ユリアシティの港から街へと続く長い通路を歩いていると、片隅にうずくまっている人影を見かけた。まだ若い女性のようで、気分でも悪いのか、抱えた膝に顔を埋めてじっとしている。

「まあ、あなた大丈夫ですの?」

 すぐにナタリアが駆け寄って声を掛けたが、身じろぎ一つさえしない。

「……?」

 ナタリアが困惑を深めた時、市街地の方からユリアシティの市民が二人、連れ立って歩いてきた。彼らはうずくまっている女性の後ろに止まると目を見交わし、一人が覗き込むようにして声を掛ける。

「さあ、こちらへ来なさい」

 すると、石のようだった女性がスッと立ち上がった。そのまま、声を掛けた市民の後に雛鳥のように付いて歩いていく。

 もう一人の市民はその背を見送っていたが、ルークたちの視線に気付くとそちらに顔を向けた。

「ティア。どうかしたのか?」

「今の人は……」

「レプリカだよ。どうもシェリダンから逃げてきたようだね」

「シェリダン?」

 ルークは目を瞬かせる。半日ほど前にその街を発ったばかりなのだ。シェリダンの人々は前向きで、障気の中にあっても街は活気に満ちていた。逃げてこなければならない状況などあったようには思えないが。

「どうして逃げてきたんだ?」

「このところ多いんだ。亡くなった筈の人間が記憶のない状態でひょっこり現われたり、葬式に亡くなった筈の本人が現われたり……」

「レプリカが大量に作られたからですね」

 ジェイドが答えを述べた。

「彼らは生きる術を知らないからね。魔物に襲われたり、店の物を勝手に取って憲兵に突き出されたり。酷い虐待を受けるレプリカも多い」

「そんな……あんまりですわ!」

 ナタリアが眉を曇らせて憤る。

「フォミクリーで生物レプリカが作られたことも、段々知られてきたからね。中には自分の大切な人が死んだのはレプリカが生まれたせいだって非難する人もいる。本当にそういうケースもあるが、大概は濡れ衣だからなぁ」

「……でも生まれたばかりのレプリカには、何も言えない」

 苦くガイが声を落とすと、市民は頷いた。

「そういうことだ。結局こちらで保護してやっているんだよ。もっとも魔物に襲われない土地なんてのは、たかが知れていてね。彼らには行き場がないんだ。食料だって無尽蔵ではないし、こちらも困ってるんだよ」

 市民は街の方へ戻っていく。それを見送りながら、ルークは急に『世界』がぐらぐらと揺らぎ始めたのを感じていた。

 シェリダンはいい街だ。ノエルの故郷だし、ガイの聖地だし、アストンたちもいる。様々な技術協力をして助けてくれて、イエモンやタマラをはじめとする多くの人々が、ルークたちのために血路を開いて死んでいった。

 そんな街の人々でさえ、レプリカを受け入れることはないのか。

 

 ――彼らには行き場がないんだ。

 ――こちらも困っているんだよ。

 

 そうなのだろう。厚意にも限度はある。

 知識も経験も持たないレプリカは、役立たずの無駄飯食らいだ。存在するだけで被験者オリジナルの居場所と命を脅かす。

「俺たちレプリカは、一体何なんだろう……」

「何って……人間だよ。そうでしょ」

 呟くと、屈託なくアニスが笑った。しかしルークは暗い目でかぶりを振る。

「……だけど人間の形をしてるだけで、人間として扱われるようには見えない」

 人として望まれて生まれた訳ではない。せいぜいが代用品の、そう扱われても仕方のない不自然な命で。

「俺たちはルークを知っている。イオンも知っているしシンクも知っている。レプリカが人間と何も変わらないことも理解してる。だが……」

 苦い顔でガイが呟き、ジェイドは変わらぬポーカーフェイスで理屈を語った。

「大多数の人々にとって、フォミクリーは無機物の複製品を作る技術です。レプリカはただの複製品や代用品だと考えるでしょう。受け入れてくれる人が皆無とまでは言いませんがね」

 居場所がどこにもないと言うのなら。居るだけで迷惑をかけていると言うのなら。

「だったら俺たちはどこへ行けばいい? どこで暮らせばいい? 何も出来ない子供と同じ俺たちが……」

「ルーク……」

 詰め寄ると、ジェイドは初めて笑みを消した。

 望まれていないことなんて知っている。

「俺たちを作ったのはジェイドだろ! アンタは、何でも知ってるじゃないか!」

(でも。――生まれたのに!)

「ルーク! 旦那に当たっても仕方ないだろう」

 ガイの叱声が飛んだ。我に返って、ルークは気まずげにうな垂れる。

「……ご……ごめん……」

「いえ……。事実です。情けないですね。私には答えが見つからない。何の為に付いている頭なのやら……」

 眼鏡を押し上げながら、ジェイドは俯いて表情を隠していた。

 

 ――どこへ行けばいいと言うのだろう。







 翌日になって、ルークたちはキムラスカの首都、バチカルに立っていた。

 テオドーロへの預言スコア会議開催の伝達は速やかだった。口を開くなり「大変なことになりましたな」と切り出してきた彼にティアが提案と説明を行い、すぐさま賛同を得ることが出来たのだ。



『……話は分かった。イオン様亡き今、私がこの会議に参加するのが一番だろう』

『それなら……!』

『うむ。私もダアトへ行こうと思う』

 一歩前に踏み出した孫娘に、テオドーロは頷いてみせる。『よかった!』と、ルークも安堵の息を漏らした。

『お父様に知らせなければ。随分時間が経ってしまったけれど、ようやく会議を開けますわって』

 ナタリアはそう言って笑い、日が明けると早速、一行はユリアシティを発ってバチカルへ向かったのだ。




「おかしいな。以前より人が増えたような……」

 中心街に入ってすぐに、ガイが首を傾げた。元々賑やかな街ではあるが、それにしても人出が多い。そのくせ、いやに空気が重くはないだろうか。荒んでいると言うのか……。

「ねぇ。アレってレプリカじゃないの?」

 最初に指摘したのはアニスだった。人込みの中に、例の灰色の全身スーツをまとった姿がチラホラと見えるのだ。注意してみれば、それ以外の服の人の中にも、やけに生気に乏しい者がいるような気がする。

「どうなっているの? どうしてレプリカたちがこんなところに……」

 ティアが戸惑いの声をあげた時、向こうから一際大きな声が聞こえた。

「な、なんだ!? お前は一体誰だ! く、来るんじゃない!」

 一人の男が怯えた声で叫んでいる。その前には同年代の男がいたが、フラフラと近付いてくる彼を、男は力いっぱい突き飛ばした。何の抵抗もなく、突き飛ばされた男は石畳に体を打ち付けている。

「何をしてるんだ、やめろ!」

 鋭く叫んでルークが駆け寄った。その後にナタリアが従う。

「あ、アンタ! そいつは化け物だ! 触るんじゃない!」

 しかし突き飛ばした男が悪びれる様子はない。怯え顔で警告までされて、ルークは困惑した。

「はぁ? 化け物って……」

「本当なんだ! そいつは二週間前預言スコアを詠んでもらった帰りに死んだ、俺の親友だ!」

「!」

 息を飲んで、ルークは口をつぐむ。

「いや、あいつは死んだんだから、そいつは偽者だ! だがそっくりなんだ!」

 訴える男の声は恐怖と混乱で震え、泣き声に似ていた。

「レプリカか……」

 力無く呟いたルークの後ろから、つかつかとナタリアが進み出る。

「落ち着きなさい! この方は化け物などではありませんわ」

「と、とにかく! そいつは変なんだよ!」

 指差して叫ぶと、男は走って逃げて行ってしまった。

 レプリカの方は、体の痛みさえ理解していないのか、ぽかんとその場に座り込んでいたが。不意に立ち上がる。

「れむ……れむのとう……」

 無感情に呟いて、ルークたちにまるで関心を払うことなく歩いて行った。

「レムの塔……。確か、フェレス島のレプリカたちも言っていましたわね。レムの塔がモースとの約束の場所だとか」

 ナタリアが言う。だが、そんな場所など聞いたこともない。

「なあ、レムの塔ってのは何なんだ?」

 ガイの疑問に答えたのはティアだった。

魔界クリフォトに昔からある塔よ。創世暦時代に、外殻大地計画が失敗した場合を想定して、別の星へ行く為の塔だったと聞いているけど……」

「ほ、他の星!? 本当にそんなこと出来たのか!?」

 ずっと押し黙っていたルークが、目を丸くして叫んだ。

「当時としてもかなり無謀な計画だったと聞いているわ」

「創世暦時代でもやばかったなら、空もろくに飛べない現代じゃ夢のまた夢だな」

 ガイは片手で頭を掻きながら苦笑している。ロケット爺さんの夢の実現は厳しそうだ。だからこそ楽しいのだと、あの老人なら豪語するのだろうが。

「じゃあレプリカたちは、その塔から新しい外殻大地に行こうとしてるのかな」

「そうだとしても、レプリカ全員がレムの塔を知っているのはおかしいですわ」

 アニスが言い、ナタリアが指摘している。「そうですねぇ」と頷いて、ジェイドは可能性を口にした。

「ただ、製造と同時にレムの塔の記憶を刷り込まれていたのだとすれば……。まあ、有り得ないこともないですが」

 生まれたばかりのレプリカは赤ん坊と同じで、一切の記憶を持たない。だがそれでは軍事転用するにも不都合だから、製造時に行動を刷り込む技術があるのだと、以前ジェイドは説明していた。

「結論が出ないなら、この話はここまでにして陛下の所へ行こうぜ」

 ルークが会話を断ち切る。幾分硬い彼の横顔を見ながら、「そうですわね……」と、ナタリアが頷いた。





 バチカルは幾つもの階層に分かれていて、遠目には層状になった山のようにも見える。貴族や王族の住む最上層へ行くには昇降機を使うしかないが、それを守る兵士たちは、ナタリアを見てひどく気まずげな顔をした。

「ナ、ナタリア殿下!」

「今は上へお戻りにならない方が……」

「どういうことです」

「何かあったのか?」

 ナタリアとルークが訊ねると、兵士たちは顔を見合わせる。

「実は、市民たちが……」




 バチカル城前の広場には、一目で一般階層と知れる民衆が群れ集まっていた。

 基本的に、貴族やその使用人以外は上層階への立ち入りを許されない。よって、これは通常ならあるべからざる光景だ。

「新生ローレライ教団に救いを求めろ!」

 口々に叫ぶ民衆を、兵たちが懸命に食い止めている。

預言スコアを遵守しろ! このまま障気にまみれて死ぬのはごめんだ!」

「ケセドニアに住んでた親父は今度の障気のせいで死んじまったんだぞ!」

魔界クリフォトなんてごめんだよ! 元の外殻大地へ戻しとくれよ!」

 未だ血の流れる事態には至っていないようだが、それも時間の問題かもしれない。そう思わせるほどに、場の空気は尖り煮立っている。

 その様子を目にするなり、ナタリアは駆け寄って、人々の後ろから叫んだ。

「お待ちなさい! 落ち着きなさい! みんな、落ち着いて……」

「うるせぇ!」

 男の一人が振り向いて、ナタリアを激しく突き飛ばす。

「ナタリア!」

 石畳に転がった彼女を見て、ルークとティアが駆け寄った。が、その手を借りずにナタリアは立ち上がる。

「静かになさい! わたくしはナタリア!」

 凛とした声が響き渡った。

「ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアです! わたくしの愛するキムラスカの民よ、どうか落ち着いて。わたくしの話を聞いて下さい」

 てんでに喚いていた口を閉ざし、人々は一斉にナタリアに注目した。中年の女性が縋るように詰め寄ってくる。

「ナタリア様! 障気が……! このままじゃ障気にみんなやられちまいます!」

「勿論です。わたくしたちも今、懸命に障気を無くす方法を探しています」

「前みたいに大地を上に上げればいいじゃないですか!」と、誰かが叫んだ。

「それは無理なのです! 新生ローレライ教団が言う外殻大地は、今あるこの大地を削り取って生み出されているもの。エルドラントが現われたことで、中央大海周辺の島は消失してしまったのです」

 ナタリアは強い瞳で人々の顔を見渡す。

「分かりますか、あなたたちも消されてしまうのですよ!」

「そんな……馬鹿な……」

 水を打ったように静まった中から、誰かの震える声が落ちた。ルークがナタリアの隣に立って憤った声を出す。

「もうみんなだって分かってるだろ。今更預言スコアに頼ってどうするんだ! ユリアは外殻が魔界クリフォトに落ちるなんて預言は詠まなかった」

「それは預言を守らなかったからだろ」

預言スコアって守るものなのか? 守らなければ外れるようなものが預言なんて、おかしいじゃないか! 預言は決定された未来じゃない。未来の可能性の一つなんだよ!」

「お願いです。もう少しわたくしたちに時間を下さい」

 再びナタリアが訴える。

「もしも――そう、もしも何の解決方法も見い出せなかった時は、新生ローレライ教団に助けを求めましょう」

 王女の真摯な訴えを聞いて、人々は静まり返った。

「……ナタリア様。信じていますよ」

「障気さえ消えれば、俺たちだって王様たちの政治に口を挟んだりしないんだ」

「障気でもう何人も倒れてるんです。その上、レプリカってんですか? 得体の知れない『人間もどき』がうようよして、俺たちの住処を荒らしやがる」

 ルークの体が震えた。

「あたしたちは、ただ普通に暮らしたいだけなんですよ」

 次々にナタリアに声をかけると、人々は大人しく立ち去っていく。残されたルークは肩を落とし、暗く呟いていた。

「人間もどき……か……」

「ルーク。彼らは気が立っているだけよ。落ち着いて事態が分かれば……」

 急いでティアが覗き込んで来たが。

「いいんだ!」

 叫んで、ルークは優しい手を拒む。

「……いいんだ」

 落とされた言葉は、苦い諦めを含んでいた。

「ルーク……」

 ガイが呼ぶ声が聞こえる。

「……陛下の所へ行こうぜ」

 顔を上げて城門へ向かい始めたルークを見て、仲間たちは一瞬目を見交わし、後に続いた。




「やはり預言スコアは人心を支配しておりますのね。こればかりは一朝一夕には変わりませんわ」

 歩きながら、ナタリアは深刻な声を出している。

 事態は予想以上に切迫していた。今回は収めることが出来たが、いつまた市民の不満が爆発するか。それも無理はないのだろう。預言は二千年もの間、世界の根幹だったのだ。生まれた時から当たり前だった価値観そのものが変わってしまったのだから、易々と適応できるはずがない。

「しかも世界は障気まみれで……」

 暗い顔でアニスが続けると、先を歩くルークが皮肉な口調で言った。

「人間もどきもいるしな」

「ルーク、そんな風に言うのはやめなさい」

 自虐的な態度をティアがたしなめたが、ルークは淡々と続ける。

「いや、多分普通に暮らす人たちにとってみれば、人間もどきなんだろうと思う。俺たちには父親も母親もいないんだから」

「……」

 何かを言いかけ、けれどティアは哀しげな顔をして黙り込んだ。

 アニスが口を開く。

「ルークには悪いけど、端的に言っちゃうと、普通の人たちにとっては、預言スコアのない世界でただでさえ不安なのに、得体の知れないものが大量発生してるってことだよね」

「不安は伝染します。このままでは世界規模の暴動も起きかねない」

 珍しく、ジェイドは険しい顔をしていた。

「この後陛下たちが、どれだけの指導力を発揮できるのか……だな」

 同じ表情で、ガイは長い階段を見上げる。その先にあるのは、キムラスカ国王の座す謁見の間だ。


 やはり『自分たちの街』という意識があるのか、バチカルに入るとナタリアとルークの動作が俄然機敏になります。二人揃って、トラブルが起きれば真っ先に制止の声を上げながら駆け寄る。いやまあ他の街でも(特にナタリアは)そうなんですが、なんだか今回は二人揃って行動していて印象的でした。暴動を起こした市民たちの前で、自然に二人並んで説得してたり。

 ナタリアが立派な女王になるのは容易に想像できますが、レプリカルークも案外いい王様になれたのかもしれません。

 

 バチカルにレプリカが溢れています。ゲームではレプリカは全員、例の灰色の全身スーツ姿で、一目で見分けがつくようになっているのですが、物語上では必ずしもパッと見で区別が付いていないので、ノベライズではレプリカの中にも普通の服を着た者がいるように語りました。

 街にいるレプリカたち一人一人に話しかけると、奇妙な感じがします。

街をうろつくレプリカたち
「私はこれからどうすればよいのでしょう」
「………………どこ……」
「バチカルは、私が育った街よ。だからここにいる権利があるわ」

バチカル修道院に保護されたレプリカたち
「障気を中和するにはどうすればよいのじゃ? レプリカにしかできないことがあるかもしれぬ」
「ぶつぶつ……(祭壇に祈っている)。誰か……助ける……」
「しょ……しょう…き。うぅ……」

 彼らは同時期に大量生産され、同じように刷り込み教育されたレプリカのはずなのに、人格の発達に恐ろしいほどの差があるのです。

 マトモに喋れさえしない者がいる一方で、硬い口調ながら普通に喋る者もいる。更には、流暢に喋って口調に個性のある者すらいる。(指導者として動いていたマリィレプリカ達さえ画一的な口調でしかなかったのに。)これはどういうことなのか? それぞれの個人的な体験のせいかもしれませんが、それにしたって彼らは生まれて二、三ヶ月しか経っていない。人の街に現われてからは十日程度でしょう。そんな短期間でここまで成長出来るものなのか。

 

 とはいえ、街をうろつくレプリカたちが自分中心の発言をしているのに対し、修道院に保護されたレプリカは、祈ったり、障気(世界の将来)について考えたり、自分に出来ることがないかとさえ言っています。これは修道院で教育を受けたからなのか。ならば、やはり成長? レプリカの精神成長速度は早い? でも、ルークの精神発達は普通の子供と大差ありませんでした。…イオンやシンクも生まれて二年で普通の人間と変わらぬ精神性でしたが、刷り込み教育の下地があるレプリカは、精神発達が早くなるということなのでしょうか。

 もしかすると、ルークは世界唯一の「レプリカを自然発達させた」ケースだったのかもしれません。(軟禁されてたけど)

 

 それとは別に興味深いこともあります。街をうろつくレプリカの一人が「バチカルは、私が育った街よ。だからここにいる権利があるわ」と言っていることです。バチカルが自分の育った街とはどういうことなのか。――まさか、オリジナルの記憶までコピーされているのか?

 物語上、レプリカはオリジナルの記憶まではコピーできないとされていて、それが『真に人間を複製することは出来ない――人は唯一の存在である』という、物語の核にもなっています。なのに、このレプリカの発言は、それを覆してしまう!

 これはどういうことなのか。私が考えた可能性は四つです。

 なんにしても、設定がよく分からなくなる、不親切な感じの声です。どういうことなのかフォローしないし…。



 レプリカが迫害されている様を目の当たりにして、ショックを受けてしまうルーク。

「俺たちには父親も母親もいないんだから」

 確かに、レプリカには生物学的な意味での親はいない。でも…。(シュザンヌが聞いたら、どんな顔をするんだろう。)

 

 かつてアブソーブゲートで対峙した時、ルークは『レプリカルーク製造の親』であるヴァンに疑問と怒りをぶつけました。

「だったら……だったらなんで俺を作った! 俺は誰で、何の為に生まれたっていうんだ!」

 そして今、ユリアシティで『フォミクリー原理の産みの親』であるジェイドに怒りをぶつけます。

「だったら俺たちはどこへ行けばいい? どこで暮らせばいい? 何も出来ない子供と同じ俺たちが……」

 怒りをぶつけられて、ヴァンは嘲笑いましたが、ジェイドはうな垂れてしまう。

 ヴァンは答えを知っています。だから嘲笑った。ジェイドは答えが見つからない。だからうな垂れた。

 でも、ヴァンを力で倒してもルークの悩みが消えなかったように、ヴァンの答えはヴァンの答え。ジェイドが回答を見つけたとしても、それはジェイドの答え。

 望まれずに生み出された子供は、どう生きるべきなのか?

 育ての父のガイも、母のように接してくれたティアも、みんな自分の答えを、既にルークに向けて口にしている。けれどルークが自分で答えを見つけるまでは――心から納得するまでは、それらは耳を通り抜けるだけの『理屈』でしかないのだと思います。

 それを知っていたから、かつてイオンは「僕は多分、あなたがどうしたいのか知っています」と言いながら答えを口にしなかったのではないでしょうか。


「おお! ナタリア! モースは一体どうしてしまったのだ?」

 謁見の間に通されると、インゴベルトが早速のように娘に声を投げかけてきた。

「わたくしたちもそれを調べております」

「とにかく、こちらとしては迂闊に逆らう訳には行かぬ。無論モースに従うつもりはないが、市民たちの預言スコアへの信頼は高い。王室が跳ねつけたところで、暴動が起きる可能性もある」

「くそ……!」

 大声で悪態を吐いたのはルークだった。場をわきまえない態度は、まるで彼がまだ長髪だった――本物の公爵子息として傲慢なほどの自信を持っていた頃を思わせる。刺すような目でその様を眺めて、アルバイン内務大臣が冷たく言った。

「レプリカの件に関しても陛下は頭を悩ませておいでです。難民として処理するにも数が多すぎ、街の治安が乱れております」

「中には葬式の途中にレプリカが現われて、大混乱の挙げ句、死傷者が出たという話もある。食料も無尽蔵ではないしな。レプリカには頭が痛い……」

 本当に疲弊した様子でインゴベルトは額を押さえている。だが、俯いた甥の様子に気付くと慌てて気遣う声を掛けた。

「……おお、ルーク。お前のことではないのだ。気に病むな」

 一方で、ゴールドバーグ将軍が国王に向き直って進言している。

「陛下。私は早速マルクト大使に面会し、あちらとの連携を計ろうと思います」

「うむ。任せたぞ」

 一礼すると、素早く将軍は退出していった。

「ところでお父様。預言スコアに関しての話し合いが、ようやく出来そうですわ」

「そうか、ナタリア。無事橋渡ししてくれたのだな。ご苦労だった」

 相好を崩して、インゴベルトは娘を見つめる。

「しかし丁度よかった。三勢力で、預言スコアについて明快な取り決めをするのは当然だが、わしは新生ローレライ教団への進軍も提案するつもりだ」

「確かに、このままじゃこの地上は、レプリカ大地のせいで消されちゃうもんね」

「しかしエルドラントを攻撃するとなると、プラネットストームが邪魔をします」

 アニスが言い、ジェイドが指摘すると、インゴベルトは再び額を押さえた。

「そう。それも頭の痛い問題だ。レプリカ問題についても考えなければいかんしな」

「レプリカの問題はそんなに深刻なのですか?」

 少し声を落としてナタリアが訊ねる。

「今は一時期よりマシだ。どうやらレムの塔なる場所へ向かっているらしく、街からだいぶ姿を消してくれた。

 しかしそれまでは、住民との軋轢や財政への圧迫で大変な騒ぎだった。何しろ一つの国が作れるほどの数だからな。言葉もろくに通じぬ者も多い……。レプリカを捕らえて、色々よからぬことに使おうとしている奴らもおってな……」

「……やっぱりレプリカには行き場がないのかな」

 暗くルークが呟く。ナタリアが急いで従弟いとこに顔を向けた。

「それは、今、何の法整備も出来ていないからですわ」

「感情的な問題もありますぞ。……レプリカは限りなく本物に近い、『偽者』なのですから」

 アルバインの声音は相変わらず氷のようだ。

 誰もが顔を歪めたが、反論はしなかった。ここは言い争いをする場所ではないし、アルバインの言い分は――事実でもあったからだ。

「とにかく、まずは会議だ。我が国としての統一見解をまとめるため、側近たちを招集する。話がまとまるまで、お前たちはファブレ公爵の屋敷で待ちなさい」

 優しく王が指示を下した時、弾かれたようにナタリアが前に進み出た。

「……お父様! わたくしも参加させて下さい」

 王は、愛娘の決意をみなぎらせた顔を見つめる。

「……よかろう」

「ナタリア、頼むぜ」

 ルークが言った。その声音は明るかったが、どこかぎこちない。ナタリアは再び彼に顔を向けると、「ええ」と力強く頷いた。

 ルークは視線を王に向ける。

「それと陛下、例の件でご報告があるのですが……」

 サッとインゴベルトの顔色が変わった。

「……後ほど私の部屋へ来るように」

「分かりました」

 ルークが頷くと、王は退出していく。

 それを見送ったナタリアは、物問いたげな視線をルークに向けはしたが、何も問いはしなかった。

「準備もあることですし、わたくしもここで失礼致しますわ」

 仲間たちにそう断って退出していく。いつか必ず話すと言ったルークの言葉を信じているのだろう。

「さて、俺たちもインゴベルト陛下の部屋へ行こうぜ」

 ガイが言う。「……そうだな」と返してルークが歩き始めると、後ろに従ったアニスがふと考え込む仕草をして言った。

「それにしても、あの二人って全然似てないね」

「あの二人って……」

 ティアが首を傾げている。

「ナタリアとラルゴ」

 悪戯っぽく笑うと、アニスは言葉を続けた。

「ナタリアは華奢だし、美人だし……」

「母親似なんだろう」

 笑ってガイが返す。ルークはボソリと言った。

「ラルゴ似のナタリアってのも怖いぞ」

「確実にあなたより背が高いでしょうね」

 からかう口調でジェイドが笑い、殆ど反射的にルークは声を荒げる。

「お、俺はまだ成長期なんだよ! ……ん? みんなどうしたんだ?」

 ルークは目を瞬いた。ジェイドを除く全員が、なにやら神妙な顔になってしまっているではないか。

「いや……ラルゴに似てしまった場合のナタリアを……」

 ひきつった笑みを浮かべてガイが言い。

「想像しちゃった……」

 と呟くアニスは、居心地悪そうな顔をしていた。

「……」

 ティアは黙って苦笑している。

「かなり野性的でしょうね」

 大仰にジェイドは苦悩のポーズをとってみせ、ルークはがくりと肩を落とした。――想像してしまったのだ。

「……ま、まぁな」

 ナタリアが母親似でよかった、と心底感謝した。





「……おお。それではやはり、あのラルゴという男がナタリアの実の父親なのだな」

 インゴベルトの私室で報告を済ませると、王は杖を持つ手に力を込めて声を震わせた。

「はい。間違いありません」

「どうしたらいいのだ……。もしも新生ローレライ教団と全面衝突ということになれば、あの子は実の父親と戦わねばならぬ」

「まだナタリアはこのことを知りません。このまま知らせないという方法もあります」

 静かにジェイドが意見を述べる。哀しげな瞳でアニスが同調した。

「本当の事を知るだけが幸せとは限らないもんね……」

「そなたはどうだ? ルーク、どう思う?」

 インゴベルトがルークに目を向ける。少なくともこの件に関しては、王は全面的にこの甥を頼りにしているらしい。

「俺は……自分がレプリカだって知った時、そんなこと知りたくなかったって……悲しかった」

 そう答えて、ルークは揺らぐみどりの瞳を伏せた。

「だけど……薄々自分が自分でないことにも気付いていたから、何も知らされないままだと自暴自棄になってたかもしれない」

 屋敷で暮らしていた七年の間。

 自分は記憶を失ったのだと信じていた。けれど、胸のどこかでは疑っていた。

 ――俺は本当に『俺』なのかな。

 どんなに手繰っても引き出せない記憶。閉じられた世界の中で、フワフワと頼りないままの足元。誰もに失望され疑われているような気さえして。

 このまま、みんなの待ち望む『ルーク』に戻れないのだとしたら。いつか。

 ――「お前なんか要らない」って。

 ルークは片手で胸を押さえた。目を上げる。

「俺とは状況が違い過ぎるけれど、俺は……知っていた方がいいんじゃないかって思います」

 外の世界に出られれば、不安から解放されるかもしれないと夢見た。だが、そこにあったのは知りたくもなかった現実ばかりで。――それでも、口を閉ざしたまま核心を語ろうとしないジェイドやイオン、ティアの態度には苛立った。

 腹が立って、悔しくて、不安で。……怖かった。――自分と同じ顔をした男が舌なめずりをしながら真実を告げた、あの恐ろしい瞬間までは、ずっと。

 ガイが頷いた。

「そうだな。確かに知らないという幸せがあることも事実だ。でも俺たちが知っていて、当事者のナタリアが何も知らないって状態は歪んでると思うね」

「……後で真実を知った時が辛いものね」

 何かを思い出したのか、苦しげにティアも同調する。頷いて、インゴベルトは皺深い顔に更に皺を刻んだ。

「そうだな……。考えさせてくれ」

「はい、陛下」

 静かにルークは頷きを返す。そして王の私室を退出した。


 プレイしていて、ルークには衝撃を受けることが度々ありました。

 七年前の時点で赤ん坊同然だったことや、人殺しに決して慣れることがなかったこと。そして、ここでルークの言う「薄々自分が自分でないことにも気付いていた」という台詞にも、一周目プレイの時、凄まじい衝撃を受けたのでした。

 

「薄々気付いていた」のが屋敷時代のことなのか、旅に出てからのことなのかは分からないのですが、最初にプレイした時、私はこれを屋敷時代のことだと思いました。

 ルークはあの屋敷の中で、何も考えず幸せを消費していたわけじゃなかったのか。

 そう思った時、ルークが公爵子息らしからぬ言葉遣いや服装を好んでいたこと、ヴァンに異様に傾倒していたことに、一つの筋道がついたような気がしたのです。そうだったのか…! と。それで、ヴァンの「お前が必要なのだ」の言葉に大きな意味があったのだと思うようになったのでした。

 

「知らないという幸せがある」

 かつて、ジェイドもイオンもティアも、ルークがレプリカだと知ってもそれを告げようとはしませんでした。オリジナルイオンの死を、アニスはアリエッタに告げませんでした。悲惨な結果を生んだこれらの例。真実を早く告げていたら、違う結果になったのかどうかは分かりません。でも、ここにきてとうとう、ルークたちは『過酷であっても真実は告げるべきだ』という結論に達したようです。


 城門を潜れば、相変わらず世界は紫に染められている。ファブレ邸の門が見えてきた辺りで、先頭のジェイドが足を止めて仲間たちに向き直った。

「私もこの時間を利用して、マルクトの総意をまとめるよう皇帝陛下に進言してきます」

 そう言うと、くるりと身を翻して行きかけ、思いついたように立ち止まる。

「あ。アルビオールはお借りしますよv

 にこやかに言うと、今度こそ立ち去った。

「さて、と。どうするルーク。このまま屋敷に戻るか?」

 ガイが訊ねてくる。

「うん……」

 応えながら、ルークはぼんやりとその場に佇んでいた。顔色は冴えない。

「ルーク。どうしたの?」

「うん。ルーク変だよ。なーんか考え込んじゃって……」

 ティアとアニスが気遣わしげに言った時、久方ぶりの共鳴音が脳裏に響いて、ルークは悲鳴を上げて頭を抱えた。

「いてぇ……」

「ルーク?」

 ティアの顔が緊張をはらむ。「ローレライか、それとも……」と怪しむガイの声も聞こえた。そして。

 ――レプリカ。今、どこにいる。

 頭の中に響いたのは、不機嫌そうな被験者オリジナルの声の方だった。

「アッシュ……! 今は……」

 ――いや、いい。見えた。バチカルか。

 答える前に、アッシュは勝手に話を進めていく。

「お前ばっかり俺に声を送って、俺の目で物を見やがって!」

 ――……俺もバチカルの近くにいる。お前に会いに行くから、街を出るなよ。

 ルークの苛立ちを無視して、アッシュはそう命じてくる。うねる痛みに翻弄されながら、ルークは咄嗟に思いついたそれを口にした。

「俺は屋敷にいるから、会いたいなら勝手に来い」

 ――駄目だ。港かどこかに……。

「俺は自分の家に帰りたいんだ!」

 頑迷なまでに叫ぶと、苛立ったような声が跳ね返される。

 ――……好きにしろ!

 繋がりがブツリと途絶えた。痛みが遠ざかり、ルークは両膝に手をついて荒く息を吐く。

「アッシュ、なんだって?」

 待ちかねたように、後ろからアニスが問いかけた。

「俺たちに会いに来るらしい。屋敷で待ち合わせした」

「屋敷に? いいのか?」

 ガイが、ひどく驚いた顔で問うたが。

「……うん。その方がいいんだ」

 低く返して、ルークは膝から手を離すと身を起こした。声の調子を明るく取り繕う。

「それよりも、アッシュの奴、何なんだろうな」

「ローレライの宝珠に関する報告じゃないか?」

「……ってことは、見つからなかったのかな」

 ガイの意見を聞いて、アニスが考える仕草で言った。ルークは首を傾げる。

「なんで?」

「見つかったなら、その便利連絡網で『見つかったぞ、レプリカ』とか言ってきそう」

「便利連絡網って……」

 物真似を披露してケタケタ笑ったアニスを、ルークはジトリと睨んだ。思えば、キノコロードを探索した頃からそんな呼び方をしていたのだったか。確かに、他の者にとっては便利なのかもしれないが、こっちにはたまったものではない。あの頭痛は、本当に気が遠くなるほどひどいのだ。

「でも確かにアニスの言う通りだわ」

 ティアが言った。アッシュからの通信は本当に便利……ではなく、アッシュの性格なら、宝珠が見つかったならすぐに報せてくるだろうということだ。

「……で、見つからないんで、お前をどやしつけに来たか」

「……丁度いいよ。俺、あいつにやって欲しい事があったから」

 僅かに歪んだ笑みを浮かべたガイに、ルークは淡々と返す。「やってほしいこと?」と、アニスが問い返した。

「ま、後で分かるよ」

 硬い表情のままで言って、ルークはファブレ邸の門へと向かい始める。小走りに続いてアニスが言った。

「ファブレ家も色々事情が複雑だよねぇ」

「そうでもないさ。アッシュが意地張らずにこの屋敷に戻ってくれば万事解決なんだ」

 振り向かずにルークは言う。その様子に、ティアが僅かに表情を曇らせて問うた。

「それであなたはどうするの?」

「要るとか要らないって話になるなら、もううんざりだぜ」

 ガイの口元は笑っていたが、目は厳しい。足を止めて、ルークは目線をさまよわせた。

「俺は……。俺はまだどうするのか……分かんねーけど……」

「ださ」

 途端にアニスがむっと頬を膨らませたので、ルークは声を呑む。そんな彼に、少女は膨れた顔のまま詰め寄った。

「アッシュのことどういう言う前に、自分自身の身の振り方ぐらいちゃんと決めたら?」

「同感だわ。自分の目的も定まらないで、他人に何を強要しても無駄よ」

 同じく詰め寄るティアの視線も冷たい。たじたじとなって、ルークは肩を落としてぼやいてみせる。

「……ちぇっ。何で俺の周りの女はこう、みんなきっついんだよ」

 そんな親友に少し困ったように笑いかけて、けれどガイもこう言った。

「仕方ないだろ。……本当のことなんだから」





 アッシュがファブレ邸を訪れたのは、それから間もなくのことだった。

 予め人払いをしておいたので、広い玄関ホールにはルークたち以外は誰もいない。どこか居心地悪げに佇む彼に、感慨深げな声を掛けたのはガイだった。

「お前がここに足を踏み入れるとはな……」

「二度とここに戻ることはないと思っていた」

 感情を押し殺した顔で、アッシュはそう返す。

「アッシュ、ローレライはどうだった?」

 間に耐え切れないように、先に訊ねたのはルークだ。素直にアッシュは返答を始めた。

「ローレライとは繋がらなかった。やはりヴァンの中に取り込まれ、交信不能にされているんだろう」

「それじゃあローレライの宝珠がどこにあるかは……」

「分からない。だが、ローレライは地核からセフィロトを通じて鍵を流した。お前が受け取っていないなら、セフィロトのどこかに辿り着いている筈なんだ」

 アニスが口を挟んでくる。

「だけどセフィロトはアッシュが探したんでしょ? もしかして探し損ねてるとか」

「俺はそんな間抜けじゃない」

 眉間に皺を寄せて、アッシュはジロリとルークを見やった。

「こいつじゃあるまいし」

「どういう意味だ」

 ルークはぶすりと表情を腐らせてみせる。

 珍しく、ルークとアッシュの間に会話が成り立っていた。多少ぎこちなくではあるものの……。

「剣と宝珠は反応し合うそうだわ。見つけられない筈はないと思うけど……」

「宝珠が見つからなきゃ、師匠せんせいたちの思うつぼなんだよな」

 ルークはティアに顔を向ける。ちっ、とアッシュが舌を鳴らした。

「八方塞がりか……。障気のせいで、街の奴らも新生ローレライ教団寄りだしな……」

「障気か……」

 ふと、ルークの瞳が思いに沈む。

 

『……聖なる焔の光は穢れし気の浄化を求め、キムラスカの音機関都市へ向かう。そこでとがとされた力を用い、救いの術を見い出すだろう……』

 

(イオン……)

 一度目を伏せ、それを上げる。目の前の、自分のオリジナルに向かって言った。

「アッシュ……。超振動で障気を中和できるって言ったらどうする?」

 アッシュが怪訝に表情を歪ませる。

「……何を言っている? そんなこと出来る訳がないだろう」

「出来るんだよ! ローレライの剣があれば!」

 叫んで、ルークは続く声を小さくした。

命と引き替えになるけど……

 小さな呟きは、しかし広いホールにはよく通る。ティアが顔色を変えて詰め寄った。

「ルーク、それはどういうこと?」

「そんなの初めて聞いたよぅ」

 アニスも眉を歪めている。

「……」

 ガイは、険しい目でじっとルークを見ていた。同じようにルークを窺っていたアッシュが、やがてふっと息を吐く。

「……それで? お前が死んでくれるのか?」

「お……俺は……」

「レプリカはいいな。簡単に死ぬって言えて」

 険のこもる目と揶揄を含んだ声に刺し貫かれた気がして、ルークは目を見開いて全身を強張らせていた。

 

『アクゼリュスのこと……。謝って済むならいくらでも謝る。俺が死んでアクゼリュスが復活するなら……ちっと怖いけど……死ぬ』

 

 かつて自分が言った言葉。そして、その時に言われたこと。

(俺……)

 刹那、視線が傍らのティアに向かう。震え掛けた指先を強く握り込んで、すぐに目を床に落とした。

「……俺だって死にたくない」

「……。ふん、当然だな。俺も……まだ死ぬのはごめんだ」

 数瞬黙り込んで自分のレプリカを眺めた後、そう言うとアッシュは黒衣の裾を翻した。そのまま足早に玄関扉へ戻り始めたのに気付いて、驚いたようにルークが顔を上げる。

「ま、待てよ!」

「話は終わった。それに俺にはやることが出来たからな」

 アッシュは足を止めようとしない。ルークは走ると、後ろから強く肩を掴んで引き戻した。

「俺は終わってないっ! あと十分、いや五分付き合え!」

「は、放せっ!」

 二人はもめ始める。その様子を眺めていたガイが、やがて静かに言った。

「付き合ってやれよ、アッシュ」

「……」

 アッシュはもがくのをやめる。

「分かった……」

 呟いて、諦めたように息を吐いた。





 強引にアッシュの手を引いて、ルークが向かったのは屋敷の奥に位置する部屋だった。途中ですれ違った使用人たちが、並ぶ瓜二つの若者を見て目を剥いている。

「おい……! 貴様、どこまで……!」

 喚くアッシュの様子には構わずに、ルークは彼を引きずるようにして、回廊の突き当たりの扉をノックもせずに潜った。ソファーでくつろいでいた赤い髪の夫妻が驚いた顔で立ち上がり、まじまじとルークを……いや、彼が引きずり込んだ、同じ顔をした黒衣の若者を見つめる。

「ルーク! ……ルーク!?」

 最初は驚きと混乱。次いで理解と驚愕が、シュザンヌの声音にのぼった。

「……お前は!」

 珍しく屋敷にいたファブレ公爵も、震えを帯びた声をあげている。アッシュは何も言えず、石のように固まった。

「……父上。母上。本物のルークを連れてきました」

「貴様! 何を考えて……」

 ルークの声を聞いて、ようやく石化を解いて睨みつけたが。

「俺たち、庭にいますから!」

 殆ど逃げるようにして、ルークは仲間たちを押し出すと部屋から姿を消してしまった。

 室内には、実の親子だけが残される。

「ルーク! ルークなのですね!」

 やがて落ちたシュザンヌの声は、感に震えていた。

「……ご、ご無沙汰しています。母上」

 母の涙に強張った声を返すと、父の確かめるような声が響く。

神託の盾オラクル騎士団にいたのか」

「はい……」

 アッシュは僅かに身を固くした。

 現在は軍規違反で役を外されているが、今も神託の盾の軍服を着ている。見れば分かるだろうし、レプリカから話が伝わっていない筈もないだろう。――そう。ヴァンに加担していたことも、自力ではその企みを止められなかったことも……。

「……大きくなったな。ルーク」

 だが、予想した叱声は飛んでこなかった。驚いて、アッシュはかつて常に畏怖と共に見上げていた男を見やる。

「父上……」

 これが七年の時間というものなのか。

 記憶の中の姿より、父は確かに老いていた。そして――目の中に宿る、光が。

 これは何なのだろう。

 かつては氷のようだった。「よくやった」と口では言っても、目はこちらを見てはいない。如実にそれを感じて。それは自分に力が足りないからだ、跡取りとして相応しい男になれば認められるのだと、そう信じてがむしゃらに日々を過ごしていた。

 今の自分は『ルーク』ですらない。――なのに。

 あの頃の自分が欲しかったもの。それが今、確かにここにある。与えられているのを感じる。

 自分自身が変わったように、時間がそれをもたらしたのだろうか。何か話しかけてくる母の声を聞きながら、(違う)とアッシュは独りごちた。

(これは、あいつが作った場所ものだ)

 奪われた場所は、変えられた。――あの出来損ないのはずの屑の手で。

「ルーク。これからはずっと、ここにいてくれるのでしょう?」

 帰りたかった。ずっとずっと、この眩い場所に焦がれていた。

「……俺は、二度とこの家には戻りません」

「ルーク!」

 悲しげに叫んだ母に背を向け、アッシュは歩き始める。

(ここはもう、俺の居場所じゃない。それに――)

 きゅっと目を閉じると、眉間に深く皺が刻まれた。

 どちらにしても。既に自分には、そんな時間は残されてはいないのだ。




 ルークたちは中庭にたむろしていた。

「なるほどね。パパとママをアッシュに会わせるってことだったのか」

 両腰に手を当てて、納得の息をアニスが落とす。ティアは戸惑う様子でルークを窺った。

「でも、ルーク。よかったの? あなたはアッシュがこの家に来るのを……」

「……怖がってた。その通りさ」

 ルークは顔を伏せる。

「だけど……俺はやっぱりレプリカだし……あいつは本物だし。いつか要らないって言われるなら……」

「やめとけ、ルーク」

 片手を握って言った時、遮るように声が投げられた。

「ガイ……?」

 その語気の強さに驚いて、ルークは親友を見やる。彼は険しい目でこちらを睨んでいた。

「おかしいと思ってたんだ。この間から妙に考え込んでたのは、自分を殺して障気を消すなんて馬鹿なことを考えてたせいだろ」

 息を飲んだのはティアとアニスとミュウだ。ルークは黙り込む。

「ルーク! 馬鹿なことを考えるのはやめて!」

 青ざめてティアが詰め寄ってきた。

「自分はレプリカだ、偽者だなんて卑屈なこと考えるから、要らないって言われることを考えるんだ。そんなこと意味のないことだろうが」

 ガイの様子は険しいままで、珍しく、彼が本気で怒っていることを伝えてくる。

「だけど俺、自分がレプリカだって知ってから、ずっと考えてきたんだ。俺はどうして生まれたんだろう。俺は何者で、何の為に生きてるんだろうって」

 それでも、一息にルークはそう返した。何かをこらえるように俯いて、残りの言葉を絞り出す。

「俺は……レプリカは本当はここに居ちゃいけない存在なんだ」

「いい加減にしろ!」

 とうとうガイが怒鳴りつけた時、「……全くだ」と同意する男の声が聞こえた。振り向けば、回廊から庭に下りてくるアッシュの姿が見える。

「俺はもうルークじゃない。この家には二度と戻らない」

 近付きながらそう言うと、足を止めずに脇を通り過ぎた。すれ違い様に鋭い一瞥を投げつける。

「馬鹿なことを言う前に、その卑屈根性を矯正したらどうだ。……苛々する!」

 そのまま、黒い影は庭を横切って姿を消した。

「……ルーク。とにかく少し休め。今のお前は疲れてるんだよ」

 労わるようにガイが声を掛けてくる。

「……うん……」

 うな垂れたまま、僅かに髪を揺らして頷くルークの姿は、小さな子供のように頼りなかった。





 バチカル城で、キムラスカの重臣たちを集めた会議が行われたのは、その翌日のことだ。

「……確かに無尽蔵の音素力フォンパワーは失われるかもしれません。でも人類が失われた後、プラネットストームだけが残っても無意味ではないですか!」

 ファブレ公爵以下の重臣たちの前に立って、ナタリアは朗々と訴えている。頼もしげにその姿を見守ったインゴベルト王は、彼女の言葉が終わると自らも口を開いた。

「もはや預言スコアという道しるべは消え失せた。我らは我らの意志で未来を掴まねばなるまい」



 エルドラントは、惑星を巡る人工的な音素フォニムの流れ――プラネットストームを利用した障壁に包まれている。これがある限り、侵攻も探査も不可能だ。しかし、全世界を複製するためのフォミクリー機器は、恐らくはの地にある。擬似超振動による消失から逃れるためにも、なんとしても攻め込む必要があった。ならばプラネットストームを停止させるよりないが、そうすれば世界が深刻なエネルギー危機に陥るのは目に見えている。二千年もの間、人々はプラネットストームから豊潤に産出される惑星燃料の恩恵に浴してきたのだから。



 キムラスカより数刻遅れて、マルクトのグランコクマ宮殿でも皇帝を中心にした議会が招集されていた。

「プラネットストームを失えば殆どの譜業と譜術は失われる。だからといって音素フォニムの全てが消える訳ではありません。限られた音素を新たに有効利用する方法を探ればいい。違いますか」

 マルクトの重臣たちに訴えているのはジェイドだ。

「未来の不便を想像してる暇はねぇだろうな。なにしろ、未来がなくなるかもしれねぇんだ」

 玉座に着いて、ピオニーは鷹揚に意見を述べる。「プラネットストームを止める方が合理的な考え方だと思うがな」と、臣下たちを見渡した。




 それぞれの国で話し合いは続けられ――笑顔を輝かせたナタリアが、ジェイドと肩を並べてファブレ邸の玄関に立ったのは、それから更に二日を経てのことだった。

「喜んで下さいませ。プラネットストームを止める方向で合意しましたわ」

「こちらもです。実際の協議はダアトで行われます。我々も行きましょう」

 ジェイドも笑顔だ。「陛下たちは既に船で向かわれました」と状況を告げた。彼にアルビオールを独占させていた間に、ルークたちは取り残されてしまっていたらしい。

「まあ俺たちはアルビオールだから、追い越しちまうかもしれないけどな」

 冗談めかしてガイが笑う。「……そうだな」と同意を返して、しかしルークの笑みはぼんやりと冴えがない。

「ようやくですわ。あとはこの国際会議に変な横やりが入らないようにしなければ……」

「……うん……」

「三勢力の長が顔を揃えるんだ。警備は万全だろう。それに今更、お互い無理難題をふっかけるとも思えない」

「……うん……」

「だけど、人が警備を担当する限り、絶対はないわ。私たちも警備に協力するべきじゃないかしら」

「……うん……」

 ナタリア、ガイ、ティアが張り切って声を交わす中で、ルークはぼんやりと相槌を打ち続けている。ミュウが不安げな顔になって声をかけた。

「ご主人様、お腹でも痛いですの?」

「……うん……」

 ジェイドがフッと笑う。

「あなたのお父様はいずれハゲますね」

「……うん……」

 アニスが肩をすくめた。

「だめだ。ルーク、てんで上の空だよ」

「下手の考え休むに似たり……なんですがねぇ」

 ジェイドは失笑を浮かべる。

「障気の中和か?」

 なるほどコイツはずっと承知していた訳なんだなと忌々しく思いながら、ガイは不機嫌な目をルークに向けた。

「……アホだろ、こいつは」

 馬鹿なことを。まだ諦めていないとは。

「ルーク……」

 己の内に沈んで仲間たちの視線に気付きもしない。ルークを見つめて、ティアが哀しげに呟いた。





 天空客車から港に下りた時、人込みを掻き分けて、船着場の方からバタバタと駆けて来る老人の姿が目に付いた。ベルケンド『い組』の作業着を着た彼は――スピノザ博士だ。

「おお、すれ違わずに済んだか!」

「どうしたんだ? こんなところまで……」

 驚いて問うたルークに「うむ」と返して、スピノザはすぐに本題に切り込んでくる。

「アッシュに障気の中和を託したのか?」

「なんです、それは」

 ジェイドが戸惑った声をあげた。

「少し前にアッシュが来て、超振動による障気中和の方法を訊ねてきた」

「アッシュが!? どうしてですの!」

 ナタリアの叫びを聞きながら、ルークは愕然と声を漏らす。

「あいつ……何を考えてるんだ」

「あいつに頼まれるまま、成功の可能性を計算したが……」

 スピノザの声を遮り、ジェイドが答えを告げた。

「結果を聞くまでもありません。まず、第七音素セブンスフォニムが足りない。ローレライが眠っている今、プラネットストームが活性化しても絶対量が少なすぎます。それに、もしも足りていたとしても……」

「人間の体力が持たない。音素フォニムの結合が解けて乖離し……死ぬ」

 小声で、ボソボソとスピノザは呟く。

「まさか、アッシュはそれを知っていて……」

「そうだ。止めたのだが、やると言って聞かなかった」

 ナタリアに応えるスピノザの顔色は青ざめていた。元々、ルークにこの話を切り出したのは彼だ。検証してみて初めて、自分がいかに愚かで恐ろしい提案をしでかしたのかに気付いたのだろう。

「だけど第七音譜術士セブンスフォニマー一万人の命ってのは、どうするつもりなんだよ」

 ルークは困惑して訴えた。自分自身ずっと悩んではきたが、これがネックとなっていたのだ。

「レプリカでしょう」

 平明に答えたのはジェイドだった。驚いて、全員が彼を注視する。

「……レプリカは原子の結合に第七音素だけが使われている。彼らの命を使えば、第七音譜術士の代わりにはなるでしょうね。彼は増幅器となるローレライの剣も持っていますし」

「あいつ! レプリカたちと心中するつもりなのか!」

 やっと合点してルークは叫び、ガイは表情を歪めて呻いた。

「おいおい。さんざん死ぬ気はないって言っておきながら、何を考えてやがるんだ!」

 ナタリアが縋るような目でルークに迫る。

「ルーク。彼を止めて! こんな無茶、許す訳には参りませんわ!」

「ああ。分かってる」

「だけどアッシュはどこにいるの?」

 アニスが尤もな疑問を口にした。これに答えたのはティアだ。

「レプリカの第七音素を使うつもりなら、彼らが集まっているレムの塔よ」

「レムの塔はどこにあるんだ?」

 訊ねたガイに、「キュビ半島ね」と歯切れよく答える。

「元々魔界クリフォトにあった陸地なの。南ルグニカ大陸の突端と繋がっている筈よ」

「よし、アッシュを追いかける!」

 言うなり、ルークは船着場目指して走り始めた。スピノザを残して、仲間たちもそれに続く。

「アホがもう一人いたとはな!」

「本当に、アッシュったら何を考えていますの! 自分が死んで障気を消すだなんて……わたくしは納得できませんわ!」

 ガイとナタリアが憤った声を上げている。笑おうとしながら、ジェイドの顔にも怒りが滲んでいた。

「こう自殺志願者が多いと、イライラしますね。いや心中希望者かな。どちらにしても馬鹿げています」

「一万人のレプリカと心中……。あいつ、死にたくないって言ってたのに!」

 ルークが叫ぶと、ガイはふと、目元を歪めて声音を落とした。

「捻くれてる奴だからな。何を考えているのか……」

「急ぎましょう!」

 ティアが促す。一同は海の波に揺れるアルビオールの昇降口ハッチに駆け込んだ。


 ルークの日記には、ナタリアとジェイドが戻ってきたのはアッシュと話した翌日だと書いてあるのですが、物理時間的に幾らなんでもそれは不可能なので、ノベライズでは数日空けました。(ジェイドの移動は無茶をすれば可能かもと考えることが出来ても、アルビオールを持たないスピノザの移動時間があるので。)

 

 原作では、スピノザと会うのはバチカルの陸側出口の方で、港からは出港できないようになってます。

 でも、ベルケンドから急いでバチカルに来るのなら、普通使うのは陸路ではなく海路だろうと思いましたので、場所を港に変更してみました。まるで意味のない原作への反抗。(苦笑)

 

 キュビ半島はルグニカ大陸の南端と繋がっているとティアは言いますが、実際は繋がっていません。……しかし攻略本に載っている(実際とは違うと但し書きのある)地図で見ると繋がっているので、恐らく開発段階ではティアの言う通りの地理だったのでしょう。

 この半島、魔界の大地が液状化していた頃も、泥の中に飲まれることなく二千年存在し続けていました。作中ではこのことを誰も不思議に思わず、突っ込んでくれません。なので説明もなされず、何故そうだったのかが分かりません。……この秘密が分かったら、地核を静止させないまま外殻大地を下ろすことも可能だったのか…も?

 

 ファブレ邸でのイベントが終了してから、もう一度玄関ホールに戻ると、『宝刀ガルディオス』イベントの二回目までクリアしている場合、剣の飾られた柱の前にファブレ公爵が現われています。話しかけるとこのイベントの最終回が起こり、ガイが『宝刀ガルディオス』を得ます。


 その塔は、何かの残骸のような姿を紫のもやの中に滲ませていた。

 創世暦時代の様式なのだろう、どこかユリアシティを思わせる意匠で、天に伸びた突端はどこまで達しているのやら、ただでさえ濁った大気に霞んで見えはしない。

 まっさきに自動扉を潜ったルークは、ぎょっとして足を止めた。

「これは一体……!」

 ほの明るいホール一杯に人が溢れていたのだ。殆どが例の灰色の全身スーツを身にまとっていた。

「レプリカの方がこんなに!」

 見回して、ナタリアも目を丸くしている。ティアは声を震わせた。

「みんな、なんて目をしているのかしら……」

「ああ……。生気がない」

 ガイが頷く。これだけの人数がいながら、ホールは水を打ったように静まり返っていた。彼らは呼吸もしているし瞬きもしている。しかし無表情に押し黙って、あたかも並べられた人形のようにみっしりと佇んでいるのだった。

 その異様さに怯えたように、アニスがルークを見上げて訴える。

「ルーク。私、ルークとこの人たちが同じなんて思えないよ」

「彼らには個性がないんだわ……」

 レプリカたち一人一人の顔を見渡しながらティアが言った。彼らは一様に同じ目をしている。静かにジェイドが述べた。

「刷り込み教育のためでしょう。レプリカは赤ん坊と同じ状態で生まれます。歩き方一つ知らない。機械的に最低限の知識を与えると、みんなこうなってしまう」

 ルークは刷り込みを施されなかった稀有なレプリカだ。そのため知識に偏りはあるが、情緒はオリジナルと変わらぬものに育っている。――そう。養育の手間を惜しまれ、記憶だけを与えられたレプリカには『情緒こころ』が育っていない。そればかりは、人工的に生み出すことが出来ないものなのだから。

「何だか気分が悪い……。レプリカって……一体何なんだ!」

 吐き捨てて、ルークは人形じみた同胞たちから目を逸らす。

 静まり返った中に、カツカツと靴の踵を鳴らす音が響いた。ホールの中央には大きな昇降機があり、円筒状のガラスに覆われたそれに巻きつくように、左手から螺旋に階段が伸びていたが、それを降りてきた人影があったのだ。

 その女は驚いた顔をして一瞬止まり、すぐに近寄ってきた。海賊めいた派手な衣装で豊満な肢体を覆った美女。

「坊やたち! 丁度いい!」

「お前! 漆黒の翼の……! どうしてこんなところに」

「あたしたちはアッシュに雇われてるからね」

 訊ねるルークに、ノワールは簡潔に返した。

「それではやはりアッシュはここに!」

 ナタリアが叫び、ノワールは表情を険しくして頷く。

「ああ! アッシュは障気を消すためにレプリカたちと心中するつもりなんだよ。

 今、仲間がアッシュを追いかけてる。坊やたちもアッシュを捜して止めとくれ。馬鹿なことはおよしってね」

「分かった。とりあえず昇降機で上に……」

 身を翻してルークが足を踏み出しかけた途端、それはガシャガシャと厳重に扉を閉ざした。

「あぅ〜。閉まっちゃったよー」

 アニスが頭を抱える。中に乗り込んでいるのはレプリカたちで、昇降機は明るいガラス管の中を昇って彼らを運んで行った。

「まずいですね。他に上に行く方法は……」

 ジェイドが思案げな顔をする。天辺が霞むほど高い塔だ。次に降りてくるまでに相当な時間がかかるかもしれない。もう一つ昇降機でもあればいいのだが。

 ルークは、ノワールの降りてきた階段を見つめた。

「……あれって階段だよな。なぁ、行けるとこまで階段で追いかけねぇか?」

「おいおい、正気か!? この塔、相当な高さだぞ?」

 ガイが目を瞠って異を唱えたが、すかさず少女たちの声がかぶさってくる。

「ええ。だけどここで待ってても仕方ないわ」

「そうですわ。それにもしかしたら、上にも昇降機の乗り込み口があるかもしれませんし」

「……分かったよ。女性陣にそう言われたら、こっちも文句は言ってられないからな」

 くしゃりとガイは己の髪を掻き混ぜた。ジェイドが肩をすくめる。

「年寄りにはキツイですねぇ」

「軍人だろ、あんた……」

 ジトリとルークがジェイドを見やった一方で、アニスはうんざりした様子で唇を尖らせている。

「……にしてもぉ。アッシュってルークの被験者オリジナルだけあって、ホント馬鹿なんだね!

 もう、何考えてるのかさっぱり分かんないよぅ!」

 何故だか居心地が悪くなって、ルークは誤魔化すように鼻をこすった。

「全くだ」

 ガイの同意にも皮肉が籠もっている。だが、「急ごうぜルーク」と促した顔に険はなかった。

「ああ。あいつは俺の被験者オリジナルなんだ。あいつを見殺しには出来ない!」

 ルークは表情を引き締める。

 オリジナルが死ぬ必要などない。彼には能力も、権利も、居場所も。満たされた全てがあるはずなのだから。

「アッシュのこと、頼んだよ!」

 ノワールの声を聞きながら、ルークたちは階段を駆け登った。




 螺旋の階段は時折水平のフロアを挟んだが、部屋があるでもなく、中心の昇降機へ乗り込む口があるわけでもない。

 そんなフロアの一つで、向かい合って何か話しているノッポとチビの男二人を見つけた。

「あんたらか!」

 足音に気付いて振り向き、ひょろりとしたヨークが声を上げる。

「アッシュは!?」

 近付いてくる彼にルークが問うと、「そうかあんたらも、アッシュの旦那を捜しに来てくれたか」と嬉しそうな顔をした。質問には厳ついウルシーが答える。

「この辺りにはいないようでゲス」

「……アッシュは何を考えてるんだ。自分が死んで障気を消して、それで満足なのかよ」

 怒りを吐き出すルークをガイは見つめたが、口は開かなかった。

「満足……と言うよりは、追い詰められているという感じがしますね」

 眉根を寄せて、ナタリアがジェイドを見上げる。

「障気を消す為に焦っている……という感じですか?」

「うーん……。障気を消すためと言うよりは……生き急いでいるというか……」

「だったら尚更追いかけて説得しないと」

 ルークが言うと、ジェイドは口ごもった。

「それは構わないのですが……」

「何か? 大佐、何か気になることでも?」

 ナタリアはますます不安を瞳に募らせる。

「彼が生き急ぐ意味を知らない限り、止めようがないと思うのですよ」

「……アッシュは何かを俺たちに隠してるかもしれないんだな」

 ルークが呟くと、耐え切れなくなったのだろう、ナタリアは胸を両手で押さえて、泣きそうに顔を歪めた。

「どうしてわたくしたちを頼って下さらないのかしら。アッシュ……。どうして自分を犠牲にしてまで……」

「そりゃあ、お姫様、あなたのためでしょう」

「……え……?」

 眉を曇らせたまま、ナタリアはヨークを見上げる。

「アッシュの旦那は、あなたとあなたの国が障気にまみれて沈むのを見たくないんですよ」

「だからって自分が死んじまったら、ナタリアが悲しむとは思わないのかねぇ、あの馬鹿は」

 がしがしと片手で頭を掻いて顔を顰め、ガイはなんとも不愉快そうだ。

「それなんでゲスがね。旦那は二言目には、時間がないだのなんだのって。今回も、無駄に死ぬぐらいなら障気と一緒に心中するってんですよ」

「訳が分からねぇが。とにかく、見過ごせませんや」

 ウルシーとヨークがそう語ると、胸を押さえたままナタリアは苦しげに目を伏せた。

「アッシュの旦那も、一途と言うか頑固と言うか……」

「死にたくないって言ったくせに……。あいつは馬鹿だ!」

「この辺りにいないとなると、もっと上の階でしょうか」

 ルークの叫びを聞きながら、ジェイドは上に続く階段を見やる。

「そうだな。急ごう!」

「アンタ達なら、何とか出来ると思うでゲス。任せたでゲス」

 見送るウルシーたちの背後を、無人の昇降機がゆっくりと下りていった。




 それからどれほど登ったのか。

 流石にもう走ってはいない。それでも荒く酸素を貪って、アニスが伸びる階段をうんざりした目で見上げた。

「高いぃぃー。いくら登ってもてっぺんまで着かないよー」

「やっぱり昇降機がないと無理だな」

 アニスほどではないが、疲弊を顔に浮かべてガイが言う。額の汗を拭いつつナタリアが不安な声を漏らした。

「アッシュはもう最上階でしょうか……」

「分からないな。奴が昇降機に乗っていれば辿り着いてるだろうし、俺たちと同じく乗り損ねたなら、まだこの辺りをうろついてるだろう」

「アッシュなら顔色も変えないで、サクサク階段登りそう……」

 ナタリアがアニスに顔を向ける。

「アニスの中のアッシュは、一体どんな人間なんですの……」

「猪突猛進」

「……言い得て妙だな」

 抑えてはいたが、ガイは笑いで震えていた。

「じゃあその猪突猛進野郎を止める為にも、昇降機の乗り口を見つけようぜ」

 そう言う背後のガラス管の中を、レプリカたちを乗せた昇降機が上昇していく。もう何度、この昇降を見送ったことだろうか。

 大人しく一階で昇降機を待つのが利口だったのかもしれない。だが、もうここまで登ってしまったのだ。

 直に水平なフロアに至ったが、やはり昇降機への乗り口はなかった。それどころか、今まではあった上に続く階段すらない。

「あれ!? 階段ここで終わっちゃってるよぅ」

 駆け出して、アニスが辺りを見回した。

 ではここが最上階……には到底見えず、見上げれば梁や柱を剥き出しにしながら高く塔の外壁は続いており、中心の昇降機を囲んだガラス管は遥か上まで伸びている。

「どうやら、この塔はまだ建設途中のようですね」

「建設途中で放棄されたってことか。こんな時でもなきゃ色々調べてみたいが……」

 ジェイドとガイが交わす声を聞きながら辺りを見回していたナタリアは、片隅に小さな箱型の昇降機があるのを発見した。装飾がなく無骨で、バチカル廃工場にあったものと感じが似ている。

「リフトがありますわ。作業用の物かしら?」

「よし。これに乗っていこう」

 即座にルークが決めた。猪突猛進に、とにかく先へ進むことを諦めてはいない。

 歩み寄りながら、ジェイドが薄く笑って軽口を叩いた。

「どこまで上れるんでしょうね。そろそろ楽をしたいものです」

「大佐が一番疲れていないように見えますけど」

 素でティアが指摘すると、俄かにジェイドは腕で口を覆う。

「いえ、生まれつき体が弱いので……げほげほ」

 仲間たちは黙り込んだ。……余裕ありありの最年長者は別として、もはや突っ込む気力も尽きつつあるのかもしれない。




 小さなリフトはやはり最上階には達せず、外壁を張っていた途中らしいフロアで止まってしまった。セフィロトにいたものと同タイプの機械人形ゴーレムたちがうろつく中を探し回って、もう一つリフトを見つけたが、それも途中で止まる。ついに外壁すら無くなり、建築資材がゴロゴロと転がる吹き抜けの場所でルークたちは止まらざるを得なかった。

「あぅ〜。階段もリフトもない。流石にこれ以上はマジきっついよぅ」

「くそっ! ここまで来たのに……」

 罵って、ルークはくたりと肩を落とす。仲間たちも疲れた顔をしていたが、ジェイドだけは普段と変わらぬ動作で歩くと、傍らにあった巨大な作業機械を見上げていた。丸い皿状の本体に四本の足と長い首のようなクレーンが付いた代物で、まるで動物のようにも見えてユーモラスだ。二千年もの間、ずっとここに放置されていたのだろう。厚く埃を被り、長い首は昇降機を囲むガラス管にもたれるようになっている。

「うん。この装置で昇降機を覆っているガラスを破壊しましょうか」

 飄々としたその声を聞いて、ルークたちはうな垂れていた頭をぎょっと上げた。

「そんなことをしては昇降機まで壊れてしまうのではありませんか?」

「ですから、覆っているガラスだけを破壊するんです」

 ナタリアにそう返して、ガイに笑いかける。

「ガイ、出来ますよね?」

「そう言われたら出来ないとは言いたくないねぇ」

 少々憮然としながら、ガイは作業機械の上に登ると調べ始めた。

「うーん……。見たところ装置は動きそうだが、動力源がないと……」

 皿状の本体の中心に、浮かんでクルクルと回転している部品がある。暫くそれをいじって、背を伸ばすと大きく息をついた。

「……やれやれ。芸がないって言われそうだな」

「どうしたんだ?」

「メジオラ高原の時と同じさ」

 訊ねるルークを見下ろす。「また何かから動力を奪うってことね」と、ティアが言った。

「ご明答。どうにかしてこの動力装置を充填させたいんだがな」

 エネルギー充填器が殆ど空になっていた。オールドラントのエネルギーはプラネットストームから無尽に生み出され、大気に充満している音素力フォンパワーだ。それを集積する装置が壊れているのだろう。であれば、既に集められた燃料を注いでやれば、一時的にでも動かせるはずだ。

「下の階にいたゴーレム辺りですか?」

 ジェイドが確かめてくる。アレも創世暦時代の音機関だ。

「そうだな。その辺りが無難だろう。ゴーレムから核を奪い取って動力装置を充填してみるか」

「じゃあこれは持って行くんだな」

 ルークが回転する充填器に近付こうとしたが、それより早くナタリアの命じる声が聞こえた。

「ガイ、それを運んで……」

「ナタリア!」

 咎める声を飛ばしたのはティアだ。ハッとして口元を押さえ、ナタリアは見る間に顔を赤くする。

「あ、あら、いけない! あなたはもう使用人ではありませんでしたわね……」

 申し訳なさそうに身を縮こまらせる少女に笑いかけて、ガイは優雅に腕を振って一礼してみせた。

「結構ですよ、ナタリア様。ご命令とあらば運びましょう」

「マルクトでも陛下にこき使われていますからね」

 すかさずジェイドが茶々を入れる。

「言うな……。自分でも情けないんだから」

 今度はぶすりとして、ガイはぐしゃっと金の髪を掻き混ぜた。


 この辺りの攻略で唯一めんどくさい、エネルギー充填作業。戦闘中に『レムの充填器』を使うと、戦闘後に20%エネルギーが貯まります。この調子で100%まで、五回戦闘。

 ただし、一回しか戦わなくて済む方法もあります。

 ゴーレムはみんな青い核を持っていますが、一体だけ赤い核を持ったヤツがいて、それを倒すと一度に最大の120%までエネルギーが貯まるのです。

 しかし赤い核のゴーレムは環状のフロアを逃げ回っているため、隔壁を下ろして追い詰める必要があります。

 

 エネルギーが120%貯まっていると、作業機械でガラスを壊した時、破片と一緒にロンギヌスという槍が落ちてきて床に突き立ちます。調べると入手でき、ジェイドに装備させることが出来ます。



 一階や昇降機の中にはレプリカたちが沢山いたのに、平気でガラスを破壊する提案をするジェイド。恐ろしい。酷い。

 いやゲームだから何事も起こりませんでしたが。普通は大惨事になりますよね。

 ついでに言えば、ゲームだから仕方ないんですが、昇降機に乗り遅れたからって階段を登り始めたルークたちはアフォかと思いました。(苦笑)

 しかも、階段登る間に昇降機が何度も上がり下がりしてるし。待ってた方が早かったやんけー!

 ナタリアやルークは性格的に仕方ない感じもしますが、ティアがその行動を推奨するのは凄く意外。案外せっかち…?

 リフトのある辺りまで来ると、昇降機の中に(下にいたはずの)レプリカたちが乗っているのが見えるので、ますます「キーッ」という気分になりました。(^_^;)


「よし。これで起動する筈だ」

 元の場所に充填器をセットし直して、ガイが言った。

 充填器にエネルギーを満たすのに、さして手間はかからなかった。ゴーレムの中に一体、真っ赤に輝く核を持った者がいて、充填器を一気に満たすだけのエネルギーを持っていたからだ。とはいえ、その『ずば抜けた奴』を執拗にルークが狙ったため、振り回された仲間たちからは少々の不満も出たりはしたのだが。

 ガイが操作盤に何かを打ち込んで飛び降りたのと殆ど同時に、機械は飛び跳ねるように動いて、長い首のようなクレーンを振るった。昇降機を囲むガラス管が破壊され、滝のように雪崩落ちる。

「……すげぇ!」

 感嘆したルークの隣で、「さすが音機関博士」とジェイドが笑った。

「あんたに誉められると胡散臭いなぁ……」

 ガイは胡乱げに首をすくめる。

「うわ、下見て!」

 ガラスの無くなった縁から下を覗き込んでいたアニスが訴えた。ナタリアも叫ぶ。

「下から昇降機が上がってきますわ!」

「ここを伝って飛び移りましょう!」

 ティアが作業機械の長い首を見やって言った。確かに、あれを渡れば降りられそうだ。

 彼方下から、丸い床が見る間にせり上がってくる。そこにひしめいていたレプリカたちの中から、「お前たちか!」と抑揚に乏しい声が上がった。

「あ、姉上!?」

 クレーンの上で、ガイが狼狽して身をすくめる。たわんだクレーンの先が昇降機の床の縁に引っかかり、耳障りな音を立てて上昇を阻んだ。

「……我はお前の姉ではない。我は8-027だ」

 静かにマリィレプリカは否定する。ルークが詰問した。

「どうしてここに来たんです? モースの救いの手を待っているんですか!」

「そうだ。地上には我らレプリカの住処はない。街の外に暮らすには我らの仲間は知識を持たず、街の中は被験者オリジナルたちの世界だ」

 そう語るマリィレプリカの様子は、以前より消沈しているように見える。

 フェレス島が漂っていた中央大海からこのキュビ半島までは、アルビオールや陸艦が無いならば気が遠くなるほどに遠い。あの人数で旅をしたならば、そのための苦労もあったことだろう。ここに辿り着くまでに想像できないほどの苦難を経て来たのだろうか。

「我々は恨まれている……。この地上には住む場所がない。おまけに被験者オリジナルのために消滅しろと言う奴まで出てくる始末だ」

 マリィレプリカの傍らから、フリングスレプリカが言った。

「レムの塔の最上階で待っていれば、モース様が新生ホドへ我らを導いて下さる」

 イエモンレプリカが続ける。「そう約束してくれた」と、無邪気に頬を緩めた。

「我々はそこで、我々の国を造るのだ」

 無感動な青い瞳で、それでもマリィレプリカの目の奥には、何かが現われ始めている予感が見える。

 耳障りな音を鳴らし続けていたクレーンの先が、ガリリと音を立てて外れた。昇降機が動いて行く。

「ま、待ってくれ!」

 慌てて、ルークたちはクレーンから昇降機の床に飛び降りた。吹き抜けの塔の中、昇降機は上昇を続ける。

被験者オリジナルのために消滅しろって……それは誰が言ったんだ!」

 ルークは尚もレプリカたちに向かった。

「お前と同じ顔の男だ。我らの命を使って障気を消すことに同意すれば、まだこの塔に辿り着いていない大勢のレプリカたちに、住む場所を与えると取引を持ちかけてきた」

 マリィレプリカが答える。

「そんなに死にたければ一人で死ねばいい。我々にはホドがあるのだ」

 イエモンレプリカの言いようは、フェレス島で会った頃と変わりがなかった。モースを崇め、それ以外の世界を見ずに捨てている。

「我々はホドを目指す。モース様はきっと受け入れて下さる!」

 揺るがぬ瞳でマリィレプレカが言った、その時だった。

「ふははははははっ! たとえ何万年待とうとそのようなことはあり得ませんよ!」

 甲高い笑い声が響き、障気に曇った空の上から、二基のプロペラを回転させた巨大ロボットが飛来したのだ。その前に、浮かぶ安楽椅子の上に立ったディストがゆっくりと降りてくる。

「――お前!」

 ルークはディストを睨んだ。「おや」と赤い唇を嘲りの形に歪めると、銀髪の男は椅子に立ったまま見下ろしてくる。

「あなたから頂いた闇の剣。全く期待外れでしたよ。あれではまだ力が足りない。もっと多くの第一音素ファーストフォニムと、そして第六音素シックスフォニムがなければ」

 芝居めいた仕草で片手を伸ばした。

「まだ他に持っているのではありませんか? シャドウレムの触媒の武器を。ならば……この私に寄越しなさい!」

「まさか、お前も惑星譜術を復活させるつもりなのか!?」

 思わずルークはそう言ったが、ディストは一瞬きょとんとして、肩を震わせて哄笑を始める。

「惑星譜術……? はーっはははは! そんなものはどうでもいい。闇の音素フォニムと光の音素、それさえ足りれば、我が野望は果たされるのですから。――その前に!」

 上昇する昇降機と並んで飛んでいたロボットが動き、腹部に備えたバルカン砲から光弾を撃ち放った。撃ち抜かれ弾き飛ばされたレプリカたちが、声もあげずにバラバラと昇降機から落ちて行く。

「やめなさい!」

 叫んでティアが前に飛び出し、ナタリアはそれでもぽかんとしたままのレプリカたちを後ろに下がらせた。

「そうはいきませんよ。ここの邪魔なレプリカ共を始末しないと、ネビリム先生復活の作戦に着手出来ませんからねぇ」

 椅子の上からディストが嗤う。ジェイドが白い顔に険を刻んだ。

「……監獄から逃げ出したと思えば、まだそんな愚かなことを。もう諦めなさい!」

「そうはいきません! ネビリム先生を甦らせれば、あなたも昔のあなたに戻るでしょう」

 笑いながらジェイドを指差すと、ディストは両腕を広げて、うっとりと天を見上げる。

「先生と共に、もう一度あの時代を……!」

「……今まで見逃してきた私が甘かったようですね」

 静かにジェイドは言葉を紡いだ。ふっと顔を伏せる。

「さようなら、サフィール」

 その言葉が落ちた刹那。

 笑みを消して、ディストはドサリと椅子に腰を下ろした。銀色の髪が落ちて彼の顔を隠す。

「……本当に私を見捨てるんですね! ならば……ならば私も本気で行きますよ! このカイザーディストXXの力で、レプリカ共と一緒に滅びるがいいっ!!」

 巨大ロボットの丸い体が開き、椅子に座ったディストを収めてガシャンと閉じた。ドリルとレーザーを備えた腕を振り上げ、勢いよく昇降機の床に飛び降りる。

「来るぞ!」

 ガイが叫び、ルークは剣を抜き放つと前に飛び出した。

 ディストの譜業兵器とは何度も戦っている。譜業機械相手に、剣での攻撃はさして効果を持たないことは知っていた。だが壁役としての意味はある。背後の仲間たちが譜術を準備できるまで、囮となって足を止めるのだ。

 バルカン砲から撃ち放たれる光弾を走ってかわした。同じようにガイが周囲を巡って、背面から時折攻撃してはカイザーディストの気を引いている。

「堅き護りを! バリアー」

 ナタリアが譜を解放する声が聞こえ、サッと防護の光が周囲を取り巻くのを感じた。次いでティアの声が聞こえる。

「仇なす者よ、聖なる刻印を刻め。――エクレールラルム!」

 ロボットの足元に光の亀裂が走り、十字の形に噴出した力が破壊をもたらした。キュルキュルと音を立ててレンズが動き、カイザーディストがティアの方を向く。レーザーを装備した右腕を伸ばした。

「やらせねぇ!」

 叫んで駆け寄ろうとしたルークより一拍早く、巨大なヌイグルミに乗ったアニスが突進する。

「巻き込めぇ! 空破爆炎弾!」

 炎気をまとった回転体当たりを喰らい、よろめいてたたらを踏んだ懐にルークが高く跳躍して飛び込んだ。

「吹き飛びな!」

 宙で背中からくるりと身を捻って、炎をまとった蹴りを叩き込む。

「紅蓮蹴撃!」

 音素フォニムの力を付加された蹴りは、厚い合金すら歪ませる。轟音を立ててカイザーディストは地に転倒したが、それでも身を起こし、二基のプロペラを回転させ始めた。空から攻撃を行う気なのか。

「……旋律の戒めよ、死霊使いネクロマンサーの名の元に具現せよ」

 その時、目を伏せて譜を唱えるジェイドのフォンスロットが解放され、音素フォニムが眩く輝いた。帯状の譜紋がカイザーディストを取り巻き、光の檻を形作っていく。そして譜の終わりと共に。

「――ミスティック・ケージ!」

 赤い双眸が開かれ、完成した檻の中で譜の力が荒れ狂った。やがて戒めから解放されたカイザーディストは煙を噴き上げて転がり落ち、ガシャーン、と音を立てて胴体が開く。ぐったりと突っ伏すかつての盟友ともを見やり、ジェイドは冷徹な声を叩きつけた。

「力と言うものを、思い知りなさい!」

 突っ伏したまま、ディストは僅かに体を震わせる。

「……どうせ、モースは永遠に迎えになど来ない……。……エルドラントの対空迎撃装置が起動すれば……塔ごと消し炭にされる……。ククク……はーっはっはっはっ」

 震える右手を振り上げると、スイッチを一つ押した。途端にけたたましく警報が鳴り始め、ディストは両手を天にさし伸ばす。

「ネビリム先生……今そちらに向かいます!」

「まさか……自爆装置か!?」

「させるか!」

 ガイの声を聞くなり、ルークはカイザーディストに駆け寄ると音素フォニムを帯びた掌底を叩き込んでいた。渾身の力を込めたそれは、乗員ごと、重いロボットを小石のように空へ吹き飛ばす。彼方で爆発が起こり、煙と共に残骸がバラバラと飛び散っていくのが見えた。

「……」

 いつの間にか隣にジェイドが立っていたのに気付いて、ルークは瞳を暗くする。

「ディスト……死んじまったな……」

「……馬鹿な男です。最期まで叶いもしない夢を追いかけて」

 僅かに俯いて、ジェイドは眼鏡のブリッジを押し上げていた。

「夢……?」

「遠い昔、馬鹿な子供が二人で交わした約束です。人の死を超越しようとした、愚かな夢ですよ」

「ジェイド……それは……」

 言い掛けたルークを、ジェイドは厳しい目線で押しとどめる。

「ルーク。約束した筈ですよ。誰にも言わないと」

「いいのか、それで」

「はい。ディストの――」

 言葉を切り、ジェイドは僅かに目を伏せた。

「……サフィールの死は、私が受け止めましょう」

 あくまで、淡々とした表情は崩さない。

「かつての友として?」

 その意地が滑稽で、しかし哀しくて、ルークが小さく笑って問うと。

「いえ、飼い主として」

 真面目な顔を装って返される。

 馬鹿な大人との会話を諦めて、ルークはやれやれと息を落とした。


 勝手に小話。

ルーク「ディスト……。自分のロボットに自爆装置をつけるだなんて……」
ナタリア「どうしてそんなものを付けるのでしょうか。わたくしには分かりませんわ……」
ティア「まさか、死ぬことを覚悟していたとでも言うのかしら」
ガイ「……俺には分かる気がする」
ルーク「ガイ?」
ナタリア「まあ。どうしてですの?」
ガイ「そりゃあ。――自爆装置は男のロマンだからな!」
ルーク/ナタリア「「……」」
ミュウ「ロマンなんですの?」
ガイ「ああ! メカって言ったら自爆装置は欠かせないだろ」
ルーク「欠かしとけよ、そんなの」
ジェイド「男のロマンではなく、偏執狂のロマンでしょう」
アニス「ですねー。音機関バカですもん」
ティア「……(溜息)」

 

 原作ではディストはロボットに乗らないのですが、ロボットを倒すとそれが二つに割れていて、その間に椅子に座ったディストがポトリと落ち、ロボットの中の自爆スイッチを押すので。これ、脚本段階ではロボットに乗ってたんじゃないかなーと。ドラマCD版では最初からずっと乗ってますし、ノベライズでも最後くらいは乗せてやることにしました。

 

『アビス』の設定はかなり曖昧な部分が多くて、テクノロジー的な部分も発達がまだらと言うか、不思議な感じです。

 写真はある。演算機の数値はモニターに映し出せる。シェリダンでは、地下の船渠の様子をリアルタイムにモニターに映し出している。

 なのに、テレビはない。

 なぜかと言うと、(モースの世界放送の辺りを参照するに)電波を飛ばす技術が確立されてないらしい。だからラジオもない。しかし有線の電話までないのはどういう理屈なのか。(ユリアシティは譜術戦争後の文明の発達をコントロールしてたらしいので、情報を迅速に伝える技術は危険と判断されてたのかな?)

 

 アルビオールを入手する時にガイが「元々、今の音機関では空は飛べないんだ。だけど、創世暦時代の浮遊機関が発掘されて、研究が始まったのさ」と言っているのに、ディストは最初から自在に空を飛ぶ椅子に座り、カイザーディストも飛んでいます。それを何度も目の当たりにしていたくせに、ティアたちは「空を飛ぶ音機関なんて、想像も出来ないわ」なんて言う。謎。

 浮遊機関はダアトで発掘され、その後キムラスカと技術協力したそうなので、ディストは六神将の立場を利用して浮遊機関を一時独占して研究してたのかな、とも思えるんですが、そうすると、後にアルビオールから取り外した浮遊機関を「興味があるから」手元に置いていた理由が通らなくなります。まあ、「興味があるんでしょう」と言っていたのはジェイドで、ディストの真意は分からないのですが。

 

 どうにか納得するために、飛行椅子やカイザーディストはあまり高く長時間は飛べないんだろう、実際は航空機としては役に立たないのだと私は無理矢理思ってましたが、とうとう、レムの塔の恐ろしく高い場所に飛んできちゃいました。

 んんん…。

 アルビオールから取り外した浮遊機関を一時研究して、それにより椅子やカイザーディストの飛行性能をアップ。高い場所まで飛んで来られるほどになったのだ…と、思っておこう。うん。



 少し話が逸れる上に細かいですが、浮遊機関周りの個人的な疑問。

 最初にベルケンドに行った時、キャシーが「スピノザは焦ってたのよ。ダアトの地下から発掘された浮遊機関の研究をシェリダンに取られてしまったからね」と言っています。浮遊機関の研究権をライバルのイエモンたちに取られたため、焦ってフォミクリー研究に手を出したと解釈できます。スピノザは七年前のルーク誘拐に関わっていたので、フォミクリー研究に手を染めたのは遅くとも七年前から。浮遊機関がダアトで発掘されたのはそれ以前と考えることが出来ます。

 ところが、崩落を始めたセントビナーを前にして浮遊機関の話題になった時、イオンが言うのです。

「確かにキムラスカと技術協力するという話に、了承印を押しました」

 イオンレプリカは二年しか生きていません。……さて。



 モースは永遠に迎えに来ない、エルドラントの対空迎撃装置が起動すれば塔ごと消し炭にされると言うディスト。

 しかし、単にレプリカたちを見捨てるだけなら、わざわざ刷り込みまでして一箇所に集め、始末する必要はありません。そんな手間をかけなくても、レプリカ大地が完成すれば、オリジナル大地にいるレプリカたちは勝手に死んでしまいます。なのにディストは、その仕事が急務で、それが終わらなければ自分の作業が出来ないようなことを言う。

 なので、最初は本当にレムの塔からレプリカたちをレプリカ外殻大地に上げる計画で、けれど何らかの理由で中止になり、殺すことに変更したのではないかと思いました。……レプリカ大地製造のための第七音素が不足し、レプリカを殺して第七音素を調達しようとしたんじゃないかな、と勝手に思ってみたり。


 気付けば景色は流れなくなっており、円形の床は広かった。戦っている間に昇降機は屋上に着いていたらしい。道理でレプリカたちを巻き込むことなく、存分に駆け回って戦うことが出来ていた。

 頭上に広がる空はやはり赤く、雲と障気で濁って見渡せない。狭められた世界の中、片隅で硬直していたレプリカたちの中から、マリィレプリカの声がぽつりと零れた。

「……我らに居場所はないのか……」

 床の端からゆっくりと戻って、ルークは暗い声を落とす。

「……俺たちは……この時代に存在してはいけない生き物なんだ」

 彼らは今、絶望し、寄る辺ない我が身の恐怖に震えているのだろう。かつてヴァンに見捨てられた時のルークのように。

「違うわ! だってここにいて息をしているじゃない! あなたたちを受け入れられない世界がおかしいのよ!」

 ティアが胸で両手を握って訴えた。しかしガイは硬い声を落とす。

「だが、レプリカが誕生したことで死んだ人もいる。全てを受け入れられるほど人の心は単純じゃない……」

 厳密には、被験者オリジナルを殺すことがあるのはレプリカ情報を抜く作業の副作用だ。レプリカ自身と被験者オリジナルの急死は関係がない。しかし実際に愛する人を失った者は、自分もレプリカを作られて死ぬかもしれないと怯える者は、そんな理屈は飲み込めはしないだろう。

 甘い言葉で誤魔化すには、今の世界の状況はあまりにも厳しかった。オリジナルもレプリカも世界を奪い合い、互いを受け容れる余裕を持ってはいない。

「そうだ。だから取引だと言っただろう」

 低く声が響いた。辺りにたむろしていたレプリカたちの中から、赤い髪をなびかせた男が歩み出てくる。

「どうする? もうお前たちの住む場所はなくなったぞ」

「考えさせて欲しい。我と同じく自我の芽生えた者たちと話し合って決めたいのだ」

 訊ねたアッシュに、静かにマリィレプリカは答えた。今までのような木で鼻を括ったかのごとき拒絶は、もはやしない。

「アッシュ! 馬鹿なことを言うな! 死ぬ気はないって言ったのはお前だぞ!」

 ルークが詰め寄ると、アッシュは苛立ちを隠さずに怒鳴り返した。

「……だったら障気はどう解決するつもりなんだ! 俺の代わりにお前が死んで、障気を消してくれるとでも言うのか?」

「そ……それは……」

 苦いものでも口にしたように、ルークは声を詰まらせる。

 そんな様子など気にしている暇はないとばかりに、アッシュは身を翻すと中央の昇降機へ向かった。丸い床の上にいたレプリカたちが場所を空ける。

「俺には行かなきゃならない場所がある。俺がここに戻るまでにお前たちの総意をまとめておけ」

「お待ちになって! どこへ行きますの!」

 ナタリアの哀しげな制止を聞いて、アッシュの動きが止まった。何か言いたげに唇が震えたように見えたが。

「…………」

 結局は口を開くことなく。丸い床が沈み、彼の姿は消えた。

「ルーク! アッシュを止めましょう!」

 ナタリアがルークに訴える。ティアやガイもルークを見た。

「ああ。あいつを追いかけよう!」

 それでも、昇降機は一つだ。再び昇って来るのを待つしかない。





 あれだけのレプリカたちが屋上に集っていると言うのに、一階にはまだ大勢のレプリカたちがいた。世界中から続々と集まり続けているのだろう。一体どれほどの人数が生み出されたと言うのか。

 当然だろうが、アッシュの姿はない。自動扉を潜って外に駆け出すと、派手な衣装を着た三人組が、道を塞ぐように待ち受けていた。

「待ってたでゲスよ」

 ステッキを振って、ウルシーが言う。

「漆黒の……!」

 驚くルークに向かい、ウルシーとヨークは交互に語った。

「俺たちはこれからアッシュの旦那をダアトへ運ぶでゲス」

「俺たちじゃ旦那は止められねぇ。なんとか説得してくれよ」

「分かっていますわ。必ず、アッシュを止めます!」

 ナタリアが力強く頷く。ガイがふと訊ねた。

「しかし、どうしてそんなに熱心なんだ? お前たちは金でアッシュに雇われているんだろう」

「元々泥棒だもんね。雇い主がいなくなっちゃったらお金がもらえないから?」

「あたしたちは義賊だ。そこいらのコソ泥と一緒にしないでもらえるかい」

 アニスの揶揄を聞いて、ノワールの顔に険が浮かぶ。

「俺たちは金持ちからしか盗んだりしない」

「そうでゲスよ」

「誰が相手であろうと、盗むのは同じだわ」

 不満げな彼らにティアが冷静な指摘を与えた。ナタリアがとどめる声を出す。

「待って下さい。彼らが何者であろうと、アッシュを心配してくれていることは確かですわ」

「そうだな。バチカルで俺たちを助けてくれたこともあったし」

 ルークが言うと、ガイがノワールを見据えて訊ねた。

「……なぁ、どうしてキミたちは盗賊なんてしているんだ? 教えてくれないか」

「あはん……。どうしようかねぇ?」

 ノワールは腕を組み、焦らすように赤い唇を歪める。

「おばさん。ガイと引き替えで教えてよ」

「おいおい。アニス。人を勝手に……」

 ぎょっとしたガイを他所に、ノワールは愉快そうに笑ってみせた。

「それも悪くないねぇ……。間抜け面した部下たちには嫌気がさしてたし。アンタみたいないい男と組むのも楽しそうだ」

 ノワールの熱のこもった目、ついでにヨークとウルシーの憮然とした目に見つめられて、ガイの顔に冷や汗が流れる。

「い、いや、俺はよくない……と思う。キミにはもっと相応しい男が……」

 触れられた訳でもないのに小刻みに震えて、声はみっともなく裏返っていた。しかしガイの体質は承知しているということか、気分を害した風もなくノワールは笑う。

「あはは。冗談さ。でもまあ、あんたのしどろもどろのカワイイ顔に免じて話をしてあげるよ」

「ノワール様!」「ノワール様っ!」

「お前たちは黙っといで!」

 ウルシーとヨークが咎める声をあげたが、一喝してノワールは話し始めた。

「もう十五年以上も前の話さ。あたしはマルクト帝国のフェレス生まれでね。ホド消滅の津波に巻き込まれて、街は消滅。あたしも通りかかった船に拾われなきゃ、今頃海の魔物に喰われてただろうねぇ」

 一様に、ルークたちは驚きを顔に浮かべていた。ホド諸島の一つ、フェレス島。――突然起こった災厄の波に飲まれて滅んだ、忘れ去られた無辜むこの島……。

「あたしだけじゃない。ヨークもウルシーも同じさ」

「ノワール様もそうでゲスが、正直、あの状況でよく助かったもんでゲス」

「ほんの一瞬で俺たちは故郷も家族も何もかも失っちまった」

 ウルシーとヨークが声を落とす。ノワールは話を続けた。

「その日からあたしたちは生きるために何でもやった。……何でもね。

 ところがある日、ダアトの預言士スコアラーを誘拐した時、フェレス島の消滅が秘預言クローズドスコアだったと聞いちまったのさ」

 ノワールは顔を歪め、口調を早めて吐き捨てる。

「もっと早くにそれを公開してりゃ、みんなも死ぬことはなかったんだ」

 ガイとルークはそれぞれに黙り込んで彼女を見つめた。ヨークとウルシーが話し始める。

「その日からノワール様は毎日うなされるようになってな。だいぶまいられてしまったのさ」

「俺たちは見守るのが精一杯で何も出来なかったでゲス……」

「あんたたち。余計なことはお言いでないよ」

 部下たちをチラリと見やると、ノワールは声を改めた。

「とにかく、あたしは考えたのさ。ダアトは預言スコアで世界を支配してるって。秘預言クローズドスコアを握っている限りマルクトもキムラスカも逆らえない。だから支配階級の連中も、国民を守る義務を怠って、ダアトにへいこらしてやがるのさ。だったらそんな馬鹿な奴らの富を、苦しめられてる平民に分け与えてやった方がマシじゃないか」

「そうこうしているうちに、戦災孤児や家族を失った人たちを囲うようになってねぇ。気がつけば四百五十九人もの大所帯になってたって訳だ。ただ、義賊として働くのは一握りで、他の奴はサーカス『暗闇の夢』の団員として働いてる」

 ヨークが続ける。「義賊として働く人間以外はその事実を知らないでゲス」と、ウルシーが語った。

「長くなっちまったけど、坊やたちが聞きたかった質問には答えられたと思うけどね」

「『暗闇の夢』……」

「どうしたんだ? ガイ」

 呟く親友をルークは見やる。ガイはノワールに向かって緩く笑った。

「キミは優しいんだな」

「あ、あらん……。何を言い出すのかと思えば……」

 先程とは逆に、ノワールは居たたまれないようにクネクネと身をよじる。

「あんたたちの公演、昔、見たことがある。がんばれよ。泥棒よりそっちの方が似合ってる」

「うるさいぞ、お前」

「俺たちは俺たちの自由に……」

 再びヨークとウルシーが憮然としたが、「あんたたち、お黙り!」とまたもノワールに一喝された。

「……フフ、坊やはやっぱり可愛いねぇ」

「ノワール様!?」「ノワール様!」

 その時、背後を覆う障気の向こうから、アルビオールの駆動音が聞こえた。

「まずい! 旦那が痺れを切らしちまったようですぜ」

「グズグズしていたら俺たちも置いていかれちまうでゲス」

「それじゃ、あたしたちはもう行くよ。とにかく、アッシュの坊やを止めとくれ」

 言い置くとノワールは身を翻した。部下たちに声をかける。

「あんたたち、置いてくよ!」

 やがて障気の霧の向こうに黒い機体がチラリと見え、彼方に遠ざかっていった。

「ダアトか……。とにかく追いかけてあいつを説得してみるしかないな」

 数歩歩いてそれを見送りながら、ルークは誰に言うともなく呟く。仲間たちに目を向けると訴えた。

「障気を消したって、俺たちはローレライを解放しなくちゃならない。それには本物オリジナルであるアッシュの力が必要だと思うんだ」

 ジェイドは赤い瞳でじっとルークを見つめている。静かに確かめた。

「……ルーク。あなたは本気でそう思っていますか?」

「え? ああ、勿論」

 キョトンとしてルークが返すと、沈んだ声を落とす。

「そうですか……」

「大佐? 何か気になることでも?」

 訊ねたティアに素気無く首を振った。

「……いえ。何でもありません」

「とにかく、アッシュを追いかけるんでしょ。行こう!」

 アニスが促してくる。ルークたちも、自分たちのアルビオールへ向かって走り出した。


 ノワールが自分たちの生い立ちを語るくだりは、ナム孤島のノワールの私室でのイベントから。(あと、『漆黒の鍵』イベントからもちょっと。)

 

 ガイは、どうやらホドに住んでいた五歳以前の頃に、サーカス団『暗闇の夢』の公演を見たことがあるらしい。今でもそれを覚えているのですから、よほど印象深かったのでしょう。

 ノワールたちは、恐らくはホドが崩落した頃には十代だったはずです。(ガイの姉と同年代くらい?) 勝手な想像ですが、『暗闇の夢』はフェレス島を拠点として各地を巡るサーカス団で、ノワールは見習い団員とかだったのかなーと思いました。

 荒んだ生活を経て義賊を始めて。戦災孤児なんかを養うようになって、泥棒を子供にはさせたくないという話になった時。滅んでしまった『暗闇の夢』を復活させたいという夢が湧き上がった…のかなぁ、とか。



 素朴な疑問。

 昇降機に乗ってる時にディストが襲ってきて、戦闘が終わると、もう屋上になっています。そしてアッシュが歩いてくる。

 ……ちょっと待ってくれ。ルークたちはレムの塔に着いてからすぐ階段で屋上を目指し、そこにいた漆黒の翼はアッシュは先に上に向かったと言います。そして、ルークたちより遅く一階を昇降機で出発したマリィレプリカたちは、アッシュに取引を持ちかけられたと言っていました。で、屋上に着くとアッシュがいる。どーなってんの? アッシュはいつどこでマリィレプリカたちに取引持ち掛けたんだ?

 考えられる可能性は、

 …でしょうか?

 一応理屈は考えられるんですが、なんか微妙に変な感じ。



 この辺りのキャラクターの動きを見ていると、ジェイドが意外にも繊細な人なんだなぁと気付かされてちょっとビックリします。…『馬鹿な大人』ですけどね。

 で、ガイは…なんつーか、暗重い物を抱えてる、けれど厳しい人なんですね。普段はニコニコして優しげなことを言うくせに、過酷な現実から目を逸らすことを良しとしないのだなぁ。ルークのためにティアは「あなたたちを受け入れられない世界がおかしいのよ!」と現実を否定したのに、ガイはそうしなかった。彼のこの姿勢をどう解釈するかは、ちょっと難しい感じもしました。(とりあえず私は「それ事実だけど今は黙ってろよ!」とピコハン突っ込み入れたくなりましたけど。 苦笑)



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