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テイルズ オブ ジ アビス[6] 〜そして焔は消え、歌は空に流れる〜

集英社/スーパーダッシュ文庫/結城聖

 正真正銘の最終巻です。発行開始から丸々一年かけての完結になりました。

 前巻の感想に、「最終巻側の端っこにティアらしき髪や服が見えていますが、最後の表紙は、セレニアの花畑で歌うティアと遠景に見える『彼』とかなんでしょうか?」と書きましたが、まんまその通りでした。
 一瞬、『スゴイぞ私!』と胸を張りそうになりましたが、考えてみればティアがメインの絵柄になる事は予想できていて、収録エピソードの内容も分かっていて、構図自体は王道なので、予想できて不思議はない…というより、当たり前でした。はは。

 巻数を増やしただけあり、余裕のある内容でした。ルークの心理描写の書き足しがかなりありましたし、戦闘シーンも結構ページ数がありましたし。特にラルゴ戦の長さ(応酬の手数の多さ)には驚かされました。
 でも、期待していた結末周辺のオリジナルエピソードの書き足しや、ネビリムイベントの取り扱いは無かったので、それは残念でした。
 最注目の結末の描写は、ファミ通文庫版と同じだと感じました。字数ギリギリに詰め込んでいた感のあったあちらに比べれば表現に随分とゆとりがありましたが、やっている事は全く同じ。「大爆発ビッグ・バンについて説明しない」「アッシュがもうすぐ消える(と思っている)ことは強調」「結末の『彼』が何者なのか明言を避けている(が、上記の理由から小説しか読まなかった場合ルークだとしか思えない)」「しかし、あとがきで『彼』がルーク以外の可能性もある、それは読者の判断に委ねられていることを主張」。
 ……こういう風に書かなければならない掟でもあるのかと思いました。まさかバンナムチェックの結果か。

 そういえば、あとがきで同じ文庫から発売されている金月さん(『アビス』ドラマCDのシナリオライターさんでもあります)の『テイルズ オブ ザ テンペスト』のノベライズの宣伝をしていたのが目を引きました。このお二人、以前ゲーム雑誌で対談していたこともありましたし、親交を窺わせますね。


 では、以下は重箱の隅つつき感想行きます。ネタバレです。こんな風に感じる人もいるんだ程度に軽く読んで頂けると幸いです。



◆内罰ルーク

 アリエッタとの決闘の為にチーグルの森へ行った際、ルークが過去の自分を省みる心理描写が書き足されていました。

 このチーグルの森へ初めて来たときには、世界が、自分がこんな風になるなどとは、微塵も考えてはいなかった。思い出しただけでも、赤面したくなる。あのときの自分は本当にひどかった。何も知らず――いや、何も知ろうとはしていなかった。
 閉じ込められていた、というのは言い訳にもならない。
 結果的には、ティアとの間で発生した擬似超振動によって外に出たのだが、そんなことがなくても、出ようと思えばいつだって出ることができた。あの屋敷の護衛は、たいしたことはなかったし、その気になれば抜け出すことなどたわいもなかった。
 それをしなかったのは、自分の意志だ。
 閉じ込められていた、出ることはできない、と思っていたほうが楽だったからだ。被害者面をして不平と不満を並べていれば、退屈だが危険のない、三度の食事とお茶とお菓子、そして温かいベッドが保障された生活。
 それを捨てなかったのは、自分の意志だ。

 ……エェ〜〜……。
 ルークをただ『可哀相』だとはせず、別の視点も描く方向性には賛成なのですが、この語り口はちょっとどうかと思いました。
 つか。軍人プロなめんなやお坊っちゃん。と思った(苦笑)。

 ティアのように、離れた位置から多数の人間を一度に眠らせられるような特殊技能を持っているならともかく、趣味で剣術をかじっていた程度のお坊っちゃんが、どうやったら容易く白光騎士団の目を掻い潜って(打ち倒して?)脱走できるんですか。
 そもそもルークは単純に外出を禁じられていたのではなく、国家によって囚われていたのです、実際は。万が一屋敷の外に出られたとしても、市街から抜け出す前に国軍に捕らわれてたような気がしますが。
 この時点のルークはだいぶ戦いにも慣れて腕も上がっている、ひいては自分や周囲の力量を冷静に量る能力も磨かれているだろうと思うのですが、こんな思い上がったことを言うとは、とガッカリしてしまいました。

 それ以前に、『外の世界に出ること=ルークがやるべきだったこと=知ること』というニュアンスで語られているのも気になりました。『外に出ること』と『知ること』は必ずしも一致しないと思うからです。
 ルークが閉じ込められていて外に出られなかったのは本当のことで、それをルークの怠慢であるかのように語るのはおかしいと思います。ルークが悔やむべきことがあるとしたら、『知る努力をしなかったこと』じゃないでしょうか。
 閉じ込められていても、もっと積極的に外のことを知ろうと努力したり、勉強も頑張って、周囲の人々の心情に気を配って向き合って…実際は(周囲もルークに様々なことを隠そうとしていたので)難しい面も色々あったかなと思いますが、不可能ではなかったでしょうから。それをやらなかったことをルークが悔やむのなら、自分的にはスッキリ納得できるのですが…。

 この小説は原作ゲームよりも状況をシビアに描こうとする傾向があるのに、ここだけ「軟禁から簡単に抜け出せたはず」などとマンガじみたことを言うので、違和感を感じてしまいました。以前、雪山にルークが普段着で登っていたと語られていたのにぎょっとさせられましたが、それと同じ感じです。



◆「何しろ、ライガクイーンに止めを刺したのは私ですから。イオンのことを除けば、アリエッタがもっとも殺したいのは私でしょう」

 前巻の感想で、わざわざ原作の台詞を改変してまでジェイドにイオンを呼び捨てさせていて気になる、と書いたのですが、今巻のオリジナル台詞でもジェイドがイオンを呼び捨てています。この作家さん的には、ジェイドはイオンを呼び捨てにしてなきゃならないのか?
 しかし原作から引用した台詞ではそのまま「イオン様」と言わせてますね。あれ?

 何故こんな些細なことが気になるかと言いますと、私、原作でルークとガイとナタリアだけがイオンを呼び捨てるのが、この三人の仲のよさを象徴してる感じで好きだったからなのでした。
*シンクもイオンを呼び捨てることがありますが、これはまた別の話ですね。
 イオンは導師で、オールドラントのすっごく偉い人です。ですから「導師」「導師イオン」または「イオン様」と呼ぶのが当たり前。ただの「イオン」とルークが呼んだのは、彼が世間知らずで礼儀知らずのお子様だったからなのですが、初めて肩書き抜きで接されて、イオンはそれを喜びました。
 そして、その後自然にガイもナタリアも「イオン」と呼び捨ててました。他の仲間たちは最後まで敬称付けで呼んでいたのに。イオンが喜んだからでもあるでしょうが、ルークがそう呼んでいたから、というのもあるんじゃないかなーと妄想したのです。
 随分序盤の頃、ガイが「お偉いさんにも使用人にも等しく横暴、それがルークのいいところ」みたいに言ってましたが、ルークのそういう良くも悪くも分け隔てのない面を、ガイもナタリアも愛してたんじゃないかなと。そしてその影響を受けていたから(比較的)身分差を気にせずに他者に接することが出来たし、イオンのことも友達のように屈託なく呼ぶことが出来た。…とか。
 はい勝手な妄想です。

 でもとりあえず、原作でのジェイドのイオンの呼び方が「イオン様」で、ずっと敬語を使って接していたのは本当。



◆ラルゴの伝えてきたその場所は、もうすぐそこだったからだ。

 ラルゴは「チーグルの森でおまえたちを待つ」としか言ってヌェー。



◆アニスとアリエッタの決闘

 今巻の注目ポイントの一つですが、原作からかなり細かく手が入れられていました。
 独りで決闘へ向かおうとするアニスをルークが「仲間だろ」と止め、アニスが「……私が? ずっとみんなを騙してたのに?」と言う。原作では次のナタリアの台詞は「それは仕方がなかったのでしょう?」だけですが、小説では続けて「騙していた、というよりも、脅迫されていた、と仰いなさい。わたくしたちはアニスが好き好んでモースに従っていたのではないことをよくわかっていましてよ? ……仲間でしょう?」とまで言わせています。
 アリエッタとの対峙シーンでは、アニスの「……自分は虫も殺さないようなこと言わないでよ。ヴァン総長の命令でタルタロスのみんなを殺したくせに。私だって、みんなの仇討ちだよ!」の台詞がカットされており、原作ではアリエッタに向けてのものだった(と、私は思う)アニスの台詞「もう、グダグダ言っても仕方ないでしょ」が、あくまでアリエッタを説得しようとするナタリアへ向けてのものに変更されています。

 アリエッタとの確執や責任はアニス一人のものではなく、ライガの女王を殺したルークたちのものでもあると強く主張され、アリエッタも決闘の相手としてわざわざ「ママの仇」ルーク、ティア、ジェイドを名指ししてきます。アニスがアリエッタを責める台詞をカットしていることといい、全体的な語り口が、ルークたち側により非がある(だからこそアリエッタを殺すのがやるせない)と原作よりも強調しているように感じました。


 それはそうと。
 アリエッタが死んだ時、アニスは泣きながら「あんたのこと、大嫌いだったけど……だけど……ごめんね……」と言います。
 ですが、この小説ではルークとジェイドの口から「アニスはアリエッタを嫌っていない。大切に思っていた」と語らせていました。

 ルークにはそう思えなかった。アニスがアリエッタを嫌っていたとは、どうしても思えなかった。本当にそうなら、その相手のために胸を痛め、泣くことなど出来ないはずだ。

だが、ジェイドはその笑顔の下に、常人では想像もできない経験が潜んでいることを知っている。大切な――アニスは認めないだろうが、アリエッタも――人を二人もなくし、あまつさえ、その一人はその手にかけたのだ。

 この語り口は、個人的には釈然としないのでした。間違っているとも思わないのですが…。
 私は、アニスがアリエッタの為に胸を痛め、心から泣いたことを疑っていません。でも、アリエッタがアニスの大切な人だと括るのは、しっくりこないです。「嫌っていたならその相手のために泣くことなどできない」…そうでしょうか?

 アニスは、アリエッタの依存心の強さや無責任さ――ヴァンに言われるまま考えずに動き、上手くいかない事は他人(アニス)のせいにする――が大嫌いだったと思う。でも、『導師イオン』を愛した者同士としてのシンパシーは感じていたと思います。嫌いだけれど、その点では認めていた。だからこそ同情したし、アリエッタの為に真剣に怒ったり泣いたりしたのだと思うのです。
 それがつまり、アリエッタのことが好きで大切だってことですよと言われれば、そうなのかもしれません。ですが…重なるけれど完全一致じゃない、認めることと愛することは必ずしも一致しないと感じるので。「アニスにとってアリエッタは大切な人だった」などという単純な枠で括って欲しくなかったのでした。
*『大切』って言葉にも様々な意味が考えられますよ、みたいな突っ込みはノーサンキューでお願いします。

 単に私個人のこだわりなわけですが。ルークとアッシュ、ルークとヴァン、ガイとアッシュの関係にも同種のものを感じたりします。本当は仲がいいんだよ、冷たいこと言うのは口だけなんだよ、みたいな解釈は、なんか違うと思ってしまう。憎み合ってるとも思わないのですが。
 なのでこの小説の、ルークのヴァンへの思慕をレプリカ編でも繰り返し明確に強調して、最期にヴァンがルークに優しく微笑んでルークがお礼を言うという流れも、なんか違うと思いました。
 それも正解だと思うんですが、それだけじゃないというか。


 余談ですが、この小説ではアリエッタのお友達のフレスベルグの名前は「フレス」みたいです。飼っていたキジバトをトリ子と名付けていた私は、アリエッタに親近感を覚えました。



◆「人の心は矛盾に満ちているわ。音機関のようにたった一つの答えだけを繰り返すような、単純な仕組みではないもの。揺れて当然だわ」

 ティアのオリジナルの台詞です。アニスに「ティアも揺れてるの?」と訊かれて苦笑して、

「……私は昔から、そう。だからこそ、強くありたいと願っているのよ」

 なんだか印象に残りました。原作のティアは自分の弱さに繋がる心情を滅多に吐露しないんですが、たまにはこうして分かり易く口にしてくれるといいですね。



◆薄汚いルーク

 ルークが命と引き換えにすれば障気中和出来るとアッシュに教えるシーン。原作では、アッシュはすぐに「……それで? お前が死んでくれるのか?」と言い、ルーク個人の生きるか死ぬかの葛藤に話は移行して行きますが、この小説では以下のように展開していました。

「……それで?」くっとアッシュが笑った。「おまえ、俺に死ねって言ってるのか?」
「!」
 ルークは驚いて彼を見た。
「そんなつもりじゃ!」
「そうか?」
 アッシュはその口元に、嘲るような笑みを浮かべていた。
「……だったら、おまえが死んでくれるのか?」
「お……俺は……」
 ルークは拳を握り締めた。
 どうして……どうして、こんなことをアッシュに話したのだろう。たとえそんなつもりでなかったとしても、そう取られても仕方がない。
 俺は、何を言いたかったんだ。
 何を言って欲しかったんだ。
 できたらどうする? なんだそれは。それをアッシュに訊いてどうするつもりだったんだ。

 で。その翌日スピノザがファブレ邸に押しかけて来て(明言されてませんが、飛晃艇を使ったらしい。…この小説にはアルビオール四号機が存在する? ってことは飛行機関の量産に既に成功してるってことに。実際、後にディストの作った壺型飛行機械ってのも出てきますし)、アッシュが障気中和に向かったらしいという話になる。レムの塔を登るルークは内心で葛藤します。

 このことをアッシュに教えたのは、自分だ。こうなることをまったく期待していなかったと言われると――わからなかった。心のどこかで、望んでいたのかもしれない。
(どうする、じゃねーよ……)
 ルークは、自分の薄汚さに吐き気を覚えた。あの時、自分は剣を貸してくれ、とは言わなかった。おまえの剣と、レプリカと、おまえの命で、世界が救えるとしたらどうする、と言ったも同じだ。
 考えなかったか? もしもアッシュがいなくなれば、自分にも居場所ができる。代わりではなく、本物のルークになれる。いつ戻ってくるか、いついらないと言われるか、怯えなくてもすむ、と。そう考えなかったか?

 そしてジェイドは赤い目でじっと見ては無言でルークを責めるのでした。二回くらい。

彼は何か言いたげにルークを見たが、実際には何も口には出さなかった。責められている気がしたが、おそらくは気のせいではないのだろう。

 ……ヘビーだ。この展開はヘビー過ぎるぅう。

 しかし、こういう流れを作ったのなら、ルークがアッシュの代わりに障気を消そうとする理由の一つに「俺が教えたせいだから」というのを数え上げるべきだと思うのですが、何故かこれ以降は無視されていました。



◆ディストの死

 塔の階段がなくなった時点で昇降機に乗り移る展開に繋いだのは、無理がなくて素晴らしいと思いました。
 そしてディスト登場。ロボットに乗り込んで戦います。ここでの

「ネビリム先生を蘇らせれば、あなたも昔のあなたに戻るでしょう。さあ! 先生とともにもう一度、あの時代を!」
 ディストは手を伸ばした。それはジェイド一人に向けられたもの。ジェイドは応えるようにゆっくりと手を上げる。ディストの顔に、皮肉ではなく、本当の歓びが浮かんだ。だが。
「……今まで見逃してきた私が甘かったようですね」
 ジェイドの掌が輝き、ディストの顔がさっと青ざめた。
「さようなら、サフィール」
 掌に槍が出現し、ジェイドはそれをしっかりと掴んだ。
 手を伸ばしたままのディストの顔が歪み、頬が引きつった。手が震える。その手を、指を、ゆっくりと握り締めて、ディストは、くっ、と笑った。そうして始まった笑いは徐々に大きくなり、哄笑となり、辺りに響き渡った。

 という文章は、ドラマチックでカッコよかったです。
 戦闘は、FOFを使ったフェイントになっていて面白かったですが、ゲームをプレイしていない小説読者にはちと不親切かも。
 原作では、敗北したディストは自爆装置を起動させ、ルークが烈破掌で吹き飛ばして彼方の空で爆発するんですが、この小説では。自爆装置を起動させようとしたディストの手首をジェイドがストンと槍で切り落とし、ディストは陥没した床から落下して行きましたとさ。

 ……グ、グロい。えぐいよぅうう…。

 アレですか。もしこの小説の流れでネビリムの物語を外伝でやるとしたら、ディストは片手首を銀の義手にしてサイボーグとなって再登場、とかそういう展開ですか。


 ジェイドとディストについては、エルドラント決戦前夜の酒場のシーンに、ジェイドがディストを想う描写がかなり加えられていました。ディストの声を幻に聞いてるし(笑)。

 ディストは本当に愚か者だった――自分と同じくらい。だが、憎めなかった。最後まで。彼は彼なりに、一途に夢を追っていたのだ。それがどれほど愚かしいものであったとしても、全てを諦めた自分がそれを嗤うことはできなかった。

 …うーん。その通りでしょうが、ジェイドは単純に「全てを諦めた」んじゃないですよね?
 ネビリム先生の復活にこだわる事は、ジェイドにとっては「逃避」だった訳で。先生を殺してしまった愚かな自分を認めたくないゆえの。で、レプリカ作って処分して、沢山の命をもてあそんで罪の上塗りをしていた。十年かけてそれを認めて、フォミクリーから手を引いた。…んじゃなかったっけ。ジェイドにとってそれは「前進」であるはずで、「全てを諦めた自分がそれを嗤うことはできなかった。」などとマイナス的に語られると違和感を感じてしまいました。

「おかしいですね。私は、帰ったら改めてフォミクリーの研究を再開したいと思っているようです。そう……レプリカという存在を代替品ではない何かに昇華するために」
 それは今、不意に浮かんだものだった。
 なぜだろう。
 まさか、ディストに導かれた、とは思いたくなかった。それだけは、否、だ。

 …ジェイドがフォミクリー研究を再開しようと思ったのはレプリカルークの苦悩と成長を見たからであり、死にゆくルークをどうすることも出来ない自分の無力を悔やんだから…であって欲しかったなぁ。「今、不意に浮かんだ。なぜだろう」ってアナタ…。なんとなくしょんぼりしてしまいました。

 SD文庫版のジェイドはディスト中心で世界が回ってるぽい。加えて、フォミクリー関連の罪の意識は持ってないらしい。

 そういえば、ユリアシティに保護されたレプリカを見てルークがジェイドを責めてしまうエピソード、この小説ではカットされてましたもんね。



◆どっから出て来たんだ!

 いつの間にかレムの塔の最上階。レプリカたちと話しているとアッシュ登場。

「そうだ」
 声が降って来て、天を仰いだ瞬間、黒い影が空から落ちてきてレプリカたちの前に立った。黒いマントと焔のような赤い髪が翻る。

 原作以上に謎めいた登場をするアッシュ。あなどれません。

 ちなみにこの後ダアトの教会で会った時も上から飛び降りてきました。
 教会で会ったアッシュは焼け焦げていて、フィアブロンク(ザレッホ火山に棲む炎の竜)と戦ったのかもと書かれていましたが、教会からセフィロトへ行くだけなら竜のいる場所を通る必要はないのです。セフィロトへ行く道にはマグマが噴き上げてもいませんから焼け焦げる恐れもないはずです。どんだけ道に迷ってたのでしょうかこの人は。(アッシュ方向音痴疑惑浮上。)



◆生まれた意味?

 今巻の個人的最注目ポイント、レムの塔へ向かうルークの心境。答えは、なんと『自己犠牲ルーク』でした!
 前巻冒頭のルークの心境のオリジナル描写が、割と自分の不遇の原因を他者に求める感じだったので、てっきりスレルークになるんだとばかり…。ビックリ。しかも、あくまで他者を想う故の行動であって、自己確立の為などではないと強いて主張!

「そうやってルークを追い詰めないで! ルークが自分自身に価値を求めていることを、知っているでしょう!?」
 誰もが驚いたようにティアを見る。彼女は目伏せると、微かに震える手を握り締めた。
「……安易な選択をさせないで……」
 安易、なのだろうか。
 ティアは、価値を求める、と言った。自分が生まれてきた意味を、死ぬことに求めようと思っているわけではない。
(中略)
不安げな、どこか迷子になった子供のような表情をしている人々を見ていると、ざわついていた心が、すぅ、と静まっていった。
 ああ、と思った。
 頭の中に、今まで出会った人々の顔が次々と浮かんでは消えていった。
 そうだったのだ。
 自分は、あの人たちに死んで欲しくはなかったのだ。自分の価値を見つけたいからとか、そんなことじゃなかった。

 原作でルークが「俺はもしかして障気を消す為に生まれたのかな」「それしか俺に価値はないんだ」とか言ってんのを真っ向否定ですかーー(笑)!
 やはり、世界の為に身を引き換えにする英雄は、美しく気高い志からそうするのでなければならないのでしょうか…。

 この後首脳陣が「我々は死ねと告げねばならぬのか」と言うと、わざわざ「いえ、これは自分で――」とルーク自身に否定させる念の入れようでした。
 自己確立の為なんかでは決してない、皆に死んで欲しくないからやる。それは自分で決めたことで、他の誰も悪くありません、と。ところが、それを更に首脳陣が否定します。

「いや、告げさせてくれ」
 ルークの言葉を、テオドーロは遮った。
(中略)
「おまえたち」ピオニーはジェイドたちを、ルークの仲間たちを見た。「恨むならオレたちを恨め。人でなしと思われても結構。だが、オレたちは、オレたちの国民を守らなけりゃならない。こいつはルークが決めたことじゃない。オレたちがルークに強制するんだ」
 それが皇帝の優しさ、そして残酷さだとルークにはわかった。
 自分たちが恨みを負う。
 代わりに、絶対に逃げることは許されない。
 そういうことだ。
 逃げるつもりなどなかったが、枷をはめてくれたことを、ルークは感謝した。これで、最後の最後で怖気づかずに済む。

 原作に色々書き足してアレンジしてあるんですが…。個人的には、なんとも釈然としませんでした。
 あえて恨みを負うのが皇帝の優しさであり狡さだというのは賛成ですが、それって引き替えに逃がさないという残酷さなんですか? 単に自責が言わせた言葉じゃないの? そもそも命と恨みを負うって事は到底吊り合わないので、取引になってないよーな…。それに、ルークが自分で選んだんではなく首脳陣に強制されたんだって形にすることに、何の意味があるんですか? ルークの決意に泥を塗るつもりですか。
 悪いですが割とムカッとしてしまいました、このトンチンカンな理屈に。
 っていうか、何故ピオニーはジェイドたちに向かってそう言うのでしょうか。ルークはまだ生きています。目の前にいます。ルークが死んだ後で恨むだろう仲間たちに取引を持ちかけるのではなく、原作通り、命をかけるルーク自身に言って下さいよ。ほんっとに的外れな皇帝だなぁ。(イライラ)



◆ホラー

 障気中和後、消えていくマリィレプリカ。

「約束だ……」
 その声に振り返ると、レプリカ・マリィが立っていた。
 だが、彼女の体はすでに、目鼻立ちがなんとか判別できるほどまで、崩壊が進んでいた。

 夢に見そうです。
 原作では消えていくマリィレプリカに、キムラスカ代表としてナタリアが、マルクト代表としてガイが、ダアト代表としてアニスが、それぞれ約束を守ると誓うのですが、この小説では何故かアニスは何も言いません。ホラーなマリィレプリカがよっぽど怖かったんだなと思いました。

 そういえば、原作では障気中和後に やっと空が真っ青に晴れ渡って、その中に消えていくマリィレプリカの姿がとても印象的なんですが。この小説では、中和前の段階から塔の上には青空が広がってることになってました。(塔が凄く高く、障気は地表近くにだけ溜まっているということらしい。)



◆狂戦士ラルゴ?

 アブソーブゲートで、睨み合うアッシュとラルゴに邂逅。

 周囲には、神託の盾オラクル兵が何人も倒れている。絶命しているのは明らかだった。ラルゴに対峙する彼の《敵》から受けた傷ばかりではなく、味方のはずのラルゴにやられたと思しき傷の者も多くいた。

 …えぇ!? これはどういう状況? ラルゴがアッシュと一緒に自分の部下の兵士を殺したということですか? なんで…。
 ラルゴが自分の味方すら平気で巻き込んで戦う、不器用で不思慮な狂戦士だという意味なのでしょうか。
 なんか釈然としないです…。原作ではアニスが散々、ラルゴは思慮深く責任感の強い人間だと言ってるので尚更。(この小説ではそれらの台詞全てカットされてますけども。)



◆詠う! ヴァン師匠

「……兄さん。ローレライは――」
 杖を構えつつティアが訊くと、ヴァンは天井を仰ぎ、朗々と譜歌を歌い上げた。その声は天上から聞こえてくるかのように美しく、部屋を揺るがせ、心を震わせた。
「それは……ユリアの譜歌……」

 音声で聴きてぇ〜〜!



◆ラルゴを射抜くナタリア

 ラルゴとの戦闘。実父と殺し合うべきか迷い、ティアに流されるままでいいわと言ってもらったナタリアでしたが。
 対峙するなりいきなりラルゴの腕を射抜き「武器を収められませんか」。
 姫様容赦ねーな!
 本格的に戦闘が始まると目を射抜くは首の骨を矢で砕いて延髄の神経寸断するは、もう大変でした。いちいち確実的確に急所狙っちゃって、ホント容赦無ぇ。

 ディスト戦もそうでしたが、この作家さんの本領発揮ですよね。戦闘時のダメージ描写が過激で残酷です。

 原作では、ラルゴが息絶えた直後にナタリアが「……お父様……っ」と言うのですが、この小説では直前に言ったことになっていて、

 間に合った。
 娘の腕の温もりの中で、ラルゴは目を閉じた――永遠に。

 と書かれていました。
 …萌えツボの相違? 原作の方は、「間に合わなかった」ことにこそドラマを見出していると感じたので、このアレンジは印象に残りました。



◆「私とアニスは先に、アブソーブゲートへ向かいます! 待っていますよ!」

 ラルゴとの戦闘が始まると、ジェイドがそう言ってアニスと共に戦線離脱してしまいます。
 ……エェーー!?
 これ、本気で意味が分からんのですが…(汗)。
 第一に、先に向かうも何も、ここは既にアブソーブゲートです。「ゲート制御の譜陣=アブソーブゲート」の意味で言ってるんでしょうが…。
 第二に、ジェイドとアニスが先に行ってどーすんじゃ!! と。
 ゲート制御が出来るのは宝珠を持ってるルークだけ。「ここは私たちが食い止めます。ルーク、あなたは先に行きなさい」とか「私たちはヴァンを追ってアッシュを助けます。ここは任せましたよ」とかなら分かるんですが。ま、待って大佐。これは一体何のネタなの〜〜!? とビックリしました。

 アニスとジェイドがいなくなってしまったせいで、ラルゴ戦後の一連のシーン、この二人の台詞を全てティアが肩代わりしていて、ちょっと残念でした。ラルゴを理解した台詞を言うのはアニスであって欲しかった…。



◆僕らは壺に乗る

 原作では三羽の飛行魔物グリフィンを呼んでヴァンたちが逃走するシーン。

シンクが指笛を吹いた。すると、轟音とともに、彼らの背後に壺のような形をした飛行機械が降下した。ディストの遺産、だろうか。シンクが先に乗り込み、ヴァンはリグレットに伴われて、飛行機械に乗り込んだ。

 ディストデザインの壺メカから「全ての屍を踏み越え、我がもとへたどり着け。アッシュ――そして、ルーク」とヴァン師匠が言ってるのかと思うと、自然に頬が緩んできます。ドラマCDで、ヴァン師匠が土足禁止なカイザーディストに乗る時に靴を脱ぐ様子を想像した時の感覚と似ています。ブーツだから脱ぐのちょっと手間取っただろうなぁとか。

 にしても、あえてこういう形に変更する理由は何かなと考えたのですが、魔物使いのアリエッタは既に死んでいるから、魔物に掴まって飛び去るのはおかしい、というような作家さんのこだわりなのでしょうか。



◆ナタリアの恋心

 エルドラント決戦前夜のナタリアとガイの会話シーン、かなり心理描写が書き加えられて内容が開かれていました。

 自分はアッシュと婚約した。正式なものではなかったけれど、ままごとのような子供の約束だったけれど、本気だった。本気で、彼のことが好きだった。
 けれど、レプリカとして戻ってきたルークにも、心を寄せていたのは事実だ。彼をレプリカだと知らず、その身勝手さに怒り、それでも見放せず、そして、レプリカであるとわかったあとも、目を離せなかった。それは――
「ナタリアにとってルークは友達で仲間だろ?」
「え、ええ……」
 ナタリアは曖昧に答えた。ガイは気づいているのだろうか?
「なら、今はそれで十分だ。全てに決着がついたとき、ナタリアの心に浮かんだ感情に、素直になればいいさ」
「!」
 やはり、ガイはわかっているのだ。

 ルークとナタリアの間に淡い恋愛感情…というか、少なくとも「恋の卵」みたいなものはあっただろうという解釈は、私も同意と言うか、好きなのでした。そんな想いがあったけれど、お屋敷時代はルークが「失われた記憶」にこだわるナタリアを突っぱねていて。レプリカだと分かってからは互いに罪悪感を抱いて一線を引いて接するようになってしまった、と。
 原作のルークの日記を読むと、最後の最後の方までナタリアのことを気にして謝って幸せを願ってるのです。互いに大事に思ってたけどボタンを掛け違え続けたままになった関係と言うか。

 でも、私はナタリアはアッシュと幸せになって欲しいよ派なので、この小説の「アッシュの事は、昔、本気で好きでした。今はルークに新しい恋をしています」と解釈できそうな文章には、なんだかハラハラしちゃったり…。(^_^;)
 ええぇアッシュを振ったりしないよねナタリアさん。(オロオロ)
 ゲームのプロデューサーさんはナタリアは徹頭徹尾オリジナルルークを愛していたと断言してますから、心配することないんでしょうけども。

 ちなみに、ゲームだけだと分かりにくいですが、周辺資料によればナタリアとアッシュの婚約は親が決めた正式なものだそうですので、ここの文章はちょっとポカやっちゃってますね。
 そういえば、エルドラントでティアがガイの屋敷を見るシーンでも、「幼かった彼女は、ホドのことはほとんど何も覚えていない。」と書いてあってポカやってましたな。(ティアがユリアシティで産まれ、一度もホドの地を踏んだことがないことは、ゲーム中で明言されている。)



◆はい、カット。

 エルドラントでのリグレット戦。エルドラントに入るとアッシュにやられたリグレットが血の海の中に倒れていて、いまわの際の彼女とティアが会話して終了。戦闘は省かれていました。
 上手なアレンジだなと思いつつも、ファミ通文庫版の方でもリグレット戦は短縮カットされて戦闘描写なしだったので、ちょっと気の毒に思えてしまいました(苦笑)。



◆「ここは俺が食い止める……行け」

 アッシュとの決闘後、現われた神託の盾兵たちを前にルークにそう言うアッシュ。

扉があるようには思えなかった部分が開き、ルークたちはそこに何十――否、何百という神託の盾兵の姿を見た。

 多過ぎだろ(苦笑)!! マンガ的誇張はホドホドに…。



◆アッシュの死

 最後の二人は屍の山を奇声を発しながらよじ登り、左右からアッシュの体を串刺しにした。
 がぶ、と口から血を溢れさせつつ、アッシュは一人の頭をがっちりと掴むとこれを力任せに捻って首の骨を折り、もう一人の腰を抱くようにして自分の体に押し当てた。体を貫いた剣が、兵の胸に沈みこみ、男は震えながら絶命した。
「……これで、しまいだ……」
 最後の二人も、アッシュの足元で他の屍の山と一つになった。
『――アッシュ!』
 レプリカの声が頭に響き、アッシュは血に濡れた口元に笑みを浮かべた。
「へ……ちょっとてこずった。だが、どうせ俺はもう……消えちまう運命だったんだ……」
 少し疲れた。
『アッシュ! どういう意味だ!』
 最後までうるさい奴だ……。
 これだけのことをやったんだ。少しぐらい、休ませてくれたっていいだろう……?
「……ってわけだ……レプリカ……あとは、たの……む……」
 本当に、疲れた……。
 これでやっと、眠れる……眠れるよ……ナタリア……。
(仕方ありませんわね。ですけれど、少しですわよ?)
 ああ、わかってる……。
 彼女の、少し困ったような、叱るような笑顔を見つめ、アッシュは、ふ、と微笑むと、静かに目を閉じた――

 これアッシュ違う。
 違わい違わい。アッシュは、そんな荒んだ生活を送った果てに誰かを庇って路地裏で刺されて独り微笑み死んでいくチンピラみたいな台詞は言わないやい。…という私のアッシュ観。畜生。



◆そして焔は消え、歌は空に流れる

 あれから、時間を見つけては、エルドラントの残骸を何度も探したけれども、ルークを見つけることはできなかった。アッシュも。
 音素フォニムが乖離し、空へ還ってしまったのなら、それも当然だ。
 それでも、幾度となくここへ足を運んだ。どうしても、運んでしまうのだ。
 約束、したから。
「……そろそろ帰りましょう。夜の渓谷は危険です」
 ジェイドの言葉に、ティアは頷いた。
「…………」
 踵を返しかけ、けれど、ティアは足を止めた。
 セレニアの白い花群の中を、誰かが歩いてくる。赤い髪が、白い光の中で揺れている。
 ティアは、ふらりとよろけるように足を踏み出した。
「どうして……ここに……?」
《彼》は辺りを見回すと、
「ここからなら、ホドが見渡せる。それに……約束したからな」
 渓谷を風が吹き抜け、彼の黒いマントを翻した。長い、腰までもある赤い髪がなびき、腰にさした《ローレライの鍵》が、月明かりに光る。
 ティアはもう、涙がこぼれるのを堪えはしなかった。
 姿が霞む。
 あれだけ逢いたかったのに、幻のように霞んでよく見えない。
 ゆっくりと走り出しながら、ティアは腕を伸ばした。手が、指が、《彼》に届くよう、消えてしまわないよう、祈りながら。

 そして――《彼》は還って来た。

 これはやはり、「ルークが帰って来た」という書き方ですよね。

  • 大爆発ビッグ・バン現象についての説明をしていない。
    しかし、レプリカを作られると被験者オリジナルに悪影響が出ることがある、という説明はアリ
  • ワイヨン鏡窟のオリジナルとレプリカのチーグルの檻を見て、アッシュが「……やっぱりいなくなってやがる……」「俺には……時間がない」と言う描写はアリ。
  • アッシュは会う度に「期限が近付いてる」「俺が音素化してる」と言い、ルークはそんな彼を「まるで、消えてしまいそうな――」と感じる。更に、アッシュは死に際に「どうせ俺はもう……消えちまう運命だったんだ……」と言う
  • アッシュの死後、ジェイドに「なにかが入ってくる感じは」と訊ねられたルークが肯定する描写はアリ
  • ルークの消滅と大爆発が同時に起こった瞬間、アッシュの指が動く(アッシュが蘇る)描写をカットしている
  • ラストシーン、ジェイドの哀しげな表情に全く触れず、ティアの涙も完全にルークと再会した喜びとして描写している

 以上に加えて、障気中和直後のシーンで

 ルークとアッシュはがっくりと膝をついたまま、互いを見た。一瞬、互いの半分が透けて見えた気がしたが、瞬き一度のあとには、何事もなかったかのように、もとの体に戻っていた。目の錯覚だったのだろうか?

 と書いているところを見ると、この小説では
「アッシュはレプリカを作られた悪影響で音素乖離を起こし、死ぬ運命だった。別件で音素乖離を起こして死に瀕していたルークは、乖離消滅前に死んだアッシュと融合して、乖離した不足音素を得たことで復活した」
 …という筋付けで語っているように感じました。
 少なくとも、この小説に語られている要素だけでは、アッシュ帰還の根拠ある結論を導く事は出来ませんし、その示唆すらされていません。重要ヒントが欠けている推理小説状態です。

 ファミ通文庫版に続いてこちらの小説まで大爆発設定に触れずに終わってましたので、もしかして大爆発設定はプレイヤーを引っ掛ける為のフェイクで、普通にルーク帰還というのが公式設定だったのだろうかと不安になってしまいましたが、この小説は原作設定を間違えてる箇所が散見できましたので、そういう訳ではなく、ただ作家さんが自分がプレイした際に感じたままを小説化したのかな、とも思いました。でもモヤモヤします。
答えはきっと、皆さんの心の中に!
 …と、あとがきに書いてあるので、ますますモヤッと(苦笑)。

 それはさておき、崩壊エルドラントがタタル渓谷にあることになってるのが気にかかりました。確かにその方が分かり易くはあるんですが。


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 重箱の隅つつきは以上です。以下は総括的な雑感。

 二巻目を読んだ時、ルークの心の動きの流れが一貫していないように感じたことがあったのですが、今巻にもそれを少し感じました。とはいえ、単に私が勝手に考えてたものと解釈が違ったというだけのことなんで、違和感と言うのもおこがましいんですけど。

 障気中和前、原作のティアの言葉を真っ向否定して、自己価値の確立なんてことじゃなく大事な人々を救いたいから身を犠牲にすると語っておきながら、中和時には原作通り「劣化した自分が(価値が低いから)消えた方がいい」と言わせていたり。で、死の間際には原作通り「誰の為でもない、生きていたい」と言わせる訳ですが。…その後、アブソーブゲートでのオリジナル描写で、劣化レプリカの自分はアッシュの露払いをするくらいしか価値がないって言わせてるんですよ。

 自分の存在意義など、価値など、確実に迫り来る死を前にすれば、贅沢な悩みだった。
 生きていてこその悩み――死んでしまえば、音素に分解されて肉体も残らなければ、意義に、価値に、何の意味がある。
(中略)
 あと幾つ、屍を積み重ねなければならないのだろうか?
 その果てにしか、平和は掴みとることができないのだろうか?
(掴めるのか……俺に……?)
 ルークは何度も手を握り締めた。
 あれから、手は消えていない。だが、それは治ったということではない。今も少しずつ、自分の感じていないところで、音素の乖離は進んでいるのだろう。
(馬鹿なことを望むな)
 もう一度、ルークは拳を握り締めた。
 できるところまでやるしかない。あとは……アッシュがいる。オリジナルが。彼ならば、ローレライを解放し、全てを終わらせてくれるだろう。自分はできるだけ、彼の負担を減らし、道を作るだけだ。そのぐらいしか、劣化した複製である自分にできることはない。

 私はルークは障気中和をターニングポイントにして決定的に変わったと思っていたので、この小説のルークの、ここに至ってまで何も変わっていない卑屈さにまず愕然としました。
 次に、平和を掴むこと(生き残ること)について「馬鹿なことを望むな」とルーク自身に否定させてることも釈然としませんでした。確かにルークは死ぬ運命で、もう助からないことを自覚していましたが。でも、「馬鹿なことを望むな」という否定のさせ方は…。微妙なんですが、ルークがもう自分は死ぬんだからと、自分を捨てて戦ってるみたいなニュアンスになるでしょう? 原作ではそういう方向に語ることを避けていたと思うので。これ違うよ、と思ってしまいました。

 ルークは、死を見つめながら、でも自分の望む未来の為に戦っていた。散々迷って、自分の「引け目ある存在なのに生を望む浅ましさ」を、障気中和を乗り越え命への執着を強烈に自覚したことでやっと肯定できるようになって。
 だから最後の戦いに捨て鉢ではなく、自分の意志で臨んだのだし、そんなルークを、自己確立を何より尊重するヴァンは「全ての屍を踏み越え、お前は本物の人間になった」と認めた。
 …と、私は思ってたので、この小説の筋のつけ方は納得できなかったです。

 小説ルークの、「死を目前にしたら、自分の生まれた意味の探求なんてくだらないことだった」という言い分も。
 この作家さんは、ルークが最後にヴァンに「生きる事に意味なんてない、生きたいと思う、それだけでよかった」と言ったことを、生きてるだけで満足すべきで、その他を考えるのは無意味、という「何もかも削ぎ取られて枯れました」的な結論程度にしか思わなかったのかな、とか。それも正解なのですが、その上にもう一段、積んでおくべきことがあるんじゃないだろうか。それがこの長い物語の、ルークの彷徨の意味だったんじゃないのかと。
 他者は関係なく、世界の中心に自分がいる。それを認めていい。でも、世界を知らず拒んでいた頃のルークがそう言うのと、世界を知って受け容れた後のルークがそう言うのとでは、意味が――深さや色が違う。それを語るための物語なのではないのか?

 …っていう、自分の勝手な思い込みと合致しなかったので、読みながら首を捻ってしまったのでした。ははは。

 って言いますか。「そのぐらいしか、劣化した複製である自分にできることはない」と障気中和後に言わせておいて、その後その考えが転換する描写も特になく、グランコクマでアッシュと決別する時には原作通りに「俺とお前は違うだろ」と言わせてるんですが…。書き加えられたルークの心理と、原作ママの台詞に表れた心理の流れが、一致してないと思うのは気のせいなのでしょうか。


 何やらその辺が気になってしまった小説でした。
 ですが、ファミ通文庫版と併せて、大変楽しく読ませていただいた事は確かです。
 ファミ通文庫版はオリジナル要素が強く、SD文庫版は原作通りだというのが刊行開始時の通説だったように思うんですが、読み終えて思った印象としては、ファミ通の方が原作寄りで、SD文庫版は、エピソードの流れは変えてませんが、かなりオリジナル解釈が強いと感じました。ファミ通の作家さんの方が、キャラの過去や心情解釈を含む原作設定をキチンと踏襲していたかと。
 そんな二種の小説の解釈や表現の差異も、とても面白かったです。総じて、大満足でした。作家さん方、お疲れ様でした。

 後は、ドラマCD版のレプリカ編ですね。
 こちらは設定そのものが相当な部分オリジナルになっているわけですが、ルークの『生まれた意味』の結論、帰って来た『彼』の描写など、どんな場所に落とし込むのか楽しみです。

(マンガ版もありますが、こっちは完結までに十年くらいかかりそうな速度なんで…正直、追いきれる自信はありません。先行完結作品が多く、時間がかかる分、最も練りこんだ内容になりそうな気はしますが。)

 



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