セフィロトの話

『アビス』の世界、惑星オールドラントにはセフィロトと呼ばれる星のパワースポットが十箇所あります。そこからセフィロトツリーと呼ばれるエネルギーの柱が伸び、それによって星の外殻が支えられていた、という設定です。

 この「セフィロト」が、ユダヤ教の伝承神秘カバラにおける生命の樹セフィロトツリーの概念を元としている事は明らかで、ゲーム中に登場する都市の名前もまた、それを元にしていることもプレイヤーの間ではよく知られています。改めて説明することでもないのかもしれませんが、ここでは参考資料としてそれに軽く触れたいと思います。

 ただし、私はカバラのセフィロトに関して全く無知なので、詳しく説明したくとも出来ないのが実情です。以降に記すのは、ごく浅い説明と個人的なイメージの話ですので、その点は予めご了承下さい。

 そもそもカバラとは、口から口へと伝えられてきた、神や精神世界の神秘に関する知識のことです。その伝承によれば、世界が創造された時、まずはアインが現われ、無から無限アイン・ソフが生まれ、無限から無限の光アイン・ソフ・アウルが輝きました。この三つはいわば神であり、人間は触れることの叶わない、神秘の彼方にあるものです。その次に、神の十の「知力」が稲妻のように流れ出しました。それは王冠ケテル知恵コクマ理解ビナー慈悲ケセド神の力ゲブラーティフェレト勝利ネツァフ栄光ホド基盤イエソド王国マルクトの十個で、セフィラという天球で表されます。(この他に、隠されたセフィラ、知識ダアトの存在が語られることもあります。)これを二十二の小径パスで繋いだものを、伝承の生命の樹(世界樹)に見立てて「セフィロトツリー」と呼びます。(余談ですが、ケテル、コクマ、ビナー、ダアトの四つのセフィラは、それ以下のセフィラとは Veil of The Abyss 即ち「深淵アビスの幕」によって隔てられています。)セフィロトツリーの上側は神の世界で、下に行くほど人間の世界に近付くようです。

よく知られているタイプの「セフィロトツリー」の図
クリフォトツリーの「想像図」。騙されないで下さい
 上のクリフォト図は、画像資料が見つからなかったので私が勝手に作った、想像図です。
 セフィロトを上下逆にしたもの、ということでしたが、クリファの番号をどの順番で割り振ればいいのか分かりませんでした。
 とりあえず、「あの世のものはこの世のものとは全てが逆」という世界普遍の信仰にのっとって、セフィロトが上から右・左と番号を振っているのに対し、下から左・右に振りました。

 「あの世のものはこの世のものとは全てが逆」という信仰は、例えば日本で死者の経かたびらの合わせを逆にするとか、韓国の妖怪のトケビの踵が逆についているとか、そういう形で現われている奴です。

 神はあまりに高次の存在で、創造物に直接には干渉できません。そのため、神性を表すこのセフィラたちセフィロトを通じて、私たち人間に干渉してくるのだそうです。セフィロトツリーは、神の力や、宇宙(世界)の仕組みや、人の心や体など、様々なものの象徴とされ、人や時代によって無数のものに喩えられています。

 さて、神がいれば悪魔の存在が生み出されるように、やがてセフィロトの逆異相も考えられるようになりました。それがクリファたちクリフォトです。クリファはヘブライ語で「外殻」の意味を持ちます。『旧約聖書』のエゼキエル書に、琥珀金の輝きが猛風、層雲、業火、熱光に包まれている、という幻の光景が出て来るそうで、それは「神性は四つの殻に覆われている」ということを示しているそうです。つまり、「善い心は悪い心の中にも隠されている」ということです。この思想が進んで、「善と悪は表裏一体である」と考えられ、裏セフィロトに「クリフォト」の名がつけられたようです。クリフォトはセフィロトの影であり、切り離すことの出来ない存在です。セフィロト(正の働き)の歪みとしてクリフォト(負の働き)が現われた時、それを無理に捨てたり消そうとしたりするのではなく、調整して再びセフィロトに吸収されるように考えるものだそうです。

 なお、十のセフィラに対応する十のクリファは、無神論バチカル愚鈍エーイーリー拒絶シェリダー無感動アディシェス残酷アクゼリュス醜悪カイツール色欲ツァーカム貪欲ケムダー不安定アィーアツブス物質主義キムラヌートです。

 クリフォトは、後には冥界、魔界、魔物や霊的存在そのものを表す言葉としても使われるようになっていきました。

 ここからは私個人の雑感になりますが、以上について考えた時、私の脳裏に真っ先に浮かんだのはルークのことでした。個人的に、ずっとルークに抱いていた印象が「泥または汚い皮膜の奥に真っ白い素地がチラチラと見えている」というものだったので。クリフォトを見ますと、そこに象徴されている心は、「愚鈍」「拒絶」「残酷」「無感動」「不安定」で、まさに長髪時代のルークだと感じました。そんな悪い殻に覆われた彼の中にも、真っ白に輝く神性は確かにあって、外殻が破壊されて崩落した時、それらがセフィロトで表される「知恵」「理解」「慈悲」「勝利」「基盤(安定)」に変わっていった。『アビス』はそういう話なのかな、と。

 そんな妄想はさておき、セフィラとクリファに象徴される言葉をざっと見ただけで、『アビス』でおなじみの名詞を沢山見出すことが出来ますよね。

 セフィロトの王冠ケテルは銀世界ケテルブルク、知恵コクマは水上の帝都グランコクマ、理解ビナーは城砦都市セントビナー、慈悲ケセドは流通拠点ケセドニア、神の力ゲブラーは恐らく食料の村エンゲーブ、栄光ホドは栄光の大地ホド、王国マルクトはマルクト帝国。そして知識ダアトはローレライ教団総本山ダアト。

 クリフォトの無神論バチカルは光の王都バチカル、拒絶シェリダーは職人の街シェリダン、残酷アクゼリュスは鉱山都市アクゼリュス、醜悪カイツールは国境の砦カイツール、物質主義キムラヌートはキムラスカ・ランバルディア王国。

 ……こうして見ると、キムラスカは悪の帝国という感じで、キムラスカ好きとしてはちょっと複雑です(苦笑)。まあ実際、ゲーム開始時点ではキムラスカは未来の物質的繁栄の為に戦争を起こそうとしていて、マルクトは和平を結ぼうとしてましたしね。

 また、ゲーム中ではマルクト帝国領のアクゼリュスがクリフォト(キムラスカ)側にあるのも面白いです。ゲーム中でも、アクゼリュスはキムラスカとマルクトが奪い合っていて、以前はキムラスカの領土だったと語られていましたっけ。

『アビス』のセフィロト

 さて、上図は『アビス』のセフィロト図です。ゲーム画面を参考に半ば推測で作ってみましたが、番号の振り方など反転していたり、間違っているかもしれません。参考程度に見て下さい。こうして見てみると、カバラのセフィロトとクリフォトから、ホドとアクゼリュスだけは番号もそのままで使用されていることが分かります。

 

余談。

 第五セフィロトのゲブラーを「神の力」としましたが、資料によっては「峻厳」と説明されています。神の力は山のように厳しく険しいのでしょう。また、時に第五セフィロトは「公正ディン」とされることもあります。ケセドニアの商人ディンの名前の由来はこれかもしれません。……公正なのかぁ。

 第七セフィロトのネツァフは、「勝利」ではなく「永遠」と説明されることもあります。第六セフィロトのティフェレトは「憐憫ラハミン」とされることもあります。

 アクゼリュスはゲーム中では鉱山都市ですが、カバラのクリフォトでは、アクゼリュスを司る悪魔がアスモデウスなので、そこからの連想なのかもしれません。アスモデウスは工芸技術を司ります。

06/09/30



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