ルークとティアは陸上装甲艦タルタロスに拘束された。二人並んでテーブルにつかされ、その前にはアニス、イオン、そしてジェイドが立ち並んでいる。ミュウは、ルークの隣の椅子にちょこんと座っていた。

「……第七音素セブンスフォニムの超振動はキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷附近にて収束しました。超振動の発生源があなた方なら、不正に国境を越え侵入してきたことになりますね」

「へっ、ねちねちイヤミな奴だな」とルークが悪態をつくと、アニスが「へへ〜、イヤミだってv 大佐v」と笑う。「傷つきましたねぇ」と微笑んで、ジェイドはルークに話を向けた。

「ま、それはさておき。ティアが神託の盾オラクル騎士団だということは聞きました。ではルーク。あなたのフルネームは?」

「ルーク・フォン・ファブレ。お前らが誘拐に失敗したルーク様だよ」

 流石に、ジェイドたちは驚いたようだった。

「キムラスカ王室と姻戚関係にある、あのファブレ公爵のご子息……というわけですか」

「公爵……v 素敵ぃ……v

 アニスが目を輝かせて呟いている。

「何故マルクト帝国へ? それに誘拐などと……。穏やかではありませんね」

「知るかよ。お前らマルクトの連中が俺を誘拐したんだろ」

「……少なくとも私は知りません。先帝時代のことでしょうか」

「ふん、こっちだって知るか。おかげでガキの頃の記憶がなくなっちまったんだから」

「……」

 ジェイドは黙り込んだ。口の中で呟く。

(記憶喪失……ね。まさか……)

「? なんだよ」

「……いえ、お気になさらず。独り言ですから。それより今回のあなた方の行動は……」

「誘拐のことはともかく、今回の件は私の第七音素セブンスフォニムとルークの第七音素が超振動を引き起こしただけです。ファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません」

 ティアが言った。

「大佐。ティアの言う通りでしょう。彼に敵意は感じられません」

 ふてくされてそっぽを向いているルークを目で示しながら、イオンが取り成そうとする。

「……まあ、そのようですね。温室育ちのようですから、世界情勢には疎いようですし」

「けっ、バカにしやがって」とルークは吐き捨てる。イオンが「ここはむしろ協力をお願いしませんか?」と言うと、ジェイドはこう切り出した。

「我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によって、キムラスカ王国へ向かっています」

「まさか、宣戦布告……?」

 ティアが息を呑む。

「宣戦布告って……戦争が始まるのか!?」

「逆ですよぅ。ルーク様ぁv 戦争を止めるために私たちが動いてるんです」

 アニスが言うのを、ジェイドが「アニス。不用意に喋ってはいけませんね」と穏やかにたしなめた。

「戦争を止める? ……っていうか、そんなにやばかったのか? キムラスカとマルクトの関係って」

 動揺するルークに、冷たくティアが突っ込んだ。

「知らないのはあなただけだと思うわ」

「……お前もイヤミだな」

 鼻白んでルークはティアを睨む。

「これからあなた方を解放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立ち入りを許可しましょう」

 不意にジェイドが言った。睨み合っていたルークとティアはハッとする。

「まず私たちを知って下さい。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。――戦争を起こさせないために」

 知れば協力してもらえると思っているのなら、自分達の大義に相当な自信があるということなのだろう。

(なんか、これじゃ断った方が悪いみたいじゃん)

 ルークは思った。確かに、戦争が起きるのはマズイ。戦争なんて話でしか聞いたことはないが、とても悪いものだとガイもナタリアも言っていた。だが、やんわりとではあるが一方的に協力を強いられている気がして、それが少し気に食わなかった。

「協力して欲しいんなら、詳しい話をしてくれればいいだろ」

 ふてくされた顔でそう言ってみる。するとジェイドは言った。

「説明してなお、ご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません」

「何……!」

「ことは国家機密です。ですからその前に決心を促しているのですよ」

 気のせいなどではなかった。間違いなく、協力を強いられていたのだ。

「どうか宜しくお願いします」

 表面ばかりは穏やかに請うと、ジェイドは船室を出て行く。

「詳しい話はあなたの協力を取り付けてからになるでしょう。待っています」

 その後にイオンも付いて行き、扉がパタリと閉まった。




「……くっそー! もう、ジェイドの野郎!」

 閉まった扉を睨んで、ルークは遣る方のない憤懣ふんまんを吐いた。

「こんなことなら、チーグルの森になんて行かなきゃよかったぜ」

「彼の話からすると、私たちは最初から目をつけられていたようね。どちらにせよ、見つかって拘束されていたと思うわ」

「俺は何もやばいことしてねえぞ! それなのにこの扱い! ふざけんじゃねぇっての」

「それでも彼と共に行動した方が、マルクト領にいる間は安全だと思うけど。身分を隠す必要もないし」

 怒るルークとは対照的に、ティアはしらっとしていた。共に旅を始めてからの数日だけで、自分が敵国にいる自覚さえないルークの言動にはヒヤヒヤさせられ通しだったのだ。このお坊ちゃまをバチカルまで連れて行ってくれるというなら、むしろこの方がいいのではないかと思える。

 冷たい空気をはっきりと感じて、ルークはむすりと顔を顰めた。

「ったく! お前が屋敷に来てからいいことなんもねー。あーあ、早く屋敷に帰りたいぜ」

 黙り込んだ二人に、部屋の隅に佇む兵士が声を掛けた。

「私はジェイド大佐の副官のマルコです。ご協力いただけるなら、私に声をかけて下さい。大佐にお取次ぎします」

「……」

 ルークは口をへの字に曲げている。気を取り直したのか、ティアが少しだけ気遣う声で提案してきた。

「艦内を歩いてみない? 今世界がどうなっているのか、あなたにも少し分かると思うわ」

「ご主人様! 探検ですの!」

 ミュウが気分を盛り立てるように騒ぐ。

 艦内を見て世界を『知った』ところで、協力するか軟禁されるか、二つに一つしか選択肢はないのだ。しかも、重要なカードは伏せられている。それでも、一応『自己選択』という形式が与えられているだけ、強制的に軟禁されるよりはマシなのだろうか。

「かったりーなぁ……」

 うんざりと息を落としてルークが席を立った時、戸口にいたアニスがニコニコと笑いながら駆け寄ってきた。

「ルーク様v よかったら私がご案内しま〜すv いいですかっ?」

「別にいいけど」

「きゃわ〜んv ありがとうございますっv

 アニスは両拳を口元に当てて可愛らしく身をよじった。そしてチラリとティアを見上げて、遠慮深そうに窺ってくる。

「あのぉ……私がいたら邪魔……ですか?」

 一瞬驚いた目をして、ティアはすぐに笑みを浮かべた。

「そんなことない。むしろ助かるわ」

「へー、お前でも笑うことあるんだ」

 思わずルークが言うと、たちまちティアの笑顔は消えた。

「……失礼な人」

「あーん、二人とも喧嘩しないで下さ〜い」

 睨み合うルークとティアの間で笑って、「さ、行きましょv ルーク様v」と、アニスはルークの手を引いた。

「ルーク様ぁv タルタロスのどこに行きたいですかぁ?」

 譜石を利用した音素フォニム灯に照らされた通路を歩きながら、アニスが猫撫で声で訊ねてくる。

「あ? どこったって……俺この船のこと知らねーもんよ。どんなところがあるんだ?」

「んーと……艦橋ブリッジと、休憩中の兵士さんがお喋りする休憩室、食堂もありますよー。簡易ですけどね。あとは作戦会議に使う大部屋と、兵士さんが寝る部屋がいっぱいって感じですー」

「なんだそれ……自由にうろつけても、あんま面白いことなさそうだなー」

「タルタロスは軍用艦ですからねー。客船と比べるとしょんぼりかもですね〜」

 思案顔でそう言って、アニスはぱっと顔を輝かせた。

「あ、機関室なんかどうですかぁ? 譜業に興味がある人は見所満載みたいですよ」

「あ〜いや、いいや。音機関見てもさっぱりだろうし」

 ガイなら喜ぶだろうけどな、と呟いていると、アニスは「あ、艦橋と機関室は大佐に怒られちゃうかも」と前言を翻した。

「あ? 結局そこいらブラブラできるだけってか? あーあ、しょーがねーな……」

 ルークはがくりとうな垂れる。

「じゃ、まずは兵士さんたちが寝る部屋でーす」

 そう言って、アニスが一室の扉を開けた。ルークたちが拘束されていたのとさして変わらない構造の部屋で、備え付けの二段ベッドがあり、中央には無骨なテーブルセットが置かれている。その向こうにマルクト兵士が一人立っていて、ドヤドヤと入ってきたルークたちに驚いたようにビクリと体を震わせた。途端に、構えていた彼の両手の間でボン、と何かが破裂し、もやもやと煙が上がる。

「もーっ! トニー二等兵! またやっちゃったの?」

 眉尻を下げてアニスが言った。

「す、すみません!」

 年下の少女に素直に謝る若者に、「何してたんだ?」とルークは訊ねた。

譜術士フォニマーになりたくて譜術の練習をしていたんです。うちは譜術が盛んな国ですから、譜術の使えない軍人は肩身が狭くって……」

(そういえばティアもジェイドも、イオンもそれを使ってたよな)

「譜術ってどうやって使うんだ? 俺でも使えるのか?」

音譜帯おんぷたいから音素フォニムを体内に取り込んで、互いの振動数をぶつけ合うことで特殊な力を発生させるんです」

 トニーの説明を聞いて、ルークは不得要領な顔になる。知らない単語ばかりでちんぷんかんぷんだ。ルークの物知らずぶりに慣れてきたらしいティアが、振り向いて補足してきた。

「音譜帯はこの星を包む音素フォニムの帯よ。六属性の音素があるの。体内のフォンスロットを解放することで、そこから音素を呼び寄せて、譜で結合させて……」

「あー!? さっぱり分っかんねーっつーの!!」

 ますます分からない。苛々して、ルークは自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「えっと、要するに『音素フォニム』っていう属性を持った力を、『譜』っていう呪文で操るのが譜術ですv

 簡潔にアニスがまとめる。

「とても難しいんですよ。ジェイド大佐はこれを苦もなく使いこなすのですから、全く天才です……」

 トニーは息をついて、再びブツブツと『譜』を唱え始めた。

「じゃ、次は甲板をご案内しまーす。高いですから、景色はいいですよv

 アニスに連れられて階段を登り、ルークたちは甲板に出た。そこには大勢の兵士たちがいて、アニスがいるからなのか、大体が気さくに声をかけてくる。

 そんな中、展望スペースにジェイドとイオンの姿が見えた。

「やあ、両手に花ですね、ルーク」

 近付くルークたちに気付くと、ジェイドはそんなからかいの声をかけてくる。

「やーんv 大佐ったらぁv

『花』と言われて嬉しそうに身悶えるアニスの隣で、ティアも頬を朱に染めていた。

「わ、私は……そんな……」

「おめーじゃねーよ。アニスとミュウだろ」

 意地悪くルークが言うと、ティアは黙り込む。すると、足元からミュウが言った。

「ご主人様、違うですの。ミュウは男ですの」

「お前、オスかよ!?」

 素で驚いたルークを、「まあまあ、落ち着いて」とジェイドが笑ってなだめた。

「ルーク。とんだことに巻き込んですみません」

 傍らからイオンが言った。

「全くな。せめて話を聞かせてくれれば……」

 肝心なことは一切説明しないで『協力しろ』とだけ言われても、やはり面白くはない。そんなルークの内心を酌んだのか、イオンは済まなさそうに目を伏せた。

「それには、僕の存在も影響しているんです。だからジェイドも慎重になっているんですよ」

「ローレライ教団が平和を取り持ってるからか?」

 両親やヴァンの言葉を思い出して、ルークは訊ねた。

「そうですね。それもありますが……今はお話できません」

 まただんまりだ。協力を約束しなければ、これ以上は語れないという壁。

「ちっ、めんどくせぇなぁ……」

「色々不満もあるでしょうが、なんとか協力の決心をしていただきたいですね」

 渋い顔のルークにジェイドは柔和に微笑む。「ルーク様v 私、ルーク様と一緒に旅がしたいですv」とアニスが訴えた。

「……風が冷てぇから部屋に戻る」

 むつりとしてルークは言った。答えを言うのは簡単だ。だが、思惑通りに動かされているようで面白くなかった。階段に戻りかけてイオンが視界に入り、ふと声を掛ける。

「お前も風に当たり過ぎんなよ。顔色青いぞ」

 イオンは驚いたような顔をして、すぐに嬉しそうに笑った。

「平気です。ありがとう」

 そう言って、彼は微笑みながらこう続けた。

「不思議ですね。ルークを見ていると懐かしい気持ちになります」




 最初の船室に戻ると、マルコはまだ待っていた。

「おい」

 声をかけて、ルークは大股に彼に近付く。

「ジェイド大佐にお取り次ぎしますか?」

「ああ、頼む」

 頷くと、彼は「承知いたしました。少しお待ち下さい」と言って部屋を出て行った。

「いいの?」

「いいも悪いも、話を聞かなきゃ何ともならねーだろ」

 訊ねてくるティアに、ルークはそう返す。

 屋敷にいた頃はマルクトの人間は悪人だと思っていたが(何しろ、自分を記憶障害にした誘拐犯だ)、この艦のマルクト兵たちと話した限りでは、別に嫌な奴ではなかった。――ジェイドは別だが。

(意地張ってんのも面倒だし、戦争とかマジで起きたらヤベー感じするしな)

 話を聞いた上で協力しなければ軟禁すると脅されはしたが、殺すと言われたわけではない。

「どうせ今までも軟禁されてたんだ。バチカルまで連れてってくれるなら何でもいいや」

 説明が億劫になってきて投げる口調でそう言うと、ティアは眉を顰めて呟いた。

「……軽薄……」

「うるせっつーの!」


 実質、ルークに選択肢は与えられていません。ですが、「自分で選んだ」という状況を作り出すことによって、一種の錯覚を起こさせ、精神的にも仲間に引き込むことが出来るわけです。人は他人の与えるものには反発しますが、自分で考えたことには従う傾向があるからです。ジェイドは謀略家ですよね。

 屋敷にいても外に出ても、大義の名のもとに押さえつけられて利用されているルークは哀れです…。

 

 それにしても、ルークがジェイドに協力することに渋っていた時には「彼と共に行動した方が、マルクト領にいる間は安全だと思うけど」と反論していたティアですが、いざルークが協力を決めると「軽薄」と来ましたよ。なんなんだアンタは。

 悪いけど、ここのティアさんは無茶苦茶です。そんなにルークの言うことなすことに反論したいのでしょうか。なんでそんなにも反骨精神旺盛なんでしょうか。今までのルークのワガママや暴言で余程ストレス溜まってるのかなぁ……。ルークはルークで、「両手に花」とからかわれて照れるティアに「おめーじゃねーよ。アニスとミュウだろ」と言ったり、ホントに意地が悪い。(美女のティアより子供と動物の方が まだマシらしい。)この辺りのルークとティアは本気で嫌い合ってて、見ててしんどいです。

※この部分に関して、閲覧者さんからご意見を頂きました。「ルークにティアが「軽薄」と言ったのは、協力を決めたことに言っているのではなく、協力を決めた理由(「連れて行ってくれるならなんでもいい」)が「軽薄」だと言っているのではないでしょうか。」とのこと。なるほど。そうですね。

 どっちにしてもキツいんですが〜。(^_^;)


「昨今局地的な小競り合いが頻発しています。恐らく近いうちに大規模な戦争が始まるでしょう」

 再び席につかされたルークとティアを前に、ジェイドは口を開いた。

 悲惨を極めたというホド戦争が休戦してから、まだ十五年しか経っていない。

「そこでピオニー陛下は平和条約締結を提案した親書を送ることにしたのです」

 イオンが続けた。

「僕は中立の立場から、使者として協力を要請されました」

「それが本当なら、どうしてお前は行方不明って事になってんだ? ヴァン師匠せんせいはお前を捜しに行ったんだぜ」

「それはローレライ教団の内部事情が影響しているんです」

 ルークの疑問にイオンが答えた。ジェイドが後を継ぐ。

「ローレライ教団は、イオン様を中心とする改革的な導師派と、大詠師モースを中心とする保守的な大詠師派とで派閥抗争を繰り広げています」

「モースは戦争が起きるのを望んでいるんです。僕はマルクト軍の力を借りて、モースの軟禁から逃げ出してきました」

「導師イオン! 何かの間違いです。大詠師モースがそんなことを望んでいるはずがありません」

 ティアが声を荒げた。

「モース様は預言スコアの成就だけを祈っておられます」

「ティアさんは大詠師派なんですね。ショックですぅ……」

 アニスの声に、ティアは僅かにうろたえた。

「わ、私は中立よ。ユリアの預言スコアは大切だけど、イオン様の意向も大事だわ」

 そして、目を伏せて小さく呟く。

「誰かが戦争を起こそうとしていると言うのなら……それは兄だわ」

「はぁ? お前、なに言ってるんだよ」

 聞きとがめてルークが言った時、「主席総長こそ大詠師派ですよぅ」とアニスが言った。

「違うわ。兄は、モース様とは無関係よ」

「おーい! 俺を置いてけぼりにして勝手に話を進めるな!」

 会話は知らない方向に進んでいく。ルークがむくれると、ジェイドがわざとらしく笑った。

「ああ、済みません。あなたは世界のことを何も知らない『おぼっちゃま』でしたねぇ」

「……なんだと!?」

 しかし、ルークの怒りは流される。

「教団の実情はともかくとして、僕らは親書をキムラスカへ運ばなければなりません」

「しかし我々は敵国の兵士。いくら和平の使者といっても、すんなり国境を越えるのは難しい。ぐずぐずしていては大詠師派の邪魔が入ります」

 そこまで言って、ジェイドは真紅の双眸でルークを見据えた。

「その為に、あなたの力……いえ、地位が必要です」

 ルークはムッとして頬杖をついた。話題から置いてけぼりにされたうえ、こんなにも直裁に『地位が必要』だと言われたのだ。ルーク自身はどうでもいいということだ。

「おいおい、おっさん。その言い方はねぇだろ? それに、人にものを頼むときは、頭下げるのが礼儀じゃねーの?」

 わざと不遜に言ってやると、隣からティアが睨みつけてくる。

「そういう態度はやめた方がいいわ。あなただって戦争が起きるのは嫌でしょう?」

「うるせーな。……で?」

「やれやれ」

 ジェイドは肩をすくめた。そして片膝をつき、貴人にする動作でうやうやしく礼をする。「師団長!」と、背後のマルコが非難の声を上げたが、動じずに。

「どうか、お力をお貸しください。ルーク様」

「あんた、プライドねぇなあ」

「生憎と、この程度のことに腹を立てるような安っぽいプライドは持ち合わせていないものですから」

 ジェイドはまだ頭を下げている。舌打ちし、ルークは頬杖をやめて姿勢を正した。

「……分かったよ。伯父上に取り成せばいいんだな」

「ありがとうございます。私は仕事があるので失礼しますが、ルーク様はご自由に」

「呼び捨てでいいよ。キモイな」

「分かりました。ルーク『様』」

 貼り付けた笑顔でそう言って、マルコを伴い、ジェイドは部屋から出て行った。





「ルーク。和平への協力、感謝します」

 ジェイドが出て行ってしまうと、イオンが話しかけてきた。

「別にいいよ。それにしてもお前、こんな大変な役目があったのに何でエンゲーブの騒ぎに首を突っ込んだんだ?」

「チーグル族は教団にとって聖獣ですから。それにエンゲーブで受け取るはずだった親書も届くのが遅れていたし……」

「お前、人がいいな」

 感心したようにルークが言うと、後ろからティアが「あなたとは正反対ね」と冷たく言った。

「お前いちいち感じわりぃぞ!」

「そっくりそのままお返しするわ」

「二人とも、仲良くして下さい……」

 睨み合う二人を見渡して、イオンは困った顔をしている。空気を変えるように、「何故チーグルが我が教団の聖獣なのかという話ですが」と話し始めた。

「教団の始祖ユリアは、チーグル族から第七音素セブンスフォニムを操る術を学んだと聞いています」

「照れるですの……」

「おめーが教えた訳じゃねーだろ。ブタザル」

 即座にルークに突っ込まれて、ミュウはしおしおと耳を伏せた。たちまちティアが柳眉を逆立てる。

「ミュウが可哀相じゃない」

「うるせぇっ!」

「みゅうぅ〜」

 イオンの配慮も無為に終わり、これでは元の木阿弥だ。ミュウは居たたまれなさそうに縮こまる。そんな険悪なルークとティアの間にアニスが割り込んできた。

「ルーク様v ルーク様って、すっごく高貴な方なのに全然気取ってなくて、素敵ですv

「アニスって可愛いのに趣味が悪いのね……」

 腹の虫がおさまらなかったのだろうか、ティアが失笑すると、アニスは遠慮深げな声音で、けれどはっきりと言った。

「ティアさんは大詠師派だから……私、嫌いです……」

「あ……私は違うわ……」

 ティアはうろたえた顔をした。

「アニス。ティアは中立だと言ってたでしょう」

 イオンが静かにたしなめると、「……はぁい。ごめんなさい」とアニスは頭を下げる。ホッとしたようにティアは笑った。

「ううん。いいのよ。神託の盾オラクル騎士団に大詠師派が多いのは事実だから」

「ティアさんって優し〜いv

「ふふ、私のことはティアって呼んで」

 どこか白々しいアニスの声の響きに気付かないのか、ティアはにっこりと笑ってそんなことを言っている。

 その時、唐突にけたたましい警告音が響き渡った。

「敵襲?」

 険しい目になってティアが辺りを見回す。

「ルーク様っ、どうしよう!」

 しがみついてきたアニスを引き剥がして、ルークは通路に飛び出した。後をティアたちが追ってくる。少し離れたところにジェイドがいて、壁に取り付けられた伝声管に呼びかけていた。

艦橋ブリッジ! どうした?」

『前方20キロ地点上空にグリフィンの大集団です! 総数は不明! 約十分後に接触します!』

 伝声管からエコーの掛かった声が返る。

『師団長、主砲一斉砲撃の許可を願います』

「艦長はキミだ。艦のことは一任する」

『了解!』

 短く声は返り、後は乗組員への指示が飛び交った。

『前方20キロに魔物の大群を確認。総員第一戦闘配備につけ! 繰り返す! 総員第一戦闘配備につけ!』

 ジェイドがルークたちに顔を向けた。

「四人とも。船室に戻りなさい」

「なんだ? 魔物が襲ってきたぐらいで……」

 空気がやけに緊張している気がして、ルークは首を捻った。こんなに巨大な陸艦だ。魔物ぐらいどうだというのだ。

「グリフィンは単独行動をとる種族なの。普段と違う行動の魔物は危険だわ」

 ティアが言った時、艦が大きく揺れた。轟音が響き、床が斜めに傾ぐ。シュウゥ……と機関の音が小さくなって、どうやら艦が停止したらしいと分かった。

「どうした」

 ジェイドが伝声管から訊ねる。

『グリフィンからライガが降下! 艦体に張り付き攻撃を加えています! 機関部が……うわぁぁ!?』

 悲鳴と騒音が響いた。

艦橋ブリッジ! 応答せよ、艦橋!!」

 重ねて呼びかけるジェイドに応える声はもうない。

「ライガって、チーグルんとこで倒したあの魔物だよな」

「はいですの……」

 不安顔になったルークに、同じ表情でミュウが頷く。

「冗談じゃねぇっ! あんな魔物がうじゃうじゃ来てんのかよ! こんな陸艦に乗ってたら死んじまう! 俺は降りるからな!」

「待って! 今外に出たら危険よ!」

 ティアの声が追いすがるが、構わずにルークは昇降口ハッチへ走った。しかし、何か硬いものに殴られて床に転がる。

「その通りだ」

 そう言って、ルークを殴った大鎌を肩に担ぎ直したのは、黒い法衣に身を包んだ強面こわもての大男だった。周囲には、ルークの知らない甲冑の兵士たちを従えている。

「ご主人様っ!?」

 悲鳴をあげるミュウの隣から、ジェイドが輝く譜術を放った。それは一瞬で兵士たちを吹き飛ばしたが、大男は大鎌を振るって弾き返す。光の応酬に恐れをなして壁に貼り付いたルークの首に、その刃先を押し付けた。

「……流石だな。だが、ここからは少し大人しくしてもらおうか。マルクト帝国軍 第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐。――いや、『死霊使いネクロマンサージェイド』」

 その言葉に、ティアが眉根を寄せる。

死霊使いネクロマンサージェイド……! あなたが……!?」

 そんなティアの視線の先をゆっくりと歩いて、ジェイドは眼鏡を指で押し上げながら失笑してみせた。

「これはこれは。私も随分と有名になったものですね」

「戦乱の度にむくろを漁るお前の噂、世界にあまねく轟いているようだな」

「あなたほどではありませんよ。神託の盾オラクル騎士団六神将『黒獅子ラルゴ』」

「フ……。いずれ手合わせしたいと思っていたが、残念ながら今はイオン様を貰い受けるのが先だ」

「イオン様を渡す訳にはいきませんね」

 そう返すジェイドの後ろで、ティアが僅かに身じろいだ。が、即座にラルゴがルークに押し付けた大鎌に力を込める。

「おっと! この坊主の首、飛ばされたくなかったら動くなよ」

「く……」

 唇を噛んで、ティアは杖を握る手を下ろした。

「死霊使いジェイド。お前を自由にすると色々と面倒なのでな」

「あなた一人で私を殺せるとでも?」

「お前の譜術を封じればな」

 そう言うと、ラルゴは小さな箱のようなものをジェイドの頭上に投げつけた。パン、とそれは弾けて中から光が迸り、ジェイドがめまいに襲われたようにがくりと膝をつく。ティアが目を剥いた。

「まさか、封印術アンチフォンスロット!?」

「導師の譜術を封じるために持って来たが、こんなところで使う羽目になるとはな」

 ラルゴはルークの首から刃を離し、呻くジェイドに斬りかかる。しかし素早く立ち上がったジェイドは己の手の中に光を呼び、現出した槍で突きを放った。ラルゴが身をかわす。

「ミュウ! 第五音素フィフスフォニムを天井に! 早く!」

「は、はいですの」

 呆然と見ていたミュウが跳ね出して、天井の音素フォニム灯めがけて炎を吐く。過剰な音素フォニムを吸収した譜石が眩く輝いた。

「今です! アニス! イオン様を!」「はいっ!」

 目を焼かれてラルゴが怯んだ隙に、イオンの手を引いてアニスが駆け出した。ラルゴの脇をすり抜け、昇降口ハッチの方へ向かって。

「落ち合う場所は分かりますね!」「大丈夫っ!」

 すれ違う一瞬、ジェイドとアニスの間に言葉が交わされる。

「行かせるか!」

 追おうとしたラルゴの膝ががくりと落ちた。ティアが眠りの譜歌を歌ったのだ。その刹那、ジェイドはラルゴの懐へ踏み込むと、槍でそこを刺し貫いていた。

「……さ、刺した……」

 眼前で吹き出す鮮血。ルークは座り込んだまま呆然とそれを見つめた。身体が勝手に震える。ラルゴは血溜まりの中に倒れ、動かなくなった。

「イオン様はアニスに任せて、我々は艦橋ブリッジを奪還しましょう」

「でも大佐は封印術アンチフォンスロットで譜術を封じられたんじゃ……」

「ええ。これを完全に解くには数ヶ月以上掛かるでしょう。ですが全く使えないわけではありません。あなたの譜歌とルークの剣術があれば、タルタロス奪還も可能です」

「分かりました。行きましょう、ルーク。……ルーク!」

 大声でティアに呼ばれて、ようやく、ルークははっと視線を上げた。

「あ、ああ……」

 立ち上がり、先を行く二人に付いていく。だが、その表情は硬く強張ったままだった。

「なぁ、さっきのラルゴとかいうヤツ……死んじまったのかな」

 問いかけると、ジェイドが答える。

「殺すつもりで攻撃しましたけどねぇ。まだ生きていると、少々厄介ですよ」

「何も殺すことなかったんじゃないか?」

「おやおや。あちらは我々を殺してもよく、こちらは殺すのはよくない、というのは道理が通りませんねぇ」

「ルーク」

 ティアが冷たい口調で言った。

「これは軍事演習でも剣術の稽古とも違うのよ。相手の命を気遣う余裕なんてないわ」

「でもよ!」

「相手も覚悟をもって襲撃してきていると思いますよ。組織のために命がけで作戦行動をとる。それが軍人です。ファブレ公爵家の方は、その覚悟なしに戦場に身を置けるようですが」

 ジェイドは肩をすくめて失笑してみせる。

「そういうこと言ってんじゃねぇよ! ……くそっ」

 ルークは悔しげに口をつぐんだ。


 自由行動を与えられた時に部屋から外に出る(話し掛ける)か、あるいは外に出ないで取次ぎしてもらって説明後に話し掛けるかによって、アニスとの会話が変化します。後者だと、アニスがティアのことを「嫌い」と言ってのけます。ティアが、というよりモースが嫌いなんでしょうが……。

 後にナタリアが登場した時も、当初は女性三人大変仲が悪く、次第に仲良くなっていくという流れになっていましたが、アニスとティアも最初は仲が悪かったようです。いえ、ティアは仲のよいつもりだったのかもしれませんが、アニスは……。

「ティアと呼んで」と笑顔で言われても、その後キャツベルトでケセドニアを発つ頃まで「ティアさん」と呼ぶままだったり、かなり長いことティアに心を許していなかったようにも思えます。

 

 ゲームだとイオンが「難しい話ばかりだと疲れますね。少し風に当たってきます」と甲板に出て行き、ルークたちが廊下でジェイドに話し掛けたところで襲撃が始まり、アニス一人がイオンの元へ走ります。ですが、漫画版や小説版ではイオンが一緒にいる時に襲撃が始まって、アニスがイオンを連れて逃走することになっています。確かにその方が話の流れ的にスムーズなので、このノベライズでもそのアイディアを使わせていただきました。

 

 いきなり一人だけで逃げようとした上へっぴり腰で人質になり、その後呆然と床に座り込んでいたという、主人公にあるまじき情けなさ満載なルーク。(笑)

 初めて「殺人」の現場を目撃し、動揺します。しかし、ジェイドとティアはそんなルークを軽侮し、たしなめます。

「それが軍人です」

 ……いや。確かにジェイドとティアは職業軍人なんですが、ルークは実戦経験も大してない、ただの民間人なんですけど……?(まあ、父親は軍人ですけどね。)

 

 ところで、導師の譜術を封じるために封印術アンチフォンスロットを持って来たと語るラルゴですが、後の展開を考慮するとおかしくないですか? だって、イオンしか使えない譜術を使わせるために、彼を奪還しようとやって来たはずなんですよ。なのに、ここで譜術を封じちゃってどうするのですか。すぐに解けるものならともかく、「(ジェイドのような天才のみ)数ヶ月がかりでどうにか解ける」というものなのに。謎です。

 ついでに言うと、「まだ生きていると、少々厄介ですよ」と言いながら、ラルゴの息の確認も とどめ刺しもしてないジェイドもちょっと変。息を確認する前に兵士たちが襲ってきてやむなくその場を離れた、とかいう展開ならともかく……。

 

 このエピソードまで、ゲーム序盤なのにジェイドは一人でレベル45あったんですが、封印術アンチフォンスロットによってがくんと40下がって、他のメンバーと同じくらいのレベル5になります。


 魔物をなぎ倒しながら艦橋ブリッジを目指した。魔物に襲われたのだろう、あちこちにマルクト兵が倒れ伏していて、だが誰も動かない。

 顔を顰めて避けるように歩いていたルークは、離れた場所に転がっている剣に気付いて、それを拾い上げた。

「大佐、封印術アンチフォンスロットの方は、その、……大丈夫ですか?」

 ティアが心配そうにジェイドに訊ねている。

「はっはっは。戦場を知らない人よりは、まだ幾分マシな働きが出来ると思います。心配には及びません」

「何! ちっ! いちいちイヤミなヤローだな!」

「いえいえ、あなたにも期待していますよ。タルタロスの奪還は、あなた達が協力してくれればという前提です」

「分かりました。ルーク、行きましょ」

 ティアが生真面目な顔で促す。

「はいはい わーってるよ!」

 先程の魔物との戦いで木刀は折れていた。拾った剣を腰の鞘に収めると、ルークは再び歩き始めた。





「タルタロスを取り返しましょう。ティア、手伝って下さい」

「はい」

 艦橋ブリッジの入口に辿り着くと、譜歌で見張っていた兵士を眠らせ、ジェイドとティアは扉の中へ入っていった。「俺は何をするんだ」と尋ねるルークに「そこで見張りをしていて」と言い残す。邪魔だということらしい。手持ち無沙汰になったルークは眠りこけている兵士の顔を覗き込んだ。

「アホ面して寝てやがる。……しかしまー、あんな攻撃でどうして寝ちまうのかねぇ」

「ティアさんの譜歌は第七音素セブンスフォニムですの」

 独り言のような呟きに、律儀にもミュウが答えた。

「またそれだ。第七音素ってなんだよ」

「何って、七番目の音素フォニムですの。新しく発見された『音』の属性を持つ音素フォニムですの。預言スコアも第七音素ですの。特別ですの」

「だーっ、お前の喋り方、うぜっつーの!」

 何でコイツにまで教えられてるんだろう。何だか腹が立ってきて、ルークはミュウを片手で引っつかんでブンブンと振り回した。

「ご〜め〜ん〜な〜さい〜ですの〜〜!」

 振り回されたミュウは目を回したのか、意味なく炎を吐き散らす。それが眠っている兵士に当たり、ピクリ、とその体がうごめいた。

「!?」

 ぎょっとして、ルークは動きを止める。……が、兵士が起き出す様子はない。

「お、驚かせやがって……! 一生寝てろ、タコ!」

 腹立ち紛れに蹴りつける。それが決定打になって、むくりと兵士が起き上がった。ヒュッ、と振り下ろされた剣がルークの二の腕を掠め、血が流れる。

「う、うわっ!? 起きやがった……!」

 兵士はヨロヨロと剣を構え、腕を押さえて逃げるルークに憎々しげに叫んだ。

「し、死ね!」

「……ひ……く、来るなぁっ!」

 今まで、魔物とは何度も戦ってきた。それなりに実戦の感覚も掴めてきたと思う。――なのに。

 咄嗟に剣を抜いて打ち合う。だが、剣を持つ手が、いや、全身が震えた。脳裏に、少し前に見たばかりの鮮血が――人が人を殺した光景がフラッシュバックする。今、明確な殺意を持って自分に迫ってくる『人間』。その視線に気圧され、いつしか後ずさり、背中を向けて逃げ出そうとして、しかし足が絡んでみっともなく転んだ。背後に兵士が迫る。剣を振り下ろす。

 ――殺される。

「う、うわぁあああ! 来るな、来るなぁあ!!」

 無我夢中で、ルークは己の剣を突き出していた。

「な、何が起きたの!?」

 ルークの叫びを聞きつけたのだろう。ティアとジェイドが艦橋の中から飛び出してきた。ルークは呆然と立ち尽くしている。……事切れ、動かなくなった兵士の前で、血の滴る己の剣を握り締めたまま。

「まずい……。今の騒ぎで譜歌の効果が切れ始めました」

 ジェイドの声も耳に入っていない。

「さ……刺した……。俺が……殺した……?」

 ティアが、うわごとのように呟くルークを怪訝な表情で見つめている。――その時。

「人を殺すことが怖いなら剣なんて棄てちまいな。この出来損ないが!」

 唐突に罵声が飛んだ。同時に、頭上から氷塊が雨のように降り注ぐ。――譜術、アイシクルレイン。不意をつかれてルークとティアは昏倒したが、ジェイドは鮮やかにそれをかわした。その前に、艦橋の屋根から一人の男が身軽に飛び降りてくる。ラルゴのそれに似た黒衣をまとい、背中までの赤い髪をなびかせて。

「流石は死霊使いネクロマンサー殿。しぶとくていらっしゃる」

「…………っ!」

 揶揄するように言ったその男の顔を見て、ジェイドは息を呑み、動きを止めた。

 神託の盾オラクル兵たちがバラバラと走り出てくる。気絶しているルークとティアを見やって、男に問いかけた。

「隊長、こいつらはいかがしますか」

「殺せ」

 だが、金髪を結い上げた女が現われ、それを止めた。

「アッシュ。閣下のご命令を忘れたか? それとも我を通すつもりか?」

 アッシュと呼ばれた赤い髪の男は、不意に頭痛でも感じたかのように額を押さえた。ちっ、と舌打ちする。

「……捕らえてどこかの船室にでも閉じ込めておけ!」

 そう言い捨てて、艦橋の中へ立ち去った。


 ルークが夢中で人を刺し殺してしまうイベント。最初期装備の木刀のままでいても変化なしで起こる。

 ……人を刺し殺せる木刀って、鋭すぎだろ……。

 

 ここで初登場したアッシュは最重要キャラクターな魔法剣士。でも、まだ後姿だけで顔も見えません。


 ――ルーク……我が声にこたえよ……! ルーク……!

 

 いつもの声が呼んでいる……。

「ルーク!」

 ――いや、違う。これはティアの声だ。

 頭を襲う鈍痛と共にルークが目を覚ますと、傍で彼女が微笑んでいた。

「……よかった。うなされていたから」

「……ここは……」

「タルタロスの船室です」

 答えたのはジェイドだ。

 船室と言っても最初に入れられた部屋とは違う。簡易ベッドやトイレが備え付けられ、中央の柱からは枷の付いた鎖が垂れている。更に、扉の前には譜業制御らしき光の格子が降りていた。いわゆる、牢屋という奴らしい。

 ルークはその部屋のベッドに寝かされていた。部屋の中にはティアやジェイドの他、ご丁寧にもミュウまでもが一緒に閉じ込められている。

「そうか……。確か魔物が襲ってきて……」

 ぼんやりと記憶を辿って、ルークはぎくりと身を強張らせた。

(俺……人を殺した……!?)

 己の両手を見つめる。グローブが赤黒く汚れているのを見て取って、おぞましさに体が震えた。

 ジェイドとティアは冷静に会話を交わしている。

「さて。そろそろここを脱出してイオン様を助け出さなければ」

「イオン様はどこかに連れて行かれたようでしたけど……」

神託の盾オラクルたちの話を漏れ聞くと、タルタロスへ戻ってくるようですね。そこを待ち伏せて救出しましょう」

「……お、おい! そんなことしたらまた戦いになるぞ!」

 我に返ってルークは顔を上げた。

「それがどうしたの?」

 ティアが不思議そうに見返してくるのに苛立つ。

「また人を殺しちまうかもしれねぇって言ってんだよ」

「……それも仕方ないわ」

 ルークはぎょっとした。表情を変えない女を愕然と見返す。

「殺らなければ殺られるもの」

「な……何言ってんだ……! 人の命をなんだと思って……」

「そうですね。人の命は大切なものです」

 ジェイドが口を挟んだ。

「でもこのまま大人しくしていれば、戦争が始まって、より多くの人々が死ぬんですよ」

「今はここが私たちの戦場よ。戦場に正義も悪もないわ。生か死か、ただそれだけ」

 淡々としたティアの言葉に、ルークはただ息を呑む。

「普通に暮らしていても魔物や盗賊から襲われる危険がある。だから力のない人々は傭兵を雇ったり、身を寄せ合って辻馬車で移動しているのよ。戦える力のある者は子供でも戦うことがあるわ。そうしなければ生きていけないから」

「――そんなのっ。そんなの俺には関係ない! 俺はそんなこと知らなかったし、好きでここに来た訳じゃねぇ!」

「……驚きましたねぇ。どんな環境で育てば、この状況を知らずに済むというのか……」

 ジェイドが心底呆れた声を出した。ティアが口を添える。

「マルクトに誘拐されかかって以来、身を守るため、お屋敷に軟禁されていたそうですから」

「この世界のことを知らなくて当然……ですか」

 二人の軍人はどこか哀れむ目で、幼な児のように言い募るルークを見やった。

「仕方ねぇだろ! ガキの頃の記憶もねぇんだ! 俺は何も知らないんだ!」

「確かに、こんなことになったのは私の責任だわ。だから私が必ずあなたを家まで送り届けます」

「…………」

 きっぱりと言ったティアを、ルークは黙って見返した。だが、彼女の顔に見えるのはルークが求める救いではない。

「その代わり、足を引っ張らないで。戦う気がないなら、あなたは足手まといになる」

「た、戦わないなんて言ってない! ……人を殺したくないだけだ」

「私だって! ……好きで殺しているんじゃないわ」

 一瞬だけ激昂して、ティアはすぐに声と感情を押し殺した。

「同じことだわ。今戦うということはタルタロスを奪った『人間』と戦うということよ。敵を殺したくないと言うなら、大人しく後ろに隠れていて」

「……なるべく戦わないようにしようって言ってるだけだ」

 人を殺すのは怖い。だが、足手まといにもなりたくない。拳を握り締めてルークは言った。

「結局戦うんですね? 戦力に数えますよ」

 ジェイドが念を押してくる。

「戦うって言ってんだろ」

「結構」

 そう言うと、ジェイドは光の格子の隙間から、扉めがけて何かを投げた。たちまち軽い爆発が起こって扉が破壊され、格子がフッと消える。

「何事だ!?」

 声がして、壊れた扉の向こうから見張りらしい神託の盾オラクル兵が駆け込んで来ようとしているのが見えた。

「う、うわっ!?」

 咄嗟に、ルークは足元にいたミュウを掴んで投げつけた。目を回したミュウが吐いた炎で兵士はたじろいで足を止める。そこにティアの歌声が響き渡った。兵士は深い眠りに囚われて倒れ伏す。

「今のは、なかなか良い判断でした」

 そう言ってジェイドは扉の脇の伝声管に近付くと、声高に呼びかけた。

死霊使いネクロマンサーの名によって命じる」



 その時、神託の盾オラクルに占拠されたタルタロスの艦橋ブリッジに、伝声管からジェイドの声が響き渡った。

『作戦名《むくろ狩り》、始動せよ』

 途端にバチン、と全ての照明が落ちた。周囲の通路に隔壁が下り、響いていた低い機関音も消えていく。

「な、何が……起きたの……?」

 艦橋に立っていた少女が辺りを見回している。アニスと同じくらいの年頃だろうか。不安げな顔で、ヌイグルミを抱く腕にぎゅっと力を込めた。着席している神託の盾オラクル兵が緊迫した声で報告する。

「動力機関停止! 管制装置停止! タルタロス制御不能です!」



 一方、牢ではジェイドがルークに説明をしていた。

「予め登録してあるタルタロスの非常停止機構です。復旧には暫くかかるはず」

「すげぇ……」

「どこへ向かいますか?」

 ティアが訊ねてくる。

「左舷昇降口ハッチへ。非常停止した場合、あそこしか開かなくなります。イオン様を連れ出した神託の盾オラクル兵もそこから艦内に入ろうとするはずです」

「でも、俺たちの武器、取り上げられてるぜ」

「近くに置いてあると思うわ。探してみましょう」

 ティアが促した。




 武器はすぐに見つかったが、上層へ向かう昇降機は止められていた。

「やはり止められていますか」

「どうすんだ? 他に出口はないのかよ」

 そうですね、とジェイドは考え込む仕草をする。

「確か向こうの部屋に、脱出に使えるイイモノがあった筈です。それを利用しましょう」

「いいものぉ?」

「大佐、それは一体……」

「ヒ・ミ・ツです。とにかく、行きましょう」

 おどけた調子で言うジェイドに、ティアはそれでも「は、はい!」と生真面目に返している。

「……敵に見つからないといいけどな」

 ルークはぼそりと呟いた。この近辺にいたのであろう他の神託の盾オラクル兵は、今はタルタロスの復旧に追われているのだろうとジェイドは言ったが、それでも少し怖い。街の外を歩けば魔物に襲われる危険は常にあったが、それとはまた違った恐ろしさがあった。

(もしも敵と――人間と遭っちまったら)

 取り戻したばかりの剣がずしりと重く感じられる。

「ルーク。今は気持ちを切り替えなさい。でないと、あなたが命を落とすわよ」

 ルークの顔色に気付いたのか、ティアが叱るような声音で言った。

「ちゃんと戦うっつっただろ! ……ただ、ちょっと気分が悪いだけだ」

 俺だって、死にたくない。そう口の中で呟く。

 人を殺したくない。だが、殺されたくはない。殺されたくはないが――殺したい訳じゃない。

 矛盾している。気持ちが悪い。

 目の前で事切れた、あの兵士の姿が脳裏に甦った。剣が肉を貫くブチブチとした感触すらも。

「手に掛けた相手のことを想えるのはよいことですよ。足手まといにならなければ、ね」

 ルークを見つめるジェイドの声音には、僅かな揶揄がこもっている。

「っせぇな……」

「怖いのですか?」

「黙れっつってんだろ! 足手まといかビビってるか、しっかり見やがれ! とっとと行くぞ!」

「その意気でしっかり働いてくだされば、私は何も文句はありません」

 澄まし顔でそう言うジェイドに苛立ちながら、ルークは彼の後に付いて倉庫らしき部屋に入った。




「ここの貨物をどけると、奥に『イイモノ』があります」

 部屋の中には大きな木箱が幾つも積み重なっている。

「貨物を動かせばいいんですね」

 言って、ティアが素早く体を動かした。木箱を動かし始める。

「そうです。ところでルーク、女性に力仕事を押し付けるのは感心しませんねぇ」

 ぼーっと見ていたルークは、そう言われて眉根を寄せた。「大佐、私なら大丈夫です」とティアは言ったが。

「それとも、貴族の坊やにはマトモな筋肉がついてないのでしょうか? やれやれ。脳みそは筋肉で出来ていそうなのにねぇ」

「なんだと! 馬鹿にすんなよっ!」

 まんまと乗せられて、ルークは木箱に突進した。――いざ押してみると、かなり重い。

(これを俺一人で全部動かせってか?)

「ちょっと待てよ。あんたも男じゃねぇか。手伝えよ」

 少し焦ってジェイドを睨むと、彼は澄まして肩をすくめた。

「いやですねぇ。あなたの方が若いじゃありませんか。私はもう、節々が痛んで……」

「……わぁーったよ。おら、どけよ。俺がやる」

 憮然としてティアを押し退けると、彼女は驚いた顔をして、少し照れたように呟いた。

「あ……ありがとう……」

「ご主人様、がんばってですの!」

「うるせっつーの」

 悪態をつきながらルークは木箱を動かしていく。汗をダラダラと流して作業を続けるうち、今まで木箱で埋まっていた部屋の奥の壁が見え始めた。

「ありましたよ」

「は?」

 はあはあと息をついて、ルークは額の汗を拭った。壁際に、他の木箱とは違う形の箱がある。

「これが『イイモノ』か?」

「大佐、これは爆薬ですか?」

 ティアが訊ねた。

「爆薬ぅ!?」

 ルークはぎょっと身を引く。

「何でそんな物が?」

「艦内に物資の横流しをしている集団がいましてね。彼らがここに爆薬を隠していることを突き止めていたんですよ。この騒ぎで、調査も無駄になってしまいましたが」

 飄々とジェイドは語る。「なるほど。これに火をつけて壁を破壊するわけですね」とティアが言った。

「おっかねぇな。大丈夫なのかよ……」

「爆発に巻き込まれなければ平気ですよ。さあ、急ぎましょう。神託の盾オラクルの連中より先に昇降口ハッチに辿り着いて、機先を制する必要がありますからね」

「発火は譜術ですか?」

「いえ。ミュウに頼みましょう。出番ですよ、ミュウ」

「はいですの!」

 元気よく答えたミュウは、即座に大きく息を吸った。

「おぁっ! ちょっと待……」

 慌てたルークの足元から炎の塊が発射され、爆薬の箱を燃え上がらせた。耳を殴られたかのような爆音と爆風、閃光が駆け抜ける。煙がもうもうと上がり、合金の厚い壁には人間が潜れそうな大きな穴が開いていた。

「び、びびったぁー……! お前、いきなり過ぎんだよ!」

 一瞬、意識が飛んだかと思った。心臓がドキドキと震えている。

「みゅうぅぅ……。ごめんなさいですの」

 怒鳴られてミュウは悲しそうに縮こまったが、ジェイドは笑ってねぎらった。

「いえいえ。上出来ですよ、ミュウ。――さて、そろそろ行きましょうか」

「お、おう……」

 ジェイドもティアも、まるで平気な顔をしている。まだ心臓を轟かせている自分が馬鹿みたいだ。

(つーか二人とも、なんで冷静な顔して爆発を見てんだよ。化物かっつーの)

 これが軍人という人種なのだろうか。だとしたら、何かが破綻している気がする。……別に負け惜しみだとかいう訳ではなく。


 女の子のティアが重い荷物を動かしているのに、ジェイドに言われるまでボーッと見ていたルーク。

 この気の利かなさは、流石におぼっちゃんという感じですね(笑)。

 

 それはそうと、ルークたちは両手で荷物を押したり引いたりするのに、ジェイドは片手でやってくれます。あんな細っこいくせに、基本的な筋力が全然違うらしい……。


「どうやら間に合いましたね」

 外壁から整備用の梯子を伝って甲板に上がり、左舷昇降口ハッチに辿り着いた。その間、一度も神託の盾オラクル兵士には出会わなかったのは、ルークにとって幸いだ。タルタロス内部の各所に落とされた隔壁は未だ破られていないらしい。

「あいつらとイオンは同じローレライ教団なんだよな。イオンをさらってどうするつもりなんだ?」

 少し気が落ち着いて、ルークは疑問を口にした。

 考えてみればティアもアニスも教団兵だ。だが、あの黒獅子のラルゴとかいう大男もそうらしい。神託の盾オラクル騎士団は導師イオンを護るのが仕事だとヴァンは言っていたが、なのに誘拐するとはどういうことだろう。

「今の導師イオンは戦争回避のために行動している……。その導師をさらうということは、やっぱり和平交渉の妨害?」

 ティアは考え込んでいる。

「イオン様のキムラスカとマルクトへの影響力を考えると、今回の和平交渉にイオン様の存在は欠かせません。妨害方法としては、イオン様をバチカルに行かせないのが最も手っ取り早くて確実であるのは間違いないのですが……」

 ジェイドは言って、少し表情を曇らせた。

「マルクトの軍用艦を襲撃する程ですからねぇ。果たして、それだけでしょうか……」

「裏があると?」

 ティアが目線を鋭くした。

「どういうことだ?」

「推測だけで語るつもりはありませんよ。この場を収めた後ゆっくり考えましょう」

 ジェイドは話を打ち切る。「それより、現れたようです」と、僅かに開けてあった昇降口ハッチの隙間を見て言った。

 停止したタルタロスに向かって、一人の女がイオンを連れて歩いてきていた。ルークやティアは知るよしもないが、アッシュを止めた金髪を結った女だ。側には神託の盾オラクル兵が一人、付き従っている。

「タルタロスが非常停止したこと気付いてるか?」

「流石に気付いているでしょう」

 ルークの問いに答えて、ジェイドは彼に顔を向けた。

「それより、このタイミングでは詠唱が間に合いません。譜術は使えないものと考えて下さい」

 それはつまり、殆ど援護を当てにせず、剣のみで戦わねばならないということだ。

「どっちにしたって封印術アンチフォンスロットのせいでセコい譜術しか使えないんだろ」

 恐ろしさを押し隠そうと、ふてくされた声音で言ってやると、ティアにギロリと睨みつけられた。

「大佐は少しずつ封印術を解除しているのよ。そんな言い方、最低だわ」

「構いませんよ。事実ですから」

 何を考えているのか。ジェイドは柔和な表情でティアを宥めている。




 一方、艦の外では金髪の女が冷徹な声で兵士に命じていた。

「非常昇降口ハッチを開け」

「了解」

 兵士は艦に駆け寄り、外壁の蓋を開けて手動レバーを操作する。降りてきた階段を駆け登って扉のスイッチを押した。圧搾音がして扉が左右に開く。――その向こうには、ミュウを抱えたルークが待ち構えていた。

「おらぁ! 火ぃ出せぇっ!」

 ミュウが勢いよく炎を吐き出す。兜の上からではあるが顔面を焼かれて、兵士は背中から階段を転げ落ちた。その音を聞いて、金髪の女は素早く二挺の譜銃を向ける。が、既にその頭上に槍を構えたジェイドが飛び掛っていた。

 槍が地面に突き立った。一瞬前までその場にいた女は、もう後ろに飛びすさっている。即座に銃を撃とうとしたが、ジェイドが自分の背に回って槍の穂先を突きつけていることに気付いて動きを止めた。低く呟く。

「流石ジェイド・カーティス。譜術を封じても侮れないな」

「お褒めいただいて光栄ですね。さあ、武器を棄てなさい」

 女は譜銃を地面に放る。ルークはといえば、両手を挙げた兵士を手に持ったミュウで殴りつけていた。ミュウを利用したこの作戦は、剣を使わずに場を収めるための苦肉の策だったのだが、どうやら上手くいったようだ。後はティアが例の譜歌を歌ってくれればいい。誰も血を流さずにイオンを助けられる。

「ティア、譜歌を!」

 女に槍を突きつけたままジェイドが命じる。

 だが、階段に立つティアは一瞬、躊躇した。女を見て「リグレット教官!」と呼びかける。

「ティア……? ティア・グランツか……!」

 リグレットと呼ばれた女もティアの名を呼んだ。

 次の瞬間、状況は転じた。一頭のライガが現われ、背後からティアに襲い掛かったのだ。吐きつけられた雷気の息をティアは跳んで避けたが、その隙を逃さずにリグレットはジェイドの槍を蹴って逃れ、イオンを人質にして銃を構え直していた。放たれた銃弾に牽制され、ジェイドとティアの動きが止まる。殴り倒されていた兵士も復活し、ルークに剣を突きつけていた。

 現われたライガは、一人の少女に従っていた。アニスと同じ年頃に見え、気弱そうな顔をしてヌイグルミを両手で大事そうに抱えている。

「ご主人様、囲まれたですの……」

 剣を突きつけられたルークの手の中で、ミュウが情けない声で言った。

「アリエッタ! タルタロスはどうなった?」

 銃を構えたまま、リグレットが少女に問いかけた。

「制御不能のまま……。このコが隔壁、引き裂いてくれて、ここまで来れた……」

 このコ、と傍らのライガを目で示しながらたどたどしい口を開く。

「よくやったわ。彼らを拘束して……」

 その時だった。

 遥か頭上、タルタロスのマストの辺りから、陽光をきらめかせて誰かが飛び降りてきたのは。落下の勢いのままにリグレットを打ち倒すと、イオンを脇に抱えて走り抜けた。飛び起きたリグレットは銃を撃ったが、彼は鞘から半ば抜いた剣でそれを弾く。向き直り、爽やかに名乗りをあげた。

「ガイ様、華麗に参上」

 ルークの使用人にして親友、ガイ・セシルだった。

「きゃ……」

 小さな悲鳴が上がり、闖入者に気を取られていたリグレットはハッと顔を強張らせる。

「アリエッタ!」

 ジェイドがアリエッタを羽交い絞め、槍を持った手で抑え込んでいた。

「さあ、もう一度武器を棄てて、タルタロスの中へ戻ってもらいましょうか」

「……」

 リグレットは武器を棄てた。兵士もそれに倣い、二人はタルタロスへ戻っていく。

「さあ、次はあなたです。魔物を連れてタルタロスへ」

 それを確認し、ジェイドは己が捕らえている少女を促した。アリエッタはイオンを見やり、切なげに呟く。

「……イオン様……。あの……あの……」

「言うことを聞いて下さい、アリエッタ」

「……」

 何度もイオンを振り返りながら、アリエッタはライガを連れてタルタロスの中へ消えた。ティアが外部から全ての昇降口ハッチを封鎖し、「暫くは開かない筈です」とジェイドが言った。




 ルークは大きく安堵の息をついた。

「ふぅ……助かった……。ガイ! よく来てくれたな!」

「やー、捜したぜぇ。こんな所にいやがるとはなー」

 懐かしい笑顔だ。見飽きていたはずのそれを見て、ルークは久しぶりに顔を明るく綻ばせた。屋敷を出て以来ずっと腹の底にあった重い石が消えている。目の奥がつんと熱くなって、ルークは慌てて瞼を伏せた。まだ十日ほども屋敷を離れていないのに、こんなに嬉しくなるなんてカッコ悪過ぎる。

「なんだか大変なことになってたみたいだな。ルーク」

「……ああ。ったく、屋敷を出てからロクな事がねーぜ」

「はっはっは。屋敷を出てから大冒険! ってか?」

「あのな。笑い事じゃねーっての……」

 実際、それどころではなかった。無愛想女に散々叱られるわ、泥棒扱いされて蹴り飛ばされるわ、変なチーグルを押し付けられるわ、眼鏡野郎には嫌味を言われるわ、……人を殺してしまうわで。

 拗ねた顔で睨み付けると、こっちの気も知らないガイは可笑しそうに笑う。

「ははは。まぁまぁ。事件はだいたい解決したんだろ? じきにバチカルに帰れるさ」

「だと良いんだけどなー……」

 一方、ジェイドはイオンに尋ねていた。

「ところでイオン様。アニスはどうしました」

「敵に奪われた親書を取り返そうとして魔物に船窓から吹き飛ばされて……。ただ、遺体が見つからないと話しているのを聞いたので、無事でいてくれると……」

「それならセントビナーへ向かいましょう。アニスとの合流先です」

「セントビナー?」

 ルークが聞きとがめる。

「ここから東南にある街ですよ」

 イオンが答えるのを聞いて、「分かった。そこまで逃げればいいんだな」と頷いた。

「ところで、あなたは……」

 イオンが、ガイに物問いたげな視線を向ける。

「そういや自己紹介がまだだっけな。俺はガイ。ファブレ公爵のところでお世話になってる使用人だ」

 立てた親指で自らを指してそう言うと、ガイは笑顔でイオン、そしてジェイドと握手を交わした。最後にティアが近付いて手を差し出したが、彼は「……ひっ」と悲鳴をあげて後ろに飛び退いた。

「……何?」

 誰もが怪訝な顔をしている。ルークが肩をすくめた。

「……ガイは女嫌いなんだ」

「……というよりは女性恐怖症のようですね」

 ジェイドの表現は的確だ。

「わ、悪い……。キミがどうって訳じゃなくて……その……」

 ガイはしどろもどろにティアに弁解している。困ったように微笑んで、「私のことは女だと思わなくていいわ」とティアは言った。だが、近付くと彼は逃げる。

「……」

 一歩、また一歩。ティアが近付く度に彼は後ろに下がった。ついにガクガク震え始めたガイを見て、ティアは溜息をつき、頭痛をこらえるように額を押さえた。

「……分かった。不用意にあなたに近付かないようにする。それでいいわね」

「すまない……」

 やっと震えを抑えて、ガイは情けない顔で謝っている。

「そろそろ行きましょう。いつまでもここにいては危険です」

 場を切り替えるようにジェイドが言った。

「そちらさんの部下は? まだこの陸艦に残ってるんだろ?」

「生き残りがいるとは思えません。証人を残しては、ローレライ教団とマルクトの間で紛争になりますから」

「……何人、艦に乗ってたんだ?」

 ルークは訊ねた。その声には微かな震えがある。

「今回の任務は極秘でしたから、常時の半数――百四十名ほどですね」

「百人以上が殺されたってことか……」

 ガイが苦しげに呟いた。

「行きましょう。私たちが捕まったら、もっと沢山の人が戦争で亡くなるんだから……」

 ティアが重い声で促す。一行は艦から離れ、セントビナーへの道を辿り始めた。


 ガイ様が華麗に参上。(笑)

 久々に慣れ親しんだ顔を見て、「ガイ! よく来てくれたな!」と大喜びのルークです。

 つーか、どこからどーゆータイミングで現われるんじゃ、あんたは。都合よすぎて、カッコよすぎる以前に不思議ですよ。

 ちなみに、初登場時も腕を組んで窓枠に寄りかかってカッコつけて登場、去り際にはルークに向かって二本立てた指をピッと振ってましたけどこの人。それがイヤミたらしくも滑稽でもないのがスゴいところである。(いや、私はガイはかなり好きです。ルークの次に好きかな。)

 

 ガイがどうしてあのタイミングでタルタロスのマストから降って来たのか、という謎に関しては、ファンの間では幾つかの推測があるようです。

  1. 音機関マニアなので、停止している陸艦を見て勝手に乗り込んでいた。
  2. (物語中盤以降明かされるある事情のため)予めルークがタルタロスに囚われていることも六神将が占拠していることも知っていて、合法的(?)に乗り込んでいた。

 しかし1は、幾ら何でも軍用艦に勝手に乗り込むのはおかしい(つーか、不可能)ですし、2は、後の六神将への反応やアッシュとの関係などから鑑みるに、彼がそこまで「入り込んでいた」とは思えないので、やはりおかしいと思えます。結局のところ、謎です。(^_^;)

※追記。ガイの衣装デザインは映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のイメージだそうですので、単純に、海賊だからマストの上から華麗に参上、というお遊びだったのかなと今は思っています。なお、ファミ通小説版外伝2では、ルークを追ううちに停止したタルタロスを発見して木の上から様子を窺い、次にマストに移って飛び降りた、と説明されていました。

 

 謎と言えば、ガイが降ってくる時に、ジェイドがまるでそれを知っていたかのような振る舞いをするのも謎です。まるで最初から共謀していたようにさえ見えるのに、これが初対面なんですよね。……まぁ、「歴戦の戦士同士は阿吽の呼吸で分かり合える」と言いたいがための演出なのではなかろーかと思いますが。

(あの場ではイオンを助けるのが最善手で、そうすればジェイドやティアがどう動くかというのを計算してガイは動いて、ジェイドがその通りにしてくれたから、アリエッタを押さえた彼に向かってニヤッと笑ったわけですよね。)


 街道を行くうちに、不意にイオンがその場に座り込んだ。駆け寄ったティアが側にしゃがんで覗き込む。

「おい、大丈夫か」

 驚いて問い掛けたルークの向こうで、ジェイドが静かに見つめて言った。

「イオン様。タルタロスでダアト式譜術を使いましたね?」

「ダアト式譜術って、チーグルのトコで使ってたアレか?」

 ルークはジェイドを見上げる。そういえば、チーグルの森でもあれを使った後で倒れていた。

「すみません。僕の身体はダアト式譜術を使うようには出来ていなくて……。ずいぶん時間も経っているし、回復したと思ってたんですけど」

 イオンの顔色は紙のように白い。声も弱々しくて苦しそうだ。

「少し休憩しましょう。このままではイオン様の寿命を縮めかねません」

 ジェイドの指示で、一行は街道脇に座って休憩を取ることになった。




「……戦争を回避するための使者って訳か。でも何だってモースは戦争を起こしたがってるんだ?」

 この機に情報交換をすることになり、これまでのことを説明されたガイはそう言って首を傾げた。

「それはローレライ教団の機密事項に属します。お話できません」

 きちんと正座したイオンがそう返してくる。顔色は大分戻ってきていた。

「なんだよ。けちくせぇ……」

 ルークはぼやく。またこれだ。協力を約束したのに、どこまで行っても壁がある。フォローのつもりなのか、頑としたジェイドの声が聞こえた。

「理由はどうあれ、戦争は回避すべきです。モースに邪魔はさせません」

「ルークもえらくややこしいことに巻き込まれたなぁ……」

 どうやら事はそう簡単でないらしい。溜息をついたガイに、今度はジェイドが質問を向ける。

「ファブレ公爵の使用人ならキムラスカ人ですね。ルークを捜しに来たのですか?」

「ああ。旦那様から命じられてな。マルクトの領土に消えてったのは分かってたから。俺は陸伝いにケセドニアから、グランツ閣下は海を渡ってカイツールから捜索してたんだ」

 チラリと現れた名前に敏感に反応したのは、ルークとティアだった。

「ヴァン師匠せんせいも捜してくれてるのか!」

 ルークは顔を明るく輝かせている。

「……兄さん」

 ティアの方は苦しげに呟いていた。聞きとがめたガイが怪訝に眉根を寄せる。

「兄さん? 兄さんって……」

 その時、ガチャガチャと装備を鳴らして駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「やれやれ。ゆっくり話している暇はなくなったようですよ」

 言って、ジェイドが手の中に現出させた槍をブンと振る。ついに、神託の盾オラクルの追っ手が掛かったのだ。

「に……人間……」

 また人を斬らねばならないのか。我知らず、ルークは怯えた声を上げていた。

「ルーク! 下がって! あなたじゃ人は斬れないでしょう!」

 険しい目でティアが言う。だが下がる暇などなかった。「逃がすか!」と兵士たちが襲い掛かり、ルークは剣を抜く。

「もう、いやだ……」

 何人かと刃を交えた後、ルークは最後の一人を追い詰めていた。その兵士は地面に膝をつき、眼前のルークの剣に怯えている。

「ルーク。とどめを!」

 ジェイドが促す。

「……う……」

 剣を振り上げ、しかし、ルークの手は止まった。どうしても振り下ろせない。目を閉じてがむしゃらに振り下ろしたそれは、立ち上がった兵士の剣に逆に弾き飛ばされていた。

「ボーッとすんな、ルーク!」

 ガイが叫ぶ。だが、ルークは呆然としたまま自分に振り下ろされる兵士の剣を見つめている。

 刹那、ガイと、ティアが走った。

 ガイの剣は兵士を切り裂き、ティアは、ルークの代わりに兵士の剣に左腕を切り裂かれていた。

 ドサリ、とティアが地に倒れる。呆然として、ルークは彼女の名を呼んだ。

「……ティア……お、俺……」

「……ばか……」

 倒れたまま、か細くティアは呟いた。





 幸いティアの負傷はひどいものではなかったが、大事を取って、その日は早々に野営することになった。

 治療した腕を押さえて、ティアは焚き火の側に座っている。ルークはそこへ行き、しかし少し離れた場所に腰を下ろして、あさっての方を向いた。暫く沈黙が落ちる。

「――もう大丈夫なの?」

 ティアが言った。予想だにしなかったことを言われて、「……え……」と軽くルークはうろたえる。

「戦うことが辛かったんでしょう? 私は、あなたが民間人だってこと知っていたのに、理解できていなかったみたいだわ。……ごめんなさい」

「な……なんでお前が謝るんだよ。怪我したのはお前だろ」

「軍属である限り、民間人を護るのは義務だもの。そのために負傷したのは私が非力だったということ。それだけ」

 毅然としてティアは言い切った。その瞳には揺るぎがない。居たたまれない気分になって、ルークは視線を伏せた。

「……変な奴。無理して強がってる風にしか見えねーや」

「そ、そんなことないわ!」

「ふーん……」

 ルークは、ティアの側を離れる。

(軍人だから……? ティアは俺をかばって、怪我をして、なのに俺に謝ってる)

「……どうしました? 思い詰めた顔で」

「ジェイド。……ジェイドは、どうして軍人になったんだ?」

「……人を殺すのが怖いですか?」

 逆に、ジェイドはそう訊き返した。

 同じ質問を、タルタロスの船倉でもされた。その時は怖くなんかない、足手まといにはならない、と反駁したのだが。

「…………」

 今は答えられない。人を斬る恐ろしさのあまりティアに怪我をさせた、今は。

「あなたの反応はまあ、当然だと思いますよ。軍人なんて仕事は、なるべくない方がいいんでしょうねぇ」

 どこかおどけたジェイドの声を聞きながら、ルークは悄然と肩を落とす。

「俺は、どうしたらいいんだろう……」

「安心なさい。バチカルに着くまでちゃんと護衛してあげますよ。死なれては困りますから」

「ば……バカにするな!」

「バカになんてしていませんよ。逃げることや身を守ることは恥ではないんです。大人しく安全な街の中で暮らして、出かける時は傭兵を雇いなさい。普通の人々はそうやって暮らしているんですから」

(普通の人。そうだ、俺は軍人じゃない。でも……)

「ジェイドやティアの話は極端なものです。彼らは戦うことが仕事ですから」

 傍らからイオンが言った。

「あなたは民間人ですから、戸惑ったり悩むのも仕方のないことだと思いますよ」

「イオンは……自分の部下が人を殺したりするのって嫌じゃねえのか? お前、人を救うのが仕事なんだろ」

「……仕方がありません。残念ながら、今のローレライ教団は、人を生かすための宗教ではなくなってきているんです。……いずれ、分かると思います」

(イオンですら、人が人を殺すことを容認してる)

 屋敷にいる時は、考えもしなかった。誰かを殺さなければ生きていられないなんて。……それを知らないのは俺だけだったなんて。

「キツかっただろ。突然外に放り出されたんだもんな」

 考え込むルークに、ガイが微笑みを見せた。彼は焚き火から離れた立ち木の幹に背を預けている。優しいその表情は、屋敷にいた頃と変わらないのに。

「俺……知らなかった。街の外がこんなにやばいとこだったなんて」

「魔物と盗賊は、倒せば報奨金が出ることもある。街の外での人斬りは、私怨と立証されない限り罪にはならないんだ」

「……お前、今までどれぐらい斬った?」

「さぁな。あそこの軍人さんよりは少ないだろうよ」

「怖くないのか……?」

「怖いさ。怖いから戦うんだ。死にたくねぇからな。俺には、まだやることがある」

「やること……?」

 ふっと、ガイは笑みを消した。

「……復讐」

「へ?」

「……なんて、な」

 それは一瞬。もう、いつもの人好きのする笑みが浮かんでいる。




 夜は次第に更けていく。

「ご主人様。まだ寝ないですの?」

 ぼんやりと焚き火を見つめていたルークの側で、ミュウが丸い目で見上げて心配そうに言った。

「……ああ」

「でも疲れてるみたいですの」

「……うぜぇなぁ」

「ごめんなさいですの。でも……」

「うぜーっつってんだろ! ほっとけ!」

「みゅぅ……」

 縮こまるミュウを視界から外したくて、ルークは抱えた膝に顔を伏せた。

 殺したくない。殺されたくない。――死なせたくない。

(どうすればいいんだよ……)

 答えは、もう出ているのかもしれない。だが、決めるのは怖い。

 バチッ、と火の中で薪がはぜる。火の粉が舞い上がって夜空に溶けた。





「ルーク。起きて」

 落ち着いたティアの声に目覚めを促された。

 いつの間に眠っていたのだろう。既に日は高く、焚き火の跡も始末されている。

「そろそろ出発するわ」

「もう動けるのか?」

「ええ。……心配してくれてありがとう」

 そう言って、ティアは他の仲間たちの方へ歩いていく。その背に付いていくと、ジェイドがルークに言った。

「私とガイとティアで三角に陣形を取ります。あなたはイオン様と一緒に中心にいて、もしもの時には身を守って下さい」

「え?」

 ルークは立ち止まった。構わずに、ティアやジェイドはイオンを伴って街道を歩いていく。

「お前は戦わなくても大丈夫ってことだよ」

 ガイが優しく言って、「さあ、いこうか」と彼らを追って歩いていった。

 ルークは一人、皆の背を見送って立ち尽くしている。

「……ま、待ってくれ!」

 ルークは叫んでいた。

 皆が立ち止まる。「どうしたんですか?」とイオンが気遣わしげに訊ねたが、他の者は答えを知っているかのように押し黙っていた。ティアは振り向かずに佇み、ジェイドは視線だけ向けて、ガイはじっとルークの顔を見つめる。覚悟を決め、ルークは口を開いた。

「……俺も、戦う」

「人を殺すのが怖いんでしょう?」

 ジェイドが振り返って言う。笑っていない。

「……怖くなんかねぇ」

「無理しない方がいいわ」

 背を向けたままティアが言った。

「本当だ! ……そりゃ、やっぱちっとは怖ぇとかあるけど、戦わなきゃ身を守れないなら戦うしかねぇだろ。俺だけ隠れてなんかいられるか!」

「ご主人様、偉いですの」

 ミュウが高く飛び跳ねた。「お前は黙ってろ!」とそれを跳ね除けて、言葉を続ける。

「とにかくもう決めたんだ。これからは躊躇しねぇで戦う」

 ティアが振り向いてルークの目を見据える。逆に、ジェイドは背を向けた。

「……人を殺すということは相手の可能性を奪うことよ。それが自分の身を守るためでも」

「……恨みを買うことだってある」

 視線をそらしてガイが呟いている。

「あなた、それを受け止めることが出来る? 逃げ出さず、言い訳せず、自分の責任を見つめることが出来る?」

 殆ど触れそうな距離で睨みつけてくるティアから視線を逸らして、それでもルークは言った。

「お前も言ってたろ。好きで殺してる訳じゃねえって。……決心したんだ。みんなに迷惑はかけられないし、ちゃんと俺も責任を背負う」

「……でも……」

「いいじゃありませんか。……ルークの決心とやら、見せてもらいましょう」

 そう言うジェイドの前を横切って、ガイがルークの側に歩いてくる。己の主人の肩に手を置いて、「無理するなよ、ルーク」と言った。すぐに手を離して歩き去る。今にも泣きそうな、じっとこらえた顔で、ルークはただ小さく首を縦に振った。


 あんなに「殺したくない」と嫌がるルークを叱り、揶揄していたのに、どうしてこの日、皆はルークを戦いから遠ざけようとしたのでしょうか。

 単に、殺すことを怖がるあまり死にかけ、仲間を傷つけたことから「役立たず」とみなされた、というだけのことかもしれません。ルークが泣きそうになりながらも(実際、目が潤んでるんですよ、よく見ると)「俺も戦う」と言ったのは、見捨てられた気分になったから、というのが大きい気がします。

 けど、個人的には、皆が本当にルークを戦わせるべきではないと判断したからだ、と思いたいです。

 ティアたちにとって、生きるために人を殺すのは当たり前のことだった。……ティアはルークに「責任を負うことが出来る?」と厳しく問い詰めてますが、ティアやジェイドがそこまで重く考えて剣を振るってるようには見えませんでした。

 頭では「好きで殺してるんじゃない」「手にかけた相手を想うのは立派なこと」だと思っていても、実際には、ただ「殺られる前に殺る」というだけだったんじゃないかなぁ。だから、最初はグズグズ言ってるルークが疎ましかった。

 でも、ルークが躊躇のあまり自分が殺されそうになるほど「人を殺すこと」を恐怖していたことを知ったとき、少し見る目が変わったのではないかと思います。

 ルークは、表面的にはワガママで横暴だけど、その奥にチラチラと見える素地が並外れて純粋なんですね。

 だから、その純粋さを守ってもいいんじゃないか?

 みんなはそう考えたのではないかと思います。

 とはいえ、ルークの性格からすると、「戦わなくていい」と言えば逆に「戦う」と言い出すのは予測のついていたことでもある。皆それを承知で、「でも本当に この子を戦わせてもいいの?」と迷ったと言うシーンかなぁ、と。

 

 ルークが「俺も戦う、責任を負う」と言ったとき、最初、ミュウは「ご主人様、偉いですの」と褒めていました。でも、後になると「ご主人様、大丈夫ですの? 戦うのつらいんじゃないですの?」と不安そうに尋ねるようになる。よほど、ルークが思いつめた表情に変わったんだと思います。

「っせえなあ。大丈夫だっつってんだろ! 殺らなきゃ殺られるってんなら、殺ってやるさ! この話はもう終わりだ、いいな!」

 と、ルークはイライラした様子で話を打ち切ってしまいました。

 実際、これ以降ルークは人を斬る時に殆どグズグズ言わなくなります。ですが、割り切ったというわけではなかったことが、もっとずっと後のエピソードにチラッと出てきます。

 ルークは、最後まで人を殺すことに怯えて、慣れることはなかったようです。


 城砦都市セントビナー。高い塀に囲まれ、砲台を備えたこの街には、マルクト軍の基地ベースがある。アニスとはそこで落ち合う予定だったのだが、街の門に近付くと、神託の盾オラクル兵たちが武器を持って見張っているのが目に入った。

「なんで神託の盾オラクル騎士団がここに……」

 物陰に隠れてルークが声を押し殺す。後ろからガイが言った。

「タルタロスの停止位置から一番近い街はこのセントビナーだからな。休息に立ち寄ると思ったんだろ」

「おや、ガイはキムラスカ人の割にマルクトに土地勘があるようですね」

 ジェイドが笑みに含みを落とした。

「卓上旅行が趣味なんだ」

「これはこれは、そうでしたか」

「大佐、あれを……」

 ジェイドが笑う側でティアが一方を示す。街道を大きな幌馬車が走ってきて、街の門で停まった。

「エンゲーブの者です。ご注文いただいた食材をお届けにあがりました」

「ご苦労」

 神託の盾オラクル兵が声を返すと、「後からもう一台参ります」と告げて、幌馬車は街の中へ入っていく。ジェイドが得心顔で言った。

「なるほど。これは使えますね」

「もう一台を待ち伏せて乗せてもらうんだな」

 ガイが立ち上がった。

「エンゲーブへの街道を少しさかのぼってみましょう」

 イオンが提案する。

「そうですね、行きましょう」

 ティアが頷いて、仲間たちはすぐに道を戻り始めた。

「俺を置いて話を進めるなっ!!」

 気が付くと取り残されていたルークが喚くと、ティアが引き返してくる。

「……子供ね」

「……」

 じろりと睨んでそれだけ言ったティアの背を、ルークは嫌な気分で見送った。

(悪かったな……)

 屋敷にいた頃は、いつでも物事の中心は自分だった。それが当たり前だったのに、どうして外ではこうなんだろう。調子が狂って仕方がない。

(俺は足手まといでもガキでもねえ。見てろよ!)




 街道を戻ってすぐに、一台の幌馬車が走って来るのが見えた。

「その馬車、止まれ!」

 いささか無謀に道の真ん中に飛び出して、両手を広げてルークは馬車を止めた。すぐに御者台に走り寄る。

「カーティス大佐じゃないですか! それに確か……ルークだったかい、旅の人」

 御者台に座っていたのはローズ夫人だった。驚いた顔をする彼女に、ルークは懸命に話しかける。

「おばさん。悪ぃけど馬車にかくまってくれねぇか?」

「セントビナーへ入りたいのですが、導師イオンを狙う不逞のやからが街の入り口を見張っているのです。ご協力いただけませんか」

 足りない分を補うように、ガイがルークの後ろから言った。

「おやおや。こんなことが起きるとは生誕祭の預言スコアにも詠まれなかったけどねぇ」

「お願いします」

 ティアが近付いてきて訴える。背後から迫られたガイが凄まじい勢いで飛び退いたが、とりあえず誰も気にしなかった。

「いいさ、泥棒騒ぎで迷惑を掛けたからね。お乗りよ」

「助かります」

 ジェイドが軽く謝辞を述べた。





 幌馬車はつつがなく門を抜け、街の中へ入った。

「じゃあ、あたしたちはここで。お気をつけて」

 立ち去るローズたちを見送って、ルークたちは広場の人ごみの中で顔をつき合わせた。

「上手く潜り込めたわ」

「あのおばさんが来てくれて助かったな。ツイてたぜ」

 そう言いながら、ルークは街の中を見回した。街を見るのは二度目だが、エンゲーブとはかなり違う。建物は石造りだし、道は全て石畳で覆われている。あちこちに花壇があるのは屋敷の中庭を思い出させたが、なによりも人がやたらと多かった。こんなに沢山の人間を見たのは初めてかもしれない。建物の立ち並ぶ道はどこまでも続いていて、視線で辿っていくと、ずっと向こうにこんもりとした緑が頭を突き出しているのが見えた。

「なんだあれ……でかい木だなー」

「ああ、ソイルの木だな。この街の象徴だよ。樹齢二千年って言われてる」

 思わず落とした呟きにガイが答えた。

「二千年!? マジかよ」

「噂だけどな。だが、あの木には妙な話が多いんだ。随分前にこの木が枯れかけた時、他の草花まで全滅しかかったこともあったらしいな」

「ええ。ですからソイルの木と街の草花の因果関係も研究されていますね」

 私の知人にも調べている人がいますよ、とジェイドが言う。

「ふーん。そんなことわざわざ調べてるんだな。物好きっつーか……」

「そうは言うけどな。この街で育つ草花ってのは他の地域では育たないんだよ。そうなるとやっぱり不思議だろう?」

 そうガイが言うと、ティアが考え深げに言った。

「それならこの街は、ソイルの木のおかげで発展しているのかもしれないわね」

「なんだそれ」

 首を捻るルークに、再びガイが教える。

「この街は今は城砦都市としても知られているが、元々は薬品の製造で有名なんだ。俺たちが使ってるグミやボトルも、この街の花から作られているんだよ」

「へえ……」

 あまりピンとこずに曖昧に頷いていると、足元でミュウが言った。

「あの大きな木、ボクたちの家と同じ匂いがするですの」

「はぁ? チーグルんトコの木とあの木が同じ種類だっつーのかよ。この街の植物は他の土地には生えてねーんだろ? アホかっつーの!」

「……なるほど」

 不意にジェイドが呟いたので、「大佐? どうかしたんですか」とティアが訊ねた。

「いえ。ただ、ある仮説に辿り着きましてね」

「仮説ってなんだ?」

「秘密ですv

 笑顔でルークを拒むと、ジェイドはガイに顔を向けた。

「ところでガイ、あなたはこの街に詳しいですねぇ」

「言っただろ。卓上旅行が趣味だって。色々調べてりゃ詳しくもなるさ」

「ま、そういうことにしておきましょうか」

 ジェイドは意味ありげに笑った。ルークとしては、蚊帳の外に置かれたようでなんとなく面白くない。

「――で、アニスはここにいるんだな」

 ふてくされた声でジェイドに確認をした。

「マルクト軍の基地ベースで落ち合う約束です。……生きていればね」

「イヤなことを言う奴だなぁ……」

 眉を顰めたルークの前で、ティアは心配そうにしている。

「アニス、無事だといいいのだけど……」

「結構な高さから落ちたみたいだけどな」

 ルークも心配になってきて声の調子を落としたが、彼女と親しいはずのジェイドとイオンは明るかった。

「大丈夫だと思いますよ。アニスですからね」

「ええ。アニスですから、きっと無事でいてくれます」

「なんだか凄い言われようだな〜。そのアニスって子」

 唯一アニスと面識のないガイは、笑っていいのか判断に迷っている。

「ははは。元気いっぱいの可愛い子ですよ」

「とても頼りになります」

 ジェイドは笑い、イオンは微笑んでそう言った。ルークは首を傾げる。

「そうなのか? 頼りになるようには見えなかったけど……」

「人は見かけによらないものですよ」

 失笑を漏らすジェイドを、ルークは胡乱げな目で睨んだ。

「……なんか引っかかる言い方しやがるなぁ」

「気にしすぎですよ、ルーク。まぁ、お喋りはこれぐらいにして行きましょうか」

 笑ってジェイドは話を打ち切る。

「それでアニスって子が大丈夫な根拠はどこよ……?」

 取り残されたガイが苦笑を漏らした時、人ごみの中を駆けて来た子供がジェイドにぶつかった。

「おっと。大丈夫ですか?」

「怪我はないわね」

 ティアが横にしゃがんで転んだ子供を起こしてやる。「ありがとう」と言って、子供はジロジロとジェイドを眺め回した。

「おじさん、マルクトの軍人さんだよね」

「そうですよ」

「急に神託の盾オラクルの軍人さんが増えたんだ。誰かを捜してるみたいだったけど」

「そうですか。それで、その誰かは見つかったんですか?」

「ううん。結局見つからなかったから街の入口で見張ってるんだよ」

 ルークは小声で呟いた。

「少なくとも、アニスは捕まってないみたいだな」

「そうね。私たちも気をつけましょう。神託の盾オラクルに見つからないよう、派手な行動は謹んで」

「分かってるよ。いちいちうるせーなぁ」

 ティアの相変わらずの物言いに口を曲げて、それでも頷いたルークを見て、ガイが面白いものを見たと言いたげにニヤニヤと笑った。

「なんだ? 尻に敷かれてるな、ルーク。ナタリア姫が妬くぞ」

「……」

 無言のまま、ティアがガイの腕にしがみついた。

「……うわぁああっ!!」

 たちまち、ガイは悲鳴を上げてジタバタと暴れる。しかし腕は解放されない。

「くだらないことを言うのはやめて」

「わ、分かったから俺に触るなぁっ!」

 ティアが手を放すと、ガイはその場に倒れてしまった。ツンと顎を反らして、ティアは手の埃をはたくようなポーズをとっている。

「派手な行動は慎むんじゃなかったのかよ……」

 呆れたように言ったルークの傍らで、「この旅でガイの女性恐怖症も克服できるかもしれませんね」とイオンは穏やかだった。

「なぁおじさん。マルクトの軍人さんなら、死霊使いネクロマンサーって知ってるか?」

 ジェイドを見上げて子供が言った。

「……ああ、知ってますねぇ」

「オレのひい爺ちゃんが言ってた。死霊使いネクロマンサーは死んだ人を生き返らせる実験をしてるって」

「え……?」

 奇妙な話に、ルークの眉間に皺が寄る。

「今度死霊使いに会ったら頼んどいてよ。キムラスカの奴らに殺されたオレの父ちゃんを生き返らせてくれって」

「そうですね。……伝えますよ」

「頼んだぞ! 男と男の約束だぞ」

 子供はブンブンと拳を振ると、再び人ごみの中を走って行ってしまった。

「大佐、すごいですの!」

 ミュウが素直な賛嘆の声をあげている。確かに、死んだ人間を甦らせることが出来るとしたら、凄いことなのかもしれないが。

「おいおい、勝手な噂に決まってるだろ」

 馬鹿馬鹿しい。ルークが片手を振って言うと、「そうだよな」とガイが相槌を打ってきた。

「本当なら、俺が頼みたいぐらいだ」

 続いた低い呟きを聞きとがめて、「誰か亡くしたの?」とティアが訊ねる。

「一族郎党……な。ま、こんなご時世だ。そんな奴は大勢いるよ」

 そう言って、ガイはティアに青い目を向けた。

「ティアだって両親がいないんだろ。ヴァン謡将から聞いてるぜ」

「え、ええ……」

 一瞬。妙に深い色が彼の瞳をよぎった気がして、ティアは言葉を詰まらせる。

 一方で、ジェイドは一人、口元に失笑を浮かべて呟きを落としていた。

「……火のないところに煙は立ちませんがね」

「ジェイド?」

 イオンが不思議そうに見上げたが、「いえ、なんでもありません」と笑う。指で押し上げて、軽く眼鏡の位置を直した。


 ゲーム上では実感できませんが、設定上、セントビナーは25万人もが住む大都市です。

 

 ここではサブイベントが幾つか起こります。

 まずは、広場にいる子供に話しかけると、死霊使いの噂とガイの家族に関する話が聞けます。

 街の奥に進んで、一番最初の民家に入ると、床にサンドイッチのレシピが落ちています。

 街の一番奥の薬屋で「グミの元」と「綿花」を渡すとミラクルグミがもらえ、以降、買える様になります。(「グミの元」は川向こうの探索ポイントを捜すか、フーブラス川や海辺にいるオタオタという青い魔物を倒すとたまに入手できます。「綿花」はフーブラス橋近くの探索ポイントで入手できます。)

 軍基地へ行ってワールドマップをもらった後、展望台に登ると、ソイルの木に関する話が聞けます。(えらく思わせぶりで中途半端ですが、続きません。開発ミスか時間切れ? …スタッフインタビューによれば、続きの話自体は考えられていたけれど、色々な理由から没になったのだそうです。)

 イオンを宿屋で休ませた後、街の掲示板の左側のポスターにミュウファイアを当てると、ノワールファンクラブ(応援倶楽部会報)の一回目が起こります。

 イオンを宿屋で休ませた後、セントビナー、カイツール、カイツール軍港のどこかに泊まると、瞬迅剣習得イベントが起こります。

 

 この中では、ノワールファンクラブのイベントが一番分かりにくい。限られた時期に、道端の看板に意味なく火を放たねばなりません。(しかも当たり判定厳しくね?) ……あれに自分で気付けた人ってすごすぎますよ……。攻略情報読んでても起こすのに苦労した……。LRボタンで微調整すると当て易いかな。


 マルクト帝国セントビナー駐留軍基地ベースは、花咲き乱れる美しい庭園を持っていた。元々は個人の邸宅だったものを軍に供出したのだという。この基地の責任者、グレン・マクガヴァン将軍こそが、邸宅の本来の持ち主だった。――正確には、彼の父のマクガヴァン元元帥がそうしたのだが。

「ですから、父上。神託の盾オラクル騎士団は建前上、預言士スコアラーなのです。彼らの行動を制限するには皇帝陛下の勅命が……」

「黙らんか! 奴らの介入によってホド戦争がどれほど悲惨な戦争になったか、お前も知っとろうが!」

 会議室を兼ねた執務室に通されると、今しも、グレン・マクガヴァンが父である老マクガヴァンと舌峰をぶつけ合っているところだった。

「お取り込み中、失礼します」

 ジェイドが声を掛けると、父子はハッと息を呑んだ。その後の表情はそれぞれ違っていたが。

死霊使いネクロマンサージェイド……」

 グレンは僅かに眉根を寄せる。老マクガヴァンは「おお! ジェイド坊やか!」と顔を明るくした。

「ご無沙汰しています。マクガヴァン元帥」

「わしはもう退役したんじゃ。そんな風に呼んでくれるな。お前さんこそ、そろそろ昇進を受け入れたらどうかね。本当ならその若さで大将にまでなっているだろうに」

「どうでしょう。大佐で充分身に余ると思っていますが」

「ジェイドって偉かったのか?」

「そうみたいだな」

 ジェイドの後ろでルークとガイが言葉を交わし合う。老マクガヴァンが視線を向けて、「ジェイド坊やの連れにしては珍しい集まりじゃのう」と、少し不思議そうな顔をした。

「そうだ。お前さんは陛下の幼なじみだったな。陛下に頼んで神託の盾オラクル騎士団を何とかしてくれんか」

「彼らの狙いは私たちです。私たちが街を離れれば彼らも立ち去るでしょう」

「どういうことじゃ?」

「陛下の勅命ですので、詳しいことはお話できないのですよ。すみません」

 オホン、と咳払いが聞こえた。グレンがムッとした顔でジェイドを見ている。

「カーティス大佐。御用向きは?」

 この基地の責任者は彼だった。だが、ジェイドはこの部屋に入って以来、グレンに話しかけるどころか挨拶すらしていない。

「ああ、失礼。ここを神託の盾オラクル導師守護役フォンマスターガーディアンが訪ねてきませんでしたか?」

「あれですか。既に街を出ましたが、手紙を残して行きました。……失礼ながら、念のため開封して中を確認させてもらいましたよ」

「結構ですよ。見られて困ることは書いていないはずですから」

 運ばれてきた手紙を受け取ると、ジェイドは速やかに目を通した。何故か、それをルークに回してくる。

「どうやら半分はあなた宛のようです。どうぞ」

「アニスの手紙だろ? イオンならともかく、なんで俺宛なんだよ」

 乱暴に受け取って、ルークは声に出してその文面を読んだ。



親愛なるジェイド大佐へv
 すっごく怖い思いをしたけど何とかたどり着きました☆ 例の大事なものはちゃんと持っていま〜す。誉めて誉めて♪
 もうすぐ神託の盾オラクルがセントビナーを封鎖するそうなので、先に第二地点へ向かいますねv
 アニスの大好きな(恥ずかしい〜☆、告っちゃったよぅv)ルーク様v はご無事ですか? すごーく心配しています。早くルーク様v に逢いたいです☆
 ついでにイオン様のこともよろしく。それではまた☆
 アニスより



「……目が滑る……」

「おいおいルークさんよ。モテモテじゃねぇか」

 ガイがルークの肩を叩いてからかった。

「でも程々にしとけよ。お前にはナタリア姫っていう婚約者がいるんだからな」

「冗談じゃねーや。あんなウザイ女……」

 従姉でもある一つ年上の姫君の顔を思い出したのか、ルークは憮然とした顔になってガイを睨んだ。

「……第二地点というのは?」

 ティアがジェイドに訊ねている。

「カイツールのことです」

 ここから南西にある街だ。フーブラス橋を渡り、デオ峠を越えた場所にある。

「ヴァン謡将はカイツールを拠点にしてルークを捜していたはずだ。そこまで行けば謡将と合流できるな」

 ガイが言った。「兄さんが……」と、ティアが低く呟く。

「おっと。何があったか知らないが、ヴァン謡将と兄妹なんだろ。バチカルの時みたいにいきなり斬り合うのは勘弁してくれよ」

「……分かってるわ」

「では、私たちはこれで失礼します」

 ジェイドが辞意を示すと、グレンが言った。

「そうして頂けると助かりますな、我々の活動に影響が出ますゆえ。神託の盾オラクルの狙いが大佐のご一行とは想像できませんでした。死霊使いネクロマンサージェイドが下手を打つとは、ピオニー陛下もさぞお嘆きでしょうに」

「グレンのやつめ、イライラしておって」

 老マクガヴァンは呆れの息を落とす。

「あいつの言うことは気にせんでくれ。何かあればわしが力を貸すぞ。わしはここの代表市民に選出されたんじゃ。いつでも頼ってくれ」

「ありがとうございます。元帥」

 頭を下げて立ち去るジェイドの後に、ルークたちも従った。


 軍基地のイベントが終わると、ワールドマップが使えるようになります。

 ……ソイルの木のサブイベントでも、老マクガヴァンは地図を展望台に置いていましたけれど……。地図をいっぱい持ってる人なのだろーか。

 

 グレン将軍の嫌味は大変ストレートです。捻りも含みもありません。なんか、基本的に素直で真面目な人なんだろうなぁと思える。父や皇帝に目をかけられまくっているジェイドにコンプレックスを抱いていて、それが非常に分かりやすく表面に出ている。(歪んでないようだからいいですが。)

 つーか、ジェイドもジェイドで、何気にグレン将軍への態度が悪い気もします。さり気に軽視してるし。


「……隠れて! 神託の盾オラクルだわ」

 街の外へ出ようとした時、ティアが緊張した様子で声を潜めた。素早く、一行は物陰に身を隠す。

 街の門の辺りには相変わらず神託の盾オラクル兵がいたが、その周囲に数人の影がある。

「導師イオンは見つかったか?」

 そう訊ねたのは、金髪を結い上げた黒衣の女――リグレットだった。

「セントビナーには訪れていないようです」

 兵が答えている。

「イオン様の周りにいる人たち、ママの仇……。アリエッタはあの人たちのこと絶対許さない……」

 たどたどしく呟くアリエッタの前で、小柄な少年が鷹揚に兵に訊ねた。

導師守護役フォンマスターガーディアンがウロついてたってのはどうなったのさ」

 奇異なことに、少年は金属の仮面で目から鼻までを覆い隠している。

「マルクト軍と接触していたようです。もっともマルクトの奴らめ、機密事項と称して情報開示に消極的でして」

「俺があの死霊使いネクロマンサーに後れをとらなければ、アニスを取り逃がすこともなかった。面目ない」

 そう苛立たしげに言ったのは、漆黒の大鎌を担いだ黒獅子のラルゴだ。「しまった……。ラルゴを殺リ損ねましたか」とジェイドが呟くのを、覗き見るルークは耳にした。

「ハーッハッハッハッハッ! だーかーらー言ったのです!」

 その時だった。高く笑いながら、ラルゴたちの背後に実に奇妙な人物が現われたのは。痩せぎすで、肩までの銀髪に眼鏡をかけた『尖った』印象の男だが、この屋外で豪華な安楽椅子に腰掛けている。しかも、どういう仕組みなのか椅子ごと宙に浮いていた。

「あの性悪ジェイドを倒せるのはこの華麗なる神の使者、神託の盾オラクル六神将 薔薇のディスト様だけだと!」

「薔薇じゃなくて死神でしょ」

 すげなく仮面の少年が突っ込むと、ディストと名乗った男はつばを飛ばして喚き返した。

「この美し〜い私が、どうして薔薇でなく死神なんですかっ!」

「過ぎたことを言っても始まらない。どうするシンク?」

 無視して、リグレットは仮面の少年に問いかける。「……おい」とディストが唸ったが、それも流された。

「エンゲーブとセントビナーの兵は撤退させるよ」

 シンクと呼ばれた仮面の少年は答えた。どうやら、作戦の決定権は彼にあるらしい。「しかし!」と言い募ったラルゴに落ち着いた様子で顔を向けた。

「アンタはまだ怪我が癒えてない。死霊使いネクロマンサーに殺されかけたんだ。暫く大人しくしてたら?

 このまま駐留してマルクト軍を刺激すると、外交問題に発展する。……それに、どうせ奴らはカイツールから国境を越えるしかないんだ」

「おい、無視するな!」

 ディストの叫びは、もはや単なる雑音である。

「カイツールでどう待ち受けるか……ね。一度タルタロスに戻って検討しましょう」

 リグレットが言うと、ラルゴが兵に向かって命じた。

「伝令だ! 第一師団! 撤退!」

「了解!」

 門を挟んで周辺に散らばっていた兵たちが集まり、素早く街道を去っていく。その後に付いて、ラルゴやリグレットたちもゆっくりと去って行った。――いや、ただ一人、浮かぶ椅子に腰掛けたディストだけは残っていたが。

「きぃぃぃっ! 私が美と英知に優れているから嫉妬しているんですねーーっ!!」

 男にしては赤い唇を歪めてそんなことを喚くと、彼もまた椅子に乗ったまま飛び去った。




「あれが六神将……。初めて見た」

 ガイが感慨深そうに言うのを聞いて、ルークは首を傾げた。

「六神将って何なんだ」

神託の盾オラクルの幹部六人のことです」

 イオンが答える。彼もまた、ルークが極度に物を知らないことに慣れてきたようだった。

「でも五人しかいなかったな」

「『黒獅子ラルゴ』に『死神ディスト』だろ。『烈風のシンク』、『妖獣のアリエッタ』、『魔弾のリグレット』……と」

 ガイが指を折りながら数えている。

「いなかったのは『鮮血のアッシュ』だな」

「彼らはヴァン直属の部下よ」

 付け足すようにティアが言った。

「ヴァン師匠せんせいの!?」

「六神将が動いているなら、戦争を起こそうとしているのはヴァンだわ……」

「六神将は大詠師派です。モースがヴァンに命じているのでしょう」

 イオンに反論されると、ティアは心外そうに語気を強めた。

「大詠師閣下がそのようなことをなさるはずがありません。極秘任務のため詳しいことを話す訳にはいきませんが、あの方は平和のための任務を私にお任せ下さいました」

「ちょっと待ってくれよ! ヴァン師匠せんせいだって、戦争を起こそうなんて考える訳ないって」

 苦笑いするルークを冷たい目で一瞥して、ティアは言い切った。

「兄ならやりかねないわ」

「なんだと! お前こそモースとかいう奴の回し者スパイじゃねぇのか!?」

「二人とも、落ち着いて下さい」

 イオンが困ったように仲裁してくる。ガイが少し声音を厳しくした。

「そうだぜ。モースもヴァン謡将もどうでもいい。今は六神将の目をかい潜って戦争を食い止めるのが一番大事なことだろ」

「……そうね。ごめんなさい」

「……ふん。師匠を悪く言う奴は認めねぇ」

 ティアとルークがそれぞれに口をつぐんだところで、ジェイドがにこやかに場を仕切った。

「――終わったみたいですねぇ。それではカイツールへ行きましょうか。アニスが待っているでしょうからね」

「あんた、いい性格してるなー……」

 ガイは呆れた顔で肩をすくめた。

「いつになったらバチカルに帰れるんだよ。ったく……」

 ルークは苛立たしげに息を吐く。

「ローテルロー橋が落ちちまってるから、バチカルに戻るためにはカイツールの港から船を使うしかないからな。待ち合わせがなくても行くことにはなった訳だ。丁度良かったんじゃないか? 手間が省けて」

「まあ、それもそうだな。……それに、カイツールってトコに行けば、ヴァン師匠せんせいにも会える訳だし」

 さっさと行こうぜ、と街の門を出て歩き始めて間もなく、「あの……」と小さな声が聞こえた。

「わがままを言ってすみませんが、少し休ませてもらえませんか」

 振り向くとイオンが立ち止まっていた。辛そうなその顔を見て、ルークは眉を顰める。

「……ん? お前、また顔色が悪いな」

「すみません……」

「手間のかかる奴だな」

 肩をすくめると、ルークはもう道を戻り始めた。仲間たちに顔を向けて言う。

「おい、街に戻ろうぜ。宿に行こう」

「おや、案外優しいところがあるのですね」

 ジェイドが意外そうに漏らすと、ガイが誇らしげに笑った。

「それがルークのいいところってやつさ。使用人にもお偉いさんにも分け隔てなく横暴だしな」

「う、うるせぇ!」

 誉められたのかけなされたのか判然としない。落ち着かない気分で、ルークはとりあえず怒鳴り返した。


「それがルークのいいところってやつさ。使用人にもお偉いさんにも分け隔てなく横暴だしな」

 ルークのことをそう評するガイ。これ、媚びることも、逆に権力を振りかざすこともなく、誰とでも対等に付き合う、ってことですよね。

 子供思考なだけではあるんですけど、「使用人のガイ」にとっては心地よい態度なんだろうなぁ。だからこそタメ口をきいて「親友」なんて言える。

 使用人にもお偉いさんにも同等。世界中の信仰の要である導師イオン(地球で言ったらローマ法王みたいな人)に対して、完全に「対等の友人」として振舞ったのは、世界中でルークだけでしょう。


 セントビナーの宿の一室に落ち着くと、イオンの顔色は大分戻った。

「イオン様、横にならなくて大丈夫ですか?」

 そう訊ねるティアに「平気です」と返して、彼はベッドに半身を起こしている。

「それより、僕の為にカイツールへ行くのが遅れてすみません」

 六神将はカイツールで待ち受ける算段をしていた。準備を行うだけの猶予を与えることになるのは痛い。

「別にいいよ。弱い奴に無理させたってしょうがねーからな」

「そうですね。まずは体力を回復させることが先決です。幸い神託の盾オラクルは立ち去りましたし、一晩ここでゆっくり休養しましょう」

 柔和に微笑んでジェイドが言うと、ルークが息を吐いて嬉しそうに笑った。

「ふぅー、やっとまともなベッドで眠れるぜー」

「はは。ルークに野宿はきつかったか?」

 傍らからガイが笑う。

「どってことねー……って言いたいところだけど、やっぱベッドがいいわ」

「夜盗や魔物も出ないから、見張りを立てる必要もないしな」

「ま、どんな奴らが襲ってきても余裕だけどな」

 傲慢ともいえる言葉を吐きながら、ルークは心底嬉しそうにしていた。ガイが言葉を続ける。

「マルクトの死霊使いネクロマンサー神託の盾オラクルの響長。それにローレライ教団の導師にキムラスカの公爵の息子。こんなメンバーだと、夜盗じゃなくても逃げ出すな」

「ガイも居ますしね」

 イオンが言うと、「いやいや、俺はただの使用人だって」と笑う。ルークも釣られて笑った。声をあげて笑うのは久しぶりだ。

「ただの使用人、ですか……」

 その傍で、ジェイドは笑わずに若者たちを見つめている。そしてイオンに顔を向けた。

「そういえばイオン様。タルタロスから連れ出されていましたが、どちらへ?」

「セフィロトです……」

「セフィロトって……」

 聞き覚えがある気もする。教科書の文面を思い出そうとルークが考え込むと、ティアとガイが立て続けに言った。

「大地のフォンスロットの中で最も強力な十箇所のことよ」

「星のツボだな。記憶粒子セルパーティクルっていう惑星燃料が集中してて音素フォニムが集まりやすい場所だ」

「……し、知ってるよ。物知らずと思って立て続けに説明するな」

 ルークは口を尖らせる。「セフィロトで何を……」をジェイドが問い重ねた。

「……言えません。教団の機密事項です」

 そう言ってイオンは目を伏せる。またこの壁だ。

「そればっかだな。むかつくっつーの」

 ムッとしてルークが吐き捨てると、イオンはますます悄然と顔を伏せた。

「すみません」

「う……」

 別に、こんな顔をさせたいわけじゃない。

「ま、まあよく分かんねーけど、イオンをさらうのは平和条約締結の邪魔をするためなんだろ。神託の盾オラクルの奴ら、どうしても戦争を起こしたいみたいだな」

 たじろいで変えた話に、今度はティアが険しい声音で噛み付いてきた。

「大詠師閣下の命ではないはずよ。閣下は平和を願っておられるもの」

「まだヴァン師匠せんせいのせいにするつもりかよ!」

「そう考えるとつじつまが合うもの!」

「まぁ落ち着きなって、二人とも」

 睨み合う二人の間に、ガイが苦笑して割り入ってきた。

「今重要なのは、開戦を望んでいない導師イオンが神託の盾オラクルに狙われていて、俺らと一緒にバチカルを目指してるって事だろ」

 ジェイドが頷く。

「ガイの言うとおりですよ。誰の意向かは、まだ分かりません。ですが確実に分かっているのは、神託の盾オラクルの襲撃はバチカルに入るまで続くということです」

「ったく。俺はただ帰りたいだけだってのに……」

 ルークは息をついた。なんでこんなややこしいことになっているんだろう。外の世界はヤバくて面倒なことばっかりで、どんどん身動きが取れなくなっていく気がする。

「本当に済みません、ルーク。あなたを巻き込むことになってしまって」

 イオンが重ねて頭を下げた。

「そんなに謝られてもウゼーだけだっての。いいからお前は休んでろよ。キツいんだろ」

 そう言って片手を振って、ふとルークはジェイドを見やった。

「そうだ。ジェイド、お前は? 封印術アンチフォンスロットって体に影響はないのか」

「多少は身体能力も低下します。体内のフォンスロットを閉じられた訳ですから」

 ジェイドは答えた。だが、なんだかよく分からない。

「なあ、それって喰らうとどんな感じなんだ?」

「そうですね……。全身に重りをつけて、海中散歩させられている感じ……ですかね? 大丈夫ですよ」

「ちっとも大丈夫じゃねーじゃねぇか!」

 思わず叫ぶと、ミュウが「ご主人様、優しいですの」と言うのが聞こえた。

「ち、ちげーよ! このおっさんにぶっ倒れられると迷惑だから……」

 慌てるルークは耳まで赤くなっている。可笑しそうに、「照れるな照れるな」とガイがからかった。

「照れてねー!」

 その一方で、ティアの態度はひたすら冷静だ。

「全解除は難しいですか?」

封印術アンチフォンスロットは、一定時間で暗号が切り替わる鍵のようなものなんです。少しずつ解除してはいますが、もう少しかかりそうですね」

 そう答えて、けれどジェイドは笑って肩をすくめた。

「まあ元の能力ちからが違うので、多少の低下なら、戦闘力はみなさんと遜色ないかと」

「むかつく……」

 ルークが唸ると、「すみません。根が正直なもので」とジェイドは笑った。

「ふん。じゃあお偉い大佐様にイオンを任せるとして、俺たちも寝ようぜ」

 ふてくされるルークは空いたベッドに転がった。掛布を引き寄せて頭から被る。

「おいおいルーク、上着くらい脱げよ。皺になるぞ」

 ガイが注意する向こうで、別室を与えられたティアはミュウを抱いて出て行った。

「イオン様もお休み下さい」

 ジェイドが言うと、「そうですね」と微笑んでイオンは横になる。その様子を確認してから、ジェイドは窓際まで歩いて両ポケットに手を突っ込んだ。窓から街の灯が見え、重ねて、ガラスが室内を鏡のように映している。

「……それにしてもこの消耗。病弱というだけではないはず……」

 眠るイオンの鏡像を見ながら呟いて、ふと真紅の瞳に翳りを乗せた。

(まさか、イオン様もルークと同じなのでは……?)







「ガイ、おいガイ」

 呼び声に眠りを覚まされて、ガイは目を開いた。真っ暗だ。まだ夜明けには程遠いらしい。

「なんだよ。ルーク」

 自分を覗き込んでいる少年に問い掛ける。豊かな赤い髪は夜目にも鮮やかだ。

「し〜! 静かに、みんな起きちまう。ちょっと付き合ってくれ。――あ、剣を忘れるなよ」

「なんなんだ……?」



 今宵の月には力がなく、火を焚いて視界を確保した。

「街の外まで付き合わせて悪いな、ガイ」

「なんでしょう? ルーク坊ちゃん?」

 屋敷にいた頃から、大抵の無茶は聞いてきた。表情から何か頼みごとが、それも言いにくいような類のことがあるのだと察して、ガイはあえて使用人としての口調で返してみる。からかいのニュアンスも含め、少しでも彼の口が軽くなるようにと。

「ちっと剣の特訓、手伝ってくれ」

「うん? どうしたんだ? 突然そんなこと……」

 剣の稽古に付き合ったことは幾らでもあるが、こんな風に夜中に隠れてやらなければならないことではない。少し驚いて見返すと、ルークは一瞬言葉を詰まらせて視線をさまよわせた。

「戦いの相手が人でもビビらずに剣が振れるかどうか、ちっと自信なくてさ。特訓で吹っ切りたいんだ」

 碧の瞳が焚き火の光を映してゆらゆらと揺れている。

「お前と俺しか剣使えないし、こんなダセェ話、お前以外にできねえしさ」

「ルーク……」

 無理しなくていいんだぞ。喉まで出かかった言葉を、ガイはぐっと飲み込んだ。彼は自ら決意し、そしてその通りに変わろうとしているのだ。だとすれば、止めるべきではないのだろう。

「分かった。付き合ってやるよ。それで新技でもサクッと身につけて吹っ切っちまえ」

 一瞬顔を輝かせて、ルークはスラリと腰から剣を抜いた。

「おう! 行くぜ!」

 ガイも剣を抜く。

「いつでもいいぜ!」

 夜陰を斬り裂いて、鋼の打ち合う音が響き渡った。


 この特訓で、ルークは『瞬迅剣』を習得するのでした。

 

 長髪時代のルークは傲慢だと言われますが、注意してみると、自分から誰かに何かを頼む時などは大抵「悪いな」と前置きしてたりします。多分、ガイあたりの口癖が移ってたんだろうと思いますが。


「え? フーブラス橋が落ちたんですか?」

 翌日、セントビナーを出て街道を南へ進み始めた一行は、途中で会った旅人にその話を聞かされた。

「ああ、何日か前の大水でやられたそうだ。いやー、まいった……。アクゼリュスに行こうとしたんだけどな。さて、しょうがない。俺はエンゲーブにでも向かうことにするよ。それじゃ」

 そう言うと、旅人は街道を北へ戻って行った。

「橋が落ちたのは厄介だわ。――どうしましょうか、大佐」

「そうですね。橋の辺りは流れが急です。確か、少し迂回したところに浅瀬があったはずですから、そこを渡りましょう」

「仕方ありませんね」

 ティアとジェイドの会話を聞いていたルークは「面倒くせーな」とうんざり顔をした。ここまでだって結構歩いたのだ。迂回するとなると更に日数が掛かるだろう。

「……そうだ! 俺とティアの超振動で、パパッと川の向こう側に渡れねっかなぁー」

「何を言っているの。そんな危険なことが出来るわけないでしょう」

 ティアの声音が一気にキツくなる。

「そもそも、あのとき超振動を起こせたのは偶然だし、簡単に使いこなせるものなら、バチカルへあなたを送り届けるのに、こんな苦労はしていないわ!」

「うーん、それもそうだな。しゃーねぇ、回り道すっか」

 あっさりと同意したルークに向かい、ジェイドが柔和に言った。

「今の季節のフーブラス川は水流も穏やかで、水かさも高くありません。

 本来のルートだと、フーブラス橋を渡って鉱山都市アクゼリュスを経由し、更にデオ峠を越えてカイツールに入ることになりますが、浅瀬を通ると直接カイツールに入れます。最短距離を通ることになるので、考えようによっては良かったかもしれませんよ」

「ふーん」

 適当に相槌を打ってから、ルークはふと気になったことを口にする。

「アニスも川を歩いて渡ったのか? 大丈夫だったのかよ」

 アニスは女でチビでガキだ。川なんか歩いて渡ったら、流されてしまうんじゃないだろうか。

 だが、ジェイドとイオンはやっぱり笑顔だった。

「大丈夫ですよ。アニスですから」

「アニスですからね」

「ふーん。ま、とにかく、その浅瀬に行こうぜ」

 ジェイドが先頭に立って、仲間たちはその後に付いていく。ここからは、街道を外れて平野を進まなければならないのだ。

 仲間たちの後に従いながら、ガイは不可解な顔で呟いていた。

「一体、アニスって何者なんだ……?」


 ゲーム中では、セントビナーの人々が橋が落ちた落ちた言ってるんですが……。何故落ちたのか、理由は全く語られません。

 一応、フーブラス川の浅瀬に行くと「橋が流されたって割に、大した川じゃないな」という会話があって、激流で橋が流されたらしいと分かるんですが、その前のフェイスチャットではジェイドが「今の季節のフーブラス川は水流も穏やかで、水かさも高くありません」と言う。では水流の激しい季節があって、その時に壊れたのかなと思えますが、季節が変わるほど前から橋が壊れてて、放置されてるってのも何かおかしいよーな……。この橋がないと鉱山都市アクゼリュスは完全に孤立してしまうので、普通放置できない要所です。

 そしてまた「橋が落ちてしまったということだから〜〜天災だけは、人の力ではどうしようもないわね」「ふん、この辺りは地震とかそういう災害が多いのか?」という会話も交わされるので、地震で落ちたような感じもする……。謎めいています。

※ゲームの二年弱後に発行された『キャラクターエピソードバイブル』(一迅社)には、フーブラス川について「本来は橋が架かっていたが、豪雨で落ちてしまった。」と書いてありました。つまり、季節は関係なく、突発的な豪雨による増水で橋が流れたというのが回答らしいです。

 

 …つーか、後の展開を鑑みると、この辺ちょっとおかしいです。キムラスカへの親書に「救援」に関する事項が書いてあったということは、この時点で既にアクゼリュスには ある大変な事件が起こっていたはず。事件性の大きさから、ジェイドはそのことや橋を使えないことも知っていて然るべきだと思うのですが(フーブラス橋が使えないために より深刻な事態になったので)、おくびにもそんな素振りを見せません。キムラスカ人のルークを警戒してたのでしょうか?

 ってより、ルークたちがバチカルに着くまで二ヶ月半ほど掛かってるんですが、その間にセントビナー側からフーブラス橋を架け直せばよかったのではないでしょうか……。マルクト帝国の財政は余程逼迫していて、架け直せなかったのか?

 むむ……。もの凄く穿って考えるに、最初マルクトは(国を問わずに活動できる)ローレライ教団にアクゼリュス救援を依頼したが、預言の問題から教団(大詠師モース)が拒否、議会がそれを支持したためにピオニーも逆らえず、ならばとかねてから検案していたキムラスカとの和平を腹心のジェイドに任せ、あわよくばキムラスカ側から救援をしてもらおうとした…などというプレストーリーがあったと、自分脳内では思っておこう…。

 

 フーブラス川に入るとFOFフィールド オブ フォニムスに関する説明イベントが起こります。ルークの態度が激悪です。

ジェイド「ルーク ちょっと待って下さい」
ルーク「……んだよ? 大佐殿?」
ティア「ルークっ!!」
ジェイド「今まであなたの戦い方を見てきましたが、あなたは音素フォニムを使いこなせていないようですねぇ」
ルーク「? 音素を使うのは譜術士フォニマーの仕事だろ? 俺には関係ねーじゃん」
ジェイド「やれやれ。あなたの師匠せんせいは力押ししか教えなかった訳ですか」
ティア「……」(吐息)
ルーク「師匠を馬鹿にするな! 俺には必要なかったから教えて貰ってないだけだっ!!」
ジェイド「どちらにしても音素の実戦での使い方については知らないのですね。ならば、より効率的に戦うために覚えておいて欲しいものです」
ルーク「そんなの知るかよっ!」
ガイ「ルーク。コチラさんは戦いの専門家だ。生き残るためには話を聞いておいた方がいい」
ルーク「……ふん。戦争屋だもんな」
ジェイド「ええ、その通りです。おあつらえ向きに魔物もいることですし実戦で教えて差し上げますよ。私も封印術アンチフォンスロットで能力が低下しています。これ以上の足枷は欲しくありませんからね」

 ぶすったれてはいたものの、教授が始まると素直に聞いて、FOF技に成功すると「お〜! すげーな!」「……なるほどな。ま、何とかやってみるさ」と大喜びではしゃぐルークでした。現金です。

 それはそうとして、この教授イベントの間中、画面の端っこでガイが戦闘待機してる(ガニマタで体を左右に揺らし続けている)のが、個人的にはむちゃくちゃ気に入っています(笑)。このシーンで掛かってる戦闘テーマ曲(The arrow was shot)を聞くと、このガイの姿が真っ先に脳裏に浮かぶほどです。

 

 でも、ジェイドはどうしてルークに戦闘教授をしたんでしょうね。だって、ルークとの旅はバチカルに着くまで。カイツール軍港に入れば後は船旅ですから、この時点ではもう殆ど戦うことはない予定だったはずです。ルークは民間人のお坊ちゃまで軍人でも傭兵でもなく、屋敷に帰れば二度と戦うこともなかったかもしれない。「ファブレ公爵の息子」が公に戦場に出ることがあるとすれば、それはマルクトとキムラスカが戦争になる時なので、ルークに戦い方を教授するというのも何だか。

 個人的には、ジェイドはルークの戦闘能力は結構買っていたんじゃないかな、と思います。ルークが本当に足枷でしかなかったなら、ジェイドの性格なら死なない程度に護衛して、後は無視してると思うので。


 その浅瀬の辺りには柱のような岩が幾つも突き立っており、奇観を形作っていた。

「ここを越えればすぐキムラスカ領なんだよな」

 一応、川辺には木製の壁が巡らされて封じられている。だが、何故か人が通れるくらいの分だけ板が外れて踏み倒されていた。まるで、誰かが強引に壊して通っていった跡のようだ。

「ああ。フーブラス川を渡って少し行くとカイツールっていう街がある。あの辺りは非武装地帯なんだ」

 ルークの声にガイが答えてくる。国と国の間には色々ある。まだまだ、そう簡単にはキムラスカには帰れないということらしい。

「早く帰りてぇ……。もう色んなことがめんどくせー」

 考えるのも嫌になって肩を落とすと、足元からミュウが激励の声を掛けて来た。

「ご主人様、頑張るですの。元気出すですの」

「おめーはうぜーから喋るなっつーの!」「みゅう……」

 こんなちびっこいヤツに言い聞かされたくなんかない。ぐりぐり踏んで蹴飛ばすと、ティアが肩を怒らせて非難の声をあげた。

「八つ当たりは止めて。ミュウが可哀相だわ」

 更にムッとしたが、イオンが申し訳なさそうな顔を向けたのでぐっと声が詰まる。

「ルーク。面倒に巻き込んで済みません」

「ちっ……」

 舌打ちして口をつぐむと、ジェイドが朗らかに場を仕切った。

「さあ、ルークのわがままも終わったようですし、行きましょうか」

「わがままって何だよ!」

 カッとして言い募るルークには構わずに、ジェイドは歩き出している。

「無視すんな、こら!」

 まだ怒り続けているルークを見て、ティアは小さく息をついた。





 板壁を抜けて川を実際に目にすると、ルークは少し拍子抜けしたような目を見せた。

「橋が流されたって割に、大した川じゃないな」

 透き通った流れは穏やかで、せいぜい腰くらいの深さだ。頭を出した岩の上を渡れば、濡らすのは靴だけで済むだろう。

「もうだいぶ水が引いたんだろう。雨が降った後は、川の水が茶色に濁って大変だろ?」

 ガイがそう言うと、ルークは小さく息を吐いた。

「……だろって言われても困るな」

「……とと、そうだったな」

 ルークは七年間軟禁されていて、それ以前の記憶は持たない。屋敷には小さな水路はあっても自然の川はないから、雨の後の川など見知っているはずもなかった。一瞬表情を曇らせて、それでもガイは言葉を続けていく。

「とにかく、川に限らず、水をナメてたら大変なことになる」

「お前、それをよく言うよな。海は怖いとかさ」

「……確かに海は怖いそうね」

 ティアが口を挟んだ。ジェイドが面白そうな顔になる。

「……そうね……とは、また随分不思議な言い回しですね。ダアトのあるパダミヤ大陸は、海水浴の出来る場所もかなりある筈ですが」

「……え、ええ。まあ……」

 ダアトはローレライ教団の本拠地だ。ティアが神託の盾オラクル騎士団の一員である以上、海に馴染みがないというのもなさそうなものなのだが。

「ま、それはともかく。ガイはバチカルの生まれなのですか?」

「いや? まあ、海は好きだけどね。海難救助の資格も持ってるよ」

「へーっ。お前、何でも出来んな」

 素直な賛嘆の目を向けたルークに、ガイは年長者らしく、しっかりと言い聞かせた。

「その俺が言うんだ。とにかく川とか海とか、自然をナメるなよ」

「……で、みんなで俺を見るなっつーの」

 全員から一斉に見つめられて、ルークは居心地悪げに身をすくめる。

(確かに俺は世間知らずで、川を歩いて渡るなんて初めてだけどよ)

 だけど、こんなのどーってことねーじゃん。自分を鼓舞して流れの中に踏み込むと、たちまち靴の中に水が染み込んだ。

「うわ」

 冷たい。おまけに、踏みしめる度に靴の中で水泡が動く感触があって気持ち悪い。思わず足を止めると、じんわりと横に押されていくような感じがした。思ったよりも水の流れが強いのだ。足に力を入れていないと押し流されそうな気がする。

「なんだこれ……。嫌だなー」

 気持ち悪そうに呟くと、後ろからガイが脅してきた。

「気をつけろよ。川は穏やかに見えて、いきなり深くなってたりすることがあるからな。そういう所にハマったら、下手すりゃ溺れ死ぬ」

「う……」

 顔を引きつらせて、ルークは一歩一歩、慎重に岩の上を歩き始めた。これ以上濡れたくない、と切に思ったのだが……。




「あー、びしょびしょだぜ……ったく」

 小半時が過ぎて川を渡り終わった時、足どころか殆ど全身をルークは濡れそぼらせていた。グラグラする岩に驚かされたり、苔に足を滑らせたり、カエルのような魔物と鉢合わせて川の中に蹴り落とされたり、散々な目に遭ったものである。

「そう言いなさんな。少しでも早く帰りたいんだろ?」

「そりゃそーだけど……。これならアクゼリュス経由の方がよかったかもなぁ」

「ルーク、まだ旅に慣れないの?」

 ティアがジロリと切れ長の目で睨んできた。

「っせぇなー。何でもウザくない方がいいに決まってるだろ」

「橋が落ちてしまったんだから、当分はアクゼリュスの方へは行けないんじゃないかしら。復旧にも時間が掛かると思うわ。天災だけは、人の力ではどうしようもないわね」

 だからワガママを言わないで、と言わんばかりのティアに、「ふん」とルークは鼻を鳴らしてみせる。何でこの女はいつも説教口調なんだろう。

「この辺りは地震とかそういう災害が多いのか?」

 思いついて訊ねると、ガイが首を捻って少し困ったような顔をした。

「さぁなぁ。そんな話は聞いたことないけど。自然災害なんて突然起こるもんだろうし」

「うんそりゃそうだ」

 訊くだけ無駄な愚問だった。

 未だに靴の中はぐちょぐちょだし生乾きの服が貼り付いて気持ち悪かったが、文句を言っても、どうやら自分も不快になるだけだ。ようやくそれを学んで、ルークは不満だらけの口をむっつりと閉じた。

 ――と。

 ヒュッ、と光が走った。

 正確には、影が走ったのだ。一瞬、頭上の光が遮られたために、光が走ったように感じたのである。

 行く手に一頭のライガが飛び降りてきて、恐ろしい唸りを上げた。

「……ライガ!」

 ティアが語気鋭く言った隣で、ジェイドが「後ろからも誰か来ます」と落ち着いて告げる。

 見れば、背後にヌイグルミを抱えた少女が現われていた。

「妖獣のアリエッタだ。見つかったか……」

 ガイが目元を歪める。アリエッタはヌイグルミを抱いたまま、「逃がしません……っ」と声を発した。

「アリエッタ! 見逃してください。あなたなら分かってくれますよね? 戦争を起こしてはいけないって」

 自ら前に出て、イオンが訴える。

「イオン様の言うこと……アリエッタは聞いてあげたい……です」

 暫く沈黙した後、アリエッタはたどたどしく語った。

「でもその人たち、アリエッタの敵!」

「アリエッタ。彼らは悪い人ではないんです」

「ううん……悪い人です」

 ヌイグルミを抱く腕にぎゅっと力を込めて、少女は「このコたちが教えてくれたの」と眼前のライガを示す。

「だってアリエッタのママを……殺したもん!」

 ルークはぎょっとする。

「何言ってんだ? 俺たちがいつそんなこと……」

「アリエッタのママはお家を燃やされてチーグルの森に住みついたの。ママは仔供たちを……アリエッタの弟と妹たちを守ろうとしてただけなのに……」

「まさかライガの女王のこと? でも彼女、人間でしょう?」

 ティアの疑問にイオンが答えた。

「彼女はホド戦争で両親を失って、魔物に育てられたんです。魔物と会話できる力を買われて神託の盾オラクル騎士団に入隊しました」

「じゃあ、俺たちが殺したライガが……」

「それがアリエッタのママ……! アリエッタはあなたたちを許さないから! 地の果てまで追いかけて……殺しますっ!」

 アリエッタは抱いていたヌイグルミをぐっと前に突き出した。――だが、彼女が攻撃を始めるよりも先に。

「うわぁぁ!」「わっ!?」「うおっ!?」「きゃ……っ!」

 唐突に大地が鳴動した。地に亀裂が走り、紫色の蒸気のようなものが噴き上げる。

「地震か……!」

 流石のジェイドも声を動揺させている。

「おい、この蒸気みたいなのは……」

 周囲を見回すガイの声に、ティアが鋭い声で答えた。

「障気だわ……!」

「いけません! 障気は猛毒です!」

 イオンが叫ぶ。

 かつてユリアが地の底に封じたとされる障気。まともに吸い込んだアリエッタとライガが倒れたのを見て、ルークが焦った声をあげる。

「吸い込んだら死んじまうのか!?」

「長時間、大量に吸い込まなければ大丈夫。とにかくここを逃げ……」

 ティアが言いかけたが、亀裂は四方に走り、障気は彼らを取り囲んだ。

「どうするんだ! 逃げらんねぇぞ!」

 大地が揺れる中、イオンの背中にしがみついてルークが喚く。

「…………っ」

 ティアは杖を構えて意識を集中し、譜歌を口ずさんだ。

「譜歌を詠ってどうするつもりですか」

「待って下さい、ジェイド。この譜歌は……。――ユリアの譜歌です!」

 ティアを中心として、周囲に半球状の結界が現われる。見る間に視界が開け、息苦しさが収まった。

「障気が消えた……!?」

 青い目を見開いて、ガイが辺りを見回す。

「障気が持つ固定振動と同じ振動を与えたの。一時的な防御壁よ。長くはもたないわ」

「噂には聞いたことがあります。ユリアが残したと伝えられる七つの譜歌……」

 ジェイドが言った。

「しかし、あれは暗号が複雑で詠み取れた者がいなかったと……」

「詮索は後だ。ここから逃げないと」

「――そうですね」

 かすかに笑ってガイの言葉に頷き、ジェイドは光と共に己の手の中に槍を生み出した。そのまま、気を失っているアリエッタに迫る。その意図を悟り、ルークは声を震わせた。

「や、やめろ! なんでそいつを殺そうとするんだ!」

「生かしておけばまた命を狙われます」

「だとしても、気を失って無抵抗の奴を殺すなんて……」

「……本当に、甘いのね」

 背中を向けたままティアが言った。ルークはカッとする。

「るっせぇ! 冷血女!」

「……ジェイド。見逃して下さい。アリエッタは、元々僕付きの導師守護役フォンマスターガーディアンなんです」

「……まあ、いいでしょう」

 導師にまで止められては、致し方ない。

 そう思ったのかどうか、ジェイドは槍を霧散させた。


 今までルークが「殺したくない」と言っても誰も賛同してくれませんでしたが、今回はイオンが同調。イオンが頼むとジェイドも従います。人徳の差と言うものなのでしょうか。

 また、ガイは賛同も否定もしませんでしたが、殺さないことに決まると、気絶したアリエッタを障気の当たらない場所に移動させようと提案してました。彼は(女性恐怖症で)女性に触れないので、実際にはルークかジェイドがアリエッタを運んだのでしょうけど。

 ガイは、実はかなりお人よし。……ルークの根の純粋さは、もしかしたらガイの影響も大きいのかもしれない。ガイ自身は人を数え切れないほど斬って来たのだけれど、鳥かごの中のルークには「人の命は何より大切なんだ」と教え込んでいたような気がします。

 

 ……でも。

 本当は、ジェイドの言うとおり、アリエッタはここで殺しておくべきだったのではないか。

 クリアしてから、そう思いました。

 ルークたちのためにも、アリエッタ自身のためにも。

 ……だって、何一ついい結果を生まなかったから。

 

 ところで、障気が噴き出すシーンでルークが後ろからイオンにしがみついているのですが。

 これ、「ルークが親切にイオンを支えてあげている」と解釈されることが多いみたいです。でも私は、最初見た時から普通に「ルークがイオンを支えにしてしがみついている」と思っていたので、このノベライズではそっち解釈です。


 フーブラス川から離れると平野に出たが、川向こうと違うことには、遠くにチラチラと光る海が見えていた。風の匂いも違う。何気ない振りをしながらしきりに気にするルークの様子を見て取って、「カイツールの港に着けば嫌になるくらい見られるぜ」とガイが笑った。

「少しよろしいですか?」

 歩いていた足を止めて、不意にジェイドが言った。

「……んだよ。もうすぐカイツールだろ。こんなところで何するんだっつーの」

 振り向いて不満げに言ったルークの傍で、イオンは静かに口を開く。

「ティアの譜歌の件ですね」

「ええ。前々から、おかしいとは思っていたんです。彼女の譜歌は私の知っている譜歌とは違う。しかもイオン様によれば、これはユリアの譜歌だというではありませんか」

「はあ? だから?」

 ルークが苛立ちを込めて眉根を寄せると、ガイが説明を始めた。

「ユリアの譜歌ってのは特別なんだよ。そもそも譜歌ってのは、譜術における詠唱部分だけを使って旋律と組み合わせた術なんだ。ぶっちゃけ譜術ほどの力はない」

 イオンが後を続けた。

「ところがユリアの譜歌は違います。彼女が遺した譜歌は譜術と同等の力を持つそうです」

「……私の譜歌は確かにユリアの譜歌です」

 硬い声でティアが答えた。ルークは首を捻る。

「ティアは預言士スコアラーじゃないのか?」

「正確には違うわ。神託の盾オラクルではない一般の教団員の中で、第七音素セブンスフォニムを使える者を預言士と呼ぶの。私は譜歌を使うから音律士クルーナー

音律士クルーナーか……。最近じゃ珍しいよな」

「ええ。本来は後方支援が中心ですし、数もそう多くないでしょう」

 ガイの声にジェイドも同意した。イオンは微笑む。

「ですが、僕は音律士が好きですよ。彼らの譜歌は心地がいい。それは……人を攻撃する譜歌もありますが、癒してくれる譜歌もある。特にティアの譜歌はとても懐かしい感じがします」

「あ……ありがとうございます……」

「ふーん。まぁ、言われてみりゃ、いい声してるよな」

 イオンの言葉に頬を染めていたティアは、ルークがぼそっと続けた「性格はアレだけど……」という声を聞いて表情を変えた。

「に、睨むなよ……」

 ビクリと震えて、ルークは一歩後ずさる。

「しかし、ティアの譜歌がユリアの譜歌とは……。ユリアの譜歌は、譜と旋律だけでは意味を成さないのではありませんか?」

 ジェイドが話を続けた。ルークには今ひとつ理解できない。

「そうなのか? ただ詠えばいいんじゃねぇのか?」

「――『譜に込められた意味と象徴を正しく理解し、旋律に乗せるときに隠された英知の地図を作る』」

 不意に言ったのは、ガイだった。

「……はあ? 意味分かんね」

「……という話さ。一子相伝の技術みたいなものらしいな」

「え……ええ。その通りよ。よく知っているのね」

 笑うガイを見やって、ティアは戸惑った顔をしている。

「昔、聞いたことがあってね」

 暫くの間、ジェイドはそんな二人を見つめていた。そしてティアに顔を向けて口を開く。

「あなたは何故、ユリアの譜歌を詠うことが出来るのですか。誰から学んだのですか?」

「……それは私の一族がユリアの血を引いているから……だという話です。本当かどうかは知りません」

「ユリアの子孫……なるほど……」

「ってことは師匠せんせいもユリアの子孫かっ!?」

 唐突に、場違いな明るさで大声を出したのはルークだった。

「……まあ、そうだな」

 少し困った顔でガイが頷くと、「すっげぇっ! さっすが俺の師匠! カッコイイぜ!」と高揚した声をあげている。そんな彼を見やって押し黙っているティアに向かい、ジェイドが「ありがとうございます」と謝辞を述べた。

「いずれ機会があれば、譜歌のことを詳しく伺いたいですね。特に『大譜歌』について」

「『大譜歌』? なんだそれ」

 再三、ルークは問い返す。根気強くイオンが説明した。

「ユリアがローレライと契約した証であり、その力を振るう時に使ったという譜歌のことです」

「……そろそろ行きましょう。もう疑問にはお答えできたと思いますから」

 不意に話を断ち切って、ティアはその場から歩き出した。

「なんだあいつ、急に」

 ぽかんとして眉を顰めたルークの前で、ジェイドは黙って彼女の背を見つめている。しかしすぐに笑うと、「そうですね、少し急ぎましょうか」と自らも歩き始めた。

「なんでだよ。後は海岸沿いに行けばいいだけだろ?」

「アリエッタが追いついてきたら厄介ですから」

 そうジェイドが答えたのを聞いて、ルークはハッと喉を詰まらせた。

「そ、そうか、そうだったな……」

 ガイがルークの肩をポンと叩く。笑って先を促した。

「さあ、アリエッタに追いつかれないうちに、さっさとカイツールに行くか」

「ああ」

 頷いて、ルークも歩き始めた。


神託の盾オラクルではない一般の教団員の中で、第七音素セブンスフォニムを使える者を預言士と呼ぶの」とティアは言いますが、これ、おかしくないですか? だってセントビナーでグレン将軍が神託の盾オラクル騎士団は建前上、預言士スコアラーなのです」って言ってたのに。

 どっちが正解なのか分からないので、このノベライズではどっちもそのまま載せてみました。

 

 ヴァンがユリアの子孫だと知り、「すっげぇっ! さっすが俺の師匠! カッコイイぜ!」と大喜びなルーク。

 ルーク、キミは本当にヴァンが以下略。



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