注意!

 

アッシュ

 小説は、ゲーム序盤のタルタロス襲撃をアッシュ視点でノベライズしたものです。

 かつてアッシュは、故郷へ戻ろうとしたことがある。そのときに彼は見てしまったのだ。家族も幼なじみも、レプリカをルークと信じ、疑うこともなく愛情を注いでいる姿を。
 そのときからアッシュは影の存在になった。光あふれる場所は、全てレプリカのルークが――出来損ないが奪ってしまったのだ。以降アッシュは、レプリカへの憎しみだけを心の糧に生きてきた。
 レプリカがレプリカの意志で生まれた訳ではないことも、居場所を奪った訳ではないことも分かっている。遠くからアッシュを眺める無責任な輩は、取り戻せばいいと言うだろう。
 それが出来ればどんなに良かったか。
 誰も入れ替わりに気づかなかったのだ。戻ったところで、アッシュを受け入れてくれるという保証があるとは思えなかった。それに首尾よく戻れたとしても、再びヴァンに連れ戻されるかもしれない。
 結局、望むと望まざるとに関わらず、アッシュはヴァンに支配されているのだろう。敬愛と畏怖と憎悪とが入り交じり、ヴァンから離れることができないのだ。
 それが逃避に近いと知っていながら、アッシュはレプリカを恨まずにはいられなかった。

 アッシュの理屈。
 思うところはあるのですが、それを言うと「遠くからアッシュを眺める無責任な輩」と返される気がするので、言わないことにします。
 フィクションと現実を並べるのは不謹慎ではありますが、小学四年の時に誘拐されて大人になるまで監禁されていた方の事件が実際に日本でありましたよね。その方は恐怖で萎縮し、精神的に支配されて、誘拐犯が旅行で長期留守にしても逃げ出すことができなかったと報道されていました。誘拐監禁の恐怖は、無責任な第三者が評することは出来ないものなのだな、と今更のように思いました。


 フィクションの話に戻って。
 ちょっと残念だなと思ったのは、アッシュのヴァンへの感情が憎しみ中心で語られていることです。「敬愛と畏怖と憎悪」と書いてはありますが、アッシュがヴァンのどんなところを敬愛していたかは、全く分かりません。
 本編ではラストダンジョン突入直前になっても「俺はあいつを尊敬してたんだ。」「あいつが人間全部をレプリカにするなんて、馬鹿なことを言いださなけりゃ……あいつの弟子であり続けたいって……」と言ってますよね。そこまで敬愛する理由があったはずで、「預言スコアを否定したあいつの理想を俺も信じたかった。」とも言っているのに、その理想に共感した部分、思想的なものが見えない。「遠くから見ている無責任な輩には分からない」と切ってしまうのではなく、その辺をもう少し具体的に見せてくれると嬉しかったかもです…。ドラマCD版で語られていた、「誘拐されて憎んでいたけど、誕生日プレゼントをくれたり、日常でさりげなく優しくしてもらったからほだされちゃいました」みたいなことが全てなのでしょーか。それはちょっと寂しいかも…。



◆チェックポイント

「……鉢合わせをしても困るからな。念のため言っておく」
「だから、なんだ」
「ここに例の出来損ないがいるらしいぞ」
 一瞬、アッシュの息が止まる。しかしリグレットは、相変わらずの冷ややかな顔を崩さない。
「ラルゴが見つけた。詳しい事情は分からないが、死霊使いネクロマンサーと一緒にいるらしい」

*ルークがタルタロスに乗っていたことを、六神将たちは襲撃まで知らなかったんですね。また、ヴァンたちの間ではレプリカルークは普通に『出来損ない』で通っていたことが分かります。

「気分を害したようだな。済まない。だが、命令違反には相応の罰を与えることになる。……とにかく、おとなしくしていなさい」
 リグレットは最後に素の優しさを垣間見せると、今度は振り返らずに甲板から姿を消した。

*リグレットが大人で、アッシュはまだ子供なんだということを、改めて認識させられた一場面。

*初めて人を殺してルークが怯えていた時、アッシュは艦橋ブリッジの上から飛び降りてきます。幹部のくせに何故そんなところにいたのか、そんなに高い場所が好きなのか、ティアの第一音素譜歌ナイトメアはどうして効いていないのかなど、色々謎なのですが、その理由が説明されていました。
アッシュはリグレットに艦橋を任されていたのに甲板でイライラと考え事をしていて、ルークの悲鳴を聞きつけて慌てて艦橋に戻ろうとした途中で怯えるルークを目撃、たちまち殺意を抱きましたが、近くにいると思われるジェイドを警戒して(不意打ちできるように)艦橋の上に登ったのだそうです。なるほど。


◆ストーリー紹介部分で気になったトコロ

 アッシュはレプリカと被験者オリジナルの末路を知っていた。自身の体調の変化を感じ、思わずルークにも体調を尋ねる。ヤツにも変化が起きていれば、時間がない。変化のないルークに安心と苛立ちを覚えるも、その後彼はバチカルで処刑されそうになっているルークを救出した。

*…アッシュが大爆発ビッグ・バン理論を知ったのは、ベルケンドから逃亡したスピノザを確保〜二回目ワイヨン鏡窟の期間だと思ってたんですが。オアシスに呼び出した時はまだ、「何かおかしい?」と不安になってただけかと私は思ってたけど…。だってアッシュが「やっぱり消えてやがる」だの「俺が音素フォニム化してる」だの思わせぶりな言動を取り始めるのって、二回目ワイヨン鏡窟以降ですし。

 ヴァンはルークによって倒された――しかし、何か心に引っかかっていたアッシュは、アブソーブゲートを訪れた。予感は当たり、彼はヴァンの野望や意思が生き続けていることを確信する。

*大嘘書くなよ。

 ルークから障気を消す方法があると知らされたアッシュ。彼はルークに、レプリカであるおまえがやれ、ここで役に立ってみせろと言い放った。

*そんなこと言ってません。(アッシュがルークに「やれ」と言ったのは、ローレライの解放。)


 アッシュのダイジェストは、肝心カナメのレムの塔以降〜グランコクマの部分がすっ飛ばしてあって残念です。

 個人的には、タルタロスでルークたちを捕まえてリグレットに釘を刺された後、頭痛を起こしているっぽく見えるシーンがありますが、あれを解説してほしかったなぁ。

 

リグレット

 小説は、サブイベント『リグレットの遺書』のリグレット(ジゼル)の過去シーンをノベライズしただけのもの。新しい情報はありません。
 ただでさえリグレットは活躍が少ないのですし、こんな機会にこそ本編で語られなかったエピソードを語って欲しかったのに…。最初は憎んでいたヴァンや利用しようと思っていたティアを好きになっていった心情変化の過程が知りたかったです。あるいは、ヴァンと知り合う前はどんな人だったかとか。

「……私が憎いか?」
 ヴァンが静かに尋ねかける。
 この嫌味なほど冷静な男は気づいているはずだ。ジゼルが自分の中の後悔をもてあまして、怒りの矛先をヴァンに向けていることに。
 この憎悪を引き受けてくれるというのか。
 ならば――。
(中略)
 ジゼルはこの男を憎むと決めた。そして必ず討つと。
 そのためならなんでもしよう。忠実な部下を演じ、寝首をかくことも厭わない。
(中略)
「後悔するぞ。……私は必ず貴様を討つ」

 …えーと。
 リグレットは最初から自分のヴァンへの憎悪が八つ当たりだと認識していて、いわばヴァンに寄りかからせてもらってた訳か。
 時間の流れを考えるに、最長でも一年くらいで心底のヴァンの腹心に変わったんですね。リグレットって結構精神的に流され易い?



◆チェックポイント

 合言葉と共に、泉に足を踏み入れたヴァンが、忽然と姿を消した。
 それが教団施設によく設置されている譜陣の一種だと気づくまで、ジゼルは若干の猶予を要した。

*ユリアシティの転送室の前にはいつも番人みたいな人がいて、許可がないとユリアロードは使えない感じでした。では、アラミス湧水洞側からユリアシティに入る時はどうやってるんだろうと思っていましたが。ダアトのイオンの私室への譜陣と同じく、合言葉で作動するんだったんですね。スッキリ。

「ヴァン・グランツ! 弟の仇!」
 言葉と同時にジゼルが引き金にかけた指に力を込める。
 だが仇の男は、臆するどころか、突きつけられた銃口を見て嗤った。
 狂っている――ジゼルは咄嗟にそう思い、怯えた。それがわずかに狙いを外させたのだろう。魔弾の軌跡はヴァンの横をすり抜けた。
(中略)
 真意が分からずいきり立つジゼルに、ヴァンは悠然と嗤う。
 あの狂った顔で。
(中略)
「私の命が預言スコアに勝てるのか、それを確かめようと言うだけだ」
 あまりにも破綻した思考に、ジゼルは慄然とする。

*…ヴァン師匠はやっぱり、ただの狂人なのかぁ。(ガッカリ…)

*そして狂人に心底惚れちゃったリグレットはマニアック。

 何故ユリアはそんな預言スコアを詠んだのだろう。そして何故教団は預言スコアを守らせようとするのだろう。いつか訪れる繁栄のためなら、今の人々が犠牲になってもいいのか。
 教団も、それをよしとしていた自分も憎い。

*…で、いずれ訪れる滅亡を回避するためなら、今の人々を犠牲にしてもいいと思うようになるわけか。そこまで割り切れるのもご立派。

*リグレットも十二分に破綻しているように思います。ヴァンを殺そうとしたのは愛する者(弟)の戦死を受け入れられなかった逆恨み。世界を消そうとしたのは愛する者(ヴァン)がそう望んだから。この人には結局、本当の意味での思想はない?
自分の心の空虚を埋めてくれる人だけに愛を注ぎ、他は切り捨てる。それが身勝手だと自覚しているのがタチが悪いんですが、とても愛情深くて人間らしいとも言えるのだと思います。普段の表面的な振る舞いが「情」を切り捨てたクールな感じなので、内面と正反対で面白いかもですね。


◆ストーリー紹介部分で気になったトコロ

*デオ峠のシーンの解説に「ティアだけを連れ帰りたい、と考えるリグレット。しかしティアのヴァンへの疑いは強く、こちらへ戻ろうとはしなかった。力づくでも、と考えたが、譜術の詠唱をするジェイドの様子を見て不利と判断。やむを得ず引き下がるのだった。」と書いてあるのですが。あれって、ジェイドは譜術の詠唱をしてたんだったのか…? あれ?

 

アリエッタ

 小説は、アニスとの決闘前のアリエッタが、オリジナルイオンを中心とした今までの思いを回想するもの。新しい物語と言え、なにより、アリエッタとオリジナルイオンとの関係がよく分かって興味深かったです。

 導師守護役フォンマスターガーディアン時代の最後の3ケ月は、イオンが寝込みがちになっており、一番親しかったアリエッタもなかなか会わせてもらえなかった。その状況に耐えかねたアリエッタは、人目を忍んでイオンの様子を窺いに行ったのだった。

 アリエッタが扉の隙間から室内を覗き込むと、ベッドの上で上半身を起こし、何かの書類を読んでいるイオンの姿が見えた。何週間かぶりのイオンは、少し痩せたようにも見えるが、それでも心配していたよりは元気そうで、アリエッタはほっと胸をなで下ろす。するとそのため息を聞きつけたのか、イオンが顔を上げてこちらに視線を向けてきた。
(見つかっちゃった!)
 慌てて隠れようとしたアリエッタに、イオンが小さく首を振り、部屋に入るように手招きしてくる。このところイオンの体調が良くないと、なかなか面会を許されていなかったアリエッタは、慌てて周囲を見回して、監視の目がないことを確認してから、おずおずと室内に足を踏み入れた。
「アリエッタ、おいで」
 イオンが優しく微笑む。その表情はいつもアリエッタを呼び寄せるときと同じ笑顔だったから、アリエッタは嬉しくなって、ベッドに飛び込みそうな勢いで駆けだしていた。
「イオン様! お体……大丈夫ですか?」
 イオンは微笑んだまま、それには答えず、アリエッタの頭を撫でる。
「久しぶりだね、アリエッタ」
「は、はい……!」
(よかった! いつものイオン様だ!)
 アリエッタはイオンの声を聞いて涙が出そうになった。
 2週間前に会ったイオンは、アリエッタと2人きりになっても、他の人と話すのと同じような言葉遣いをしていた。イオンが自分にだけ親しい言葉で話してくれることが自慢でもあったアリエッタは、酷く傷つき落ち込んでしまった。それが今日は、いつも通りに話しかけてくれる。きっと、この間は体調が優れなかっただけなのだろう。
「今日は、いつものイオン様ですね」
「え?」
「この間は……なんだか違う人みたい……でした。嫌われちゃったと思って……アリエッタ、寂しかった」
「……そう。ごめんね、アリエッタ。でも僕がきみを嫌うなんて絶対にないよ。きみは僕の……僕だけの導師守護役フォンマスターガーディアンなんだから」
 イオンはそう言って、怖いぐらいの真剣なまなざしをアリエッタに向けた。

 オリジナルイオンに関しては本編発売後にメインシナリオライターインタビューで設定が語られ、その後マ王漫画版で外伝として作品化されています。この漫画版にちょっと不満や疑問を感じていた部分があったのですが、今回の小説でそれが霧散しました。「オリジナルイオンの言葉遣い」「オリジナルイオンとアリエッタの関係の描き方」「オリジナルイオン存命中からレプリカとの入れ替わりが試されていたというネタの描き方」ですね。

 最初にインタビューで語られた設定を見た時に、オリジナルイオンは『シンフォニア』のミトスに近い暗黒微笑系キャラに思えたので、恐らく言葉遣いもそっち系の、シンクと同じような口調だろうとはイメージできていました。しかしレプリカイオンはいかにも聖職者らしい丁寧語で喋ります。レプリカイオンはオリジナルイオンの影武者ですから、口調や仕草もオリジナルを真似たものでなければならない。そう考えればオリジナルイオンは丁寧口調でなければおかしい。なので、通常(表の顔)は丁寧口調で話し、ヴァンたち腹心の部下の前(裏の顔)でだけシンク的な皮肉な口調で話すのかななどと想像していました。けれども漫画外伝では全編でシンク的口調だったので、あれ? と思ったのでした。(まあ、ヴァンたち以外と話すシーンが碌になかったと言えばそうなんですが。)けれど今回の小説を読むと、オリジナルイオンはやはり通常は丁寧語で話していたんですね。そしてまた、アリエッタに話しかける時は子供に対するように口調が優しく柔らかい。アリエッタは自分にだけイオンの喋り方が違うことを自慢に思っていた、と。凄く納得しました。

 また、漫画版ではオリジナルイオンがアリエッタを影でペット呼ばわりしていたり、泣きながら抱きつくアリエッタに背を向けたまま話していたり、どことなく距離感が感じられて不満だったのですが、小説ではちゃんと擬似親子関係的な暖かい親密さが感じられて嬉しかった。

 そして、「オリジナルイオンが存命中から時々レプリカと入れ替わっており、アリエッタが後日 本物と会った時に、別人のようだったと疑問を口にする」というネタ。漫画版の方では、入れ替わっていたはずの日にオリジナルイオンが講演をしたり自らレプリカを殺害する様子が描かれていて、入れ替わっているように見えないので、辻褄の奇妙さばかり気になってしまったのですが、小説ではおかしなところがなかったので普通に読めました。

 アリエッタは、オリジナルイオンのくれた「きみは僕の……僕だけの導師守護役フォンマスターガーディアンなんだから」という言葉を大切に胸に抱いていて、イオンはアニス(モース)に殺されることを予感していて自分に救いを求めていたのではないかと(レプリカイオンの死後に)後悔し、アニスとの決闘に『導師守護役として』挑んだ、と語られていました。ゲームではアリエッタは決闘時だけアニスが着ているものに印象の近いピンク色の軍服を着ていて、もしかしたら導師守護役時代の制服なんじゃないだろうかと妄想していたんですが、あながち外れていないのかもな、と思えました。

 ところで。この小説を読んでいると、アリエッタはずっとフェレス島にいて過去を回想し、やがてラルゴの近づいてくる姿を見て決闘の立会人が来た、と立ち上がり、「いく……です!」と決意を口にしたところで話が終わっています。まるでこれからこの場所で決闘が始まるかのように錯覚してしまいますが、違いますよね。決闘が行われたのはチーグルの森ですから。ラルゴが迎えに来て、これから決闘場所のチーグルの森へ「いく……です!」なんですね。



◆チェックポイント

 今アリエッタがいるこのフェレス島は、ヴァン総長がアリエッタのために甦らせてくれた新たな故郷だ。フォミクリーとか言う、代用品を生み出してくれる技術を使って、フェレス島のレプリカを作ってくれた。

 おー!!
 やっぱりあのフェレス島はレプリカだったんだ。うん。でなけりゃ島を丸ごと船になんて出来ないですよね。これも以前してた考察が当たってました。よし!←調子に乗ってら


◆ストーリー紹介部分で気になったトコロ

ダアトに戻ってきたルークたちと偶然遭遇したときは、教会内という場所も考えずに暴れた。

*細かいことですが、「教会内」じゃなくて「ダアトの街なか(第一自治区)」で暴れた、というのが正解。



 アリエッタのパートの挿絵は、本来ピンクの箇所が赤味濃く塗られているのが気になりましたが、しっかり描いてあってよかったです。鴨川玲さん…でいいのかな? (リグレットの挿絵も同じ方かなと思いますが、あちらは描き込みが乏しい感じでした。)

 

ディスト

 小説は、十三年前にジェイドと袂を分かった場面を(数年前の?)ディストの回想という形で物語ったもの。新しい物語で面白かったです。やはりシナリオライターさんは雪国組に思い入れが以下略。

「さようなら、サフィール」
 冷徹な声と冷徹な瞳。
(中略)
 まだディストがマルクト軍に所属していた頃、ジェイドは一日の終わりにディストと別れるとき、いつも「では失礼」か「ごきげんよう」と告げていた。もっと幼い頃は無視をされたり、せいぜい声をかけられても「それじゃあ」ぐらいだったから、親しくなれたと喜んでいたものだ。それがあのとき――ジェイドと決定的に袂を分かつことになったあのときには、今まで見たこともないほど冷たい顔で「さようなら」と告げられたのだ。
 ジェイドは自分を切り捨てたのだと、ディストはすぐ察することができた。
(中略)
「僕は認めない……。僕1人でも研究を続ける」
「やめさせます」
「嫌だ! ネビリム先生が死んでからジェイドは変わっちゃったよ! ホントに笑わなくなったし、ホントに怒らなくなったし、ホントのこと何も言ってくれなくなった! ネビリム先生が生き返ってくれたら、ジェイドは元のジェイドに戻る!」
「……サフィール。私は元には戻りません。人は変わる。それだけのことです」
「違う! わかんないけどジェイドは苦しんでるんだよ。僕が助けるんだ! ジェイドの親友の僕が」
「誰が親友ですか、誰が……」
「とにかく! 僕は認めない!」
「どうしても?」
「どうしても!」
 その瞬間、ジェイドはサフィールを切り捨てた。

 子供時代のディストにとって、同い年なのに何でも人並み以上にできるジェイドは崇拝の対象だったそうです。以前のシナリオライターインタビューによれば、そんなジェイドが気まぐれにディストに何かをくれたか、認めるようなことをした。ドラマCDで語られていた、カイザーディストの落書きをちょっと褒められたエピソードがそれなのかな、と思います。あの天才ジェイドに認められた。もっと親しくなりたい。彼は感動し、ジェイドへの擦り寄りが激しくなっていったのでしょう。

 ディストはジェイドの親友になりたかった。ジェイドを救える、特別な人間になりたかった。でも、なれなかったんですね。

 この小説には色々な情報が濃密に入っています。カーティス家の養子となってケテルブルクを去ったジェイドを追いかけて、ディストは同じ士官学校に入り、卒業後はジェイドの同僚としてフォミクリー研究に従事した。この頃のディストの口調は未だ子供時代と変わらないものだったが、ジェイドの口調は既に現在と同じものに変わっている。ピオニーはこの頃未だケテルブルクに軟禁中だったがジェイドとの交流はあり、これがジェイドがフォミクリー研究を放棄する一因となった、など。
 この辺りの物語のジェイド〜ピオニー側の視点は、ファミ通文庫小説版外伝のジェイド編と併せて読むと補完されるみたいです。この文を書いている時点ではまだ発売されていませんが、恐らく漫画版外伝3もそうでしょう。

 本編のレムの塔で、ジェイドがディストに向かって「さようなら、サフィール」と言い、ディストが「……本当に私を見捨てるんですね!」と酷く衝撃を受けた様子を見せるシーンがあります。あれは実は繰り返しのシチュエーションで、過去に同じ台詞でジェイドがディストを切り捨てていた、という仕掛けだったのか…。それでディストはあんなにガックリきてたんですね。



◆チェックポイント

 ジェイドを追いかける夢は数限りなく見ているが、泣きながら目覚めるのはいつもこの夢だ。ジェイドがこれ以上なく冷たい顔で、ディストに別れを告げる夢。

*本編の、ケテルブルク広場で凍って倒れ、ホテルに収容されて眠っていたディストをルークたちが訪ねるシーン。ディストが「ジェイド……待ってよ……むにゃ……」と寝言を言っていて、アニスは気味悪がりジェイドはそ知らぬ顔をしている。ちょっとコミカルに思えるシーンなのですが。…ディストは楽しい思い出の夢を見ていた訳じゃなかったのか。いつもいつも、ジェイドを追いかけるけれど捕まえられない悪夢を見てるんですね。

*なんというか…。ここまでと思っていなかったのでちょっとショックでした。哀れなような、泣きたくなるような、いっそ笑えるような。どうしてこの人はそんなにまでもジェイドに執着するのでしょうか。もはや妄執。子供時代から死ぬまでの妄執? 生涯ジェイド絡みでしか行動できず、生きられず、死ぬまでジェイドに付きまとうのか。「私を認めなさい」と叫び続けて。それがディストが自分で選んだ人生なのでしょうが。どうしようシャレにならない。辛すぎる…。(ディストを愛してくれる人は現れないのかなー。またはディストが愛せる、ジェイド絡み以外の何か。)頼むからモースみたいな末路にはならないで下さい。

 ジェイドが元に戻れば、「さようなら」というあの言葉を撤回してくれるだろう。その時こそ、懐かしい時代が戻ってくる。ジェイドがいて、ジェイドの妹のネフリーがいて、恩師のネビリムがいて、自分がいる。
(ついでにピオニーを入れてやってもいいでしょう。私は心が広いですから)

*あ。ちょっと救われた…。

*ディストがピオニーを敵視するだけだったら、本気で救いようのない辛い世界でした。まだ何か変わって行く余地はあるのでしょうか…。


◆ストーリー紹介部分で気になったトコロ

 ありません。

 しかし強いて言うなら、レムの塔での自爆で紹介が終わっていて、その後の再登場には全く触れられていなかったのが残念でした。他のキャラのストーリー紹介を見ているとサブイベントもちゃんと取り扱われているのに。ゲーム発売から二年近く経って、今更ネタバレの忌避でもありませんよね。

 

シンク

 小説は、愚かなアリエッタに苛立ちつつ、導師の代用品に選ばれなかった自身のコンプレックスに悶えるシンクの姿を語ったもので、新しい物語です。けれど、内容やイメージ的にはファミ通外伝小説のイオン編で語られていたものと大差ありません。シチュエーションは異なっていますが、同じネタをファミ通版小説よりも短くまとめて語っている感じです。

(馬鹿じゃないの……)
 シンクは心の中で吐き捨てながら、同僚たちが導師の預言スコアについて語る様子を眺めていた。
 導師導師とありがたがっているが、そのお偉くて高貴な導師は、ただのレプリカ――導師の偽者だ。そうとも知らずに、導師は素晴らしいお方だなどと語っている奴らを見ていると、笑い死にしそうになる。
(中略)
(かわいそうな被験者オリジナルイオン。自分が入れ替わったことにも気づいてもらえない存在だなんて)
「……生まれてこない方がよかったんじゃないの」
(中略)
 生まれたくもなかったのに誕生させられて、役に立たないからと勝手に捨てられて、やはり惜しいからと拾われる。それもこれも、預言スコアがあったからだ。預言スコアがあったから、被験者オリジナルイオンは自らの死期を知り、レプリカを作った。
 導師イオンも預言スコアもうんざりだ。
(中略)
 大広間の教団員たちは、皆一斉に道を空け、イオンに頭を下げている。漏れ聞こえる言葉はイオンを賞賛するものばかりだ。
 あの導師もシンクと同じレプリカだというのに。
 イオンとシンクの何が違うというのだろう。
 姿形は反吐が出るほど同じで、ただほんの少し譜術を扱う力が足りなかっただけなのに、片方は導師と担がれて尊敬の念を抱かれ、シンクは仮面を付けて影として生きなければならなくなった。
 うらやましいのかと聞かれれば、違うと断言できる。
 自分はあのイオンのように、おとなしく代用品を演じるなどごめんだ。
 ただ――。
(中略)
 馬鹿みたいだ。
 被験者オリジナルイオンもレプリカイオンも、偽者を本物と慕う人々も。
(中略)
 導師の一団が、シンクが身を隠す柱のすぐ裏を通り過ぎる。
 手を伸ばせば届く距離に、自分と同じ偽者がいる。
 シンクは拳を握りしめる。
 砂時計の砂が、ひとつまみ落ちるだけの時間が過ぎ、導師イオンのレプリカは大広間から姿を消した。
(一番馬鹿なのは、この僕だ――)
 シンクは握った拳を柱に突きつけた。

 シンクの心境は、単純ですがちょっと難しいですよね。

うらやましいのかと聞かれれば、違うと断言できる。自分はあのイオンのように、おとなしく代用品を演じるなどごめんだ。

 それは嘘偽りない気持ちなんでしょうが…実のところ、シンクはイオンを羨ましがってますよね。
 代用品としてではあるけれど、その力と存在を認められているから。それを羨み、比較して劣等感に悩まされている。

 シンクは「代用品を演じるなんてごめんだ」と思いつつ、本編ではルークたちに「ゴミなんだよ……代用品にすらならないレプリカなんて……」と言っています。代用品になれてこそ、「代用品はいやだ。自分として生きたい」と胸を張って言える。代用品にもなれなかったシンクは、その境地に至ることができません。仮面を着けることを強要されて、素顔で道を歩くことすら許されない。こそこそ隠れて生きるしかない。レプリカイオンやルークが持っていた、かりそめの人権すらシンクにはない。

 シンクは結局、ものすごい劣等感の塊なのかなと思います。閉塞した環境に生きていたが故に。そんな自分のプライドを保つために、ひたすら周囲を見下し嘲っていたんですね。自分はゴミのような存在だけど、周囲だってみんな馬鹿でくだらないんだ。そんな風に批判することで自分の価値が上がった錯覚を覚えて悦に入りつつ、フッと我に返って「一番馬鹿なのは、この僕だ――」と自己嫌悪し劣等感に悶える。その苦しさから逃れるために、ヴァンを馬鹿にしつつその尻馬にのって、『くだらない世界』の消滅を望んだ。そうするのが楽だから。

 プライドを捨てて自分を見つめ直すことができたら、レプリカではない自分としての生き方ができたかもしれないのに。



◆チェックポイント

*ローレライ教団では、毎年新年にローレライ大祭が開かれ、導師がその年一年の預言スコアを詠む習わしになっているとのこと。導師は特別な行事でないと預言を詠むことはなく、故にその預言は世界中でありがたがられているのだそうです。

*シンクは、アリエッタの言動が幼稚なことや、二言目には導師イオンの話をすることに苛立っていたそうです。

*ファミ通小説外伝では、シンクはレプリカイオンが正式に入れ替わる前にその様子をしげしげと覗き見したことになっていましたが、この小説では正式に入れ替わった後、初めてまともに見た(近くの陰から覗き見た)ことになっていました。

*また、レプリカイオン自身は、どうやら本編になるまでシンクと直接顔を合わせたことはなかったっぽい。


◆ストーリー紹介部分で気になったトコロ

想像以上にできる奴だからこそ、利用すれば役に立つ――。

*シンクがガイにカースロットをかけた理由。プレイヤーの間には、ガイがヴァンの同志であることをシンクが知っていて、もしくはヴァンの指示で、ガイが裏切らないようにそうしたのではないかという考察もあるようです。なのでどう解説されるかなと注目していましたが、普通に、ガイに顔を見られたり音譜盤フォンディスクを奪われたりして脅威を感じていたので、操って掌握しようとしたと解説されてありました。

 シンクが死を覚悟していたとき、ヴァンがその体を受け止めた――。

*本編の時点で感じていた疑問なんですが。地核でヴァンに救われた時のシンクは、まだ生きていたんでしょうか?

*どんなに短く見積もっても、シンクが地核に落ちてからヴァンが落ちてくるまで十日以上は経っていますよね。その間飲まず食わずで、しかも大怪我をしていて生きていたとは思い難い。しかも、障壁なしで地核に留まると死ぬという理由で、シンクが落ちた後、ルークたちは大急ぎで地核から脱出したんじゃないですか。それらを思えば生きていたとは到底思われません。

*しかし、シンクが死んでいたと考えると、ローレライの力の一部を使うだけで死者を自在に甦らせることができることになってしまい、幾らなんでも万能すぎて不遜と言うか、摂理に反する感じがします。(死を重く捉える物語だからこそ。)また、レプリカであるシンクが死んでも消滅せずにいたのも奇妙ではあります。(体から光の粒が立ち昇っていたので、音素乖離を起こしている様子ではありましたが。)

*どうも、見ていると「地核」という場所には「高圧で危険な現実空間」と「なんでもアリな不思議空間」の二つのイメージが与えられていて、曖昧に扱われているような気がします。地核振動停止作戦の時は現実空間として扱われ、中に入るためには特殊な障壁装置を使う必要があり、時間制限もあります。けれど、ヴァンやシンクが復活する時やルークの精神体がさまよう時、最後にルークとアッシュが降りて行った時は不思議空間として扱われ、人間が単身で入っちゃいますし、死んだ人間が生き返り、異なる時空間の情景を見ることさえできます。

*こんななんでもアリな場所だからこそ、最後にルークとアッシュの間にああいう奇跡が起こったわけなんでしょうが。



 シンクのパートの挿絵はイオンのパートの挿絵と同じ方(人参So.さん)でしたが、どちらもかなり良かったです。綺麗なのに挿絵としてでしゃばっていない感じで。

 

ラルゴ

 小説は、奪われた娘を取り戻そうとバチカル城に押し入ろうとした若き日のラルゴ(バダック)が牢の中で預言スコアへの憎しみを燃やすという話。本編では「乳母の口から語られた話」という形で軽く触れられていたエピソードを、ラルゴ視点の物語として描き直しています。

 バダックはこのバチカルでシルヴィアと出会い、預言スコアに導かれて結ばれた。全ては預言スコアの思し召しと、バダックもシルヴィアもローレライ教団に感謝して暮らしていた。
 それが一変したのは、ほんの数日前――バダックとシルヴィアの間に赤ん坊が誕生した後のことだ。シルヴィアの出産を見守ってから、バダックは急な仕事に出かけることになった。全てを終えてバチカルに戻ってくると、すでにメリルは王家に連れ去られており、シルヴィアはバチカルの海に身を投げ自害していたのである。
 そもそもラルゴは体が弱かったシルヴィアを案じ、2人の間に子供を望んではいなかった。ところがローレライ教団の預言士スコアラーが、こう告げたのだ。「2人の間に高貴な女児が誕生する。世界のため子を成さねばならぬ」と。ラルゴもシルヴィアも、それに従わない訳にはいかなかった。預言スコアと共に生き、預言スコアに従って生きることが美徳であり、正しい人のあり方であったから。
 それの何がいけなかったというのだろう。
 ラルゴもシルヴィアも、ローレライとユリアの教えに忠実に生きた。それが罪だというのなら、預言スコアそのものが罪ではないか。
(中略)
「……私は許されないことをしてしまいました」
 シルヴィアの母は、か細い声で言った。
「でもそれも預言スコアの思し召しなのです」
 何が預言スコアの思し召しなのだろう。バダックは手の皮が破れるほど深く拳を握る。
 ただ預言スコアに忠実であろうとしたシルヴィアは、メリルを奪われ、絶望して、バチカル湾に身を投げた。
 ただ預言スコアに忠実であろうとしたシルヴィアの母は、娘と孫を奪われ、義理の息子に糾弾されている。
 ただ預言スコアに忠実であろうとしたバダックは、全てを失い、すえた臭いのする地下牢に捕えられた。
 これが預言スコアのもたらしたものだ。
 預言スコアはバダックもシルヴィアも救ってはくれなかった。
(中略)
 はじめから、このむごい未来を預言スコアは示していたのだろう。だが、預言士スコアラーはそれを隠蔽した。預言スコアを成就させるために。
 ならば、シルヴィアとバダックの出会いは、ただこの未来のためだけに仕組まれていたというのか。
 何故、悲劇を悲劇と知ったまま演じなければならないのか。
 もしもバダックが預言士スコアラーなら、けしてシルヴィアを死なせはしなかった。
 悲劇を成就させようとした教団が憎い。
 そして今まで唯々諾々と預言スコアに従ってきた自分自身も。
(中略)
 バチカルを追われれば、もうメリルを取り返すことはできないだろう。
 ならばバダックに残された道は1つしかない。
 それは復讐。
 亡き妻の、娘の、そして何より自分自身のために。
 今この瞬間、預言スコアに従うバダック・オークランドという男は死んだ。

 文の中程の二段落中だけ、「バダック」と表記すべきところが「ラルゴ」になっているのが気になります。校正漏れぇえ。(しかし私も最初読んだ時は気づきませんでした 笑)

 ファミ通文庫小説版外伝のナタリア編と併せて読むとちょうどいい…というか、まさにあの小説で語られていなかった部分を補完するような形になっています。(あの小説では、ラルゴは元々大して預言にこだわっておらず、けれどシルヴィアがちょっと行き過ぎなほどに預言に頼っていたことになっていましたが、この小説ではラルゴも普通に預言を信じて、それを美徳としていたっぽい。

 残酷な運命をもたらした預言が憎い、それを知りながら遵守させる教団が憎い、今まで預言を信じていた自分が憎いという思考の流れは、リグレットのものと同じですね。


 本編の最終決戦直前、アニスが言います。

「本当は預言を守って滅びるなら それを受け入れるのが人間の責任なんだと思う。でも私たちは、途中でそれを回避するために努力しようって気付いたんだから。だから最後までそれを貫き通して生きる。私たちは私たちの道を歩く」

 ラルゴは預言によってシルヴィアと結ばれ、悲劇が訪れるまでは預言に感謝して暮らしていました。けれど預言に裏切られた時、預言そのものが罪だと恨みます。
 でも実際は、預言は預言でしかない。預言が何であるかを深く考えず、良いことがもたらされていた間は感謝して、悪いことがもたらされれば憎み倒す。身勝手と言えば身勝手です。預言に従うことをよしとしていたなら、それがもたらす悪い面も受け入れるのが、理屈から言えば筋なんですよね。

 ルークたちと同じように、ラルゴも途中で預言を回避するために努力しようと気付いた。けれど預言を恨みすぎたために、選んだ道は歪んでいた…ということでしょうか。「私の娘は奪われた時に死んだ」と勝手な理屈をつけて、罪のない実の娘もろともに世界を消してしまおうとしたんですから。

 恨みをどう中和し昇華させるかが問題だったのかもしれない。六神将の中で本当の意味でヴァンと志を同じくしていたのは実はラルゴだけだと思うんですが、彼らは預言を恨みすぎたために、肥大した自身の正義に飲み込まれ、その他の命や愛や意思を軽視するようになってしまったんだなぁと思いました。



◆チェックポイント

*本編では「帰宅して子供が奪われたことを知った彼は、すぐ城へ駆け込みましたが、聞き入れられる筈もなく警備兵たちと揉み合いになり、人をあやめてしまったのです」と語られていたのに、この小説ではその様子がないのが気にかかりました。兵士を斬りつけたという描写はあるので、それが殺したということかなとも思えますが、牢で話す時、義母もラルゴも、全くそのことを話題にしません。重視されていない。

*ラルゴが兵を殺したなら、義母が幾ら望んだところで減刑は難しかったろうとは思うんですが…。彼女は元々王妃の乳母でもあったようですし、「私の娘が赤ん坊を失って自害して、娘婿が乱心してしまったんです」などと王妃に言って同情を誘うなどして減刑を願ったのかな? 自分自身も罰される危険を押して。せめてもの償いとして手を尽くしてくれたんでしょう。

*なにはともあれ、ラルゴに斬られた衛兵さんたちはお気の毒です。この人たちこそ、何ひとつ悪いことをしてなかったのにね。


◆ストーリー紹介部分で気になったトコロ

 ありません。

 

ヴァン・グランツ

 小説は、アブソーブゲートでの決戦後、地核へ落ちて行くヴァンがローレライを取り込むまでを彼の主観で語ったものです。ヴァンの主観が分かるという点で興味深いですし、ホド崩落の状況にまで触れられていて、新しい情報が色々出ています。

 当時、マルクト軍は超振動の研究地を探していた。ホド島が選ばれたのは、仮に実験が失敗しても、首都に影響がないからなのだろう。マルクト軍は全島民の調査を行い、島民の中でもっとも第七音素セブンスフォニムの素養があったヴァンが、優秀な「実験体」として選ばれたのである。ヴァンはまだ、何も知らない子供であった。
 実験は過酷なものであった。肉体よりも精神が侵される数々の実験は、全てカーティス博士という人物からの指令で行われていた。本人が島を訪れることはなかったが、幼いヴァンは憎しみから、その名を深く刻み込んでいた。
 今思えば、その名を記憶していたからこそ、レプリカ大地計画を発案することができたのである。人生とは皮肉なものだ。
 そしてあの日がやってきた。ホド崩落の日が。
 丁度その日は、ヴァンの主人であるガルディオス家の嫡男が誕生日を迎えていた。ヴァンも当然そこに招待されていた。しかし突然マルクト軍の人間が、ヴァンに実験の予定が入ったことを告げたため、ヴァンはガルディオス家に行くことができなくなってしまったのである。
 そのときすでにマルクト軍は、キムラスカ軍の侵攻を知っていたのだろう。軍部は超振動とフォミクリーの情報を隠蔽するため、ヴァンを擬似超振動発生器に繋ぎ、実験施設そのものを消し去ろうとした。
 ところがホドにはセフィロトツリー ――外殻大地を支える柱が存在していた。ヴァンの擬似超振動は、その柱を消し去り、結果として、ホド島とその周辺の海域は完全に崩落してしまったのだった。
 あの光景は、まさに地獄であった。
 自分の周囲から発生した擬似超振動が、研究施設とその周辺を次々と破壊していく。それら瓦礫は、セフィロトの吹き上げに巻き込まれて天を目指す黒い柱となり、その後重力と共に島中に降り注いだ。身重の母を救うことができたのは、ヴァンを縛していた擬似超振動発生器そのものが、吹き飛んでしまったからだ。ヴァンは施設の近くで倒れていた母を発見し、そのまま崩落に巻き込まれてしまった。

 本編中、ベルケンドのヴァンの書斎に行くと、ジェイドの著作が大量に書棚に置いてあります。ジェイドはフォミクリー発案者で第一人者。結果的に敵対しましたが一目置いているんだなと思いましたし、商業アンソロジーの二次創作を見ると、ヴァンがジェイドのファンであると解釈されていることがよくあります。
 でも、違った。ヴァンは確かにジェイドに一目置いていましたが、深く憎んでいたんですね。

 そうだったのか…! と、胸を突かれる思いでした。ジェイドの研究がこんなにも誰かを苦しめていて、でもジェイド自身は送られてくるデータしか見ず、島の実験施設を訪れることすらせずに。データを取るために苦しめられている人間のことなんて意に介していなかった…。ホド崩落というとんでもない事態が起きるまでは。

 最終決戦で操作キャラをジェイドにしておくと、ヴァンがジェイドにこう言います。

……これも因縁か、バルフォア博士。こうしてあなたと戦うとは」「あなたの生み出したレプリカが超振動の研究を加速化させ、ホド消滅を引き起こした。そして同時に世界を預言スコアから解放する手段となっている」「研究のために犠牲にした骸たちが、あなたを待っている。さらばだ! 死霊使いネクロマンサー

 なんだかやっと、これらの台詞が真に迫って聞こえた気がしました。

 ジェイドはヴァンに謝りません。その代わり、「ただ私は、私の引き起こしたことに始末をつけたいだけです」「ですからフォミクリーは私の手に戻してもらいますよ」と言う。(続けて「少なくとも、あなたより私の方がもう少し利口な使い方ができそうですからね」と言っちゃうのがジェイドのジェイドたる所以でしょうが。
 感傷に囚われず責任を果たそうとするジェイドの行動は正しい。憎しみに囚われて今の世界を消そうとしたヴァンは倒すべき世界の敵。
 でも、でも…と、グルグル考えてしまいました。


 エンディング後の世界のジェイドは、レプリカたちだけでなく、実験体として扱われた被験者たちや、研究のとばっちりで死んでいった人々のことも考えていくのかな、そうしてくれたら嬉しいなと思いました。
 ガイやアッシュ、ティアと関わっていくことが、その一端となるんでしょうけど。
考えてみれば、『アビス』のパーティーって、アニスとナタリアとミュウ以外はみんなジェイドの過去の罪に繋がる存在だよ…。モースが怪物化した時、過去に戻って生まれたばかりの自分を殺したいとか言って珍しくジェイドがヘコんでましたが、むべなるかな。



◆チェックポイント

 当時、マルクト軍は超振動の研究地を探していた。

*本編では「ホドではフォミクリーの研究が行われていた。そうだな、ジェイド」「当時のフォミクリー被験者を装置に繋ぎ、被験者と装置の間で人為的に超振動を起こしたと聞いています」と言っていますので、ホドで行われていたのは「フォミクリーの研究」で、ヴァンはその被験者――レプリカを作るための研究に利用されていたのかと思っていましたが。行われていたのは超振動の研究でしたか…。
フォミクリーで作ったレプリカを利用して擬似超振動を自在に起こそうとしていたんでしょうから間違ってはいないんでしょうが、それにしては島民全員や島自体のフォミクリー情報まで抜いていたり、なんか変。

*擬似超振動の研究をしたいだけなら、それこそチーグルなどで動物実験すべきだと思いますので、擬似超振動実験を隠れ蓑に、ジェイド自身は完璧な人間のレプリカを作る(レプリカにオリジナルの記憶を再生させる)研究をしていたのかな。

数々の実験は、全てカーティス博士という人物からの指令で行われていた。

*本編では、ジェイドはフォミクリー研究者としては「バルフォア博士」で統一されていたのに。なんでここで「カーティス博士」?

*『ファンダム2』でガイが「ガイラルディア伯爵」で通されてたのもちょっと気になりましたが…。むむむ。

 丁度その日は、ヴァンの主人であるガルディオス家の嫡男が誕生日を迎えていた。ヴァンも当然そこに招待されていた。しかし突然マルクト軍の人間が、ヴァンに実験の予定が入ったことを告げたため、ヴァンはガルディオス家に行くことができなくなってしまったのである。

*ヴァンが呼び出されたのは研究データ隠蔽の擬似超振動を起こすため。つまり、ガイの生誕パーティーが始まる以前に、マルクト軍はキムラスカ軍の侵攻を察知して撤退を始めていたことになります。ガイの小説で描かれている状況と併せて考えるに、ガルディオス家にはそれが知らされていなかった。ガルディオス家はマルクトに捨てられたと言うことです。

 自分の周囲から発生した擬似超振動が、研究施設とその周辺を次々と破壊していく。それら瓦礫は、セフィロトの吹き上げに巻き込まれて天を目指す黒い柱となり、その後重力と共に島中に降り注いだ。

*ガイの小説で語られていた黒い柱の正体はこれでした。

*セフィロトはパッセージリングで調整され、外殻の下でそれを支えるセフィロトツリーになっていた。通常なら、擬似超振動で多量の瓦礫が出たからと言って、それが「セフィロトの吹き上げに巻き込まれて」天まで吹き上がるはずはないのではなかろーか。なので、最初にパッセージリングの一部が壊れてセフィロトツリーが暴走して吹き上げ、巻き上げられて降り注いだ瓦礫が本格的に島を壊滅させ、やがて完全にパッセージリングが停止してセフィロトツリーが消失したのかなと想像しました。

ヴァンを縛していた擬似超振動発生器そのものが、吹き飛んでしまったからだ。

*擬似超振動で吹き飛んだのか、降り注いだ瓦礫で破壊されて吹き飛んだのか。どっちでしょうね。どちらにしても、よくヴァンが助かったものです。

ヴァンは施設の近くで倒れていた母を発見し、そのまま崩落に巻き込まれてしまった。
 あのとき、ヴァンは混乱していた。
 自分のために島が消滅しようとしており、母も息絶えようとしている。
 そのとき思いついたのが、母が子守歌代わりに歌っていたユリアの大譜歌であった。

*この表現だと、ヴァンは島壊滅のその日に母と共に魔界クリフォトに落ちたと読めます。ガイの小説の感想にも書きましたが、でもそれだと本編での説明と大矛盾しちゃうんですよね。…やっぱ、「島の一部はすぐに崩落、残りは何日もかけて落下」ってことになるんでしょうか。

*ユリアの譜歌は、ヴァンの母から引き継がれたものだった。(ヴァンの父は入り婿で、フェンデ家は母系だったのかな?) …でもヴァンの母はこの時詠わなかったようですから、既に詠えるような状態ではなかったんでしょうね。

(ユリアよ……。あなたの望む預言スコアからの解放……ならなかったようだ……)

*本編では推測で終わっていましたが、やはりユリアは預言の回避を望んでいて、ヴァンはそれに従っていたんですね。方法はともかくとして。

(ルークか……)
 ヴァンは嗤う。そのように育てたとはいえ、あまりに愚かな生き物であったルークに倒されてしまった自分を。
 教育を施されないものは、人間であれレプリカであれ、ただの獣だ。獣から一向に進化しようとしなかった愚かなルーク――それがこれほどまでに変わるとは。

*ヴァンは意識的にルークが愚かに育つように接していたんですね。

*獣か…。確かに長髪時代のルークは、ヴァンに尻尾を千切れんばかりに振って、ティアやジェイドにキャンキャン噛み付く仔犬だったかも…。頭撫でて美味しいものをくれる人だけが好き、と。

(私も愚かだったということだ……)
 だからヴァンは消えようとしている。
 それも悪くない。
 自分に新世界の創造を託した同志たちには申し訳ないが、愚かな者には愚かな末路がふさわしい。
(ユリアよ。今、私もそちらへ行く……)

*ヴァンは石にしがみついてでも生きて理想を果たそうとする人間じゃなかったんだ…と少し意外に感じたんですが、よくよく考えてみれば、アブソーブゲートで自ら地核に身を投げたんでした。

*にしても、死ぬ時に呼びかけるのは亡き両親を含むホドの同胞ではなく、ユリアなんですね。ヴァンは本当に先祖を崇拝していたんだなぁ。

「ローレライ、か」
 ――私は譜歌の契約により、おまえを助けた。しかしおまえの中に、私の全てが収まることはないだろう。
「……確かに、おまえの力は膨大だ。人の身で、ローレライの全てを取り込むことはできまい」
 ――そう。私を使いこなしたのはユリアのみ。さあ、私を解放せよ。
「……全てを取り込めぬはずなのに、何故『解放』という言葉を使う?」
 ヴァンの問いかけに、ローレライは黙りこんだ。
 その瞬間、ヴァンは世界が再び変革の機会を与えてくれたことに気がついた。
「そうか……。おまえには核となる自我がある。それは譜歌の契約によって、私の中に取り込まれたのだな」

*ヴァンが取り込んだローレライが、「ローレライの一部」だということは、確か本編では説明されておらず、ゲーム発売後の周辺資料で語られていたのみだったと思うんですが、ここでようやく物語に組み込まれた形で紹介されましたね。

*二度に渡ってローレライ(譜歌がもたらすローレライの力)に命を救われたヴァンですが、彼はローレライを憎むだけなんですね。ホド崩落時に助からなかった方が、ヴァン自身は幸せだったんでしょうか。

*そしてローレライがルーク並みに嘘が下手だということが発覚。ゲラゲラ。


◆ストーリー紹介部分で気になったトコロ

 ありません。


 キャラクター別の感想は以上です。
 この他、巻頭に地名の解説、巻末にサブキャラたちの解説、用語解説、おすすめフェイスチャットの記事がありますが、いずれも簡易的なものです。
 気になった部分をちょっとメモしておきます。(我ながら揚げ足取りばかりみたいでヤな感じですが。すみません。)

ロニール雪山は、地震による雪崩が頻発する危険地帯

*本編中でルークたちが初めてロニール雪山を訪れた時期、外殻崩落が近付いて地震が頻発しており、その影響で雪崩が起き易くなっていました。けれど普段は地震によって雪崩が頻発している訳ではないと思われるので、表現が不適切では?

エルドラントが出現後、この地域(イスパニア半島)の北端が海に沈む

*そ、そうだったんですか! それは知らなかった…。

音素フォニムは世界を包み込むように、帯状に重なって上空に存在。これは音譜帯フォンベルトと呼ばれ、プラネットストームという流れに乗って循環している。

*確かゲーム本編中では「音譜帯」に「フォンベルト」の読み仮名を振ってた場面はなかったと思います。ナムコとファミ通二種の攻略本の用語事典を見ても「おんぷたい」として載ってるんですが…。




 最後に。本の内容には関わらない物凄くどうでもいいことなんですが、どうしてこの本は「レムの」を「レムの」と書いてる箇所がやたらと多いのだろう…。複数のコーナーに渡って沢山見られるので、気になっちゃいました。

 



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