DRAMA CD VOL.5 TALES OF THE ABYSS脚本:金月龍之介、水陶マコト/音楽:関美奈子/演出:鳥島和也/スペシャルサンクス:実弥島巧/フロンティアワークス 当初の予定だった'07年4月末予定から十ヶ月遅れ、'08年の2月発売になった本編ドラマCD最終巻です。発売予定が'07年春になり、夏になり、とうとう「'07年発売予定」のまま年末を迎えましたので、'08年2月発売という予定が発表されても、発売の十日くらい前まで本当に出るのか疑っていました…。出ましたね。びっくりした。 今回、買って最初にやったことは、ライナーノーツの「脚本」の項目のチェックでした。 脚本:金月龍之介/水陶マコト …案の定というか。予感が当たってしまってちょっと唸りました。 このドラマCDシリーズは、元々は全四巻で四ヶ月連続発売されるはずでしたが、最終四巻の発売が遅れ、一巻増えて全五巻になり、その最終巻の発売は一年近く遅れました。どうしてこんなに遅れるのか…。WEB上でも幾つかの推論を見ましたけれども、私は単純に脚本が遅れている…書き上がらないんじゃないかと思っていました。なにしろ四巻目の崩壊が激しかったので。最初なんとか四巻に収めようと無理やり圧縮して、でもやっぱり無理で話が崩壊、一巻増えたけれど崩壊したまま出しちゃった四巻脚本がその後の脚本を進める妨げにもなった…なんて感じだったんではなかろうかとか。 実際は全然違うかもしれませんが、ここ一年ほどの間、金月さんは『テイルズ オブ シンフォニア』のOVA脚本や『テイルズ オブ イノセンス』の小説や特典DVD脚本など、他のテイルズものの文章は精力的に書いておられる、なのに『アビス』ドラマCDの最終巻だけこんなに遅れた上に、結局 他のシナリオライターさんとの連名になっている。とくれば、やはり脚本を書き上げられなかった(放棄した)んじゃないかという気がしてしまうのでした。…少なくとも、一人では出来なかったのは間違いないです。 連名になっていますが、実際には水陶マコトさんという方が大半を書かれているんじゃないかなぁ…。前巻までとシーンの切り替え方が違う感じがするので。(前巻までは過去と未来を短期にどんどん切り替えて進めてましたが、今回は冒頭以外はストレートな構成になっています。)冒頭の、ルークが目を覚ます〜障気中和の回想辺りとか、部分的には金月さんかもしれないですが。 ちなみに初回特典ディスクのおまけドラマ「ルーク、女性恐怖症になる? の巻」の脚本は松永孝之さん。発売元のフロンティアワークスの方でドラマCDのプロデューサーさんですね。おまけドラマタイトルの形式がフロンティアワークスのWEBラジオ『テイルズリンク・ジ アビス』の各回タイトルと同じだったので、多分あのWEBラジオの冒頭についていたラジオドラマと同じ人、少なくともフロンティアワークスの社員さんが脚本書いてるんだろうなぁと、アニメイトの通販ページで特典ディスクの情報を見た時に思ってたんですが、割と当たりっぽい。実際、このおまけドラマはあのラジオドラマとよく似てます。本編のどの時間軸にも属さない謎のほのぼのパラレルワールドで、ルークは長髪親善大使。
それはともかく。今巻は、あの構成の崩壊した前巻から繋げて、よくまあこれだけ物語を編み直したなぁと感心したのが第一印象でした。素晴らしいです。色々投げてるトコもあるけど。仲間たちそれぞれの個性を生かした、オリジナルのほのぼの幕間もあるので、それも嬉しい。しかしあまりに情報量が多く、アタマの悪い私は聞いていて「ううううう?」とのーみそが煮えてたのも事実でした。じっくり考えながら聞かないと理解できないぃいい。(@□@;) 漫画版もそうですが、原作を再構成してある場合、Aという設定はもう明かされていたか、Bについては原作通りだったか変更されているか、ごっちゃになってきて進むにつれてワケ分かんなくなって来る…。原作を知らなければスッキリ楽しめるんでしょうが。でも原作を知らなれければ手を出さないのも確実だったり。むむ。
結論から言えば、今巻の主人公はアッシュです。アッシュ総愛され嗜好の人には喜びの展開だと思われます。 ルークの物語(成長)は、やはり前巻で終わっているようです。…というより放置されてるというか。死を目前にしているはずのルークは少しも悲劇の主人公として扱われません。本人も辛そうに見えません。ルークが音素乖離を起こしていることをお医者さん以外は誰も知りません。ティアさえ。でも最後の最後にアッシュにだけは打ち明けちゃうぜ。そしてアッシュはみんなに大事にされます。なぜならこのドラマCDでは最後に帰って来るのはルークなので、真に可哀想なのはルークに全てを譲って死んでしまうアッシュだからです。…という前提で脚本が書かれているっぽい。どうも。 ルークをはじめとするパーティーメンバーたち全員が、これでもかと言わんばかりにアッシュにフレンドリーで、暖かく支えるのでした。アッシュが何しても「このツンデレちゃん♥」と笑顔で許しちゃう勢いです。そのわりにアシュナタ描写が全くと言っていいほど無いのが謎。ナタリア→アッシュは最低限。アッシュ→ナタリア描写に至っては皆無。くそぅ。ルークが包容力たっぷりで、まるでアッシュのお兄ちゃんのようでした。腐同人的に言えばルクアシュって奴ですか? 個人的には、終盤の展開と結末は納得できなくて、ああ…こういう解釈してるのかぁ…とぼんやり聞いていました。シナリオライターさんがどうしてそういう解釈をしたのかは分かる気がする。けれど私は『アビス』をこういう話だとは思えないので、がっかり・しょんぼり…。無論、解釈が合致した人は感動の涙を流したのでしょう。
では重箱の隅つつきの感想に行きます。猛ネタバレ注意です。 アバンタイトルは、Vol.2や3でルークやナタリアがやっていた「夢を見た。真っ暗な場所にいる。(中略)空から一筋の光が射し込んで小さな日溜まりを作っている。でも、一人分しかない。(中略)急がないと他の誰かに取られてしまう」って例の独白の、ルーク&アッシュバージョンでした。この独白は今巻のラスト近くにも入っていて、サンドイッチ式に場をまとめる効果が持たされています。 それが終わるとタイトルテーマが流れますが、懐かしー、これだこれ! と感じました。十か月ぶり。アビスドラマCDの音楽の中ではこれが一番好き。聞くとワクワクします。 本編開始。まずは前巻ラストの回収。ルークが目を覚ますとダアトで、側に付いていたティアが微笑んで色々説明してくれます。ルークとアッシュがフェレス島で障気を中和したこと。ルークは三日間眠り続けていて、アッシュはルークより早く昏睡から目覚めて、二日前にどこかへ立ち去っていること。二人が消えずに済んだのはローレライの鍵が守ってくれたからで、ルークは宝珠をコンタミネーションで体内に取り込んでいたのであり、今それはルークの枕元に置いてあること。 そこから回想シーンに飛び、障気中和の様子がかなり長々と語られます。前巻ラストの「お前が、どう思ったとしても、俺はここにいる! 俺は、俺であると決めたんだ! それが、お前の言う強さにつながるんなら、俺は負けない!」「うるせぇーー!!」なんつってルークとアッシュが剣を打ち合わせて超震動発生したシーンから出発。予測通り、突発超震動で障気中和という展開でしたが、何故か「発生した超震動の中(?)でルークとアッシュが逃げろ逃げないで揉める」という謎展開に発展します。 アッシュ「このままじゃ二人とも……!」 …ティアが最初に「アッシュは無事よ。あなたより早く昏睡から目覚めて、別の部屋に休んでいたわ」と言ってたけど、アッシュはそもそも昏睡してないじゃん。気を失ったのはルークだけ。 ジェイドがアッシュを拘束して「私はルークの意見に賛成です。残すなら……レプリカよりオリジナルだ」と言うシーン。原作ゲームでは、ジェイドの声音には(アッシュを拘束してるせいでもあるけど)力がこもっていて、なにがしかの感情が感じられます。しかしこのドラマCDでは非常に淡々と、平板なイントネーションになっています。なんだか感心しました。というのも、ドラマCD版のジェイドは前巻でルークに面と向かって障気中和して死んでくれと言い、その後ガイたちがルークを止めようと揉めていたときも他人事のように飄々と振舞って、その行動への物語上のフォローは全くなかったからです。この流れで、ジェイドが唐突に辛そうな素振りをしたら、おかしいですもんね。声優さんも色々原作との違いだとかを感じて演技を再構築しているのかなぁと思いました。 原作との演技の違いと言えば、ルーク/アッシュ役の声優さんが全体的に情動の演技が大袈裟になってる気がする…。アニスは背景感情が抜けてただのカワイコちゃんになってる感じ。対して、ガイとナタリアは演技がほぼ変動ない感じなので安心して聴けます。 にしても、「アッシュを連れて逃げろ!」「始まっちまったんだ。もう止められない」って…。自分の意思でコントロールできないなんて単に「暴走」じゃん。障気を選択して中和するんでなく、暴走超震動で周囲のものを手当たり次第に巻き込んで消すだけなのかい。
さて。このドラマCDシリーズは原作をそのままドラマ化することはせず、エピソードの順番を入れ替えたり代替エピソードで語り直したり、大胆に設定変更したりIF展開させたりして、再構築を行っていました。それは最初面白かったのですが、Vol.3辺りから綻びが見え始め、Vol.4では崩壊を起こしていたように思います。 前巻で、ルークは障気中和前夜にティアとラブラブトークしてから理由なく聖人君子になって、「俺は俺だって今なら思える」「俺とお前(アッシュ)は違う」「俺は俺であると決めた、だから(アッシュに)俺は負けない」と言ってました。ところが今巻になりますと、「俺はレプリカで、能力が劣化してる。(中略)それならここで死ぬのは、要らない方のレプリカの俺で充分だろ!」と平気で言ってるのでした。アッシュと自分は違う存在なんだろ? 自分はアッシュ(オリジナル)の付属物ではない独立した人間だという信念を通すために「負けない」と剣の戦いに応じたんだろ? その舌の根も乾かぬうちに劣化レプリカの自分は要らない子だから死にますって言うのか? 前巻ラストで言ってた、今巻でもしつこいくらい回想されている「お前が、どう思ったとしても、俺はここにいる! 俺は、俺であると決めたんだ!」というキメゼリフは、全部口先だけだったということになっちゃいますが? あーあ。脚本崩壊〜。リスナーを馬鹿にすんなっつーの。どーせ深く考えずに聞いてるから矛盾も気にしやしないさなんて思ってるだろコノヤロー。(暴言) いやまあ、所詮ゲームのドラマCDですから。とか言われるとそうなのかもしれないけど。でも表面的に話が繋がってさえいればそれでよいと、こんなあからさまに示されちゃうとしょんぼりしますな…。(長期連載している漫画なんかだと綻びがあっても仕方ないですが、完結した原作ものをまとめてドラマ化しているというのに。) 前巻の感想で、原作をハンマーで破壊して破片の似たものを袋に入れてまとめている感じ、と書きましたが。相変わらず。原作ではA→B→Cと段階を踏んで展開しているエピソードを、AとCは同じキャラが同じテーマに付いて話し合ってるシーンで似てるからまとめてもいいよね、って感じでA+C→BとかA+C→B+A→Cみたいに構成し直しちゃってる。…シッチャカメッチャカだと私は思うんですが。AとCは同じテーマについて語っていても違う結論を出しているのであり、それはBという段階を踏んだからこそ導き出されてるんですよ…。何の意味があってシャッフルしたのか分からない。いい効果は生み出せてないと思う。 前巻で妙なシャッフルをしちゃったのはもうしょうがないのですから、それでも障気中和エピソードを原作沿いでやりたかったなら、状況に合わせてちゃんとセリフの修正をしてほしかった。「ここで死ぬのは、要らない方のレプリカの俺で充分だろ!」って、自己確立を果たして大見得切った直後の人間に言わせちゃダメじゃん…。何考えてんだよぅ…。(しょんぼり)
ルークがティアから状況を聞き終わると、ベルケンド第一音機関研究所のシュウ医師がやってきます。ジェイドが呼んだのだそうです。…前巻のルークへの冷たい言動のフォローという意味での展開なのでしょうか。ベルケンドはキムラスカの都市で音機関研究所はファブレ公爵家に繋がる施設なのにマルクト人のジェイドが個人的に呼ぶってちょっと不思議。ナタリアが呼ぶんじゃないのかー…。つーか、シュウを呼ばないでジェイド自身がルークの診察をした方が、(原作を圧縮するという意味で)後の展開的には便利でスッキリしてたかもしれませんね。(ドラマCDだと、ジェイドがルークの音素乖離に気付いてサポートしてくれるというエピソードが完全カットになってます。がっかり。ジェイドに診察させて、続けて ティアは自ら退出し、診察を受けるルーク。近いうちに音素乖離で死ぬ可能性が高い、入院しても多少延命できるだけと告げられて「俺……死ぬってことか」と呟く。原作だとシュウ医師は黙って辛そうに目を伏せます。「はい、死にます」とはっきり告げてしまうのが気の毒だから。けれどもドラマCDには映像がないので全て声で語るしかない。「治療をしなければ危険なのは間違いありません」と喋ってました。……ニュアンスが変えられてるよーな。原作ではこの時点で死は確定していたのに、ドラマCDでは「死ぬかもしれない」って程度なんですね。うん。この脚本はやっぱ、ラストの帰還者をルークだと前提してるんでしょうね。 そしてその頃、一人野宿しながら例の「お前が、どう思ったとしても、俺はここにいる!」というルークのセリフについて考えていたアッシュは、痛みと体が透ける現象に襲われます。 「音素乖離か。……そろそろ限界かもしれんな」 ドラマCDではずっと、アッシュが同位体のコンタミネーション( すごい邪推なんですが、もしやシナリオライターさん自身がイマイチこの辺を理解していなくて、ボロを出すリスクを恐れて、リスナー各自の解釈に任せるべく、わざとどうとでも取れる曖昧な描き方をしているんだったり…?(まさか、そもそも大爆発関連のイベントや設定の存在を知らないってことは……いくらなんでもないと思う……け…ど…)
次に、イオンの慰霊祭エピソードが語られます。もう障気中和前の修羅場なんて消え去り、全く何のわだかまりもなくジェイドもその他の仲間たちも仲良しこよしです。…なんだったんだろーな前巻のジェイドは。 今まですごい勢いでエピソードを切り捨ててきたのに、ここで急にサブイベントを語り出したので驚きました。わざわざここのためだけにイオン役の声優さんを呼んでますし。ちなみにティアが大譜歌を詠うシーンはありますが、Vol.1と同じように実際の譜歌は流れません。そしてティアが七番目の譜歌を知らないという設定も存在していません。 #詠うティアを見守りながら、死の間際のイオンを思い起こすルーク そうか…。ドラマCDのルークはイオンに生まれた意味を教えてもらってたのか。その割にイオンの死後は引き籠って挙げ句自己犠牲に走ってましたが。だめっこさん! 慰霊祭が終わると教会の物陰に隠れていたアッシュにジェイドが呼びかけ、「ルークとアッシュは仲良し♥」第一回が放映開始。 #ジェイドに呼びかけられ、物陰からゆっくり歩み出てくるアッシュ 個人的にはこれに続けてナタリアに一言「そうですわね」とか言わせて微笑ませてほしかったよー。アシュナタ分が…アシュナタ分が足りないぃいい。(キムラスカ幼なじみ分でも可)
とかなんとかやってると、轟音(? なんか変な音)が響く。エルドラントが浮上し、モースが新生ローレライ教団の設立を宣言し、各国に宣戦布告(予告)します。どーでもいいけどモース役の声優さんの滑舌がすっごく悪い。何言ってるのか聞きとりづらいなー。 モースを止めるためにエルドラントへ乗り込みたいが空を飛ぶ手段がない。敵の攻撃をかわす必要もある。するとジェイドが「使えそうな手がない訳ではないのですが……」「古い知り合いだった男の形見なんですがね」と歯切れ悪く提案。ディストの遺したカイザーディストRXを改造して、それにパーティーメンバーで乗り込んでエルドラントへ突入することに。 これはすごいアイディアだ! と思いました。ドラマCD版にはアルビオールがないのでエルドラント突入をどう処理すんのかと思ってましたが。こう来たか〜! 流れ上、齟齬がないです。素晴らしい。Vol.3でカイザーディストRXを奪って避難民たちに落ちたローテルロー橋を渡らせてましたが、反復シチュエーションにもなってるんですね。それにしても、何人も内部に乗せて飛べるんですから、ドラマCD版のカイザーディストはよほど大きいんだなぁ。ガイが「強襲揚陸艇」にすると言ってましたんで、「艇」ってことはロボットじゃなくて飛行機型ってこと? …あ。エルドラント突入の時に「飛晃艇」「カイザーディストによく似た機体」と言われてますね。はー。つまりマジに、ドラマCD版のカイザーディストはロボットじゃなくて飛行機だったんだ。変形してロボットにも飛行機にもなるんだったらスゴイね。 ところで、前巻を聞いた時から気になっていたのですが、あまりに突っ込みが多すぎるのもどうかと思って感想に書かなかったことがあります。…飛行仕様のカイザーディストは「RX」じゃなくて「XX」なのだよね原作では。Vol.3でマルクト軍がRXを回収している点から見ても、その後に出てくるカイザーディストが「RX」だとおかしいんだけど。ドラマCDのディストはよっぽどこの型番が好きだったんですね。
この後しばらくは(一応)オリジナルの幕間になります。ジェイドとガイの指揮で両国の技師たちが集められ、カイザーディストRXの改造が行われます。具体的に何をしているのか分かりませんがルークたちもこの作業に参加。ガイがカイザーディストの優れた譜業技術に興奮したり、アニスが夜食を作ったり、ほのぼのしてます。前巻にナタリアがマルクト伯爵のガイに平気で命令して誰も突っ込まないという謎のシーンがありましたが、今巻では命令しかけたナタリアをティアが咎め、ナタリアが謝罪するがガイは笑って許すというエピソードが入ってました。いや原作でレムの塔の昇降機のガラスを破壊するイベントの焼き直しなんですが。この辺は全体にそこからネタを取っています。 カイザーディストRX・改が完成。集積装置に第七音素が充填されるまで丸一日かかるというので、その間は自由行動になります。おっ、決戦前夜のティアとのラブラブイベントが!? それとも原作にはなかった仲間たちとの個別エピソードが色々とかっ? …と思いきや、何故かルークがアッシュを強引に両親に会わせるという、原作では障気中和前にあるエピソードがここに入ってました…。えぇえ。原作とは違ってルークが完全な好意からそうしたという語り口。「ルークとアッシュは仲良し♥」第二回放映です。 今回のシナリオライターさん、なんだかアッシュがお好きっぽい。それはいいけど想い合うナタリアと一緒にいるのに何故か二人に会話すらさせない。猛烈に不自然だよ…。もしかしてアシュナタお嫌いですか? それともアッシュが死ぬ前提で脚本を書いているから可哀想であえて避けてるとか? などと妙な邪推をしてしまいました。 つーか。それ以前に、ここってバチカル、しかもファブレ邸(?)だったんかい! と衝撃を受けた。 いやだって両国の技師を集めて緊急にカイザーディストの改造してたんでしょ。設備の整ったシェリダンか、カイザーディストを回収したマルクト軍の本部のあるグランコクマか、滞在していたダアトでそのまま作業してたんだと、普通思いませんか? でも作業が終わってカイザーディスト改の前で解散になると、ルークは立ち去りかけたアッシュを捕まえて「あと三十分、いや、十分でいいから付き合え!」と両親のところに引っ張っていくんです。 な に こ れ……。時空が捻じ曲がったような奇妙さを感じる。 アッシュと両親の感動の再会。原作みたいにアッシュが拒絶の態度をとることもなく、ファブレ公爵は息子を抱きしめて「いつか、ゆっくり話を聞かせてくれ。長い……長い七年間のことを」と万感を込めて言う。…主人公であるレプリカルーク自身の父との葛藤は未解決のまま放置したのに、アッシュについては原作以上に優しく丁寧に語っております。どーせならルークに退席させずに、両親が二人の息子を認めるエピソードとして語ってくれたら色々な意味でよかった。
その後はシーンが飛んで、原作のエルドラント決戦前夜のガイとナタリアの会話の焼き直しに。アッシュは両親と話した後、誰にも行き先を告げずに姿を消したそうですが、彼を深く信頼している二人は落ち着いています。幼なじみ二人はアッシュについて非常に好意的に語り合います。 ガイ「明日の出航前には戻ってくるさ」 ドラマCDには「ガイはアッシュを憎んでいた」という設定がないので、すんごくフレンドリー。 ガイの目から見て、ルークはもう自立してるんですね。それが見えるエピソードがカットされてるのは残念。そんで、エピソードの順番を入れ替えちゃってるドラマCDとしては、ここで一言くらいラルゴ(エルドラントで戦うだろうナタリアの実父)のことにも触れておくべきだったんじゃないかなぁ…。そう思うのは贅沢なのだろーか。
続いて酒場のジェイドとアニス。戦いが終わったらフォミクリーの研究を再開するつもりだとジェイドは言い、アニスはどうするんですかと尋ねる。するとアニスは「……さあ〜。どうすればいいんでしょうねー」と言うのでした。えー。原作では「自力で初代女性導師を目指す」と言うのに。煮え切らないアニスを前に、ジェイドは白々しく「安酒で酔った」と前置きして、ネビリム先生に関する過去を話して聞かせます。自分は一生罪を背負って生きるのだと言って、「このことは誰にも言ってはいけませんよ」「言ったらお仕置きですよ」とおどけてシメてました。ルークとジェイドのコンビが好きな人は悲しみそうです。原作だとルークとジェイドの秘密だったのにな。えーと。つまりドラマCDのアニスはイオンの死からまだ立ち直っていなくて未来が見えず、ジェイドはそんな彼女を「罪を背負っていようと生き抜きなさい」と励ました…ってこと? …優しいです。ホント前巻の冷酷ツンツンジェイドは何だったんだろーなぁという気がしてくる。 このジェイドの昔話を受けて、エルドラントでアリエッタにイオン殺しを糾弾された時、アニスは「分かってる。私は一生それを背負って生きていくって決めたんだから!」と言ったみたいですね。
そしてルークとティア。原作のせっかくの決戦前夜イベントは、前巻で半端な形で使われてしまって使用不可なのですが、海を見ながら会話というシチュエーションは変わらず。さてどんな会話かなぁ。 ティア「いよいよ、明日ね」 これで会話終了。 ……えぇえええええっ!? ちょ。なんじゃこりゃ。ヒロインとの決戦前夜イベントですよ。なのにアッシュのことしか話してねぇ。 ルークの音素乖離のことに全く触れない。ティアは何も知らないまま、不安がる描写すらない。ルーク自身もカケラも怯えてない。そもそも「明日、確実に死ぬ」という状況になってない。「師匠との決着をつける」ことにすらなってない。してるのはアッシュの心配だけ。「ルークとアッシュは仲良し♥」第三回放映。つーか「アッシュを幸せにしてやりたい」と言わせるのは結構なことですが同時に「俺はやっぱりレプリカだし。あいつは本物だし」って言わせちゃダメじゃんよ…。その後にゴチャゴチャ理屈付けてますが言ってることは結局「俺は偽物だから、本物のアッシュに尽くして幸せにしてやらなきゃ」ってことになっちゃうし。しょんぼり。 「俺は、自分が生きていたいのと同じくらい、あいつに生きていてほしいって思うんだよ」 はい。やっぱり「アッシュは死んでしまう可哀想な運命の人なんだ」という前提で語ってるよねコレ…。死んでしまうアッシュを何とか生かしたい。…で、そう望んだルークは死んだアッシュと融合して一つ分の日溜まりに収まりました良かったね。…という筋なのだろーかドラマCDは。 この脚本は、ルークが死ぬとは欠片もみなしてないですよね。死を目前にしたルークが表面は笑いながら「死にたくない」と恐怖していて、ティアが支えて恐怖を分かち、そんな二人をジェイドやミュウが見守ってくれ。ガイたちは気付いているけどルークが望んでいるから知らないふりをしてくれている。あのキリキリ胃が引き絞られるような、それでいて光の灯っているような原作終盤の空気は、ドラマCD版にはまるでありません。どうせルークは最後に戻って来るのだから、彼が死に怯えたり周囲が悲しみを抑えている描写をする必要なんてない。それより死んでしまうアッシュをせめて最期の時まで幸せにするためのエピソードに秒数を費やさなくては。ルークは生き返って結果的にアッシュの居場所を奪うんだから彼のために色々気遣うべき。…って感じに読めてしまう。 うん。ここは「こんなにアッシュの心配をして、ルークは本当に優しい子だね」だとか「こんなにしっかりした自分の意見を持って、そのうえで他人を気遣えるなんて、ルークは原作よりももっと大きな精神的成長をしているね」などの感想を抱くべきなんですよね…。けれども、どうも不自然に話が歪められているように感じられて、座りが悪くて仕方がないのです。
さて、その頃のエルドラント。今まで空気だったヴァンが、何の盛り上がりもなくひょっこりエルドラントの司令室(?)に歩いて登場。ローレライを封じるのに時間がかかったそうです。モースに要求されて第七譜石を渡します。原作ではホド崩落によって共に地核に沈んでしまっていたのですが、ドラマCDでは「地核に沈められていた」そうで。ユリアが沈めたのかな? 「十六年前のホド崩落。母と妹を守るために、私はユリアの譜歌を詠った。歌に惹かれるように、その譜石が現れ、私は世界の終わりを知った」 えええっ!? そんな設定初耳ですよ!? 雑誌のシナリオライターインタビュー(『ファミ通PS2』Vol.210,211)だと、第七譜石がホドの地下に隠されていることをヴァンは幼少時から親に聞いて知っていて、元々そこに詠まれた滅びの運命を覆す使命感を持っていたと……そもそも原作本編中でガイが、子供の頃ヴァンの案内で第七譜石を見に行ったことがあるって言ってた………って、ああ。単にドラマCD用のオリジナル設定か…。びっくりした。 「そしてそれを避けるために、ローレライを消し、第七音素を消し、 分かり易くてよいです。それはそうとここでモースが「ああぁ……あぁぉ〜、ユリアよ! 何故このような預言を!」と嘆くの、棒読み(?)過ぎて気になる…。原作ゲームでは気にならなかった私も、流石に「??!」と思ってしまうほどの棒読みぶり。 ヴァンは にしてもドラマCDのモースは、ヴァンのレプリカ大地計画に賛同したってことなんでしょうか?? 思想的には相容れないんじゃないのか? それとも第七音素を注がれて精神に異常をきたしたから、もうその辺どうでもいいってことかな?
ルークたちはいよいよエルドラント突入作戦を開始。タルタロスでエルドラントの下まで行って、そこからカイザーディストRX・改を射出発進だそうで。原作では中盤で地核に沈められてしまうタルタロスですが、ドラマCDでは最後まで大活躍でした。 #エルドラントの司令室(?)。鳴り響く警告音 「偵察部隊から入電」か…。原作だとオールドラントには電波を飛ばす技術がないらしいんだけど。ホント設定変更多い。 「オールドラントを、 一方、タルタロス。カイザーディストRX・改 射出45秒前になって「揚陸後は、速やかにヴァンのもとへ向かいます」と言い出すジェイド。モースを止めに行くつもりだった仲間たちみんな寝耳に水でポカ〜ン。ティアは「まさか……兄さんが生きているというの」と息を飲みますが、ごめんリスナー的には「今頃この話題かい」としか思えん。(しょんぼり) ジェイドは数日前からヴァン復活を予測していましたが周囲を動揺させたくないので黙っていたそうです。えー? ジェイド「障気の噴出の具合が尋常ではなく、音素の乱れが激しい」 それにつけても。 「障気の噴出の具合が尋常ではなく」。……障気の噴出の具合が尋常ではなく。 ルークとアッシュが命を賭して、一万人のレプリカの命を喰らって障気中和した。それ全部無効化ですか! あっはははははは〜。もー笑うしかねー。なんなのこのドラマ。何が言いたいのか分からんわ!
ルークたち、エルドラントに突入。ルークたちが突入を果たしたことを知ったヴァンが「これでいい」と小さく笑むんですが、どういう意味なんだろう。モースの精神汚染が進み、マトモに砲撃指揮できない感じに。「わしのエルドラントは誰にも渡さん!」などとけたたましく笑いながら司令室を出ていきますが、(彼は既に怪物化しているはずで、原作だと怪物化モースは飛んで移動するのに)効果音が普通の「タッタッタ」って感じの足音だったので、むずがゆい気分に。 っつーか。ルークたちの前にモースが立ち塞がりますが、最初は普通に人間の姿だったようです。それが突然苦しみ始め、メチョメチョミチミチ音を立てて怪物化。 …あの。ヴァンに譜陣を書き込まれたシーンで「ぐふぅ! ヴァンよ、なんだこの醜い姿は」「ふっふっふ……。第七音素を暴走させないため、モース様のお体が最も相応しい形を取ろうとしているまでのこと」とかって、既に怪物化してたじゃないですか。なんで二回もモース怪物化シーンがあんの? ルークたちとモースが戦い始めたという報告を受けてヴァンが「多少の足止めぐらいにはなるだろう。滅ぶべき時を失うとは、哀れなものだ」って嘲笑してましたがどういう意味なんだろう。滅ぶべき時? モースはもっと早く死んでた方がよかったとかいう意味なんでしょうか。だったらザレッホ火山の地下でイオンが死ぬ時にモースも倒してればよかったのか? 戦う前にティアが原作通り「導師……いえ、大詠師モース!」と呼びかけるんですが、ドラマCD版だとモースは「新生ローレライ教団の導師」は名乗ってないので、普通に「大詠師モース」とだけ呼ばせてればいいよーな。前述の、ルークが自己確立してるはずなのに「要らない俺が消えた方がいい」と言わせちゃってるのもそうですが、状況を変更してるのにセリフの修正はしてない箇所がちょこちょこあるので地味に気になるなぁ…。 ティアの秘奥義をトドメにしてモースを倒す。この辺の会話は概ね原作通り。 モースの第七音素が暴走した時(怪物化した時?)、ローレライの鍵が反応したのをルークとアッシュは感じたそうです。だからジェイドの言う通りヴァンは復活していて、体内にローレライを封じていて、エルドラントにいるそうです。分かりそうで分からない理屈です。流石はローレライの完全同位体。そして何故か、モースが倒され消滅した後で体内のローレライが暴れて苦しむヴァンなのでした。謎のタイムラグ。このローレライの波動を感じ、ルークとアッシュはヴァンがエルドラントにいると確信。 ルーク「ティアには悪いけど、 続けて、話はツンデレアッシュを暖かく愛するルークたち、という例の方向に。「ルークとアッシュは仲良し♥」放映第四回。 ルーク「ローレライを解放した後、世界はどうなるんだろう」 どう聞いても
ジェイドいわく「せっかくのいい場面を邪魔する」ようにザコ敵がゾロゾロ出現。すると何故かジェイドが自分一人がここに残って戦うので、その間に先に進めと言いだします。(原作のアッシュの行動の焼き直しですかね。) ルーク「一気に蹴散らしてやろうぜ!」 このドラマCDでは、ルークの音素乖離をジェイドは知りません。音素乖離しかけたルークが死を覚悟してローレライの解放をしなければならないという切羽詰まった状況もありません。ルークより超震動に優れたアッシュが同行していて、アッシュも音素乖離を起こしていることをドラマCDジェイドはやっぱり知らない。とくれば、普通ならローレライの解放はアッシュに担わせるものではないでしょうか。けれど何故か「あなたにはここで余計な力を使ってもらっては困ります」とルークに言う。そのうえ悲しそうに「生きて帰ってください。……いえ。そう望みます」。 つーか、ついさっきまでルーク含む全員でモースと戦ってたのに、なんで今更「あなたにはここで余計な力を使ってもらっては困ります」なんだ…。 …今は、いわば自己犠牲を申し出たジェイドをルークが心配して「死ぬなよ」って言ったシーンじゃないんですか? なんでジェイドの方がルークに「生きて帰ってください」と悲しそうに言ってるの?? そしてルークは、自分が音素乖離してることをジェイドに教えてないしジェイドも事実知らない。なのにどうして辛そうに…ジェイドが自分の音素乖離を知ってること前提みたいに「無茶言うなよ」と返してるの???? ええと…。ヴァンとの戦いとローレライの解放は、障気中和と同じように、健康体で挑んでも消滅を促すものなんでしょうか、ドラマCD設定では。で、オリジナルとレプリカなら残すのはオリジナルだ、ってことで自動的にルークが超震動を使うことに決まってる。それでも、さしもの鬼畜眼鏡さんの中にも仲間意識が芽生えていてルークが死なないことを望んだ、というシーン? ドラマCDのルークとジェイドは、自分的にはしょんぼりでした。ルークが、ジェイドにとって過去の自分自身であり、罪の象徴で犠牲者であり、自分にない人間らしさの体現者であり、年の離れた友達であり、力不足で助けることのできなかった…何もしてあげられなかった子供であり。そんな色んな折り重なったものが、原作でのこの別れのシーンにはあって。だから「あなたのしてきたことの全てが許されることはない」と言いつつ「だからこそ生きて帰ってください」と言って、でもジェイドは賢いから理論上では無理だって分かってて。それでも「……いえ。そう望みます」と言う。あのジェイドが、奇跡なんていう非論理的なモノに賭ける。じ〜んとくるトコロなんですけど。…うん。Vol.3のジェイドとルークは良かったし大好きなので、それを胸に抱いていますね。
ジェイドを残して少し進むと、アリエッタが出現。今度はアニスが一人残って戦い、仲間たちを先に行かせることになります。このように、この後も延々、仲間が一人ずつ残って戦う展開です。…往年の週刊少年ジャンプ的と言うべきか、『テイルズ オブ シンフォニア』ラストダンジョンの焼き直しと言うべきか…。 アリエッタ「ここは、アリエッタの大切な場所! アニスなんかが来ていい場所じゃないんだから!!」 エルドラント(ホド島)とフェレス島は違う島だ。 なんのギャグかと思った。…それともドラマCDではホド島のあった場所にフェレス島が浮かんで、エルドラントと呼称されたという設定なのかなぁ。
更に先へ進むと、今度はラルゴが出現。ナタリアが残ります。 ナタリア「みなさん、先に行ってください。この人はわたくしが……」 相変わらず、アッシュはナタリアに一言も話しかけません。いったい何の掟なのかこれは。 アッシュとナタリアは幼なじみで相思相愛。これ公式設定ナリ。同人誌ならともかくも、商業作品であるなら公式設定に従うのが筋ってものでありましょう。なのにこの徹底したアシュナタ除けっぷり。好きな女の子をただ一人残してその場を立ち去る、その女の子はこれから実の父と辛い戦いをする…。ドラマCDではラルゴがナタリアの実父だと、ナタリアは誰にも話していないままなのかもしれないけど、危険なのは間違いない。しかも物語的にはここが今生の別れのシーン。アッシュは、そんな時に一声すらもかけようと思わないの? そんな情のない男なのか? 不自然のキワミだと私は感じるんですが…。
次にはリグレットが出現。ティアが残……って、エェ!? 最終決戦でヒロインを敵前に置き去りにして話を進めるのか! ティアを特別扱いしていない。ティアの大譜歌こそがローレライを取り込んだヴァンに勝つための鍵、という設定もカンペキ消えていますし。その他の仲間たちと実質、同列扱い、か……。凄すぎる…。 #銃弾が撃ち込まれる 最初、「約束? ドラマCDでルークとティアって何か約束してたっけ?」とかなり悩みました。……ああ。「死ぬんじゃねぇぞ!」「あなたこそ」という、今ここで交わしたやり取りが「約束」なのか。ローレライ解放前のルークとティアの最後の約束は切ないものでしたが、ここでは「戦場の絆! 戦士同士の約束だ!」みたいなノリになっちゃいましたね。つか、原作のアッシュ役をティアと入れ替えてるね? (なんだか今回の脚本は、男女カップル描写が不得手っぽいよーな。避けてると言うか淡泊と言うか。前巻まではルークとティア、ルークとナタリアとアッシュの三角関係が物語の主軸に近い場所に置かれてましたので、突然素っ気なくなって変な感じ…。) それにつけてもナタリアのパートでは一言も喋らなかったアッシュがここでは普通に喋っているのでムカついた(苦笑)。
その先へ行くと、ヴァンに心酔する ガイが心友兼弟分とその恋人を守って戦い、先に行かせてやる、って方がカッコよかった。気がする。シグムント流だし。 ガイ「ここは俺に任せろ。奥義をぶっ放したら、一気に駆け抜けるんだ」 最初にザッと聞いた時、「俺が死んだら、誰がお前の面倒見るんだよ」と言うガイに、ルークが微塵の躊躇もなく「ああ。そうだな」と返したように聞こえて、ガイはもうマルクトの伯爵でルークも精神的自立してるのに、ガイに面倒見てもらって当然だと思ってるの? とすごくビックリしたんですが、二回目にじっくり聞いたら違ってました(苦笑)。無数の敵を前にして、譜術を使えない足止め役のガイは本当に死ぬかもしれない。他の仲間たちもみんな離脱して生死不明になってしまった。そんな過酷な状況に呑まれかけてたルークに、ガイは「誰がお前の面倒見るんだよ」なんてふざけてみせた。その意を汲み取って、ルークも強いて笑って、ふざけに乗ってやったんですね。そんなシーン。 そして、原作だとガイはルークが音素乖離で消えかかっていることを確信していて、「サクッと戻ってこいよ」と言った後に続けて「黙って消えるなんて許さないからな」と言うんですが。ドラマCDではカットされてる。…やっぱ、ドラマCD的にはルークは消えないんだからそんなセリフ必要ありません、ってことですか。ルークは何の屈託もなく「ああ!」と返してるし、ガイと別れた後、走りながらこんなセリフ言ってますし。 「ジェイド。アニス。ナタリア。ティア! ガイ! 負けるんじゃねぇぞ。俺も絶対に負けねぇ。またみんなで会おう。全員揃って、また会おう!」 いやーホントに、ドラマCD版じゃルークの音素乖離は存在しないも同然の空気設定ですね。勝とうが負けようが自分は間もなく確実に消える…とは、このルークは欠片も思っておりませぬ。 それはともかく。ルークにしか食べさせたことのない特製グラタン、かぁ…。「料理上手な男性」「きみにだけ特別」と、女性リスナーが喜びそうな、女性感覚的な萌えエピソードです。案の定、私も引っかかった。 旅の間だったらルークにしか作らないなんて非協調的なこと出来ないから、お屋敷時代のことなんでしょうか。守り役のガイが主人に料理を作るなんて特殊な事態。…ルークが不貞腐れて部屋に閉じこもったりしたとき、食事も食べなくてお腹すかせた頃に、ガイがこっそりグラタン作って持って行ってやったことがあったとか。などなど順調に妄想しました。ルークのための特製グラタンなら、チキンやエビが入ってるんでしょうね。ルークはミルクが苦手だから、ソースにちょっと白味噌入れたり? アッシュの味覚はルークに近いらしいので、きっと気に入るでしょうね。
しばらく進むと、アッシュが改まって話しかけてきます。 アッシュ「ルーク。ひとつお前に言っておきたいことがある」 うん。ここはすっごくいいです。綺麗にまとまってます。アッシュがルークに「負けた」のが剣の強さではなく「心」であること、そのことをアッシュ自身が認め、しかしそこから「俺も二度と負けない」という結論に達する。じーんときました。 自分探しの解答の一つは、無力でカッコ悪い自分を認めるってことだと思われます。自分を認めたら、そこから自分を作っていく。自分は探しに行くものじゃない。最初からここにいるんだから。 ただ気になるのがルークが「お前と同じように、体が消え始めてるんだ」って言うこと。…なんでルークはアッシュが消えかかってること知ってんのだろう? 色々察し良すぎる。ルークのくせに。 あと、個人的には「悲しいくらいに俺は、お前のレプリカらしくてな」という言い回しも、ここで使うには相応しく思えないです。アッシュがルークを自分とは別個の人間だと認めるシーンのはずなのに、「俺はアッシュのレプリカだからアッシュと同じ」とルークが考えているようにも取れちゃう語り方なのがなぁ…。別の表現してほしかった。
ルークとアッシュはとうとうヴァンの元に到着。 ヴァン「アッシュでもルークでもなく、二人の『ルーク・フォン・ファブレ』が辿り着くとはな」 ホントに。完全にパラレル展開です。同人ならともかく商業本編モノでこんなのやるとはびっくりかも。 戦闘前の会話は、仲間たちがいないので寂しい感じ。ヴァンの誘いを、アッシュの分までとっとと断っちゃうルーク。ちなみにアッシュは「甘く見ないでもらおうか」くらいしか言わないです。口下手なのか? 戦闘開始。前巻のシンク戦と同じ演出で、戦う声をバックにしてルークのセリフが流れます。「だから俺にはもう、あなたは必要ないんだ!」という奴。原作にあった、ヴァンの「賢しい知恵をつけたな」は無いです。 ヴァンにルークは斬りかかりますが刃を受け止められ「その程度の力で、私を倒せると思っているのか!」なんて言われる。が、そこで「今だ、アッシュ!」と呼びかけ。「もらった!」とアッシュが隙をついて攻撃…しようとしたところで、突然剣を取り落として苦しみ始めます。ついに消滅の時が来たらしい。驚いたルークはアッシュに意識を奪われ、ヴァンから離れてアッシュに駆け寄り、無防備な背を晒す。 ヴァン「ここまで私を追い詰めるとは。流石は我が弟子たち……と言っておこうか。だが、詰めが甘いな。所詮は、愚かなレプリカよ!」 ルークが第二超震動の力に目覚めて「俺はレプリカでも、オリジナルでもない。俺は……」と言った時、
前にも書きましたが、より決戦場に近い場所で別れたガイが来ないのに、ティアだけ駆け込んできて都合よく別れの言葉を交わす。いかにも不自然なのでもう少し何とかしてほしかったです。ヴァンとの戦いが終わった時に「ルーク!」とかって仲間たち全員が駆け込んできて、中からティアが「兄さん!」と飛び出してくるとか、そういうので良かったんじゃないかなぁ…。仲間たちとルークの別れのシーンも。ジェイドとガイのは決戦前のシーンに組み込んで、アニスとナタリアのは完全カットしていますが、無理にシャッフルして歪めなくても、原作通りここに全員分を挿入してよかったんじゃないでしょうか。
それから。自分としてはアッシュの死に方がイマイチでした…。 身を投げ出してルークを庇い、その犠牲となって死ぬ。死に際には「俺の分も生きろよ」と言い残して。 違う。違うよ。ルークに対しては、アッシュはそれを言ってはいけないんだよ。ルークはアッシュとは違う人間で、それをついさっき認めたばかりなんでしょ? ルークはルークの分しか生きられないよ。(つか、ついさっきルークも消滅しかかってるんだって聞いたばっかなのに、なぜ「長生きしろよ」的なことを言い残すのか。) 確かに、原作でアッシュがルークにローレライの鍵を託して無数の兵士たちの前に残り、結果的に殺されてしまう展開は、「ルークのために身を犠牲にした。ルークに全てを譲り、託した」と解釈できるのかもしれません。シナリオライターさんはそう解釈していて、だからこのような、よりそのニュアンスを強めた代替エピソードと入れ替えたのでしょう。 私自身、原作をプレイして間もない頃はそう思っていました。自分が消滅することを知っていたアッシュは、全てをルークに託したのだと。彼は犠牲になってルークを生かしたんだと。でも、その後関連資料を読んだり何度もプレイしたりして、あっ違うんだ、と思うようになりました。微妙なニュアンスの差ではあるんですが。アッシュは対等な人間同士…仲間としてルークに使命を託した。でも『ルーク』という存在を、自分の命を譲った訳じゃないのです。 こんな些細な部分に引っかかってしまうのは、私が最後に戻って来る『彼』をアッシュだと思っているからなのでしょう。ルークはアッシュから切り離された独立した人間として生きることを望み、戦いの中でそれを示して死んでいった。アッシュはルークとの決闘でようやく自分自身を見つめ直し、「ルーク・フォン・ファブレ」として何恥じず生きていく勇気を持った。アッシュは生きて帰って来て、これからの人生を歩んでいく。自分を作っていく。そんな風に思っています。 けれどもドラマCDは、最後に戻って来るのはルークだと前提している。そうとしか思えません。アッシュは死んでいくから生き残るルークに「俺の分も生きろよ」と綺麗な言葉を遺す。……ルークを庇うという綺麗な死に方で。ルークは孤独で不器用なアッシュに愛情を示して包みこんだ。その気持ちに負けた・屈服したアッシュは、(死は望んだものではなかったとはいえ)自ら全てをルークに譲り渡して消えた。そういう美談として語ろうとしている。そんな意図を感じてしまうのです。 でも、違うだろと。『アビス』ってそういう話じゃないだろと。ルークもアッシュもそれぞれ精一杯生きたんだよ。譲るの譲らないのって話じゃないし、美しい自己犠牲の話でもない。「たった一つの日溜まりを奪い合って、でも最後は二人仲良く一緒に入ったよ」ってことじゃなくて。日溜まりは、最初から別の場所に二つあったんだよ。それに気づくという話だよ。 私はそう思っているので納得できずにもやもやもやもや…。 ドラマCDの結末近くでも、ちゃんと「気付くと俺は日溜まりの中にいる」「気付くと俺は日溜まりの中にいる」「そう。ずっと前から知っていた」「ずっとそこにあった]「「小さな日溜まりに」」とルークとアッシュが声を合わせて言ってるんですよ。居場所は奪わなくとも自分のすぐ側にあった、ささやかながら居場所を見つけたという意味なんでしょうね。でも例の「俺の分も生きろよ」なセリフのせいで、どうにもスッキリしない。困惑してしまう。 「ぼくの命をきみにあげる。だからぼくのぶんまできみは生きてね」っていうお話ではないと思うんですが…。原作ではアッシュがルークを吸収して生還するけど、それだってルークがアッシュに命を譲ったということではなく、 アッシュが死ぬシーン、もう一捻りあったらよかったのに。ルークのためにポンと身を投げ出して死ぬんじゃなくて、ルークを襲うヴァンの剣に気付いて咄嗟に飛び出て剣で受け止め、しかし音素乖離のために押し負けてヴァンに倒されてしまう、とか。そんで死に際のセリフも「後は……頼んだぞ、ルーク」とかみたいなのがよかったなぁ。ルークのために身を犠牲にした美談、ってのじゃなくて。対等な仲間として共に戦った末に、使命を果たすことを信じて託す! って感じの方が良かったです。微妙なニュアンスの差なんですが。
エルドラントが崩れ始め、ルークはティアに「ティア。みんなを連れて、急いで脱出してくれ。俺はここで、ローレライを解き放つ」と告げる。ルークとティアの最後の約束、ティアが去り際に小さく「ルーク。……すき」と呟く辺りは原作と同じです。 しかし「ルークがアッシュの亡骸と共に地核に入る」「解放されたローレライがルークに語りかける」「ルークの消滅とアッシュの復活(手が動く)」という一連のシーンは全てカット。仲間たちが無事脱出して、エルドラントから立ち上る光を眺めているシーンに切り替わります。原作では美しいながらも悲しい雰囲気のシーンでしたが、ドラマCDでは明るく希望に満ちた感じになっています。 (ナレーション)エルドラントからまばゆい光がほとばしり、世界中を照らした。それが何の光であったのか、真実を知る者は少ない。しかし、それを見上げた人々は、何故であろう、みな胸の奥に優しい歌を聞いたように感じたという。 詩的ですね。 ナタリア「とても暖かくて、優しい光……」 ティアのセリフの意味が分からない。 それにつけても。 「障気が消え、音素の乱れも収まっています」……障気が消え、音素の乱れも収まっています。 フェレス島での障気中和は完全に無意味だったようです。ローレライ解放でついでのように障気が消えるんなら。一万人のレプリカは犬死にでしたかそうですか。 ドラマCDでは、ルークにレプリカ一万人を犠牲にしての障気中和を持ちかけたのはジェイドでした。……ドラマCD版のジェイドは万死に値する。
エピローグ。原作では『彼』が帰って来るのは二年後なんですが、ドラマCDでは何故か「一年後」に変えられていました。意図不明な原作への反抗。(…あ。ファミ通攻略本の年表の誤記を鵜呑みにしてる、とか…) 例によってセレニアの花の設定は皆無。崩壊エルドラントの瓦礫の中です。 アニス「はぁ……。いない……どこにもいないよ? ルークも、アッシュも」←泣きそうに …ルークとアッシュってそんな数々の奇跡を起こしてましたっけ。障気中和の時すぐに消えなかったってくらいじゃん。早くも伝説化が始まっている模様。 ガイ「今回ばかりは何だよ! そんな風に諦める前に、もっと手を動かせよ」 ヴァンが倒れてティアが駆けつけた時、アッシュは既に死んでいたのですが、「アッシュも生きてる&ルークと共にローレライ解放した」前提で会話が行われているという不思議。ヴァンを倒したのは共同と言えるけど、ローレライ解放はルーク個人の仕事ですが…。ティアはアッシュが亡くなってたことに気付かなかったのかなぁ。それとも仲間たちに黙ってるだけなのかなぁ。実際「何度でも復活の譜歌を詠う」とか言ってるし。復活って死んでる人を蘇らせるってことだよねぇ。つーかドラマCD的には第二超震動が使えるようになった時点で融合が完了してた、だからローレライ解放したのはアッシュの音素を取り込んだ統合『ルーク』君ですってことなんだろーか。 そんでつくづく思いました。シナリオライターさん、ホンっトにアッシュとナタリアのカップルへの愛情がないんですねー。ナタリアに「既に諦めているような発言をして顰蹙を買い、責められる」という厳しめライクな役を振ってるうえ、ティアに向けて「あなたどうしてそこまで」と言わせるなんて。 どうしても何も、ルークを特別な意味で愛してるからに決まってるじゃないですか。そしてそれはナタリアも同じはず。今までの巻ではずっと、ナタリアはアッシュへの深い愛情を見せていたではないですか。七年経っても色褪せないほどの。なのに「あなたどうしてそこまで」なんて空気読めない発言する役を振られてる。「ええ。そうですわね。アッシュもルークも必ず生きています。わたくしも……信じていますわ」とか言うかと思ったら言わない。猛烈にしょんぼり。 ティアが譜歌を詠おうとしたとき、瓦礫を踏み越えてルークが帰ってきます。ええ、ルークが。 ティア「帰って来てくれたのね……」←嬉しそうに声を震わせて 感動的に盛り上がる音楽。どこにも悲しみや切なさの影はありません。そして劇終。どう聞いても普通に主人公が帰ってきたというハッピーエンドでした。
この最終巻を聞いてどうにもスッキリしなかったのは、前述のとおり、ルーク生還前提で話がそっくり組み直されていたからです。 最後に帰って来た『彼』が何者なのかの解釈は、そりゃ自由です。ですからルーク帰還の結末自体は仕方ありません。(出来ればニュートラルな結末にしてほしかったですが。)しかし問題は、「ルークは生きてアッシュは死ぬんだから、可哀想なアッシュをもっと幸せにするべきだ」という意図が、あまりにも強く透けて見えることです。アッシュがルークたちのパーティに入っても、みんなと友情を深めても、それ自体はいいのです。しかし原作で語られていたルークの物語……死に怯えながらも立ち止まるまいとするルーク、死の恐怖を分かち合ってルークを支えるティア、ジェイドの苦しみと後悔……それらを全て、破棄してしまった。恐らく、「だってルークは結局死なないんだから、語らなくたっていいじゃないか」という考えによって。これは大問題だと思います。 決戦前夜にティアと語り合うルークが、アッシュを幸せにしてやりたいとしか言わないのには、流石に愕然としました。
そしてまた、少し恐怖を感じました。今までに発売された『アビス』の商業二次作品…小説二種と今回のドラマCD…の全てが、揃えたように「ルーク帰還」としか思えない結末の書き方で、しかも 大爆発設定をしっかり説明して、そのうえで「これこれの理由で、ルークが帰って来た」と書いているなら納得できます。でもそうしない。まるで大爆発設定そのものをなかったことにするかのごとく、どれもこれも不自然にスルーしていく。一作くらい、アッシュ帰還の結末を選んでくれる商業二次作品はないものなのでしょうか。漫画版がまだ未完結で残っていますが、どうなるのか恐ろしいです。 全ての商業二次が「ルーク帰還、大爆発設定無視」で語り、これがなし崩しに事実上の正史になり、将来ゲームの『アビス』がリメイクされる時には、大爆発設定のサブイベント自体が消去されちゃうなんて事態も起こり得るんじゃないだろうか? なんて。 私はルークが大好きです。でも、物語の設定はキッチリ踏まえたいと思う方なので、商業二次作品…半公式物が、どれもこれも設定を無視している現状は、割と不満です。 ※追記。このドラマCDの十日ほど後に完結巻が発行されたファミ通小説版外伝『
最後に、初回特典の封入CD収録のおまけドラマ「ルーク、女性恐怖症になる? の巻」の感想をサクッと。 脚本は、このCDシリーズのプロデューサーでもある松永孝之さん。 ルークの言動やアニスの喋り方、ナタリアが旅に同行していることから、ルーク親善大使時代のお話だと分かります。…が。この時期でアッシュが普通にルークと会話してアドバイスまでするという有り得ない状況。本編時間軸に当てはまらないパラレルワールドのお話なんですね。 わがままでいい加減な言動のせいで女の子たちに叱られてしまったルーク。なんとか問題解決したいと男性陣にアドバイスを乞うて、言われたままに行動するけど火に油を注いでしまい……というコメディです。 面白かったです。男性陣それぞれが説く「女性への接し方」が愉快でした。アッシュは亭主関白、ガイは優しく、ジェイドは軽妙に楽しい会話を。特にアッシュの物言いが笑えた(笑)。「メシ! 風呂! 寝る! それで充分だ!」なんて。自らの威厳を尊重し重んじられることを重視する。ファブレ公爵もそういう感じなのだろーか。ルークにアドバイスした後「やれやれだ」なんつってましたし、こっちのドラマではアッシュの方がお兄ちゃんですね。 ルークは人のアドバイスを聞くとすぐに鵜呑みにしちゃう。行動力はあるけど軽率で付和雷同だなぁ(笑)。あと最後まで人の話を聞かない。それで失敗するというヤレヤレちゃん。落ち込んで水辺に座って石なんて投げてるよ。ガイでなくても可愛く思うようになろうってもんです。 そしてアニスはルークを「うわぁああぁ〜〜んっ、こわいよ〜〜!」と大泣き☆逃走させてしまいます。そんでルークは二回もナタリアを大泣き☆逃走させてしまいました。アッシュに知られてたら半殺しにされてたかもしれんな双牙斬。 そーいえば一個だけ気になったこと。洗濯当番がパーティの洗濯物をまとめて洗うことになってましたが、それはおかしいんじゃ…。旅してたら、洗濯物は各自自分のものを洗うよね、普通。何故って、家族でもないのに異性の洗濯物を洗うわけにもいかないからです。毎日各自で洗って夜干してた方が早いですし。 …んー。携帯毛布とかの共有物だったら当番制にして洗濯してもいいのかな。しかしそれだと滅多に洗濯物は出ないと思いました。 |