以降は、ゲーム本編ストーリーを自己解釈を含んだ簡易小説風に紹介しつつ、管理人のプレイメモや感想、突っ込みを添えた謎文章です。激しくネタバレですので、予めご了承のうえご覧下さい。

 

 最初になんですが、私はこのゲームを買うときかなりの損をしました。

 ギリギリまで買うか買わないか迷っていて、やっぱ買うまい、と思い。しかし発売されると我慢できずに買ってしまったという。

 予約していたら、定価より安く買えて、オマケドラマや設定資料の入ったDVDももらえたのに……。

 そしてプレイしてみたら激ハマったので、特典DVDを逃した自分にますますガックリ……。

 あああぅうあああ……。

 今度こういうことがあったら……

 やっぱ、恥ずかしくても、予約はしよう……

 しくしく……(涙)

 

 んで。起動してまずはオープニングアニメーションを見る。

 今まで、テイルズシリーズは三本ほど遊んだことがあったんですが、……実は、その中では一番ダメなOPアニメだと、プレイを開始した当初は思っていました。(一度クリアしたら見る目が変わりましたが。主題歌CDも買っちゃいましたし。)

 綺麗だなー、とか、印象深く思えるシーンがあまりなかったことと、主題歌の歌詞がすごく聞き取りづらくて何を言ってるのか分からなかった(絵と歌の同調性を感じられなかった)せい。あと、最初に飛んで行く飛行艇のCG(ゲーム用のそれの使いまわしだと思いますが……)の動きが硬い感じで、風を切って空を飛ぶ感じが出てなかったせいもあります。(アレはホントになんとかしてほしかったなー……)

 ただ、OPアニメの冒頭では腰までの長髪だった主人公が、中盤以降は短髪になっていて、しかもやけに表情が可愛くなってることにビックリ。(最初は、どちらかと言うと不敵な顔つきだったのに。)

 え? なんか感じが違うけど、これ、主人公のルークなんだよね? 髪の色や服装は同じだし。髪切るのか?? なんでこんなに表情違うんじゃ?

 で、最後には主人公とよく似た年恰好の、同じ髪色の長髪の男と激しく剣を交えている。主人公は白っぽい服なんだけど、その男は黒。双子? 他人の空似?? なんだ??? ……ふーん。きっと、こいつがラスボスというか、宿命のライバルなんだろーなぁ。

 そう思いながら、とりあえずNEW GAMEを開始したのでした。





ND2000
ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。
は王族に連なる赤い髪の男児なり 。名を聖なるほむらの光と称す。
彼はキムラスカ・ランバルディアを、新たなる繁栄に導くだろう。


ND2002
栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす。名をホドと称す。
こののち、季節が一巡りするまで、キムラスカとマルクトの間に戦乱がつづくであろう 。



 ――それは、二千年前に詠まれた歌。








「……さあ、いよいよだわ」

 魔界クリフォトと呼ばれる地の底で。光の道に歩を踏み出しながら、彼女は決意を込めて呟いた。










 その惑星ほしの名は、オールドラントと言う。

 太陽系の第二惑星。地球に比べれば僅かに小さいが、自然は似通って青く美しい。だが、その周囲には譜石帯と呼ばれる岩塊の環が掛かっており、晴れた日に地上から見上げれば、その岩塊……譜石と呼ばれ、ガラスのように透き通っている……の帯がキラキラと太陽の光を弾いているのが見える。

 

 オールドラントは、現在二つの大国に支配されている。

 一つは、キムラスカ・ランバルディア王国。武術を尊ぶこの国の王、インゴベルト六世は、十八になる一人娘を持つ老王である。

 いま一つは、マルクト帝国。皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト九世は三十代半ばで未だ独り身ではあるが、そのカリスマ性によって国民から強く慕われている。

 二つの国は常ににらみ合いを続けており、短いサイクルで戦争と和平を繰り返していた。

 この二国の間をローレライ教団が取り持っている。ローレライ教団の本部のある都市ダアトはどちらの国にも属さず独立しており、世界中で唯一、キムラスカ・マルクト両国民が隔てなく交易する自由交易都市ケセドニアは、ローレライ教団の保護下で自治権を持っている。

 

 ローレライ教はオールドラントを絶対的な強さで支配する宗教だ。伝説では、その由来は以下のように語られている。

 はるか二千年ほど前の、現在では創世暦と呼ばれる時代。この星には六つの大国と複数の小国がひしめき合っていた。

 二千年前も現在も、この星の最も重要なエネルギー源は音素フォニムである。あらゆる物質は元素と音素によって構成されている。人間を含む全ての生き物、そして惑星そのものにさえも「フォンスロット」と呼ばれるパワースポットがあり、そこで音素を感じ、取り入れ、放散できるのだ。音素を我が身に取り込んで譜術(魔法)を行使する者を譜術士フォニマーと呼ぶ。また、音素をエネルギーとして動かす機械技術を譜業ふごうといい、その機械を音機関おんきかんと呼ぶ。

 音素は、オールドラントの地核に充満する記憶粒子セルパーティクルと結合させると、更に有用な惑星燃料となる。二千年前、サザンクロス博士の提唱によって各国が協力し、惑星のフォンスロットから惑星を取り巻く音譜帯おんぷたいに道を通し、記憶粒子が循環するようにした。音譜帯は六種の音素が層状になった帯である。記憶粒子と音素は結合し続け、惑星燃料が恒久的に発生するようになった。このエネルギー機関をプラネットストームと言い、おかげで地上は大いに栄えた。

 ところが、プラネットストームは音素に変異をもたらし、今まで存在していた光、火、水、風、土、闇の六つの属性に属さない、新たな音素が現われた。この七番目の音素、第七音素セブンスフォニムのもたらす正体不明の力に人々は夢中になった。この力を用いれば、癒しの力を使ったり、あるいは未来を詠むことすらできたからである。

 しかし第七音素を使える譜術士は少なく、他の音素と違って、扱いには先天的な才能が必要とされた。彼らは特に「第七音譜術士セブンスフォニマー」と呼ばれ、その中でも癒しの力を使える者を治癒術師ヒーラー、未来を詠む力のある者は預言士スコアラーと呼ばれた。 

 預言士が第七音素を体内に取り込んで未来を詠むと、それが放出された際、未来を示す言葉、預言スコアはガラスのような石となって固まる。これが譜石の正体なのだった。譜石には詠まれた預言が古代イスパニア語で刻まれており、古代イスパニア語を学んだ者なら、預言士でなくともこれを読み取ることが出来る。

 また、譜石は音素に影響されやすい性質を持ち、火の音素を吹き込めば輝いて照明代わりになるなど、様々な譜業にも活用されている。現代ではこうした譜業技術は主にキムラスカで発展し、対して、マルクトでは譜術の研究発展が盛んである。

 

 さて、第七音素で未来を詠めると知った二千年前の各国は色めき立ち、この観測に優れた極点近くの国を独占しようと激しい戦争を起こした。これを譜術戦争フォニック・ウォーと呼ぶ。この結果、使用された兵器によって地殻の大変動が起こり、開戦わずか一ヶ月で人類の半数が死滅した。大陸の形さえ変えた災厄は猛毒の障気を発生させ、人類は滅亡の危機に瀕したのである。人々は第七音素による未来視を崇める者と、それを眉唾だと退ける者に分裂し、世界は混乱した。

 十年に及んだ戦争の末期、ユリア・ジュエという一人の少女が現われた。彼女は第七音譜術士だったが、その才能はずば抜けていた。彼女の詠む預言スコアは恐ろしいほど的確で正確で、人々は彼女の力を恐れ敬い、これにより停戦が締結されたという。

 未来を詠むことで、ユリアは人類を救う方法を見出した。なお、この時、彼女は第七音素の意識集合体であるローレライと接触したという。それぞれの音素には自我を持った集合体(精霊)が存在するとされるが、今に至るまで、ローレライと出会ったのはユリアだけだ。ユリアはローレライと契約し、ローレライの鍵と呼ばれる、第七音素を集める剣と拡散させる宝珠を得た。それを用い、仲間たちと共に惑星のフォンスロットにある仕掛けを施し、それによって地中深くに障気を封じたのだった。この時、彼女はローレライとの契約の証として大譜歌を歌ったという。

 また、彼女は数百年、数千年先の惑星規模の未来の歴史……惑星預言プラネットスコアを詠んだ。その譜石は山ほどの大きさのものが七つにもなったという。それらは後にローレライ教団によって砕かれ、プラネットストームで天空に打ち上げられ、あるものは隕石のように地上に降り、またあるものは星を取り巻いて、天空に輝く譜石帯となった。

 

 ユリアとローレライの契約、そして預言スコアを遵守したことで、世界は救われた。

 これを教えとし、彼らを崇め、預言を守って心穏やかに生きることを説く。それがローレライ教である。

 オールドラントの人々の人生は、まず「生誕の預言スコア」を詠んでもらうところから始まる。毎年の誕生日ごとにも詠んでもらい、一年の指針とするのが常識だ。もっとも、ユリアの詠んだ預言とは異なり、一般の預言は曖昧で、読み解くのに苦労する、どうとでも解釈できる程度のものなのだけれども。

 二千年後の今、預言はオールドラントの日常の隅々に入り込み、その日の夕食の献立、着ていく服、遊びに行く場所まで、全て預言に頼る者は少なくなく、それが当たり前の光景である。



 こんな世界の中で。

 物語は、ユリアによって地中に障気が封じられてから2017年後、新創世暦2018年のキムラスカ・ランバルディア王国の首都バチカルの王城近くにある、ファブレ公爵の屋敷から始まる。

 

 ファブレ公爵――クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレはキムラスカ王国の王族に連なる。血統正しい貴族だが、キムラスカ軍の元帥を務める優駿な軍人でもあり、特に、十六年前のホド戦争での武勲は知られている。彼が攻め入ったマルクト帝国領ホド島は崩落して海中に消え、今は存在すらしていない。一部の人々はキムラスカ王国の譜業秘密兵器を公爵が使ったのだと噂している。

 ファブレ公爵の妻、シュザンヌ・フォン・ファブレは現キムラスカ国王の異母妹である。心優しいが体の弱い彼女との間には、ルークという、十七歳になったばかりの息子がある。――ルーク・フォン・ファブレ。キムラスカ王国の王族はみんな赤い髪と緑の瞳を持つが、ルークの髪は特に鮮やかで、毛先が不思議に金色がかっている。まるで炎のように。その髪の通り、彼の『ルーク』という名は、ユリアの時代に使われていた古代イスパニア語で『聖なるほむらの光』という意味を持っていた。







Bachicul KIMLASCA=LANVALDEAR
23day,Rem,Rem Decan
ND2018

『また退屈な一日が始まった。』

 ペンを走らせると、小さな帳面ノートのまっさらなページは文字の分だけ黒ずんでいく。刻み込んだ記憶をポケットに突っ込んで、ルークは窓際に歩み寄るとじっと空を見上げた。

 大きな窓は開かれている。少し前に起こしに来たメイドが開けていったのだ。「今日もローレライ教団の気象預言スコア通り、晴れでございますね」と言っていたから、実際、今日は一日快晴なのだろう。

 青く晴れ渡った空には、ガラスのような半透明の石が貼り付いている。時折チラチラと太陽レムの光を弾くあれは『譜石』と言うのだと、誰かが言っていた。――誰が言ったのかは覚えていない。けれど、きっとガイだろう。家庭教師の誰かに教えられたこともあるのかもしれないが、右から左に耳を通り抜けただけだろうから。

 ふ、と息をついて、ルークは空を見るのをやめた。どんなに眺めたところで飛んでいくことなど出来やしない。

「こんにちはルーク様。いい天気でございますな」

 東屋風に独立した自室の扉を開けて中庭に降りると、近くの花壇の前で腰をかがめていた老人が立ち上がって頭を下げた。

「ペールは今日も土いじりか。毎日毎日よく飽きないな」

「とんでもない。これがわしの仕事でございますから。むしろわしの育てた花で、公爵様やルーク様をお慰めできるなら、これ以上の幸せはありません」

 ルークは老人の側まで歩いて、花壇の花を見た。どれも鮮やかで形も美しい。――といっても、枯れたり色褪せた花というものを見たことはなかったから、特に感慨もわかなかった。

 花々の咲き乱れる花壇。整然とタイルが敷き詰められ、周囲を澄んだ小水路に取り巻かれた美しい中庭。その中庭を囲むようにして建つ壮麗な屋敷。全ては、ルークにとって、ただ見慣れただけのものだ。

「わりぃけど、俺はこの庭にも屋敷にも飽き飽きだ。早く自由になりてぇや」

 ここの所すっかりお馴染みになったぼやきを落とすと、老人は少し気の毒そうな顔をした。

「お屋敷の中に軟禁状態ではそうもなりましょう。しかしこれも陛下のご命令。御成人までの辛抱でございますよ。見慣れたものかも知れませぬが、この花がルーク様のお心をお慰めできれば幸いでございます」

 誰も彼もが、同じ表情かおで同じことを言う。

 いつも通りにつまらない気分になって、ルークは中庭から屋敷の本館に入った。すれ違うメイドたちや、白銀の鎧に身を包んだファブレ家の私設軍である白光騎士団の騎士たちが挨拶してくる。

「これはルーク様。おはようございます」

「おはようございます。本日もキムラスカ王国は素晴らしい朝を迎えております」

 そんな中で、メイドの一人が言った。

「ルーク様、玄関にお客様がいらしてたみたいです」

「誰が来てるんだ? ナタリアか?」

「いえ……。申し訳ありません、私は気配を耳にしただけですから」

 来客は、この緩慢な生活の中の数少ない刺激だ。ルークは玄関に足を向けてみることにした。

 ファブレ家の玄関ホールには鎧や砲台など、様々な武具や武器が飾り付けられている。特に、玄関の正面の柱に飾られた大きな剣が目立つ。ファブレ家の武勲を記念する、つまり戦利品の数々なのだが、ルークは興味を持っていないので謂われは知らなかった。

「んだよ、誰もいないじゃん」

 見回してみたが、客人の姿は見えない。もしかして、もう帰ってしまったんだろうか? 覗いてみようかと玄関扉に近付くと、慌てたように白光の騎士が前を遮った。

「恐れながら、ルーク様の外出は固く禁じられております。どうかお戻り下さい」

「……分かってるよ、そんなこと」

(なにしろ俺は、七年間一度も外出を許されてないんだからな)

 ぶすりと膨れて玄関扉に背を向けた時、「おぼっちゃま」と執事のラムダスが声を掛けてきた。

「ただ今、ローレライ教団詠師ヴァン・グランツ謡将閣下がお見えです」

「え? ヴァン師匠せんせいが?」

 客って、ヴァン師匠のことだったのか。そう得心し、けれどルークは首を傾げる。

「だけど、今日は稽古の日じゃないだろ」

「火急の御用とか。後ほどおぼっちゃまをお呼びするとのことでしたので、お部屋にてお待ち下さい」

「……いい加減『ぼっちゃま』はやめろよ。俺、先月で十七になったんだぜ」

「いえ、二十歳の御成人まではおぼっちゃまと呼ばせて頂きます」

 ラムダスは頑として譲らない。俺もう子供じゃねぇのに、と唇を尖らせながら回廊への扉に手を掛けたルークに、彼は重ねて言葉を落とした。

「おぼっちゃま。くれぐれも庭師のペールにお言葉を掛けるのはおやめ下さい。あれはおぼっちゃまとは身分が違います」

「……分かってるよ、うるせーなぁ。俺に命令するなっつってんだろ!」

 苛々して怒鳴りつけると、淡々と「失礼致しました」と返される。ますますムカムカして、ルークは荒々しく扉を閉めた。

 回廊に出てみると、そこは相変わらず静かだった。朝の光が中庭に面した窓から差し込んでいる。膨らんだ怒りも萎えた気がして、ルークはハァ、と息を落とした。

(ったく。親父たちも俺がここから出るのを許してくれねーなら、せめてこの退屈な毎日を何とかしてほしいぜ。ヴァン師匠せんせいとの剣術稽古がなかったら、メシ食ってガイとだべって寝るだけじゃねーか)

「……あー、なんか面白れーことねーかなぁ」

 声に出して呟いた時、突き当りの使用人棟に続く辺りから、三、四人のメイドたちがさざめく声が聞こえてきた。

「何してるんだ?」

「あっ、ルーク様。おはようございます」

「ルーク様、ガイを知りませんか?」

 ルークはこの屋敷の主の息子だが、まだ若く、身分差というものに全くと言っていいほど無頓着な質だ。だからメイドたちも、執事や公爵の目のないところではかなり気楽に声を掛けてくる。

「ガイ? そういや今日はまだ見てないな。奥の自分の部屋にでもいるんじゃねーの」

「それが、いないみたいなんです」

「ガイったら、私たちをお部屋に入れてくれないんですよ。お掃除が出来なくて困っちゃいます」

「それってお前らのせいだろ」

 ルークが皮肉な口調で笑うと、メイドたちは「そんなことありませんよ、お掃除の時に意地悪なんてしませんもの」と訴えた。

「それより、いつになったらガイはデートの約束をしてくれるのかしら」

「そうよね。あんなことじゃ、いつまで経っても女性恐怖症が治らないわよ」

「女の子が苦手なのに優しくしてくれるから、母性本能がくすぐられちゃうのよね」

「ガイって使用人とは思えない気品がありますわ。勿論、ルーク様の方がずっと素敵ですけれど!」

 口々にそんなことを言い始めたメイドたちを見て、ルークは肩をすくめた。結局は、これも見慣れた光景だ。

(考えてみれば、七年前の誘拐事件以来、ろくなことがねぇよな。軟禁されるわ、昔の記憶はなくなるわ。……でも、今日はヴァン師匠せんせいが来てるんだ。退屈しなくて済むかもしれない)

 そう思うと、少しは気が晴れた。後で呼ぶというのだから、大人しく部屋で待っているべきだろう。

 回廊から中庭に出て自室に戻った。扉を閉め、中へ数歩歩く。

「う……?」

 その刹那、ルークは表情を歪めていた。耳に……いや、頭の中にキーーンと共鳴音が響く。波のように頭痛が襲ってきて、たちまち立っていられないほどになり、頭を抱えてその場に膝をついた。

 ――……、……。

 共鳴音の中に、何か違う音が混じり始める。お馴染みのノイズは、やがてチャンネルを合わせたように意味を持つ言葉となっていった。

 

 ――ルーク……我がたましいの片割れよ……我が声に……

 

「……いてぇ……っ! この声……いつもの奴かっ……!?」

「どうした、ルーク! また例の頭痛か!?」

 不意に、間近で声がした。頭の中からではない、耳に直接聞こえる声。

「ガイ……か……」

 痛みでろくに顔も上げられなかったが、ルークは正確にそれを言い当てた。誰もいなかったはずの部屋の中に一人の金髪の青年が現われている。彼はルークが背にしている扉からではなく、開いた大きな窓から入ってきていた。だが、それをルークが咎めることはない。これもまた、いつもの情景だからである。

 彼はガイ・セシル。四歳年上のルーク付きの使用人だ。七歳の頃からこの屋敷に仕える彼は、ルークにとって幼なじみでもあり、兄のような存在でもあり、たった一人の親友だった。

「……大丈夫。治まってきた」

 邪魔が入ったことを悟ったかのように頭痛は引いて、ルークは立ち上がった。

「また幻聴か?」

「……何なんだろーな。うぜーったらねえや」

 憮然としてみせると、ガイは考え込む素振りをする。

「このところ頻繁だな。確かマルクト帝国に誘拐されて以来だから……。もう七年近いのか」

 七年前、十歳の時にルークは誘拐され、国境近くの廃城で発見された。犯人は捕まっていなかったが、敵国であるマルクト帝国の仕業だろうと聞かされている。この頭痛と幻聴はそれ以来の彼の持病だった。どんな名医にかかっても治す事が出来ず、時も場所も選ばずに襲い掛かる。

「くそっ。マルクトの奴らのせいで俺、頭おかしい奴みてぇだよ」

 ルークが吐き捨てると、ガイは窓枠から飛び降りてきて手の埃をポンポンとはたいた。そして笑う。

「まあ、あんまり気にし過ぎない方がいいさ。それより今日はどうする? 剣舞でもやるか?」

 ルークも笑った。

「あー、残念でした。今日はヴァン師匠が来てるから」

「ヴァン様が? 今日は剣術の日じゃないだろう?」

「急ぎの用があるんだってさ」

 その時、扉が軽くノックされた。

「ルーク様。宜しいでしょうか」

 メイドの声が聞こえる。ガイが声を潜めた。

「おっとまずい。ここにいるのは秘密なんだ」

「なんだよ、またメイドから隠れてるのか?」

 ルークも声を潜める。そういやさっきメイドたちがガイを捜してたな、と思い出しながら。

「まあ、それもあるが……ご主人様の部屋に使用人が遊びに来てちゃ、まずいんでね。見つかる前に失礼させてもらうよ」

 そう言うと、ガイは音もなく窓枠に飛び上がる。「じゃあな」と気障に指を振る挨拶を残し、窓の外へ消えた。

 もう一度、扉がノックされる。

「ルーク様?」

「はいはいはいはい、分かってるって。――入れ」

 ルークが言うと、扉が開いてメイドが一人入ってきた。丁寧に頭を下げ、伝言を告げる。

「失礼致します。旦那様がお呼びです。応接室へお願い致します」

「分かった。下がれ」

 鷹揚に言うと、メイドは一礼して出て行った。

師匠せんせい、何の用事だろう……)

 いずれにせよ、予定外の事態なんて滅多にないことだ。わくわくし始めた胸を張って、「よし、行くか」とひとりごちると、ルークは自室を後にした。





 応接室の広いテーブルに着いて、両親とヴァンは談笑していた。

「ただいま参りました、父上」

「うむ。座りなさい、ルーク」

 声を掛けると、父のファブレ公爵に促される。ルークはヴァンの隣に座った。

師匠せんせい! 今日は俺に稽古つけてくれるんすか?」

「後で見てやろう。だがその前に話がある」

 ウキウキして話し掛けると、ヴァンはよく通る声で落ち着いて返した。やっぱり師匠はかっこいいなぁ、と見とれていると、父の声が割り入って来る。

「グランツ謡将は明日ダアトへ帰国されるそうだ」

「え!? 何で!?」

「私がローレライ教団の神託の盾オラクル騎士団に所属していることは知っているな」

 ヴァンがルークに言った。

神託の盾オラクル騎士団の主席総長なんだろ」

「そうだ。私の任務は神託の盾騎士団を率い、導師イオンをお護りすることにある」

「導師イオン? 何だそれ」

 行儀悪く椅子の背に寄りかかって首を捻ると、「ローレライ教団の指導者ですよ」と母のシュザンヌが説明した。

「導師のおかげでマルクト帝国と我がキムラスカ・ランバルディア王国の休戦が成立しているのです」

「先代導師エベノスがホド戦争終結の功労者なら、現導師イオンは今日こんにちの平和の象徴とも言える御方」

 ヴァンが言う。その後を父が継いだ。

「そのイオン様が行方不明なのだそうだ」

「私は神託の盾騎士団の一員として、イオン様捜索の任に就く」

 よく分からない。だが、ヴァンが当分の間来なくなるということだけは分かった。その、イオンとかいう奴のために。

(冗談じゃねぇ! そんなことになったら退屈で死んじまう!)

「そんな! 師匠が帰国したら俺の稽古は誰がつけてくれんだよっ!」

 ルークが喚くと、ヴァンは可笑しそうに笑った。

「ふふっ、私がキムラスカ王国に戻るまで部下を来させよう。だからそうむくれるな」

「ヴァン師匠せんせいがいいんだよっ!」

 駄々をこねると、父がたしなめてきた。

「わがままを言うな、ルーク。グランツ謡将はいずれ戻られる。少しは辛抱することを覚えなさい」

 ルークは片頬をついてぷっとむくれる。母が口を挟んだ。

「あなた! この子はさらわれた時に怖い思いをして、心に傷を負ったんですのよ。そのせいで子供の頃の記憶まで失って……。可哀想だと思われませんの?」

「シュザンヌ。お前は少し甘やかしすぎだ」

 こんな両親の言い合いもいつものことだった。面白くない。けれど、今日はヴァンがいた。

「ですが、お屋敷に閉じ込められたこの生活は、けして恵まれた物でもないでしょう」

「そうだよ。なんで伯父上は俺を閉じ込めるんだよ。国王だからって変な命令しやがって、ムカつくっつーの」

 優しい取り成しに乗って、ルークは片頬をついたまま悪態を吐く。母が悲しそうな顔をしたが、目線を逸らしていたので気付くことはなかった。

「それは兄上様がお前の身を案じておられるからですよ。けれどそれも成人の儀まで。後三年で自由になれるのです。もう少し我慢なさい」

「……」

 ふてくされるルークにヴァンが微笑みかける。

「元気を出せ、ルーク。しばらく手合わせできぬ分、今日はとことん稽古につきあうぞ。――では、公爵。それに奥方様。我々は稽古を始めますので」

 ヴァンは席を立ち、ルークもそれに倣った。

「頼みましたぞ、グランツ謡将」

「私は先に中庭に行く。支度が済んだらすぐ来るように」

 ルークにそう指示すると、ヴァンは優雅に一礼をして応接室を出て行った。ルークは引かれるようにそれを目で追う。

(あーあ……。ヴァン師匠行っちまうのか……。導師イオンとかいうヤツが見つかったら戻ってきてくれっかな。

 ちぇー。剣術の稽古、たった一つの趣味だったってのに。しょうがねー。ガイも結構剣術イケてるし、明日からはアイツと稽古すっか)

 そうひとりごちたルークの耳に、母の不安げな声が聞こえた。

「おお、ルーク。くれぐれも怪我のないようにね。剣の稽古だなんて本当は止めてほしいのよ。気をつけてちょうだい」

「分かってるよ。うぜーなぁ……」

 母は優しいが、心配性で少し大げさだ。背中を向けたまま肩をすくめて、ルークは稽古用の木刀を取りに行くために応接室を出ようとする。――と。不意に父が言った。

「お前が誘拐されかかってからもう七年。……お前も十七歳か。勅命とはいえ、軟禁生活で苦労を掛けるな」

 こんな風に父が自分に声を掛けてくるのは珍しい。ルークは足を止めたが、結局はどんな言葉も見つからずに、黙って部屋を出て行った。


 ゲームのホントの冒頭です。

 この文章では分かりやすいように まずこの世界について説明しましたが、ゲームではそれはないので、この時点では色々と分からないことばかりです。ルークはこの世界に生きている人間なのに、本当に最低限しか世界のことを知りません。ですから、プレイヤーはルークと一緒にこの世界のことを次第に知っていくことになります。

 ルークが世界のことをあまりにも知らないのは、彼が超箱入りのおぼっちゃまで、しかも記憶喪失で七年間屋敷に軟禁されていたせい。……それは確かなのですが、話が進むと、その意味がもっと重くなっていきます。

 でも、この頃はまだ、プレイヤーにとってルークはワガママで横暴で超世間知らずで、年のわりに言動のちょっと子供っぽい坊やに過ぎない。

 階級意識は希薄で、身分の低いペールやガイと普通に付き合っている。それを執事に怒られると不満がる。でもそれは色々思考した末に階級を否定しているからではなく、単に、そういったものを意識したことがないほどに世間知らずだからで、自分の身分を振りかざすことはないけれど、逆に、誰かを気遣う、悪い言い方をすれば顔色をうかがうような意識には目覚めていない。黙っていても皆が自分の世話をしてくれるのが当然な環境に育っているから。

 

 ちなみに、ルークの口調は今時の若者言葉です。この世界、テレビもラジオもないのに、軟禁されてた箱入り坊ちゃんがどーしてそんな口調になるのか? ……ガイのせいとしか思えませんが、ガイはそんなには崩れてないんですよね、口調。(ルークが何故こんな口調なのか、そしてああいう(良家の子息らしくない)服装なのかに関しては、個人的に思うところがあるのですが、それはまた後で。)

 たりぃー、ウゼーが口癖で、なんとなく億劫そうな、傲慢な喋り方です。表情も気だるげ。

 ただ、ガイに対してはもう少し生き生きと喋り、両親に対しては、むつっとした声色ですが一応丁寧語が基本です。

 ところが、ヴァン師匠せんせいに対しては完全に態度が違います。もの凄く嬉しそうに、いわば無邪気に話しますし、特に剣の稽古中には完全に敬語になり、非常にハキハキ・ウキウキと受け答えしています。ちょうど子犬がしっぽを千切れんばかりに振りながら主人を見上げて次の命令を待ち、言われると喜び勇んで駆けつける、みたいな。

 ルークは、本当にヴァンが好きなんだなぁと、この声の調子だけで分かります。

 よーーっく見ると、ルークの個室の壁にはヴァンの肖像画らしきものさえあったり。両親にねだって描いてもらったんでしょうか。

(この肖像画は、ゲーム冒頭、窓から外を見るルークから画面が切り替わってルークの部屋が上から見られる時にだけ はっきり見ることが出来ます。立っているカッコイイヴァンの姿。これが見られるのは二周目以降のみです。)

 この時点でのルークの心の「好きな人ランキング」のぶっちぎり一位に、ヴァンが輝いていることは間違いありません。

 そんなヴァンと当分会えなくなってしまう。ガッカリしながらも気を取り直して、ヴァンが稽古をつけてくれる中庭の広場へ向かいます。

 ……で、ゲームプレイヤーとしては、この後当分この屋敷に戻れないだろうことは予測できているので、その前に各部屋を巡ってタンスを漁る。両親の部屋から100ガルド、使用人たちの部屋からグミ(回復薬)二個をチョロまかす、セコいお坊ちゃまなのでありました。

 

 なお、部屋でガイと会った後に使用人棟へ行くと、メイドたちに囲まれて眩暈を起こしているガイを見ることが出来ます。

 ちなみに、このイベント以外の時にはメイドが一人いて「ガイったらお部屋のお掃除させてくれないんです。意地悪するわけでもないのに失礼ですよね」と言いますが…。単に彼が女性恐怖症だから部屋に女性を入れたくないのか、と言うと…?

 ガイの部屋はペールとの二人部屋です。ペールの側には沢山の本や花の鉢があり、ガイの側には音機関の部品や剣が置いてあります。使用人部屋はどれもベッドの頭側の壁にキムラスカ王国の国旗が掲げてあるのですが、何故か、ガイのベッド側にある国旗は途中でめくられて裏返されています。

 

追記
 惑星オールドラントを取り巻く音素フォニムの層、音譜帯について。
 '08年に放映開始されたTVアニメ版の公式サイトでは、これに「フォンベルト」という読み仮名を振っています。しかし原作ゲームでは「おんぷたい」と発音されており、ナムコ公式とファミ通の攻略本にも、その読みで掲載されています。
 '07年に一迅社が発行したファンブック『キャラクターエピソードバイブル』でも「フォンベルト」と読み仮名が振ってあったので、ゲーム発売後一年くらいのうちに設定が変わったのかもしれません。しかし、このサイトでは最初の原作に準じ、「おんぷたい」で統一します。


 木刀を持って中庭に出ると、ガイとヴァンが声を潜めて話し合っていた。

「なるほどねぇ。神託の盾オラクルの騎士様も大変だな」

「だからしばらくは貴公に任せるしかない。公爵や国王、それにルークの……」

 何を話しているんだろう? 無造作に近付こうとすると、庭の片隅で花の手入れをしていたペールが、いつにない大声で「ルーク様!」と呼んだ。その声でハッとしたように、二人が話をやめる。

「何してんだ、ガイ」

「いや? ヴァン謡将は剣の達人ですからね。少しばかりご教授願おうかと思って」

 訊ねると、ガイはそう言って笑った。いつもと変わらぬ人好きのする笑顔で。

「ホントかよ? そんな感じには見えなかったぜ。まあいいや」

 大して気にせずにルークはヴァンに向かう。

「準備はいいのか?」

「大丈夫です!」

 はきはきと頷くルークを見て、ガイはルークの部屋の前まで歩き、そこにあるベンチに座った。

「それじゃあ俺は見学させてもらおうかな。頑張れよ、ルーク」

「へいへい」

 ガイにはぞんざいに手を振って、腰の後ろに真一文字に渡した鞘から木刀を抜く。

「ルーク、いいか? 基本動作から入るぞ」

「はい、師匠せんせい

 こうして、剣術の稽古は開始された。譜業を用いた特殊な人形を相手に、ヴァンの指導のもと剣を振るう。

 基本攻撃、防御、技の連携。「戦闘において間合いは重要だ。……といっても、お前が実戦をすることなど万が一にもあるまいがな」とヴァンが苦笑し、「ちぇっ。外でかっこよく剣を振り回してみてぇなぁ」とルークがボヤいてたしなめられる、いつも通りの光景。

「それでは最後に技の訓練に移る。ルーク、準備はいいか?」

「待ってました! いつでも行けます」

「お前に教えた技は『双牙斬』だ。覚えているな?」

「はいっ! 師匠!」

「よし、では早速やってみなさい」

 ルークは譜業人形に駆け寄る。まず刃を振り下ろし、即座に勢いをつけて体ごと斬り上げた。一瞬で二撃を与える技だ。

「よし、いいぞ。よく体得したな。既にその技はお前のものだ」

 ヴァンが笑う。照れ臭さと誇らしさで胸を一杯にして、ルークは「……へへ! 師匠ありがとう!」と笑った。

 ――その時。

(……なんだ? 何かが来る?)

 その時ルークが感じたもの。それは不思議な共鳴だった。例の頭痛に少し似ている。だが、痛みや幻聴はない。

 

 トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ……

 

 歌声が聞こえた。聴いたことのない、けれど美しい声。

「この声は……!?」

 ヴァンが呻いて、その場にがくりと座り込む。ルークは驚いたが、すぐに自分の全身も鉛のように重くなった。

「体が動かない……!」

「これは譜歌じゃ! お屋敷に第七音譜術士セブンスフォニマーが入り込んだか!?」

 倒れこみながらペールが叫ぶ。ガイが、崩れ落ちそうな身体を必死に支えながら「くそ……、眠気が襲ってくる。何をやってるんだ、警備兵たちは!」と唸った。

 だが、屋敷を厳重に警護していた白光の騎士たちは、その全員が床に崩れ落ち、眠りについていた。この、屋敷に響く透き通った歌声のために。

 ブーツの踵を鳴らして、美しい影が中庭に現われた。灰褐色の長い髪をたらした若い女。

「ようやく見つけたわ。……裏切り者ヴァンデスデルカ。覚悟!」

 冷たい美貌でヴァンを見据えると、女は抜き放ったナイフでヴァンを襲う。辛くもそれを避け、しかし片膝をついてヴァンは声を絞り出した。

「やはりお前か、ティア!」

 ヴァンが横薙ぎした剣を、女は後ろに飛び退いて避ける。ちょうど片膝をつくルークの眼前に立って、再びナイフを構えてヴァンに襲い掛かろうとした。

「何なんだよ、お前はぁっ!」

 このままじゃ師匠がヤバい。そう思った時、ルークの全身が淡い金色に輝いた。ふっと体が軽くなる。くびきから解き放たれたかのように飛び出して、ルークは女めがけて木刀を振るっていた。

「いかん! やめろ!」

 ヴァンが叫ぶ。女は杖を出してルークの木刀を受け止めた。ガアン、と打ち合う音と衝撃がやけに大きく体に響く。

 数瞬、ルークと女は互いの武器を打ち付けあったまま睨み合い――しかし、すぐにハッとした。二人の武器がぶつかり合ったところから不思議な振動が起こり、やがて白い光が溢れ出す。

 

 ――響け……。ローレライの意思よ、届け……。開くのだ!

 

 いつも頭痛と共に聞こえていた幻聴が、明瞭にルークの脳裏に響き渡った。

「また変な声が……」

「これは、第七音素セブンスフォニム!?」

 女が何か言いかけ、「しまった……。第七音素が反応しあったかっ!」とヴァンが叫ぶのが聞こえる。だが次の瞬間全てが白光に包まれ、吹き飛ばされるような衝撃を感じて、ルークの意識は途切れていた。









「……ーク……起……。……起きて、ルーク!」

 誰かが呼んでいる。意識がゆっくりと覚醒し、ルークは目を開いた。辺りは暗い。そんな中で、自分を心配そうに覗き込んでいる青い瞳がある。

「う……。……きみは……?」

「よかった……。無事みたいね」

 安堵の顔で微笑う女の顔をぼんやりと見つめて、ルークは疑問を口に出した。

「ここは……どこだ?」

 しんしんと虫の声が聞こえる。辺りは真っ暗で、丈の長い花が青白く風に揺れていた。

 暗くてよく見渡せないが、初めて見る景色だ。少なくとも、屋敷ではない。見慣れた物も人も、何一つ発見できない。

「さあ……。かなりの勢いで飛ばされたけど……。プラネットストームに巻き込まれたのかと思ったぐらい……」

(プラネットストーム……? なんだそれ。ワケ分かんねぇことを言う女だな……)

 そんなことを考えるうち、意識が一気に覚醒した。この女は……!

「そうだ! お前、師匠せんせいを……」

 女の肩に掴みかかったルークは、たちまち体を走った痛みに悲鳴をあげた。

「待って、急に動かないで。……怪我は? どこか痛むところは?」

 気遣う声をかけてくる女を振り切って飛び離れ、ルークは動揺しながら次々と疑問をぶつけた。

「だ、大丈夫だよ。それより一体何が起きたんだ。それにお前は一体……?」

「私はティア。どうやら私とあなたの間で超振動が起きたようね」

 ティアと名乗った女は、ゆっくりと近付いてくる。

「ちょうしんどう? なんだそりゃ」

「同位体による共鳴現象よ」

 ティアは、ぐっとルークに顔を寄せた。

「あなたも第七音譜術士セブンスフォニマーだったのね。うかつだったわ。だから王家によって匿われていたのね」

 鼻が触れそうなほどに迫られて、ルークは弾かれたように走って再び距離をとる。

「だーっ、うるせっつーの。ちょっと黙れ! おまえが何言ってんのか、こっちはさっぱりだ!」

 そう喚くと、ティアは何も言わなくなった。

「なんとか言え!」

「黙れって言ったかと思えば なんとか言え、とはね」

 うんざりした顔でティアは冷たく言い放つ。背を向けて道を下り始めた。

「話は追々にしましょう。あなた、何も知らないみたいだから、ここで話をするのは時間の無駄だと思うわ」

「じゃあこの後どうすんだよ」

 花の中に立ったまま、ルークはティアの背中に訴える。

「あなたをバチカルの屋敷まで送って行くわ」

「どうやって! ここがどこかも分からないくせに!」

「……耳を澄ませて。水音がするわ。川があるのよ。川沿いを下っていけば海に出られるはずよ。

 とりあえず、この渓谷を抜けて海岸線を目指しましょう。街道に出られれば辻馬車もあるだろうし、帰る方法も見つかるはずだわ」

「……へえ、そういうモンなのか」

 そんなこと、初めて聞いた。感心するルークは、「向こうに海が見えるでしょう」というティアの言葉に目を瞠った。青白く揺れる花々の彼方に見える、時折きらめきながら黒々と横たわるもの。

「あれが……海なのか」

「さあ、行きましょう」とティアが促す。コツリと足先に触った木刀を拾い上げると、ルークはそれを腰の鞘に戻した。屋敷から持ってくることが出来たのは、これとポケットの中のガラクタだけだ。

 丸いルナの昇ってくる海に背を向け、二人は渓流に沿って山道を下り始めた。


 この頃のルークは本当に子供っぽい。

 世間の常識すら何も知らなくてギャンギャン喚き散らして、要するに「一人前の話が出来ない」感じのルークに、ティアはツンツンしてるんだけど、それでも辛抱強く応対しています。この辺は、一周目の時、ティアって忍耐強いなー、えらいなーと感心したくだりでした。そんで責任感強い。

 

 ティアは見た目も言動もすごく大人っぽいのですが、実はまだ十六歳なのですよね。(ファミ通版攻略本掲載の誕生年月日で計算すると、実は十五歳になったばかりなのですが。)で、ルークは十七歳。ってコトになってる。

 年下の女の子にお守りをされながらお家へ送ってもらう十七歳男子。情けなー。(苦笑)

 しかし、ルークの立場からすると仕方がない。なにしろ、七年間一歩も外に出たことのなかった人間が、何の準備もなく突然外に放り出されたのだから。

 しかも、唯一頼れる相手は暗殺者。敬愛する師匠をいきなり殺そうとした女。名前以外のことは尋ねても一切教えてくれない。胡散臭さ満点です。信じる方がどうかしてる。

 それに、ティアに「家に連れて行ってもらう」だけではすまないのでした。なにしろ、歩き始めてすぐに、その辺の茂みから魔物が登場。しかも、ティアは当然のようにルークを前に立たせて戦わせるのですから。


 道を歩き始めた途端、近くの草むらがガサリと揺れた。ルークにしてみれば風で揺れたのか、と思う程度のことだったが、ティアははっと足を止め、緊張を含んだ声で言った。

「……魔物っ」

「魔物……!?」

 ぎょっとして、ルークは周囲をきょろきょろと見回す。

「来るわ!」

 ティアが太腿のガーターベルトからナイフを抜いて構えた。

「じょ、冗談だろ! 魔物って……」

 ルークはうろたえる。魔物なんて、話や本でしか知らない。おとぎ話のような遠い存在だった。それが、こんなに簡単に。

 唸りと共に、暗い茂みの中から一頭の獣が飛び出してくる。

「うわぁっ!」

 みっともなく悲鳴をあげて後ろに転びそうになったルークの傍から、ティアが素早く踏み出してナイフを投げ放った。イノシシのような姿のその魔物は少し怯んだが、倒せたわけではない。突き出た牙を誇示しながらティアに向かっていく。

「……く、くそっ」

 ルークは腰の後ろから木刀を抜いた。それを振り上げて魔物めがけて走る。

「でやぁああああっ!!」

 確かに手応えがあった。だが、稽古用の人形とは違う。木刀の先で魔物の体が滑って、こちらへ向くのが分かった。

「うわ!?」

 その突進をどうにか避け、そこから走って逃げる。背後で、ティアが歌う声が聞こえた。

(こんな時になに歌ってんだよ。っつーか、危ねーだろ!)

(ルークの目から見て)無防備に佇むティアに魔物が向かおうとしているのに気付いて、ルークはそこに駆け込んだ。横合いから木刀で殴りつけると、魔物の怒りに燃えた目がこちらに向かう。

「う」

 びくりと怯んだ刹那、腕に重い痺れが走った。魔物に体当たりされたのだ。牙に貫かれも吹き飛ばされもしないで済んだのは、咄嗟に木刀で受け止めて防御したからだった。



『戦闘において防御は非常に重要だ』



 脳裏に昼に聞いたヴァンの言葉が浮かんだ。「攻撃なんてされる前に倒しちまえばいいじゃん」と言ったルークに、苦笑して彼が発したものだ。

(本当にその通りだったよ、師匠せんせい。だけど、こんな時はどうすればいい?)

 魔物はルークの前から離れず、荒い鼻息を吹きながらぐいぐいと木刀を押してきていた。このままでは何も出来ない。

 その時、一際高くティアの歌声が聞こえた。同時に、魔物の押す力がふっと弱くなる。

(――今だ!)

「双牙斬!」

 剣を引き、直後に返して上下から二打を与える。硬いものが砕ける感触があって、魔物は吹っ飛んで動かなくなった。

「……ふぅ。た、大したことねーな」

 息を乱れさせながらそう言って、けれど足の力が抜け、ルークはその場に座り込んだ。

「安心するのはまだ早いわ。ほら、そこにも魔物がいる」

 立ったまま腕を組み、冷然としてティアが言う。向こうに見えていた草むらがガサリと揺れて、そのまま歩き始めた。先程のものとは違うが、あれも魔物らしい。

「ぼんやりしていては駄目よ。周りの気配には常に注意して」

「……ちっ、えらそーに。わぁーったよ!」

(なんだよ。折角護ってやったのに、無愛想な顔しやがって)

 そう思ったが、魔物の動きが鈍くなったのはティアの歌のおかげらしいことも分かっていた。

(だとすれば、俺が護られた……のか? カッコ悪ぃ。……まだ腕が痺れてる。他にも魔物はウジャウジャいるみてぇだし、屋敷に帰るまで、俺、ちゃんと戦っていけるのかな……)

「――ルークっ!! 聞いてるの?」

「な、なんだよっ」

 大声を出されて、ルークはうつ伏せていた顔をハッと上げた。

「いちいち魔物と戦う必要はないわ。力量に見合わない相手と戦っても死ぬだけだから。相手を選んで避けて………あなた、怪我してるの?」

「え?」

 言われて初めて、ルークは痺れる腕に目を落とした。少し血が出ている。魔物の牙に傷つけられていたのだろう。ティアはしゃがむと、ルークの手を取って自分の片手をかざした。金色の柔らかな光が生じて、鈍い痺れのような痛みが消えていく。

「……さっきのような無茶な戦い方はやめて。私の治癒術にも限界はあるし、一歩間違うと、本当に死ぬわよ」

「だぁっ!! 悪かったな! 正面から突っ込んでばっかりで!」

「分かってるならいいの。……これからはもう少し気をつけていきましょう」

「へいへい」

 おざなりに言ってルークは立ち上がる。もう腕はなんともなかった。そういえば礼を言わなかったな、と思ったが、むしゃくしゃするし、なんだか今更だ。

 ルークたちは夜道を歩き始めた。

「暗くて周りはよく見えねーし、魔物は出るし、ヤーなところだぜ。ここは」

「街から出れば魔物はどこにでも現われるものよ。ここが特に魔物が多いところではないと思うわ。暗いのは……夜だから仕方ないわね」

 ティアはいちいちルークの言葉に反論する。言い聞かせる口調が家庭教師に似ていて、少しだけ苛々した。

「そりゃそーだろうけどよ。折角街の外に来たってのに、目が覚めたら真夜中、魔物はウゼー。つまんねーっての」

「魔物も居て、今は暗くて不気味な感じだけど、それでもここは美しいところなんじゃないかしら」

 ティアは言う。「これほどの自然を見たことはないもの」と続けたのを聞いて、「ふーん……」と曖昧にルークは口を閉じた。妙に真情のこもった声のように感じたのだ。ここは本当に綺麗なところなのかもしれない。不気味で道はでこぼこして時々ぬかるみまであって気持ち悪くて無駄に疲れるけれど。

「お前さ〜、なんで屋敷に乗り込んで来たのか、とか、ヴァン師匠せんせいに襲い掛かったか、とか、話さねーの?」

「あなたに話しても仕方ないことだと思うし、理解できないと思うわ」

 先を行くティアの言葉はひどくそっけない。「それに、知ってどうするつもり?」とまで言われて、ルークは唇を尖らせた。

「怪しいヤツなら、付いて行ったらやばいかもしれねーだろ」

「……ふふ」

「な、何笑ってんだよ!」

「ごめんなさい。あなたに危害を加えるつもりがないのは確かよ。今はこれだけしか言えないけど、信じてもらえないかしら」

 ティアはひどく可笑しそうにしている。馬鹿にされているのだろうかと思ったが、怒り続けるのもなんだか疲れた。

「……分かったよ。二人しかいないのにもめても仕方ねーしな」

 チッと舌打ちしてルークは言った。どちらにせよ、この女を信用するしかないのだ。屋敷に戻る方法を、他にまるで知らないのだから。




 魔物は断続的に襲ってくる。一度に何体も出てくることもあって厄介だったが、常にティアが落ち着き払っているのは癪に障った。慌てふためく自分が馬鹿みたいだ。

「ふぅ」

 流石に疲れてきた。そもそも、こんなに長時間歩いた事だってない。だが、魔物との遭遇率が高いのは自分が気配に鈍いせいでもあるらしいと気付いていたので、文句を言うわけにもいかなかった。

「どうしたの?」

「……いや、なんでもない。放っといてくれよ」

 覗きこんでくるティアから少し離れて、ルークは考える。

(訓練と実戦って、全く感じが違うんだな……。でも、なんとなく掴めてきた感じがする)

 ま、師匠せんせいに比べたらまだまだだけどな、と苦笑して、ヴァンの構えを思い浮かべ、その通りに腕を動かした。

「確か、握りはこう……返しはこう……だったっけな」

「……剣の練習?」

「うわっ!? な、なんだよっ!?」

 再びティアが近付いてきていた。意識を集中していた分、度肝を抜かれる。

「……より高い攻撃効果を狙うのなら、仲間の動きを見つつ、技の連携を考えることね。一人の攻撃では限界があるし、技から技の繋ぎも頭にないと……」

 淡々とティアは教え始めた。言い聞かせる物言いは、本当に家庭教師のようだ。

「っるせ〜んだよ! お前、誰もそんなこと聞いちゃいないだろ!! こっちはヴァン師匠に鍛えられてたんだ。魔物なんざ、楽勝だっつの!」

「ヴァン……」

「んん? 何か言ったか?」

「何でもないわ。……ごめんなさい。要らないお世話だったわね」

 そう言うと、ティアは前に戻って行った。表情は変わらないままだったが、声音が更に冷たくなっている。

「…………なんだよ、くそっ。俺が悪いのかよ!」

 なんだか自分の方がひどいことをした気分になって、ルークは苛立ちを吐き捨てた。

「大体、俺がこんな所に飛ばされたのはお前のせいだろ!」

「……そうね。私のせいだわ」

 ティアが足を止めた。

「ごめんなさい。私が必ず屋敷まで送るから……」

「ったりまえだっつーの!」

 みなまで言わさずに返すと、ティアは顔を俯かせる。

「私の責任ね。……本当にごめんなさい」

 ズキリとルークの胸が痛んだ。この無愛想女が、こんなにしおらしい声を出すとは思わなかったのだ。

「ま、まぁ屋敷の外へ出られることなんざ、滅多にねーし。散歩がてらっつーのもいいかもしれないけどな」

 ツンと顎を反らしてそう言ってやると、ティアは心底不思議そうな顔をした。

「あなた……帰りたいの? 帰りたくないの?」

「帰りたいに決まってんだろ。こんなとこで何しろってんだよ!」

 カッとして返すと、「だったら、無駄話はやめて早くここから抜けましょう」とティアも語気強く言い返してくる。

「散歩なら……もっと安全な所に着いてから、ゆっくりとすればいいわ」

 子供を宥めるような微笑みまで浮かべられてしまい、ふう、とルークは息をついた。

「あーあ、わーったよ」

 諦めて投げやりに言うと、ティアは再び不思議そうな顔をする。とことん、この女とは噛み合わねぇ。そうルークは思った。


 徹底的に上から目線のティアです。そして意外に鈍い。

 

 この辺りのルークは魔物が出てくる度にオロオロしてパニックになりかけたり、色々情けないんですが、これが初実戦……どころか初外出だということを考えると、よく頑張っているとも言えます。

 なにしろ、室内だけで育てた犬を外に散歩に連れ出そうとすると、怯えて一歩も歩けないこともあるそうですから。テレビのないオールドラントで軟禁されていたルークは、現代地球の軟禁とは比べ物にならないくらい隔絶された環境で育っていたはずなんですよね。おまけに一緒にいるのは(現時点で)信用ならない胡散臭い女だけだし。

 

 と言いますか、ティアって歴戦の戦士のような顔をしていますが、判断がちょっとおかしいですよね。

 まず、素人で木刀しか持っていないルークを、最初から戦わせようとしているところ。戦闘のアドバイスを色々しようとしてきますが、なんか感覚間違ってないか? 次に、夜の山道を(足手まといの)ルークを連れて通り抜けようとしたところ。そこがどこなのかすら分からないのです。普通は朝になるのを待ちますよね。

 この奇妙さは、ティアがなんだかんだ言ってまだ軍人としての経験が浅いとか、特殊な環境で育ったために実際のサバイバルの常識に欠落があったってこと……なんでしょうかね。特に、山道の夜歩きは謎行動だと思います。

 

 それはそうと、この辺のフェイスチャットでティアに敵は選べと怒られて「じょぶじょぶ大丈夫。ど〜んと任せとけっつの」と言うルークを見て、ミンキーモモ(空)を思い出した私は年寄り。


 どのくらい歩いたのだろう。

 いい加減ヘトヘトになって歩いていたルークは、ティアの「出口よ!」という声を聞いて安堵の息を吐いた。

「ようやくここから出られるのかよ。もう土くせぇ場所はうんざりだ」

 歩き詰めた足も、木刀を振るい続けた手も痛かった。真っ暗な山道がどこまで続くのか見当もつかず、もしや永遠に歩かされるのだろうかとゾッとしていたところだったのだ。

 その時、ガサガサと下草を踏み分ける音がした。

「誰か来るわ」

 暗闇の中に見える影は魔物ではない。人間だ。思わずルークが走り出ると、人影は「うわっ!」と悲鳴をあげて足を止めた。

「あ、あんたたち、まさか『漆黒の翼』か!?」

「……漆黒の翼?」

「盗賊団だよ。この辺を荒らしてる男女三人組で……って、あんたたちは二人連れか……」

 不思議そうに問い返したティアにそう答えて、人影は声音を落ち着かせた。月明かりで姿が見える。中年の男性だ。

「……フン。俺をケチな盗賊野郎と一緒にすんじゃねぇ」

 ルークが言うと、ティアは皮肉な声を出した。

「……そうね。相手が怒るかもしれないわ」

「あのなっ!」

 睨み付けるルークには構わずに、ティアは男に歩み寄って声を掛ける。

「私たちは道に迷ってここに来ました。あなたは?」

「俺は辻馬車の馭者ぎょしゃだよ。この近くで馬車の車輪がいかれちまってね。水瓶が倒れて飲み水がなくなったんで、ここまで汲みに来たのさ」

 そう言って、男は片手に提げたバケツを示してみせた。

「馬車か! 助かった!」

 ルークは顔を綻ばせる。ティアが馭者に尋ねた。

「馬車は首都へも行きますか?」

「ああ、終点は首都だよ」

「乗せてもらおうぜ! もう歩くのはうんざりだ」

「そうね。私たち土地勘がないし、お願いできますか?」

「首都までとなると、一人1万2千ガルドになるが、持ち合わせはあるのかい?」

「高い……」

 愕然としてティアが呟いた。しかしルークは暢気に笑う。

「そうか? 安いじゃん。首都に着いたら親父が払うよ」

「そうはいかないよ。前払いじゃないとね」

 馭者は澄ました顔で粘ってくる。数瞬の躊躇の後、ティアは首に大事そうに下げていたペンダントを外して馭者に渡した。

「……これを」

「こいつは大した宝石だな。よし、乗ってきな」

 馭者はたちまちほくほく顔になって、すぐに二人を促した。

「へぇ……お前いいもの持ってんな。これでもう靴を汚さなくて済むわ」

 ルークが感心の笑みをこぼすと、一瞬、切れ長の瞳でティアはルークを睨んだ。だが結局何も言わずに背を向けて馬車に向かう。

(なんだよ……)

 少し釈然としなかったが、それよりも馬車だ。記憶にある限り初めてのそれに嬉々として、ルークも辻馬車に乗り込んだ。





 二人は、馬車に揺られながらその一夜を過ごした。

 やがて馬車は海峡をつなぐ長大な石橋を渡る。その頃は既に日が高くなっていたが、ルークはまだ座席で眠っていた。が、突然響いてきた轟音に、その意識は覚まされる。

「……な、なんだ!?」

「ようやくお目覚めのようね」という冷たいティアの声も構わずに、ルークは馬車の窓に飛びついて外を覗き見た。

 一台の馬車が、猛烈な勢いで辻馬車の隣をすれ違っていった。たった今辻馬車が渡って来た石橋の方に。それを追って、巨大な陸上装甲艦が砲台を撃ち鳴らし、地を走ってきている。

「お、おい! あの馬車、攻撃されてるぞ」

「軍が盗賊を追ってるんだ! ほら、あんたたちと勘違いした漆黒の翼だよ!」

 御者台から馭者の声が聞こえる。

『そこの辻馬車! 道を空けなさい! 巻き込まれますよ!』

 陸艦からアナウンスが聞こえた。避けて急停止した辻馬車の脇を轟音を立てて走り抜けていく。



 陸艦の艦橋ブリッジでは、席に着いた乗組員たちが緊張した声で艦長席に立つ人物に報告の声をかけていた。

「師団長! 敵がローテルロー橋を渡り終え、橋に爆薬を放出しています!」

「おやおや。橋を落として逃げるつもりですか」

 ズボンの両ポケットに手を突っ込んだまま、師団長と呼ばれた男が呆れた声を上げる。乗組員たちの声が響いた。

「フォンスロット起動確認!」

「敵は第五音素フィフスフォニムによる譜術を発動させました! 橋が爆発します!」

 艦長席に立つ男が命じる。

「タルタロス、停止せよ。譜術障壁起動」

「了解! タルタロス停止!」

「譜術障壁起動!」



 次の瞬間、逃げていく馬車の後ろで、石橋は爆炎を噴き上げて崩れ落ちた。そこに向かう陸艦は慣性で地を滑ったものの危うく停止して、舳先に譜術障壁を展開してその爆炎に耐えた。

「すっげぇ! 迫力〜っ!」

 小さな子供のように窓から身を乗り出してはしゃぐルークを、ティアが無言で座席に引き戻した。

「驚いた! ありゃあマルクト軍の最新型陸上装甲艦タルタロスだよ!」

 興奮した馭者の声が聞こえた。ルークはぎょっとする。

「マ、マルクト軍!? どうしてマルクト軍がこんなところをうろついてるんだ」

「当たり前さ。何しろキムラスカの奴らが戦争を仕掛けてくるって噂が絶えないんで、この辺りは警備が厳重になってるからな」

 ティアが青い目を見開いた。

「……ちょっと待って? ここはキムラスカ王国じゃないの?」

「何言ってんだ。ここはマルクト帝国だよ。マルクトの西ルグニカ平野さ」

「じょ、冗談じゃねーぞ! この馬車は首都バチカルに向かってるんじゃなかったのか!?」

 思わず席を立って叫んだルークに、馭者の誇らしげな声が掛けられた。

「向かってるのはマルクト帝国の首都、偉大なピオニー九世陛下のおわすグランコクマだ」

「……間違えたわ」

 静かに言って、ティアが顔を伏せた。

「冷静に言うなっつーの! なんで間違えるんだよ」

「土地勘がないから。あなたこそどうなの」

 ぐっと詰まり、ルークは座席に座ると腕を組んだ。

「俺は軟禁されてたんだ。外に出たことねーんだから分かるわけないだろ」

「……なんか変だな。あんたらキムラスカ人なのか?」

 馭者の声が不審げになる。慌ててティアが弁解した。

「い、いえ。マルクト人です。訳あってキムラスカのバチカルへ向かう途中だったの」

しゃあしゃあと……

 ルークはぼそりと呟く。馭者が気の毒そうな声を出した。

「それじゃあ反対だったなぁ。キムラスカへ行くならローテルロー橋を渡らずに、街道を南へ下って行けばよかったんだ。もっとも、橋が落ちちまっちゃあ戻るに戻れんが……」

「マジかよ。どーすんだおい……」

「俺たちは東のエンゲーブを経由してグランコクマへ向かうが、あんたたちはどうする?」

「さすがにグランコクマまで行くと遠くなるわ。エンゲーブでキムラスカへ戻る方法を考えましょう」

 ティアは言う。こうして、二人はルグニカ平野にある村、エンゲーブに降りることになった。


 ゲームでは、ここで歩いて園芸部……じゃない、エンゲーブへ行くか、それとも馬車で送ってもらうか、という選択肢が出ます。その選び方で、イベントが一つ変化します。

 歩いていくと、途中で休憩しておにぎりを食べるイベントが起こる。しかし、馬車で行くと村の家の一軒から美味しそうな匂いがして、ルークが「中に入ろう」と騒ぎ、パスタのレシピをもらうイベントになります。(歩きルートでもパスタのレシピはもらえますが、ルークが美味しそうな匂い、と騒ぐエピソードはなくなる。)

 

 このゲームには「料理」というシステムがあり、食材を買ってレシピを集めて、戦闘ごとに料理をして回復や一時パワーアップなどが出来ます。各キャラクターごとに料理の上達具合も違うし、注意して見ていると好き嫌いも分かってきて、なかなか楽しいシステムです。

 ちなみに、おにぎりを食べるエピソードはちょっとお気に入り。

#ルーク、立ち止まって空を見上げる
ルーク「ああ、腹減った……」
ティア「そうね。一度休憩しましょう。食事を作るわ」
ルーク「あん? おまえが?」
ティア「ええ」
ルーク「ふーん……」
#木の下に座っている二人。前におにぎりが二個
ティア「さぁ、食べましょ」
ルーク「食べるっておまえ、これだけ?」
ティア「ええ」
#ルーク、おにぎり見つめて
ルーク「これ、何……?」
ティア「……おにぎり」
ルーク「見たらわかるっつーの! エラそうに作るとか言っておいて にぎり飯かよ!」
ティア「今はおにぎりのレシピと材料しかないのよ。我慢して」
#料理の説明を聞くかの選択→もういい
ルーク「ったく。もういいよ。とっとと食って出発しようぜ。エンゲーブってとこなら ちゃんとした飯食わせてもらえるかもしれないし」
ティア「……」

 相変わらずワガママ全開ですが。しかし、私はこのエピソード、ルークが「おにぎり」って料理を知ってたってコトに驚きました。(しかも「にぎり飯」って呼び方してる。)だって、お屋敷の食事には出なさそうです、普通。

 ……そこから色々妄想して、ガイ辺りが閉じ込められてるルークのために考えて、庭で擬似ピクニックをしたとか、あるいは剣術の稽古のときに師匠と庭でおにぎり食べたのかなーとか、考えてしまいました。「にぎり飯」ってオトコっぽい呼び方から想像するに、ガイが作ってやったのかなー。

 

 んで。選択で「料理に関する説明を聞く」を選んだ場合だと、説明を終えると、ティアはもう食べ終わっていてさっさと立ち上がり、「さぁ、食べ終わったし話も終わったし 行きましょう」なんて言う。まだ座って食べてたルークはビックリして見上げて、「って、はや! よくかんで食わねーと腹壊すぞ」と言うのでした。

 ……ちょっとワルぶってる言動から漏れ出たルークの育ちのよさ、素直さと言うか、ああ、この子はそんな風に周囲に言われて食事してたんだなーと分かって、なんか妙に可愛く思えました。ティアは「……」と沈黙してたけど、どう思ってたんだろう。

 

 ところで、ティアはここで、マルクト首都グランコクマまで行ったらキムラスカ国から離れすぎるから、と言って途中のエンゲーブ村に降りるわけですが。ゲームクリアしてから考えるに、グランコクマまで馬車で行って、そこから船で中立地帯のケセドニアに行き、そこから更に船に乗れば、かなり簡単にバチカルに帰れたはずなんですけどね(苦笑)。

 実は、しっかりしているようでいて、ティアには地理に疎いところがあります。なので、ローテルロー橋を見ても そこがマルクト帝国だと気付けなかった。(キムラスカ国にはああいう長大な橋がないのに。)

 この土地勘のなさ、そして渓谷で「これほどの自然は見たことがない」と言ったことには理由があって、もっと先で明かされることになります。


 辻馬車は平野の中に見えてきた村に到着した。周囲には田畑が広がり、大きな風車が回っている。そこかしこにある囲いの中では白いニワトリが走り回り、丸々と肥えた長い耳のブウサギがぶうぶうと鼻を鳴らしていた。

「ここがエンゲーブだ。キムラスカへ向かうならここから南にあるカイツールの検問所へ向かうといい。気をつけてな」

 そう言うと、馭者は馬車を走らせて去っていった。

「検問所か……。旅券がないと通れないわね。困ったなぁ……」

 ティアは片頬に手を当てて考え込んでいる。

「大丈夫だろ? ファブレ公爵の息子だって言えば、すぐ通してくれるって」

 ルークは暢気な声音で言って、辺りを見回して呟いた。

「なんか、貧乏くせぇとこだなぁ」

「……どこが貧乏くさいの?」

 ティアが眉根を寄せた。

「屋敷なんかないし、小屋に毛が生えたような建物ばっかじゃんかよ。それに、動物とかうじゃうじゃいて、うざくね?」

「ここは農作物の栽培や家畜の飼育をしている村なのよ。村の人たちはみんな活き活きしているし、貧乏には見えないわよ」

 その語気の冷たさには気付かずに、ティアの言葉を聞いてぱっとルークは笑った。

「あ、そうか。奴ら庭師って訳じゃないんだな。なーんか変だと思ったんだ。第一次産業とかいうのをやってる奴らだよな」

「……まあ、そういうことね」

「へ。つまらなそうな仕事だな」

 ティアはむっつりと黙り込んだ。ルークはといえば、ウキウキとした表情を浮かべている。

「それより村を探検しようぜ。俺、街に出るのって初めてなんだ!」

「……探検はともかく、出発前の準備は必要ね。今日はここに泊まりましょう」

 二人は村の中を歩き始めた。ルークは子供のように落ち着きなく辺りを見回している。

「しっかし、なんつー田舎だ。これじゃ宿屋も期待できねーんじゃねぇ?」

「ルーク。あなた文句ばかりね」

 ついに、ティアがはっきりと声に怒りを乗せた。ルークはむっとむくれる。

「まともなベッドや飯が欲しいだけだっつの。ったく。屋敷にいた時はこんなこと考えもしなかったてのに」

「ローテルロー橋を渡れない以上、すぐにバチカルには戻れないわ。あなたが欲しいと思っているような食事は、当分とれないかもしれない」

「あーあ。食い飽きた屋敷の料理が恋しくなるなんてな〜」

 がっくりとルークは肩を落とした。エンゲーブに到着する前、数日がかりの馬車の旅の中で、川辺に辻馬車を停めて休憩を取ったことがあったのだが、その時にティアが作った料理というのが『おにぎり』だったのだ。今まで食べ物にこだわったことなどなかったが、流石にあれはこたえた。それは飛ばされた翌日の昼で、考えてみれば丸一日以上飲まず食わずだったのに、それで得た食事が『おにぎり一人一個に川の水』だとは。エンゲーブに着けばマトモな食事がとれるのかもしれないと期待していただけに、肩透かしを食らった気分だった。ついでに言えば、しばらく馬車の座席で眠っていたせいか背中も痛い。今晩こそは柔らかいマトモな寝床に転がりたい。

「ここの宿屋が嫌なら、無理に行かなくてもいいわよ。すぐに出発して、日が暮れてから野宿でも私は構わないわ」

「じょ、冗談! どんな宿でも野宿よりは万倍マシ。もう文句言わねーって」

「そう。じゃあ行きましょ」

 すげなく言って、ティアはさっさと歩いていく。みるみる遠ざかって行く背中を見るうちに、ルークは何故だか、じわりと暗い気分になった。

「はぁ……早く帰りてぇ……」

 溜息を落とす。毎日出て行きたいとばかり思っていたのに、あの退屈な屋敷がこんなにも懐かしくなるなんて。




 村の広場には市場が開かれていて、多くの露店が軒を連ねていた。飛び交う売り声、山と積まれた食料品にルークの目が丸くなる。

「へぇ、美味そうなリンゴだな」

 その中のリンゴを一つ取って、ポンと手の中で弾ませると一口かじり、そのまま歩き去ろうとした。

「お客さん! お金!」

 慌てた店の主人の声に、ルークはキョトンとする。

「なんで俺が払うんだ?」

「決まってるでしょう! お店の品物を勝手に取ったら駄目なのよ」

 ティアが肩を怒らせる。

「だって屋敷からまとめて支払いされるはずだろ。……って、そうか。ここはマルクトだったな」

「マルクトでもキムラスカでも、普通はお店で買い物をする時はその場でお金を払うものよ」

「金なんて持ってねぇよ」

「魔物を倒して稼いだお金があるでしょ」

「ああそうか。金貨じゃねーから忘れてた」

 ティアとそんな言い合いをしている間に、店の主人は焦れて激昂していた。

「おい! 金を払わないなら警備軍に突き出すぞ!」

「払わねぇとは言ってねぇだろ! ……で、どうしたらいいんだ?」

「……じゃあ、買い物の仕方を教えるわ」

 期待の目でこちらを見るルークに答えながら、ティアは内心で大きく溜息をついた。

(買い物の仕組みも知らないなんて。貴族ってみんなこうなの?)




 村でただ一軒の宿屋は、広場に隣接して建てられていた。

「なんだ……?」

 宿の前に人だかりがしている。それは村の男たちで、誰も彼もが渋い顔をしていた。

「何かあったみたいね」

「これじゃ中に入れないじゃん」

 ルークがそう言った時、宿の扉が開いて、いかつい大男が歩み出てきた。

「駄目だ……。食料庫のものは根こそぎ盗まれてる」

 男は暗い顔で肩を落とした。周囲の村人たちが口々に喋りだす。

「ケリーさんのところもか」

「北の方で火事があってからずっと続いてるな。まさかあの辺に脱走兵でも隠れてて、食うに困って……」

「いや、漆黒の翼の仕業ってことも考えられるぞ」

 聞き覚えのある名前を聞いて、ルークは思わず疑問の声をあげた。

「漆黒の翼って奴らは、食べ物なんか盗むのか?」

「食べ物なんかとはなんだ!」

 振り向いた男たちの顔は殺気立っている。

「この村じゃ食料が一番価値のある物なんだぞ!」

「何セコいこと言ってんの。盗まれたんならまた買えばいいじゃん」

 どうして怒っているのか理解できない。可笑しそうにルークが笑うと、ますます男たちの目が吊りあがった。

「何! 俺たちが一年間どんな思いで畑を耕してると思ってる!!」

 その時、広場の方からもう一人村人がやって来た。

「なあ、ケリーさんのところにも食料泥棒が来たって?」

 そう言って、立っているルークを視界に入れるなり、サッと顔色を変えて大声で怒鳴った。

「お前! 俺のところで盗んだだけじゃなくて、ここでもやらかしたのか!」

 男は例の露店の店主だ。たちまち、場の険悪さが最高になった。

「何だと……。まさかあんたが、うちの食料庫を荒らしたのか!」

 いかつい男が叫び、他の男が「泥棒は現場に戻るって言うしな」と剣呑な目で睨む。

「俺が泥棒だって言うのかよ!」

「うちの店先からリンゴを盗もうとしただろうが!」

 露店の店主が怒鳴り返し、いかつい男が「よし!」と唸った。

「お前を役人に突き出してやる!」

 村人たちはルークに掴みかかった。

「あいててて! 放せよ! なにすんだ、俺は泥棒じゃねぇー! おいティア、なんとか言えよ!」

 腰の木刀を奪われ、腕や髪を掴まれて、ルークはどこかへ引っ立てられていく。

(このまま捕まった方がルークのためかしら……)

 それを見送るティアはそんな風に思い、あえてその場では口ぞえをしなかったのである。


 ある意味、「おぼっちゃま」ネタの定番。買い物の仕方を知らないルーク。

 とりあえず、お金と言うものが存在してそれのやり取りで物品が流通されることは知っていたようですが、知識があるだけで実感がなかったんですね。

「第一次産業とかいうのをやってる奴らだよな」という発言もそうですが、ルークは色んなことを教科書上の言葉でしか知りません。

 ルークは日記を書いているのですが、この日の日記を読むと、ルークにとって買い物とは物売りが屋敷にやってくることで、その場で自分でお金を払うなんて思いもよらなかったそうです。

「今までは物売りが屋敷まで来てたし、俺が金を払うなんてなかったから、何がなんだかわからなかったが、うるさいんで適当に払っておいた。これからも買い物するときはこうなんだな。めんどくせぇ。」

 

 このゲームでは、あらすじをルークの日記と言う形で確認できて、現在のゲームの進行状況などをチェックできるのですが……。しかし、この日記、ただのあらすじに留まりません。とても面白い。

 ゲーム本編では語られないルークの心情などがかなり書き込まれていますし、そういう意味で、ここでしか分からない情報もチラチラあったり。

 また、ルークが日記をつけていることはゲーム本編のストーリーにも組み込まれています。

 剣の稽古が唯一の趣味、と自分で言ってますが、実は日記書きも白熱しています。知った情報など、結構分かり易くまとめ直したりもしてくれますし。(この日記を見ると、ルークは少なくともバカじゃないと分かる)

 

 ところで、雑誌のシナリオライターインタビューによれば、超箱入りのルークは魚や卵の原型すら知らないほどで、皮をむいていないリンゴをそれと認識できたのは、たまたま屋敷で果物の籠盛りを見たことがあったからだろう、とのことでした。

 ……でも、そんなお坊ちゃまが、皮をむいていないリンゴを洗いもせずにそのままかじる、っていうのは少し不思議です。「汚い」とか言いそうなのに。……これも「にぎり飯」と一緒で、ガイ辺りの影響なんでしょうか。

 

 徒歩で村に入った場合、村の西端の民家に入って料理中の主婦に話し掛けるとお使いイベントが起こり、パスタのレシピが手に入ります。

ルーク「お、なんかいい匂いがするな」
ティア「ホントだわ。レシピを教えてもらいたいわね」
ルーク「あん? 教えてもらってどうするんだよ」
ティア「もちろん、作るのよ。今手元にあるレシピはおにぎりしかないもの。さすがに飽きるかもしれないから」
ルーク「毎度毎度にぎり飯じゃ そりゃ飽きるわな……」
 →とにかく入ってみよう
ルーク「とにかくこのいい匂いの正体を突き止めようぜ!」
ティア「迷惑じゃないかしら……?」
ルーク「大丈夫だろ」

#民家の台所
主婦「もう少しでパスタ出来るから。……あぁぁぁぁぁ! しまった! 『ミソ』が切れてたぁ。サナちゃん貰ってきてくれない?」
子供「えぇぇ、やだよぅ。今、本読んでるんだもん」
主婦「じゃあ、ボーッとしているあなた、水車小屋のおばあさんに わけて貰ってきてよ」
 →仕方ねぇな
ルーク「仕方ねぇな」
ティア「あら、優しいのね」
#振り向いてティアを睨む
ルーク「うるせぇ。別にいいだろ」
主婦「水車小屋にいるおばあさんに言えば分けてくれるから よろしくね」

#水車小屋の台所
老婆「ん、なんじゃね」
ルーク「『ミソ』くれよ」
ティア「! ……呆れたわ。私が頼むから下がってて」
#ルークと位置を替わる
ティア「すいません、奥のお宅でお料理をしているんですが『ミソ』を切らしたらしくて……」
老婆「あぁ、そういうことかね。だったら、ほれ こんなもんでいいかい?」
ティア「ありがとうございます」
ルーク「ごくろう」
#ルーク、胸そらしてふんぞり返る
ティア「し、失礼します……」
#ティア、汗を飛ばす

#民家の台所
ティア「これでよろしいですか?」
#ミソを渡す
主婦「あら、ありがとう。これで完成したわ。お礼に『パスタ』の作り方教えてあげるわね」
 パスタの作り方を覚えました
主婦「せっかくだから あまった材料もあげるわ」
 エンゲーブヌードルを手に入れました
 ミルクを手に入れました

主婦「彼のために ぜひ作ってみてね」
#主婦、周囲にハートを飛ばす
ティア「……」

 ルークとティアの仲を第三者がからかったり決め付けたりするエピソードは今後何度も現われますが、何故誰も彼も二人を恋仲に見るのだろう……。少なくともこの頃は最高に仲悪いのにな。外見が同年代の美男美女だから?

 この民家の主婦はパスタソースの鍋をフライ返しでかき回しています。おたまが壊れたからだそうです。「違和感あるでしょ?」って、なんかそれ以前の問題のような気が。

 

 ちなみに、水車小屋の息子はブウサギ大好き。おかげで畑仕事がはかどらない、と父が嘆くほど。某皇帝陛下と心の友になれそうです。

 彼に話し掛けると、「さっきマルクトの軍人さんが来てたけど うちの村になんの用があるんだ? 背が高くてかなり偉そうな人だったよ。そういえばあの軍人さん目が真っ赤だったな。お疲れなのかね」と言います。

 ……そうか……。彼は疲れ目だったのか……(笑)。


 ルークが引っ立てられていった先は、村の世話役のローズ夫人の家だった。ケリーと呼ばれていた大男が、開けた扉からルークを中に蹴り込む。

「ローズさん、大変だ!」

 露店の主人が叫ぶと、恰幅のいい女性が怒鳴り返した。

「こら! 今、軍のお偉いさんが来てるんだ。大人しくおしよ!」

「大人しくなんてしてられねぇ! 食料泥棒を捕まえたんだ!」

「違うって言ってるだろーが!」

 ケリーに猫のようにぶら下げられながら、憮然としてルークは訴える。だが、村人たちは聞く耳を持ちはしなかった。

「ローズさん! こいつ漆黒の翼かもしれねぇ!」

「きっとこのところ頻繁に続いてる食料泥棒もこいつの仕業だ!」

 襟首を掴む手をぱしりと叩いて床に降り立ち、ルークはケリーを睨んだ。

「俺は泥棒なんかじゃねえっつってんだろ! 食いモンに困るような生活は送ってねーからなぁ!」

「おやおや、威勢がいい坊やだねぇ。とにかくみんな落ち着いとくれ」

「そうですよ、皆さん」

 宥めるローズに同意して、一人の細身の影が歩いてきた。

 青い軍服に身を包み、背中までの髪を垂らした、三十代半ばの優男。口元には柔和な笑みを浮かべているが、眼鏡の奥の瞳は血よりも鮮やかな真紅で、怜悧だ。

「大佐……」

 少し驚いたようにローズが彼を見る。彼が持っていたティーカップを受け取り、流しに運んで行った。

「なんだよ、あんた」

「私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。あなたは?」

「ルークだ。ルーク・フォ」「ルーク!!

 唐突にティアが叫び、ルークの声は遮られた。そのまま腕に飛びついてきて、ぐいと引っ張る。

「な、なんだよ……」

忘れたの? ここは敵国なのよ。あなたのお父様ファブレ公爵は、マルクトにとって最大の仇の一人。うかつに名乗らないで

「へ、そうなのか?」

そうよ。あなたの父親に家族を殺された人たちがここには大勢いる。無駄な争いは避けるべきでしょう?

「……どうかしましたか?」

 ヒソヒソと喋るティアとルークに、ジェイドが柔和に問いかけた。

「失礼しました、大佐」

 ティアはルークを突き飛ばして向き直る。

「彼はルーク、私はティア。ケセドニアへ行く途中でしたが、辻馬車を乗り間違えてここまで来ました」

「おや、ではあなたも漆黒の翼だと疑われている彼の仲間ですか?」

「私たちは漆黒の翼ではありません。本物の漆黒の翼は、マルクト軍がローテルロー橋の向こうへ追いつめていたはずですが」

「ああ……なるほど。先日の辻馬車にあなたたちも乗っていたんですね」

 ジェイドは微かに笑った。そう。あの陸艦タルタロスの指揮をしていたのは彼だったのだ。

「どういうことですか、大佐」

 ローズが尋ねる。

「いえ。ティアさんが仰った通り、漆黒の翼らしき盗賊はキムラスカ王国の方へ逃走しました。彼らは漆黒の翼ではないと思いますよ。私が保証します」

 村人たちがざわめきだす。そこに、「ただの食糧泥棒でもなさそうですね」という声が響いた。見れば、戸口に一人の少年が現われている。ルークより二つ三つ年下だろうか。ゆったりとした白い法衣から伸びた手足は細く、一見、少女のようにも見えた。

「イオン様」

 ジェイドが彼を呼ぶ。

「少し気になったので、食料庫を調べさせていただきました。部屋の隅にこんなものが落ちていましたよ」

 少年は歩いてきて、ローズに何かを手渡した。

「こいつは……聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」

「ええ。恐らくチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう」

「チーグルってのは……」

 ルークはティアに訊ねた。

「東ルグニカ平野の森に生息する草食獣よ。始祖ユリアと並んでローレライ教団の象徴になってるわ。生息地は、ちょうどこの村の北あたりね」

 村人たちのざわめきが大きくなる。

「ほら見ろ! だから泥棒じゃねぇっつったんだよ!」

 勢いづいてルークが睨むと、ケリーは頭をかいて気まずそうに眉を下げた。

「でも、お金を払う前にリンゴを食べたのは事実よ。疑われる行動を取ったことを反省するべきだわ」

 後ろからティアが冷たい声で責めてくる。

「仕方ねぇだろ。金払うなんて知らなかったんだから」

 何でこいつは怒ってるんだ。ムッとしながらルークは言い返した。

「どうやら一件落着のようだね。あんたたち、この坊やたちに言うことがあるんじゃないのかい?」

 ローズが笑い、村人たちを見渡して声音を厳しくした。

「……すまない。このところ盗難騒ぎが続いて気が立っててな」

 ケリーは申し訳なさそうな笑みを浮かべた。他の村人たちもおずおずと謝罪を口にする。

「疑って悪かった」「騒ぎを大きくしたことは謝るよ」

「坊やたちも、それで許してくれるかい?」

 ローズがルークを見る。むっつりとしてルークは返した。

「俺は坊やじゃない」

 ローズは可笑しそうに笑った。

「ああ、ごめんよルークさん。どうだい、水に流してくれるかねぇ」

「……別にどうでもいいさ」

「そいつはよかった」

 声音を明るくして、ローズは村人たちに顔を向ける。

「さて、あたしは大佐と話がある。チーグルのことは何らかの防衛手段を考えてみるから、今日のところは、みんな帰っとくれ」

 村人たちはぞろぞろと出て行く。その後に従って外に出る間際、ルークはチラリと背後を振り返った。

 白い法衣を着た少年が、じっとこちらを見ている。

(なんか、引っかかるよな……)

 そんな風に思った目の前で、パタリと扉が閉ざされた。




「あのジェイドってメガネ野郎、なんだかいけすかない奴だったな」

 閉ざされた扉を見ながらルークは言った。例によってティアが反論してくる。

「そうかしら? 将校が一般人に接する態度としては、かなり礼儀正しかったと思うけど」

「ふーん。ま、俺は軍人っていったら、うちの白光騎士団くらいしかよく知らねえし。そこんとこはよく分かんねーや」

 あっさりとルークは言葉を止める。ティアは考え深げに呟いた。

「それよりも、導師イオンが何故ここに……」

「導師イオン?」

「ローレライ教団最高指導者よ」

(あ、そうか……)

 引っかかっていたものが解けた。つい先日、両親とヴァンの口から聞いたばかりの名前だったのだ。

「ん、ちょっと待てよ。イオンって奴は行方不明だって聞いてるぞ。あいつを捜すからってヴァン師匠せんせい帰国しちまうって……!」

「そうなの? 初耳だわ。どういうことなのかしら……。誘拐されている風でもないし」

「俺、あいつに聞いてくる」

 家の中に駆け戻ろうとしたルークを、ティアが強く叱りつけた。

「やめなさい。大切なお話をしているみたいだから明日あした以降にしましょう」

「だけど、あのイオンって奴に直接話を聞かないとすっきりしねぇぞ」

「焦らないで。明日になれば、お話を聞く機会はきっとあるわ」

 厳しい顔で諭して、ティアはふと考え込んだ。

「……それにしても、マルクト帝国のジェイド大佐……。どこかで聞いたことがある気がするわ」

「あん? 俺は軍人のことなんて興味ねえよ。知りたきゃお前が勝手に調べろよ」

 ぞんざいに手を振ると、キッとティアが目線を険しくした。

「あなた本当に自分勝手ね。その性格を直さないと、いつかきっと痛い目に遭うわよ」

「ほっとけよ! いちいちカンに障る女だな!」

「……とにかく今は、宿屋で休みましょう」

 そう言って、ティアは宿の方へ歩いていく。

「ちぇっ。むかつく……」

 呟いて、ルークもその後を追っていった。





 宿に入ると、フロントで甲高く騒ぐ少女の声が聞こえた。

「連れを見かけませんでしたかぁ!? 私よりちょっと背の高い、ぼや〜っとした男の子なんですけど」

「いや、俺はちょっとここを離れてたから」

 カウンターの中でケリーが困ったように答えている。

 やや癖のある黒髪をツインテールにした少女は、イオンと同じか少し下くらいの歳に見えた。背中には不気味可愛い顔の黄色いヌイグルミを負っている。

「も〜イオン様ったらどこ行っちゃったのかなぁ」

「イオン? 導師イオンのことか?」

 思わずルークが漏らすと、少女は振り向いた。大きな瞳は琥珀色をしている。ティアが言った。

「イオン様ならローズ夫人の所にいらしたわ」

「ホントですか!? ありがとうございます♪」

 満面で笑って、少女は早速駆けて行こうとする。その前を慌てて塞いで、ルークは訊ねた。

「ちょっとあんた。なんで導師がこんな所にいるんだ? 行方不明だって聞いてたぞ」

「はうあっ! そんな噂になってるんですか! イオン様に伝えないと!」

 そう叫ぶと、少女はルークの脇をすり抜けて飛び出していった。

「おいっ! …………ちぇっ。結局、訳を聞けなかった……」

「そうね。でも彼女は導師守護役フォンマスターガーディアンみたいだから、ローレライ教団も公認の旅なんだと思うわ」

導師守護役フォンマスターガーディアン?」

「イオン様の親衛隊よ。神託の盾オラクル騎士団の特殊部隊ね。公務には必ず同行するの」

「へえ……。あんなガキでもヴァン師匠せんせいの部下ってわけか」

 そういえば、着ている上衣の形がヴァンのそれに少し似ていたかもしれない。同じ騎士団の軍服ということなのだろう。

(でもガキだよな。あのイオンって奴も。ガキがガキを守るって意味わかんねぇ)

「……にしても、行方不明って話は何だったんだよ! 誤報なら、マジむかつくぞ!」

 苛立つルークを置いて、ティアはフロントに向かった。あんなことがあったばかりで少し気まずいが、村に他に宿はないのだから仕方がない。ケリーの方も気まずく感じたのだろう。ぎこちなく笑ってこんなことを言った。

「あんたたち。さっきは済まなかったな。お詫びに、今日のところはタダにしておくよ」




 二人にあてがわれたのは一室だった。どうせタダだからという無配慮なのか、逆に余計な気を回されたからなのかは分からない。

「明日はカイツールの検問所へ向かいましょう。ローテルロー橋が落ちた状態では、そこからしかバチカルには帰れないわ。後は旅券をどうするかね……」

 生真面目に明日からの旅程について考えを巡らせていたティアは、ルークがやけに静かなことに気付いて首を傾げた。彼はベッドの縁に腰掛けて、広げた小さな帳面ノートにペンを走らせている。

「……あら、何してるの?」

 覗き込むと、彼は慌ててそれを隠した。

「み、見んなよ!」

「ごめんなさい。でも帳面ノートなんて出して……」

「うるせーな。日課なんだよ」

 舌打ちして、ルークは決まり悪そうに目を逸らす。

「日課?」

「うん、笑うんじゃねーぞっ! ……日記だ」

「あら、いいことじゃない」

 微笑むと、おそるおそるといった風に見返してきた。

「わ……笑わないのか?」

「どうして? 別におかしくはないけど。……でもそうね、あなたが日記をつけるような性格だとは思わなかったわ」

 僅かに苦笑してみせると、ルークはふてくされた声を出した。

「……ふん、俺だってつけたくてつけてるんじゃねぇよ」

「じゃあ何故つけているの?」

「……記憶障害が再発した時に困らないようにつけろって、医者に言われてんだよ」

「…………」

「……な、なんだよ」

「……あなた、記憶がないの?」

 ティアは訊ねた。声も態度も大きいこのお坊ちゃんが、そんな障害を抱えていたとは夢にも思わなかったのだ。

「十歳から前のことは、スッパリな。マルクトの奴らに誘拐されたからだっつーけど」

「そう……」

「だから、なんだよ」

 じっと見つめていたらしい。不機嫌そうな目で睨まれて、ティアは慌てて首を振った。

「ううん、何でもないわ。頑張って」

「けっ、同情なんかされたくねーっつーの」

 帳面を閉じて、ルークはそれをポケットに突っ込んだ。

「……なんか腹の虫がおさまらねぇ」

 無性にむしゃくしゃしてきて、赤い髪を両手でぐしゃぐしゃとかきむしる。

「なぁ、お前、チーグルの棲む森ってのはエンゲーブから北だって言ってたよな」

「ええ……」

「明日になったらその森に行く」

「行ってどうするの」

「そいつらが泥棒だって証拠を探すんだよ。このままじゃ帰るに帰れねぇ!」

 立ち上がってルークは言った。

「呆れた。まだ怒ってるの?」

「当たり前だろ。泥棒呼ばわりされたんだからな!」

「無駄だと思うけど」

「うるせぇな。もう決めたんだ!」

「……」

 ティアは溜息をついたが、それ以上は反論しなかった。このお坊ちゃまのワガママを止めるのは至難の業だと、この数日で気付いたのだろう。


 何気に同室で寝ているルークとティア。(^_^;)

 まぁ、(多分)大部屋なんだけど。しかし他に泊り客がいないので、実質二人きりです。

 ……けれども、全然色っぽい雰囲気にはならない二人。特にルークは、「こんな田舎じゃ宿も期待できない」なんてブチブチ言ってたわりには早々に眠ってしまって、ティアを呆れさせています。つーか、やっぱ疲れてたんですかね、肉体的にも精神的にも。日記にも「とにかく俺は疲れた。早く眠りてぇや。」と書いてあります。子供の頃からずっと閉鎖環境で育ってたんですし、あらゆることに慣れないでしょう。物怖じしないだけ立派なのかも。

ルーク「z z z」
ティア「あれだけ文句を言っていたのに、普通に眠ってる。こうしていると普通の男の子なのにね……」
ルーク「ん…ん……? ぅわ! (赤面)な、何のぞき込んでんだよ!!」
ティア「あ。ごめんなさい。起こしちゃったようね」
ルーク「(赤面)ばっか! お前! 人の寝てるのまじまじ見てんじゃねぇよ! さっさと寝ろよ!」
ティア「そうね。そうするわ。おやすみなさい」
#ティア苦笑し、落ち着き払ってさっさと寝る。がっくり肩を落とすルーク
ルーク「ったくよ〜。なんなんだよ〜」

 ……なんか、男女逆転してるっぽいな。(笑)

 

 ちなみに、チーグルの森はエンゲーブの北、村の近くにありますが……。(つーか、村から見えてる)

 迷いました。

 三周目になっても迷ってる私は方向音痴らしい。なぜか海岸に出たりして。

 仕方ないので探索ポイントで貝殻とか真珠とか腐葉土とか虫の羽とかを拾いまくる。

 

 なお、村を出る前に昨日ルークを万引き扱いした露店に行くと、チーグルに盗まれた秘密の小箱を取り返してきて欲しい、と頼まれるサブイベントが起こります。これをこなすとコレクターブックがもらえて、商品の値段も下がるんですが……。この秘密の小箱、中は絶対見ないようにと言われて、実際プレイヤーは中を見れない。しかし小箱を渡すとき「ところで中は見てないよな」と問われて、「あ、あったりまえだろ!」とどもって叫ぶルーク。その横でなぜかティアが「……」と無言。……見たのか? 何が入ってたのか大変気になる。

 

 ローズ夫人宅で会った時、ジェイドは原作では「ああ……なるほど。先ほどの辻馬車にあなたたちも乗っていたんですね」と言いますが。

 ローテルロー橋で「先ほど」会ってエンゲーブで再会したとなると、いくらなんでも経過時間が短すぎではないでしょうか。竜に引かせる辻馬車でルグニカ大陸の半分を移動するのにそんな短時間しか掛からないのはおかしいと思うので、このノベライズでは「先日」に変更しました。ルークの屋敷への帰還の旅が暦上では二ヶ月以上掛かっていることも併せて考えれば、この時点で既に数日は経っているべきかと。


「イオン様? そういや今朝はお見かけしないねぇ。ここで大事なものを受け取られる予定だそうだから、いずれ戻られると思うけどね」

 朝になってローズ夫人宅を訪ねてみると、イオンもジェイドもいなかった。考えてみれば当たり前だ。彼らはここに住んでいるわけではないのだから。

「じゃあ、チーグルの森へ行って戻った時に話が聞けるかもしれねーな」

 そう言うと、ティアが呆れた声を出した。

「本当に行くの? 泥棒疑惑は晴れたんだから、もういいじゃない」

「バカにされたまま放っておけるかよ」

(誰もバカにしてないと思うけど)

 口の中で呟いて、ティアは理屈でたしなめようとする。

「チーグルが泥棒の犯人だって証明できるようなものがあると思うの?」

「ごちゃごちゃうっせぇな! もう行くって決めたんだよ!」

「そう……分かったわ。これ以上言っても無駄みたいね」

 ふ、とティアは息を吐いた。責任を放棄する訳にはいかないから、付き合うつもりだ。けれど、このお坊ちゃまを巻き込んだのが自分でなかったのなら、さっさと捨てて帰るのに。

(ティアが反対しようが構うもんか)

 彼女が怒ったらしいことは感じたが、ルークは諦めるつもりなどなかった。

「絶対証拠を見つけて、あの田舎もん達に叩きつけてやる!」





「おい、あれ、イオンって奴じゃねぇか!」

「ライガだわ。危ない……!」

 チーグルの住むという森に入ってすぐ、二人は、白い法衣を着た少年が虎のような魔物に囲まれているのを目にした。

 彼は座り込んで肩で息をついている。険しい顔で片手を差し上げると、てのひらに音素フォニムの光が輝いた。振り下ろして地に突く。彼を中心にして大地に光の譜陣が広がり、迸った光が魔物たちを一瞬で消滅させた。

 恐ろしい威力の譜術。……が、魔物を倒して立ち上がった少年は、そのままぐらりと傾いで地面に倒れ伏した。

「イオン様!」

 一声叫んで、ティアが駆け寄って抱き起こす。ルークも傍らから呼びかけた。

「おい、大丈夫か」

「だ、大丈夫です。少しダアト式譜術を使いすぎただけで……」

 イオンは目を開き、抱くティアの手を拒むように身を起こす。

「あなた方は、確か昨日エンゲーブにいらした……」

「ルークだ」

「ルーク……。古代イスパニア語で『聖なる焔の光』という意味ですね。いい名前です」

 微笑むイオンに、ティアがかしこまった様子で続ける。

「私は神託の盾オラクル騎士団モース大詠師旗下情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」

 イオンが目を見開いた。

「あなたがヴァンの妹ですか。噂は聞いています。お会いするのは初めてですね」

「はぁ!? お前が師匠せんせいの妹!?」

 ルークは目を剥いた。

「じゃあ、殺すとか殺さないとかって、あれは何だったんだよ!?」

「殺す……?」

 イオンが不審な顔をする。

「あ、いえ……。こちらの話です」

「話を逸らすな! なんで妹のお前が師匠せんせいの命を狙うんだ?」

「それは……」

 その時、森の奥の小道を、耳の長い小さな影がチョコチョコと横切った。

「チーグルです!」

 ハッとしてイオンが叫ぶ。

「ンのヤロー! やっぱりこの辺に住み着いてたんだな! 追いかけるぞ!」

 叫ぶと、ルークはもう駆け出していた。

「ヴァンとのこと……僕は追及しない方がいいですか?」

 残されたイオンは、傍らのティアに静かに訊ねた。

「すみません。私の故郷に関わることです。できることなら彼やイオン様を巻き込みたくは……」

「おい! 見失っちまう!」

 森の奥からルークが怒鳴ってくる。

「行きましょう!」

「え? あ、はい!」

 ルークを追うイオンに付いて、ティアも森の奥へ歩き始めた。

「あーっ! ホラ見ろ! お前らがノロノロしてっから逃げられちまった!」

 ルークは辺りを見回しながら唇を尖らせていた。そこでゆっくりと近付いてくるイオンの青白い顔を目にして、眉根を寄せる。

「……ったく。ろくに戦えないくせに、こんなところに来るんじゃねーよ」

「すみません。――チーグルの巣は、この先に行けばあるはずですよ」

「なんでンなこと、知ってんだよ」

「あ、はい……実はエンゲーブでの盗難事件が気になって、ちょっと調べていたんです」

「はあ? 何言ってんのお前? お前には関係ないじゃんかよ」

「ですが、聖獣と言われるチーグルが人に害をなすなんて、何か事情があるはずです。チーグルは魔物の中でも賢くて大人しい。人間の食べ物を盗むなんて、おかしいんです。チーグルに縁がある者としては、見過ごせません」

「魔物のことなんて、放っときゃいいだろ」

「そうですね。僕は変わり者かもしれません」

 イオンは少し傷ついたように声を固くした。だがそれは一瞬で、もう柔らかな微笑みが表面を覆い隠す。

「とにかく、チーグルと接触できれば、真相が分かると思います」

「……ふん。だったら目的地は一緒って訳か」

 ルークは鼻を鳴らした。え、とイオンが目を瞬かせる。

「では、お二人もチーグルのことを調べにいらしたんですか」

「濡れ衣着せられて大人しくできるかっつーの」

 吐き捨てて、ふうとルークは息をついた。碧の目でイオンを見やる。

「仕方ねぇ。お前も付いて来い」

「え、よろしいんですか?」

「何を言ってるの! イオン様を危険な場所にお連れするなんて!!」

 ティアが非難の声をあげたが、ルークは言い返した。

「だったらこいつをどーすんだ。村に送って行ったトコで、また一人でノコノコ森へ来るに決まってる」

「……はい、すみません。どうしても今回の騒ぎの真相が知りたいのです。チーグルは我が教団の聖獣ですし」

「ほれ見ろ。それにこんな青白い顔で今にもぶっ倒れそうな奴、ほっとく訳にもいかねーだろーが」

 ティアは息を呑んだ。まさか、あのルークがこんなことを言おうとは思いもしなかったからだ。

「あ、ありがとうございます!」

 次の瞬間、大きな声をイオンは出していた。その表情は明るく輝いている。

「ルーク殿は優しい方なんですね!」

 かあーっとルークの顔が赤くなっていくのをティアは見た。

「だ、誰が優しいんだ! ア、アホなこと言ってないで大人しく付いてくればいいんだよ!」

「はい!」

「あ。あと、あの変な術は使うなよ。お前、それでぶっ倒れたんだろ。魔物と戦うのはこっちでやる」

「守って下さるんですか。感激です! ルーク殿」

 ルークの顔が更に紅潮する。

「ちっ、ちげーよ! 足手まといだっつってんだよっ! 大げさに騒ぐなっ! それと、俺のことは呼び捨てでいいからなっ! 行くぞ!」

「はい! ルーク!」

 全身に喜びをみなぎらせて、イオンは逃げるように駆け去ったルークの背を追っていく。こうなっては仕方がない。ティアもその後を追った。


 ずっと後のエピソードで出てくるんですが、ガイによれば、ルークは「褒められるのに慣れていない」のだそうです。人から与えられる好意を受け止めるのが下手らしい。人付き合いのスキルは低い模様。

 

 ルークとイオンの出会い。

 普通にこのゲームが解説されるときは、ルークの親友はガイ、と紹介されます。それは事実なんですが、イオンとのつながりも、実は大きい。

 イオンはどうして倒れてまで一人で森に来たのか。親衛隊まで持っていて、守られるのなんていつものことのはずなのに、どうしてルークの言葉にあんなに感激したのか。そして、ルークの「呼び捨てでいい」という言葉に、どうしてあんなにも嬉しそうだったのか。

 それは、ずっと先で、イオンの生い立ちが明かされるとぼんやりと見えてくるように思います。

 ルークとイオンは、様々な点で相似の存在です。

 

 ところで、原作ゲームではチーグルの森に入ったところでイオンを襲っているのは「ウルフ」という紫縞の狼型の魔物なのですが、脚色によってこのノベライズではライガです。(^_^;)

 ライガにも色々あって、通常「ライガ」と呼ばれるものはかなり大型で尻尾がフサフサしています。ですが、このノベライズでは「ライガル」を含むライガ系の魔物も一括して「ライガ」と表記することにしますので、ご了承下さい。


 森の奥には大木が立っていた。周囲にはエンゲーブの焼印の入ったリンゴが数個、転がっている。頭悪ぃ魔物だなぁ、とルークが呟いた。

「やっぱりコイツらが犯人か!」

「この木の中から獣の気配がするわ……」

「チーグルは木の幹を住処にしていますから」

 そう言うと、イオンは無造作に大木の幹に開いたうろの中へ踏み込んでいく。

「導師イオン! 危険です!」

「しょうがねぇガキだな……」

 ティアが慌てて駆け込んでいき、息をついて、ルークも歩いて中へ入った。




 果たして、木の中の広大な空間には沢山のチーグルが群れ集まっていた。大きな耳に真ん丸い目、小さな足でチョコチョコと二足歩行して「みゅう、みゅう」と鳴いている。

「……くわ〜〜! なっ、なんかコイツらウゼー! むかつく!」

「…………かわいいv

「は? 今なんつった、ティア?」

「……な、なんでもないわ!」

 何故か慌てて姿勢を正すティアを他所に、イオンは「通して下さい」と群れて壁を作るチーグルたちに呼びかけていた。

「魔物に言葉なんか通じるのかよ」

「チーグルは教団の始祖であるユリア・ジュエと契約し、力を貸したと聞いていますが……」

 イオンがそう言った時だった。奥から「……みゅみゅーみゅうみゅう」としわがれた声がして、それまで行く手を阻んでいたチーグルたちがさっと左右に分かれて道を空けた。

 ルークたちの前に、見るからに老いた様子のチーグルが現われた。両手に大きな輪――ちょうど人間の腕輪サイズのものを一つ抱えている。

「……ユリア・ジュエの縁者か?」

 ルークたちはハッと息を呑んだ。

「おい、魔物が喋ったぞ!?」

「ユリアとの契約で与えられたリングの力だ」

 老チーグルは人語で続けた。

「お前たちはユリアの縁者か?」

「はい。僕はローレライ教団の導師イオンと申します」

 イオンが進み出た。護るように、ティアが傍に従っている。

「あなたはチーグル族のおさとお見受けしましたが」

「いかにも」

「おい、魔物。お前ら、エンゲーブで食べ物を盗んだだろ」

 ルークもイオンに並んで言った。

「なるほど。それで我らを退治に来たという訳か」

「へっ、盗んだことは否定しないのか」

「チーグルは草食でしたね。何故人間の食べ物を盗む必要があるのです?」

「……チーグル族を存続させるためだ」

 チーグルの長老は言った。ティアが首を捻る。

「食べ物が足りない訳ではなさそうね。この森には緑が沢山あるわ」

「我らの仲間が北の地で火事を起こしてしまった。その結果、北の一帯を住み処としていた『ライガ』が、この森に移動してきたのだ。我らを餌とするためにな」

「では村の食料を奪ったのは、仲間がライガに食べられないようにするためなんですね」

「……そうだ。定期的に食料を届けぬと、奴らは我らの仲間をさらって喰らう」

「ひどい……」

 イオンが呟いた。だが、ルークは荒々しく吐き捨てる。

「ふん、知ったことか。弱いモンが食われるのは当たり前だろ。しかも縄張り燃やされりゃ頭にも来るだろーよ」

「確かにそうかもしれませんが、本来の食物連鎖の形とは言えません」

 そう訴えるイオンの向こうから、厳しい目でティアが問うた。

「ルーク。犯人はチーグルと判明したけど、あなたはこの後どうしたいの?」

「どうって……こいつらを村に突き出して……」

「でもそうしたら今度は、餌を求めてライガがエンゲーブを襲うでしょうね」

 ティアの声音には責めるような含みがある。

「あんな村どうなろうと知ったことか」

「そうは行きません」

 キッと振り返り、イオンが頑とした声を発した。

「エンゲーブの食料は、このマルクト帝国だけでなく世界中に出荷されています。あの村を失うわけにはいかない」

「じゃあ、どうするんだよ」

「ライガと交渉しましょう」

「魔物と……ですか?」

 流石に、ティアが戸惑った声を出した。

「そのライガってのも喋れるのか?」

「僕たちでは無理ですが、チーグル族を一人連れて行って訳してもらえば……」

「……では、通訳の者にわしのソーサラーリングを貸し与えよう」

 長老が呼びかけると、チーグルの群れの中から青い毛並みをした一匹がぴょこんと飛び出してきた。一回り体が小さい。まだ子供のようだ。

「なんだぁ?」

「この仔供が北の地で火事を起こした我が同胞だ。これを連れて行って欲しい」

 仔チーグルはソーサラーリングを頭から被ろうとして失敗し(何しろチーグルは頭でっかちなのだ)、結局足から穿いてベルトのように腰に装着すると(ただしリングが大きいため両手で支えている)、おずおずとルークたちを見上げて口を開いた。

「ボクはミュウですの。宜しくお願いするですの」

「……おい。なんかムカつくぞ、こいつ」

「ごめんなさいですの、ごめんなさいですの」

「だーっ! てめぇ、ムカつくんだよっ! 焼いて食うぞ、オラァ!」

 何か、小動物の動きはよほどルークのカンに触るらしい。理不尽な理由で拳を固めて威嚇している。

(あんなに可愛いのに……)

 顔を背け、ティアは大きく溜息をついた。





 チーグルたちに見送られて木のうろを後にしながら、ルークはチッと舌打ちをした。

「なーんかイライラするよな。チーグルって奴は」

「そうでしょうか? 可愛いと思いますよ」

 イオンが微笑む。懸命に付いてくるミュウを見ながら、「可愛いと思うわ」とティアが言った。頬を微かに染めて、なんだかうっとりとした口調だ。

「そうかぁ? ちっちゃくてちょこちょこしてるし、なんかみゅーみゅー言うし、俺はなんかむかつくけど」

「沢山いて遊んでたりすると和むと思いますよ。聖獣と呼ばれる一族なので、僕ももっと凛々しいのかと思っていましたけどね」

「そうですね。でも、可愛いことは良いことだと思います」

 ティアはよく分からない相槌を打っている。

「……なんだそりゃ」

 ルークが言った時、ミュウが駆け出してルークたちの前に止まった。

「みなさん、見て下さいですの」

 その口からボッと炎が吐き出される。

「うぉっ! なんだこいつ! 火ぃ吹いたぞ!」

「どうですの。すごいですの」

 驚くルークに向かい、ミュウは得意げに笑った。「今のは?」とティアが訊ねる。

「ボク、炎を吐けるですの。だから通訳以外にもお役に立てるですの。仲間に迷惑をかけた分、ボク、頑張るですの」

「確か、チーグル族は炎を吐く種族でしたね」

「はいですの! でもミュウのは特別ですの!」

「特別?」とティアが小首を傾げる。

「ミュウはまだ仔供だからホントは炎なんて吐けないですの。ところが!」

「ところが?」と今度はイオンが先を促す。

「ソーサラーリングですの! これのおかげで、炎を吐けるですの! それに幾ら炎を吐いても疲れないですの」

 言うと、ミュウは何度も炎の塊を吐いてみせる。

「へぇ。ソーサラーリングってのは翻訳みたいなことが出来るだけって訳じゃないんだな」

 ルークが感心すると、イオンが説明を始めた。

「元々は譜術の威力を高めるものなんです。響律符キャパシティコアの一種ですよ」

響律符キャパシティコア? ……なんだそりゃ?」

 きょとんとしたルークを見て、イオンは戸惑った顔になった。

「ルークは知らないのですか?」

「彼はちょっと世間に疎いんです」

 脇からティアが言う。「悪かったな!」とルークは怒鳴った。

「ではこれをルークに……」

 イオンが身につけていた装身具の一つを外すと、ルークの手に握らせた。

「これが響律符?」

「はい。響律符というのは、譜術を施した装飾具のようなものなんです。譜の内容に応じて譜力や身体能力が向上します」

 最近は一般の方でもおしゃれの一環として普通に使っていますね、とイオンが言うのを聞きながら、ルークはそれを自分の身に飾った。

「どうだ?」

「似合ってますよ、ルーク」

「そうか。もしかしてこれで、さっきお前が使ってた術みたいな強い技を、俺も使えるようになるのか?」

「あれはダアト式譜術と言って……あの……」

 イオンは少し言葉を濁らせた。

「すみません。ダアト式譜術はローレライ教団の導師にしか使えないんです」

「なんだ。つまんねぇな」

「でも、響律符を装着していれば特殊な技能も覚えられるわ。使いこなせれば、充分、強くなれる」

 ティアが言った。口の中で「……力だけはね」と呟いて。

「ボクもソーサラーリングで強くなりましたの。炎を吐いてお役に立ちますの!」

 ミュウが嬉しそうに主張している。

「でも、その大きさの炎だと、あまり実戦向きとは言えないわね……」

「みゅうううぅぅ……」

 ティアにそう言われて、しおしおとミュウは耳を垂らした。

「だけど、炎を吐くなんて面白いじゃねぇか。――おい、ブタザル!」

 ルークがミュウをそう呼ぶと、「ルーク! 酷いわ!」とティアが色を変えた。

「るっせぇな! こんなちっこい変な奴ブタザルで充分なんだよ! いいか、ブタザル。俺が命令したら炎を吐くんだぞ」

 笑って命じると、ルークはミュウを片手で掴み上げて振り回した。

「おらぁっ、火ぃ吹けぇーっ!」

「みゅううぅぅ」

 悲鳴をあげながら、ミュウが断続的に炎を吐き出す。

「ちょっと! 危ないわ! ホントに火事になったらどうするの?」

「ははは、そう簡単に火事になんてなんねぇよ」

 柳眉を逆立てたティアを笑って、ルークは愉快そうに言った。

「それに、火事になったら俺じゃなくて、こいつのせいだろ? 火ぃ吹いてんの、こいつだし」

「みゅ!? そ、それは困りますですの! そんなことになったら今度こそ追放されますですの!」

 ミュウが泣きそうな声をあげる。「……呆れた」とティアは溜息をついた。

「あなたって本当に馬鹿ね」

「……んだと!」

「いちいち大声を出さないで。――導師イオン、参りましょう」

「あ、はい。ルークも機嫌を直して、一緒に行きましょう」

 イオンが気遣うような笑みを見せてくる。

「行くですの」

「……るせぇっ!」

 手からミュウを放り出して、ルークは短く悪態をついた。


 この辺の話では、ルークとティアの仲が最高に悪い。ミュウの炎を使って川を渡るエピソードなんて、あまりに険悪すぎて暗い気分になるほどです。

ティア「ライガの住処ってこの先なのよね?」
ミュウ「そうですの。この川を渡った先ですの」
ルーク「川を渡るっていっても橋が架かってねぇじゃん」
イオン「仕方ありませんね。川の中を歩きましょう」
ルーク「マジかよ……。靴もズボンも濡れるじゃねぇか。俺はイヤだね」
ティア「それならあなたはここに残るといいわ。服や靴の汚れを気にする人は足手まといになるから」
ルーク「……なんだと!?」
#ルーク、怒りながら対岸を見る。立っている木を見て何事か閃いて。
ルーク「おい、ブタザル。おまえ、あの木の根元に炎を吐け」
ミュウ「? みゅ?」
#ルーク、ミュウを片手で掴み上げる
ルーク「おらぁっ! さっさと吐けよ!」
ミュウ「みゅみゅみゅううぅぅ」
#炎を吐くと対岸の木が倒れて橋になる
ルーク「よーし、これならどうだ」
イオン「なるほど。木の根元が腐っていたんですね。ルークは機転がききますね」
ルーク「……へっ、こんなの大したことじゃねぇよ」
ティア「そうね。第一、ミュウのおかげですものね」
ルーク「……んだと!」
ティア「大したことじゃないんでしょう? いちいち大声を出さないで。導師イオン、参りましょう」
イオン「あ、はい。ルークも機嫌を直して 一緒に行きましょう」
ミュウ「行くですの」
ルーク「……るせぇっ!」
ミュウ「みゅうぅぅぅぅぅ……」

 ルークがイオンに響律符キャパシティコアをもらうエピソードでも、険悪になる二人を「二人とも喧嘩はやめて下さい」とイオンが懸命に止めていました。気遣いが気の毒やらありがたいやら。イオンは一番年下なのに。(正直、この辺はティアが悪いと思うよー。いちいちルークの言動にカリカリして嫌味・皮肉を返しまくって。流せばいーのに。)

 

 ところで、イオンがルークにプレゼントしてくれた響律符キャパシティコア。その説明を見ると。

ストレ
「傲慢な」という意味の彫り込まれた響律符。

 ……これをルークに贈るってのは、やっぱなにか思うところがあったんでしょうかイオン様。

 

 ミュウ登場。マップ上で火を吹いたり、後には岩を壊したりして色々なギミックを動かし、冒険を助けてくれます。

 最初は、今までのシリーズでは「ソーサラーリング」というアイテム単体だったものに可愛い外見と単純な自我を付加してみただけの、いわば「喋るアイテム」ほどの意味しかないマスコットキャラかと思っていました。……が。ミュウの存在はそんなものではなかったのだぁあ! ストーリー上も、主人公との関わりが大きくなっていくキャラクターです。

 ちっこい生き物なのですが、移動の際は誰かに抱っこされたり肩に乗ったりということはなく、おむつを履いた幼児のような歩き方で、二足歩行で一生懸命チョコチョコ歩いていきます。ルークがスタスタ歩いていくので、ティアが「ルーク、もう少しゆっくり歩かない? ミュウが可哀想よ」と叱るエピソードがあったりします。(ですが、物語中盤以降になると移動時や戦闘時は道具袋の中に隠れているっぽい。)

 ルークは生理的に小動物がイラついてたまらないらしく、ミュウに冷たく当たります。そりゃもう、ひどい。ブタザルと呼び、少し気に入らないと怒鳴り、手に持ったまま振り回したり、蹴飛ばしたり、踏んづけてグリグリしたり。

 小動物がムカつく、という感覚は私には分からないのですが、リアルにもそういうこと言う人結構いるので、それもまた普通の感じ方なのかもしれないですね。

 で、そんなことをされて、ミュウはルークのことをどう思うかって言うと……。


 ミュウの案内で森深い洞窟に入ると、木の根に取り巻かれたその奥に、巨大なライガが横たわっていた。

「あれが女王ね」

「女王?」

「ライガは強大な雌を中心とした、集団で生きる魔物なのよ」

 ティアが説明する傍らで、イオンがミュウを抱き上げて促している。

「ミュウ。ライガ・クイーンと話をして下さい」

「はいですの」

 ミュウは床に飛び降りてみゅうみゅうと喋り出した。ゆっくりとライガ・クイーンは身を起こし、一声、恐ろしい声で咆哮をあげる。それだけでビリビリと洞窟が震え、吹き飛ばされたようにミュウがコロコロと転がった。

「大丈夫ですか!?」

 イオンとティアがミュウに駆け寄って覗き込む。ルークは訊ねた。

「おい。あいつは何て言ってんだ?」

「卵が孵化するところだから……来るな……と言ってるですの。ボクがライガさんたちのお家を間違って火事にしちゃったから、女王様、すごく怒ってるですの……」

「卵ぉ!? ライガって卵生なのかよ!」

「ミュウも卵から生まれたですの。魔物は卵から生まれることが多いですの」

「まずいわ。卵を守るライガは凶暴性を増しているはずよ」

「じゃ、出直すってのか」

 そう言ったルークに、しかし、イオンは険しい顔を向けた。

「ですが、ライガの卵が孵れば生まれた仔たちは食料を求めて街へ大挙するでしょう」

「はあ?」

 何を言ってるんだ? そんな風に、ルークはイオンを見返す。ティアが補足するように言った。

「ライガの仔供は人を好むの。だから街の近くに棲むライガは繁殖期前に狩り尽くすのよ」

 イオンは再びミュウを促す。

「彼らにこの土地から立ち去るように言ってくれませんか?」

「は、はいですの」

 ミュウは前に出てライガ・クイーンに話しかけた。前よりも激しい声でクイーンが咆哮する。洞窟が震え、ガラガラと幾つかの土塊が崩落してきた。ミュウは避けることも出来ず、自分の真上に落ちてくるそれを呆然と見上げている……。

 ミュウが押しつぶされる寸前で、その土塊は砕けて粉々に散っていた。咄嗟に前に出たルークが木刀で弾いたのである。

「あ、ありがとうですの!」

 見上げるミュウの視線を、ルークはパッとそっぽを向いてそらした。

「か、勘違いすんなよ。おめーをかばったんじゃなくてイオンをかばっただけだからな!」

 ライガ・クイーンが立ち上がり、こちらにゆっくりと歩いてくる。

「ボクたちを殺して、孵化した仔供の餌にすると言ってるですの……!」

「来るわ。……導師イオン、ミュウと一緒におさがり下さい」

 言って、ティアが前に出る。それを見て、ルークが動揺した声を上げた。

「お、おい……ここで戦ったら卵が割れちまうんじゃ……」

「残酷かもしれないけど、その方が好都合よ。卵を残して、もし孵化したら、ライガの仔供がエンゲーブを襲って消滅させてしまうでしょうから」

「二人とも! ライガ・クイーンが!」

 近付く巨大な影を見て、イオンが鋭く警告する。

「く、くそ……!」

 木刀を手に、ルークはクイーンと対峙するティアの前に走り出ていた。




 こうして戦いが始まったが、ライガ・クイーンは今までの魔物とはまるで違っていた。

「おいっ! どーなってるんだよっ! ちっとも倒れねぇぞ!」

「まずいわ……こちらの攻撃が殆ど効いていない」

「じょ、冗談じゃねぇぞっ! なんとかしろっ!」

 ルークがティアに怒鳴ったとき、「なんとかして差し上げましょう」と、場違いなほど落ち着いた声が掛かった。

「誰っ!?」

 ティアが振り返り、誰何する。悠然と歩み寄ってきたのは、マルクトの青い軍服をまとった細身の男。エンゲーブで出会ったジェイド・カーティス大佐だった。

「詮索は後にして下さい。私が譜術で始末します。あなた方は私の詠唱時間を確保して下さい」

「偉そうに……」

「今はあの人に任せましょう。ライガ・クイーンの攻撃があの人に当たらないように、時間を稼ぐのよ」

「ちっ、わーったよ!」

 そして。

 ルークたちの攻撃の間に朗々と譜を唱えたジェイドは譜術を放ち、ライガ・クイーンは一瞬で肉塊と化していた。

「おや、あっけなかったですね」

 どこかおどけた口調でジェイドが言う。

「す、すげぇ……! なんだ今のは」

「ただの譜術士フォニマーではないわね……」

 小さくティアが呟いた。





 戦いが終わって木刀を鞘に収めると、ルークはペタリとその場に座り込んだ。巣の中のライガの卵は割れてしまっている。

 他方、探るようなティアの視線を受け流しながら、ジェイドは「アニ〜ス! ちょっとよろしいですか」と巣の入口の方に声をかけていた。「はぁい、大佐v お呼びですかぁ」と駆けてきたのは、あのヌイグルミを背負った導師守護役フォンマスターガーディアンの少女だ。ジェイドは何事か耳打ちし、少女はフンフンと頷いて、「えと……分かりました。その代わりイオン様をちゃんと見張ってて下さいねっ」と可愛らしく身をくねらすと、洞窟の外へ小走りに出て行った。

 そんな動きを他所に、地面を見つめて、ルークはぽつりと声を落としていた。

「……なんか後味悪いな」

「優しいのね」

 独り言のようなそれに、傍に立ったティアが目を伏せて言葉を返す。

「それとも、甘いのかしら」

「……冷血な女だな!」

「おやおや、痴話喧嘩ですか?」

 顔をそむけ合ったままの二人の間に、ジェイドが入ってきた。

「誰がだ!」

「カーティス大佐。私たちはそんな関係ではありません」

「冗談ですよ。それと私のことはジェイドとお呼び下さい。ファミリーネームの方には、あまり馴染みがないものですから」

「ではジェイド大佐。先程はありがとうございました。助かりました」

 ティアが言うと、ルークは顎をそらして悪態をついた。

「へっ。こいつに頼らなくても俺だけで何とかなったんだよ。余計なことしやがって」

「差し出がましいとは思いましたが、見ていられなかったですから」

 ジェイドはにっこりと笑う。そして意地の悪い失笑を浮かべた。

「以後はあなたの邪魔はしません。その代わり、私の邪魔もしないようにお願いしますよ」

「けっ。やな奴!」

 吐き捨てた時、イオンがジェイドの前に近付いてきた。

「……ジェイド。すみません。勝手なことをして」

「あなたらしくありませんね。悪いことと知っていてこのような振る舞いをなさるのは」

「チーグルは始祖ユリアと共にローレライ教団のいしずえ。彼らの不始末は僕が責任を負わなくてはと……」

「そのために能力ちからを使いましたね? 医者から止められていたでしょう?」

「……すみません」

「しかも民間人を巻き込んだ」

 ジェイドの声色は、叱ると言うにはあまりに優しかった。しかし、イオンは悄然と目を伏せている。

「……おい。謝ってんだろ、そいつ。いつまでもネチネチ言ってねぇで許してやれよ、おっさん」

 ルークが言った。

「おや。巻き込まれたことを愚痴ると思っていたのですが、意外ですね」

(ホントに意外だわ……)と、ティアは驚く。ルークは座り込んでツンとしたままだ。

「まあ時間もありませんし、これぐらいにしておきましょうか」

「親書が届いたのですね?」

 イオンが顔を上げた。

「そういうことです。さあ、とにかく森を出ましょう」

「駄目ですの。長老に報告するですの」

 ミュウがルークの頭の上に飛び乗って訴えた。

「……チーグルが人間の言葉を?」

「ソーサラーリングの力です」

 驚いたジェイドにイオンが説明する。頭を土足で踏まれたルークは、ミュウを叩き落してぐりぐり踏みにじる刑に処した。

「それよりジェイド、一度チーグルの住み処へ寄ってもらえませんか」

「分かりました。ですが、あまり時間がないことをお忘れにならないで下さい」

 ジェイドの承諾を受けて、イオンはルークに声を掛けた。

「ルーク。さっきはありがとう。あと少しだけお付き合い下さい」

「しゃーねぇな。乗りかかった船だ」

 踏みにじっていたミュウを蹴飛ばして、ルークは大儀そうに息を吐いた。




 チーグルの木まで来た道を戻る。だが、いやに早足になっているルークに耐えかねて、とうとうティアがキツい声で注意した。

「ルーク、もう少しゆっくり歩かない? ミュウが可哀想よ」

 小さなミュウは存外に足が速いが、それでも忙しなく足を動かし続ける様は、傍目に辛そうに見える。

「フン! なんで俺らがそいつに歩く速さを合わせてやらないといけねーんだよ」

 ルークはまるで悪びれていなかった。

「ティアさん。大丈夫ですの。ちゃんとついて行くですの」

「ほらな、こいつもこう言ってんじゃねえか」

「どうしてそんなに意地悪なの? ちゃんとミュウも仲間として接してあげるべきだと思うわ」

「しょうがねぇだろ! こいつ、ウゼーんだから!」

「喧嘩しないでくださいですの〜」

 泣きそうなミュウの声が響いた刹那、ルークは爆発したように怒鳴り散らしていた。

「るせーっつーの! 大体お前がライガの住処を火事になんかしなけりゃ、こんなことにはならなかったんだろーが! ライガの女王だってちゃんと人に迷惑かけずにガキを生めたかもしんねーし、全部上手くいってたかもしれねーんだぞ! あぁ? 分かってんのか?」

みゅう……

 ミュウは小さく縮こまる。

 胸の中がザラザラした。

 巣の中の卵の残骸がルークの目に焼きついている。ミュウを責めても仕方がないことは分かっていたが、無性に気分が悪い。

「まぁまぁ。もうそれぐらいでいいじゃないですか」

 イオンが笑顔で取り成してくる。ティアはといえば、軽蔑したように冷たく言った。

「そうよ。ルーク。大人げないわ」

「……わーったよ」

(冷血女!)

 口の中で罵って、もやもやを胸の奥に押し込める。

 ――と。それまで静観していたジェイドが、晴れやかな笑顔で場を仕切った。

「さて、落ち着いたようですので、先を急ぎましょうか」

「こいつ……」

 怒りと呆れが半ばして、ルークは絶句する。

 陰険眼鏡や冷血女と一緒にいる限り、苛々はなかなか鎮まりそうになかった。





 チーグルの木のうろに入ると、待っていた長老にミュウはみゅうみゅうと語りかけた。「こうして魔物たちの会話を聞いているのも面白い絵面えづらですね」とは、ジェイドの弁である。暫く「みゅう、みゅう」の応酬が続いた後、長老はリングを持ってルークたちに体を向けた。

「話はミュウから聞いた。随分と危険な目に遭われたようだな。二千年を経てなお約束を果たしてくれたこと、感謝している」

「チーグルに助力することはユリアの遺言ですから、当然です」

 イオンが答える。

「しかし元はといえば、ミュウがライガの住み処を燃やしてしまったことが原因。そこでミュウには償いをしてもらう」

「どうするつもりですか?」

 ティアが訊ねた。

「ミュウを我が一族から追放する」

 長老は告げた。「それはあんまりです」と、イオンが強い声を出す。

「無論、永久という訳ではない。聞けばミュウはルーク殿に命を救われたとか。チーグルは恩を忘れぬ。ミュウは季節が一巡りするまでの間、ルーク殿にお仕えする」

「俺は関係ないだろ」

「ミュウはルーク殿について行くと言って聞かぬ。処遇はお任せする」

「連れて行ってあげたら?」

 ティアが言った。何故なのか、珍しく声が活き活きしている。

「俺はペットなんかいらねっつーの」

「チーグルはローレライ教団の聖獣です。きっとご自宅では可愛がられますよ」

 イオンにまで勧められて、ルークは「うー」と唸った。

「なら、ガイたちへの土産ってことにでもするか……」

 片手で髪をかきあげて不承不承言うと、ミュウは感激の面持ちでルークを見上げて、可愛らしい声でこう言った。

「お役に立てるように頑張るですの。よろしくですの、ご主人様」

「……っか〜〜! やっぱムカつくんだよな、こいつ」


 というわけで、あんなに苛められてもルークをご主人様と崇めるミュウなのでした。

 ……つーか。ルークとミュウは、いっそ高慢な女王様と、でも女王様に恋焦がれる下僕、って感じです……。はは。

 初めてルークに「ブタザル」と呼ばれたときは悲しそうだったのに、後になると「ご主人様はミュウにブタザルって名前をつけてくれましたの」と喜んで、グリグリされたり投げ飛ばされたりするのも「遊んでもらって嬉しいですの」ってコトに……。恋は盲目ってヤツ?  いつミュウが「ミュウはご主人様に踏まれるのが大好きですの」と言い出さないかヒヤヒヤしてました。半分くらいマジに。(笑)

 でも、ミュウがこんなにもルークを慕ってくれなかったら、この先のルークは精神的にどん底になるはずなので、これはこれでよし、か……。

 

 チーグルの長老にライガの話を聞いたときは、弱肉強食だろ、あんな村なんて知ったことかとルークは冷たいことを言っていました。対してイオンは「ひどい、放っておけない、話し合ってみましょう」と言う。

 ところが、いざライガ・クイーンと相対すると、イオンはさっさとクイーンを殺してその卵を潰そうとし、ルークは「戦ったら卵が潰れる」と躊躇します。

 イオンやティアは現実的で、ルークは、ティアの言うとおり、甘っちょろいということなのでしょう。

 ……でも、このチーグルの森でのルークは、私はかなり好きです。

 

 余談。コメントで教えていただいたところによりますと、ライガの女王を倒す時にジェイドが使う譜術はランダムみたいです。下級から上級まで、何が出るかはお楽しみ?


 ミュウを仲間にして、一行は森の出口までやって来た。

「お? あの子、お前の護衛役じゃないか?」

「はい、アニスですね」

 先ほど、ジェイドに耳打ちされてライガの巣穴から走り去っていた少女が待っている。

「お帰りなさ〜いv

 ――と。バラバラとマルクト軍の兵士たちが走り出てきて、ティアとルークの周囲を取り囲んだ。

「!?」

 ジェイドが少女に向かって微笑んだ。

「ご苦労様でした、アニス。タルタロスは?」

「ちゃんと森の前に来てますよぅ。大佐が大急ぎでって言うから、特急で頑張っちゃいましたv

「おい、どういうことだ」

 ルークがジェイドに詰め寄る。それに構わず、彼はマルクト兵たちに高らかに命じた。

「そこの二人を捕らえなさい。正体不明の第七音素セブンスフォニムを放出していたのは、彼らです」

 マルクト兵たちがルークとティアに向かう。

「ジェイド! 二人に乱暴なことは……」

「ご安心ください、イオン様。何も殺そうというわけではありませんから」

 そう言い、ジェイドはおどけた口調で最後に付け加えた。

「……二人が暴れなければ」

「……」

 笑顔でそう言われ、ルークとティアは沈黙するしかない。「いい子ですねぇ」と微笑んで、ジェイドは口調を改めて兵たちに命じた。

「――連行せよ!」



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