注意!

 

テイルズ オブ ジ アビス 黄金きんの祈り[上]

エンターブレイン/ファミ通文庫/矢島さら

 ファミ通文庫小説版の外伝二期。上下巻予定の上巻です。前回の外伝からほぼ一年後の発行。ノベライズものは原作が完結するとそこで終わり、な場合が多いと思うのですが、原作から二年も経って新ノベライズが出たのですから、『アビス』は商業的にもなかなか優良なんですね。好きな作品の関連新作がずっと読めてありがたや。

 

 イラストは相変わらず耽美です。…結局問題は、このイラストレイターさんに「絵を元デザインに似せる気がない」って点だという気がしてきました。アニメ『逮捕しちゃうぞ』関連ではそこそこ似た絵を描いておられるんですから、もっと藤島絵(っていうか、ゲームで実際に使われたカット絵)に似た絵を描こうと思えば描けるんじゃないかと思うんですが、なんでこうどこまでもかけ離れた絵柄なのか。

 まあそんな感じで、今回の表紙はルークとガイという自分的 『アビス』二大好きキャラのツーショットでしたが、あまり舞い上がった気分になれなかったという複雑さ。

 ところでルークとガイって設定上、十センチ以上身長差がある(ガイの方が頭半分は高い)のに、この表紙では何故かほぼ同身長…むしろルークの方が微妙に高い感じに描かれてあって謎でした。そういえば前回外伝上巻の表紙、ガイはジェイドより二センチしか背が低くない(つまり殆ど変わらない)のにドカッと頭半分以上も低く描かれてましたけど、このイラストレイターさん的にはガイは低身長のイメージなんでしょうか。本編ノベライズ中巻のアッシュの身長も、ほぼ同身長のはずのナタリアと比較して高過ぎておかしかったけど、絵柄にも設定にも囚われないのが芸術というもの?

 そして口絵は、亡き姉のリボンを風に飛ばす切なげな表情のガイ兄さんの見開きでした。大河少女浪漫マンガ的に耽美です。すっごく幸薄そう(笑)。

 

 内容の感想にいきます。例によってネタバレ注意してください。




 今回はティアとガイの二人が主人公です。それぞれ独立したパートに分かれており、プロローグはルークの帰還を待っている本編エンディング前夜の二人それぞれの様子。本文は全四章のうち一、三章がティア編、二、四章がガイ編。二人の幼少期から始まって、それぞれ本編開始直前までが描かれています。

 

◆ティア編

 簡単に言ってしまえば、『テイルズ オブ ファンダム Vol.2』のアビス・ティア編を開いてオリジナル要素を追加したノベライズです。ティアと関わるユリアシティの市民たちがオリジナルキャラとして追加されてあります。また、ティアの実母のフルネーム(ファルミリアリカ・サティス・フェンデ)と愛称(ミリア)が明かされているのは特筆しておくべきことでしょう。明示されていませんが、これだけの重要キャラですから流石にメインシナリオライターさん(またはバンナム)提供の設定でしょうし。なお、ミリア母さんによればティアの名前は予め夫と共に考えておいたものだそうです。

 『キャラクターエピソードバイブル』のガイの小説を読んだ時、幼少ガイが数え上げた中にガルディオス家の剣であったはずのヴァンの父の名前が挙げられていなかったのが引っかかって、ヴァンの父はどういう人だったんだろう崩落の時どうしていたんだろうと気になってたんですが、そのせいか、この小説にも小さな引っかかりが作ってあるように感じてしまいました。

「名前を……あの人と一緒に考えておいてよかった」
 ミリアが微かに笑うのを見て、ヴァンは唇を噛んだ。
「母さん……僕は、父さんのこと……」
 ヴァンデスデルカ、とミリアが息子を遮った。
「父上はガルディオス家の方々と共に勇敢に戦ったのです。もう生きてはいらっしゃらないでしょう。あなたはもう、先のことだけ考えて生きていくのですよ……自分を、責めないで」

 あの騒動の中でヴァンの父がどうなったのか、結局不明なんですね。ミリアは夫は殉職したと思っている。ヴァンはどう思っているのでしょうか。ミリアに遮られてしまいましたが、ヴァンは「僕は、父さんのこと……」と、何を言おうとしたのか。「父さんのことを諦めていない、きっと生きているから探すつもりだ」? それとも「僕は(疑似超震動で)父さんのことを殺してしまった」? まさか「僕は父さんのことを許せない」とか。唇を噛んでいるので、このセリフを言う時ヴァンが辛い心境だったのは確かだと思うのですが。彼と父親はどういう父子関係だったんでしょうね。

 ホド崩落当日のヴァンの父に関しては、ガイ編の方でちょっと触れられてるんですが。

 キムラスカ軍が動いたという情報は、昨日から耳に入っていた。彼はフェンデと手分けをし、港付近の警戒に当たっていたのだ。ところが敵軍は裏をかき、島の反対側から強引に上陸をはかった。
 港を離れたペールギュントは、いったん敵を迎え撃つために街へ出たガルディオス伯爵が、敵の侵入を知って急ぎ屋敷に戻ったことを知らされたのだった。
(中略)
(フェンデはなにをしておる!?)
 港から屋敷まで駆けつけるのに失った時間を思うと、ペールギュントの胸は後悔のために張り裂けそうだった。それでも、”ガルディオス家の剣”とうたわれるフェンデに望みを繋いでいたのだが、あろうことか、彼の姿は見えない。
(中略)
「ペールギュント様!」
 部下のひとりが走って来た。
「早くこちらへ! キムラスカの船を一隻確保してあります!」
「そうか」
 念のため部下に船を見張らせていて正解だった。
「フェンデはどうした!?」
「こちらにはいらっしゃいませんでしたが!?」
 轟々という音の中で、部下が怒鳴った。
「お探ししますか!?」
「いや、もういい!」
 ぐずぐずしている暇はない。ホド島を占領したキムラスカ軍が港に戻る前に、一刻も早くガイラルディアをここから遠ざけなければ――。

 こうも執拗に「(屋敷の警護を担当していた?)ヴァン父の姿が見当たらない」「生死が分からない」と書かれていると、気にしないわけにはいかないです。まさかキムラスカ軍の手引きをしたのがヴァン父だとか…ってわけないか。何のメリットもないし。しかし今後の外伝なんかに、何らかの形で(名前だけでも)登場してくる可能性はありそうな書き方ですよね。これがこの小説だけの、大して深い意味のないオリジナル描写なのか、メインシナリオライターさんの提示した設定に沿って書かれている深い意味のある公式見解なのかは分からないのですが、万が一後者ならば、漫画版外伝なんかでホド崩落を扱う時に触れられたり?

 

 それはともかく、ここに「キムラスカ軍が動いたという情報は、昨日から耳に入っていた。」と書いてあったのにはエーッと思いました。『エピソードバイブル』の小説で、ガイの生誕祭の最中に兵が駆け込んできて報告してガイ父が慌てて出ていき、その後キムラスカ軍が攻め込んでくるという状況から、不意を突かれた、予め察知していたマルクト軍はそれをガルディオス家には伝えなかったんだとばかり思ってたんですが、前日から知ってたのに一軍を港に配備しただけで予定通り生誕祭開いてたんですかい…。そして「反対側から上陸されて」あっという間に瓦解。ガルディオス伯爵は颯爽と街へ出陣したものの敵は反対側から侵入して屋敷を襲ったので慌てて戻ったが手遅れでしたという間抜けの二乗。なんなのこの見極めの粗末さと悪すぎる手際は。

 いや、ルークの父上がそんだけ凄い武将だってことなのかも。知略も指揮も剣もガルディオスを凌駕していた…という歴史的事実が今ここに。マルクト中に憎まれてたもんなぁ、キムラスカの英雄・ファブレ公爵。

 

 話をヴァンに戻しましょう。母の死の直後、涙一滴 流さなかった彼の独白。

(母さん……妹を守ることは約束します。でも僕は自分を責めたりはしていませんよ。悪いのは僕じゃない。知っているじゃありませんか……母さんだって……)

 ぶはーーー!!!

 吹いた。ぶっはははは。後のルークの「俺は悪くねぇ」は、まさに師匠から直で受け継いだものだったのかーー!!

 なんというステキじゃないスパイラル。こうして因果は巡って行くのですね。

 『アビス』は世界に厳しめスレヴァンの報復物語だった…。なんだか初めて、ヴァン師匠せんせいの後ろ頭をハリセンでド突き倒したくなってしまったんですがどうしましょう。

 

 まあ実際、ヴァンは被害者なので悪くないけど。十一歳のヴァンが自分の心を守るためにこうした結論に至るのは無理もないことだけど。理屈はどうあれ、ルークみたいに真正面から受け止めることの出来た人の方が奇特ではある。

 

 …っていうか。ヴァンがレプリカ大地計画を行おうとしたのは、ホド崩落への報復ってのは第一動機。本当の動機はユリアの子孫たる彼が第七譜石の預言…消滅預言ラストジャッジメントスコアを最初から知ってたからで、このままじゃどっちにせよ数十年後に世界が滅ぶ、ユリアの願いを叶え世界を救うために、こうなったら荒療治してやるこんな駄目世界なんだから大きな犠牲を払ったってそんなの関係ねぇ! 全部終わったら僕も死ぬしいーじゃん。と思った、ってな流れがあったはずですよね? でも『ファンダム2』でもこの小説でもそっちの動機の方はスルーされてるぽくて謎だなぁ。(ティア視点だからその動機はまだ見えないってことなんでしょうか。下巻で語る?

 …この小説では、十代後半のヴァンがどんどん不安定になっていった原因はどうやらダアト(外の世界)にあったらしいと示唆されてるので、そこで何か最終預言絡みの辛いことが起こってたのかな。

 

 幼少時代のティアの周囲の人たち。タルバス家の人々、というオリジナルキャラが登場。

ジェシー・タルバス

タルバス家の主婦。テオドーロに指名されてティア母の世話を非常に親身にこなし、彼女がティアを産んで亡くなると、以降十数年、決まった日に来てグランツ家の家事をしてくれていた。ティアはジェシーが好きだったしジェシーもティアのことを気に掛けて可愛がってくれていたけれど、余所者を嫌うユリアシティの閉鎖社会の中で、ティアを心底可愛がることに怯えていた。ティア自身、それを感じ取っていたので心底ジェシーに甘えることはできなかった。ティアが十五歳の頃に病死。その頃には疎遠になっていて、ティアは人づてに話を聞いただけだった。優しく善良だが心も体も弱かった女性。

セイン・タルバス

ジェシーの息子。ティアより一つ年上。幼少時はティアに親切だったが、成長するとジェシーと同様に周囲の目を気にして(?)ティアと距離を置くようになった。士官候補生になってから、贔屓されているティアを憎んだのか、ティアのナイフを盗んで(盗んだのはジェシー? アリッサ?)共有家畜庫のブウサギを全滅させる事件を起こし、士官候補生の身分を失った。

アリッサ・タルバス

ジェシーの娘。ティアより二つ年下。母を取られたと思って、幼少時からティアを嫌悪していた。上巻の時点で、父や兄と共に消息不明。

ハワード・タルバス

ジェシーの夫。神託の盾オラクル騎士団に所属し、自治区の統括役を務める。セインの事件の後、自ら辞職。

 …なんか(ある意味ティアのせいで)一家崩壊してるんですが…。後味悪ぃいいい! アリッサだけは下巻に再登場させたいと作家さんの公式サイトに書いてありましたが、ティアを憎んで悪態を吐く役なのだろーか。それとも逆にティアが世界を変えたことを認めて励ましてくれたり? ブウサギを殺したのはアリッサで、セインはそれを庇ってて、神託の盾には入れなかったけどシティの物資調達係になったんだったりしたら面白いのに。

 

 それにつけても、ティアの生育環境が暗すぎるし孤独すぎる。『ファンダム2』ティア編の感想で、ティアは旅の仲間たちと出会うまで本当に親しい友人がいなかったのではと書きましたが、本当にそうだとは思わなかった。ルークにだってガイやナタリアがいたのに…。常に独りでポツンとしていて、本ばかり読んでいて、五歳の頃から人の顔色を見て自分を抑えてばかり。『ファンダム2』ではまだ、祖父に甘えている普通の子供らしいワガママっ娘の気配も漂わせていたのになぁ。

 けれど、そんな孤独な生活をしていた割に人見知りする様子は全くないのは少し不思議な感じでした。もの分かりも良すぎるし、やたらと聡明だし、ちょっと良い子過ぎるかも。『ファンダム2』に、リグレットを兄との間に立ちはだかった障害だと感じて、初日の訓練を当日になってからわざとすっぽかし、祖父をオロオロさせてリグレットを丸一日待たせるエピソードがあるんですが、この小説ではそれを、

 訓練がないと、気が楽だった。ここがダアトではないと思うと正直身が入らないし、支給された品も半分以上は手つかずで置いてある状態だった。
(私にやる気がないとわかれば、リグレット教官も呆れて指導をやめるかもしれないと思ったけど……ちょっとだらしなかったかな)
 ティアは今日一日で心得書を読破してしまおうと決めた。どうせいずれはダアトに行く。無駄になることはないだろう。

 という三行で処理してしまっています。心の中でちょっと手を抜いただけで、実際にすっぽかすようなことは一切していないのです。幼稚な部分はティア個人の中で解決され、自己完結しちゃって表に出ない。ティアがリグレットを認める過程も、ゲームではティアの精神的な未熟さとそれまでの孤独が、一種盲目的な憧れと崇拝を生んだように見えてたんですが、ちょっと違うニュアンスに感じられました。

 

 話が変わりますが、気になったこと。

 原作のレプリカ編の冒頭で、ルークがティアにもらった手紙を読むと、こう書いてあるんですよね。

……あの、手紙なんて書いたことがないから、おかしかったらごめんなさい

 しかしティアが手紙を書いたことがないなんてことがあるんだろうか、と不思議に思っていました。だって大好きな兄と離れて暮らしていて、この世界には電話はない。ならば普通は手紙のやりとりをするものではないのか。そして超震動特訓のサブイベントを見ると、二年前のリグレットがティアに、ヴァンに託された手紙を渡すシーンがあります。

 兄からは手紙が送られるけれど、ティアは返事を出さないのか? ヴァンが返信を禁じていたのか? 単にユリアシティからダアトへ手紙を送るシステムが整っていなかったということなのだろうか。なんて。

 けどこの小説ではティアとヴァンは頻繁に手紙のやりとりをしていたと、あっさり語られていましたよ。わー。

 まあ確かに、その方が自然ですな。

 うん。レプリカ編のあの言葉は、「(兄さん以外の人に)手紙なんて書いたことがない」って意味なんだと、勝手に脳内補完しておきます…。

 

 ティアはいよいよ実地訓練のために士官学校へ。リグレットの部屋に行って弟の形見のオルゴールを見たり、執務室でヴァンと会ったりするオリジナルエピソードが入ります。それと、合間にポツンと視点がリグレットに切り替わるパートが設けられ、「リグレットの遺言」イベントの内容(復讐目的でヴァンに近付いたこと)が説明されていました。小説的には、この時点のリグレットはまだヴァンへの復讐を諦めてはいないっぽい? 『ファンダム2』とは異なり、リグレットが最後までカンタビレに掻き消されることなく存在感を保っていたのは嬉しかったです。

 他は概ね『ファンダム2』通りの展開。小説らしくティアの内面の掘り下げがなされていますが、カンタビレの掘り下げは特にありませんでした。それからティアがヴァンを刺すシーン、ヴァンの剣を使ったことになってますが、ゲーム画面で見る限りでは刺された時ヴァンは腰にちゃんと自分の剣を吊ってるのに。(だからティアは自分のナイフを使ったんだなと私は解釈してた。)

 また、覚悟を決めたティアが兄を討つために「どうしても」モース配下にならなければならなかった理由が『ファンダム2』の流れでは謎なのですが、小説でもゲーム同様説明されませんでした。相変わらずモースとティアの関わりも全く触れられません。

 兄を討つため、いよいよバチカルへ出発しました、というところで今回のティア編は終了です。

 

 ティア編を読んで、二次創作にオリジナルキャラクターを登場させる意義やテクニックについて、改めて考えさせられました。

 新キャラを投入すると話を膨らませることが出来る。しかし既に完成した原作がある場合、安易に膨らませると本編と釣り合わなくなって、本編の方を歪ませてしまうこともあるように思います。その意味で、正直、『ファンダム2』のカンタビレはあまり成功しているようには思えませんでした。肝心のリグレットを食ってしまっていましたし、核心を知っている重要キャラとして描かれているくせに本編では何もしない…させようと思うのなら本編の方を外伝に合わせて改定しなければならない。つまり、本来の物語の枠からはみ出している、本編を壊すキャラクターだと思えたからです。(将来『アビス』がリメイクされるとして、カンタビレの活躍が安易に追加されたりして、本来の「ティアとリグレット」のテーマがぼやけてしまうようなことになったら最悪だなぁと思ったりします。

 今回のこのティア編にはタルバス一家というオリジナルキャラクターが登場し、特にジェシー・タルバスは実質ティアの育ての母という重要な位置にいます。ティアの過去に重大な影響を与えておかしくない人物。しかし本編開始前に物語から退場。…この辺りの処理はカンタビレと変わりませんが、彼女を世間の目を気にする心弱い女性として描き、元々ティアとの間に距離を置いて、存在感薄く描いてある。おかげで鼻につきません。もしジェシーとティアに疑似母子としての深い関係を築かせていたなら、その分、ヴァンやテオドーロとの絆が細く感じられてしまっていたことでしょう。逆にティアがジェシーに全く愛されなかった(無視、虐待されていた)と語られていたなら、それはそれで何か違う方向に話が歪む感じがする。

 二次作品でオリジナルキャラクターを扱う際のさじ加減というものを勉強させられた思いです。

 

◆ガイ編

 『エピソードバイブル』のガイ小説の焼き直しからスタートし、ガイの生い立ちをオリジナルエピソードで綴っています。

 

 『エピソードバイブル』のヴァン小説で、ヴァンは疑似超震動を起こした後、研究所の近くに倒れていた母を助けて共に魔界クリフォトに落ちたと語られていたのですが、どうして身重のヴァン母がそんなところにいたのだろうかと思っていました。この小説によれば、元々ヴァンと一緒に(付き添いってこと?)研究所まで行っていたのだそうです。そうだったのか…。

 それから。『エピソードバイブル』のガイ小説で、「預言士スコアラーが僕の生誕預言スコアを詠んでる途中で、兵士さんがやってきたんだ。それで父上に何かを言ったと思ったら、僕はお部屋に戻るように言われて。仕方なくお部屋で待ってたら、姉上がやってきて、今度はキムラスカ軍が来たから隠れていなさいって言われた。それで僕は暖炉の中の煙突によじ登ったんだ。」とあったので、ガイが隠れていたあの部屋はガイの私室だったのかーと思ったんですが、この小説では更に設定を細かくして、「通称”暖炉の部屋”というのは子供用の居間のことだ。マリィベルとガイラルディアが昼間くつろいだり、友人を通すときなどに使う。」と説明していました。子供専用の居間があるなんて、さすがお金持ちですね。そしてマリィベルは後から来たのではなく自らガイを連れてそこに行ったと語られ、ガイが姉に命じられて「煙突によじ登った」という描写は却下。ただ暖炉の中にうずくまって目をつぶっていたことになってました。『エピソードバイブル』を参照しているのは明らかですが、結構細部が違う。兵士が報告に入って来たのも、預言を詠んでいたときではなくてケーキを切り分けていたときになってましたし。

 

 視点がペールに切り替わり、ホド崩落のこの日、彼がどう行動していたかが語られます。前述したとおり、前日からキムラスカ軍の動きを察知していて、屋敷の守りはヴァン父に任せて(?)港を守っていたのだそうです。しかしキムラスカ軍は港ではないところから上陸してきたので慌てて引き返し、その途中で、ガルディオス伯が街まで出陣してきていたが屋敷が襲われたのを知って引き返したことを聞き、更に焦って屋敷に戻ると、既にガイを除く全員が殺されていた、と。

 …なんかちょっと腑に落ちないというか、不満でした。

 というのも、ゲーム発売後まもなくに出たメインシナリオライターインタビュー(『電撃PlayStation』Vol.341)で、

「キムラスカ軍がガイの家に攻め込み、彼のお姉さんたちを手にかけるというものなんですけど、この事件はホド島が崩落する少し前に発生します。現場に、ひと足遅れてペールが駆けつけますけど、彼がなぜ遅れたのかというと、ヴァンが疑似超震動を発動させようとしており、その騒ぎに巻き込まれてしまったから。その後、ガイを助けに行き、彼をホド島から連れ出したところで超震動が発生した、という時間軸になっています。」

 とありましたんで。勝手に、ペールはヴァンに付き添って研究所に行っていて、けれどキムラスカ侵攻を知って、装置に繋がれるヴァンを置いて屋敷に戻ったのかななんて想像していたのでした。そうでなくとも研究所近辺でのマルクト軍の撤収騒ぎに巻き込まれてなかなか屋敷に戻れなかった、なんてエピソードがありそうなものなのにそれがないし、一軍だけ港を見張っていて屋敷では誕生会をやっていたというのもなんだか間抜けっぽいというか…。まあ、読者の想像なんて当たらないものですね。(^_^;)

 

 ホド脱出の際、マリィベルの遺体を持ち出すことを断念したペールは、彼女の服のリボンを一本抜きとって形見とし、それをガイに渡すというオリジナルエピソードが入ります。この時共にホドを脱出した部下たちとはセントビナーの入り口で別れ、彼らが後にホド住民会としてガイにシグムント流剣術を伝授した、と軽く示唆されます。

 

 さて、そこから後は完全オリジナルエピソード、セントビナーで暮らすガイの日々が語られます。

 ちょっと驚いたのですが。ホド崩落してからまっすぐにセントビナーに入ったようなのに、もうこの時点でペールが「ガイラルディア様が仇を討つとおっしゃるので、ほんの短い期間ここに滞在するだけだが」と言ってるんですよね。ガイはそんなに早い時点で復讐を言い出してたのかいな。

 ところでペールは「ほんの短い期間ここに滞在するだけ」と言ってるんですが、この小説では結局そのまま三年間、ファブレ邸に潜入するまでずっとそこで暮らしたことになってました。んー…。原作ではガイが「あの街は、俺がホドから逃げ出して、最初に匿われていた街なんだ。」って言ってるから、実際は幾つかの街を転々としてたと思われるんだけどなァ…。

 

 余談ながら、セントビナーで暮らしていた間、エリーと言うガイより七つ八つ年上の少女が姉のように面倒を見てくれたことになってました。またかよ。と思ってしまったのはここだけの秘密です。いやだって本編ノベライズのアッシュの過去にもレプリカルークの過去にも、やっぱり「優しくて親身に世話してくれたお姉さん」というオリジナルキャラが出てくるんだもん…。アッシュにはコティ、レプリカルークにはメアリ。肉親の縁に薄い子供には優しいお姉さんは不可欠なのですね。

 

 このエリーが、復讐を望むガイの意を汲んで、自ら伝手をたどってキムラスカ人と身分を偽り、メイドとしてファブレ邸に潜入。半年弱ほど様子をうかがって、ファブレ家が庭師を募集しているという情報を伝えてきてくれたのでした。彼女の退職と入れ替わるようにしてペールに連れられたガイがファブレ邸に雇い入れられ、いよいよ雌伏の屋敷時代が始まります。

 

 原作ゲームではガイとペールは屋敷の使用人棟の部屋に住んでるのですが、この小説では庭に独立した庭師小屋があることになってました。確かにその方が自然です。ゲームの方がそうなってないのは、マップを余計に作る手間を省いたからだろうと思いますし。んで、後にレプリカルークの世話を始めてから、ルークの側に常にいられるように屋敷内に引っ越さざるを得なかった、と辻褄が合わされてました。…あの部屋にはルークのために住んでたのかァ。んじゃマップが狭いからってだけでなく実際に、あの部屋はルークの部屋のすぐ近くにあると解釈していいんでしょうかね。ルークが夜泣きしたらすぐに駆けつけられる距離。

 

 ガイはペールの遠縁の子という触れ込みで住み込み、面接の段階でラムダスにアッシュの遊び相手認定されてました。

 住み込んでから数日後に、ガイはアッシュに遊び相手として仕え始めましたが、この子がいつもムツッとしてるわ、ガイが遊びの提案をしても木で鼻をくくったみたいに却下するわ、食器の音を立てるなどちょっと失敗しようものなら「馬鹿」と冷たく蔑むわで、とにかく可愛くない(笑)。しかもガイが大事に隠し持っていた姉の形見のリボンを発見して、「なんだ? このボロ布は。俺と一緒にいるならもっと身だしなみに気をつけろ!」と床に投げ捨てちゃったりして。ビキビキ # してたガイですが、なにかと優しく接してくれるシュザンヌには亡き母の面影を見出して、復讐の心を揺らしてしまう。その一方で、父の剣がファブレ邸の玄関に飾られているのを発見し、それを輝かしい戦利品だと語ったファブレ公爵と初対面すると、復讐の炎は否が応にも燃え上がるのでした。

 

 二、三年ほど経てアッシュの剣術の師としてやって来たヴァンと再会。その状態が三、四年ほど続いたところでアッシュが誘拐され、屋敷にレプリカルークがやってきます。この辺りの展開は、多くの二次創作で見られたものととても似通ったイメージになっていて、やはり誰でもこういう感じだったろうと想像するものなんだなぁと思わせられました。屋敷の人々が右往左往する中でガイだけは冷めた気持でいて、アッシュが死んでればいい、無惨な死体が発見されて公爵が苦しめばいいと思う反面、自分の手で復讐したかったのにと悔しく思い、誘拐犯に嫉妬にも似た気持ちさえ抱くという。しかしルークが…レプリカルークが発見されて屋敷に連れてこられ、哀れな有様の彼と対面させられると、ガイは動揺して冷たい気持ちも忘れ、情けなく声を震わせてしまう。うんうん。

 

 本編ノベライズの時点で語られていましたが、この小説では、最も気丈に振舞ったのはシュザンヌでした。まっすぐ座ることもできず口からよだれを垂らしてアーアー言ってるルーク。恐らく記憶は戻らないと医者は言う。シュザンヌは苦鳴をあげて一瞬よろけるものの、すぐ自力で立ち上がって「先生。要するにこの子には再教育が必要ということですのね」と確認し、緘口令を敷いて人の手配をして、ルーク再教育のための全ての手筈を整えてしまう。カッコイイです。

 シュザンヌはガイを屋敷内でも口が堅く信頼できる人間の一人とみなして、ルーク再教育チームに組み入れちゃう。尤も、原作ではルークが剣の稽古をすることさえ怖がるほどルークが記憶障害持ちになったことにショックを受けていたのですから、このシュザンヌ像はしっかりしすぎてるかも。(^_^;) ラムダスに剣術はどうしましょうと問われて顔色一つ変えずに「ヴァンデスデルカがいるでしょう。ただ、剣術はまだ先のことだと思いますよ」なんて言っちゃってるし。つか、ヴァンデスデルカはシュザンヌの知らないはずのヴァンの本名ですよー。ポカやっちゃってる。

 一通り手配を終えると緊張が解けたかまた弱々になってしまったシュザンヌは、ガイに色々話し始めるのですが。

「ガイは、私が心臓の弱い体だということ、知っていて?」

 またかよ。と思ってしまったのはここだけの以下同文。いやだって前回の外伝で、ナタリアの実母のシルヴィアも心臓が弱いことになってたんだもん。病弱設定の母親はすべからく心臓病という解釈になってしまうものなのだろーか。

「ルークが死んでしまったらどうしようと思っているのです。この子が病気で死んだり、誰かに殺されたりしたら、私も後を追うでしょう。そんな人生を与えてしまった母親に、生きている資格はありませんから」

 …お、重い。十四の子供相手にそんなこと言わないで下さいよ奥さん。何気に脅されてしまった(?)ガイはシュザンヌの顔が見られなくなってしまう。

(つまり、僕が仇討ちをしたらこの人も死んでしまうということか)

 そしてこの時点でもう、ルークを見ながら(この大きな赤ん坊を、僕が育てるのか……できるのか、そんなこと)と、育てる気満々になっているのでした。シュザンヌ奥さまのペースにどっぷりハメられちゃってることに気付いていないよガイラルディアくん。(^_^;)

 

 最初はルークの世話は苦痛でしかなかったけれど、中身が真っ白なら好きなように育ててやって構わない、周りに人がいないならぞんざいに喋っても構わないし、多少蹴ったってばれはしない。なんてことに気付くと、ガイは肩の力が抜けて気が楽になる。これがガイが変わり始めた第一歩だった…と語られています。

「ばたーん!」
 ルークが仰向けに倒れてみせた。
「ガイ、来るー」
「ちょ、ちょっと……うわっ!」
 両手で足を引っぱられて、ガイラルディアはルークの上に馬乗りになってしまう。
「きゃはははは!」
「ったく、力だけはあるんだからな」
 立ち上がろうとしたガイラルディアの指先が、偶然ルークの喉元に触れた。
「……」
 あたりを見回す。誰も入ってこない。
 おそるおそる両手をルークの首にかけてみる。
(このまま力を入れたらこいつは……)
「ガーイ」
 ふいにルークの唇が動いた。
 ハッと手を離す。

 歩行訓練中、無邪気なルークに引き倒されてルークの上に馬乗りになってしまったガイは、衝動的な殺意に突き動かされる。うーむ、これまた二次創作小説を思わせる甘酸っぱい(…?)シチュエーション。自ら仰向けに寝転がってみせたルークは世に言う誘い受けってや……ゲフン、何でもありません。

 ここから後しばらくは、本編ノベライズ上巻にあったレプリカルークの屋敷時代エピソードの焼き直し・別視点になっています。

 今巻で最も印象的だったのは、この辺りの描写でした。とても嬉しかったのです。

 

 本編ノベライズの方に出てくるエピソードで、フローレスという中年の女家庭教師が、ルークに十三ヶ月の名前を唄わせて覚えさせている場面があります。付き添いのガイが横からちょこちょこ口を出すので苛立ったフローレスは退席を命じ、ガイと離れることにぐずるルークを、勉強が終わったらガイと遊べるとなだめる。喜んだルークは「お礼として」フローレスと握手する。その手には(ルークの好きな)バターが握り込まれていて、手もドレスもバターまみれになってしまったフローレスは悲鳴をあげて、食事の世話係は何をしていたのと文句を言う。するとガイが「お前が不満を言ったと公爵に告げ口するぞ」という意味のことを言ったので、彼女はそそくさと立ち去る、というような流れ。

 ここ、全体的に物凄くフローレスに対して否定的なんですよ。「ルークは、彼女が好きではなかった。神経質でうるさくて、威圧的だ。」なんて書いてあるし。フローレスがルークのことを全然好きではないのに取ってつけた笑みを浮かべて適当に相手をしていて、口を出すガイには露骨に嫌悪の表情を見せる、みたいな。とても嫌な人物として描いているのです。

 そしてガイ自身、わりと嫌なガキ。ドレスが台無しになったと嘆いただけで「なんなら、俺が旦那様に伝えましょうか? フローレス先生は、新しいドレスも買えないほどの薄給を嘆いてましたってね」と明後日の方に話を捻じ曲げて脅すとか。

 っていうか、このシーンのガイは不安定というか、カリカリイライラしています。ルークがバターを握り込んでいたことについて、フローレスがメイドの怠慢だみたいに言うと、同僚のためにかムッとして「ルークは、なんでも好きなものを手に持ってたがるんです」と反論。するとフローレスがあっさり「赤ん坊はみんなそうですよ」と返す。そう、問題はルークがそうするのが好きだってことじゃなくて、そうさせないよう監督してなくちゃってことなんですよね。ところがガイはこれもまた気に食わない。違う方向の理由で。

「みんなって……一緒にすんなよ」
 こいつは俺にとっては特別なんだと思いながら、ガイはつぶやく。

 ガイは、自分がルークの一番の理解者だと…自分だけがルークのことを分かってるんだと思いたがっている。だからフローレスがルークの行動を「赤ん坊にはよくあること」と理解してしまうと、それがもう面白くない。それは類型化に過ぎず、フローレスはその行動の底のルークのつたない好意を理解できはしないし今後も理解しないだろうと決めつける。そして自分が一番ルークの気持ちを理解しているんだと自負しながら、なんで復讐者の俺がそんなの分かってなきゃいけないんだと、それにもムカムカしてる。

「あの先生、自分のことばっかりだ……」
 ルークはガイと遊ばせてくれると聞いて、フローレスに好意を示したかったのだ。しかし、彼女がそれに気づくことはないだろう。
 そこまで考えを巡らせ、ガイは思わず舌打ちした。
「ちっ」
 ルークの気持ちを理解できてしまう自分が、ひどく腹立たしい。

 ぐるぐる行き詰ってますね。

 こんな感じだったのが、今巻ではガラっと変わっているのですよ!

「はな」
「ええ、それは花ですよ。きれいに咲いてますねぇ」
 ついいつもの調子で言ってしまってから、ガイラルディアはため息をつく。
「ペール。どう思う? 言っては悪いが、こんな馬鹿を討ったところで無意味だと思わないか? こんなことになるなら、誘拐前に決断するんだったよ」
「さあ、どうでしょうねえ」
 地面に座ったペールギュントは、クッキーをうまそうに咀嚼しながらルークを見やった。
(わかっているんだ。どうして自分の決心が鈍ってしまっているのか……。こいつのことで苦労しているのは俺だけじゃないもんな)
 ガイラルディアは、この屋敷に関係している大勢の人間がルークのために心を砕いているのを見てきた。
 もしもルークが殺されたなら、彼らはどれほど悲しむだろう。
 一見厳しい行儀作法や勉強を担当している家庭教師たちですら、実のところルークを愛しているように見える。彼らがフォークで手を刺されたりバターをなすりつけられたりしても辞めないでいるのは、決して名誉や体面の問題だけではないはずだ。執事やメイドたちも同じことだった。
 そして何より、ガイラルディアの心に引っかかっているのはシュザンヌのことだ。
 いちばん恐れているのはルークの死だと、あの愛情深い母親ははっきり言っていたではないか。
 ――ルークが死んでしまったらどうしようと思っているのです。この子が病気で死んだり、誰かに殺されたりしたら、私も後を追うでしょう。そんな人生を与えてしまった母親に、生きている資格はありませんから……。
(奥様だけは悲しませたくないよな。あの人は俺に母親がいないと知って目をかけてくれた。ルークが死んだら、本当に自ら命を絶ってしまうだろう)
 この屋敷に入ったばかりのころは、母ユージェニーの面影を彼女に見つけようとしていた気がする。彼女は仇の妻だというのに。
(つくづく甘いな、俺は)

 おおお。ガイが成長してる。視野が広くなってる!

 単に小説の作者さんの考えが変わっただけのことかもしれませんが、以前の本編ノベライズからのこの変化、嬉しかったのです。

 ゲームで、ルークが親善大使を拝命した直後に屋敷に戻って白光騎士団に話しかけると、「ついに今までの生活から抜け出せましたね」「ルーク様が親善大使としてアクゼリュスに行かれるとは。ファブレ公爵家にお仕えして これほど素晴らしい日はありません」「ルーク様がお屋敷におられるのが今までは当たり前でしたので、寂しい気持ちが強いです。ですが、ルーク様ご自身のことを考えると とても良いことだと思ってます。親善大使という大役ですが、ルーク様なら立派に遂行されることと思っております」などなど言ってくれて、私はそれかなり感動したものでしたが。

 そりゃ、周囲の人たちがルークに100%純粋な好意しか持っていなかったとは思いません。憐れんだり、疎んだり、呆れたり。愛想笑いを浮かべて適当に応対していたこともあると思います。ルークがレプリカだと分かった時に怯えてたのも本当のこと。ガイがニコニコ笑いながら内心でルークを蔑んで、殺意すら抱いていたみたいに。けれど、それでもみんなが七年間、ルークの面倒をみることを投げ出さずにあれこれ気を配ってくれていたのも、間違いのない事実なんですよね。

 言ってしまえば、十歳の体で赤ん坊の頭しか持っていなかったレプリカルークは、知的障害者だったわけで。ゲーム開始のころは、年の割にちょっと子供っぽいかな、くらいのレベルにまで育ってましたが、頭カラッポだった最初の頃の介護は本当に大変だったと思う。ガイだけじゃ現実的に無理でしょう。ガイが並外れて身を入れて世話をしたのは確かなようですが、周囲の大人たちもみんな、少なからずルーク(と、そしてガイ)のために骨を折っていたと思います。そんな風に思っていたので、今回のこの文章はとても納得できました。

 

 さて。その後は話が本編開始直前くらいまでポンと飛びます。ガイは玄関に掲げられた宝刀ガルディオスを見上げながらルークと「賭け」をしたことを回想する。非常に軽く、サラっと語られています。ガイにとっては重要な賭けでも、ルークにとっては何気ない約束だったということなのでしょう。

 過去、やはり玄関で宝刀を見上げていたガイに、幼いルークがその剣に何かあるのかと尋ねる。つい「……昔のことですから」と呟くと、ルークは「昔かあ」「そんなのどうやっても思い出せねーし。昔のことばっかみてても前へ進めないのにさぁ」と的外れなことを言う。ガイは過去に囚われている自分の姿を指摘されたような気になって動揺し、半ば思いつきで「この剣を捧げるに値する大人になれるかどうか。ルークぼっちゃんがもしそうなれたら、この剣のこと教えますよ」と言ったそうです。

 …おいおい。「この剣を捧げるに値する大人になれるかどうか」って。この剣は今はファブレ公爵のものじゃん。ガイがこの剣をルークに捧げるには、ガイがこの剣を取り返しておかなければならない。それはファブレ公爵を討つってことですよ。矛盾してる。原作では「宝刀ガルディオスを」捧げるなんて特定してなくて、単に「剣士の魂の象徴を」を捧げる、みたいなニュアンスだった気がしましたが…。

 

 ちなみにドラマCD版でも、直接ではないですがこのイベントを取り扱ってましたよね。Vol.1で、幼少時代のルークが庭に舞い降りたキジバトを見て本物を見たのは初めてだとはしゃぐ。するとガイが「記憶がないのは辛いんだろうな」と同情的な口調で言い始める。…ここでシーンが切れてしまうのですが、Vol.3の描写から推察するに、この後に続けて「昔のことばっか見てても前へ進めない」とルークが言い、ガイが素直に感動したらしいことがうかがえます。

 どちらも商業二次作品。いわば半公式。けれど、同じイベントについて語っていても、シチュエーションもニュアンスも全然違っているものですね。小説版はガイとルークの気持ちがすれ違い甚だしい。ドラマCD版はガイがいやにルークに同情的。

 …原作ではルークが「昔のことばっか見てても前へ進めない」と言った時、ガイは(痛いところを突かれたせいで)不快に感じたと告白してましたが、ドラマCD版や小説版にはそのニュアンスは感じられないですね。

 今後、漫画版でもこのイベントが扱われることがあるのかもしれませんが、その時はどんな風に脚色されるんでしょうか。

 

 さて、次がいよいよ今巻のラスト。また話がポンと飛んで、ガイがルークに呼ばれて窓からルークの私室に入ったところから始まる。

 ひたすらルークの優しさが語られているパートです。

 ガイが部屋に入ってすぐにルークはいつもの頭痛を起こすけれど、ガイに笑ってみせて心配させまいとする。それから、ガイが落としていた姉の形見のリボンを渡してやり、以前からガイがそのリボンを時々取り出して話しかけていたのを知っていたことをサラリと告げ、けれど「大事なものなんじゃねーの?」と屈託なく笑うだけで、由来を追及したり、アッシュがしたように「汚い」と叱って捨てるようなことはしません。

 ガイは、以前の”ルーク様”とは対照的と言っていいほど異なるルークに軽く動揺しながら部屋を出ると、裏庭へ向かいます。

 ここはいつも静かだ――。彼はそっと手を開いた。
 リボンはまだ色褪せることなく、グローブの上にある。
(姉上、あのルークを見たでしょう? ヤツはすっかり変わってしまいました……)
 彼はリボンに視線を落とし、そして問いかけた。
「もう、いいですよね?」
 そのとき強い風が吹きつけ、リボンをさらった。見る間に高く舞い上がったそれは、薄青の空に溶け込むように見えなくなる。
(姉上……!)
 マリィベルの返事が聞こえたような気がして、ガイラルディアは目を細めた。

 えぇえええ。本編開始前のここで、もう姉の形見のリボン(いわば復讐心の象徴)を捨てちゃうのか…!

 アラミス湧水洞でルークを待ってる時なんかに捨てた方がシックリきた気がする…。だって外殻大地編ではガイはまだ迷ってましたし。むむ。

 

 ところで、ガイは自分でベストの内側に縫い付けておいた隠しポケットの中に姉のリボンを入れていたそうですが、裁縫が苦手なのでポケットごと落としてたそうです。ガイにも苦手なものがあったんですね。

 

 ポケットごとリボンを落としたのはルークが渡してくれた前日のことで、つまりガイは丸一日、自分がそれを落としたことすら気づいていなかったらしい。…もうそのくらい、過去は彼にとって遠くなっていたということなのでしょうか。

 そんでルークはガイの後ろを歩いていたので彼が隠しポケットを落としたのに気付いたそうなんですが、なんで後ろを歩いてたんだ…。暇のあまり使用人のストーキングでもしてたのか。で、その場で声掛けて返してもいいのに、拾った翌日に返してる。

 このときのルークはまるで屈託なく見える。「おまえ、昔っからときどきこのリボン取り出して、なんかぶつぶつ言ってたもんな。怪しいのなんの」「謎の使用人つーか。だから俺もつい、ガイが見てないとき、そのリボンでよだれ拭いてみたりな」なんて言って、ガイが真に受けて驚くと「……冗談だよ」なんて笑ってみせて。

 …少し不自然?

 もしかしてルークはルークなりに、結構悩んだんじゃないかなと思いました。このリボンは自分の知らないガイに直結してる。ガイの過去を知りたいけど聞いちゃいけないんじゃないかなとか、いっそ捨てちゃおうかと迷ったけどやっぱ返そうと思い直したりとか。だから返すのが翌日になったんじゃないかという気がします。もしかしたらこの辺のルーク視点が下巻で語られたりして?



 予想外に長くなりましたが、これで今巻の感想は終了です。お疲れ様でした。

 下巻は本編の時間軸に沿い、ティアとガイそれぞれのルークとの関わり中心に語られるようです。泣けるカタルシスなラストを大・期待です。



 小説作者さん公式サイトのこの小説のコメントに、「ガイがルークやシュザンヌに対して抱く気持ちの変化をみるにつけ、彼は本当に優しい、性格のいい人間なのだなあと思います。」と書いてあるんですが、うんうんそうですよね! という気持ちでした。

 ガイは、思春期には復讐心でドロドロになったりもしてたけど、結局、根がとても善良でナイーブな、気の優しい人だと思う。

 もしもアッシュがレプリカと入れ替わらないままでいたとしても、彼は結局、グツグツしながらも復讐を果たすことはできなかったんじゃないかなと思っているのです。そのまま仕え続けて、アッシュが十七の時に供として一緒にアクゼリュスまで行っちゃった気がする。もしかしたらそこで剣を抜いて正体を明かすくらいのことはしたかもしれない。でもそのまま崩落に巻き込まれて終わってたんじゃないかなーと。レプリカルークのいない本来の歴史では。そんな妄想。

 今風に言えば、そういうのは「ヘタレ」と形容できるのかもしれません。でも私は、ギリギリのところで正道から外れることのできない、人間としての正しさを持ち続けてるガイがとても好きなのでした。石にかじりついてでも生きろ、お前を守って俺も生き延びてやると言えちゃう彼が。

 



 

テイルズ オブ ジ アビス 黄金きんの祈り[下]

エンターブレイン/ファミ通文庫/矢島さら

 ファミ通文庫小説版の外伝二期。上下巻の下巻。

 

 今回のカバーイラストは、(前巻が長髪ルークとガイだったことから)予想していた通り、短髪ルークとティアでした。本編ノベライズ上巻と並べると楽しいかもしれません。左右逆だけど構図が同じなルーク&ティアで、そっちはルークが長髪だから。

 

 出版社のサイトで、背景やロゴの入っていない状態のカバーイラストを見たとき、「この色味は…何かの記憶を刺激するッ…!」と思ったんですが。アレだ。昔のマンガ雑誌の二色カラー。アレに似てる。

#知らない人のために説明しておくと、黒と赤(と白)の絵の具だけを使って塗ったカラー原稿です。昔はフルカラーはお金がかかったから。赤は薄めると肌色や黄系も表現できますし、青系は黒を薄めて表現する。

 でも背景やタイトルロゴが入って帯が付くと、普通の色味のカバーに仕上がってました。デザイナーさんは偉いなぁと思った。

 口絵はセレニアの花畑のティア。女の子は耽美陶酔絵柄でも綺麗だから問題なし。(←性差別発言)

 目次ページカラーのデフォルメ・ヴァン師匠せんせいはインパクトありすぎた。ぬいぐるみが欲しくなる勢いだった。

 あと、今回はモノクロイラストがだいぶ耽美成分が抜けて、アニメ線画的になっていたような気がしました。個人的には良かったです。ガイ兄さんが普通に素敵な顔で描かれていたぜ! ティアは綺麗でルークは可愛かったぜ! よかった!

 

 今巻も全四章。第五章と七章がティア編、第六章と八章がガイ編。最後に共通のエピローグが付いています。

 以下ネタバレ




◆ティア編

 『テイルズ オブ ジ アビス』はとても長い話で、別メディアへの完全転化は難しい。SD文庫小説版もドラマCDも、どちらも当初の予定から一巻追加して、一年以上もの時間をかけ、それでもキチキチパンパンな感じに仕上がっていました。それを思えば、ファミ通文庫小説版が短期間で本編をたった三巻にまとめきったのは、本当に凄いことだったと分かります。

 どうしてそんなことができたのか。それは、(SD文庫小説版やドラマCDが長々と描写してしまった)外殻大地編を大胆にアレンジし、更に後半で語られていた一部設定もここで明かしてしまって、上巻一巻分に収めておいたことが大きいという気がするのでした。

 けれどその分、外殻大地編のかなりのエピソードが切り捨てられていたのも事実です。たとえば、疑似超震動で飛ばされたルークとティアが、セレニアの花畑で初めて会話する辺りだとか。

 

 今回の外伝では、それらカットされていたシーンが丁寧に語られています。本編ノベライズを正しい意味で補完していました。ティア編前半である第五章はそれが主であり、後半第七章は、サブイベント「ティアのペンダント」と「リグレットの遺書」を核にして、大好きだった兄、理想と仰いでいた教官、そして初恋の人・ルーク……それぞれへのティアの想いを綴っています。(「ティアのペンダント」に関しては、『エピソードバイブル』のティア小説の内容も取り込まれていました。

 

 いくらヴァンが討つべき世界の敵だからと言って、神託の盾オラクル騎士団の軍服でファブレ公爵邸を強襲するのはおかしい。国際問題になってそれこそ戦争が起きても不思議ではなかった。ティアの行動は無茶過ぎないか。

 これはプレイヤーの間ではよく挙げられている疑問だと思うのですが、そのフォローがなされていました。

 ヴァンが首都バチカルのファブレ公爵邸で、ひとり息子であるルーク・フォン・ファブレの剣術の師をしているという情報はむろん入手していた。だが、ティアは人の多い公爵邸を決行場所にするつもりはなかった。警備兵たちはもちろんのこと、罪のない民間人を巻き込むことは極力避けたい。
(でも、兄さんがなかなか見つからなくて……やっとあそこにいるとわかったから)
 剣術を教える日ではなかったのにヴァンが屋敷にいたのは、公爵に帰国の報告と挨拶をしに行ったのだろう。ティアは――このときはまだ導師イオンが行方不明になったことは知らなかったが――兄が間もなくダアトに戻るという情報を掴んだところだった。
(兄さんがダアトへ戻る前に決着をつけなければ……!)

 追い詰められた精神状態にあったティアが、結局は後先考えずに飛び込んでしまった、という話。

 ティアはルークよりずっと落ち着いてしっかりしているように見えますが、実際は殆ど社会経験のない、リグレットの真似をして大人の女性を装っているだけの、十六歳の女の子に過ぎない。旅をしたのも、外国に来たのも、全て初めて(のはず)です。色々、周りが見えなかったんでしょうね。

 ……っつーか。作劇的には、単に「暗殺者の少女が突如屋敷に侵入」という、かっこいいシチュエーションが優先されてただけのことなんでしょうけども。ガイが何故かタルタロスから華麗に飛び降りてくるのと同じく。ちなみに、ガイの華麗な登場のフォローもガイ編でなされてました。

「ルーク、起きて」
 片膝を突いて顔を覗き込むと、青年はようやく目を開けた。怪訝そうな表情で起き上がると、
「……きみは?」
 と、首を傾げる。
「よかった。無事みたいね」
 ティアはほっと息をつく。ヴァン討伐を決心したときから保身など考えたことはなかったが、公爵の子息を傷つけたとあっては別の意味で厄介なことになるだろう。

 頭が冷えて、やっとそのことに思い至ったようです。

 冷静に考えれば、ヴァンが帰国することが分かっていたなら、港で待ち伏せるか船に潜んでいればよかったんですよね。なのにファブレ公爵邸に押し入ったティアは、相当テンパってたとしか言いようがない。

 しかし彼女のこの行動が、逆に、滅亡の定めを大きく動かすことになった。預言を変える鍵、しかし使い捨てられようとしていたレプリカルークを手中に収めることになったからです。ティアのテンパり行動がなければ、少なくとも今のこの世界は滅んでいた。これもユリアのお導き、でしょうか。

 

 ティアは当初、ルークの言動に本気で呆れていたそうです。

 ルークと旅を始めたばかりの頃は、自分の弱さへの後ろめたさを打ち消すために過剰にルークを軽蔑してはいないかと、己に問いかけて自戒していたのですが、どう考え直してみても最初の頃のルークの言動は酷すぎた。ワガママだし傲慢だし気分屋だし弱者(ミュウ)に対して残酷だし文句ばっかりだし。そのため、暫くすると「結局、バチカルで巻き込まれたのは私のほうだったのかもしれない」と思うようになったそうで。本気でルークに呆れていたんですね。

 それでも、ルークが食糧泥棒の嫌疑をかけられて床に蹴転ばされたのを見ると、自身がブウサギ殺しの濡れ衣を着せられた経験を思い出して、胸を痛めたそうです。親善大使に任命されたルークが思い上がって導師イオンをないがしろにし、ヴァンの策略に乗ってアクゼリュスを崩落させ、なのに「俺は悪くねぇ!」と意固地に言い続けて。仲間内で孤立してしまった。そんな姿を見てやるせなさを感じ、同時に、自分がヴァンを討ち損じたからこんなことになったのだ、と罪悪感に苦しんだそうです。

”これからの俺を見ていてくれ、ティア。それで判断してほしい”
”すぐには上手く行かねぇかもしれない。でも俺……変わるから”
 手にしたティアのナイフで、ルークはうしろでひとまとめに握った髪をひと思いに切った。
 そのとたん、ティアの唇が震えた。かつてはそれを眺めて兄を思い出していたセレニアの花を、今度はルークを想いながら見るのかもしれない……、そんな淡い予感がしたのだった。
 ルークの指から零れ落ちた赤い髪は風にほどけ、花の光に美しく透けた。その明暗コントラストに、タタル渓谷での記憶が甦る。セレニアの群生に広がる、まだ長かった赤い髪――。
(ルークが変われるなら、兄さんも変わるかもしれない。預言スコアに支配されたこの世界も、そして私も)
 それは、新しい希望だった。

 ルークが変わろうと決意したことが、彼を見続けていたティア自身が変わるきっかけにもなったんですね。綺麗なシーンだと思いました。

 

 それからは、ルークとの甘い思い出が語られます。ルークが、かつて馬車代として売り払ったペンダントを買い戻してくれたこと(申し合わせてティアを誘い出そうとする挙動不審なルーク&ミュウと、怪しむガイのやりとりが面白かったです)。そしてエルドラント突入前夜、二人で月を見た、小さな煌めきのような時間のこと…。本編ノベライズではルーク視点だったシーンが、ティア視点で語り直されます。

 

 そしてリグレットとの最後の戦い。本編ノベライズでは残念ながらカットされていた部分が丁寧に語られていました。

 ただちょっと驚いたのが、ゲーム内そのままに、リグレットの遺書を見るためにエルドラントの入口から引き返してユリアシティに行っちゃうこと。いや、この状況で引き返すのは、一本道の小説としてはどうかと…。

 オリジナル設定の「弟の形見のオルゴール」を使うためにも、ペンダントそのものに遺書が隠されていたという流れにするわけにはいかなかったんでしょうが、そうまでしてオルゴールにこだわらなくていいのに、と思ってしまいました。

 

 それからヴァンとの決戦。ルークとの別れ。本編ノベライズでは神視点で語っていたものをティア視点で語り直しています。本編ノベライズでは恐らく紙数の問題でやや簡潔になっていた部分ですが、情感たっぷりに開かれていました。

 そのあとの光景を、ティアは一枚の絵のように思い出すことができる。
 夕焼けの中で、燃えるようだったルークの髪――。
(中略)
(あれから私は変わったかしら――?)
 ルークを待つ時間が自分を変えたかといえば、そんなことはないと思う。
 ただ、以前より少し忍耐強くはなった。神託の盾オラクルでの任務も板についてきたはずだ。
 それでも日々感じるのは、リグレットの手紙にあったのと同じように、自分もまたただの人間にすぎないということだった。欠けている部分がたくさんある。
 欠けを埋めるように誰かが寄り添ってくれるから、きっと人は救われるのだ。
”必ず帰るよ……約束する――”
 ルークの声はいまもはっきり耳に残っている。
 ティアはペンダントをはずし、手のひらに載せた。
(これにまつわる人たちは、みんな私の周りからいなくなってしまった――まるで、星になってしまったみたいに)
 ティアは宝石の中に輝く星をじっと見つめる。
 両親、兄、リグレット、そして――。
(ううん、ルークは違う。彼はまだいなくなったわけじゃないわ。帰って来るって約束したもの)
 いつもいつも待っていた。
 いつもいつも待っている。
 ――長い間変わらなかった自分の心の中に、新たな気持ちが芽生えかけているのをティアは感じていた。

 ここでティア編は終了。エピローグへ続きます。

 

 再登場させたいと予告されていた前巻のオリジナルキャラクター、アリッサ・タルバスの登場は叶いませんでした。うぉお。本気で一家消息不明か。後味悪いことに。

 また、あとがきや作家さんのサイトに掲示されたこの小説へのコメントによれば、三年前のケセドニア北部紛争にて慰問に訪れたナタリアがリグレットの弟と出会うエピソードを、実際に書いていたそうなんですが、入れられなかったそうです。紙数の問題? 残念。

 

 ティア編は、長髪時代のルークに関して、容赦せずに客観的評価を下しているのがすっごくよかったです。ただ、長髪時代のルークも、優しさを垣間見せることはあったのに、それに全く触れないのはちょびっと残念だったかも。でも、「変わる」宣言以前はトコトン駄目だったとした方が、きっとルークの変化をより際立って見せられるんで、限られた紙数の中ではこれがベスト、ということなのでしょうか。

 それにルークがもともと持っていた美点に関しては、ガイ編でガイが言及していましたんで、その辺はガイに任せた、ということなのかも。ガイ曰く、「あいつなら大丈夫だ、と思う。」「いつも偉そうな物言いをし、平気で乱暴も働く。だがその実繊細で、根はまっすぐなはずだ。」だそうです。

 

 ところで、今回の小説のティアへの描写で、一つだけどうしても納得できないことがありました。

 ティアの髪の色が「黄金きん色」だと書いてあるんです。作中で二回くらい。ガイの髪と同じ色だそうです。

 どうやら、ガイとティア、二人の髪の色が同じ黄金色で、それにちなんで「黄金きんの祈り」というサブタイトルになってるということらしい。

 でも。ティアの髪の毛って、黄金色ですか? ガイと同じ色ですか??

 そりゃ、世の中に髪色は金と黒しかない、みたいな二者択一だったら、金のカテゴリに入れられる色ではありますよ。けど、ティアの髪は黄金色じゃないと思うんですが……。

 ものすごく腑に落ちない。

 ついでなのでもう一つ、「おお」と思ったこと。今回の小説では、可能な限り「エルドラント」という表記を使わず、「新生ホド」としてる感じでした。「エルドラント」とは地の文では三回くらいしか使ってなかった気がする。ガイとティアがホド出身だから、イメージしやすいようにって配慮なんでしょうか?

 

◆ガイ編

 ティア編がほぼゲーム(+『エピソードバイブル』)で触れられた範囲内のティア視点に留まっているのに対し、しょっぱなから、”23day,Rem,Rem Decan,ND2018”のガイ視点を、ゲームで語られていなかった時間帯まで膨らませて細々と描写しているなど、イメージの翼を広げてのびのびと語られています。

 おや、と思ったのは、疑似超震動で消えたルークの捜索に、白光騎士団の幾つかの小隊が向かったと語られていた点でした。特別仕立ての船でマルクトへ向かったそうです。その他、キムラスカ国内での捜索に当たる者もいたとか。(ガイ自身、白光騎士団たちと同船してケセドニアへ向かい、そこで彼らと別れたそうです。)

 今にも戦争が起こりそうなくらい関係が緊張している敵国へ、私設軍を小隊で送り込む…? ついでに言えば、ルークがマルクトの領内に飛ばされたことは、譜術の探査によって明らかになってました。(ゲーム本編中でも、この小説内でも明言されている) なのに国内も捜索させたのか?

 個人的には、ただの世話係に過ぎない、さして実績も持たないガイが公爵直々に任命されてルーク捜索の任についていた点から見て、敵国に白光騎士団(正式な捜索隊)を送ることを憚ったんだと思ってましたが…。外部者たるヴァンが、かなりの枚数の特別な旅券まで持たされて捜索をしていた点から見ても、ヴァンが自分の手のうちで事態を処理するために、ガイと自分で捜索すると、公爵を上手く言いくるめたんだろうな、とか。万が一にも、ルークの存在をマルクトに知られてはなりませんもんね。アクゼリュス崩落をシナリオ通り引き起こすためには。

 それに、白光騎士団もマルクト領内に入って捜索していたなら、マルクトで再会した時にガイがルークにそのことを一言も言わないのはおかしいと思うのです。屋敷に戻った時に白光騎士団のところにごますりに行ってたのだって、彼らを差し置いて捜索の任を与えられたからだと思いますし。

 

 ガイはケセドニアで二日ほど聞き込みを行い、酒場で(ルークとティアをエンゲーブまで運んだ)馬車の御者に出会って、彼の話を聞いて、あくる朝一番の辻馬車でエンゲーブへ向かったそうで。

 …ここ、ものすごく気になったんですが。

 ケセドニアとルグニカ大陸を結ぶローテルロー橋は、この時点で落ちていて通行不能のはずでは。

 ルークたちが乗った馬車が通過した直後、タルタロスに追われた漆黒の翼が音素爆弾で破壊した。だからこそルークたちはマルクト領内から簡単に出られなくなり、ルグニカ大陸を縦断する旅をすることになったんですから。ティア編では橋が落ちたことは明記されてるのに、ガイ編では全く触れられない。

 そもそも、橋が落ちた直後なのにルークたちをエンゲーブまで運んだ御者がケセドニアで酒を飲んでいるっていうのも少し不思議な感じかも。もちろんグランコクマから船に馬車ごと乗って移動したと考えることが出来ますし、実際、ゲーム本編でも二ヶ月ほど後にルークたちがケセドニアに入ると彼と再会できますから、おかしくはないんですが。

 ともあれ、ローテルロー橋は落ちて、復旧したのは戦争イベントの時です。三、四ヶ月は復旧しなかったことがゲーム中で明言されてる。なのにケセドニア経由でガイは追いかけてきた。どんな手段を使ったのかな、どんな冒険があったのかなと楽しみにしてただけに、「辻馬車をつかまえた」の一文で流されただけだったのは、ちょっとガッカリしました。

 

 …んー。グランコクマまで船で行って、偽造旅券でマルクト領内に入り、そこから辻馬車に乗った。それが省略して書かれてあると考えるのが一番無理がないのかなぁ。

 しかし急ぐことを考えれば自分で船をチャーターして直接海峡を渡るというのもアリな気もします。(でもそれだと辻馬車捕まえるのは難しくなるか。)

 まさか、海峡も走れる希少な最新式譜業辻馬車があったとか(笑)。ガイ兄さん大興奮しそう。

 

 そういえば、エンゲーブに行く途中で、ガイは馬車の中からタルタロスを見かけて大興奮していたそうです。

 エンゲーブに到着するまでの間に、ガイは広大な平野を我が物顔に走り回るマルクト軍の巨大な陸上装甲艦を一度目にしていた。
 音機関好きの彼の目には、それは外観だけでもとてつもなく魅力的に映った。
(すげー! 譜術攻撃も相当なものなんだろうなぁ。機会があったら乗ってみたいよな。ないだろうけどさ)
 辻馬車――御者は別の男だった――の窓に貼りつくようにして、ガイは束の間のいい眺めを楽しんだのだ。

 電車やバスの窓に貼りつく小さい子供みたいなガイが可愛い〜! つか、タルタロスを初めて見た時のルークの行動とそっくりなんですよね。ガイは一応黙って見て、ルークはかぶりついて見て声に出して「すげー、迫力!」などと騒いだ、って点が違うだけ。

 もしガイがルークと同じ馬車に乗っていてタルタロスに初遭遇したなら、二人で一緒に窓に貼りついてワイワイ騒いだんでしょうか。そんでティアがムツッとしながら二人を後ろから引っ張って、キチンと席に座り直させたんだろーな。ガイはティアに触られて悲鳴あげたんだろーなぁ。ちょうかわいいよ!

 

 さて。エンゲーブで聞き込みをしたガイは、しばらく前にマルクト軍の陸艦が導師イオンを伴って訪れたことを知ります。根拠はないけれども、もしかするとルークは陸艦に囚われているのではと考え、徒歩と辻馬車でタルタロスを追い続けたそうで。そのうち、数十頭のグリフィンと、それが落とすライガに襲われているタルタロスを発見。駆け寄って樹木に登って、また降りて更に駆け寄って木に登って様子を見ていたそうです。

 

 この辺、ちょっと変だと思いました。

 ガイが、根拠が一つもないのにタルタロスにルークが乗ってると確信して行動してるのも少し引っかかりはしますが、それ以上に時間経過がおかしいよーな。

 原作を参照すると、この辺の流れは大体以下のようになっています。

グリフィンとライガが上空から急襲。艦停止し、神託の盾オラクル騎士団が乗り込んできて占拠される。
ルークたちは艦橋ブリッジまで行ったものの拘束。ルーク、昏倒する。
 
イオン、リグレットに連れられてシュレーの丘へ。ダアト式封咒の解呪。
 
ルーク目覚める。
ジェイド、艦の機能を停止させる。艦の外壁を爆弾で破壊。
シュレーの丘から戻ってきたリグレットを待ち伏せ、戦闘。
 
ガイがタルタロスのマストの上から華麗に参上、助太刀する。

 イオンがシュレーの丘へ徒歩で連れて行かれ、戻ってきている点から見て、どんなに短くても数時間は経過しているはず。艦が停止していた位置がシュレーの丘からかなり離れているので、相応の時間がかかって然るべきです。けれども、この小説では殆ど時間経過が感じられない描き方で、ガイが見張っているうちにすぐさま艦の外でルークたちとリグレットたちが戦うシーンに。あれ? ちょっと気になってしまいました。

 

 ちなみにガイがどうしてマストの上から降ってきたのか、という説明。

 タルタロスの近くの木の上からルークたちとリグレット達が戦う様子を見ていて、そこからマストに登って、飛び降りたそうです。

 ……え、え???

 いや。そもそも原作の時点で「タルタロスの上から降ってくる」というのが(状況的には)おかしいから、どんな理屈をつけても、どこか不自然になっちゃうわけですよね。(^_^;)

 なんでマストに登るんだ木から飛び降りるので充分じゃんとか、よく誰にも気づかれずに木からマストに移れたなぁとか。どうしましょう、この本を読むと、ますますガイ兄さんのことを考えてしまいます(笑)。

 

「ふぅ……助かった。ガイ! よく来てくれたな!」
 ルークは掴んでいた動物をその場に投げ捨てると、大股にやって来る。その残酷さと大雑把さが懐かしくて、ガイの頬は不覚にも最大限に緩んだ。

 やっとルークと再会。「ガイの頬は不覚にも最大限に緩んだ。」て、一体どんな表情ですか(笑)! 孫を前に顔面土砂崩れ起こしてるじーちゃんかっつーの(激笑)!

 そして本編ノベライズ参照するに、このガイの表情を陰から目撃したアッシュは、(あいつ、俺にはあんな笑顔は見せなかった――)と密かに傷ついていたのである(笑)。

 そんでガイは、アッシュの視線を「刺すような目に見られている」「敵意」と感じたのであった…。うーん。すれ違う二人やね。

 

 ルークと再会したガイは、野営地で火の番をしながら自分の心を覗き込みます。無事なルークを見て安堵し、俺は不安だったのかもな、と思い至る。もし”また”ルークが記憶を失い、ガイのことも家族のことも忘れてしまっていたら…。だからこそ、”二度目”は自分の手でルークを奪還したかったのだと。

 ルークが手の届く位置にいると安心する。同行者たちの寝息の中からルークのそれだけ聞き分けられそうな気さえする。…そんな自分に苦笑して、でもこの時点のガイは、まだそれを復讐と結び付けています。

 手の届く位置にいれば、いつでも殺せる。復讐を果たすためにも、忘れられちゃ意味がないんだよ、と。

 眠るルークを見守りながら、魔物の遠吠えを聞くと身を引き締めます。「魔物なんかに俺の”復讐”を譲る気はないからな」と独りごちて。



 仲間たちがあきれてしまったのは、ユリアシティに向かうタルタロスでの出来事だった。みんな硬い表情をしており、温厚な導師イオンでさえ眉を寄せていた。
「お、俺が悪いってのか?」
 ルークは半狂乱になって喚いた。
「……俺は……俺は悪くねぇぞ! だって、師匠せんせいがいったんだ……そうだ、師匠がやれって! こんなことになるなんて知らなかった! 誰も教えてくんなかっただろっ!」
 地団太を踏み、ヴァンだけでなく仲間たちに責任転嫁をしようとする。
「俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!!」
 なんてことだ、とガイは頭を抱えたくなった。
 全ての原因は外側にあり、自分は悪くない。それは甘やかされ放題で屋敷に軟禁されていたルークの性格そのものだ。
(いくら俺の育て方が悪かったからって……人の命をこんな風に思ってたのか……)
(中略)
ルークは自分のそばから仲間がひとり、またひとりと減ってゆくことに焦っているようだった。それはそうだろう。ヴァンの説明では、今ごろ名実共に”英雄”として、賛辞を浴びているはずだったのだから。
 宙を泳ぐルークの血走った目がガイからティアへ、そしてガイへと戻る。
「わ、悪いのは師匠! なあ、ガイ、そうだろ!?」
「ルーク……」
 ガイは肩をすくめた。どんな言葉も通じないなら、やはりここにはいられないと思う。
「あんまり幻滅させないでくれ」
「……ガイ」
 怒りと、今にも泣きだしそうな悲しみに満ちた目。
 しかしガイには、屋敷でいたずらをして叱られたときの表情が重なって見えてしまう。
(そんな顔してもダメだ、ルーク。ふだんとは事情が違いすぎる)
 その場を立ち去るために出した足はひどく重かった。
 ルークをこんな風に拒絶するのは初めてのことだ。だが、激しい怒りは重い足をぐいぐいと動かして行く。

 ガイはユリアシティに入るとすぐにタルタロス打ち上げのための準備作業に参加したそうで、ルークが昏睡していることも、アッシュが来ていたことすら、よって当然ながらルークがレプリカだということも知らないでいたそうです。

状況的には変。ユリアシティに入って最初にガイたちは市長(ティア)の家に入った。そのティアの家に運び込まれたルークの昏睡をずっと知らないのは不自然なよーな。ついでに言うと、タルタロス打ち上げ計画はアッシュの提案なのである。アッシュ提案の計画の準備をしながら、アッシュが来ていることを知らないなんてアリか? …そうではなくアッシュが来ていること自体は知っていたと仮定してもおかしい。アッシュがオリジナル・ルークだと分かったからこそ、仲間たちは彼を受け入れた。なのにガイがルークがレプリカだと知らないのは辻褄が合わない。本当は、ルークが気絶してからアッシュの意識の中で目覚めるまでの間に、色々な話し合いが行われていて然るべきだと思うんですが…。

 

「準備が整うまで、まだ少し時間がかかります。陸艦ふねを降りても構わないのですよ」
「え」
「ルークはどうしているだろう」
「!」
「……と、顔に書いてありますね」
 図星を指され、ガイはうっすら赤面する。
「ティアの家にいるそうです」
「そうか」
「行っても会えないかもしれませんけど」
「どうして」
「……」
 ジェイドは答えなかった。
 ガイは一瞬迷うような表情を見せたあと、
「悪い、すぐ戻る」
 短く告げると、ガイはタルタロスの昇降口ハッチへ向かった。

 思わせぶりな言い方をするジェイド。つまり、ジェイドはルークの身に起こった状況を全部知ってたんですね。…もしかして、ガイだけ知らなかったんでしょうか。この小説のユリアシティでのガイは見ザル聞かザルでルークを避けていた、のかなぁ…?

 ちなみに、少し後のページに書かれていますが、ジェイドはこの時もう、ガイがそのまま陸艦に戻ってこないかもしれないと踏んでいた…らしいです。

 ガイはティアの家に駆けつけ、ルークが昏睡していること、アッシュが彼をここまで運んだことを知り、彼とルークの間にあったやりとりを聞き出す。ティアさん、後ろ手に玄関ドアを閉じて、何気にガイ兄さんをルークに近寄らせません(笑)。ショックでぐらぐらしながらタルタロスに戻ると、すぐにアッシュが現れ、挨拶も説明もなく当たり前のように仲間たちにベルケンドへ行くと命令。その場でタルタロスを打ちあげちゃいました。ここも時間経過が圧縮され過ぎてる気がします。

(ルーク……)
 魔界クリフォトが次第に遠ざかってゆく。ガイは複雑な気持ちで陸艦の揺れに身を任せていた。
 やがてタルタロスが海上に浮かび上がると、仲間たちからささやかな拍手が起きた。浮上に成功したのだ。
 しかしガイは後悔が胸に湧き上がってくるのを押さえられない。
(俺、黙って外殻へ戻って来ちまった。おまえがいちばんつらい時だってのに――)
 開いてしまった距離を思い、ガイはため息をついた。

 後悔しきりのガイは、ベルケンドで離脱を宣言。ルークを迎えに行くと言う。

 ナタリアがアッシュを『ルーク』と呼ぶのを聞きながら、自分はあくまで『アッシュ』と呼ぶことに、意識的にこだわります。

(おまえとの思い出もあるが……俺のルークは、おまえじゃないんだ)

 ぷははははっ! ドラマCD版に引き続き、「俺のルーク」発言出たー!!

 こういう些細なところに大喜びしている私でした。

 ふと思ったんですが、ガイって割と内面キザというか、独白の言葉のセレクトが陶酔的ですよね。しかしそれがイイ。ぷくくく…!

#けど、ガイの「俺のルーク」発言を考えてると、時折『赤毛のアン』の晩年のマシューの発言を思い出してしんみりしたりもします。アンが、本当は男の子が欲しかったはずなのに、女の子の私を養子にして本当によかったのか、みたいに尋ねたとき、マシューが言うんですよね。「わしには一ダースの男の子よりお前一人の方がいいよ。そうさな、エイヴリーの奨学金を取ったのは男の子じゃなくて、女の子ではなかったかな? 女の子じゃないか――わしの娘じゃないか――わしの自慢の娘じゃないか」って。思いがけない手違いで風変わりな子供を育てることになって、でも共に月日を過ごした果てに、その子はかけがえのない、愛する我が子になったんですよね。

 

 アッシュに教えられ、ルークを迎えるためにアラミス湧水洞に入ったガイ。SD文庫小説版では、湧水洞に巣食うカニ型の魔物を倒しつつ、その死骸の上に座ってルークを待っていましたが、こちらの小説ではダアトで買い込んだ瑞々しいプラムを食べながら待っていました。ルークを怒らせて発奮させてやろうとすると、意外にも笑って「ありがとう」なんて言う。「彼、変わるんですって」とティアから聞いたガイはすっかり嬉しくなり、どんな風に変わるつもりなのか聞きたいと、ルークと並んで歩きながら色々話す。ティアは気を遣ってくれて、ミュウを連れてちょっと先に。

 ここで、プラムが小道具として使われていました。この小説、基本的に本編ノベライズに正確に沿ってるんですが、ここだけ本編ノベライズの方にはなかった要素が挿入されてます。

「おまえはおまえ。アッシュはアッシュ。レプリカだろうがなんだろうが、俺にとっての本物は、おまえだけってことさ」
「!」
 ルークは拳を握りしめ、俯いてしまう。その肩が小さく震えているのを見て、ガイはルークの鼻先に紙袋を差し出した。
「え? なんだこれ」
「途中で買ってきたんだよ。食え。甘そうなのばっか残しといてやったぜ」
 ルークがひょいと袋を覗き込む。
「うわ、プラムだ。うまそう!」
 真っ赤に熟したプラムの甘い香りに、ルークは自然に笑みをこぼした。
「ほーらな、本物のおまえに間違いない。俺の親友は単純でさ、食い物につられて機嫌が直っちまうんだ」
「な、なんだよっ」
 プラムを齧りかけたまま、ルークが睨む。
「種は出せよ。昔何十個も種ごと食って腹痛はらいた起こしたろ?」
「し、知らねーぞ! それは俺じゃねえ!」
「おまえだっつーの」
「……うん」
 こっくりとルークが頷く。

 幼さを覗かせるルークが可愛くて、甘そうなのをルークのためにとっといてるガイが保護者してて、ニコニコしながら読んじゃうシーンです。「瓜食めば 子供思ほゆ」の山上憶良の和歌を思い出します。

 でもちょっと気になった。これ、プラムじゃなくてサクランボか何かの間違いじゃないでしょうか?(^_^;)

 プラムの種は大きいですから、いくらルークが食いしんぼうでも種ごと何十個も食べられませんって。小さい子供が種ごとサクランボをパクパク食べて、後でウンチに消化されない種がごっそり出た、という笑い話を子育て漫画で拝見したことありますが、プラムを種ごと数十個はちょっと…。オールドラントのプラムは小さいのかいな。

 とりあえずガイは、種ごとプラムを食べ過ぎてお腹壊した子供ルークに「へそからプラムの木が生えるぞ」とか脅しの言葉をかけるのがよいよ。子供が果物を種ごと食べた時の年長者の義務だよ(笑)。「そうなったらもう、木が伸びて部屋からも出られなくなるな。あー残念だなぁ、ヴァン謡将と稽古もできなくなるし、俺ももう、ルークと庭で遊べなくなるんだなぁ」とか。ルークが涙目でもう種ごと食べないと誓うまで語るがよい。

 

 前巻の感想で、姉の形見のリボンはアラミス湧水洞で手放せばよかったのにと書きましたが、現物がなくても、ここでしっかり使われていました。湧水洞の青い水を姉のリボンの色と重ねて、マリィベルに見ていてくださいと語りかけて。

(ルーク。おまえが変わっていくのを俺は見てるからな。ちゃんと傍にいて、助けてやるから)

 俺は俺に出来ることをしよう、と誓うのでした。

 

 ガイは、ルークがレプリカだったことに安堵したそうです。最初からこいつは仇でもなんでもなかった。もうこいつの命をどうこうしようなんて思わない。復讐に囚われる日々は終わったんだと。

 けれども、それらは自分の驕りではなかったかと、二年後のガイは省みます。

 赤ん坊のようだったルークを、無意識に見下していたんじゃないか。あくまで上位に立ったまま、ルークの信頼に胡坐をかいて、自分は無傷で親友面を続けようとした。カースロットは、そんな自分に下った罰だったのかもしれない、と。

 

 カースロットとは被術者を意のままに操る術ではない。脳内の過去の記憶を掘り起こし、負の感情を増大させて理性を麻痺させる…という設定でしたので、私個人のカースロットの解釈は、「過去の辛い記憶が強烈に甦り、怒りや憎しみが沸き起こって抑えきれなくなる」ってものでしたが、この小説では「ルークを攻撃する自分を、本体から乖離したガイの意識が戸惑いながら見ている」という感じに描写されていました。

 

 ガイは、カースロットで復讐者だと暴露された自分をルークが許したことで彼の成長を感じ、年月の積み重ねというものをありがたく思ったそうです。もうルークは赤ん坊じゃない、と。

 髪を切り、変わることを誓ったルークは実際にどんどん変化していった。自分さえよければそれで満足だったはずなのに、共に生きることを考え、他人を生かして犠牲になることまで口にするようになった。まるで過去の自分から少しでも離れようと、全力疾走しているようだった。

 

 そこから話は一気に飛んでレプリカ編の障気中和後になり、宝刀ガルディオスイベントの結末が語られます。

 原作では、公爵が宝刀についてガイとルークに話しかけるのは偶然なんですが、この小説では、どうもルークの差し金っぽかったです。ティアのペンダントのエピソードと対にするためかな。少なくともガイはそう感じて怯えていました。ルークの死を予感して、ルークは死を受け入れようとしているのか…遺すものとして宝刀を返してくれようとしているのかと震える。

 公爵はガイに、ルークに永遠の友情を誓ってやってくれないかと頼む。ガイが応じてルークの前にひざまずくと、ルークは慌てて止めて「俺とガイはいままで通りでいいじゃん」と言う。

(違うんだ、ルーク!)
 ガイは心の中で叫んでいた。
(忠誠でも友情でもなんでもいい。誓えるものなら誓いたいんだ、永遠に――!)

 ルークの死を予感しているガイは、彼の命を何とか引き留めたい、そのために絆を強くしたいと切望している、ということでしょうか。名前は何でも構わないから永遠の絆を作ることで、死の世界から引き戻したい、というような。

 でも、いっそ滑稽なほど必死に手繰り寄せようとしているガイに対して、ルークは宝刀を返してやれたことを喜び、断ち切られ、しがらみから解き放たれた、あまりに明るい笑顔を見せるだけ。

「ほら、いつまでそんなカッコしてんだよ。もう父上は行っちまったから、立てよ」
 ルークはガイに手を差し出した。暖かい指が、ガイの手をがっちりと掴む。
「ルーク……」
「ああ? なーに泣きそうな顔してんだ。そんなにうれしいか? よかったじゃん! ほらっ」
 せーの、でガイは立ち上がる。ルークの顔がぐいと近くなる。
「!」
 彼の瞳に涙が滲んでいることに、ガイは気づかないふりをした。
 ――死にたくない……!
 笑顔がそう叫んでいることにも。

 

 宝刀イベントと言えば、前巻の感想で

「原作ではルークが「昔のことばっか見てても前へ進めない」と言った時、ガイは(痛いところを突かれたせいで)不快に感じたと告白してましたが、ドラマCD版や小説版にはそのニュアンスは感じられないですね。」

と書いてたんですが、今巻ではその辺にしっかり触れてありました。

(俺は復讐心に凝り固まっている自分の暗い部分を言い当てられた気がして、腹が立ったっけ――)

だそうです。二年後(エンディング直前)のガイは、過去にこだわっていないように見えたルークも、実際は記憶がないことでもどかしく苦しい日々を送っていたんだろう、と思い至るようになっていました。

 

 さて。過去の話はここで終了し、二年後…現在のガイの視点になります。

 彼の気持ちは、新生ホドで最後にルークにかけた言葉のまま変わっていない。
”待ってるからな。だから、さくっと戻って来いよ。このまま消えるなんて許さないからな――”
 ガイは、机の上の宝刀ガルディオスを手に取った。
 父の形見であると同時に、ルークが取り戻してくれた大切な剣だ。
(ルーク。これをおまえの形見になんかしないでくれよ)
 剣はずっしりとした重みをガイの手に委ねている。
(おまえが戻ってきたら俺、もっと友だちがいのあるやつになるからな。見てろよ。もうひとりでなんか行かせるものか。だから……)
 ガイは祈りにも似た気持ちで、ルークに話しかけた。
「だから、親友でいてくれ……永遠に……!」

 

 永遠永遠永遠! 馬鹿の一つ覚えみたいに! ←ルークの口真似

 ……すんません。(^_^;) あまりの熱さに耐えられませんでした。

 

 なんかガイに「親友とは」というテーマで小論文書かせたくなりました。制限時間50分で。ねちこく暑苦しいものを書いてくれそうです。とても読みたい。

 

 ティアのペンダントが、家族の形見であり、ルークが取り戻してくれたものであったように。

 ガイの宝刀も、家族の形見であり、ルークが取り戻してくれたものでした。

 ホド崩落を始点にして二人が失っていたものを、ルークが取り戻してくれた。満たしてくれた。…変えてくれた。

 ルークとの関わりでよく似た点を持っていて、けれどティアとガイの現在の姿は対照的に語られています。

 ルークが消えてから、自分は変わったか――?

 二人とも、「変わっていない」と思っている。二年間、変わらずにルークを待っていた。

 しかしティアは「長い間変わらなかった自分の心の中に、新たな気持ちが芽生えかけている」と感じます。人々はルークの成人の儀を行うことでけじめをつけようとしている。では、私は…? と。対してガイは、(俺は……ルークを待ってる。その気持ちは変わらない、絶対に)と意固地に思い、永遠を望み続けているのでした。

 

 二年間待ち続けた。……夜が明ければ、ルークの二十歳の生誕の日。――そして、葬儀の日です。

 

◆エピローグ

 墓の前で行われるルークの成人の儀を蹴り、タタル渓谷に集った仲間たち。ティアは譜歌を詠い始めます。

 もし、この譜歌が終わるまでにルークが帰ってきたら。
 もし、この譜歌が終わっても、帰ってこなかったら。
 どちらにしても、私もきっと変わるのだろう。
 なにかを願うように、ティアの手が月に向かって差し出される。

 谷を渡る調べに、ガイはじっと耳を傾けていた。
 譜歌とは、こんなにもせつないものだったろうか?
(あれから、みんなそれなりに大人になったような気がする。俺もそう見えるのかもしれないが……)
 月の光が、ホドを照らしている。
(だけどルーク、俺は全然変わってないぜ)

 自分が変わる予感を抱くティア。頑なに変わることを拒むガイ。

 そして。歌が終わった時、『彼』が帰ってきます。

 彼らがきびすを返しかけたとき、一陣の風が渓谷を吹きぬけた。
 セレニアはまるで暗い海に注ぎ込む流れのように揺れ、ホドを抱く海と繋がる。
 風に舞う花びらのなか、振り返るティアの黄金きん色の髪がなびいた。
 と、その視線が何かを捉える。
 ――人影だった。
 ガイの表情が変わる。
 ティアは、まっすぐにセレニアの中を進むと、彼と向き合った。
「どうして……ここに?」
 こみ上げてくる想いに、胸が震えた。
「ここからなら、……ホドを見渡せる。それに……」
 彼の唇が微笑むように動く。
「約束、してたからな」
 ティアの頬を大粒の涙が伝った。

 

 これで、完結です。

 みなさんはこれをどんな結末だと思ったでしょうか。

 相変わらず大爆発ビッグ・バン設定には全く触れていませんし、そもそも今回の小説ではアッシュはほとんど出てこない。ラストシーンだけ読めば、ルークが帰って来たと思える感じです。

 でも、私はこのラストシーンを読んで、するっと、「あ、今回はアッシュ帰還バージョンになってる」と思いました。

 

 ティアが、帰ってこないルークを想いながら自分の変化を予感していることが再三語られている。

 そしてあとがきにはこう書いてあります。

「父じゃなくて母じゃないの? って思うくらい面倒見がいいですよね、ガイ。
 なにがあってもずーっとルークを信じているというのは、すごく男の子らしいのかもしれません。現実世界の女の子だったら、あんまり長く待たされると、そろそろ身の振り方を考えようっていうことになるのかも……。」

 ぼかした書き方になっていますが、「現実世界の女の子」=「ティア」なのだと感じました。

 ルークは帰ってこなかった。ティアは彼の思い出を抱きしめながらも未来へ進みだす。(それがルークのことを諦める、という意味なのか違うのかは分かりませんが、いずれにせよ「待ち続ける」人生にけじめをつけるってことでしょう。)対して、ガイは永遠に変わらずにルークを待ち続ける。これは、そういう話なんだ、と思いました。

 

 ルークが帰ってくるハッピーエンドなら、ティアにいちいち「けじめをつけて変わる予感」の示唆をさせる必要はないです。

 それに、ここまで情感たっぷりに盛り上げてきておいて、「ガイの表情が変わる。」「ティアの頬を大粒の涙が伝った。」と、表面的な状態しか書いてない。そこに籠もった感情の描写を、あえて外してあります。

 本編ノベライズの時は「彼に気付いて振り向いたナタリアが、ガイが、アニスが――、それぞれの胸に約束を思い起こした。果たされないはずはないと、何度自分に言い聞かせてきたことだろう。」「影たちは寄り添い、ひとつになってゆく。」と書いてありました。(アニスやガイはアッシュとは約束を交わしていないので、この二人が約束が果たされたと思うなら、相手はルークでしかあり得ない。よって本編ノベライズでは、ルーク帰還であることが、実は明言されている。

 ところが今回は、そうした、ルークが帰ったことを暗黙の了解的に匂わせる描写すら避けてあります。

 つまり、ぼかしてあるし、どちらにも解釈できるように表現を配慮してあるけれど、文脈的には「ルークは帰ってこなかった」という形になっていると思うのです。今回は。




 これで感想は終了です。

 面白かったです。

 多分、これで『アビス』の外伝小説はおしまいですよね。将来、ゲームのリメイク版が出ることがあったら、併せて出ることもあるかもしれませんが。

 また何か読めたらいいなと思いました。お疲れ様でした。

 



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