目に余る。閣下の理想とは別の思惑があることは知っていたが」
シンク「好きにさせればいいよ」
リグレット/ラルゴ「!」
#柱の陰から、仮面を着けたシンクが現れる
シンク「元々、ボクたちはそれぞれ目的があってヴァンに従っているだけだ。そうだろうラルゴ? (皮肉に笑って)それとも、今になって決心が鈍っていないだろうね」
#目線をそらすラルゴ。指先が己の襟元をまさぐるが、ロケットが無くなっていることに気づいてハッとする
リグレット「閣下の御様子はどうなのだ、シンク」
シンク「大変そうだよ。(皮肉に笑って)流石のヴァンも、ローレライが相手じゃ、一筋縄ではいかないみたいだね」

 ここでアバン終了。

 どうってことのないシーンなのに引っ掛かってしまったのは、前回の感想でアリエッタの死を誇り高いと定義することへの疑問を書いていたからです。ご意見をいただいたこともあり、再び考え込んでしまいました。

 アニメラルゴが私の感想文を読んだら、やはり大鎌を突き付けて「アリエッタを侮辱する者は許さん!」なんて、語気鋭く凄んでいたんでしょうね。

 

 以下は、私の勝手な思い込み。

 原作ラルゴはナタリアと最後の対決をしたとき、俺たちの計画はネジが飛んでいる、だがそれほどの劇薬でなければ滅亡の運命は変えられないと言っていました。

 私は、ラルゴは自分のやっていることがおかしい、酷いことだという自覚があるのだと理解していました。アリエッタの死に関しても。

 原作では、アニスがアリエッタの遺体に泣いて謝っていると、ラルゴはサッと遺体を抱きあげて――アニスから取り上げて、淡々と言います。

「敵の死体に泣いて謝るなんてのはやめるんだ、アニス。それじゃあアリエッタがますます哀れになっちまう。アリエッタは自分の目的のために命をかけて、そして死んだ。敵に情けをかけられては、侮辱されたも同じだ」

 原作ラルゴは、アリエッタが哀れであることを、彼女を騙して利用した自分やヴァンが酷い大人であることを、ちゃんと知っていると思うのです。少なくとも、そうした視点があるということは。

 だから、六神将としては身勝手な行為――決闘を容認して、立会人となったんじゃないかなぁ、とか。ずっと自主性無く利用されてきたアリエッタが、自分自身で望んだ行為だったから。

 運命を変えるため止まるつもりがない。己の信念を誇ることをやめない。筋を通すべく実の娘でも手に掛ける。躊躇しないことを己に強いる。けれど、それが世界の多様な価値観の中の一つにすぎないことは承知している。

 なのでアニメラルゴが、語気荒く「やめろアニス! 敵に情けをかけられては、侮辱されたも同然だ」と怒鳴ったり、鎌の刃を突き付けるまでして激昂したのは、何か、なんだか、厭でした。

 ディストの発言もマナーがいいとは言えないので、ラルゴが怒るのは必然ではありますが。あたかも、子供の目と耳を塞いで変な方向へ走るままにしておいて、転んだことを笑う人がいると「一生懸命走った者を笑うな!」と包丁を振りかざして激怒する、みたいな。

 

 アニメ版だけ見ていると、モースと六神将の結びつきが見えにくい感じだなぁ、と思います。今回の会話、ディストが個人的に暴走してモースを抱き込んでるみたいにも聞こえる。

 地核のヴァンが肉体を再構成するまでの隠れ蓑、飾り物の頭として、六神将はモースを利用している。六神将は預言スコアを憎んでいるので、それを絶対視するモースを本心では軽蔑していますが、今は従うふりをしています。

 原作には、全世界放送後、モースの背後で六神将が会話するエピソードがあります。精神汚染を進ませながらも正気も保っているモースを前に、第七音素セブンスフォニムの注入からそれほど持ちませんでしたねぇ少量の第七音素でこれか……。では閣下もローレライを制御できなければ……ヴァンは第七音譜術士セブンスフォニマーだ。ここまでの事にはならないよしかし、哀れだな。この姿になってまで預言スコアに固執するとは」と無遠慮な言葉を交わし、酷く苦しんでいるのを放置して、さっさとそれぞれの仕事に出発していました。

 モースへの第七音素セブンスフォニム注入はディスト主導だろうと思いますが、彼一人が暴走してやったことではない気がします。リグレットもラルゴも、それでモースがどうなるかまで予想していて、けれどモースの機嫌を取って利用するため容認したと言うか。モースがレプリカイオンに惑星預言プラネットスコアを詠ませたのに協力したのもそう。アリエッタはアニスだけを憎みましたが、本当は、六神将自体が関与している。

 

 Aパートはバチカル城からスタート。フェレス島のフォミクリー機器について、インゴベルト王に報告するルークたち。

(アニメ版)
インゴベルト王「そうか。フェレス島にフォミクリーの装置が……」
ジェイド「装置は破壊しましたので、これ以上、レプリカが作られることはないと思いますが」
インゴベルト王「もう遅いのだろうな」
ルーク「すみません、伯父上。俺たちがもっと早く気付いていれば。(やや目線を下げ)それに、障気のことも、エルドラントのことも、何もできなくて」
インゴベルト王「いや。お前たちはよくやってくれている。情けないのは私の方だ」
ナタリア「お父様。これからどうなされるおつもりですの?」
インゴベルト王「マルクトと協力して手立てを考えているところだ。お前たちは少し休んでいなさい」

 …なんと美しい会話でしょうか。ただ気遣い合い、悪いのは自分だと譲り合う。アニメ版のオールドラントは実に無辜むこでシンプルです。

 ちなみに、原作の該当シーンは以下の通りでした。

(原作)
インゴベルト王「おお! ナタリア! モースは一体どうしてしまったのだ?」
ナタリアわたくしたちもそれを調べております」
インゴベルト王「とにかく こちらとしては迂闊うかつに逆らう訳には行かぬ。無論モースに従うつもりはないが、市民たちの預言スコアへの信頼は高い。王室がはねつけたところで暴動が起きる可能性もある」
ルーク「くそ……!」
アルバイン内務大臣「レプリカの件に関しても陛下は頭を悩ませておいでです。難民として処理するにも数が多すぎ、街の治安が乱れております」
インゴベルト王「中には葬式の途中にレプリカが現れて、大混乱の挙げ句 死傷者が出たという話もある。食料も無尽蔵ではないしな。レプリカには頭が痛い……」
#俯くルーク
ルーク「……」
インゴベルト王(気遣って)……おお、ルーク。おまえのことではないのだ。気に病むな」
ゴールドバーグ将軍「陛下。私はさっそくマルクト大使に面会し、あちらとの連携を計ろうと思います」
インゴベルト王「うむ。任せたぞ」
#ゴールドバーグ、退出していく
ナタリア「ところでお父様。預言に関しての話し合いが、ようやく出来そうですわ」
インゴベルト王(嬉しそうに)そうか、ナタリア。無事橋渡ししてくれたのだな。ご苦労だった。
 しかし丁度よかった。三勢力で、預言について明快な取り決めをするのは当然だが、わしは新生ローレライ教団への進軍も提案するつもりだ」←アニメ版では、マルクトが単独で既に進軍しちゃってますね。
アニス「確かにこのままじゃこの地上はレプリカ大地のせいで消されちゃうもんね」
ジェイド「しかしエルドラントを攻撃するとなると、プラネットストームが邪魔をします」
インゴベルト王「そう。それも頭の痛い問題だ。レプリカ問題についても考えなければいかんしな」
ナタリア「レプリカの問題はそんなに深刻なのですか?」
インゴベルト王「今は一時期よりましだ。どうやらレムの塔なる場所へ向かっているらしく、街からだいぶ姿を消してくれた。
 しかしそれまでは、住民との軋轢あつれきや財政への圧迫で大変な騒ぎだった。何しろ一つの国が作れるほどの数だからな。言葉もろくに通じぬ者も多い……。レプリカを捕らえて色々よからぬことに使おうとしている奴らもおってな……」
ルーク「……やっぱりレプリカには行き場がないのかな」
ナタリア「それは、今、なんの法整備も出来ていないからですわ」
アルバイン内務大臣「感情的な問題もありますぞ。……レプリカは限りなく本物に近い偽者なのですから」
インゴベルト王「とにかく、まずは会議だ。我が国としての統一見解をまとめるため、側近たちを招集する。話がまとまるまで おまえたちはファブレ公爵の屋敷で待ちなさい」
ナタリア「……お父様! 私も参加させて下さい」
インゴベルト王「……よかろう」
ルーク「ナタリア、頼むぜ」
ナタリア「ええ」

 原作では、アリエッタとの決闘からこのシーンに至るまでに、まだ幾つかのエピソードを挟んでいます。

 本来の予定だった、国際預言スコア会議開催の伝達のため出向いたユリアシティで、ルークたちはぽつんと通路にうずくまる女性を見かけます。心配したナタリアが話しかけても口をきかず、ただ膝を抱えている。ユリアシティの市民によれば、彼女はレプリカで、シェリダンで迫害を受けて逃げて来たらしいのです。

(原作・メインシナリオ)
市民「彼らは生きる術を知らないからね。魔物に襲われたり、店の物を勝手に取って憲兵に突き出されたり。酷い虐待を受けるレプリカも多い」
ナタリア「そんな……あんまりですわ!」
市民「フォミクリーで生物レプリカが作られたことも、だんだん知られてきたからね。中には自分の大切な人が死んだのはレプリカが生まれたせいだって非難する人もいる。本当にそういうケースもあるが、大概はぬれぎぬだからなぁ」
ガイ「……でも生まれたばかりのレプリカには、何も言えない」
市民「そういうことだ。結局こちらで保護してやっているんだよ。
 もっとも魔物に襲われない土地なんてのはたかが知れていてね。彼らには行き場がないんだ。食料だって無尽蔵ではないし、こちらも困ってるんだよ」

 ルークは、この状況にショックを受けます。

(原作・フェイスチャット『レプリカ』)
ルーク「俺たちレプリカは一体何なんだろう……」
#アニス、明るく
アニス「何って……人間だよ。そうでしょ」
ルーク「……だけど人間の形をしてるだけで、人間として扱われるようには見えない」
#苦しげになるアニス
ガイ(苦い顔で)俺たちはルークを知っている。イオンも知っているしシンクも知っている。レプリカが人間と何も変わらないことも理解してる。だが……」
ジェイド(いつも通りひょうひょうと)大多数の人々にとって、フォミクリーは無機物の複製品を作る技術です。レプリカはただの複製品や代用品だと考えるでしょう。受け入れてくれる人が皆無とまでは言いませんがね」
#ルーク、ジェイドに食ってかかる
ルーク「だったら俺たちはどこへ行けばいい? どこで暮らせばいい? 何もできない子供と同じ俺たちが……」
ジェイド「ルーク……」
ルーク「俺たちを作ったのはジェイドだろ! アンタは何でも知ってるじゃないか!」
ガイ「ルーク! 旦那に当たっても仕方ないだろう」
#ルーク、気まずげに
ルーク「……ご……ごめん……」
#俯いて眼鏡を押し上げるジェイド
ジェイド「いえ……。事実です。情けないですね。私には答えが見つからない。何の為についている頭なのやら……」

 テオドーロとの面会が終わり、国際預言スコア会議開催が成った報せを携えてバチカルへ戻ると、街に人間が異様に溢れています。レプリカたちが街に入り込んでいるのです。中には、死んだ親友そっくりの人間が近付いてきたので、「化け物」と呼んで怯えて突き飛ばしてしまった人もいました。

 更に、バチカル城の近くまで行くと、市民たちが押しかけて暴動寸前の騒ぎになっていました。世界の不安はここまで高まっていたのです。

市民A「新生ローレライ教団に救いを求めろ!」
市民B預言スコアを遵守しろ! このまま障気にまみれて死ぬのはごめんだ!」
市民C「ケセドニアに住んでた親父は今度の障気のせいで死んじまったんだぞ!」
市民D魔界クリフォトなんてごめんだよ! 元の外殻大地へ戻しとくれよ!」

 ナタリア、そしてルークの取り成しでどうにか鎮まりましたが、そこでの市民の言葉に、ルークはまたも打ちのめされます。

(原作・メインシナリオ)
市民・男「障気でもう何人も倒れてるんです。その上、レプリカってんですか? 得体の知れない人間もどきがうようよして、俺たちの住処を荒らしやがる」
ルーク「!」
市民・女「あたしたちは、ただ普通に暮らしたいだけなんですよ」
#市民たちが立ち去った後で
ルーク「人間もどき……か……」
#ティア、サッと近づいて
ティア「ルーク。彼らは気が立っているだけよ。落ち着いて事態がわかれば……」
ルーク「いいんだ! ……いいんだ」

(原作・フェイスチャット『民の不安』)
ナタリア「やはり預言スコアは人心を支配しておりますのね。こればかりは一朝一夕には変わりませんわ」
アニス「しかも世界は障気まみれで……」
ルーク「人間もどきもいるしな」
ティア「ルーク、そんな風に言うのはやめなさい」
#ルーク、淡々と
ルーク「いや、多分普通に暮らす人たちにとってみれば、人間もどきなんだろうと思う。俺たちには父親も母親もいないんだから」
#悲しげにするが言葉の無いティア
ティア「……」
アニス「ルークには悪いけど、端的に言っちゃうと、普通の人たちにとっては、預言スコアのない世界でただでさえ不安なのに、得体の知れないものが大量発生してるってことだよね」
ジェイド「不安は伝染します。このままでは世界規模の暴動も起きかねない」
ガイ「この後陛下たちがどれだけの指導力を発揮できるのか……だな」

 人間もどきの俺たちには父親も母親もいないと言ってしまうルーク。ティアは悲しそうにしますが何も言えません。それは事実だからです。

 けれど。ルークが親に愛されていて、ルークも愛している。七年間の思い出によって親子関係は確かに結ばれている。これもまた、事実なんですよね。でもこの時点のルークは、頭で分かっていてもそれを信じきれない。

 

 このすぐ後、前述のインゴベルト王との謁見に繋がります。そこでもまた、レプリカ問題という現実が、容赦なくルークの眼前に突きつけられる。

 そんな傷心を抱えてバチカル城を出たところでアッシュの通信を受け、強引に屋敷に呼んで両親に引き会わせることになります。

《人間もどき》に親はいない。本当の息子はアッシュなんだから。譲るべきだ。レプリカは存在してはいけない。いるだけで周囲を不幸にする。でもアッシュに譲ったら俺の居場所はなくなる。居たい場所に存在することを許されない。どうしたらいいのか分からない。

(原作・フェイスチャット『身の振り方』)
アニス「ファブレ家も色々事情が複雑だよねぇ」
ルーク「そうでもないさ。アッシュが意地張らずにこの屋敷に戻ってくれば万事解決なんだ」
#ティア、真面目な声音
ティア「それであなたはどうするの?」
ガイ「いるとかいらないって話になるなら、もううんざりだぜ」
#ルーク、目をそらして
ルーク「俺は……。俺はまだどうするのか……わかんねーけど……」
(後略)

 ……死ぬのは嫌だ。だけど障気中和で世界の役に立てば、英雄に…認められ求められる存在になれるんじゃないか。命を懸けて死ぬことで、俺が世界に《必要な存在》なんだと証明できるんじゃないだろうか……。

 

 アニメ版にはこの流れが全く存在しません。ルークを傷つける外的要因は乏しく、せいぜいアッシュやヴァンに劣化呼ばわれされたことくらい。たったこれだけでレプリカは俺一人で充分だとまで思い詰め…つまりはレプリカの存在そのものを否定して、障気中和に押し進む。

 ってより、アニメ版では《ルークの悩み》と障気中和が直結してない、ですよね。

 

 さて。アニメ版の内容に戻ります。

 休んでいなさいと言われて謁見の間を退出したところで、ルークがこんなことを言い出します。

ルーク「ティア。ナタリア」
ティア「?」
ナタリア「何ですの?」
ルーク(口元に手を当て、声をひそめて)お前たちでさ、アニスを元気付けてやってくれないか」
#アニスを見るナタリアとティア。仲間たちから離れた位置に立って、悲しそうにぼんやりしている様子
ルーク「色々あったから。(照れたように人さし指で頬を掻きつつ)なんかこう、気分転換って言うかさ。そういうの、女同士の方がいいかなって」
#感じ入った様子のティアとナタリア
ティア「ルーク……!」
ナタリア「あなたがそんなことを仰るなんて」
ルーク「頼むよ」
ティア「そうね。あんなアニスは見ていて辛いもの」
ナタリア「任せて下さいませ」
#ナタリア、早速アニスに近づき
ナタリア「アニス。わたくしの部屋でお茶にしましょう。料理長自慢のケーキを用意させますわ」
#驚いたように見上げたアニス、フッと微笑うと、パッと満面の笑みを作り
アニス「きゃわ〜ん♥ 王室御用達のケーキ、食〜べたい☆」←逆にアニスが気を遣っているという…
ナタリア「こちらですわ」
#アニスの手を取って歩き出すナタリア。ティアも従う
アニス「あは☆ 楽しみ、楽しみ♥」
ミュウ「みゅうぅう〜。ケーキですのー♥ (喜んで付いていきかけたミュウ、ルークたちが動かないのに気付いて)みゅ? ご主人様は行かないですの?(小首を傾げる)
ジェイド「それで? 彼女たちを追い払って、何をするつもりです。ルーク」
ルーク「アニスが心配なのは本当だぜ。ただ、伯父上と話がしたいんだ。ナタリアには聞かせたくない」
ガイ「ナタリアに?」

 で。インゴベルト王にロニール雪山で拾ったロケットを見せ、ラルゴがナタリアの実の父親だと語る、という展開になります。

 このシーン、原作未見の方の感想の多くで、《ルークの成長》として褒め称えられておりました。アニスをこんなに気遣えるようになったうえ、自然にナタリアを遠ざける気回しができるなんて。自分の頭で物事を考えることすらできなかったルークが成長したねぇ、と。

 しかし実は、原作でジェイドがやってたことをルークにすげ替えてあるだけなので、これを《ルークの成長》だと褒められちゃうと、原作ファンとしては複雑な気分です…。ルークの成長はもっと他の部分にあるはずなのに、そこは削られて、これで褒められるのかァ。

 私の脳内の35歳軍人が、「いやー、良かったですねルーク。皆さんが褒めていますよ」と胡散臭く笑っています。

 

 原作には、実父関連の話題からナタリアを遠ざけるべく画策するエピソードが二回あります。

  1. ルークはナタリアにも仲間にも内緒で、ロケットをインゴベルト王に見せたかった。
    「陛下に挨拶しておきたい」「俺一人で会いたい」と言ってナタリアに思いきり怪しまれ、上手い誤魔化しができずにオロオロ。
    すると、ルークの意をおおよそ察したガイとジェイドが「実はピオニー陛下がナタリアを妃に求めていて、ナタリアに内緒で、インゴベルト王に申し込みの手紙を渡すよう言われていた」と大嘘をつく。
    仲間たちにはバレてしまったものの、ナタリアを城門に待たせて、インゴベルト王の私室で話し合うことができた。
  2. ナタリアの実父は本当にラルゴなのか。ナタリアには秘密にしたまま、アスターの屋敷で働く彼女の実祖母に会って確かめたい。
    ちょうど、シンク(旅の預言士スコアラーがイオンの物真似をしてアニスを傷つけたところだった。ジェイドはナタリアに、しばらくバザー見物でもしてアニスに気晴らしさせてやってください、その間に私たちは預言士についてアスターに警告してきますと言う。
    アニスは利用されたことを悟ってジェイドをちょっと睨むものの、大人しくナタリアに連れられて行く。
    ナタリアの実祖母からゆっくり話を聞くことができた。

 アニメ版は二回目のエピソードを使い、ジェイド役をルークに変更している訳です。

 原作のルークは嘘をつくのが下手です。追及されると誤魔化しきることができません。一方アニメのルークは、ジェイドばりに、微笑いながら鮮やかに嘘をつく人間になってしまいました。

 再構成の都合で仕方なかったんだなとは分かります。でも出来れば、《ルークは嘘をつくのが下手、ガイやジェイドはその場でスラスラ嘘がつける》という対比は、残しておいてほしかったなあ。

 

《モテモテプリンセス》な要素の方は、カットするのが無難だろうな、と思います。楽しい、そしてルークとナタリアの関係について考えさせられるエピソードではあるけど、色んな意味で角が立ち易い気がする。尺を取るし。

 

 インゴベルト王の私室で、ロケットについて話し合い。

 王妃の肖像画が出ました。絵は違うけど、原作ファンはニヤリ?

 簡略化されているアニメ版では、ロケットの持ち主はラルゴだと、最初からほぼ断定で話が進みます。原作だと、そのロケットをラルゴが持っているのを見たことがあるとアニスが言い、そこで初めて、年齢から言ってもラルゴがナタリアの実父なのでは、となるのですが。アニメ版では、ロニール雪山で戦った時には大勢の神託の盾オラクル兵も一緒にいたというのに、ラルゴだと決めつけて疑いません。解り易くスッキリ。

 

 偽姫事件の時、インゴベルト王の態度が原作より冷たく見えるなぁと思いましたが、それを埋め合わせるかのごとく、王がナタリアへの強い愛情を、アニメオリジナルの台詞で噛んで含めるごとく語るのでした。

ジェイド「ふむ。ナタリア姫の母親は、乳母の娘ということでしたが。父親のことは何も?」
インゴベルト王(少しムッとしたように目をそらし)あれは私の娘だ。血は繋がっていなくともな。(目を戻して)だが、実の父親が見つかれば、私の元から離れてしまうのではと。(少し気まずげに)それで、詳しくは調べなかった」
ルーク「伯父上……」
インゴベルト王「しかしそれは私のワガママだな。ナタリアには真実を知る権利がある。(顔をあげて、しっかりした声音で)私の方で調べてみよう」

 

 王の私室を退出して、廊下で、ナタリアに真実を告げるべきか話し合う。

 原作にあった、ルーク、アニス、ガイがナタリアを心配して暗く沈んでいると、ジェイドがキツく「ならティアはどうなるんですか?」と言う、原作プレイヤーの間で物議をかもしがちだったアレは削除されていました。良かった。アレはどーにもこーにも理解し難い。

 

 廊下で話し合っていたルークに、唐突にアッシュが通信してきます。

 ルークが頭痛を起こしている描写が全くありませんでした。原作だと「いてぇ……」と悲鳴上げてたんですけどね。アニメ版ではアッシュがルークの知らない間に自在に覗き見出来る設定になってるからかしら。

 アッシュの呼びかけ。原作は『レプリカ。今、どこにいる』でしたが、アニメ版では『この屑。どこにいやがる』。何故かここにきて、マイルド化ならぬハード化が行われております。

 会いにくると言うアッシュに、俺は屋敷にいるから勝手に来い、「俺は自分の家に帰りたいんだ!」と返すルーク。苛立ちながらもアッシュは承知する。

 

 その後は、原作を基にしながらも、オリジナルの展開になっています。会話が異なるだけではない。意味そのものが変えてあります。

 

 原作ルークは、既に《超振動による障気中和》の方法を知っており、それに魅入られていました。ですからアッシュに会って宝珠や障気について情報交換し、状況が悪いことを改めて認識すると、すぐにこう言うのです。

「アッシュ……。超振動で障気を中和できるって言ったらどうする?」「出来るんだよ! ローレライの剣があれば! 命と引き替えになるけど……」

 この話はジェイドしか知らなかったので、アッシュのみならず、その場にいたティア、ガイ、アニスまでもが驚きます。そしてアッシュは皮肉な口調で言う。

「……それで? おまえが死んでくれるのか?」「レプリカはいいな。簡単に死ぬって言えて」

 そう言われて、ルークはアクゼリュスを落とした後、償えるなら死んで構わないと言った時に、ティアに「やっぱりわかっていないと思うわ。そんな簡単に……死ぬなんて言葉が言えるんだから」と言われたことを思い出します。その時は彼女の言葉が響かなかった。でも今、死をぐっと間近に感じて、そう言ってくれた意味が初めて解る。ティアの言ったとおりだ。死ぬなんて、簡単に言えることじゃない。

 動揺して「……俺だって死にたくない」と呟くと、アッシュも「ふん、当然だな。俺も……まだ死ぬのはごめんだ」と言う、のですが。

 死は恐ろしい。全ての終わり。けれど、終わらせることで始まる――死ぬとしてもそれで得られるものがあるというのなら。

 ともあれ、立ち去ろうとしたアッシュを強引に両親の部屋に引き入れると、それ以上耐えられず、ルークは「俺たち、庭にいますから!」と叫んで庭に逃げてしまいます。

 そして庭で、ルークは己の心情を仲間たちに語るのです。

(原作・メインシナリオ)
#障気でどんよりと曇ったファブレ邸の庭
アニス「なるほどね。パパとママをアッシュに会わせるってことだったのか」
ティア「でも、ルーク。よかったの? あなたはアッシュがこの家に来るのを……」
#ルーク、俯いて
ルーク「……怖がってた。その通りさ。だけど……俺はやっぱりレプリカだし……あいつは本物だし。いつかいらないって言われるなら……」
#不機嫌なガイ
ガイ「やめとけ、ルーク」
ルーク「ガイ……?」
ガイ「おかしいと思ってたんだ。この間から妙に考え込んでたのは、自分を殺して障気を消すなんて馬鹿なことを考えてたせいだろ」
ティア/アニス/ミュウ「!」
ルーク「……」
ティア「ルーク! 馬鹿なことを考えるのはやめて!」
ガイ「自分はレプリカだ、偽者だなんて卑屈なこと考えるから、いらないって言われることを考えるんだ。
 そんなこと意味のないことだろうが」
ルーク「だけど俺、自分がレプリカだって知ってから、ずっと考えてきたんだ。俺はどうして生まれたんだろう。俺は何者で、何のために生きてるんだろうって。
 (目を伏せ、ぐっと左手を握って)俺は……レプリカは本当はここに居ちゃいけない存在なんだ」
ガイ「いい加減にしろ!」
アッシュ「……全くだ」
#声を聞いて振り向くルーク。
#アッシュが庭に降りてくる。むっつりした顔でルークたちの方に歩いて来ながら

アッシュ「俺はもうルークじゃない。この家には二度と戻らない」
#すれ違いざまに足を止め
アッシュ「馬鹿なことを言う前に、その卑屈根性を矯正したらどうだ。(ルークを睨んで)……苛々する!」
#アッシュ、立ち去る。
#見送った後、ガイ、ルークに向き直って労るように

ガイ「……ルーク。とにかく少し休め。今のおまえは疲れてるんだよ」
ルーク「……うん……」
#ルーク、悄然と俯く

 

 対してアニメ版は、エピソードの順番が入れ替えられていて、ルークは未だに《超振動による障気中和》の方法を知りません。ですから、アッシュを家に呼んだ意味が全く違う。変わらざるを得ないのです。

(アニメ版)
#ファブレ邸の玄関を開けて、玄関ホールに入ってくるアッシュ。
#ルーク・ミュウ・ガイ・ジェイドが並んで待ち受けている

ガイ「お前がここに足を踏み入れるとはな……」
アッシュ(顔を背けて)二度とここに戻ることはないと思っていた」
ルーク「ここはお前の家だろ」
#サラッと言ってから、ルークは背後を返り見る。
#その視線の先、剣の飾られた柱の前に並んで立っているファブレ夫妻

アッシュ「……!」
#ルーク、黙ってホールを出ていく
ミュウ「みゅ?」
#黙って目線を交わし、頷き合うガイとジェイド。ルークに続いて出ていく
ミュウ「ど、どうしたんですの、みなさん」
#ミュウも付いていく。黙って見送るアッシュ
シュザンヌ「ルーク……!」
#母がアッシュに駆け寄って
シュザンヌ「ルークなのですね!」
#泣きながら抱きしめる。目線をそらしたまま、ぎこちなく口を開くアッシュ
アッシュ「……ご、ご無沙汰しています。母上」
#ガイたちが扉を閉めた音が軽く響く。
#父がゆっくり歩み寄り

ファブレ公爵神託の盾オラクル騎士団にいたのか」
アッシュ「はい……」
ファブレ公爵「……大きくなったな。ルーク」
アッシュ「父上……」
#アッシュの表情に変化は無し。
#息子に寄り添う母と、見つめ合う父と息子


#ファブレ邸の庭。空には障気などなく、青く晴れて小鳥が鳴き交わしている。
#ベンチに腰かけて項垂れているルークと、隣に立って心配そうに見上げているミュウ

ミュウ「ご主人様、淋しそうですの」
#ルーク、更に辛そうに俯く。
#そんな様子を、離れた場所に並び立って見守っているジェイドとガイ

ガイ「あいつが、アッシュを両親に会わせるとはな」
ジェイド(目を伏せて)自分の居場所がなくなることを、とても恐れていますからね」
ガイ(驚いたようにジェイドに目を向け)気付いていたのか?」
ジェイド「ええ。ルークにとって、自分の存在意義を見つけることは、とても切実な問題ですよ。(眼鏡を押し上げ、ルークに目を向ける)そして、多くのレプリカにとっても同じだ。彼らが、闇雲にモースや六神将に従うのは、そうすることでしか、自分の存在に価値を見いだすことができないからでしょう」

 放映開始当時よく言われていたアニメ版の目玉の一つは、《原作では言葉のみで語られていたエピソードの映像化》でした。しかしここに至って、原作ではちゃんとエピソードで表現されていたものを、キャラクターの台詞のみで片付けています。

 色々なことを考えさせられます。

(アニメ版・続き)
#ダアトの教会で遭遇した、姉のレプリカの姿を思い浮かべるガイ
ガイ「あの大量のレプリカたちは、みんなエルドラントにいるんだろうか」
ジェイド「いえ。エルドラントの浮上には間に合わなかった者が、多くいたようです。だが、各地に残された彼らは、一様に何処かに向かっているようだと、マルクトの情報部――」
#足音が近付いてきて、二人はハッとして会話をやめる。
#アッシュが、座っているルークにまっすぐ近づく

ミュウ「みゅ」
#顔を上げるルーク
アッシュ「……余計なお節介を焼きやがって。屑に同情されるとはな」
ルーク「……!」
#ルーク、すぐにぎこちない作り笑いをして目線を下げる
ルーク「父上と母上は?」
#アッシュもルークに目を向けない。目線を合わさないまま会話する二人の《ルーク》
アッシュ「話はした。俺はもう行く」
ルーク「え!?(顔を上げ、立ちあがる)でも、ここはお前の家で、ここにいるべきなのはお前っ」
#アッシュがルークの胸倉を掴み上げる
アッシュ「うるさい! 俺はもうここへは戻らねぇ。そう決めているんだ! お前にとやかく言われることじゃねぇんだよ!」
#悲しそうな、複雑な表情のルーク
ルーク「……アッシュ」
#アッシュ、ルークを放すと背を向けて立ち去り始める。言葉もなく見送るルーク。
#アッシュは、並んで立つジェイドとガイの傍を通る。無言で通り過ぎかけた彼に、

ジェイド「――おや。私たちに用があったのでは?」
#アッシュ、数歩通り過ぎた位置に立ち止まって
アッシュ「エルドラントをどうするのか、キムラスカとマルクトの動きが、知りたかっただけだ。(ジロリと肩越しに睨み)この様子では、打つ手も決まっていないようだな」
#ジェイド、背を向けたまま
ジェイド「あなたも、宝珠はまだ見つからないようですね」
アッシュ「それは、そこの屑に言うんだな。俺は尻拭いをしてやってるんだ」
#アッシュ、再び歩き始めるが、ジェイドが向き直って声をかける
ジェイド「もう一つ。身体に異変はありませんか?」
アッシュ「……!」
#アッシュは驚いた顔をするが、すぐにムッと顔をしかめて、無言で歩き去る
ルーク「アッシュ……」

 うーん。アッシュの台詞「俺はもうルークじゃない」を採っていない。これ何気に重要と言うか、何度も言わせて印象付けておくべきキーワードだったと思うけどなぁ。自分はもうルークじゃない、だから帰れないと思い詰めているアッシュが、ルークとの最後の決闘の後、自ら「アッシュ――いや……ルーク・フォン・ファブレだ」と名乗る。呪縛が解けた! そこが《アッシュの物語》の到達点と言うか、カタルシスだと思うのですが、が。

 

 にしても、つくづく、アニメ版ではジェイドが万能キャラ化している…。

 原作ルークは自分で心情を吐露します。ティアにもイオンにも相談してました。しかしアニメ版ではルークは徹底してなーんにも言いません。ガイもなーんにも指摘しません。遠くから憐憫の目で見ているだけで、叱ってでも立ち直らせようなんてしない。

 そしてジェイドは、ルークのみならず、(アニメ版では)一度チラッと敵対しただけでモースに闇雲に従ってるんだかなんだか分からない筈のレプリカたちの心情すら、全てを淡々と解説してくださるのでした。《天才》は物語圧縮の味方です。

 

 Bパート頭のルークの回想を見るに、アニメルークも、この時点で自分を《要らない子》だと思い込んでいるのは確かなようです。しかし、それがとても伝わりにくくなっているように思います。原作はエピソード量が多いため分かりにくさがあると思うのですが、アニメ版は足りなくて分からない。

 アニメ監督さんはアニメ誌のコメントで、それまで殆ど自主性のなかったルークが、自分の居場所がなくなるかもしれないのに取った自発的行動が、アッシュを両親に会わせたことだと語っておられました。つまり、成長だと。そして原作未見の方々のWEB感想のどれを拝見しても、ルークのこの行為を、彼の成長の証・優しさの表れとして褒め称えてありました。

 居場所がなくなるかもしれないのに、ルークは自分の辛さを我慢してアッシュを両親に会わせたんだよ。なんて優しいんだろう。これこそ《奪うより与えたい》、美しき謙譲の精神の発露。立派になったね、ルーク。

 

 確かに、それまでずっと逃げていた問題に立ち向かったという視点から見れば、前に進んだと言えます。両親やアッシュのために自分を押し殺した、優しい心の表れと捉えることもできるでしょう。アニメアッシュが言ったように、同情という見方もできるでしょう。どれも間違いではないと思います。

 けれど原作のこのエピソードの意味は、そういうことではなかったと思う。

 卑屈な心が極まって、レプリカには《生まれた意味》が無い、存在してはいけないんだとさえ思った。だから、捨てられるくらいならその前にと、自らアッシュを家に呼び戻した。元々、全ては本物オリジナルのものなんだから、と。

 でも、本当はここに居たい。ここで生きることを認めてほしい。自分自身に、求められるだけの価値が欲しい。だから命を賭した障気中和にこだわった。……死にたくないから決心はつかない。だけど…と、思考はグルグル元に戻る。

 こんな感じじゃないかなあ、とか。

 

 アニメ版は続けて、バチカルの街を走るアッシュを追い、彼の回想を見せます。再会した父親が掛けてくれた温かな言葉を。

「すまぬ。お前が、預言に詠まれたとおり、いずれ鉱山の街で死ぬだろうことを知って、私はお前を愛することが怖くなった」「助けられない息子を見ているのが辛かったのだ。今こうして帰って来てくれたことが(アッシュの肩に手を置いて)、何よりも嬉しい(かたく抱きしめる)

 これは半オリジナルのエピソードです。どうして半分なのかと言いますと、原作のレプリカルークのエピソードだったものを下敷きに、アッシュに入れ替えて作り直してあるから。

 あくまでエッセンス抽出ですが。原作の公爵は「愛することが怖くなった」ではなく「愛するのは無意味だと思っていたのだな」なんて言ってましたし、「助けられない息子を見ているのが辛かったのだ」とまでは、言葉に出しては言いませんでした。(言わなくてもニュアンスで分かるけど。)アニメ版は、噛んで含めるように、小さな子供にも公爵の気持ちが解るようにと、愛情をストレートに表す言葉を選択しているみたい。

 そうか。確かに。本物の息子はアッシュなんだから、ルークとの父子葛藤より、アッシュとのそれを優先するのが筋なんだよね。そう思いつつも、淋しい気持ちになるのを抑えきれませんでした。私にとって『テイルズ オブ ジ アビス』は、あくまでレプリカルークの物語だったからです。

 預言スコアに囚われ息子を愛することから逃げていた父親が向き直ったのは、レプリカルークがいたからこそですし。彼が生まれなければ、アッシュは預言通りアクゼリュスで死んで、それで終わっていた。ところが、アッシュよりずっと劣っていたルークが預言を覆し、自分自身と世界を変えてみせた。それを目の当たりにして、ファブレ公爵も自分を変える決意をした…のだと、私は受け取っています。

 やっと帰って来た本物の息子に、父親が溢れる愛情を伝えるのは当たり前のこと。でも出来ればルークへの言葉からエッセンスを取らず、本編ドラマCD版のような完全オリジナル台詞にしてほしかったなぁなんて、ワガママなことを思いました。

 そういえば、本編ドラマCD版でも、父親がアッシュに愛情深い声をかけて抱きしめる、原作に無い描写が追加されていたわけですが、アニメ版はその影響を受けていたりするんでしょうか?

 

 ちなみに本編ドラマCD版も順番を入れ替え、このエピソードを障気中和後に配置してましたっけ。

 ドラマCD版のルークは、最終巻になると突然、自分自身の問題の何もかもを放り投げ、アッシュが孤独で可哀想だ、あれでは生きているとは言えない、俺はレプリカであいつはオリジナルなんだから幸せにしてやらないと、としか言わない男に豹変していました。ひたすらアッシュに優しい声をかけ続けます。クラスの問題児に接する学級委員のように。アッシュを両親に会わせたのも、完全に好意からという意味付けでした。

 そして、それに心癒されたアッシュもまた、最後に身を挺してルークを庇い、俺の分も生きろよと、命も力も居場所も全てをルークに譲り捧げて死亡。美しき《奪うより与えたい》精神発動。ルークにアッシュの力が加わった融合体・スーパールークが誕生してヴァンを打ち倒すのでありました。

 

 TVアニメ版と本編ドラマCD版のレプリカ編、その感想の多くを見ていると、これが《今の社会の望む筋付け》なのかなぁ、と思えてきました。

 SD文庫小説版も、アニスは口では大嫌いだったと懺悔したけど本当はアリエッタが好きだった、ルークは愛する人たちへの献身的思いで障気中和したと、言葉を書き加え、原作ルークの独白を削除し、ルークを理解したティアの言葉を否定・批判してまで改変していたものでしたが。

 どうしても、原作キャラの行動原理は受け入れ難いということなのかな。憎しみも妬みも見せかけ、いわゆるツンデレで、本当は愛情であるべきだし、みっともない懊悩おうのうなんて見たくない。自分を殺して他人に譲る、与え続けることこそが美徳で至高だと。

『アビス』は、ワガママだったルークが謙譲の精神を会得した物語なのだと、それは彼の優しさや愛情で、成長なのだと。そう理解したがっているような印象を受けます。

 けれど私は、そういう話ではないと思うのです。自己犠牲や謙譲を一つの価値観として肯定しつつも乗り越え、その先に結論を問いかけている話だと、勝手に思っていました。

「生きる」って何なんだろう? と。

 

 両親に愛情深く抱きしめられ、思わず目を潤ませた。そんな回想をしていたアッシュは、突然、胸に痛みを覚えた様子で路地に身を隠し、苦しそうに呟きます。

「時間がない、か……」

 アニメ版は、音素フォニム乖離は痛みを伴うという脚色を加えたようなので、大変だなぁと思いました。痛みが引くと、アッシュは決意の顔を上げます。

 ここでAパート終了。

 

 Bパート。

 相変わらず障気など全く出ていない、青く晴れ渡った美しい空を、爽快に飛行するアルビオール。

 アニスは、空元気かもしれませんが、ナタリア達の励ましで元気になった模様。しかし今度はルークが物思いに沈んでいます。脳裏に浮かぶのは、屋敷を発つ際に見送ってくれた両親の言葉。

#母、ルークの手を両手で握りしめると
シュザンヌ「二人で無事に帰ってきてください。待っていますよ」
#ルークをじっと見つめる両親
ルーク「母上……」
#ルークは、辛そうに目をそらしてしまう

 そんな回想をしているルークの様子を、ジェイドは鋭い瞳でチラリと見ているのでした。

 

 アニメ版では、ジェイドがどういう経緯でルークとアッシュのコンタミネーションに気付き、それにどう苦しみ、どう望んだかを描いていないので、感情移入しにくいかも。こんな早い段階から気付いていて、でもルークに対してはな〜〜んにも言わない。何も出来ることがないからとは言え、ホントに何も、意味ありげな言葉をかけたり辛そうな顔したり奇跡を望むことさえしないなんて、考えようによっては冷たい。(^_^;)

 

 アルビオールが到着したのはベルケンド。音機関研究所のスピノザの研究室を訪ねます。キムラスカとマルクト両国から、障気の計測の依頼をしていたのだそうです。原作では助手がいましたが、アニメスピノザはひとりきり。

 障気が世界各地から少しずつ漏れ出していて、「今のままではそう遠くないうちに、障気の濃度が限界点に達する」そうで。みんな障気にやられちゃうってこと? とアニスが言うと、ミュウが可愛いギャグ顔で怯えます。

 で。ここでやっと、超振動による障気中和をスピノザとジェイドが提案するのでした。

 原作ではイオンの死後すぐに提案された方法なのに、遅い。

 何話も前の情報なんて視聴者は覚えてないから、その回の中で消化するのがTVアニメの基本、なのかなとは思うものの。

 

 原作ジェイドは、スピノザがそれを提案すると、わざと話をそらしてしまいます。その方法はルーク自身の命を奪うと知っていたからです。ちなみに原作スピノザは、それがルークの命を奪う方法だと、この時点では気付いていませんでした。だから提案した。後にアッシュが障気中和に向かった際、わざわざバチカルまで駆けつけて、止めるよう報せてくれました。

 その辺の機微は、アニメ版では省略です。

 

 この辺りの会話は、原作にアレンジを加えたものでしたが、ちょびっと苛立たされました。

 ジェイドが、スピノザが提案を始めたら「……確かに」なんて納得の声を上げておきながら、ガイが異を唱えると「ええ。今のルークには無理です」なんて、思わせぶりな言い方で否定する。その後は大体原作どおりに喋って、「ルークは能力劣化しているから無理」「アッシュでも無理」「ローレライの剣と一万人の命があれば可能性はあるが、そんなの無理」と結論付けますが。……そこまで否定して「忘れなさい」と言うのなら、どうして最初に自ら声をあげて肯定したり、わざわざ思わせぶりな言い方をしたりするんですか。ルークをどうしたいんだアンタは。

 

 原作で、アッシュを両親に会わせた際の会話が、変形して入ります。

ルーク(一万人の犠牲……。(ぐっと決意の顔をして)俺が!)
#ティアが、ハッと気付いて近付き、ルークの腕を握る。怒った様子で
ティア「ルーク! あなた馬鹿なことを考えてるんじゃないでしょうね」
ルーク「ティア」
ティア「自分の命を簡単に投げ捨てるような真似をするつもり?」
アニス「そうだよ、駄目だよルーク!」←崩落編でルークを励ます役をガイに取られてたのを取り返すように、アニスが頑張っております。
#アニス、駆け寄って前からルークに抱きつく。同時にミュウも背中から肩にしがみつく
ミュウ「ご主人様、駄目ですの!」
ナタリア「ルーク……」
ガイ「……」
#ナタリアと同じように悲しそうな目を向け、けれど言葉の無いガイ

 ルークを叱る役が、ガイからティアに変更されています。ガイは表情ですら怒りません。

 そして、相変わらずルークが悩みを語りません。ですから、両親に見送られた際に目を合わせられなかったエピソードとこの決断が繋がりません。

 一万人と自分自身を殺す障気中和を選んだことが、世界平和のための英雄的決断でしかないかのごとく表現されています。

 

 真剣に止めてくれるティアたちの言葉に感じ入ったようで、ルークが明るく微笑って頷き、何か言いかけた(思いとどまった?)瞬間、頭痛が起こって額を押さえました。

ティア「ルーク?」
#頭痛のひいた頭から手を下ろし、呆然と呟くルーク
ルーク「今の……アッシュが話を聞いてた」←Aパートでの通信時は頭痛がなかったのに、ここでは「聞いてた」通知として頭痛発生。回線を繋いだ時ではなく、切った時に頭痛が起きてる模様。物語短縮の都合でしょうが、二次作品におけるアッシュとルークの便利連絡網は、ホントに何でもありのご都合設定と化してるよなぁ。
#アニスはルークに抱きついたまま。スピノザの出すデータを見ていたジェイドが振り向く
ジェイド「何ですって?」
ルーク「多分そうだ。それに何か……厭な感じがする」
#ナタリア、俄かに不安になった様子で
ナタリア「アッシュに何かあるのですか?」
#ジェイド、ハッとして
ジェイド「――まさか!」

#真っ青な美しい空を疾駆するアルビオール3号機。
#アルビオールの艇内。操縦するギンジ、座席に座っているアッシュと漆黒の翼の三人組。
#アッシュ、両腕を組んで目を伏せ、瞑想している様子

アッシュ「……一万人の第七音譜術師セブンスフォニマー
#呟き、目を上げる。隣の席のノワールが気付いて
ノワール「アッシュ。何か言ったかい?」
#アッシュ返答せず、スッと顔を背けてギンジに命じる
アッシュ「ギンジ。行き先変更だ。レムの塔へ向かえ」
ギンジ(少し戸惑った様子ながら、即座に)はい」

#ベルケンドのスピノザの研究室。
#モニターに映る、障気が全世界を覆うシミュレーション映像

ルーク「――おい、アッシュ! 返事しろ! ……駄目だ。どうして俺からは接触できないんだ!」
#不安そうなナタリア
ナタリア「アッシュが一体どうしたというのです」
ジェイド(顎に手をあてて思案)まずいですね……。彼はやるつもりかもしれません」
ガイ「まさか!?」
ジェイド「そう。超振動で障気を消す」
#愕然とするナタリア
ナタリア「……!」
アニス「で、でもでもぉ。それには一万人の第七音譜術師セブンスフォニマーがいるんでしょ? どこにそんな……」
スピノザ「……いる」
#モニターに向かったままだったスピノザが呟く。「え!?」と驚く一同。
#スピノザ、向き直って

スピノザ「レプリカの体は、第七音素セブンスフォニムで出来ておる」←厳密には、構成原子が第七音素で繋がれている、だけど
ティア「まさか、レプリカで第七音譜術師の代わりを?」
ナタリア「アッシュ……」
ジェイド「それだけの数のレプリカがいるところ……」
ガイ(目を見開いて)そう言えば、エルドラントに行き損ねたレプリカたちが、何処かに集まってるって」
ジェイド「――! (仲間たちに顔を向け)レムの塔です!」
一同「!?」

 再構成の結果、たまたまそうなったのか。それともこの結果を導くために再構成したのか。原作はルーク自身がアッシュに障気中和の方法を教えますが、アニメ版ではアッシュが勝手に盗み聞きしたことになっています。アニメルークは悪くヌェー。

 

 アッシュを追って、アルビオール2号機でレムの塔へ向かうルークたち。

 唐突に、空が障気に覆われてどんより紫に曇っています。でも「障気がこんなに!」などと驚く台詞はありません。なんとなく湧いています。

 

 ノエルが、アルビオールをレムの塔の上に降ろすかと聞いて、ジェイドが古い塔なので危険だと断るやり取りが追加されていたのは面白かったです。ルークたちが苦労して塔を登るフォローなのかなと。

 でも突っ込んでおくと、この時点ではアッシュが塔のどこに向かったか判ってないので、いきなりてっぺんに着陸しようかと言い出すのも、変じゃないけど、変わってるかも(笑)。

 

 生気のないレプリカたちの群れを見て、ルークもまた、どんよりした目をしています。

 

 塔の前に着陸しているアルビオール3号機を発見。すぐさまノエルが駆け寄る。タラップを使わず、手すりを身軽に乗り越えて飛晃艇から数メートルの高さを飛び降りてました。非戦闘員ながら、ノエルもすんごい身体能力なんですね。

ノエル「お兄さん!」
#3号機の外壁を開けて整備していた様子のギンジ、気付いて笑顔で手を振る
ギンジ「ノエル!」
#こちらも、高い場所から身軽に着地。駆け寄ったノエルと向き合う。
ギンジ「どうしてここに?」
#ノエルの後ろにルークたちも追いつく
ルーク「ギンジ! アッシュは?」
ギンジ(笑顔を曇らせる)それが、お一人で塔に入っていかれて。すごく思いつめた顔をしてらしたので、心配なんです」

 操縦士兄妹の出番が強化されているのが、アニメ版の特徴の一つですよね。二人とも可愛くて仲良くて金銀で、見てるとニコニコします。

ノワール「あんたたち、アッシュを止めてやってくれないかい?」
#ハッとして声の方を見るルークたち。漆黒の翼の三人組が歩み寄ってくる
ルーク「あんたたちは、いつかの……」
ノワール「また会ったね、坊や」
ルーク「やっぱり、アッシュの仲間だったのか」
ノワール「仲間っていうか……。(少し気まずげに目をそらし、頬を人さし指で掻いて)金で雇われてるんだけどね」
ギンジ(ムキになった様子で、真剣に)そんなことありませんよ! アッシュさんは、漆黒の翼のみなさんをとても頼りにしてるんですから!」
ルーク漆黒の翼……?」
#ノワール、肩を怒らせ足をガニ股にして凄んで
ノワール「余計なこと言うんじゃないよ、ギンジ!」
ギンジ(頭を庇って身を引いて)はい。すみません!」←離れた位置に立ってたのに、この反応。いつもノワールに殴られてるのかな(苦笑)
ジェイド(溜め息をつく感じで目を伏せ)こんなところで指名手配犯を見つけるとは。――しかし、時間がないようですね」
#塔を見上げるジェイド。釣られるようにルークたちも見上げる

 あ。ここでフォローしたのか…。アニメルークは、アッシュの仲間の三人組が漆黒の翼だと知らないまま終わるのかなと思ってましたが。

 でもこの、うっすい反応。ルークもう、漆黒の翼がローテルロー橋を破壊して屋敷への帰還の旅を妨害してくれた盗賊団だってこと、忘れてるよね(笑)。

 

 その頃、レプリカで溢れた塔の中のアッシュは、エレベーターに乗るのを諦め、階段を駆け登り始めていました。その姿を止め絵で映して、今回は終了です。




今回の総論。

  • ルークは綺麗。アッシュは可哀想。ジェイドは評論家。

 

 ではまた次回。

 



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