ケテルブルクに戻った頃には日が暮れていた。階段を降りて市街地に入ると、見慣れた赤いパイロットスーツ姿の女性が立っている。

「皆さん、お待ちしていました」

 いつもの生真面目な口調で言った彼女の名を、ルークは声に出した。

「ノエル! どうしたんだ?」

「……実はこの寒さでアルビオールの浮力機関が凍り付いてしまったんです」

「ええ〜!?」

 アニスが目を丸くする。

「今、ネフリーさんの協力で修理をしていますが、一晩は掛かってしまうかと……」

「そうか……。イオンを休ませたらすぐにでも出発しようと思ってたけど……」

 ガイとティアが口々に宥める声を掛けた。

「無理なものは仕方がないさ」

「そうよ。この時間を利用して明日の準備を整えましょう」

「準備か」

 改めてそう言われると、妙に気が引き締まる。明日起こるだろうことは、今までの作業とは違うのだ。

「もうすぐ世界が変わるんだな」

 ルークは言った。

 アブソーブゲートの記憶粒子セルパーティクルの逆流を止めてラジエイトゲートに到達できれば、障気を地核に押し込め、全ての外殻を降下させることが出来る。この星は本来の姿を取り戻すのだ。――だが、それは二千年ぶりのことである。

「人々がすぐに受け入れてくれるかどうか……。そこが心配ですね」

 ジェイドが懸念を口にした。足下で青いチーグルが長い耳を垂らしている。

「ミュウもちょっと怖いですの」

「全ての外殻大地が降下して障気が無くなっても、今までと同じ暮らしが出来るかどうか、わたくしたちにも分かりませんものね」

 ナタリアも顔を曇らせた。

「やっぱ、混乱しちまうのかもしれないな。みんな……」

「森のみんなもびっくりするかもですの……」

 ルークとミュウは不安の色を濃くしたが、ナタリアはすぐに強い瞳を上げていた。

「民を治める事はキムラスカ、マルクト両陛下の為すべき事ですわ。その為の王家であり、国家なのですから。

 ミュウの仲間には……ミュウに頑張ってもらいましょう。ミュウ、出来ますわね?」

「がんばるですの!」

 ミュウはキリッと表情を引き締める。ジェイドが口元で笑った。

「ともかく、我々は我々の為すべき事をなしましょう。

 敵はあのヴァン謡将です。ベルケンドでの殺気、正直言って脅威でした。なるべく万全の準備で臨みたい」

 行くべきセフィロトは残り二つあったが、アブソーブゲートのヴァンがセフィロトの力を逆流させた以上、何を置いてもそれを止めねばならなかった。さもなければアブソーブゲート以外の全ての外殻が崩落する。それに今まで巡ったパッセージリングには、ラジエイトゲートのリング起動と同時に外殻降下を開始すると命令を書き込んできている。よって、元々ラジエイトゲートに向かうのは最後にする必要があった。

「私が機体を完璧にしておきます。皆さんはゆっくり休んで下さい」

 きびきびと言ったノエルに、ルークは笑みを向ける。

「ありがとう、ノエル」

「では、今日はこの場で解散して、各々おのおの準備を進めましょう」

「疲れたら各自で宿に向かいましょう。それでは」

 ナタリアとジェイドが仲間たちに告げた。

「じゃあ、私はイオン様をネフリーさんに預けてくる。みんなはそれぞれ準備をしてて」

 アニスが言って、小さな子供にするようにイオンの手を引いていく。

「あ、待てよ。俺も行く」

 街に入ってからは背負われることを拒んでいたが、イオンの足取りはどこかおぼつかない。心配になってルークが後に続くと、ミュウもその後にくっついてきた。





 ネフリーはイオンを快く受け入れてくれた。休むだけならホテルでも出来るが、不測の事態を考慮すれば、個人宅の方が心強い。

「それじゃあイオン様、お体をじっくり休めてくださいね。今から明日の準備をしてきますけど、私も今晩はこちらに部屋をお借りしましたから」

 そう言い残して、アニスは部屋を出て行った。今晩、彼女はホテルの方には泊まらないつもりらしい。導師守護役フォンマスターガーディアンの責務を全うするつもりなのだろう。

「イオンもレプリカだったんだな」

 ベッドに半身を起こしているイオンに顔を向けて、ぽつりとルークは言った。

 自分がレプリカだと知ったばかりの頃は、異端なのは世界中で自分だけのような気がしていたものだが、『仲間』はこんなにも近くにいた。この衝撃的な事実についてもっと早くに話し合っていても良かったのだろうが、色々と気忙しくて実現していなかった。――いや、苦痛だっただけなのかもしれない。他の仲間たちの傍でこの話をすることが。

「ええ。ヴァンたちが僕を造りました。僕らは誰が導師に相応しいか順番に検査されて……」

「で、お前が選ばれた」

「ええ」とイオンは頷く。その瞳には相変わらず大きな感情の動きは見えない。

 ルークには造られた頃の記憶はない。つい三ヶ月ほど前までは自分がレプリカであることも知らなかった。だから、まるで品物のような扱いを受けたことを淡々と語るイオンの言葉は現実味に乏しく、けれど胸に突き刺さってくる。

「ですから僕はいつも思っていたんです。『僕には代わりがいる。だから死んでも問題はない』って」

「そんなことねーよ! それがまかり通るなら……俺だって……」

 しぼんでいくルークの言葉を否定せずに、イオンはただ目を伏せた。

「ええ……。そうです。僕はシンクの死を目の当たりにしてやっと分かったんです。……僕はイオンの代わりだけど、僕の代わりは誰もいない」

「……」

「僕もシンクも『代わり』は嫌だったんです。だから僕は感情を殺した。シンクは生まれたことを呪った」

「俺は……」

 何かを言いかけて、ルークは瞳を揺らした。

「俺は本当はどうしたいんだろう……」

「……僕は多分、あなたがどうしたいのか知っています」

「え?」

「答えはヴァンが持っている。あなたがヴァンから自立したら、気付くと思いますよ」

師匠せんせい……。自立……?」

 イオンの言わんとしている事は何なのか。よく分からない。

「あなた自身で確かめて下さい。ヴァンを越え、その先にある答えを……」

 多くを語らず、イオンは静かに言葉を結んだ。





 知事邸を辞して外に出ると、正面すぐの街灯に淡く照らされた片隅に、アニスが俯いて佇んでいるのが見えた。

「アニス……泣いてるのか?」

 歩み寄って声をかけると、少女は弾かれたように顔を上げる。

「な、泣いてないよぅ! ちょっと色々考え込んでただけだもん」

「嘘つけよ。涙の跡があるぜ」

「……キザ〜。ガイみたい」

気障きざってなんだよ。心配してやったのに」

 少しムッとしてそう言うと、アニスは両拳を口元に当ててニヤニヤと笑った。

「へぇ〜。ルークはやっぱり私のことが好きなの?」

「べっ、別にそんなんじゃねーよ」

「そう? 今のルークなら、まあ結婚してあげないこともないよ」

「あ、そ……」

 毒気を抜かれて、ルークは所在無く頭を掻く。

「アリエッタは結婚できないまま……死んじゃったんだね」

 ぽつりとアニスの声が落ちた。

「……冷たかっただろうな。雪の中で……」

「それで泣いてたのか」

「ち、ちがーう! 違うよ! ……アリエッタは大好きだった人が、もうこの世にいないことを知らなかったんだなって。なのに主席総長は知ってて利用したんだよ。それで死んじゃったなんて……なんかさ」

 アニスの言葉には抑え切れない憤りがある。胸の奥がずしりと重くなったのをルークは感じた。

師匠せんせいは……本当はそんな人じゃないと思うんだ」

「……ルークは総長のこと美化しすぎ。あいつのせいでティアだって苦しんでるし、イオン様だって利用されて……。私はあんなおっさん大ッ嫌い!」

「……お、おっさんって……」

「ルーク。気合いだよ、気合い! 明日は絶対に、勝ーつ!」

 腕を振り上げて叫んで、アニスは街の方へ駆け去っていく。その姿を見送って、ぎこちない笑みをルークは浮かべた。

「……分かってる。負けないさ。みんながいてくれるから」

(だから……心細くなんてない)

 よぎった思いに、自分で苦笑する。

「こんなことじゃ駄目だよな。今まで犠牲になった人たちのためにも……俺は、勝つんだ」

 声に出して言うと、足元から高い声が訴えた。

「ご主人様。ボクは明日、何をしたらいいですの?」

 青いチーグルが真剣な目をして見上げている。

「お前? ……うーん」

「ヴァンさんの顔に火を吹くですの? それとも……」

「いつもみたいに道具袋ン中に隠れてていいよ」

 優しく言ってやると、ミュウの耳がしおしおと下がった。

「……そうですの? それじゃあボク役に立たないですの……」

「充分立ってるよ」

 ルークは笑った。少しばかり照れ臭い思いで。

「お前、むかつくけど和む」

 実際、ミュウがいてくれたおかげで自分はどれほど救われてきただろう。

「ご主人様が誉めてくれたですの!」

 ミュウの丸い顔が輝いた。嬉しくてたまらないといった風に頭を左右に振って、ルークの周りをピョンピョンと跳び回り始める。それこそ際限なく何周も。

「……訂正。やっぱちっとウザくてむかつく」

 両腰に手を当ててツンと顎をそらすと、ミュウは足を止めて「みゅう〜〜」とうな垂れた。

(……あれ)

 ルークは目を瞠る。そらした視線の先に見覚えのある姿が見えたのだ。舞い落ちる雪の中を歩いて、道端の休憩スペースに入っていく。

「ご主人様?」

 黙って歩き始めたルークの後に、ミュウが慌てて従った。





「ルーク……」

 屋根の下のベンチに座っていたティアは、近付いてきたルークに気付くと少し驚いた顔をして立ち上がった。

「……いよいよ明日、だな」

 そう言うと、「ええ」と彼女は頷く。いつもの冷徹な顔で。

「兄さんに従っていた六神将は、ディスト以外みんな亡くなったわ。……後は兄さんだけ」

「ティア、本当に師匠せんせいと戦っていいのか?」

「……本当は……」

 ティアの瞳が揺らいだ。声は囁くような掠れを帯びる。

「うん?」

 優しく先を促してやると、たちまち堰は流された。

「本当は……戦いたくない。

 兄さんはずっと私の親代わりだったの。外殻大地へ行ってしまってからも、私のところに顔を見せてくれたわ」

「……うん」

「兄さんが大好きだった。だから……あんな馬鹿げたこと絶対やめさせたかったのに……」

 俯いた顔に涙を確かめることは出来なかったが、己を抱く彼女の肩は小刻みに震えていた。

 ――胸が詰まる。

「もう一度、説得しよう。ティア」

 だが、ティアは子供のように頭を左右に振った。

「無駄よ! 兄さんが聞いてくれる訳ないもの」

「それでも、最後にもう一度だけ。出来ることからやる……そうだろ?」

 出来るだけ優しく微笑むと、ティアは僅かに目を見開く。

「あなた……変わったわ」

「……な、なんだよ急に」

「人は変われるのね。でも……兄さんはそう思っていない。兄さんこそユリアの預言スコアに振り回された大馬鹿者だわ」

「ティア……辛いなら戦いから外れていいんだぜ」

 苦しくなってそう言うと、彼女は伏せていた顔を上げて微笑んだ。セレニアの花のような輝きが、青い瞳の中に揺れている。

「馬鹿ね。あなたのことを見ているって、約束したじゃない」

「ティア……」

「それに……兄を討つのは……妹である私の役目だわ」

「……無理するなよ」

「……ありがとう、ルーク」

 雪の中で、もう一度ティアは微笑みを浮かべる。

(どうして……こんなに悲しいんだろう)

 一枚の絵のような彼女の姿を見つめながら、そんなことをルークは考えた。





 サクサクと雪を踏みしめて歩く。もう宿に行くと言うティアにミュウを頼んだので、今は一人だ。

 既に夜半に近いのか、賭博場カジノの派手なネオンの辺りにも人影は殆ど見えない。

「なんだ? 緊張した顔だな」

 ネオンの灯りで雪道に薄い影を落としながら、ガイがルークに笑いかけてきた。

「そうか? ……そうかもな。師匠せんせいと戦うんだから」

 苦く笑って答えると、ガイは目線を落とす。

「そうだな。あのヴァンと……戦うんだな」

「ガイ……?」

「ああ……わりぃ。ガキの頃を思い出してた」

 視線を戻してガイは笑った。だが、今度の笑顔はどこか暗い。

「……そうか、ガイにとっては師匠せんせいは幼なじみか」

「はは、まあな」

 笑って頷き、ガイはふっと息をついた。

「俺はガキの頃、恐がりでね。よく姉上に男らしくないって叱られたよ。そんな時、いつも庇ってくれたのはヴァンだった」

 ガイがこんな風に過去の思い出を語るのは初めてだった。嬉しいような、苦しいような。そんな判然としない感情に揺らいで、ルークは片手で赤い髪をかきあげる。

師匠せんせいに子供の頃があったっていうのが、俺にはよく分からねぇや」

「馬鹿言え! 誰だって子供の頃は……」

 明るく返しかけて、ガイはふっと口をつぐんだ。

「……」

 ルークも黙っていた。

 ガイが沈黙したことで、不意に気付いてしまったのだ。レプリカの自分には十歳以前の、思い出として語るべき『子供の頃』がないということを。

 暫くの間、ガイはルークの足跡に降り積もる雪を眺めていた。やがて口を開く。

「……お前にだってあるよ。七歳なんて、まだ子供だぜ」

「何言ってんだよ、そんな頃の記憶ねーよ」

 僅かばかり憮然とすると、ガイはニヤリと笑った。

「馬鹿だなー、ルーク。お前、今、まだ七歳だろうが」

「……う、そういうことかよ」

 明るい顔で、ガイは軽くルークの背を叩く。

「成人まであと十三年もある。子供時代、満喫しとけよ」

 ガイは優しい。自分も様々な辛さを抱えているのに、いつも笑って支えてくれる。

 嬉しいはずなのに泣きたいような気がした。けれど流石にそれはカッコ悪すぎるから、ルークは笑顔でガイを見る。

「ガイ……ありがとう。俺、ガイの幼なじみで良かった」

「はははっ、何言ってんだよ。らしくない。もっと『うぜー』とか『たりー』とか言えよ。そっちの方がお前らしいぜ」

「う……。じゃあ、全部終わったら『あータルかった』って言うわ」

「陛下たちの前で言うなよ。顔、しかめられるぞ」

 悪戯っぽい目で釘を刺すと、ガイは雪の降り続ける薄暗い夜空を見上げた。

「いよいよ明日、か……」

「そう、明日は決戦です。あまり夜更かしはしないように」

 傍らから別の声が落ちる。見れば、いつの間にかジェイドが現われていた。

「悪いな、旦那。そろそろ宿に行こうかと思ってたんだよ。な、ルーク」

「ん……」

 曖昧に頷くルークを、ジェイドは赤い瞳で見つめた。数歩、近付いてくる。

「正直言って、あなたと最初に出会った時は、絶対に好感を持てないと思ったんですがね」

「俺だってそう思ったぜ。嫌味でむかつくって」

 以前なら、こんな風に言われたら腹を立てていただろう。だが、今はそう感じない。……少しくらいムッとはするが。

「まあ、こうやって旅を続けているうちに、あなたのことも、そう悪くはないと思えてきましたよ」

 おどけた調子で言って背を向けたジェイドを、胡乱げな目でルークは睨んだ。

「……ほんとかよ」

「ええ。……知っていますよ、私は。あなたが今でも夜中にうなされて目を覚ますこと」

「……」

 ルークは口をつぐんだ。

「……あなたにとってアクゼリュスの崩落は、まだ過去のものではないのですね」

「……当たり前だ」

 ルークは顔を伏せる。

「盗賊や神託の盾オラクルの兵を斬った夜は、眠れずに震えている」

「……臆病だろ、俺」

「いいえ。あなたのそういうところは私にない資質です。私は……どうも未だに人の死を実感できない」

「ジェイド……」

 顔を上げて、ルークはジェイドを見つめた。赤い瞳が振り向いて見返してくる。

「あなたを見ているうちに私も学んでいました。色々なことをね」

 その瞳は穏やかで、真摯だ。――その色を見ているうちに、ルークの口元には笑みが広がっていった。

「俺、ジェイドと旅して良かったと思う。ジェイドのおかげで俺がやらなきゃいけないことが分かったんだ」

 自分の言動に責任を持つということ。犯してしまった罪から逃げないということ。それを知らなければ、どこへ行って何をするべきなのかも、本当には分からなかったかもしれない。

「ヴァン師匠せんせいとは違うけど、ジェイドも俺の師匠せんせいだな」

 そう言うと、ジェイドは素っ気なく目を戻した。

「弟子は取らないんです。人に教えるのは嫌いなので」

「いいんだよ。勝手に盗むんだから」

 悪戯っぽくルークは笑う。背を向けたままジェイドも笑みを落とした。

「そうですか? フフ……まあ、好きにして下さい」

 雪は降り続いている。

「……ガイ、ちょっと剣の稽古付き合えよ」

 ぽつりと言うと、ガイが少し驚いた顔を向けてきた。

「お、どうした? 突然。こんな時に」

「不安なのですか? ルーク」

 静かなジェイドの問いに逆らうことなく、ルークは顔をうつ伏せる。

「……俺、師匠せんせいと本気で剣を交えたことがないから……もし戦うことになったらと思うと……」

 説得はするつもりでいる。もしかしたら分かってくれるかもしれないと期待もしている。だが、一方では分かっていた。そんなことはないだろうと。……師と、命を懸けて剣を交えることになるのだと。

「ヴァンの剣術は凄いからな。おまけに譜術も使える第七音譜術士セブンスフォニマーだ。そりゃびびりもするか」

「うん。正直、マジびびってる」

 素直に言って、ルークはぐっと両手を握り締めた。

「……でも! 負けられないから!」

 負けられない。たとえ相手が、あのヴァンであっても。世界のために。今まで手に掛けてきた人々や、救えなかった人々のためにも。負けることは出来ないのだ。

「よし! 久々にいっちょやるか!」

 ガイが明るく言って片目をつぶってみせた。ジェイドも身を乗り出してくる。

「ふむ。では私も少し体を動かしましょうか」

「お、珍しいな」

「さすがにマジだな。ジェイドの旦那」

「面倒なことは嫌いなのですが、まぁ、負けられませんしね」

「ああ!」

 全ては明日。それで、この世界の命運は決まる。

 雪の中、未来を思って、男たちは白刃を交え合った。


 全イベント中でも萌え度では屈指かもしれない、アブソーブゲート決戦前夜イベントです。

 個人的には、ジェイドとのやり取りが一番印象的でした。「ジェイドも俺の師匠だな」と言い、教えるのは嫌いだから弟子はとらないと突っぱねると「いいんだよ。勝手に盗むんだから」と笑うルークには胸を撃ち抜かれました。こんなことを言われて、その若者を好きにならない年長者がいるでしょうか。いやいない!

 なんつーか、ルークとジェイドの関係って、ある意味 理想の師弟関係の一つですよね。

 

 そしてまた、ここでのジェイドの言葉から、ルークが未だにアクゼリュスを夢に見てはうなされ、人を殺した日には眠れないほど怯えている事が明かされる。

 ゲームをプレイしている私としては、もう人間の敵を倒すのにも慣れ切っていましたし、アクゼリュスのイベントなんて遥か過去の出来事になっていました。だから、一周目でこのイベントを見たときは、凄まじい衝撃を受けました。そしてルークへの見る目がまたまた変わったものです。

 タルタロスで、人を殺したくない、人の命を何だと思ってるんだと訴えていたルーク。セントビナーへ向かう道で、これからは俺も人を殺す責任を背負うと泣きそうな顔で誓ったルーク。あれは上辺だけ取り繕ったものではなかった。心からの言葉だったのですね。

 なお、ここで告白される「人の死を真に感じられない」というジェイドのコンプレックスは、心の片隅に置いておくと、終盤から結末にかけての物語への感じ方が変わってくるかもしれません。

 

 ジェイドの次に印象的だったのはナタリアイベントで、次がガイでした。ミュウ、イオン、アニスは同率。……実は、メインヒロインのティアのイベントが一番印象が薄かったです。ティアが特に目新しいことを言わないせいですね。ただ、類似の本編イベント(他のみんなの前で話す時)と違うのは、ティアが泣き言を言って、ルークがそれを包み込む形になっているところ。やっとヒーロー・ヒロインぽい形になりました(笑)。

 個人的には、ここでルークがティアを優しく慰めて「師匠ともう一度話し合おう」と言うのは、 ルーク自身の気持ちが現われた部分もあるんじゃないかと思っています。ルークにとってもヴァンはとても大きな、今でも大好きな存在だから。ティアにとってヴァンは父親代わり。でも、ルークにとっても父のような存在だった。本当は戦いたくない、と泣くティアの姿は、ルーク自身の姿だった気もします。

 ルークの場合、ヴァンに手ひどく見捨てられているので、ヴァンを想って泣く権利すらないって感じなんですよね。泣いたところで「お前、あれだけ騙されて冷たくされてて まだそんなこと言ってんの」くらいにしか思われない。実際、アニスの態度はちょっとそんな感じ。無理ないですが。

 ちょっと語弊のある喩えなんですが、ティアは本妻、ルークは捨てられた愛人って感じです。

 泣き言を言えないルークがヴァンと戦う不安を吐露できるのは、ガイに対した時。……けど、ガイも辛いのでした。ガイにとってもヴァンは特別な人間だから。

 

 この辺りの展開で少し疑問なのは、とにかくティアが庇われ過ぎているという点です。誰も彼もが「ティア可哀想」「ティア大丈夫?」「本当にヴァンと戦っていいの?」と、何度も何度も何度も何度も口にします。本筋だけならそうでもないのでしょうが、サブイベントやフェイスチャットまで全部見ると、とにかくそれが多いので、少しイラッとするほど。

 確かに、今のティアは世界のために自分自身の命を削っている状況で、仲間たちはティアに負い目を感じている。それにヴァンはティアの肉親で、戦争で生き残った、たった二人の兄妹です。その二人が殺しあうのはとても残酷。ティアが周囲から気遣われるのは当然です。(気遣わなかったら周囲が鬼だ。)

 ですが、例えばガイにとっても、ヴァンは血は繋がっていなくても殆ど身内みたいなもの。ルークにとっても敬愛する師である。でも、周囲はそれを気遣おうとはしないのです。本人たちが微妙に辛そうにしてるだけ。

 ……まぁ、ティアは若い女の子だけど、ルークとガイは一応、一人前の男だしな。甘えてられないよな。

 そう思いつつも、ちょっとだけ、もやっとする部分なのでした。


 与えられた宿は、ケテルブルクホテルのシングルルームだった。適度な運動で疲れさせた体を柔らかなベッドに沈めたが、頭は冴えていて眠りは浅く、何度も寝返りを打った。

 それでもうとうとしたかと思った頃、キーーン……と聞き覚えのある音が響いた。耳に聞こえるものではない、頭の中に直接鳴り渡るもの。

「……これは……っ!」

 ベッドに半身を起こして、ルークは微かに痛む頭を押さえた。見やった窓の外はまだ暗い。だが、そろそろ夜明けが近いのだろう、闇が青みを帯びている。

(呼んでる……のか?)

 声はまるで聞こえなかったが、ルークは立ち上がって上着を手に取った。




 ケテルブルクの街は薄青い光に満たされつつあった。夜の間ずっと降り続けていた雪は、今はやんでいる。降り積もった雪が白み始めた空の色を柔く映している中、高台にあるケテルブルク広場に、目に鮮やかな赤い色が二つ、相対していた。

「……すぐにアブソーブゲートへ向かうんだな。分かった」

 真紅の髪を垂らした男――アッシュが、そう言って頷いている。

「では、私はこれで……」

 赤いパイロットスーツに身を包んだノエルが、きびきびと頭を下げて広場を出て行った。

 その足音がまだ消えないうちに、アッシュは振り向かないまま険しい声を投げる。

「何の用だ。レプリカ」

 ゆっくりと雪を踏み分けて、ルークはアッシュの傍に近付いた。

「お前が呼んだんじゃないのか。いつもの頭が痛くなる音がしたぜ」

 アッシュは目線も向けなかった。ただ、口の中でぼそりと呟く。

「……期限が近付いてるってことか」

「それよりお前、師匠せんせいに斬られた傷は……」

「……お前に心配されるようなことはない!」

 怒声を叩き付けられて、ルークは口をつぐんだ。だが、まだ何か言いたげに佇んでいる。耐えかねたようにアッシュがルークをめつけた。

「なんだ! 言いたいことがあるならはっきり言え!」

 視線だけで殺されそうだったが、一歩、ルークはアッシュに近付いた。

「……ありがとう。お前、俺のこと憎んでるのに色々協力してくれて……」

 もっと前に言うべきだった、けれど言うのは躊躇ためらわれていた言葉だ。

 レプリカだということを心底では認めたくなかった。見下してくるアッシュが腹立たしかった。だが……自分がレプリカであることは事実なのだ。この存在が、本物オリジナルであるアッシュを苦しめていたことも。

 苦しめていたのに、彼は何度も行く道を示し、この旅を助けてくれた。

「勘違いするな! 俺の目的のためにお前を利用しているだけだ! お前のためなんかじゃねぇ!」

 アッシュはルークの胸倉を掴みあげた。

「二度とそんなことを言ってみろ。殺してやる!」

 低く吐き捨てて、その場にルークを突き倒す。どうにか立ち上がったルークは、去りかけているアッシュの背に向かって呼びかけた。

「……なあ、アッシュ! 一緒に師匠せんせいを止めに行かないか? お前と俺で師匠を……」

「……断る!」

「どうして!」

 追いすがって、ルークはアッシュの肩を掴んで引きとめようとした。が、彼ががくりと片膝をついたので驚く。

「アッシュ! ……おい、腹から血が……!?」

 一見して判り辛かったが、黒衣には血が滲んでいた。ワイヨン鏡窟でヴァンに斬られた傷は、未だ癒えてはいなかったのだ。

「……くそっ! こんな体でなければ、とっくに俺がアブソーブゲートへ向かっているっ! ……お前がヴァンを討ち損じた時は、俺が這ってでも奴を殺すがな」

 ルークは僅かに驚いた。負傷ゆえにやむなくではあろうが、あの独善的なアッシュが、ヴァンとの最後の対決を託してくれているのだ。

「……分かった。俺、必ず、師匠せんせいを止める」

「止めるんじゃねぇ! 倒すんだよっ!」

「分かった……」

 決意を込めて、ルークはただ頷いた。





 立ち去るアッシュを見送ってホテルへ足を向けた頃には、街は朝焼けに照らされ始めていた。チラホラと道を行きかう人の姿も見えてくる。

「ルーク……」

 ホテルの階段の前でルークは足を止めた。ナタリアが立っていたのだ。淡く輝く雪の中で、金色の髪がよく映えていた。

「なんだ。早いな」

「実は、あまりよく眠れませんでしたの。あなたも随分早起きですわね」

 どこへ出かけていましたの、とナタリアは問う。「うん……」と、曖昧に答えてルークは頭を掻いた。

「……アッシュが来ていたのですわね」

「……ああ」

 観念して頷くと、ナタリアはふっと息を吐いた。彼が近くまで来ていて、けれど彼女に姿を見せることなく立ち去った。その事実を受け止めているのだろうか。

師匠せんせいを必ず倒せだってさ」

「アッシュがそんなことを……」

「不本意とはいえ、師匠との多分最後になる戦いを託してくれたんだ。……負ける訳にはいかないよな」

「ええ、そうですわね……」

 白い道を、数人の子供たちが歓声を上げながら広場の方へ駆け登っていく。

「いろんなことがありましたわね」

 楽しげな子供たちの姿を見送って、ナタリアが静かに呟いた。

「……そうだな」

「わたくしもあなたも、この旅に出る前と後では何もかも違いますわね」

 ナタリアを伴ってバチカルを発ったのは、ほんの四、五ヶ月ほど前のことだ。その時は、まだルークは『記憶障害を抱えた公爵子息』で、ナタリアは『その婚約者のキムラスカ王女』だった。

 確かに、違う。何もかもが。ルークはレプリカであることが明かされ、ナタリアは王家の血を引かないことが暴かれ。そして……。

「ごめんな、ナタリア」

 そう言うと、ナタリアは僅かに目を瞠った。

「まあ、どうしましたの。あなたが謝るなんて珍しいですわね」

「約束、果たせなかった」

 不思議そうな顔になったナタリアに、「プロポーズの言葉」と、ルークは言葉を添える。

「俺、知らなかったんだもんな。思い出せる訳なかった」

 

『あの約束、早く思い出してくださいませね』

 

 屋敷にいた頃、ナタリアはいつもそう言っていた。誘拐される前に交わしたというプロポーズの言葉。記憶を取り戻す時にはそれを最初に思い出してほしいと。バチカルを発つ時にも指切りをして約束させられていたのだ。

「……聞いていましたでしょう、あの時」

 ナタリアは澄ました顔になった。首を傾げたルークに向かい、少し意地悪く指摘する。

「シェリダンで」

「げ……ばれてたのか」

 気まずい思いでルークは頭を掻いた。インゴベルト王を説得に行く前、夜明けのシェリダンで、ナタリアとアッシュが逢っている姿を見た。二人で『約束の言葉』を口にし合っていたのを。

 思えば、あの時本当に思い知ったのかもしれない。自分がレプリカで――本物の『ルーク』ではなかったのだと。

 ナタリアがルークに向き直った。

「言ってみて、下さいません?」

「な……なんで……」

「……それで……わたくし、色々なことから決別できるような気がしますの」

 ナタリアの瞳は真剣だった。暫くそれを見つめた後、ルークも彼女に向き直り、コホン、と喉の調子を整える。

「……いつか俺たちが大人になったらこの国を変えよう」

 たった一度聞いただけだが、一言一句をはっきりと覚えていた。

「貴族以外の人間も貧しい思いをしないように、戦争が起こらないように」

 自分が記憶を失った『ルーク』だと信じていた幼い頃。この言葉を切望するナタリアに、それを言ってやりたかった。単純に、喜ばせたかった。だが、どんなに必死になっても思い出せはしない。だから、そのうち『うぜー、昔の話なんて興味ねぇ』と跳ね除けるようになった。……その態度で、どんなにか彼女を傷つけていたのだろう。今になってそう思う。

「死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう」

 言い終わるまで、ナタリアはじっとルークの顔を見つめていた。両手を胸で組んで、朝の光に縁取られたその姿は美しい。

「……ありがとう」

 目を伏せて彼女は微笑んだ。背を向けて、数歩離れる。

「わたくし、あなたが誰なのかなどと、もう迷いませんわ。王家の血を引かない事実を受け入れたように、あるがままあなたを受け入れます」

「ナタリア……」

 記憶を失っただけだと、約束の言葉をくれた彼なのだと思い込んでいた。その意味では、あの日々は偽りだったと言えるのだろう。けれど、目の前の彼と共に過ごしたあの七年間は決して幻ではない。笑顔も、喧嘩も、交わした言葉も。全てが確かにそこにあった。――紛れもない真実なのだ。

 ナタリアはルークに日の光のような笑顔を向ける。

「あなたも、わたくしの大切な幼なじみですわ。一緒に生き残って、キムラスカを良い国に致しましょう」

 約束をくれた『彼』ではない。けれど、『彼』は彼としてここに存在している。

「ああ。……ありがとう」

 そう応えて、ルークは上を向いた。

 嬉しくて泣きそうな顔なんて見られたくはない。――この幼なじみには、きっとそんなことはお見通しなのだろうけれど。





 朝食を済ませた頃には再び空は薄曇り、はらはらと白い雪片を舞い落とし始めていた。

「アルビオールの修理は完了したそうですよ。ノエルは先に港で待っています」

 街の南口近くに待っていたイオンは言った。アニスが気遣わしげに声を掛ける。

「イオン様、体の方はどうですか?」

「はい。もう大丈夫……と言いたいところですが、多分ご一緒しては迷惑が掛かると思います」

「そうか……」

 ルークは声を落とす。長い旅を共にしていたイオンとは、最後まで一緒に行きたい気持ちもあったのだが。

「僕はここで皆さんの帰りをお待ちしています。ですから全ての決着はアニス、あなたに見届けてもらいたい」

「……分かりましたっ!」

 アニスはサッと身を正す。

「これから、決着が付くんだな」

 ルークは言った。

「大地の降下も障気も、兄さんの野望も……」

 ティアが続ける。

「ドキドキするですの!」

 ミュウが訴えた。

「思えば、ここに至るまで色々なことがあったなぁ」

 ガイがしみじみと呟いている。アニスがニヤッと笑った。

「なになに? 思い出話はおっさん化の証だよ」

「おっさんはないだろー」

「ふふ。なすべき事、それを見つめ直す旅でしたわね」

 ガイの苦笑に釣られて笑いながら、ナタリアが言った。

「う〜。ちょっと緊張してるかもなぁ」

「そうですわね。オールドラントの全ての命運を握っているのですもの」

 僅かに顔を強張らせたアニスに、ナタリアが頷く。ティアは厳しい目をした。

「この戦いは絶対に負けられない。兄さんはたとえ妹でも理想の妨げになる者には容赦はしないわ。私たちも命を懸けないと……」

「マジで頑張らないとね!」

「そうですわね。わたくしたちをここまで導いてくれた人々のためにも、世界のためにも!」

「ええ。私たちがやるしかないのだから」

 少女たちは頷き合う。

「では、いよいよですね。ルーク、準備はいいですか?」

 ジェイドが言った。頷いて、ルークは仲間たちを見渡す。

「ああ。みんなもいいか?」

「ばっちりv イオン様の代わりに総長の計画を食い止めちゃうモンね」

 アニスはポーズを取ってウインクをした。

「……そうね。たとえ命を奪うことになっても」

 ティアは静かに決意を述べる。ナタリアが気遣わしげな目を向けた。

「ティア。それで本当によろしいんですの?」

「……ええ」

 ティアのいらえは明瞭で強い。

「ティアがそこまで決心したなら、俺たちも覚悟を決めるしかないよな」

 ガイが、何かを吹っ切ったように強い目を見せた。

「ティア……無理しないでね」

「そうですわよ。あなたは一人で戦っているのではないのですから」

「ありがとう。アニス、ナタリア」

 二人の友に、ティアは微笑みを返す。

「皆さんの無事を祈っています。必ず帰って来て下さい」

 静かに言うイオンに頷いて、ルークは声を出した。

「アブソーブゲートからの逆流を止めて、外殻大地を降下させる。……師匠せんせいと戦うことになっても!」

「ミュウも頑張るですの」

「ははっ。頼むぜミュウ。……みんなも、頼む」

 表情を引き締め、仲間たち一人一人の顔を見渡していく。

「行こう! アブソーブゲートへ!」

 全員が、それぞれの声で呼応した。


 最後最後と言ってるのでゲームのクライマックスのように思えますが、実はまだ折り返しを少し過ぎたぐらいです(苦笑)。騙された人はいるのだろーか。

 

 ここでもやっぱり「ティア可哀想」な展開になりますが、まぁいいや。ガイなんかは、ティアを心配することで自分自身の決意を高めてるのかもしれないですね。

 ティアは実際可哀想な立場なんですが、二つの理由から少し苛ついてしまいます。

 一つは、仲間たちの心配がしつこいこと。あんなに何度も「本当にいいの?」と訊かれたって、困るだけですよね。「よくない」と正直に言ったって、結局ヴァンは倒さなければならない。ティア自身の手で殺すか、仲間が殺すのを見てるか。その選択しかないのに、あんなにしつこく「本当にいいの?」と訊くのは、かえって無神経じゃないかなぁ。

 もう一つは、前にも書いたように、同じように辛いはずのガイやルークが全く気遣われることがないこと。一度くらい、気遣われたティアが「あなたも兄を大切に思ってくれていたんですものね。……ごめんなさい」とか言うシーンがあればよかったのに……。

 実際は、ティアは辛くていっぱいいっぱいで、他人を気遣う余裕なんて殆どなかったんでしょうが、だったらナタリアかアニス辺りが、ルークやガイに「あなたは大丈夫なの?」と訊いてくれればよかった気がします。

 あんまりしつこく哀れまれるのも鬱陶しいですが、無視されてるのも悲しいです……。


「アブソーブゲートってのは、どの辺にあるんだ?」

 アルビオールの窓から流れる雲を眺めながら訊ねると、傍らからガイが答えた。

「ケテルブルクのあるシルバーナ大陸より更に北だな。この星の一番北、極点のツフト諸島にある」

 惑星オールドラントの文明を支える惑星燃料は、地核と音譜帯の音素フォニムを循環させる巨大なエネルギー機構、プラネットストームによって生み出されている。アブソーブゲートはその帰結点であり、始点であるラジエイトゲートと並んで、この星の最大セフィロトの一つだ。

 これら二つのセフィロトは、他のセフィロトと同様に二千年の間ダアト式封咒で閉ざされていたが、イオンの話によれば、以前どちらも解呪しているという。

(そこに……師匠せんせいがいるんだよな)

 ワイヨン鏡窟で最後に邂逅した時の、師の姿と声。それが脳裏に浮かんだ。

 

『これは出来損ないでは無理だ。アッシュでなければな。

 ――アッシュ、私にはお前が必要だ。アブソーブゲートでお前を待つ』

 

師匠せんせいはアッシュを待ってる。だけど、アッシュは俺に託してくれたんだ。だから……)

「ルーク、ちょっといい?」

「ん?」

 不意に掛けられた声に、ルークはハッとなった。通路の方からティアが呼んでいる。近付いて一緒に通路に出ると、少し抑えた声で「大佐から伝言よ」と告げてきた。

「インゴベルト陛下とピオニー陛下に鳩を飛ばしたって」

「何か起きたのか?」

「いつ外殻降下が始まるか分からないから、準備をしておくように伝えたそうよ」

「なんで? まだアブソーブゲートとラジエイトゲートの二箇所も残ってるんだぜ」

「これはあなたと私だけにって大佐が言っていたのだけれど……」

 ティアは顔を曇らせた。

「兄さんのせいで、外殻はいつ崩落してもおかしくない状態らしいわ。場合によってはラジエイトゲートを起動させる時間がなくなるかもしれないって言っていたわ」

「だけどラジエイトゲート起動と同時に外殻が降下するようにって、今までのセフィロトでは命令してきただろ」

「大佐には考えがあるみたい。なるべく避けたい方法だとは言っていたけど」

「分かった。俺たち二人は覚悟しておけって事だな」

 ルークは表情を引き締める。パッセージリングを操作するにはティアとルークの力が必要だ。ジェイドは、自分たちに何か特別な作業をさせるつもりなのかもしれない。

「そういうことよ。それじゃ邪魔してごめんなさい」

 そう言って、ティアは通路を歩いて行った。





 ゲートは遠目でもはっきりと確認することが出来た。光の渦が輝きながら吸い込まれていたからだ。それは周囲の空気をも巻き込んで気流を乱れさせており、ノエルはその流れから幾分離れた場所にアルビオールを着陸させた。光の渦は深い谷の向こうにあり、細い岩の橋が架かっている。降りしきる雪を潜ってそれを渡っていくと、最奥に、ぽかりと開いた明るい口が見えた。

「すごい音素フォニムを感じるですの」

「ここは最大セフィロトの一つ、プラネットストームを生んでいるアブソーブゲートですからね」

 緊張するミュウに返すジェイドの様子は相変わらずだ。ガイが隣に顔を向けた。

「ノエルは、ここに一人で残るのか。毎度のことだが心細くはないかい?」

 やはり常ならぬ思いでいるのだろう、珍しくアルビオールを降りてここまで見送りに来ていたノエルが、はきはきとした口調で笑顔を見せる。

「ありがとうございます。でも、私なら大丈夫です。私はここで、皆さんのご無事を祈っています。お気をつけて!」

「ありがとう。……行ってくるよ!」

 ルークも笑みを返す。

 ノエルに見送られ、仲間たちは巨大な遺跡の中へと踏み込んだ。




 内部は、今までの遺跡とは幾分様子が違っていた。黒っぽい落ち着いた色調で、辺りにキラキラとした光の粒が舞い落ちている。

「まあ、ここがアブソーブゲートですの?」

 見回して、ナタリアがうっとりした顔をした。

「プラネットストームが吸い込まれてる……。きらきら光ってるのは……」

記憶粒子セルパーティクルだな。雪が降ってるみたいで綺麗だ……」

 アニスの声に答えながら、ガイも惹かれたようにそれを見上げている。

「……」

 ジェイドが考え込んでいるのに気付いて、ルークは彼を見上げた。

「どうしたんだ? ジェイド」

「ヴァン謡将が何故このアブソーブゲートを決着の場に選んだのか考えていたのですよ」

「兄はパッセージリングを操作するためにここに留まったのではないのですか?」

 ティアが言う。「ああ。俺もそう思った」とルークは頷いた。

「それなら、ロニール雪山の作業時に行った措置で、彼の作業は終了しているはずです」

「では、私たちがパッセージリングを操作するのを止めるため……?」

「一番簡単な理由はそれですが……今までが今までだけに、ね」

 ティアに応えて、ジェイドは浮かない顔をしている。なんとなく全員が深刻な顔になった。

「だけど……ここまで来たんだ。俺たちは進むしかない。師匠せんせいが何を考えているんだろうと……」

 目を伏せてルークは呟く。作った笑みをティアに向けた。

「ティア。必ず成功させて、外殻大地も魔界クリフォトも、ユリアの時代の……本来の姿に戻そう。

 俺に出来る……精一杯の償いだ」

「……ルーク」

 青い瞳でティアは見返した。彼女の顔にも笑みが広がっていく。

「ええ、そうね。それが私たちの最後の任務だものね!」

「ははは、ティアは最後まで堅いね」

「だって私は軍人ですもの」

 ガイに微笑みを返すと、アニスが大げさに肩をすくめてみせた。

「はう、じゃあ私と大佐は軍人失格ですよぅ」

「まっ、真面目な部分はティアに任せて、私たちは朗らかに行きましょう」

 ナタリアが少し肩を落として笑う。

「まぁ、呆れましたわ。でも、それにも慣れてしまいましたけれど」

「へへっ! なんか妙な関係になったよな、俺たち」

「こういうのもいいんじゃないか?」

「いいですのー」

 ルークが、ガイが、ミュウも笑った。

 旅を始めた頃は、この仲間たちとこんなにも心を繋ぎ合える日が来るとは思ってもみなかった。だが今は、みんながいるから笑顔でいることが出来る。

「では、最後まで朗らかに行きましょう」

 明るく促したジェイドに、「はいです、大佐☆」と笑顔でアニスが応えた。


 アブソーブゲートの昇降機リフト音素フォニムで封印されています。あちこちから音素の塊を集めてきて、指定された通りに楽譜に並べると、メロディが響いて封印が解かれます。

 一番最初は四つの道を探索できますが、左奥、右奥、右手前の順に巡ると早いかも。青い炎と赤い炎が道を塞いでいますが、これはこの先に一回ずつだけ出てくるW字型のゴーレム(オメガ)と四足のゴーレム(ギアソーカノン)を倒すと消すことが出来ます。一度パーティが分断されますが、それが合流した地点にオメガがいます。それを倒すと青い炎が消えるので、入口の方に引き返していくと、ギアソーカノンと戦えるようになっていますので、これを倒して赤い炎を消します。赤い炎は消さなくてもクリアには関係ありませんが、これで開けられるようになる宝箱には響律符キャパシティコアバルラッシードなどもありますので、アイテムコンプを目指すなら必須です。


 音機関に指定された属性の音素フォニムを注ぎ込むと、予め刻まれた譜が作動して音階を響かせた。それに反応して、封印されていた昇降機が起動する。

 ガイが興奮したことには、この昇降機はこれまでの遺跡で見てきたものとは違い、床自体が上下したりはしなかった。床は透き通って水面のように波紋を起こしており、上または下に光が照射されている。乗った人間は光に包まれて、この光の柱の中を移動していくのだ。ダアトの教会にある転送の譜陣やユリアロードに似ていたが、譜陣が描かれている様子はなかった。今までにない高度な技術が使われているようだ。

 光の昇降機リフトで下の階層に降りる。歩き出して間もなく、辺りが激しく揺れ動いた。

「はぅあ!?」

 円形の床の一部が崩れ落ち、アニスが悲鳴をあげる。

「うぉっとと……危なかった……」

 足下近くまで崩れた床を見やって、ルークは胸をなでおろした。ティアが険しい表情を見せる。

「外殻大地が限界に近付いているのかしら」

「え〜! そうなのかなぁ」

「まだ暫くは大丈夫だろ。実際ヴァンはレプリカを作ってないんだ。まだ最後まで準備は整ってないんじゃないか?」

 ガイは笑顔を作って宥めたが、アニスは嫌そうに顔を歪めたまま、焦る口調で言い募った。

「でもでも、のんびりするわけにもいかないっぽくない?」

「そうですわ。ヴァンのことですもの。どんな策を巡らせているか分かりませんわ」

 ナタリアも追随してくる。ジェイドも言っていたではないか、今までのことを考えれば油断は出来ないと。

「いや〜、事ここに至って小細工をするようなタイプじゃないんじゃないかな」

「どうしてそう思うの?」

 アニスが訊ねる。

「何気に俺とヴァンは付き合い長いからね」

 ふと視線を沈めてそう言うと、「何となくそう思うだけだよ」とガイは再び笑った。

「ふーん。でもちゃっちゃと終わらせないと落ち着かないよぅ」

「はは。違いない」

「急ぎましょう。このまま世界を滅亡させる訳には参りませんわ」

 ナタリアの声に頷いて、一行は歩を進める。

 しかし、道はひどく長かった。うろついている魔物や機械人形ゴーレムを倒し、螺旋を辿りながら下って、辿り着いた昇降機で更に階層をくだる。

「どこまで降りるんだろうな……」

 景色は変わりばえしない。焦りばかり増したルークに、ティアが冷徹な顔を向けて言った。

「プラネットストームがここに収束しているということは、少なくとも外殻大地を抜けるところまでは続いているはずよ」

「外殻大地を抜けるまで……」

 全長何十キロメートルになるのだろう。そのうえ道は曲がりくねっていて、直線距離ではないのだから。

「パッセージリングがどの位置にあるかにもよるけど、道のりが長いことは間違いないわ。

 ルーク、回復を忘れちゃダメよ。慎重に行きましょう」

「あまり時間がありませんからねぇ、慎重かつ迅速にってところですかね」

 ジェイドが口を挟んでくる。「そうね」と生真面目にティアは頷いた。

「慎重に、迅速に……」

 真剣な顔で、ルークはそれを反復する。

(そういえば、ユリアシティから初めて外殻大地に戻った時も、ティアに同じように言われたよな……)

 あの時の自分は、セントビナーの崩落阻止と住民の避難、軟禁されたイオンとナタリアの救出、戦争の回避と、沢山のやらなければならないことに囲まれて、パニックを起こしかけていたのだ。

 火急でこなさねばならないことに落ち着いて対処するのは難しい。

(つーか、俺がまだまだ へたれだっていうだけなんだろうけど……)

 焦るな。落ち着け。冷静さを欠くな。

 ルークは己に言い聞かせる。

 この道の先に待ち受けているのがあの人でも。――いや、彼であるからこそ。

(……負ける訳にはいかないんだ)

 震えかけた指先を手の中にぐっと握り込んだ、その時。

 ぐらりと辺りが揺れた。また地震だ。

「今度はでかいぞ!」

 ルークは叫ぶ。揺れは大きく、なかなか収まろうとしない。ガイが警告するのが聞こえた。

「気をつけろ、地面が……!?」

 直後、ごばっ、と大きく床が隆起した。走った亀裂に沿ってバラバラと崩落していく。響く轟音に紛れて、仲間たちの悲鳴が途切れ途切れに消えていった。


 ここで、メンバーが二人ずつ三組に分断されます。この三組を任意で切り替えながら仕掛けを解き、最終地点へ。

 一周目やってた時、ずっとルークしか使ってなかったので、今更他キャラ操作かよと焦りました。ガイの操作感はルークに近いし回復役のナタリアもいるので困りませんが、ジェイド&アニス組が……。面倒だったので、一周目の時はジェイド組は二人とも基本的にオート操作で進めた気がします。

 あちこちに色んな仕掛けがありますが、それらは全てルーク組のミュウアクションで動かさなければなりません。ガイ組やジェイド組はブロックを落とすなどしてその下準備をする形になります。

 

 関係ないですが、三周目でこの辺をプレイしていた時、オート操作のアニスが勝手に秘奥義の「フィーバータイム」を使ってくれました。……条件を揃えるのが面倒だったので見るのを諦めていた秘奥義が思いがけずに見れた……という喜びよりも、二万ガルド消費されたショックの方が大きかったです。

 ヂグジョヴ……。アニスめ。守銭奴のくせに時々やけに金遣いが荒い。どーでもいいザコ魔物相手に気前がよすぎるんだよぅ!(それとも、消費される二万ガルドはアニスが着服してるのか?)


「う……」

 揺れが遠のいていって、うずくまっていたルークは顔を上げた。丸い床の半分近くが落ちていて、その縁に危うく残っている自分を発見する。向こうにミュウが転がっているのを見て立ち上がってから、足下に倒れたティアに気がついた。

「ティア、大丈夫か?」

 慌てて声をかけると、彼女はゆっくりと身を起こした。ミュウが駆け寄ってくる。

「……ええ、なんとか。みんなは?」

「離ればなれになっちまったみたいだ。みんな無事だといいけど……」

 他の仲間の姿は見えない。床と一緒に落下したのだろうが、果たして無事でいてくれるか。

「……一番心配な人がこうして元気なんですもの。平気よ」

「失礼だな、おい……」

「ふふ……ごめんなさい。あら……」

 何かに気付いた顔をして、ティアが近付いてきた。無造作に手を取られて、ルークの心臓がドキッと跳ねる。

「血が出てるわ」

「ホントですの! 大変ですの!」

 ミュウが一大事とばかりに騒いだ。

「待って。今、治癒術を……」

「いいよ、こんなもん! 舐めときゃ治る!」

 慌てて、ルークは強く手を引っ込める。

「何を怒ってるの?」

「怒ってないよ! そ、それより、奥に進んでみよう。みんなと合流できるかもしれない」

 真っ赤な顔でまくしたてるルークを、ティアは不思議そうに見ていたが。

「え……ええ。分かったわ」

 気を取り直したように頷く。二人と一匹は、下へ続く道を歩き始めた。





「完全にはぐれちまったな……」

 その頃。ルークたちよりもやや下の階層で、上を眺めながらガイは呟いていた。

 ナタリアのおかげで傷も癒せた。だが、他の仲間の姿はない。暫く辺りを捜索した後、二人だけで先へ進むことを決断したところだ。

「このまま降りて行って大丈夫なのかしら……」

「確証はないが、それしか道がないからな」

 目的地は同じなのだ。ならば、そこへ向かうのが最も合理的だろう。

「そうですわね……。みんなと合流できることを祈りますわ」

「心配かい?」

 訊ねると、ナタリアは顔を上げた。

「……いいえ。わたくしの横にはあなたがいますし、みんなの力は、一緒に旅をしてきたわたくし自身がよく分かっていますもの」

「そうさ。それにアッシュが太鼓判を押してくれたしね」

「アッシュが……?」

 目をしばたたかせたナタリアに、ガイは笑顔を見せて言葉を続けた。

「あいつのことだ。俺たちを信用できなきゃ、今頃一人でヴァンの元に乗り込んでる。あいつが姿を見せないってことは、俺たちを信じてるってことさ」

 

師匠せんせいとの多分最後になる戦いを託してくれたんだ。……負ける訳にはいかないよな』

 

 ケテルブルクを出発した日の朝、ルークがそう言っていたのをナタリアは思い出す。

「ヴァンとはやはり戦いになるのでしょうか……」

「恐らく避けられないだろうな。あいつは昔から、絶対に自分を曲げない男だったからな」

 そう言って、ガイは僅かに寂しげな目をした。

「俺たちと意見が対立している以上、説得しても無駄だよ」

 ルークはまだ説得をしたがっている節がある。だが、無理だろう。血の繋がった唯一の妹の言葉すら跳ね除けたのだ。誰の声にも彼は心動かされまい。……残った道は倒すか倒されるか。それだけだ。

「またどちらかが倒れるまで、戦わなければなりませんのね……」

「これで最後だよ。ヴァンを倒せば、外殻大地は救われる。違うか?」

「違いませんわ」

 ナタリアは毅然とした笑みを浮かべる。

「このナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアの矢で、必ず倒します! 世界の平和のために。そして、アッシュの信頼に応えてみせますわ」

「その為には早くみんなと合流しないとな」

「ええ!」

 力強く返すと、ガイは先に立って歩き始めた。その背にナタりアは呼びかける。

「ガイ」

「どうした?」

 立ち止まって見返してきた青い瞳に、ナタリアは少し恥ずかしそうに笑いかけた。

「……あなたって本当に優しいですわね。ありがとう」

「どういたしまして」

 ガイも柔和に笑い返した。





 残るジェイドとアニスは、ガイたちよりも更に下層を進んでいた。

「なんか二人だけってゆーのも寂しいですよねぇ」

「トクナガがいますからねぇ。二人という気はしませんが」

「それもそうかも」

 背負ったヌイグルミを数に入れられて、アニスは口に手を当てて笑った。

「いよいよヴァン総長と戦うんだね……。ねぇ大佐、ぶっちゃけ勝算ありますか?」

「そうですねぇ……。ヴァンの剣術・譜術は相当なものですが、一番厄介なのは、何者にも打ち砕けない強い精神力ですね」

 故に説得も難しい、と呟いて、ジェイドは困った顔をする。

「恐らく、かなりの深手を負わせても、倒れはしないでしょう」

「うん、しつこそう」

 アニスも嫌な顔をした。

「でも戦いを長引かせることは出来ませんよ。外殻大地は今にも崩落しそうですからね」

「うわぁ、きっつ〜……。でもでも、絶対やっつけないとですね!」

「ええ。急ぎましょう」

「はぁい。……にしても、私は大佐と一緒でついてるんですけど、ルークたちは大丈夫なのかなぁ」

「まぁ、ティアもガイもそれなりに戦い慣れていますから」

「大佐大佐! ルークとナタリアはっ!」

「まあ……、大丈夫でしょう。二人ともここまで生き延びてきた訳ですし」

 ジェイドの返事はあくまで淡白だ。アニスは少し不満げだったが、何かに気付いた顔をしてニヤリと笑った。

「なるほどねぇ。アニスちゃん分かっちゃいましたよ」

 態度は素っ気ない。けれど仲間たちの能力を否定はしていない。それは、つまり。

「大佐はみんなのことがどうでもいい訳じゃなくて、ちゃんと信じてるんですねぇv

 ひどく驚いた顔をしたのは当のジェイドだった。一瞬ポカンとして、次いで大声で笑い出す。

「……はははははっ!」

「な、なになに、大佐? どしたの?」

「そうですね。そういう見方もありますね」

 眼鏡を指で押し戻しながら、ジェイドはまだ笑っていた。

「確かにそうでもないと、いつまでも一緒に行動できないか」

 幾分俯いたまま口の中で呟いている。

「大佐! 何、一人で納得してるんですか!」

「いえいえ。なんでもありません。それより早くみんなと合流しましょう」

 少し拗ねた口振りのアニスに笑いかけると、彼女は「は〜い」と生徒のように応えた。

「頼りにしてますよ、アニス」

 傍らの少女――いや、信頼に足る仲間を、柔らかな目で見下ろす。

「あはv 私もで〜すv

 アニスは可愛らしく身をよじった。





 ルークとティア、そしてミュウは、長い道を下り続けていた。

「ふう……流石に二人だと戦いがきついな」

 足を止めてルークは息をついた。行く手を塞ぐ青い炎の壁を解除しようと先程から辺りを探索していたが、どの仕掛けを動かしてみても変化は見られない。戦力が二人分になっても襲い来る魔物の数は変わらないのは厄介だった。

「そうね……。でも、あの時とは随分違うわ」

「あの時?」

「タタル渓谷に飛ばされた時」

「ああ……。そういやあの時も二人だったっけな」

 思い出しながら言うと、ティアが少しからかいを含めた表情で覗き込んできた。

「あの時は正直言って、安心して背中を預けられる相手ではないと思ったわ」

「……わ、悪かったな」

「でも……今は違う。成長したわ、あなた」

 ティアは優しく顔を緩める。ルークはうっすらと赤くなり、誤魔化すように鼻をこすった。

「あ、ありがとう。……だけど、まだまだだ」

「え?」

師匠せんせいを……それにレプリカ計画を止めないと何の意味もないからな」

 一瞬だけティアは黙り込む。すぐに力強く首肯した。

「ええ、そうね。あなたの言う通りよ」

「ティア……」

 ルークは声を落とす。

「……やっぱり兄妹で戦うのは辛いか?」

「……辛くない……と言えば嘘になるわ。でも……やるしかないもの」

「そっか。俺も全力で師匠せんせいを止めるから……この戦いで最後にしよう」

「ええ」

 頷いて、ティアは小さく笑みをこぼした。

「ふふ。ルークに励まされるなんてね」

「え……? ダメだったか?」

 眉尻を下げた少年に向かい、首を横に振ってみせる。

「いいえ、ありがとう。……今のあなたになら背中を預けられるわ」

「ティア……」

 ルークが目を瞠った時、道を塞いでいた青い炎が見る間に勢いを失って消失した。

「炎が……消えた?」

「見て!」

 ティアに促されて見やると、突き当りに光の昇降機リフトがあり、そこに懐かしい姿が並んでいる。誰一人として欠けてはいない。

「行きましょう、ルーク」

「ああ!」

 頷き合って、ルークたちは共に駆け出した。





「みんな! 無事だったか!」

「それはこちらの台詞ですわ。あんまり遅いから心配しておりましたのよ」

「ごめんなさい」

 ティアがナタリアに頭を下げる。ジェイドが一歩進み出た。

「二人をお待ちしていました。大切な話があるのです」

「なんだよ、改まって」

「この先にパッセージリングがあるらしいぜ」

 昇降機の下を示して、ガイが言った。

「じゃあ、この先にヴァン師匠せんせいがいるのか……」

 ごくりと唾を呑んだルークに向かい、アニスが言葉を続ける。

「でね、ヴァン総長を倒したらすぐ外殻を降ろすんだって」

 ルークとティアはハッと顔を強張らせた。既に予告されていたことではあったが。

「やっぱり時間が足りないのか?」

「ええ。ここからラジエイトゲートまで、アルビオールでもかなり時間が掛かります。多分、その間に外殻大地は崩落する」

「でも、どうやってラジエイトゲートを起動させずに外殻を降ろすんですか?」

 ティアが訊ねる。

「制御装置に『ラジエイトゲートへの命令をアブソーブゲートに変更する』と書き込みます。パッセージリング同士は繋がっていますから、理論上は可能な筈だ。……かなり強引な方法ですがね」

「そうですね。ラジエイトゲートは起動させていないんですもの」

 ティアが口を閉ざすと、今度はルークが訊ねた。

「その後は? それで終わりか?」

「アブソーブゲートのセフィロトに向けて、第七音素セブンスフォニムを照射します。これが降下開始の合図です。ただしこれは命令者――つまりルークの放出する第七音素でなくてはなりません」

 ジェイドが量るようにルークを見つめてくる。

 第七音譜術士セブンスフォニマーとは言え、ルークが扱える第七音素セブンスフォニムの力は超振動だけだ。よって、それを照射することになるのだろう。オールドラントの残る全ての外殻を支えるパッセージリングを連動させるのに、どれ程の力が必要となるのかは分からない。ラジエイトゲートが未起動のままで本当に上手くいくのかも。――だが。

「……分かった。やってみる。ここまで来て、出来ないなんて言えないしな」

 頷いて、緊張に強張った顔をルークは綻ばせた。

(やるしかない。必ず成功させる。それがアクゼリュスを滅ぼして沢山の人を殺してしまった俺の、せめてもの償いだ)

「では、そろそろ行きましょうか。準備はよろしいですか?」

 ジェイドが声の調子を改めた。

「俺なら大丈夫。みんなは?」

「勿論よ。兄さんは……ヴァンは私が止める」

「これでも一応、ヴァンの元主人だからな。部下の不始末にはご主人様がけりをつけるさ」

「なんとしてでもヴァンの企みを押しとどめて、世界を救いますわ」

「私がお金持ちと結婚するためにも、ヴァン総長には大人しくしてもらわないと」

 それぞれに決意を述べた若者たちを見回して、ジェイドだけは軽く肩をすくめていた。

「やー。みなさん、熱いですねぇ」

「あんたはいつも通りだなー」

 少しばかり苦笑いしたガイに、飄々と笑ってみせる。

「ええ。私に熱いのは似合いませんから」

「ははっ、そりゃそうだ」

 ルークも声をあげて笑った。肩から力が抜けた気がする。

「……よし、行くぞ!」

 ルークたちは光の昇降機リフトに踏み込んだ。


 ヴァンとの戦闘。合流したばかりでパーティーメンバーがルークとティア中心に勝手に変更されちゃってるので、違うメンバーで戦いたい時は注意です。

 

 それはそうと、ヴァン師匠がなんでアレの演奏をしているのかサッパリ分かりません。普通に考えてアレは何かの制御盤の一種なのでしょうが(昔のSFにはよくありましたよね、ピアノの鍵盤式のコンピューター入力装置)、なんでアブソーブゲートにだけそれがあるのか。

 パッセージリングの制御盤は他のセフィロトのと同じ形式のが別にあるし、プラネットストームの制御は譜陣だしなぁ……。

 ……あ、ユリアが譜陣を描く以前の、サザンクロス博士が最初に作ったプラネットストームの制御装置かな? 鍵がないからこっちからアクセスしようとしたのか? しかしプラネットストームを今制御しなければならない理由って……。……ああ、レプリカ世界製造の為に、プラネットストームを活性化させて第七音素セブンスフォニムを増やそうとしてたのか?

 ……推測だけなら幾らでも出来ますが。謎です。

 

 あと、パッセージリング起動時に浮かぶ青いフォニック文字、何回読んでも意味のある言葉として読み取れない……。(今までのパッセージリングで浮かんでた赤い文字は『WARNING』でした、確か。)くそぅ。無念。


 降りた床もやはり透き通っていた。眼下に巨大なパッセージリングが透けて見えている。周囲は飾り枠で縁取られたガラス張りになっており、記憶粒子セルパーティクルが雪の幕のように地核に吸い込まれていくのがよく分かった。

 それらを見渡しながら、ルークはゆっくりと歩み寄る。

 降り立った時から、辺りには荘厳な音色が響き渡っていた。円形の広場の一端に壇があり、その上に仰々しいパイプオルガン型の譜業端末が設置されている。音色は、その鍵盤を滑る男の指先から流れ出ているのだ。

 壇の下に立ち並んで、ルークたちは演奏を続ける男の背を見上げた。

「……何故お前がここにいる?」

 静かに問うた男は、相変わらず灰褐色の髪を高く結い上げていた。未だに白を基調とした神託の盾オラクルの軍服を身にまとい、立ち上がって肩越しに冷たい視線を向ける。

「ここに来るのは私と共に秩序を生み出すべきアッシュ……ルーク・被験者オリジナルだ! 私の邪魔をするな、レプリカ風情が」

「……っ!」

 打たれた気がして、ルークはぐっと身を強張らせた。

 今更だ。なのに、どうしてこんなに……視界が、滲んでくるのだろう。

「だったら……だったらなんで俺を作った! 俺は誰で、何の為に生まれたっていうんだ!」

 片手で胸を押さえて、ルークは壇上のヴァンに訴える。

 彼は、ルークにとって絶対的な存在だった。師であり、理想の父であり、憧れの英雄であり。そしてレプリカの自分を生み出した造物主でさえあった。

 彼の言葉を信じていた。与えられた目標ゆめを目指して生きた。その全てが偽りだったと言うのなら。

「何かの為に生まれなければ生きられないと言うのか? だからお前はただのレプリカでしかないのだ」

 神に縋る咎人とがびとのような少年を見下ろして、ヴァンは侮蔑を隠さずに吐き捨てる。

「哀れなレプリカに教えてやろう。お前はユリアの預言スコアを覆す捨てゴマとして生まれた代用品。ただ、それだけだ」

「……師匠せんせい。本当に俺はそれだけの存在なんですか? 俺という存在のせいで預言スコアは狂い始めてるんでしょう?」

「お前如き歪みなど、ユリアの預言スコアはものともせぬよ。枝葉が変わろうと樹の本質は変わらぬ」

 食い下がるルークを一蹴して、ヴァンは鍵盤に視線を落とした。

預言スコアは麻薬だ。『東に向かって歩けば大金を拾うだろう』。――そんな預言を実行して、その通りになれば次の預言も信じたくなる。ユリアは二千年を掛けて、人類を預言スコア中毒にしてしまった」

 苛立ちをぶつけるように、両手で一気に鍵盤を叩く。ガーン、と響いた不協和音の中、彼は決然と目を上げていた。

「二千年にも及ぶ歪みを矯正するには、劇薬が必要だ」

「レプリカ世界が劇薬ですか……。大した妄想力だ」

「フ……。妄想……それもよかろう」

 ジェイドの毒のこもった揶揄も、ヴァンを揺るがしはしない。

「確かに預言スコアの言いなりに生きているこの世界は歪んでいるさ。だがレプリカの世界ってのも相当歪んでるぜ?」

 腕を組み、ガイは不快そうに目元を歪めている。

「その通りですわ。あなたがその軽挙妄動を慎まねば、ティアが苦しみます」

 ナタリアは柳眉を逆立てて、勢いよくヴァンを指差した。

「総長の妹でしょ! 妹と戦うなんて……総長、本気なの!?」

 アニスも両こぶしを握って責め立てる。

「メシュティアリカ。私も残念なのだ。お前がユリアシティで大人しくしていれば……そうすればお前だけは助けてやれたものを」

「兄さんはレプリカの世界を作ろうとしているんでしょう?」

 硬い声でティアは返した。

「なら私を殺して、私のレプリカを作ればいいわ」

 ヴァンは振り向いた。己と似た気質の、かたくなな妹の顔を見据える。

「……ではどうあっても私と戦うか」

「……ええ。元々私は、その為に外殻へ来たんだもの」

 ティアは大きな動作で杖を構え直した。

師匠せんせい……」

 一方で、ルークは悲しげにヴァンを見つめている。

 初めてファブレ邸に現われた時、ティアは同じように兄と対峙していた。あの時の自分は蒙昧なだけだった。何も分からず知らないままに、ただヴァンを救おうと闇雲に割り込んだのだ。

 ヴァンが好きだった。誰よりも尊敬し、憧れていた。彼の弟子であることが誇らしかった。

(でも、あなたは……どこまでも俺を認めないと言うんですね。師匠せんせい……)

「――……いや……ヴァン!」

 揺れていた瞳に、さっと激しい光が宿る。

「あなたが俺を認めなくても、俺は………」

 腰の後ろに渡した剣の柄を握った。一気に抜き放つ。

「俺だ!」

「戯れ言を」

 軽侮の目でルークを見やると、ヴァンもまた己の剣を抜き放った。

「消えろ!」

 無造作に振られたかに見えた剣から光の奔流がほとばしる。散開してルークたちはそれを避けた。

「お前のやっていることは無茶苦茶だ、ヴァン!」

 ガイが叫んでいる。

「愚か者め。この星はユリアの預言スコアの支配下にある。預言から解放された新しい世界を創らねば、人類は死滅するのだ」

 四方から斬りかかる刃を弾き、譜術をしのぎながら、ヴァンはそう罵った。

「それなら、俺のことはどう説明するんですか! 俺はユリアに詠まれていない!」

 ヴァンの放った波動に弾かれて地を滑り、顔を上げてルークは訴える。

「そうです。預言スコアは、無数の選択肢の一つに過ぎませんわ!」

 叫ぶナタリアの放った癒しの光が、ルークをさっと包み込んだ。一方で、鮮烈な譜術の光がヴァンめがけて降り注ぐ。

「ぐうっ。しまったっ……」

 苦痛に顔を歪めたヴァンに、譜術を放ち終えたジェイドが言った。

「ルークという存在がある以上、預言スコアにも歪みが生じているのです!」

 よろめいた隙を逃さずにルークとガイが殆ど同時に斬り込んだが、ヴァンは双方を受け流した。

「ぐっ!」

 逆に振り下ろされた剣撃を受けて、ルークはその重さに呻く。

師匠せんせい……!)

 強い。これだけの人数を相手にしながら、全く引けを取らないとは。

預言スコアは、絶対の未来ではないわ!」

 ティアの頭上から、ヴァンめがけて光の槍が降り注いだ。

「違うな。お前達は預言スコアの本質を知らない。預言は詠まれずとも存在し、我々を定められた滅亡へと導く」

 距離をとっていたティアやジェイドの周囲が闇に包まれ、第六音素シックスフォニムの力が荒れ狂う。

「ティア! ジェイド!」

 苦鳴をあげた仲間を見やって、ルークは叫んだ。そこに駆け込んできたヴァンの斬り上げを咄嗟に背後に跳んでかわしたが、直後に落とされた雷撃で筋肉が痙攣し、腕の動きが固まった。

「ルーク!」

 ガイが叫ぶ声が聞こえる。が、次の剣撃を叩き込もうとしたヴァンは半歩退いた。そこを音素フォニムを帯びたナタリアの矢が突き抜けていく。間を置かず、アニスの乗った巨大なヌイグルミが飛び込んできて、周囲に満ちた雷気をまとって太い腕を旋回させた。流石のヴァンも殴り倒され、地に転がる。

「ふん、総長ったら相当ガンコ者ぉ! だったらもう、ぶっ潰すしかないじゃんねー!」

「ぐっ……。潰れるのはお前達だ。滅せよ!」

 ヴァンは床に剣を突き立てた。

星皇せいおう……蒼破陣!」

 突き立てられた剣を中心として譜陣が広がり、その内部に衝撃を生み出す。

「きゃああああっ!!」「うわぁああ!」

 彼の周囲に集まっていたルークたちは衝撃に打ちのめされ、投げ出されて固い床に叩き付けられた。

預言スコアに支配された人類は……滅ぶしかないのだ。新たな星の歴史を生み出すためには!」

 肩で息をつきながら、ヴァンは床から剣を抜く。

「兄さん……本当にそうなの? 他に……もっと別のやり方はなかったの!?」

 苦痛に顔を歪めながら半身を起こし、ティアが悲しげに叫びを上げた。その前に立ち上がり、ルークも叫ぶ。

「そうだ! 人はそこまで愚かじゃない。人には滅亡を回避する意志の力があるんだ!」

 しかし、ヴァンは冷笑する。

「レプリカが……小賢しい」

「……っ、ヴァン!!」

 吠えて、ルークはヴァン目掛けて駆け込んだ。振り下ろした刃をヴァンのそれが受ける。一撃、二撃と打ち合い、長い間それは続いた。どちらも全く退くことがない。――何度目かに刃を噛み合わせて押し合った時、ルークの全身が淡い金色に輝いた。

第七音素セブンスフォニム……? 超振動か!」

 ヴァンの声を聞いて、ティアがはっと目を見開く。

「いけない、ルーク! あなたは、実戦で使えるほどの超振動の制御は、まだ……!」

「くうっ……。うわぁああああああっ!!」

 叫ぶルークの全身から白光が迸り、周囲に猛風と轟音が荒れ狂った。

「ルークっ!」

「きゃああああっ」

「なっ、何〜!?」

「まずい……暴走か!?」

 仲間たちはそれぞれに声をあげて震動に耐える。誰もがアクゼリュスを思って恐怖したが、さほど間を置かずに静まった。

 パイプオルガン型の譜業端末が、それのあった壇ごと消失していた。だが、それ以外は消えずに済んだらしい。ルークは荒い息をついており、貧血でも起こしたかのようにがくりと膝をつく。

「……ふ……ふふ……はははははは!」

 ルークの間近、消失した床の縁に残っていたヴァンが、狂ったように笑いをあげた。

「この程度……所詮は出来損ない、か」

「……く」

 睨むが、まだ立ち上がれないルークの上で剣を振り上げる。

「消えるがいい、レプリカ!」

 が、振り下ろされ掛けた剣は直後に動きを変えた。キィンと高い音を立ててナイフが弾き飛ばされる。それを投げ放った妹をヴァンが見た、刹那。

「ぐっ……!?」

 駆け込んで来たガイがヴァンの懐に刃を叩き込んだ。のけぞった視界に、立ち上がったルークが剣を振るう姿が映る。

「うぉおおおおおっ!」

 その刃が、ヴァンの肩から脇腹までを、深くえぐり裂いた。

「うぁっ、ぐ……」

 ヴァンはよろめく。たたらを踏む足下に、ぽたぽたと鮮血が散って血溜まりを作っていった。それでも膝をつくことを己に許さず、剣を床に突き立てて体を支える。だが、そうしながらもふらつきは治まらなかった。

「失敗作に……倒されるとはな……」

 血の気の失せつつある顔に自嘲の笑みを浮かべて、油断なく様子を窺っているルークたちを見やる。肩を揺らして、ヴァンは笑い始めた。

「ふふふふ……ふはははは……! ふふふ……面白いではないか……!」

 一瞬、その顔に怒りの色が浮かぶ。身を支えていた剣から手を離すと、ふらつく足どりでゆっくりと後ずさった。――ルークの超振動によって削られた床の縁、遥か地核へと繋がる奈落の口へと。

 皮肉な笑いを漏らし続けながら、ふわりとその体が宙に舞う。

「……っ!」

 刹那、伸ばしかけた手を、しかしティアは伸ばさずにぎゅっと握った。

 誰も奈落の底を覗き込もうとはしなかった。あの深手では、治癒術を使ったとしても助かる率は殆どない。それは誰の目にも明らかだったからだ。己の死骸を敵の前に晒さない。誇り高いヴァンらしい最期だと言えた。

 血溜まりの中、突き立った剣だけが、まるで墓標のようにそこに残っている。

 それから目を逸らすように、ルークは黙って背を向けた。剣の血を払い、鞘に収める。

 ティアは、じっと兄の消えた辺りを見つめていた。隣に並んだナタリアが様子を気にしていたが、何を言うべきでもない。声を掛けようとしたガイを片手で押し留めて、黙ったままきびすを返した。それを見送って、ガイも何も言わずに従っていく。同じように、ジェイドもティアの横顔から瞳を逸らし、背を向けて歩き出した。ヌイグルミを抱いたアニスが付いて行く。

 仲間たちの気配がなくなっても、ティアは墓標を見つめ続けていた。まるで人形になってしまったかのように。

 その肩にそっと置かれる手がある。ビクリと震えて、彼女は顔を向けた。

 優しい瞳で、ルークが微笑んでいる。

 それでも一瞬、伏せた瞳に悲しげな陰がよぎりはしたが、上げられた顔はやはり優しかった。目でティアを促し、仲間たちの後を追って彼も歩いていく。

 それを見送るティアの顔に、初めてはっきりと悲痛が滲んだ。それを振り切るように墓標に背を向け、彼女も歩き出す。

 まだ終わったわけではないのだ。世界の為に、やらなければならないことがあるのだから。





 パッセージリングへは、端にあった透明な坂道スロープを螺旋に降りていけばよかった。本の形の操作盤は閉じられていたが、ティアが前に立つと開かれる。リングの上空、円形の天井に、この惑星に存在する十のセフィロトを示す図像が浮かび上がった。

 それを見上げながら、リングの前に決然とルークは進み出る。

「……っ」

 両手をかざし、超振動の力を収束させた。アブソーブゲートを示す円から赤い枠を消去し、コマンドを書き込んで、他のセフィロトと線で繋ぐ。図像全体が輝き、青い文字が浮かんで消えた。

 これからだ。ルークは図像に意識を集中させた。繋いだラインを介し、アブソーブゲートから全てのセフィロトへ第七音素セブンスフォニムの波動を送り込まねばならない。それを認証キーとして命令の書き直しを行うのだ。

 パッセージリングを繋ぐラインを、感覚が捉えた。外殻を走る地脈を通り、各地のセフィロトを目指して伸ばしていく。――が、各パッセージリングからの反応を掴めなかった。届かないのか。元々無茶な操作だからなのか。

「くそっ……力が足りない……!」

 何度アクセスしても繋がらない。力が無為に消費されていく。全身にひどい疲労が広がり始めてルークは顔を歪めた。気が遠のきそうになる。

(駄目だ。まだ、俺は……!)

 ぐらつく意識が絶望に落ちかけた時、フッと負荷が軽減されたのを感じた。

(ラジエイトゲートのパッセージリングが起動した……!?)

 この北の極地のアブソーブゲートと対になる、南の極地のラジエイトゲート。時間切れで起動を諦めていた音機関のプロテクトが解除され、他のリングへとラインを繋いでいる。惑星を巡る全ての気脈が通じ、開かれたのが分かった。そこを辿ってくる力がある。

「この超振動は……まさか!」

 今のパッセージリングは、命令者であるルークの第七音素セブンスフォニムにしか反応しない。しかしその力は確実に各地のリングにアクセスしていた。ルークと全く同じ音色の、しかしもっと強さを持った響きだ。

 惑星の北と南から伸びた力は、網の目のような地脈を走って手を結び、やがて一つに混じり合った。全てのリングが刻み込まれた命令に従ってセフィロトツリーの出力を弱め、外殻大地の緩やかな降下を開始する。

「想定通り、障気がディバイディングラインに吸着していますね」

 図像に浮かんでは消える文字を見上げながら、ジェイドが横に歩み出て来て言った。照射する力を緩めないまま、ルークはチラリと彼を見て笑う。が、すぐに視線を戻して表情を引き締めた。最後まで気を抜く訳にはいかない。

 ルークの全身が淡い金色を帯びて輝いていた。どこからか不思議な音色が聞こえてくる。その音の向こうから、途切れ途切れに聞き覚えのある声が響いた。

 

 ――……シュ、ルーク! 鍵を送る! その鍵で私を解放してほしい! ……栄光を掴む者……私を捕らえようと……私を……

 

(……?)

 ルークは掲げていた両腕を下ろした。全ての外殻が降りた感触がある。全身が泥のように重く、激しい眩暈に襲われた。

「う……ぐぅっ」

 ぐらりときてよろめき、危うく床に手をついて片膝を落とす。

「ルーク? どうしました?」

 荒い息をつきながら、痛みをこらえるように顔を顰めるルークを見て、ジェイドが訊ねた。

「ローレライが……」

 言いかけて、ルークは口をつぐむ。

 ローレライが意味の分からないことを言ってくるのはいつものことだ。そんな個人事でみんなを煩わせる時ではないだろう。

「……いや、今はいい。それより、成功したことをみんなに知らせないと」

 頭痛も眩暈も大きな波は引いていた。立ち上がって、ルークは背後の仲間たちに向き直る。

「ええ。イオンもノエルもお父様たちも……きっと心配していますわ」

 頷いてそう言ったナタリアの向こうで、ティアは再びぼんやりと表情を失っていた。

「……兄さん」

 漏れ落ちた囁きを聞きとがめて、ルークは顔を曇らせる。
「ティア……」

「……ごめんなさい。ルーク」

 我に返った表情をして、ティアはルークに顔を向けた。

「これで……よかったのよ」

 言い切って、目を伏せる。

 彼女がそう納得しているのなら、何を言うべきでもないのだろう。

「分かった」

 短く返して、ルークは仲間たちを見渡した。

 ティア、ガイ、ナタリア、ジェイド、アニス、そしてミュウ。数ヶ月の旅を共にしてきた仲間たちは、誰一人欠けることなくここにいる。全ては終わった。終わらせることが出来た。大地はあるべき姿を取り戻し、新たな歴史がこれから始まるのだ。

「……みんな、帰ろう! 俺たちの大地へ!」




 パッセージリングを見返して、ルークはセフィロトに吸い込まれ続ける記憶粒子セルパーティクルの流れを見上げた。この流れの始まりには、ラジエイトゲートがある。

(アッシュ……。ありがとう……)




 そして遠く南の果て、ラジエイトゲート。

 アブソーブゲートへ向けて噴き上げる記憶粒子セルパーティクルを見上げていた顔を下ろし、アッシュはパッセージリングに背を向けた。

 赤い髪をなびかせ、硬い足音を立てて遺跡を立ち去っていく。その表情には、決然とした色が浮かんでいた。





「あなた自身で確かめて下さい。ヴァンを越え、その先にある答えを……」

 イオンはルークにそう言いました。ヴァンから自立した時、ルーク自身が何をしたいのかが分かるはずだと。

 

 ずっと『師匠せんせい』と呼んでいたヴァンを呼び捨てにし、「あなたが俺を認めなくても、俺は……俺だ!」と言い切ったルーク。その剣でヴァンを倒します。

 しかし、それはただ、怒りの感情に呑まれただけの行動だったのかもしれません。

 ティアに、「もう一度、説得しよう」と言ったルーク。けれどヴァンは聞く耳を持ちませんでした。彼にとってルークは対等に話をする存在ですらなかった。それでも「俺という存在のせいで預言スコアは狂い始めてるんでしょう?」と必死にルークは縋ります。自分が何か意味を持って生まれた、特別な存在であるという可能性に。ですが、それすらもヴァンは嘲笑って一蹴するのでした。

 

 ヴァンは、ルークの投げかけた言葉を何一つ受け止めませんでした。己を倒したルークの剣すらも認めなかった。「失敗作に倒されるとはな」と嘲笑って。

 最期まで、ヴァンはルークを全く認めることがなかったのです。

 果たして、ルークはヴァンを乗り越えることが出来たのでしょうか?

 イオンが告げたように、自分がどうしたいのか、進むべき道を見出すことが出来たのでしょうか。

 

 世界は全て魔界クリフォトに落ち、新たな秩序が生み出されました。

 この世界で、地獄に落ちてしまったルークの本当のさすらいが始まる事になります。







 素朴な疑問。どうしてアッシュはラジエイトゲートのパッセージリングを起動させることが出来たんでしょー。ユリアの血筋でもないくせに。

 ヴァン師匠、アブソーブゲートはバッチリ閉じ直してたみたいなのに(ティアが起動させてたから)、ラジエイトゲートは起動させたまんま落とすのを忘れてたんでしょうか? うっかりさんだなぁ。



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