キムラスカでの苦難とは違い、マルクト帝国への謁見と提案は非常に速やかだった。

「そうか、ようやくキムラスカが会談をする気になったか」

 玉座に座して、マルクト皇帝ピオニー九世は鷹揚に微笑っていた。元々、平和条約締結は彼の側から持ち出したことだ。随分な遠回りになったが、ようやく本題に入れたとも言える。

「キムラスカ・ランバルディア王国を代表してお願いします。我が国の狼藉をお許し下さい。そしてどうか改めて平和条約の……」

「ちょっと待った。自分の立場を忘れてないか?」

 言い掛けたナタリアを、ピオニーはやんわりと制した。怪訝な顔になった彼女とルークに向かい、言い聞かせるようにする。

「あなたがそう言っては、キムラスカ王国が頭を下げたことになる。……止めないのも人が悪いな、ジェイド」

 玉座の傍らに立つ、皇帝の腹心にしてナタリアたちの仲間であるジェイドを見やると、彼は「おや、ばれてましたか」と悪びれずに笑った。

 全く、このキムラスカの若き王族二人は、あらゆる意味で危ういほどに純粋だ。――その愚直さが、困難を極めた和平への道をついに切り開いたということなのだろうが。

「ここは、ルグニカ平野戦の終戦会議という名目にしておこう。で、どこで会談する?」

「本来ならダアトなのでしょうが……」

 ジェイドは言葉を濁らせた。イオンが後を継ぐ。

「今はマズいですね。モースの息の掛かっていない場所が望ましいです」

 ダアトでそのような場を設ければ、モースは全力で阻止しようとしてくるだろう。だが、他に和平会談に相応しい中立の場があったかどうか。この世界でダアト以外の中立地帯といえばケセドニアかカイツールだが、どちらも今は魔界クリフォトに降りている。

「ユリアシティはどうかな、ティア」

 不意にルークが言った。

「え? でも魔界クリフォトよ? いいの?」

「むしろ魔界の状況を知ってもらった方がいいよ。外殻を降ろす先は魔界なんだから」

 落ち着いて語るルークに、ジェイドが同調した。

「悪くないですね。では陛下、魔界の街へご足労いただきますよ」

 外殻の底、障気で満ちた闇の中に、二千年もの間潜んでいた監視者の街だ。

 だが畏れるでも忌むでもなく、変わらぬ鷹揚さでピオニーは笑った。

「ケテルブルクに軟禁されてたことを考えりゃ、どこも天国だぜ。行ってやるよ」

 そう言って、 「魔界クリフォトに行くってなると、暫くあいつらの面倒を誰かに任せないと……。帰ってきたらゲッソリなってたなんて冗談じゃないからな……」などと、何やら呟いている。

「あいつら?」

 思わず疑問の声を出したガイに、ジェイドが笑って言った。

「陛下の恋人たちですよ」

「へ、へぇ……」

 まあ、帝国皇帝ともなれば恋人の二人や三人いてもおかしくないのかもしれないが。

「こうなると飛行譜石が必要だな」

 一方で、ルークは仲間たちを見回して口を開いていた。セフィロトの暴走が解決されていない以上、ユリアロードは未だに不安定だろう。確実に使えないならば、ユリアシティへ行くにはアルビオールの飛行機能を使う他ない。

「そうですね。飛行譜石はディストが持っています。ただ、彼がどこにいるのかは、ダアトでトリトハイムに確認しないと分かりません」

「ダアトか……。モースも戻ってるんだろ。危険だな」

 イオンの言葉を聞いて、ガイが考え深げに呟く。インゴベルト王を説得した以上、以前のような処刑騒ぎにはならないだろうが、どんな手を使ってくるのか知れたものではない。出来れば近付きたくないものなのだが。

「くそ! なんだってディストの奴が飛行譜石を持ってるんだよ。面倒だなぁ」

 ルークがむくれると、ジェイドが笑った。

「興味があるんでしょう。あれは譜業や音機関の偏執狂ですからね。――ガイと同じく」

「誰が偏執狂だって?」

 ガイに胡乱げな目で睨まれると、ジェイドは困った顔でルークをたしなめた。

「そうですよ。ガイとディストを一緒にしてはいけませんね、ルーク」

「俺は何も言ってねぇっつーのっ!」

 ルークは子供のようにぷんと顔を背ける。一方で、ナタリアもむっつりとした表情を作っていた。

「ディスト……。わたくしはあの者は嫌いですわ。傲慢そうな態度といい、その物言いといい……」

 巨大ロボットでセントビナーの街の人々を襲って虫けら呼ばわりし、ノエルを捕らえて人質にし。モースと共に父王を唆してナタリアとルークの処刑を行おうとした。ナタリアの彼への印象が良くなろう筈もない。

「そうだね〜。なんかトカゲっぽいしね」

 アニスが肩をすくめて同意した。「トカゲ……なるほど、確かにトカゲっぽいですわ」と力強く頷いたナタリアに向けて、ニヤリと笑って語りだす。

「多分、あの座ってる変な椅子がトカゲのしっぽ代わりで、危なくなったらポーンってディストが飛び出して、椅子を囮に逃げ出すんだよ!」

「まぁ! ではあの椅子は彼のお尻にくっついているのですの?」

「そうそう。きっと無くなったらまた生えてくるよ!」

「彼は人間ではないのですね……」

 ナタリアは全く真剣だった。恐るべき真実を知ったとばかりに微かに声を震わせている。

「凄いこと言ってるぞ……」

 いいのか、とルークはジェイドに話を向けたのだが。

「はっはっは。間違ってなさそうだからいいじゃないですか」

「おいおい……」

 突っ込むと、ジェイドは柔和な笑みのままで指摘した。

「ほらほら。いつまでもふざけてないで。ティアが睨んでますよ」

 ルークたちの視線がティアに集中する。確かに、彼女はずっと黙ったままだった。

「……もういいです」

 ティアはむくれてそっぽを向いた。こういう時、生真面目な人間は損をするのかもしれない。





「なあ、ダアトに行く前にちょっと防具屋に寄っていいか?」

 宮殿から港に向かう途中で、ルークが言った。

「あん? 別に構わないが……」

「今は防具を新調する必要ないじゃん」

 無駄遣い反対! と主張するアニスに「いや、防具が見たい訳じゃなくてさ……」とルークは言葉を濁らせる。

「とにかく、ちょっと行って来る。ティア、行こうぜ」

「え? わ、私?」

 目を瞬かせて、ティアは戸惑った顔をしながらルークの後に付いていった。



 グランコクマの商業区には集合商店がある。バチカルの集合商店に比べるとずっと小規模だが、同じ建物の中に様々な商店がまとめられており、買い物する際にはなかなか便利な代物だ。

「すいません。ここにライズって細工師の人がいませんか?」

 防具屋のカウンターに向かってそんなことを訊ねているルークを見て、ティアは首を傾げた。足元にくっついてきたミュウも不思議そうだ。

「どうしたの、一体……」

「うん、ちょっと……」

 答えて、ルークは店員に示された方に歩いて行く。店の片隅に、眼鏡を掛けたいかにも職人然とした男が現われていた。

「俺がライズだが、何か用かい?」

 そう言った男に、ルークは早速切り出した。

「前に辻馬車の馭者からペンダントを買わなかったか? 三カラットくらいのスターサファイアがはめ込まれてる……」

「ああ。あれなら確かに俺が買い取ったよ」

「それを買い戻させてくれないか。あれは、元々彼女のものなんだ」

「ルーク……」

 ティアは僅かに目を見開いた。擬似超振動でタタル渓谷に飛ばされ、二人の旅が始まった時、辻馬車代としてティアのペンダントを手放したことがあった。もう半年近くも前のことなのに、まさか彼が覚えていて、しかも買い戻そうとまでしようとは。

「そりゃ構わないが、俺も商売だからな。色を付けさせてもらうぞ」

 ライズは言う。上等な仕立ての服を着たルークをどう値踏みしたのか、「10万ガルドだ」と言い放った。

「ルーク! いいわ」

 ティアは鋭く声をあげる。元々、2万4千ガルドの馬車代として手放したものだ。到底、収支が釣り合いはしない。

「平気だよ。10万ガルドぐらいなら父上に言えば……」

「私が困るわ。それにあなたのお父様のお金は、あなたのお父様とお母様のお金でしょう?」

 そう言うと、ルークは見る間にしおれて眉尻を下げた。

「そりゃ……俺は本当の息子じゃないけど……」

「そうじゃないわ。たとえあなたでも、アッシュでも。ファブレ家の資産は公爵のものであって、あなた達のものではないということよ」

 噛んで含めるようにティアは説明した。

 実際には、事故で飛ばされた『公爵家子息』を屋敷に送り届けるためにペンダントを手放したのだ、必要経費として公爵家に請求してもおかしくはないかもしれない。だが、それは許されざることだとティアには思えた。ルークを外界に飛ばしたのも、その後ペンダントと引き換えに辻馬車に乗ることを選択したのも、全て自分だ。自分の責任を果たすためだった。公爵家の金を使って買い戻されても嬉しいとは思えない。

「ルーク……無理に買い戻そうとしなくてもいいのよ。あれを渡したのは私なんだから。気にしないで」

「だけど……あれ大事なものだったんだろ?」

「ええ、それは……。でも……」

 目を伏せたティアの向こうで、ライズが少し苛立った声をあげている。

「おいおい。どうするんだい? 10万ガルド払う気になったのかい?」

「――少しここで待っててくれ!」

「ちょ、ちょっとルーク!」

 大声で言い残して、ルークが人ごみの向こうに駆けて行ったので、ティアは驚いた。

 十分ほど待っただろうか。戻って来たルークが金貨十枚をライズに渡したので、更に驚いた。

「毎度あり〜♪」

 ニヤニヤと笑って、ライズは道具箱からペンダントを出してきた。間違いなく、かつてティアが持っていたものだ。

「どうしたの、そんなお金」

「ああ……。屋敷から持って来た剣を売ったんだ」

 少し気恥ずかしそうにルークは種を明かした。

「結局俺の金じゃないってことかもしれないし、それでも足りなくて、残りはみんなの公金から貸してもらったんだけど」

 貸してもらった分はこれから稼いで返すから、と懸命に言いながら、ルークはペンダントをティアに差し出す。

「ほら。これ、大切なものだったんだろ」

「でも……」

 数瞬、ティアは躊躇する。けれど。

「ううん、ありがとうルーク……」

 肩の力を抜いた。微笑んで受け取った脇を、「じゃあ俺はこれで失礼するよ」とライズが去って行った。

「崩落したケセドニアで、辻馬車のおじさんにまた会ったからさ。グランコクマのどこで売ったか聞いておいたんだ」

 ルークの声が聞こえる。

「……本当に……良かった……」

 ティアはペンダントを両手で握り締めた。ルークの声が少し近付いてくる。

「あのさ、ティア。どういう謂れのものか聞いてもいいか?」

「母の……形見なの」

 明かすと、ルークが息を呑む気配がした。向けた視線の先に、しょんぼりとした少年の顔が見える。

「……そんな大事なものだったのか。あの時、俺、ホントに酷いこと言ったんだな。ごめん……」

 確かに、『これでもう靴を汚さなくて済むわ』と笑われた時は、ひどく憎らしく思えたものだった。……けれど。

「いいのよ。だって……あなたはこうしてペンダントを取り戻してくれたじゃない」

 ティア自身は、ペンダントは二度と取り戻せないのだと諦めていた。だから転売先を訊ねようとも思わなかったのに、彼は忘れていなかった。一瞬のティアの怒りと悲しみの目を覚えていて、ずっと気にしていてくれたのだ。

「ルーク、本当にありがとう!」

 笑顔を輝かせてそう言うと、少年はさっと顔に朱を刷いて、誤魔化すように鼻をこすった。

「べ、別に……そんな……礼を言われるようなコトしてねーしっ。それより、もう行くぞ!」

 言うなり、子供のように走って店を出て行ってしまう。

「ご主人様、照れてるですの。やっぱりご主人様はホントは優しい人ですの!」

 足元でミュウが誇らしげに笑った。ティアも笑みを深めて頷く。

「……ええ、そうね。思慮が足りないところもあるけれど……優しいところも沢山あるわね」

 ペンダントを首にさげると、以前と同じ安心感がティアを包んだ。だがそれ以上に、今は胸を暖かく満たす何かがある。

(ルーク……)

 いっぱいになった胸を両手でそっと押さえて、ティアは目を閉じて微笑んだ。


 ルクティアイベントは実は多いのですが、大概サブに回されているので一周目プレイだと印象に残りにくい…。

 

 実際のゲームだと、このイベントを起こせた時点で10万ガルドを払えることはまずありませんので、大抵は

ライズ「おいおい、足りねーぞ兄ちゃん。ひやかしなら勘弁してくれ」
ルーク「え? マジで!?」
ティア「ルーク……気持ちはありがたいのだけど……」
ミュウ「カッコ悪いですの……」

 という目に遭うことでしょう。カッコ悪いですの。

 

 長髪時代のルークは傲慢無神経で周囲のことなど全く気にしてなかった……かに見えて、実は結構気にしていたらしい、という話。気になっていたからこそ後で転売先を調べたわけで。あれがティアの母の形見だと知ってから探したと言うわけではなく、どうやらティアの大切なものだった「らしい」というだけで探したというところが善良と言うか。ホント優しいです。いつも好き勝手にしている子供に母の日に肩たたき券をもらったかのような嬉しい衝撃を感じます。(オイ)

 それはともかく、ルークはティアのペンダントを半年近く前の夜中に一目見たことがあるだけなのに、三カラットくらいのスターサファイアのはめこまれたペンダント、と正確に説明していました。宝石名やカラット数がサラッと出てくる辺り、さすが貴族というか。「このくらいの紫色の石のはまった…」とか言うかと思ったのに、ルークのレベルは私の予想を超えて高かった。こういうものの「見る目」は意外と肥えてるのですね。

 ティアのペンダントは、ティア専用の優れた補助装備です。

 

 ところで、実際のゲームではこの時点でもユリアロードを自由に使えたりします。なのに最初からルークは「飛行譜石が必要」と言ってて、少し変です。ユリアシティへ行く方法に関してはずっとこうで、ユリアロードが使えるのに何故かルークたちはそれを避けて「アルビオールが使えないと行けない」と言い続けています。なんだろうこれは。面倒なのでこのノベライズではユリアロードはルグニカ降下前後からずっと使用不可ということにしています。

 キムラスカ・マルクト双方と話をつけてダアトに行く直前にもユリアロードでユリアシティに行けますが……。何故かテオドーロ市長に話しかけても、平和条約締結に関する話が出来ません。……しかし街をウロウロしているセントビナーの住民たちと話すと、既にユリアシティにインゴベルト王とピオニー皇帝が来ている事になってます。あれれれれ??

セントビナー市民A「ピオニー陛下とかキムラスカの王様とか すごい顔ぶれだったけど、何? 結局 戦争ってどうなったの?」
セントビナー市民B「ピオニー陛下やゼーゼマン参謀総長などマルクトのお偉いさんばかりじゃ。これで、戦争は終結となるかの?」
セントビナー市民C「偉そうな人たちが集まってたけど早くあたしらを街に帰してほしいよ。こーんなとこでなんの話をするのかねぇ」
老マクガヴァン「ジェイド坊やもさすがに真剣な顔じゃな。今回ばかりはキムラスカにも協力してもらわんと」

 でも、実際に首脳がユリアシティに着いて平和条約を結ぶ直前は、自動的にイベントが進むので人々に話しかけられないのですよね。で、条約締結後は、もう言うことが切り替わってます。なので、ある意味幻の会話です(笑)。

 

 余談ですが、アルビオールが飛べない時、ユリアロードでユリアシティに入って、港から外に出ようとすると、先頭にしているキャラが一言喋るのですが。ちょっと面白かったのでメモ。

ルーク「歩きじゃ、ここからは出られないぞ」
ティア「移動手段なしで外へ出るなんて無茶だわ」
ガイ「こんなに障気が溢れてちゃ歩きで外には出られないな」
ナタリア「この障気では歩いて移動なんてとてもできそうにないわ」
アニス「歩いて外に出るなんて無理無理〜。外に出るなんて絶対に無理〜」
ジェイド「常識のある人間なら徒歩で外に出ようなどと考えもしないでしょう」

 ジェイドのコメントには、「すみません…」という気分にさせられました。ええ、普通は徒歩でユリアシティの外に出ようと試みる…どころか考える奴すらいないですよね。はは。


 ダアトの教会に入ろうとした時、突然アニスが頭を抱えて座り込んだ。

「いったーい!」

 何かが彼女の後頭部にぶつかったのだ。

「誰だ、ボケぇっ!?」

 すぐに立ち上がってガニ股で凄んだアニスは放っておいて、ルークは地面に落ちているそれ――紙飛行機を拾い上げた。飛距離が増すように先に重石を仕込んだそれを広げると、中には文字が並んでいる。

「手紙だ。これは……ディストからだ!」

「なんて書いてあるんですか?」

 イオンの声に応じて、ルークは声に出してそれを読み上げた。

憎きジェイド一味へ

「まあ、いつの間にかジェイド一味にされていますわ」

 ナタリアが呆れた顔をしている。

 

飛行譜石は、私が――この華麗なる薔薇のディスト様が預かっている。返して欲しくば、我らの誓いの場所へ来い。そこで真の決着をつけるのだ!
 怖いだろう。そうだろう。  だが怖じ気づこうとも、ここに来なければ飛行譜石は手に入らない。あれはダアトにはないのだ。絶対ダアトにはないから早く来い!
 六神将・薔薇のディスト

 

 読み終わると、ふぅ、とルークは息をついた。

「……なんかいかにもダアトにあるって手紙だな。アホだろ、こいつ」

「大佐、どうします?」

 ティアがジェイドの顔をうかがった。

「ほっときましょう。ルークの言う通りです。きっと飛行譜石はダアトにありますよ」

「ですが、ディストは僕たちに……」

 律儀にディストの呼びかけを気にするイオンを制して、ジェイドは白々と告げる。

「約束の場所というのは、多分ケテルブルクです。放っておけば待ちくたびれて凍り付きますよ」

「哀れな奴……」

 ガイが首をすくめて呟いた。





 念のために詠師トリトハイムに話を聞いておこうとアニスが言うので、一行は礼拝堂へと向かった。

「導師イオン! お捜ししておりましたぞ!」

 講壇に立っていたトリトハイムは、一行の中にイオンを見つけて声を大きくした。

「すみません。ですが所用でもう暫く留守にします」

「導師としてのお勤めは如何なさいます! 処理していただきたい案件が多数残っているのですよ。……大詠師モースも、戻る早々神託の盾オラクルを引き連れてアラミス湧水洞に向かわれるし……」

 トリトハイムの困り果てた声を聞いて、ジェイドが得心顔をした。

「なるほど……。ユリアロードを封じて、私たちがディストに会いに行くように仕向けているんですね」

「お出かけになるならせめて導師守護役フォンマスターガーディアンをもう五人、いえ十人……」

「大所帯では身動きが取れません。アニス一人で結構です」

 イオンがさりげなくアニスの導師守護役フォンマスターガーディアン職への復帰を告げた時、当のアニスがようやく本題を切り出した。

「あのー、詠師トリトハイム。神託の盾オラクル騎士団のディストはどうしてますかぁ?」

「律師ディストなら少し前にここに戻りましたが、また慌ただしく出て行きましたよ。付き人の唱師ライナーなら詳しいことを知っているでしょう」

「ライナーって人はどこにいるんですか?」

 ルークが訊ねる。

「今は神託の盾本部で訓練を行っている筈です」

「行ってみましょう」

 ティアが促す。「ああ」と頷いてルークが身を翻しかけた時、「……ん?」と、トリトハイムが怪訝な顔をした。

「詠師トリトハイム、どうしたんですか?」

 立ち止まってアニスが訊ねる。

「いや、異様な音素フォニムを感じるが……」

「なんだそりゃ……」

 首を傾げたルークに、「それのことではありませんか」とジェイドが言った。彼が手で示したのは、ルークが腰の後ろに渡している剣だ。

「この剣か?」

 スラリと抜いてみせると、赤と黒で彩られた禍々しい刀身が露になった。あまりいい趣味とは言えないが、今まで使っていた剣をグランコクマで手放したので、店で引き取ってもらえずに持ち歩いていたそれを、代わりに使っていたのだ。

「入手した時から第一音素ファーストフォニムを強く感じてはいましたが、それが日に日に強くなっているようです」

 ジェイドがそう言ったが、ルークにはよく分からなかった。ふーん? と刀身をかざして見ていると、穏やかだったトリトハイムが目を剥いて訊ねた。

「こ……これは! この剣をどこで手に入れたのです!」

「メジオラ高原だよ。魔物の背中に刺さってたんだ」

 以前、墜落したアルビオール初号機に閉じ込められたギンジを救出にメジオラ高原の奥地に向かった時、二足歩行する竜のような魔物に襲われたことがある。その背中には今まで戦った戦士たちの残したものなのか、無数の剣が突き立っていたが、この剣だけが折れることも朽ちることもせずに残っていたのだ。

「詠師トリトハイム。この剣が何か……?」

 ティアが訊ねると、トリトハイムは言葉を濁らせた。

「う……うむぅ。まぁ、今となっては話をしても構わぬか……。その武器は惑星譜術の触媒と言われているものだ」

「惑星譜術って、なんですの?」

「創世暦時代に考案された大規模譜術です。このオールドラントの力を解放するとか」

 ナタリアの問いにはジェイドが答えた。

「オールドラントの力を解放するって、どういうことなのでしょう」

「簡単に言うと、星の質量を相手に重ねてぶつけるんです」

「星をぶつける……? す……すげぇ……」

 ルークが声を震わせながら目を輝かせ、「重そうだよね〜」とアニスも感嘆の声を上げている。

「ええ、それに……かなり痛そうですわ……」

 ナタリアは自分が痛そうな顔をした。

「……三人とも、何か物凄い絵面えづらを想像してないか?」

 ガイが苦笑している。ジェイドも笑った。

「まあいいじゃないですか。食らえばかなり痛い譜術であることは確かですから。もっとも、これが使われる前に譜術戦争フォニック・ウォーは終結したので、使用されることはなかったそうですが……」

「そうです。その惑星譜術に関する資料がユリアシティで発掘され、前導師エベノスの手で密かに復活計画が進められていました」

 トリトハイムが言った。

「その為に必要だったのがこの剣なのか?」

 ガイの質問にトリトハイムは頷く。

「そうです。レムの力を操るための武器が三種、シャドウの力を操る武器が三種。これらを必要とする……らしいのですが」

「なんかあやふやだなぁ……」

 胡散臭そうな顔になったルークに、「実は詳しいことはよく分かっていないのですよ」とトリトハイムは弁解をした。

「惑星譜術計画の責任者であった神託の盾オラクルの騎士は、資料を処分して教団を辞めてしまったし、エベノス様も亡くなられたので……」

「残念だなぁ。話を聞く限りものすごい譜術なんですよねぇ?」

 アニスが言った。

「それを大佐が使えたら、これからの戦いに役に立ったりしそうなのに」

「そうですね……。いたずらに力を得ることが良いとばかりは言えませんが、今後のことを思えば心強いかもしれません」

 イオンが同調すると、トリトハイムも得心したらしかった。

「唱師タトリン。ならばケテルブルクへ行ってみなさい。責任者は亡くなったそうだが、ともすれば何か手がかりが残っているかもしれぬ」

「その、責任者だったという方の名前は?」

 ティアがトリトハイムに訊ねた。

「ゲルダ・ネビリム響士だ」

 その名が出された時、仲間たちの中でルークとジェイドだけが反応していた。ルークはビクリと体を震わし、ジェイドは一度目を瞬いただけだったが。

 ネビリム。ジェイドやディストの幼き日の師であり、最初のフォミクリー被験者であり、ジェイドが殺してしまった人……。

「……ん? ネビリムって名前、どこかで聞いたな……」

 ガイが片手で頭を押さえて記憶を探る顔をしている。彼女の名はケテルブルクの人々やディストが何度か口にしていたから、引っ掛かったのだろう。

「わ、惑星譜術なんていらねーよ!」

 咄嗟に、ルークは不自然な大声で言って笑っていた。

「そんなもんなくてもジェイドは嫌味なほど強いしさ!」

「……ルーク? 何か隠しているのね?」

 ティアが両腰に手を当てて睨み付けてくる。たちまち笑みが引きつって、ルークは視線を頼りなくさまよわせた。

「う……。ジェイド〜……」

 助けを求める目で見上げられて、ジェイドはふう、と息をついた。誰にも言ってはいけない、という約束をルークは確かに守っていたが、これでは包み隠そうにも穴が開きすぎていて、殆ど無意味だ。

「……そうですね。皆さんが必要だと思われるならケテルブルクへ行ってもいいですよ」

 眼鏡の位置を直しながらそっけない口振りでそう言うと、「まあ。なんだか変ですわね、二人とも」と、ナタリアが少し拗ねたような顔をした。


 トリトハイムにライナーの話を聞いた後、もう一度話しかけるとネビリムイベントの一回目が開始します。この後ケテルブルク→グランコクマと巡ればクリアですが、無理に一度にやらなくてもいいかも。

 

 礼拝堂の入口を護っている神託の盾オラクル兵が嘘つきです。

「礼拝堂に入っても大丈夫ですが今は誰もいませんよ」「トリトハイム詠師は礼拝堂にはおられません」

 ……いるじゃんよ。

 

 ちなみに、外殻崩落で定期船が運休したことをきっかけに、そのままダアトへ移住する人が増えたそうです。人々がそれを決定したのも「預言スコアにそう詠まれたから」。しかし、一方で「移住を決めたのは移住者の意志だ、ダアトはその意思を尊重して受け入れる」と神託の盾オラクル兵は言っています。……それってどうなんだ?

 

 ところで、ここで馬鹿正直にディストを捜しにケテルブルクへ行った人はどのくらいいるのでしょうか。

 私は、一周目の時捜しに行きましたよー。だってディスト待ってんのかなーと気になったんで……。

 しかし、(ネビリムイベントを除外すると)行っても何も起こりません。行くだけ時間の無駄です。スタッフさんのインタビュー記事を見ると、実は「この時期にケテルブルクに行くと、待ちぼうけで氷像みたいになってるディストが見られる」というアイディアがあったそうなんですが、時間切れで没になったのだそうです。完全版が出たら追加されるのかもしれません。


 なんにしても、ネビリムのことは後回しだ。

 ディストの付き人のライナーのいるという神託の盾オラクル本部に入ろうとすると、入口を守る兵がぎょっと身を固くした。

「導師イオン!」

「唱師ライナーに面会します。通して下さい」

「は……。しかし大詠師モースが何人なんぴとも通すなと……」

 しどろもどろに言った兵に向かい、イオンは僅かに声音を厳しくする。

「この教団の最高指導者は誰です?」

「し、失礼しました! どうぞ!」

 空けられた道を通り、ルークたちは神託の盾オラクル本部に足を踏み入れた。――と。すぐに一群の神託の盾オラクル兵たちがバラバラと走り出てきて周囲を取り囲んだ。

「下がりなさい! 導師イオンの御前ですよ!」

 素早く前に出てアニスが傲然と言ったが、兵たちはまるで動じることがない。

「残念ですが、どなたであろうともこの先へ通してはならぬと、ディスト響士からのご命令です」

 むしろ嘲るような口調で兵の一人が告げた時、不意にジェイドが大きく失笑を落とした。

「な……何がおかしい!」

「いえ、失礼。あなたたちを笑ったのではありませんよ」

 ジェイドはそう言ったが、兵はそうは思わなかったようだ。

「くそ! 馬鹿にしおって! 導師イオンだけは傷つけるな。後は殺して構わん!」

「わっ、来るぞ!」

 剣を構えて襲い掛かってくる兵たちに慌てて、ルークも素早く腰の剣を抜いた。躊躇している暇はない。死にたくはないし、死ぬわけにもいかない。まだやるべきことがあるのだから。

 兵たちを全て斬り伏せ、譜術で撃ちのめすのに、さして時間は掛からなかった。

「ディストも馬鹿ですねぇ」

 場に戻った静寂の中でジェイドが言った。「何がだ?」とガイが問い返す。

「こんな風に守りを固めては、ここに何か大切な物があると言っているも同然です」

「あ、それじゃあここに飛行譜石が?」

 目を丸くしたティアの言葉を、ジェイドが笑って継いだ。

「あるのでしょうねぇ」

「どこに隠しているのかしら」

「それはライナーが知っているかもしれません」

 ナタリアの声にイオンが答える。そうだ、元々ここへはそのためにやって来たのだから。

「じゃあ、ライナーって奴を捜そうぜ」

 ルークが言って歩き出すと、後ろでアニスが肩をすくめた。

「きっと、この先も神託の盾オラクルの兵士が邪魔してくるけどね」

「彼らはもう、僕の話を聞かない者が殆どです。もう少し僕がしっかりしていれば……」

 イオンが苦しげに目を伏せる。アニスがぷっとむくれた。

「ぶー。本来の神託の盾オラクルの義務をほったらかして、やな感じ!」

 神託の盾オラクル騎士団は諸外国間の紛争仲裁なども行うが、名目上はダアトとそこを治める導師イオンを守護するために存在している。つまり、本来なら導師イオンと共にあるルークたちが彼らと戦う理由はないはずなのだ。

「いちいち説明や説得をしている暇はありません。多少強引な方法も取らざるを得ないでしょう」

 いつもの口調でジェイドが言う。

「そうですね。仕方がありません」

 イオンは大人しく頷いていた。彼は必要な時に殺すことをいといはしない。教団に属する限り、それは身近にある澱みだということなのだろう。

(そうだ。必要なら殺さなきゃならない。手段を選んじゃいられないんだ)

「他の六神将が出てこなきゃいいんだけど……」

「そうですねぇ。そう願いたいものです」

 アニスやジェイドの声を聞きながら、ルークは鞘に収めた剣の柄をぎゅっと握り締める。

 一行は、迷路のような神託の盾オラクル本部の通路を辿り始めた。


 以前、囚われていたイオンとナタリアを助ける為に訪れた場所です。ミュウウイングで登れる梯子が二箇所あり、宝箱が開けられます。

 ストーリーを進めるには、以前二人が閉じ込められていた部屋のある通路(格子に囲まれた扉の向こう)へ行き、突き当りの部屋の奥にある扉を抜けます。その前に、通路に入ってすぐ右の部屋に入ると、ちょっとした会話イベントが発生します。


 以前訪れた時もそう思ったが、ここは本当に迷路のようだ。しかも、部屋が無数にある。

「ここにもいないよぅ! もう、ライナー! どこ行っちゃったのよぅ!」

 幾つ目かの部屋を覗いて、アニスがうんざりとした声をあげた。

「困ったなぁ……あまり時間を掛けるのもどうかと思うんだが」

 ガイが顎に手を当てて思案顔をしている。導師が同行しているとは言え、自分たちは侵入者だ。長時間の潜入は様々な点でうまくない。出来る限り効率的に行動したいものだが。

「どこにいるのか、イオンは心当たりはありませんの?」

 ナタリアの訊ねる声が聞こえた。

「すみません。僕にはちょっと……」

「この辺りは兵士の訓練所なんかが中心なの。導師が来られることは殆どないわ」

 ティアが口を添えている。ルークは彼女とアニスを交互に見て言った。

「じゃあティアとアニスは? 心当たりはないのか?」

「私は彼とは所属部隊が違うから」

「私は貧乏な人興味ないもん」

「……」

 言い切ったアニスを見つめて、ルークとガイとナタリアはそれぞれ微妙な表情を作る。気にならないのか、ティアとイオンとジェイドはそ知らぬ顔だ。

「まあ、しらみ潰しに調べていくしかないですね」

 笑顔を崩さないジェイドとは対照的に、ルークは少し肩を落とした。

「うーん、ちょい疲れてきた……。ここに来るのは二回目だけど、やっぱ結構広いな。捜すのは骨が折れるよ」

「イオン様とナタリアを捜した時も大変だったけどね!」

 アニスが肩をすくめる。――と。ナタリアが目を伏せて顔色を暗くしたので、ルークはハッとした。

「あ、ごめん。怖かったの、思い出させちゃったか?」

「いえ、平気ですわ。特に酷い仕打ちを受けたというわけではありませんし」

 顔を上げて、ナタリアは笑顔を繕う。

「まあ、彼等にとっては虜にしておけばよかっただけですからね。ナタリアはキムラスカの王女です。いざという時の交渉材料として、神託の盾オラクルとしても粗略には扱わなかったのでしょう」

「さっすが、王女様はさらわれても高待遇?」

 ジェイドとアニスは明るい調子で話を続けている。

「出来ればもうニ度と、そのようなご招待はご遠慮願いたいものですけれど」

「はは、そりゃそうだ」

 ナタリアもまた冗談めかした笑みを浮かべたので、ホッとしてルークも笑った。





「いたよ! あれがライナー」

 それからどれくらい探し回っただろう。神託の盾オラクル騎士本部最奥の広い訓練場に彼はいた。

「あいつ、何してるんだ?」

 ルークは首を捻る。その青年は、石の床に描かれた大きな四角の外周に沿ってゆっくりと歩き、角で立ち止まってはダアト式の礼をしているのだった。

神託の盾オラクル騎士団の先兵から響長へ昇進するための訓練よ」

 ティアが答えた。そういや、確かティアも響長だったよな、とルークは思い出す。だとすれば、ティアもこの訓練をやっていたんだろうか?

「とにかく話を聞いてみましょう」

 イオンの言葉を合図に、ルークたちはライナーへ近付いていった。ライナーが、先に襲ってきた神託の盾オラクル兵たちのように好戦的ならば厄介だと思っていたが、彼はイオンを見るとダアト式に頭を下げて穏やかに口を開いた。

「これは導師イオン! 何故このような場所に……」

「ディストが預かっている飛行譜石を知りませんか?」

 イオンは単刀直入に切り出した。

「ああ、それなら私が預かっております」

「どうしてあなたが?」

 少し驚いて問うたティアに、ライナーは生真面目に答える。

「はい。私は一昨日より響長昇進訓練に入っておりますので、一ヶ月近くここを離れられません。それ故、暫く私に預けると仰って……」

「それを渡してもらえませんか?」

 イオンが言うと、ライナーは一瞬戸惑い、けれどはっきりと断った。

「それは……導師様のお言葉でも出来かねます。ディスト様から、肌身離さず持つようにと言われておりますので」

 ライナーは非常に誠実な青年だった。その声音にも態度にも下卑たところがまるでない。また、とても正直だった。肌身離さず――つまり今この場に飛行譜石を携帯していると自ら明かしたのだから。

「そこをなんとか……」

 言い掛けたルークの後ろで、ジェイドがチラリとティアに視線を送った。ティアはすぐに杖を構え、譜歌の一節を詠い始める。

「……う……」

 小さく呻きを上げて顔を歪めると、ライナーはストンとその場に倒れた。すっかり眠り込んでいる。ジェイドがその懐を探って、青く輝く飛行譜石を取り出した。

「これでアルビオールも元通りです」

「……なんかあくどい気がするんだけどよ」

 片手で頭をかきながらルークは言った。隣から、「まあ、多分気のせいじゃないと思うぜ」とガイが微妙に困った笑顔で言ってくる。ナタリアも戸惑い気味の顔を見せていた。

「宜しいのでしょうか。このようなことをして……」

「はい。良心が痛みます」

 イオンは少し心苦しげだったが、その傍でアニスは笑っていた。

「まーまーv 背に腹は代えられないし」

「非常時よ。行きましょう」

 ティアは眉一つ動かしていない。その歯切れ良すぎる物言いに呆気に取られたルークたちを、ジェイドが笑って促した。

「さあ、早くノエルに飛行譜石を届けてあげましょう」

「なんか俺たち悪者みてぇ……」

「まったく、強引ですのね」

 ナタリアが呆れた息を吐くと、ガイが「ははは……」と笑った。

「ライナーも平和条約が結ばれたら喜んでくれますよ。だから、問題ありませんとも」

「まぁ確かに、説得するにしても骨が折れそうだったけど……」

 全く悪びれないジェイドの声を聞いてガイが呟くと、ナタリアが小首を傾げて正論を言った。

「でも、ちゃんと事情を説明してもよかったのでは?」

 途端に、ジェイドは顔を険しくしてティアを見やった。

「そうですよ。ティア、説明しないと」

「え? 私?」

 突然話を振られて、ティアは冷徹な表情を崩してしまう。頬を染めて、おろおろと仲間たちを見渡した。

「ははは……もういいか」

「ですわね……」

「ま、仕方ないか。ジェイドがいる段階で悪の一味みたいなもんだしな」

 ガイ、ナタリア、ルークの幼なじみ三人組は揃って諦めの息を落とす。

「さあ、六神将が帰ってくる前にここを出ましょう」

「はいはい……」

 苦笑いしてガイがジェイドに応えている一方で、ティアは一人、まだ悩み続けていた。

「私が……悪かったのかしら……?」





「これで後はアルビオールを使って伯父上たちを運べばいいんだな」

 その後は妨害も全くなく、無事に神託の盾オラクル本部から脱出できた。安堵の顔でルークがそう言った時、「その前に提案があるんですが」とイオンが言葉を落とした。

「なんですの?」と、ナタリアが先を促す。

「平和条約締結の際、キムラスカとマルクト、そしてダアトも降下作戦について了承できます。ですがケセドニアは自治区であって国家でないために……」

「蚊帳の外ですね」と、ジェイドが後を続けた。

「本来そのような権限がないことは分かっていますが、アスターも立ち会わせてやれませんか?」

 少し考えて、ルークは笑顔で頷く。

「成り行きとはいえ、外殻を降ろすことを最初に認めてくれたのはあの人だもんな。いいんじゃないか?」

「なら、まず俺たちはケセドニアへ行く。俺たちがアスターと話す間に、ノエルには陛下たちをユリアシティへ運んでもらおう」

 ガイが提案し、「それなら時間が無駄にならないね」とアニスも同意した。

「みなさん。ありがとうございます。わがままを聞いてもらってすみません」

「いいって。ケセドニアにはセントビナーの人達もいる。崩落の被害者が集まってるんだ。話をしておいた方がいいよ」

 申し訳なさそうに頭を下げるイオンに、ルークは重ねて笑った。

「そうね。彼らから話を聞いておけば、両陛下にも外殻大地降下がどういうものか、より分かってもらえると思うし」

 ティアも同意してくる。イオンがやっと笑顔を見せた。

「大地が降下したら、両国とも魔界クリフォトで生活する訳ですしね」

「そういうこと。アスターたちにも今俺たちがしていることを、伝えておいた方がいいだろ」

「そうね」

 飛行譜石を持って、ルークたちはアルビオールに向かった。次に目指すは魔界クリフォトに降下しているケセドニアだ。


 ダアトを出るといきなりアルビオールに乗った状態に。……あれ? 私、アルビオールをダアト港に置いてきたのになぁ。

 

 ケセドニアに行ったらありじごくにんに会えますが、ここで要求されるアイテムの一つ『ストライプリボン』はこの時期にはどこにも売っておらず、序盤では激高価なので、この時点でクリアはほぼ無理だと思われます。レプリカ編でラジエイトゲートクリア後にこのアイテムがケセドニアの店頭に並ぶまで、イベントの続きはお預けです。

ありじごくにん4
ガイ「こいつ、しぶといな」
ティア「障気が出ている間もいたのね。大丈夫なのかしら?」
ジェイド「あの被り物が障気を防いでいるのでしょう」
アニス「本当ですか?」
ジェイド「もちろん嘘です」
ルーク「また、わかりにくい冗談を……」
ありじごくにん「俺ぇ ありじごくにん〜」
ナタリア「お体は大丈夫ですの?」
ありじごくにん「『ストライプリボン』とぉ『ビーフ』とぉ『チキン』くれぇ」
#全員「……」となる
アニス「最初だけだよねぇ。ちゃんとした物くれたの」
ありじごくにん「くれぇ」
 →アイテムをあげる
ルーク「障気の中で頑張ってるんだ。あげようぜ」
#手渡す。それをやっぱり蟻地獄に投げ込むありじごくにん。全員「……」
ガイ「なんか慣れてきた自分がいるな」
ティア「食べ物を粗末にするなんて……」
ジェイド「あの下に巣があって子供たちがいるんですよ」
ナタリア「本当ですの?」
ジェイド「だといいなあ、という話です」
#憮然とするルークたち
アニス「で、今回は何くれるの?」
ありじごくにん「はいぃ どんぞぉ」
 『ホーリィリング』と『メンタルリング』を手に入れた
#ジェイド除き「……」
ルーク「ん〜!?」
ガイ「嬉しいは嬉しいんだが この今更感は……」
アニス「ここまで来ると とことん付き合ってみたくなるよ。よく見ると愛嬌あるし」
ティア「……そ、そうかしら」
ありじごくにん「またぁ 今度もぉ 来てねぇ」
#両手振る。ルークたち「……」

バグ情報。一度、『ありじごくにん3』で、ありじごくにんに話し掛けたものの要求アイテムが入手できず、諦めてそのまま放置していたのですが。にも拘らず、次にここで話しかけたら、イベントが『ありじごくにん4』に勝手に進んでいました。つまり、高価なミラクルグミを渡さなくても先に進めてしまうということです。


 中央大海に開いた地殻の穴から、降り注ぐ海水と共に魔界クリフォトへ降下する。これを何気なくやってのけるノエルは、やはり天才的な操縦士パイロットだ。

 以前魔界を離れてから一ヶ月ほどが過ぎていたが、ケセドニアは相変わらず紫の障気の霧にかすんで、商人たちの大半は怯えて宿の中に引きこもっていた。それでも幾人かは、「俺たちの力で活気を取り戻すんだ」と復旧に取り組んでいる。

「……なるほど。それで私めを。ありがたき幸せにございます。イヒヒヒ」

 アスターを訪ねて事情を説明すると、彼はそう言って相変わらずな笑い声を漏らした。

「先に降下を体験した者としての注意事項や、障気の弊害などご説明できると思います」

「確かに降下の準備を進めるためには参考になるわね」

 ティアが言う。ふと気付いてルークは訊ねた。

「そういえば障気の影響はどうですか? 他にも何か具合の悪いことは?」

「年寄りや子供が障気に当てられて寝込んでいます。症状の重い者はユリアシティの方が連れて行ってくれますが、流石に全員は……。あとは、戦争の最中でしたから、備蓄した食糧が減っていまして、その点が気がかりです」

 笑顔だったアスターが眉根を寄せていた。問題は山積みで先行きは見えず、実際はかなり不安なのだろう。「陛下たちに陳情してみたらどうだろう」というガイの提案に「そうですね」とイオンが頷いている。

 とりもなおさず、出発は明日みょうにちに決まった。両国の首脳の送迎に向かったアルビオールは当分戻らないだろうし、アスターの準備もある。

「では宿の代金はこちらで支払いいたします。ごゆっくりどうぞ」

 宿に向かおうとしたルークたちにアスターはそう言ってくれた。

「ありがとう。助かります」

 微笑んで、ルークは自然に謝辞を返した。





「ついに平和条約か」

 宿で手続きを済ませて一息つくと、感慨深げな呟きがルークの口から漏れていた。

「ええ。長かったですわ」

「犠牲も出してしまいましたが、ともかく漕ぎ着けることが出来ましたね」

 この問題に長く心を砕いてきたナタリアとジェイドは特に嬉しそうだ。「がんばったですの〜」と、ミュウがねぎらい、アニスもやれやれと胸をなでおろした様子でいる。

「あとは上手く大地を降下させて、障気を除去出来れば、だね〜」

「そうだな……」

「どうしたの? ルーク。深刻な顔をして……」

「ん……。なあティア、ちょい話があるんだけど、部屋に来てもらっていいかな」

 そう言うと、アニスが「おお!? 部屋に来いだなんてぇ、ルーク大胆〜」と囃し立てた。

「ばーか、そんなんじゃねぇよ。そうじゃなくて、ティアに聞きたいことがあって……」

「ルーク……。分かったわ、行きましょう」

「では、我々は暫くロビーで暇を潰しましょうか」

「だな」

 ジェイドとガイがそう言ってくれたので、ルークとティアは男性陣に割り当てられた一室に入った。ルークはベッドの一つに腰を下ろす。

「どうしたの? 話があるなんて……」

 すぐに切り出さないルークに向かい、ティアの方が訊ねてきた。

「ああ……。障気のことなんだ」

 ルークは俯いたままだった。

「障気に害があるってことは分かってるけど、具体的なことは知らないから、すげぇ気になってて。……まさか今日明日にもみんなが死んじまうなんてことには……」

 久しぶりに見たケセドニアは暗かった。一ヶ月、ルークたちが外殻を走り回っていた間もずっと、この地は障気に覆われていたのだ。そして、間もなく全世界がこの状況に置かれることになる。

「以前話したことがあると思うけど、長時間大量に吸わなければ、さして害はないわ」

 ティアの声が聞こえて、ルークは視線をそちらに向けた。戸口に立つ彼女の表情はいつもながらに冷たい。

「それでもずっとこのままなら、次世代には人口が八割は減っていると思う」

 ルークは膝で己の拳を握った。

「……くそ! 外殻を降下させても、これじゃあ意味がない」

 今更のように、アクゼリュスの情景を思い出した。障気の中に沈んでぐったりとしていた人々の姿を。あの街にいた医者は何と言っていたのだったか。――障気蝕害インテルナルオーガン。障気に内蔵を侵され、まずは風邪に似た症状を起こして、やがてあらゆる痛みと苦しみを得、衰弱して死に至る……。

 その様を想像すると、ゾッと背筋が凍った。

「なぁ。超振動はあらゆる物質を分解するんだろ。俺の超振動で何とかできないかな」

「障気はこの惑星全てを覆うほどの量があるのよ。あなたの力では……いいえ、例えアッシュでも、分解しきることは出来ないと思うわ。

 ……ルーク。私たちの誰もが障気の問題に取り組んでいる。だから平和条約の条項の中に障気の共同研究が含まれているんじゃない」

 ティアの声は落ち着いていた。冷静になれ、と言外に伝えているかのように。

「……分かってる。だけど、俺……。なんか腹が立つんだよ。全部……俺が招いたことなのに……」

 自分の声が震えるのを感じて、ルークは慌てて顔を伏せた。カッコ悪ぃ。なんで俺はこうなんだろう。何も出来なくて、役に立たなくて、そのくせ取り返しのつかない失敗をして、沢山の人を苦しめている……。

 ティアが近付いてくる気配がした。床にしゃがみ込んで、ベッドに腰掛けたルークの顔を青い瞳で見上げてくる。

「しっかりして。出来ることから始めるって、あなたは言ったでしょう?

 一人の人間が出来ることって、きっと些細なことだわ。でも人はお互いに協力し合える。私……」

 言いかけて、ティアは口をつぐんだ。すぐに言い直す。

「……私たちがいるわ」

 いつも厳しく叱咤する声に優しく言われて、小さな子供に戻ったような気がした。こくんと頷いて、ルークはティアを見つめる。

「……うん。ごめんな。へたれなこと言って」

「ううん」

 ティアは首を横に振った。立ち上がる。

「……じゃあ、私行くわね。お休みなさい」

「お休み。……ありがとう」

 見送る視線の先で、ぱたりと部屋の扉が閉まった。


 ティアが「優しく」ルークを励まします。……が、この日のルークの日記を読むと……。

「落ち込んだ俺を、ティアが励ましてくれた。ティアは優しいときと冷たいときの差が激しい。嫌われてんのかな……。だとしたら……。」

 ぶははは!! 悪いけどこれ見て爆笑しました。

 普段あまりに冷たくされてるので、優しくされて逆に「嫌われてんのかな」と不安になってるとゆー。なんじゃそら。あんたら面白過ぎ!

 あーM、M。ルークはマゾっ子だ! 苛められないと不安になっちゃいますか。嫌われてるのかなと思っちゃうのね。わはは。(やめろ)

 

 話をちと真面目に。

 ルークは「俺が招いたことなのに」と悩んでいますが、世界が障気に覆われることになるのは、別にルークのせいでも何でもないんですよね。障気を発生させたのは太古の戦争で、外殻を降ろさなければならなくなったのはセフィロトの暴走でパッセージリングが限界に達したから。セフィロトが暴走したのは(少し後に明かされますが)別に理由がある。

 ルークたちは知らないことですが、そもそも外殻大地の耐用年数は二千年。放っておいても、アクゼリュスを皮切りにして自然に崩落していくはずだった。

 ……無論、外殻崩落の一連の件にルークが全く関わらないわけではないのですが、そんなこんなでルークが招いたってわけじゃないのですよ。

 無駄に内罰的になってるルーク。アクゼリュス崩落の際に仲間たちに白い目で見られた反動なのか、それとも未だユリアの第七譜石の預言スコアの真実を知らないからなのか。……自分が生まれずに預言が狂わなかったら世界は犠牲を伴いながらも繁栄した…と思ってるのかな。それで申し訳ないと思ってる?

 実際、何故かティアが「あなたのせいじゃないわ」とは全く言わないので、他のキャラクターたちも、この時点では内心「ルークが生まれたせいで預言が役に立たなくなった。そのせいで苦労している」と多かれ少なかれ思っているんでしょうか。

 自分がしてしまったことの責任は取らねばなりませんが、自分が負うべきでない責任まで抱え込む必要はないと思うんだがなー。


 平和条約の調印式はつつがなく開始された。

 ケセドニアでアスターと話した翌朝、ルークたちが宿を出ると、そこには既にノエルが待っていた。既に両国首脳はユリアシティへ送り終え、その足でケセドニアに引き返してきたのだと言う。「まあ! それではあなた全然休んでいないのでは?」と案ずるナタリアに「いえ、大丈夫です。ご心配なく。ちゃんと隙を見て休んでいますから」と笑って、ノエルはアルビオールは駆り、ルークたちをも監視者の街へ運んだのだ。




 式場となったのは中央監視施設の会議場だった。マルクト帝国側からは、ピオニー九世、ジェイド、ゼーゼマン参謀総長が、キムラスカ王国側からは、インゴベルト六世、ナタリア、ファブレ元帥、アルバイン内務大臣が参列した。中立者としてテオドーロ市長の左右にイオンとアスターが並び、正式な席は与えられなかったものの、ルーク、ガイ、ティア、アニスも立会いを許された。

「……いよいよだな」

 式場に入りながら、ガイがそう呟くのが聞こえた。

「ええ。兄さんが何も動きを示さなかったのが気になるけど、ともかく良かったわ」

 側を歩くティアが頷く。すると、ガイはふと暗い目を見せた。

「さて、どうなるか、な」

「どうしたの? ガイ」

「なんか気になることでもあるのか?」

 訊ねると、彼は明るく笑う。

「ははっ、何でもないって。早く行こうぜ」

「あ、ああ」

 キムラスカ側の席の壁際にルークとガイは並んで立った。ダアトに属するティアとアニスは、テオドーロやイオンの背後に立っている。テオドーロが平和条約の内容を読み上げ始めた。ジェイドの草案を元にキムラスカ側が手を加え、ルークたちがマルクトへと運んで提示したものだ。

(父上……)

 席についた父親の姿を見て、ルークは奇妙な感慨に囚われた。姿を見るのは何ヶ月ぶりだろう。けれど、やはり父はこちらに一瞥もくれはしない。

 考えてみれば、ナタリアと共にインゴベルト王に和平を求めた時も、それが解決して一度屋敷に立ち寄った時も、全く彼の姿を見なかったのは奇妙なことだ。避けられてたのかな、と今になって思い当たる。

(……俺がレプリカだってこと、父上は……知ってるよな。だったら尚更、当然か……)

 母や使用人たちは、どうやら未だ知らないらしかった。しかし国の中枢に関わる父が知らされていないはずはないだろう。

「……ではこの書類にお二人の署名を」

 考えている間にも式次は進んでいる。テオドーロの言葉に従って、両国の首脳が、それぞれの前に置かれた書類にペンを走らせた。

「結構です。それではこれをもって平和条約の締結といたします」

「……ちょっと待った」

 その時、唐突に割り入る声があった。

「おい、ガイ!」

 隣を通って席に近付いていく親友を見て、ルークはぎょっとして手を伸ばしかける。

「悪いな、ルーク。大事なことなんだ。少し黙ってろ」

 険しい顔でルークに命じると、ガイはインゴベルトの真横に立って声音を更に厳しくした。その気迫に押されてのことなのか、誰も無礼を咎めようとはしない。

「同じような取り決めがホド戦争の直後にもあったよな。今度は守れるのか」

「ホドの時とは違う。あれは預言スコアによる繁栄を我が国にもたらすため……」

「そんなことの為にホドを消滅させたのか! あそこにはキムラスカ人もいたんだぞ。俺の母親みたいにな」

 シュッ、とガイは腰の剣を抜く。青光りする刀身をインゴベルトの首筋に押し当てた。ぐっとインゴベルトが唾を呑む。

「ガイ! 何をするのです!」

 叫び、ナタリアが席を立ったが、ガイが動じる様子はない。

「お前の母親……?」

 剣を押し当てられたまま怪訝な顔をしたインゴベルトに、腹の底から低く告げた。

「ユージェニー・セシル。あんたが和平の証としてホドのガルディオス伯爵家に嫁がせた人だ。忘れたとは言わせないぜ」

「……ガイ。復讐の為に来たのなら、私を刺しなさい」

 ナタリアの隣で同じように席を立っていたファブレ公が言った。十四年間、使用人として育ててきた若者の顔を見つめて。

「ガルディオス伯爵夫人を手にかけたのは――私だ。あの方がマルクト攻略の手引きをしなかったのでな」

 ルークがさっと青ざめて目を見開いた。

「父上! 本当に……」

(本当に父上が、ガイの……!)

「戦争だったのだ。勝つ為なら何でもする」

 傲然と言って、ファブレ公は息子に強い視線を向ける。

「……お前を亡き者にすることで、ルグニカ平野の戦いを発生はっしょうさせたようにな」

「……」

 ぐらりとしてルークは地を踏みしめた。全ては分かっていたことだ。だが、こうして父自らに語られる日が来るとは。

「母上はまだいい。何もかもご存知で嫁がれたのだから」

 ガイは剣を押し付けたまま言葉を続けている。

「だがホドを消滅させてまで他の者を巻き込む必要があったのか!?」

 その時、場違いに飄々とした声がマルクト側の席から掛かった。

「剣を向けるならこっちの方かもしれないぞ。ガイラルディア・ガラン」

「……陛下?」

 戸惑った顔になってガイはマルクトの皇帝の顔を見た。マルクト側の人間は全員がゆったりと席に座ったままでいる。

「どうせいずれ分かることだ。ホドはキムラスカが消滅させた訳ではない。自滅した。――いや、我々が消したのだ」

「……どういうこと!」

 もう一人のホドの遺児であるティアが、かすれた叫びを上げた。ピオニーは続ける。

「ホドではフォミクリーの研究が行われていた。そうだな、ジェイド」

「戦争が始まるということで、ホドで行われていた譜術実験は全て引き上げました。しかしフォミクリーに関しては時間がなかった」

 皇帝の隣席のジェイドが口を開く。二人は交互に語った。

「前皇帝――俺の父は、ホドごとキムラスカ軍を消滅させる決定をした」

「当時のフォミクリー被験者を装置に繋ぎ、被験者と装置の間で人為的に超振動を起こしたと聞いています」

「それで……ホドは消滅したのか……」

 ガイは呆然と呟きを落とした。

「父はこれをキムラスカの仕業として、国内の反戦論をもみ消した」

「それって……アクゼリュスと同じだったってことじゃないか!」

 ルークは呻く。アクゼリュスはキムラスカの目論見で崩落し、それをマルクトの仕業として開戦を為したのだ。

「ひどい……。被験者の人が可哀相」

 アニスが泣きそうに声を震わせていた。ジェイドが頷く。

「そうですね。被験者は当時十一歳の子供だったと記録に残っています。ガイ、あなたも顔を合わせているかもしれません」

「俺が?」

「ガルディオス伯爵家に仕える騎士の息子だったそうですよ。確か……フェンデ家でしたか」

「フェンデ! まさか……ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ!?」

 ティアが顔色を変えた。

「ティア、知ってるのか?」

 驚いたルークに、ガイが吐き出すように告げる。

「……知ってるも何も、フェンデのとこの息子ならお前だって知ってるだろ」

「え?」

「ヴァンだ。ヴァン・グランツ。奴の本名がヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ」

 その場の多くの人間が息を呑んだ。――今、全てが繋がったのだ。

「そうか、だから封印した生物レプリカをヴァンは知っていたのか……」

 ジェイドが呟く。

「ガイ。ひとまず剣を収めてはいかがですか? この調子では、ここにいる殆どの人間を殺さなくてはあなたの復讐は終わらない」

 静かなイオンの声が落ちた。ガイは無言で剣を鞘に収める。

「……とうに復讐する気は失せてたんだがね」

 僅かに間が空いた。どろりと沈んだ空気を払うように、テオドーロが口を開く。

「思わぬところでヴァンの名が出たようですが、ここは一度、解散しましょう。よろしいですな」

 調印は既に終わっている。人々はそれぞれ席を立った。



「ガイ……」

 ルークは佇んだままのガイの側に近付いた。仲間たちも集まってきている。

「すまなかったな、みんな。俺はどうしてもけじめを付けたかったんだ。……母上や姉上や、消えていったホドのみんなのためにも」

 そう言うガイは、いつになく険しい表情をしていた。

 あるいは、これで折角漕ぎ着けた平和条約締結の機会が壊れることになったのかもしれない。それでも問わずにいられなかった。滅ぼされたホドの命を背負う者として、何故殺したのか、今度こそ真に平和を作れるのかと。

(カースロットの時……お前が確かめたいことがあるって言ってたのは、このことだったんだな……)

 ルークはそっと目を伏せる。

 その傍では、アニスとナタリアが悲憤の声を上げていた。

「戦争って、ホントに酷い。勝手すぎるよ」

「自国のためとはいえ、あんまりですわ」

「それが、戦争なのですよ」

 幾つもの戦乱を生き抜いたジェイドが穏やかに言い切る。若い仲間たちはそれぞれに黙り込んだ。

「……ヴァン師匠せんせいも戦争の被害者だったんだな」

 ルークは声を落とす。

 ホドは、子供だったヴァンが装置につながれて起こさせられた超振動で崩落した。

(じゃあ、俺に超振動でアクゼリュスを崩落させたことこそが……師匠にとっての復讐だったんだろうか)

 何に対しての復讐だったのかは分からない。ファブレ家か、キムラスカか、マルクトか、滅びの預言スコアか、それらを容認した世界そのものなのか。

「でも、兄さんがやっていることは復讐とすら言えないわ!」

 ティアが声を荒げた。

「そうだな。ヴァンも俺と同じ痛みを持って、俺と同じように復讐したいんだと思ってたけど……。どうやらそうじゃないらしい」

 ガイは思いに沈んだ目を見せている。ジェイドが言った。

「そもそもの発端はホド戦争にあったのかもしれませんが、それは既に言い訳と化しています」

「うん……」

 ルークは頷く。

 例えどんなに手ひどい傷を受けたのだとしても。それで世界を滅ぼし、多くの人々を殺す理由にはならない。

(ガイは……)

 ルークが親友の顔を見やった時、「ガイラルディア・ガラン」と呼びかけてピオニーが近づいてきた。

「すまんな……。前皇帝時代の出来事とはいえ、責は全て俺が受けねばならない。ま、今は何を言っても言い訳にしか聞こえんだろうがな」

 その隣で、長い白髭を垂らしたゼーゼマンも口を開く。

「あの時は……これといった打開策も思いつかなかった。ホドが消滅したのは、全てはこの老骨が至らなかったせいじゃ」

「……いえ」

 ガイは一言だけを返している。

(ガイは、もう復讐する気はないって言ってくれた。でも、カースロットの時に言っていた俺と一緒に来るための目的は、これで果たしたってことになるんだよな)

 ルークの視線に気が付くと、ガイはまるでその気持ちを読んだかのように笑顔を見せた。

「同じ痛みを持っていた人間として、今俺は何としてもヴァンを止めたいと思っているんだ。……そのための最後の仕上げをやらないとな」

 そうだ。まだ終わりではない。やらなければならないこと、未解決のことは沢山ある。

「ああ。分かった。行こう」

 ルークは頷いた。まだ旅は続くのだ。――これ以上、無為に失われる命を増やさないために。





「ティア、そろそろ超振動の訓練をしたいんだ」

 その晩泊めてもらうことになった市長宅で、ルークが声を掛けるとティアは一瞬驚いた顔をした。

「……え? ええ。じゃあ、始めましょうか」



 ティアがルークを連れて行ったのは、都市の外れの人気のない広場だった。

「だいぶ制御できるようになったみたいね」

 用意したガラクタが正確に消滅させられたのを見て、ティアは満足げに頷く。これならもう大丈夫だろう。

「とは言っても、実戦で使えるほど強いのになると制御不能だけどな」

 構えていた腕を下ろして、ルークが照れ臭そうに笑った。「何も出来なかった以前に比べれば立派だわ」とティアは微笑む。

「とにかく、これで訓練はおしまいね。私に教えられることはもうないと思うわ」

 そう言った時、ティアの脳裏に自分がそう言われた時のことが思い浮かんだ。二年ほど前の、同じこの場所で。



『……そこまで!』

 リグレットの声が掛かり、ティアはナイフを構えていた腕を下ろした。

『ありがとうございました!』

『これで私の教練課程は全て終わった。次からは実地訓練になる。気を抜くな』

『はい!』

 力強く返事をすると、リグレットがふっと肩の力を抜いて、口調をプライベートのものに変えた。

『……よくここまで頑張ったわね』

『いえ、教官のおかげです』

『……あなたにこれを預けておくわ』

 そう言うと、リグレットはポケットから取り出したものをティアに手渡した。

『教官、このペンダントは……』

 それは古びたデザインのペンダントだった。はめこまれたサファイアには光の加減で星条が輝いて見え、見るからに高価そうなものだ。

『ヴァン総長から預かっていたの。あなたの訓練が終わったら渡してやって欲しいって』

『兄さんから……』

『これはあなたのお母様の形見でもあるのよ』

『……お母さんの!』

 息を呑んで、僅かに震える手でペンダントの宝石に触れる少女を見ながら、リグレットはふと瞳を暗くした。

『ティア。……もしも。そう、もしも私が戦死したら、そのペンダントを調べてみて』

『教官……! 何を言うんですか!』

『もしも、よ。私は死なないわ。総長の理想を実現するまで』

『……教官……』

 ティアは少し不安げにリグレットを見つめる。だが微笑んで、さっと頭を下げた。

『大切にします。ありがとうございました』

『ティア。死んでは駄目よ。石にかじりついてでも生き残りなさい』

『はい!』



「ティア。今までありがとう」

 不意にルークがそう言ったので、ティアはドキリとして我に返った。

「ルーク……」

「ティア?」

「……あなたは、私に超振動の制御を習うのが嫌なんだと思っていたわ」

 なにしろ最初は渋っていたし、その後もなんとなく逃げ腰だったから。

 それを思い出して言うと、ルークはひどく慌てた顔をした。

「ばっ……違うよ! ……は……恥ずかしかったんだよ!」

「恥ずかしい?」

「……女に……つーか……その、お前に習うの……かっこわりぃなーって……」

「私に習うのが格好悪いってどういうこと」

 理解できない。ティアが困惑した顔になると、ルークは見る間に赤くなって「だって……俺……」と、もごもご口の中で呟いた。

「……やっ、なんでもねぇっ! とにかく今は凄く感謝してる」

 そう言って、ルークは碧い瞳でティアを見つめる。

「お前に習ってよかったよ。……ありがとう」

 その表情があまりに綺麗だったので、ティアは居たたまれない気分になって顔を俯かせた。

 人にこんなに真っ直ぐに感謝されたことが、果たして今まであっただろうか。

「……こちらこそ、だわ。ありがとう」

 顔が熱い。どうにか微笑んで言葉を返すと、ルークは暫くそこに突っ立ったまま押し黙っていた。

「…………」

 ティアも、まるで固まったように動けないでいる。

「…………」

 ぎこちない、妙に気恥ずかしいような空気が流れた。こんなことは初めてで、どうしていいのか分からない。

「……も、戻ろうか」

 やがて出されたルークの声は上ずって不自然に明るかったが、気にする余裕はティアにはなかった。

「そ、そうね!」

 同じ声音で言って顔を上げる。二人は並んで家路を戻り始めた。


 ユリアシティでは、例のセントビナー住人にルークの母からもらってきたお金を渡して、ルークの奥義書を買い戻すことが出来ます。

ルークの奥義書2-3
「おや、お金が用意できたようですな」
 ルークは雷神剣を修得しました
「私もこれで生活の資金が出来ました。助かりましたよ」
#男、去る。
ルーク「……くそ。金を儲けるって大変だな」
アニス「……肩たたきだけで40000ガルドも貰えるなら楽勝だよ。この箱入り息子が」

 

 ちなみにアスターは商魂たくましく、ユリアシティの市民相手に商品のリサーチをしていました。

アスター「せっかくユリアシティまで来たのですから、何か商売になりそうな話を聞いているんですよ」
市民A「強いて言えば食材や薬品があると助かりますが、商売にはならないと思いますよ」
市民B「わしらには武器や防具など必要ないからの」

 ……なんで商売にはならないのだろう。ああ、ローレライ教団の本拠地だから、みんな支給品で事足りてるのかな?

 

 ところで、アルビオールで首脳陣を運ぶ前にユリアロードを使ってユリアシティに入ると、グレン将軍が「ピオニー陛下 ゼーゼマン参謀総長 フリングス少将…… この会談が無事に成功すればいいが……」と言います。……しかし平和条約締結の場にフリングス将軍の姿は影も形も見えないのですがー(汗)。


 翌朝、テオドーロはルークたちにこう語った。

「両陛下から外殻大地降下作戦について一任された。障気については、ベルケンドにユリアシティの技師を送っている。お前たちには、まず地核の震動を止めてもらいたい」

 両国から戦争がなくなったとしても、障気を取り除かない限り本当の平和は訪れない。その方法は未だ見つからないが、とりもなおさず大地の液状化は抑えなければならない。でなければ外殻を降ろしても、じきに泥の海に呑まれてしまう。

「ならシェリダンで準備がどうなってるか確認だな」

 ルークが言った。

 地核の震動を打ち消す音機関の作製は、シェリダンの技師たちに依頼していた。『め組』と『い組』の老人たちが中心となって頑張ってくれているはずだ。

 アルビオールの停泊する港へ向かうために中央監視施設を出ると、護衛兵を伴ったキムラスカの首脳陣に出くわした。

「お父様!」

「ナタリアか。……行くのか?」

「はい。お父様たちは……」

「我々はユリアロードを使ってパダミヤ大陸からバチカルへ戻ります」

 傍らから内務大臣のアルバインが答えた。「ピオニー陛下たちは?」とルークが訊ねると、「さあ。存じませんな」とそっけない。

「うわ。なんか感じ悪いな〜」

 アニスが言うと、アルバインはムッとした顔を作った。

「マルクトとは何十年もの間対立してきたのだぞ。陛下がどう言われようと、おいそれと信用するわけにはいかん」

 こんなことを言っている。

「そのようなことを言っているから無益な血が流されることになったのです。ルグニカの戦場がどんなに酷い有様だったか……わたくしはこの目で見てまいりました」

「マルクトもキムラスカも、同じ人間だ。預言スコアに従うために殺し合うなんて馬鹿げたことだぜ」

 ナタリアやガイの言葉を聞いて、インゴベルトは「国のため、国民のためを想い……」と言い掛けた。だが、そこで言葉を切って自ら否定する。

「……いや、私自身のためだったのだろう。預言スコアによって盲目になっておったのだ」

 預言に従えば繁栄が約束されているというのなら、これほど楽なことはない。責任も不安もなく、ただ筋書きをなぞればそれでいいのだから。

 だが……それで本当に国を治めていると言えるのか? そんな当たり前のことに気付くことがなかった。

「お父様……この先の世界に、もはや従うべき預言スコアはありません。今こそ、わたくしたちが民の為国の為に心を砕く時なのですわ」

「うむ……」

 そんな父娘の会話を聞いていたルークは、いつの間にか間近に父が立っていることに気がついた。

「人間はもろく、弱い生き物だ」

 不意に彼はそう語った。息子をじっと見つめる。

預言スコアをも拒絶するガルディオス伯爵夫人の心の強さが私にあれば……」

「父上……?」

 だが、ルークが問い返した時、彼はもう背を向けていた。

 キムラスカの一群はユリアロードへ去っていく。彼らにはバチカルで果たすべき役目があるのだ。

 ルークたちもまた、港への通路を辿って行った。





 アルビオールは魔界クリフォトの空に舞い上がった。

「では、シェリダンへ向かいます」

 操縦席のノエルがいつもながらのはきはきとした口調で言う。そこでルークが言った。

「なぁ、その前にちょっと寄りたいところがあるんだけど、いいか?」

「それは別に構いませんが……」

「ルーク、どこに行くつもりなの?」

「うん、ちょい気になってさ。ほら、フリングス将軍の指輪、預かったままだったろ」

 不思議そうなジェイドとティアにそう言うと、イオンを除く仲間たち全員が「ああ……」という顔になった。

「そうですわね。平和条約が締結されたことをカイツールに伝えた方がいいでしょうし」

「いいんじゃないか?」

 ナタリアとガイが同意する。

「それでは、行く先をカイツール軍港に変更します」

 ノエルが言い、銀の翼は障気に包まれた空を南東へ向かった。





 カイツール軍港、キムラスカ軍基地。

 久しぶりに足を踏み入れたそこに平和条約締結の一報を入れ、セシル将軍との面会を願う。

「キムラスカとマルクトが平和条約を締結したそうですね」

 やがて現われたジョゼット・セシル少将は、挨拶もそこそこにその話題を口にした。

「ああ。これでもうセシル将軍がフリングス将軍を拒む理由はなくなったぜ」

 ルークは笑って言ったが、相変わらずセシルはためらう顔を見せた。

「……それは……」

「ジョゼット様」

 その時、ルークの背後から様子を見ていたガイが、改まった口調で口を開いた。

「私はガイラルディア・ガラン・ガルディオス。ユージェニー・セシルの息子です」

 セシルが榛色の目を瞠るのを、ルークたちは見た。

「ユージェニー伯母様の……! ではあなたは私の従弟のガイラルディア!? 生きていたのですか!」

「従弟……?」

 ルークは振り向いてガイの顔を見た。言われてみれば、確かに二人は色の濃さは違っても同じ金髪で、どこか似通っているかもしれない。そうだ、それにガイは最初から『ガイ・セシル』と名乗っていたんじゃないか。

「ジョゼット様は私の母のことを考えて、フリングス将軍とのこと踏み出せないのですよね?」

 ガイが確かめると、セシルは頑なな態度を幾分ほぐして内心を吐き出した。

「私が軍を捨て、マルクトへ嫁ぐとなれば、セシル家は再び売国奴と蔑まれることになるのではと……」

「そのようなことはありませんわ。マルクトに嫁いだ者がマルクトを守ろうとするのは当然です」

 ナタリアはそう言い切る。しかしセシルは苦く笑った。

「殿下は清廉であられるから。ですが、世間はそうは考えません」

「……だったらさ、今度こそキムラスカとマルクトの平和の象徴になればいいんじゃないか」

 ルークは言った。

 ややこしいことは分からない。だが、以前は失敗したと言うのなら、もう一度やり直せばいい。

「セシル将軍とフリングス将軍の婚約を、象徴にするってこと?」

 ティアが言い、ジェイドが「いい宣伝にはなりますね」と笑った。

「平和条約も締結されたところですし、外殻降下後の、人々の希望になるかもしれません」

「そうですわ! セシル将軍がフリングス将軍を好いているなら、わたくしがお父様にこの事をお知らせして取りまとめますわ」

 名案とばかりに言ったナタリアに、それでもセシルは困惑した顔を見せる。

「でも……!」

「ジョゼット様。私の母ユージェニーも、姉のマリィベル・ラダンも死にました」

 ガイが言った。

「せめてあなたには幸せになってもらいたい。……あなたの面差しは、亡くなった姉によく似ています」

 暫くの間、セシルは黙って従弟の顔を見返した。恐らくは、自分とはまた違った修羅の道を歩んできたのだろう。それでも、家名を――『一族』を背負って生きてきたのだろうと、それは同じなのだと感じられる。

 売国奴の汚名を残して死んでいった伯母。しかし彼女は確かに愛に殉じたのだ。セシル家の痛みの核となった彼女の息子は、自らも多くを失いながら、それでも愛を選べと呼びかけている。

「……分かりました。指輪はお預かりします」

 ついにセシルは言った。「ですが陛下のお耳に入れるのは、この世界が落ち着きを取り戻してからにして下さい」と付け加えはしたが。

 歩み寄って、ルークは彼女にフリングス将軍の指輪を手渡した。笑顔と共に。

「お幸せに」

 ガイが心からの祝福を掛ける。

「……ええ。ありがとう」

 両手で指輪のケースを握り締めて、セシルはそっと微笑んだ。


 ガイとセシル将軍の関係の、回答編。二人は従姉弟同士だったんですね。身内をみんな殺されたガイにとっては、セシルの存在は、実はかなり特別だったのかなぁと思います。

 そんな彼女が家を復興させるために(ガイにとって仇である)ファブレ公爵に身を任せていたという皮肉。……ファブレ公爵としても、自らがユージェニーを殺したという事実があるから、何か思うところがあったのかもしれない。いや、愛人が欲しいなら他に幾らでもあとくされのない方法があるはずで、わざわざ『売国奴』として取り潰された家の娘と関係を持って醜聞を広める必要ってない気もしますしね。(隣国のマルクトにまで噂が広まっていたくらいですから、ファブレ公爵がセシル家の娘を愛人にして引き立てたのは、相当なスキャンダルだったのだと思われます。)

 

 平和条約を締結させると、幾つかのサブイベントが発生します。

 カイツール軍港に行くと、『セシルとフリングス』の二回目。

 グランコクマの水道橋で『漆黒の鍵』。更に、グランコクマ宮殿の玉座の後ろで『水鏡の滝』(声付き)です。

 特に漆黒の鍵イベントは、期間限定の上、後にイベントムービープレイヤーを使用出来るようになるための条件ですので重要です。物語の本筋だけを追うとこの時期にわざわざグランコクマへ行く必要はないので、うっかりしていると見逃してしまいます。(私は一周目も二周目も逃してました…)

漆黒の鍵
#グランコクマの水道橋の上
子供A「サーカスだよ! 早く早く!」
子供B「暗闇の夢が来てるよ!」
#誘い合わせて子供たちが駆けていく。
ガイ「サーカスか。懐かしいな。行こうぜ、ルーク」
ルーク「……ってて おい、引っ張るなよ」
#ガイ駆け出す。ルーク後を追って走る。他の仲間たちは立ち止まったままそれを見送っている。
アニス「暗闇の夢って……もしかして……」
ジェイド「行ってみればはっきりするとは思いますがね」
#グランコクマ中心部の水上公園。数人の男たちにバラバラに分断されて囲まれている漆黒の翼の三人組。
男A「――邪魔だって言ってるんだよ!」
ノワール「お黙り。こっちは許可をもらって宣伝に来てるんだ」
男A「何だと! 生意気な奴だな!」
#男Bがノワールの顔を叩く。ハッとするウルシーとヨーク。
#ガイが現われて男を殴り返す。
ガイ「その辺にしておいた方がいいんじゃないか? 相手は女性だ」
男B「なんだとぉ? なら、てめぇが殴られろ!」
#ガイ、男Bをノックアウト。
ガイ「さあ、やるかい? 悪いが本気で行かせてもらうぜ!」
#ルークが駆け込んでくる。
ルーク「よーし。暴れるなら俺も手伝うぜ!」
#二人、その場にいた五、六人の男全員をのしてしまう。それを呆れた顔で見る、追いついてきた仲間たち。
ティア「……何があったのか想像がつくわね」
ナタリア「まあ、血の気の多い……」
イオン「お二人は強いんですねぇ」
アニス「イオン様 感心してる場合じゃありません!」
ノワール「……礼は言わないよ。助けてくれなんて頼んじゃいないんだ」
ルーク「何だと! ガイはお前を……」
ガイ「(ルーク見て)まあまあ。俺だって、別にお礼を言って欲しくて助けた訳じゃないさ。それより……(ノワールに向き直る)」
ノワール「な、なんだい……」
ガイ「唇の端が切れてる。拭ってあげたいが、俺はご存知の通りの体質なんでね」
#ガイ、ハンカチを差し出している。
ノワール「……あ、あらん……」
#ハンカチを受け取るノワール。
ガイ「あんたたちの公演 昔、見たことがある。がんばれよ。泥棒よりそっちの方が似合ってる」
ヨーク「うるさいぞ、おまえ」
ウルシー「俺たちは俺たちの自由に……」
ノワール「あんたたち、お黙り! ……フフ、坊やはやっぱり可愛いねぇ」
ウルシー/ヨーク「「ノワール様!?」」
ノワール「ハンカチは頂いておくよ。代わりにこいつを持っていきな」
 漆黒の鍵を手に入れました
ガイ「これは……?」
ノワール「あはん。あたしの心のカ・ギさ。大切にしとくれよ。行くよ、あんたたち!」
#立ち去る漆黒の翼
アニス「うわ、あんなババアからもらった鍵なんて、捨てちゃいなよ」
ガイ「まあ、持ってて困るものじゃないし いいんじゃないか?」
ティア「それより、そろそろ憲兵が来ると思うわ。この状況はまずいと思う」
ジェイド「そうですね。退散しましょう」

 女性に鍵を手渡されるという大変意味深な状況ですが、「持ってて困るものじゃない」と朗らかに言ってのけるガイ。……この調子だと、この人は将来大変な修羅場を経験することになる気がします。女性恐怖症が治ったら更にドロドロと。

 そして今後、ノワールはガイの女性恐怖症を治療するべく色々と協力してくれるようになっちゃうのでした。

 まあそれはともかく、ガイにとって『サーカス団・暗闇の夢』の公演の記憶は、永遠に失われたホドの日々を偲ばせる大切な思い出なのですね。ルークを引っ張って率先して駆け出した姿は、小さな子供のようでした。


 シェリダンの集会所の扉を押し開けると、奥の席についていたイエモンが大きな声で呼びかけてきた。

「おお。タルタロスの改造は終わったぞい」

「そうか! 流石だな!」

「ふぉふぉふぉ。年寄りを舐めるなよ」

 ルークにぺろりと舌を出してみせて、イエモンは「タルタロスはシェリダン港につけてある」と告げた。

「後はオールドラント大海を渡ってアクゼリュス崩落跡へ行くだけさ。そこから地核に突入するんだよ」

 傍らの席からタマラが言う。

「ただ注意点が幾つかあるぞい。作戦中、障気や星の圧力を防ぐため、タルタロスは譜術障壁を発動する。これは大変な負荷が掛かるのでな。約130時間で消滅してしまう」

「130時間って随分半端だな」

 ルークが呟くと、「負荷が強過ぎるんでな」とイエモンは答えた。

「ここからアクゼリュスへ航行して地核まで辿り着く時間を逆算して、何とか音機関をもたせてるんじゃ」

「それと、高出力での譜術障壁発動には補助機関が必要なんだよ。あんたたちがタルタロスに乗り込む際に、アストンが譜術障壁を発動してくれる」

「つまり、譜術障壁はシェリダン港で発動させるしかない。俺たちが出発する瞬間から、限られた時間も消費されていくってことだな」

 ガイが話をまとめた。

「ここからアクゼリュスまではタルタロスで約五日。地核突入から脱出までを10時間弱で行えということか……。これは厳しい」

「ほんの少しの遅れや失敗も命取りってことね」

 ジェイドとティアは厳しい顔をしている。

「脱出はアルビオールで行う。そのために、圧力を中和する音機関を取り付けねばならん」

「音機関を取り付けたら、アストンがタルタロスの格納庫に入れておいてくれるよ。準備が完了したら、港から狼煙のろしが上がるはずさ」

 タマラは言い、手順の説明を続けた。

「地核到達後、タルタロスの震動装置を起動させたら、アルビオールでタルタロスの甲板上に移動しとくれ」

「甲板に上昇気流を生み出す譜陣が描かれておる。それを補助出力にして脱出するんじゃ」

「アルビオールの圧力中和装置も三時間ほどしかもたないよ」

「急いで脱出してくれないと、ぺしゃんこになるぞい」

「何から何まで命がけか……」

 ごくりとルークは唾を呑む。今までの道も安穏としたものではなかったが、これほどはっきりと制限が定められているのは初めてだ。

「アルビオールに音機関を取り付けるまでの間に、しっかり準備をしておくんじゃ」

「作戦が始まったら、途中で買い物に行くことも出来ないからね」

「そうですね。やり残したことがないようにしておいて下さい」

 老人たちの声を受けてジェイドが言うと、アニスが「もー、大佐。脅さないで下さいよぅ」と頬を膨らませた。

「いえ、本当のことです。限られた時間内の行動です。何が起こるかも予測できませんから」

「準備もそうだけど、作戦を始める前にちゃんと気持ちを整理しなさい、ということですか?」

 ティアが確認する声を聞いて、ルークは頷いた。

「分かったよ。そうする。後悔しないためにも」

「ええ。そうなさい」

 失敗するわけにはいかない。だが、無事でいられる保証もないのだ。

 当然のようにその危地へ飛び込むつもりでいる若者たちを見回して、ジェイドはせめてそう言い聞かせた。





 それぞれで手分けをして買い物を済ませ、少し自由時間を設けた。

 街を散策していたナタリアは、海辺の展望台に鮮やかな赤毛を見つけて、一瞬ドキリと胸を震わせた。……すぐに違うと分かったけれど。なにしろ、今や二人の髪の長さはまるで違っているから。

「どうかしましたの? ルーク」

 景色を見ているのかと思ったのに、彼は目を閉じて眉間にぐっと皺を寄せている。声を掛けると、あっさり目を開いて肩を落とした。

「いや、あいつと話できないか試してみたんだけど、やっぱダメだった」

 名前を口にしたわけではない。けれど、誰のことかはすぐに分かった。

「アッシュ、ですわね」

「ああ。あいつから話しかけてこないと全然つながんねぇ」

「そうですの……」

 知らず、ナタリアの声は沈んでいた。

「彼、今何をしているのかしら……」

「……ナタリア、あいつに話したいこと、あるだろ?」

 不意にルークが言った。「え?」と視線を向けると、碧の双眸は真剣な色を帯びている。

「伯父上との事とか……、これからのこととか……」

「そう、ですわね。随分彼とは会っていませんし……」

 確かに、話したいことは山程あった。今の不安、先の希望。自分のことだけではなく、彼のそれも聞かせてほしいのに、再会してからの彼は決して語ってくれようとはしない。会うのも別れるのも、全て向こうの一存だった。勿論、重要な時には来てくれているのだけれど。それでも……会いたいと思う時、こちらからはまるで為す術がないのは寂しいことだと思う。

「ったく。勝手な奴だぜ」

 俯いたナタリアを見やって、ルークが不機嫌に鼻を鳴らす。不意にナタリアは思い当たった。

「ルーク。もしかしてわたくしのために彼に接触しようとしましたの?」

 途端に、過剰なまでの反応をルークは返した。

「ち、違うって。あのむかつくヤローが今何してるか気になっただけだっつの!」

 そう喚きながら、見る間に赤くなっていく。

「別に、お前のためじゃないからな!」

「ふふ。そうですのね」

 思わず笑うと、ルークはばつが悪そうに顎をそらせた。

「ったくよ。もう俺行くから!」

 そう言って足早に去っていく。耳まで赤くしながら肩を怒らせている様子は、長い赤髪の誰かのようだ。

「こういうところはそっくりですのね」

 呟いて、ナタリアはその背中に笑い掛けた。


 この辺は、例によってのゲーム進行上の都合による謎展開になっています。

 シェリダンの街を出た瞬間からきっかり130時間しか猶予がないというのですが、譜術障壁は地核に入る直前に発動させればいいだけの事なのではないでしょうか。せめてシェリダン港を出港する瞬間に発動させるとか。……要はこの後に起こる惨劇でルークたちの逃げ道(街に留まって戦う)を作らないようにするための設定なのだと思われますが、かえって不自然だと私は感じました……。街を出る時点で秒読み開始ってのは、どう考えても無意味に無駄ですよね。

 このノベライズでは、譜術障壁は港を出る時にしか発動させられないということにしてみました。ホントはこれも変なんですが。普通の海を航行する五日間、高負荷の譜術障壁を展開しっぱなしってのもなんだかなぁ……。

 つーか、こんな危険な任務に王位継承者のナタリアやルーク、果ては(体の弱い)導師イオンが普通に参加してるのは変です、真面目に考えれば。


 扉を開けて集会所を出たティアは、先に出たルークが石のように固まっているのに気付いて眉根を寄せた。港から狼煙が上がったとの報せがあり、ついに出発したところだ。セフィロトの暴走は続いている。今は一分一秒が惜しいと言うのに。

 だが、ルークの背中から向こうを見やると、理由はすぐに知れた。

「リグレット教官!?」

 ティアは己の師の名を叫ぶ。集会所の扉のすぐ外に彼女が立っており、周囲には十数人の神託の盾オラクル兵を従えていた。彼らは抜剣し、きらめく刃をぐるりとルークたちに突きつけている。

「スピノザも言っていたが、ベルケンドの研究者どもが逃げ込む先はシェリダンだという噂は本当だったか」

 リグレットが口を開く。

「そこをどけ」

 ルークが腹の底から怒りの声を出した。が、兵もリグレットも微動だにしない。

「お前たちを行かせる訳にはいかない。地核を静止状態にされては困る。……港も神託の盾オラクル騎士団が制圧した。無駄な抵抗は止めて武器を捨てろ!」

 その時だった。

「タマラ! やれいっ!」

「あいよっ!」

 イエモンの合図で、物陰からタマラが駆け出した。集会所の裏口から回りこんでいたらしい。肩に構えた急ごしらえの放射器からごうごうと炎を放つと、たまらず兵たちが逃げ惑った。

「今じゃ! 港へ行けぃっ!」

 イエモンが叫ぶ。

「けど……」

 ルークはためらう顔をする。

「奴らにタルタロスを沈められたら、あたしらの仕事が無駄になるよ!」

「時間がない! 早くせんか!」

 二人の老人に怒鳴られて、ルークたちは弾かれたように走り出した。

「行かせるかっ!?」

 リグレットが二挺の譜銃から光弾を放つ。が、強い衝撃で腕が跳ね上がった。銃の装飾部分に突き立ったナタリアの矢に気付いて、それを抜き捨てる。周囲の兵たちに鋭く命じた。

「怯むな! 狭い街中では死霊使いネクロマンサーといえども譜術を使えない!」

「ジェイド!」

 ルークは剣で神託の盾オラクル兵の攻撃を防ぎながら、背中を合わせているジェイドに呼びかけた。彼も、現出させた槍で別の兵の剣を阻んでいる。

「無理です! 味方識別マーキングのない一般人が多すぎる」

 集会所の前はひどい混戦状態になっていた。ルークたちとその行く手を阻む神託の盾オラクル兵の他に、シェリダンの町人たちが相当数巻き込まれている。

 譜術には味方識別マーキングという技術があり、予め対象のフォンスロットに識別票を譜として打ち込んでおくことで攻撃対象を区別し、味方を巻き込まない広範囲攻撃を可能にするのだが、この混乱だと流石のジェイドにも識別は出来ないらしかった。ルークたちを除く全てを焼き払うことなら出来るだろう。だが、それは……。

「きゃあっ!?」

 矢を撃ち続けていたナタリアの腕が跳ね上がり、顔を歪めて肩を押さえた。先程とは逆に、リグレットの光弾で弓を撃たれたのだ。更にナタリアを撃とうとしたリグレットめがけて、横合いからイエモンが体当たりをした。だが、リグレットは顔を顰めただけで倒れはしない。

「邪魔だっ!」

「ぐおっ!?」

 譜銃を持った手で殴り飛ばされて、イエモンは集会所の扉に背中から叩きつけられた。ぐしゃりと嫌な音がして、そのままズルズルと座り込む。

「イエモンさんっ!」

 それを目にして、ルークは自分が悲鳴をあげていた。その前に放射器を構えたタマラが駆け込んでくる。

「あたしら年寄りのことよりやるべきことがあるでしょうっ!」

 炎を放つタマラの向こうで、ナタリアもまた弓を構え直して周囲に矢を放っていた。ティアも、ジェイドも、アニスも、ガイも、それぞれが血路を開こうと戦い続けている。

「さっさと……いかんかぁっ!!」

 扉に背を預けたまま、イエモンが血を吐き出すように叫んだ。

「……行きましょう。早く!」

 ジェイドが促し、仲間たちはどうにか開いた一方に走り出す。だが、ルークは凍りついたようにその場に留まっていた。

「ルークッ!」

 ティアが駆け戻ってきてルークの手を引いた。走り出したルークの後を、最後まで残っていたガイが追って行く。

「奴らを追え!」

 背後から鋭く聞こえるリグレットの声を振り切って走る。

 だが港側の出口へ至ると、街の外からガチャガチャと装備を鳴らして二十人近い神託の盾オラクル兵たちが走り込んで来た。

「行かせはせん!」

 ルークたちが立ち止まった時、その前にシェリダンの町民たちが飛び込んだ。ある者はルークたちを庇うように両腕を広げ、またある者は神託の盾オラクル兵にしがみついて武器を押さえた。

「タルタロスには俺の手も入ってるんだ! 邪魔させるか!」

 そう叫び、若者が神託の盾オラクル兵の剣を押さえながらルークたちに呼びかける。

「ルーク様! ナタリア殿下! 北の出口が手薄です! 急いで……」

 その刹那、神託の盾オラクル兵は若者の腕を振りほどくと、自由になった剣を振り下ろしていた。

「ぐあっ!?」

 苦鳴をあげて若者が転がり、動かなくなる。

「く、くそ……っ!」

 呻いて、ルークたちは北の出口を目指して走り出す。背後では、他の町民たちが次々に神託の盾オラクル兵の前に身を晒して、自ら壁となっていた。

 街を南から北まで駆け抜ける間、幾度となく同じ光景が繰り広げられた。

「女だからって馬鹿にしないで!」

 と、女たちがナタリアに斬りかかろうとした兵士の腕にしがみついた。

「ここは俺たちが! さあ早く!」

 と、若者たちが兵士に体当たりして、ルークたちが駆け抜けるまでの間、押さえつけてくれた。

 駆け抜けた背後では悲鳴が聞こえていた。彼らが神託の盾オラクル兵の剣に斬り裂かれる断末魔の叫び。

「な……なんてことなの……っ!」

 走りながら、ナタリアの腕は小刻みに震えている。

「……ごめんなさいっ!」

 アニスは下を向き、呪文のように叫び続けていた。

「教官……民間人を手に掛けるなんて……」

 ティアが走りながら呻く。ルークは叫んだ。

「平和条約の時には妨害してこなかったのに!」

「主席総長の目的にとって平和条約なんてどうでもよかったって事?」

「そうでしょうね……」

 アニスの声にティアは小さく返している。ひどく苦しげに。

 ついに北側の出口に辿り着いた時、街の外からガチャガチャと装備を鳴らして大勢の兵士が駆け寄ってくるのが見えた。ギクリとしたのは一瞬だ。それは赤い鎧のキムラスカ軍の一団だった。

「な、何事ですか!?」

 隊長が動揺した声で問うてくる。ナタリアが賛嘆の声で言った。

「ああ! よく来てくれました!」

神託の盾オラクルが街のみんなを襲ってる!」

 ルークが切羽詰った声で告げる。

「街のみんなを頼みますよ!」

 ナタリアが命じると、「了解!」と敬礼し、一団は街へ駆け込んでいった。

「くっそ! この肝心な時にアッシュの奴は何してんだ!」

 ルークは苛立ちを吐き捨てた。以前バチカルから脱出した時にも似たような状況があったが、あの時はアッシュが様々に手を回してくれていたこともあり、市民が命を落とすようなことはなかった。八つ当たりだとは分かっていたが、気持ちが治まらない。

「いない奴の事なんて気にしてらんないよ!」

 アニスは泣きそうな顔で怒っている。

「そうね……イエモンさん達の行動を無駄にしないためにも、一刻も早くタルタロスに! 私たちは失敗できないのだから!」

「さあ、急ぎましょう。神託の盾オラクルにタルタロスを破壊されたら終わりです!」

 ティアとジェイドに促されて、一行はシェリダン港目指して走り始めた。




「奴らを追え!」

 ルークたちが集会所の前から駆け去った時、鋭く命じたリグレットの声に従って、十人近くの兵たちが走り出していた。その後を追ってタマラが駆け出し、背後から火炎を浴びせようと放射器を構える。――その時。

 更にその背後から突進した神託の盾オラクル兵が、剣で袈裟懸けにタマラの背を斬り裂いていた。

 一言もあげずに、タマラは地に倒れる。彼女を踏み越えて、その兵もルークたちを追って行った。

「……坊やたち、しっかりね」

 街を覆う悲鳴と怒号の中に、老女の細い呟きは消えていく。

「急げ! 港の兵と挟み撃ちにする!」

 残った兵たちに命じてから、リグレットは足元に転がる老女の遺骸を見下ろした。

「……民間人がしゃしゃり出てくるからだ」

 目を閉じ、吐き出すように言って眉間に皺を寄せた。

 遠くからまた別の喧騒が聞こえてくる。キムラスカ軍の一団が自国民を守るべく雪崩れ込んで来たのだ。その騒ぎとはもはや無縁となりつつある静寂の中で、集会所の扉にもたれかかったイエモンは、僅かに口を動かして呟いていた。

「『め組』と『い組』の……最初で最後の共同作品じゃ……。頼むぞ……ルーク……」

 そして、老人は力なくこうべを垂らした。





 シェリダン港には白い霧が立ち込めていた。見れば、神託の盾オラクル兵がごろごろと転がっている。

「まずい! 姿勢を低くして鼻と口を塞ぎなさい!」

 不意にジェイドが叫んで、自らも鼻と口を押さえた。ティアとアニスはさっと地面に四肢を投げ出す。ナタリアとガイはしゃがむ姿勢を取った。ルークは一拍遅れて、ティアとアニスに倣って地面にペタリと伏せる。

「な、なんだ!?」

「これは譜業の催眠煙幕だわ」

 鼻口を押さえてティアが言った。

「くっ、なんとか中和できないのか?」

 ガイが苦しげに言う。

「譜術で吹き飛ばします」

 ジェイドはそう言うと、周囲に音素フォニムを集めてきらめかせた。彼の周囲に風が渦巻き、ざあっと四方に広がって霧を吹き払う。視界が開け、ルークたちは立ち上がった。

「ふぅ……何とか息が出来るな」

「でも、ねむいですの……」

「ふぁ……私も……」

 ミュウとアニスは目をトロンとさせている。

「よかった。あんたたちまで寝ちまわなくって」

「やっぱり小さい子の方が効きが速いわね」

 その時、物陰から人影が現われた。ヘンケン、キャシー、アストンの三人の老人だ。

「まあ、ではこれは皆さんの仕業ですの?」

 ナタリアが言い、ルークたちは彼らに駆け寄った。

神託の盾オラクルの連中がタルタロスを盗もうとしやがったんでな」

 アストンが言う。タルタロスは老人たちが見事守っていたらしい。

「譜術障壁は作動させた。さあ、時間はないぞ」

「奴ら、街にも行ったみたいだけど、タマラたちは……」

 キャシーの問いに、ルークたちは暗い顔で黙り込んだ。

「まさか……!?」

 ヘンケンが愕然として声を震わせる。――その時。

「呑気に立ち話をしていていいのか?」

 よく通る声が響いた。直後、薙ぐように走った衝撃波に、全員が護岸の端まで吹き飛ばされた。

「……せ、師匠!」

 素早く立ち上がったルークは、その姿を認めて声を詰まらせた。髪を高く結った威風堂々とした男が、背後に一人の老人を従えて歩み寄って来る。

「スピノザ……! 俺たち仲間より神託の盾オラクルの味方をするのか!」

 倒れ伏したまま叫んだヘンケンの声に、「……わ、わしは……わしは……」と、スピノザは壊れた音譜盤フォンディスクのように繰り返している。そこに、外からリグレットが駆け込んで来た。他に兵は連れていない。キムラスカ軍との戦いに取られたのだろう。ヴァンの姿を認めてハッと足を止めた。

「閣下!?」

「失策だな、リグレット」

「すみません。すぐに奴らを始末します」

 リグレットはそう言ったが、その間に譜を唱えていたジェイドの譜術に貫かれて後方に吹き飛ばされた。それを機にルークが剣を抜いてヴァンに立ち向かおうとしたが、ジェイドが片手で制して止める。

「ルーク! いけません」

「どうして!」

「今、優先するのは地核を静止することです。タルタロスへ行きますよ」

「……くそっ!」

 吐き捨てて、ルークは身を翻す。――と。無造作に、ヴァンがその背に向けて譜術を放った。

「!?」

 背後に光を感じて振り向いたルークの目に、飛び込んだアストンが己の身体で譜術の衝撃を受け止め、地に崩れ落ちる姿が映った。目を瞠って、ルークは声も出ない。一方で、立ち上がったヘンケンとキャシーが、抜き身の剣を持ってルークに近寄ろうとしたヴァンにしがみついていた。

「危ないわ! 逃げて!」

 たった今まで二人の老人の介抱をしていたティアが叫んだ。

「そうはいかない。こんな風になったのは、スピノザが俺たち『い組』を裏切ったからだ」

「こんな年寄りでも障害物にはなるわ。あなたたちはタルタロスへ行きなさい」

「……どけ」

 低くヴァンが命じる。

「馬鹿もん! どくんじゃ!」

 必死にスピノザが喚いた。だが、ヘンケンとキャシーは動じない。

「仲間の失態は仲間である俺たちが償う」

「行きなさい!」

 その声に弾かれて、仲間たちは立ち上がって走り出す。だが、ルークは縫い止められたように立ち尽くしていた。

「……ルーク! 時間がありません!」

 ヴァンを牽制するように対峙しながらジェイドが鋭く言った。ティアが振り向いて叫ぶ。

「兄さんに追いつかれると作戦が失敗するわ! イエモンさん達の行為を無駄にしたいの!?」

「分かってる……!」

 何かを引き裂くように、ルークは声を吐き出した。

「ごめん……ヘンケンさん、キャシーさん、アストンさん……!」

 泣くように叫ぶと、ルークはティアの後を追ってタルタロスに駆け込んだ。それを確認してジェイドも走る。昇降口ハッチが閉まり、タルタロスは港を離れて海へ乗り出した。見る間に岸から離れていく。

 それを見送りながら、ヴァンは静かに己にしがみつく二人の老人に言った。

「……老人とはいえ、その覚悟や良し」

 シャッ、と剣を薙ぐ。一太刀で、枯れた草のようにヘンケンとキャシーは斬り伏せられた。

「スピノザ。よく見ておけ。私の敵となる者の末路をな」

 剣を収めて背を向け、ヴァンはスピノザに言った。老人はただうな垂れている。

「閣下。シンクが間に合ったようです」

 リグレットはジェイドの攻撃から立ち直っている。直立してそう言った彼女を見やって、ヴァンは鷹揚に命じた。

「作戦自体は失敗だが、囮にはなったということか。いいだろう。撤収しろ」

「了解!」

 応えて、リグレットは港の外へ駆け去った。ヴァンはその後を悠々と歩いていき、スピノザも従う。

 港には静寂が戻った。暖かな日差し、波の音、海鳥の声は、全てが始まる前と何も変わりはしない。

「……ごめんじゃない。ありがとう、だろ……が……」

 流れ出した血の大半は海に零れ落ちてしまっている。一見してのどかに見える景色の中で、倒れ伏す老人は、ぽつりと言葉を吐き出していた。

「……そうねぇ……あの子たちが帰ってきたら……言葉の選び方を教えてあげましょう……ね……」

 彼の側に転がる老女は、そう言って微かに笑う。

 それが最後の吐息だ。静かな港で、彼らは永遠に鼓動を止めた。





「……なんでぇ……? イエモンさんたち……関係ないのに……」

 タルタロスの艦橋ブリッジへ続く扉の前で、アニスが泣きじゃくっていた。その側ではナタリアが両手で顔を覆い、肩を震わせている。

「わたくしは……自国の国民も守ることが出来なかった……」

「……俺が非力だったからだ。くそぉっ!!」

 ルークも泣いていた。涙を拭うこともせずに声を荒れ狂わせている。

 一体どれほどの人を死なせればいいのだろう。アクゼリュスで、ルグニカの戦場で、そしてシェリダンで。

 初めて人を殺した時、ジェイドとティアに言われた。殺してでも生き延びなければならない。自分たちには戦争を止めるという目的があるのだから。自分たちが死ねば戦争が起こり、もっと多くの人が死ぬのだと。

(なんでだよ……。死なせたくないから戦ってるはずなのに、俺は……。人を殺して、俺たちを助けてくれた大切な人たちまで見殺しにして。こんなの……っ)

「落ち込んでいる暇はないわ。私たちには地核を静止させるという仕事が残っているのよ」

 嗚咽が重なる中にティアの声が落ちた。彼女の声に震えはない。いつもの冷徹な顔でルークたちを叱咤している。

「お前っ! そんな言い方しなくてもっ!」

 何かが弾けた。涙で濡れた目に憤怒を燃やして、ルークはティアの襟首を掴みあげていた。だが、彼女は動じない。

「ここで泣いて悲しんでいても何も始まらないのよ。大佐は一人で作戦準備をしているわ。それを忘れないで」

 冷たい目で睨み返して、ギリギリと締め上げるルークの腕を力を込めて振りほどく。詰まった呼吸を整えて、ティアはそのまま艦橋ブリッジへ入って行った。

 しん、と静けさが落ちる。

「……彼女、瞳が潤んでたな」

 ぽつりとガイが言った。

「……え?」

「爺さんたちを殺したのはティアの兄貴だ。この中で一番泣きたい気持ちなのは誰なんだろうな」

 泣いていた目を上げて、アニスとナタリアがルークを見ている。

「……地核への降下場所はアクゼリュスだったな」

 静かにルークは言った。あの目の眩むような怒りは、もうない。

「俺……。艦橋ブリッジへ行ってジェイドを手伝ってくる」

 ルークも艦橋に向かった。今、為すべきことをするために。


「爺さんたちを殺したのはティアの兄貴だ。この中で一番泣きたい気持ちなのは誰なんだろうな」

 ……どうなんだ、この台詞は。

 

 ティアがどんなに辛い時でも己の感情を律して、果たすべき責任を優先している、理性的でけなげで立派な人間なのだということはよく分かります。ですが、もっと他に言い方ないのか。

 例えば、(彼女も同乗しているはずですが)この場にノエルがいたとしたら、ガイは同じ台詞を言えたのでしょうか?(ノエルはイエモンの孫娘)

 

 この中で一番泣きたいのは誰? 一番辛いのは誰?

 そんな不幸比べをしても意味はないです。一番悲しい立場の人でなければ怒り悲しむ資格がないわけでもあるまいに。

 ティアは、自分の身内が大きな罪を犯したからこそ、世界を救う責任を果たさねばならないと気負い、己の感情を律して、辛い気持ちを押し殺しているのでしょう。でも、だったらさっさとジェイドを手伝いに行けばいい。わざわざ嘆き悲しんでいる最中の人に「落ち込んでる暇はないわ」と角の立つ口調で言わなくてもいいのです。ルークたちが何時間も何日もグズグズしてたっていうならともかく。しかも、これから五日は嫌でも猶予があるんですし。タイミングが変では?

 感情を律することが出来るのは素晴らしいことです。

 しかし感情を発露するべき時にそうするのも大切ではないでしょうか? 怒り悲しみ喜ぶことは、人と人との心の繋がりを作るからです。理屈じゃねぇんだよ! です。

 

 まぁなんつーか、釈然としないところです。(ノエルに対するフォローが全くないのも気に掛かります。)

「爺さんたちを殺したのはティアの兄貴だ。この中で一番責任を感じているのは誰なんだろうな」

 という台詞だったら良かったのに。

 →自分なりのフォロー的妄想


 シェリダンからアクゼリュス崩落跡までは五日掛かる。

 五日目の昼、目的地を目前にして、ルークたちは艦橋ブリッジに集まっていた。

「予定より一時間到着が遅れました。これ以上の失敗は許されません」

 ジェイドがそう告げた時、けたたましい警告音が響き渡った。

「な、何だ!?」

 見回したルークに、ティアが「侵入者よ!」と鋭く告げる。

「まさか、ヴァン謡将か!?」

 ガイが顔を険しくし、「よほど地核を静止させられては困るんですね」とイオンが言った。

「どうしてなのでしょう……」

 ナタリアが首を傾げる。

「それもそうだけど、今は侵入者だよぅ。どーすんの?」

 アニスが問うた。タルタロスは広い。この人数では捜索もままならないだろうし、なにより作戦開始直前だ。残された時間は限られており、そんな時間の余裕はありはしない。ジェイドが艦長席から言った。

「仕方ありません。地核突入後、撃退するしかないでしょう」

 流石の彼も、声が僅かにうわずっている。この土壇場になって予想外の問題が起ころうとは。

「それでなくても時間が限られていますのに……!」

 ナタリアは不安そうだったが、どうしようもない。

「始まりますよ! 席について下さい!」

 ルークたちは素早くそれぞれの席についた。

 アクゼリュス――いや、今やルグニカ大陸全体が外殻から姿を消し、海水は白く泡立って魔界クリフォトへ降り注いでいる。その瀑布へ近付くタルタロスは、砲台から小型の音機関を発射した。宙に四つの譜陣が展開し、それが一つの大きな譜陣を形作る。譜陣は海面に映り、タルタロスを乗せて浮かび上がらせた。そのまま、タルタロスは宙を滑って外殻の穴を降下していく。三万メートル下の魔界クリフォトの海へ到達すると、譜陣が泥を穿って更にその下の地核へと降下した。七色に輝く物質が網の目のように手を結び合う奇妙な空間を滑り落ちていく。半透明に輝く欠片が無数に漂う中を突き抜けた。

「……着いた、のか?」

 やがて降下の感覚が止まったのを感じて、ルークは顔を上げた。

「そのようです」

 ジェイドが応えてくる。地核に底というものがあるのかは分からないが、ともあれ、ここが設定されていた星の中心であるらしい。長時間続いた落下の感覚は、浮遊の譜陣と譜術障壁で大方緩和されていたのだろうが、ともすれば叫びだしたくなるような恐ろしいものではあった。

「さっき一瞬見えたあれは……」

 ルークの真後ろの席で、ガイは腕を組んで考え込んでいる。隣席からナタリアが訊ねた。

「どうかしましたの? 確かに地核に飛び込む直前、何かが光ったみたいでしたけれど」

「……ホドでガキの頃に見た覚えがあるんだ。確かあれは……」

「詮索は後です。こちらは準備が終わりました。急いで脱出しましょう」

 ジェイドが促す。脱出のために残された猶予は僅かしかない。




 だが、甲板に出た一行は、そこに起こっていた異変に愕然とさせられた。

「あれ……? イエモンさんたちが言ってた譜陣がないよ?」

 駆け出して、アニスが声をあげる。乗り込んだ時には確かにあったはずの譜陣が消えていた。それがなければ、アルビオールで脱出するパワーが足りないというのに。

「ここにあった譜陣はボクが消してやったよ」

 声が聞こえた。この地核の奥であるはずのない、仲間たち以外の誰かの声。

 現われたのは、金色の仮面で目鼻を覆った小柄な少年だった。――六神将・烈風のシンク。

「侵入者はお前だったのか……」

 ルークは忌々しい思いで目元を歪ませる。

「逃がさないよ。ここでお前たちは泥と一緒に沈むんだからな。――死ね!」

 シンクが襲い掛かってきた。

「このタルタロスをお前たちの墓にしてやるよ!」

 駆け込み、高く蹴り上げてくる。

「させるかよっ!」

 掠めるそれをかわして、ルークは剣を振るった。シンクは身軽に背後に跳躍する。

「わたくしたちは、生きて地上に帰りますわ!」

「あんたこそ引っ込んでれば!」

 それぞれに攻撃を続けながらナタリアとアニスが叫んだが、シンクは不敵に叫び返した。

「無駄なあがきだね……。ボクは、お前たちには負けない。――臥龍ガリョウ空破!」

 垂直に舞い上がった彼の周囲に渦が巻き起こる。髪や衣服をなびかせながら耐え、ティアが言った。

「あなただってここで死ぬかもしれないのよ!? 退きなさい!」

 間髪入れずに譜術の炎が湧き起こったが、シンクは駆けてそれを避ける。ジェイドの声が聞こえた。

「しつこいですねぇ……。まさか私達と心中しようとでも?」

「心中? 上等だね! 一緒に死んでやるから、さっさとくたばりな」

「冗談じゃないぞ! 俺達は死なない!」

 叫び、ルークは駆け込んで音素フォニムの籠もった拳と剣撃を叩き込む。同じように斬り込んでガイが叫んだ。

「心中なんてお断りだ、寂しくても一人で逝くんだな!」

「いいや……お前たちはここで死ぬのさ」

 シンクは手のひらに火の音素フォニムを集める。

「受けてみろ。――昂龍轢破!!」

 第五音素フィフスフォニムの輝きで全身を覆い尽くすと、炎の渦となってルークたちに突進した。


 シンクの戦法は、譜術と体術を組み合わせた独特のものです。

 大地に輝く譜陣を生じさせて手をつき、譜陣の内部にいる者に大ダメージを与える奥義『アカシック・トーメント』は、以前別の誰かも使っていたような…?

 ダアト式譜術とは、本来、このように体術を組み込んだものなのだそうです。

 

 戦闘の間、焦れるルークたちに向かって「心中? 上等だね! 一緒に死んでやるからさっさとくたばりな!」と言うシンク。どうやら彼は自分自身も共に死ぬ覚悟でタルタロスに乗り込んで来たようです。


「ボクは……認め……ない……」

 激しい戦いの末に、シンクは膝を崩して床に手をついた。カラン、と澄んだ音を立てて金色の仮面が落ちる。

「お……お前……」

 露になった顔を見て、ルークは息を呑んだ。アニスもまた、同じように大きな目を見開いている。

「嘘……イオン様が、二人……!?」

 片膝をついてうずくまるシンクは、イオンと同じ顔をしていた。顔だけではない。よく見れば髪の色も、体格も。全てが同じだ。そう……まるでルークとアッシュのように。

「やっぱり……。あなたも導師のレプリカなのですね」

 言ったのはイオンだった。

「おい! あなたも……って、どういうことだ!」

 ガイは動揺している。彼は以前から――コーラル城でシンクと初めて戦った時から、その素顔を知っていた。だから、シンクがイオンと何らかの関係を持つだろうことは予測していたのだが。よもや。

「……はい。僕は、導師イオンの七番目――最後のレプリカですから」

「レプリカ!? お前が!?」

 ルークは愕然としていた。アニスはそれ以上に衝撃を受けているように見える。

「嘘……。だってイオン様……」

「すみませんアニス。僕は誕生して、まだ二年程しか経っていません」

「二年って、私がイオン様付きの導師守護役フォンマスターガーディアンになった頃……」

 呟いて、アニスはハッと思い当たった顔をした。

「まさか、アリエッタを解任したのは、あなたに……過去の記憶がないから?」

「ええ。あの時、被験者オリジナルイオンは病で死に直面していた。でも跡継ぎがいなかったので、モースとヴァンがフォミクリーを使用したんです」

「……お前は一番被験者オリジナルに近い能力を持っていた。ボクたち屑と違ってね」

 荒い息の合間からシンクが憎々しげに吐き出した。イオンが顔を曇らせる。

「そんな……屑だなんて……」

「屑さ。能力が劣化していたから、生きながらザレッホ火山の火口へ投げ捨てられたんだ。ゴミなんだよ……代用品にすらならないレプリカなんて……」

「……そんな! レプリカだろうと俺たちは確かに生きてるのに」

 そんなルークの訴えを、シンクは冷たく一蹴した。

「必要とされてるレプリカの御託は、聞きたくないね」

「そんな風に言わないで。一緒にここを脱出しましょう! 僕らは同じじゃないですか」

 そう言ってイオンが差し出した手を、シンクはパシリと跳ね除ける。

「違うね」

 言って、彼は後ろに退がった。イオンの顔を見ながら、タルタロスの甲板の端へと。

「ボクが生きているのはヴァンが僕を利用するためだ。結局……使い道のある奴だけが、お情けで息をしてるってことさ……」

 そして、そのまま後ろ向きに身を投げる。

「――!!」

 ルークは駆け寄ったが、彼の姿は既に見えなかった。七色に揺らめく深淵。底の見えぬ彼方へと呑み込まれて。

(シンク……本当にそうなのか? レプリカは誰かの代用品でなければ、ただのゴミだって言うのか?)

「……イオン様、泣かないで下さい」

 立ち尽くすルークの背後で、アニスは自分が泣きそうな声でイオンに呼びかけていた。

「僕は泣いていませんよ」

「でも、涙が……」

 そう言われて、イオンは自分の目元に触れた。

「……本当だ」

 濡れた袖口を見つめて、不思議そうに呟いている。「兄弟を亡くしたようなものですもの……」と言うナタリアの声が聞こえた。

「そうか……。僕は悲しかったんですね……。泣いたのは生まれて初めてです」

 呟いて、イオンはようやく悲しげに目を伏せた。その頬を新たな涙が伝い、彼はそれと共に言葉を落とす。

「そうか……そうだったのか……。僕は、大変な思い違いを……」

「……大丈夫ですか?」

 傍らからアニスがそっと声を掛けると、彼は目を向けないまま謝った。

「ごめんなさい。アニス。僕はあなたを騙していたのです」

「ううん。そんなことないです。だって……私にとってのイオン様は、あなた一人ですから」

「アニス……」

 顔を上げたイオンに、アニスは明るく笑いかけてみせる。

「ほら〜、元気出しましょ! イオン様!」

「僕をまだ、イオンと呼んでくれるのですか」

「へへ〜、そんなの当然です〜♪」

 イオンは微笑む。

「アニス、ありがとう」

 まだ目の中に溜まっていた涙が、その拍子に一筋流れ落ちた。

「いけません。もう時間がない」

 ジェイドが厳しい声音で言った。タルタロスを覆う譜術障壁が消失するまであと僅かだ。

「だが譜陣はシンクに消されてるぜ」

 ガイが指摘する。この譜陣がなければアルビオールの上昇力が足りず、脱出できない。

「私が描きます。ただ、これほどの規模だとかなりの集中力がいる。ルーク、ティア。協力して下さい」

 ジェイドは言い、ルークとティアを呼び寄せた。


 ここで譜陣を書き直すミニゲームが起こります。成功するとティアの称号ゲットです。LRボタンでルークの向きの微調整をしないとクリアは出来ないだろうと思われます。キー! なんかすげーやり直しました。

 ところで、譜陣描き直し作業を開始する際にジェイドは言います。

「私はここで、全身のフォンスロットを開いて音素フォニムの塊を生成します。ルークはミュウの炎を利用して、その塊を移動させてください」

 ……あのー。大佐って封印術アンチフォンスロットをかけられて全身のフォンスロットを強制的に閉ざされてたんじゃありませんでしたっけ……? (通常プレイでは、恐らくこの時点で)まだ完全解除してないのに。謎。

 

 あと気になること。シェリダンでイエモンたちが譜術障壁を発動させるのは障気と星の圧力から護るため、と言ってた訳ですが、圧力ってどの程度のものなのでしょう。後の展開を鑑みるに、人間の体が潰れるような圧力はなかったみたいですしね。……肺がへこんで呼吸が困難になるくらいだろーか。

 

 シンクの死に様を見て、「そうか……そうだったのか……。僕は、大変な思い違いを……」と言うイオン。

 シナリオライターさんのインタビュー記事によれば、彼はこの時、自分自身の生き方について考えていたそうです。

 イオンは常に『導師』に相応しい行動を心がけてきた。その為に、弱い体を押して無理をすることも厭わなかった。それこそが、代用品として生まれた自分の存在意義だと思っていたから。――だが、それは思い違いだったのだと。

 ルークは日記に綴っています。

「本当にそうなのか? レプリカは誰かの代用品でなければ、ただのゴミだって言うのか?」

 イオンは結局、「導師として、他者に奉仕して生きる」ことを選びますが、ルークはルークで、イオンとは違う道を辿りながら、この先、自分自身の答えを模索していくことになります。


 ジェイドの指示に従い、ルークとティアは甲板に巨大な譜陣を描き終えた。

「何とか書けたな」

 ふうと息を吐いて言うと、「ええ。ではアルビオールへ……」とジェイドが促す。ノエルは既に待機してくれているはずだ。

 だがその傍らでルークは頭を押さえ、「くぅっ」と苦鳴をあげてその場に片膝をついていた。こんな時に、例の頭痛が襲ってきたのだ。

 キーン……と響く共鳴音の向こうから、奇妙に響く、けれど明瞭な声が聞こえてくる。

 

 ――我が声に耳を傾けよ! 聞こえるか、私と同じ存在よ。

 

「アッシュ……? いや違う、この声は……」

 ぶつぶつと呻くルークの傍にティアがしゃがんで、心配そうな顔で覗き込んだ。

「ルーク? 大丈夫? 癒せないか、試してみるわ」

 

 ――私を解放してくれ。この永遠回帰の牢獄から……。

 

 ティアがルークの頭にてのひらをかざして、癒しの光を当て始めた。第七音素セブンスフォニムに由来する、その輝きがルークに触れた時。

 

 ――ユリアの血縁か……! 力を借りる!

 

 不意に、ビクリとのけぞるようにしてティアが立ち上がった。

「痛みが……引いた……」

 一方、ルークは唐突に消え失せた痛みに驚いて顔を上げる。傍らからティアの声が降った。

『ルーク。我が同位体の一人。ようやくお前と話をすることが出来る』

「ティア? いや……違う……」

 立ち上がって、ルークは全身を淡い光に包まれたティアを見つめた。両目を閉じ、ゆらゆらと髪や裾を揺らめかせながら、彼女は両腕で己の胸を抱くようにする。

『私は、お前たちによってローレライと呼ばれている』

第七音素セブンスフォニムの意識集合体……! 理論的には存在が証明されていましたが……」

 ジェイドが愕然とした声で言った。流石の彼にとっても、これは動揺するに足る事態であるらしい。

『そう。私は第七音素セブンスフォニムそのもの。そしてルーク、お前は音素フォニム振動数が第七音素セブンスフォニムと同じ。もう一人のお前と共に、私の完全同位体だ。

 私はお前。だからお前に頼みたい。

 今、私の力を何かとてつもないものが吸い上げている。それが地核を揺らし、セフィロトを暴走させている。

 お前たちによって地核は静止し、セフィロトの暴走も止まったが、私が閉じ込められている限り……』

 不意に言葉は途切れた。体を包む光がフッと消えて、ぐらりとティアの体が倒れる。

「ティア!」

 ルークはその場に両膝をついて、倒れたティアの頭を抱き寄せた。

「ティア! 大丈夫か!」

「……大丈夫。ただ、めまいが……。私どうしちゃったの……?」

 ルークの膝の上で青い目を開けたティアは、苦しそうに肩で息をしている。

「ここは危険です。とにかく今はアルビオールへ移動しましょう」

 ジェイドが促す。よろめくティアを支えて、ルークたちは格納庫へと急いだ。





 格納庫から浮上したアルビオールは甲板の譜陣上に移動し、発生する上昇気流を利用して一気に上昇を開始した。アルビオールに仕掛けられた障壁が保たれるのは起動から三時間だ。しかしノエルの腕は確かで、今度は何事もなく地核を抜け、魔界クリフォトの空へ抜け出すことが出来た。

「何とか間に合いましたね」

 魔界の薄紫の空を見ながらジェイドが言う。一息ついて、仲間たちはアルビオールの船室で思い思いにくつろいでいた。

「まさか、ローレライに会うことになるなんてな……」

「ああ。正直なにがなんだか分からないぜ」
 驚きを隠さないガイの声に、ルークも同様の声音で返す。

 屋敷にいた頃から、いつも頭痛と共に聞こえていた声。あれもローレライだったのか?

「ローレライが言っていたのは、預言スコアかな? 最後まで聞くことは出来なかったけど……」

 ガイが話を続けると、ナタリアが声を返した。

「ヴァンが言っていたことが本当なら、ローレライの言葉は預言、ということになりますわね」

「私の体を使ってまで、ローレライは何を伝えたかったのかしら……」

「何言ってんだ、ティア。そんなことより自分の体の心配しろって。大丈夫か?」

 ルークは腰掛けているティアに気遣う目を向ける。彼女は安心させるように微笑んだ。

「ええ……。今は落ち着いてるわ」

「でも心配ですわね。突然ローレライに体を奪われたんですもの。念の為、お医者様に診てもらった方がいいですわ」

「そうですね。予想外の事件もありましたが、震動中和は上手くいったのです。今なら時間を取ってゆっくり診てもらうことが出来る」

「ああ。ちゃんと診てもらった方がいいよ」

 ナタリア、ジェイド、ガイの三人が口を揃えてそう言ったのは、現に今、彼女の顔色が冴えないからでもあったが、外殻降下を始めて以来ずっと彼女の体調を気に掛けていたからでもある。先を急ぐ必要があったため長く後回しにしてきたが、この機にきちんとしておいた方がいいだろう。

「ベルケンドなら精密検査をしてくれるんじゃないかなぁ。あそこは医療技術も一番なんでしょ」

 アニスが言うと、ルークはふと表情を暗くした。

「……神託の盾オラクル騎士団がいなければいいけど」

 ベルケンドはヴァンの拠点の一つだ。――シェリダンはヴァンの手によって襲撃された。そんな男の懐に飛び込むような真似をするのはためらわれる。

「流石にファブレ公爵も今はヴァン謡将と関係を絶ってるんじゃないか?」

 ガイが推測を述べた。確かに、平和条約締結の場で明らかになった事実やシェリダンの一件があってなお、父がヴァンと手を結び続ける理由はないだろうが。

「その辺は知事さんに聞いたらきっと分かりますよ」

 アニスはさばさばしている。ティアの隣にじっと座って見守っていたミュウが、「行ってみるですの! ティアさん心配ですの!」と甲高い声で騒いだ。

「わ、分かったよ。――よし、ベルケンドに行こうか」

 迷っていても仕方がない。ルークはそう決断した。


 ザオ遺跡のセフィロトでもそうでしたが、何気にティアを膝枕しているルークでした。(ニヤニヤ)

 にしても、ティア。最初の頃はルークが頭痛を起こしても声を掛ける程度だったのに、最近は傍に来てしゃがむのが基本となり、とうとう今回は癒そうとまでしてくれて。ティアのルークへの好感度は順調に上がっているようですね。


 ベルケンドの第一音機関研究所。その内部にある医務室こそが世界でも先鋭の医療技術を誇っているのは知る人ぞ知る事実だ。人体に含まれる音素フォニムの研究が日常的に為されるこの施設では体調を崩す人間が少なくなく、相応の対応が要求されていたからである。

 最初にベルケンドのビリジアン知事を訪ねると、彼は血相を変えてルークに駆け寄ってきた。ルークたちが地核へ向かったこと、シェリダンが神託の盾オラクルに襲われてイエモンやヘンケンたちが命を落としたことは、この十日ほどの間に国内中に情報が回っていた。インゴベルト王もファブレ公爵もダアトに抗議したが、大詠師モースはヴァンがダアトを離脱して行ったことだと全く取り合おうとしないのだという。ともあれ、ダアトの勢力はベルケンドから完全撤退したというのでティアの精密検査を依頼し、音機関研究所のシュウ医師を紹介された。そして早速検査を行ったのだが。

「……ティアはどうですか?」

 検査が終わるまでかなり待ったが、やがて仲間たちは診療室に呼び集められた。切り出したルークに、シュウ医師は幾分暗い顔で語り始める。

「まだ、全ての結果が出た訳ではありませんが……ティアさんの血中音素フォニムは非常に不安定な値を示しています」

「血中音素フォニム……?」

 聞き慣れない単語に、ルークは首を傾げる。

「譜術をたしなむ人は体内に音素を取り込む訳ですが、彼女の場合、取り込まれた音素が汚染されていて、上手く体外に放出できていないんですね」

 ガイが怪訝な顔で尋ねた。

「音素が汚染されているって、どういうことですか?」

「今、全世界で噴出している毒素……障気ですか? とにかくそれと結合しています。蓄積しているのは主に第七音素セブンスフォニムです」

「障気に汚染された第七音素セブンスフォニムを取り込んでいるのですね?」

 ナタリアが確認する。

「はい。しかも大量に。それが彼女の体内に蓄積し、内臓器官を極端に弱めています。お話を聞くと、外殻降下作戦でパッセージリングという音機関が彼女に反応しているとか。創世暦の音機関なら、大量の第七音素セブンスフォニムを含んでいる筈です」

「つまり降下作業を行うとパッセージリングからティアに障気が流れ込む?」

 ジェイドが眉を顰めた。

「それ以外考えられません。このまま降下作業を続ければ命の保障はしかねます」

「そんな……!」

 口元を押さえ、ナタリアが声を呑み込む。

「こちらとしては発作を抑える薬を処方することしか出来ません」

 ルークも愕然としていた。

(ティアが……死ぬ……!?)

 障気蝕害インテルナルオーガン。内臓に障気が蓄積し、あらゆる苦しみの果てに衰弱死する。

 いつから? シュレーの丘のリングを操作した時か? そういえば、タタル渓谷のユニセロスが、ティアが障気を吸ってるって言っていた……。

 様々なティアの姿が浮かんでは消えた。青い顔色で、大丈夫だとムキになって言い張っていた姿。倒れながら、なんでもないと浮かべた力ない笑顔。ケセドニアの宿で、「私たちがいるわ」と言ってくれた優しい瞳……。

「どうにか出来ないのか! 俺だって降下作業で第七音素セブンスフォニムを使ってるけど、ピンピンしてるぜ」

「ですから、量が桁違いなんです。通常の第七音譜術士セブンスフォニマーが一生に消費する量の百倍以上だ」

「……」

 言葉を詰まらせるルークの肩を、宥めるようにガイが叩いた。ジェイドが声を落とす。

「ローレライの言葉が正しければ、地核が静止することでセフィロトの暴走は止まった筈です。もう少し早く地核を止めていれば、パッセージリングに限界は訪れなかったでしょうね。リングが正常なら、ティアも降下作業をしなくて済んだのですが……」

「そんなの……!」

「ええ。今は、そんな話をしても仕方ありません」

 一方で、ナタリアは食い下がっていた。

「ベルケンドは世界で最先端の医療技術を誇っていますわ。それなのにどうにも出来ませんの?」

「残念ながら、今の技術では、体内に蓄積された障気を取り除くことは出来ません。ただ、ティアさんの場合は障気が第七音素と結合していますから、あるいは……」

「何か方法があるのですか?」

 イオンが訊ねたが、シュウはハッと口を閉ざす。

「いえ……。すみません、非現実的な仮説です」

「……もう少し詳しいお話を聞けませんか」

「私も訊ねたいことがあります。ここで解散しましょう」

 イオンの言葉に同意して、ジェイドが仲間たちに言った。要は、専門的な話をしたいから席を外せということらしい。

「ティア、死んじゃうのかなぁ」

 ぽつりと呟いたのはアニスだった。ぎょっとして見ると、少女は歪んだ顔を俯かせている。

「アニス。お前……」

「……な、泣いてるんじゃないからっ! こっち見ないで!」

 叫んで、アニスは廊下の方へ出て行った。ナタリアがそれを追っていく。

「ルーク。あなたはティアの所に行ってあげなさい」

 不意にジェイドが言った。

「え?」

 きょとんとすると、ガイも口を揃えてくる。

「ティアも流石にショックだと思うから、元気付けてやれってことだよ」

 病状は既に本人には説明してあると、最初にシュウ医師は言っていた。

「……だけど、俺なんかが行っても……。みんなで行った方がいいんじゃないか?」

「案外鈍いですねぇ」

 ジェイドが肩をすくめる。

「へ?」

「分からないならそれでいいですから、ティアの所に行きなさい」

「ほら、早く行けって」

 ガイに背中を押されて、ルークはティアのいる病室へ向かった。





 ティアは病室のベッドに腰掛けていた。その姿はどことなく小さく、所在なげだ。入ってきたルークの顔を見て察したのか、自分から訊ねてきた。

「……私のこと、聞いた?」

「……うん」

「先生の話だと、第七音素セブンスフォニムが障気に汚染されているのよね。ローレライも汚染されてるのかしら……」

「そんな、何でもない顔で話をしないでくれ!」

 つらつらと話し続けるティアの声を遮って、ルークは声を荒げていた。

「心配してくれてるの?」

「当たり前だろ! くそ! 地核が静止してセフィロトの暴走は止まったんだろ。なら外殻大地を降ろさなくても……!」

 ティアは困ったように笑った。

「もう遅いわ。パッセージリングの方が限界なんだもの」

「……降下作業を続けるしかねぇのか」

 病室の中に沈黙が落ちた。

 地核は静止し、セフィロトの暴走は止まった。だが、既にパッセージリングには耐用限界が訪れている。放置しておけばセフィロトツリーが消失して外殻大地は崩落、その上の全ての命が消滅だ。

「……ごめん」

 呟いて、ルークは顔をうつ伏せた。

「どうしたの? 急に……」

「外殻大地を降ろすのやめようって……そう言えればって……」

「ルーク……」

「だけど、俺……すげぇ考えたけど……外殻大地が落ちたら沢山の人が死ぬだろ……。だから、そんな簡単には言えなくてよ……」

「…………」

「せっかく伯父上もピオニー陛下も協力してれることになって、それで今更駄目だなんて……言えなくて……」

「馬鹿ね。どうしてそんな顔するの。それでいいのよ」

 ティアは笑った。囁くように。

「もしもあなたが『やめろ』なんて言ったら、私、あなたを軽蔑するところだった。――ありがとう。あなたを信じてよかった」

(――なんで)

 カッとして、ルークは顔を上げていた。

「お前、おかしいよ!」

「え?」

「平気なはずねーんだ! お前……強いフリしすぎだ! せめて少しでも怖いとか悲しいとか、本音を言ってくれれば、俺……」

「フリじゃないわ」

 ティアは言葉を返す。だがそこで喉を震わせ、さっと顔を伏せた。

「……ごめんなさい。しばらく一人にして」

「いやだ。ここにいる」

「ルーク! お願い!」

 顔を伏せたままティアは懇願した。その声は濡れている。

「こんな顔してるところ見られたくないの……」

「じゃあ、後ろ向いてる」

 強情な子供のように言って、ルークはぱっと背を向けた。そして、ただそこに佇み続けている。

 どのくらいの時が過ぎたのだろう。

「――……ばか」

 顔を俯かせたままのティアの呟きが、静寂の中にぽつりと落ちた。


 医務室でのジェイドとルークのやり取り。

ジェイド「ローレライの言葉が正しければ、地核が静止して、セフィロトの暴走は止まった筈です。もう少し早く地核を止めていれば、パッセージリングに限界は訪れなかったでしょうね。リングが正常なら、ティアもこれ以上降下作業をしなくて済んだのですが……。
 ……まあ、今はそんな話をしても仕方ないですね。あなたはティアの所に行ってあげなさい」
ルーク「?」
ジェイド「案外鈍いですねぇ。分からないならそれでいいですから、ティアの所に行きなさい」

 これ、私最初にプレイした時は、ジェイドが一方的に

『自覚はなくてもあなたはティアが好きなんです。あなたたちは恋人同士なんですから、ティアはあなたが慰めるのが当然です』

 と決め付けてきているように感じて、ものすごく釈然としませんでした。正直、ムッとしました。(恋愛くらい命令・叱責されずに自由にやりたいです。)

 ですがノベライズを書くために読み込んでいた時、もしかしてこれ、

『あなたは気付いていないようですが、ティアはあなたのことが好きなんです。だから、あなたが慰めるのが彼女にとって最も効果があるんですよ』

 という意味だったのかな? とふと思いまして、ノベライズではそのようなニュアンスで書いてみました。どーでしょうね?

 

 ティアの命と世界全ての命。それを天秤に掛けた時、ルークや仲間たちは世界を選択しました。

 死ぬのが怖いとは決して言わないティア。その強さに苛立ちながらも、ティアを選ぶことも出来ないルーク。

 後のレプリカ編でのルークとティアの姿と対比すると興味深いかもしれません。


 全ての検査結果が出たのは翌日で、ルークたちはティアを伴って医務室を後にした。

「ティア、具合はどうだ?」

 ルークが訊ねると、彼女はいつものように笑った。

「大丈夫よ。薬ももらったし」

「心配ですの〜」

「そうそう。無理は禁物だよ」

 ミュウとガイが言ったが、ティアは殊更に明るく振舞う。

「心配しないで。じゃあ、降下作業に行きましょ」

「ティア……」

 イオンは、痛々しそうな顔をした。

「では、行きましょうか」

 だが、ジェイドだけは声音も顔も朗らかだ。アニスが気まずそうな顔をした。

「大佐、相変わらずだなぁ〜」

「いえいえ。心配ですけど、降下作業を続けることになった以上、先に進みませんと」

「大佐の言う通りよ。兄さんが次の行動を起こす前に降下作業を終えてしまわなければ」

「それはそうだけれど……」

 ナタリアは声を沈ませる。

「でも次のセフィロトはどこですの? 確かセフィロトと言われる場所で行っていないのは、パダミヤ大陸とラーデシア大陸とシルバーナ大陸ですわよね」

「アブソーブゲートとラジエイトゲートを除けばな」

「アブソーブゲートとラジエイトゲートってどこにあるんだ?」

 ルークは訊ねた。ガイが答える。

「アブソーブケートはケテルブルクの北東だな。ラジエイトゲートはバチカルのずっと南の島だって話だ」

「その二つは最大セフィロトですから後回しです。魔物も他の地域より強いという話ですし。とにかく今は、他のセフィロトにあるパッセージリングの場所を特定しなければ」

 ジェイドが言った。ユリアシティのテオドーロ市長も、全てのパッセージリングの正確な位置は知らなかった。二千年の時は記憶も記録も風化させる。

「お祖父様の話だと、ここにユリアシティの研究者が来ているはずだわ。パッセージリングの場所を聞いてみましょう」

「でも……ティア、ホントに平気なわけ?」

 アニスが不安げな声を出した。一見して、ティアは以前とまるで変わらない。死病を抱えているとは信じられないほどだ。

「ええ。薬が効いていて痛みを感じないわ。大丈夫よ」

 ティアは笑う。

(じゃあ……。今まではずっと、痛みをこらえてたのか……)

 何も気付かなかった。ルークは後悔で唇を噛み締める。

「ティア。ホント、きつい時は言えよ」

「ええ」

 ティアは強い。ルークが苦しくなるほどに。





 研究所内で、ユリアシティから派遣された研究者を訪ねた。

「ティア。話は聞いた。無理はするな……と言いたいが……すまん」

「いいのよ」

 ティアはやはり微笑みを返す。傍らからルークが訊ねた。

「あの、パッセージリングがどこにあるかって分かりますか?」

「降下作業に行くんだな。今確実に場所を特定できるのはメジオラ高原の奥部とロニール雪山せつざんだけだ」

「……ロニール雪山ですか」

 イオンが考え込む仕草をした。

「あそこは六神将が任務で訪れた時、凶暴化した魔物に襲われて大変な怪我を負ったと聞いています。危険ですから、なるべく最後にした方がいいと思うのですが……」

「同感ですね。地元の住民でもあの山には滅多に近付きません」

 ジェイドが同意する。ロニール雪山は、彼の故郷ケテルブルクが開かれたシルバーナ大陸にあるのだ。

「よし、じゃあまずはメジオラ高原に行こう」

「ならその間に、もう一箇所パダミヤ大陸のセフィロトの場所を特定しておこう」

 ルークが決めると、研究者はそう言ってくれた。

「メジオラ高原のセフィロトは、ニルニ川を上流に上った先にある。船か何かで行かないと入れないぞ」

「分かった」

「気をつけてな」

 研究者に見送られて、ルークたちはベルケンドを後にした。





「地核突入以来、またヴァンがなりを潜めましたね」

 アルビオールの船内で、ジェイドがふと呟きを落とす。ティアとルークは顔を曇らせた。

「兄は今、どこで何をしているんでしょうか……」

師匠せんせいの計画にはフォミクリーが必要不可欠だ。ベルケンドを使えなくなった今、どこか新しい拠点を探してるんじゃないか?」

「いえ、彼ならとうに見つけている――というより、かねてからあった別の拠点にでも移動しているでしょう。そつのない男のようですから」

 ジェイドは皮肉に失笑する。ヴァンに対しては、自分達の対応は常に後手だ。悔しいが、現時点では向こうの方が上手うわてである。

「こっちとしては、とにかく降下準備を進めて、崩落による人類の消失を食い止めるしかない。ヴァンをどうにかするのはその後だ」

 険しい顔でガイが言った。

「そうね……。気にしていても始まらないのは分かるんだけど……」

「ティアにとっては兄さんだからな。気になって当然だよ」

 僅かに俯いたティアは、ルークの気遣わしげな声を聞いて目をあげる。

「……ありがとう。ルーク」

 少年を見て、ゆっくりと微笑んだ。


 ゲームだから仕方ないってことなんでしょうが、なんか作中で知ってて当然のように地名を言われて、でも世界地図見ても地名なんて記載されてない。(都市やダンジョンは訪れると記載されていきますが、川や山や平野の名前は決して載りませんし……。)ものすごく理不尽な気がするのは私だけなのでしょうか。ちゃんと使える地図が欲しいよぅ……。

 そして、ユリアシティの人間でもセフィロトの場所を正確に知らないのかよーとか、ユリアシティでテオドーロさんに訊いてなかったのかよこの期に及んで「他のセフィロトはどこ?」なんて言ってんじゃねーよとか思います。ゲームなので仕方ないんですが。

 

 関係ないけど、かつてロニール雪山で任務中に大怪我をした六神将って、誰だったんでしょうね。



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