「例の預言士スコアラーは本当にいるのでしょうか……」

 街を見回しながら、ナタリアが呟いている。

 ケセドニアは相変わらず賑わいを見せていた。この街は一度障気に包まれた経験を持つが、それで慣れたということか、あの時に比べれば人々の様子は明るい。少なくとも建物の中に閉じこもっていたりはしない。それでも、耳を澄ませれば口々に囁かれる不安の声も聞こえてくる。



「ケセドニアが崩落した時と全く同じ状態じゃぞ。結局障気は抑えられんのか?」

「障気を避けるには何も方法がないのかしら。大きな声じゃ言えないけど、やっぱり預言スコアを詠んでもらいたいわぁ」

預言スコアを詠まないからこういう事になるのよ。この先障気が出たままだったら、どうするつもりなのかしら」

「また障気が出るとは、ユリア様はわしらを見捨てるつもりかい。これまで預言スコア通りに生きて来たというのにどういうことなんじゃ」



 大通りを歩いて、街の中央辺りに至った時、ざわめきが一際大きく耳に届いて、国境を示す広場に人々が群れ集まっているのが見えた。

「あちらに人だかりがありますわ! 行ってみましょう」

 一人気負ってナタリアは駆けて行く。それを見送って、ルークはぼそりと声を出した。

「この隙に話を聞きに行ったら、後でナタリアが怒るだろうな」

 この街へ来た本当の目的は、アスター邸に勤めるナタリアの乳母から話を聞くためだ。しかし、ナタリアにどう言い繕えばいいのか……。

「……ルーク、待って! なんだか様子が変よ」

 その時ティアが言った。人だかりの向こうからこんな声が聞こえてきたのだ。

「さあ、預言スコアを求める者はボクと共に来い。そこで預言を与えよう!」

「嘘が本当になっちまったな」

 唖然としてガイが言う。ルークたちも人だかりの方へ向かった。アニスは真っ先に駆け出し、鋭い声を上げる。

「待ちなさい! ローレライ教団は預言スコアの詠み上げを中断しています! その預言士スコアラーは偽者です!」

「これは心外だね、アニス」

 人垣の向こうから笑いを含んだ声が返った。何か合図をしたのか、集まっていた人々が道を開ける。

「これから預言を詠むのはローレライ教団の預言士じゃない。モース『様』が導師となって新たに拓かれた、新生ローレライ教団の預言士だよ」

 そこにいたのは年若い少年だ。ぴったりした黒衣を着た、その顔は……。

「イオン様……」

 ゆっくりと、アニスは呑んでしまった息を吐いた。そこで警戒するように目元を歪める。

「……じゃない。アンタは……まさか……」

 イオンとまるで同じ顔立ち、体格。だが、そんなはずはないのだ。イオンは確かにルークの腕の中で消えた。第七音素セブンスフォニムの光となって。――それならば、彼は。

「シンク……。やはり生きていたのか!?」

 ルークは低く吐き出す。

 六神将、烈風のシンク。自ら地核の底へ消えて行った、もう一人のイオンレプリカが、あの金の仮面を外して素顔をさらけ出していた。

「やれやれ。これで六神将は全員生存確定ですか。こうなるとヴァンがローレライを取り込んで生きているというのも事実でしょうね」

 ジェイドが言うと、シンクは無感動な目を向ける。

「そこまで分かっているなら、真剣にローレライの宝珠を探した方がいいんじゃない?」

「お前たちだってまだ見つけてないんだろう」

「見つからない分にはこっちに有利だからね」

 ルークが言えば余裕で返した。「相変わらずふてぶてしい!」と、ナタリアが睨みつける。

「……シンク。新生ローレライ教団って、何? モースが導師って、どういうこと」

「モースはアンタに話してなかったのかい? 裏切り者さん」

 揶揄混じりに言われて、アニスはカッと顔を紅潮させた。

「……私は好きでモースの言いなりになってた訳じゃない!」

「安心しなよ。こっちも好きでモースを担いでる訳じゃないさ」

 素気無く言うと、シンクは集っていた人々を見渡す。

「さあ、邪魔が入ってしまったが、預言スコアを望む者は付いて来い」

 そう言って歩き出すと、後にぞろぞろと人々が従った。アニスが焦って押し留めようとする。

「待ちなさい!」

 だが、人々は口々に叫んだ。

「俺たちは預言が知りたいんだ!」

「そうだそうだ!」

「だけど……」

 その時、シンクがアニスを見つめて、静かな口調で言った。

「アニス。ここは見逃して下さい。あなたなら分かってくれますね」

「……イ……オン……様」

 目を見開き、動きを止めたアニスを前に、少年の喉がクッと笑いの音を鳴らす。

「あははは! ボクと戦うってことはイオンと戦うってことさ。忘れないでよね!」

 シンクは人々を連れて去っていく。言葉もなく、アニスは立ち尽くしてそれを見送った。




「あいつ! 酷いことを……」

 人々が去った方を睨んで、ルークが憤りを吐いた。

「アニス。気にしては駄目よ。シンクとイオンは違いますわ」

「そうさ。ルークとアッシュが違うようにね」

 ナタリアとガイは気遣わしげに語りかける。

「……うん、大丈夫。分かってるんだ。あいつはイオン様じゃない」

 アニスはそう返した。だが、顔を歪めて俯いてしまう。

「なのに、顔も声も……」

 永遠に失われてしまった存在。……自分が、追い詰めて殺してしまった人。

 その人と、まるで同じ姿で声で。ちょっと口調を似せただけで、こんなにも揺さぶられる。

「酷いですわ。自分の外見を利用して、アニスを傷つけて……」

 ナタリアは、まるで自分のことのように悲しげだ。

「分からねぇ……」

 ルークは暗く呟く。

「イオンは誰かの代わりは嫌だと言っていた。俺もアッシュの代わりだなんて、本当は嫌だ……と思う。

 なのにあいつは、どうしてあんな風に、あっさりとイオンを演じて……」

「シンクの中のレプリカに対する考え方が、お前やイオンとは違っているのかもしれない」

 ガイは痛ましげな顔をしていた。アニスに対するものか、ルークに対するものか、それともシンクに対するものなのか。

「俺には理解できない。……あいつの話が聞いてみたいよ」

「……話が通じる相手なら、ですわ」

「まぁな……」

 ナタリアにルークがそう返す一方で、アニスは俯いて黙り込んでしまっている。

「……アニス。気をしっかり持って」

「……う、うん。大丈夫! 全然、気にしてないモン! ぜ〜んぜん平気!」

 ティアに声を掛けられると、ぱっと顔を上げて笑った。

「アニス。無理をしてはいけませんよ」

 ジェイドが口を開いた。

「無理なんて……」

「ナタリア。すみませんがアニスを連れて気晴らしにバザーにでも行って下さい」

 ナタリアに顔を向けて、ジェイドはそう依頼していた。アニスはハッとした顔をする。

「私たちは預言士スコアラーに気をつけるよう、アスターに伝えてきます」

「分かりましたわ。アニス、参りましょう」

 ジェイドを睨む彼女の様子には気付かずに、ナタリアは優しく促した。ムツッとしながらも、アニスは大人しく連れられて行く。

「うまいなぁ、ジェイド」

 見送りながら、ガイが潜めた声で言った。

「でもダシにされてアニスが怒っていたわ」

 ティアは少々呆れ気味だ。確かに、これ以上ないほど自然な形でナタリアを誤魔化せたが。

「責任はジェイドが取ってくれるだろ。……それに、落ち込んでるのは本当だろうし」

 ルークが言う。ジェイドは軽く笑って、表情を引き締めた。

「責任はさておき、アスターの所へ行きましょうか」





「……分かりました。今後預言士スコアラーには細心の注意を払いましょう」

 アスターを訪ねて話をすれば、彼は快く引き受けてくれた。

「頼むよ。それで……」

「ナタリア様の乳母でございますね?」

 ルークの言葉の先をアスターは引き取る。「イヒヒ」と相変わらずの笑いをこぼすと、「今呼びましょう」と、手を打ち鳴らした。すぐに扉が開き、品の良い老女が入ってくる。

「これはルーク様!」

「あなたに見せたい物があります」

 戸口で固まっている老女に歩み寄ってロケットを見せると、彼女の顔色が変わった。

「これは、バダックの!」

「バダック?」と、ティアが問い返す。

「メリルの父親……。シルヴィアの……ああ、私の娘婿です」

「そのバダックさんについて教えてもらえませんか?」

 丁重にルークは願った。老女は語りだす。

「バダックは砂漠越えをするキャラバン隊の護衛を生業にしていました。気の置けない仲間には、砂漠の獅子王と呼ばれていたとか。身の丈が大きくて心の優しい人でしたよ」

「獅子王……黒獅子……。それに巨体か……。共通点はあるな」

 ガイが言い、「間違いなさそうですね」とジェイドも同調した。

「それでその人、バダックさんは今どこに?」

「娘のシルヴィアが亡くなってから姿を消してしまいました。それきり会っていません」

「……ありがとうございます。もう充分です」

 礼を述べてルークは質問を終わらせる。様子を見ていたアスターが、笑って締めの言葉を口にした。

「また何かありましたら、いつでもお立ち寄り下さいませ。イヒヒヒ」


 素朴な疑問。

 ナタリアの乳母……と言いますか、実のお祖母さん。娘婿のバダックについて、「娘のシルヴィアが亡くなってから姿を消してしまいました。それきり会っていません」と語ってくれます。

 ……あのぅ。偽王女騒動の時、謁見の間でラルゴと一緒にいたじゃーないですか。

 ラルゴことバダックさんは、十八年前とは よほど面差しが変わってるみたいです。辛い人生だったからかねぇ…。


 ナタリアとアニスは、マルクト側のバザールで露店を見ていた。

「あら、もう宜しいんですの? アスターさんにお話は伝わりました?」

「ああ、一応ね」

 ぎこちない笑みをナタリアに向けていると、アニスがジロリと睨み上げてくる。

「……ルーク。後でちゃんと報告してよね」

「分かってるよ。ごめんな」

 眉を下げて苦笑したルークに、アニスは拗ねたまま、少し気まずげな顔をした。

「変なの。大佐じゃなくてルークが謝るなんてさ」

「やー。助かりますよルーク」

 朗らかなジェイドの声が響いて、アニスとルークはなんとも言えない顔をした。

「何のお話ですの?」

「いや、な、なんでもないよ」

「そうですの?」

 ナタリアは小首を傾げたが、すぐに話題を変える。

「それにしても新生ローレライ教団のことは気になりますわね」

「あちらは預言スコアを詠むと言っているわ。人々がどちらを頼るのかと言えば……」

「預言を詠んでくれる方か……。くそっ!」

 ティアの言葉にルークが苛立ちを吐き捨てた。ジェイドが辛辣な声を出す。

「政治が預言に頼ってきた報いです」

「そんなことは! ……いえ……そうなのかもしれませんわね」

 ナタリアは力無く視線を落とした。

「そういや奴ら、モースが導師だと言っていたな。モースは預言にこだわってたから分かるけど、六神将は……」

「ええ。理想が真っ向から対立している。モースは利用されているだけなのかもしれないわ……」

「だけど、何のために?」

 ルークとティアが言い、アニスが問う。ジェイドが失笑した。

「ローレライ教団の兵力を殺ぎ取り、ヴァン不在の間の推進力と隠れ蓑にする……。まあそんなところでしょう」

「馬鹿な奴だぜ。利用されてるだけなのに、預言の為にあんな化け物にまでなって」

 ルークが暗い声で言うと、ティアは俯いて小さく呟いた。

モース様……。人類の繁栄をあれほど祈っておられたのに……

「ティア……」

 一方で、アニスは苛立ったように頬を膨らませ、両腕を振り回している。

「うーうーうーうー。事態が見えないままどんどん動いてくから、こっちは後から追っかけ、後から追っかけ、いつまでも何がなんだか分からないままだよぅ」

 ルークも眉根を寄せた。

「どこかで六神将たちに先んじないと、いつまでも後手後手だな」

「こちらは最初から情報が不足している。やはり不利ですね」

「一発逆転は、ローレライの鍵なのかなぁ? それがあれば、閉じ込められてるローレライを助けられるんでしょ?」

「そうですね。六神将側の思惑としては、レプリカ大地を作り出し、レプリカ世界の完成と共にローレライを消し去ることでしょうから、ローレライを音譜帯にまで逃がしてしまえば、彼らの計画は失敗する」

 ジェイドとアニスの会話を聞いて、「それでも俺たちは不利だよな」とルークは言う。

「あっちは俺たちに鍵を使わせなければいいだけだけど、こっちはレプリカ計画は止めなくちゃならないし、障気の問題もほっとけないし、ローレライも助け出さなきゃならない」

 アニスが大仰に肩をすくめてみせた。

「はぁ〜。カワイイ子は旅をしなくちゃいけないんだね」

「……それは……ちょっと意味が違うだろ」

 呆れ顔をルークは作る。ティアが話を引き戻した。

「とにかくお祖父様に相談しましょう」

「となると、やっとユリアシティだな」

 ガイがニッと笑う。

「俺はあの街が好きなんで嬉しいね」

「あら、そうだったの。でもどうして?」

 自分の街への好意を知って嬉しそうにしたティアに、ルークが「音機関。音機関」と小声で指摘した。

「ああ……」

「……な、なんだよ、その冷たい声は。――まあいいや。行こうぜ」

 小さく息を吐かれて、ガイは心外そうな顔をしたが。すぐに気を取り直して笑い、仲間たちを促した。


「ローレライ教団の兵力を殺ぎ取り、ヴァン不在の間の推進力と隠れ蓑にする……」

 六神将がモースを神輿に乗せている理由を、ジェイドはこう推測します。

 殺ぐも何も、元々、神託の盾騎士団の勢力の大半は、崩落編の時点でヴァンに従って教団から離反していたわけですが…。

 ヴァンが外殻降下後から姿を消して、揺らぎ始めた離反勢力を完全に従えるために、分かり易い『新しい頭』としてモースを据えた、ってことなんでしょうか。


 一日後、ユリアシティの中央監視施設にルークたちはいた。

「……分かりました。まずは早急さっきゅうにローレライ教団の立て直しを図らねばなりませんな」

 ルークの話を聞いて、テオドーロは頷く。

「教団の事はお任せ下さい。トリトハイムを中心になんとかしてみます。……しかし監視者の鑑のような男だったモースが、このようなことになってしまうとは……残念です」

「お祖父様。モースはエルドラントがどうとか言っていたわ。何か心当たりはある?」

 ティアは訊ねたが、彼は困った顔をした。

「エルドラントと言うと、古代イスパニア神話に出てくる栄光の大地ぐらいしか……」

 全員が黙り込む。ジェイドも言っていたが、圧倒的に情報が足りない。

「……そうだ。エルドラントの事は分かりかねますが、少しおかしなことが起きています」

「おかしなこと?」

 ガイが思いに沈んでいた目を上げた。

「ただでさえ第七音素セブンスフォニムが減少傾向だというのに、第七音素が異様に消費されている地点があるのです」

「それって、どこなんですか?」と、アニスが問う。

「一つは第八セフィロト――かつてのホドの付近の海中だ。調査隊を派遣しましたが、その時点では何もなかった。もう一箇所は現在追跡中だ」

 それを聞いて、ジェイドが怪訝な顔をした。

「追跡? 場所を特定するのに追跡と言うのは……解せませんね?」

「追跡と言わざるを得ないのですよ。何しろ場所自体が移動しているようなので」

「移動施設? 陸艦とか、馬車とか」

 不得要領な顔でガイが言う。

「分かりません。ただもっと巨大なものでないと、あれだけの第七音素セブンスフォニムを消費するのは不可能だと思います」

「移動に決まった法則はないのですか?」

「現在調査中ですが、海を移動していることは確実ですな」

 ジェイドに答えて、テオドーロは「海中を移動しておるのか海上を移動しておるのか。どちらにしろ追跡は困難だ」と厳しい目をした。

「海を移動する巨大な物か……」

 ルークは呟く。向こうからアニスが言った。

「一角鯨とか?」

「一角鯨は大きいものでも体長三十メートル程度ですわ。海を動く巨大なもの……というには小さくありませんこと?」

 ナタリアがそんな意見を述べる一方で、ティアはふと目を潤ませて微笑んでいる。

「一角鯨の子供は可愛いのよね……」

「でも大きくなると、角で人を襲うよ。アレだって一応魔物なんだから」

 にべなくアニスが言い、ナタリアが再び述べた。

「やはり戦艦ではありませんか? 最近ではかなり巨大なものもあるそうですが……」

「まあな。だが、流石に千メートル級になると、まだ殆ど出回ってないらしいぜ」

 ガイが意見を返す。

「まあ、巨大なのだから、海を見ていれば見落とすことはないでしょう」

 ジェイドが言った。アルビオールがあれば、海を移動するものとやらを追跡するのも容易だろう。もっとも、海中深くにいられれば、アルビオールから目視は出来ないだろうが。

「戦争も起きていない状態で第七音素セブンスフォニムを大量に使うのは、フォミクリーぐらいのものです。気になります」

「ジェイドがそう言うなら、フォミクリー施設の可能性が高いよな」

 ルークは傍らのティアに話しかける。

「海を徹底的に探してみましょう」

「はぅ……。海を見てると眠くなるんだよね。ま、仕方ないか……」

 頷いたティアの声を聞きながら、アニスは肩をすくめてそう言った。


 ゲームでは、ユリアシティを出ると、すぐ目の前を『海を動く巨大なもの』が移動しています。

 ……おいおい、テオドーロさん。「追跡は困難だ」って、シティのすぐ側に来てるじゃんかー。

 

 ちなみに、ソレは本当にマップ上を移動しているので、この時これに気付かずに別の場所に移動してしまうと、後で探すのにちょっと苦労することになると思います。一度上陸してしまえば自動操縦で移動できるようになるので安心なのですが。(なお、上陸前にケテルブルク港で海を見ている人に話しかけると、『海を動く巨大なもの』はユリアシティの前から動かなくなるそうです。)

 なんとなくですが、最初は本当に『海上を移動しているソレを発見する』というゲーム内容だったのを、テストプレイの結果、見つけるのに非常に苦労することが分かったので、こういう簡単な形に調整した…のかなぁ、と思いました。

(初めて魔界に落ちた時、タルタロスを動かすだけで勝手に進路調整されてユリアシティに着いちゃうのと同じように。)


 ユリアシティから提供を受けたデータを元に、アルビオールで海上を探査する。何時間過ぎた頃か。広い窓から海面を見渡していたルークは、それに気付いて驚いた声を上げた。

「あれ……! 島が動いてないか!」

 先程から視界に入っていた島。人の手が入っており、遠く街並みが確認できるそれが、ゆっくりと海原を移動しているような気がする。連絡船くらいの移動速度だろうか。

「浮島? 物理的にあり得ない……」

 席に着いていたジェイドが、窓の外を見やって唸った。ガイは、ルークの隣に立って眉根を寄せている。

「あの島……見覚えがある気がするんだが……」

「降りてみませんこと? もしかしたら何か分かるかもしれませんわ」

「そうね。お祖父様の言っていた第七音素セブンスフォニムを大量に消費している施設って、あの島かもしれないし」

 ナタリアの提案にティアも同意した。誰にも異議はない。

「よし。ノエル、あの島にアルビオールを下ろしてくれ」

「分かりました」

 ルークが指示し、ノエルは銀の翼を旋回させた。





 その島は、黄昏の空気に満たされていた。

 石造りの大きな建物が連なり、それらを石橋が繋いでいる。元は、さぞや美しい街並みだったのだろう。だが今はあちこちが崩壊し、あからさまな廃墟と化している。崩れた壁や柱の間を潮風が吹きぬけ、ひゅうひゅうと物寂しい音を響かせていた。

「やっぱり、覚えがあるんだが……」

 風化した街に降り立ってガイは呟く。後ろで見回していたジェイドが、驚いた様子で言った。

「フェレス島ではありませんか。ホド消滅の影響で津波に潰された……」

「そうだ! ホドの対岸にあったあの島だ!」

 ガイは合点の声を上げる。

「フェレス島?」

「ホド諸島の島だよ。ホドがあった頃は交流が盛んだったんだ」

 反復したルークに、ガイはそう説明した。

「津波で、街がこんなにもボロボロになっちまうのか?」

「水の力は恐ろしいのね……」

 ティアが言う。その足元で、ミュウが不安な声をあげた。

「ミュウは泳げないですの……。また津波が来たら大変ですの」

「今は大丈夫だよ。それにアルビオールもあるし」

 優しい顔でルークは言ってやる。ミュウが溺れる不安を口にするのは何度目だろう。よほど水が怖いらしい。

 ホド崩落で生じた津波に舐め尽くされ、荒れ狂う水に押し流されて破壊された街。

「ホドの消滅はホド以外の場所にも影響があったんだな……」

 そう言って、ルークは小さく 「アクゼリュスも……」と呟いた。

「みゅうぅぅぅぅ……」

 ルークの呟きを聞きつけたミュウが、悲しげに耳を垂らす。

 アクゼリュスの消滅はセントビナーの崩落を呼んだ。それを皮切りに、世界は二千年続いた形を変えることになったのだ。

「でも……いくら津波に襲われたとしても、陸が浮島になるなんて……」

 一方で、ティアは怪訝な顔をしている。

「ええ。おかしいですわ。自然現象とは思えません」

「何かあるってことだよね。奥へ行ってみよう」

 ナタリアとアニスが言ったが、ルークは黙っていた。それに気付いてガイが目を向ける。

「どうした? ルーク」

「いや……。綺麗な街だったんだろうなって思って」

「……そうだな。もう微かにしか覚えちゃいないが、大きな港があって活気のある街だったよ」

「そうか……」

「……この街の人々は、殆ど助からなかったでしょうね」

 ティアが言うと、ジェイドが続けた。

「崩落、津波……。大半の人々は何が起きたか分からないまま亡くなったでしょうね。或いはその方が幸せだったのかもしれません。比較の問題ですが……」

「確かに生き残った人々も地獄だったでしょうね。これでは作物も育たないわ……」

「街やそこに住む人、誰にも罪なんてなかったろうに……」

 ガイも改めて暗い顔をした。ルークは言葉を落とす。

「……流されて、忘れられた無辜むこの島……なのかな」

 罪のない、けれど大きな力に翻弄され、滅ぼされてしまった島。

「忘れられた無辜の島……ね」

 ティアが言葉を噛み締めている。

「アリエッタ……」

 ふと、アニスが呟く。苦しげに目を伏せた。


 無辜むことは「無罪」のことです。

 

 ルークがここで「無辜」という言葉を何気に口にするのは、プレイヤーの間では中々に物議をかもしているみたいです。私も驚きました。ゲーム中では、ルークはどちらかと言えば『物知らずの馬鹿』扱いされている気がしていたので。なのに「無辜」なんて、辞書引かなきゃ意味すら分かんヌェー難しい言葉だよ!

 普通に考えれば、シナリオライターさんが深く考えずに、自分が使いたかった(あるいは、自分が普段使っている)言葉をキャラクターに喋らせただけなのでしょう。ゲーム雑誌のインタビューで、プロデューサーさんが「このシナリオライターさんは、難しい言葉を使うのが好き」と発言されていましたっけ。

 しかし、ここからシナリオライターさんのキャラクター観を探ることも出来るような気がします。他にキャラがいるのにルークにこの言葉を言わせている。つまり、シナリオライターさん的には『ルークは馬鹿』という意図は特に無いらしい。難しい言葉を使っても不自然ではないキャラクターなんですね。

『作者』という視点を無視して、物語だけを見た場合、ルークが「無辜」などという語彙を持っているのは読書の影響なのかな、と思えます。また、なんだかんだ言って公爵家という厳格な場で育てられたので、周囲の人間がそうした難しい単語をよく使っていて、自然に覚えていたのかもしれません。公爵やナタリアなんかは、『無辜の民』なんて言い回しをよく使いそう。

 

 ゲームでは、フェレス島にはレプリカ兵士とライガ系の魔物が徘徊しています。


「……先程から同じような建物が続きますわね」

 足を止めて、うんざりしたようにナタリアが言った。

 上陸してからしばらく歩いたが、街は延々と続く。白くて高い壁、四角く切り取られた窓、手すりのついた石の橋。似たような風景の繰り返しだ。

「そういえば、確かにそうだな。なぁガイ、どうして似たような建物ばっかりなんだ?」

「ん? ああ……」

 当然とばかりに答えを求められて、ガイは目を瞬かせる。

「俺も詳しくは知らないんだが、確かこの街は一人の建築家が全てを監修したって聞いてるな。その建築家の名前が島にも付けられたんだ」

「なら、その建築家はフェレスというのね」と、ティアが言った。

「ああ。確かここの統一された美しい街並みが当時の皇帝にも気に入られて、グランコクマの建築様式にも影響を与えたとか……」

「なるほどねぇ」

 笑い含みにジェイドが感心の声を挟む。ガイは憮然となった。

「何が『なるほどねぇ』だ。あんたの方が詳しいだろう?」

「いえいえ、とんでもない。説明役なんてまっぴらです」

「……うっそだぁ。結構説明してるくせに」

 アニスが指摘する。

「だから、尚更ごめんなんですよ。私しか知らない知識ならともかく、一般教養は他の人にお任せしたいですね。体力を消耗してしまうので」

「まあ、そんなに疲れることではありませんでしょう?」

 ナタリアが少し呆れた顔をしたが、ジェイドは「なにぶん年寄りなものですから」と、老人じみた作り声を出した。

「よく言うよ……」

 ルークも呆れて息を落とす。

 思えば、これまでもジェイドがガイに説明を丸投げすることはよくあったものだが。ジェイドが年寄り並みに疲れ易いから、なんて理由だけはないだろう。どんな強行軍をしても、一人で(少なくとも表面上は)ケロリとしているのだから。

「それにしても、似たような建物ばかりで、今どこにいるのか分からなくなりそうですわ」

 ナタリアが眉を曇らせた。

「何言ってんだ? さっきあの右の方から来たんだから今度は真っ直ぐ行って左に……」

「違うわルーク。さっきは左の方から来たのよ」

「あれ?」

 指差して言い掛けたルークは、ティアに指摘されて目を瞬かせる。ジェイドが笑った。

「ルーク、野生の魔物が帰巣本能を失っては、ただの家畜ですよ」

「うぉーい! 誰が魔物だ! つーか、何が家畜だ!」

「って言うか、ジェイドも家畜だよな」

「ガイ?」

 笑って言った彼を、驚いてナタリアが見やった。

「何か言いましたか?」

 ジロリと睨む赤い瞳もどこ吹く風で、にこにこと笑っている。

「いいえいいえ。ピオニー陛下のブウサギの名前が何だったかなんて、そんなこと言ってません」

「んぐっ……」

 ジェイドは詰まり、諦めたように息を吐いて眼鏡を押し上げた。珍しく言い負かされた彼を見て、ルークとアニスが嬉しげに笑う。

「ルーク。笑っている場合ですか。あなたの名前も陛下のブウサギに付けられていたと思いますが」

「うぐっ……」

「そっか。だからルークには帰巣本能がないんだね」

 アニスが口に手を当てて笑い、『ブウサギの散歩係』を拝命していたガイは肩をすくめてみせる。
「ま、確かに、『ルーク』は方向音痴気味だったけどな」

「いくら俺でも、いつも迷子になったりしてねーっつーの」

 ぶすりと表情を腐らせたルークを見て、仲間たちが笑った。


 ジェイドがルークを家畜だとからかって、ガイがジェイドこそ家畜だと言い負かすエピソード。これは原作ゲームではフェイスチャット(サブエピソード)なんですが。

ジェイド「ルーク、野生の魔物が帰巣本能を失っては、ただの家畜ですよ」
ルーク「うぉーい! 誰が魔物だ! つーか、何が家畜だ!」
ガイ「……家畜は自分のクセに」
ジェイド「……ガイ? 何か言いましたか?」
ガイ「いいえいいえ。ピオニー陛下のブウサギの名前が何だったかなんて、そんなこと言ってません」
ジェイド「んぐっ……はぁ……」

 原作では、ここでフェイスチャットが終わってしまいます。

「家畜は自分のクセに」。笑いながら突然ひどいことを言うガイにビックリです。まあ、ジェイドが先にルークを家畜(魔物)呼ばわりしたんですけど、今までこんな嫌味返しをしたことなんてなかったのに。正直、ドン引きました…。外殻大地編ならこういうギスギスもアリかと思うんですが、レプリカ編でこれはないだろうと個人的には思ってしまいます。何の意図のエピソードなんでしょう? (ゲーム画面で、ガイの表情がずっと満面の笑みになってるのは、少しでも雰囲気を和らげようとしている、チャット画面担当スタッフさんのフォローなのでしょうか。)

 つーか、ピオニー陛下のブウサギの名前と言うなら、ルークもそうなんで。話の流れがちょっと変ですよね。

 そのまま使うと どうにもキツくて落ち着かなかったので、ノベライズでは少し柔らかめに変えてみた…つもりです。

 ちなみに、このフェイスチャットのタイトルは『迷ってイライラ……』。

 ……迷ってイライラしてるジェイドが八つ当たりでルークに嫌味を言って、迷ってイライラしてるガイが痛烈な嫌味返しをしたということなのでしょうか。

 しっかりしてくれ成人男子二名。


 道の先のやや小高い場所に、大きな屋敷が見えた。そこへ続く階段を上りきった時、ティアがハッと表情を引き締めて身構える。

「……誰かいるわ」

 風に紛れて声が聞こえた。……人の声だ。それを認識して、他の仲間たちも身構える。

(女の子の……泣き声……?)

「その声は……!」

 ルークが眉をひそめた時、アニスが叫んで駆け出した。追って視線を送れば、屋敷のポーチに人影がある。それは黒衣をまとった少女で、不気味可愛いヌイグルミを抱きかかえて悲しそうに泣いているのだ。側には大きなライガが一頭、見守るようにして座っている。

「……アニス!」

 駆け寄る気配に気付いて、アリエッタは涙を溜めた目を上げた。ライガが一息にポーチの階段を飛び降り、ルークたちに向けて唸る。

「ここはアリエッタの大切な場所! アニスなんかが来ていい場所じゃないんだから!」

「フェレス島が大切な場所だって? どういうことなんだ」

 アリエッタの怒声にガイは困惑していた。ヌイグルミを抱く手に力を込めて、少女は答えを告げる。

「ここは……アリエッタが生まれた街だから」

 ヌイグルミに顔を埋めて、いつになく饒舌に続けた。

「アリエッタの家族は、みんな洪水で死んじゃって、アリエッタのことはライガママたちが助けてくれた。

 ずっと寂しかったけど、ある日ヴァン総長が来てアリエッタを仲間にしてくれたの。沈みかけてたフェレス島をこうやって浮き上がらせて、アリエッタのための船にしてくれた。ヴァン総長も六神将のみんなも、ここを基地ベースにするって何度も遊びに来てくれた」

「兄さんたちはここを本拠地にしていたのね」

「それならフォミクリー施設もありそうですね」

 ティアの声にジェイドがそう返したが。

「レプリカの機械ならあるよ」

 得意げにアリエッタが肯定したので、ルークたちは驚いた。

「だってヴァン総長が、アリエッタの街を復活させてくれるって約束してくれたもん」

「それはまやかしだわ。レプリカは本当の家族でも家族の代わりでもないのよ」

 ティアが指摘する。しかしアリエッタは不快げに叫んだ。

「そんなことない! そこにいるルークだって、アッシュの代わりじゃない!」

「!」

 息を呑んで、ルークは身を強張らせる。

「イオン様もアリエッタのこと分かってくれた。ヴァン総長に協力してた! イオン様が変わっちゃったのは、アリエッタの代わりにアニスが導師守護役フォンマスターガーディアンになったから!」

「――それは違う! お前は師匠せんせいに騙されてるんだ! 本当のイオンはとっくに……」

「ルーク! 黙ってて!」

 顔を背けてルークは吐き出したが、アニスの鋭い叱声がそれを遮った。

「なのにアニスはイオン様を裏切った!」

 遮られた言葉を気にせず、声の限りにアリエッタは糾弾する。

「何? ここで決闘するって言うの?」

 ふてぶてしくアニスは言ったが、アリエッタは飛び掛ってきたりはしなかった。

「場所は立会人のラルゴが決めてくれる。ラルゴからアニスに連絡が行く」

 言い終わると、アリエッタはライガの背に跨る。ライガはルークたちの間を縫って一気に駆け抜けると、崖縁で一度足を止めた。

「アリエッタはイオン様とヴァン総長のために戦ってた。だけどもう……イオン様はいない。

 仇を取るためにもアリエッタは負けないから!」

 そう言い捨てると、アリエッタを乗せたライガは崖下に身を躍らせる。軽く着地すると、そのまま駆け去って行った。

「馬鹿みたい……。あの子騙されてるのに……」

 残されたアニスは、吐き出すように呟いている。

(何も知らないアリエッタは確かに可哀相だ。でもそれなら、何もかも知っているアニスも辛いんだろうな)

 そんなことを考えながら、ルークは口を開いた。

「アリエッタはここで魔物に育てられたのか……」

「……うん。そうみたい」

 アニスが答える。彼女は、アリエッタがフェレス島出身であることを知っていたようだ。

「詳しい状況は分からないけど、とにかく、赤ん坊の頃 津波に巻き込まれて、たまたま魔物に拾われたんだって」

「よくエサにされなかったものですね」と、ジェイドが茶々を入れた。

「うん……。しかも親はライガだったんでしょ? あれは人を食べるから、ホント不思議……」

「魔物に育てられたんなら、言葉なんかも……」

「兄さんが教えたのだと思うわ」

 今度のルークの疑問には、ティアが答える。

「うん。多分。あと、オリジナルのイオン様が」

 頷いてアニスは目を伏せた。ティアが得心と哀しみの色を目に浮かべる。

「そう……。アリエッタにとってイオン様が特別なのは、そこにも事情があるのね……。

 そんな純真な子を、兄さんは……」

「魔物を自在に操れば、人間の軍隊に勝るとも劣らない力になる。ヴァンにとっては魅惑的だったんだろうな」

 暗い目でガイが言った。どこか苦しげに続ける。

「しかも、教育を施すのがヴァンなら、自分を信用させるなんて、簡単なことだ」

「……俺と同じってことだよな。手懐けて……」

 牙を隠した復讐者たちの手で教育された。ルークが自らの傷をさらす。

「信用させて、利用する」

 アニスが言葉を継いだ。

「兄さん……酷すぎるわ……」

 ティアは苦しげに眉を寄せたが、ジェイドは穏やかに混ぜ返した。

「アリエッタの為だったと言えば、そうなります。少なくとも彼女自身はヴァンに救われていますよ」

「ですが、愛する人が入れ替わっていたことも知らされないままなんて……」

 切なげにナタリアが言う。

「それでも、魔物の中で孤独を感じていた彼女を人間の世界に引き戻し、被験者オリジナルのイオン様に引き会わせ、生きる場所と目的を与えたのはヴァンです」

「だけどそれは。それじゃあ」

「兄さんの言いなりに動く人形……ね」

 ルークの反駁にはティアが応えた。俯いてアニスが呟く。

「アリエッタ、本物のイオン様が亡くなってから変わっちゃったんだよ。タルタロスやカイツールの港で、たくさん人を殺して……」

「誰かに言われるまま、何も知らないままに、か……」

 ガイが苦く息を吐いた。

師匠せんせい……」

 かつてこの島に住んでいた罪無き人々は、秘預言クローズドスコアも、教団や各国の思惑も何も知らないままに命を落とした。その生き残りの少女は、善悪の別もろくに知らないままに罪を重ね続けている。

「しかし実際、ヴァンは利用できるものを利用したに過ぎない。良いか悪いかはともかく、目的の為に最善と思われる手段を選んだだけです。それだけ本気だということですよ」

 ジェイドの声音は淡々としていた。一つの視点の感傷に囚われることを忌避するように。

「それより、アリエッタの話が本当なら、ここはヴァンが使っていた設備の一つだと思っていいでしょう」

「そうですわね。もう少し調べてみましょう。ねぇ、アニス?」

 ナタリアが気遣う声音でアニスを窺う。

「……うん」

 少女は小さく頷いた。





 屋敷の中に入ると、そこは広いホールになっていた。かつては貴族の屋敷だったのだろうか。正面の階段を上ると小ホールがあり、左右に更に階段がある。そして、そこには幾つもの譜業端末と、見覚えのある巨大な音機関がそびえ立っていた。

「これはフォミクリー……? 驚きました。かなり大規模な物です。しかも稼動しています」

 見渡して、ジェイドが驚愕に震える声を出している。周囲を丸く通路に囲まれたこの機械は、コーラル城で見たそれと同じものだ。

「そうか、ここでレプリカを作ってるんだな」

「イエモンおじーちゃんたちも、ここで作られたのかもしれないんだね」

 ルークとアニスがそれを見上げて言う前で、ジェイドは素早く身を翻すと片隅の端末へ向かう。

「止めましょう。第七音素セブンスフォニムの減少が少しはマシになるかもしれません」

「ああ。これ以上レプリカを増やしちゃ駄目だと思う」

 ロックを解除する手間を掛ける必要はない。操作盤に手をかざし、譜術で直接破壊し始めたジェイドの様子を見ながら、ルークは低く言葉を吐き出した。

「レプリカなんて……俺一人でたくさんだ」

「ルーク……」

 ガイがルークの背を見つめている。

 その時、抑揚に乏しい女声が頭上から降った。

「やめろ! どうしてそんなことをする?」

 それを合図としたかのごとく。両脇の階段から、灰色の全身スーツをまとった人々がゾロゾロと降りて来たではないか。ルークたちに近い側の先頭にいるのはマリィレプリカで、反対側の階段にはイエモンレプリカの姿も見える。

「我々の仲間が誕生するのをどうして拒む?」

 マリィレプリカは言った。その表情は硬く、殆ど動くことがない。

「我々はやがて天の大地に新しい住処を与えられる」

 向こうからイエモンレプリカが言い、マリィレプリカは揺るぎなく言葉を続けた。

「我々の邪魔をするな」

 言いようのない衝動に突き動かされて、ルークはレプリカたちに向かう。

「あなたたちはそれでいいんですか。望まれて誕生した訳じゃないんですよ」

「そんなことはない。我々はモース様に求められて誕生した」

「……姉上。あなたがそう仰るならそうなのかもしれません。でも、あなた方が住むという天の大地が完成したら、被験者オリジナルは殺される」

 ガイがマリィレプリカにそう言ったが、背後からイエモンレプリカの声が響いた。

「我々を望まぬ者が殺されようと、我々は知らぬ」

 ぎょっとして、ルークは振り向く。

「馬鹿なこと言うな! 被験者オリジナルがいなければ、俺たちは……レプリカは生まれないんだぞ!」

「だからどうだと言うのだ」

 マリィレプリカの態度は淡々としていた。毛一筋ほども動揺した様子はない。

「生まれた以上、被験者オリジナルに遠慮をすることなどない」

 その時だ。事態をじっと見守っていたティアが、硬い声でこう言ったのは。

「ルーク。あなたは少し、彼らを見習った方がいいわね」

「……え!?」

「自信だよ」

 ガイも言う。

「アッシュがお前に苛つくのも、ピオニー陛下への苦手意識も、そいつが欠けてるからだ」

「傲慢なまでの生存本能……と言ってもいいわね。――もっとも、昔のあなたにはあったものよ」

 レプリカだから。被験者オリジナルの居場所を侵食したから。それを思い、多少の遠慮を感じるのはいいのかもしれない。それは、被験者を始めとする周囲の人々への思いやりに繋がる心だから。

 けれど、それが行き過ぎて自己の存在を否定するまでになっては。

 生きることを遠慮する必要などないのだ。こればかりは、本物オリジナルもレプリカも関係ない。出自が何でも、どんな葛藤があっても。今ここにいる。生きているのだから。

(……分からないよ)

 ルークは思った。

(レプリカは、本物オリジナルの命や居場所を喰らって生まれたんだ。俺が生まれたせいで、アッシュは苦しんだし、俺は代用品で……。それなのに、オリジナルをないがしろになんて出来ない。だって俺たちは、本来なら生まれるはずのない――人として必要とされてない命なんだから)

 

『お前はユリアの預言スコアを覆す捨てゴマとして生まれた代用品。ただ、それだけだ』

 

 脳裏に誰かの声が弾けて消える。

(自信を持てるなら、俺だって持ちたい。でも以前の俺は、何を根拠に……自信を持っていたんだろう)

 俯くルークを他所に、会話は続いていく。

「我々を傲慢だと言うのか」

 彼女にも怒りの感情は芽生えているのだろうか。言葉尻を捕らえたマリィレプリカに向き直り、ティアは朗々と語った。

「ええ。そうよ。あなたたちの言葉、いつか、あなたたち自身に跳ね返るかもしれないわ。その時も同じ事が言えるのかしら」

 何があっても自分は生きる。生きていたい。それは生物として当然の欲求だ。だが、その為に他の誰を傷つけても、殺してしまおうとも構わないと言うのは、これもまた行き過ぎなのだ。――少なくとも、『人間』としては。

 人には他者を愛する心がある。互いを思いやり助け合うことで社会は作られ、人々は真の意味で『生きる』。自分たちさえ良ければ他はどうでもいいと言い切るレプリカたちは、未だ『人』の心を持ち得てはいないのかもしれない。

(ルークは、変わった)

 ティアは思う。

(誰が殺されようと自分には関係ないと言っていた。何かを知ること、その責任を負うことから逃げていた。――今は行き過ぎて、全てを背負い過ぎてしまっているけれど。彼が変わったように、彼らもまた……)

 ティアが口を閉ざすと場は静まり返った。――その、数拍の間の後に。

 突然轟音が響き、建物が――いや、島全体が揺れた。揺れは驚く人々を飲み込んだまま続いたが、収まってすぐに、勢いよく玄関扉を開けてフリングスレプリカが駆け込んでくる。ぎこちない声音ながら、動揺した様子で仲間たちに告げた。

「大変だ! モース様が我々を残したまま、計画を!」




 その時、フェレス島が浮かぶ中央大海の中心、かつて第八セフィロトがあった海中から、巨大な物体が浮上して天に舞い上がっていた。驚いたことに、それは島だ。海中でどのように保護されていたのか、岩盤の上には建物や木々さえ見える。周囲は金属の壁や柱で補強され、譜業兵器らしきものも覗いていた。――天に浮かぶ要塞島だ。

 その島の上、白い神殿の前に立ち並ぶ人影がある。

 黒衣をまとった少年、シンク。金髪を結った冷徹な女、リグレット。浮かぶ安楽椅子に腰掛けた男、ディスト。漆黒の大鎌を持った大男、ラルゴ。彼らの前には黒く膨れ上がった怪物、モースが浮かんでいた。

……ふふふ。ヴァンの用意していたこの大陸。ここが私の新しい城になる。今こそ新生ローレライ教団を立ち上げる時だ。さあ準備にかかれ! ひゃはっ、ひゃははっ!

 ビクビクと痙攣しながら、大きな口を開けてモースは気がふれたように笑う。

見ていろ! わしは預言スコアを用いてこのオールドラントを繁栄に導くのだ! ひゃはははっ




 フェレス島で。屋敷の外に駆け出したルークたちは、それを見上げて呆然としていた。障気にけぶる空の向こう、天高く浮かぶ要塞島を。

「どうなってるんだ! あれは一体……!」

 うろたえるルークの後ろから、マリィレプリカが抑揚に乏しく、それでも狼狽を滲ませて言った。

「モース様! 我らも新生ホドに迎えて下さる約束では……」

「新生ホド? じゃああれはホドなのか!?」

 驚いて、ガイがマリィレプリカに首を巡らす。だがレプリカたちはまるで関心を払わず、互いに声を交わし始めた。

「我々はどうしたらいいのだ!」

「レムの塔へ向かおう。そこがモース様との約束の場所だ。必ず迎えに来て下さる」

 フリングスレプリカにイエモンレプリカが答えている。「しかし島の航行装置はフォミクリーと共に壊されたぞ」とマリィレプリカが指摘した。

「このまま潮流に乗れば陸に辿り着く。そこから歩いていけばいい!」

「よし。そのように伝達しよう」

 フリングスレプリカの提案にマリィレプリカが頷き、三人のレプリカたちはすぐに屋敷の中へ戻って行く。

「……行っちまった」

 見送って呟いたのはルークだ。

「どうする? あの人たちをこのままにしておくのか? 俺にはモースがあの人たちを受け入れるとは思えないけど……」

「まあ、私なら見捨てますね。レプリカ情報さえ残っていれば、わざわざ彼らを搬送しなくても無限にレプリカを作れる」

 思った通りの答えをジェイドが返し、ナタリアが顔色を変えた。

「では彼らは行き場がなくなるのでは……!」

「そうですね。ですが彼らがその事実に気付くのは、まだ先のことでしょう」

「あの人たちはモースを信じてるからな……」

 表情を揺るがさないジェイドの前で、レプリカたちの集う屋敷を見やるルークは暗い目をしていた。

 レプリカたちは造物主であるモースを信じている。彼に必要とされて生まれ、天の大地での幸せな生活が約束されているのだと……何も考えず、疑うことなく、愚かなまでにただ純真に信じているのだ。――かつて、ルークがヴァンの言葉の全てを信じ、頼りきっていたように。

 一方で、ガイは天空の要塞に意識を奪われ続けている。

「あの空に浮かぶでかい奴がホド? ありえない……」

 島が空に浮かぶこと自体も奇妙だが、ホドは十六年前に崩落している。魔界クリフォトの液状化大地に呑み込まれ、今は跡形もないはずだった。

「なあ、あの島は本当にホドなのか? そうだとしたらあれはヴァンの計画していた、レプリカ大地ってことになるぜ」

「レプリカだとしても、周囲の爪のような対空装置を考えると、製造されたのはかなり前なのではありませんか?」

 ガイの声を受けて、ティアがジェイドに訊ねる。

「ええ。恐らく海中で島に防御装置を施していたのでしょう。そしてセフィロトを利用して上空に押し上げた」

「セフィロトは……外殻を押し上げる力を失ってたんだろ?」

 ルークは怪訝な顔をした。

 厳密には、力を失ったのはパッセージリングだ。セフィロトから噴き上げる記憶粒子セルパーティクルの流れを強化してセフィロトツリーを作り出していたそれが消滅し、ホドにあった第八セフィロトは外殻を支える力を失くした……はずなのに。

「セフィロトすらレプリカなんです。分かりますか? ホドが消滅する前の状態に戻っているんですよ」

 パッセージリングごと複製されているのだ。あの島は、恐らくはセフィロトツリーに支えられてあの位置に浮かんでいる。

 ティアがさっと青ざめた。

「……待って下さい。他の場所も、セフィロトごとレプリカを作るのだとしたら……」

「ええ、ティア。あなたの予測通りになります」

「何が起きるんだ?」

「……説明が難しい。現実になるまでは保留としましょう。どちらにしても、手の打ちようがありませんから」

 素気無くルークに言い、ジェイドは口を閉ざしてしまう。

「ですが、あれは本当にホドのレプリカなのでしょうか」と、ナタリアが困惑の声をあげた。

「上陸してみれば分かるんじゃない?」

「危険な気もしますが。……まあいいでしょう」

 もっともとなことをアニスが言い、ジェイドも同調する。

「よし、ノエルに頼んで、あの空に浮かんでる島へ行ってもらおう」

 ルークの声を合図に、仲間たちは急いでアルビオールへ戻り始めた。


 セフィロトを複製したからレプリカホドは浮かんでいる。そして全てのセフィロトが複製されたら恐ろしいことになると言うジェイド。「説明が難しい。現実になるまでは保留としましょう」と言って、どんなことになるのか教えてくれません。

 ……これ多分、後に起こった擬似超振動のことを言ってるわけではないと思います。(セフィロトと超振動は無関係だから) ってことは……何だろ?

 想像ですが、多分、浮かぶレプリカホドを中心に、水面に張る氷のように大地のレプリカが形成されていって、最終的には三万メートルの高空に浮かぶ、障気から逃れた新たな外殻大地が出来て、本物の大地は障気と共に魔界に封印される……ってコトだったんじゃないのかな?

 でもこれ、別に説明は難しくないですし、内緒にすることでもないですよね。では別の事が起こると予想されていたのか。

 分かりません。ジェイドはどうしてこうも思わせぶりなのだろう…。これだから天才は!(苦笑)

 

 とはいえ、作中人物たちは知らないことですが、攻略本の設定によればパッセージリングの耐用年数は二千年。預言に崩落は詠まれてなかったという話にはなってますが、(恐らくヴァンがホドレプリカを作って大量の第七音素消費して地核を激しく震動させた時点で)既に限界が近付いていて、たとえレプリカ外殻大地が完成したところで、数年〜数十年で崩落して滅んじゃったはずなんですけどね。レプリカで逆行作製できる時間は数日〜数ヶ月だそうですし。(外殻大地を素早く完成させて、速やかにローレライを消滅させれば、ギリギリどうにかなってたのでしょうか?)

 

 沈みかけていたフェレス島をヴァンがひょっこりひょうたん島…もとい、船にしたとか、レプリカホドはかなり前に製造されて海中で武装を施されていたとか、この辺も謎過ぎます。何をどーやったらそんな真似が出来るのか…。とても秘密裏には行えそうにない、凄まじい大事業です。

 考えられるのは、まずホドのレプレカ情報を得て、そこに隠されていたユリアの遺産(創世暦時代の譜業技術)を入手したことで作業を可能とした…ということでしょうか? 海中にフィールドを張って内部でホドレプリカを形成して外骨格取り付けて強化工事、フェレス島はレプリカ情報を抜いて、創世暦の推進装置の上にレプリカ島を形成…とか。

 モースとオリジナルの導師の協力を得て、ローレライ教団のお金を使ってこれらの作業をなしていたんでしょうが…。それにしても、(かなり以前からこれらを製造していたなら、)よくもユリアシティやキムラスカ、マルクトに知られずに作業できたものだと思います。だって第七音素を大量に消費するとすぐに検知されちゃうみたいなのに。

※追記。後に発売された『キャラクターエピソード バイブル』(一迅社)に、ルークたちが訪ねたフェレス島はヴァンが作ったレプリカであると明言されてありました。納得! そうでなきゃ、島を丸ごと船になんてできないですよね。

 

 話変わりますが。

 ティアがレプリカたちに「あなたたちの言葉、いつか、あなたたち自身に跳ね返るかもしれないわ。その時も同じ事が言えるのかしら」と言うこと。

 実際、この辺りは分かりづらい感じがします。この時のルークへの言葉、後のレムの塔でのガイのマリィレプリカへの言葉なども併せて見ると、色んな思想が交錯しているよーな。

 自分の利を最優先させ、誰かを蹴倒してでも生きる。それはいいことなのか悪いことなのか。

 とりあえず、私自身の考えをノベライズには書きました。以前ガイとティアが語っていた、「ルークは何でも行きすぎ」という言葉。そして、しばらく後にやはりガイとティアが語る、「世の中に唯一の正解はない」という思考。そこに作者さんの提示する答えが見えているような気がしたりしなかったり。(どっちだよ)

 

 フェレス島でのイベントが終わると、以前の二度の戦いをこなしていた場合、レプリカ施設から階段を降りた辺りにソードダンサーが現われています。倒すとこのサブイベントシリーズはクリアで、強力な剣『アルティメティッド』が入手できます。

 このサブイベントでは、「人の魂は死ぬと音素になり、音譜帯に還ると言われている」「思いの残った音素が残ると幽霊になることがある??」といったことが分かって面白いです。

 なお、レプリカ施設の左右の階段を上がって梯子を登ると宝箱があったりします。

 フェレス島にゴーレム(石像)がある箇所がありますが、ミュウファイア2を当てると反射してスイッチを動かし、橋が渡って宝箱が取れます。


 ノエルはアルビオールを駆って、天に浮かぶ要塞島に近付いた。

 近付くにつれ、ジェイドの仮説が正しいことが分かってくる。その島は星から噴き出した記憶粒子セルパーティクルの流れ――セフィロトツリーに支えられ、包まれている。……いや。かつて魔界クリフォトからタルタロスを打ち上げた時に見たものより遥かに激しい流れのそれは、あたかもプラネットストームのようだ。まるで、星の力が浮かぶ島に引き寄せられているかのようにも見える。

 アルビオールが大きく揺れた。島から譜業砲の光弾が放たれたのだ。

「これ以上は近づけません。対空砲火を避けつつプラネットストームの防御壁を突破するのは不可能です!」

 操縦席からノエルが叫ぶ。揺れに耐えながらルークは言った。

「ってことは、プラネットストームがある限り近づけないってことかよ」

「仕方ありません。グランコクマへ行きましょう。軍本部にホドの情報が保管されています」

 ジェイドが提案する。ここは一度引いて、情報を集めて方策を吟味するよりないだろう。

「分かった」と頷いて、ルークは窓の外に遠ざかっていく浮かぶ島を見やった。

(だけど本当にレプリカ大地だとしたら、どうしたらいいんだろう……)


 レプリカホドを包むプラネットストームについて。

 個人的に、かつてレプリカ編で一番謎だと感じていた部分です。…何故、浮かぶレプリカホドはプラネットストームに包まれているのか。ラジエイトかアブソーブのゲートの上に浮かんでいたなら分かります。そこからプラネットストームは噴き出して吸い込まれているから。でもそこ、第八セフィロトの上なんですけど…。記憶粒子は吹き出してても、プラネットストームは噴き出してないはずなんですけど…。

 ずっと疑問だったんですが、何かのインタビュー記事だったか攻略本だったかで、レプリカホドにローレライの一部を取り込んだ『彼』がいるから、プラネットストームが引き寄せられているとか書いてあったので、ああそうなのかと一度納得したのでした。(でも何に書いてあったのか忘れちゃいました。多分自分の妄想ではないと思うんですがー 汗)

 でもやっぱ謎ですよね。

 

 ホド浮上後、幾つかのサブイベントが起こせるようになります。

 シェリダンに行って集会所のアストンに話しかけると、シェリダンとベルケンドを結ぶ橋を建設するイベントが起こります。累計百万ガルド払ってから宿に五泊する必要があり、クリアするとルークが『捻出投資家』の称号を得ます。

 エンゲーブに行って畑を耕している男に話しかけると、セントビナーで製造される薬品の材料である種を探すイベントが起こります。

#エンゲーブ。畑で悩んでいる農夫
農夫「あぁぁぁ〜 どうすっかな…」
ルーク「なにかあったんですか?」
農夫「戦争があったり魔界に落ちたり いろいろあったろう。農作物はなんとか育ってるんだけどセントビナーの連中が作っていた薬類がヤバイ状態でな」
ガイ「街は復興に向かってるんですよね?」
農夫「そうなんだが薬品の元となる種が採取できないらしいんだよ。昔はエンゲーブでも栽培してたんだが最近は自然でも取れる場所が発見されてな」
ガイ「そういや聞いたことがあったな。豊潤に取れる場所があったって」
農夫「そうなんだよ。だが、そこがどうも崩落してしまったらしいんだ」
ルーク「じゃあ、もう作れないのか」
農夫「細々とはいけるだろうが世界を賄える量が作れるかは かなり難しいと思うぞ」
ティア「………その元となる種は他では取れないのかしら?」
ルーク「どういうことだ?」
ティア「自然に出来る物だから似たような環境の場所ならなっているのかもと思って……」
ガイ「なるほどな。今まで取ってた場所以外にもできている可能性はあるもんな」
ルーク「そうか。じゃあそこを見つければいいんだな」
農夫「あんたたちが探してくれるって言うのか?」
ルーク「ああ、やってみる」
ティア「努力します」
農夫「もし、場所がわかったらローズさん家の倉庫にいる人間に教えてくれるだけでいいよ。あとは、こっちでそこまで取りに行くから。大変だと思うけどよろしく頼むよ」
ガイ「よし 俺たちが探してみるから任せてくれ」

 そこで早速、ローズ夫人宅の倉庫へ向かいますが…。

 実はここで探す種、このイベントが起きるずっと前から探索可能になってまして、交易品を探して世界中の探索ポイントを探していると、自然に全て種を採取しちゃってることがままあるのです。種を採取できる探索ポイントは七箇所あるのですが、必要なのは『ラナケイルの種』と『ペンペンの種』。これらを既に持っている場合、倉庫にいる男にイキナリ「お、もう見つけてくれたのかい。どうもありがとうな。あとはこっちでなんとかするから畑にいる旦那に教えてあげてくれ。俺は先に向かってるぜってな」と言われるので、かなり混乱します。

 ともあれ、「畑にいる旦那に俺は先に向かってると伝えてくれ」と言われたので畑に戻りますが。

農夫「お疲れ! 話は聞いたよ」

 ……おい。なんで話を聞いてるんだよ。

 つか、知ってるなら知らせに戻る意味ないやんけー!!

ルーク「とりあえずは大丈夫かな?」
農夫「あぁ、充分だよ。備蓄されていた分もあるしなんとかなるみたいだ」
ティア「安心しました」
ガイ「でも、毎回あんなところまで採取に行くのは大変でしょう」
農夫「いや、さすがにそれは面倒だからな。新しい畑で栽培しようかと思って」
ルーク「新しい畑ってここですか?」
農夫「村の奥にある広大な畑を栽培できるようにするつもりだ。その方がいろいろ便利だろうからな」
ガイ「ま、俺も頑張った甲斐があったってもんだな」
農夫「あぁ、ありがとうな。男前のあんちゃん。力仕事に向いてる感じだから いつでも手伝いに来てくれよ」
#憮然として片手で頭を掻くガイ。声上げて笑うルークとティア
 ガイはガンバリストの称号を手に入れました

 というわけでガイの称号が入手できますが、なんだか色々と釈然としないイベントです。

 種のある場所を報せただけなのに、既に農夫が種を入手している前提で話が進みますし。なんじゃこれ……。だったら、「種の場所を探して教える」のではなく「種を採取して、ついでにその群生地を教える」というお使い内容にしておくべきですよねぇ…。あと、種の探索ポイントはイベントが発生してから現われるようにしてくれた方が親切な気がしますし、既に種を持っている状態で倉庫の男に話しかけた場合のメッセージを、もう少し丁寧にしてくれればと思いました。挨拶も説明もかっ飛ばしてイキナリ「お、もう見つけてくれたのかい」ではなく。ずっと以前に探索ポイントで見つけてアイテム欄にも載らない種のことなんて、全く忘れ果てていたので、本気でワケが分からなくてイベントをクリアした気がしませんでした。(攻略本を見るまで未クリアだと思い込んでいました。)

 

 さて。今まで様々なサブイベントをこなしてきましたが。

 エンゲーブで魔物退治してローズのお守りをもらい、種を探してガイをガンバリストと呼び、シェリダンとベルケンドを結ぶ橋を建設して捻出投資家と呼ばれ、ありじごくにんからグラタンのレシピをもらい、ユリアシティで物資補給係の忘れん坊にメイスを五本渡していると、ケセドニアでアスターに話しかけることで、『最終タウンイベント』が起こせるようになります。パーティーメンバー全員にそれぞれ縁の街でイベントが起こり、称号が与えられるのですが。

 個人的に、このイベントはラスボス戦直前に起こすことをおすすめします。(橋建設やありじごくにんのクリアが、少なくとも一周目プレイだとこの時点では難しいので、どちらにしてもラスボス前になるとは思うのですが。) 特に、ガイ、ナタリア、ジェイドのイベントは。

 ルークの旅は無意味ではなかった。仲間たちはちゃんと見ていてくれたのだと実感できるからです。


 グランコクマ、マルクト軍本部。

 街の最奥にそびえるその施設にジェイドに従って入る。暗い廊下を歩き出してすぐ、いかにも武骨な大男が歩いてくるのと行き会った。青い軍服は将軍職のものだ。見覚えがある――ルークは記憶を探る。そうだ、初めてピオニー陛下に謁見した時に会った、確かノルドハイムという男だった。

「カーティス大佐。私は中央大海上空に浮かんだ島について皇帝陛下にご報告に向かうところだ」

 ジェイドの前に足を止め、容貌に似合ったいかめしい声でノルドハイムは告げる。

「何か分かりましたか?」

「ゼーゼマン参謀総長が奥の会議室で情報を纏めておられる。貴公の智慧を貸して差し上げろ」

 ジェイドの問いには軽く首を振ることで答え、彼は薄い色の髪をなびかせて歩き去った。マルクトでも対策には苦慮しているらしい。……それだけの異常事態なのだ。

「奥だったな。急ごうぜ」

 将軍を見送った目を戻し、ルークは仲間たちを促した。




 この部屋に入るのはフリングス将軍を看取った時以来だ。

「ジェイドか。大変なことになったのう」

 気配に振り向き、白髭の老人――ゼーゼマンが、歩み寄るジェイドを一瞥して言った。

 マルクト軍本部の会議室は、キムラスカ軍本部やユリアシティのそれに比べて広くはない。

「はい。中央大海の空に浮かんだ島はホド島ではないかと言われていますが」

「ほう、やはりそうか!」

「じゃあやっぱりホドなんですか?」

 ルークは訊ねたが、ゼーゼマンは首を横に振る。

「いや、あの島はプラネットストームを利用した防御壁に包まれていての。観測が不能なんじゃ」

「では何故ホドではないかと推察を?」

 そう訊ねたティアには、「あの島が浮かんでいる場所は、外殻大地時代にホド島があった場所だからのう」と答えた。

「ホドだとすれば、フォミクリーによって作られたレプリカということになりますね」

「間違いなかろうな」

 ジェイドにそう返し、「超振動によるホド島消滅作戦の直前、実験と称して、ホドのレプリカ情報を抜いたはずじゃ」と言う。

「だから新生ホドか……」

 ガイは一人、離れて部屋の片隅に立っていた。

「そういや、あの辺りでも大量の第七音素セブンスフォニムが使われてるって話だったな」

「ええ。そうなるとこれはやはり、ヴァンの仕業なのでしょうか」

 ガイに頷いてナタリアが言ったが、ルークは首を捻る。

「でもレプリカたちはモースがどうとか言ってたぜ」

 その時だ。部屋の扉を押し開いて、兵士が一人飛び込んで来たのは。

「報告します! ホド諸島の一部が消滅した模様です! 原因は不明!」

 全員が息を飲み、ピンと空気が張り詰めた。

「……どう考える、ジェイド」

 ゼーゼマンがジェイドの見解を訊ねる。

「大地の音素フォニムが干渉しあって超振動が起きたのでは?」

「うむ。そうじゃろうな。わしは陛下のところへ行くぞ!」

 頷くと、ゼーゼマンは早足に部屋を出て行った。閉まる扉から目線を戻して、アニスが不安げにジェイドを見上げる。

「何が起きちゃってるんですか、大佐……」

「陛下のところへ行きましょう。そこでお話しします」

 見下ろして答え、ジェイドは自分も歩き始めた。





 軍本部を出て、宮殿への道を急いでいた時だった。

 ――聞け! 預言スコアを忘れし愚かな人類よ。

「モースの声!」

 突然響き渡った大きな声に驚いて、アニスが足を止める。

「なんだ? どこから聞こえるんだ?」

 ルークも立ち止まって辺りを見回した。答えるジェイドは眉根を寄せている。

「分かりません。空……のようですが、まさか……」

 ――我が名は新生ローレライ教団の導師モースである。ひゃは、ひゃははははっ!

 どこからともなく聞こえるモースの声は、相変わらず変にくぐもって不明瞭だ。意味なくけたたましい笑いを挟んでいる。

 ――今や世界は魔界クリフォトに飲まれ、障気に包まれ滅亡を迎えようとしている。それは何故か! キムラスカとマルクトの両国が、始祖ユリアの預言スコアをないがしろにしたためだ。

 その声は、遠くキムラスカ王国の王城にも響き渡っていた。

 ――両国は偽りのユリアの使徒に騙され、預言を無視するという暴挙に出た。

「陛下! これは……」

 謁見の間に控えていたゴールドバーグ将軍が唸る。

「うむ……。モースめ。何を考えているのだ!」

 玉座に着いて、インゴベルト王も歯噛みした。

 同じように、グランコクマ宮殿の謁見の間にも声は響いている。

 ――そこで私は預言を守るため新たな教団を設立した。それが新生ローレライ教団である。

「……まずいな」

「はい。市民たちが不安から暴動を起こすやもしれませぬ」

 眉根を寄せるピオニー皇帝に、ノルドハイム将軍は頷いた。

 ――我々新生ローレライ教団は中央大海にかつてのホド島――栄光の大地エルドラントを建造した。ここを中心に、今一度、世界を預言通りに進めるのだ。ひゃははははっ!

 声は響く。人々が不安げに空を見上げるケセドニアの街に。信者たちが息を潜めるダアトに。そして世界中の全ての都市に向けて。

 ――そして我々は、預言をないがしろにするキムラスカ・マルクト両国に対し、謝罪と降伏を要求する。これが……う、う、受け入れられぬ場合は、ひゃは……げふっ。武力行使も……やむを得ない……!

 いずれ改めで新生ローレライ教団がら使者を送る。両国の誠意ある返答を期待する。ぞ、ぞじで両国民たちよ。そなたらの王が預言を、否定しだ時には、反旗を翻すのだ! 正義わユリアの預言ど共にある! ひゃはははははっ!

 狂ったような笑いを最後にモースの声は途絶えた。

 ……どうやらこれで終わりのようだ。凍ったようだった街に、ざわざわと喧騒が甦ってくる。

「さっきのあれ、何なの……! こんなこと、イオン様だってやったことないのに……」

 アニスが驚愕と怒りをない交ぜにした顔で喚いた。ティアは呆然としている。

「あの技術……二千年前の文明の一部を掘り返したとでも言うの!? 信じられないわ……」

 創生の時代には、無線により世界各地へ声を送る技術があったのだと言う。だがそれは失われ、現代の技術力では未だ確立されてはいないはずだ。

「でも困りましたわ。これで世界中の人間が、新生ローレライ教団の存在を認知してしまいました。これから世界中が混乱に陥りますわ……」

 ナタリアは眉を曇らせている。

「……モースの精神汚染は始まっているようですね」

 ジェイドの呟きを聞きとがめて、ルークは怪訝な顔で問い返した。

「精神汚染?」

「モースは第七音素セブンスフォニムの素養がないのに、体内にそれを取り込んでしまった」

 ティアが説明をする。ジェイドが後を継いだ。

「今モースの意識は、素養のない第七音素のために拒絶反応を起こしている。……簡単に言うと、理性が失われつつあるんですよ」

「それが精神汚染か……」

 ガイの表情に哀れみが混じる。なんと無惨なことだろう。人としての姿を失い、心までもを失おうとしているのだ。

「でもあの男が、新生ローレライ教団などという馬鹿げたものを創ったのは、あの男自身の意志ですわ。預言スコアへの妄執も度が過ぎています」

 ナタリアは声音を厳しくし、アニスも強い声をあげた。

「イオン様が再生しようとしていたローレライ教団が、あんな奴に潰されるなんて、許せない!」

「陛下に謁見しよう。ピオニー陛下もインゴベルト陛下も、モースに下るような人じゃない筈だ」

 仲間たちを見渡してルークが言う。

「ええ、そうです。善後策を詰めましょう」

 頷いてジェイドが同意し、一行は宮殿へ向けて走り出した。




 一方、高き天空に浮かぶ偽りのホド島――エルドラント。

ひゃははっ! な……なんだ!? ざぎほどがら わだしのながに……なにがが……ひゃは……

 白い骨のような街の中で、黒く膨れ上がったモースはビクビクと痙攣し、涙や涎を垂れ流して笑っている。

第七音素セブンスフォニムの注入からそれほど持ちませんでしたねぇ」

 彼の背後に並んでいたディストが、椅子の肘掛に寄りかかったまま、薄く笑って言った。

「少量の第七音素でこれか……。では閣下もローレライを制御できなければ……」

 その隣に立つリグレットは強張った顔で眉根を寄せる。

「ヴァンは第七音譜術士セブンスフォニマーだ。ここまでの事にはならないよ」

 更にその隣のシンクが表情を動かさずに言った。

な……なにおいっで……ごふっ……!

 モースは部下たちの方を向いたが、咳き込んで顔面を両手で覆う。

「……しかし、哀れだな。この姿になってまで預言スコアに固執するとは」

 その様子を眺めて、ラルゴが声を落とした。

「そろそろ時間だ。行くぞ」

 やがてリグレットが指示を飛ばす。悶え苦しむモースを放置して、六神将たちはそれぞれ散らばって行った。





 グランコクマ宮殿の謁見の間は、突き当たりに大きなガラス窓が開いている。その向こうに見える水鏡の滝も、今は障気でうっすらと赤く見えた。それを背にして玉座に座ったピオニーが、早速口を開く。

「話は聞いたぞ。ホド諸島の一部が消滅したとか」

「はい。レプリカ大地と本来の大地との間に、擬似超振動が発生したのではないかと考えています」

 答えたのはジェイドだ。「擬似超振動だと?」と片眉を上げたピオニーを前にして、ルークが呟いた。

「擬似超振動……。ティアと俺が吹き飛ばされた……」

「今エルドラントを中心に広がっているレプリカ大地は、地表のレプリカ情報を抜き取りながら作られているものと推察します」

 主君に向かうジェイドの説明を、玉座の傍らに控えていたゼーゼマンが継ぐ。

「そうするとレプリカ誕生時にオリジナルとレプリカが、一瞬第七音素セブンスフォニムを共有する。この時、超振動によく似た干渉現象が起きます」

「……難しくて話についていけねぇ」

「つまりレプリカ大地が誕生すると同時に、オリジナルの大地が消滅してしまうのよ」

 片手で額を押さえたルークに、ティアが言った。

「じゃあ止めないと大変なことになるじゃないか!」

 ようやくのようにルークは叫ぶ。

「擬似とは言え、超振動であることは違いない」と、ガイが渋い顔をした。ジェイドに目を向ける。

「威力は……」

「六割減と言われています。それでも、物質は崩壊する」

「俺の超振動と変わらないのか……」

 ルークが言うと、ジェイドが冷徹な赤い瞳を向けてきた。

「あなたの超振動が本気で発動したら……塵一つ残らず分解されます。アクゼリュスが一部でも残った状態で崩落したのは、あなたの力が劣化していて不安定だからです」

「……そう……なのか」

「アッシュが戦いに殆ど超振動を利用しないのも、その威力の大きさ故です。超振動は大気すら消滅させる。擬似超振動で良かった……と思うべきなのでしょうね」

 薄くジェイドは笑ったが、ガイはまだ顔を顰めている。

「とはいえ、レプリカの大地が出現する度にオリジナルが消滅してみろ。とても良かったなんて言ってられないぜ」

「……くそ……。エルドラントをなんとかしないと」

「その為にはプラネットストームだの、新生ローレライ教団だの、問題が山積みだがな」

 ガイはルークにそう返した。一方で、ピオニーはジェイドに声を向ける。

「レプリカ大地を作っているフォミクリー装置はどこにあると思う?」

「エルドラントでしょうね。大地の情報を抜き取るには相当の時間がかかります。今ならまだ食い止められる」

 ピオニーは、視線をルークたちに巡らせた。

「貴公らに任せてもいいか? 我々には空を飛ぶ術がない」

「勿論、やれるだけのことを致しますわ」

 強い声でナタリアが請け合う。

「地上の警戒は我がマルクトで行いましょうぞ」

「我がキムラスカも協力致します」

 ノルドハイムに頷いて、言葉を重ねた。

「ねぇ、ナタリア。それなら預言スコア会議について、今、提案してみたらどうかしら」

 ティアがそう提示する。それを聞いて、ルークも従姉に向けた顔を輝かせた。

「そうか。そこでキムラスカとマルクト、それにローレライ教団が足並みを揃えられれば、新生ローレライ教団に対抗できるよな」

「そうですわね。今こそ、その時かもしれませんわ」

 ナタリアは強く頷く。

「陛下たちが話し合いの席を持ってくれれば、エルドラント攻略のための話もできますね」

「どういうことだ?」

 ピオニーが怪訝な顔をすると、朗らかに、ジェイドは話を若きマルクト伯爵に投げた。

「ガイ。説明を」

「それはナタリアの仕事だろうが。……ま、いいか」

 一瞬詰まったものの、ガイは流暢に説明を行う。

 思えば、ナタリアが預言スコア会議の提案のためにバチカルを発ってから二ヶ月近く経過してしまっていた。外殻を魔界クリフォトに下ろして以来、人々は不安に慄いている。そのため再び預言に頼ろうとする者も少なくない。放っておけば、世界はなし崩しに元の預言に頼りきったものに戻ってしまうことだろう。預言の取り扱いを国際的に明確化しておく必要があるのだ。

「よし、承知した。いつでも日程を空けよう。場所はダアトで構わないのか」

 頷いてピオニーが確認し、ナタリアも頷きを返した。

「はい。それがいいと思います」

「インゴベルト陛下は事情をご存知だから、次はテオドーロさんに確認だな」

「ええ。ユリアシティに行きましょう」

 ルークの声にティアが頷く。エルドラント攻略のためにも、国際会議の場を設けねばならない。


「アッシュが戦いに超振動を利用しないのも、その威力の大きさ故です」と、原作ゲームではジェイドは言います。

 しかし実際には、アッシュの秘奥義「絞牙鳴衝斬」は超振動なので、話の設定とゲームのシステムが噛み合っていません。

 ちなみに、ルークも秘奥義として超振動「レイディアント・ハウル」を使いますが、物語上では「戦闘に使うほど強い超振動は制御不能」ということになっています。

 大勢のスタッフさんで分業して作るゲームは、どうしてもこうした微妙な齟齬が起きてしまうんですね。

 ノベライズでは、「戦いに殆ど超振動を利用しない」ということにしておきました。


「もしかしたら、初めてマルクトとキムラスカが、正面切って協力し合うことになるのかな」

 謁見の間を退出して、回廊を歩きながらルークは言った。「ええ。そうね」とティアの声が返る。

「エルドラント攻略はマルクトとキムラスカ、それにダアトが手を取り合わなければ出来ないんだもの」

「敵の敵は味方です」

「……大佐の言い方には納得できませんが、確かにこのようなことでもなければ、平和条約を結んだとは言え、協力し合おうとはならなかったかもしれませんわね」

 笑うジェイドに神妙な顔でナタリアが返し、アニスは笑った。

「きっかけなんか何でもいいよ。これで少しでも関係が変わるなら」

「全てが終わった後も、永遠とは行かなくても、なるべく長い間平和的な関係であるように努力していけばいいことだからな」

 ガイも笑う。いくら平和を作ったところで、永遠には続かない。それは人類の歴史が証明している。だからこそ平和は尊いのだし、それを長く続けるための努力には意味があるのだ。

「まあ、遠い未来のことはさておき、今はエルドラント攻略に集中しましょう」

 表情を引き締めてジェイドがまとめ、一行は宮殿の門をくぐった――のだが。




 門の先に広がる壮麗な広場。そこに、黒衣をまとった大男の姿が見えた。

「ここにいたのか……」

 低く男は呟く。「ラルゴ……!!」と、ルークはその男の名を呼んだ。

 六神将、黒獅子ラルゴ。ヴァンの忠実な配下の一人であり、ルークたちとは長く戦ってきた敵であり。――そして、ナタリアの実の父親であるかもしれない男。

 思わず身を固めてしまった仲間たちの中で、何も知らないナタリアだけが進み出て、腕を組むと不敵に睨みつけた。

「ようやくのご登場ですのね。会いたくはありませんでしたけれど」

 ラルゴと相対するのはロニール雪山での戦い以来だ。その生存は予測されていたが、顔を合わせるのは久方ぶりだった。

「ははは。そう嫌なことを言うな」

 笑うと、ラルゴはアニスに視線を向ける。

「明後日、アリエッタはチーグルの森でお前たちを待つそうだ」

「アリエッタ……。本気で決闘する気なんだね」

 呟いたアニスの足元で、「ボクたちの森で戦うですの?」と、ミュウが不安そうな声を出した。

「どうしてそんなとこで……」

「あの森はアリエッタの母親が亡くなった場所だからな」

 ルークの疑問に、ラルゴは簡潔に答える。アニスがラルゴを見上げた。

「立会人はあんただったよね」

「アリエッタが負けたら次はあなたが相手という訳ですか」

 ジェイドが揶揄のように言ったが、ラルゴは取り合わずに背を向ける。

「俺は立会人としての仕事しかせんよ。それにアリエッタが負けるとは思っていないのでな」

 そして、悠々と歩み去った。




「……よーし。じゃあアリエッタの奴に引導を渡すか」

 ラルゴの姿が見えなくなると、アニスは殊更に明るく声を張り上げた。

「みんな。悪いけど、ユリアシティへ行く前に一日時間を割いてもらってもいいかなぁ」

「それは構わないけど……」

 アニスを見下ろして、ルークは眉を曇らせる。

「アニス、大丈夫か? 無理しているように見えるぜ」

「……私に気を遣うなら、ルークは別の人に気を遣った方がいいんじゃないの?」

 いくらか芝居がかった、ませた仕草でアニスがそんなことを言ったので、ルークは目を瞬かせた。

「誰に? ナタリアか?」

 ラルゴの件がある。アニス以外でと言うなら、今気遣うべきはナタリアなのだろう、が……。

「この間から、すっごい傷つけてるの気づいてないんだ」

 アニスは苦笑を見せた。ガイまでもが追随してくる。

「そういうとこは成長してないからな」

「なんだよ、はっきり言えよ!」

 ムッとしてルークは親友を睨んだが、「そのうちにな」と笑ってかわされた。

「……それよりアニス、本当に決闘を受けるつもりなの?」

 ティアが噤んでいた口を開く。ナタリアは悲しげな顔をしていた。

「そうですわ。どうしても決闘という儀式が必要なのでしょうか……」

「少なくとも……アリエッタにとっては必要なんだろうな」

 ルークが言うと、ティアは冷徹な表情で提示する。

「決闘を受けずに、恨みを買ってあげることで、アリエッタに生きる希望を与えるという選択肢もあるわね」

「まあ、そんな……。それではアニスが辛すぎますわ」

 ナタリアが声をあげると、アニスは目線を落とした。

「……ホントはね、それも考えた」

「アニス……あなたという人は……」

 ナタリアは自分が痛みを感じたように顔を歪ませる。だが、アニスは顔を上げて笑顔を作った。

「だけど……あいつは生まれてからずっと、ヴァン総長のてのひらで踊らされてきたんだもん。でも今回のことは、ヴァン総長とは関係なく、あいつ自身が決めたことだと思うから……受けてやる」

「……分かった。俺はもう止めない」

 その選択の是非は分からない。しかしルークはそう言った。

 アニスもまた、自分で考えてそう決めたのだ。命かけてアリエッタと戦うということを。

 それでも、ナタリアの瞳はまだ揺れている。

「……だけど……悲しいですわ。避けられるなら避けたいと、わたくしは思います」

「……ありがと、ナタリア」

 アニスはぎこちなく笑みをこぼした。


 原作ゲームでは決闘の日時は指定されないのですが、小説では不自然なので明後日ということに。

 ルークたちはアルビオールを持っているので、行こうと思えばチーグルの森まで数時間で行けるだろうと思います。しかし、ラルゴはアルビオールを持っていません。普通に考えれば徒歩か馬車か陸艦での移動。陸艦で移動するとしても、ルグニカ大陸を半分移動するのに、数時間しかかからないとは思えません。しかし一週間以上期間を開けてしまうと、どうしてその間にユリアシティへ行かないのかという話になってしまう。……そんなことをアレコレ考えて、明後日。

 六神将はエルドラントと地上を行き来しています。何か空を飛ぶ手段がなければなりません。飛行魔物に掴まって空を飛ぶのか。ディストは椅子で飛ぶにしても、高度三万メートルも上昇できる気はあまりしません。というか、人間が保たない気がするんですが。気圧とか気温とか。譜術で障壁を張ってカバー? それともホドのユリアの遺産に飛行機関もあって、それで航空機を作った? いやいや、単に、ユリアロードのような譜陣を設けているのでしょうか。そんな譜陣が世界各地にあるのなら、常に先回り出来ていてもおかしくないんですが。

 

「私に気を遣うなら、ルークは別の人に気を遣った方がいいんじゃないの?」と言うアニス。

 まあ、ヒロインはティアですし、ティアに気を遣えと言っていることは推測できます。でも一周目の時はマジに理解できなかったなぁ。どうしてそんなことを言われなくちゃならないのかということが。

 だって、ルークとティアは互いに意識し合ってはいるけれど、まだ恋人同士でも何でもないんですよ。ルークが他の女の子に優しくしたからって周囲に責められるいわれはありません。そしてルークは無理してるアニス――仲間を気遣っただけ。…それでどうしてそんなことを、『馬鹿だね』といわんばかりの態度で言われなくてはならないのか。

 なんというか、上から『ティアを愛せ。それが当然で正しい』と命令された感じで気味がよくありません。ルクティアエピソードを進めるにしても、もうちょっとどうにかしてほしかったです。


 北ルグニカにあるその森を、人々はチーグルの森と呼ぶ。そこに棲みついた小さな草食獣たちにちなんだ名だ。二千年前から生い茂るとされる木々は苔や下草に覆われて緑陰を落とし、その間に漏れ落ちた陽光が、岩の間の清流に反射してチラチラと躍っている。

 森に踏み込むと、ルークは強い感慨に襲われた。

 初めてこの森を訪れたのは、屋敷から外の世界に飛ばされたばかりの頃だった。今思えば馬鹿馬鹿しい意地を張って、ワガママを言って、ティアに迷惑をかけて。そして――この場所で、魔物と戦っていたイオンと会ったのだ。

 それから外殻を降ろすまで、イオンとはずっと一緒に旅をした。

 邪険に扱ってしまったことがあった。体の弱い彼を、ちゃんとは庇ってやれなかった気がする。むしろ気遣われ励まされることばかりで。

(イオン……。お前、本当にもういなくなっちまったんだな……)

 足を止めて木々の梢を見上げたルークに気付いて、ティアが近付いてきた。

「どうしたの。ルーク」

「ここでイオンと初めて会話らしい会話をしたんだったな」

「そういえばそうね。あなた、イオン様から響律符キャパシティコアをもらっていたわ」

「あいつ、不思議な奴だった」

 小さく笑って、ルークは目を伏せる。

「俺、結構イヤな奴だったのに、あいつは俺のこと優しい優しいって……」

「懐かしい……とも言ってたよ」

 アニスも笑っている。

「俺がレプリカで、あいつもレプリカだからなのかな」

「どうでしょう。レプリカ同士が認知し合えるのか分かりませんが……」

 ジェイドが声を返した。「……が、何ですか?」と、ティアが促している。

「私は人の生まれ変わりというものを信じてはいませんが、ずっとずっと昔、あなたとイオン様は親しかったのかもしれません。レプリカだからなどと考えるより、その方がいいんじゃありませんか?」

「ははっ、ジェイドらしくないが、そっちの方がいいな」

 笑うガイの声を聞きながら、「うん、そうだな」とルークも笑んで頷いた。もう一度木々の梢を見上げて、声を出す。

「イオン……お前に会えて、俺本当に嬉しかったぜ。俺のこと、多分本気で褒めてくれた、初めての他人だもんな」

 両親と、ナタリアと、ガイやペールや使用人たちと。そんな身内たちだけの小さな世界しか知らなかった。ヴァンは数少ない『外の人』だったが、彼が掛けてくれた言葉は、今思えばルークを手懐け利用するための、表面だけのものだったのだろう。

 イオンは、ルークを誉めることで何かを得ようとした訳ではない。

 ただ純粋に、小さな長所を見つけては誉めてくれた。まっすぐに、てらうことなく。

「ところで、アリエッタたちはどこにいるのでしょうか」

 ナタリアが疑問を口にした。

「そういえば、チーグルの森のどこかまでは言ってなかったな」

「そうね。……この森のチーグルに訊いたらどうかしら」

 ティアが言う。「長老にですの?」と見上げるミュウに頷いた。

「この森に棲むチーグルなら、森に入って来た六神将の動向も知っていると思うし……」

「だな。よし、じゃあチーグルの木へ行くか」

「みゅうぅ……」

 一行は森の奥へ歩を進めていく。





 奥へ進むつれ、森は奇妙な静けさを増していった。

「森が静かですの……」

 仲間たちの足元をチョコチョコと歩きながら、ミュウが怯えたように長い耳を垂らしている。

「六神将が来てるからかな」

「そうですの。多分そうですの……」

 ルークが言うと、震える声で応えた。

「森の魔物も、これから起こることに気付いているのか……」

 辺りを見回して、ガイは神妙な顔をしている。彼とナタリアはこの森を訪れるのは初めてだ。ここでどんなことが起こったのかは、ルークから簡単に聞いてはいたが。

「ボクもアリエッタの仇ですの……。ボク……本当に駄目なチーグルですの……」

「ライガのことか……」

 半泣きのミュウの声を聞いて、ルークは眉を曇らせた。

 かつてこの森で、ライガの群れの女王を殺した。彼女は元々この森に棲んでいたのではない。本来の棲み処の北の森を焼かれて、ここに逃れてきていた。そうして、卵を産んで温めていたのだ。

 北の森を焼いたのはミュウだった。ライガの女王を殺したのは、ルークとティアとジェイドだ。……まさか、ライガの女王がアリエッタの育ての親で、仇と付け狙われることになろうとは。

「いや、あれはみんながみんな、ボタンを掛け違ったからだよ」

 ルークはミュウに言う。

 確かに、あの時は理不尽な怒りに囚われた。苛立ってやるせなくて、『お前がライガの住処を火事になんかしなけりゃ、こんなことにはならなかったんだろーが!』とミュウを怒鳴りつけたものだ。

 けれど、今なら分かる。どうしようもないことは世界に多くあり、それと自分自身を切り離すことは出来ないのだということを。

 誰もが、好きこのんで殺し合いをしようとしていた訳ではないのだ。

 ミュウが火事を起こしたのは故意ではないだろう。ライガ族がチーグル族を襲ったのは自分たちが生きるためだったのだし、イオンはライガ族と話し合うために巣へ向かった。ライガの女王が繁殖期で気が立っていたのはたまたまで、ルークたちは繁殖したライガ族にエンゲーブの人々を襲わせるわけにはいかなかったし、無論、自分たちの命も失いたくなかった。

 誰もが幸せに生きたいと願っている。だが、最初のボタンを掛け違えてしまったために、全ては『死』で清算されることになってしまったのだ。

「誰が悪かった訳でもない……」

 言い聞かせるようにルークは呟く。ミュウは歩みを止めた。

「……ボクは洋服を着ていませんですの……」

 そう、途方に暮れたように呟いている。

「ああ……」

 なにやらドッと疲れた気がしてルークは肩を落とし、ガイは困ったように笑った。

 これもボタンの掛け違えの一つかもしれない。




 チーグル族の長老は、チーグルの木の広いうろの奥に佇んでいた。

「みゅみゅ。みゅうみゅう」

「相変わらず、何言ってっか分かんね〜」

 ルークが呟くと、ミュウが通訳をする。

「お前たちか、よく来たなと言っているですの」

「みゅう、みゅみゅうみゅう」

「ミュウは追放の身。軽々しく戻ってくるのもどうかと思うが、チーグルは恩を忘れぬ。訊ねてくることは歓迎すると言ってるですの」

 そう言って、ミュウは何やら「みゅう、みゅみゅう」と長老に長々と訴え始める。

「みゅぅ〜みゅみゅみゅ〜みゅみゅ……」

 聞き終わると、長老はルークたちを見上げて何かを言った。が、不可解な顔をしているのを見て取って、ミュウに顔を向ける。

「みゅみゅ〜みゅ〜みゅみゅ……みゅう!」

「は、はいですの! 分かったですの。こうすればいいですの?」

 駆け寄ると、ミュウは長老の前にうつ伏せに転がった。長老は、ミュウが腰に穿いたソーサラーリングに両手で触れる。

「うむ。それでいい」

 人語で喋り始めた。

(超うぜぇ……)

 ルークは内心で独りごちたが、口には出さない。彼も成長しているのである。

「ルーク殿。ワイヨン鏡窟でチーグルを助けてくれたそうだな」

「あ、ああ……」

 思いがけないことを言われて目を瞬かせた。「そうでしたね」と呟いて、ジェイドは何事か考え込んでいる。

 確かにそういうことがあった。ワイヨン鏡窟でディストのフォミクリー実験に使われていたチーグルを、檻から出してやったのだ。黄色くて星型のアザのあるチーグルで、スターという名前だとミュウが言っていた。あの頃はチーグルの森が障気に包まれていたため、シェリダンのアストンに世話を任せたのだが。

「お礼をしたいところだが、ワシらは人をもてなす術を持たぬ」

「別にそんなのはいいけど……」

「そんなことより。この森にアリエッタ……私たち以外の人間が入ってこなかった?」

 アニスが訊ねると、周囲のチーグルたちの間から怯えたようなざわめきが起こった。

「うむ。少し前に、ライガとフレスベルグを連れた人間が森に入った。今は、かつてのライガの巣穴にいる」

「ライガの巣に……」

 アニスは呟く。

「再びこの森にライガが現われることがあるとは。恐ろしいことだ……」

「ご心配には及びません。そのライガは、チーグルを襲うためにこの森を訪れたわけではありませんから」

 長老にティアが言い、ルークも言った。

「ああ。決闘のために待ち構えているんだ。俺たちも行こう。邪魔したな」

「うむ。結局何のもてなしも出来なくてすまなんだな。ミュウ、ご苦労。もうよいぞ」

「はいですの」

 ミュウは起き上がって長老から離れる。

「……」

 アニスは目を伏せていたが、顔を上げるとルークたちに告げた。

「みんなはここで待ってて」

「アニス! 一人で行くつもり?」

 驚いたティアに頷いて、アニスは明るい笑みを作る。

「うん。これは私の問題だから」

 そう言ってきびすを返し足早に進み始めた背に、強い声が投げられた。

「違う!」

 ビクリと震えて、アニスは足を止める。

「イオンは俺たちの仲間だった。イオンのことなら俺たちの問題だ」

 ルークは語る。振り向かない少女に静かに言った。

「……それに、アニスだって仲間だろ」

 固まったように動かなかったアニスが、全身で振り向く。

「……私が? ずっとみんなを騙してたのに?」

「それは仕方がなかったのでしょう?」

 ナタリアが気遣わしげに言った。

「アリエッタには魔物の友達がついてる筈だ。アニスには俺たちがついていかないとな」

 ガイは鮮やかな笑みを浮かべてみせる。

「イオン様は私の身代わりになって下さった。決闘なら、私も行くべきだわ」

 ティアは生真面目な顔をしていた。

「やれやれ。仲間……という言葉が正しいかどうかは分かりませんが、まあ腐れ縁であることは認めますよ」

 ジェイドは肩をすくめて笑う。

「大佐らしい言い方」

 小さくアニスは笑った。その表情が強くなり、はっきりとした声が押し出される。

「うん。分かった。みんなにも付いて来てもらう」

「よし、決まりだな」

 ルークが言い、仲間たちは笑うと、全員で進み始めた。


 チーグルの長老が寝転んだミュウのソーサラーリングに触れて喋り、ルークが内心で(超うぜぇ)と思うイベントは、ルークが断髪してダアトからイオンとナタリアを救い出した後から起こせるものです。携帯電話用のミニゲーム『ミュウの大冒険』と連動したもので、ミニゲームで得たパスワードをチーグル長老の持つ神秘の箱に彫り込む(入力する)とアイテムがもらえます。

 とはいえ、ここでしか貰えないアイテムが存在するわけではなく、あくまでおまけであり、PS2のみのプレイヤーも気にすることはありません。

 神秘の箱はユリアから託されたと言います。そして、彫り込める秘紋(パスワード)は、箱の大きさから四十だそうです。ソーサラーリングも譜を刻み込んで使うもので、三つまでしか刻めませんでしたが…。ユリアは刻み込み系の術が好きなんでしょうか? そういや、ゲート制御の譜陣も剣で刻み込んだんだった。

 

 関係ないけど、ルークが(超うぜぇ…)と思っていた時、ティアは(超可愛い…!)と思っていたような気がします。転がるミュウも、リングに両手で触る長老も可愛いっす。原作では、ルークと長老が神秘の箱について話していると、ミュウが「みゅう……ミュウも神秘の箱見たいですのー」と言うんですよね。うつ伏せで自分だけ見られないから。あぁあ可愛い…。


 ライガの巣にはラルゴとアリエッタ、彼女に率いられた魔物たちが待っていた。

「やれやれ。待ちかねたぜ」

「待ちかねた……です!」

 キッと表情を険しくしてラルゴの言葉を反復したアリエッタは、今までとは異なる姿をしていた。六神将の黒衣ではない、白地にピンクの装飾が施されたもので、どこかアニスの軍服に似通っている。――導師守護役フォンマスターガーディアンの制服だ。

「やるなら、さっさと戦おうよ!」

 尖った態度でアニスが進み出たが、ラルゴは鷹揚に言った。

「威勢がいいな。だが決闘には決まりが必要だ」

「アリエッタはお友達と一緒に戦う。お前たちも全員で戦え」

 アリエッタが告げる。ナタリアが前に進み出た。

「アリエッタ。あなたはわたくしたちを助けてくれたこともありましたわ。話し合えませんの?」

「アレはイオン様を助けるため。でもイオン様は死んじゃった」

 アリエッタはヌイグルミを抱く腕に力を込める。その声は次第に高まり、強くなっていった。

「お前たちはママの仇。アニスはイオン様の仇! ヴァン総長のためにも、お前たちを倒す! です!」

「……自分は虫も殺さないようなこと言わないでよ。ヴァン総長の命令でタルタロスのみんなを殺したくせに」

 一方的な糾弾をぶつけられて、アニスの顔に険が浮かぶ。

 タルタロスの位置を報せたのはアニスだ。だが、イオンを連れ戻すだけの目的なら、あんな風に無惨に兵士たちを噛み裂かせなくてもよかった。彼らにもそれぞれ大切な人はいた。夢見ていた未来があった筈だ。――『イオン様』と同じように。

「私だって、みんなの仇討ちだよ!」

「……アニス、覚悟!」

 アリエッタの声を合図にして、魔物たちが飛び出してくる。ルークたちはそれぞれ武器を取った。巨大化したヌイグルミに飛び乗ろうとしたアニスにライガが躍りかかったが、ルークが音素フォニムを込めた掌底で弾き飛ばす。

「舐めんなっ!」

 間髪入れずに襲い掛かった別のライガを、回転しながら飛び込んだガイの剣が傷つけた。ティアは空を舞うフレスベルグにナイフを投げ放ち、ジェイドとナタリアはそれぞれ譜を唱えている。

「魔狼の咆哮よ。――ブラッディハウリング!」

 ヌイグルミに乗ったアニスはアリエッタに向かったが、直前でアリエッタの放った闇の譜術に撃たれ、苦鳴をあげる。

「譜に抗う力を……レジスト!」

 ナタリアが譜文を解放する声が聞こえ、光に包まれたアニスの表情が和らいだ。再びヌイグルミを動かす。

「流影打!」

「きゃ……!」

 幾度も殴られて悲鳴をあげたアリエッタを庇うように、フレスベルグが飛び込んできて氷のブレスを吐いた。

「くぅっ……」

 アニスがヌイグルミの陰に隠れた隙に、別のフレスベルグがアリエッタを宙にさらう。その鉤爪にぶら下がったまま、アリエッタはぶつぶつと譜を唱えて全身を音素で輝かせた。

「イオン様とママたちの仇!」

 片手に持ったヌイグルミを高く掲げる。だが一瞬早く、地上からジェイドの声が響き渡った。

「唸れ烈風! 大気のやいばよ、切り刻め! ――タービュランス!」

「きゃああああっ」

 風の渦でフレスベルグはズタズタになり、アリエッタもろとも地に落ちた。

「う、うぅ……。許さないんだからぁ!」

「許してもらおうなんて思ってない。負けるつもりもないけどね!」

「お前がアニスを責めるなら、俺達が味方になる」

 ライガの一頭を地に沈めたルークが、剣の血を振り飛ばしながら叫んだ。こちらに完全な義がある訳ではないことは分かっている。それでも、アニスも仲間たちも殺させるつもりはなかった。

「ぬけぬけと……! イオン様を守るのが役目だったくせに! 人殺しぃ!」

「私にしてみれば、あなたこそ我が部下たちの仇。……それを責める気は毛頭ありませんがね。そして、ライガの女王を殺したことを詫びるつもりもありません」

 振るった槍で襲い掛かるライガを薙ぎ払い、ジェイドが言う。ティアが鋭く叫んだ。

「私たちは、イオン様とエンゲーブの民間人を護る為に戦った。あなたも軍人なら、それが仕事だということを理解なさい!」

「そんなこと分かってる! だけど……だけど!」

「悲しいことだが……互いが仇なんてザラにあるんだよ。お嬢ちゃん」

 ガイが指摘する。ナタリアが悲しげに声を落とした。

「人は誰しも、他人には推し量れない事情がある。あなたにも、こちらにも」

「だけど。私……だって!」

 立ち上がって叫んだアリエッタの全身が再び音素で輝く。ヌイグルミを両手で掲げて譜を解放した。

「始まりの時を再び刻め。――倒れて! ビッグバン!」

 閃光が走り、一瞬の後に、ルークたちは凄まじい衝撃に打ち据えられた。それぞれに悲鳴をあげて地に倒れる。だが、味方識別マーキングを施された魔物たちは影響を受けずにいた。

「くっ……。煌きよ。威を示せ。――フォトン!」

 ジェイドが唱え、群れ集ってきた魔物たちを光の爆発が包む。殆どが肉塊になったが、一頭のライガが逃れて、ぐったりしているアニスに向かった。

「しまった……!」

「アニス!」

 ルークが叫んだが、駆け出そうとして膝が崩れる。アニスは意識はあるが動けないようだった。ナタリアが痛みをこらえて身を起こし、矢を放ったが、ライガはそれを身軽に避ける。

「……いけない!」

 杖で身を支えて立ち上がったティアは、刹那、身の内をよぎった想いに胸を押さえた。その衝動に突き動かされるままに、息を吸って旋律を口ずさむ。

 ――女神の慈悲たる癒しの旋律。

 その歌声が響き渡ると、辺り一面を覆う範囲の地面に光の譜陣が描かれ、眩く輝いた。

「な、なに……?」

 下から照らされたアリエッタが、不安げにヌイグルミを抱きしめる。同じように、ライガも戸惑ったように足を止めた。

「これは……ユリアの譜歌、ですか」

「力が回復していく……!」

 光に包まれて、ジェイドとガイが呟いている。

「なんて暖かな力……」

 目を閉じてナタリアが言い、ルークがティアに向けた顔を輝かせた。

「ティア! 譜歌の象徴を新しく理解したんだな」

「ええ。これは四番目の譜歌、リザレクション」

 一方で、アニスは勢いよく跳ね起きると立ち竦むライガに向かっていた。アリエッタが「バリアー!」と譜を叫んでいたが、それより早く、ヌイグルミの腕で巨大なライガを掴むと宙に投げ上げる。

「行くよ! 神槍の一撃!」

 辺りに満ちていた音素フォニムが結集し、生じた光の槍が投げ出されたライガを貫いた。落ちてくるそれを、アニスはヌイグルミの片腕をぶんぶん振り回させて待ち受ける。

「ぐるぐるぐんにぐるぅ!」

 叫びと共に殴り飛ばし、何かが潰れる音がして、地面に叩きつけられたライガは肉の塊になった。

「これで、残りはあんただけだよ。アリエッタ!」

 アニスはアリエッタと対峙する。

「……っ。負けないんだから。アニスに。アニスなんかにぃ!」

 再びアリエッタはヌイグルミを掲げる。音素で輝いたそれを、ぐっと前に突き出した。

「本気……出しちゃうんだから! これで終わり! イービルライト!」

 光が真っ直ぐに発射される。それに掠められて顔を歪ませながら、アニスはヌイグルミを走らせた。

「もうぐだぐだ言っても仕方ないでしょ。あんたの恨み、飲み込んであげるよ!」

「さよならだよ、アニス! 」

 アニスのヌイグルミが音素をまとわりつかせた腕を振り上げ、アリエッタの体が再び音素で輝く。

流舞崩瀑破りゅうぶほうばっは!」

「歪められし扉よ開け。……クリムゾンライオット!」

 煌く音素が実体を成し、現われた激流と業火がぶつかり合う。噛み合ったそれが爆発した刹那、アニスのヌイグルミの腕が水蒸気を突き抜けて、宙に浮いたアリエッタの腹部を捉えた。

 悲鳴もあげずにアリエッタは殴り飛ばされる。アニスも熱い蒸気に焼かれてヌイグルミごと地に落ちたが、まだ立っていた。転がったアリエッタは――幾度かもがいてはいたが、立てない。

「ママ……」

 泣きそうな声で呟くと、ごぼりと鮮血を吐き、虫の死骸のように丸まった。

「ヴァン、総長……アリエッタ……負けちゃっ、た……。ごめん……なさい……」

 流れ出した血が地面を汚して広がっていき、白い頬は涙で濡れている。薄く開いた目はうつろで、もう何も見えてはいないのかもしれなかった。

「アリエッタ……」

 ヌイグルミの背から降り立つと、アニスは呆然とアリエッタを見つめる。その背後で、縮んだヌイグルミがコロリと転がった。

「ママ……みんな……ごめんね……。仇を、討てなくて……。……イオン様……どこ……? 痛いよぅ……イ、オ…………

 スッ、と微かに息を吸う。それきり、アリエッタが動くことは二度となかった。

「アリエッタ……!」

 わなわなと震え、力が抜けたようにその場に座り込んで、それでもアニスは這いずるようにしてアリエッタの顔を覗き込んだ。

「ごめんね。……あんたのこと、大嫌いだったけど……だけど……ごめんね……」

 血で汚れた小さな体に腕を回し、ラルゴがアリエッタを抱き上げる。その動きを追うように、アニスも立ち上がった。

「敵の死体に泣いて謝るなんてのはやめるんだ、アニス。それじゃあアリエッタがますます哀れになっちまう」

 背を向けたまま、ラルゴは語る。

「アリエッタは自分の目的のために命をかけて、そして死んだ。敵に情けをかけられては、侮辱されたも同じだ」

「……うん……」

 嗚咽を飲み込むと、アニスはぐっと頬の涙を拭った。

「ただ可哀想なのは、フェレス島の復活をその目で見られなかったことだな」

「本当にそう思うなら、どうして止めなかったの」

 響いたティアの声は、冷たい怒りをはらんでいる。

「死を覚悟しても遂げたい思いだったのだ。それを誰が止められる?

 アリエッタにとって、導師イオンとヴァン総長、それに魔物たちは、自分を助けてくれた恩人だ。そのために戦いたいと思うのは自然なことだろう」

「……ヴァンに騙されたとも知らずに?」

 ナタリアの声も険しかった。

「騙してなどいない。本当の導師が死んだことを知れば、アリエッタも命を絶っていただろう。あれはヴァン総長の優しさだ」

 アニスは目を伏せて拳を握る。そう。アニス自身、それを選んでいた。アリエッタに真相を知らせることなく、ただ憎悪を受け止めるという道を。

 じっとラルゴの背を見つめていたルークが言った。

「アリエッタは恩に報いるために六神将に入った。――じゃあ お前はどうなんだ。バダック」

 ピクリと肩を震わせ、ラルゴは顔を向ける。

「……その名はとっくに捨てたよ。妻の眠るバチカルの海にな」

 ポケットから取り出したロケットを、ルークは無言で投げ渡した。片手でラルゴは受け取る。

「なるほど。お前が拾っていたのか」

「名乗らないのか?」

「名乗ってどうなる? 敵は敵。それだけのことだ。坊主は甘いな」

 口を歪めて笑うと、ラルゴは再び背を向けた。

「次に会う時はお前たちを殺す時だ。アリエッタの仇はその時に取らせてもらう」

 そう言い残して、白い少女の死骸を抱いた黒い巨漢は歩き去る。その姿が見えなくなると、ナタリアが怪訝そうにルークに訊ねた。

「ルーク。どういうことですの?」

「ごめん。今は話せないんだ」

 ナタリアを見ることなく、それでも揺るがずにルークは答える。

「……それなら、いつかは話して下さいますのね」

「……ああ。必ず」

 落ちた沈黙の中で、ガイがふうと息を吐いた。空気を変えるように笑って大きな声を出す。

「……さあ。ここでぼんやりしている訳にはいかないぜ。預言スコア会議のためにユリアシティに行くんだろ?」

「そうだったな。……アニス、行けるか?」

 ルークが視線を送ると、アニスは仲間たちを見て笑みを繕った。

「……うん。大丈夫」

「じゃあ、行きましょう」

 ティアが促す。するとジェイドが言った。

「……申し訳ありませんが、その前にシェリダンへ寄ってもらえませんか?」

「あんたが寄り道したがるなんて珍しいな、旦那」

「私も歳なんでしょうか……。長時間アルビオールに乗っていると腰が痛くて。休憩を挟まないとユリアシティまで行けそうにありません」

 肩をすくめて哀れっぽくガイに返すジェイドを見て、ルークは呆れたように息を吐く。

「よく言うよ。ま、いいけどさ。じゃあアルビオールに行くか」





「さー、ちゃっちゃっと次行ってみよー!」

 森の出口へ向かいながら、アニスは不自然なほど明るい声で音頭を取っている。

「……無理していますわね」

「そうね……」

 ナタリアとティアは囁きあっていた。

「アニスさん、アニスさん」

 小さなミュウが、アニスを見上げて不安げに呼びかける。

「なに?」

「涙が出てるですの」

 ぐぅ、とアニスは妙な声で唸った。ぱっと笑って、おどけたように両人差し指を頬に当てる。

「これは青春の汗なの。涙じゃないの。さ、過去に囚われず、次行ってみよー!」

 貼りついた笑顔を伏せて、アニスはアルビオールへと全力疾走して行った。

「……下手に慰めない方がいいかな」

 艇内へ消えた姿を見送り、ルークは呟く。薄く笑みを浮かべてジェイドが言った。

「アニスはアリエッタを倒したことよりも、そのことで傷ついた自分を見せて、皆さんを暗い気分にさせることを嫌がっているんでしょう。……のってあげましょう。まだ年端もいかない子供が、健気じゃないですか」

「そうだな」と、ガイも苦い笑みを浮かべる。

「アリエッタを手に掛けたことは、アニス自身が、自分で決着をつけなくちゃいけないことだから。

 俺たちは見守ってやるしかないよ」

「……分かった」

 自分の心の整理は自分自身にしかつけられない。いつかティアに言われた言葉がルークの脳裏をよぎった。

 生きることは。殺し合い、生き延びていくことはこんなにも苦しい。それでも生きる者たちは戦いをやめはしない。

「なんで……戦うんだろうな」

 ルークは呟く。アリエッタは悪人ではなかった。なのに大勢の人々を殺し、アニスと殺し合って死んでいった。目的の為に命をかけたのだから哀れむなと、ラルゴは言っていたが。

「六神将はみんな、自分の命と引き替えにしてでも叶えたい想いがあるのかしら……」

 ティアが言い、「預言スコアの消滅……か?」と、ルークは声を返した。

「ヴァンの理想に従っているんだから、そういうことだろうな。もっとも、預言を消したいからなのか、ヴァンに協力したいからなのかは、人によって違うんだろう」

 ガイが答える。

「命と……引き替えにしても……か」

 呟いたルークの傍らで、ティアが目を伏せた。

「……私も以前はそうだった。そうであるべきだと思ったし、そのことに何の疑いも持たなかった」

 理想のために全力を尽くすこと。そのことで自分の身を犠牲にしようとも――命を落とすことになるのだとしても、臆すべきではないのだと。

 それは、敬愛していた兄やリグレットの体現していた姿勢でもある。

「今は違うのかい?」

 僅かに笑んで言ったガイを、ティアは真っ直ぐに見つめた。

「命をかけることだけが、本気である証なの? 私は……揺れてきている……」

「へぇ。ならティアは、俺の考え方に近くなってきたんだな」

「ガイは命をかけることが本気じゃないって言うのか?」

 困惑する思いでルークは言う。自らの命をかける。それは、何よりも強く尊い行いではないのだろうか。

「人それぞれだろ。俺は、生きることに執着するからこそ、世界を変えたいと強く思うんじゃないかって考える。……良い悪いじゃない。そういう『信念』かな?」

「生きることへの執着……」

 ルークは呟いた。

「命をかけても、叶えたい想い……」

 呟き続けるルークの傍らで、ティアが再び口を開く。

「そう……多分どちらも正解だから、私は揺れるのね」

「この世には正解なんてない。その代わり、間違いも多分ないのさ。決めるのは自分自身だ」

(決めるのは、自分……)

 ルークは視線を上げた。ルグニカの平野の上に広がる空は、障気で赤く濁っている。

(生きる執着……。命をかけてでも、俺は……)


 アリエッタの決闘時のコスチュームが導師守護役時代の物だという公式設定はありません。私が勝手に妄想しただけなんでご注意下さいー。

 

 アニスとアリエッタの決闘辺りに関しては、個人的に、釈然としない思いが多々あります。

 そもそも、アニスが決闘を受けた理由も釈然とはしません。アニスはいつもアリエッタに対して不遜な、挑発的な態度を取っていて、彼女の憎しみを煽り死の決闘へと意図的に導いた……心情的な面を省いて結果だけを見れば、事実そうです。

 イオンが死んだ直後、アリエッタに責められた時は、まだアニスも混乱していたと考えることが出来るでしょう。ティアが言ったように、「あえて憎まれることでアリエッタに生きる気力を持たせた」ようにさえ解釈できます。ですが、その後「アリエッタが多分初めて自分の意志で決めたことだから」と決闘を受けるのは、一見アリエッタのことを思いやっている態度のように思えますが、本当にそうなのか。

 

 ロニール雪山でアリエッタが死んだと思われた時、アニスは「アリエッタは大好きだった人が、もうこの世にいないことを知らなかったんだなって。なのに主席総長は知ってて利用したんだよ。それで死んじゃったなんて……」と憤っていました。フェレス島で再会した時は、「馬鹿みたい……。あの子騙されてるのに……」と吐き出していました。アニスは何も知らないアリエッタを哀れんでいるように思えます。…ですが、イオンやルークがアリエッタに真実を告げようとした時、激しく制止して言わせなかったのもまた、アニスなのです。「知らなくていいことだって、あるんだから」と言っていましたが…。それって、どうなのでしょう?

 後に、ラルゴについてナタリアに真実を告げるか否かという話になった時、ルークは自分自身の経験に照らして、本人の為にも辛くても教えるべきだと言い、仲間たちも納得しています。しかしアリエッタに関しては、誰も「本当のことを教えた方がいいんじゃないか」とは言いませんでした。ルークの日記に「アニスはとうとうアリエッタに哀しい真実を告げないままだった。」と書いてあるくらい。

 

 こんな感じで疑問に感じていたのですが、アリエッタの死後の「あんたのこと、大嫌いだったけど……だけど……ごめんね……」というアニスの懺悔に、全てが込められていたような気もしました。

 大嫌いな女に対して、それでもアニスは彼女なりに誠意を見せ筋を通そうとしたのでしょう。…それが、相手の望むままに殺し合うということだったのかな、と。

 

 アニスの行動は決して最善ではなく、正義でもありません。

 でも、だからといって完全に間違っているわけでもないのですよね。

 ただ、個人的には、殺し合うまでに関係がどん詰まったのなら、変な気遣いなどせず、ちゃんとアリエッタに真実を告げて、その上でどうするか彼女に選ばせてほしかったなぁと思います。(真実を知った上で、それでもアリエッタがアニスに復讐することを望んだなら、それは受けるしかなかったのかなと思いますが。)

 

 それはともかく。

 この辺はシナリオが変にアニスに甘いような気がしませんか?

 ルークの日記を読むと、こう書いてあるのですよね。

「確かにアリエッタは可哀相だ。ヴァン師匠に利用されて、好きだった筈の被験者イオンはとっくに亡くなっていたことも知らなくて。でもそれなら、俺は、何もかも知っているアニスもつらいと思う。」

 ルークは絶対アニスを責めません。イオンの死の直後からそうなんですが。とにかくアニスに感情移入して同情しまくっています。ナタリアもそう。

 まあこれは、ルークが情の深い人間で、仲間としてアニスを大事に思っているからこそ、どうしても肩入れしてしまうということなんでしょう。アリエッタと戦うときにも「お前がアニスを責めるなら、俺達が味方になる」なんて言ってますし。

 ルークやナタリアは理屈抜きにアニスに同情している。ティアはイオンの死に責任を感じていて、だからアニスの罪を自分のもののように感じている。で、ガイとジェイドは、ルークほど露骨ではないのですが、やはりアニスに肩入れしているように感じられます。

 もっとも、これは仲間としては当然の態度とも言えるのですが。なのに何がこんなに引っかかるかと言うと、ルークのアクゼリュス崩落に関しては、エンディング直前に至ってすら「その罪は消えない」と(ジェイドは)明言していたのに、何故アニスに関しては(ジェイドすらも)「イオンの死の責任はアニスにもある。その罪は永遠に消えない」などと言うことが無いのか、ってことなのです。

 不本意であり間接的であったとはいえ、その罪を犯した。その点では、ルークもアニスも変わらないはずです。なのに、アニスに対しては仲間の誰もが同情しか見せない。

 しまいには、ジェイドが「まだ年端もいかない子供が、健気じゃないですか」とまで言い出す始末。つまり子供だから容赦してやれと。…事実アニスは子供で、責め続けるのはむごい行為です。でも生きてる年数だけ見るなら、ルークはアニスの半分しか生きてないのに。(十七歳だとしても、まだ大人とは言えない年齢ですし。)

 

 …まぁ、同じ子供でも、「私の責任だから、罪を償うために頑張るよ」と言いつつぐっと涙をこらえて笑う子と、「俺は悪くねぇ! 悪いのはアイツだろ。お前らにだって責任あるだろ」と膨れっ面をする子では、前者の方が好感を持てるのは間違いない。それにルークはすぐに調子に乗る性格で、甘くしてれば自分の責任から逃げちゃいそうな感じがする。ついでに言えば主人公だ(笑)。だからルークはいつまでも責任を問われ釘を刺され続けるけれど、アニスはむしろ慰められることになる、んだろうなぁ…と、頭では思うのですが。でもやっぱ、何故こんなにアニスに対しては周囲が甘いんだろう? と疑問に思ってしまうのでした。

 

 私はアニスを責めたいと思っているわけではありません。ただ、『アビス』は「責任」を重く追求する物語なのに、スパイ関連のアニスの罪だけはそれから除外されているように感じて落ち着かないのです。

 味方側の人間の誰かに、一度だけでいいからアニスをキツく責めて欲しかった。アニスを責めたのは敵側のアリエッタだけで、しかもアニスたちに殺されてしまう。「自分だって悪いのにアニスを逆恨みした」というニュアンスで扱われて。理屈でフォローしても、感情ではどうにも気味がよくないです。

※後に、SD文庫小説版でジェイドが『一言だけ』アニスに苦言を呈するアレンジが加えられたのを見ました。ちょっとホッとしました。うん。一言でいいけど、こう言ってほしかった。

 

 なお、アリエッタとの戦闘中にジェイドやティアが言う台詞も、個人的には理解し難いものです。ここだけシナリオライターさんがどうかしちゃったんじゃないかと思っていたくらいです。

アリエッタ「ぬけぬけと……! イオン様を守るのが役目だったくせに! 人殺しぃ!」
ティア「あなたも軍人なら、それが仕事だということを理解なさい!」
ジェイド「私にしてみれば、あなたこそ我が部下たちの仇」

 何故こういう場面で、ジェイドは今更「あなたこそ我が部下たちの仇」なんて言い出すのか? ティアの「軍人なら、それが仕事だということを理解なさい!」という叱責は何なのか?

 タルタロスの乗員を殺したのはアリエッタだけではないでしょう。リグレットやアッシュ、彼らの率いていた神託の盾兵たちも手を下しただろうし、そもそもタルタロスの位置をモースに報せたのはアニスです。なのに何故、思い出したようにアリエッタを責める?

 そしてティアの言葉。確かにアニスは神託の盾騎士団トップのモースの命で動いていて、軍務でスパイ活動をしていたと言えなくもない。軍人としての仕事なら、イオンを殺したことも罪ではないと言うのか。では、もしルークが神託の盾騎士団の一員だったなら、ヴァンに従ってアクゼリュスを落としたことも罪にはならないのか。アニスは自分のしていることの意味を知っていて、ルークは騙されて何も知らないまま行動したけれど、民間人だからルークは罪人になり、軍人だからアニスは無罪なのか。

 なんだかこんなことをぐるぐる考えてしまいました。

 

 でもいくら何でもこれじゃあんまりなので、色々考えた結果、ノベライズに書いたようにこじつけてみました。

 ティアが言ったのは、「ライガの女王を殺したのは軍人としての仕事」という意味。ジェイドの言葉は、自分の視点だけで物事を見てアニスを責めるアリエッタを揶揄してたしなめたもの。「見方を変えれば、あなただって誰かの仇になるんですよ。だから自分の正義ばかりを振りかざすのはやめなさい」ってことだと。

 これなら、その後のガイとナタリアの台詞

ガイ「悲しいことだが……互いが仇なんてザラにあるんだよ! お嬢ちゃん」
ナタリア「人は誰しも、他人には推し量れない事情がある。あなたにも、こちらにも」

 にも繋がる、と思ったんですが。どうでしょう。


「あら、そちらのマルクト軍の方……」

 シェリダンの集会所に入ると、不意に声を掛けられた。ジェイドは、階段を下りてきた女性技師に顔を向ける。

「私に何か?」

「私の持っている音素フォニム観測器があなたの眼鏡に反応しているんです。少し見せてもらえませんか?」

「結構ですよ。どうぞ」

 屈託なく彼は眼鏡を外して渡したが、周囲の人々――主に女性陣の視線が集中したのに気付いて、不思議そうに首を傾げた。

「どうかしましたか?」

「大佐って若作りだと思ってたけど、眼鏡取るともっと若……ちゅーかぶっちゃけ……」

「ええ……随分綺麗な顔立ちでしたのね」

 アニスもナタリアも、頬を朱に染めていた。ティアも同様だ。

「そうですか? 眼鏡をしていてもそれなりに美形だと思っていたんですが」

「ざけんなっつーの。お前、マジむかつく……」

 女性陣の熱視線を受けて飄々と言ってのける三十男に、ルークはぶすりとして悪態を吐き出す。構わずに、ジェイドは女性技師に目を向けた。

「それで、眼鏡の方はもういいですか?」

「あ、は、はい! すみません」

 ほうけたようにジェイドの顔を見上げていた彼女は、慌ててそれを返してくる。

「その眼鏡には、音素フォニムを制御するような働きがあるようですね」

「ってことは、その眼鏡は譜業か!」

 場違いに叫んだのはガイだった。戻された眼鏡をキラキラする目で凝視して、「いいなぁ……いいなぁ……」と繰り返している。

「この眼鏡はあげませんよ。私は目にちょっと特殊な術を施していますので この眼鏡をしていないと譜術が暴走する可能性があるんですよ」

「へ? ジェイドって目が悪い訳じゃないのか?」

 ルークは口を開けた。眼鏡型の響律符キャパシティコアというものも存在するが、基本的に、眼鏡は視力を矯正するために掛けるものだ。

「視力が低いと軍人にはなれませんよ。私は両目とも2.0です」

「すごいですの! 2×2で4倍ですの!」

 素っ頓狂にミュウが叫ぶ。人間たちは微妙な思いで沈黙した。

「……と、とにかく、私はこれで失礼します」

 頭を下げると、女性技師は階段を上って行く。確か、二階には作業室があったはずだ。

「アストンさんは留守にしてるみたいだな」

「でも、すぐに戻ってくるそうですの」

 ルークにそう答えたのはミュウだ。彼は、片隅にいた黄色いチーグルと「みゅう、みゅみゅう」と声を交わしている。

 黄色いチーグル――スターの毛づやはよかった。アストンがよく面倒を見ているのだろう。

「皆さんは街を回っていてはどうですか。私はここにいますから」

「どうしたんですか、急に」

 不意にジェイドがそう言ったので、アニスが驚いた顔をする。ガイは訝しげに訊ねた。

「どうした。まさか歩けないほど腰が痛いとでも言うのかい?」

「いえ、ちょっと眼鏡の調子がおかしいので、ここの作業場を貸していただこうと思って。そうだ、火が必要ですね。ミュウ、残って下さいますか?」

「はいですの!」

 元気よくミュウが応える。

 なにやら話は決まってしまったようだ。ルークたちは顔を見合わせたが。

「では、わたくしたちは街を見ていますわね」

 ナタリアが言って、大人しく集会所を出て行った。

「……」

 ジェイドは閉じた扉に背を向ける。ミュウに目を落とすと言った。

「ミュウ、作業の前にソーサラーリングをスターに貸してあげて下さい。聞きたいことがあります」

「みゅう? 分かったですの」




「大佐も大変なのですわねぇ……。『譜眼』と言ったでしょうか?」

 街を歩きながらナタリアが言っている。

「……まぁ、そうだな……」

 ガイがそう返す一方で、「だけど、これからどうする?」とルークが訊ねた。

「街を見るっつっても、特にすることねーし」

「ガイには、見るとこ沢山あるんじゃないの? なんたって『譜業の街』だし」

 アニスがからかうような声音で笑う。だいぶ表情が解れてきたようだ、少なくとも表面上は。ティアはと言えば、ふと思いついたように一方を見上げた。

「前から気になっていたんだけれど……」

 その視線の先には高い影が伸びている。街の北、海に面した突端に建つ塔だ。

「あの塔は何なのかしら」

「そういやそうだな。俺も気になってた」

 ルークもそれを見上げる。――と、通りがかった職人が足を止めて言った。

「あれはロケット爺さんの塔だよ」

「ロケット爺さん?」

「ああ。オールドラントを離れて、星の世界へ行くための船を作っているのさ」

「まさか、それで障気から逃れようというの?」

 ティアが驚いた顔をしたが、職人は苦笑を返した。

「それも一つの手なのか? それなら宇宙船ロケットが完成すれば完璧だけどな」

「完成していないのか?」

「この障気を止める方法を考えた方が早いかもしれないな。……詳しい話はロケット爺さんに聞くといいよ。このぐらいの時間なら、大抵は塔の上にいるからな」

 ルークにそう応えて、職人は道を歩いて行った。




 塔の上には松明が燃えている。

 ルークたちが近付くと、景色を眺めていた老人は鋭い眼光をこちらに向けた。老人と言っても、髪も髭も黒い。

「お前たちか、地上を魔界クリフォトに落としたのは?」

 この若者たちが何者であるかを知っているのだろう。ジロリと睨まれて、ルークは静かに肯定を返した。

「……そうです。俺たちが落としました」

「そうか、大変だったろう。ご苦労だったな」

「……怒らないのか?」

 ルークは目を上げる。

「何故、お前らを叱らにゃならんのだ?」

「だって環境だって変わったし、空が高くなって、実験にも影響があるんじゃないか?」

 それに、結局障気まで復活してしまった。だから罵倒されることを覚悟していたのに。

「……フ。見かけによらず優しいんだな」

「うへへv 見かけによらずだってv

 アニスが見上げてきて笑う。ルークは少し憮然とした。

「でも、どうしてそんなに穏やかなんですの」

「地上の高度が変わればあらゆる環境が変わる。憤るのが当然って気もするが」

 ナタリアとガイが問い重ねる。老人は再び笑った。笑うと、ぐっと印象が優しくなる。

「ああ、実はイエモンからお前たちのことを聞いていたんだ。骨のある奴らがいるってな」

「イエモンさん……」

 ティアは切なげに胸を押さえた。

「だから、俺たちの計画が成功したら初号機に乗せてやろうと思っていたんだ」

「『俺たち』の計画?」

 ルークは問い返す。

「そうだ。イエモンはこっちの計画にも携わっていたんだよ。正確には俺がアルビオール計画から離脱したんだけどな」

「え〜!? じゃあ、お爺さんもアルビオール作ってた訳?」

 アニスが目と口を丸くすると、「途中まではな」と老人は答えた。

「ただ、浮遊原理を構築したら、もっと高度なものに挑戦したくなったんだ」

「それが上空――成層圏の突破を目指す気持ち、か」

 ガイが確かめる。

「ああ。遅かれ早かれアルビオールは飛ぶことが確実だった。でもな。それが分かると技術者たる者、更に高みを目指したくなるもんでな。誰も考えつかない空の上に行きたくなったのさ」

「だからこんな突端に塔を建てられたんですね」

 ティアが得心の息を吐いた。

「確かに魔界クリフォトに落ちて空が更に高くなっちまった。でもな、壁が高いほど それを乗り越えた時の快感ってのは最高なんだよ」

 老人は嬉しそうに頬を緩めている。その目をルークに戻した。

「アストンだってそうだ。あいつ、何か大掛かりなことをやらかすつもりらしいぞ」

「アストンさんが?」

「イエモンやタマラや、殺されちまった街の連中のためにも、俺たちは立ち止まってる訳にはいかないのさ。……お前らも、まだ色々やることがあるんだろう?」

「……はい」

「だったら、さっさとそれを片付けちまえ! そしたらこっちの初号機に乗る姿を、あの世のイエモンたちに見せつけてやるんだ」

「……はい! 頑張ります」





 ルークたちが集会所に戻ると、既にアストンは帰っており、ジェイドと何か談笑していた。「おお、お前さんたちか」と皺を深めて笑顔を見せる。

「アストンさん、お元気ですかぁ〜?」

 アニスが駆け寄って片手を上げた。

「あぁ、わしゃ元気じゃよ。色々あったがの」

「本当に色々ありましたね。イエモンさんのこととかスピノザさんのこととか……」

「スピノザは馬鹿じゃ。ただ、もう反省しておるし許してやってくれ」

 ティアの声にアストンは答える。頷いてナタリアが言った。

「分かっていますわ。それよりもこれからのことを考えていかなければなりません」

「さすが殿下ですじゃ」

 相好を崩した老人に、ルークが言葉を掛ける。

「そういえばアストンさん、何か大掛かりなことをやるつもりだって、ロケット爺さんが話してたけど」

「おお、そうなんじゃよ。ナタリア殿下が仰るように、これからのことについて、このジジイに考えがあってな。ベルケンドの連中と協力して色々出来ないかと……」

「そうだな。もともと対立してたのは『い組』と『め組』のせいだし」

 ガイが頷いた。伝統とさえ言えた対立は、最早存在しないはずだ。『い組』と『め組』の中心メンバーだったイエモンたちが亡くなったことはもとより、彼らの最期の作品は共同製作だったのだから。

 ティアが訊ねる。

「それで具体的にはどうするおつもりなんですか?」

「そこなんじゃよ。シェリダンとベルケンドは近いようじゃが陸が離れておる。船で行き来するのも なかなか面倒での。そこで橋を渡せないかと思っとる」

「橋ぃ!? シェリダンとベルケンドを結んじゃう訳?」

 アニスが大きく口を開けた。

「街同士を直接結ぶのは無理だろうが、陸地の一番近いところ同士ならそんなに距離はないはずじゃ」

「確かに橋を渡した方が物資の流通や人の往来など様々な面で効率的ですね」

 黙って話を聞いていたジェイドが肯定を述べる。

「そうじゃろう? ただ一つ問題があっての」

「問題? 俺たちでいいなら手伝いますけど」

 殆ど反射的にルークが言うと、アストンは苦笑を浮かべた。

「ありがたい話じゃが、ことはガルド絡みなんでの」

「ガルド〜!? それは、資金が足りないってことですかぁ?」と、アニスが嫌そうに顔を顰める。

「技術力ならどうとでもなるが、資材などを揃えるためのガルドが圧倒的に足りんのじゃ」

「ナタリア、伯父上にお願いして出してもらうことって出来ないのかな」

 ルークが顔を向けると、ナタリアは腕を組んで考え込んだ。

「……戦争の後処理や負傷兵、戦災孤児の保護など、国庫に余裕はありませんわ。ナタリア基金もレプリカ救済に当てるつもりでしたし……」

「じゃあ父上に頼むよ。ベルケンドは父上の領地だし」

「ルーク。シェリダンの周辺は別の貴族の領地でしょう? そうなるとファブレ公爵の資金だけで橋を建てるのは良くは思われないでしょう」

 ジェイドが口を挟む。

「そうなのか。シェリダンの領主と話をつけるしかないのかな」

 ガイが肩をすくめた。

「それもそうだが、領主同士の力関係は微妙で複雑だからな。こういうのは国か個人でやるのが一番なんだが」

「個人か……。じゃあ、俺たちで出そうぜ」

 流石に、この発言には全員が呆気に取られてしまった。

「旅の資金をやりくりして……」

「何を言っとるんじゃ。本当に幾ら掛かるか分からんのじゃぞ?」

「勿論、アストンさんたちもお金は出す」

 ルークはアストンに顔を向ける。

「資金が貯まるのにどれくらい掛かるのか分かんねぇし、他にも色々難しいことがあるかもしれないけど……。俺たちとベルケンドとシェリダンのみんなで、橋を架けよう」

 ポンと両手を打ったのはナタリアだった。

「まあ、ルーク! それは素晴らしいことですわ」

「自分たちで造った橋は自分たちで守ろうと思うものね」

 ティアも心動かされたようだ。

 アストンはしばらく思案していたが、やがて顔を上げると頷いた。

「分かった。そうしよう。わしらみんなで橋を架けるんじゃ」

「ああ。頑張ろうぜ!」

 アストンに応えるルークを、ジェイドとガイはそれぞれの色合いの笑みで眺めている。

「やれやれ。今は余分なことまで抱えている場合ではないと思うのですがねぇ」

「俺は嬉しいね」

 言い切ったガイを、ジェイドは面白そうに見やった。

「譜業のますますの発展が望めるからですか?」

「まぁ、それもあるが……。『賭け』をしたからな」

 少し目を伏せて笑い、ガイは視線をジェイドに向ける。

「それよりジェイド。眼鏡の調子は直ったのかい?」

「ええ。お陰さまで。いつでもユリアシティへ行けますよ」

 一方で、アニスは頭を抱えて唸っている。

「あぅ〜。ガルドあげちゃうんだ……」

「ですが、これも民のためですわ」

「そうね。ベルケンドとの交流が盛んになれば、物質的にも精神的にも、街は栄えると思う。……この街の人々は、あれだけ傷つけられても、前に進むことを諦めてはいないのね」

 ナタリアとティアが言った。

「……うん……そうだね。教団も……」

 アニスは目線を落とす。

「イオン様はもういないけれど、立ち止まらないで変えていかなくちゃ。……なのにモースの奴、新生ローレライ教団の導師だなんて名乗って……」

「アニス……」

「むーっ! イオン様が改革して守ろうとしてきたローレライ教団を、あんな偽者に潰されてたまるかっ!」

 痛ましげに見つめたティアの前で、アニスは声を張り上げた。年上の友人たちに目を向ける。

「ナタリア! ティア! 力を貸して!」

「勿論ですわ。あのようなやからに、わたくしの愛する国を好きにはさせません」

「アニス。頑張りましょう」

「うん」

 頷いて、アニスは胸で手を握った。

「……見てて下さいね、イオン様……」




「みゅうぅ……」

 人間たちの会話を他所に、ミュウはジェイドの座る椅子の下で長い耳をゆらゆらと動かしている。

 眼鏡の調整に火が必要だと言ったジェイドは、作業の前にソーサラーリングをスターに貸すように命じた。訊きたいことがあるのだと。そして、リングを装着したスターの前に片膝をついて訊ね始めたのだ。



『スター。あなたは被験者オリジナルですか?』

『はいなのです』

 スターは人語で答える。

『ではレプリカ――もう一人の自分を作られましたか?』

『はいなのです。ディストという気持ち悪い人にやられたのです』

『やはりディストか。それはいつ頃ですか』

『多分半年ぐらい前なのです』

『コーラル城でルークとアッシュが完全同位体と知ったのなら時期は合うな……』

 独りごちると、ジェイドは再び訊ねた。

『最後に一つ。もう一人のあなたはどうなりましたか?』

『……多分死んだのです』

『……多分?』

『実は自分は一回死んだのです。その後何かが入ってくる感じがしたと思ったら、自分は死んでいなかったのです。その時はもう一人の自分はいなかったのです』

 それを聞いて、ジェイドはひどく驚いた顔をしていた。

『ディストは完全同位体研究を完成させたのか? ではあの時の研究結果は偶然ではなかった……?』



 しばらく深刻な顔で考え込んでいたジェイドは立ち上がり、二匹のチーグルそれぞれに軽く礼を述べた。そしてミュウに赤い瞳を向けて言ったのだ。

『ミュウ。今の話は誰にも話してはいけませんよ』



(みゅ〜。話したくてもボクには訳が分かんないですの……)

 あれは一体、何の話だったのだろう。

 その後すぐにアストンが帰ってきて、『おや。眼鏡の調子がおかしいと思ったのは気のせいだったようです』と笑われておしまいになってしまった。

(ボクには分かりませんの。でも……)

 ミュウは、赤い髪をした主人を見上げる。

 会話の中に、彼の名前があった……。

「では、そろそろユリアシティへ向かいましょうか」

 ジェイドが椅子から立ち上がる。応えて動き出した仲間たちを追って、小さなミュウも小走りに飛び出した。


 サブイベント消化のための挿入パート(笑)。

 

 両目の視力は2.0、目が悪いと軍人にはなれないと言うジェイド。

 ところで、同じく軍人のティアには、製作スタッフ間に「目が悪い」説があったそうです。タタル渓谷に飛ばされた時と、ルークが人を殺す決意をした時、ティアは不自然なほどルークに顔をくっつけて説教してきます。それは実は目が悪いから……だとか。

 でもその後はそういう描写はありませんし、目が悪いと軍人になれないそうですし、そもそも投げナイフの達人があんなに顔をくっつけるほど目が悪いのもおかしいので、本物の設定になることのなかった、曖昧なまま消えた仮設定なのかなぁと思います。

 

 視力はともかく、ゲーム全体を見ていると、ティアは耳は凄くいいのかなぁと思えます。

 廃工場でアヴァドンが現れた時も、ケセドニアでシンクが襲って来た時も、フェレス島で泣き声に気付いたのも。何かが現われたり襲ってきたりする時、一番最初に気付くのは、殆どの場合ティアなんですよね。

 

 ロケット爺さんのイベントは、レプリカ編が始まって仲間が全員揃うとすぐに起こせるようになるものです。

 後に続くわけでもないし重要なわけでもない。なのに、何故か声付きイベントだったりします。

 障気が出ると、街の人々や爺さんが、ロケットが完成すれば障気から逃れられるかもと言い出すのですが、結局何も起こらず、爺さんも「障気を止める方法を考えた方が早いかもしれないな」と言い出す始末。思い切り肩透かしを食らわされます。

 なんでも、このサブイベントを担当していたスタッフさんがかなり思い入れていたそうなんですが、色々な都合で絡ませられなかったそうで。無駄に豪華に声付きになってるのはその名残なのでしょうか。後のレムの塔の設定と併せて考えると面白くはあるので挿入してみました。(しかし、メインシナリオライターさん以外の方が書いたので仕方ありませんが、ルークがいやに『好青年』的反応で前向きではあるなぁ。崩落編ならいいんですけど。)

 

 橋建設のイベントは、地味なんですが、絶対ノベライズに入れておきたかったものです。このイベントのクリアが最終タウンイベントの条件の一つになっているように、ルークの結末を見る時に欠かせないものではないかと思っているからです。…というか、個人的に、ルークにはこれを果たさせておいてやりたいです。(でもこのイベントのルークも妙に前向き。原作では「大丈夫。俺が最後まで面倒みます」とまで言います。)

 

 ジェイドがスターから話を聞きだすイベント。ロケット爺さんのイベントと同時に起こせるようになります。どこに挿入するか迷いましたが、ここに。

 この物語の結末を理解するための重要イベントです。



 アニスがモースの導師就任宣言に憤って、「ナタリア! ティア! 力を貸して!」と言うのは、原作ゲームではモースの全世界放送があった直後のサブシナリオなんですが、その後チーグルの森でのメインシナリオで、ルークに「仲間だろ」と言われて「……私が? ずっとみんなを騙してたのに?」と言うエピソードが来るので、なんだか流れがピンと来ないなぁと感じ、ここに収めることにしました。わだかまりを取り払って仲間として認識し合ってこそ、「力を貸して!」と言えるのだと思うので。



 さて。アニスとアリエッタの葛藤が終わり、次回からはいよいよレプリカたちの――迷い続けるルークの問題に話が移っていきます。



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