「あらん、坊やたち」

 シェリダンに入ってすぐに、漆黒の翼の三人組と遭遇した。

「お、お前っ! 漆黒の……」

「よく会うでゲスな。ま、アッシュの旦那に協力してるとあんたたちに関わるんでゲスが……」

「アッシュとあなた方はどういう……」

 ナタリアが詰問するような声を出す。何しろ、彼らは有名な盗賊団だ。アッシュのことが心配なのだろう。

「金で雇われてるだけさ」

 ヨークが澄まし顔で答える。

「妬かないのよ、お嬢ちゃんv

 ノワールにそう言われて、ナタリアは憮然とした。

「さっき、ベルケンドの研究者をここへ運んだところだ」

「アッシュ坊やをあんまりカリカリさせないでネv こっちがとばっちり喰うのよんv

 そう言うとノワールは街の出口の方へ歩き出す。進路にぼけっと立ったままのルークにムッとして、ぺしっと腕で押し退け、その後ろにいたガイをもそうしようとしたが、ガイの方が飛び退いて壁に貼り付いた。こうして開いた道を、三人組は悠々と通って立ち去っていく。

「……なあ、俺たちすっかり馴れ合ってるけど、捕まえなくていいのか?」

 今更のようにルークが訊ねた。

「でも、アッシュに雇われているんでしょう? それなら、ナタリアを逃がすためバチカルで市民を扇動してくれたサーカスの人間って、多分彼らよ」

 ティアが指摘をする。だとすれば彼らは功労者だ。

「なんだかんだで、あの年増に助けられてるんだよねぇ。だからって仲良くする気にもなれないけど」

 アニスは少し顔を顰めた。イオンを誘拐されたり、バカ高い通行料を取られそうになったり、諸々の恨みを忘れてはいないらしい。

「金の亡者だもんね! もーやんなっちゃうよ!」

「おやおや。アニスと同じですね」

 すかさずジェイドに笑われて、アニスは頬を膨らませた。

「ぶー。私は金の亡者じゃなくて、お金の恋人です! お金を愛してるの〜vv

「まあ確かに、最初は邪魔ばっかしてきたのに、最近は助けられることが増えてきて変な感じだぜ」

 ルークが苦笑すると、ジェイドが肩をすくめて失笑した。

「漆黒の翼こそ、次は敵かもしれない連中ですけどね」

 元々、ジェイドは漆黒の翼を逮捕するべく追っていた事があるのだ。だが、今更といえばそうだろう。

「仕方ありませんねぇ、今回も見逃してあげましょうか。アッシュと繋がりがあるのは、今のところ彼らだけですから。アッシュの動向を把握しておくためには、馴れ合うのも悪いことではないですよ」

 彼はそう結論付けた。





「おや、あんたたち!」

 シェリダンの集会所は、実質、『め組』の本拠地でもある。訪ねると、扉の前にタマラとキャシーが立っていた。

「聞いたかしら? スピノザのせいで……」

「ああ、話は聞いてるよ」

 言い掛けたキャシーにルークは頷いて返す。

 スピノザがヴァンに地核震動停止計画について告げたために、ヘンケンとキャシーはベルケンドにはいられなくなった。ベルケンドはヴァンの息のかかった場所であり、危険だからだ。それを聞いたからこそ、アッシュが彼らを逃がしたというこのシェリダンを訪ねたのである。

「キャシーさんは……怪我もないようですね。ご無事で何よりです」

 ガイがキャシーを見つめて、優しく微笑んだ。

「あ、あら、イヤだわ。こんないい男に心配されるなんて……」

「なんだい、キャシー。隅に置けないねぇ」

 老女たちが女学生のようにはしゃぐと、少々ガイはたじろぐ。

「……いや、そういう訳じゃ……」

「ところでお二人はここで何を?」

 ティアが生真面目に話を切り替えた。

「ああ……。ちょっと『い組』と『め組』の対立に嫌気がさしてね」

 キャシーが答えた。タマラも、「耐えられんわい」と渋い顔をしている。「入れば分かるよ」と言われ、ルークたちは顔を見合わせて集会所の扉を押した。




 集会所の中では、老人たちがぶるぶると震えながら言い争っていた。

「……そんな風に心が狭いから、あのとき単位を落としたんだ!」

「うるさいわい! そっちこそ仲間に売られたんじゃろが! 文句を言うなら出て行け!」

「そうじゃそうじゃ!」

 ヘンケンとイエモンが怒鳴り合い、アストンが囃し立てている。そこで、アストンがぽかんと見つめているルークたちに気が付いた。

「おや、あんたたち!」

「おお! 震動周波数の測定器は完成させたぞ」

 ヘンケンが胸を張ると、ぼそりとアストンが言った。

「わしらの力を借りてな」

「道具を借りただけだ」

 ヘンケンはムッとして言い返している。

「元気なじーさんたちだなぁ……」

 ガイが困ったように頭をかいた。

 ダアトからここまでヘンケンらの安否を気遣っていたわけだが、それが馬鹿らしくなるほどだ。

「皆さん落ち着いて。喧嘩はやめて下さい」

 ティアが真剣な面持ちで宥めている。一方で、ジェイドは飄々としていた。

「測定器はお預かりします」

 歩み寄って、ヘンケンからそれを受け取る。

「話は聞いたぞい。振動数を測定した後は、地核の震動に同じ震動を加えて揺れを打ち消すんじゃな?」

 イエモンが言った。

「地核の圧力に負けずにそれだけの震動を生み出す装置を作るとなると、大変だな」

 思案顔でヘンケンが呟く。「ひっひっひっ」とアストンが笑った。

「その役目、わしらシェリダンめ組に任せてくれれば、丈夫な装置を作ってやるぞい」

「360度全方位に震動を発生させる精密な演算機は、俺たちベルケンドい組以外には作れないと思うねぇ」

 ヘンケンが顔を顰めて言い返す。「100勝目を先に取ろうって魂胆か?」とイエモンが色めき立った。

「睨み合ってる場合ですの!? このオールドラントに危険が迫っているのに、い組もめ組もありませんわ!」

 流石に見かねて、ナタリアが一喝した。

「そうですよ。皆さんが協力して下されば、この計画はより完璧になります」

「おじーちゃんたち、いい歳なんだから仲良くしなよぉ」

 イオンが穏やかに取り成し、アニスは可笑しそうに笑った。

 孫世代の子供たちのたしなめには、何か感じるところがあったのかどうか。

「……わしらが地核の揺れを抑える装置の外側を造る。お前らは……」

「分かっとる! 演算機は任せろ」

 ムツッとした口調ながら、イエモンとヘンケンは互いに言った。ようやく口論に区切りが付いたようだ。

「よーしっ。頼むぜ『い組』さんに『め組』さん!」

 内心ホッとして、ルークは明るく激励した。




「地核の震動を打ち消すための譜業機器はイエモンさんたちに任せて大丈夫なようね」

 集会所を出て歩きながら、安堵した様子でティアが言った。

 あの後、しばらく意見を交し合うなどしたので、既に夕方近い。彼らは集会所のすぐ裏手にある宿へ向かっていた。

「そうですね。僕たちは震動周波数を計測するためにタタル渓谷に向かわないと」

 いずれにせよ出発は明日の朝になりますが、と言いつつイオンが微笑む。その後ろでガイが言った。

「『め組』と『い組』が力を合わせたら、俺たちが帰ってくる頃には もう準備出来ているかもしれないな」

「そうですね。彼らの腕は確かですからね」

「でも、イエモンさん達、本当に仲悪そうね……」

 ティアが困ったように笑うと、イオンが応えた。

「仲がいいから争ってしまうのではないでしょうか?」

「そうなのかしら……」

 なんとなく納得できない。小首を傾げたティアに向かって、ガイが笑った。

「ティアとルークの関係と同じだな」

「……」

「わ、悪かったって!」

 ティアの切れ長の目で睨まれるとなかなかに怖い。引きつった笑いを浮かべて、ガイは少し後ずさった。

「俺とティアがどうしたって?」

 そこに、先に宿に行って手続きをしていたルークが駆け戻って来た。

「な、なんでもないわっ。それより、夜まで少し時間があるわね。いつもの特訓はどうする? あなたはもう、最低限の制御は出来るみたいだけど……」

「最低限だろ。だからまだ続けるよ」

「分かったわ」

 ティアが頷くと、後ろでアニスがニヤニヤと笑った。

「やっぱり、仲がいいよねぇ〜v

「もう、違うってば! ルーク、行きましょう」

「え? どこに行くんだよ」

「街の外よ。今日は実践もしたいと思うから」

「おい、待てって」

 慌てて、ルークはつかつかと行ってしまうティアを追いかけた。




 シェリダンのあるラーデシア大陸は乾燥し、礫漠化が進んでいる。だが、街から少し離れた場所に一本だけ樹が立っていて、緑の枝葉を広げていた。誰かが植えたのかもしれない。その木陰にルークは立っていた。

 まずは、音素フォニムを『聞く』。それを全身のフォンスロットで吸収し、己の体内の第七音素セブンスフォニムと干渉させる。そうして生じた力を、絞り込み、正確に目標に向けて解き放つ。

 何度試しても楽には使えない力だ。ほんの少し気を緩めれば、力が暴れ出しそうになってしまう。

 それでも、幾つか並べた小石の中で、狙っていたものだけを砕いて消滅させることが出来た。

「やった!」

 歓声を上げ、ルークは疲労した腕をだらりと下げる。――その時、背後の岩陰から唐突に黒い影が躍りかかった。

「あ……危ない!」

 飛び出して、ティアは太腿に装備していたナイフを投げ放つ。どう、と一頭の狼型の魔物ウルフが転がったのを見て、ルークが目を剥いた。

 刹那、ティアの脳裏に過去の情景が閃いた。あの時は、自分がルークの場所に立っていた。二年前のユリアシティで、訓練中に突如神託の盾オラクル兵に襲い掛かられたのだ。



『……危ない!』

 そう叫んだのはリグレットだった。襲い掛かってきた兵を彼女は一瞬で射殺したが、自らも腕を斬られ、その場に両膝をついた。

『……きょ……教官……』

『隙を見せるな。隙を作る時は敵を誘い込む時だけだ』

『教官! お怪我を!』

『……大したことはない。それよりお前に怪我はないか?』

『は、はい! でも、どうして神託の盾オラクル騎士団の兵が……』

『ヴァン総長に敵対する改革派の急先鋒だろう。馬鹿な奴だ。こんなことをしても何も変わらない』

『教官……だけど殺すなんて……』

 ティアは恐ろしげに呟いた。目の前に死体がある。だった今まで生きて動いていた、けれどもう物言わぬものが。

『――甘いなティア。お前が正式な神託の盾騎士団の団員になれば、戦場に出て行くこともある。敵を見逃せば、そのツケは自分の命で払うことになる』

 小さくティアは息を呑んだ。

『……それが軍人の仕事なんですね』

『それが嫌なら、最初に閣下がお前を止めたように、軍人になろうとは思わないことだ。戦わずとも閣下のお力になれることはある』

『……は……はい……』

 ティアが答えると、リグレットはうつむいて何事か呟いた。

『――……改革派に飾り物の頭を作った方がいいか』

『教官? 何か仰いましたか?』

『いや、なんでもない』

 リグレットは顔を上げる。そして、この日の訓練は終わりになった。



(あの時、教官は何を仰っていたのかしら……)

 

「これを見てくれ!」

 ルークの声を聞いて、ティアは意識を浮上させた。彼は倒れたウルフを見つめている。その周囲に仔ウルフが数匹群れていて、乳の辺りを鼻で探りながらきゅうきゅうと鳴いていた。

「ここに巣を作っていたのね……」

「この魔物、まだ息があるんだろ?」

「ええ。気絶しているだけよ」

 確認してそう答えると、ルークはぱっと笑顔になった。

「じゃあ、あいつを回復してやってくれよ、ティア。それで俺たちはここを離れよう」

「ルーク……」

 ティアは少し驚いてルークを見た。

『正しく』行動しようと思うのなら、親ウルフはおろか仔ウルフまで全て殺しておくべきだろう。肉食の魔物は人を襲う。情に惑わされた行動は後の禍根を生み、結局は己の首を締めることになる。

『――甘いな、ティア』

(教官ならそう言うわ)

 そして自分自身、かつてチーグルの森でルークに同じように言ったのだ。それが『正しい』ことだったから。

 ライガの卵を潰すことをためらうルークに苛立った。それは、自分が捨てた感傷に、彼が子供のようにしがみついていたからだ。愚かだと思った。……少し、悔しかった。

 ……でも。

「そうね。そうしましょう」

 頷くと、何かが軽くなった気がした。

 間違っているだけなのかもしれない。けれど、もしかしたら道は幾つもあるのかもしれない。定められた最善で最短のものだけではなく、小石だらけで転んで傷つくのだとしても。

(――あの頃の私が、そう信じていたかったように……)

 知らずに笑みを浮かべて、ティアは譜文を唱え、横たわったウルフに治癒の光を向けた。


 これからタタル渓谷へ行きますが、現在のアルビオールは限られた地形の移動しか出来ないため面倒です。タタル渓谷のある大陸の西側の砂浜からしか上陸できません。何周してもそれを忘れてて、上陸場所を探して右往左往する私…。

 

 二回目のタタル渓谷にはイベントが一杯です。とりあえず、まだ取っていなかった場合は渓流を渡った先にある(ウィンドスピリッツがウロウロしている辺りの)岩を破壊してミュウウイングを入手です。

 ミュウウイングはクリアに必須ではないのですが(私は一周目はミュウウイングもミュウファイア2も取っていませんでした)、あると宝箱が取れたりサブイベントに進めたりします。

 このイベントは可愛いです。隠されていた遺跡の中で、第三音素サードフォニムの結晶を発見するルークたち。

ミュウウイング
アニス「あ、あれって……」
ルーク「ザオ遺跡でも見たな。確か音素フォニムが集中してるフォンスロットだっけ」
ミュウ「ここにもあったですのー!」
#はしゃぐミュウ、音素の結晶に駆け寄る。
ジェイド「ええ。高濃度の音素です」
ティア「このあたりだと第三音素サードフォニムかしら」
ジェイド「ええ。そうでしょうね」
#ミュウに少し近付くルーク。
ルーク「おい、ミュウ。今回はどうなんだ?」
ガイ「確かソーサラーリングに譜が刻まれるんだったな」
ミュウ「みゅううぅぅ」
#音素がソーサラーリングに吸い込まれる。「!」となるルークたち。
ミュウ「来ーーたーーでーーすーーのーーーー!!」
#ミュウ、耳でパタパタ羽ばたいて浮き上がる。「……」となるルークたち。
アニス「……と、飛んでる」
ルーク「すげぇっ!」
ティア「(赤面)かわいい……」
ミュウ「ご主人様! ボク、飛んでるですの! やったですの!」
ルーク「なあ、ちょっと掴まらせ……(目を丸くする)へ?」
ナタリア「まぁ」
ガイ「はは、なんだか絵になるな」
#ティア、ミュウに掴まって飛んでいる。
ルーク「ティア! ずりーぞ!」
ティア「ご、ごめんなさい。だけど……楽しい……」
アニス「いいなー! 私も! 私も!」(駆け寄る)
ナタリア「私も飛びたいですわ!」(駆け寄る)
ミュウ「みゅううぅぅぅ……」
ガイ「……おいおいかわいそうだろう?」
ジェイド「いいんじゃないですか? あれはいじられて伸びる性格ですよ」
ガイ「(ジェイド見て)……何がのびるんだよ、何が」
 ミュウウイングを修得しました

 ……胴が伸びるかもなぁ。あんなに次々ぶら下がられたら。

 更にその後。

ルーク「なぁ、ミュウさっきのやつ……」
ミュウ「ミュウウ……」
アニス「ミュウウイングですの!」
ミュウ「みゅうぅぅぅぅ……」
#ミュウ、悲しそうにアニスを見上げる。
ルーク「それって どういう時に使えばいいんだろうな」
ガイ「飛べる高さも今ひとつだし使いどころが難しいな」
ミュウ「みゅうぅぅ……」(うな垂れる)
ティア「だ、大丈夫よ、ミュウ。かわいいし、楽しいし……」
#ルーク、天井にスイッチがあることに気付き、ぱっと顔を輝かせる。
ルーク「なあ、ミュウ! ここで飛んでみろよ」
ミュウ「は、はいですの! ご主人様」
#ミュウウイングで飛んで天井のスイッチを入れ、閉まっていた扉を開くことが出来た。
ジェイド「なるほど」
ナタリア「開きましたわ」
ミュウ「やったですの! ミュウ、役に立ってるですの!」
ナタリア「こういう使い道もありますのね」
アニス「ルークって何気にミュウの扱いがうまいよね」
#ちょっと得意そうなルーク。

 このイベント、ルークもミュウもティアも、みんな可愛いなぁ…。


 タタル渓谷。それは、ルークが擬似超振動で屋敷から飛ばされて、最初に目覚めた場所だ。

「前に来た時には、セフィロトらしい場所はなかったと思ったけどな」

 渓谷に分け入る道に入り、辺りを見回しながらルークが言うと、隣からティアが答えてきた。

「あの時は夜だったから、見落とした場所があるのかもしれないわ」

 確かにそうかもしれない。あの時は真っ暗だったし、初めての外界で、でこぼこした道で、魔物を避けたり戦ったりするので精一杯で。今、日の光の下で仲間たちと共に見ている景色と、同じ場所だとすら思いにくい。

「あれぇ? 夜中に二人でこんなトコに来た訳ぇ? あ〜やし〜い

 会話を聞きつけて、アニスがニヤッと笑って言った。

「……んまあ、ルーク! あなた、ティアとそんなことになっていましたの!?」

「ちょ、ちょっと待て! なんでそうなってんだよ! そうじゃなくて、前にバチカルから飛ばされた時に……」

「ありえないから」

 慌てたルークと対照的に、ティアは一言で切り捨てて背を向けた。数歩歩いて、ぽかんと見送っている仲間たちを返り見る。

「何してるの? 行きましょう」

「……なんかむかつく」

 憮然としてルークがこぼした。

「きっつー……」

 ガイは首をすくめている。

「そうですねぇ」

「楽しそうだなー、大佐」

「ええ、楽しんでます」

「……嫌な奴」

 軽い口調で、けれど正直にガイは言った。





 屋敷から吹き飛ばされた後、目覚めて最初に目にしたのは、暗闇の中で揺れる白い花だった。渓流に沿って登る山道の先、海に面して開けた場所に、その花の群れ咲く花畑がある。

「まあ、綺麗な所ですわね」

「ピクニックには最適の場所だよね。魔物がちょっと厄介だけど、この花のところは魔物もあまり来ないみたいだし」

「ふふ。そうですわね。お弁当を持ってきてのんびり過ごすのには良い所かもしれませんわ」

 ナタリアとアニスが嬉しそうに話している。それを聞きながら花の中に踏み込んで、ルークはそれらの花弁が閉じ、蕾のように固く結ばれていることに気が付いた。

「昼間は咲いてないんだな」

「ええ。セレニアは夜に咲く花だから」

 傍らに歩いて来たティアが答える。――海が見える花畑で、ティアがいて。

(まるで、あの時みたいだな……)

 既視感に襲われて、ルークはふと呟いた。

「俺の旅は……ここから始まったんだ」

 ティアも呟く。

「巻き込んでしまった形だった。あの時は……本当に申し訳ないと思ったわ」

「『あの時は』か……。今はどうなんだ?」

「あなたがあの時のままなら、申し訳ないという気持ちも消えていたかもしれないわね」

 ふ、とルークは息を吐いた。そして苦笑する。

「はは……。あの時の俺はホント何も知らない、お坊っちゃんだったからな」

「今はお坊っちゃんじゃないの?」

 覗き込まれて、ルークは少し決まり悪そうな顔をした。

「む。まだお坊っちゃんかな?」

「どうかしらね?」

 ティアは小さく笑う。ルークも笑った。

「はは……。あの時は俺、マジでうざいと思ってた。訳の分からない所に飛ばされて、無愛想な女にあれこれ言われて……」

 今度は、ティアが決まり悪い顔になる。だが、ルークはそんな彼女に顔を向けて、ふわりと笑った。

「でも、今は感謝してるよ。……俺、あの時にここにぶっ飛ばされてなかったら、何も知らないバカのままだったもんな」

「そうね」

 間髪いれずに肯定されて、ルークは少し拗ねた顔をした。

「思いっきり肯定するなよ……」

「ふふ」

 ティアは笑っている。

「だけど、夜と昼間で景色って随分違って見えるんだな。花が閉じてるってこともあるんだろうけど……」

 その笑顔を見るうちに妙に落ち着かない気分になって、ルークは辺りに視線を移した。

 同じなのに、違っている。――それは景色だけではなかった。あの時とは何もかもが違う。自分の立場も、状況も。

「……なんか、ここの景色と同じだな」

 呟くと、ティアが物問いたげに見返してくる。彼女を見ながらルークは続けた。

「同じ場所に立ってるのに、あの時と今じゃ俺、違ってるんだなって」

「……変わった?」

 一歩近付いて、ティアが言う。

「変われたと思うか?」

 ルークは真剣な目を向けた。

「ええ」

「マジで!?」

「人間って毎日細胞が新しく生まれ変わるから」

 ティアは言った。至極真面目な顔で。

「……冗談よ。さ、行きましょう」

 ぽかんとしているルークに背を向けると、彼女は歩き出す。傍を流れる渓流に、以前には気付かなかった渡れそうな箇所を見つけていたのだ。

「お前さ、ちょっとジェイドに似てきたぞ」

 その背を見送って、ルークは憮然として言った。


 三周目以降まで、私はティアが苦手でした。

 と言いますか、『アビス』って、パーティー女性キャラ三人全員が、どうも少しずつ感情移入しづらく描かれているような……。彼女たちはみんな感情の流れが一貫していなくて、特にルークへの態度をコロコロ変えてくれるので付いていけなくなることがしばしばあります。対して、パーティー男性キャラ三人(+イオン)にはそう引っかかるところがないので、必然的に男性キャラの方に感情移入してしまうという……。むむ。

 

 ティアはメインヒロインで、プレイヤーとしては最初からルークの恋のお相手だと認識しています。なのに、ティアの厳しいこと、口の悪いこと。勿論、頭では「とてもいい娘なのだ、ルークのためを思ってくれているんだ」と思うのですが、感情がついていけないところがあって。どうしてこんな不必要にキツい言い方をするんだ。どうしてこんなに上から目線なんだ、と。(製作側はティアのこんな面を「男に媚びないかっこいいヒロイン」で、むしろ美点だと定義しているようですが…。)

 そんなわけで、個人的に、仲間としては好きでも恋愛相手としては盛り上がっていない気持ちでプレイしていたわけですが。この先、物語の中で周囲のキャラクターたちが「お前はティアが好きだろう、ティアのことを何より優先しろ、どんな時も一番辛いのはティアなんだ」とガンガン押してきます。……一周目の時は、何故そんな風に周囲から責められなければならないのか理解できなくて、非常に苛つき、それが逆に、ティアへの苦手意識を高める原因になりました。(だって、殺された人々のために憤ったり、ナタリアやアニスの心配をしただけで「ティアが可哀想、ティアを気遣え」と第三者から叱責されたり嫌味を言われるのって、どういう状況なんですか。)

 でも折角だからヒロインを普通に好きになりたいよ、と、三周目では意識的にティアに感情移入することを目指し、それが功を奏して かなり好きになれたんですが。それでも理解できない、と思う時もあります。今回のタタル渓谷でのルークとのやり取りも、その一つです。

 

 アニスにティアとの仲をからかわれて慌てるルーク。するとキツい声でティアは一言。「ありえないから」。そして背を向けて歩き去る。

 何なんでしょうかこれは…。サブイベントならまだしも、これがメインなんだから困惑するばかりです。音楽の演出の面から見てコミカルシーンのつもりらしいのですが、キツ過ぎるよぅ……。

 ルークの日記を見ると、「ティアに冷たくされた。なんか、ちょっと傷ついた。ティアはなんで俺に冷たいんだろう……。やっぱ俺、まだ駄目な奴なのかな。」と書いてあって、彼がとても傷ついたことが分かります。

 

 なんでティアはこんなことを言ったのか? ルークが長髪だった頃ならまだ分かりますが、最近は随分仲が良くなってきていたのに、何故突然。プレイヤーとしては全く理解できず、ガイと一緒に「きっつー…」と首をすくめるばかりです。ルークが何か怒らせることを言ったわけでもないのに。ヴァン師匠も無為にルークを傷つけていましたが、あなたもですかティアさん……。グランツ兄妹は優しい時と冷たい時の差が激しすぎです。そういう遺伝子? そんな兄妹が大好きなルークはM気質か?

 最も単純に解釈するなら「照れていた」ということになるのかもしれませんが、赤面の描写など一切なく、これまでの他のイベントでの「照れ」の態度とは全く違うのです。本気で理解できません。まさか既にルークのことが好きになりすぎていて、ルークに自分との仲を否定されたと思って怒ったって訳じゃないですよね(汗)。……それとも逆に、この時点ではティアは まだルークに仲間以上の感情を抱いてなくて(あるいは自覚していなくて)、なのに周囲からいちいち意味深にからかわれるから、潔癖な性格ゆえにとうとう激怒した…のか??

 

 で、この後でルークとティアに関するイベントが三種見られますが、そのどれもで二人の関係性の雰囲気が違うので、これまた困惑するのでした。

 直後に発生するフェイスチャット『始まりの場所』は、結構いい雰囲気で好きです。でもティアはやっぱり上から目線。

 セレニアの花畑での期間限定イベント。自分は以前と比べて成長したか、と訊ねるルークに真顔で「人間って毎日細胞が新しく生まれ変わるから」と(冗談を?)言うティア。……全然笑えねぇーっす……。っていうか、なんとなく藤子・F・不二雄のSF漫画を思い出しました。

 サブイベント『ケーキのレシピ』(これはボス戦後に発生)は、逆にルークが無神経にティアを傷つけまくる。そしてそれに気付きもしない。

 これらのイベントが全て同時期に発生……。一体どうしろと……。

 

 個人的には、メインカップルの関係は奇をてらわずに、普通に感情移入できるように描かれていた方が楽でした。(^_^;)

 ヒロインの優しさは、普通に分かり易い方がいいと思います。少なくとも私にとって、ティアさんは相当噛み締めないと本当の味の分からない女性なのです。ルークも、かなり終盤になって「頭では分かっていてもティアの心理は分かりにくい」みたいなこと言ってましたし…。マニアック……?

 でも、味わうのに苦労したからこそ病みつきに好きになるってのは分かるかもしれない。初回クリアから数年経った今は、真面目で頭が固くて一見して不愛想な、でも色んな意味で懸命なティアが、かなり好きですよ。


「あ〜〜〜〜っ!?」

 渓流を渡って崖際の道を登っていくと、少し開けた草地に出たのだが、そこでアニスが棒立ちになって大声を上げた。

「どうしたの、アニス」

「あれは、幻の『青色ゴルゴンホド揚羽』!」

 驚いたティアの脇から、アニスはそう叫んで飛び出していく。

「捕まえたら、一匹辺り400万ガルド!!」

 確かに、そこには一匹の蝶が飛んでいた。目が覚めるような見事な青色をしている。アニスはそれを追って走り回ったが、補虫網もない状況では無謀としか言いようがない。それが分からないわけでもあるまいに、目が眩んでいるということなのか。

「相変わらず……」

 呆れたように言いかけて、ルークは続く言葉を呑んだ。前々から思っていたが、アニスはやたらとかねに汚い。

(だけど、あんなんで大人になったらどうするつもりなんだろう。……俺が言うのもなんだけど)

「おーい、アニス。転ぶぞ」

 心配になったのか、ガイが小走りに近寄って声を掛けた。ティアもその近くまで歩み出る。その草地の一方は崖になっていて、うっかり走り回っていては転げ落ちてしまいそうだ。

「あのねっ! 私のこと子供扱いするのはやめてくれないかなぁ」

 振り向いて、アニスは子供っぽい膨れっ面で訴えた。――まさに、その時。

「きゃうっ!?」

 地震が起こった。崖際に立っていたアニスは激しい揺れで宙に投げ出され、悲鳴をあげる。

「アニス!」

 叫んで、ティアが駆け寄った。崖に垂れた草に辛うじてぶら下がっているアニスの片手を掴む。

「……っ」

 僅かにティアの表情が歪んだ。軍人とはいえ、人間一人を女の片腕で引き上げるのは辛いものがある。――と。誰かの腕が伸びて、ティアの手に重ねてアニスの腕を握った。

「ガイ!?」

 自分の間近にある顔を見て、驚きを込めてティアはその名を呼ぶ。

「……くっ!」

 力を込め、ガイはアニスを引っ張り上げた。ドサリと草の上に下ろす。そこに至って、他の仲間たちがそこまで駆けて来た。

「ティア、ガイ……ありがとう」

 流石にぐったりと座り込んで、アニスが少し憔悴した笑みを見せた。

「私は……」

 ティアは首を左右に振った。極度の緊張による疲労と弛緩で、彼女も座り込んで肘を押さえ、肩を揺らしている。

「それよりガイ、あなた……」

「……さわれた……」

 ガイは、ティアたちの傍らにぺたりと胡坐をかいていた。呆然と己の両手を見つめている。その上空を、青色ゴルゴンホド揚羽が美しい羽をひらめかせながら飛んでいた。まるで祝福するかのように。

「ガイさん! 頑張ったですの!」

「よかったな、ガイ!」

「偉いですわ。いくら過去のことがあっても、あそこでアニスを助けなければ見損なっていました」

 ミュウ、ルーク、ナタリアが我が事のように嬉しそうな笑顔で讃えてくる。

「……ああ、そうだな。俺のせいでアニスに大事がなくてよかったよ」

 立ち上がって安堵の口調で言ったガイを見つめ、アニスが両拳を口元に当てて可愛く身をよじった。

「や〜ん、アニスちょっと感動v

 ジェイドが笑う。

「ガイはマルクトの貴族でしたねぇ。きっと国庫に資産が保管されていますよ」

「ガイv いつでも私をお嫁さんにしていいからねv

 たちまち輝いたアニスの目に少し後ずさって、ガイは「……遠慮しとくわ」と乾いた笑いを漏らした。

「だけどガイ、ホントによかったな。前はちょっと触るのだけでも駄目っぽかったのに。超進歩してるよ」

「ルーク……。ああ、よかったよ。この体質のせいで人を助けることも出来ないなんてのは、もうご免だからな」

 以前は、目の前で倒れたティアを抱きとめることすら出来なかったのだ。あの時ほど情けない思いをしたことはない。

「良かったですね、ガイ」

 イオンも明るく微笑んだ。

「それにしても、驚きましたね。あれほど女性に触れるのを怖がっていたのに」

 ルークたちと話すガイを見ながら、ジェイドが言う。

「忘れていた記憶が甦った事で、こんなにも変わるものですのね」

「原因が分からなかったからこそ今まで苦しんでいたのかもしれないわ」

「うん〜。ともかく、ガイにお礼言わなくっちゃ」

 女性陣の声は明るい。今まで散々からかってきた負い目がある分、彼の心の傷が癒されつつあるらしいことは、尚更に喜ばしいことだった。

「これから徐々に女性恐怖症も治っていくといいわね」

「そうですわね」

 ティアの言葉にナタリアが頷いていると、ジェイドが飄々として笑った。

「もしかしたら、さっきので一気に克服に近付いたかもしれませんよ」

「どれどれ……ガイ〜」

「ん? 呼んだ?」

 アニスが呼ぶと、ガイが振り向いて近付いてくる。三人の少女は一斉に笑うと、彼ににじり寄った。

「な、うわぅおあ〜!」

 ガイが叫ぶ。

 ぺたぺたぺたぺたぺた……。

 三人の美しい少女たちに触られまくってガイは悲鳴を上げ、逃げ出してルークとイオンの後ろに隠れた。

「だめじゃん」

 アニスが言う。

「だめですねぇ」

 ジェイドは失笑した。


 ガイが女性恐怖症を少しだけ克服してアニスを助けるという感動的なエピソード……の、直後に起こるフェイスチャットのタイトルは『克服ガイはナイスガイ』。……まあいいけど(笑)。

 一匹400万ガルドだという「青色ゴルゴンホド揚羽」。ファミ通攻略本によれば「出会うと幸せになる」と言われているのだとか。

 名前からして、恐らくはホド島に主に繁殖していた蝶だったんでしょうね。ホドの滅亡と共に希少種となった蝶。その蝶が、ホドの生き残りのガイがトラウマを克服するきっかけとなるのでした。

 

 それはそうと、ナタリアの「いくら過去のことがあっても、あそこでアニスを助けなければ見損なっていました」という台詞は……。言わなくてもいい余計な台詞ですよね。そもそも加害者の一族として言える言葉じゃないし。(^_^;)


「……あった。あれ、セフィロトの扉だよな」

 道の最奥に、何度か見た記憶のある光の文様が見えた。いつしか濃くなった冷たい霧の向こうにぼんやりと滲んでいる。

 近付こうとすると、霧の中で何か大きな影がうごめいた。

「あれ、なんかいるぜ。魔物か?」

 身構えたルークの前に駆け出して、ミュウが鳴いた。

「みゅう〜! みゅみゅう!」

 影が跳ね上がり、ヒヒーン、と応える声がする。

「この鳴き声は……」

 ジェイドが眉根を寄せる。流れる霧の向こうに、一瞬、大きな翼と一角を持った青白い奇蹄獣の姿が浮かび上がった。

「ユニセロス!」

 アニスが真の驚愕のこもった声で叫んだ。後ろからやはり驚いた様子でイオンが訊ねる。

「古代イスパニア神話に出てくる『聖なるものユニセロス』ですか?」

「そうです! 幻のユニセロスですぅ! 捕まえたら5千万ガルドは堅いですよっ!」

 興奮するアニスに、ジェイドが落ち着いた声で告げる。

「ユニセロスは清浄な空気を好む魔物です。街に連れ出したら死んでしまうかもしれませんよ」

「……あう……」

「それにユニセロスさん、なんだか苦しんでるみたいですの……」

 ミュウが心配そうな声音で言った。

「苦しんでる? 一体……」

 ガイが訝しげに言った時、霧が流れた。――そこに、ユニセロスの姿はない。

「あれ? どこに行ったんだ?」

「何かが来るわ!」

 間髪入れずにティアが警告した。

「まずい! 後ろです!」

 ジェイドも叫ぶ。翼でも使ったのか、いつの間にか後ろに回りこんだユニセロスが駆け込んで来て、そのままルークたちの間を突っ切った。跳ね飛ばされそうになったところを、ルークとジェイドは危うく避ける。

「うわっ! ユニセロスってのは凶暴なのかよ!?」

「そんなはずないよぅ。すっごく大人しくて人を襲ったりしないはずだよっ!」

「また来ますわ!」

「とりあえず、気絶させて様子を見ましょう」

 ティアが言い、ルークたちはそれぞれ武器を取った。




 空を舞い、広範囲に譜術を撃ち放ってくるユニセロスには苦戦したが、どうにか気絶させるだけで黙らせることが出来た。

「傷を癒すわね」

 倒れているユニセロスの側に跪いて、ティアが癒しの光を当てている。

「しかし、この後どうするのですか? 目を覚ませば、また襲ってくるかもしれませんよ」

「ミュウに話をさせようぜ」

 肩をすくめるジェイドにルークがそう提案すると、「はい、ご主人様! ボク、頑張るですの!」とミュウは胸を張った。

 ユニセロスが目を覚まし、起き上がる。すぐに前足を蹴り上げて暴れようとしたところに、ミュウが急いで語りかけた。

「みゅう、みゅみゅみゅう〜! みゅうみゅう!」

 ユニセロスが動きを止める。ミュウに顔を向け、鳴き声を交わし始めた。

「へえ。ミュウはチーグル以外の魔物とも話が出来るんだな」

「何度見ても、魔物同士が会話している情景は愉快なものですねぇ」

 そんな言葉をガイとジェイドが交わしているうちに、ミュウが振り向いて人語で言った。

「……ユニセロスさんは障気が嫌いなんですの。それで、障気が近付いてきたから苛ついて、思わず襲ってしまったそうですの」

「障気? この辺に障気なんて出てないぜ」

 ルークが首を傾げる。

「でもユニセロスさんは、ティアさんが障気を吸ってるって言うですの」

「!」

「思い当たる節があるのですか?」

 息を呑んだティアに、ジェイドが静かな目を向けた。

「い、いえ……」

「……」

 否定するティアを、ジェイドは黙って見ている。

「よく分からないな。ティアが魔界クリフォト生まれだってことに関係してるのか?」

 ガイが顎に手を当てて首を捻った。

 その時、ユニセロスがいなないた。ミュウが道を開けると、蹄を鳴らして駆け去って行く。

「あ、行っちまったぜ」

 見送ってルークが言った。

「今のはティアさんへのお礼ですの。怪我を癒してくれてありがとうって言ってたですの」

「そう……」

 答えるティアは、何故なのかぼんやりしている。おかしなことを言われて不安になっているのかもしれない。ナタリアとルークが取り成すように笑った。

「ユニセロスは何か勘違いをしていたのですわ。誤解が解けて、ティアにお礼を言ったのでしょう」

「そうだな。よかったな、ティア。蹴られなくて」

「……」

「そ、そんな顔するなよ。冗談だって」

 引きつって、ルークは一歩下がった。


 なんとなく、ここでのユニセロスの登場は、ユニセロスがティアのパワーアップをしたり病気を癒したりする展開案があったことの名残だろうか、と考えてみたり。

 関係ないですが、ユニセロス戦直前、ナタリアが「また来ますわ!」と言った時、イオンがすーっと画面外に自主的に歩き去っていくのがなんか笑えます……。


 セフィロトの扉の文様は、地に突き立てられた剣の図像に似ている。

 その扉の前に歩み出て、イオンが言った。

「ここは僕が開きます」

 扉に向けて両手をさし伸ばすと、鍵となる譜陣が出現した。それは回転して封咒を解き除く。カシャン、と音を立てて鍵が砕け散ると、扉は消失した。立ち眩んだようにイオンがふらっと後ろに倒れそうになる。慌てて、それをアニスが支えた。

「イオン様、大丈夫ですか?」

「……ええ、ちょっと疲れただけです」

 そう応えると、アニスの支えから体を離した。顔色は青い。

「そういえばパッセージリングを起動させる時、ティアも疲れるみたいですわね。創世暦時代の音機関や譜術には そういう作用でもあるのかしら」

 ナタリアが言うと、「そんなことはないと思いますが……」とイオンは首を捻った。

「イオン様、こちらで休まれますか?」

 ティアが気遣わしげに訊ねている。

「いえ、行きます」

「無理すんなよ。きつけりゃ、声かけろよ」

「ありがとう、ルーク」

 心配するルークに向かい、イオンは静かに微笑んだ。





 ティアが譜石の前に立つと譜陣が宙に現われ、本の形の操作盤が開いた。大量の第七音素セブンスフォニムが流れ込む感覚をぐっとこらえてやり過ごす。パッセージリングの上空に図像と赤い『警告』の文字が浮かび、やがて警告文字だけが消えた。

「兄さんはここには来ていないのね……」

 それらを見上げながら、ティアは呟く。

 遺跡の中に入った当初は、ティアが譜石に近付いても何も起こらなかった。シュレーの丘の時のようにユリア式封咒で封印されていたのだ。ただ、シュレーの丘ではヴァンが一度解いたものを掛け直していたのだが、ここは二千年前から全くいじられていないままのようだった。

 ルークたちは遺跡の中を探索し、ユリア式封咒を解呪した。その行程中に再び地震が起こった。「地震が起きると、ここが空中だってことを思い出して嫌な気分になるな」とはガイの弁だ。またどこかの外殻が落ちたのか、それともセフィロトの暴走か。いずれにせよ頻繁になってきており、予断を許さない。

「ヴァンが操作していないのなら、ここのパッセージリングは第七音素セブンスフォニムさえ使えれば誰でも操作できるのかしら」

 誰にともなくナタリアが問うと、ジェイドが答えた。

「いえ、操作盤が停止しています。多分、シュレーの丘やザオ遺跡でヴァンの仕掛けた暗号を無視してパッセージリングを制御した結果、並列で繋がっていた各地のパッセージリングが、ルークを侵入者と判断して緊急停止してしまったのでしょう」

「じゃあ、制御は出来ないのか?」

 ガイがぎょっとした顔をする。

「まあ、ルークの超振動で、これまでと同じように、操作盤を削っていけば動くと思います」

「力技って訳か。で、俺は何をしたらいいんだ?」

 軽く息を吐いて、ルークはジェイドを見やる。

「震動周波数の計測には、特に何も。ですが、今後のことを考えると外殻降下の準備をしておいた方がいいでしょうね」

「なんか書けばいいんだろ?」

 ティアと位置を代わり、ルークは操作盤の前に立って両手を構える。そこから放たれた震動は白光を生み、空気を震わせて彼の髪や上衣をはためかせた。

「第四セフィロトと、ここ――第六セフィロトを線で結んで下さい。第五セフィロトは迂回して。そこはアクゼリュスのことですから連結しても意味がない。第三セフィロトと第一セフィロトも線で繋いで下さい。第六セフィロトの横に『ツリー降下。速度通常』と書いて下さい。それから『第一セフィロト降下と同時に起動』と」

 ジェイドの言葉に従って、ルークは宙に浮かぶ図像に線と文字を刻んでいく。やがて周囲が輝いて譜陣が幾重にも展開し、チラチラと記憶粒子セルパーティクルが立ち昇り始めた。

「これって何て意味なんだ?」

「第一セフィロト――つまりラジエイトゲートのパッセージリング降下と同時に、ここのパッセージリングも起動して降下しなさいっていう命令よ」

 刻みながらのルークの問いには、後ろで見守っていたティアが答える。

「こうやって、外殻大地にある全てのパッセージリングに同じ命令を仕込んでおくんです。で、最後にラジエイトゲートのパッセージリングに降下を命じる。すると外殻が一斉に降下する」

「なるほど。大陸の降下はいっぺんに済ませるってことか」

 ジェイドの説明にガイが頷き、「納得」とルークも声を出した。

「後は地核の震動周波数だな」

 全てを刻み終えて両腕を下ろす。後方からアニスが訊ねた。

「大佐、どうやって計るんですかぁ?」

「簡単ですよ。計測器を中央の譜石に当てて下さい」

「俺がやろう」

 ガイが言って、ジェイドから装置を受け取る。片手で包み込めるほどに小さなそれを、音叉を組み合わせた形をしたパッセージリングの中央に浮かぶ、巨大な丸い譜石に押し当てた。ピンポン、と微かな音が響く。

「これだけか?」

 振り向いて訊くと、ジェイドは朗らかに「はい」と言った。

「つまんなーい。なんか拍子抜けだよぉ」

「楽しませるための計測ではありませんからね」

 不満げなアニスにジェイドは微笑みかける。

「今回は思いの外すんなりと事が運べましたわね」

 一方、ナタリアはホッと肩の力を抜いていた。

「パッセージリングも上手く起動してくれたし」

 ティアも安堵の声を出す。「ティア、今回は体調悪くならなかったのかい?」とガイに訊ねられて、「ええ。大丈夫よ。前はただ疲れが溜まってたんじゃないかしら」と笑顔を見せた。

「前回は戦場突っ切ったり砂漠行ったりでキツかったもんな。ともかく良かったよ」

 そう言ってルークが笑うと、「ああ」とガイも明るく頷いた。

「ところで、震動周波数の計測は大丈夫ですの?」

「大丈夫。ちゃんと計測できてると思うよ」

 訊ねるナタリアにガイは頷いてみせる。「それなら、後はイエモンさん達に渡すだけね」とティアが言った。

「そうだな。もうあっちの準備も整ってるかもしれない」

 ガイが言う。

「よし、シェリダンに戻ろう!」

 ルークは仲間たちを促した。





「おお、よく戻ったの」

 シェリダンの集会所に戻ると、イエモンが労いの声で迎えてきた。

「これが計測結果だ」

 ルークがタマラに計測器を渡す。受け取って、タマラは言った。

「こっちは今、タルタロスを改造しているところさ」

「タルタロスを?」

 少し驚いた顔を見せたジェイドに、キャシーが説明した。

「タルタロスは魔界クリフォトに落ちても壊れなかったほど頑丈だ。地核に沈めるにはもってこいなんだよ」

「タルタロスは大活躍ですねぇ」

 納得したらしく、ジェイドは柔和に笑った。

「まだ準備には時間が掛かる。この街でしばらくのんびりするといいぞい」

 イエモンがそう言う。頷き合って、ルークたちは集会所を出た。





「なあ、ちょっといいか?」

 集会所の扉を出てすぐに、ルークは仲間たちに呼びかけていた。

「どうしたの?」

 振り向いて、ティアが訊ねてくる。

「ずっと考えてたんだけど、大陸の降下のこと、俺たちだけで進めていいのかな?」

「ん? どういうこと」

 首を傾げるアニスに顔を向けて、ルークは言葉を継いだ。

「世界の仕組みが変わる重要なことだろ。やっぱり伯父上とかピオニー皇帝にちゃんと事情を説明して、協力し合うべきなんじゃないかって」

 ティアとアニス、そしてイオンが、ハッとした顔になった。

「……ですが、そのためにはバチカルへ行かなくてはなりませんわ」

 ナタリアは逆に表情を沈めている。だが、ルークは怯まなかった。

「行くべきなんだ」

「ルーク……」

 ナタリアは驚いてルークを見る。

「街のみんなは命がけで俺たちを……ナタリアを助けてくれた。今度は俺たちがみんなを助ける番だ。ちゃんと伯父上を説得して、うやむやになっちまった平和条約を結ぼう。それでキムラスカもマルクトもダアトも協力し合って、外殻を降下させるべきなんじゃないか?」

「……ルーク! ええ、その通りだわ」

 ティアは感動した面持ちで同意した。しかし、ナタリアは目を伏せる。

「……少しだけ、考えさせて下さい。それが一番なのは分かっています。でもまだ怖い。お父様がわたくしを……拒絶なさったこと……。ごめんなさい」

 そして仲間たちに背を向け、どこかへ歩いて行った。

「仕方ない。ナタリアが決心してくれるまで待つしかありませんね」

 その背を見送って、ジェイドが小さく息をつく。

「……パパの子供じゃないって言われたら辛いもん。気持ち、分かっちゃうなぁ」

 アニスは暗い顔をした。

「ナタリア……」

「元気付けてやりたいが、こういう時はどんな言葉も意味が無いからな。見守ってやろうぜ」

 心配そうに呟いたルークに、傍らからガイがそう言う。一方で、「ルーク」とジェイドが呼んできた。

「いずれ地核静止の準備が完了したら、私から両国へ働きかけることを提案しようと思っていたのですが。……正直言って驚きました。あなたも成長していたんですね。それなりに」

 どう受け取ればいいのやら。

 複雑な気分で憮然とすると、「冗談ですよ」とジェイドは笑った。





 ナタリアは、海を見ている。

 しばらく自由行動ということになって仲間たちは解散したが、やはり心配になって探し回ると、彼女は海の見える場所に一人で佇んでいた。

「……」

 小さく見える背中に声を掛けようかと考えて、けれどルークは吸い込んだ息をふうと吐き出す。

(多分……俺が何を言っても無駄なんだよな、今は)

 あいつなら、違うのかもしれないけど。

 ルークは黙って背を向ける。わけもなく、遠いな、と思った。

 屋敷を出て、いつの間にかこんなにも長い旅路を歩んでいたのだ。





 集会所まで戻ると、女たちの笑いを交えた話し声が漏れ聞こえてきた。

「どうかしら。自信は、無いんだけど……」

「わぉ。これ最高〜」

「ええ。美味しいです」

「タマラさんの教え方が上手いのよ」

「昔から、タマラは料理上手だったものねぇ。明るくて男の人ともすぐ打ち解けて、うらやましかったわ」

「何言ってるんだい。キャシーは昔から優しくて大学院のマドンナだったんだよ。うらやましかったねぇ。

 ――ここだけの話、ヘンケンとイエモンはキャシーを巡ってライバルだったのさ。どっちも振られたけどね」

「そ、そうだったんですか……」

「でも、あれでいて、おじいさんはヘンケンさんの実力を認めてるんですよ」

「ティア、私にも後で作り方教えてね」

「アニスは知ってるんじゃないの?」

「ううん。ケーキは知らないんだ。私は料理専門なの」

「そうなの……。少し意外ね」

「何が意外なんだ?」

 ルークは集会所の扉を押し開けた。中にはティア、アニス、ノエル、そしてタマラとキャシーの姿がある。テーブルの上に切り分けられたケーキがあるのを見て、ルークは顔を綻ばせた。

「お、ケーキか。アニス気が利くじゃん」

「私じゃないよ。ティアが作ったんだよ」

「えー! ティアがケーキ? 似合わねーなぁ。あ、それが意外ってことか? 確かにそれは意外だわ。絶対アニスだと思った」

「おいお〜い……」

 アニスが何やら突っ込んでいる。しかしそれには気付かずに、ルークはテーブルに近付いて一切れを手に取った。

「どれどれ。俺にも食わせてくれよ」

「……さぁ、そろそろお喋りは終わりにしましょう。これ以上はタマラさんたちの作業の邪魔になるわ」

 硬い声でそう言うと、ティアはティーカップ等をトレイに載せて片付け始めた。もぐもぐしていたルークは呆気に取られて、ぷっとむくれる。

「なんだよ。何怒ってんだ。訳わっかんねーな! 折角の美味いケーキが台無しだっつーの」

「……ばか」

 トレイを運んで行きながら、背中でぽつりとティアは呟いた。





 パタン、と扉を閉める音がして、ルークは浅い眠りを破られた。窓の外は青く、薄暗い。明け方だ。ふと予感めいたものを感じて、上着をまとうとそっと扉を開けた。階段を下りていく金色の髪が見える。

(ナタリア? ……どこへ行くんだ?)

 

『……一晩考えさせて下さい。わたくし……臆病者ですわね』

 

 結局昨夜はそう言って、答えを保留したままナタリアは部屋に下がっていた。どうにも気になって、ルークはそのまま彼女の後を追った。

 海鳥たちはまだ動いておらず、海辺の町は静かだった。水平線の彼方から、そろそろ日が頭を出そうとしている。

「誰!?」

 ナタリアは、昨日と同じ場所で海を見ていた。鋭く誰何すいかされて、ルークは思わず物陰に隠れる。――と。入れ違うように、静かな街に靴音を響かせて誰かが歩いてきた。

「アッシュ……! どうしてここに……」

 ナタリアが目を見開いた。

「スピノザを捜して……ちょっとな。お前こそ、こんなところで何をしてる」

「わたくしは……」

 ナタリアは苦しげに目を伏せる。

「バチカルへ行くんじゃないのか?」

「知っていましたの!?」

「……怯えてるなんてお前らしくないな」

「わたくしだって! わたくしだって怖いと思うことぐらいありますわ」

 叫び、ナタリアは顔をうつ伏せた。ルークたちには見せない感情だ。

「そうか? お前には何万というバチカルの市民が味方に付いているのに?」

「……分かっています、そんなこと」

 苦しそうに呟いたナタリアの隣にアッシュは立った。並ぶ二人の向こうに広がる水平線から、ゆっくりと朝日が昇ってくる。

「……――いつか俺たちが大人になったら、この国を変えよう」

 静かにアッシュは言った。

「貴族以外の人間も貧しい思いをしないように。戦争が起こらないように」

「……死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう」

 ナタリアが言葉を継いだ。

 二人は視線を合わせた。朝日が海の波をきらめかせ、淡い金色に二人の姿を縁取っている。

「……あれは、お前が王女だから言った訳じゃない。生まれなんかどうでもいい。お前が出来ることをすればいい」

 そう言うとアッシュは背を向けた。そのまま、振り向くことなく歩き去っていく。ナタリアもまた彼を追うことなく、海を見て背を向けていた。

 ただ、波の音だけが続いている。

(……俺も帰ろう)

 沈んだ思いで、ルークはそっとその場を立ち去った。




 足元に薄い影を連れて宿の前に着くと、階段の上にティアが立っているのが見えた。

「あ……」

「……立ち聞きはよくないわ」

 そう言って、彼女はゆっくりと階段を降りて来る。

「……聞こえちまったんだよ。それに声、掛けにくい雰囲気だったし」

「そう」

 ティアの返事はそっけない。急に、泣きたい気分が膨れ上がった。

「俺が生まれなかったら、ナタリアはアッシュと……」

「あなたが生まれなかったら、アッシュはルークとしてアクゼリュスで死んでいたわね」

 即座に返ったティアの声音はきつかった。

「ティア……」

 驚いて、ルークは間近に来たティアを見返す。

「自分が生まれなかったらなんて仮定は無意味よ。あなたは、あなただけの人生を生きてる。あなただけしか知らない体験、あなただけしか知らない感情。それを否定しないで。あなたはここにいるのよ」

 ティアはいつも厳しい。けれど、そこに篭もるものは確かに優しかった。

 強張っていた顔を動かして、ルークはぎこちなく微笑う。

「……うん。ありがとう」

 俺の体験。俺の感情。誰かの代わりじゃない、俺だけの人生を俺は生きてる。

(本当にそう思えればいいよな。――いつか、そう思えるよな)

 朝の光は次第に強さを増していく。明るく照らされて、二人はしばらくの間そこに並んでいた。


 屋敷時代、ナタリアの言うことといえば「プロポーズの言葉を思い出して」ということで。アクゼリュス目指して旅に出た時にも、それを思い出すことを約束させられて指きりを交わしていたのでした。

 でも、ルークがどんなに考えても思い出すことは出来ない。ルークはナタリアの求めていた『ルーク』ではなかったから。それどころか、レプリカルークが存在したために、想い合う二人は共にいることも出来ず、再び別れていく……。

 

 このエピソードを、私は勝手にルークの失恋イベントだと考えています。

 ルークがナタリアに明確に恋していたとは思いませんが、特別な女の子だったことは間違いないと思いますし。恋の卵のようなものは互いにあったのではないかと。文句を言いながらも、物心ついた頃から婚約者で友人として側にいたわけですものね。当たり前のように好意を寄せてくれていた人が離れていくというのは、人間の感情として、やはり寂しいものだと思います。

 レプリカルークは、ナタリアの望みを叶えてあげることは出来ませんでした。それを、ナタリアが望んでやまなかったプロポーズの言葉を易々と語るアッシュを見た時に痛感したのだと思います。

 …で。失恋してトボトボと帰ると、そこにティアが待っているという展開があざといです(笑)。

 つまるところ、ナタリアとの関係が終わって、ティアとの恋が始まるという暗示のエピソードですよね、これ。

 

 それはそうと、いきなり「立ち聞きはよくないわ」と言うティア。……おいおい。つまりあなたも立ち聞きしてたってことじゃないですか。(ティアはティアでルークの後を追い、途中でアッシュと会って事情を説明した…んじゃないかなーと妄想。)

 ここでティアが言ってくれる「あなたは、あなただけの人生を生きてる。あなただけしか知らない体験、あなただけしか知らない感情。それを否定しないで」という言葉は、ルークの大きな支えになります。……が、ルークの最終的な行く末を考えてみると、ある意味、皮肉で残酷な言葉だったのかもしれません。


 日が大分高くなった頃、ルークたちは集会所の前に集まっていた。

「……ごめんなさい。わたくし、気弱でしたわね」

 仲間たちを見渡して、ナタリアが口を開く。その表情はしっかりしていた。

「では、バチカルへ行くのですね?」

「ええ。王女として……いいえ、キムラスカの人間として、出来ることをやりますわ」

 訊ねたイオンにナタリアは返す。「そう来ないとな」とガイが笑った。

「そう言ってくれると思って、今までの経過をインゴベルト陛下宛ての書状にしておきました。外殻大地降下の問題点と一緒にね」

「問題点? 何かありましたっけ?」

 ジェイドの言葉に、アニスが首を傾げる。

「……障気、ですね」

 ナタリアは言った。「そうか。そもそも外殻大地は障気から逃れるために作られたものでもあるんだよな」とガイが言う。外殻を全て安全に降下させ、地核の震動を止めて魔界クリフォトの大地の液状化を解消したとしても、障気が消えるわけではない。それは確実に生物の健康を蝕み、死に追いやっていくだろう。――だが、外殻を降ろさねばそれ以前に墜落死だ。

「障気に関しては、ベルケンドやシェリダンだけではなくグランコクマの譜術研究、それにユリアシティとも協力しなければ解決策は見つからないと思います。でもそのためには――」

「そうだ。まずはキムラスカとマルクトが手を組まないと」

 ジェイドの言葉をルークが継いだ。

「外殻降下のこと、インゴベルト陛下は理解してくれるかなぁ?」

「心配ですの……」

 アニスとミュウが不安げな顔をする。ティアが言った。

「ルークもナタリアも、危険を冒してまでバチカルに戻るのだもの。陛下も分かってくださるはずだわ」

「絶対理解させなきゃいけない」

 ルークは声音に決意を込めた。

「そうですわ。遠からず外殻大地は崩落してしまうのですから、無事に降下させる為に、両国とも今こそ手を取り合わなければ」

「その通りです」

 ナタリアの言葉に、イオンが微笑んで同意する。

 ルークは、改めてナタリアに笑顔を向けた。

「ナタリア、決心してくれてありがとう」

「わたくしが今やらなければいけないことは、生まれに囚われることではありませんもの……。覚悟を、決めましたわ」

 ずっとナタリアを覆っていた影は鳴りを潜め、全てを吹っ切ったように、彼女は強い目で笑っていた。

「ナタリア……」

 ガイも嬉しそうだ。「えらいですの!」とミュウが飛び跳ねた。

「ともかく、世界の仕組みが変わるのです。これを受け入れていかなければ、人々に未来はない」

「そうだね〜。戦争なんかしてる場合じゃないもんね!」

「もはや、過去の戦争の歴史にこだわっている場合ではありません」

 ジェイド、アニス、イオンの言葉に、ガイが力強く頷く。

「ああ。全くその通り!」

「よし、行こう、みんな!」

 ルークは仲間たちを見渡した。そしてナタリアを見やると、彼女も頷き返す。

「ええ、行きましょう、バチカルへ。お父様を説得してみせますわ」


 戦争が起こってから……いえ、もしかしたら本物のルークは別にいたと分かってから、ずっとナタリアを覆っていた影が払拭されます。それを心から喜んでくれる仲間たちは素敵です。つーか、ガイはホントに「いいひと」だなぁ…。ナタリアだけでなくティアのことも凄く気遣ってるし。こんなに他人のことばっかり気遣ってたら、若ハゲしそうだ……。幸も毛も薄い男に…。(うわ)

 それはともかく、(レプリカ編のイメージからか)ユーザーの間では短髪ルークは「ネガティブ」と捉えられがちなんですが、この辺のエピソードを見ていると、そればかりではないことが分かります。彼自身「レプリカだから」という理由で処刑されかけ、再び否定されるかもしれないのに、それでも「伯父上と話し合う、絶対分かってもらう」と恐れずに揺るがないのです。(ナタリアのことを心配しすぎて自分のことが吹っ飛んでたってこともあるんでしょうが。)すっごく真っ直ぐで、そしてとても強いなぁと思います。今後もルークには様々な辛いことが降りかかりますが、それでも最後まで駆け抜けることが出来たのは、やはり、彼がこういう健やかな強さを持っていたからだと思います。

 

 なお、この後シェリダンの宿に泊まると、超振動特訓イベントの最終回が起こります。


 国を追われた人間が正面から戻ってくるなど、誰が予想しただろうか。

 ナタリアを連れてバチカルに入ると、各所を守る兵士たちは呆然として立ちすくんでいた。ポカンと口を開ける者、困惑する者、脅しの言葉を吐く者……。しかし、止める者はいない。彼女の放つ威容に押されているのか。

「ナタリア殿下……! お戻りになるとは……覚悟は宜しいのでしょうな!」

 バチカル城の城門に辿り着くと、そこを守っていた兵士が言った。

「待ちなさい」

 その時、毅然としてイオンが歩み出た。側にアニスが従っている。

「私はローレライ教団導師イオン。インゴベルト六世陛下に謁見を申し入れる」

「……は、はっ!」

「連れの者は等しく私の友人であり、ダアトがその身柄を保証する方々。無礼な振る舞いをすれば、ダアトはキムラスカに対し、今後一切の預言スコアを詠まないだろう」

「導師イオンのご命令です。道を開けなさい」

 アニスが厳しい声音で言い放つ。弾かれたように兵たちが道を開けた。

 バチカルに真正面から乗り込んだのは、イオンの提案だった。『導師の名にかけて、必ずお二人をインゴベルト陛下の元にお連れします』と約束したのだ。

 そして今、彼はナタリアとルークを振り返り、凛とした視線を向けた。

「行きましょう。まずは国王を戦乱へとそそのかす者たちに厳しい処分を与えなければ」

「……ナタリア、行こう。今度こそ、伯父上を説得するんだ」

「ええ!」




 キムラスカ王インゴベルト六世は、私室で執務にあたっていた。

「お父様!」

「ナタリア!!」

 部屋に入ってきたナタリアたちの姿を認めて、王は愕然としている。

「へ、兵たちは何を……」

 側に控えていたアルバイン内務大臣がうろたえた様子で言ったが、

「伯父上! ここに兵は必要ないはずです。ナタリアはあなたの娘だ!」と、ルークは叫んだ。

「……わ、私の娘はとうに亡くなった……」

「違う! ここにいるナタリアがあなたの娘だ! 十八年の記憶がそう言ってるはずです!」

「ルーク……」

 ティアが驚いたような声をあげる。チラリと振り向いて、「……へ。お前の受け売りだけどな」とルークは小声で言って笑った。

「記憶……」

「突然誰かに本当の娘じゃないって言われても、それまでの記憶は変わらない。親子の思い出は、二人だけのものだ!」

 重ねてルークが言うと、インゴベルトは苛立ったように顔を歪めた。

「……そんなことは分かっている。分かっているのだ!」

「だったら!」

「いいのです、ルーク」

 言い募ろうとしたルークを、ナタリアが止めた。表情を厳しくして訴える。

「お父様……いえ、陛下。わたくしを罪人と仰るなら、それもいいでしょう。ですが、どうかこれ以上マルクトと争うのはおやめ下さい」

 その傍らからイオンが言った。

「あなた方がどのような思惑でアクゼリュスへ使者を送ったのか、私は聞きません。知りたくもない。ですが私は、ピオニー九世陛下から和平の使者を任されました。私に対する信を、あなた方のために損なうつもりはありません」

 イオンの声音もまた、厳しい。インゴベルトが黙り込んだ時、それまで成り行きを見守っていたジェイドが口を開いた。

「恐れながら陛下。年若い者に畳み掛けられては、ご自身の矜持が許さないでしょう。後日改めて、陛下の意志を伺いたく思います」

「ジェイド!」

 ルークがぎょっとして目を剥き、「兵を伏せられたらどうするんだ!」とガイが叫んだ。

「その時は、この街の市民が陛下の敵になるだけですよ。先だっての処刑騒ぎのようにね。しかもここには導師イオンがいる。いくら大詠師モースが控えていても、導師の命が失われればダアトがどう動くか、お分かりでしょう」

 そう言うと、ジェイドは眼鏡の底から赤い双眸で国王を射抜いた。

「……私を脅すか。死霊使いネクロマンサージェイド」

「この死霊使いネクロマンサーが、周囲に一切の工作無く、このような場所へ飛び込んでくるとお思いですか」

 ふっと笑んでそう言うと、彼はインゴベルトに近付いてひざまずき、両手でうやうやしく書状を差し出した。

「この書状に、今、世界に訪れようとしている危機についてまとめてあります」

 インゴベルトはそれを受け取る。

「……これを読んだ上で、明日、謁見の間にて改めて話をする。それでよいな?」

「伯父上、信じています」

 ルークは真っ直ぐにインゴベルトを見つめる。

「失礼致します。……陛下」

 そう言って、ナタリアは頭を下げると部屋を後にした。




 イオンの効果は流石に大きく、遠巻きに兵たちに見つめられながらではあったものの、一行はゆっくりと歩いて城門まで出ることが出来た。そこからは、近くにあるファブレ公爵邸を望むことが出来る。

(……ペールや白光騎士団のみんなは無事かな。……それに、母上は……)

「寄って行くか?」

 屋敷の門を見つめるルークに、ガイが後ろからそっと声を掛けた。

「……いや、親父は伯父上の味方だ。今は行かない方がいい。今日のところは街の宿屋に泊まろう」

 そう言って視線を外し、ルークはジェイドに顔を向けた。

「そういやジェイド、こんな短い時間にどんな手を回したんだ?」

「何がですか?」

「城で伯父上を脅してただろ」

「ああ、はったりに決まってるじゃないですか」

「……」「……」

 ルークとガイは黙り込んだ。……今更ながらに冷や汗が噴き出てくる。

「後は、陛下次第ですね」

 そんな様子はどこ吹く風で、ジェイドは飄々としていた。宿のあるバチカルの市街地へ向かいながら言葉を落とす。

「時間をあけた方がもめるんじゃないか?」

 ガイは暗い顔を見せた。アニスが同意して不満げに声をあげる。

「そうだよ〜。大詠師がまた何か企んでくるよ〜絶対〜」

「でも、陛下は迷ってらしたわ。ルークとナタリアの言葉、きっと届いていると思う」

 冷静にティアが言うと、ジェイドは穏やかに笑んで続けた。

「陛下の中でもう答えは出ているでしょう。認めるためには後押しが必要なのですよ。そのために作った猶予、です。悪い結果にはならないと思いますよ」

「世界に訪れている危機……それを分かってもらえればきっと……」

「まぁ、明日には分かることです」

 呟くティアに笑い、ジェイドは少し先を行くナタリアとルークを見やる。

「今は信じてみましょう。ランバルディア王家の器量を、ね」


 ルークがインゴベルト王を説得する時、「ここにいるナタリアがあなたの娘だ! 十七年の記憶がそう言ってるはずです!」と言います。この少し後でもナタリアが「わたくしは、お父様のお傍で十七年間育てられました」と言います。

 ……あれ? ナタリアって十八歳って設定じゃなかった…? つーか、ファミ通攻略本やゲーム終盤に出てくる誕生年月で計算すると、この時点で十九歳のはず……。

 ……ナタリアは二年くらい王の手元から離して育てられてたことがあるのか?

 よく分かりませんが、とりあえずノベライズでは「十八年」に変えておきました。

 

 ナタリアって、製作初期はルークと同い年という設定だったんでしょうか。


 久しぶりのバチカルだが、心浮き立つという訳にはいかない。兵たちの目もあり、宿に篭もってぼんやりする外なかった。

 武闘大会の開催時には観戦目当ての客で埋まるというこの宿の客室には、闘技場が一望できる大きな窓がある。その前に立っていると、ティアが傍らからルークに訊ねてきた。

「明日、もしもインゴベルト王が強攻策に出てきたら、どうするつもり?」

「……いや、説得する。なんとしても」

「だが、陛下が簡単に納得するかな」

 ガイが懐疑的な声を出す。――と。ベッドに腰掛けて背を向けていたナタリアが、毅然として口を開いた。

「その時はわたくしが城に残り説得します。命をかけて」

「ナタリア……!」

 驚いて、ルークは従姉の名を呼ぶ。

「愚かでしたわ、わたくし。アクゼリュスや戦争の前線へ行き、苦しんでいる人々を助けることがわたくしの仕事だと思っていました。でも、違いましたのね。お父様のお傍で、お父様が誤った道に進むのを諌めることが、わたくしの為すべき事だったのですわ」

 彼女は滔々とうとうと語った。力強いその言葉に淀みや迷いはない。

「ナタリア。やっぱりあなたはこの国の王女なのね」

 ティアが感銘を受けたようにそう言うと、ナタリアはスッと目を上げた。

「そうありたい……と思いますわ。心から。わたくしは、この国が大好きですから」

 本物か、偽者か。過ごした時間や体験はそれに左右されることはない。――この気持ちは、王の血筋だから生まれたものではなかったのだ。……こうなって初めて、それに気が付けた。

「伯父上、きっと分かってくれるよな」

 ぽつりとルークが言う。

「本当に為すべき事、それが分からないお父様ではないはず」

 ナタリアの声には確信に近い願いがある。

「本当に民のこと、ナタリアのことを想っていれば、必ず分かってくれるはずです」

 イオンが微笑んだ。だが、「モースは出てくるかな……」とルークが呟くと、「恐らく……」と表情を曇らせる。

 今日、インゴベルト王の許にモースがいなかったのは幸運だった。だが、明日には恐らく向こうも万全の態勢で挑んでくるだろう。

 それでもナタリアは揺るがない。

「もはやモースも関係ありません。なんとしても説得いたしますわ!」

「まあ、さいは投げられたのです。ともかく、明日陛下にお会いしましょう」

「ええ」

 ジェイドの言葉にナタリアは頷く。仲間たちはそれぞれに、明日に思いを馳せた。





 翌日。バチカル城、謁見の間。

 玉座に座したインゴベルト王の左右にアルバイン内務大臣と大詠師モースが立っている。ルークたちは彼らと対峙していた。

「そちらの書状、確かに目を通した。第六譜石に詠まれた預言スコアとそちらの主張は食い違うようだが?」

 まず、インゴベルトが口を開いた。ルークがそれに応える。

「預言はもう役に立ちません。俺……私が生まれたことで預言は狂い始めました」

「……レプリカ、か」

 モースによって告げられた、もう一つの真実だ。衝撃をもたらしたそれを思い、インゴベルトは目元を歪ませる。

「お父様! もはや預言にすがっても繁栄は得られません! 今こそ国を治める者の手腕が問われる時です。この時の為に、わたくしたち王族がいるのではありませんか? 少なくとも、預言に胡坐をかいて贅沢に暮らすことが王家の務めではないはずです!」

「……私に何をしろと言うのだ」

 少し苛立った声を出したインゴベルトに、ルークが訴えた。

「マルクトと平和条約を結び、外殻を魔界クリフォトへ降ろすことを許可していただきたいんです」

「なんということを! マルクト帝国は長年の敵国。そのようなことを申すとは、やはり売国奴どもよ」

 アルバインが色を変えた。その尻馬に乗るように、モースも騒ぎ立てる。

「騙されてはなりませんぞ、陛下。貴奴ら、マルクトに鼻薬でも嗅がされたのでしょう。所詮は王家の血を引かぬ偽者の戯言ざれごと……」

「黙りなさい。血統だけにこだわる愚か者」

 イオンが一喝し、モースを黙らせた。生じた空白の中にジェイドが言葉を落とす。

「生まれながらの王女などいませんよ。そうあろうと努力した者だけが王女と呼ばれるに足る品格を得られるのです」

「……ジェイドの言うような品性がわたくしにあるのかは分かりません。でもわたくしは、お父様のお傍で十八年間育てられました。その年月にかけてわたくしは誇りを持って宣言しますわ」

 ナタリアは言った。まっすぐに、父を見つめて。

「わたくしはこの国とお父様を愛するが故に、マルクトとの平和と大地の降下を望んでいるのです」

 数瞬の間が開いた。

「……よかろう」

 やがて落ちた王の言葉に、アルバインとモースがハッと息を呑んで顔を歪めた。対照的に、ルークは顔を輝かせる。

「伯父上! 本当ですか!」

「なりません、陛下!」

「こ奴らの戯れ言など……!」

「黙れ! 我が娘の言葉を戯れ言などと愚弄するな!」

 諌めの言葉を吐きかけたモースとアルバインを、インゴベルトが怒鳴りつけた。彼らはぐっと言葉を呑んで押し黙る。

「……お父……様……」

 呆然と、ナタリアは父を見つめる。インゴベルトもまた、娘を見つめた。

「……ナタリア。お前は私が忘れていた国を憂う気持ちを思い出させてくれた」

「お父様、わたくしは……。王女でなかったことより、お父様の娘でないことの方が……辛かった」

「……確かにお前は、私の血を引いてはいないかもしれぬ。だが……お前と過ごした時間は……お前が私を父と呼んでくれた瞬間のことは……忘れられぬ」

「お父様……!」

 ナタリアは走っていた。飛びつくようにして父の膝にしがみつく。その体を、インゴベルトは胸にしっかりと抱き寄せた。





「よかったな、ナタリア」

 全てが終わり、王たちが退出した後で。心から明るい気持ちでルークはそう言っていた。

「よかったですの〜」

 足元でミュウも嬉しそうに耳を振っている。

「十数年も同じ時を過ごしたんですもの……。もう、血の繋がりなんて関係ないはずよ」

 ティアも微笑んでいた。

「ありがとう。認めてもらうことが これほど嬉しいことだなんて、わたくし初めて知りましたわ」

「いーや。まだまだこれからだぜ。もう一回、親子のやり直しをするんだからな」

 ガイも朗らかに笑って、けれどそう言う。

「……そうですわね」

「伯父上、ナタリアを受け入れてくれてから、戦争が起こる前の人柄に戻ったような感じがしたよ」

 ルークが笑顔で言葉を続けた。

「ええ。でも、事実を知ってしまった以上、あの頃と同じように接することは出来ないと思います。ガイの話の通り、わたくしたちはこれからが重要なのですわ」

「そうだね。でも、ゆっくりやっていけばいいよ。……ホントよかった」

 しみじみと、ガイは笑みの中に安堵の息を落とす。

「……モース様はどうしたのかな」

 アニスが呟いた。怒り心頭に達した様子だったモースは、早々に謁見の間を退出していた。イオンが応える。

「ダアトに引き上げたようですね。ひとまず動くことはないと思いますが」

「ダアトに……」

「アニス、どうかしたの?」

 顔色を沈ませたアニスを、ティアが不思議そうに覗き込んだ。

「え? ううん。それより、これでもう大詠師が王様に変なこと吹き込む隙もなくなったね」

「そうね。キムラスカはもう安心だと思うわ」

「そうだと、いいんだがな……」

 ふと、ガイが暗い目をして呟いた。

「ん? ガイ、なんて?」

 聞きとがめてルークが問い返す。ガイは明るく笑った。

「いやー、なんでもないよ。次はマルクトなんだろ、グランコクマに行こうぜ」

 マルクト皇帝ピオニー九世から、平和条約の締結と外殻降下の許可を得なければならない。

「ああ。モースが横やりを入れないうちに、話をまとめよう」

 力強くルークは頷いた。


 これにてナタリアの偽王女事件は解決。……ですが、ナタリアの出生にまつわる物語は、ゲーム終盤に再び大きく語られることになります。

 

「伯父上、ナタリアを受け入れてくれてから戦争が起こる前の人柄に戻ったような感じがしたよ」と言うルーク。……あれ? 軟禁されてたけど、国王に会う機会は何度かあったのかな? それとも、アクゼリュスへ発つ前に会った二回からの印象でしょうか。

 長髪時代のルークが口汚くモースを怒鳴りつけても穏やかにたしなめていたインゴベルト王は、結構温和な性格なのではないかと思っています。彼の私室には亡き妻と、幼い日のナタリアの肖像画が飾られており、ナタリアの成長の喜びを綴った日記もあったりして、かなり家族思いの、子煩悩な人であるらしい。雑誌のシナリオライターインタビューにも、時間がなくて没になったイベントとして、インゴベルト王がナタリアの思い出話を延々して、聞かされたルークたちがこっくりこっくり居眠りしてしまう、というものがあったと書かれていましたっけ。

 国の繁栄のため、この時点で既に二度もルークを殺そうとしたインゴベルト王ですが、ルークは恨んでも恐れてもいないみたいですね。ナタリアも、殺されかけても「お父様を愛する」と言い切ってましたが、なんだかんだ言って、ルークは家族や身内が大好きということなんでしょうか。こういう性格だからこそ、ガイを信じ通すことも出来たんでしょうね。

 

 ところで、謁見室の周囲にいた兵士たちに話を聞いてみると、

「17年間の記憶が親子の絆というルーク様のお話に私は震えが止まりませんでした」
「ルーク様のお言葉が胸に染みました……」

 などと言ってる兵士たちがいます。ルーク人気がちょっと高まったみたいです。

 それはそうと、考えてみれば、ナタリアは親善大使で婚約者のルークに同行してアクゼリュスで行方不明になったのに、市民も兵士も誰一人としてルークの話題を出さなかったというのは、逆に凄まじい。よほど人気がなかったというか、どうでもいいと思われてたんだなぁルーク。(彼の死も開戦の口実にされてたので、存在自体は公表されてたと思います。)一人ぐらい、「ナタリア殿下と、その婚約者のルーク様が帰って来ないらしい」とか言ってる市民がいてもよかったのに。

 

 インゴベルト王を説得すると、バチカルで様々なサブイベントを起こせるようになります。

 バチカル城のナタリアの部屋へ行ってメイドに話し掛けると、ティアがメイド服の称号『おすましメイド』を得ます。長いので、詳細は別ページに。

 →ティアのメイド、ウェイトレス関連イベント

 闘技場がオープンして、参加できるようになっています。

ルーク「……ん? 随分賑やかだな」
ガイ「!」
ティア「武闘大会のようね……」
ルーク「武闘大会っ!? なんだよ、それっ!?」
ガイ「あちゃ〜」
#片手で頭を掻くガイ
ティア「……何?」
ガイ「屋敷全体で隠してたんだ。ルークに知られたら『俺も出る』ってゴねると思って」
ナタリア「私もその悪事の片棒を担がされましたわ」
ルーク「そ、そんなガキじゃねーよっ!!」
アニス「ど〜だかなあ〜♪」
ルーク「……」
ジェイド「この国の武闘大会は有名ですよ。ピオニー陛下も行きたい見たい、参加したい、で大変でしたから」
ガイ「今回は開催できないかと思っていたが まあ、戦争も終わったし……」
ジェイド「こういった催しで民衆の目をかわし彼らの不安や不満を一時的に緩和するのは政治の常套手段です」
ナタリア「……いちいち嫌味な言い回しですわね」
ジェイド「これは失礼」
#ジェイド、肩をすくめる

 屋敷全体で情報操作……。ルークって軟禁されてたんだよなぁってことを今更実感させられます。

 なお、武闘大会に出たいと騒いだというピオニー皇帝ですが、後に発売された『テイルズ オブ ファンダム Vol.2』によれば、体術の使い手なのだそうです。飛燕連脚(蹴り技)、双撞掌底破(シンクも使っている、掌底突き)、イカスヒップ(ヒッププレス?)で、街のチンピラたちをのしてしまうほどの実力はある模様。

 

 闘技場に話を戻しますが、武闘大会で優勝することでメダルやトロフィー、武器などが入手できますので、アイテムコンプを目指すなら避けて通れません。また、個人戦で優勝すると全員に称号がもらえますが、ジェイドのみ ちょっとしたイベントが起こって、衣装の変わる称号がもらえます。

司会「並み居る強敵を踏みしだき その手に最強の二文字を手にしたのは……ジェイド選手っ!! 最終戦を突破し、ついに、ついに優勝で〜すっ!! 賞品授与式のため、ジェイド選手はこちらの召し物に着替えてくださ〜い」
ジェイド「おや? 今までそのような事は無かったように見えましたが……?」
司会「はーい。でもこういう書状が来てまして」
#司会者、ジェイドに駆け寄ってきて書状を見せる
ジェイド「む……。これは、ピオニー陛下の手紙……?」
『ジェイドという名のマルクト軍服を着た者が大会に参加し、優勝した場合は こちらの手配した衣服でもって賞品の授与を行うこと。このジェイドというもの、服装感覚ファッションセンスが難あり。マルクト軍の恥とならぬよう、此度の手配となった次第。必ずこの衣服を着用せしめること。
 マルクト帝国皇帝ピオニー九世』
ジェイド「まったく……あの人は……」
司会「どうしますか〜?」
ジェイド「仕方ありませんねぇ。陛下の悪ふざけに付き合ってあげましょう」

#仕切りなおし。
司会「ということで、バトルマスタージェイド選手の入場です! 皆さん拍手〜!」
#新しい衣装で闘技場に入ってくるジェイド
ジェイド「観客の皆さんは、微妙に引いてるようですねぇ」
司会「見たこと無い格好ですから〜。反応しようがないか〜。ともかく、おめでとう!!」
 ジェイドはバトルマスターの称号を手に入れました
司会「……この栄誉を称え、アナタには優勝賞金35000ガルド、優勝賞品として……『ゴールドメダル』を授与っ!! 観客の皆さん〜拍手っ〜!! さらにおまけに♪ あなたの最強を称えるために武器を与えちゃいま〜す!!」
 デュナミスを手に入れました
司会「では、次に待つ、熱戦まで、暫し、お別れです〜。みなさん、さよなら、さよなら、さよ〜なら〜♪」

#選手控え室
ジェイド「まったく。陛下にも困ったものです」
ガイ「まぁなぁ。でも、似合ってるじゃないか。ジェイドの旦那」
アニス「そうですよぉ。切れ味鋭そう〜」
ジェイド「ふむ。まぁ、陛下の仕立てたものにしては まともな方ですね。しばらくはこの格好でいましょうか」
ルーク「ははは。じゃ、行こうか」

 ジェイドも人の子と言うか、仲間たちに衣装を誉められてまんざらでもなくなってたりする辺りが、なんか可愛くていいですね。

 

 バチカルのミヤギ道場の上辺りの通路を歩くと、ナタリアの王女としての決意が聞けます。(声付き)

 ファブレ邸に行って、ティアを先頭にして「師匠の妹」の称号をつけてルークの母・シュザンヌに話し掛けると、会話イベントが起こります。……もの凄く発生条件厳しいですよねコレ。自力で気付けた人は凄すぎると思います。これをこなすと、まだ持っていなかった場合、ティアの「お姉さん」の称号がもらえます。

ティア「ご機嫌はいかがですか?」
シュザンヌ「ええ。今は随分気分がいいわ」
ティア治癒術師ヒーラーの技術でお力になれればいいのですけど……」
シュザンヌ「ふふふ」
ティア「どうかなさいましたか?」
シュザンヌ「あなたと話しているうちに もしあなたが私の子供だったらと想像してしまって。はしゃぐルークとナタリアをたしなめることができる お姉さんのあなた……目に浮かぶわ。姉にあなたのような女性がいたら ルークもナタリアももう少しおとなしい子に育ったかもしれませんね。今の旅でもあなたは心配役でしょう? やんちゃなルークの面倒を見るティアお姉さんは大変でしょうね」
ティア「あ、いえ、そんな……。私こそ助けられてばかりで……。振り回してしまったり やさしくなんてしてあげられていないですし」
シュザンヌ「ふふ」
ティア(赤面)
メイド「奥様、そろそろお休みになられたほうが」
シュザンヌ「わかりました」
ティア「それでは、失礼します奥様。お体をご自愛下さい」
シュザンヌ「これからもルークをお願いしますね。ティアさん」
ティア「は、はい」

 この会話で面白いのは、シュザンヌの性格がなんとなく分かるところ。ルークとナタリア、ティアを同列に『子供』として見ていて、子供全般が好きというか、とても母性の強い人なんだなぁという感じです。

 ティアのことを「私の娘だったら」と言い出した時、てっきり『息子のガールフレンド』という目で見ているのかと思いきや……『姉』ですもんね。

 実際にはティアより二つも年上のナタリアを、ルークと同列のやんちゃな子供だと語るシュザンヌ。なんとなく、お屋敷時代のルークやナタリアの姿が垣間見えるようで、ほのぼのして好きです。

 

 また、ユリアシティでルークの奥義イベントを起こしていた場合、ルークの母に話し掛けると親孝行でお金をせしめるルークの姿が(笑)。

ルークの奥義書2-2
ルーク「母上。何かして欲しいことってありませんか」
シュザンヌ「まぁ、ルークどうしたの?」
ルーク「あの……何かしてあげたいんだ」
シュザンヌ「優しいわね、ルーク。あなたがそんなことを言ってくれるなんて 母はその気持ちだけで十分です」
ルーク(まずい。このままじゃお金が貰えない……)
ルーク「母上、肩を揉みます!」
シュザンヌ「まぁ、ルーク!」
#ルーク、肩を揉む。
シュザンヌ「ありがとう、ルーク。そうだわお小遣いをあげましょう。旅は何かと入り用でしょうから」
 ルークは30000ガルドを手に入れた
ルーク(う、まだ足りない……)
ルーク「母上! まだまだコリがほぐれていません!」
シュザンヌ「ルーク……。本当にいい子になって……」
#ルーク、もっと肩を揉む。
シュザンヌ「ルーク、もう充分よ。随分長いことやってくれたわね。つかれたでしょう? ご褒美にもう少しお小遣いをあげましょうね」
 ルークは200000ガルドを手に入れた
ガイ「奥様、さすがにそれは小遣いとしては多過ぎると思います。可愛い子には旅をさせろともいいますし…… もっと少なくても良いと思いますよ」
シュザンヌ「そうかしら? では厳しいかもしれませんが少なくしましょう」
 ルークは10000ガルドを手に入れた
シュザンヌ「さあ、そろそろ行くのでしょう? 気をつけるのですよ」

「さすがにそれは小遣いとしては多過ぎると思います」と言って大金を与えようとするのを止めるガイ。こういう様子を見ていると、ガイってホントに「ルークの教育係」だったんだなぁと思えます。……結局お金が足りないで、この後何度もせしめに来ることになるわけですから、一度にもらっといた方がよかった気もしますが……。(まぁ、お金は容易く手に入らない、というルークの教育にはなったのだろーか…。)

 

 ファブレ邸を警備する白光騎士団の一人が、
「髪を切ったルーク様は今までよりも引き締まった顔に見えます」と言うのでちょっと笑えました。確かに、髪切ってからルークは顔つき変わり過ぎですよね(笑)。


 王とナタリアの和解が伝えられたらしい。バチカルの市街地は穏やかな空気に包まれ、市民たちは口々にナタリアを讃える声を上げていた。

「……」

「どうしたんだ、ナタリア?」

 上層の通路から眼下の市街地を見下ろして、ナタリアは考え込んでいる。ルークが問い掛けると、彼女は手すりを握り締めたまま声を出した。

「……わたくし、王族としての責務を果たしてきた『つもり』でしたわ」

「つもり、じゃないでしょ? 港の開拓事業とか療養所の設置とかしてたじゃん」

 アニスが言う。

「でも、それが自己満足ではないと言い切れますの?」

「現実に、この街の人々はナタリアに感謝していたわ。自己満足ではないでしょう?」

「そうでしょうか……」

 言い聞かせるようなティアの言葉を聞いて、ナタリアは胸で手を組んで顔をうつ伏せる。

「全ての行為は自己満足から始まるものですよ」

 不意に、ジェイドが語った。「そんなもんか?」と見上げたルークの視線の先で、彼は言葉を続ける。

「例えば、ナタリアが損得ではなく『国のために尽くしたい』と思ったとします。ですが、それを叶えることでナタリア自身も満足する訳です」

「そりゃそうだ。だがジェイド、そいつは言葉遊びみたいなもんだろ」

 ガイが言うと、「ええ。屁理屈ですよ」とジェイドは声音に明るい笑みを含めた。

「例え自己満足でも、それが多くの人の賛同を得た時、それは自己満足の域を超えるのではないかしら」

 ティアは生真面目に意見を述べていく。

「だったら、ナタリアはこの街の人たちには支持されてたじゃないか。自己満足なんかじゃないってことだ」

 ルークは明るく結論付けた。――が、続いたナタリアの声は厳しい。

「いいえ。もっと出来ることがあるはずですわ。

 本当の王女ではないわたくしがこの立場にある以上、わたくしには皆の幸せを考える義務があるのです。この街の皆は、わたくしを受け入れてくれました。わたくしはその期待に応えなければなりません」

 インゴベルトの娘として認められて、とても嬉しかった。――そうありたいと願った自分の心を支えてくれたのは、仲間たちや街の人々の信頼だ。それを、返したい。

「ナタリアって……すげぇな……」

 賛嘆の声をルークは落とした。「ええ」とティアも真情を込めて同意する。

「でも、少しずつでいいのだと思うわ。出来ることを少しずつ……確実に」

「はー。王族って綺麗な服着て美味しいもの食べて、ダラダラしてるだけじゃダメなんだなー」

 アニスが肩をすくめた。「まあ、そういう国は滅びるからな」とガイが苦笑している。

 そんな若者たちの様子を見ながら、ジェイドは口の中で呟いた。

「彼女が真に国民のことを考えた時、王制そのものをどう捉えるのか。楽しみではありますねぇ」

「なんか言ったか?」

「いいえ。なんでもありません」

 聞きとがめたルークにおどけた口調で言うと、ジェイドは薄く笑ってみせた。


 ……個人的なひっかかりなのですが。『アビス』では、上のエピソードのような、王制を批判するような言葉をたまにジェイドが漏らすのですが、これは何なんでしょうね。

 この物語が、王制を廃して新たな社会体制を作ることを盛り込んでいるならば まるで気にならないのですが、そうじゃないので、気になってしまいます。若者が口先だけでなく頑張ってる時に、後ろから年長者が訳知り顔で「ひっくり返す」ことを言うという構図は、あまり気味がよくないなあ……。

 ジェイドが元々反体制的なキャラクターならいいのですが、彼自身、皇帝の懐刀と呼ばれる、バッチリ体制に組み込まれた人間なのに。(マルクトの皇帝は議会の承認を必要とするものの、世襲制。現在の皇帝もそう。)

 他所の国の若者にごちゃごちゃ言うくらいなら、自分の国の制度をどーにかしてればいーじゃん、とか思ってしまう…。

 つーか、話が違う方向に引っ張られて困惑するので、あまりテーマと無関係な要素を付け足さずにいてくれたほうが、個人的にはありがたいかもです。

 確かに、世間には様々な視点や思想がありますが、その全てに目を通そうとすると混乱します。視野が狭すぎるのも問題ですが、拡散しているのもよくない感じ。(ベルケンド二回目でのフェイスチャット『貴族とは』の後半は、正直ひどい会話だと思っています。)立ち位置を固めることも重要だと思う。特にルークやナタリアのように「自分」の位置を見つけられずにふらついている時には。



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