哄笑が聞こえている。

『哀れなレプリカに教えてやろう。お前はユリアの預言スコアを覆す捨てゴマとして生まれた代用品。ただ、それだけだ』

 赤い色が飛び散った。

『何故お前がここにいる。――私の邪魔をするな、レプリカ風情が』

 更に飛び散る。

『レプリカが……小賢しい』

 飛び散った赤で辺りはどんどん染まっていったが、誰の姿も見えなかった。侮蔑を含んだ哄笑だけは絶え間なく続いている。

『失敗作に……倒されるとはな……』

 一際明瞭にそれが聞こえた。それを境に、哄笑は唐突に遠ざかっていく。全てを染めていた赤は急激に彩度を失い、灰となり、黒となった。全ては闇に喰われていく。

 

『何かの為に生まれなければ生きられないと言うのか? だからお前は、ただのレプリカでしかないのだ』

 

 遠ざかる哄笑は、それでも完全に消えることはなく、ごうごうと渦を巻いて風の音のように轟き続けていた。





Bachicul KIMLASCA=LANVALDEAR
28day,Rem,Gnome Redecan
ND2018

「……しゅじんさま。ご主人様」

 声が聞こえていた。耳元で、甲高い調子で絶え間なく。

「ご主人様、起きるですの!」

「う……ん……」

 目を閉じたまま眉根を寄せて、ゴロリと寝返りを打つと声に背を向けて丸まった。

「嫌だ……」

 このままずっと眠ったふりをしていたい。一日なんて始まらなくていい。何も考えたくない。

「みゅうぅぅ。パパさんとママさんが呼んでるですの」

 だが、頭の後ろで聞こえる泣きそうな訴えを聞いて、ルークはパチリと目を開けた。再び寝返りを打って、枕元に立っている小さな青いチーグルを見つめる。真っ直ぐ見返してくる大きな瞳に映った自分の顔を見て顔を顰め、渋々と半身を起こした。

(行きたくねぇな……)

 窓の外に目をやる。薄いカーテンの間から差し込む日差しはとうに高く、空の青さは嫌になるほど鮮やかだった。

「行かなきゃいけないのかな。……いけないんだろうな」

 呟くと、のろのろとベッドから降りる。着たままで寝皺だらけになっていた上着を別のものに替えて、ざっと身支度を整えると、部屋の扉を開けた。

 中庭は光に満ちていた。以前と同じように。ただ、咲き乱れる花壇の辺りにいつもあった老庭師の背中は見えない。引継ぎの作業が忙しいのだろう。荷物も少しずつまとめるつもりだと言っていたから。

「お、お疲れ様ですルーク様……」

 庭の片隅にいたメイドが、ルークを認めて言葉を詰まらせた。

「今……、今は掃除中です。ちゃ、ちゃんと仕事してますので……」

 その顔色は青ざめている。早く向こうへ行ってくれと言わんばかりに頭を下げて視線をそらす。

 中庭から本館に入ると、警備中の白光の騎士たちと行き会った。

「こ、これはルーク様……。ご、ご機嫌いかがですか?」

 間の抜けた挨拶をしてきた騎士は、何気ないふりをしながらこちらをひどく気にしている。ルークの視線に気がつくと、取り繕うように「わ、我々は、ルーク様がレプリカでも従事しますので……」と付け足した。しかしその声はうわずっている。

 強張った笑みだけを返して、ルークは騎士の脇を通り過ぎた。

 周囲のこんな反応には、もう慣れていた。己がレプリカだということは、明かしておかねばならなかったことだ。――本物アッシュのためにも。だから、自分でも納得したことだったのに。

(みんなは俺がレプリカだって分かっても、全然普通に接してくれてたから……。それに慣れちまってたのかな)

 かつて数ヶ月の旅を共にした仲間たちの顔を思い浮かべる。我知らず、重い息が口からこぼれ落ちた。

「……はぁ」

「ご主人様、家に帰ってきてから溜息ばかりですの」

 足下からミュウの声が返った。

「そうか。やっぱ、ちっと引っかかってることがあるからかな」

「なんですの?」

 ルークは俯いた。

「色々……みんなのこととか、これからのこととか……。あとアッシュ……。あいつ、今何してんだろ……とか、な」

 本当はそればかりではない。けれど、出来るだけなんでもないことのように軽く言った。

「ふむふむですの」

「んなこと考えてる間に、なんだか一月ひとつきも経っちまったんだな……」

「ご主人様……」

 ミュウが悲しそうな声をあげた。

 この一ヶ月、最もルークの傍に――いや、唯一ルークの傍に控えていたのは、この青いチーグルだ。両親との取次ぎさえ、今は使用人ではなくミュウが引き受けている。現況には心を痛めているのだろう。





「まだ寝ていたのか」

 応接室に入ると、父のファブレ公爵が咎める声を出して睨みつけてきた。

「……すみません」

「ここに帰ってきてもう一月になる。ナタリア殿下は御公務で世界中を回られているというのに、お前はなんという体たらくだ。少しは公爵家の人間として相応しい生活を送りなさい」

 いつもの小言だった。この数週間、嫌になるほど聞いてきた。

「……お話はそのことだけですか」

 思わずそう返してしまったが。

「いや、アブソーブゲートでの戦いについて確認しておきたい。

 ヴァンが地核に落ちていった時、剣は床に突き刺さったままだったか?」

 ルークは目を瞬かせた。

「はい……」

「元帥。ではやはり何者かが……」

 テーブル脇に控えていたセシル将軍が言うと、「うむ」とファブレ公は頷く。

「何かあったんですか?」

「プラネットストームが急激に活性化を始めたと、ベルケンドから報告がありました」

 セシルがルークに視線を向けた。ファブレ公が続ける。

「アブソーブゲートとラジエイトゲートへ調査隊を派遣したところ、何者かが侵入した形跡があり、ヴァンの剣も無くなっていたそうだ」

「誰かが回収したってことですか?」

「そうなると思います」

 未だ要領を得ない顔のルークに向かい、セシルが断定する。ファブレ公が立ち上がった。

「セシル少将。陛下にご報告するぞ」

「はい」

 歩き去る父の後に若き女将軍が従っていく。それを見送っていたルークに、席についたままの母の声が掛けられた。

「……お友達に会いに行ってはどうですか」

「母上……?」

「屋敷に戻ってからのあなたは、ずっと塞ぎ込んでばかり……。まるでここに居場所はないと言わんばかりの顔をしています」

「そんなことは……」

 誤魔化すように、ルークは片手で頭を掻く仕草をした。だが、目を合わせることが出来ない。

「旦那様がガイに暇を与えてから、あなたにとってこの屋敷はただ息苦しいばかりでしょう?」

「……」

 どんな時もずっと一緒だったガイは、今はもうこの屋敷にはいなかった。

 彼が敵国たるマルクトの伯爵子息であり、復讐の為に使用人に身をやつしていたことは全て暴露されていた。両国が平和条約を結び、共に様々な苦難を乗り越えた今となっては復讐も水に流されたが、だからといって今まで通りでいられるはずもない。ファブレ公爵はマルクト人が好きではなかったし、なにより、マルクト皇帝から直々に召還がかかったのだ。ガルディオス伯爵家の資産を戻し、家を復興させると。

 異を唱えることなど何もありはしなかった。急な話だったため殆ど身一つでガイは飛び立っていき、彼の後見役だった老庭師も、ゆっくりと事後処理をしながら彼を追う準備を行っている。

 以前と変わらないように見えるのに、何もかもが違っていた。ただ、鳥かごの口は開かれてある。そうしようと思えば、いつでもここから出て行けた。――……以前はそれを切望していたというのに。

「必ず帰ってくると、約束さえしてくれるのなら、気晴らしに行くのもいいと思いますよ」

 母の声は続いている。

「……俺、帰ってきていいんですか?」

 思わず呟くと、「当たり前です」と強い声が返った。

 どうして、こんなに胸が苦しくなるんだろう……。そう、ルークは思う。

「行ってきます」

「くれぐれも気をつけて、ルーク。無理をしないでね」

 優しい声とまなざしに背中を押されて、ルークは応接室を後にした。





 一度部屋に戻って簡単な旅支度を整え、腰の後ろに剣を差す。この重みを感じるのは久しぶりだった。そのまま玄関に向かおうとして、ふと思い立って使用人棟へ向かう。ガイがいなくなってからはここに足を運ぶことはなかったが、老庭師に出立の挨拶くらいはしておこうと思った。

「そうですか……。それは良いことでございましょう。近頃ルーク様は塞ぎ気味でおられましたからなぁ」

「ありがとう。……ペールはまだガイの所へは行かないんだな」

 部屋中に並べられたままの花の鉢や本の山を見渡して言うと、「これで引継ぎが結構大変でしてな」と彼は笑った。十四年間もこの屋敷の庭園関係を一手に引き受けていたのだ。そうなのかもしれない。

「じゃあ、俺もう行くから」

 そう言って、ルークは部屋の扉を開ける。――と。廊下の向こうから、メイドたちが話す声が聞こえてきた。



「――でしょ?」

「そうそう。私、怖くって」

「まさかルーク様が人間じゃなかったなんてね」



 ギクリとして体が強張る。その間も声は続いていた。



「レプリカって言うんでしょ。複製人間って……一体何なのかしら。気味が悪いわ。私、お暇をもらおうかな」

「突然暴れたりしないわよね……」

「本物のルーク様は無事でおられるんでしょう? どうしておられるのかしら」

「あっ、そういえばさっきラムダスさんに聞いたんだけど、ルーク様、また旅に出るらしいって」

「本当? じゃあ、当分お屋敷にはいないのね。よかった……」

「もう帰ってこなくていいのに」



「ご主人様!」

 突然走り出したルークに驚いて、ミュウが声を上げる。構わずに、青ざめたメイドたちの間を突っ切って玄関へ向かった。だが玄関扉を潜る前に、ホールにいた誰かにぶつかりそうになる。

「悪ぃ……」

 咄嗟に謝って、それが執事のラムダスだということに気がついた。父親と並んで口うるさい男だ。また小言でも言われるかもしれない。

「ルーク様。奥様からお聞きしました。ご友人に会いに行かれるとか」

 だが、ラムダスが口にしたのは予想とは違うことだった。懐から紙の束を出して、両手で丁寧に差し出してくる。

「旦那様から止められておりましたが、ルーク様宛にお手紙をお預かりしております」

 ルークの顔が強張り、声が低く くぐもった。

「なんで父上がそんなことを……」

「公爵家の跡取りとして相応しいお方とだけお付き合いなさるようにとの、旦那様のご配慮です」

「……っ」

 強張っていた顔に、一瞬で激情が上る。

「本当の跡取りは俺じゃなくてアッシュだって、お前も知ってるだろ! 手紙を貸せ!」

 乱暴に手紙をひったくると、ルークは玄関から飛び出して行った。





 ファブレ邸の玄関アプローチは長い。

「ご主人様……待って下さいですのー!」

 全力で走る背後からミュウの必死の声が追いすがっていることに気がついて、門を出たところでルークは足を止めた。しばらく荒い息をついて、門の辺りを囲む低い塀に寄りかかる。その上に飛び乗って、ミュウがルークの顔を覗き込んできた。

「ご主人様、大丈夫ですの?」

「……平気だよ。俺がレプリカなのはホントのことだし」

 そう言って、手に握ったままだった封筒に目を落とした。

「……ガイとアニスとティアか」

 ざっと差出人を確認して、ふと声を落とす。

「アッシュからなんて……来る訳ないか」

「ご主人様……。アッシュさんに会いたいですの?」

 訊ねるミュウに、ルークは視線を向けなかった。

「外殻大地を降ろした時、手伝ってくれたのはあいつだし、本当なら今ここにいるのは俺じゃなくて……」

 ルークは黙り込んだ。ミュウも何も言わなかったので、しばらく沈黙が落ちる。

 ルークは仲間たちと共に世界を巡り、外殻大地を降下させる作業を行った。そうしなければ大地は崩落し、人類は消滅していただろうから。

(だけど、俺は世界を救った訳じゃない。俺は償っただけなんだ。こんなことじゃとても償えないほど多くの人の命を、俺はこの手で奪ってきたんだから。それに、アッシュの手助けがなければ外殻を降ろすことは出来なかった。俺は結局、一人じゃ何も……)

 

『雑魚に用はない。あれは劣化品だ。一人では完全な超振動を操ることも出来ぬ』

 

(一人じゃ何も出来なかった。――いつか、師匠あのひとに、言われた通りに)

「俺があいつみたいに声を送れればいいんだけどな。前に一度出来たきりだし……」

「そういえばご主人様、ヴァンさんを倒してから、頭痛いって言わなくなったですの」

「そういやそうだな。アッシュだけじゃなくて、ローレライの声も聞こえなくなったもんな……」

 外殻大地を降ろした時、不思議な音色と共に聞こえてきた声を、ルークは思い浮かべた。

 

 ――……シュ、ルーク! 鍵を送る! その鍵で私を解放してほしい! ……栄光を掴む者……私を捕らえようと……私を……

 

(そういえば、あれきりか……)

 あれは何だったんだろう。考えてみるだに分からなかったが、そもそも、ローレライの言うことの意味が分かった試しがない。

「まあいいや。行くぞ」

 声の調子を明るく改めて、ルークはミュウを促した。

「皆さんに会いに行くですの?」

「ああ。さっきの父上たちの話も気になるし、みんなの意見を聞いてみるよ」

「また旅ですのね? どこから行くですの?」

「港だな」

「みゅうぅ?」

「シェリダンに行くんだ。アルビオールを借りにさ」

 そう言うと、ルークはミュウを見下ろして笑う。ミュウも嬉しそうな顔をした。

「皆さんに会うの久しぶりですの。楽しみですの」

「そうだな。随分会ってない気がする」

「あれから皆さんどうしてるんですの?」

「ティアはユリアシティでテオドーロさんの手伝いをしてるんじゃないかな。ガイの奴はジェイドと一緒にグランコクマにいると思う。イオンは導師としてダアトにいるだろ? アニスも結局、導師守護役フォンマスターガーディアンに復職したらしいから。ナタリアはキムラスカの使者として各地を巡ってるって話だ」

「忙しそうですの」

「そうだな……何もしてないのは、俺だけだ」

 知らず目線が下がって、ルークは暗く声を落とす。――が。

「大丈夫ですの! ご主人様はちゃんとご飯食べてたですの!」

 満面の笑顔でミュウに言われて、赤面してぐっと喉を詰まらせた。

「ミュウ、フォローになってねぇ!」

「みゅぅ……」

 ミュウは申し訳なさそうに縮こまる。

「ったく。行くぞ!」

 誤魔化すように横柄に言って歩き始めたルークを、ミュウが慌てて小走りに追った。

「目指せシェリダン、ですのね?」

「ああ。アルビオールがないと不便だからな。……って。待てよ。アルビオールを借りるっつっても、ノエルの力を借りないといけないのか」

 ルークの足が止まる。

「ご主人様は操縦できないんですの?」

「ガイなら。もしかしたら出来たかもな」

 そう答える。ジェイドも出来たかもしれない。ティアは操縦は出来ないだろうが演算機を扱えるし、アニスは世慣れているし、ナタリアには人望と指導力がある。

 自分には、何が出来るのだろう。

 剣なら多少扱える。超振動は――大して制御も出来ないし、あまり役に立たない気がした。

(アッシュなら、違うんだろうけど)

 自分の力なんてちっぽけなものだ。

 みんなは、それぞれの力を生かして世界に貢献し、実のある日々を過ごしているというのに。自分は……。

(何が出来るのか。どうすればいいのかさえ……まるで分かっちゃいないんだ)

 公爵子息という立場がなかったら、きっと誰にも鼻にも引っ掛けてもらえないだろう。そして、それすらも仮初めだ。――今は本物アッシュの代わりにここにいる、ただそれだけのレプリカなのだから。

「俺は……何も出来ない駄目人間だ……」

 自信の持てることが何もない。存在を支えるものが何もない。グラグラとふらつく己を支えるのに精一杯で、何も出来ない。情けない。みっともない。役立たずの、屑だ。

 胸が苦しくなって、ルークはうな垂れる。

「そんなことないですの! ボクにブタザルって名前を付けてくれたですの!」

「……う……。ごめんな。嫌な名前を付けて」

 懸命にフォローしてくれようとするミュウの気遣いが、今は痛い。もはや怒鳴りつける気力も失って、ルークは僅かに赤面して肩を落とした。ミュウはといえば、「みゅうぅ? ブタザルは撤回ですの?」と悲しげに耳を垂らしている。まさか、ブタザルと呼ばれることを喜んでいた訳ではあるまいに。そうだ、最初の頃は確かに嫌がっていたではないか。こんな小さな生き物に向かって口と手で暴力を振るっていた自分が情けない。情けないが。

(……でもブタザルって感じなんだよな……こいつ……)

 見れば見るほどそう見える。少しばかり気まずい思いで、ルークはそっとミュウを盗み見た。


 レプリカ編の開始です。

 一ヵ月後のルークのグダグダの状態に、プレイヤーの誰もが驚くのではないでしょうか。世界を救った英雄として、幸せに華々しく暮らしていると思ったのに。自信を完全に喪失し、日々怯え、夢も目的もなく、部屋に引きこもって暮らしている。

 おまけに、これまでルークにあれだけ好意的だった屋敷の使用人たちが、こぞって冷たい……というより、怯えた、引いた態度で接している。ルークがレプリカだと知れたからです。

 ちなみに、使用人たちに一回話しかけると表面的な言葉が、二回話しかけると内心の本音が聞けるのですが、私は一周目の時は使用人たちに一回しか話しかけておらず、二周目で初めて二回話しかけてみて、彼らは内心でこんなことを考えていたのか、と酷いショックを受けました。特に、玄関で見送っているメイドの一人が「もう帰ってこなくていいのに」と内心で思っていたことを知った時は、とても悲しかったです。

 

 メイドたちは殆ど全員が怯えていて、ルークに頭を下げながら内心で(突然暴れたりしないわよね……)(怖くない、怖くない……)などと考えています。要するに、『レプリカ』というものが何なのか理解されていないのです。生物フォミクリーの存在は社会的に知られていないようなので無理もないのですが。『レプリカ』を得体の知れない化け物か侵略者のようなものではないのか、と恐れているのでしょう。(お暇をもらおうかな……)と考えているメイドすらいます。

 ただ、たった一人だけ、「私はルーク様をお慕いしておりますから」と言うメイドもいます。……メイドが主人に告白するのは禁忌だと思うのですが、ルークがレプリカだと分かったために、逆にこんな告白がなされたのでしょうか。

 白光騎士団の方はメイドたちよりは割り切った考えの者が多く、(レプリカって言われてもな……)(見た目は普通だし)(いきなりレプリカって言われても全然普通だしな)と内心で考えて、いつもと変わらぬ態度をとり、 「レプリカであってもルーク様はルーク様です!」「私はいつでもルーク様と共にあります」と言っています。(本物のルーク様は……)などと内心で考えつつルークに対してぎこちない対応をする者と、半々くらいの感じです。

 

 余談ですが、私は白光騎士団が内心で(見た目は普通だし)などと考えていたことを知った時、最初は裏切られたような気がしてショックでした。口では「レプリカであってもルーク様はルーク様です!」などと言っているのに、内心ではレプリカだとバカにしていたんだ、と思ったのです。

 しかしWEB上の様々なレビューを拝見していて、それらの白光の騎士たちは『ルークがレプリカだと知っても、全然普通だと考えて気にしていない』と解釈されているのを見て、あっそうだったんだ、と目からウロコが落ちたのでした。私も卑屈な目で彼らを見てしまっていたようです。

 

 恐らくシナリオライターさんが意図的にそうしてるのだと思ってるのですが、旅の仲間たち(と、ルークの両親)はルークに対してレプリカ差別を全くしないのですよね。アクゼリュス直後など「レプリカのくせに」「偽者だったくせに」とか、歯に衣着せぬアニス辺りは言いそうなものなのに、それだけは言わない。……これを言ってしまったら、(イオンとの関係も併せて)ルークと仲間たちの関係が修復不可能になるから避けたのだろうと私は思いました。代わりに、屋敷の人々が『レプリカを差別する世間の目』『親しかった人々がレプリカだと分かってから冷たくなる』という状態を体現してくれたのではないかと。

 ともあれ、全員がルークを否定しているわけではなく、両親を含めて、ちゃんとルークを認めて好きでいてくれている人々もいるのですが、ルークはすっかり自信を喪失し、部屋に閉じこもって、周囲の目を恐れるようになってしまっています。そしてそんな自分に自己嫌悪し、ますます自信喪失する悪循環。生まれてから片時も離れたことのなかった親友で兄貴分のガイがいなくなったのも、ルークの孤独に拍車をかけています。

 母の気遣いで、かつての仲間たちに会う旅に出発しますが……。

※ちなみに、この一ヶ月の間にジェイド、ガイ、アニスが何をしていたかは、ファンディスク『テイルズ オブ ファンダム Vol.2』で語られています。

 

 素朴な疑問。

 ルークがアッシュについてミュウと話す時、「俺があいつみたいに声を送れればいいんだけどな。前に一度出来たきりだし……」と言いますよね。

 えええ? ルークからアッシュに声を送れたことって、今まで一度もないですよね。なにそれ。

 …アッシュの意識に閉じ込められてた時のことを言ってるのかな? まあ確かに、あれはルークの声がアッシュの頭の中に送られてる状態ではありましたよね。

↑フォームでご指摘を頂きました。ファミ通文庫版のノベライズ『緋色の旋律』で、外殻降下後の(アッシュ……。ありがとう……)というルークの言葉がアッシュに通じていて、つまりそれがルークが意図的にアッシュに声を伝えたシーンだという解釈があるそうです。むむむ。しかし、私にはそういう風には読み取れませんでした。

 

 港に行く前にバチカル城に寄り、城の二階の渡り廊下の警備をしている兵に話しかけると、中の一人が突然、棒のようにばたっと床に倒れて、膝を曲げて仰向けに寝たまま、すーっと床を滑って移動していきます。多分製作スタッフさんの悪戯なんだと思うんですが、すげぇビビッた。

 

 それはそうと、ファブレパパの駄目っぷりが際立っていますね。

 今まで放任してたのが、ルークに父として積極的に向き合おうとし始めたようですが、その方法が『ルークの友達からの手紙を握りつぶす』『生活態度を改めろと説教する』。むぅ。つくづく独善的で、ある意味 過保護な人だ……。

 過保護ってのは、ベタベタ甘やかすって事だけでなく、過干渉も当てはまると思うのです。ファブレパパは、規律正しい生活をして、キムラスカ貴族なんかと付き合うのがルークにとって正しい、為になることだと思ってて、その通りの型に押し込もうとしてるんですよね。それは間違ってるわけでもないですが、支配的――過干渉かなぁと。アッシュなんかだとその期待に比較的スムーズに応えられるのかもしれないけど。(価値観が近いと思うんで。そもそも、アッシュのルークへの接し方ってのも、ファブレパパのそれに似てるかもね)

 ルークと父親の関係にもう少しの変化と決着が訪れるのは、まだ先のことです。

 

 『セシルとフリングス』のサブイベントを、セシルが指輪を受け取るところまでこなしているならば、バチカルの港で自動的に次のイベントが起こります。


 バチカル港は、訪れた者や旅立つ者、船員、荷を降ろす人夫たちなどで溢れかえっている。人波の中を歩いていると、 「ルーク様」と声を掛けられた。見れば、金髪を結い上げた女将軍が歩み寄ってくるところだ。

「バチカルをお出になるのですか?」

「ああ……まあな。セシル将軍はどうしてここにいるんだ?」

「私は軍務中です」

 答えると、セシルは表情を柔らかく緩ませる。

「その節はありがとうございました。ナタリア殿下がお口添え下さったおかげで、陛下も私とアスランとの婚姻をお認め下さいました」

「よかったですの!」

 足元でミュウが笑い、ルークの表情も久しぶりに明るく綻んだ。

「式はいつになるんだ?」

「私はまだアブソーブゲートの調査が残っております。この任務が終わりましたら軍を退役しますので、その後ということになります」

「随分先だな」

「でも気の早いことに、我が家ではフリングス将軍へ渡す衣装の作製が始まりましたわ」

 恥ずかしそうにセシルは笑ったが、ルークはキョトンとして問い返す。

「衣装? 結婚式のか?」

「いえ……そういう訳では」

 少し戸惑ったようにセシルは言葉を切り、「花婿の為に花嫁が針を入れた衣装を持って嫁ぐと、幸せになれるという故事です」と説明をした。

「形式化していて、私は一針しか入れていないのですが……」

「へえ……。そういうことは俺、全然知らないからな。とにかく、幸せに!」

「……はい。ありがとうございます」

 微笑んで、セシルは待たせていた幾人かの兵と共に港を立ち去った。





 定期船はバチカルの港を出港し、青い海をシェリダン目指してひた走っていた。

「なんとか乗れたな」

 甲板に立つルークの髪を潮風が揺らしている。「よかったですのー」と、足元でミュウが笑った。

 民間船に乗るのは初めてで、少々手間取ってしまった。船賃をどこで払えばいいのか。どの乗り場へ行けばいいのか。

 思えば、一人で船に乗ること自体初めてだ。

(そもそも、今年の頭頃までは海を見たことだってなかったんだもんな。バチカルに住んでたってのに)

 初めて乗った船はカイツール軍港からケセドニアへ向かう特別仕立ての連絡船で。あの時は、ティアがいた。ガイも、イオンも、ジェイドもアニスも。……そしてヴァンも。

(ヴァン師匠せんせいか……。師匠が亡くなってから、もう一ヶ月経つんだよな)

 そんな思いが浮かぶ。

師匠せんせいは、最期まで俺を認めてはくれなかった……)

 

『失敗作に……倒されるとはな……』

 

「……」

 脳裏に幻の声を聞いて唇を噛み締めた時、足元からミュウの無邪気な声が聞こえた。

「ご主人様、皆さんのお手紙読まないですの?」

「うん? 読んでみるか」

 表情を緩めて、ルークは荷物から手紙の束を取り出す。

「誰のからにするかな……」

 三つの封筒を眺めて、一つを選んだ。ミュウにも聞こえるように声に出して読み始める。

 

ルークへ。
 外殻大地が降下したことでユリアシティは一時混乱。このユリアシティとローレライ教団上層部との関連が末端の教団員にも知られはじめ、祖父テオドーロが新しい体制作りに奔走中。
 兄ヴァンの罪は、既に死亡したこともあって、伏せられて葬儀が執り行われたが、一部神託の盾オラクル騎士団員が教団から離籍し姿をくらました模様。全ての沈静化にはまだ時間がかかると思われる。
 ……あの、手紙なんて書いたことがないから、おかしかったらごめんなさい

 

「……これじゃあ報告書だろ」

 読み終わって息をつくと、「ティアさん、大変そうですの」とミュウが言った。

「そうだな。まだ終わっちゃいないんだ。……それに、ティアは体のこともあるし……」

 ティアがユリアシティに戻って祖父の補佐のような仕事に就いたのには、自宅療養という面も少なからずある。外殻大地降下のためのパッセージリング起動作業は、彼女の身体に障気に汚染された第七音素セブンスフォニムを蓄積させた。だが、現代の医学では体内の障気を取り除く術はない。症状を薬で抑えながら、せめて穏やかに過ごさせるしかなかったのだ。

 降下作業が全て終わったら、ティアの障気蝕害インテルナルオーガンを癒す方法を探したい。かつて、ルークはガイとそんなことを話し合ったこともある。……だが、結局何一つしてあげられてはいない。

(俺ってホント……役立たずだよな……)

「ご主人様、他の手紙も読んで下さいですの」

「あ、ああ」

 暗い思いから浮上して、ルークは次の封筒を開いた。

 

『ルーク。元気にしてるか? 俺はピオニー陛下のご厚意で、グランコクマに屋敷を構えてなんとか生活している。俺も一応貴族なんで、貴族院にも顔を出すようになった。
 もっとも今の仕事は、陛下の飼ってる『ぶうさぎ』を散歩させることでね。使用人っぷりはお前のところと変わらないぜ。あの陛下を相手にしてるとお前が懐かしくなる。是非こっちにも遊びに来てくれよな』

 

「ガイさんからですの」

 ミュウは「元気そうで良かったですの」とニコニコ笑ったが、ルークはなんだか複雑だった。

「ぶうさぎ……。散歩……」

 困惑するような、笑いたくなるような、変な気分だ。

「ピオニー陛下って、ブウサギなんか飼ってたんだな」

「でも、とっても楽しそうですの」

「ん……」

 ガイは、もうすっかりマルクトに馴染んでいるのだろう。

 ルークは最後の封筒を開いた。アニスからのものだ。

 

やっほー、ルーク! アニスちゃんでーす。
 っていうか、超退屈だよぅ! 相変わらずイオン様はぼや〜っとしてるし、周りはしょぼくれたジジイしかいないし。アニスこのままじゃいきおくれちゃう。
 なのでルークがどうしてもって言うなら、いつでも公爵夫人になったげるからね。
 旅費を送ってくれたら遊びに行ってあげちゃうv 船は豪華客船プリンセスナタリア号の特別室でよろしくぅv

 

 読み終わると、ハァ、とルークは大きく息を落とした。

「相変わらず目が滑る……」

「アニスさんも元気いっぱいですの」

「そうだな。元気すぎっつーか」

 読み終わった便箋を丁寧にたたんで、それぞれの封筒に戻した。

「みんなそれぞれ頑張ってるんだな。俺だけか……。引きこもってウジウジしてたのはさ」

「ご主人様……」

 風に乗って、甲板にいる他の客たちが口々に話す声が聞こえた。



「世界が全て落ちたんだってな。ここが魔界クリフォトだなんて信じられないよ。魔界での生活に預言スコアのない生活……。今までと違い過ぎて、なんか頭がおかしくなっちゃいそうだ」

預言スコアを詠んでもらえない、そんな世界が来るなんて信じられないわ。何を着てどこに行けばいいかまで自分で考えなくちゃならないなんて。これからどうしていけばいいの? 不安だわ……」

預言スコアがない世界なんて、生きる指針がなくなったよ。世界が落ちるなんて誰も教えてくれなかったし、未来が分からないのは不安だ」

「こんな時だから預言スコアを詠んでほしいのにな……」



 ルークは黙って海に視線を流す。

 シェリダンの港へ着くまでには、まだ時間がかかるだろう。アルビオールなら数時間の道のりも、船では数日がかりだ。





「なんじゃ。お前さんもアルビオールを借りに来たのか」

 シェリダンの街に着いて集会所に入るなりそう言われて、ルークはポカンとアストンを見返した。

「……ってことは、誰か借りに来たんですか?」

「お前さんにそっくりの……。アッシュと言ったかの」

 ハッとして、ルークは碧の目を見開いた。

「どうしてもと押し切られてな。三号機を貸してやったわい」

「いつですか!?」

「一月前ぐらいかのぅ。――そうそう、外殻大地降下作戦の頃じゃ。ラジエイトゲートへ行くと言っておった」

(そうか……。俺を助けてくれた時だ……)

 一ヶ月前、ヴァンを倒してアブソーブゲートから全ての外殻を降ろそうとした時。アッシュはルークたちが向かうのを諦めていたラジエイトゲートから力を送り、降下を助けてくれた。どうやってあの僅かな時間でラジエイトゲートに行けたのかと思っていたが、アルビオール三号機を使っていたのか。

「その後は? 何か言ってなかったですか? どこかへ行くとか……」

「いや……」

 申し訳なさそうにアストンは言葉を切ったが、涼やかな声がその後を継いだ。

「アッシュさんなら、ユリアシティに行くと言っていましたよ」

「え?」

 見れば、階段の上に赤いパイロットスーツに身を包んだノエルが現われていた。

「三号機は兄のギンジが操縦しているのですが、この間戻ってきた時に次はユリアシティへ行くと……」

「まあ、そういうことらしいわい」

 アストンが言って、話を本題に戻す。

「で、アルビオールだったな。ノエル、飛ばしてやってくれるか?」

「勿論です」

「ありがとう。ノエルにはいつも迷惑かけてるよな、俺」

 側に来たノエルにルークが微笑みかけると、彼女は明るく言葉を返した。

「そんなことはありません。私は空を飛ぶのが好きですし、またご一緒できて光栄です」

 そして、顔をつと伏せる。その頬は淡く朱に染まっていたのだが、ルークの目に触れることはなかった。

「――私、アルビオールを外に運んでおきますね」

 居たたまれなくなったようにノエルは駆け出して行く。取り残されたルークに、アストンが訊ねた。

「ところでどこに行くつもりなんだ?」

「みんなを訪ねに行きます」

「アッシュさんを追いかけるのならユリアシティへ行くですの。ティアさんもいるですの!」

 足元からミュウに言われて、ルークは少し憮然とした。

「勝手に決めんなっつーの……」

「なんじゃ、てっきりプラネットストームの活性化のことかと思っとった」

「そっちにも話が行ってるのか?」

「うむ。今はまだ大丈夫だが、これ以上プラネットストームの威力が激しくなると、タルタロスでは地核の震動を抑えられないかもしれぬぞ」

「そうか……。ユリアシティに行ったらその辺りも聞いてみるよ」

 ルークはそう請合う。「くれぐれも無理はせんようにな」と言うアストンに別れを告げて、集会所を後にした。




 ノエルは飛晃艇船渠ドックの地下格納庫から街の外にアルビオールを回してくれている。

「アッシュの奴、ユリアシティに何の用があるんだろう」

 街の出口へ向かって歩きながら呟くと、足元からミュウが声を返した。

「行き先が分かって良かったですの」

「そうだな」

「ユリアシティにはティアさんもいるし、丁度良いですの」

「何が丁度いいんだよ」

「みゅぅ? ご主人様、ティアさんに会いたくないですの?」

 不思議そうに問われて、ルークの顔がうっすらと赤くなった。

「ティアに会いたいって言うか、みんなとだな……」

 ごにょごにょと口の中で呟いている。「ティアさんに会いたいですの?」と嬉しそうに念を押され、とうとう真っ赤になって怒鳴り散らした。

ティアだけじゃねーっつってるだろ! とっとと行くぞ! アッシュがどっか行っちまったら、また面倒だろうが!」

「みゅう? 何怒ってるですの?」

「くぅ〜っ、なんか今日のお前、むかつく!!」

 ルークはガシガシと赤い髪を掻きむしる。

「訳が分からないですの……」

 ミュウは困った顔で耳を垂らした。


 天然お子様な一人と一匹のみ、フォロー役なしで会話してるとこんなことに(苦笑)。でも、なんか可愛いですね。

 

 アストンたちとの会話は、ギンジが死亡している場合だと少しだけ内容が変わります。アッシュはどこへ行ったのかを教えてくれるノエルの台詞が以下のように。

「この間三号機が整備に戻って来たのですが、その時に、次はユリアシティへ行くと聞きました」

 三号機を操縦しているのが誰なのか不明になっています。……ギンジ死亡ルートだと、最終決戦の時は三号機はアストンが操縦しているのですが、この時は違う人が操縦していたらしい。誰なんでしょう?


 一ヶ月と少し振りに訪れたユリアシティは、まるで別の街のように見えた。街を覆うガラス張りのドームからは青い空と白い雲、水平線を境に広がる紺碧の海が見え、日の光がさんさんと降り注いでいる。二千年間障気の闇に隠されていた街は、今やその存在を暴かれ、白日の下にさらけ出されていた。

「久しぶりですな、ルーク殿」

 驚いたことに、港にテオドーロ市長が待っていた。アルビオールの寄航が報せられていたのだろうか。

「ご無沙汰してます。ユリアシティはどうですか? 少し混乱したと聞きましたけど」

 ティアの手紙の内容を思い出してそう訊ねてみる。

「ユリアの預言スコアから外れた世界がどうなっていくのか。この街の人間は順応できるのか。色々と心配していましたが……まあ、なんとかなっているようです。――ところで、今日はどういったご用件で?」

「あの、最近アッシュが訪ねて来なかったかと……」

「ああ、彼なら少し前に来ましたよ。地核へ行く方法はないのかと訊かれました」

「地核……ですか?」

 意外な話を聞いて、ルークは眉根を寄せた。

「どうして……」

「ローレライがどうとか……。詳しいことは話してもらえませんでしたが」

「ローレライ……」

 

 ――……シュ、ルーク! 鍵を送る! その鍵で私を解放してほしい! ……栄光を掴む者……私を捕らえようと……私を……

 

 思い浮かぶのは、やはりあの奇妙なメッセージだ。

(あのとき聞こえた声と関係があるのか……? だからあいつはバチカルに帰ってこない?)

 ルークには意味の分からなかったあの声を、アッシュも聞いていたのだろうか。もっとはっきりした形で。それで何かをしている?

 その可能性は高い気がした。

(だってあいつは被験者オリジナルで……。俺はレプリカなんだから)

「ご主人様? どうしたですの?」

「あ、いや……。なんでもないよ」

 我に返ったルークの耳に、テオドーロの声が聞こえた。

「或いはアッシュ殿もプラネットストームの活性化を気にかけているのかもしれませんな」

 やはり、ユリアシティでもこの情報は知られているのだ。

「地核の震動は、そんなに危険な状態なんですか?」

「いえ、今すぐどうということはありません。その辺りはティアが導師イオンに報告するため書類をまとめています。気になるようでしたらティアに訊いて下さい」

 そう言って、テオドーロは「ティアなら自分の部屋にいるはずです」と促した。

「ありがとうございます。行ってみます」

 頭を下げて、ルークは街へ続く長い通路を歩き始めた。




「地核にローレライにプラネットストームか。やっぱ俺だけじゃさっぱり分からねぇ」

 歩きながらルークは呟く。

「ティアさんに訊けば分かるですの?」

「報告書をまとめてるみたいだから、きっと何か手がかりを持ってるだろ」

 そう答えながら、(俺がプラネットストームのことを詳しく聞いても意味がないけどな)とルークは思っていた。

(どうせ俺にはよく分からない。でも……)

「とにかく、ティアに会わないとな」

「はいですの」

 ルークは足を速める。何故だろう。今はただ、ティアに会いたい。





 ティアの部屋から続く中庭には、以前と変わらずに青白いセレニアの花が咲き乱れていた。ただ、庭の中央には以前はなかった墓碑が建っている。

 その前に、灰褐色の髪を垂らした少女の後姿があった。ゆっくりと近付いて、ルークは墓碑の前に片膝をつき、こうべを垂れて鎮魂の祈りを捧げた。

「ありがとう。……兄さんに祈ってくれて」

 静かに立ち上がったルークに、ティアがその青い瞳を向けた。

「……久しぶり。手紙、ありがとう」

「う、ううん。私、手紙なんて初めてで」

 ティアの頬に僅かに赤みが差す。ルークは笑って片手で頭を掻いた。

「……まあ、個性的だったよ」

 恥ずかしそうに目を伏せたティアに、足元からミュウが「本当に久しぶりですの」と笑う。

「そうだな。なんだか随分会ってなかった気がする」

「そうね」

 久しぶりに見た顔は気恥ずかしい気がして、どことなくフワフワと落ち着かない。

「にしても、ティアは相変わらずだな」

 小さく笑ってルークが言うと、ティアは「いつでも行動できるように準備はしておいたから」と微笑みを返した。

「全ての大地が降下しても、まだ何が起こるか分からない……そんな時、この教団の衣服の方が色々都合がいいもの」

「何言ってんの?」

 ルークはきょとんとする。ミュウも「みゅみゅ?」と不思議そうに首を傾げた。ところが、ティアまでもがきょとんとしている。

「え? この格好の事でしょう?」

 ぽかんとしてルークはティアを見つめていたが、やがて「は、はは……」と笑いをこぼした。

「ホント相変わらずだな。……なんかちょっとホッとした」

「ふふふ。なんだかご主人様、ちょっと元気出たですの」

「ん、気が少し楽になったって感じ?」

 ルークとミュウは笑顔を見交わしたが、ティアは小首を傾げて不思議そうだった。

 やがて、墓碑に体を向け直す。

「私ね、今ちょうど兄さんにあなたのことを話しかけていたの」

「ティア……」

「兄さんは預言スコアを無くすために被験者オリジナルの人類を見捨てようとした。でも今のこの世界だって、預言のない世界に出来る筈だわ。兄さんは何故あんな極端な方法を選んだの? ルークの方法の何がいけなかったのって。

 ……私はこの一ヶ月、ずっとそんな風だったわ。駄目ね……」

「……俺だって同じだよ」

 ルークは呟いた。視線を宙にさまよわせた彼の横顔を、ティアが見つめる。

「考えれば考えるほど怖くなるんだ。俺はあの屋敷に住む資格がない。あの家にいるべきなのは、アッシュだ。でもあの家を追い出されたら、俺はどうやって生きていったらいいのか分からない」

「どうしたって生きていけるわ。貧しくても働いて……」

「そんなことは分かってるんだよ!」

 遮るようにルークは叫んでいた。言葉を失ったティアに気付いて、「ごめん……」と気まずげに視線を逸らす。

「だけど俺には本当は名前もない。家族もいない。空っぽだ。だけどあの屋敷にいればルークって役割がある。少なくとも不安にならなくて済む」

「……でも今のあなたは暗い顔をしているわ。とても不安そうよ」

「……母上の言う通りか。俺、やっぱりそんな顔してるんだな」

 苦く笑って、ルークはティアに背を向けた。

「本当は家にいたって、居場所はないんだ。みんな俺のことをレプリカって目で見るんだから」

「……そう。でも、少なくともあなたのお母様はそんな方ではないでしょう?」

「だけどアッシュが帰ってきたら?」

 ルークはバッと向き直る。

「俺なんか要らないって言われるんじゃないか?」

「あなた、ナタリアの騒ぎの時インゴベルト陛下に言ったことを忘れたの? 七年間一緒に暮らしてきた記憶は本物でしょう? それはあなたのご両親だって……」

「理屈じゃ分かってるんだ! 俺は俺だって! だけど……俺って何だ?」

 震える声を吐き出して、ルークは墓碑に視線を向けていた。

師匠せんせいが言ってただろ。『何かの為に生まれなければ生きられないのか?』って。少なくとも俺はそうだよ。不安なんだ。俺は、何の為に生まれたのかって」

「……あなたにとってあの旅は何だったの? 変わるための旅じゃなかったの?」

「……変わりたかった」

 ルークは目を伏せる。かつて『変わりたい』と言って髪を切った、その同じ場所で。

「でも変わるにはまず『俺』が必要だ。だけど俺にはそもそも『俺』が無いんだよ。だから俺……『俺自身』を探さないといけないんだと思う」

 花群れの間に、暫しの沈黙が落ちた。

「――本当にあなたに『あなた』が無いのか、みんなに聞いてみるといいわ」

 やがて、ティアがそれを破る。「みんな?」と問い返したルークに、「一緒に旅をしたみんなよ」と答えた。

「私もついて行くわ」

「だけどお前、障気で体が……」

「痛みは薬で抑えられるわ。障気はもう消えているからこれ以上進行することもないし。それに……」

「それに?」

「……ううん。なんでもないわ」

 ティアは静かに首を振る。

「丁度、報告書をダアトに届ける仕事があるの。ダアトならアニスがいるでしょう?」

 ゆっくりと、ルークの顔に明るい色が広がっていった。それと、心配と。

「分かった。一緒に行こう。だけど無理はするなよ」

「ええ。ありがとう」

 微笑みをティアは返す。

 二人は再びこの庭から歩き始めた。


『それに……放っておけないもの』

 どこまでも世話の焼けるルークです。心配なティアは、病気なのにルークの自分探しに付き添う決心をしちゃうのでした。

 

 個人的に、レプリカ編に入るとティアが随分とルークに優しく……というか柔らかくなるのでビックリなのでした。今回のやり取りを、崩落編のルークの断髪シーンの台詞と比較してみると、いかに物言いが柔らかくなったかが分かるというものです。不安に震えるルークに「私はいつでもあなたを見限ることが出来るわ」なんてことは、もはや言いません。

 そんだけルークの事を好きになった(認めた)ということか、兄の死や病気で弱ったということか、大人になったということなのか。まぁ、それでもティアはティアなんですが。(今後も例のティア節は出るしね。)

 

「ナタリアの騒ぎの時インゴベルト陛下に言ったことを忘れたの? 七年間一緒に暮らしてきた記憶は本物でしょう?」とティアは言います。ティア自身、血の繋がらないテオドーロに育てられていて、今や彼だけが家族なのだから、感じるところがあるのかもしれません。でも、ナタリアやティアのケースとは、ルークの立場は似ているようで違うんですよね。ナタリアの場合、本物のナタリア王女は既に亡くなっていますが、もし生きていたら、どこかで辛い暮らしをしていたとしたら、「思い出は本物だから、わたくしは王の娘です」と言い切れたでしょうか? 言ったとして、王の側で暮らすことが出来たでしょうか。

 それに、ルークの場合はそもそも自分自身が人間ではない。『レプリカ』なのです。でもレプリカだから、本当の息子ではないけれど血は繋がっている。複雑。

 

 ティアにプラネットストームの話を聞きに行った筈なのに、一言も訊きゃしねぇルーク。あはは。ティアに逢っちゃったら他がすっ飛んじゃったのね。

 日記に言い訳のように「プラネットストームの事を詳しく聞いても意味がないと思ってる。どうせ俺にはよくわからないことだ。」と書いてあるのが笑えます。

 誰かに自分の不安を聞いて欲しかったんだねぇ……。日記にはこう書いてあります。

「ティアはこの一ヶ月、ヴァン師匠が何故あんなにも極端な方法を選んだのかを考えていたらしい。ティアでもそうなんだと思った瞬間、俺はずっと心に溜めていたものをはき出してしまった。
 ヴァン師匠は最期の時、俺に言った。『何かの為に生まれなければ、生きられないのか?』って。俺はレプリカで、空っぽで、どこにも居場所がない。何のために生まれたのか、それがわからないと存在が消えてしまいそうなんだ。」

 自分がレプリカで、だから空っぽだと思っているルーク。……このずっと先、同じ考えを持っているレプリカとルークたちは戦うことになりますが。その時のルークはどう変化しているか……。

 

 ティアの家の前に老婦人(?)がいて、話しかけるとこう言います。

「また世界を回るつもりなのね。あなたたちには進むべき道があるのかもしれないけど、テオドーロ市長のこと少しは思ってあげなさい」

 テオドーロはヴァンとティアを育てて、二人とも自慢の孫で。でもヴァンは大罪を犯した上に死亡、ティアは不治の死病を抱えてしまった。実際、辛いでしょうね。でもテオドーロはルークと共に出発するティアを止めません。「ティアよ。くれぐれも無理のないようにな」と言って送り出してくれるのでした。

 ルークの母と同じように、塞ぎこんでいる様子を見て、あえて外に出した方がいいと判断した……のかな。



 世界の在り方が変化し、二千年の間 世界を支配していた預言は廃止された。人々の多くが変化に取り残され、口々に不安を囁いています。

 そしてルークもまた、自分の存在や生き方に悩み、不安に慄いています。ティアも、不治の病に侵され、明日をも知れぬ不安に揺れている。

 不安な世界。不安な心。

 レプリカ編は常に不安な空気に包まれているような気がします。




 これ以降、幾つか各地でサブイベントを起こせるようになっています。

 ケテルブルクホテル3Fの客室で ねこにん姿の子供に話しかけると、『モンコレ』イベントが起こります。

 ちょっと長いので、別ページで紹介します。→モンコレレディ関連イベント

 シェリダンでは、樽破壊のミニゲームが出来るようになっています。18個以上破壊出来ると、ルークの称号『タルブレイカー』が手に入ります。


 宗教都市ダアト。ローレライ教団の総本山であるこの街には、法衣を着た教団員や信者たちが静かに行き交い、変わらぬ佇まいを見せている。

「アニスの奴、相変わらずなのかな」

 第一自治区の街並みを歩きながらルークが言うと、ティアが小首を傾げた。

「相変わらずって?」

「玉の輿がどうとかってさ」

「そうね……。ダアトは今、色々と混乱しているし、導師イオンもとてもお忙しいそうだから、そんなこと言っていられないんじゃないかしら」

「……手紙を読む限り、変わってなさそうだったけどな」

「そんなことないと思うわ。アニスだって導師守護役フォンマスターガーディアンに復帰している訳だし」

 ティアは柔らかく、けれど頑固に言い募ってくる。ニヤッと笑って、「じゃあ、賭けようぜ」とルークは持ち掛けた。

「賭けるって……何を?」

「ミュウのご主人様の座とか」

「……!」

 ティアの頬がぱっと紅潮した。

「受けて立つわ!」

 常ならぬ様子で、勢い込んで乗ってくる。

(やっぱりな……)

 笑い出しそうになるのをルークはこらえた。ティアは隠しているつもりらしかったが、彼女がチーグルやヌイグルミや、『可愛いもの』が好きなのは、さすがに分かってきている。

「みゅうぅぅぅぅ……。ボクの意思は無視ですの……」

 可哀相に、ミュウは二人の足元でしおしおと耳を垂らしていた。

「……ですからぁ、この石は犠牲を表しているのです」

 そのうちに、人ごみの中から覚えのある声が聞こえてくる。見れば街中の石碑の前に、癖のある黒髪をツインテールにした軍服の少女の姿があった。

「はい、以上を持ちまして石碑の説明を終わりま〜すv

「ありがとうございました。これが説法代です」

 説明を聞いていた女性が、頭を下げてお金を手渡している。受け取って、少女は立ち去る女性を満面の笑顔で見送った。

「アニス。施設外でお布施を頂くのは禁止されている筈よ」

「うわっ!! ティア! それにルークまで!」

 歩み寄りながら咎めたティアを見て、アニスはぎょっと目を瞠る。次いで、懇願するように見上げてきた。

「あう……見逃してよぅ」

「駄目よ」

「パパとママが騙されて作った借金を返さなきゃいけないんだもん。ね? ね?」

「なんだかすげーな、その話……」

 ルークが呟くと、縋る目で両拳を口元に当てて訴えてくる。

「そうでしょ、ルーク? 可哀相でしょ? おかげで私のお給料もパパたちのお給料もぜーんぶ取り上げられちゃうんだから!」

 しかし、ティアは頑として揺るがない。

「それはお気の毒だと思うけど、だからってあなたも騙していい訳じゃないでしょう?」

「……ぶー。じゃあ、返してくるよぅ」

 頬を膨らませて、女性を追って走り出したアニスを、慌ててルークが呼び止めた。

「あ、待ってくれよ。俺たちイオンに会いたいんだ。取り次いでくれないか?」

「はーい。じゃあ教会で待っててくださーい。もー、人使い荒いんだからぁ」

 そう言い残してアニスは駆けていく。

……何も知らないくせに

 口の中に小さく吐き出された言葉は、ルークたちの耳に届くことはなかった。





 一足先に教会に入り、ルークたちはアニスを待った。

「アニスもなんだか相変わらずって感じだな」

 笑って言うと、足元でミュウも嬉しそうに飛び跳ねる。

「ですの。元気いっぱいですの」

「それにしても、規律を破ってお布施を取ろうとするのはいけないわ」

「まぁ、ちょっとぐらい良いんじゃないのか? 相手も納得してたし」

「駄目よ。騙すことには変わりないんだから」

「だめですの」

 ミュウにまで叱る口調で言われて、ルークは少し首をすくめる。

「分かった分かった。それにしても、借金か〜。大変そうだったな。アニスの奴」

「そうね。ご両親が騙されたって言ってたけど……」

「後で詳しく話聞いてみた方がいいのかな」

 何か力になれることがあるかもしれない。ルークはそう思ったが。

「どうかしら……。彼女にも事情があるでしょうしね」

「そっか。あんまり立ち入ったこと聞くのもまずいか……」

 人との距離は難しい。思い直して、(それにあの様子じゃ、そんなに深刻そうな感じに見えなかったしな)と思う。

「とにかく、今はまずイオン様に会いましょう」

「そうだな」

 頷いてから、ルークはふと思いついて訊ねた。

「なぁ、モースはどうなったんだ?」

 モースは預言スコアを遵守するために戦争を起こそうとしていた。世界が預言から外れ、教団の方針も変わった今、彼はどうしているのだろう。

「大詠師職を追われたわ。今、査問会のために拘留中よ」

「ってことは……。今、ローレライ教団の最高権力者って誰だ?」

「今も昔も導師イオンよ」

 苦笑いして、ルークは片手で頭を掻いた。

「あ、そうか。なんかモースの奴がずっと偉そうにしてやがったから、忘れてた」

 ローレライ教団の最高権力者でありながら、教団内でのイオンの力はずっと弱かった。だが、ついにモースを公的に退けたのだ。それだけイオンが力をつけたということだ。

(イオンの奴、やったな!)

「お待たせ〜v

 そこに、アニスが駆け込んで来た。愛嬌のある瞳で二人を見上げてくる。

「それにしても久しぶり! 特にルーク!」

 アニスの声音が咎める響きを帯びた。

「手紙送っても返事ないしぃ。何してたの?」

「う、うん。ごめん……」

「イオン様も心配してたよ。『ヴァンを倒したことでルークの探していた答えが見つかるといいのですが』って」

 イオンの口真似までしたアニスの前で、ルークの視線は頼りなく宙をさまよった。

「いや……それは……」

「もぅ、うじうじしてるなー。こっちはそんな暇もないよ。相変わらずみんな、預言スコアを詠んでくれって来るから。とてもじゃないけど宗教改革なんて無理って感じ」

 アニスは両腰に手を当てて頬を膨らませている。

「そうか……。みんなまだ預言スコアを知りたがるのか……」

魔界クリフォトに落ちたことは教団の秘預言クローズドスコアだったと思ってるのよ」

 ティアが補足する。「だから預言スコアは外れてないって思い込んでてね」とアニスが言った。

 バチカルからシェリダンへ向かう定期船の上で耳に挟んだ声を、ルークは思い出した。人々は一様に不安を口にしていたように思う。預言スコアに頼らない世界を指導者たちは目指しているが、世界が変わったから不安になる。不安だから預言スコアを詠んでもらいたくなる……。堂々巡りだ。

「イオン様、大変ですの」

「ああ。あいつ、また無理して倒れてないといいけどな」

 ミュウとルークが声を交わしていると、アニスが思い出した顔になって言った。

「あっと、二人とも……」

「ミュウもいるですの」

 ムッとして訴えたミュウに「分かってるよー」と唇を尖らせ、言い直す。

「三人とも、イオン様に用があるんだよね。イオン様はお部屋だよ」

「よし、行くか」

 アニスに先導されて、ルークたちは導師の部屋へと続く譜陣を踏んだ。





 執務室に入ると、イオンは席を立って笑顔で迎えてきた。

「ルーク! ティア! お久しぶりです」

「よかった。元気そうだな」

 歩み寄って、ルークはイオンの顔を見る。瞳に輝きがあり、血色もいいようだ。

「ええ。あの旅以来、ダアト式譜術を使う機会がないので体調がいいんです。あなたはどうですか?」

 笑ってイオンはそう問うたが、ルークは咄嗟に喉を詰まらせた。アニスが肩をすくめて言い放つ。

「あ〜、なんかダメダメみたいですよぅ?」

「ダメダメとか言うなっ」

 ルークにジト目で睨まれても、アニスはどこ吹く風だ。

「まだ悩んでいるんですね」

 静かにイオンの瞳が見つめてくる。知る限り唯一の同胞――レプリカである彼に、ルークは問いたかった思いを投げかけた。

「イオンは、もし被験者オリジナルが生きていたら、どうしてると思う?」

「アッシュのことが気になりますか?」

「……気にならない訳ないだろ」

 落ちたルークの声は、低く くぐもっている。

「そうですね。僕は……無論、仮定の話になりますが。レプリカという存在を世界に知らせるための活動をしたいですね」

「イオンらしいな……」

「あの旅で、僕は誰かの代わりではありたくない……と気付いたんです」

 そう言って、「ようやくですけどね」とイオンは微笑んだ。アニスは何を考えているのか、じっと視線を沈めている。

(だけど俺は……そんなこと出来そうにない)

 ルークは思った。屋敷で、自分がレプリカであることを知らせて。その結果、何が起こっただろう。

 

『もう帰ってこなくてもいいのに』

 

(要らないって言われたら……怖いよ)

 ルークは目を伏せる。

 会話が途切れ、間が空いた。ルークたちの話は済んだと踏んだのか、ティアがファイルを持ってイオンの前に進み出る。

「導師イオン。プラネットストームの活性化に関する報告書をお届けにあがりました」

 これが本来の目的だ。受け渡されたファイルを開き、イオンは内容を一読した。

第七音素セブンスフォニム大量消費……。これがプラネットストーム活性化の原因ですか……」

「はい。第七音素セブンスフォニムの大量消費に関しては、未だに原因が不明です。それに、そこにも書きましたがプラネットストーム活性化は兄の計画の一つでした」

 そう言って、ティアは「最近、アブソーブゲートへ何者かが侵入した形跡もあると聞いていますし……」と、ルークから聞いた情報を付け足す。そのまま口ごもった彼女に、イオンが緑の目を向けた。

「あなたはヴァンが生きていると考えているのですか?」

「いえ、兄が……というより、兄の残した計画がと言うべきなのかもしれません。レプリカ大地計画の亡霊がうごめいているような気がするのです」

師匠せんせいの計画か……」

 ルークは呟いた。

「師匠はどうして徹底的に預言スコアを消そうとしたんだろう」

 ルークたちは一ヶ月前にヴァンを倒したが、彼の思想の全てを理解していたわけではない。彼は預言スコアに盲従する世界を嫌悪し、それを滅ぼしてレプリカ世界と入れ替えようとしていたが、何故そこまでしようとしたのかは分からなかったのだ。

 

『この星はユリアの預言スコアの支配下にある。預言から解放された新しい世界を創らねば、人類は死滅するのだ』

 

 最後の戦いの時、ヴァンはそう言っていた。彼はこの星の未来に何を見ていたのだろう……。

 全員が黙り込んだが、アニスの声が場を動かした。

「はうっ! イオン様、そろそろ詠師会の会合が始まりますよっ」

「そうでしたね。――すみません。時間が無くなってしまいました。せめてお二人をお見送りしますよ」

「そんな! 申し訳ないです」

 ティアは慌てて辞退したが、「見送りたいんです」とイオンは強く言った。そして微笑む。

「行きましょう」





 イオンとアニスに見送られて教会の扉から出ると、階段を上ってくる金色の頭が見えた。

「ガイ!?」

 その青年の姿を確認して、驚きでルークは叫ぶ。ガイもルークに気付き、青い目を見開いて声をあげた。

「ルーク!? なんだってお前がここに!?」

「それはこっちの台詞だよ。お前、何してるんだ」

「いや、それが……」

 何か説明しかけて、ガイはルークの背後のイオンに目を留めた。

「おっと、導師イオンもご一緒ですか。丁度いい」

 言って、イオンの前に駆け寄って来る。

「僕に何か?」

「マルクト貴族院を代表して参りました。お耳に入れたいことがあるのですが、正式な手続きを踏んだ方がよろしいですか」

 発された言葉は流暢で淀みがなかった。

「時間も無いことですし、この場で結構です。第一、そのために僕の友人であるあなたが遣わされたのでしょう?」

「ご明察です。ご報告は二点あります。

 まず一点。グランコクマの収容所から神託の盾オラクル騎士団のディスト響士が脱獄しました」

 ルークたちはぎょっと息を呑む。アニスだけは目を伏せた。

「二点目はモースのことです。ディストは元大詠師モースを査問会へ護送する船を強襲した模様。巡回中のマルクト海軍が見つけた時、船の乗組員は全滅しており、護送中のモースの遺体はなかったそうです」

「ディストがモースを助け出したってことかしら」

 推測したティアに顔を向けて、「そうなるな」とガイは言った。

「とにかく以上の経緯を踏まえ、くれぐれもご注意下さるようにとのことです」

 俄かに、事態が激しく動き始めたように思える。

「アブソーブゲートで師匠せんせいの剣を持ち帰ったのってディストなのかな……」

 ルークが呟くと、「そんなことがあったのか?」とガイが眉根を寄せた。

「なんだか嫌な感じだな。アッシュはアッシュでローレライのこととか調べてるみたいだし」

「アッシュか……。そういえばあいつ、結局バチカルに戻ってないんだな」

「なんで知ってるんだ?」

 ガイに手紙は出していない。ファブレ邸の近況など何も教えていなかった。視線を送ると、「この間、グランコクマで奴に会ったんだよ」と答えが返ってくる。

「その時に六神将から目を離すなって忠告を受けたおかげで、ディストの脱獄にいち早く気付いたって訳さ」

「あいつ、他に何か言ってなかったか?」

「そういや、セントビナーに行くって言ってたな。ローレライの解放がどうとかって……」

 ルークは息を飲んだ。

「あいつもローレライの声を聞いてたんだ! あいつには意味が分かったってのか!?」

 その可能性はあると、確かに思っていた。自分には意味が分からなかったが、本物オリジナルのアッシュには通じていたのかもしれないと。――だが。本当に。

「何? どうしたのルーク」

 苦しげに顔を歪めたルークを見て、ティアがうろたえた声を出す。構わずに、ルークは衝動のままに叫んでいた。

「俺、セントビナーへ行く! アッシュを追いかける!」

「なんだか分からないが、とりあえずアッシュを追いかけるなら一緒に行こうぜ」

 明るい声が聞こえた。視線を上げると、懐かしい人好きのする顔が笑っている。

「俺も奴を捜すように陛下に言われてるんだ」

「ガイ……。うん、ありがとう」

 ルークが表情を緩めた一方で、アニスがおずおずとイオンを見上げていた。

「……あ、あのぅ、イオン様」

「どうしました?」

「私も一緒に行っていいですか?」

「一人で行くんですか? 珍しいですね」

 イオンは僅かに目を丸くする。アニスは導師守護役フォンマスターガーディアンだ。今イオンのいるのがダアトで、導師守護役が他にも控えているとはいえ、これまで自主的にその任から離れたことはなかったのだが。

「もちろん構いませんよ。僕もちょっと気になりますから。アッシュの言葉……」

「そうですね。ディストから目を離すな……ではなくて、六神将から目を離すな……。彼は何か知っているのかもしれません」

 考え考えしながらティアが言い、ルークが音頭を取った。

「よし、みんな。セントビナーへ行こうぜ」

「皆さん、お気をつけて」

 イオンに見送られて、ルークたちは教会を後にした。




「――アルビオールを借りたのか。じゃあ、ノエルもいるんだな」

 歩きながらガイは言う。見上げてくるルークの視線に気付いて足を止め、仲間たちを見渡してニッと笑った。

「なんかドタバタの再会だけど、まぁ、久しぶり」

「ええ。久しぶりね」

「おひさし〜」

 ティアは微笑み、アニスは口に手を当てて笑った。ルークも小さく笑みを浮かべる。

「なんか色々頑張ってるぽいじゃん」

 先程のイオンへの報告姿は見事だった。マルクト貴族院の一員として少しも恥ずかしくはない。離れていた一ヶ月、ティアやアニスは相変わらずで安心したが、ガイはすっかり変わってしまったのかもしれない。

「まぁな〜。ピオニー陛下もジェイドも人使い荒いのなんの……。お前んとこの使用人だった頃の方が忙しくないかもな」

「ははは」

 ルークは笑う。

「それにしても、ティアもアニスも、全然変わらないな」

「ぶーぶー。私ちょっとだけ背が伸びたし。胸もおっきくなったんだから」

「……そ、そう……。それは失礼」

 胸を張って主張するアニスに向かい、ガイは微妙な笑顔で謝った。ルークがティアに顔を向ける。

「でもガルドへの執着心は変わってないな。ティア、賭けは俺の勝ちだぜ」

「……あ、それならミュウのご主人様の座は……」

「俺のままか。ちぇっ、もっといいもの賭ければよかったな」

「なんだ? そんな賭けをしてたのか? 勝っても負けても、ルークは痛くも痒くもないじゃないか」

「そうだよ。どうせならぱーっと一億ガルドとか賭ければいいのに」

 アニスが言い、「というか、それなら私が受けて立つのに〜」と、ニンマリ笑った。

「いくら俺でも、勝手にそんな大金動かせるかってーの……」

 ぶすりとルークは頬を膨らませ、ガイやアニスはそれぞれに笑ったが。

「ところで、元大詠師とディストの足取りはつかめていないの?」

 ティアは生真面目な顔で話を切り替えてきた。例によって。

「君も相変わらずだね〜」

 ある意味では、ティアは場の空気が読めない。少し困り顔になったガイを見て、ティアは不思議そうに目を瞬いた。

「??? そうかしら? 服のこと?」

「違うだろ……」

 ルークは肩を落としている。

「はは……。ともかく、モースとディストは今のところ手がかり無しだ」

「教団の本部に帰る訳にもいかないしね。どこ行っちゃったんだろ」

 アニスは考え込む仕草をした。ガイが続ける。

「アッシュの奴が知ってるかもしれないな。会って話を聞いてみれば、何か分かるだろ」

「六神将の事だけじゃない。あいつはローレライについても、師匠せんせいの計画についても何か知ってる気がする……」

 ルークの瞳が、再び不安定に揺らいでいた。それを見ながらティアは静かに頷く。

「……そうね。セントビナーに急ぎましょう」

「ああ」

 頷きを返して、ルークは足を踏み出す前に一度、手の平を強く握った。


「勝っても負けても、ルークは痛くも痒くもないじゃないか」

 ガイさん……ひどいですの……。

 

 イオンは「レプリカという存在を世界に知らせるための活動をしたいですね」と言い、ルークは日記に「イオンならそうかも知れないな。だけど俺は……そんなことできそうにない。いらないって言われたら……怖いよ。」と書いています。

 でもゲームを終えてから考えてみると、実際にはレプリカの存在を知らせる運動をしてたのはルークの方なのですよね。ルークは自分がレプリカだということを隠しておらず、レプリカとして世界を巡って多くの人に接し、様々なことを為しましたから。

 レプリカがオリジナルと変わらない、人間だということ。喜んだり悲しんだり苦しんだりする心を持っていること。なんら変わりなくオリジナルの人々と心を繋ぐことが出来ること。……成長する力を持っていること。ルークは身をもってそれを世界中の人間に教えた。私はそう思います。 


 一度崩落を経験したセントビナーは、なんとか街の外観を保ってはいたものの、損傷を免れてはいなかった。あちこちに大きな亀裂が走り、その先への立ち入りが出来なくなっている。それでも粗方の瓦礫は取り除かれ、門から街を隔てる大きな亀裂には吊り橋が架けられて、街は確かに復興の道を歩み始めていた。

 陥没したマルクト軍基地ベースの前に、長い髭を垂らした老マクガヴァンの姿がある。近付くルークたちに気付くなり、皺に埋もれた目を大きく開けて声をあげた。

「ルーク! また髪を切ったのか?」

「はぁ?」

 ぽかんと口を開けたルークの前に歩み寄ってくる。ジロジロと眺め回して、「そうか、さっきのはカツラか」と何やら一人合点した様子だ。

「何が髪が伸びるのが早いじゃ。お前さん、性格の悪いところがジェイド坊やに似たんじゃないのか?」

 ……どう反応を返せばいいのやら。

「……アッシュのことね、きっと」

 声を潜めてティアが言った。

「しっかし、髪が伸びるのが早いって、どんな言い訳だよ」

「あいつ、案外ボケ担当なのかもね」

 ガイとアニスもひそひそと声を交わしている。

「えっと、俺そっくりの髪の長い奴、アッシュって言うんですけど。どこに行ったか知りませんか?」

「なんじゃ、アレはお前さんの双子の兄弟かなんかか」

 ルークが訊ねると、老人は今度はそんな理屈を見つけてきた。

「ある意味一卵性だよね……」

「アッシュが聞いたら怒るだろうけどな」

 アニスとガイの声を聞きながら、ルークは曖昧に頷いて言葉を続ける。

「えっと、そんなトコです。それであいつは……」

「シュレーの丘じゃないかのう。あそこが崩れてはいないか入れるのかと色々聞かれたからな」

 その時、ルークたちの後ろを一人のマルクト兵が慌ただしく駆けて行った。基地ベースが使えない今、セントビナー駐留軍の仮拠点は街の宿屋に置かれているらしいが、そこに入っていく。

「……何かあったのかの? わしは息子の所へ行くが、もういいかな?」

「ええ。ありがとうございます」

 ティアが頭を下げて、歩き去る老マクガヴァンを見送った。

「シュレーの丘か。ちょっと足を伸ばしてみるか」

 ガイがルークに目を向けた。

「う、うん……そうだな……」

 ルークは頷いたが、足はまだ止まっている。ティアが首を傾げた。

「どうしたの、ルーク」

「あ、えっと……。そうだ、店を見ていかないか? シェリダンからこっち、直行ばっかで道具もろくに揃えてないからさ」

「え〜!? すぐにアッシュを追っかけないと、またどこかに行っちゃうかもしれないよ?」

「……まあいいじゃないか、アニス。シュレーの丘には魔物もいるし、準備はしっかりしておかないとな。それに、マクガヴァン元元帥の話を聞く限りじゃ、アッシュがシュレーの丘へ向かったのはほんの少し前だ。あそこはここから近いし、大丈夫、追いつけるよ」

 ガイが取り成すと、ルークはホッとしたように笑った。

「うん、そうだよな。……俺、グミ買ってくるから」

 背を向けて駆けて行くルークを目で追って、ガイは小さく息を吐く。そして呟いていた。

「……それにしても、ルークの奴なんだってあんなにうじうじしちまったんだ?」

「一人で部屋に引きこもってたからねぇ」

 アニスが肩をすくめている。ダアトからここに来るまでのアルビオールの艇内で、一ヶ月の間、それぞれどう過ごしていたかは語り合っていた。ルークは、あまり多くを話したがらなかったが。

「以前は時々自分を追い詰めている事もあったけど……」

 少し俯いて、ティアは悲しそうにしている。

「まあ……、分からないでもないんだ。自分がレプリカで、アッシュの居場所を結果的に奪っている事が気になるのは……。うーん、ただな……」

「ただ……なに?」と、アニスがガイを見上げた。

「イオンは、自分がレプリカだって分かっていても、自分をイオンの偽者だと責めたりはしてないだろ」

「そうね……。でもそれは、元のイオン様が既にお亡くなりになっているからであって……」

「ああ。ルークの場合はアッシュが生きているから、その重みがあるんだ」

 ティアとアニスの目が苦しげに伏せられた。ガイも目線を落とす。

「バカだよな。自分を誰かの『代わり』だなんて思っちまって」

 一ヶ月ぶりに会ったルークは、すっかり暗い顔になっていた。かつての傲慢とさえ言えた奔放さ、明るさや物怖じのなさは薄れて、苦しそうな、何かに怯えたような、不安げな陰に満ちている。

「……もう一人自分がいるなんて、普通考えないよ」

「まぁな。けど本当は単純な話なんだと思う。自分が本当はどうしたいのか――それだけなんだがな」

 呟いたアニスにガイはそう返す。単純だが――それを見つけることが、今のルークには何より難しいのだろう。

「私たちは、ルークに何も出来ないのかしら」

 ティアは切なげに胸を押さえていた。あんなに苦しそうな彼に、出来ることといえば一緒に旅をすることぐらいで。

「……こういうのはね、自分で結論を出さないと」

 やはり悲しげな目をしながら、ガイは言う。

 誰かに与えられた答えでは、人は真に癒されることも、望みを遂げることも出来ない。どんなに苦しくても、回り道でも、結局は自分で心から納得できる答えを見つけるしかないのだ。

「それが『人間』ってもんさ」

 何も考えず、与えられたものだけで満足しているというのなら。――それは、『人形』なのだから。


 崩壊したセントビナーの宿屋のベッドの上に、オニオンスープのレシピがあります。見落としがちなので注意です。


 シュレーの丘の佇まいは以前とまるで変わらなかった。かつては譜術の幻によって隠されていた入口が正面にぽかりと口を開いている。

「……」

 先頭に立って歩きながら、こくりとルークは唾を飲んだ。

 ガイは間に合うと言ったが、実際、セントビナーからここまで短時間で移動できた。恐らくは、この奥にはまだアッシュがいるに違いない……。

「なあ、ルーク」

 背後からガイの呼ぶ声が聞こえる。

「もしかしてお前、アッシュに会うのが怖いのか?」

 ルークの足が止まった。しばらく押し黙り、苦い笑みの浮かんだ顔を向ける。

「……久しぶりに会ったのにガイにはすぐ分かるんだな」

「そりゃお前、付き合い長いしなぁ」

 笑う幼なじみの顔を見ながら、(ガイって本当に人のことよく見てるよな)と感心する思いだった。

 図星だった。確かに、ここまで来ておきながら、アッシュに会うのが怖い。

 アッシュを追いかけると言ったのは自分だ。言った時は本気で会いたかった。会って、問いただしたかった。

 お前にもローレライの声が聞こえたのか? お前には意味が分かったのか?

 ――本当に俺は。お前よりも……。

 

『これは出来損ないでは無理だ。アッシュでなければな』

 

 脳裏に弾けた声が胸を刺して、ルークは唇を噛み締める。首を振ってガイを見上げた。

「ガイは……もう親父のこととかホドのこととか、このままでいいのか?」

「よくないって言ったら何か変わるのか?」

 返った声には微量の怒りが含まれていて、ルークは言葉に詰まって視線を落とした。

「それは……」

「戦争だったんだ。俺以外にも同じ思いをした奴はいる。それに比べれば、俺は本当に知りたかったホド戦争のいきさつを当事者から聞くことができたしな。二度とあんな殺し合いが起きないように働く方が、よっぽど建設的だろう?」

「ガイはあの旅で、過去の自分と決別したのね」

 ティアが言う。

 そう。だからガイは、今はマルクトの貴族として政治にも加わり、戦争のない世界の為に働いているのだろう。

「そういうことかな。まあ……心残りもない訳じゃないが……。今更どうにもならないことだからな」

 復讐を願っていた日々を捨てて、彼はもうとっくに新たな道を歩んでいるのだ。

(それに比べて、俺は……)

 ルークは手の平を握った。汗ばんだそれは、ひやりと冷たく感じられる。

 アッシュとの差を見せ付けられるのが辛い。アッシュがバチカルに戻った方がいいと思っているのに、そうなったら自分がどうしたらいいのか分からない。だから、アッシュに会うのが怖い。

 いつまでも、こんな思いから抜け出せないでいて。

(ダセェな。どうして俺ってこうなんだろう。ガイみたいに決心できればいいのに)

 

 ――やっぱり、レプリカだから駄目なんだろうか……。

 

「えらーいv さっすがガイラルディア伯爵様v

 大きな声で言って、アニスが飛びつくようにガイに抱きついた。

「あ、ありがとう……」

 悲鳴はあげなかったが、ガイは頬を引きつらせてわなわなと震えている。

「……まだ慣れてないんだ?」

 抱きついたままジトリとした視線を送ったアニスに、震えながら謝った。

「すまない。突然来られると心の準備が……」

 それでも、以前に比べれば格段の進歩だと言えるだろう。

「……ルーク。奥へ行くわ。いいわね?」

 隣から、ティアが気遣わしげな声で確かめてくる。

「ああ。怖いなんて言ってちゃ駄目だもんな。ガイだって克服したんだし」

「……イヤミか、それっ」

 ティアに頷いてルークが歩き出すと、その後ろでまだアニスに抱きつかれたままのガイが、震えながら一声喚いた。





 遺跡の中に入ってすぐに、金臭い匂いがつんと鼻をついた。

 流れ出した血で床を汚して、ごろごろと甲冑をまとった兵士たちが転がっている。

「うちの兵士だ!」

 アニスが真っ先に駆け寄った。この装備は神託の盾オラクル騎士団のものだ。転がる兵士の側に片膝をついて手を触れ、「……死んでる」とルークは暗い声を落とす。

「どういうこと? 六神将が死んで神託の盾オラクルは再編成中よ。どの部隊も待機中の筈なのに……」

 ティアは困惑した顔をしていた。まさか、こんなものに出くわすことになろうとは。

「アッシュがここに来てるなら、アッシュの命令じゃないか?」

 ガイが言ったが、「アッシュも軍規違反で特務師団から外されているわ」とティアは首を横に振る。

「なんだか嫌な予感がする。奥へ行こう!」

 立ち上がると、ルークは強張った顔を仲間に向けて促した。




 パッセージリングは、そのすぐ奥のフロアにある。リングを囲む丸い通路に、対峙する二人の人影があった。

「ローレライの鍵を渡してもらいましょうか」

 言ったのは、金髪を結った冷たい美貌の女だ。その手に構えた譜銃を、腹部を押さえて片膝をついた男に向けている。

「……断る」

 長い赤髪を垂らした男は、苦しげに浅く息をつきながら女を睨んでいた。

 ――神託の盾オラクル騎士団六神将、魔弾のリグレット。そして鮮血のアッシュ。

「教官!?」

 目を剥いたティアの叫びが響き、チラッとリグレットが視線を向けた、刹那。

 ルークは無言で走り、腰の後ろから剣を抜いていた。同時にアッシュが立ち上がり、ルークと同じ動作でリグレット目掛けて剣を振るう。まるで鏡像のように揃った左右からの剣撃を、リグレットはまずは身を屈めて避け、次はトンボを切って回避した。その隙に、ティアは太腿のガーターからナイフを抜く。しかし、投げ放つ前に光弾に弾かれた。

「反応が遅いな、ティア。予想外の事態にも対応できるよう体に覚えさせろと教えた筈だ」

 譜銃を構えて立ち上がり、リグレットはアイスブルーの瞳でかつての教え子を見る。まるで亡霊でも見たように、ティアは呆然と声を震わせた。

「教官……生きていらしたんですか……」

「あの雪崩で生きてるなんて……」

 ルークも驚きを隠せずにいる。

「アリエッタの魔物たちに救われてな。しかしあの雪崩で怪我を負ったために、閣下を守ることが出来なかった……。

 だが世界は我らに味方している。今度こそ閣下の願いを実現する!」

 そう強く言い放ったリグレットの頭上に、アリエッタが差し向けたのだろうか、一頭の飛行魔物ガルーダが羽ばたき現われた。その足に掴まり、彼女は宙に舞い上がる。

「……やらせるかよ」

 アッシュはそう言ったが、その声は呻きに近く、再び床に膝をついて動けなかった。

「アッシュ。次はローレライの鍵を渡してもらうぞ」

 そう言い残し、リグレットはパッセージリングの上空へ飛び去った。





「リグレットが生きていたとはな……」

 場は静けさを取り戻した。険しい顔で言ったガイの向こうで、アニスも暗い顔を見せている。

「ってことは、あのリグレットと一緒に雪崩に飲まれたアリエッタやラルゴも……」

「生きている……と考えられるわね」

 ティアが言う。その声も暗く、どこか呆然とした響きが消えていなかった。

「教官たちが生きていたなんて……。それならやっぱり、あの人たちは兄さんのレプリカ大地計画を引き継ぐつもりなのかしら……」

 その一方で、ルークはうずくまったままのアッシュに近付き、手を差し伸べていた。

「アッシュ、大丈夫か」

 だが、その手をアッシュは無言で跳ね除ける。

「……あいっかわらず感じ悪いっつーの」

 アニスは憮然として吐き捨てた。ガイがアッシュに問いかける。

「リグレットが生きていることを知ってたのか?」

「……リグレットだけじゃない。六神将は全員生きている可能性がある」

「……おかしいわ。シンクは地核に落ちていったのよ。それが生きているのなら……兄さんだって……」

 ティアが言い、ルークたちはそれぞれ黙り込んだ。

師匠せんせいが……生きてる……?)

 ルークの胸の奥はざわめく。耳の底に、あの時聞いた哄笑が甦った。地核へと呑まれて消えて行った、あの声が。

(だけど……そんなはずはないんだ。……手応えは確かだった。あの傷で、生きていられるはずが……ない)

 でも……生きて、いる? 地核で?

 ハッとして、ルークはアッシュに顔を向ける。

「まさか師匠せんせいが生きている可能性があるから地核のことを調べてたのか?」

「……呑気なモンだな」

 俯いてアッシュは言い、ゆっくりと立ち上がった。

「お前があの時、ローレライと繋がっていれば……。いや、俺が音素フォニム化してるってだけか」

 それだけ呟くと、きびすを返して歩き出す。慌ててルークは呼びかけた。

「待てよアッシュ! お前なに言ってんだ? あの時って、ローレライの解放してくれって声のことか? あれってどういう意味だったんだ?」

「声の通りだ。ローレライは閉じ込められたんだよ」

「閉じこめられた? どこに?」

 ティアが眉をひそめて問う。アッシュは足を止め、それでも無言だったが、「閉じこめられるとなんか問題でもあるの?」とアニスが問い重ねると、ようやく口を開いた。

「世界中の第七音素セブンスフォニムの総量が減る。すると、その分を取り返そうとプラネットストームが活性化して、第七音素を大量に作り出す」

「待てよ。そうなると地核の揺れが激しくなって、タルタロスだけじゃ揺れを打ち消せないんじゃないのか」

 ガイが目を瞠る。アニスがうろたえた。

「ってことは障気も復活? それってマジヤバじゃん!」

 ルークも焦った気分になってアッシュに再び問う。

「なあアッシュ、ローレライはどこに閉じ込められたんだよ!」

「……ローレライが言ってただろう? よく思い出してみるんだな」

 アッシュは言った。ルークに向けられた、その声音と表情が急激に激しさを増していく。

「それでなくても俺は、お前の尻拭いをやらされてるんだ! これ以上俺に面倒をかけるな。役立たずのレプリカが!」

「そんな言い方しなくたっていいだろ!」

 反射的に言い返すと、「うるせぇっ!」と怒鳴って目を逸らした。肩を怒らせて、再び歩き始める。

「おい、待てよ! 皇帝陛下がお前の話を聞きたがって……」

 ガイが手を伸ばして呼び止めたが、今度は足を止めることはなく、そのまま外に出て行った。

「やれやれ。頭に血が上ると人の話を聞かなくなるのは、誰かさんと同じだな」

 ガイは息を吐いて肩を落としている。一方で、ティアが考え込みながら呟いていた。

「だけどどういうことなの? 教官たちがレプリカ大地計画を受け継いだのなら、第七音素セブンスフォニムの大量消費は、レプリカ製造が原因の筈よ」

 現在起こっている、プラネットストームの謎の活性化。ユリアシティの調査によれば、その原因は第七音素セブンスフォニムが大幅に欠乏したためだ。

 今まで、ティアはそれをヴァンの遺したレプリカ大地計画と結びつけて考えていた。実際、リグレットが生きていてヴァンの願いを実行すると告げたのだから、その可能性が高いのだが……。

「むむ〜。アッシュの話だと、もしかしたらシンクや主席総長も生きてるかもなんだよね」

 アニスが眉根を寄せて唸っている。

「兄さんの生死に関わらず、教官たちはレプリカを生み出しているんじゃないかしら。そのせいで第七音素セブンスフォニムが減少していると考えるのが自然なのだけど……」

「アッシュはローレライが閉じ込められたから第七音素セブンスフォニムは減少するって言ってたな」

 腕を組んでガイが言った。ティアは再び考え込む。

「それとも、ローレライがどこかに閉じ込められたことも計画の一部なのかしら。それに教官が言っていたローレライの鍵のことも気になるわ。まさかユリアが使っていたという鍵のことなのかしら……」

「アッシュなら知ってるんじゃない? 追いかけてみようよ。怪我してたみたいだし、セントビナーに立ち寄るかもだよ」

 アニスが提案する。「そうだな」と返して、ガイは先程から黙り込んだままのルークに声をかけた。

「おい、ルーク。そんな顔してないで、元気出せよ」

「そんな顔?」

 目を上げて、ぼんやりとルークは問い返す。

「泣きそうな顔してるぞ」

「な、泣いてなんてないよ」

 ムキになったルークを、ガイは軽くいなして笑みを浮かべてみせた。

「分かった分かった。とにかく気を取り直して行こうぜ」

「うん……」

 仲間たちは遺跡の出口へ歩いていく。だがルークは足を止めたまま、うつろな視線を足元に向けていた。

(アッシュには伝わったことが俺には伝わらなかった……)

 予想はしていた。だが、それを紛れもない事実として突きつけられてしまった。

 

『これ以上俺に面倒をかけるな。役立たずのレプリカが!』

 

 事実なのに、その言葉はどうしようもなく胸をえぐる。

(俺、やっぱりレプリカなんだな……)

 劣化した。出来損ないで、役立たずの。

「ルーク、大丈夫か? 行くぞ」

 再びガイの声が聞こえた。動かないルークに気付いたのだろう、仲間たちは出口に立ち止まっている。

「あ、ああ……」

 ハッとしたように顔を上げたルークの側に、ガイが歩み寄ってきた。目元を歪めて睨みつけてくる。

「お前……また自分はレプリカだから、アッシュより劣ってるとか、くだらない事考えてるんじゃないだろうな」

「そ、そんなこと!」

 咄嗟に叫び、ルークは声を落として視線を逸らした。

「そんなこと、ねぇよ……」

「そうか。ならいいけど」

 そう言ってガイは浅く笑う。

「……」

 視線を戻せないまま、ルークは黙って歩き出した。


 あーあ……。

 ルークがいよいよドツボにハマり始めます。アッシュ……悪い奴め。

 しかも、ローレライに関する詳しい情報をあえて語らない。そのくせルークに怒ってる。なんでそんなに独善的なんだ!! 精神的・肉体的に色々切羽詰ってるんでしょうが、一人で悲劇の王子様ぶってんじゃヌェー!!(と、アニスだったら言う。崩落編のルークは そういうこと言われてたし。)

 アッシュが一切 世界に危機を知らせずに単独行動を取り続けたために、後手に回ってしまって、この後世界は大変なことになってしまうのに。そして、アッシュの失態の責任は、ルークが背負うことになっちゃうんだよ! どっちが面倒かけてんだー!

 

 それはそうと、パッセージリングの前で魔物の足に掴まって飛び去るリグレット……。あのぅ。そこ地下なんですけど。出入口はティアたちが入って来たところしかないはずなんですけど。どこからどう飛び去ったのか大変気になります。(ティアたちが立ち去るまでパッセージリングの上の方にじっと隠れてたんじゃあるまいな。)

 そして、またも腹を怪我しているアッシュ。もっと自分の体を大切にしてよー……。(心配)

 

 ちょっと気になること。アッシュに手を差し出した時、ルークが右手を出してます。左利きなのに。

※幾人かの方に「ルークが気を遣ったのでしょう」とコメントを頂きました。その通りだと思います。ただ、エンディングの少し前にルークとジェイドが握手するシーンがあるのですが。ある理由から、比較資料として面白いかなと思ったりしているので、付箋代わりにメモってことで。


 セントビナーに戻ると街の様子がおかしかった。街中にマルクト兵が溢れており、座り込む者があり、走り回る者もあり。呻き声や怒号が飛び、騒然としている。

「急いで馬車を用意しろ!」

 鋭く命じる声が聞こえた。中央にきちんと整列した一隊がおり、命令に従って一斉に駆け出していく。残った命令者にルークたちは歩み寄った。濃紺の士官服を着こなし、明るいブラウンの髪を背に垂らした長身の男だ。

「あ〜、大佐だ!?」

 アニスの声を聞いて、ジェイドはその赤い瞳をこちらに向けてきた。

「これは皆さん。お久しぶりですね」

「丁度いい。ジェイド、アッシュの奴が来なかったか? 怪我をしてるんだ」

 再会の挨拶もそこそこにルークはそう訊ねたが、ジェイドはあっさりと首を横に振る。

「いえ。見かけていませんね。それに、もし街へ来ていたとしても、この様子を見たら近付いてはこないと思います」

「確かにすごい騒ぎだな。何かあったのか?」

 ガイは辺りに視線を巡らせた。座り込んだり横たわったりしているのは負傷兵のようだ。しかし、平和条約が結ばれた今は、これだけの兵が負傷する事態など起きるはずはないのだが。

「我が軍のケセドニア方面部隊が演習中に襲われたのです。ただ、この街も復興中ですからね。今、負傷者を首都に運ばせています」

「はぅあっ!? どこの誰がマルクトの正規軍を襲うんですかっ!?」

 素っ頓狂に叫んだアニスの前で、ジェイドは顎に手を当てて考え込む仕草をする。

「そうなんですよ。少し前ならキムラスカだったのですが」

「……ナタリアがいたらぼろくそに言われてるぞ」

 ぼそりとルークが呟くと、「内緒にしておいて下さい」と、ジェイドはニヤリと笑った。アニスが笑う。

「大佐って見た目は怖いけど中身は面白いですよねv

「「中身だっておっかねーよ」」

 計らずも、全く同時にルークとガイは呟いていた。一ヶ月ぶりの二人だが、親友ぶりは健在のようである。

 そこに、兵たちの間を縫いながら老マクガヴァンが小走りに近寄ってきた。

「大変じゃ、ジェイド。フリングスが負傷したという情報が入ったぞ!」

 ルークたちはぎょっとする。

「フリングスって、あのフリングス将軍!?」

 ルークには答えずに、老マクガヴァンは「将軍は既に首都へ搬送されているようじゃ」とジェイドに告げた。

「分かりました」

「ジェイド! グランコクマに行くなら送るよ」

「おや、どうしてです?」

 ルークに顔を向けて、ジェイドは不思議そうな顔をする。これはマルクト軍の問題だ。ルークが手を貸すことではないのに。

「だってあの人には一応お世話になったし……。やっぱ心配だよ」

「なるほど」

 見上げてくる碧の目を見返して、ジェイドは軽く頷く。そうだった。この少年はこういう人間だった。

「ではお言葉に甘えます。私はフリングス将軍から状況を聞かなければなりませんので」

 一行にジェイドが加わった。飛晃艇ならば、グランコクマまでほんの少しの筈だ。


 ここでケセドニアのディンの店に行くと、ジェイドが称号『法の番人』を得るサブイベントが起こせるようになっています。

#店に入るとディンの姿がない。
ルーク「あれ、ディンいないぞ」
ジェイド「ふむ……。外出中のようですね。これはいい機会です」
#カウンターの中に入って探り始めるジェイド
ルーク「ちょ、ジェイド何してるんだよ」
ジェイド「いえ、ディンの扱っているものは取引が規制されているものも含まれていそうなのでね。一度調べないといけないと思っていたのですよ」
ルーク「そんなの本人を問いただせばいいじゃないか」
ジェイド「遠慮します。恐らく私はディンとは会話できません。私とディンは別の生き物だとおもいます。言葉が通じる気がしません」
ルーク「はは…」
ジェイド「ふーむ。意外にも法を犯している様子はありませんね」
#ディンが戻ってくる
ディン「ごるぁ! おどれらなにさらしとるんでしゅ!」
ジェイド「む…」
#立ち上がるジェイド、振り向くルーク
ルーク「あ、ディン」
ディン「渡世人、ぺろぺろするつもり? あん?」
ジェイド「……ルーク 説明を頼みましたよ」
ルーク「マジかよ……」

ディン「なんと……ジェイドしゃんは法の番人だったのでしゅね」
ルーク「まぁ、ちょっと違うけどそんな感じはあるかな」
 ジェイドは法の番人の称号を手に入れました
ディン「でも、ウチは法を犯してないでしゅよ! ウチに誓って!」
ルーク「自分に誓っても仕方ないだろ……」
ジェイド「まぁ、見たところそのようですねぇ」
ディン「これからも世のため人のため法を守って、商売にはげむだす! 安心するだに!」
ルーク「あ、ああ。それじゃ、またくるよ」
ディン「あいあい」
#立ち去るルークたち
ディン「やばいやばい。虫の知らせとはよう言うたもんじゃわ……」

 なんと、ジェイドよりディンの方が上手うわてでした。

 ジェイドがディンを苦手にしていて、「言葉が通じる気がしません」と言うのはすごーく納得って感じです。多分、ティアやアッシュもディンは苦手だと思います。ルークやナタリアは平気そう。ガイとアニスは当たり障りなく?

 称号『法の番人』は、付けていると、お店の商品の買値が最安値で固定されます。


 フリングス将軍はグランコクマのマルクト軍本部にいるという。だが、通されたのは隣接する軍病院ではなく、作戦会議室だった。負傷と言っても大したことはなかったのか、と安堵しながら扉を潜ったルークたちは、席に着いて腹部を押さえ、荒い呼吸を繰り返しているフリングスの姿を見て愕然とした。

「カーティス大佐……。皆さん……」

 その顔色は青白く、声は掠れかかっている。ゾッとしてルークは側に駆け寄った。

「横にならなくていいのか!?」

「いえ……。今横になると、もう二度と目を覚ませないですから」

「変なこと言うなよ!」

 咎め立てたルークの後ろから、ジェイドが静かに訊ねる。

「軍の治癒術師ヒーラーは?」

「先程まで治療を受けていたのですが……もう手遅れだそうです」

 荒い呼吸の下からフリングスは答えた。「そんな……」とルークは呟く。まだ生きているのに。喋っているのに。手遅れ?

 その時、ぐっと力を込めてフリングスが立ち上がった。

「カーティス大佐。陛下にお伝え下さい。我が軍を襲った……兵のことを」

 彼は、強い瞳でジェイドを見ている。――軍人として、最後の職務を遂行しようとしているのだ。

「……分かりました。この場で報告を受けましょう」

「我が軍を襲ってきたのは、キムラスカ軍旗を掲げた一個中隊程の兵であります」

「そんな馬鹿な!」

 ルークは叫んだ。

「彼らは第五音素フィフスフォニムを用いた譜業爆弾で、我が軍の側面より自爆攻撃を決行してきました」

「……とても正規軍が行う用兵ではないわ」

 ティアがぽつりと呟く。フリングスは頷いた。

「ええ。彼らの大多数は兵士とは思えぬ軽装で、軍服を着用していたのは……一部のみ。軍旗と装備の一部を見れば確かにキムラスカ軍なのですが、私には、そうは思えないのです……」

 言い終わると、フリングスは力を失ったようにその場にくずおれた。咄嗟に抱きとめて、ルークは彼の体を支える。ティアが切羽詰ったように叫んだ。

「大佐! 将軍をベッドのある場所へ!」

「いえ……できることなら私を修道院へお連れ下さい……」

「だけど……」

 確実に失われていくものを前にして、アニスの声は震えている。だが、ジェイドの声は変わらなかった。

「連れて行ってあげましょう。彼の最期の頼みです」

 彼は変わらない。ただ静かに、死にゆく者の望みを汲んだ。




 グランコクマ商業区の一角に、ローレライ教団の修道院はある。

 ルークとガイに左右から支えられて辿り着いたフリングスは、二人の手を離れて数歩歩き、祭壇の前にがくりと両手膝をついた。

「私はここで生誕の預言スコアを受けました。でも……魔界クリフォトに落ちるとは……詠まれなかったな」

「この世界は、ユリアの預言スコアから離れちまったから……」

 俺が生まれたせいで。微かに苦笑した様子のフリングスに、ルークはそんな思いで呟いたが。

預言スコアに詠まれていない未来は、こんなにも不安で……自由だったんですね……」

 続いたフリングスの言葉には、深い、震えるような響きが篭もっていた。

「……自由?」

 アニスが呟く。

「……ええ。……もう少しこの世界を……生きてみたかった」

 己を支えていた両手の力が抜け、彼はドサリと床に倒れ伏した。抱き起こしたルークを、ぼやけかかった視界に捉える。

「……あれは……。私の軍に襲いかかってきたあの軍は、キムラスカではないと思います。皆、生気のない目をしていた……。まるで……死人だ……」

「……うん。インゴベルト陛下もナタリアも、平和条約を破る真似はしない」

「ルーク殿……。これ以上……キムラスカと争いにならないようお願いします」

 ――彼女のためにも。

 言外に彼がそう願ったのを感じて、ルークは噛み締めるように頷く。

「……分かった」

 その声を聞き届けて、フリングスは視線を高い天井にさまよわせた。複雑な装飾や宗教画に飾られた、それを見つめて。

「……始祖ユリア……。預言スコアを失った世界に……彼女に……祝福を……」

 最期にその言葉を遺し、アスラン・フリングスはその命の灯を吹き消された。





預言スコアのない世界が自由……? 不安なだけじゃん」

 修道院の教団員たちに後を任せて外に出た後、零れ落ちたアニスの声にはどこか苛立ちが篭もっていた。

 イオンは預言スコアに頼らない教団を作ろうとしている。彼に忠実に仕えるアニスも同様の思想を持っているのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。尤も、それが今のこの世界の大多数の意見なのかもしれないが。

「それはアニスの見解だろ。少なくともフリングス将軍は預言スコアのない世界で生きる術を見つけようとしていた」

 少し力のない声でガイが返した。知人の死を看取ったことは、やはり重い。それはティアやルークにとっても同じことだ。

「……やっぱり兄さんは間違っていたんだわ。少なくとも預言スコアという呪縛から逃れようとしていた人間もいたんだもの」

「……なのに、正体の分からない奴らにフリングス将軍は……」

 場に沈黙が落ちたが、ジェイドは頓着した様子がなかった。

「私はこれから陛下に謁見します。お手数ですが、ルークにもご同行願いたいのですが」

「俺? 別にいいけど……」

 戸惑った顔をしてルークは口ごもる。

「なんだ? 歯切れが悪いな」

「……俺。あの人ちょっと苦手なんだよな」

 覗き込んできたガイに苦笑を見せて、ルークは片手で赤い髪をかき上げた。その視線は下がり、誰の目も見ないようにさまよっている。

「なんで? すんごいお金持ちなのに!」

 アニスが叫んで、ルークたちは呆れて言葉を呑んだ。ジェイドだけは変わらぬ涼しい顔だが。

「俺もアッシュのことを報告しなくちゃならない。一緒に行こうぜ」

 ガイが力づけるように肩を叩いてくる。「……うん」と頷いて、ルークは口元に暗い笑みを上らせた。

「……フリングス将軍が死んでも、すぐにあれこれやらなきゃいけないんだな」

「私たちは生きています。立ち止まっている訳にもいかない。放っておけば、フリングス将軍の部隊と同じ方法で、別の誰かが殺されるかもしれません」

 ジェイドの声は淀みがなく、正論で容赦がない。その厳しさに言いようのないものが胸に渦巻いて、ルークは思わず語気を強めた。

「死を悼む時間も貰えないのか?」

「……そうね。落ち着いて静かに祈りたい、という気持ちは分からないでもないけれど……」

 ティアも悲しそうに瞳を伏せていた。「じゃあ!」とルークは苛立ちをぶつけて訴えたが。

「人の死に祈りを捧げるのは、生きている人間が、亡くなった人間に決別するためよ」

 続いた彼女の言葉は、ジェイド以上に苛烈で、険しい響きをはらんでいた。

 ルークは声を呑む。ユリアシティで、ヴァンの墓碑の前に佇んでいたティアの後姿が頭に浮かんだ。

「あなたの心の整理は、あなた自身にしかつけられない」

「……うん」

「あなたがいつまでも心の整理がつけられない場合は、この先、同じような被害が起こり得るの。今、あなたがやるべき事は……」

「……立ち止まらずに、やれることをやれってか?」

 俯いてルークは言った。正論だ。そしてティアを含め、周囲のみんなはそうしている。

 辛いのは俺だけじゃない。みんなも。そうだ、セシル将軍がこのことを知ったら……。

 そうだった。最期にフリングス将軍は言ったんじゃないか。これ以上キムラスカと争いにならないよう頼むって。

(立ち止まっている暇なんか、ないんだ)

「くそっ!」

 ルークは吐き捨てる。自分が情けなくてたまらなかった。


 久々にティア節が出た、っつー感じですね。

 容赦なく『理屈』『正論』で固めてしまう彼女に、感情の行く先を塞がれてしまったルークはちょっと可哀相。仕方がないんですけど。

 実際、ルークならキムラスカ王国に素早く真偽をただし、両国の橋渡しをできる立場を持っている。まさに親善大使。ルークがやらなかったら時間が無駄にかかって、本当に同じ手段で他の人が殺されたり、再び戦争になったりしてしまうかもしれない……。

 

 他の都市の人々と違って、グランコクマの人々は庶民も貴族も、殆どみんなが預言スコアのない世界を受け入れている様子なので驚かされます。世界が変わってからたった一ヶ月しか経っていないのに。あんたら順応早過ぎ!

「ピオニー陛下が預言をいらないと言うのなら間違いないと思うわ。でもまだ慣れないけどね」
「ピオニー陛下の判断力はいつでも信頼できるさ。今回の預言の件だって俺は信用してついていくぞ」
「ピオニー陛下のお達しはびっくりしましたわ。ですが意外と慣れたら預言も必要ありませんわね」
「ピオニー陛下にとっては苦渋の決断だったんだろうな。ダアトも新しい方向に向かおうとしているらしいし預言も必要ないさ」

 ……つーか、なんかピオニー陛下に依存しすぎでは……。依存対象が預言からピオニー陛下に変わっただけ?

 別にいいんですが、ちょっと妙な気分になりました。


「……そうか。アスランは逝ったか」

 謁見の間で、玉座に着いたマルクト皇帝ピオニー九世は静かに声を落とした。

「はい。つきましては、彼を通じて内々うちうちに事の真偽をキムラスカ王宮に照会するべきかと思います」

 ルークを目で示しながらジェイドが進言する。ピオニーがルークに目を向けた。

「ルーク、頼まれてくれるか?」

 以前なら、「はい!」と力強く答えていただろう。だが、今のルークは怯えたようにピオニーの目を避ける。

 伯父と話をする。これだけのことが、改めて考えてみると恐ろしくなった。

「俺の話……聞いてもらえるのかな」

「何言ってんの。ルークはインゴベルト陛下の甥っ子でしょ」

 呆れたようにアニスが言ったが、ルークは不安げにうな垂れたままだ。

(だって俺はレプリカなんだ。本当のルークじゃない……)

 ピオニーの目が可笑しそうに細められた。

「なんだ? レプリカだって苛められたのか? ならガイラルディアと一緒にこっちで暮らすか?」

「陛下。笑えない冗談はやめて下さい」

 ジェイドに軽くたしなめられると、「俺は本気だったんだがなぁ」と笑った。

「まあいい。ルーク、自信を持て。お前さんはキムラスカとマルクトに平和条約を結ばせたんだ」

「……は、はい」

「よし。頼むぞルーク。後はアッシュの件だな……」

 ピオニーの声を受けて、ガイが言葉を発した。

「はい。陛下の推測通り、彼は六神将の生存を知っていました。プラネットストームの活性化についても見当が付いていたようです」

「恐れながら、陛下は何故アッシュを捜しているのですか?」

 ティアがピオニーに訊ねる。

「ローレライの鍵を奴が持っているという目撃情報があってな。それがあればプラネットストームの活性化を抑えられるんじゃないかと、そういう話になったのさ」

「そういえばリグレットもローレライの鍵がどうとか言ってたな」

 ルークは呟いた。ティアが頷きを返す。

「ええ。教官たちもローレライの鍵を探しているのかしら」

「しかしガイたちの報告を聞くと、プラネットストームの活性化は、ローレライがどこかに封じられたことが原因ですよね? それが事実なら、鍵よりもまずその状況を理解するべきではありませんか?」

 それは尤もな話だった。だが、それを知るアッシュはここにいないのだ。アニスがルークを返り見た。

「ローレライの声ってルークにも聞こえるんでしょ? なんか言ってなかったの?」

「うん……。外殻大地を降ろした時以来、ローレライの声は聞こえないんだ」

「その時はなんて?」

 ティアが訊ねる。

「えっと……鍵を送るって。助けてくれって。あとは栄光を掴む者が捕らえようとしてるとか何とか……」

 しどろもどろに説明するルークの周囲で、人々は一様に驚きの表情を作っていた。

「おい! そいつはかなり重要なことだぞ! どうして今まで言わなかった?」

 ガイが咎め立てたが、ルークはきょとんとしている。

「え……だって、意味が分からなかったから……」

「なんでぇ!? ローレライが『鍵』って言ったら、ローレライの鍵だって想像つきそうなもんだよぉ」

 アニスが『信じられない』と言いたげに高い声で喚いた。ガイも少しムッとしている様子だ。

「そうだな。それにヴァンのことも……」

「ヴァンのこと?」

 だが、ルークはまだ不得要領な顔でオウム返ししている。その様子を見ていたジェイドが口を開いた。

「確か、ルークは古代イスパニア語を知りませんでしたね。それでは仕方がないかもしれません」

「……そうだった。日常生活に必要なことしか教えなかったんだったな」

 たちまち、ガイはばつの悪い顔になって頭を掻く。

「な、なんだよ? どういうことだよ」

「『栄光を掴む者』は古代イスパニア語でヴァンデスデルカと言うの……」

 うろたえるルークの耳に、ティアがそう説明する声が聞こえた。

「!」

「確かヴァンはプラネットストームに飲み込まれていきましたね。行き着く先は地核だ」

 ルークはジェイドを見て叫ぶ。

「ヴァン師匠せんせいがローレライを閉じ込めたってことか!?」

「アッシュは……そう思っている。いえ、ローレライからそう聞いたんだわ。アッシュはずっと兄さんを追っていたのね」

「だけどヴァン師匠はもう……!」

「いや、分からないぜ。奴の言葉を信じるならシンクは生きてるんだろう? それならあり得ない話じゃない」

「ローレライがルークに最後に接触した際の言葉から考えると、ほぼ、間違いないですね」

 ガイとジェイドが真剣な目で言うのを、ルークは愕然としながら視界に納めた。

師匠せんせいが、本当に生きてる……!?)

 確かに、アッシュはそれらしいことを言っていた。それに、ローレライが言っていた『栄光を掴む者』がヴァンデスデルカを指すというのなら、きっと間違いがないのだろう。アッシュはとうにそれを知っていた。だから『よく思い出してみるんだな』と言ったのだ。

「ルーク。お前ローレライの鍵を受け取ってないのか?」

 玉座からピオニーが訊ねてくる。身の縮まる思いで、ルークは小さく首を振った。

「そんなもの……全然……」

 分からない。それらしいものなど何も手に入れていないし、考えたこともなかった。

「おかしいですね。ローレライは鍵を送ると言った。アッシュは鍵を持っているらしい。なら、ルークに送られた筈の鍵はどこにあるんです?」

「アッシュを捜すしかないな……。あいつは俺たちより状況に詳しいんだ」

 ジェイドが考え込み、ガイがそう結論付ける。結局は、ここに戻ってくるのだ。

「嫌な感じだわ……」と、ティアが呟きを落としている。

「何かが起きているのは確かなのに、何が起きているのか誰も把握できていないなんて」

「ええ。ですがまず、確定できることから潰していきましょう。マルクト軍を襲ったキムラスカ兵が正規軍なのかどうか。これは比較的容易に確認できますよ」

 ジェイドがそう言ったが、ルークは混乱した気持ちのままに異を唱えた。

「鍵のこともある。やっぱアッシュに会って話を……」

「今、話したでしょう? 今はマルクト軍を襲った者たちがキムラスカ軍の者であったかどうかを確認しましょう。すぐに分かることですしね」

 ジェイドは軽く息をつく。

「そうだな。居所の知れないアッシュを捜すのも骨が折れるし。バチカルでばったり、ってなことも考えられるしな」

「そうね。謎の襲撃者たちも問題なんだから、今はその方がいいと思うわ」

 ガイは笑って宥め、ティアは真面目な顔で意見を述べた。

 出来ることから一つずつ。思えば、今までも散々言われてきたことだった。

「分かったよ……バチカルだな」

「ええ、行きましょう」

 ティアが頷いた時、玉座の上からピオニーが言った。

「こちらも調査はさせる。ジェイドはキムラスカの動向を確認後、アッシュを追え。ガイラルディアは……」

「俺も引き続きジェイドに協力させてもらえませんか?」

 ガイは願う。皇帝はこの新たな家臣を見つめた。

「……幼なじみが心配か?」

「まあ……そんなところです」

「よかろう。後は頼むぞ」

 鷹揚に頷くと、ピオニーは立ち上がって退出していった。

 皇帝の姿がなくなると、アニスが俄かにそわそわとして仲間たちを見回した。

「じゃあ、バチカルに行くんですよね。私、イオン様にお手紙出してきますから、街の入り口で待ってて下さい」

 言うなり、駆け出していく。呆気に取られて見送った仲間たちの中で、ジェイドが少し不思議そうに呟いた。

「今更手紙……ですか。まあいいでしょう。街の入り口でアニスを待ちましょうか」





 グランコクマの玄関である橋のたもとで、ルークたちはアニスを待った。アルビオールはここから少し離れた場所に停泊させてある。

「しかし今更だが、お前に古代イスパニア語をきちんと教えておけばよかったな」

 手持ち無沙汰の会話の中で、不意にガイにそう言われて、ルークは軽く息を落とした。

「……いいよ、今更。俺、覚えようとしてなかったし。第一、フォニック言語だけで手一杯だったから、教えられても覚えられたかどうか……」

 古代イスパニア語は創世暦時代に広く使われていた言語であり、古典と言われる書物の殆どはそれで記されている。よって、士官学校などでは教養課程に取り入れられており、上流階級でもたしなみとして修得するのが普通であった。公爵家に連なるルークがこれを知らないのは異例なことと言えたが、彼がまだ七年しか生きていないことを考えれば、仕方のないことだとも言える。

「同じ文字を使って、よく似た文法で、違う発音をする言語です。下手をするとどちらの言葉も混ざってしまって、正しい言葉を使えなくなっていたかもしれません」

 そう言ってジェイドが軽く失笑してみせたので、ルークは「マジかよ……」と顔を歪めた。

「んな訳わかんねぇ言葉、何で教養として覚えなきゃならねぇんだ。あーっ、うぜぇ……」

「……まあ、正しい言葉が使えないのは、今とそう変わりませんか」

 ジェイドが本格的に失笑し、ガイは苦笑している。

「わ、悪かったな!」

 赤面してルークが怒鳴った時、街の方から小柄な少女が駆け寄ってきた。

「はぅ〜、みんな早〜い!」

「もう手紙は出したのか?」

 ガイが訊ねる。「ばっちりv さ、バチカルへ行こ……」と言いかけて、アニスは目を瞬いて欄干に腰掛けていたティアを見上げた。

「……と。あれれ? ティアってば顔色悪いね? 大丈夫?」

 仲間たちの視線が集中する。ティアは居心地が悪そうに身をよじった。

「あ、ごめんなさい。まさか兄さんまで生きているのかって、気になってしまって……」

「ティア……」

 ルークが眉尻を下げる。

「……嫌な妹よね、私。生きていてくれて嬉しいと思わなきゃいけないのに。兄さんのやろうとしてきたことを考えると、不安なの」

 目を伏せて、ティアはそう語った。以前の彼女なら、これほど己の心情を吐露することはなかっただろう。今までの旅で得た仲間たちとの心の繋がりが、彼女の心を開いたのだ。

(ティアも不安なんだ)

 ルークは思う。この苦しさを抱えているのは俺だけじゃない。……辛い思いを、少しでも軽くしてやりたい。

「もし師匠せんせいが生きてるんだとしたら、今度こそティアが疑問に思ってたことを聞けるチャンスだ。そうだろ?」

 微笑んで、出来る限り優しい声音を心がけた。この一ヶ月、ティアはずっとヴァンの墓碑に問いかけていたと言う。『兄さんは何故あんな極端な方法を選んだの? ルークの方法の何がいけなかったの』と。死者は何も答えないが、生きているのなら。

「人のことだとそうやって視点を変えられるんだな」

 ティアは何も言わなかったが、代わりにガイが後ろから突っ込んできた。振り向いて、ルークは少しばつの悪い思いでむくれてみせる。

「……わ、悪かったな。いつまでもレプリカだって気にしてて」

 自分でも分かっているのだ。気にしても仕方のないことなのだと。頭では分かっていても、抜け出せずにいる。いつまでもぐるぐると同じ所を回っていて。

(俺って駄目な奴だ。ホントに……)

 ガイは黙ってルークを見つめていたが、やがて息を吐いてこう言った。

「なんとなく、お前が陛下を苦手な理由が分かってきたな」

「な、なんだよ……!」

「いや、気付いてないならいいさ」

 ガイはついと顔を背ける。そして、ルークの向こうにいるジェイドに視線を送ると不愉快そうに顔を顰めた。

「それにしても、何をさっきからニヤニヤしてるんだよ」

「いえ。懐かしいなぁーと思いまして」

「何がですか?」

 ティアが訊ねると、ジェイドは肩をすくめて笑った。

「ディストも陛下が大嫌いでしたから」

 途端に、仲間たちは声を上げて笑い始める。ティアだけは笑わなかったが。

「俺はディストと同じってことかよ……」

 憮然として、ルークは片手で己の顔を覆った。意味はよく分からないが、なんだか屈辱だ。

 やがて笑いの発作は治まる。仲間が揃ったのだ、早くバチカルへ行かねばならないだろう。欄干から降りたティアは、思い出したようにアニスに訊ねた。

「アニス。導師イオンになんてご報告したの?」

「はえ? ああ、フリングス将軍のこととか、マルクト軍を襲った謎の兵隊のこととか。イオン様も知りたがってるかなーって」

「そうね。イオン様もフリングス将軍とは面識があったから、お辛いでしょうね」

 生真面目な顔でティアが返すと、「……う……うん……」と、アニスは俯いて声をくぐもらせた。

「将軍の為にも、犯人を特定しなければ……」

「……ねぇ、ティア」

「何かしら」

「……あのね……。もしかしたらね……」

 アニスは視線をさまよわせていた。彼女にしては酷く珍しい。不思議に思って見つめるティアの前で、アニスはかなり長いこと逡巡し、けれど、顔を上げてぱっと笑った。誤魔化すように。

「やっぱ、何でもなーい。――さ、バチカルに行こ行こ!」

 そう言って、一人で先に駆けて行く。

「アニス?」

 ティアは呼びかけたが、アニスはもう、声の聞こえない場所へ行ってしまっていた。


 この辺りの物語で、個人的に最も気になること。それは……ミュウが消えてるってことです。

 セントビナーからこっち、マジいないのです。全然喋らないのはおろか、本編イベントの画面にもいないし、フェイスチャットにすらいねぇ!!

 イオンも、崩落編では何故か姿がなくなることがしょっちゅうありましたが、それでもフェイスチャットには出てましたし、こんなに長時間いないことってありませんでした。

 一体どこに行ってしまったんだ〜!! アルビオールでノエルと留守番? それにしたってミュウがルークと離れるなんてありえない。病気? 怪我? いや、ミュウアクションは使えるから一緒にいるのは確かなのか。……ルークの道具袋の中でずっと寝てる……?

 

 さて。ピオニー皇帝って、天衣無縫で鷹揚な面が長髪時代のルークにちょっと似てる感じがするんですが、今のルークはそんな彼が苦手だと言う。ガイはその理由が分かったと言い、ジェイドはディストと同じだと笑うのですが。この答えが明確に語られるのはもうちょっと先になります。

「レプリカだって苛められたのか? ならガイラルディアと一緒にこっちで暮らすか?」と言ったピオニーを、ジェイドは「陛下。笑えない冗談はやめて下さい」とたしなめます。他の仲間たちとは違ってジェイドは何も言わないけれど、ルークが尋常でなく暗くなっていることに当然気付いていたのでしょう。しかし彼は、ルークが『ファブレ家のルーク』という立場を捨てることを良しとはしていないようです。マルクトに来てガイにくっついて暮らしていたら、ルークは少しは楽になるのかもしれないけど……。多分、今の卑屈精神状態から変わることもない。今の苦しさから逃げずに、レプリカではなく人間として、堂々と生きて欲しい……と思っている感じ?

 

 皇帝とのやり取りを見ていると、もうすっかりマルクト帝国の貴族として馴染んでいる様子のガイです。喜ばしいけど、ちょっと寂しい。

 でも、ティアと同じように、ガイもルークを心配して旅に同行してくれることになりました。

 ルークの心の整理はルークにしかつけられない。それでも、ティアやガイはルークの側で彼を見守る道を選んでくれます。かつてルークが二人に「俺を見ていて欲しい」と願った約束を守るように。



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