アルビオールは魔界クリフォトの空に舞い上がった。

 アルビオール単機では三万メートルの高さにある外殻の上へ上がることは難しい。しかも、数箇所ある外殻に開いた穴からは海水が瀑布となって流れ落ちている。通常ならその水圧に叩きのめされ、墜落するのがオチだろう。

 だが、タルタロスを打ち上げた時と同じ要領でセフィロトを利用すれば可能だろうとジェイドは言う。セフィロトから放出される星のエネルギーは、物質を押し上げ、かつ、水を退ける力を持つからだ。利用できるセフィロトは、ユリアシティの近く、かつてホド島が崩落したという跡にあった。





「どうして……! どうして戦いが始まっているのです!?」

 エンゲーブに崩落の警告をすべく飛来したルグニカの大地を見下ろして、ナタリアが愕然とした声をあげた。アルビオールの窓から見える平野一帯に、キムラスカとマルクト、両軍の旗を掲げた兵たちがひしめき合っている。ある者は剣で打ち合い、ある者は肩に担いだ譜業兵器から炎を放ち。また、両軍の陸艦もせめぎ合っていた。キムラスカの陸艦は譜業砲を放ち、マルクト陸艦の甲板に並んだ譜術士フォニマーたちが譜術を撃ち放つ。ついには陸艦同士の文字通り体当たりが行われた。展開した譜術障壁を打ち抜かれ、舳先に貫かれた陸艦から炎が上がる。

「これは……まずい。下手をすると両軍が全滅しますよ」

 見下ろしてジェイドが言った。

「あ、そうか。ここってルグニカ平野だ。下にはもうセフィロトツリーがないから……」

 アニスが要領を得た顔になる。どちらの軍が優勢かなどということは関係なかった。このままではやがて大地が崩落し、両軍ともに墜死する。

「これが……兄さんの狙いだったんだわ……」

 呟いたティアに、ルークは視線を向けた。

「どういうことだ?」

「兄は外殻の人間を消滅させようとしていたわ。預言スコアでルグニカ平野での戦争を知っていた兄なら……」

「シュレーの丘のツリーを無くし戦場の両軍を崩落させる……。確かに効率のいい殺し方です」

 ジェイドが後を続ける。目を閉じて僅かに眉根を寄せていた。

「冗談じゃねぇっ! どんな理由があるのか知らねぇけど、師匠せんせいのやってることはむちゃくちゃだ!」

「戦場がここなら、キムラスカの本陣はカイツールですわね。私が本陣へ行って、停戦させます!」

 叫んだルークに続いて、ナタリアが強い視線をキッと上げていた。

「けれど、エンゲーブも気になるわ。あそこは補給の重要拠点と考えられているはずよ。セントビナーを失った今、あの村はあまりに無防備だわ」

 ティアがそう言う。「崩落前に攻め滅ぼされるってこと? こわ……」とアニスが身震いした。

 ルークは目を上げて仲間たちを見回す。どう行動すべきか。強いて意識するでもなく、自然に言葉が流れ出していた。

「二手に分かれたらどうだろう。エンゲーブでの様子を見る班とカイツールで停戦を呼びかける班と」

「……エンゲーブへは私が行くべきでしょうね。マルクト軍属の人間がいないと、話が進まないでしょう」

 ジェイドが言う。

「わたくしはカイツールへ参りますわ」

 ナタリアが言った。

「僕はどちらでも構いません。ちょっと考えがあるので」

 イオンはそう言う。

「ルーク、お前はどうする?」

 ガイがルークを見返してきた。

「……エンゲーブかな。あそこの人たちには世話になったし、気になるよ」

 ルークは言った。

「わかった。なら組み分けはどうしようか。一緒に連れて行きたい奴はいるか?」

「そうだな……」

 考え込むと、ティアが言うのが聞こえた。

「私はルークと一緒に行きたいわ。……見てないと心配なんだもの」

「……俺って、そんなに頼りないかな」

 苦笑すると、ティアは目に見えてうろたえて、「そ、そんなつもりじゃ……」と口ごもった。ルークは笑う。

「まあいいや。じゃあティア、一緒に来てくれよ。――ジェイド、いいだろ?」

「勿論、構いませんよ。治癒術師ヒーラーがいれば心強いですからね」

「それでガイ、お前はナタリアの方に行ってやってくれないか?」

 視線を向けて言うと、「よし、分かった」と親友は頷いた。「頼む」とルークも頷き返す。

「じゃあ、人数的に私はナタリアの方だね。イオン様は私と一緒に来て下さいね」

 アニスが首を巡らせて言うと、一瞬言葉を途切れさせ、「……そう、ですね」とイオンは頷いた。

「まずカイツール付近でナタリア組を降ろしましょう。その後、私たちはアルビオールでエンゲーブへ向かいます」

 ジェイドが今後の行動を告げる。

「それでいい。みんな、行こう」

 ルークの声を受け、仲間たちは頷いた。


 個人的な疑問。タルタロスを打ち上げた時は、アクゼリュスのセフィロトを刺激して「一度だけならツリーを伸ばせる」ってことでしたよね。しかし今回からホド崩落跡の穴を使って自在に外殻と魔界の行き来が出来るようになります。

 ……あり? ホドのセフィロトツリーは崩落後もずーっと伸びっ放しだったってこと? いや、ツリーが伸びてなくてもセフィロト自体は健在だからそれを利用するってコトか…。タルタロスと違ってアルビオール自体に浮揚力があるから可能になるということ?

 でも昇るのはともかく、物を押し上げる強力な力を発揮しているセフィロトから、よく魔界へ降りられるものだと思うのですが……。突風の中を舞い降りるようなものでは?

 説明文では、魔界から昇る時は「セフィロトの力を利用して」で、外殻から降りるときは「セフィロトを通じて」になってましたが。どういうことなんでしょうか。中国の伝説の建木みたいにセフィロトのエネルギーの流れの中が空洞になってるとか?? SF的に言うなら軌道エレベーター。(んなわけない)

 いや結局答えは『ゲーム進行の都合』なんでしょうけど(苦笑)。

 

 この辺りの設定でもう一つ疑問なのは、外殻に空いた穴から流れ落ちる海水の瀑布(滝)のことです。ユリアシティを初めて訪れた時、その周囲には天から滝が流れ落ちていて、「水圧でタルタロスが潰れるんじゃ」「地上付近は気化してるから平気よ」というガイとティアのやり取りがあります。この滝の正体は外殻に空いた穴から流れ落ちている海水です。

 でも、ユリアシティ近辺に開いている外殻の穴は、(ゲーム本編のマップで見る限りは)ホド崩落跡の穴しかないはずです。……なので私はかなり長い間、ユリアシティはホドの真下にあったのだと思い込んでいました。だからこそホドが崩落した際、ヴァンは譜歌でユリアシティへ行けたのだとも。

 しかし、実際は違うのですよね。ホドとユリアシティは少し離れた場所にあるのです。地図で見ればさして離れてませんが、実際の距離はかなりあるはず。……あれ?? どーなってんのさ???

 それに、ゲーム冒頭のアニメーションで惑星オールドラントを宇宙から見ることが出来ますが。あれ。外殻にめちゃ大きな亀裂入ってて魔界が丸見えになってるぞ。実際のマップにはそんなのないのに…。(それともアレがホド崩落の穴?)

 まあ、これもまたゲーム進行の都合なのでしょうが。

 ともあれ釈然としません。なんかこのゲーム、外殻だけでなく設定にも穴がある感じがするのは気のせいだろーか。話は凄く面白いから、それくらい別にいいんですけど。

 

 ここからの戦争イベントは実に複雑で、選ぶルートとメンバー、戦闘回数によって細かくイベントが変化します。どのシチュエーションも大変興味深く、キャラクターたちの悩みの声が聞こえ、中には今後の伏線さえ混じっていますので、チョイスが難しいです。ああ、どれもこれも語ってみたい……。

 ここで敵との戦闘回数が殆ど無い時にもらえるアイテム『マジカルポーチ』はここでしか入手できません。

 

「考えがあるのでどちらに行っても構わない」と言うイオン。何の考えがあったのか分かりません……。むぅ。更に、アニスに「一緒に来て下さいね」と言われて不自然に言葉を詰まらせます。この時のイオンの胸中とは……? 今後の話の流れから解釈は幾通りか出来るんですが、どれも どうもしっくりこないです。どんな解釈でも、ここでこういうことをわざわざ言う理由にならないから。イオン様解りにくい。皆さんはどんな理由だと考えますか?

 

 ルークが自然にリーダーシップを発揮するようになっています。もう誰も「ルークが仕切るの?」と失笑したり、わざとらしく「おっとルークが決めるんでしたね?」と笑ったりしません。セントビナーでの頑張りが、みんなに認められているのです。プレイヤーとしては嬉しい限り。頑張れールーク。


 カイツールの近くにナタリア、ガイ、アニスとイオンを降ろし、アルビオールはエンゲーブへと向かった。




 エンゲーブの顔役であるローズは、不安げな顔でルークたちの突然の来訪を迎え入れた。

「大佐! 戦線が北上するって噂は本当ですか」

「そうたやすく突破されはしないと思いますが、この村が極めて危険な状態なのは確かです」

「どうしたもんでしょうか。グランコクマに避難したくても、もう首都防衛作戦に入っているらしくて……」

「ええ。グランコクマに入ることは不可能です。あの街は戦時下に要塞となりますから」

「どのみちこの大陸は危険だ。いっそケセドニアまで逃げられないかな」

 ルークはそう提案した。ティアが頷く。

「そうね。教団の支配力が強い街だから戦場に近くても安全だわ」

「しかし、この街の全員をアルビオールに乗せるのは無理です。かと言って徒歩で戦場を移動するのも危険でしょう」

 何しろ、他の都市に比べれば圧倒的に少ないとはいえ、この村には二万もの住人がいる。アルビオールに乗せられるのは、どんなに詰め込んでも数十人だ。

 ジェイドが考え込むと、「年寄りと子供だけでも、そのアルなんとかで運んでもらえませんか?」とローズが言った。

「残りはここに残ってキムラスカ軍に投降して……」

 だが、ルークは叫んでいた。

「それじゃあ崩落の危険が残ってる!」

「崩落って……ここがセントビナーやアクゼリュスみたいに消えるって事ですか!」

「残念ですが、その通りです」

 ジェイドが静かに告げると、ローズは口調に焦りを滲ませた。

「……なら徒歩でケセドニアへ逃げますよ。幸い、橋も直りましたし」

 少し考えて、ルークはジェイドに言った。

「なあ、アルビオールはノエルに任せて、俺達も徒歩組を護衛しようぜ」

「ルーク……。そうですね。ただ、私たちだけでは心許ない。エンゲーブの駐留軍に話をつけてきます」

 そう言って、ジェイドはもうローズの家を出て行く。

「せめて我々の後方を一個小隊が護ってくれれば……」

 その背を見送って、ルークはふと呟いていた。

「ナタリアたちの方は大丈夫かな……」





 一足先にアルビオールから降りたナタリアたちは、カイツールの国境地帯に足を踏み入れていた。この一帯は既にキムラスカの制圧下にある。

「セシル将軍!」

 一隊を率いて出てきた金髪の女将軍に、ナタリアは大声で呼びかけた。――ジョゼット・セシル。かつてバチカルに帰還したばかりのルークたちを迎えたことがあり、ファブレ家にも出入りしているキムラスカ軍の少将である。

「お前たちは先に行け!」

 セシルは一隊に命じ、足早にナタリアに近付いてきた。

「……これは、ナタリア殿下!? 生きておいででしたか!!」

「そうです。わたくしも、そしてルークも生きています。もはや戦う理由はありません。今すぐ兵を退かせなさい」

 だが、セシルは固い表情のままでこう言った。

「お言葉ですが、私の一存ではできかねます。今作戦での総大将はアルマンダイン大将閣下ですので」

「ならば、アルマンダイン伯爵に取り次ぎなさい!」

「それが……アルマンダイン大将は大詠師モースと会談なさるためケセドニアに向かわれました」

「ケセドニア!? なぜ戦争中に総大将が戦場を離れるのですか」

「今作戦は、大詠師モースよりあだ討ちとお認めいただき大儀を得ます。そのための手続きです」

「冗談でしょっ!? そーゆーのってイオン様が決定することじゃん!」

 アニスが叫んだ。目をすがめて「モースの奴マジむかつく!」と低く吐き捨てる。そんな彼女に顔を向けて、「それは形式上のことですから」とイオンは宥める目をした。が、そこで表情を険しくする。

「ですが、やはりそう来ましたか。僕はダアトを離れるべきではなかったのか……?」

「何言ってるんです。ダアトにいたらセフィロトの封印を解放させられてましたよ!」

 ムッとした顔のまま、アニスが彼を振り仰いだ。

「教団内での手続きについては、我が軍の関知するところではありません。とにかくアルマンダイン大将が戻られなければ、停戦について言及することはできかねます」

 セシルの言葉は変わらずに硬質のままだ。「そんな……。いずれは戦場も消滅しますのよ!」とナタリアは訴えた。

「消滅? マルクト軍がそのような兵器を持ち出しているということですか?」

「違いますわ! 違いますけど、とにかく危険なのです!」

「よく分かりませんが、残念ながら私に兵を退かせる権限はありません」

「では、アルマンダイン伯爵に会いに行きます。カイツールの港から船を出して……」

「戦時下の海路は危険です。殿下を船にお乗せするわけには参りません」

 その時、一人の兵士が駆け寄ってきてセシルに敬礼をした。

「セシル少将、準備完了しました」

「分かった」

 短く返すと、兵は再び敬礼をして駆け去っていく。

「兵を待たせておりますので、これにて御前を失礼致します」

 ナタリアに顔を向け直し、セシルは言った。

「殿下のことはカイツール港に伝令致しますので、迎えをお待ちください。それでは」

 立ち去りかけた背に、ガイが「気をつけて」と声を掛ける。

「……え? ええ。ありがとう」

 僅かに怪訝な顔をしたものの、セシルは背を向けて出陣していった。



 残されたナタリアは、焦りを隠さない口調で仲間たちに言った。

「カイツールに連れて行かれたら何もできなくなりますわ。陸路でケセドニアへ参りましょう!」

「冗談じゃないぜ。冷静に考えてみてくれ、戦場を突き抜けることになるんだぞ」

 ガイは言ったが、イオンは落ち着いていた。

「ケセドニアへ行くならそれしかないでしょうね」

「危ないですよ! そんなことさせられません!」

 アニスが慌てて制止の声をあげる。

「それでもアルマンダイン伯爵には会えますわ」

 ナタリアが言った。その瞳には揺るがぬ強い光が宿っている。

「わたくしたちが生きていることを知れば、この戦争に意味がないことも分かってくださるはず」

「行きましょう、アニス」

「イオン様に命じられたら仕方ないですぅ……。もう……」

 イオンに促され、アニスは目を閉じて肩を落とした。ガイも、肩をすくめてナタリアを見やる。

「やれやれ……。キミは強情だからね。お付き合いしますよ。でも気をつけてくれよ。ここでキミが命を落としたら元も子もないんだからな」

「分かっています。――ごめんなさい、よろしくお願いしますわ」

 そう言って、ナタリアは仲間たちに微笑んだ。





 一方、エンゲーブのルークたちはマルクト軍の協力を取り付け、住民の避難を開始していた。まずは老人や女子供を乗せられるだけアルビオールに乗せて、空からの搬送を行う。無論、一度で終わるはずも無いので、ノエルには何度も往復してもらうことになっていた。

「もしも予定より早く搬送が終わった場合、こちらに来てくれることになっています。まあ期待しない方がいいとは思いますが……」

 第一回目の搬送のために飛び去っていったアルビオールを見送って、ジェイドが言った。

「そうだな……。何回往復するか分かんないし」

 ルークがそう言うと、ティアが隣で言った。

「マルクト軍が兵を貸してくれただけでもマシだわ。背後を気にしなくてすむから」

「頑張るですの!」

 足元でミュウが訴える。

「うん。とにかくみんなを守り抜こう」

 ルークは頷く。数千人の民間人を引き連れての、長い逃避行が始まった。


 セシル将軍に対して「気をつけて」と言うガイ。以前バチカルの港で初めて(?)顔を合わせた時にも、何故だか慌てて、「ガイといいます」といきなり自己紹介をしてましたが……。カンのいい人は、何故なのか、もう大体分かっていますよね。

 

 戦場を突っ切るという無茶な行動を選択するナタリア。ルークがナタリア組にいる場合は、この提案は彼がします。ルークとナタリアって、思考回路はかなり似ているみたいです。なんだかんだ言って気が合うらしい。姉弟ぽくてよい。

 ナタリアの無茶な行動に驚きつつ、「キミは強情だからね、お付き合いしますよ」と言うガイ。流石に仲良し幼なじみです。ナタリアの性格がよく分かってる。ちなみにルークがいると、この辺が以下のように変わります。

ルーク「(ガイたちを見ながら、両腰に手を当てて)ナタリアが行くんなら、俺はナタリアを護るだけだ」
イオン「行きましょう、アニス」
アニス「(困り顔)イオン様に命じられたら仕方ないですぅ……。もう……」
ガイ「(困り顔)やれやれ。俺はしがない使用人だからな。おつきあいしますか」
ルーク「ガイ! 俺はそんなつもりじゃ……」
ガイ「(真面目顔)バーカ。ちょっとふてくされて言ってみただけだ。それより気をつけてくれよ。ここで二人が命を落としたら元も子もないんだからな」
ナタリア「(微笑む)ごめんなさい。よろしくお願いしますわ」

 ナタリアに対する時はとにかく優しいだけですが、ルークのことはちょっといじるガイ(笑)。

 つーか、ルークはナタリアの護衛のつもり満々なんですが(この後もセシル将軍に向かって『ナタリアを守る』発言をしてます)、ガイはナタリアとルーク二人を守る気です。大変だぁ。

 どっちにせよ、仲良し幼なじみ組ですね。


「この先は行かせん!」

 平野を行くエンゲーブの人々の前に、キムラスカの兵たちが立ち塞がった。

「ま、待て! 俺達は民間人だ!」

 ルークは叫ぶ。キムラスカ兵の一人が「何? 民間人が何故……」と怪訝な顔をしたが、そこに厳しい声が割り入った。

「そこの兵士、騙されるな! 預言スコアによれば、民間人の隊列に敵兵も潜んでいる! 殲滅せんめつしろ!」

 それは、キムラスカ軍の後方に少数見える神託の盾オラクルの兵士だった。その声に押されたように、キムラスカ兵たちがそれぞれの武器を手に襲い掛かってくる。エンゲーブの人々が悲鳴をあげて逃げ惑い始めた。

「待て! 俺はファブレ公爵家のルークだ! 攻撃をやめ……」

「来ます!」

 ジェイドが手の中に槍を現出させ、構えた。




「……なんだって俺が同じ国の人間を殺さなけりゃならないんだ!」

 戦いが終わった後で、ルークは悔しげに肩を怒らせていた。辺りには血の匂いが満ち満ちている。

神託の盾オラクルの兵士が関与していたわ。まさかダアトはキムラスカに義があると認めたの……?」

 戻ってきたティアの声が聞こえた。村人たちの様子を見に行っていたのだ。

「……村のみんなは!?」

「……三名死亡、一名重傷、四名負傷。以上よ。怪我人の手当ては済ませたわ」

「……少し多いですね。浮き足立ってしまった結果か」

 ジェイドが呟く。カッとしてルークは叫んでいた。

「そんな冷静に言うな!」

「冷静さを失えば、より多くの犠牲を生みます」

「……っ!」

「民間人を背負っている以上、戦闘になれば犠牲者は出る。お互い肝に銘じておきましょう」

「……ああ。でも、俺たちは戦うためにここにいるんじゃないのに、どうして話を聞いてもらえないんだ」

「ここは前線です。いつ攻撃されるとも分からない状況で、若い兵士にまともな判断を下せというのが無理だ」

 ジェイドは冷徹な目でルークを見やった。

「自分のことを思い返してごらんなさい。初めて人を殺した時、あなたは冷静でしたか?」

「それは……」

 ルークは言葉を詰まらせる。

 あの時は、ただ、恐ろしいばかりで。――死にたくなかった。それしか考えられなかった。

「……」

 唇を噛んでルークがうな垂れた時、一人の村人がこちらに近寄ってきた。中年の男性だ。

「あの……。そちらの軍人さんはタルタロスに乗っていたそうですね」

 おずおずと口を開いた村人に、ジェイドが柔和な笑みで答える。

「ええ。タルタロスを指揮していました。何かありましたか?」

「乗組員にマルコという兵士はおりませんでしたか?」

「……マルコは、私の副官でしたが」

「副官! そうですか! マルコはそんな出世を!」

 ぱっと村人の顔が輝いた。

「あいつは私らの自慢の息子なんです! かかあも喜ぶぞ!」

「あ……だけど……」

 ルークの顔が曇った。タルタロスに乗っていた百数十人のジェイドの部下たち。ルークは殆ど面識を持てなかったが、彼らは、みんな……。

「それで、あいつは今どうしてますでしょうか?  この戦いだ。前線に出兵させられたなんてこともあるんでしょうか」

「あ……あの……。息子さんは……」

「お父様にはお気の毒ですが、息子さんは敵の襲撃を受け戦死なさいました」

 ジェイドの口調は冷静で、感情が無かった。村人は息を呑んで、数歩ジェイドに詰め寄る。

「い、いつ!? いつですか! この間タルタロスがエンゲーブに来たときは、あいつも元気で……!」

「その後です。導師を狙う不逞のやからに襲われ、名誉の戦死を遂げられました」

「……そうでしたか、マルコは導師イオンをお守りして……」

 わなわなと体を震わせていた村人は、やがて視線を落とし、力の抜けた笑みを浮かべる。

「あの子が生まれたとき、ローレライ教団の預言士スコアラー様に言われたんです。この子はいずれ高貴な方のお力になるって。だから軍人になるように言われて……」

 そこで、こみ上げた嗚咽にうっと喉を詰まらせる。

「馬鹿野郎め、いくら立派なことをしても、親より先に死んじまうとは……!」

「残念です」

 そう言うジェイドの声色はあまりに淡々としていた。

「息子は死んじまっても……指揮官は無事なんですね。仕方のないことですが……」

 呟いて、村人は歪んだ顔を隠すように背を向ける。彼が小さく「……くそぅ……!」と吐き捨てたのを、ルークの耳は確かに聞いていた。




「なんだよ。預言スコアに詠まれたから軍人になったなんて……。マルコは預言のせいで死んだも同然じゃないか」

 村人が立ち去ってから、ルークは波立つ気持ちを抑えきれずに口を開いた。

「死ぬって分かってたら、軍人になんてならなかっただろ」

預言士スコアラーも死の預言スコアだけは詠まないわ……詠んではいけないの」

 ティアが言った。

「例え、その預言の先にある結果が死だと分かっていても、それを告げることはない。死の預言は誰もが動揺するものだから……。それが教団の決まりなのよ」

「そんなのおかしい……。それじゃアクゼリュスと同じじゃないか!」

「ここで苛ついても何にもなりません。今はエンゲーブの住民をケセドニアへ送り届けることだけに集中してください」

 相変わらず淡々とジェイドが言う。「……わかったよ」と、ルークは暗い顔で頷いた。





「まずい! マルクト軍だ!」

 一方、カイツールを発ったナタリアたちは、間もなくマルクト兵士たちの襲撃を受けていた。

「彼らと戦う必要はありませんわ」

「分かってるよぅ!」

 言いながらもアニスはイオンを庇うように前に出て身構える。その背後からイオンが訴えた。

「待ってください! 僕たちに戦う意志は……」

 だが、兵士たちは襲い来る足を一瞬も緩ませることがない。

「……きゃあ!」

 ナタリアの悲鳴を合図にして、ガイとアニスはそれぞれ武器を取った。




「なんてことですの……。話すら聞いてもらえないなんて……」

 どうにか戦いを終わらせた後、ナタリアは暗い顔でうな垂れていた。

「相手もそれだけ必死なんだよ、生きるために……。ここは最前線だ。良いだの悪いだの言ってられないんだろう」

 ガイがそう慰める。イオンも瞳を伏せていた。

「残念ながら、それが戦場の現実です。否応なしに戦わなければなりません」

「マルクトの人達もみんないい人なのに……」

 イオンの傍で、アニスも表情を曇らせている。今までの旅の中で、どちらの国の人間とも触れ合ってきた。誰もが変わらない。それぞれが同じ人間だ。

「とにかく、できるだけマルクト軍に遭遇しないよう気をつけるしかありませんわ」

「ああ、そうだな……。無益な殺生はごめんだ」

 ガイが頷いた。

 だが、この混沌とした戦場で、その決意はいかに虚しいものであったことか。

「て、敵だ! 覚悟!」

「行くぞ! キムラスカのいぬ!」

 襲い掛かってくるマルクト兵は後を絶たない。さほど時を経ずに一行は再び武器を取った。

「……くっ!」

 ガイは剣を振るう。呆気なく切り裂かれて地に倒れた兵士は、地面を掻きながらまだ幼さを残した声で呻きを上げた。

「……母さん……。痛い……。足が……目が……。かあ……さ…………」

 動いていた指先が止まる。

「……初陣だったんだな……。……母さん……か。――……すまない」

 目元を歪めて呟くガイの向こうで、アニスが緊迫した声で叫んでいた。

「ナタリア! 後ろっ! 後ろっ!」

 倒れていたマルクト兵が立ち上がり、剣を持ってゆらゆらとナタリアに迫っている。ナタリアは振り向いたが、弓矢を持つ手は凍ったように動かなかった。

 その睨み合いは、ほんの一瞬だったが。

「……敵に情けをかけたか……? そんなことじゃ生き残れないぞ……」

 そう言って。兵士もまた、剣を振るうことなく倒れた。――動かなくなる。

「大丈夫!?」

 アニスがナタリアに駆け寄る。倒れた兵士に視線を落として、ナタリアは暗く呟いた。

「……ごめんなさい。わたくし……とどめを刺せませんでしたわ」

「……仕方ないさ。誰も好きで人を殺したりはしない。だが……」

 ガイが言う。ナタリアは頷いた。

「ええ……分かっています。わたくしはもっと現実を知らなくてはなりませんわね……」

 そして呟く。

「殺さなければ殺される……。この戦場こそ、真の魔界クリフォトですわ……」

「……そろそろ日が落ちる。今日はこの辺りで野営にしよう」

「ケセドニアまでは、まだまだだね」

 ガイとアニスが言った。




 火は、兵士たちを呼び寄せる。

 暗闇の中で出来る限り息を詰めて休んでいた時、微かに下草を踏み分ける音がして、ナタリアたちはハッと顔を向けた。

「誰かいますの!?」

「私です」

 静かに言って現われたのは、淡い金髪の若い男だ。マルクト軍の青い装備を身につけている。つい最近、グランコクマで一行を出迎えてくれたマルクト軍少将、アスラン・フリングスだった。

「驚いたな、フリングス将軍か……。どうしてこんなところにいるんだい?」

 ガイにとっては殆ど面識のない男だが、ルークたちの話で彼が信用に足る人物であることは理解している。僅かに緊張を抜いてそう言うと、「そうですわ。この辺りにはキムラスカ軍が陣を布いていますのよ!」と咎めるようにナタリアが叫んだ。

「部下が皆さんの姿を発見して、私に報告してくれたのです」

「それで将軍自ら斥候ですか?」

 アニスが言う。その探るような声音を、ガイは継いだ。

「まさかナタリアを戦いに利用するつもりじゃないだろうな」

 人間性と行動は必ずしも一致はしない。彼が知人への礼よりも祖国の利益を取る可能性は充分にあるのだ。

「それはないでしょう。そうですね、将軍」

 だがイオンはそう言った。フリングスは頷き、口を開く。

「どうか誤解しないでください。私はあなたたちに危害を加えるためにきたわけではありません。偵察でもない。ただこの戦場を立ち去っていただきたいのです」

「どういうことですの」

 ナタリアが問い返す。

「このままですと、我々はあなた方を殺さなければなりません。あなた方はキムラスカ陣営の方ですから」

「わたくしたちは、この戦いを終わらせるためにケセドニアへ向かっています。たとえ危険でも引き返すことはできませんわ」

「それは無茶です。これから闘いはますます激しくなる。私は、部下にあなた方だけを攻撃しないようにとは言えません」

「そりゃ将軍の言うことも分かりますよ。だけど私たちも退けません。――あ、だからって戦いたいわけじゃないですよぅ」

 アニスの言葉を聞いて、フリングスは暫く考え込んでいた。やがて視線をナタリアに向け、こう言う。

「分かりました……。事情を知る者には、皆さんを攻撃しないよう通達してみます。ですが……戦いになってしまっても、兵たちを恨まないでやって下さい」

 そして、彼は再び夜の闇の向こうへ消えていった。

「わたくしたちのために危険を冒して来て下さったのに……。申し訳ありませんわ」

「だが、このまま戦争が続けば、外殻大地の崩落にみんな巻き込まれる。違うかい?」

 ナタリアの呟きにガイはそう返した。もうここまで来てしまったのだ。後はやり抜くしかない。

「……ええ。ですが、明日からもマルクトの方とは争いたくありませんわね」

「ええ。慎重に行きましょう」

 イオンがそう言った。





 ルークたちはエンゲーブの住民を連れてルグニカ平野の西進を続けていたが、キムラスカ軍の襲撃はやまなかった。

「国王陛下に栄光あれ!」

 そう叫んで襲い掛かってくる兵士たちを斬り伏せながら、ルークは歯噛みする。

(どうして俺は……同じ国の兵士と戦わなくちゃならないんだ!)

 呼びかけたところで彼らの攻撃は止まらない。常にキムラスカ軍の背後に控えている神託の盾オラクルの操作もあるのだろうが、何より、冷静に話の出来るような状況ではなかった。

(何かが狂ってる。……これが、戦争なのかよ)

 ルークたちや護衛のマルクト軍が懸命に護っていたが、エンゲーブの人々の被害はジワジワと増えつつあった。

「困ります! ここで騒ぎを起こしては、更にキムラスカ軍を呼び寄せます!」

 ティアの声が聞こえる。彼女を押しのけて、数人の若い村人たちが先頭のルークとジェイドの前に雪崩込んできた。

「何の騒ぎです。キムラスカ軍が寄ってきますよ」

「おい、どうなってるんだ! キムラスカ軍から守ってくれるんじゃなかったのかよ!」

 村人の一人がジェイドに詰め寄って叫ぶ。度重なる襲撃で不安に耐え切れなくなったようだった。

「す、すいません。俺が皆さんをちゃんと護れなくて……」

「そんなことじゃ困る! 残っても投降しても危険だって言うから、こうしてあんたたちに付いて来てるんだ!  危険な目に遭いたい訳じゃない!」

 しどろもどろに謝罪するルークを怒鳴りつける村人に、ティアが頭を下げた。

「……お怒りはごもっともです。私たちも細心の注意を払います。申し訳ありません。ですがここで騒ぐと危険です。どうかもう暫く協力していただけませんか」

「……と、とにかく しっかりしてくれなきゃ困る! 怪我人だって多いんだ」

「お願いしますよ。マルス……俺の仲間の一人はかなり出血してて……。あいつ、もうすぐ結婚するんですよ。なのにこんな所で死なせるわけにはいかないんです!」

「……はい」

 ルークはただ頷く。

「私が手当てに行くわ」

 進み出たティアを連れて、村人たちはそれぞれ背を向けて列へ戻り始めた。去り際に一人がジェイドを睨み、言い捨てる。

「どんなお偉い方か知らねぇが、軍人なんてのはちっとも役にたたねぇな!」

「……なっ」

 思わず、ルークは村人の背に向かって一歩踏み出した。しかしジェイドの冷静な声がそれを止める。

「およしなさい」

「……だけど!」

「言う通りにしなさい。それより、手当てが完了したらすぐに移動しましょう。ここに留まっているのはよくありません」

 ジェイドの顔色はまるで変わっていない。何事もなかったかのようなその顔を、ルークは割り切れない思いで見詰める他なかった。




 やがて日が暮れ、逃避行に二度目の夜が訪れた。

「すいません。こちらに治癒術師ヒーラーの方か、或いは傷薬の予備はありませんでしょうか?」

 二人の村人がルークたちの元へやって来た。一人は年若い男性、もう一人は三十代ほどの女性だ。

「私も一応治癒術師ヒーラーです」

 ティアが立ち上がる。「負傷者ですか?」とジェイドが訊ねた。

「いえ……。私が足を痛めてしまって……」

 言ったのは女性の方だ。なるほど、少しばかり片足を引きずっていた。

「あなたは……? 確か女の人はアルビオールへ行くようにって……」

 ルークが首を傾げる。女子供と老人はアルビオールで搬送する手はずだったのだが。

「俺たちもそう言ったんですがね。ミリアムさん、自分はいいから他の人を運んであげて欲しいって聞かなくて……」

「そんな……」

 表情を曇らせたルークを見て、ミリアムというらしいその女性は「いいんです」と微笑んだ。

「勿論、私も死ぬつもりはありませんけれど。ただ、私は主人も子供も亡くしてしまいましたから……」

「戦争のせいですか」

 目を伏せた彼女に思わず訊ねると、傍らの村人が代わりに答えた。

「こちらの旦那さんはアクゼリュスの鉱山で働いていたんだよ」

「……!」

 一瞬で、ルークは己の全身の血が凍りついたのを感じた。

「丁度、息子が主人に会いたいと、あの街に滞在している時に消滅事件が起きて……」

 ミリアムの声が遠くに聞こえている。

 

『自分はエンゲーブからの単身赴任なんですが、間の悪いことに息子が遊びに来た日に障気が出ちまって。息子を無事帰さねぇと気が気じゃないんでさぁ』

 

 そう言って困ったように笑っていた男の顔が思い浮かんだ。何という名前だっただろう? ……そう、確かパイロープだ。彼の周囲を駆け回っていた子供は、ジョンと言った。『兄ちゃんたちがおいらを助けてくれるんだろ!』と見上げてきたジョンに、あの時の自分はまともに返事も返せなかった気がする。早くエンゲーブに帰ってお母ちゃんに会いたいよ、と彼は言っていたのに。ただ街の惨状に怯え、嫌悪して目を背けるばかりで。

 

『母……ちゃん……助け……て……。父ちゃん……たす……け……』

 

 そうだ。パイロープとジョンは、崩落したアクゼリュスの残骸と共に、魔界クリフォトの泥の海の中へ沈んでいった。助けを求めて手をさし伸ばしながら、一歩も動けなかった自分の目の前で。

「……あ……あの……」

 麻痺したような舌を動かして、ルークはミリアムに向けて言葉を押し出しかける。――が。

「お気の毒です」

 それより早く、ジェイドが彼女に話しかけていた。

「ですが、それならなおの事あなたは生き延びなければなりませんね。亡くなったご家族の分も……」

「……はい……」

 頷いた彼女からティアに視線を移し、ジェイドは「ティア、彼女を頼みます」と促した。そして傍らの兵を呼んで指示を下す。

「お二人を隊列にお連れしなさい」

 小走りに駆け寄った兵は敬礼し、村人とミリアムを隊列へ先導して行った。ティアもそれに従っていく。

 彼らの姿が見えなくなってから、ルークはジェイドに食って掛かった。

「ジェイド! どうして謝らせてくれなかったんだよ!」

「今ここで真実を告げて、無用な混乱を招きたくありません。罪悪感から逃れたいのでしたら、後日、あの方が村に戻られた時にでもお願いします」

「――っ。そんな言い方しなくてもいいだろ!」

 言い募るルークに、ジェイドが顔を向ける。眼鏡の底から冷たい視線がルークを貫いた。

「アクゼリュスを滅ぼした大罪人を信じ、命を預けて付いてこようというマルクトの民がいるのならば、教えて欲しいものです」

「……!」

「謝罪はご自由ですが、時と場所ぐらいはわきまえてもらいたいですね。……今、我々が優先すべきことを考えて下さい」

 うな垂れて、ルークは唇を噛みしめた。

「……きっと、恨まれるな」

「仕方ありません」

 ジェイドの声はどこまでも冷徹だ。





 ナタリアたちもまた、戦場での二日目を迎えていた。少人数での移動なので足は速かったが、戦闘は断続的に続いている。

「卑怯なり……キムラスカ……。アクゼリュスを滅ぼしておきながら……我が帝国に踏み入るとは」

 その時ナタリアが倒した兵士は、地に倒れ伏してそう呻きを上げた。

「そ……それは違うのです!」

「……恨む……。貴様たちを……う……」

 兵士は沈黙する。

「結局この戦いは……お父様が預言スコアに詠まれた繁栄を得ようと、手段を選ばなかったために起きているのですわね……」

 暫く兵士の遺骸を眺めた後に、ナタリアはそう呟いていた。

「そして、兵はお父様の指示に従って戦う。……こうして国のために――いえ王族のために、罪のない人々が亡くなっていくのですわ」

「ナタリア……」

 俯く彼女の名を、ガイは静かに呼んだ。

 襲い来るマルクト兵の中には「皇帝陛下! 万歳!」と叫ぶ者がいる。そう叫ぶことで死の恐れを払拭するかのように。

「わたくしたちの暮らしは、彼らの流血に支えられている……?」

「そうだよ。みんな自分の国とか王様を信じて命を懸けてるんだよ。この戦争が預言スコアに振り回されてるなんて知らないで」

 アニスが少し怒ったような口調で言った。ガイも口を開く。

「支配階級は前線を知ることがないからな。ナタリアにとっても俺たちにとっても衝撃的ではあるが……。今はこの争いを止めるためにケセドニアへ向かう方が重要だ。……違うかい?」

 イオンが静かに語りかけた。

「ナタリア。あなたの衝撃は確かに大きいでしょう。ですが今はやるべきことがあるのではありませんか?」

「……そうですわね。ここで立ち止まっている訳には参りませんわね」

 ナタリアは目を上げた。




 ナタリアたちがそこから少し先へ進んだ時だった。

「あ! あなた方は……」

 またもマルクト軍に遭遇したのだが、彼らは今までの兵のように問答無用で襲い掛かっては来なかった。武器を収めて話しかけてきたのだ。

「わたくしたちを知っているのですか?」

 ナタリアが問うと、彼らはゆっくりと歩み寄ってきた。

「フリングス将軍からお話を承っています。ここは……」

 その時だ。装備をガチャガチャと鳴らしながら、別の一軍が駆け込んできたのは。

「敵だ! 殺せ!」

 ナタリアにとっては見慣れた赤いキムラスカ軍の装備。しかし、それ以上に神託の盾オラクルの装備の者が目立っていた。武器を収めていたマルクト兵たちに、彼らは容赦なく襲い掛かる。怒号と悲鳴が沸き起こった。

「おやめなさい! わたくしはナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア! 剣を収めなさい!」

「ナタリア殿下? まさか! 殿下は亡くなられたと……」

 ナタリアの叫びを耳にしたキムラスカ兵が、ぎょっとしたように動きを止める。だが、神託の盾オラクル兵の大声がそれを叱咤した。

「こいつら、マルクトとつるんでいた。おおかた偽者だ! 斬り捨てろ!」

「やめなさい! この方は本物の……」

「残念ですが、導師イオン。我らは大詠師派! 戦争の継続が重要なのです。どいて下さい!」

「やめてっ!」

 ナタリアの悲鳴はもはや意味を成さない。全てが入り混じった混戦となった。



「駄目です……。皆さんもう……」

 混戦の果てに、生き残っていたのはナタリアたちだけだった。膝をついて倒れたマルクト兵の様子をみていたイオンが、立ち上がって首を左右に振る。

「……全員息がない。俺たちをかばった結果がこれか……。なんてこった……!」

「そんな……。私たちを助けようとしてくれてたのに……」

 ガイも覗き込んでいた顔を上げて言い、アニスが悲憤を込めた声を落とした。

「そしてわたくしは、自国の兵すら手にかけた……。もう……何がなんだか……」

 ナタリアは呆然としている。ガイは己の拳を握った。

「どうしてこんなことに……。くそっ! 俺は馬鹿か? いたずらに死体の山を作っちまってるじゃないか!」

「むごいことです……」

 イオンが目を伏せた。




「ケセドニアまで、あと半分って所か……」

 やがて日は落ち、ナタリアたちは休息をとった。交わされる言葉は昨夜以上に少ない。

 ふと、誰かが近付いてくる気配が感じられた。全員がハッとする。

「誰です!?」

「セシル少将であります」

 現われたのは、カイツールで別れたキムラスカの若き女将軍だった。部下の姿は見えない。「どうしてここが……」とガイが呟いた。

「部下から、皆さんのお姿を見かけたと報告を受けました。何故このような場所に……」

「言ったはずですわよ。この戦いをやめさせるためにも、アルマンダインに会うのです」

「無茶です! 今ならまだ我が軍の勢力圏です。どうかカイツールへお戻り下さい。危険すぎます」

「このまま争いが続けば、みんな死んでしまうかもしれないんですよ」

 ガイが言った。だが、セシルは強い瞳で見返してくる。

「我が軍は負けません」

「そうではありません。この戦場が危険なのです。このままではキムラスカ軍もマルクト軍も消滅しますわ」

「殿下……。私の立場もお考えください」

 ついに懇願するような声を漏らしたセシルに、しかしナタリアは硬い言葉を掛け続けた。

「あなたには申し訳ないと思っています。でもこうすることが、わたくしの使命なのです」

「……分かりました。ではせめて護衛をつけさせて下さい。お願いします」

「分かりました。その厚意はありがたく頂戴しますわ」

「ただ、あまり大所帯になると逆に悪目立ちしかねない」

 口を挟んだガイに、セシルは頷く。

「はい、了解しました。明日以降、我が軍の一個小隊を皆さんの背後につけます。どうかお気をつけて……」

 頭を下げると、彼女は再び闇に紛れた。





 突然何かを投げつけられて、ルークは「……いてっ」と顔をしかめた。

「ご主人様!」

 ミュウが足元で騒いでいる。

 それを投げつけたのは、昨日怒鳴り込んできた中の一人だった。そう、仲間を死なせたくないと訴えていた若者だ。

「そいつは、あんたたちが守りきれなかった男の形見だ」

「!」

 ルークは息を呑んだ。

「マルスは死んだよ! 来月には結婚するはずだったのに……。ニーナにどう伝えればいいんだ! この人殺し!」

「──……す……すいません」

「謝るならニーナに謝ってくれ! あいつは……マルスはもう帰ってこないんだ!」

「……本当に……すいません……」

「お気の毒です」

 ジェイドが言った。起伏に乏しい声に耳を打たれたように、若者は激しい視線をギッと彼に向ける。

「お気の毒? お気の毒とはなんだ! お前のせいだろう! お偉い軍人さんよ!」

「ジェイドを責めるのはやめろ! 俺が……俺が、みんなを護れなかったから!」

 ルークは言ったが、若者は一蹴する。

「どっちだっていい! あんたは謝ることもできないのか?」

「私はあなたに謝罪するつもりはありません」

「なんだと!?」

「あなたは本気でお怒りのようですから、私も取り繕わず言わせてもらいます。

 私は皆さんを無事にケセドニアへ送る約束をした。皆さんは、命の危険を承知で私たちに付いてきた。――これは契約です。命を落とした方には申し訳ないと思いますが、生きている方に対しては、謝罪よりもするべきことがあると思っています」

「……軍人なんてのは本当に最低だ!」

 吐き捨てて、若者は隊列へ戻って行った。

「大佐……。よかったんですか?」

 ティアがジェイドの顔を窺っている。彼の表情は、まるで穏やかに見えるが。

「適当な嘘で宥めることも出来ましたが、そうするのは流石に気が引けました」

 やや俯き、眼鏡を軽く押し上げてジェイドはそう言った。

「ジェイド……」

「さあ、行きましょう。まだ休息場所ではありませんよ」




「今日も犠牲が出てしまったわね……」

 ルークたちが定めていた休息場所に辿り着いた時、既に日は暮れていた。櫛の歯が抜けるように、村人たち、そして護衛のマルクト兵の数は減っていたが、足は遅れがちになっている。

「結局、沢山の人が亡くなった……。俺はなんて役立たずなんだ……」

 ルークは呟いた。力が足りない。一つの体、一本の剣で護れるものは、どうしたってたかが知れている。

「……七名死亡。六名負傷。昼に怒鳴り込んできたあの人も亡くなっていたわ」

 再びティアが言って、辛そうに顔を俯けた。

「私たち……あの人の名前も知らないのね……」

「……ここまで来ればケセドニアは目と鼻の先です。落ち込んでいる暇はありませんよ。村人の多くは私たちに不満を持っている。彼らの不安や不満を刺激しないようにしないと、全滅という事もありえます」

 ジェイドがそう言ったとき、彼らの元へ近寄ってくる人影があった。

「昨日はありがとうございました」

 そう言って頭を下げたのは、ミリアムだ。

「ティアさんのおかげで足の調子が良くて、今日は無理なく歩けましたわ」

「いえ、治癒術師ヒーラーとして当然のことです」

 ティアは表情を改めて、生真面目にそう返す。その様子を見て、ミリアムはふと訊ねてきた。

「ティアさんはダアトの神託の盾オラクル騎士団に所属していらっしゃるのよね?」

「え……ええ。そうです」

「ご両親は心配なさらない?」

「……二人とも亡くなりましたから」

「あら……ごめんなさい。そうだったの。寂しいわね」

「……いえ……」

 ティアが僅かに首を横に振ると、ミリアムは悲しげな色を瞳に滲ませた。

「そんなことないでしょう? 私も主人と息子を失って……心にぽっかりと穴が空いてしまったわ」

「……」

 ルークは俯いて唇を噛んでいる。ジェイドが口を開いた。

「……ご主人とお子さんは残念でしたね」

「ええ……。こんな時、預言スコアも人の寿命まで教えてくれればと思いますわ。そうすれば残された時間を大切にしようと思いますもの」

「……そうですか? 寿命を知らされたら自暴自棄になったりしませんか?」

 ティアが訊ねる。人は死の預言の前では冷静ではいられない。だからこそ、その預言だけは伝えられることがない。それが教団の教えだ。

 ミリアムは少し考え込む素振りをした。

「そうですわね。その可能性もありますけど、家族を亡くした今の私には……」

 そう言って、ハッとした様にティアに視線を戻し、笑う。

「いやだわ。教団の方針に反対しているわけではありませんよ。愚痴です、ただの……」

「いえ、お気持ちはよく分かります……」

「ありがとう。……本当に、預言スコアはいつ戦争が終わると伝えてくれるのかしらね」

 ミリアムは悲しみを混じらせた笑みを浮かべている。弾かれたように顔を上げ、「預言スコアは……」とティアは言いかけた。しかし口をつぐみ、言い直す。

「……いえ。預言がどうあろうとも、戦いは終わらせなければなりません」

「でも、預言がまだあと十年続くと詠まれれば、戦いはそれだけ続くでしょう?」

「……十年続くと詠まれても……。続かせてはいけないと思います」

「……ティア……」

 驚いて、ルークは彼女の名を呟いた。確かに今までも彼女は戦争を止めようとしていた。それでも、ここまできっぱりと預言を否定する姿は初めて目にした気がする。

 どう感じたのだろうか。「……ダアトの方なのに恐ろしいことを仰るのね」と咎めるようにミリアムは言った。しかし、小さな声でこうも付け加える。

「でも……戦争が早く終わればいいとは、私も思いますわ」

 そして再びティアに頭を下げ、彼女は隊列に戻って行った。

「……意外な言葉を聞きましたね」

 ミリアムの姿が消えてから、ジェイドがティアを見て呟いた。ルークは訊ねる。

「ティア、お前変わったな。……でも、いいのか?」

「……預言スコアから外れるなんて本当は恐いわ。でも……。真実を知ってしまった以上、預言に依存するのはもっと恐い……」

「そうでしょうね。複雑な心境なのは私にも分かりますよ」

 ジェイドが軽く頷いている。

「でも普通の人は、ホントに預言に依存してるんだな」

 ルークは息をついた。

「俺は閉じ込められてた分、預言には殆ど触れてなかったからよく分かんないけど」

「そうですね。預言は生活の一部ですから……」

 ジェイドがそう声を返す。彼ですらも預言を完全否定はしていなかった。それほどに、この世界の根幹から末端に至るまで預言は浸透し、根付いているのだ。

「預言が人の寿命まで教えてくれたら、か。……俺は預言で自分の寿命を知らされるなんてごめんだ。それでも知らされたなら、全力で回避してやる」

「残念だけれど、今の世の中は、預言に唯々諾々と従う人ばかりよ。……その方が楽だから」

 ティアが返した。「それが人々の本音ですね」とジェイドが結論付ける。

「……そんなの、不自然だ」

 閉ざされた、不自然な世界で育ってきたが故になのか。

 頑迷なまでの態度で、ルークはそう呟いていた。





 ナタリアたちにとっての三日目の戦場が明けた。今日からは、セシル少将に派遣されたキムラスカの小隊に護られての旅路だ。

「ナタリア殿下、護衛は我々にお任せください」

「我々が殿下をお守りいたします」

「ありがとう。ですが、わたくしたちは停戦の為にケセドニアへ向かっているのです。出来うる限り、無益な戦闘は避けねばなりません」

 敬礼と共に訴えてくるキムラスカ兵たちにそう言い聞かせ、ナタリアたちはケセドニアへの進路を取った。

 しかし、戦闘は避けられない。

「あ……あなた方は!」

 やがて遭遇したマルクト軍の中に、昨日と同じようにナタリアたちに声を掛ける兵がいた。

「わたくしたちを知っていますの?」

 そう訊ねたナタリアの隣で、「お前はセントビナーの救出作戦の時の……」とガイが目を瞠った。

「はい、サムスです。救助活動でご一緒致しました。皆さんは、どうしてここに……」

 言いかけた彼を、傍らから上役らしい兵が怒鳴りつける。

「サムス! 何を戸惑っている! 殺せ!」

「ですが、この方たちはカーティス大佐と共にセントビナーの住人を……」

「馬鹿者! キムラスカ軍が一緒にいるではないか。あれは敵だ! 軍法会議にかけられたいか!」

「お、お待ちなさい!」

 ナタリアは慌てて叫ぶ。が、意に介されはしなかった。

「サムス! 行くぞ!」

「お……お許しをっ!」

 サムスは武器を取り、他のマルクト兵たちと共に突っ込んでくる。

「ここは我々にお任せを!」

 その時、背後に従っていたキムラスカ兵たちが前に駆け出して来た。

「危険ですわ!」

「もとより、我らはこのためにここにいるのです」

「我らのことは気にせず先をお急ぎください!」

「……ですがっ!」

「行こう、ナタリア。……彼らの厚意を無駄にするな」

 言い募るナタリアをガイが促す。短く嗚咽を漏らして、ナタリアはその場に背を向けた。

「キムラスカどもめ、仲間の仇っ!」

「殿下たちを傷つけさせはせぬ!」

 武器の打ち合う音と幾つもの苦鳴が聞こえる。キムラスカの武器に貫かれてサムスが倒れこむのを、ナタリアたちは遠く目にした。

「サムスさん……! あの時は味方同士だったのに……。こんな……」

 アニスが泣きそうな声で言っている。

「……やはり、このような争いは起こしてはならないのですわ。戦場でさえなければ分かり合える人たちですのに!」

「サムス……。すまない……」

 ガイは目を閉じ、低く声を吐き出した。

「つくづく、同じ国の人間を殺すってのは最悪だ……。こんなのはもう願い下げだぜ……!」

「イオン様……。こんなの酷いです……」

「……これが現実です。だからこそ変えなくてはいけません。こんな現実はあまりにむごすぎます……」

 傍らで目に涙を溜めているアニスに、イオンはそう言葉を向ける。

「これで何人でしょうか……」

「え?」

 ふと落とされたナタリアの呟きに、アニスが目を瞬いた。彼女はひどく暗い目をしている。

「わたくしたちが手にかけた人の数……ですわ。いえ、人の数だけではありません。魔物も含めると……」

「ナタリア。それを考えるのは悪いことじゃないさ。だけど今考えた所で、結論は歪んだものになるんじゃないか? キミは今、全ての殺生を否定しているんだから」

 ガイが言った。痛々しそうに幼なじみの少女を見ながら。

「人は矛盾に満ちた生き物です。今日と明日では正義も理想すらも簡単に変わる。あなたの言うことはその矛盾の一つですね。人が思考し、感情を持ち、言葉を操るようになってからの最大の矛盾でしょうか」

 そうイオンは言った。

「確かに、魔物だから殺していいとは言えません。ですが、その理屈を突き詰めて考えていくと人は物を食べることも出来なくなる。……生きるということは、命を消費することなのかもしれません」

「……もー! そんなの仕方ないよ! ブウサギは可愛いけど、食べなきゃ自分が死んじゃうでしょ。極論反対っ!」

 アニスが重い空気を跳ね除けようとするかのように叫んだ。

「……そうですわね。わたくし……今は何もかも否定的に考え過ぎなのですわね……」

 ナタリアは、ただ視線を落としている。




 やがて夜が訪れたが、残ったキムラスカの護衛は僅かだった。報告に向かう、と言って姿を消した彼らを見送って、ナタリアたちは休息をとる。

「ケセドニアまではもう少しだな」

「ええ……。――! 誰です!?」

 その時、闇を割って現われた人影があった。――今度は二人。

「……キムラスカ軍!」

「マルクト軍かっ!」

 青蒼の軍服をまとった淡金髪の男と、真紅の軍服をまとった金髪の女が、それぞれに緊迫した声で叫んだ。フリングスは身構え、セシルはスラリと剣を抜く。

「二人ともやめるんだ!」

 ガイが叫んだが、二人は構えを解かない。ナタリアが厳しい声音で言った。

「セシル将軍、剣を収めなさい。この方はわたくしたちに害をなす方ではありません」

「しかし!」

「セシル将軍……? あなたがキムラスカ軍の……」

 フリングスがそう声を漏らす。

「そう言う貴公は何者だ」

「……アスラン・フリングス少将だ」

「フリングス将軍かっ!」

「二人とも。俺たちは停戦のためにケセドニアへ向かっているんだ。その俺たちの前で戦うのを見過ごしたりしないぜ」

 睨み合う二人を見渡してガイが言う。フリングスが構えを解いた。

「そのことで参りました。皆さんの後ろにいるキムラスカの護衛を外していただきたいのです」

「なにを言うか! この先はマルクトの勢力圏だ。私は護衛を増やす許可を受けに来たのだぞ!」

 叫んだセシルに、フリングスは静かに告げた。

「この辺りからケセドニア周辺の我が軍には、事情を話してある。ナタリア殿下たちだけならお通しするが、キムラスカ軍が付いていては攻撃せざるを得ない」

「そのようなこと信用できるものか」

「待ちなさい、セシル将軍。フリングス将軍は信頼できる方です」

 言い募るセシルを、ナタリアの声が抑えた。

「ですが……」

「もう決めたのです。セシル、わたくしに命令させないで下さい……」

 その時、フリングスが言った。

「もしもの時は、私が自ら命を断つ」

 セシルは、暫くの間黙り込んだ。やがて、抜いていた剣を腰の鞘に収める。

「……貴公ごとき命でナタリア様の高貴なるお命の代わりになどならぬが、ここはナタリア様のために私が引き下がろう」

「申し訳ない」

 頭を下げ、フリングスはセシルに向けて微笑んだように見えた。

「では二人とも、このまま争わず自陣に戻るのです。分かりましたね」

 ナタリアの声を合図に、二人の将軍は静かに闇の中に立ち去った。

「明日はマルクト兵が襲ってこないんだね」

 どこか安心した口調でアニスが言った。

「だからといって気を抜いてはなりませんわ。こちらも護衛がいないのですから」

「分かってるよぅ」

 そう言いながらも、今まで仲間たちを覆っていた重苦しい空気は和らいでいる。





「見事な戦いっぷりだな。本当は戦わないでくれる方が安全なんだが」

 四日目。ケセドニアを目前にして再び起こった戦いの後で、傷の手当てをしているルークたちのもとに一人の村人がやって来た。

「あなたは、食材屋の……!」

 その男の顔を見て、ティアが声を高くしている。エンゲーブの市場で露店を開いていた男だ。見覚えのある彼に顔を向けて、ルークはハッと声を詰まらせた。

「おじさん! 怪我を……」

「腕をちょっとやられただけだ……死にやしないさ」

 笑う男に向かい、「今、治療します!」とティアが駆け寄っていく。

「ごめん、おじさん。俺……しくじってばかりで」

 うな垂れると、男は笑って言った。

「何言ってるんだ。お前さん頑張ってるじゃないか」

「だけど、俺……。俺がもっとしっかりしていれば……」

「……おいおい。あの時の勢いはどうした? 俺は泥棒じゃねぇー、って大した元気だったじゃないか」

「あ、あの時は……」

 ルークは僅かに頬を赤らめた。初めて屋敷の外の世界に飛ばされて、エンゲーブを訪れて。買い物のルールさえ知らなかったルークは、この男の露店のリンゴを勝手に食べてしまったことがある。

「お前さんたちを悪く言う奴らもいるが、チーグルの森のライガを退治してくれたのはお前さんなんだろ? 噂には聞いてるよ。俺はお前さんたちを信じてる。俺たちの命を預けてるんだ。しっかり頼むぞ」

「……はい!」

 治療が済むと、男は隊列に戻って行った。

「分かってくれる人がいて良かったわね」

 ティアがルークに向けて笑いかけた。「うん」と頷くと、「信頼には応えたいわ」と彼女は生真面目な顔をする。

「ルーク、ケセドニアまであと僅かです。慎重に行きましょう」

「分かってる」

 声を掛けてきたジェイドに向かい、強い眼でルークは頷いた。





 一方、ナタリアたちはまたも戦乱に巻き込まれていた。フリングスの約束通り、マルクト軍が襲って来ることはなく、それに安堵していたのも束の間。

「ここから先へは通さぬ!」

 ガチャガチャと装備を鳴らしてナタリアたちの前に立ち塞がったのは、神託の盾オラクル騎士団の兵士たちだった。

「何故神託の盾オラクル騎士団がわたくしたちを!」

「僕たちの存在が邪魔なのでしょう」

 険しい顔でそう言ったイオンに気付いて、神託の盾兵の一人が「ひ……!」と怯えた声を上げた。

「何を怯んでいる!」

 上役らしい傍らの兵が叱咤する。

「ですが、導師イオンが! 恐れ多い……!」

「馬鹿者! 導師だけは生け捕りにすればよい! さあ行くぞ!」

「しかし、じ、自分はまだ先兵になったばかりで……」

「ええぃ! 逆らうならば貴様は軍規違反だ!」

 言うなり、兵は怯えていた兵を刺し殺した。「ぎゃっ」と声を上げて、刺された兵は倒れて動かなくなる。

「な、なんということを!」

 あまりの事態にナタリアが色を変える。

「ユリアよ、我らに勝利の預言スコアを! きたるべき未曾有の大繁栄を約束したまえ!」

「死ねっ!」

 襲い掛かってくる神託の盾オラクル兵に向かい、ナタリアたちは武器を取った。




「同士討ちか……。狂信者ってのは一番タチが悪いな」

 戦いが終わった後、肩で息をつきながらガイは剣を腰に収めた。

「それにしても、俺たちのケセドニア行きを妨害してくるとはな。モースの仕業か?」

「分かりませんわ。こちらの兵たちの独断かもしれません……」

「こいつらはこいつらで、預言スコアの通りに生きることが正しいと信じてるんだな。教団は預言スコアを守る為にあるんだから、仕方ないんだろうが……やりきれないな」

 ガイは悲しげに周囲に散らばった死体を見下ろす。

「どうしてなんですの。預言通りに戦争を継続したいといっても、ここにいたら自分も外殻大地と共に崩落して死んでしまいますのに……」

「悪い預言は、そうならないための警告だなんて考え方、イオン様とか一部の人だけですよぅ」

 アニスが言った。イオンの考え方は、教団の中ではかなりの異端なのだ。モースの掲げる預言の絶対遵守じゅんしゅこそが、現代の社会通念となっている。

「ええ……。教団はまだ預言スコアを支配し、預言に支配されています」

 イオンは悔しげに目を伏せた。

「しかし、こうなったのは僕が無力だからです。もっと統率力があれば……。やはり、僕は……」

「イオン様……」

 何事か考え込むイオンを、アニスが気遣わしげに見詰めている。

「とにかく、行こうナタリア。ケセドニアは目の前だ。この戦いを終わらせるんだろう?」

「……ええ。これもモースの悪影響ですわね。このままにはしておけません。行きましょう! あの男の望む戦争など、必ずくい止めてみせますわ!」

 ガイに促されて顔を上げ、ナタリアは仲間たちを見渡して強い声を出した。










 ルークたちはついにケセドニアに到着した。

「結局……犠牲者が出ちまったな……」

 ルークは呟く。エンゲーブの村人たちは勿論、護衛のマルクト兵にも犠牲は出ていた。

「そうですね。しかし素人を連れての大移動です。大多数が無事だったことは不幸中の幸いだと言えますよ」

 ジェイドが返してくる。彼はどこまでも冷徹な仮面を外さない。対照的に、ルークは打ちひしがれていた。

「亡くなった人にも生きてる人にも……合わせる顔がない……」

「でも逃げる訳にはいきません。自分のしたことには責任を取るしかないんですよ。分かりますね?」

「うん……」

 そこに、先に街へ入ったはずの村人の一群が近付いてきた。ルークはビクリと身を震わせて青ざめる。

「あ……。す、すみません! 俺、皆さんを、ちゃんと護れなくて……」

 頭を下げるルークを見て、村人たちは互いに目を見交わした。

「顔を上げてくれよ。俺たちはお前さんに礼を言いに来たんだからな」

 そう言ったのは、食材屋の男だった。

「おじさん……?」

「確かに犠牲は出ちまった。死んだ奴らはどんなに謝られても帰って来ない」

「………」

「だが、俺たちが無事にここまで来れたのは、お前さんたちが体を張ってくれたおかげだ。感謝してるよ」

「平和になって村に戻れたら、また顔を見せに来いよ。美味い野菜を食わせてやるからな」

 どこかぎこちなくではあるが確かに笑顔を見せて、村人たちはそれぞれに街へ入っていった。ルークは緩んで泣きそうな思いでその背を見送っている。

「良かったわね、ルーク」

 傍らに歩いてきて、ティアが言った。

「私たちの手で全ての命を護れる訳じゃないわ。でも、護れたものもある。……今は、そのことを感謝しましょう」

「そうですの。ご主人様は頑張りましたの」

「ティア、ミュウ……」

「さあ、私たちも街へ行きましょうか」

 ふ、と口元に笑みを浮かべ、ジェイドがルークたちを促した。――その時。

「ルーク!」

 聞き覚えのある声に呼ばれて、ルークは驚いて振り返った。

「ナタリア!? どうしてここに。停戦はどうなったんだよ」

 街の入口から、ナタリアの率いる仲間三人が歩いてきていた。

「総大将のアルマンダイン伯爵が、大詠師モースとの会談のためにケセドニアへ向かったと聞いたのですわ。それで……」

「せ、戦場を突っ切ったのか!? 馬鹿かお前っ! 危ねーだろ!」

「あ、あなただって同じことをなさったのでしょう!? ここにいるのですもの! てっきりグランコクマへ向かったのかと……」

「グランコクマは要塞都市です。開戦と同時に外部からの進入は出来なくなりました」

 ジェイドが答えた。ガイとイオンは顔を赤くして睨み合っている二人の王族を宥めにかかっている。

「まあ、二人とも落ち着けって」

「そうですよ。この街に停戦の重要人物がいるんです。ここで言い争う前に話し合いに行きましょう」

「あ……そうか。そうだな、そっちの方が重要だもんな」

「そうでしたわね。急ぎましょう」

 二人は気を取り直したようだ。図らずも仲間たちは合流し、共にケセドニアの街へと足を踏み入れた。


 戦争イベントのジェイドルートは、エンカウント数が高いと大変悲惨なことになります。ルークを認めてくれた食材屋のおじさんも大怪我をしてしまい、ルーク(またはジェイド)の腕の中で恨みと呪いの言葉を吐きながら息絶えるのです。うぅううう、後味悪すぎ。

 そしてジェイドは彼が死ぬとすぐに「死体を片付けます」と事務的に振舞う。「こうして死体を抱いていても仕方がありません」と。ルークがおらずガイがいる場合だと、流石のガイが「ジェイド……。あんたって奴は……」と睨んでしまう。大変嫌な雰囲気になります。

 でもあんまりひどすぎるから、このノベライズでは希望を持たせました。つーか、食材屋のおじさんがここで死んでも、後にエンゲーブが復活すると元気で店番している気がするのは気のせいでしょうか。

 

 戦争イベントは、ホントに興味深いやり取りが満載です。ノベライズには出来る限り詰め込んでみましたが、シチュエーション的にどうしても入れられなかったものがあるので、以下に紹介してみることにします。

 

ジェイドルート
 こちらのルートのテーマは「理を最優先させるジェイド」だと思います。村人たちにどんなに責められ詰られてもジェイドは冷静で、冷たいというのか、いっそ相手を怒らせる、挑発的ともいえる態度をとっています。しかし、ジェイドは何も感じていないのではなく、感情を抑えて「やるべき事」を優先させるのを第一としていることが、イベントを追っていると見えてきます。ある種不器用です。ジェイドのこの感情を追うには、むしろルークがいない方がいいです。ルークがいると何故か責任者がルークになってて(そんなの普通ありえんと思うが)、ルークがペコペコ謝って打ちひしがれる方向に行っちゃうので。ジェイド好きならガイかティアがこちらに来るようにした方がいいと個人的には思います。

 俺の親友が死んだ、謝れと村人が怒鳴り込んできた時。ジェイドは「先へ進むことを優先すべきだから謝らない」と言い切って村人を激昂させます。するとガイが言う。「おいおい、あんたならもっと上手くかわせただろうに……」。

 ノベライズでは混ぜちゃいましたが、ここでジェイドが「適当に宥めることも出来たけれど、そうするのは気が引けた」と、弱音とも取れる言葉を返すのは、実はルークがいない時だけです。お子様ルークの前では「大人」の仮面を崩しませんが、精神的にある程度成熟しているガイやティアの前だとこう漏らすのです。強がりな大人。……なんか萌えだと思ってるのは私だけですかそうですね。でも、ちょっと好きなシーンです。

 

 後、ジェイドルートにガイがいると、三日目の野営時に、彼の女性恐怖症に関する伏線的なエピソードが現われます。個人的には「ルークとガイ」の組み合わせの場合が好きなので、それを以下に紹介。

#ジェイドたちのところにミリアムがやってくる
ミリアム「おかげ様で足の調子がよくて、今日は無理なく歩けましたわ。あら……糸がほつれて……」
#ミリアム、ガイに近付く
ガイ「う、うわぁっ!?」
#ミリアムを突き飛ばす勢いで飛び退いて、背を向ける
ミリアム「きゃあっ!?」
ガイ「(向き直る)あ!? す、すみません……」
ミリアム「……あの……私、何か不愉快なことをしてしまいましたか?」
ガイ「い、いえ、違うんです。ただ……俺が……」
ミリアム「あの……顔色が悪いですが……」
ガイ「……なんだ? 何か思い出しそうなのに……」
ガイ(死臭……悲鳴……。俺は……? 隠れてる?)
#ガイ、返事もせずにぼんやりしている
ジェイド「すみません。彼も疲れているのでしょう。お怪我はありませんか?」
ミリアム「え……ええ。なんだか申し訳ありませんでしたわ」
ガイ「……いえ。私の方こそ、ご婦人を傷つけてしまうとは自分が情けないです。(腕を振って優雅に貴族式の礼をする)本当に失礼致しました」
ミリアム「あら……おかしい人。まるでどこかの貴族みたいだわ」
ジェイド「……」
ガイ「(汗)……そ、そうですね。すいません」
ミリアム「いいえ。お大事に。お騒がせしました」
#ミリアム、立ち去る
ルーク「ガイ……大丈夫か? いつものアレとは違う感じだったぞ」
ガイ「(ルークを見る)……ああ。そうだな。どうしてこんなにびびってるんだろう」
ジェイド「……ここが戦場だからかもしれませんね。とにかく少し休みなさい」
ガイ「……そうさせてもらうよ。すまないな」
#ガイ、立ち去る
ルーク「あいつ……どうしたんだろう」
ジェイド「……彼の女性恐怖症、相当根深いものですね。きっと生死に関係のあることだったのでしょう」
ルーク「ガイ……」

 

 ジェイドルートは話が悲惨で、油断するとすぐに「すみません ごめん… 俺のせいだ」と打ちひしがれるルークの姿ばかり見せられてしまい、大変嫌な気分になりますが、しかし、上手く成功させて犠牲殆ど無しでケセドニアへ到着できた時のカタルシスには大きなものがあると思います。

ジェイド「死傷者はありません、まあ、転倒して怪我をした人などはいますがね」
ルーク「ああ……よかったよ。みんなが無事で」
#村人たちが歩み寄ってくる
村人A「みなさん! ありがとうございます!」
村人B「みんな無事ここまで来れました。これは俺たちから感謝の印です!」
#アイテム入手
村人A「感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」
村人B「お疲れ様でした!」
#村人たち、立ち去る
ルーク「……へへ……」
ジェイド「よかったですね。それに、本当によく頑張りました」
ルーク「(ジェイドを見る)いや、ジェイドやみんなが助けてくれたおかげだよ」
ジェイド「誉めても何も出ませんよ」
#ルークと仲間、声を上げて笑う
ジェイド「さあ、私たちも街へ行きましょう」

 あのジェイドに! 「よかったですね」「本当によく頑張りました」と言ってもらえるのですよ!! 外殻大地編では嫌味言いっ放しだったジェイドに!

 もうすげー嬉しいというか、なんか「俺、これからもジェイドの期待に応えられるよう頑張るよ!」という気分にならざるを得ないとゆーか。はわはわ。

 

ナタリアルート
 個人的には、こっちのルートには、話の流れ的にはイオン(アニス)がいるといいと思います。また、「前向きに成長するルーク」の姿が見たい人は、こちらにルークを来させるのがいいと思います。(ジェイドルートだと、ネガティヴに打ちひしがれていくルーク、になりがちなので。)

 王族たるナタリアが悲惨な戦場を目にして衝撃を受ける姿と、無力感に打ちひしがれ、導師としてすべきことを決意し始めるイオンの姿が描かれます。

 で。

 前にも書きましたが、ルークとナタリアってホント、思考回路よく似てるんですよ。キムラスカ王家の気風なのかなぁ? 今までのエピソードでもこの二人実に気が合ってましたよね。何か事件が起こったとき、必ずこの二人が揃って「許せないっ! なんとかしよう!」と拳を握って走り出してます。その後を追っかけてフォローするガイとティアは大変だぁ。

 

 ナタリアルートは、ある意味、外殻大地編のルークの追体験にもなっています。

 襲い掛かる兵士に止めが刺せず、危うく命の危機に陥りかけるナタリア。「止めが刺せませんでしたわ」と皆に謝ります。ルークがいる場合、ここで彼はこう言います。「……わかるよ。誰だってできるだけ殺したくないって思うさ。だけど……」。確実に、ルークは自分が止めを刺しそこなってティアに怪我を負わせた時のことを思い出していたと思います。あの時は、ルークが周囲から諌められていた。今はルークが諌めている。仕方がない、殺せと。

 悲惨な状況を見すぎたナタリアは、ついに「自分は今までどんなに多くの人や魔物を殺したのか?」と悩み始めてしまう。ルークがいる場合、彼は言います。

「……自分のしていることがおかしいんじゃないかって、俺だって思う。だけどそうやって、自分を疑う気持ちを忘れなければ暴走したりはしないと思うぜ。アクゼリュスの時の俺みたいに……」

 このようにナタリアを諌めるルークですが、ルークがいる時といない時のテキストを比較してみると、ルークとナタリアって殆ど同じことを考えて似たようなドツボにはまるくせに、二人が一緒にいるとどっちかがどっちかを諌める行動を取り始めるんで、凄く面白いです。

 死に行くマルクト兵に「アクゼリュスを滅ぼしながら我が国に攻め入るとは」と恨みを吐かれた時。ルークがいない場合だと、ナタリアは「結局この戦いは……お父様が預言に詠まれた繁栄を得ようと手段を選ばなかったために起きているのですわね……」と落ち込んで仲間たちに諌められます。しかしルークがいると、ルークが落ち込んでしまい、それを仲間たちと共にナタリアが諌めてくるのです。

#足元で死んでいる兵士を見下ろすルーク
ルーク「結局この戦いは……預言通り、俺のせいで始まったんだな」
ナタリア「ルーク。落ち込んでいる場合ではありませんわよ。自分のせいだと思うのなら、自分の手でやめさせればいいのです。わたくしも……お父様の愚行を……娘として止めようと思います」

ティア「ナタリアの言うとおりだわ。あなたがここで傷ついて反省しても事態は変わらない……。何かを変えるには行動するしかないのよ」
ガイ「ナタリアの言うとおりだ。辛いかもしれないが、動かなければ何も始まらないぜ」
アニス「ルーク! そこで悲劇の王子様してても、私たち誰も同情しないよ」
イオン「行きましょう、ルーク。できることを一つずつ……そうでしたよね?」

ルーク「……そうだったな。やるしかない。やるしかないんだ……」

 そしてまた、ナタリアの強さに心打たれるルークの姿も見られます。

ナタリア「……こうして国のために――いえ王族のために、罪のない人々が亡くなっていくのですね」
ルーク「ナタリア……」
ナタリア「わたくしたちの暮らしは彼らの流血に支えられている……?」
#仲間たちの諌め
ナタリア「……そうですわね。ここで立ち止まっている訳には参りませんわね」
ルーク「(ナタリアを見る)……おまえってすげぇな」
ナタリア「?」
ルーク「いや……。なんでもない。俺の自覚が薄すぎるだけなんだ。きっと……」

 ティアもそうでしたが、ルークの周りの女の子はむちゃくちゃ強い人ばかりですな。精神的に打ちのめされていても、諦めず、王女としての責任を負おうとするナタリア。そんな自覚が殆どなくて、アクゼリュスで責任を投げ出そうとしたルーク。むぅ。

 なお、この時ナタリアが呟いた「わたくしたちの暮らしは彼らの流血に支えられている」という言葉は、ラスボス戦での彼女の台詞に繋がっています。ナタリアにとってこのケセドニア行きがどんなに重大な体験になったかが分かります。

 

 どうでもいいけど、ティアの発言ってやっぱキツいなぁ…。同じ意味のこと言っててもガイとは天と地の差がある…。悪いけど落ち込んでる時はティアよりガイと同行したい。

 ジェイドと一緒にいると柔らかくなるんですが、ジェイドがいないと辛辣すぎる。死者が出て皆が落ち込んでるときに「悼むのは少しにして先へ行きましょう」と、ジェイドとほぼ同じことを言うのです。ジェイドとティアって、軍人としての姿勢や理屈の組み立てがそっくりなんですね。

 あと、戦争イベント中ミュウが一言も喋らないのが気になる。イオンは珍しく喋りっ放しなのに。

 

 猛烈にどうでもいい話ですが、戦争イベント中でナタリアがフルネームを名乗る時、ランバルディアではなく「ランヴァルディア」と言う。舌が回ってるなぁと思いました。(ノベライズでは「バ」にしておきました。)

 

 ケセドニアの宿に行くと、避難しているエンゲーブの村人たちと話せます。ローズ夫人の無事も確認できます。


 ケセドニアの中央部の国境地帯では、マルクトとキムラスカの兵たちが柵越しに睨み合っていた。互いに武器は抜いていない。しかし一発触発の空気が漂っている。中立地帯であるが故の光景であろう。

 柵の向こう、キムラスカの領土にアルマンダインとモースの姿を発見して、ナタリアは鋭い声を発した。

「アルマンダイン伯爵! これはどういうことです!」

 周囲にいたキムラスカ陣営の誰もが、振り向いてぎょっと口を開けた。

「ナタリア殿下!?」

 アルマンダインが愕然とした顔を作る。キムラスカの兵がナタリアに敬礼し、さっと左右に退いた。

「わたくしが命を落としたのは誤報であると、マルクト皇帝ピオニー九世陛下から一報があった筈ですわ!」

「しかし実際には殿下への拝謁が叶わず、陛下がマルクトの謀略であると……」

「わたくしが早くに城へ戻らなかったのはわたくしの不徳の致すところ。しかしこうしてまみえた今、もはやこの戦争に意味はない筈。直ちに休戦の準備に掛かりなさい」

「アルマンダイン伯爵。ルークです」

 そこで、ルークがゆっくりと前に進み出る。アルマンダインはビクリと身を震わせた。ナタリアを見た時とは明らかに様子が違っている。ごくりと唾を呑み、「生きて……おられたのか……!」と声を絞り出すようにした。

「アクゼリュスが消滅したのは、俺が――私が招いたことです」

 ルークの声は静かだった。澄んでいると言っていいほどに。

「非難されるのはマルクトではなく、このルーク・フォン・ファブレただ一人!」

此度こたびの戦いが誤解から生じたものなら、一刻も早く正すべきではありませんか!」

「それに、戦場になっているルグニカ平野は、アクゼリュスと同じ崩落……消滅の危険があるんだ!」

 ナタリアとルーク、二人の若き王族は交互に言葉を発した。凛として威厳すら感じさせるその声と姿に、周囲のキムラスカ兵たちはじっと聞き入っている。

「さあ、戦いをやめて今すぐ国境を開けなさい!」

 その声に打たれたように、兵たちが一歩、国境から退しりぞいた。

 ――だが。

「待たれよ、ご一同。偽の姫に臣下の礼を取る必要はありませんぞ」

 アルマンダインの隣に立っていたモースが進み出て、そう言い放った。

「無礼者! いかなローレライ教団の大詠師と言えども、わたくしへの侮辱は、キムラスカ・ランバルディア王国への侮辱となろうぞ!」

 カッと顔に血を上らせてナタリアが叫んだが、モースはまるで怯みはしなかった。薄く笑いを浮かべて言葉を続けていく。

「私はかねてより、敬虔な信者から悲痛な懺悔を受けていた。曰く、その男は、王妃のお側役と自分の間に生まれた女児を、恐れ多くも王女殿下と摩り替えたというのだ」

「でたらめを言うな!」

 ルークが叫ぶ。

「でたらめではない。ではあの者の髪の色を何とする。いにしえより、ランバルディア王家に連なる者は赤い髪と緑の瞳であった。しかしあの者の髪は金色こんじき。亡き王妃様は夜のような黒髪でございましたな」

 周囲の視線が一斉にナタリアに向いた。彼女の顔が血の気を失っていく。

「この話は陛下にもお伝えした。しっかとした証拠の品も添えてな。バチカルに行けば、陛下はそなたを国をたばかる大罪人としてお裁きになられましょう!」

「そんな……そんなはずありませんわ……」

 うわごとのように呟く彼女の前の道を、再び兵たちが塞いだ。一時は開かれようとしていた国境は、またも厳重に閉ざされる。

「伯爵。そろそろ戦場へ戻られたほうがよろしいのでは」

「……む、むう。そうだな」

 モースにそう言われ、アルマンダインは気を呑まれたまま、背を向けて歩き出す。

「おい、待てよ! 戦場は崩落するんだぞ!」

 遠ざかる彼の背にルークが呼びかけた時、嘲るようなモースの声が響いた。

「それがどうした」

 ルークたちは息を呑む。

「戦争さえ無事に発生すれば預言スコアは果たされる。ユリアシティの連中は崩落ごときで何を怯えているのだ」

「大詠師モース……なんて恐ろしいことを……」

 ティアが言った。その声は僅かに震えている。つい最近まで彼女はモースを敬愛していた。幾らそれが幻だったと悟っていても、面と向かって見せ付けられるのは、耐え難い。

「ふん。まこと恐ろしいのはお前の兄であろう」

 部下の声を意に介することもなく、モースは鼻で笑った。目をティアからイオンに巡らせる。

「それより導師イオン。この期に及んでまだ停戦を訴えるおつもりですか」

「いえ、私は一度ダアトへ戻ろうと思います」

 穏やかにそう言ったイオンに、仲間たちは驚いて視線を向けた。

「イオン様!? マジですか!? 帰国したら、総長がツリーを消す為にセフィロトの封印を開けって言ってきますよぅ!」

 アニスが動転した声を上げる。

「ヴァンに勝手な真似はさせぬ。……流石にこれ以上、外殻の崩落を狙われては少々面倒だ」

 モースが言ったが、「力ずくでこられたら……」とアニスは言い募った。――と。イオンがアニスに微笑んだ。

「そうなったら、アニスが助けに来てくれますよね」

「……ふへ?」

 妙な声を出してしまったアニスに向かい、イオンは朗々と告げていく。

「唱師アニス・タトリン。ただ今を以って、あなたを導師守護役フォンマスターガーディアンから解任します」

「ちょっ、ちょっと待って下さい! そんなの困りますぅ!」

 叫んだアニスに、イオンは一歩近付いて囁くように言った。

「ルークから片時も離れずお守りし、伝え聞いたことは後日必ず僕に報告して下さい」

「――!」

「頼みましたよ。皆さんもアニスをお願いします」

 イオンは仲間たちを見回して頭を下げ、自らモースの方へ歩いて行った。兵士たちが無言で退き、柵を開ける。イオンは難なく国境を越え、モースの隣に並び立った。

「ダアトへ参りましょう」

「御意のままに」

 モースが頭を下げ、そのまま彼らは立ち去って行ってしまった。

「イオンの奴、何考えてんだ……」

 その姿が見えなくなってから、ルークは戸惑った声を落とした。

「アニスをここに残したということは、いずれは戻られるつもりなのでしょう。それより――」

 言って、ジェイドがナタリアを見る。

「……わたくしなら、大丈夫です。それよりもバチカルへ参りましょう。もはやキムラスカ軍を止められるのは父……いえ国王陛下だけですわ」

 そう言うと、ナタリアは仲間たちに背を向けた。そのまま、さ迷うようにゆっくりと歩き始める。普段の彼女のあの強い瞳は窺うことが出来なかった。

「それなら国境を越える方法を探さないといけないわ」

「ここは国境線上の街です。きっと通り抜けられる場所がありますよ」

 ティアとジェイドが話している傍で、ガイがルークに近付いてきた。声を潜めるようにして話しかけてくる。

「ルーク。暫くはナタリアから目を離すなよ。心配だ」

「……ああ」

 頷いて、ルークは離れた場所に一人佇むナタリアの背に視線を送った。


 ナタリアの偽王女疑惑が浮上し、イオンはモースの側に行ってしまう。

 今までのルーク個人の悩みから、物語は周囲へ広がっていきます。ルークは周囲にどう働きかけていくでしょうか。



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