アルビオールを海上走行モードにして、シェリダン港の南に流れ出している河口から奥に進んだ。最深部は緩やかな砂地になっており、船をつけることが出来る。

「前にここに来た時はおっかねぇ魔物がいたっけな」

 雄大な峡谷を見渡しながらルークが言うと、「また遭遇しないといいけどな」とガイが返してきた。

 以前、アルビオール初号機で墜落したギンジを救出する為にこの高原を訪れた時には、竜のような巨大な魔物と遭遇したものだ。その背に突き立っていた剣を、今はルークが手にしている。あの魔物が群れをなしている可能性など考えたくもないが。

「パッセージリングはどの辺りに取り付けてあるのでしょうか」

 ナタリアが言った。メジオラ高原は見るだに広い。太古に川の侵食で作り出されたのだろう切り立った峡谷は入り組み、あちこちに洞窟らしきものも見えている。

「今までと同じようにダアト式封咒の扉がある筈です。探してみましょう」

 イオンの声に促され、一行は乾いた大地へ歩を踏み出す。

 そして暫し進み、奥に見覚えのある輝く扉を見出した時だった。

「教官!」

 後方を歩いていたティアが立ち止まり、後ろを向いて叫んでいた。六神将・魔弾のリグレットが現われていたのだ。――いや、待ち受けていたのか。

「遅い!」

 次の瞬間、リグレットは駆け寄るとティアに向かって蹴りを放つ。

「……くっ……」

 試しただけだったのだろう。どうにか避けたかつての教え子に向かい、リグレットは鷹揚な口調で諭し始めた。

「ティア。これ以上無駄なことはやめろ。ヴァン総長も心配しておられる」

「無駄なことをしてるのはあなたたちです!」

「お前の体のことは知っている」

「!」

「自分の身を犠牲にしてまで守る価値のある世界か? ホド消滅の真実、お前も知っただろう」

 ティアは僅かに目を伏せた。

預言スコアに踊らされ、預言を私欲に利用する為政者たち……。確かに兄の言っていた通りでした」

「なら、こちらに来なさい。お前と、もう一人のホドの生き残りは総長も助けて下さる」

『もう一人のホドの生き残り』であるガイは、しかし顔を顰める。

「ありがたい話だが、ごっそりレプリカに入れ替わった世界なんてごめんだな。今あるこの大地と今生きてる人類で、何がいけないんだ?」

「それでは結局、ユリアの預言スコアという呪縛から逃れることは出来ない」

 僅かに口調を荒げて言い切ったリグレットに、武器を携えたジェイドとルークが駆け寄った。振り下ろされた二つのやいばを掻い潜り、彼女は走って距離をとる。

「お前たちもいずれ分かる。ユリアの預言スコアがどこまでも正確だということを。多少の歪みなどものともせず、歴史は第七譜石の預言スコア通りに進むだろう」

 その言葉を聞いた刹那、ガイがハッと目を見開いた。ティアがリグレットに向かって叫んでいる。

「第七譜石! 兄さんは第七譜石を見つけたの?」

「違う、ティア! あれだ。あれが第七譜石だったんだ!」

 ガイの大声にみんなが気を取られた瞬間、リグレットは足元に小石を一つ落とし、身を翻していた。

「待て!」

 剣を片手にしたままルークが叫んだが、彼女の姿はあっという間に見えなくなる。

「どうやら戦うつもりではなかったようですね」

 ジェイドが言って、手の中の槍を霧散させた。「ああ、そんな感じだったな」と、ルークも剣を鞘に戻す。

「リグレットは以前、デオ峠でも今と同じようにティアを誘いに来ました。どうやら、彼女はティアの身を案じているようですね」

「つっても、あいつらのやろうとしていることには付いていけないよ。ヴァンの考えはメチャクチャだからな」

 暗い顔で言ったガイに、ジェイドが視線を移した。

「しかし、ガイ。あなたはどこで第七譜石を……」

「ホドだ。ガキの頃、ヴァンに連れられて一度だけ見たことがある」

「ホドに? 初耳ですね」

「ヴァンが言ってた。フェンデ家に伝わる秘密の場所だって。フェンデ家はユリアに仕える七賢者の一人で……」

「ユリアとの間に生まれた子供が、代々彼女の譜歌と能力を守り続けてきた」

 ガイの言葉をティアが継いだ。ナタリアが感慨深げな目でティアを見る。

「そういえば、あなたはユリアの子孫だと言われていましたわね」

「ええ……。兄さんはそう言っていたわ。証拠はないけど……」

「でも譜歌を詠えるじゃん」

「そうさ。それにユリアの子孫でもなけりゃ、第七譜石を守ってるなんてあり得ないだろ?」

 アニスの指摘に頷いて、ガイがそう請け合った。

「第七譜石はホドと一緒に地核に消えたんだ。タルタロスで地核へ進んだ時に見えた光がそうさ。あれが、第七譜石だ。間違いない」

「第七譜石がホドにあったのなら、消滅と同時に落下して、液状化大地に飲み込まれていてもおかしくはないけど……」

 それでも小首を傾げるティアの一方で、ルークが声を出していた。

「じゃあ師匠せんせいは、ユリアの預言スコアが示した未来を知ってる? まさか、俺たちのしてることはヤバいことなのか?」

「どのみち外殻大陸は落ちる。それなら被害が出ないように降ろした方がいいのも確かだ」

 滲ませた不安を宥めるようにガイが返してくる。ふ、とルークは息を吐いた。

「そうだよな。それにしても気持ちがわりぃや。分からないことだらけでさ……」

 その一方で、ティアはゆっくりとリグレットの立っていた場所へ歩いていた。強い日差しを反射している小石を拾い上げる。

「……」

 感情を抑えた瞳の中に、何かの色が微かに揺らめいていた。

「第七譜石にはどんな未来が詠まれてるんだろう。師匠せんせいたちの言うように、よくない未来が詠まれてるのかな……」

 ルークは言葉を続けている。イオンが目を伏せた。

「そればかりは……誰にも分かりません。ユリアと彼女の子孫でなければ……」

「みゅううう。チーグルも知らないですの」

「……ヴァンはその預言スコアを知っていたから、オリジナルを滅ぼして、新しい世界を作ろうとしているのですか?」

 誰にともなくナタリアが訊ねる。彼女も少し不安になってきたようだ。

 ルークが恐れるように、ユリアの預言スコアによくない未来が詠まれており、ヴァンたちはそれを回避するために動いているのだとしたら。それに敵対する自分達の行動は、世界に悪影響を与えるものなのかもしれない。自分でも気付かぬうちに預言通りに動いているのだとしたら……。

 ジェイドが考え深げな目をして言った。

「少なくとも、ルークの出現以外のユリアの預言は、ほぼ完全に当たっています。もしもルークのことすらも第七譜石に詠まれているのだとすれば……あるいは……」

「冗談じゃない。俺たちは外殻を降ろして、俺たちの世界を守るんだろ?」

 険しい顔でガイが跳ね除ける。

「仮定の話をしたまでです。仮に第七譜石にルークの存在が詠まれていたのなら、逆にヴァンはルークを作らなかったのではないかと、私は考えています」

「それってつまり、ルークの存在はやっぱりユリアには詠まれていなかったってこと?」

「……ええ。私はそう思いますね。まあ、あくまでも仮定の話、ですから」

 ジェイドはアニスに微笑みかける。ナタリアが小さく息をついた。

「それにしても、第七譜石……。いえ、ユリアの預言スコアというものは、本当に絶大な影響力を持っていますのね」

 なにしろ二千年の長きに渡ってこの星を支配してきたものだ。その間全く外れることがなかったという実績さえある。全ての人がそれに縛られ、踊らされていると言っても過言ではないのだろう。

「……」

「……ティア?」

 黙ったままのティアに気付いて、ルークが呼びかけた。

「……え? ええ……そう……ね」

 ハッと顔を上げたが、彼女はまたすぐに俯いてしまう。ルークの顔が曇った。

「どうかしたか? また体調悪いとか?」

「あ、いえ、ごめんなさい。大丈夫よ。ちょっとぼーっとしてたわ。行きましょ」

「ああ……」

 頷きはしたが、ルークはまだ不安げな表情を崩さない。

「いいの。ごめんなさい。何でもないのよ……」

 俯いたまま言って、ティアは歩き始めた。





「ここがそうですね」

 セフィロトの入口はそのすぐ先にあった。ダアト式封咒による輝く扉の前にイオンが立つ。

「やっぱりヴァン師匠せんせいが来た形跡は無いな。イオン、頼むよ」

「はい」

 頷くと、イオンは近付いて扉に両手をかざした。扉に小さな譜陣が現われ、回転して鍵を開くと砕け散る。光が消え、ぼっかりと開いた入口の前で、イオンは全身の力を失くして がくっと座り込んだ。

「!」

 後ろで見守っていたアニスが駆け寄って傍にしゃがみ、イオンの体を支える。

「イオン様、しっかりして下さい」

「すみません。能力は、被験者オリジナルと変わらないのですが、体力が劣化していて、どうしても、こうなってしまうんです」

 いつものことながら、イオンの顔色は紙のように白かった。はあはあと息を切らしながら答えている。

「ただ病気という訳ではありませんでしたのね」

 ナタリアの声に、イオンは「ええ……」と頷いた。

(そういえばこいつ、前に言ってたよな。『僕の体はダアト式譜術を使うように出来ていない』って……)

 あれはこういう意味だったのか……と今になってルークは知った。

(だけど、まさかイオンまでレプリカだったなんて。――俺と同じ……)

「妙な気分です」

 その時、傍らでジェイドが言った。

「……私が始めた研究が、こんな形で広がってしまうとは」

 ジェイドは座り込むイオンを見つめている。彼が劣化した存在として生まれ、今まさに苦しんでいるのも、全ては己の研究に端を発しているのだ。

「……アッシュは怒ってると思うけど、俺、マジ感謝してる。ジェイドがフォミクリーを考えてくれなきゃ俺は生まれてねーから」

 ジェイドが何を思ってそう言ったのかは分からなかったが、ルークはそう呟いていた。それは本当の気持ちだ。だが、言うと同時に心苦しさも強まる。

「……ホントは生まれてちゃ駄目なんだろうけどよ」

 ぽつりと付け足すと、たちまち大反対の声が上がった。

「ルーク! そういうことは言わないでって言ったでしょ」

「全くだ。卑屈反対」

「反対ですの!」

 ティアが、ガイが、ミュウが目を三角にしてルークを睨んでくる。

「……わ、悪かったよ」

 ばつが悪い思いで言って、ルークは少しだけ唇を尖らせた。


 この辺りから、ガイやティアがルークの発言を「卑屈」だと叱る描写が目立ってくるような気がします。

 この「卑屈」という言葉、web上のレビューなど見ていると「ルークを一層傷つける無神経な発言だ」と感じる人が結構おられるようで、あまり評判がよくないっぽい。確かに、いい言い回しではないですよね。キツイと言うか。

 念の為に言えば、ティア、ガイ、ミュウはルークが大好きだから、彼が『自己否定じみたことを言うこと』に腹を立てているわけですけれど。

 ルーク自身はあまりそのことに気付いてない(頭では理解しているかもしれないけど感情では理解してない)感じだという気がします。この時点では。みんなに一斉に叱られたと思って、むしろ少しムッとしてるよーな。

「卑屈」という言葉は作中ではガイが使い始めて多用しているもので、だからガイの語彙なんですが。ガイって穏やかに見えて結構使う言葉には尖ったものが入ってる気がします。

※ちなみに、後に発売されたファンディスク『テイルズ オブ ファンダム Vol.2』では、「卑屈」という言葉は「後ろ向き」という言葉に置き換えられています。今後『アビス』の続編やリメイク版が出るときは、全体的にこれに置きかえられちゃうのかも。私個人は「卑屈」でも別にいいと思うんですが、引っかかる人は多いみたいなんで、その方がいいんでしょうね。


 セフィロトの扉を潜ると、例によってガイが一足先に駆け込んで行った。辺りを見回し、「はぁ〜ん」とうっとりした歓声を上げている。

「こんなところにこんな音機関があるとはな!」

「嬉しそうだな、お前……」

 興奮状態の親友を見やりながら、ルークは苦笑気味になっている。

「キムラスカで暮らすようになってから、すっかり譜業に目覚めちまったからな」

 そう返すと、ガイは目ぼしい音機関を見つけたらしく走り出した。あっちへ行きこっちへ行きしては、はしゃいだ声を上げている。

「やっぱ、創世暦時代の音機関は出来がいいなぁ!」

「……殿方ってこういう物が好きですわよね」

 やや呆れた口調で言ったのは、ナタリアだ。

「うちのパパも模型大好き。ばっかみたい」

 傍らでアニスも同意して肩をすくめている。

「いいんだよ。女には分からないロマンなんだから。さ、奥に行ってみようぜ!」

 全く気にした様子もなく、ガイは嬉しそうに言うと先へ走り出した。

 ルークは少し困ったように片手で頭を掻いて笑う。

「あいつ、剣なんて習わないで、譜業使いになればよかったのに」

 そして、仲間たちと共に歩いて後を追って行った。





 歯車を模したような大きな扉を潜ると、いつもながらの円形の広場があり、奥に昇降機らしきものが見えた。広場には巨大な機械仕掛けの人形がいて、あちこちをくるくると回転させながら、ゆっくり宙を漂っている。

「おおっ! すっげー! 機械人形だぜ!」

 子供のように叫ぶなり、ガイは無防備にその人形に駆け寄った。流石に、ティアが焦った顔で片手を伸ばす。

「待って! 何か攻撃してきたら……」

 だが、ガイは人形の前に立ち止まると振り向いて笑った。

「こいつは別に戦闘用の機械じゃないよ。多分、ここらの音機関を整備する為にいるんじゃないか?」

「というと、パッセージリングの整備を彼が行っているとか?」

 イオンが訊ねる。

「うん。そうかもしれないな。世界中のパッセージリングは繋がってるんだから、深刻な故障の場合はこいつが出張して行くのかも」

 そう答えながらも、ガイは機械人形の動きを逐一逃すまいとでも言うように見つめ続けている。

「だけど結局パッセージリングは壊れちまったじゃんか」

 すげなくルークが突っ込んだ。

「………」

 ガイはしばらく沈黙する。「まあ、な」と気まずく呟いた。

「セフィロトの暴走が預言スコアに詠まれていれば、ここの機械人形に対処方法が入力されていたかもしれませんね」

 珍しく取り成すようなことをジェイドが言ったが、「機械人形のことはいいから、パッセージリングに行きましょうよぅ」とアニスが一蹴した。イオンが吹き抜けの広場の下を覗き込む。

「パッセージリングは、この下にあるようですね」

 一行は昇降機に乗り込んだ。だが、スイッチを押して待っても何も起こらない。

「……」

 ジェイドが端に歩いて行き、そこにあった端末を覗き込んだ。

「昇降機が動きません。動力が死んでいます」

「マジかよ! 階段とかねーの?」

 ルークの声を聞いて、アニスが辺りを見回す。「見た感じではなさそうだけど……」と眉尻を下げた。

「じゃあ、ガイかジェイドがちょちょっと……」

「すみません。私は譜術が専門なのでお断りします」

 調子のいいことを言うルークに、即座に微笑んでジェイドが返す。

「フォミクリー作ったのお前じゃん」

「理論だけですよ。音機関を組み立てたのはディストです」

 そんな会話が交わされている間、ガイは昇降機の中央に座り込んで床面を開き、何かを調べていた。

「浮かない顔ですわね」

 ナタリアの声に顔を上げて、彼は立ち上がる。

「直すには、壊れた動力を新しいのに替えればいいんだ。けど……」

「替えの動力がないのね」

 ティアが先を言った。頷いて、ガイは視線を流す。

「……あいつ以外にはな」

 その先にいるのは、広場を漂っている機械人形だ。

「あいつの動力を取り上げてここに取り付ければいい。多分、それで何とか動く」

 ジェイドを除いて、仲間たちはぎょっとした顔になった。代表するようにアニスが叫ぶ。

「えーっ!? あのコから動力取ったら、あのコ、動かなくなるよ?」

「まあね。でもそれしか方法はない」

「一生懸命働いてるのに可哀想ですの」

「仕方がありません。それしか方法がないのですから」

 しおしおと耳を下げて訴えたミュウにそう言って、ジェイドは軽く眼鏡の位置を直した。


 ここで、メンテナンス作業用機械人形メンテフォニゴとの中ボス戦になります。

 メジオラ高原深部には全部で五つもの遺跡入口があります。このうち、クリアに必須なのは「遺跡入口1」だけです。では、残りの遺跡入口は何なのか? と言いますと、実は それらにあるパズルを予めクリアしておけばメンテフォニゴの属性攻撃を封じることが出来るという、おまけミニゲームだったんですね。

 遺跡2のパズルをクリアすれば火属性、遺跡3なら水属性、遺跡4なら風属性、遺跡5なら地属性の攻撃を封印できます。ただし、封印できる属性は三つまでで、四番目に行ったパズル遺跡では「ここは壊れている」などとガイに言われてしまいます。

 一周目をプレイした時、私にとってこれら四つの小遺跡は全くの謎でした。メンテフォニゴを倒した後で回ってパズルを解いてみましたが、何が起こるというわけでもありませんでしたし。メンテフォニゴ戦で敗北すると これを教える専用フェイスチャットが発生するようなんですが、一発クリアしてたので。

 ちなみに、遺跡4には宝箱が二つあり、ガイの武器(カタナ)とミックスグミが入手できます。(パズルをクリアする必要はありません。)宝箱入手にはミュウウィング必須です。


 機械人形は動き回り続けていたが、停止させる方法が分からない。動力を奪うために、攻撃して動きを止める必要があった。つまりは、破壊せねばならなかったのだ。

 やがてゆっくりと停止したそれを、ルークたちは複雑な思いで眺める。ジェイドは特に感慨のない様子で近付いて動力を抜き取ると、戻ってきてガイに手渡した。

「頼みましたよ」

「……ああ」

 頷いてガイは走り、昇降機の床中央部を開いて動力を入れ替え始めた。やがて低く震動が起こり、周囲の音機関にぽう、と光が灯る。

 一方で、ルークは止まっている機械人形の側に歩み寄っていた。

「……」

 今まで幾つかのセフィロトを巡って気付いたことだが、閉ざされていた遺跡の中に存在する魔物の多くが機械人形ゴーレム系のものだった。彼らは二千年前に作られ、与えられた命令を忠実に守ってリングを護り続けてきたのだ。

(そのために……その役目を与えられて作られた存在なんだから……)

「……ルーク」

 気遣わしげな瞳でイオンが呼んでいる。

「……分かってる。行くよ」

 機械人形の残骸に背を向けて、ルークは仲間たちの方へ歩いて行った。





 昇降機はルークたちをパッセージリングの前に運んだ。

「ティア。これを腕につけて下さい」

「これは?」

 ジェイドの差し出した腕輪のようなものを受け取って、ティアは小首を傾げる。

「血中音素フォニムの計測器です。本当にパッセージリングが原因なのか調べてみたいんですよ」

「……」

 少し考える素振りを見せて、ティアは「分かりました」とそれを腕につける。

「では、起動させて下さい」

 いつものように、ティアはパッセージリングの前に建つ棒状の譜石に近付いた。音素フォニムが体内に流れこむ感覚をやり過ごす。本の形の操作盤が開いて譜陣が輝き、リングが起動した。

「計測は自動で行われています。ルークはタタル渓谷と同じように制御をお願いします」

「分かった」

 ルークはティアの隣に歩み出て、両手を掲げて上空の図像に文字と線を刻み始める。

「終わったぜ」

 慣れたということか、超振動の制御が出来るようになったということなのか。随分と早く、以前のように息を切らすこともなく、ルークは腕を降ろした。ジェイドは満足げに頷いてティアに顔を向ける。

「計測も完了したようですね。それを返してくれますか?」

 ティアが手渡してきたそれを、ジェイドは暫し無言で見つめている。

「大佐。どうなの、障気は」

 痺れを切らしたようにアニスが訊ねた。

「……やはりパッセージリングから異常な数値の障気がティアに流れ込んでいます。

 これは……多分ティアの遺伝情報に反応しているのでしょう。ユリアの子孫という話、やはり間違いないようです。ユリアがこの装置に自分の情報を打ち込んでいたのでしょう」

「……」

 ティアは俯いた。何かを考え込むような顔をする。

第七音素セブンスフォニムはどうして障気に汚染されているんだ?」

 ガイが訊ねた。

「障気は地中で発生しているようですから、あるいは地核が汚染されているのかもしれません」

「ってことは星の中心が汚染されてるってことか。中和なんてしきれないんじゃないか?」

 ルークは腕を組んで眉尻を下げる。

「いえ、地核が発生源なら、活路が見いだせそうですよ」

「え? え? 障気を何とかできるの?」

「ええ。星の引力を利用すれば」

 あわあわと声をあげたアニスを笑顔で見やって、ジェイドは明るく言った。

「ただそれは私の専門ではないので、確約は出来ませんが……」

「それでも可能性はあるんだな」

 ルークの声も明るくなる。

「ええ。まだ推測の域を出ませんが、期待してもらっていいと思います。それにベルケンドでは引力についても研究が盛んです。私の知識よりは頼りになると思いますよ」

「ならベルケンドへ戻ろうぜ」

 ルークがそう言ったのを合図にして、仲間たちは出口へ戻り始めた。

「障気問題 解決っぽいなら、主席総長を止めたら問題なしじゃん!」

 歩きながら笑うアニスを、「それは少し気が早いですよ。アニス」と、ジェイドが穏やかにたしなめる。

「てへへ」

 だが、ホッと緩んだ気持ちは全員が感じているものだろう。ここの所、状況は暗いばかりだったのだから。

「ティアも薬もらったおかげで、体の方大丈夫みたいだしな」

 パッセージリングを起動させても体調を崩した様子は見えなかった。安堵の顔でルークはティアを見やったが、彼女は俯いたまま立ち止まっている。

「ティア? どうした、また具合が悪いとか」

 眉を顰めて名を呼ぶと、弾かれたように顔を上げて、ティアは繕った笑みを浮かべた。

「……え? あ、ご、ごめんなさい。ええ。体は大丈夫そうだわ」

「なんだかここに来てから様子がおかしくない? ティア」

 アニスが小首を傾げながら不思議そうな顔をする。

「そんなことないわ。さぁ、次のセフィロトに行きましょ」

「ベルケンドに行くんだろ」

「あ、あーそうそう、ベルケンドね。行きましょ」

 ルークの指摘を受けて笑うと、彼女は先に立って歩き始めた。





 遺跡を出て乾いた高原を進んでいた時、思いがけない人影を目にしてルークは息を呑んだ。

 そもそも、この場所では普通に人と行き会うこと自体が椿事と言えたが、その人物というのが。

「あれ……アストンさん!?」

「ルークや! 元気か!」

 嬉しそうに笑いかけてきたのは、シェリダン『め組』に属する老人だった。最後に見たのは、シェリダン港でヴァンの譜術からルークを庇って倒れた姿だったが。

「無事だったのか!!」

「老いぼれ軍団の中でわし一人が生き残ってしまったよ……」

 自嘲するように老人が言葉を落とすと、ナタリアが声を大きくした。

「何を仰いますの! あなただけでも生きていてくださって……よかった……」

 その声音には心からの喜びが溢れている。

「でもアストンさんはどうしてここに……」と、ティアが訊ねた。

「何もしないでいるとイエモンたちを思い出してしまう。だもんで、アルビオールの二号機を……や、一台壊しとるから三号機か。とにかく、それを作ったんじゃ」

 アニスが「で、また墜落した?」と笑う。

「ばかもん! 試験飛行の途中でお前たちを見つけたから……」

 その時、ガイとジェイドがハッと表情を変えた。アストンの背後に別の老人が――スピノザが現われていたのだ。

「ひ……っ!」

 ルークたちの視線が集まった途端、スピノザは怯えた悲鳴をあげた。

「お、お前!」

 ルークが声を荒げる。「ス、スピノザ!?」とアストンも叫んだ。

「また立ち聞き!? 超キモイ!」

 憤然としたアニスの声に弾かれたように、スピノザは背を向けると走って逃げ始めた。

「待てー!」

 即座に、アストンが後を追って走り出す。老人とはいえ、なかなかの早さだ。

「まったく、こんなところまで盗み聞きに来るとは、変な人ですねぇ」

 見送って、ジェイドが失笑している。「……まあ、丁度よかったかもしれませんが」と口の中で呟いた。

「俺たちも追いかけよう!」

 一方でルークは叫んでいた。以前ベルケンドで彼を逃がしてしまったために、シェリダンの惨劇は起きたのだ。

「今度は逃がさないぜ! スピノザ!」

「了解! 見失わないようにしないと」

 アニスも頷いて走り出す。老人なのだから、体力的にはこちらが有利であるはずだ。

 案の定、少し走ったところでアストンが立ち止まっているのに出くわした。

「アストンさん! スビノザは!?」

 駆け寄ったルークの目の前に手を伸ばし、アストンは一方を指差した。

「空を見ろ!」

 高い峡谷で切り取られた青空を、一機の飛晃艇が陽光を反射しながら飛んでいくのが見える。

「あれは……アルビオール!?」

「いや……似ているが違うな」

 傍らから、目をすがめながらガイが答えた。ルークたちの乗るアルビオールは白銀の地に金のラインの入ったデザインだが、今飛んで行ったそれは漆黒の地に赤のデザインだ。「あれはわしの三号機じゃ……」と、アストンが呟いている。

「また逃げられてしまいましたわ!」

 ナタリアが悔しげに言った。

「ぬぅ! 二号機で奴を追跡じゃ! どうせ試験飛行用にしか燃料を積んでおらん。すぐ墜落する筈じゃ!」

 そう言って、「わしも連れて行ってもらうぞ」とアストンはルークを見やる。

「分かった! アルビオールで追跡だ!」

 アルビオール二号機は、ここから少し離れた川岸に停泊している。まだ間に合うはずだった。





「先程の三号機を追跡するんですね。お任せ下さい」

「頼むぞ!」

 操縦席で待機していたノエルは、短い説明ですぐにすべきことを飲み込んでアルビオールを発進させた。両岸を崖に囲まれた狭い川辺から器用に舞い上がって、アルビオール三号機の消えた方角へ進む。操縦者の差なのか、ラーデシア大陸からアベリア大陸へ海を渡った頃、行く手に黒い機体が見え始めた。

「三号機発見! ですが、おかしいです」

「どうしたんだ?」

 座席の後部で手すりを握って立っていたルークが訊ねる。

「白煙を上げて……。あ!」

 風防ガラスの向こうを凝視していたノエルが、ハッとして声をあげた。横に並ぶ位置になっていた三号機が見る間に失速し、落ち葉のように地上に落下していったのだ。慌ててルークは窓から下を覗き見た。ちょうどベルケンドの街が見える。その西側の木々の間に薄い煙を立ち昇らせた黒い翼が見えた。四散している様子もないし、爆発や炎上もしていないようだが。

「……生きてるかなぁ」

「三号機は頑丈じゃ。墜落による衝撃で人体に影響は出ないわい!」

 アストンは憤然として胸を張っている。

「とにかく行ってみよう。ノエル、アルビオールを降下させてくれ」

「分かりました」

 アルビオール二号機は、三号機から更に西側の草地に着陸した。




「……いないな」

 最悪の事態も頭をよぎっていたが、三号機の中を確認して来たガイはそう言った。

「機体を捨てて逃走したということね」

 ティアが言う。

「この辺りの魔物はお年寄りには厳しい。街に逃げ込む筈です」

 ジェイドの言葉に頷いて、「よし、ベルケンドへ行こう!」とルークは指示を飛ばした。ベルケンドの街はすぐそこだ。

「スピノザめ、ようやく追い詰めた」

 走りながらガイは険しい顔をしていた。ナタリアが同意する。

「ええ。手間取ってしまいましたが、もう逃がしませんわ」

「ああ! とっつかまえてやる!」

「あら、ガイ。珍しく怒ってますの? これまでのスピノザの所行を思えば当然ですけれど」

「貴重なアルビオール三号機を傷物にされたからな。浮遊機関は夢の譜業機関だってのに」

「そこに怒ってますのね……」

 それはともかくとして。

 街に駆け込んだところで、前方にヨロヨロと進む老人の後姿を発見した。

「いたわ!」

 ティアの声を聞いて、スピノザは慌てて逃げ出す。ルークは足元にいたミュウの頭をむんずと鷲掴みにした。

「行くぞ! あいつを威嚇しろっ!」

「は、はいてすの〜!」

 足を高く上げて大きなフォームで投げ飛ばす。放物線を描いて飛んだミュウは走るスピノザの後頭部に当たり、くるりと一回転して前に着地した。口から吐かれた炎にたじろいで別方向に逃げようとしたスピノザを、ガイが素早く取り押さえる。

「おーっと、あんたには色々聞きたいことがあるんだ。大人しくしてもらおうか」

 夢の譜業機関を傷物にされた恨み……というだけではあるまいが。

 逃れられない強さで拘束されて、ついにスピノザは観念したように首を垂らした。


「どうせ試験飛行用にしか燃料を積んでおらん。すぐ墜落する筈じゃ!」

 ……あれ? オールドラントでは全ての音機関はプラネットストームによって作り出され大気中にふんだんに存在する惑星燃料で動いてるんじゃなかったのか? 燃料積む必要があるの??

 普段アルビオール二号機を使っている時も、一度だって燃料補給なんてしたことないのに……。つか、「燃料不足」と「白煙を上げて墜落」という事象は結びつくのでしょうか。謎……。

 

 アストンさんが生きていました。本当に良かった……!

 そして、何だかんだ言って老人人気の高いらしいルーク。イエモンさんも死に際には「頼んだぞ、ルーク」と言ってましたし、アストンさんも「ルークや!」と、まずルークの名を呼ぶのでした。何か、老人のハートを鷲掴みにする魅力がルークにはあるに違いない。理想の孫コンテストに出たら入賞できるのかもしれません。


 拘束したスピノザを、ルークたちはベルケンド知事邸に連行した。席につかせて周囲を取り囲む。

「わしらの話を立ち聞きしてどうするつもりだったんじゃ!!」

 第一声を発したのはアストンだった。ルークも声を荒げる。

「またヴァン師匠せんせいたちに密告でもするつもりか!?」

「ち……違う……」

「まあ、待って下さい。相手を怯えさせるだけでは何も分かりませんよ」

 やんわりとイオンがたしなめた。アストンに顔を向けて尋ねる。

「あなたは何をしにメジオラ高原へ来たのですか?」

「わ、わしは……みんなの墓参りをしたくてシェリダンへ行ったんじゃ。その時アストンがメジオラ高原に行くと聞いて……。まず、アストンに謝ろうと……」

「なら逃げることはないじゃろが!」

「こ、怖かったんじゃ! いざとなると何を言っていいのか……それで……」

「……」

 頭を抱えるスピノザを見て、ルークは黙り込んだ。その一方でアニスが責め立てている。

「そんなの信じらんないよ! 大体、アンタがチクったから総長にバレたんじゃん!」

「……確かにわしは二度もヘンケンたちを裏切った。二人が止めるのを無視して禁忌に手を出し、そのうえ二人をヴァン様に売った……。もう取り返しがつかないことは分かっとる。じゃが、みんなが殺されて、わしは初めて気付いたんじゃ。わしの研究は仲間を殺してまでやる価値のあったものなんじゃろうかと」

「……俺、この人の言ってること信じられると思う」

 ぽつりとルークは声を落としていた。「ルーク……」と、ティアが驚いた目で見つめてくるのを感じながら言葉を続ける。

「俺、アクゼリュスを消滅させたこと認めるのが辛かった。認めたら今度は何かしなくちゃ償わなくちゃって……」

 

『……俺は……俺は悪くねぇぞ。だって、師匠せんせいが言ったんだ……。そうだ、師匠がやれって! こんなことになるなんて知らなかった! 誰も教えてくんなかっただろっ! 俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!!』

 

(今なら分かる。みんなは、俺がアクゼリュスを崩落させたことだけを責めていた訳じゃなかった。自分が悪かったってことを認めようとしない、誰かのせいにして逃げてばかりの俺の態度そのものを怒っていたんだ。

 だけど俺は、みんなが俺を責めているのは、俺に責任を取れって言っているんだと思い込んでた。取り返しのつかないことをしてしまって、追い詰められて……。責任を取りきれないことなんて分かってたから、自分が悪かったってことも認めたくなくて)

 けれど、逃げても自分の心は騙しきれない。怖くて、辛くて。それでも、犯してしまった罪は認めるしかない。

 ルークはスピノザの青白い、けれど必死の色の浮かんだ顔を見つめた。

 そして、己の罪を認めた今は、自分に出来ることなら何でもしたいと思っているのだろう。

(その気持ちは嘘じゃない筈なんだ。――俺も、そうだったから)

「この人は……あの時の俺なんだよ」

 しばらくの間、仲間たちはそれぞれに押し黙っていた。

「もしもあなたの決心が本当なら、あなたにやってもらいたいことがあります」

 ややあって落とされたジェイドの言葉に、スピノザは縋るような目を向けた。

「な、なんじゃ?」

 その声には希望と怯えの色が半ばしている。

「障気の中和、いえ、隔離の為の研究です。これにはあなたが専門にしている物理学が必要になる」

「大佐! こんな奴信じるの!?」

 アニスが憤った声をあげる。

「スピノザは物理学の第一人者です。人間性はさておき、彼の頭脳は必要なんですよ」

「やらせてくれ。わしに出来るのは研究しかない」

 ティアが険しい顔を見せた。

「……あなたは兄の――ヴァンの研究者でしょう。そんなことをすれば殺されるかもしれないわ」

「……それでもやるんじゃ。やらせてくれ!」

 強く訴えるスピノザから視線を移し、アストンがルークたちに向かって口を利いていた。

「なぁ、みんな。……今一度、この馬鹿を信じてやってくれんか?」

「だけど……裏切り者だよ……」

 アニスはまだ不審を口にする。ジェイドがビリジアン知事に顔を向けた。

「この人に24時間監視をつけてはどうですか? それで研究に合流させればいい」

「私の一存では……」

 ビリジアンは戸惑っている。その様子を見て、ナタリアが口を添えた。

「……では、わたくしが命じましょう。ジェイドの言う通りに計らって下さい」

「御意に、ございます」

 決定は下された。スピノザの顔に安堵と決意の色が浮かぶ。

「この研究、粉骨砕身で協力する。本当にありがとう……」

「まあ、ここまで言って裏切ったら、大した役者だな」

 ガイが皮肉な調子で言って肩をすくめた。

「私の障気隔離案については、走り書きですが、ここに纏めておきました。検証してみて下さい」

 そう言って、ジェイドはスピノザに歩み寄って一冊のノートを渡した。その様子を確認してから、ビリジアンが「ではスピノザは第一音機関施設へ連れて行きましょう」と告げる。彼の指示で現われた兵士がスピノザを引き立てた。

「わしはアルビオール三号機を修理して帰る。頑張れよ、スピノザ」

 そう言って、アストンはぎこちなくスピノザに笑い掛ける。連れて行かれる姿を見送ってから、彼も知事邸を出て行った。

「……ホントにあの爺さん、大丈夫なのかなぁ」

 パタリと扉が閉まった後で、アニスが不満げに口を尖らせている。「まだ気になるの?」とティアが少し困った顔をした。

「そりゃそーだよ……。信じられる訳なーいじゃん」

「彼の目は真剣でした。完全に信じることが出来なくても、罪を償おうとしている姿勢は、認めてあげてもいいと思いますよ」

 イオンが穏やかに微笑む。ティアも安心させるように微笑んだ。

「監視も付いているし、きっと大丈夫よ」

「てゆっか、もう信じるしかないじゃん。任せちゃったんだから……」

「そうですね。今は信じてあげてください」

「む〜」

 アニスは眉根を寄せる。一方で、ビリジアンが思い出した顔でルークたちに言った。

「そうそう。研究員たちから皆さんに伝言を承っています。もう一つのセフィロトはダアトの教会付近にあるそうです」

「教会に!? 初耳です」

 イオンは驚いている。そうだろう。ずっと探していたものが自分の膝元にあったとは。

「あそこ広いもんな。とにかく行って、探してみるか」

 ルークの提案に、ジェイドが頷いた。

「そうですね。スピノザが障気隔離案の検証を済ませるまでには少し時間が掛かるでしょう。その間に降下作業を進められるのなら進めておきたい」

 一行は戸口へ歩き出したが、アニスはその場に立ち止まっていた。その顔には治まらない不満と不安が渦巻いている。

「なんでそんな簡単に信じちゃうの? みんな、馬鹿みたいだよ……」

 その声が誰の耳にも届かない場所で、少女は目元を歪めて吐き捨てていた。


 ダアトの教会にパッセージリングがあることが判明。

 しかし……ローレライ教団の本体であるユリアシティでそのことが知られてない(位置を調べるのに時間が掛かる)ってのは凄く変ではないでしょうか? 何か裏でもあるのかと勘繰りたくなるほど変。

 

『裏切り者』というキーワードに敏感なアニス。彼女のこの苛立ちの真意が明かされるのは、もっとずっと先、レプリカ編のことになります。


「教会の中にパッセージリングがあるのかな?」

 ダアトの教会へ向かいながら、ルークは疑問を口にしていた。傍らからイオンが答えてくる。

「分かりません。ただ、教会にはザレッホ火山に繋がる通路があるという噂があります。そんな話があるくらいですから、どこかにパッセージリングへ続く道があるのかもしれません」

「とにかく探してみましょう」

 ティアが言い、一行は教会に入った。入ってすぐに、立派な法衣をまとった壮年の男が、供を引き連れて歩いてくるのが目に入る。

「モース!」

 その男の名を、ルークは叫んだ。今まで何度も対峙してきた。捕らわれ、処刑されそうになったことさえある。思わず身構えたが、モースは気にした様子もなくイオンに語りかけてきた。

「導師イオン。お戻りですか」

「セフィロトを探しに来ました」

 イオンもまた、硬い声音ながら、臆さず包み隠さずに答えた。

「……ああ。ユリアシティから報告は受けています」

 モースは鷹揚に返す。「パッセージリングは」と、教会の奥の扉の一つを示して言葉を続けた。

「あの扉の先にありますぞ。一本道ですから迷うことはありますまい」

 モースにはこちらの動きなど読まれている。少なくとも、ユリアシティ側からの情報は筒抜けだった。だが、ヴァンと違って邪魔する気はないらしい。

「ヴァン師匠せんせいはどうしたんだ」

 硬い声でルークが問うと、モースは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「ふん。奴は監視者としての職務を放棄して、六神将と共に行方をくらましたわい」

神託の盾オラクルの姿もあまり見かけませんが、まさか……」

 ティアが丁寧な口調で訊ねる。モースは今でも形式上、彼女の上司だ。

「半数以上がヴァンの元に走りおった。ええい、忌々しい! おかげでこちらは神託の盾オラクル騎士団の再編成で大忙しだ」

 そう吐き捨てると、モースはルークたちの脇を通って去りかけた。だが、そこで立ち止まって嘲りの表情を浮かべる。

「そうそう。パッセージリングへ続く部屋は、侵入者避けに隠し通路の奥になっておる。せいぜい気張って探せよ」

 正面のアニスをじろりと見やると、今度こそ立ち去った。

「まあ、感じの悪い!」

「まあまあ。平和条約締結で戦争を起こすのが難しくなったから、機嫌が悪いんだろうよ」

 憤慨するナタリアを宥めて、ガイが可笑しそうにそう話す。

「邪魔されないだけマシだよぅ」

 アニスの言葉にイオンが頷いた。

「ええ。彼は預言スコアを遵守したいだけです。大陸を崩落させて、レプリカ世界を作ろうとしているヴァンとは目指す物が違います。だから、僕たちを邪魔する理由もないのでしょう」

師匠せんせいか……。師匠どこへ行ったんだろう……」

 呟きながら、ルークは(俺ってだめだな)と自嘲していた。

(つい、さすがヴァン師匠とか思っちまう)

 半数以上の神託の盾オラクル兵がヴァンに従って離反した。彼には、それだけの人間を惹きつける力があるということだ。

(俺は、師匠には必要とされなかったけど……)

 俯くルークの隣で、ティアは両手で口元を押さえて「……まさか」と小さな声を出していた。聞きとがめたジェイドが顔を向ける。

「ティア、心当たりでも?」

「……い、いえ。別に……」

 ティアは首を振って否定する。ジェイドは眼鏡の底の目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。


 教会の全ての場所に入れるようになっています。

 しかし、正直教会は本気で迷路状なので、レプリカ編になって譜陣が全部使えるようになってから探索した方が楽かもしれません。

 入れるようになった場所に、一つ宝箱があります。しかし近付くと落とし穴に落ちてしまいます。

 実は、宝箱の上層の=◎=のような形になっている通路の中央でミュウウイングを使うと、床が抜けて落下して宝箱が取れるのでした。中身はサンライトチャンバーです。


 モースが示したのは、神託の盾オラクル本部側の奥の扉だった。彼の言った通り、その先は一本道になっている。

「なんか、気持ち悪いな。突っかかってこないモースってのも」

 歩きながらガイが言った。

「ああ。なんか裏がありそうで薄気味わりぃ」

 ルークは頷く。傍らからジェイドが失笑を漏らした。

「まぁ、イオン様の言われた通り、彼の目的は預言スコアを護ることですからねぇ。今の我々に敵対する理由はないのでしょう」

「なら、通路の詳しい場所教えてくれてもいいのに」

 ルークはふて腐れた顔をする。一本道なのは確かだが、パッセージリングへの通路は隠されているとモースは笑っていた。

「まぁ、あのおっさんの、ささやかな抵抗なんだろうな」

「ちぇ。手間かけさせるなっつーの」

 幾つかの扉を潜っていくと、やがて資料室のような場所に出た。多くの本棚に無数の書物が収められていたが、放棄されているのか、本はあちこちで床に落ちて散乱している。入って来たもの以外に扉はなく、どうやら『見える』通路はここで行き止まりのようだった。

「この部屋に、パッセージリングへ続く隠し通路があるのか?」

 ルークの疑問に、ティアが返してくる。

「そうね……。一本道と言っていたから、ここを探してみましょう」

 モースの言葉が真実ならば、だが。

 ともあれ、ルークたちは手分けして資料室を調べ始めた。そんな中、奥の本棚の前に立っていたアニスは辺りを見回し、不自然な大声を張り上げる。

「ひゃっ、転んじゃったよ〜ぉ!」

 くるりと回って背中から本棚の一つに倒れ込んだ。近くにいたイオンが振り向いた瞬間、アニスがぶつかった本棚が音を立てて床に沈み、その向こうに大きな扉が現われた。

「あ、あれぇ〜?」

 アニスは やけに大きな動作で驚きを見せている。

「こんな所に隠し通路があったとは……」

 モースの言葉は本当だったのだ。愕然と呟くイオンに、アニスの声を聞いて駆け寄ってきたガイが不思議そうな顔を向けた。

「しかし、なんでモースはここを知っていてイオンは知らないんだ?」

「恐らく被験者オリジナルの導師は知っていたんだと思いますよ」

 イオンは淡々と返した。モースは彼に礼を取っているが、それは見せかけのことなのだろう。モースはイオンがレプリカであることを知っている。だから、真に秘匿するべき事項を教えてはいないのだ。

「よし、行ってみようぜ」

 ガイとは別方向から駆け寄ってきたルークが促す。扉の先は中規模の部屋になっており、中央の床に譜陣が一つ描かれていて淡い光を放っていた。

「あ、この譜陣に入ったら行けるんじゃないですか?」

 言うなり、アニスは駆け込んで譜陣の中に立つ。

「アニ〜ス、ちょっと」

 朗らかにジェイドが呼んだ。

「な、なんですかぁ、大佐」

「あなたはここを知っていましたね?」

 意地悪そうにジェイドは笑う。「本当ですか?」とイオンが驚いた顔をした。

「知りません! 全然知りません。それより行きましょう! ほら! 早く早く!」

 この譜陣には合言葉は必要ないらしい。ジタバタと焦るアニスは譜陣から立ち昇る光に包まれ、その場から消失した。

「嘘くせー……」

 パタパタと片手を振ってルークが低く呟く。ふん、とジェイドは鼻を鳴らした。

「……まあいいでしょう」

 そして残った仲間たちも譜陣に入る。光は彼らを覆い尽くし、見知らぬ場所へと運んでいった。





 転移した先は、どこかの洞窟の内部らしい場所だった。しかし暗くはなく、開けた周囲や高い天井がはっきりと見渡せる。遥か下方に真っ赤に輝く溶岩が溜まっていて、その光で赤く照らされているのだ。むっとした熱気が篭もっている。

「ここは……。何かの研究をしてるみたいだな」

 譜陣から出て、辺りに並べられた薬品らしきものや書類を見回しながらガイが言った。

「モースのものでしょうか。こんな所で何を……」

「そんなことより、パッセージリングはどこなんでしょう!」

 イオンの言葉を遮るアニスの声色は、相変わらず不自然だった。ジェイドが苦笑する。

「……アニス〜。怪しすぎると、突っ込んで話を聞きたくなります」

 最後には真面目になった赤い瞳に見据えられて、アニスは「……う……」と言葉を詰まらせる。

「あまり挙動不審だと、本当に詳しい話を聞かせてもらいますよ」

「きょ、きょどってなんかないですもん」

 ムキになったようにアニスは頬を膨らませた。ジェイドはそんな子供を見つめて微笑む。

「……まぁ、いいでしょう。話せるようになったら話してもらいますからね」

「隠してる事なんて、きっと体重だけですから! アニスちゃん超ガラス張り。ある意味開放的な人生の曲がり角まっしぐらですから! 恐らく確定で隠してませんから!」

「ふっ、やれやれ……」

 ジェイドは困ったように笑ったが、アニスは苦しげに目を伏せていた。

「パッセージリングはこの奥でしょうか」

 場を切り替えるようにティアが口を開く。

「行ってみよう」

 頷いて、ルークは溶岩の上に架かった吊り橋に歩を進めた。その先は溶岩の上を縫う細い岩の道だ。

「それにしても暑いわね……」

 溶岩に赤く照らされながらティアが言った。その額には珠のような汗が浮かんでいる。

「恐らく、ここはザレッホ火山の中なんだろうな」

「そういや、教会からザレッホ火山に通じる通路の噂があるって、イオンが言ってたもんな」

 ガイの推測を聞いて得心顔になったルークの顎から、ぽたりと汗のしずくが滴り落ちた。

 暑い。密閉空間ゆえに風もなく、かなりの苦行と言えた。他の仲間たちも同じ苦しみを感じているのだろう。……ただ一人を除いては。

「……毎度毎度、暑いところに行くと思うが、ジェイドってなんか自分だけ涼しい譜術とか使ってんじゃね?」

 一人涼しげな顔のジェイドを睨んで、ルークは口を曲げていた。

「……そうですわね。だんだんそんな気がしてきましたわ」

 俯いて浅い息を繰り返していたナタリアが、眉根を寄せて同意を返してくる。

「ずるいですの……」

 ミュウまでもがむくれた顔を見せた。余程暑いのだろう。

「いやですね。そんな器用なことが出来る訳ないじゃないですか」

 そう言って笑うジェイドの顔は白く、一筋の汗も流れていない、ように見える。

「……いや、何か秘密がある筈だ……。まさかその服に秘密が……」

 ガイがジロリとジェイドの軍服を睨んだ。

「マルクト軍が開発した空冷服なのかもしれませんわね」

 ナタリアがそんなことを言う。

「……脱げ」

 ぽつりとルークが言った。ジェイドの笑顔が固まる。

「は?」

「そうだ、脱げ!」

 追随するガイの目は本気だった。……マルクト軍の空冷服の仕組みに興味があるのかもしれないが。

「ええ、お脱ぎなさい!」

「ぬーぐーでーすーのー」

 幼なじみ三人組(と、ミュウ)はじりじりとジェイドに迫る。

「……み、皆さん、目が据わってますよ!? ちょっ、何を……!」

 四方から伸びた手に服をつかまれて、流石のジェイドも顔を引きつらせた。哀れ、暑さでイッてしまった集団に、このまま道端で剥かれてしまうのか!?

 その時、ずっと沈黙していたティアが大爆発を起こした。

「……三十代後半の男性軍人を脱がせるなんて正気とは思えないわよ。暑苦しい!」

「はっ!?」

 ルークたちは一斉に我に返る。解放されて、ジェイドがホッと息を吐いた。

 頭のネジが三本ほど飛んでしまっていたらしい。全く、この暑さのせいだ。

「イオンは大丈夫か?」

 ルークはイオンに顔を向けた。

「はい……。ありがとうございます」

 イオンも辛そうだが、穏やかないつもの笑みを浮かべてみせる。――と。傍らからアニスが不自然な大声で言った。

「えっとえっと。こんなトコ、とっとと、終わらせよっ!」

「……」

 全員が呆気に取られてアニスに注目する。彼女も暑さでネジが飛んだのだろうか。

「な、何ですか、大佐。私かわいいですか?」

 じっと見つめるジェイドに恐れをなしたように、アニスはぎこちなく笑ってポーズをとってみせた。

「やれやれ。まあいいでしょう。確かに、こんな所に長居は無用ですしね」

 ジェイドは肩をすくめる。

「そうだな。やるべきことを片付けちまおう」

 笑って、ルークも先を促した。





 溶岩に照らされた細い崖道を進むうち、ついに見慣れた光の扉が見えてきた。やはり、セフィロトはここにあったのだ。

「じゃあ、イオン。ここを頼むよ」

 ルークの声に「はい」と頷いて、イオンが扉に両手をかざす。鍵の譜陣が回転して砕け、扉が消えると同時にふらりと倒れ掛かった背中を、慌てて駆け寄ったアニスが支えた。

「イオン様、扉を開放する度に倒れますね」

「すみません」

「いいんですけど、心配ですぅ……」

 アニスの声には真情が篭もっている。「ごめんな、イオン」とルークが眉尻を下げた。

 イオンにしてもティアにしても、誰かの命を削らせ、犠牲を強いなければ先へ進むことが出来ない。――なんて罪深い旅なのだろう。

「いいえ。お役に立てて嬉しいです」

 青い顔ではあはあと息をつきながらイオンは微笑んでいる。

(もしもイオンと同じ立場だったなら、俺は同じように笑えるんだろうか……)

 ふと、ルークはそんなことを考えた。





 パッセージリングの前にティアが立つと、棒状の譜石の先が開いて操作盤が現われ、リングが起動した。

「体は大丈夫か?」

 ルークが確かめると、ティアは安心させるように微笑む。

「……ええ。薬が効いているから平気よ。それより操作盤を」

「うん、分かってる」

 ティアと位置を替わり、ルークは操作盤の正面に立った。上空に浮かぶ図像に向けて両手を掲げる。そこに起こった振動は白光を生み、図像に直接、命令文と線を刻んでいった。

「終わったよ」

 やがて手を下ろし、ジェイドの方を見て笑う。最初は一から十まで彼の指示に従っていたが、今は自分で行動できる。

「次はロニール雪山か?」

 ガイが言った。ユリアシティの技術者が教えてくれたセフィロトは、メジオラ高原、ダアト、そしてロニール雪山の三つだ。ついに残りは一つになった。

「ここまでは順調に事を運べていますわね」

 ホッとしたようにナタリアが笑っている。今回は何事もなく、特に妨害と言えるものにも出会わずに済んでいた。

「あまりにも兄が動きを見せないのが、かえって不安だわ……」

「ヴァンと違ってこちらにはアルビオールがあるので、動きを追い切れていないのかもしれませんね」

 顔を曇らせるティアに向かい、イオンが微笑む。しかしジェイドは険しい顔を見せた。

「今までのグランツ謡将の活動を考えると、それは楽観しすぎですねぇ」

「それは、これから彼の妨害が始まる、と言うことですの?」

 ナタリアは小首を傾げる。

「六神将すら姿を見せないことから考えると、そう考えてもおかしくないでしょう」

「次のセフィロト……ロニール雪山では、彼らが妨害してくると?」

 ティアもまた険しい顔になってジェイドに視線を向けた。

「かもしれませんね。勿論、杞憂であればいいのですが。

 とりあえず、その前に一度ベルケンドに戻って、スピノザに頼んだ検証を確認しましょう。それ如何いかんで、障気の処理について答えが出せます」

「そ、そうだね。早くここを離れよ〜う!」

「やれやれ。アニスは最後まで挙動不審でしたねぇ」

 相変わらず不自然に笑う少女を見下ろして、ジェイドは肩をすくめて息をついた。


 アニスが思いっきり不審な行動をとっています。ジェイドはともかく、ルークですらも「嘘くせー」と言ってしまうほどです。もしかしたらアニスは半ばわざと不審な行動を見せたのかな、という気さえしてきます。

 しかし、考えてみればアニスは最初から嘘がかなり下手でしたので、これが素なのかも……。玉の輿狙いでルークにまとわりついていた頃も、実に容易く被った猫の下を見せてしまっていましたし。何気ない嘘をつくのは上手でも、長期的に嘘をつき続けたり、大きな嘘をつこうとすると壊滅的なボロが出る、というか。それでも力技で状況をねじ伏せるのがアニス流……?

 これだけあからさまなのに、ジェイドも他の仲間たちも誰も、強いてアニスの真意を質そうとはしません。それだけアニスを信じている、一人の人間として尊重しているということでもあるのでしょうが。

 しかし、今回ばかりは これが後の大きな禍根となることに……。

 スピノザの時もそうでしたが、ジェイドって抜け目ないようで結構うかつかも。

 ところで、この後の展開を視野に入れて検証してみると、アニスがどうして「ザレッホ火山」でのみ こんなに挙動不審だったのか、意味不明なんですが…。モース公認の行動である この時点で、彼女が「ザレッホ火山に入ること」を忌避しなければならない理由はないはずですし、火山内の施設に彼女にとって見られるとまずいものが置いてあったわけでもないようなのに。とにかく一刻も早く立ち去りたいという風で。割と謎です。

 

 余談。ジェイドの服をルークたちが脱がそうと迫るエピソードは、本来はレプリカ編のものなんですが、レプリカ編での状況が大変深刻で、この愉快なエピソードにそぐわないので、先に ここに組み込んでおくことにしました。


「流石はバルフォア博士じゃ。あれなら上手くいくかもしれん」

 第一音機関研究所を訪ねると、スピノザは幾分興奮した面持ちでそう語った。

「ってことは、障気は中和できるんだな!」

「いえ、中和ではなく隔離するんです」

 ルークの言葉をジェイドが正した。仲間たちの怪訝な視線が集中する。「どういうことだ?」とガイが訊ねた。

「外殻大地と魔界クリフォトの間にはディバイディングラインという力場が存在します。――そうですね、ティア」

「え、ええ。セフィロトツリーによる浮力の発生地帯です。その浮力で外殻大地は浮いています」

 スピノザが口を挟んだ。

「正確にはディバイディングラインの浮力が、星の引力との均衡を生み、外殻大地は浮いているんじゃな」

「外殻大地が降下するということは、引力との均衡が崩れるということ。降下が始まると、ディバイディングラインは下方向への圧力を生む。それが膜になって障気を覆い、大地の下――つまり地核に押し戻します」

 要領を得ない顔でルークが訊ねた。

「でも、それだと障気は消えない……よな。また発生しないのか?」

「障気が地核で発生しているなら、魔界クリフォトに障気が溢れるのはセフィロトが開いているからです。外殻の降下後、パッセージリングを全停止すれば……」

「セフィロトが閉じて……障気は外に出てこなくなる!」

 顎に手を当てて考え込みながらガイが呟いた。ナタリアも腕を組んで思考を巡らせている。

「地核の震動は停止しているから、液状化していた大地は急速に固まり始めていますわ。だからセフィロトを閉じても大陸は飲み込まれないのですね」

「すっげーじゃん、それ!」

 ルークが歓声を上げた。ようやく、不安が払拭されたらしい。

「これを思いついたのが物理学専門のわしではなく、あんただとは。バルフォア博士は真の天才じゃな」

 スピノザも笑って感嘆の息を吐いた。

「そうはいっても、専門家に検証してもらわなければ確証は得られませんでした」

「これで、後はロニール雪山のセフィロトをどーにかするだけだね」

 アニスが笑う。ザレッホ火山を出ると、彼女はすっかり普段の調子を取り戻していた。

「ああ。ダアトのパッセージリングも比較的楽だったし、次もこんな調子だといいよな」

「だけど後でどーんとしっぺ返し来るかもよ」

 茶化した様子でアニスがからかいを始める。

「しっぺ返しってどんなのだよ」

 そう言うと、少女は「うーん」と考え込んで、人が悪そうな顔でニヤリと笑った。

「ルークの腹筋に顔が現われるとか」

「……あほか」

「分かんないじゃん。ルークが生まれた技術って、あの大佐が作ったものだよ」

「……よ……よせよ。変なこと言うなよ」

「どうする? お腹にディストの顔とか出てきたら……」

「そ、それはマジきっついな」

 思わず本気で眉尻を下げると、ジェイドが傍らから覗き込んできて失笑を落とした。

「そうなったら、あなたとは一生口を利かないと思います」

 それだけ言って離れる。呆気に取られて、ルークは声を潜めてアニスに言った。

「……なぁ、ジェイドとディストって、どんな因縁があったんだ? ただの幼なじみにしては……」

「うーん。同じ幼なじみのピオニー陛下とは割と仲よさそうなのにねー?」

 ジェイドとディスト、双方と親しそうなアニスも知らないことらしい。

「ネビリム先生がらみなのかな……」

 ぼそりと呟くと、「なんか言った?」とアニスが小首を傾げてみせる。

「な、何でもないよ……はは……。それより、ロニール雪山だな」

 その時、ナタリアが仲間たちを見渡して提案を口にした。

「出発の前に宿で少し休んでいきませんか」

 確かに、ここまでずっと強行軍だった。女性や体の弱いイオンにはこたえただろうし、ロニール雪山は今までになく自然の厳しい場所だという。休息の必要があるだろう。

「なら、その間にティアは、もう一度ここで薬を処方してもらえよ」

 ルークが言うと、ティアは曖昧に笑って頷く。

「……え、ええ。そうね。そうするわ。時間が掛かると思うから、みんな先に宿に行って休んでいて」

「じゃあ、明日、宿の前で待ち合わせな!」

 頷いて、ティアは医務室の方に歩き去った。




 薬の処方には思いの外時間が掛かるらしい。夕食の時間にもティアは姿を見せなかった。

「全部の問題が解決されそうだけど、やっぱティアの体が心配だよ」

 あてがわれた宿の一室で、ルークはそう言って息を吐いていた。

「そうだなぁ。彼女のことだから今も結構無理してるんじゃないかな」

 ガイも心配そうな顔で相槌を打ってくる。「心配ですの……」とミュウが耳を垂らした。

「ホントはもう、無理はさせたくないんだけど……」

「彼女にそんなこと言ったら……」

 ガイが困った顔をする。

「怒られちまうだろうな」

「みゅう……」

 ルークとミュウはしょんぼりとうな垂れた。ティアは勤勉で我慢強いが、裏を返せば頑固で融通の利かない性格だった。全ての外殻を降下させるまで、彼女は決して歩みを止めようとはしないだろう。確かに、今は無理をしてでも先に進まなければならない時ではあるのだが。

(そうだな。出来ることから少しずつ……だもんな)

 気合いを入れ直し、顔を上げてルークは決意を吐き出した。

「パッセージリングの作業が終わったら、ティアの体を完全に治す方法を探そう」

「ああ。そうしよう」

 微笑んで、力強くガイも同意する。

「そうするですの!」

 ミュウが嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。





「――きて。……ルーク、起きてってば!」

 ゆさゆさと揺さぶられる。ごろりと寝返りをうってベッドの上に大の字になり、ルークは眉間に皺を寄せて唸りをあげた。

「……う……ん……。なんだよ……」

 ぼんやり薄目を開ける。ベッドの傍に立って揺さぶっているのは、アニスだった。

(あれ……? なんでアニスがこの部屋に……)

「ティアがいなくなった!」

「はあ!?」

 ぱっちりと目が開く。ルークはがばりと起き上がった。見れば、部屋にはガイやジェイドはおろか、ナタリアまでもがすっかり旅支度を整えて立っている。

 ガイもナタリアも険しい顔で口を開いた。

「研究所の人の話だと、フォニミンの採取隊と港の方へ出て行ったらしい」

「スピノザを訪ねてきたアッシュも一緒に行ったそうですわ」

「アッシュまで? どうなってるんだ……」

「それと、彼女の部屋にこれが置いてありました」

「これは?」

 ナタリアが手渡してきたものを、ルークは怪訝な目で見つめる。てのひらに治まる程の小石だ。……ただ、やけにピカピカと光り、周囲の景色を映していたが。まるで鏡の欠片のようだ。

「ワイヨン鏡窟で採れる鉱石です」

 ジェイドが答えた。――エンシェント鏡石。ワイヨン鏡窟で採取できる特殊なもので、これから抽出できるフォニミンがレプリカ製造には欠かせないものなのだ。

「ってことは、ティアはワイヨン鏡窟に何かをしに行ったってことか?」

「そういうことだ。どうする?」

 ガイが窺うような目をする。ルークは勢いをつけてベッドから床に降り立った。

「追いかける。当たり前だろ」

 ニッとガイは笑った。

「よし、行こう!」

 すぐに、ルークたちは宿を後にした。





「ティアの奴、一体どうしたんだ?」

 港へ向かいながらルークは声を出す。「アッシュも一緒に行ったそうですわね」と、ナタリアも不安そうな顔をしていた。

「そういえばメジオラ高原以来、彼女何か考え込んでたな」

 ガイが思案顔をした。

「そうですわね。リグレットに会ってから、少し上の空の時がありましたわね」

「それにしても、ティアとアッシュが向かった、ですか……」

 ジェイドは失笑している。奇妙な組み合わせだが、今までなかったわけではない。この二人が共に行動する時、それは……。

 ジェイドの表情に気付かないまま、ルークは憤りを声音に乗せていた。

「ワイヨン鏡窟に何があるって言うんだ」

 ルーク自身はそこに行ったことはないが、アッシュの意識の中に封じ込まれて、その情景を見聞きしたことはある。ディストがフォミクリーに関する研究を行っていた場所だ。被験者オリジナルとレプリカ、二匹の黄色いチーグルが檻に入れられていて……。

 ガイが険しい顔で示唆してくる。

「今までの彼女を見てると、こういう衝動的な行動を取る時はいつも……」

「あっ! ヴァン師匠せんせいか!」

 ようやく、ルークはその可能性に気がついた。

 そうだ、彼女は兄に会いに行ったのだ。――何の為に? 以前そうしていたように、ただ一人で兄を討とうというのだろうか。だが、それはあまりにも……。

「急いだ方がよさそうですね」

 ジェイドが顔を歪めて笑う。ルークたちは更に足を速めた。


 ディバイディングラインの圧力を利用して障気を地核に押し戻し、外殻を完全に降ろした後でセフィロトを閉じるという、ジェイドの障気隔離案。

 ……セフィロトを閉じるってのは、パッセージリングを停止させるってコトですよね。

 パッセージリングを停止させるとディバイディングラインも消滅するんですが、外殻そのものが障気を封じる殻になるということなんでしょうか。それとも、押し込まれた時点で障気は全て地核の中に納まっちゃうのか?

 ルークの日記を見ると更にフォローがしてあって、「もっともプラネットストームがある以上、多少は障気も吹き出すんだろうけど、プラネットストームの勢いから障気が離脱することはないのかも知れないな。その辺のことはジェイドのが詳しいんだろうし」と書いてあります。なにがなにやら。

 

 ティアとアッシュが一緒にワイヨン鏡窟へ。フォニミン採取隊に同行しているので、二人きりではありませんが。

 アッシュはスピノザに会いに来たといいます。後のあるイベントによって、彼が自分の体調に関してスピノザに話を聞いていたことが分かるんですが、そのイベントによれば、アッシュがスピノザに話を聞きにきたのは、スピノザがまだルークたちの仲間になっていなかった頃。

 つまり、この時のアッシュは、スピノザに話を聞くのは二度目以降ということですね。体調が悪化して不安になって、もう一度話を聞きに来たら街を出て行こうとしていたティアと遭遇。ヴァンに会えるかもしれないことを聞き出して同行した、といったところですか。

 どんなやり取りをしたのか気になります。顔色の悪い、けれど頑なに一人で行くと言い張るティアに、

「お前のことなんざどうでもいい。俺はヴァンに話があるだけだ!」

 とか、例によってツンデレ発言して付いて行ったのか。

 回線でルークを呼べばいいのに そうしなかった辺り、アッシュも健康不安のために相当追い詰まってて、ルークのいないところで実験チーグルの確認したかったとか、ヴァンとの決着をつけたかったとか、色々モヤモヤしてたんでしょうなぁ。

 

 念の為に書いておきますが、ティアはメジオラ高原でリグレットが落として行った小石(エンシェント鏡石の欠片)を拾って、それを手がかりにワイヨン鏡窟に向かったわけです。

 ティアは今まで一度もワイヨン鏡窟へ行ったことがないので、それがリグレットからのメッセージだとは気付いても、どこへ行けばいいのかは分からなかったはず。

 ルークたちと別れて第一音機関研究所をウロウロしていた時に、職員からその小石がワイヨン鏡窟で採れるエンシェント鏡石だと教えられるかして、矢も盾もたまらずに飛び出して行った、という所なんでしょうか。

 ……しかし、ティアがこれ拾ったの、もう相当前ですよね。ヴァン師匠はずっと待ってたのでしょうか。それともティアたちの行動は ずっと見張られていて、ティアが飛び出したという報告を受けて、ヴァンもワイヨン鏡窟へ向かったのか。兄さん大変だ。つか、メッセージ回りくどい。以前はガイにもメッセージを送っていたようですが、彼に対しても こういうタイプのメッセージの送り方していたのなら笑えます。

 

 ベルケンドに着いてからずっと、ナチュラルにイオン様がいません。疲労でダウンしてたのか……?


 ワイヨン鏡窟。ぼんやりとエンシェント鏡石が輝く海食洞に足を踏み入れると、壁際に縛られて転がされている人々がいる。

「おい、大丈夫か!」

 恐らく、フォニミン採取に向かったというベルケンドの人々なのだろう。呻く彼らの戒めを慌てて解いていると、奥からどやどやと歩いてくる気配がした。

「何者だ!」

 鋭い誰何すいかの声を飛ばしたのは、神託の盾オラクルの兵たちだ。彼らは演算機などを運んでいたが、ルークの顔を見てぎょっとする。

「アッシュ響士……いや、レプリカか!」

 剣を構えた兵を、「待て!」ととどめる声がした。奥から歩み出てきたリグレットだ。

「ヴァン総長は通せと仰っていた。彼らに構わず、作業に戻れ」

「了解!」

 答えて、兵たちはルークたちの脇を通り抜けて出て行った。

「……どういうことだ?」

 低く、ルークは疑問を口にする。

「言葉の通りだ。ティアたちを捜しているのだろう。ここは見逃してやるから先へ進むがいい」

「すんなり通してくれるとはね」

 ガイが皮肉めいた声を出す。

「ヴァン総長閣下のご意志を尊重したまでだ。どうせお前たちはロニール雪山へ向かうのだろう。その時に決着をつける」

 そう言い捨てると、リグレットもまたルークたちの脇を通って鏡窟を出て行った。

「総長に付いていった神託の盾オラクルは、こんな所にいたんだね」

 リグレットが去ったのを確認してから、アニスが言った。

「引き上げるところみたいでしたが……」

「必要なものを持ち去って、別のところに行くみたいだな」

 イオンの声にガイが応えている。

「追っかけた方がいいんじゃない?」

「いえ、今はティアが心配です。リグレットの話だと、ヴァンと奥にいるようですし」

 そうイオンが言う。

「アッシュのことも心配ですわ。急ぎましょう」

「ああ。急ごう」

 ナタリアの声に、ガイも硬い顔で頷いた。もはや、ヴァンには何をしでかすか分からないという恐怖感がある。





 薄暗い洞窟の地面はじっとりと濡れていた。そこに板が敷かれ、かろうじて通路の態をなしている。

「ここは、あの時……」

 ふと、ナタリアは足を止めた。以前ここを訪れた時、宙を舞うクラゲを伴った奇妙な魔物と遭遇したのだ。それに襲われたナタリアを、アッシュが鋭い剣で守り、助けてくれた。

 

『……無事か?』

『え……ええ。大丈夫ですわ。ありがとう、アッシュ……』

 

(アッシュ……)

 震える胸を、ナタリアはそっと両手で押さえた。

 ああ、それに。この鏡窟で地震が起こった時には、転びかけたナタリアを、アッシュが背後から力強く抱きとめて支えてくれたのだ。

「どうした? ナタリア」

 前を歩いていたガイが、気付いて気遣わしげな声を掛けて来る。ハッとしてナタリアは顔を上げた。

「いいえ。何でもありませんわ……」

 追いつこうと慌てて駆け出しかけた足が、濡れた板の上でずるりと滑った。

「きゃっ!?」

 転びそうになったナタリアの体を、背後から力強い腕が抱きとめる。

「大丈夫か?」

 耳元に聞こえる、少し焦った声はルークだ。ナタリアの後ろを歩いていた彼は、咄嗟に駆け寄って彼女を支えたのだった。

「あ……」

 ぱっと、ナタリアはルークから身を離す。それを気にした風もなく、彼は「お前、案外ドジだよな」と、昔から変わらぬ調子で笑ってみせた。

「……」

「ん? どうした?」

 背を向けたまま己の胸を抱いて押し黙っているナタリアを、少し不思議そうに見つめてくる。

「いえ……何でもありません。ありがとう、ルーク」

「いや、別にいいけどよ」

「……」

 屈託ないルークの声を聞いて、ナタリアは再び口をつぐむ。気を取り直したように「さあ、急ぎますわよ」と大股に歩き始めた。


 夜明けの海辺で語り合うアッシュとナタリアを見たことで、ルークはナタリアへの気持ちの区切りをつけたようなんですが、ナタリアの方はまだ揺らぐ部分がある……というシーンです。ナタリアを好きじゃないプレイヤーが「二股女!」と怒るところ(苦笑)。

 でも、無理もないのかもしれません。なにしろ双子以上にそっくりな、同じ顔で声の二人ですから。抱きとめられた感触も多分同じなんだろうなぁ。

 アッシュはツンツン硬派、ルークは意地っ張りな部分もありながらニコニコ朗らか、それぞれ違う魅力がありますが、ところどころ似た部分もあって、時折行動が重なったりもするので、頭では違う人間だと分かっていても、感情は惑わされてしまう……。

 つか、ルークは意外に天然タラシ成分保有者です。ガイに育てられたからなのか。

 

 一周目をプレイしていた時は好感度システムやマルチエンディングがあるのかと思っていて、ヒロインたちの中ではナタリアが一番好きだったので、このイベントは「まだナタリアエンドの望みがあるのかな」と思えて嬉しかったっけなぁ……。


 鏡窟の奥、音機関が立ち並ぶ実験施設には、やいばが打ち合う音が響き渡っていた。

 ヴァンの剣に跳ね飛ばされたアッシュが地を滑り、倒れ伏す。

「兄さん、やめて!」

 ティアが悲鳴に近い声でヴァンに訴えていた。

「アッシュ!?」

 どうにか半身を起こしたものの立ち上がれない彼を遠く目にして、ナタリアが叫ぶ。

「……迎えが来たようだ。もう行きなさい」

 腰の鞘に剣を収め、ヴァンは妹に言った。「アッシュ、お前もだ」と顔を向ける。

「兄さん! このまま続ければ、兄さんの体だって障気でボロボロになってしまうのよ!」

「それは些細なことだ。私は人類がユリアの預言スコアから解放され生き残る道筋がつくならそれでいい」

 そこに、ようやくルークたちが駆け込んで来た。ヴァンに対峙して身構える。ナタリアだけは、立ち上がれないアッシュの傍にしゃがみ込んだ。

師匠せんせいたちは、こんな所で何を……」

 ヴァンに向かうルークの声は、うわずって震えていた。答えたのは、痛みをこらえるように顔を歪めたアッシュだ。

「こいつらはベルケンドを放棄して、新しいフォミクリーの研究場所へ移動するつもりなんだよ」

 ルークはぐっと力を込めて声と表情を険しくする。

師匠せんせい! どうしてレプリカ世界にこだわるんだ」

「フォミクリーは大量の第七音素セブンスフォニムを消費する。この星全体をレプリカ化するには、世界中の第七音素をかき集めても足りませんよ」

 ジェイドが憤りを抑えきれない声で指摘した。答えたのは、またもアッシュだ。

「こいつは地核の莫大な第七音素セブンスフォニムを、ローレライを利用するつもりなんだ」

「地核の震動が激しくなれば、プラネットストームが強まり第七音素セブンスフォニムの供給量も増す」

 余裕の笑みを浮かべてヴァンは語った。

「お前たちはそれを止めてしまったがな」

「だから地核の静止を嫌がったのか……」

 ガイが愕然として言った。まさか、全世界をレプリカ化するための第七音素セブンスフォニム欲しさだったとは。

「フォミクリーは不完全です。しくじれば、すぐに消滅するようなレプリカが誕生する」

「それは第七音素がレプリカから乖離かいりするために起きる現象だ。乖離を止めればレプリカは消えぬ」

「無理です! そもそも音素フォニムは同じ属性同士で引き合う。第七音素も同じだ。物質から乖離してプラネットストームへ戻っていく」

 きつい口調で言い募るジェイドに、ティアが語った。先程兄から聞かされたばかりの話を。

第七音素セブンスフォニムの集合体であるローレライを消滅させるのよ。すると余剰第七音素が消える」

「引き合う第七音素セブンスフォニムがないから乖離しない……ってことか」

 ルークが後を継いで呟く。

預言スコア第七音素セブンスフォニムがなければ詠めない。世界から預言は消え、レプリカも消滅しなくなる。一石二鳥だ」

 ヴァンは滔々とうとうと語っていた。揺らぎのない兄の隣で、ティアは目元を歪める。

「兄さんはその為にルークを利用するつもりなのよ」

 だが、ヴァンはフッと失笑した。

「これは出来損ないでは無理だ。アッシュでなければな」

「…………」

 何を思うのか、アッシュは俯いて口を閉ざす。

 そこに神託の盾オラクル兵が一人、入って来た。敬礼して言葉を発する。

「総長閣下。資料の積み込みが完了しました」

 ヴァンはアッシュに視線を向ける。

「私にはお前が必要だ。アブソーブゲートでお前を待つ」

 そう言うと身を翻した。

「兄さん、待って!」

「……お前とは戦いたくはなかった。残念だよ。メシュティアリカ」

「くそっ! 逃がすか!」

 兵を伴って立ち去るヴァンを見てアッシュは立ち上がったが、すぐにその場に膝をついた。

「無茶ですわ!」

 ナタリアが慌てて支える。ヴァンに斬られたのだろう、アッシュの腹部からは血が滲み出していた。先程からナタリアが癒しの光を当てていたが、動いたために傷が開いたらしい。

 顔を苦痛に歪めたアッシュは、チラリと視線を一方に向けた。そこには、壁を穿って作られた檻が二つ並んでいる。以前ここを訪れた際には両方に一匹ずつ黄色いチーグルがいたが、今は一方に一匹しかいなかった。

(……やっぱりいなくなってやがる)

 左の檻には被験者オリジナルのチーグルが、右の檻にはレプリカのチーグルが入っていたのだ。しかし、左の檻は空になっている。

 もう一度体に力を込めて、アッシュは立ち上がった。癒しの手を拒まれて、ナタリアがハッとして追いすがろうとする。

「どこへ行きますの!」

「俺には……時間がない」

 吐き捨てて、アッシュはナタリアから顔を背けた。その声はどこか掠れている。そのまま一顧だにせずに歩き去る彼の背中を、ナタリアは、そしてルークたちは為す術もなく見送った。

「僕たちも一度街へ戻りましょう」

 黙り込んだ仲間たちに向けて、イオンがそう提案する。

「ええ。ここならシェリダンが近いですね」

 流石と言うべきか、ジェイドは速やかに笑みを繕った。イオンの足元からミュウが高い声を出す。

「あのコも連れていってほしいですの」

 檻の中には黄色いチーグルが一匹、取り残されたままだ。アニスの眉尻が下がった。

「そっか。ここ誰も来なくなっちゃうんだ……」

「分かった。連れて行こう」

 頷いて、ルークは檻に向かう。その間もナタリアは一人、アッシュの立ち去った方を不安げに見詰め続けていた。 


 レプリカの運命に関する重要な情報の現われているパートです。

 

 ジェイドの激昂ぶりからして、どうやらレプリカは基本的に『消え易い』ものであることが分かります。レプリカを構成する第七音素セブンスフォニムがプラネットストームで生まれ続ける第七音素に引かれるため、音素フォニム乖離を起こし易いらしい。

 ジェイドは、儚く消滅する『出来損ない』のレプリカの末路を、何度も目にしたことがあるのでしょうか?

 しかしヴァンは、ローレライを消せば音素乖離は未然に防げ、レプリカは消えないはずだと言う。

 後のレプリカ編を視野に入れてみると、色々考えさせられる情報です。

 とはいえ、既に起こってしまった音素フォニム乖離は、ローレライを消したところで回避できるものではなさそうっぽいですが……。乖離の進行を遅らせることくらいはできるのでしょうか?

 一方で、何かの実験を受けていたらしいチーグルのうち、被験者オリジナルのいた檻の方が空になっているという状況が生じています。それを確認したアッシュは、『俺には時間がない』と焦りを見せ始めるのでした。

 

 なんだか伏線が色々あり過ぎるために、メインだったはずの『出奔したティア』の影が薄いです(苦笑)。


 シェリダンに辿り着くと、ちょうど歩いて来たアストンと鉢合わせた。

「自由に使ってくれ。イエモンもあんたらが来てそこら辺で喜んでいると思うからな」

 話し合う場所として集会所を貸してほしい、というジェイドの頼みを快く受けてくれる。ありがたく貸してもらい、ルークたちは集会所の中に陣取った。今後の方策も決めねばならないが、まずは確認しておかねばならないことがある。

「ティア、訳を聞かせてくれ」

 彼女に向き直って、静かにルークは言った。

「……ごめんなさい」

 ティアは目を伏せる。

 いつも規律と協調を重んじる彼女が、今回のような勝手な行動を取ったのは前代未聞のことだった。ヴァン絡みだったことは分かっている。やむにやまれぬ何かがあったのだろうことも。だが、説明はしてもらわなければならない。

「私の体に障気が蓄積されているなら、パッセージリングを使っていた兄さんも同じだと思ったの」

「それで心配になったのか?」

「心配……」

 ティアは虚を突かれた顔をする。そして「そうね、そうだったのかもしれない」と呟いた。

「リグレット教官がワイヨン鏡窟の鉱石を落としたのを見て、私を呼んでいると思ったわ。だからもう一度だけ、一人で兄さんを説得してみようと思った」

「やっぱり兄妹なんだなぁ」

 ガイがふっと息を吐いた。僅かに笑みを含んだ、けれど痛々しそうな顔で。

「……でも、それももうおしまい。

 いつも思っていたわ。兄さんがこんな馬鹿げたことをやめてくれないかって。でも……もう私と兄さんは進むべき道をたがえてしまったのよ」

「いいのか? ヴァン師匠せんせいと戦うことになっても」

「……忘れたの? 私はそのために外殻へ来たのよ。もう迷わないわ」

 いつもの冷徹な瞳でティアはルークを見返した。

「そこまで言うなら、いいでしょう。では次のパッセージリングへ向かいましょうか」

 ジェイドが朗らかに告げる。アニスが眉を顰めた。

「次って、ロニール雪山でしょ。おっかない魔物が沢山いるっていう」

「……リグレットたちもそこで待ち伏せているのでしょうね」

 ナタリアも険しい顔をする。

「……教官……」

 リグレットの名を聞いて、ティアは表情に翳りを見せた。

「危険な場所ですが、そこには確かにパッセージリングがあります」

 イオンが請け合っている。

「……ティアも、いいな?」

 そっとルークが窺った。ティアは頷く。

「……ええ。勿論よ」

「よし、それならロニール雪山へ向かおう」

 そこでジェイドが口を開いた。

「出来れば一度、ケテルブルクで休息を取りませんか? ネフリーに最近のロニール雪山について聞いておきましょう」

「分かった」

 話は決まった。一行は集会所から外に出たが、そこで高い声がルークを呼び止めた。

「ご主人様、この子をどうするですの?」

 訴える青いチーグルの隣には、ワイヨン鏡窟から連れ出してきた黄色いチーグルが並んでいる。

「そっか。そうだなぁ……。森に戻すにも、あそこは今魔界クリフォトか……」

 少し困って片手で頭を掻いていると、「どうした、お前さんたち」とアストンが近付いてきた。

「あ、このチーグルを拾ったんだけど、連れて行く訳にはいかないからさ」

「なんじゃ。それならわしのところで預かるぞ」

 二匹のチーグルが揃ってアストンの方を向く。

「よかったですの! 宜しくお願いしますですの!」

 人語で謝辞を述べたミュウの隣で、黄色いチーグルも「みゅみゅみゅ みゅ〜みゅうv」と嬉しそうに鳴いている。

「このコ、星型のアザがあるんだよね」

「この子はスターという名前だそうですの」

 アニスの声に応えてミュウが言う。

「おお、そうか。それじゃあスターや、こっちにおいで」

「みゅう、みゅみゅう〜」

 黄色いチーグルはアストンの後に付いてチョコチョコと集会所の中へ入っていった。





 アルビオールはケテルブルクを目指して空を飛んでいる。

「ヴァン……彼の考えは、一見飛躍しているように見えますが、論理的には全て筋が通っています」

 窓の外を流れる雲を眼鏡に映しながら、ジェイドがそう言った。

「ローレライの第七音素セブンスフォニムを消滅させることで、レプリカが消滅せず預言スコアも詠めなくなるって……」

「途方もない話ですわね」

 ルークとナタリアは不得要領な顔をしている。理屈では分かっても感情では理解しがたいのだ。

「途方もないですが、彼は実行するつもりなのでしょう」

「アッシュがヴァンに協力する訳ありませんわ!」

 カッとしてナタリアは叫んでいた。ローレライを消滅させるヴァンの計画を完遂するためには、アッシュの超振動が不可欠だ。逆に言えば、彼が協力しない限りヴァンの計画は実現しないはずではないか。

「アッシュが協力しなくても、ヴァンはその力を使わせる事が出来るかもしれません。ルークの時のように……」

「そ、それは……」

 ルークはヴァンに騙されていた。そして暴走した超振動でアクゼリュスを崩落させてしまったのだ。

「ともかく、今はヴァンよりも大地降下作業を優先すべきですね。ヴァンはアッシュをアブソーブゲートで待つと言った。彼の居所は分かった訳ですし」

「ジェイドの言う通りだ。師匠せんせいを止めるため、俺たちはアブソーブゲートに行く前に、ロニール雪山でパッセージリングを操作しないと」

「そうですわね……分かりましたわ」

「だが、俺たちがロニール雪山へ行くこともヴァンたちには分かっている。ダアトのセフィロトでは何事もなかったが、今度は妨害してくるだろうな」

 ガイが言った。そうだ。ワイヨン鏡窟で邂逅したリグレットも、そう予告していたではないか。

「リグレットか……。確か、ティアの教官なんだよな」

「わたくしたち、六神将のことあまり知りませんわね。何度も顔を合わせてきましたのに……」

「なかなか話を出来る状況もなかったしな。ティアなら多少は知ってるんだろうけど……」

「今の彼女に話を聞くのは酷ってモンだろ」

 言葉を交わすルークとナタリアに向かい、ガイが渋い顔で言う。ティアは一人、仮眠室で休んでいた。アルビオールに乗ってすぐに、少し気分が悪いからと引き篭もってしまったのだ。

「僕でよければお話できますよ。ただ、彼らの過去はよく分かりませんが……」

 言ったのはイオンだった。彼はローレライ教団、そして神託の盾オラクル騎士団の頂点に立つ存在だ。モースやヴァンに実権を奪われていたとはいえ、部下である六神将とは近しい関係にあった。

「リグレットはヴァンの副官で、ティアの教官ですね。ティアの為にユリアシティまで、彼女を指導しに出かけていたそうです。任務には厳しいですが、普段はとても気のつく優しい……」

 笑顔で語っていたイオンは、ふと言葉を途切れさせる。

「……優しい方、でしたよ」

「……でもあの者は、シェリダンのかたを……!」

 ナタリアが憤りと哀しみで顔を歪ませた。リグレットの率いた神託の盾オラクル兵たちがシェリダンの人々を惨殺した光景は、忘れようにも忘れがたい。久しぶりに訪れたシェリダンでは、生き残った人々が亡くした家族や知人への想いを吐き出す姿を何度も見聞きした。

「ええ。彼女も戦争で同じ神託の盾オラクル兵の弟を失ったと聞いています。大切な者を失う悲しみは知っている筈なのですが……」

「ティアには申し訳ありませんが、わたくしはあの者を一生許すことが出来そうにありませんわ」

「……当然だと思いますよ。僕も残念です……」

 ナタリアと同じように、イオンも苦しげに目を伏せる。

「だけど、やっぱティアってば、主席総長と戦うのためらいがあったんだね」

 この場にいない彼女を想ったのか、アニスがそう言い出した。

「しかたないよ。たった一人の肉親なんだから」

「そうだな。ためらわない方がおかしい」

 暗い顔をしたガイに、ルークは同意する。

 思えば、出会った頃のティアは殺気立ち、ヴァンを殺すと言ってはばからなかった。彼が外殻の住民を消す計画を立てていることを知っていたからだ。それでもカイツールで再会してからは軟化し、けれどアクゼリュスで決定的に裏切られて悲痛な顔をしていた。彼女はずっと、己の信念と愛情の間で揺らいでいたのだ。

(俺はレプリカで本当の息子じゃないけど、それでも、父上や母上に剣を向けるなんて想像もつかないもんな……)

 父や伯父は自分を殺そうとしたこともある。だが、だからといって彼らを殺そうなどとは思ったこともなかった。

「肉親と戦うなんて私には出来ないな……」

 同じように想像してみたのか、アニスも苦しそうな顔になっている。

「ホントだよな……。ティア、相当辛い決断だったと思うよ」

 ガイもまた、苦しげな顔で頷いた。ホド戦争で一族郎党を失った彼にとっては、彼女の苦しみは他人事ではないのかもしれない。

「大地降下作業を行うことで命を削って、ヴァン師匠せんせいやリグレットと戦うことで心を削ってるんだな……」

 ルークは呟く。イオンも悲しい目をした。

「彼女には辛い事ばかりをさせてしまいます……」

(そうだ、ティアだけじゃない。俺たちはイオンにも無理をさせている。イエモンさんたちや、沢山の人たちを踏みつけて、犠牲にして……)

「それでも……やめることも出来ないんだ!」

 伏せていた目をルークは上げた。

「オールドラントに生きる人々のために……」

「ルーク……」

 アニスが痛ましげな顔で見上げてくる。

「……ロニール雪山に行こう。そこで六神将とも決着を付ける」

 氷雪に包まれた常冬の大陸に、アルビオールは白い鳥のように滑り降りていった。


 シェリダンの集会所を出ると、アストンに黄色いチーグルを預かってもらうイベントが起きますが、集会所奥の脱出口から外に出てしまうと、このイベントを見逃してしまいます。注意です。

 

 ケテルブルクのホテルのロビーに、赤いハチマキをした男が現われています。ホドの剣術を研究しているという彼に話しかけると、ルークの奥義書イベントの三回目が発生します。再びバチカルでルークの母にお小遣いをねだらなければなりませんが、現時点で自由に行動できますので、やろうと思えばロニール雪山に行く前に新技を習得できます。

ルークの奥義書3
#ケテルブルクホテルのロビーに、赤い鉢巻きをした男が佇んでいる
「私はホドの剣術であるアルバート流の変遷について研究しています。先日キムラスカから帰国した友人にアルバート流の奥義書を譲っていただきました」
ルーク「そ、それ、見せて下さい!」
「どうぞ」
#受け取って見る。
ルーク「これ……師匠の本だ! すいません、これは元々俺の師匠の物なんです。譲っていただけませんか?」
「しかし……これはかなり値の張った物ですから……」
ルーク「いくらで買ったんですか」
「80000ガルドです」
アニス「ぼったくりだ……」
#ルーク、片手で頭掻く。
ルーク「……また母上に頼るか」
ガイ「おいおい、それでいいのか?」
ジェイド「便利な財布扱いですねぇ」
#みんなの方を振り向いて
ルーク「う、うるせぇっ!」

#バチカル・ファブレ邸
ルーク「母上! 今日は俺が腕によりをかけて母上に栄養のあるものを作るよ」
シュザンヌ「まあ、どうしたの、ルーク。突然そんなことを言いだして……」
ルーク「お……親孝行したいんだ! さあ、応接間へ!」
#応接間で食卓に大量の料理を並べているルーク。照れ臭そうに片手で頭を掻く
ルーク「……ど、どうかな。母上」
シュザンヌ「まあ! ルーク! とても美味しいわ。ウチのシェフに勝るとも劣らないわよ」
ルーク「そ、そうかな……」
シュザンヌ「いつの間にか一人で料理が出来るほど立派になっていたのですね。母は嬉しいですよ」
#ルーク、鼻をこする
ルーク「いや、そんな大げさな……」
シュザンヌ「そうだわ。ご褒美をあげましょう」
 ルークは500000ガルドを入手
#両腕を組んで睨みつけるナタリア
ナタリア「ルーク! あなた本当にそれでよろしいのですか!」
ルーク「う……、わかったよ。母上、流石にそんなには貰えないよ」
シュザンヌ「わかりました。でも、これだけは受け取って頂戴」
 ルークは80000ガルドを入手
シュザンヌ「旅は何かと物いりでしょう? 少しは足しになさい」
ルーク「母上、ありがとう!」

 流石に「ウチのシェフに勝るとも劣らないわよ」ってのは褒めすぎ、と言うか、親の欲目ですよね(笑)。ルークの料理は三ツ星になっても「不味くはないが美味くもない」というレベルだそうですので。シュザンヌは本当にルークが可愛いんだなあ。

このイベントは、ルークの料理の熟練度によってシュザンヌの反応が異なります。私のルークはずっと三ツ星なので、通常の『料理ド下手なルーク』の場合の反応を見たことがありませんでした。(^_^;) 

 というわけで、冒頭からやり直しのデータでちょっと頑張ってログを取ってみましたよ。

ルーク「母上! 今日は俺が腕によりをかけて母上に栄養のあるものを作るよ」
シュザンヌ「まあ、どうしたの、ルーク。突然そんなことを言いだして……」
ルーク「お……親孝行したいんだ! さあ、応接間へ!」
#応接間で食卓に大量の料理を並べているルーク。照れ臭そうに片手で頭を掻く
ルーク「……ど、どうかな。母上」
シュザンヌ「……え、ええ。そうね とても個性的なお味だわ。アナタの独創性が輝いていますよ」
#ルーク、片手で額を押さえてうな垂れる
ルーク「もしかしなくても まずいんだな……」
シュザンヌ「そ、そんなことはありませんよ。ただ、そうですね。もう少し様々な味を勉強できるといいかもしれません」
#顔を上げるルーク
ルーク「……母上。ごめん」
シュザンヌ「まあ、謝ることはないのですよ。そうだわ。勉強資金をあげましょう」
 ルークは500000ガルドを入手
#両腕を組んで睨みつけるナタリア
ナタリア「ルーク! あなた本当にそれでよろしいのですか!」
ルーク「う……、わかったよ。母上、流石にそんなには貰えないよ」
シュザンヌ「わかりました。でも、これだけは受け取って頂戴」
 ルークは80000ガルドを入手
シュザンヌ「また美味しい料理を食べさせて頂戴ね」
ルーク「母上、ありがとう!」

#ケテルブルクホテル
「80000ガルド。確かに頂戴しました。こちらが奥義書です」
 ルークは岩斬滅砕陣を習得しました
「いやはや、あなたも大した財産家ですな」
ルーク「……はあ。父上たちに旅の資金援助してもらいたいなぁ」
ジェイド「はっはっはっ。私が仲間にいる限りは無理でしょうね」
ルーク「……はぁ。父上はマルクト人が嫌いだもんな」

 ともあれ、こうして無事に「岩斬滅砕陣」を習得するルークなのでした。

 この研究者によれば、ヴァンの奥義書は「この奥義書は素晴らしい。読めば読むほど新しい発見がありますよ」とのことです。プレイヤーの間では、ヴァンはルークにいい加減に剣を教えていたのではという説もありますが、こんな教本を用意して、結構ちゃんと教えていたんですかね。ルークに教える事自体は楽しかったのかな? 剣術に関してはルークはずっと熱心だったし。

 なお、まだ取得していなかった場合は、ここでガイの最後の奥義を覚えるといいと思います。

#ケテルブルク広場のかまくらの中に猫と共にランニングシャツ姿の男がいる
ガイ「すみません。あなたは第五の口伝者ではありませんか?」
奥義会「いかにも。……名簿を拝見してよろしいか」
#名簿を受け取る
奥義会「見事なり。それでは、私の知る技を伝授しよう」
 ガイは閃空翔裂破を修得しました
ルーク「ガイ! よかったな」
アニス「長かったけど これで奥義習得だね」
#ガイ、みんなを見る
ガイ「ああ。この技でみんなの役に立てるといいな」

 この最後の奥義会の人は、この雪国でランニングシャツを着て「さすがに冷えますな」と言ってる変な人 もとい、修行熱心な人です。


 まっすぐにケテルブルク知事邸に向かった。私室で執務にあたっていたネフリーは、入って来たジェイドを見るなり、席を立って口を開いた。

「お兄さん! ちょうどよかったわ!」

「どうしたのです?」

「サフィールが街の広場で倒れて、そのまま寝込んでしまったのよ」

「サフィール?」

 ルークが小首を傾げてジェイドを見上げる。

「ディストの本名です」

「へ!? なんでディストがこの街で倒れてんの!?」

 アニスが目を丸くする。

「お兄さん、サフィールと約束していたんでしょ? 彼、うわごとでずっと『ジェイドはまだか』って言ってるわ」

「……確か、飛行譜石を探してる時、あいつから手紙を受け取ったよな」

 眉根を寄せて、ガイがジェイドを見た。もう相当に前のことだ。

「まあ、律儀にジェイドを待っていたのですね」

 ナタリアが息をつく。

「まあ、アレも馬鹿ですから」

 ジェイドの言葉には容赦はなかった。

「しかし丁度いい。叩き起こして、ロニール雪山のことを聞きましょう。奴はどこですか?」

「宿屋に部屋を取って、そこに寝かせているわ」

「では憲兵を呼んできて宿に向かわせて下さい」

「……捕まえるのね」

 一瞬、ネフリーは顔を曇らせた。だが、すぐに「分かったわ」と頷く。彼がセントビナーを襲ったらしいことは風の噂で耳にしていた。それでも幼なじみの身を案じて、「でも手荒なことはさせないでよ」と兄に釘を刺す。

「はいはい。ではルーク、宿に行きましょう」

「……う、うん」

 ルークが頷いた時、不意にアニスが声をあげた。

「あーっ、そうだ! そういえば、ネフリーさんに訊くことがあったよね」

「な、なんだよ」

「もう、忘れた訳? 惑星譜術のことだよぅ」

「あ……」

 微妙に気まずい顔になったルークの向こうで、ジェイドは黙って目を伏せている。

「私に何か?」

「以前この街に住んでいた、元神託の盾オラクル騎士団の団員について知りたいんです」

 もう亡くなられたそうですが……と付け足しながらティアが言った。

「住民台帳を見れば分かると思いますけど、その方のお名前は?」

「う……」

 ルークは顔をうつ伏せる。ティアは怪訝な顔になったが、すぐに言葉を継いだ。

「ゲルダ・ネビリムという人です」

 ネフリーの顔に驚きが浮かんだ。

「ネビリム先生のことですか!?」

「まあ、ご存知ですの?」

 ナタリアが目を丸くする。

「ネビリム先生は教団から還俗げんぞくされた後、この街で私塾を開いていたんです。私も……兄も先生の教え子ですわ」

「大佐! 知ってたんじゃないですかぁ!」

 アニスが頬を膨らませてジェイドを睨んだ。ティアも同じように両腰に手を当ててルークを見やる。

「ルークも知っていたのね? それで様子がおかしかったんでしょう」

「……しっ、しらねーよっ!」

「ルークを責めないで下さい。私が口止めしたんですよ」

 静かにジェイドが言った。そしてどこかおどけた口調で続ける。

「ピオニー陛下はともかく、ディストと机を並べていたことは私の人生の汚点ですから」

「ディストはともかく、皇帝陛下も教え子だったのか!」

 ガイは違うところが気になったようだった。確かに、一国の皇帝の息子が、地方都市の私塾の教師に師事するなど通常は考えられない。

「陛下は軟禁されていたお屋敷を抜け出して、勝手に授業に参加されていたんです」

「……どんな皇帝陛下だよ」

 ネフリーの説明を聞いて、半ば呆れつつルークは憮然となった。同じ軟禁でも、自分の受けていたそれとはかなり状況が違うらしい。

「それで、あの、ネビリムさんの遺品などは……」

 ティアはと言えば、相変わらず本題から意識を逸らすことがない。

「ネビリム先生に関する資料は、随分昔にマルクト軍の情報部が引き上げていったと聞いています」

 ジェイドが形のいい眉を寄せた。

「マルクト軍が? 何故だ……?」

「いいじゃん。マルクト軍ならジェイドがちょちょっと聞けば……」

「そうはいかないと思うわ。情報部というのは独立機関だから……」

 ルークの楽観をティアが否定する。彼女自身、神託の盾オラクル騎士団の情報部に所属しているのだ。その特殊性には詳しかった。

「やれやれ……。陛下のお力を借りしますか」

 ジェイドは苦笑して息を吐く。どうやら、この話はまだまだ終わらないようだった。





 ディストはケテルブルクホテルの一室に寝かされていた。合わせた両手を頬に当てて、子供のように丸まっている。ルークたちが部屋に入っても目覚める様子はなく、むにゃむにゃと寝言まで呟く始末だった。

「ジェイド……待ってよ……むにゃ……」

「……大佐と夢の中で追いかけっこしてる」

 複雑な顔になったアニスの隣から、ジェイドが朗らかな顔で仲間たちを見渡してくる。

「さて……。ちょっと彼からロニール雪山について聞き出します。みなさんは外に出ていて下さい」



 その後で起こったことは、後々までルークたちの間で語り草になった。



「…………ぎゃーーー!! や、やめろ! やめて、死ぬーー!! ジェイド、ごめんなさーーーい!!」



 廊下に出ていたルークたちにさえ、いや、ホテル中に聞こえたかと思われるディストの悲鳴。響き渡る激しい物音。しばらく続いたそれが唐突に静まると、ジェイドが涼しい顔で廊下に出てきた。

「地震の影響で雪崩が頻発しているようです。それと、奥の方にかなり強い魔物が住み着いてしまったようですね。魔物たちが凶暴化したのはその影響と考えて間違いないでしょう」

 淡々と語る彼に少し近付いて、ルークはぎこちなく問いかける。

「う、うん。それは分かったけど、さっきの悲鳴……」

「ああ、なんでもありませんよ。それよりそろそろ行きましょうか」

「う、うん……」

 ジェイドの笑みは変わらずに柔和だった。それが逆に怖い。フロアに雪崩れ込んできた来たマルクトの憲兵に気付くと淀みなく命じる。

「ああ、ご苦労。六神将のディストは中だ。直ちに連行しろ」

「はっ!」

「多少痛めつけておいたが、油断はしないように」

「了解であります!」

 敬礼を返して、憲兵たちはディストのいる部屋に踏み込んでいく。

「さて。これでロニール雪山へ向かえますね」

 仲間たちに柔らかな笑顔を向けたジェイドを見ながら、「……あちこちで怖がられてる訳が分かった気がする」と、引きつった顔でルークはひとりごちた。





 ロニール雪山はケテルブルクの西方にあるという。ケテルブルク広場に隣接した北側の出口から行くのがいいというので、ルークたちは階段を上って広場に向かった。

「そういえば、ディストはここでジェイドを待ってたってネフリーさん言ってたよな」

 広場には幾つかのかまくらが作られ、子供たちが雪玉を投げて遊んでいる。雪国独特のそれらをチラチラと気にしながら、ルークは思い出したそれを口にした。

「ジェイドはホントにディストにきついなぁ」

 ガイは苦笑している。「仲がいいようにも見えるけどね」と肩すくめたアニスに、「あの二人、幼なじみなんだろ?」と確かめた。

「そうみたいだね〜。ネフリーさんもディストには優しかったし。この街の人々からは好意的に見られてるようだし。ディストも子供の頃はいヤツだったのかもね〜」

 ケラケラと笑うアニスの一方で、ティアはあくまで生真面目だった。

「大佐のディストに対する態度は照れ隠しなのかしら」

 ガイが可笑しそうに笑う。

「あはは。そうだったりしてな。惚れた相手に対する逆ギレみたいなものかも」

「ふふふふ。大佐もいヤツよのう」

 ニヤニヤと含み笑いをしたアニスの隣で、ティアがぎくりと顔を強張らせた。長身の影がユラリと近付いてくる。

「ほほう。言いたい放題楽しそうですねぇ。なるほど、愛いヤツですか」

「はぅあ!」

 ジェイドの赤い目に見つめられて、アニスはいささか大げさに身をおののかせた。

「……なぁ、ディストの奴、可哀想じゃなかったか?」

 ルークはジェイドに真面目な顔を向ける。

「もうあれの話はいいじゃないですか」

 ジェイドは少し不機嫌に見えた。俯いて、ずれた眼鏡を指で押し戻している彼を見て、ガイが再び可笑しそうな顔をする。

「ジェイドはやけにディストを嫌うなぁ。いっそを感じるぞ」

「気味悪いことを言わないで下さい。昔から奴が勝手についてくるんですよ。迷惑してます」

「迷惑ってどんな?」

 もう笑顔になって、アニスはキラキラ輝く目で身を乗り出した。

「あれは、陛下と妹と三人でスケートに行った時でした」

「へー、人並みの遊びをしてるな」

 素で驚くガイに「当たり前です」と返して、ジェイドは話を続ける。

「まあそれで、例によってあれが付いてきたんですが、滑れないくせに私の真後ろにくっついて、転んで、足下に突っ込んできまして」

「うわ。スケート靴の刃がやばいじゃないですか」

 アニスが口元を押さえる。

「ええ。ですから、こちらにぶつかる前に譜術で池に穴を開けて、そこに落としてやりました。後で捜索隊が出て大騒ぎですよ」

 いかにもうんざりだという顔をしたジェイドを、ルークは胡乱げな目つきで見やった。

「……ちょっと待てよ。それ、ジェイドが悪いんじゃねぇの?」

「おや? そうですか?」

 ジェイドはしれっとしている。柔和な笑顔のまま先に歩いて行った。

 ガイは苦笑を深める。

「むしろディストには、どうしてそこまでされて、この鬼畜眼鏡についていくのかを聞いてみたいところだな」

「うーむ。自虐的マゾなのかもねぇ」

 小首を傾げてそう言うと、アニスは「ディストカワイソ」とニヤッと笑った。 


 執拗にジェイドとディストの仲をからかうガイ様が ちょっとキモイです。(オイ)

 

 インタビュー記事でシナリオライターさんが語ったところによれば、

「ディストはジェイドのことを神様みたいな存在だと思っていて、きっと大好きだったんでしょうけど、ジェイドは違うみたいですね(笑)。」とのことです。

 子供の頃みんなの輪に入れなくてポツンとしていたディストに、ジェイドが気まぐれで何かあげて、それでディストは「この人はボクを認めてくれたんだ」と思っちゃったんだとか。勘違いの友情なのだそうです。(ディスト……)

 しかし設定上、ジェイドとディストは十代をフォミクリー研究を共に行うことで過ごしており、少なくとも『同志』であったことは確かですね。二十代で袂を分かち、三十代で敵対した、ということみたいです。

 とはいえ、ディストは今でもジェイドを崇拝しているところがあって、ヴァンに協力しているのも、それと引き換えにネビリム先生復活を成し遂げる環境やデータを得るため。ネビリム先生が復活すれば、楽しかった子供時代の人間関係が戻る……その頃にはジェイドとの確かな友情があったと思い込んでいるようです。

 ……ヴァンのレプリカ世界計画が完成したらそれどころじゃないはずなのに、どこかが吹っ飛んでしまってるんですね。

 かつて自分が記憶障害だと信じていた頃のルークは「過去ばっか見てても前に進めない」と言いました。実際には過去が存在しなかったので未来を見るしかなかったからなんですが。ディストは過去も未来も持っている。でも、過去しか見ていない。……ジェイドはどうなんでしょう?

 

※追記。フロンティアワークスのドラマCD Vol.4に、インタビュー記事にあった「ジェイドが気まぐれに何かあげて、ディストは認められたと思い込んだ」という設定を具現化したと思しき小エピソードがありました。子供時代、サフィール(ディスト)が描いた「カイザーディスト」の落書きを、何気なくジェイドが「いいんじゃない」と褒めた。これでサフィールは舞い上がってしまい、ジェイドにもっと認められようとまとわりつくようになったとのこと。

 また、ジェイドとディストのマルクト軍研究所時代と決裂については『キャラクターエピソードバイブル』(一迅社)、ピオニーと出会う前後については『テイルズ オブ ファンダム Vol.2』とファミ通文庫小説版外伝1で語られています。


 吹き抜ける風がビョウビョウと音を立てて凍った木々を揺らしていた。

「以前六神将がここに来たときは、魔物だけでなく、雪崩で大勢の神託の盾オラクル兵が犠牲になったそうです」

「雪崩は回避しようがないからな」

 イオンの言葉を聞いて、ガイが渋い顔をしている。

「必要以上に大きな物音を立てないように。いいですね」

 若者たちに言い聞かせるジェイドの声を聞きながら、ルークは雪ひらが絶え間なく舞い落ちてくる空を仰いだ。透き通った青い視界。その見渡す限りの一面に、白い雪を被った山々がそびえている。

 ロニール雪山。世界でも難所として有名な、白魔の支配する山地だ。

「きゃぁ! いったたた……この辺りは滑りますわ」

「ナタリア大丈夫? 気をつけないと……きゃ!」

「ふふ。二人ともだらしないなぁ。私みたいに元気にしっかりと歩いてれば……。きゃああ! もう、信じらんなーい」

「おいおい、三人とも大丈夫かい?」

 凍った山道で次々と転倒する少女たちを見て、ガイが心配そうな顔をする。出来る限りの装備はしてきたが、地元出身のジェイド以外は雪道そのものに慣れていない。無理も無いが、この先が思いやられた。

「あまり大きな声を出すと、雪崩が起きますよ。滑落して亀裂クレパスにでも落ちれば命を落とす危険もあります。気をつけて下さ……おおっと!」

「おわっ! ごががががっ!」

「……おやおやルーク。大きな声を出して転ぶのは感心しませんねぇ」

「だったら、俺の服をつかむなっ!」

 雪まみれになって身を起こしたルークは、飄々と笑う眼鏡男を睨みつけた。

 その時、雪混じりの風が一層強く辺りを吹き抜けた。ヒィイイ……と、高く細い音が響き渡る。

「風の音か……?」

「まるで女の人が泣いている声みたい……」

 眉を顰めたルークの後ろでティアが呟く。その間も、その音は時折途切れながらヒィ……ヒィ……と泣き続けている。

「なんか怖いよぅ……」

 泣きそうになったアニスの隣で、ジェイドが顔を俯けて黙り込んだ。気付いたガイが声をかける。

「どうしたジェイド。まさかあんたも怖いのかい?」

「いえ……。昔のことを思い出しただけです」

「昔のこと?」

 ナタリアが首を傾げた。

「フフ、この山で亡くなった女性の亡霊の話ですよ。聞きますか?」

「まあ、わたくし、そういうお話大好きですわ」

 ナタリアは笑顔になってポンと両手を合わせる。が、ジェイドが話を始めるより早く、ティアが憤然として声をあげていた。

「ば、馬鹿馬鹿しい! 行きましょう!」

 そのまま肩を怒らせて一人で雪を踏み分けていく。「あれ? お前……」と、ルークが何かに気付いた顔をした。ぎくりとしてティアは振り向き、早口でまくし立てる。

「全然怖くないわ。だからとにかく行きましょう!」

 彼女の努力は無為に終わり、仲間たちは一斉に吹き出して笑い出した。ティアは情けない顔で頬を朱に染める。

「はは。お前って怖い話苦手だったんだな。可愛いところあるじゃん」

「わ、悪かったわね……」

「そうそう、ティアって結構可愛い趣味してるよね。こないだベルケンドに行った時も、ブウサギのぬい……」

「ア、アニス! 内緒にしてって言ったでしょ」

 ティアは慌ててアニスの口を塞ごうとする。その手から逃れて、アニスは人が悪そうな笑みを浮かべた。

「いいけど。バレバレだと思うけどなぁ」

「何の話だ?」

 ガイが首を傾げる。一方で、ティアの顔を見ていたルークが、ふと表情を曇らせた。

「ん……? おい、ティア。お前、顔色悪くないか?」

「そう……かしら? 平気よ」

「こう長時間、雪に当たってりゃ、具合も悪くなるよな」

 ガイが気遣わしげな顔で言う。ルークは更に心配を顔色に乗せた。

「薬が切れたんじゃないのか?」

「いえ、私はホントに大丈夫よ。気を遣わないで」

「そうは言ってもなぁ……」と困り顔をするガイに、「ホントに大丈夫だから」とティアは笑う。ルークがひらめいた顔をした。

「そうだ。アニス、戦ってる時みたいに ぬいぐるみをデカくして、ティアを暖めてやってくれないか?」

「え!?」

 ティアの頬がさっと赤くなった。

「私のぬいぐるみでぇ?」

 アニスはパチパチと目を瞬かせる。それから横目でティアを見て、ニヤリと笑った。

「いいけど、ティアが恥ずかしがらないかなぁ?」

「わ、私は……」

「うーん、そうだよなぁ、やっぱ恥ずかしいか」

「ティアにもプライドがあるだろうしな」

 そわそわするティアの様子には気付かずに、ルークとガイは肩を落として頷き合っている。「私は別にいいんだけどね」と笑顔でアニスが強調した。

「そうだな。ジェイドの譜術で暖めてもらうか……」

 そうルークが言った時、「みなさん、こちらに雪がしのげそうな場所がありますよ」と、当のジェイドが呼ぶ声がした。白い断崖に大きな裂け目があり、その奥に入れるようだ。

「よし。ティア、行こうぜ」

 ルークたちは歩き出す。だが、もごもごと口の中で呟くティアの歩みはのろかった。

ぬいぐるみ……よかったのになぁ





 裂け目の奥は思いの外に広大な空間になっていた。明らかに人工の通路が伸びている。凍り付いていたが、その様式には見覚えがあった。

「なぁイオン、セフィロトを守る遺跡ってのには、イオンにしか開けられない扉から入るんだよな?」

 ルークは傍らを歩く少年に問いかける。

「はい。ダアト式封咒の扉は、導師である僕しか開けることが出来ません」

「だけど、ここはセフィロトを守る遺跡じゃないのか?」

「そうですね、同じ遺跡だと思いますよ。二千年の間の地形の変化によって、扉以外のところから遺跡と外界が繋がってしまったんですね」

「じゃあ、イオンが辛い思いをして、そのナントカ式って扉を開けなくてもいいんじゃないか?」

 そう言うと、イオンは「気遣ってくれてるんですね。ありがとう」と花のように笑った。

「でも、パッセージリングのある部屋はとても頑丈で、あの扉からしか入ることが出来ないんですよ」

「……そっか」

 ルークはうな垂れる。実際、少し歩くと通路は断裂しており、再び壁の裂け目から雪山に出なければならなかった。いつの間にか強まった風が荒れ狂い、山は吹雪く様相を見せ始めている。

 尖った木々が小刻みに揺れなびき、ヒィィィ……ヒィィ……と高い音で鳴っていた。女の声のようなそれは、今度は意味のある言葉のようにさえ聞こえてくる。

 

ア……ッタ! むやみに動……と雪崩を……ねく!
 ……構わない。……らも我々がここで待ち伏……ていることは想定……るだろう

 

「……まただ。なんか俺もおっかなくなってきた」

 情けない顔でルークは頭を掻いたが、ティアは今度は怖がらず、冷静に考え込む仕草を見せた。

「……おかしい。今のは……確か……」

 表情を変えずにジェイドが言葉を継ぐ。

「――ええ。人の声です。気をつけましょう。私たち以外に誰かいます」

「六神将ですか?」

 訊ねたイオンに、「……多分、間違いないと思います」とティアは頷いた。――あれは、自分がよく知っている声だ。

「よし、気を引き締めていこう」

 拳を握るルークの一方で、「アリエッタもいるのかな……」とアニスが呟いていた。

「そうですね。このままずるずる私たちに降下作業をさせるのなら、全兵力をぶつけてくるというのも、あり得ない話ではないですから」

 ジェイドがそう答えてくる。ティアも訊ねた。

「ラルゴもいる……ということですか?」

「可能性としては……」

「みゅうううぅぅ。ボクはあのおっきな人怖いですの」

 耳を垂らして震えるミュウを抱き上げて、ティアが優しく微笑む。

「大丈夫よ、ミュウ。私たちが守ってあげるわ」

「それにミュウには色々大活躍してもらう予定ですから」

 ジェイドも笑った。

「みゅ?」

「遭難した時の非常食として……」

「みゅ、みゅうううぅぅ〜〜!?」

 ティアの腕から飛び出すと、ミュウはルークの顔にしがみついた。

「ミュウ! だ、大丈夫よ!」

 空っぽになった腕を名残惜しげに伸ばして、ティアがルークの顔をよじ登るチーグルを宥めている。

「大佐、冗談の域を超えちゃってますよぅ」

 流石のアニスもムッと頬を膨らませてジェイドを見上げたが。

「ははっ、本気でしたから」

「……」

 仲間たち全員が黙り込んだ。

「……最低だよ、このおっさん」

 胡乱げな目をしたアニスの言葉に異を唱える者は、この場にはいなかった。





 そこから暫く雪道を登ったところで、後方を歩いていたジェイド、ガイ、アニスが不意に足を止めた。――僅かな物音。間を置かず、岩壁の上から金髪を結った黒衣の女が飛び降りてくる。ルークたちの背後に降り立った彼女は二挺の譜銃から光弾を放ち、狙われたガイはトンボを切ってそれをかわした。振り向いたルークが叫ぶ。

「来たなっ!」

 ――と。雪の上を走った衝撃波がナタリアを捉え、吹き飛ばした。

「きゃーっ!?」

 ルークは慌てて向き直る。そちらには黒衣の大男が現われていた。振り下ろした大鎌を肩に担ぎ直した彼の背後には、ヌイグルミを抱えた少女の姿も見える。

「イオン様……邪魔をしないで」

 その少女――妖獣のアリエッタが震える声で言った。

「アリエッタ……。僕は……」

 雪の中を数歩踏み出し、イオンは彼女に何かを訴えようする。が、アニスが駆け出してそれを止めた。

「イオン様! アリエッタなんかにお話しすることないんです!」

「アニス……」

 目を見開くイオンからアリエッタに視線を移し、アニスは押し殺した声で囁いた。

知らなくていいことだって、あるんだから

 アリエッタは怪訝な顔をしている。一方で、ティアはリグレットと対峙し続けていた。

「ティア。これ以上自分を犠牲にするな。そこまでする価値があるのか?」

「教官。私は兄の極論には付いて行けません。それを止める事が出来ない自分も歯がゆいけど、止めようともしないあなたも……、軽蔑します」

「……では、もう私も容赦すまい。閣下の敵は殲滅せんめつする!」

 そんな彼女たちの様子を見守っていたラルゴを狙って、一本の矢が飛んだ。鎌の柄でそれを弾き、彼はそれを放った少女をギロリと睨む。凛として弓を構える彼女に、「お姫様は城で大人しくしていたらどうだ」と揶揄の声を投げた。

「わたくしを侮辱しないで。わたくしには父の代わりに全てを見届ける義務があるのです」

「……父ねぇ」

 大男は僅かに口元を歪めた。が、すぐに声を荒げて言い捨てる。

「どちらにしても相容れないなら、力ずくで止めるしかねぇな!」

 三人の神将に囲まれている。ルークは剣を抜き放った。

「タルタロスで始末できなかった事が尾を引いたな」

「俺はもう、あの時の俺じゃない!」

 振り下ろされる漆黒の大鎌から身をかわす。その向こうで、巨大化したヌイグルミに乗ったアニスが、譜術を放とうとするアリエッタに迫っていた。

「どこまでもイオン様を無視して! 勝手ばかりしてえっ!」

「イオン様を危険に巻き込んでいるのはあなたたちっ!」

「ふざけんな根暗ッタ! 悪いのはそっちでしょ!」

「仕えるべき主人を無視してぬけぬけと!」

 矢を放ちながらナタリアが言う。

「アリエッタの言うことは正しいぞ」

 ラルゴは己の周囲に第五音素フィフスフォニムの譜陣を描き、鎌を振るって炎を噴き上げさせた。焼かれ掛けたルークが背後に飛び退る。リグレットの声が聞こえた。

「導師の示す道は破滅の道だからな」

「聞き捨てならないな! 自分たちのしていることは何だと言うんだい」

 光弾をかわしながらガイが刃を振るう。ティアが叫んだ。

「この世界を滅ぼそうとしているのは教官たちです!」

「お前達は、あまりにこの星を知らなすぎるのだ」

 リグレットはそう返す。ラルゴが、アリエッタが後を続けた。

「知ったところで、中途半端な正義を振りかざすだろう」

「総長ならこの星を変えてくれる!」

 リグレットが譜力で全身を輝かせ、叫ぶ。

「閣下の邪魔はさせない!」

 彼女の頭上に現われた光の槍が、ルークたちめがけて無数に降り注いだ。

 そんな攻防をどれほどの間続けていたのだろうか。不意に、不気味な轟きが辺りを震わせ始めた。

「しまった! 今の戦闘で雪崩が……!」

 ジェイドが顔色を変える。

「譜歌を……!」

 ティアが言い掛けたが、ルークは叫んでいた。

「駄目だ! 間に合わない!」

 直後、凄まじい衝撃に襲われて、全ては掻き消され、白い闇に呑み込まれていった。


 ロニール雪山に入ってすぐの平地で、立ち木にミュウアタックをかますと、宝箱が落ちてきたり魔物が現われたりします。また、あちこちにある氷はミュウファイアで溶かせます。(岩のような氷はミュウアタックで砕くことも出来ます。)

 

 リグレット、ラルゴ、アリエッタとの戦闘では、アリエッタからアニスの装備品である『時をかける少女の人形』を盗むことが出来ます。

 が。盗めた試しがヌェー。「盗む」技ばかり全員で使ってマニアモードでタコ殴りにしても盗れません。50%の確率のはずなのに……。よほど運が悪いのか私。

 ……と、思ってたら、後でアイテム欄開いたらちゃんと入ってました。あれ? (^_^;)

 

 それはそうと。リグレットが飛び降りてきた時、ガイはトンボを切って攻撃をかわし、アニスは走って、ジェイドは横に滑るようにして間合いを取ります。……で。この同じタイミングで、イオンが素晴らしいダッシュでシュパーッと画面外に駆け去ってくださるので、大変笑えます。はっきり言って、他の誰よりも素早いです。

 すげー。イオン様すげぇー! サイキョー!!


 闇の中から、唐突に厳しい声が聞こえた。

「ルーク! しっかりしなさい!」

 目を開ける。眼鏡の向こうから赤い瞳が覗き込んでいた。見回せば、ティアも、ガイも、ナタリアもアニスもイオンもいる。

「助かったのか……?」

 立ち上がると、全身からパラパラと凍った雪が零れ落ちた。なのにひどく濡れてはいないのは、ジェイド辺りが譜術でも使ってくれたのかもしれない。

「俺たちのいた場所は、ちょうど真下に足場があったんだ。それでなんとか……」

 ガイの説明を聞いてルークは上を見上げた。ここは崖の途中の岩棚のような場所らしい。

「ってことは、六神将の三人は……」

「アリエッタたちは谷に落ちちゃったみたい……」

 アニスの声は沈んでいた。

「……」

 暫く会話が途切れる。思わずティアを見やると、彼女はぎこちなく表情を動かした。

「……大丈夫。どちらにしても教官は倒さなければならない敵だったんだし」

 そう言って、「それより見て」と一方を示す。

「パッセージリングの入口があるわ」

「ホントだ! こんなところに……」

 雪の貼り付いた岩壁に光の扉が見えていた。通常なら、ここにあることに気付けなかっただろう。

「ある意味、雪崩に巻き込まれて幸いだったということですか」

 ジェイドが言う。イオンが前に進み出た。

「では、ここを開放しますね」

「イオン様、今の雪崩でお体が……」

「大丈夫。任せて下さい。ここで最後ですから」

 気遣わしげなアニスに微笑むイオンは、既に青い顔をしている。無理をさせているのは明らかだったが、ここまで来て何もせずに引き返すわけにはいかなかった。

「……頼む」

 低くルークは促す。

 イオンが両手をかざした扉に小さな譜陣が浮かび、カシャカシャと回転して鍵を解き放った。二千年の間封じられていた扉が開放される。

 光が消えると、立ち眩んだようにイオンはその場に座り込んだ。アニスとルークが駆け寄る。

「イオン様!」

「……大丈夫。あと少しですから」

 目を伏せて、イオンは浅い息を繰り返している。

「……分かった。行こう」

 頷き、イオンを支えると、ルークは仲間たちと共にセフィロトの内部へと踏み込んだ。





 幸いにして、パッセージリングは扉からすぐの場所にあった。

「ティア。大丈夫か?」

 先程からずっと冴えない顔色の彼女にそう声をかけると、「……教官のことなら、大丈夫」と返してくる。

「それだけじゃないよ。障気が……」

「……忘れたの? やれることをやるしかないのよ」

 そう言うと、ティアは棒状の譜石の前に立った。操作盤が開き、上空に図像が浮かび上がる。十個の円のうち、今やプロテクトを示す赤い枠に囲まれているのは上下と右下の三つだけだ。

「さあ、ルーク」

 ジェイドが促した。

「後は全てのセフィロトを、アブソーブとラジエイトのゲートへ連結して下さい」

「分かった」

 ルークは操作盤の前に立って両手を掲げる。やがて周囲に譜陣が輝いて回転し、下方から記憶粒子セルパーティクルの輝きが立ち昇り始めた。

「よし。出来た」

「これで後は二つのゲートのセフィロトを起動すれば、全部のセフィロトが繋がるね」

 安堵の声でアニスが言った、その時だった。地響きが起こり、遺跡全体が揺れ動いたのだ。揺れはすぐに収まったが、異常は明らかだった。

「何ですの!?」

 緊張の面持ちでナタリアが周囲を見回す。

「……まさか、俺、しくじったのか!?」

 青ざめて、ルークはパッセージリングを見上げた。ジェイドが操作盤に駆け寄って凝視する。

「やられた……」

「どうしたの? 何が起きたの?」

 ティアの声は掠れていた。

「アブソーブゲートのセフィロトから記憶粒子セルパーティクルが逆流しています。連結した全セフィロトの力を利用して、地核を活性化させているんです!」

 ガイが目元を歪めて視線をさまよわせる。

「そんなことができるのは、パッセージリングを操作できる奴だけ……」

「兄さん! でもどうして……! 記憶粒子セルパーティクルを逆流させたら、兄さんのいるアブソーブゲートのセフィロトツリーも逆転して、ゲートのあるツフト諸島ごと崩落するわ!」

「いえ、今は私たちによって各地のセフィロトの力がアブソーブゲートに流入しています。その余剰を使ってセフィロトを逆流させているのでしょう。むしろ落ちるなら、アブソーブゲート以外の大陸だ」

「冗談じゃないぞ!」

 ルークは叫んだ。アニスが不安げな声を出す。

「ねぇ、地核はタルタロスで震動を中和してるんでしょ。活性化なんてしたら……」

「タルタロスが壊れますわ!」

 ナタリアも険しい顔になった。

「くそっ! 師匠せんせいを止めないと!」

 決意を吐いたルークの背に、アニスがすかさず別の釘を刺す。

「総長を止める前に、イオン様を街で休ませるのも忘れないでよ」

「……すみません……」

 イオンの声は小さく、見れば顔色は雪よりも白かった。もはや虚勢を張る元気もないらしい。

「謝るなって」

 ガイがイオンに笑いかける。

「大体、イオンは体を張って俺たちを助けてくれた。ちゃんと休ませてやるべきなのはルークだって分かってるだろ?」

「ああ。ごめんなイオン。もう少し辛抱してくれ」

「はい……お願いします」

 今は、微笑みを浮かべることさえ辛そうに見える。男性陣で交代に彼を背負うことにして、一行は急いで山を降り始めた。





 幸いにして、さほど魔物に遇うこともなく、雪崩にも巻き込まれずにふもとに辿り着くことが出来た。

 ふと足を止めて振り返り、ティアは白い山々を見上げる。あの冷たい輝きの下には、かつて憧れていた師が眠っているのだ。

「……分からないわ。教官もみんなも、どうして兄さんの馬鹿な理想を信じるの」

 呟きに答えたのは、ガイだった。

「それぞれに思惑があるんだろう。俺には分かる気がする」

「ガイ……どうしてですの……」

 ナタリアが訊ねた。

「俺はずっと、公爵たちに復讐する為ヴァンと協力する約束をしていた。どこかで違う道を選んでいたら、俺は六神将側にいたかもしれない」

「ガイ……。ヴァン師匠せんせいの目指す世界の姿を知ってもか」

 ガイは青い目を伏せる。

「それでホドが復活するなら……。例えレプリカでも……仲間や家族が復活するなら、それもいい」

「ガイ!」

 フッ、とガイは笑みをこぼした。咎める顔になった親友を見つめる。

「……と、考えたかもしれない。今だって、正直なところ何が正しいのかは分からないさ」

「……そうだよな。ガイは……故郷を失ったんだったな」

 ルークは苦しげに視線をそらした。

「六神将はそれぞれ、この世界を全て消滅させてまで叶えたい思いがあって、それがヴァンの理想と一致しているのでしょう」

 氷雪の中にジェイドの声が静かに響く。

「俺たちと師匠せんせい……。目的は同じ人類の存続なのに、どうしてこんなに遠いんだろう」

 俯いて、ルークは呟きを足下に落とした。

被験者オリジナルを生かす世界と殺す世界。とても近くて遠いわね……」

 ティアは空を見上げる。何かをこらえるように、そっと己の胸を抱きしめた。



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