作られた闇の中で、白い花々は首を伸ばして咲き誇っている。

 シャッターを閉ざした天井をルークは見上げた。口をつぐみ、思いに耽るようにしている。

「どうしたのルーク?」

「うん……。この街に来ると、俺が本当に駄目な奴だったなって気付かされるんだ」

 目を下ろし、ルークは後ろにいるティアに答えた。ここはユリアシティ。セレニアの花の群れ咲く、ティアの家の中庭だ。

「また反省か? 勿論しないよりはした方がいいが、いつまでもこだわってるのは……」

 ガイがたしなめかけたが、ルークはやんわりと遮る。

「分かってる。うじうじしようとか、そう言うんじゃないんだ。ただ、ここは俺が決意をした場所だろ」

「ああ……。ここで髪切ったんだよね」と、アニスが言う。

「上っ面だけ反省してね」

「まあ、あなたは心の底から反省したのでしょう? 一生懸命、償おうとしたではありませんか」

 ナタリアが言ったが、ルークは気まずげに笑って前髪をかき上げた。

「うん。あの時の気持ちは嘘じゃない。俺は本気だった。だけど……いつも俺は、その本気が甘かったって後で気付くんだよ」

 自身を省みて、贖罪と再生を誓って。何もかもを投げうってでもそれを果たす、そんな決意をしたつもりだったのに。

「タルタロスで初めて人を殺して、その後、俺は戦うって誓った。その時は、本当に人を殺すことの怖さなんて、これっぽっちも理解できてなかった」

 

『決心したんだ。みんなに迷惑はかけられないし、ちゃんと俺も責任を背負う』

 

「アクゼリュスの時は言い訳ばかり繰り返して、そのことを、責められたのにも気付かないで……。みんながいなくなってから見捨てられたくなくて、よく分かってもいなかったのに髪の毛切ってそれらしく、決意した」

 

『俺が死んでアクゼリュスが復活するなら……ちっと怖いけど……死ぬ』

 

「だけど断髪までした決意だって、本当に死ぬかもしれないって時になって初めて薄っぺらかったって……気付いた」

 

『俺は生きていたいんだよっ!』

 

「それで? 愚痴をこぼしたいのですか?」

 ジェイドは肩をすくめて失笑してみせる。弾かれたようにルークは顔を向けた。

「ち、違うよ。少しずつでも気付けたことが嬉しいし、出来ればこれから先は……こんな風に自分が甘かったって振り返るような、そんな生き方はしたくないなって……」

 声は次第にすぼんで消える。暫く押し黙った後、ルークは仲間たちを見て、落ち着いた声で言った。

「……難しいと思うけどさ。そうしていきたい」

 仲間たちはルークを見ている。

「その時、その時は、常に本気だったんでしょう?」

 ジェイドが確かめた。

「うん? そりゃ甘ちゃんだったけどそのつもりだった……」

「なら、それでいいじゃないですか。人間は万能ではありませんから」

 あっさりとジェイドは微笑う。アニスも笑った。

「そうそう。大体そんなこと言って、いい子ちゃんぶりたい訳?」

 大仰な身振りでからかう。まんまと混ぜ返されて、ルークは赤くなって言い返した。

「ちっ、ちっげーよ!」

「はは、言われたな。お前は自分が良かれと思ったことをしてきたんだろ。言い訳するな。格好悪いぞ」

「そうね。こういう事は言葉で何を言っても無駄だもの」

「口では何とでも繕えますわ」

 ガイも、ティアも、ナタリアも。言葉は容赦がなかったが、表情は明るく笑っていた。

「……ふん。悪かったよ」

 少しだけ拗ねた顔のルークの足元から、ミュウが素直な声をかける。

「でもミュウは、ご主人様はえらいと思うですの!」

「……はは。ありがとう、ミュウ」

 ようやく笑うと、ルークは気持ちを切り替えて仲間たちを促す。

「よし、それじゃそろそろ中央監視施設へ行こうぜ」

「テオドーロ市長なら、プラネットストームを停止させる詳しい方法について知っているはずだからな」

 ガイが応えて、仲間たちは歩きだした。ルークの背にティアは声をかける。

「……みんなも、そう思っているわ」

 よく聞こえなかったのか、不思議そうに見返してきた碧の瞳に優しく笑いかけると、ティアは彼と並んで歩き始めた。




 中央大海上に浮かぶ人工の島、ユリアシティ。その中央監視施設の会議場で、ルークたちはテオドーロを中心にして大テーブルに着いていた。ミュウも一人前に席を与えられている。

「プラネットストームを停止させるには、どうしたらいいんでしょうか」

 テオドーロに向かい、ルークが口火を切った。

 エルドラントへ侵攻するには、その防御壁となっているプラネットストームを停止させなければならない。しかし、二千年間一度も停止したことの無いそれの操作方法は、キムラスカにもマルクトにも伝わっていなかった。

「プラネットストームは巨大な譜陣で制御されているのです。ユリアはローレライの剣で大地を斬り、譜陣を描いたと言われていますが……」

「ってことはやっぱり譜陣をどうにかするんだよねぇ?」

 アニスが確かめる。

「そうですね。ご存知の通り、ローレライの剣には第七音素セブンスフォニムの結集、宝珠には拡散の作用がある。ユリアがローレライの剣で第七音素を集めてゲートを開いたなら、宝珠で拡散することで閉じるべきでしょうね」

 宝珠はルークが持っている。しかし、ユリアの伝説はもはや神話にさえ近いものだ。

「宝珠を使うと言っても、どうすればいいのか分かるのか?」

 戸惑う様子のガイに目を向けて、テオドーロが申し出た。

「こちらで当時の資料を元に宝珠を解析してみましょう」

「お願いします」

 テーブルに置いている宝珠の前で、ルークは頭を下げる。

「ならその間、自由行動にしない?」

 仲間たちに提案したのは、ティアだ。

「ティアがそんなこと言うなんて珍しいねぇ」

 少し意外そうにアニスが言ったが、「いいんじゃないか」とルークは笑った。仲間たちはそれぞれに席を立つ。

「じゃあ、あとでまたここに集合ね」

 そう言うと、ティアは隣に座っていたナタリアに声をかけて、連れ立って部屋を出て行った。見送ってガイが笑う。

「ティアは冷たそうに見えるけど、優しいな」

「なんで?」

 唐突に思えてルークが問い返すと、少し顔を顰められた。

「……お前、ティアの事はちゃんと見えてないんだなぁ」

「見てるよ。いつもきっっついぜ。まあ、その分、たまに優しいけど」

「アホが。あからさまな優しさしか分からないのは、ただのガキだぞ」

 そう言うと、「やはり七歳児には、難しいかな……」などとぶつぶつ呟いている。ふと声音を改めて顔を向けてきた。

「そういえば、お前、ティアと仲直りはしたのか?」

「へっ? ――ああ。うん、まあ……」

 ガイが青い瞳でじっと見つめてくる。ルークが居心地悪さを覚える直前に、それを逸らして言った。

「気付いてないならティアたちを捜してみろ。……話しておけよ。ちゃんとな」

「う、うん……」

 どこか落ち着かない気分で頷いて、ルークは会議場を出る。

(俺がティアの何に気付いてないって言うんだよ……)

 独特な様式の街を歩きながら、ルークは首を捻った。

 重大な秘密を知られて、内緒にしてくれと頼んで。約束を守って、ティアは誰にも漏らしていないようだし、努めて普段通りに振舞ってくれてもいる。それはとてもありがたかった。――そうだ。言われるまでもなく、ティアは優しい。

(だから、俺は……)

「考え事をしながら歩いていると、柱にぶつかりますよ」

 不意に声が聞こえ、ルークはハッと顔を上げると危うく柱への衝突を回避した。少し向こうにジェイドの姿が見える。

「体は大丈夫ですか?」

 ルークが傍に歩み寄ると、彼は訊ねた。

「今のところは……。でもティアとミュウに知られちまったよ」

 笑顔を作りながら、ルークはそれに苦さを滲ませる。足元からミュウの悲しそうな声が上がった。

「みゅうぅ。知ってるですの」

「そうですか……。ティアは知ってしまいましたか。可哀想に」

「うん……。心配かけちまったなーって」

「……ルークは鈍いですよねぇ」

 ふうと息を落としてジェイドは失笑を浮かべる。意味が分からずに、それでも少しだけルークは肩を怒らせた。

「そんなことないけど?」

「そうですか。では逆に意識しているから気付いていないのか。それとも防衛本能ですかねぇ。まあ、どちらでもいいですが」

「何の話だよ?」

 ますます分からない。眉根を寄せて見上げるルークを前に、ジェイドはあっさりと会話を放棄してしまう。

「ティアに会ってきなさいと言っているだけです。さあ、どうぞ」

「? うん……」

 釈然としない様子ながら、ルークは素直に頷いて歩いて行った。

「まったく、お子様ですねぇ……」

 その場に残ってジェイドは呟く。しかしその声音に籠もっていたのはいつものような揶揄ではなく。硬く苦く。寂莫の色を帯びた響きだった。



「ティア? ナタリアと一緒に自分の家にいるんじゃないかなぁ」

 少し歩いたところでアニスを見つけ、訊ねると小首を傾げながらそう答えてくれた。彼女は鉄柵にもたれて、独特な都市の様子を見下ろしている。

「はわぁ……。イオン様はここと連絡を取って教団を運営していたんですよねぇ」

「そうだな。ここが事実上のローレライ教団の中枢だもんな」

 ルークも視線を向けて頷くと、アニスの声に真剣な響きが乗った。

「私も……がんばろう。ここの人たちと渡り合わないと」

「なんで?」

「まだ秘密だよ。それよりナタリア、大丈夫かな」

 アニスは表情を曇らせる。

「うーん……」

 迷っているのかいないのか。そのどちらなのかと言えば、恐らく前者なのだろう。普段通りに振舞ってはいるが、ここ暫くのナタリアの表情はどうしても硬い。

「おばーちゃんに話を聞きに行った時も、ショックを受けてたみたいだもんね」

「そうだな」

 バチカルを発ってここに来る間に、ルークたちはケセドニアのアスター邸に立ち寄っていた。インゴベルトの勧めに従い、ナタリアの乳母に話を聞くためだ。



『これは……ナタリア様!』

『ばあや……』

 ナタリアの姿を見た乳母は、いつかルークが訊ねた時のように青ざめて身を強張らせた。しかし今回は覚悟を決めたように頭を下げ、自ら言葉を押し出す。

『申し訳ありません。ナタリア様。私はあなた様を貶めるためモースに協力した、貧しい心の年寄りです。どうかお許し下さい……』

『ばあや……いえ、お祖母様……』

 組んだ指を所在無く揉みながらナタリアが呼んだ声を聞いて、乳母は傍目にもはっきり分かるほど大きく震えた。

『わたくしの父の……バダックの話を聞かせて下さい』

『そ、それは……』

『お願いです、ばあや……』

 ナタリアは懇願する。観念したように体の力を抜いて、『分かりました』と乳母は語り始めた。

『もしかしたらお仲間の皆様からお話を伺っているかもしれませんが、バダックは砂漠越えするキャラバン隊の護衛を生業にしていました。とても優しい人で、体の弱いシルヴィアを気遣い、壊れ物を扱うように大事にしてくれて……。子供が出来た時は、それはもう飛び上がらんばかりに喜んで』

 語るうちに思い出の中に心が飛んだのか。乳母の顔には懐かしそうな笑みが広がっていく。

『名前は何にしようか、玩具はどうしたらいいか、家を建て増しして子供部屋を作ろうなんて……。それはもう大変な騒ぎでした』

『……お父様……』

 組んだ手をぎゅっと胸で握り締めて、ナタリアは目を伏せた。

『……それなのに、私はバダックとシルヴィアからあなた様を取り上げました』

 ナタリアは乳母を見つめる。

『国の為ですか……?』

『いえ、王妃様の為です』

 はっきりと乳母は答えた。

『王妃様は長らくお子様が出来ないことを悩んでおられました。ですから私は、とっさに預言士スコアラーを頼ったのです。預言士はメリルが王女になると預言スコアを詠みました』

『……それで……わたくしが……』

『……子供が生まれてすぐ次の仕事に出たバダックは、その時留守にしていました。帰宅して子供が奪われたことを知った彼は、すぐ城へ駆け込みましたが、聞き入れられる筈もなく警備兵たちと揉み合いになり、人をあやめてしまったのです』

『それでバチカルを出た……』

 ナタリアは黙り込む。その意識は、どこか深い場所をさまよっているようだった。

『バダックの運命を狂わせ、あなた様の運命を狂わせたのはこの年寄りです。……いかようにも処罰を』

 乳母は頭を垂れたが、ナタリアは静かに首を左右に振る。

『ばあや。わたくしはそんなことの為に来たのではありません。お父様――陛下も、そんなことは望んでいないと思います』

『ナタリア様……』

『あなたも、お母様……シルヴィアさんを失って苦しんだはず。よく話してくれました……。ありがとう、ばあや』

 静かに目を伏せて、ナタリアは乳母に感謝の言葉を捧げた。



 それから、プラネットストーム停止の方法を知るためにユリアシティへ飛んだのだ。その間ナタリアがあからさまに弱音を見せることはなかったが、己の心の揺らぎに翻弄されていないはずはないだろう。

 血は繋がっていなくとも、ナタリアとインゴベルト王の絆は強い。長い時間を共に過ごし、父娘として深く想い合っている。だが。共に過ごした時間はなくとも、血の繋がりは、それだけで断ち切りがたく強い絆として存在しているものなのだ。ましてや、共に過ごすべき時間が無理矢理奪い去られたものであり、その傷のためにラルゴが今の世界の敵に回ったと言うならば。

「ホントのお父さんと戦うなんて、やっぱり辛いよね……」

 目を伏せて、アニスは鉄柵に寄りかかった。

「あいつ、スゲェ意地っ張りだからな。全然逃げないし」

「うん。でも、それはナタリアだけじゃないけどね」

「え?」

「え、じゃないよ。ルークってホントに鈍すぎ」

 アニスは困ったように笑う。

「ナタリアはティアと一緒にいると思うから、元気づけに行ったら? 幼なじみでしょ」

「あ、ああ……」

「ほれほれ、早くナタリアのところに行け!」

 追い立てられるようにして、ルークはティアの家へ向かい始めた。


 ルークがユリアシティでこれまでの自分を反省するサブイベントは、ナタリアがラルゴと港で対峙した後にユリアシティに入ると、セレニアの庭で起こせるようになります。ルークがこれまでの自分の心の動きを簡潔に語ってくれる、「ルークの物語」の総括、おさらいのようなエピソードです。

 考察アンケートを行った時に頂いたご意見の中で、多分このイベントのことを指すのだと思える感想があって、それがずっと、とても心に残っていました。反省するルークを叱る仲間たちは、自身がどれだけ聖人君子のつもりなのか。不快になった、というような。

 実際、私も原作でこのイベントを見た時は、なんとも釈然としない気分になりました。

 このイベント、原作ゲームだとルークがミュウにお礼を言ったところで終了しています。そして声が付いていません。画面はずっと遠景で、キャラたちの表情がほぼ判然としないようになっています。声や表情の演技がつけられていたら、多分かなり印象が変わっていたんじゃないかと思うのですが。

 ジェイドが「それでいいじゃないですか。人間は万能ではありませんから」と言ったところで終わっていれば普通に『いい話』なのに、続けて「いい子ちゃんぶりたい訳」「言い訳するな」「言葉で何を言っても無駄」「口では何とでも繕えます」と立て続けに仲間たちに言われ、ルークはぶすりとしてしまう。普通に見ると、ルークが仲間たちによってたかって叱られ、上から目線でやり込められている――苛められているかのようです。プレイヤーの私としては、ルークはもう死にかかっていると思っているので、余命いくばくもないというのに、なんでまた叱られなくちゃならないんだと、嫌な気分になってしまって。

 ですが、そうではないはずだと思い直しました。…いや。全体の流れから見ても、もう物語(ルークの人生)の締めに入ってる段階なのに、未だに尻を叩かれるだけなんて、それじゃあんまりじゃないですか〜(泣)。

 シナリオライターさんは、多分これを『結論に属する いい話』のつもりで書いているのだ。…仲間たちが寄ってたかってルークに嫌味を言って叱る、ように見えるシーン。きっとあれには違う意味が込められているに違いない。

反省なんて、今更そんなことしなくても、ルークが頑張った事はみんなちゃんと知っているよ。言い訳みたいに過去を否定しなくてもいい。たとえ最善でなかったとしても、あなたは自分の人生の軌跡に誇りを持っていいんだ」と言おうとしているのだと。

 と言うわけで、このノベライズではそう言う意味を込めてアレンジしてみました。

 

 それにしても、『アビス』にはこういう、一見するとルークが苛められたり見下されているように見え易い、でも多分シナリオライターさんにそんなつもりはないのだろうエピソードと言うのがよくあります。

 この辺りのエピソードで言うと、勲章を貰う時、礼服を着たルークを見ての仲間たちのフェイスチャットとか。全員で「馬子にも衣装だ」という意味のことを言って笑い、ルークはとうとう「だからこんなカッコするの嫌だったんだよ。くそっ」とふてて、そこで終わってしまいます。何の苛めだろうこれは、と思うんですが、多分コミカルで楽しい小話、として語られてるんですよね。

 ボケ役を馬鹿にし揶揄し倒すことで笑いを誘おうとする罵倒系ギャグは、さじ加減に気を遣って欲しい。

 何人かが「馬子にも衣装だ」とからかう役をやるにしても、一方で「いや、よく似合っている」としっかりフォローする人も配置するのが常套ではないでしょうか。或いはもっとマンガっぽいなら、言われた側が一発お見舞いして軽く逆襲するとかね。

 バランスが変だと思います。ルークがいじられキャラなのは構いませんが、仲間全員が同時にいじり役に回っちゃダメでしょーに!

 話術としても、最初に誉めて後は弄り倒すより、最初に弄って最後にドンと誉める方が効果的だと思うんですけど…。

『ルークの反省』のエピソードでは、一応ミュウがフォロー役に回ってルークを誉めてくれますが、ミュウは動物なので、どうしても人間キャラに比べると発言のインパクトが弱くなってしまいます。人間キャラにハッキリした形で誉めさせるべきだったよな、と。ジェイドの発言をシメに持ってくるとかなぁ。

 

 なんというか、ルークのお仲間の皆さんは不器用ですよね。物語上、ルークは人に誉められる(人の善意を受け止める)のが下手ってことになってるみたいなんですが、仲間たちは人を誉めるのが下手に見えます。…やたら甘やかしたくはない、常に別視点を提示しておきたいという気持ちも分かるんですが、誉めるべき時にはハッキリ誉めていいんじゃないでしょうか。いちいち皮肉的表現や分かりにくい言い回しを混ぜて慎重にならないでも。

 製作側の意図なのかもしれませんが、見ていて疲れる…というか、イラッとくることが多いので、もう少し調整して欲しかったです。ツンデレばかりだと困ります。万人が理解しやすい形に語るって事も、大切だと思うのです。

(とか書いてて、マジに『優れた仲間たちが足りないルークを叱る』意図で書かれたエピソードだったらどうしよう。 苦笑)←いや、違うと思うんですがー。

 

 もう一つ。

 ユリアシティでローレライの宝珠を解析することになって一時解散すると、ゲームではルーク(プレイヤー)が自由行動することになって、街のあちこちに立っているジェイド(&ミュウ)、ガイ、アニスに話しかけることが出来ます。ゲームを進行させるにはティアの家に行く必要があります。

 ゲーム進行上ティアの家に行かなければならないのですから仕方ないのですが、ここでジェイドとガイが「ティアに会いに行け、ティアを捜せ」と説教口調で言ってくるのが、個人的にはあまり好きではありません。(アニスだけは「幼なじみとしてナタリアを元気付けろ」と言ってくれるのでホッとするのですが。)

 

 思えば崩落編で、ティアが障気に侵されていると分かったベルケンドの医務室でも、やはりジェイドは「案外鈍いですねぇ」とルークを小馬鹿(?)にしてくれつつ、「分からないならそれでいいですから、ティアの所に行きなさい」と強引に命令してくれました。

 レプリカ編では、アリエッタとの決闘を控えて苦しむアニスをルークが気遣うと、「……私に気を遣うなら、ルークは別の人に気を遣った方がいいんじゃないの?」と返されます。これだけなら、アニスが苦しくて話を逸らそうとしただけだとも取れますが、その後ガイまで加わって「この間から、すっごい傷つけてるの気づいてないんだ」「そういうとこは成長してないからな」とルークを小馬鹿(?)にしてくれます。

 これらのエピソードで、私はモヤモヤして嫌な気分になったのですが、同種のモヤモヤ感をここでも感じてしまいました。

 

 これは多分、単に『萌えポイントの相違』に過ぎないのだろうと思います。

 製作側にとっては、これらはルクティアカップル系の萌えエピソードなのでしょう。大半のプレイヤーも普通に受け容れているのだろうと思います。しかし私の萌えツボではなかったのでした。

 

 全く個人的な好みを書かせていただくと、例えば「私に気を遣うなら、ルークは別の人に気を遣った方がいいんじゃないの?」のエピソード。

 これ、ナタリアやアニスを気遣うルークを見てティアが密かに傷ついたりして。そのことにルーク自身が気付いた、みたいな流れだったら良かったなぁと。

 ただし、ティアの元気がないことには気付けても、どうしてなのかがお子ちゃまルークには分からない。「ティア、どうしたんだ?」とかその場で訊いちゃって、ティアが「何でもないわ」と言っても「だって元気ねぇだろ」とか、心配のあまりしつこく食い下がってしまう。で、アニスやガイが見かねてルークを止めて、「ルークは鈍い。レベルアップして、もっと大人の態度でティアを気遣ってやりなさいよ」みたいに言う…のであったら、自分的には萌えエピソードとして容認できたかもです。←偉そうでごめんなさい。あくまで個人的嗜好による妄想です。

 

 というかですね。ティアとルークのカップルの原作での描かれ方って、ちょっとカマトト振りが強烈過ぎて、それでイラッとすることが多い気がします、自分的に。

 ルークがお子様で自分の恋愛に関しては鈍いにしたって、限度ってものがあるでしょうよ。仲間に「ティアの所へ行け」と言われる度にいちいち「?」という反応を描いてくれるので、まるでルークがティアのこと何とも思ってないのに周囲が勝手に推してるみたいになっちゃってる。つーか日記の記述やイベントによってはルークはあからさまにティアへの好意を見せて、既に自分の気持ちの自覚までしているので、終盤のここに至ってまで「?」と反応するのは。いやうん自分の気持ちは自覚できてもティアの気持は分かってないって意味なんだろーなぁとは分かりますが、もう少し別の表現法はなかったのでしょうか。

 鈍くてお馬鹿でかわゆいルークは大好きですが、あんまり過ぎるとお腹一杯です。

 

 ティアの方は、自分から何もアクションしないのがムカつきます。

 ルークがナタリアを気遣うと、ティアが「……」となる。それに気付かないルークをアニスやガイが揶揄する。

 知るかっつーの!

 ルークが自分で気付いたなら結構なことですが、気付かなかったからって第三者に口出しされるのって、確実におかしいでしょう。しかもあんなに小さな、リアクションとも言えないアクションに対して。そしてティアは、揶揄されるルークを前にしても何も言わないし反応しない。なんで? ティアもまた鈍くて自分のことを言われているのに気付いてないってことなんでしょうが…。なんだよこのカマトト展開。

 何も言わない人間の気持ちを(オトナなら)当然察するべきだという言い分は、変です。いや『現実』ではそれが当然だと主張する人もいるけどさ…。しかし個人的にそれは理不尽だと感じる質なので。ここにとてもイラッとします。ティアも動け。恋愛関係でも、ちゃんと自分で泥かぶるべき。

 

 私はくっつきそうでくっつかない、そこはかとない恋愛関係って好きなので、本来ならツボなはずなんですが、なんか…こう。「意識しているから逆に気付かない、自己防衛本能」。それはそれでいいですが、周囲が『分かりきってることなのに馬鹿だね』と思ってて けしかける様子ばかり明確に描かれちゃうと。

 ルークとティアが二人で話す時のルクティアイベントは、お互いの奥手ぶりがもどかしくて可愛くて、結構好きなのですが。


 ティアの家の玄関に呼び鈴はない。いや、あるのかもしれないがルークには分からなかった。前に立つと勝手に開いた自動扉を潜り、ルークはティアの部屋へと続く階段を上り始める。だが、聞こえてきた声を聞いて途中で足を止めた。



「ねぇ、聞いても宜しいかしら。あなたは……どう思いましたの?」

 ティアのベッドに腰掛けて、ナタリアは傍らに立つティアに訊ねた。

「ヴァンが……あなたのお兄様が恐ろしい計画を企てていると知った時……」

 テオドーロ市長との話が終わった後、珍しくティアが率先して自由行動を提言し、「少し話さない?」と声をかけてきた。何の話をするつもりで誘ってくれたのかは容易に想像できたが、切り出す勇気を持つのは時間のかかることだった。

「……そうね。まるで他人ひと事のように聞こえたわ」

 ティアは僅かに目を伏せる。

「他人事?」

「ええ。まるで物語を聞いているような感じ。兄さんが何を言っているのか……意味が分からなかった」

「分かるような気がしますわ。一瞬、頭が真っ白になって……」

 ゆっくりと、ティアはセレニアの庭に面した大きな飾り窓の方へ歩いた。

「それから必死で兄さんのやろうとしていることを調べて……なんとしても兄さんを止めると決めたわ。

 ……たとえ刺し違えたとしてもって」

「どうしてそこまでの決心が出来ましたの?」

「この世で血の繋がった肉親は兄さんだけだったから。同じ血の流れる私が……止めなくてはと思ったのね」

 窓に映る影を眺めたまま、「何度問いかけても、兄さんは本当のことを話してくれなかったし……」とティアは言う。

「でも今思うと、初めて兄さんに刃を向けた時の私は、追い詰められて我を失った獣だったのね。――何も見えていなかった」

「ティア……」

「あなたは私と同じ選択をしない方がいいし、する必要もないと思うわ」

 振り向いたティアの視線を受けて、歪みそうになった顔を俯かせ、けれどナタリアは目を上げた。

「わたくし……やはり、この世界を大切にしたいと思いますわ。星の記憶が絶対なものだとしても」

 その為に、実の父と殺し合うことになるのだとしても。

「やはり絶対的な預言を残したユリアは、レプリカのことを詠めなかった。そのことに……ルークという希望に賭けたいのです」

「ええ。ルークは、人が変われることを教えてくれた」

 静かにティアは頷く。

「彼を見て、私もただ兄さんを討つことだけを考えていた自分と決別することが出来たの。兄さんの本当の気持ちを知ろうって」

 結局は理解し合えないのかもしれない。それでも兄の信念を知り、自分のそれを知って欲しいと思えるようになった。闇雲に否定して、殺し死ぬことでそれを果たそうとするのではなく。――生きるために立ち向かおうと。

「……ですが……わたくし、ラルゴが何故ヴァンに与しているのかも分かるような気がしたのです」

 ナタリアは言った。ティアほど確固たる信念を、自分は未だ持ち得ていないのかもしれない。預言に振り回され愛する者と引き裂かれた。それはナタリア自身の生々しい痛みでもあるのだから。

「だからといって、あの男を許していいとは思いません! でも……」

 ティアは窓辺から戻ると、ナタリアと並んでベッドに腰掛けた。

「ナタリア。全てを理屈で考えることはないと思うの」

 ひどく驚いて、ナタリアは見つめてくる青い瞳を見返す。

「あなたからそんな言葉を聞くとは思いませんでしたわ」

「私が理屈でしか考えられない人間だから言うのよ」

 ふ、と笑みをこぼして言うと、ティアは視線を彼方へ向けた。

「多分、流されることでしか得られない結論も……あるのだと思うわ」

 その胸の内には、どんな想いが去来しているのだろう。

 ティアは理性的な人間だ。常に正しさを求め、己を殺してでも理と義に従うことを、誰より自分自身に強いてきた。なのに今、彼女は心のままに進むことを良しとしてくれている。

 このまま流されていけば、ラルゴとは戦うことになるだろう。迷いはいつまでも尽きなかった。彼と対峙した時、戦うべき敵だと本当にみなすことが出来るのか。今の段階で決意しておくべきことなのに、そうすることが出来ないでいる。だが、その不甲斐なさを、この友は認めてくれた。

「ティア……。ありがとう……」



 聞こえてくるナタリアの声音は明るい。

(俺の出る幕はなさそうだな。今はナタリアのことはティアに任せて、戻ろう……)

 ルークはそっと階段を降りて、来た道を辿った。

(ティアがナタリアを連れ出したのは、元気づけて、考えをまとめさせるためだったのか)

 考えてみれば単純な話だ。ガイはこのことを言っていたのだろう。

 それにしても。

「ティアも……ナタリアと同じ立場なんだよな。あいつ意地張ってばっかだから、つい忘れちまうけど」

 ルークは呟いた。血を分けた肉親と殺し合う痛みを、ティアも抱え続けている。けれど彼女が弱音を吐く事は滅多になかった。彼女は自分の痛みを見せない。今も、ルークの望みを汲んで心配を飲み込み、普段通りに接してくれているように。

「ティアさん、やさしいですの。だからご主人様に辛いところを見せないんですの」

 足元からミュウが笑う。

「……うん……。分かってはいるんだけどさ……」

「なら、優しくしてあげるですの」

「うるせっつの、ブタザル。オメーに言われなくても分かってるよ」

 急に恥ずかしくなって、ルークは反動で悪態をついた。

「みゅうぅぅぅ。ご主人様、一つ聞いていいですの?」

「な、何だよ」

「ボクはどうしてブタザルですの?」

「な、なんだ。そんなことかよ」

 何を訊かれると思ったのか。自分の感情に軽く混乱しながらも、ルークは考えを巡らせる。

「……なんとなく、豚とサルを足して二で割った感じ?」

「みゅうぅぅぅ。よく分かんないですの……」

「いいだろ。とにかく……ティアのことは……その、ちゃんと気にかけるから」

 最後の方はもごもごと口の中で呟いて、ルークは歩を早める。嬉しそうに笑って、ミュウは小走りに後を追った。




 数時間が過ぎ、ルークたちは再び会議場に集合していた。

「やはりこの宝珠にも譜術が刻んであります。これに第七音素セブンスフォニムを込めて下さい。そうすれば、第七音素拡散の力と同時に譜術が機能して、ゲートの譜陣を停止させるでしょう」

 テーブルに置いた宝珠を指してテオドーロが言う。ルークが確かめた。

「それでゲートが閉じるんだな」

「そうです。ゲート閉鎖はアブソーブゲートから行うのがいい。あちらはプラネットストームが帰結する場所です。そこから閉じる方が理にかなっている」

「アブソーブゲート。兄さんと戦った場所ね……」

 ティアの声が緊張をはらむ。「因縁の場所だな」とテオドーロも僅かに苦い顔をした。

「ティア。プラネットストームを止めれば、エルドラントに近付くことが出来るんだ。辛いかもしれないが頑張ろうぜ」

 ガイが優しく励ます。「ええ」とティアが笑みを返す一方で、ルークは気遣わしげな目をナタリアに向けた。

「……ナタリアも大丈夫か?」

「ありがとう。大丈夫ですわ」

 ティアの隣の席からナタリアが微笑む。すると、その逆隣からアニスが声をあげた。

「あー、私は?」

「ミュウもですの」

 更にその隣から、耳を揺らしてミュウが訴える。

「あーあーあーあー。わーかったよ!」

 苦笑いして立ち上がると、ルークは仲間たちに視線を巡らせて表情を引き締めた。

「みんな、準備はいいか」

「「「はーいv」」」

「はいですのv

「よし、アブソーブゲートへ……ん? 今、変なの混じってなかったか?」

 言いかけてルークは顔を顰めた。アニスとミュウの高く元気よい声の中に、野太い異音が混じっていたような。

「まあまあ。細かいことは気にせず行きましょう」

 いやに笑顔全開のジェイドとガイが立ち上がり、「くれぐれも気をつけてな」とテオドーロが見送った。


 ジェイドとガイって、たまにツーカーで息が合ってますよね。



 条件を満たしている場合、中央監視施設入口に向かって左(ティアの家の反対側)の突き当りの階段の下に、物資調達係の若者(?)が現われていて、話しかけると最終タウンイベントが起こり、ティアが『魔界の花』の称号を得ます。

ティア「……」
#ティア、若者の顔をじっと見ている
若者「お、ティアじゃないか。なんだいその顔?」
ティア「また忘れ物でもしたのかと思って」
若者「そんな訳ないだろ。もう忘れるなんてヘマはしないよ」
#腕を組むティア
ティア「本当かしら」
若者「考えてもみろよ。外殻大地だった場所は全て落ちてきたし、ユリアシティにも船が乗り入れるんだぜ。忘れたって問題ないよ」
ティア「忘れること前提じゃない……」
若者「でもさ、こうやって世界を普通に行き来できるってすごいよな」
ティア「そうね。昔からは想像もつかないわ」
若者「ユリアシティしかなかったからな。どこを見ても障気だらけだし。ティアのおかげだな」
ティア「私?」
若者「だってそうだろ。世界がこうなったのってティアが関わってるんだろ」
ティア「私だけじゃないわ。これはルーク……いえ、仲間が……」
若者「なんにしても感謝してるよ。ありがとうな」
#ティア、焦る
ティア「どうしたの、急に……」
若者「物資補給で忘れ物してもすぐに買いに行けるから怒られなくなったしな」
#ティア、憮然として片手で額を押さえる
ティア「呆れた……」
若者「まだまだ旅は続くんだろ? 大変だろうけど頑張ってな」

若者「ティアには感謝してるよ。補給物資の調達って本当に面倒だったんだからさ」

 この若者はティアと同年代ぽいので、幼なじみなのかなと思えます。……ルークの鈍いところが しっかり者の女の心をくすぐる、とアニスが言ってましたが、なんとなく、ティアは頼りないところのある(そして可愛さの感じられる)男性に引っかかるタイプのような。理想はヴァンのような完璧な男なんでしょうが(笑)。

 ティアは、男を育てるタイプの女なのかも。


 アルビオールは、北の極地目指して舞い上がった。

「とうとう、新生ローレライ教団と全面対決か……」

 機室キャビンの窓際に立って、ルークは緊張の面持ちで呟いている。

「プラネットストームを停止したら、譜術とか譜業とか、威力がた落ちですよね」

「まあ、停止してすぐに威力が落ちる訳ではありませんし、数年は今とあまり変わらないでしょう」

 アニスにジェイドが答えた。「その間に、プラネットストーム以外の燃料を考えるんだな」とルークが言う。

「っていっても、すぐには見つからないと思うから、譜術士フォニマーとか仕事に困るだろうなー」

 アニスは考える仕草で言い、ジェイドは皮肉に口元を歪めた。

「個人の資質が高ければそれなりに使えますよ。譜術の扱いが下手な者は、職にあぶれるでしょうね」

第七音素セブンスフォニムも使いにくくなりますね」

 ティアは相変わらず生真面目な顔をしている。

「総量が減るからね。しかもプラネットストームがないと新しい第七音素は作られないから……」

第七音譜術士セブンスフォニマーは困るでしょうね」

 アニスに続けてジェイドは言い、「まあ、どちらにしても、プラネットストームを停止させてからの話です」と声音を改める。

「そうだな。今はプラネットストームが止まった未来のことより、目の前の危機をどうにかしないとな」

 ルークも表情を引き締めた。その向こうには、仲間たちから離れてじっと俯いているナタリアの姿が見える。

「ナタリア。顔色悪いよ」

 笑顔を作って、アニスが近付いて声をかけた。

「……ごめんなさい。何だか変な風に考えてしまって」

「どういう事?」

 笑みを消さずに優しく促すと、ナタリアは目を上げて言葉を落とす。

「わたくしのせいで、あの人は六神将になった……。わたくしがあの人の人生を……」

 そこで言葉を止め、苦く笑う。

「ふふ、これじゃルークと同じですわ」

「そうだねー。ナタリアらしくない感じ?」

「本当ですわね」

 ただ苦笑するばかりのナタリアを前にして、アニスは大きく肩をすくめると言ってのけた。

「大体さー、赤ちゃんの時、ナタリアが自分の意志でお城に行ったって訳じゃないしねー。第一、結局新生ローレライ教団に入って、娘も生きてるオリジナルの世界を消そうと決めたのはラルゴな訳じゃん。ナタリア関係ないじゃん」

「……そうですけれど……」

「あいつ、自分のしてきたことを誰かのせいにするような卑怯な奴じゃないよ」

 にこりとアニスは笑ってみせる。

「アニス……」

「ナタリアにそっくり。ガチガチに自分の責任を知ってる奴。気にすることないない。ナタリアは良いとか悪いじゃなくて、どうしたいかを見つめ直せばいいんじゃない?」

「……アニスは時々大人ですわね」

 ナタリアは微笑む。

 その様子を見ながら、ガイが痛ましげな顔を作った。

「ナタリア……相当思い詰めてるな」

「彼女に与えられた時間は多くない。それを分かっているから、余計に悩んでしまうのだと思うわ」

 ティアが言う。確証があるわけではないが、六神将が――ラルゴが、プラネットストーム停止の情報を聞きつけて、阻止せんとアブソーブゲートに現われる可能性は低くはない。

「逃げたっていいのに……。ホントの父親相手に戦う必要なんてないよ」

「そうだな。俺もそう思う」

 眉根を寄せるルークの声に同意して、けれどガイは苦味を含めて笑った。

「だが、目の前の出来事全てから目を逸らさなかったから、今のナタリアがいるんじゃないか?」

 確かに。それでこそのナタリアだ。ふ、とルークは息を吐く。

「……逃げろって言っても、聞く訳ないか」

 幼なじみを見つめる男たちの様子に笑いを浮かべてから、ジェイドは表情を改めた。

「まあ、戦いに足手まといになるなら置いて行きます。それが嫌なら、自分で心に決着をつけるでしょう」

「大佐は厳しいね」と、ガイが苦笑する。

「当たり前のことを言ってるだけですがね」

 ジェイドは笑みを返した。


 崩落編の決戦前のティアと今回のナタリアのシチュエーションは重なっています。仲間たちが心配する様子も大体同じ。ですが、受ける印象が結構違うものですね。ティアは満ち欠けする月、ナタリアは燃える太陽という感じです。主観ですが。

 

「あいつ、自分のしてきたことを誰かのせいにするような卑怯な奴じゃないよ」とラルゴを評するアニス。

 ナムコの攻略本のアニスの紹介記事を読むと、こう書いてあります。

「アクゼリュスを崩落させ、さらに非を認めようとせず、自分の殻にこもるルークに対してキツく当たったのは、彼女自身が自分の責任を自覚しているためでもあった。あらゆる物事を両天秤にかけて考えるアニスにとって、罪を認めずに言い訳をするという行為は、たとえ他人であっても耐えられないものだったのだ。」

 アニスがスパイで、意識的に大勢の人間を犠牲にしてしまった、ルークがアクゼリュスを崩落させてと言い訳をした段階では、まだスパイ活動継続中で、それを仲間に懺悔したりしていなかった……いう視点から見ると、この解説には感情的に首を傾げたくなるのですが、「両親の生活、命を守る責任を負っている」と捉えれば、成る程と言えるのかもしれません。神託の盾騎士団で働いているのも、玉の輿を狙っていたのも、モースに脅迫されて言いなりになっていたのも、全て両親を守るためなので。

 自分が負う責任から逃げる。他人のせいにする。――無責任な人間をアニスは卑怯と考え、嫌っているんですね。

 ああ、だからアリエッタのことが嫌いだったんだな、とやっと実感できました。アリエッタって、色んなことをいちいちアニスのせいだと言ってた感じでしたので。

 ……んじゃアニスは、実はアッシュも嫌い?


 アブソーブゲートの入口は、三ヶ月ほど前に訪れた時とまるで変わらぬ佇まいを見せていた。

 静かに、間断なく雪が降り続けている。白く霞む奥にはぽかりと入口が開いていた。

「またここに来るなんてな……」

 ルークの呟きにアニスが応えた。

「あれから、また沢山の人が死んじゃったね……」

 前回訪れた時は、ここで全てを終わらせるつもりだったのに。

「もう、終わりにしたいな。こんなことは……」

 ガイが言うと、ナタリアが強い目を向けた。

「終わりにするために来たのですわ。そうでしょう?」

 彼女は己を奮い立たせているようだ。「そうね」と頷いて、ティアが注意深い目を周囲に向けた。

「……だけどここに来たのは私たちだけではないみたいだわ」

神託の盾オラクルの船ですね。ええ。気をつけた方がいいでしょう」

 ジェイドが言う。近くに船が停泊している様子が確認できていた。――この奥へ進めば、恐らく再び戦いになる。




 入口を潜って内部へ進む。そこにも雪は降っていた。地核に吸い込まれ続ける無数の光の粒――記憶粒子セルパーティクルの流れだ。

「プラネットストーム……こいつを止めるんだよな」

 流れを見つめるルークの傍らから、アニスがジェイドを振り仰ぐ。

「大佐。これってどうやって止めるんですか?」

「収縮点のある最深部まで降りましょう。そこにプラネットストームを制御する譜陣がある筈です」

「パッセージリングがあった場所の更に下ですね」

 ティアが補うように言い、「分かった」とルークは頷いた。

 以前一度通った道だ。光の昇降機リフトを幾つも乗り継ぎ、螺旋を描く通路をどこまでも下っていく。

「……この先には神託の盾オラクルの誰かがいるのですわね」

 ふとナタリアが呟き、仲間たちは足を止めて彼女を見た。

「リグレットか、ラルゴか、シンクか……」

 アニスが並べ、「全員という可能性もありますね」とにべなくジェイドが言う。

「ラルゴ……。わたくしは……」

「ナタリア……。大丈夫か?」

 俯いたナタリアを見て、ルークが眉を下げて覗き込んだ。

「顔色が真っ青だ。無理をしない方がいい」

 ガイも険しい顔をする。

 幼なじみたちの心配を露にした様子を見て、ナタリアは血の気を引かせたまま、それでも申し訳なさそうな顔をした。

「すみません。こんなに動揺するなんて自分が情けないですわ。――でも大丈夫です。参りましょう」

 ナタリアは次の昇降機へ向かって歩き始める。顔を見合わせて、ルークたちもその後に続いた。



 その昇降機は、パッセージリングへ続く部屋へと繋がるものだった。

 転送の光が消えると、目の前にその光景が広がる。降り続ける記憶粒子の雪、透き通った床、その下に見える巨大なパッセージリング。床の一方は大きく抉れていた。かつてルークが超振動で削り、ヴァンが落ちて行った場所だ。父やセシル将軍が言っていた通り、そこに突き立っていたはずの剣はない。――いや。

 それらの細かな情景は殆ど目には入らなかった。削れた床の縁近くに、異様な姿が見えたからだ。

 黒く膨れた巨大な怪物――モース。その前にリグレットとシンクが並んでいたが、既に神託の盾オラクルの軍服は着ていなかった。そして、その二人の間に。

「イオン様!?」

 アニスが高く声を響かせる。

 リグレットとシンクの間には一人の少年が佇んでいた。シンクとよく似た背格好だが、粗末な生成りのひとえから伸びた手足は細く、痩せこけている。髪は梳かされた様子がなくボサボサで、垢じみてさえいたが、顔立ちにはひどく見覚えがあった。――消えたイオンと。側に立つシンクと、まるで同じ顔だ。

 他方、ルークは背後に闘気を感じて振り返り、そこで対峙している二人の男を目にしていた。

 音叉型の剣――ローレライの剣を構えた長い赤髪の男、アッシュ。そして漆黒の大鎌を持って、全身を見慣れぬ無骨な鎧兜で覆った大男、ラルゴ。

「レプリカ! 何故ここに来た!」

 怒鳴ったアッシュは浅く息をついていた。ラルゴの振り下ろした大鎌を受け止め、「くっ!」と顔を歪める。

「アッシュ!! ラルゴ!!」

 ナタリアが叫んだ時、更なる異変が起こった。削れた床の向こう、地核へ通じる奈落の底から光が現れたのだ。ハッとして見つめたルークたちの目の前で光は震え、強烈な波動を――『力』を放出する。やがてそれは収まったが、どうやら立っていたのはジェイドとティアだけで、ルークやガイ、ナタリアは床に膝をつき、体の軽いアニスに至ってはペタリと尻餅をついていた。

「……ようやく形を保てるようになったか」

 声が響く。深く、聞き覚えのある。

「その声は……」

 ルークは顔を上げた。いつの間にか光は消え、一人の堂々とした男が現れている。

 高い背に程よく筋肉のついた、鍛え上げられた身体。神託の盾の軍服をまとい、灰褐色の髪を高く結い上げている。

 ――ヴァン・グランツ。

 彼の前にリグレットとシンクが近付いていった。モースはひらりと飛んで側に行く。

おお! ヴァンか! 今までの命令違反は水に流しでやろう。さあ、ひゃははっ。早く第七譜石を私に!

「……これが地核に沈められていた第七譜石の欠片だ」

 ヴァンが差し出すと、モースはひったくるようにして己が手に取った。

ごれで……ごれでようやぐ第七譜石の預言スコアを知ることがでぎる……。ひゃはははははっ!!

 けたたましく笑いながら、モースは小さな譜石を痩せこけた少年――恐らくはイオンレプリカの一人――に渡した。予め何をするのかは言い含めてあったのだろう、少年はシンクと共に昇降機に向かって歩き出し、その後にモースが付いて行く。

「待ちなさいっ!」

 ティアが叫んで追おうとしたが、足元に光弾を撃ち込まれて立ち止まった。光に包まれて転移して行ったシンクたちを視界の端に捉えながら、ティアは譜銃を構えたリグレットと対峙する。

師匠せんせい……」

 一方、ルークの目はリグレットが背後に護るヴァンに釘付けにされていた。

「私を倒すとは……。レプリカとは言え、見事であった」

 太い眉の片方を上げ、面白そうにヴァンは笑う。ティアが問いかけた。

「兄さん……! ローレライは……」

「レィ、ヴァ、ネゥ、クロア、トゥエ、レィ、レィ」

 奇妙な返答に、ティアは眉を顰める。

「それは……ユリアの譜歌……」

 古代イスパニア語による、音階を表す言葉だ。

「私の体は音素フォニムが乖離しながらプラネットストームに吸い込まれていった。消えるのだと、そう思った時にユリアの譜歌を思い出し、口にしたのだ。それが契約の言葉だった。ユリアの契約に応え、ローレライが反応した」

 薄く笑いながらヴァンは語る。

「乖離しかかっていたヴァンを構成する音素がローレライによって引き寄せられ……」

 ジェイドが呟き、「再構築された?」とガイが動揺を隠せぬ様子で結論付けた。

「そうだ。ローレライは分解した私の体を繋ぎ止めた。だが……存外扱いが難しい」

 ふ、とヴァンは笑みを含んだ息を落とす。

「暴れるローレライを眠らせて、ようやくプラネットストームから抜け出すことが出来た」

 ティアに向けていた譜銃を下ろし、リグレットがヴァンに向き直った。

「閣下。そろそろモースが騒ぎ出す頃では?」

 ヴァンはリグレットを従え、昇降機に向かって歩き出す。アッシュが怒鳴って走り出した。

「待て! くたぱりぞこないが! 俺がここで引導を渡してやる!」

 だが、その前にラルゴが素早く立ち塞がる。

「ようやく総長が戻られた。これでようやくローレライを――星の記憶を消滅させることが出来る。お前に邪魔はさせぬ!」

「くそっ! 図体ばかりでかくて邪魔だったらねぇ!」

 歯軋りをしたアッシュに、昇降機の光の中からヴァンが呼びかけた。

「アッシュ。私と共に来い。

 お前の超振動があれば、定められた滅亡という未来の記憶を消すことが出来る。人は解き放たれる」

「……断る!」

 アッシュの激しい拒絶は以前と変わらなかったが、次にヴァンの目がこちらに向いたのでルークは驚いた。

「ではルーク。お前はどうだ?」

 ヴァンは誘う。鷹揚な笑みを浮かべたままで。

「私はお前を過小評価していたようだ。お前にも見るべき点がある。私と来るのならば、ティアやガイ同様、お前も迎え入れてやろう」

「……俺は……」

 一瞬。胸の中が掻き乱された。かつての飢えが、今までの思いが、怒濤のように荒れ乱れて渦を巻く。――だが。

「……お断りします」

 一瞬だ。

 静かにそう答えたルークを見て、しかしヴァンは満足げに口元を歪めた。

「フ……そうでなくてはな」

 強さを増した光に包まれ、彼とリグレットは転送されて消える。ルークは剣を抜いて追おうとしたが、その前を塞いでラルゴが挑みかかった。素早く迎えた剣と大鎌が打ち合い、激しい金属音を響かせる。

「アッシュ! 師匠を」

 アッシュは昇降機に走って消え、刃を噛み合わせて睨み合うルークとラルゴが残った。一対一の押し合いならば、ルークの分が悪いだろう。しかし、ここには他の仲間たちもいる。

「……ラルゴ。武器を収めませんか」

 つがえた矢をピタリと向けて、ナタリアはラルゴに呼びかけた。

「……この世界は腐っている」

「そんなことはありません……」

「寝ても冷めても預言スコア預言スコア

 大鎌を引いて数歩離れ、ラルゴはブンと腕を振ってルークたちを睨みつける。

「そのためにどれだけの命が見殺しにされてきたか」

「あなたたちがやろうとしていることも、結局は同じですわ!」

 ナタリアは構えを解いてはいなかった。怖じない瞳を見返して、ラルゴは皮肉に顔を歪める。

「そうだ。ヴァンの……俺たちの計画はネジがとんでいるからな。だが、それほどの劇薬でもなければ、世界はユリアの預言通り……滅亡する。被験者オリジナルが残っている限り、星の記憶の残滓も残るのだからな」

「今を生きる人たちを全て見殺しにするのはおかしい!」

「レプリカ共を喰らうように殺した男の台詞とも思えんな」

 ジロリと見やってラルゴが揶揄の言葉を投げてきたが、ルークは揺るがなかった。

 もう後戻り出来ないことを知っている。

 レプリカの命を喰らっただけではない。神託の盾オラクル兵や盗賊や、多くのオリジナルを殺し、或いは罪無き人々さえも、進む過程で犠牲にしてきた。

 確かに自分はレプリカだ。だが、だからといってヴァンのレプリカ大地計画に共鳴はしない。障気を消す選択をしたのは、『オリジナル』が大切だからでも、『レプリカ』が不必要だからでもなかった。……それに、やっと気付いた。レプリカとオリジナルの命に差異はない。無数の命を奪って、屍を踏みつけて。罪と血にまみれてここまで歩いて来たのだ。

「……そうだ。俺はレプリカの命を喰らって、被験者オリジナルの世界を存続させる道を選んだんだっ!」

 ――『自分自身』の望む世界のために。

「よく言った。それでこそ倒しがいがあるというものだ。行くぞ!」

 満足げに笑って、ラルゴは大鎌を構える。ナタリアが痛みを覚えたかのように強く呻いた。

「ラルゴ……!」

「敵に情けをかけるなよ、王女。たとえ何者であろうと、敵としてまみえた以上情けは無用だ」

「あなたは……倒すべき敵なのですわね」

「ならば、こちらも戦士として向き合うまで。同じ神託の盾オラクルとして……引導を渡すわ」

 ナイフを抜き、ティアが強い声音で宣告する。ジェイドも槍を手の中に現出させると言った。

「私も本気でお相手しましょう。どこまでも愚直なあなたのために」

「ラルゴの馬鹿っ! ホント大馬鹿なんだから!」

 ナタリアの側から、大きなヌイグルミの背に乗ってアニスが叫ぶ。

「あんたみたいな馬鹿、嫌いじゃないだけに残念だよ」

 腰の剣を抜きながら、ガイもやる方ない憤懣で目元を歪めていた。

「ハッハッハッハッハッハッハ! これはいい。この黒獅子ラルゴ、愚か者だが弱くはないぞ!」

 呵呵と笑い、ラルゴは踏み込むと大鎌を振るう。発されて扇状に広がった炎の弾を、ルークは斜め後方に跳んで避けた。

「俺達だって弱くはないぜ! 必ず勝つ!」

「わたくしも……負けません!」

 揺らぎを押さえ込み、ナタリアは弓を引き絞る手に力を込める。

「良かろう。小僧ども、叩き潰してくれようぞ!」

 ルークとガイがそれぞれ斬りかかる。左右に大鎌を振るってそれぞれの剣を払い、「行くぞ!」と雄叫ぶと、ラルゴは全身を炎気で輝かせた。

「業火に飲まれろ!」

 全身を使って大鎌で周囲をぐるりと薙ぐ。刃がまとう炎が円を形作り、足元に第五音素フィフスフォニムで輝く譜陣が現われた。

「紅蓮、旋衝嵐!」

 譜陣から噴き上がった炎に焼かれ、ルークとガイが苦鳴を上げる。ティアが素早く癒しの譜を唱え始めた一方で、ラルゴは頑丈なヌイグルミを殴るように斬りつけ、したたかに喉元を狙う槍を払いのけていた。回復したルークとガイが再び斬り込んで来たが、大鎌の柄頭を勢いよく地に突き立て、噴き出させた大地のエネルギーで打ちのめす。

「地龍吼破!」

「うわああぁっ」「ぐぅううっ……!」

 巨漢のラルゴは狙いやすい的だったが、頑強な鎧と強力な攻撃がルークたちを圧倒していた。再び、大鎌を振るって炎の弾を撃ち出す。

「烈火衝閃!」

「ブレイブフィード!」

 だが、扇状に広がった炎の弾は、同じように展開した幾本もの矢に打ち落とされた。続いて飛んだ矢が鎖帷子を破り、ラルゴの手足に突き刺さる。

「ぐおっ!」

 その矢を放った少女をラルゴは見やった。彼女も見ている。太腿に刺さった矢を抜いて手の中でへし折ると、ラルゴは吼えながらそちらへ向かった。怯んだように身をすくめた彼女を、大鎌を槍のように使って突き上げようとする。しかし、駆け込んで横合いからナイフで斬りつけたティアに気を奪われ、丸太のような腕で払いのけた。

「ティア!」

 床に激しく転がされたティアを見てナタリアが叫んだ時。ジェイドとアニスの放った譜術が立て続けにラルゴに炸裂し、ガイの剣が右足を斬り裂いた。流石にぐらついて大鎌で身を支えた正面から、ルークが剣を振るう。

「牙連崩襲顎!」

 複数の技を繋げた奥義だ。巨大な牙で噛み裂くように上下から剣の二撃を与え、斬り上げて高く跳ね上がった勢いのまま、頭部に蹴りを食らわした。

「ぬおお!」

 音を立てて兜が砕ける。ラルゴはよろめくと、ガシャリと床に片膝をついた。

「ふ。見事、だ……」

 普段は獅子のたてがみのように立てていた髪が額に垂れ落ちる。荒い息につれて揺れる手足や鎧の間から少なからぬ量の血が流れ出し、ぽたぽたと床に落ちていった。――だが。

 思いがけない速さで立ち上がったラルゴの鎌が閃く。どうにか剣で受け止めたルークを刃越しに睨み、ラルゴが雄叫んだ。

「一緒に逝って貰おう!」

「……くぅっ!」

 地核へ向けて開く床。そちらへじりじりと押される。危機を見て取ってガイとアニスが駆け寄ったが、ガイの刃が到達するより早く。

「ぐおっ」

 短くラルゴが吼え、全身の力を無くすとくずおれた。その胸には、背から突き抜けた矢尻が飛び出している。

 誰もが矢の主に――ナタリアに目を向けた。彼女は矢を放った姿勢のまま顔を伏せている。

「……いい腕だ……。メリル……大きくなったな……」

 浅い息の下で、ナタリアを見返るラルゴの顔には笑みが浮かんでいた。そんなラルゴを見下ろして、ルークはやるせない思いで話しかける。

「ラルゴ……。俺たちは同じように預言から、離れようとしてるんじゃないのか? どうしてこんな風に殺し合わなきゃならないんだ?」

「同じじゃないんだよ……。いいか……坊主。これはお互いの信念をかけた戦いなのだ……」

「信念をかけた戦い……」

「我々は……この世界は滅び……生まれ変わるべきだと……考えた。お前たちは……もう一度やり直すべきだと……考えた……。結果は同じでも……違うのだ」

 ルークはラルゴの前に回って片膝をつき、無言で片手を差し出した。しかし、ラルゴが手を伸ばし返すことはない。

「敵に……情けをかけるな……。そんな生半可な思いでは……あいつは……倒せぬ……ぞ……」

 そう言うと苦痛を堪えるように顔を歪め、目を伏せて呟いた。

「さらばだ……メリル……」

 その巨体がぐらりと傾ぎ、倒れる。ナタリアの唇がわななき、身を折り曲げると叫びを押し出した。

「……お父様……っ」

 その視線の先で、ラルゴの遺体は光となって消えていく。音素フォニムの乖離による消滅。激しい戦いで肉体を繋ぐ音素に異常が起きていたのか。或いは、ここがプラネットストームの帰結点だからなのか。

 床に両手をついてへたり込んだナタリアの周囲に、ゆっくりと仲間たちが集まった。

「……酷なようですが、私たちはラルゴを倒す為にここに来た訳ではありません。アブソーブゲートを閉じる為に来たのです」

 ジェイドは強いて厳しい声音を出していた。その後ろから歩み寄りながら、ルークは声を沈める。

「……分かってる。だけどナタリアは……」

「……ナタリアはここで待っていたらどうだ? 無理することはない」

 動けないナタリアに向かって、ガイがルークと同じ表情で呼びかけた。しかし彼女は緩く頭を左右に振る。

「いえ……。いえ……一緒に参りますわ」

「そうか……。立てるかい?」

 無言でナタリアは立ち上がった。見上げるアニスが眉を下げる。

「……ナタリア。無理しなくていいんだよ」

「いえ。行きます」

 確かな声で言って、ナタリアは瞳に力を込めた。




 螺旋の通路を辿ってパッセージリングまで降り、その前から昇降機を使って更に下層へ向かった。そうして恐らく最下層と思われる場所に至ったが、そこには何も無い。ただ、丸い床一面に複雑な文様が描かれている。

「これ、どうやって閉じるんだ?」

 収束し地の底へ吸い込まれて行く光の粒の中でルークが困惑に眉を下げると、ジェイドが床の紋様を眺めて考え深げな声を落とした。

「これは……巨大な譜陣ですね。伝承通りです。ユリアはここを開く時、ローレライの剣を使ったとか」

「それならここでは宝珠を使えばいいのよね」

 ティアが言う。そうだ、テオドーロは宝珠に第七音素セブンスフォニムを込めればいいと言っていたのだった。

「分かった……。やってみる」

 床の中央に立って、ルークは片手に持った宝珠を掲げる。仲間たちが見守る中、それは音素を得て白く輝いた。呼応するように床に描かれた紋様が回転し、譜陣の形がくるくると変わっていく。――次の瞬間。

「うわっ!?」

 ルークの視界が真っ白に弾けた。

 気づけば、たった今まで踏みしめていた床が無い。淡く七色に揺らめく空間に果ては見えず、記憶粒子セルパーティクルの瞬きが一面に充満している。それらの光の粒と共に、ルークはゆっくりと落ちていた。――いや、昇っているのだろうか。判然としない。

(ここは……地核……?)

 記憶にある中で合致するとしたらそこだ。ただ、以前タルタロスから見た光景とまるで同じというわけではなかった。光も色もゆらゆらと切り替わり、帯状の紋様が周囲を取り巻いて走る。あれは譜だ。情報を記録したもの。それに目を凝らすうち、不意に光景が切り替わる。

 地核であることに変わりは無かった。だが、彼方上空に人の姿が見える。

 その男の姿には見覚えがあった。白い軍服の肩から腹部までを真紅に染め、頭を下にして真っ直ぐに落ちてくる。

(ヴァン師匠せんせい……!)

 ルークの眼前を通過して見る間に小さくなっていったが、遥か下で金色の光が彼を包んだ。

(そうか……ヴァン師匠はここでローレライを取り込んだのか……)

 恐らく、これは幻なのだろう。過去の情景なのだ。

 それを認識すると、視点はヴァンを追って自動的に動く。全身を輝かせながら己の両手を眺めていた彼が、ふと顔を上げた。乖離する音素フォニムの光をまとわりつかせながら、ゆっくりと漂ってくるものがある。ヴァンが両腕を広げると、それは吸い寄せられるように近付いて、くるりと足を下にして立つ姿勢をとった。

 シンクだ。ボロボロになってタルタロスの甲板から地核の底へ身を投げた、あの時の彼だった。

『お前にローレライの力を分け与える。今少し生き延び、私に力を貸せ』

 そう言ってヴァンが両手を触れると、へしゃげて分解しかけていたシンクの体が白光に包まれる。その瞳が開き、蘇った息吹で皮肉な言葉を吐いた。

『……アンタまで地核に落ちてくるとはね。総長……』

(……これは……? どうして俺はこんなものが見えるんだ? ……俺、消えかかってるから、プラネットストームに同化しちまってんのか?)

 ルークは虹色に揺らめく広大な空間を見渡す。

(じゃあ、これは星の記憶……?)

 記憶粒子の瞬きと、そこに記録され再演される譜の流れ。浮かんでは消える映像の中に、シンクと対峙するアッシュの姿が見えた。シンクは六神将の黒衣ではない、先程見たのと同じ服装をしている。

(これは現実か?)

『どけ!』

 剣を片手に睨むアッシュの前で、シンクは平然と立っていた。

『ヴァンはまだ本調子じゃない。それにお前は鍵を持っている。宝珠なしとは言え、それは脅威だ。渡してもらうよ』

「アッシュ!」

 その光景を見下ろしてルークは呼びかける。アッシュが痛みを感じたように顔を顰め、片手で頭を押さえた。

『レプリカか! なんだ!』

「俺が宝珠を持ってそっちに行く! この場でローレライを解放しよう! それまで持ちこたえてくれ!」

 しかし、アッシュは顔を憤怒で染める。

『俺に指図するんじゃねぇっ!』

 彼から力が溢れ、バチッと弾かれた気がした。渦巻く記憶粒子の中に投げ出され、様々な光と映像が目まぐるしく交錯する中をさまよい――そして。

「ルーク! 大丈夫!?」

 ティアの声を聞いて、ルークはハッと『目を覚ました』。

 そこはアブソーブゲートの最深部。床に刻まれた譜陣の中央に膝をついてうずくまっている自分に気付く。顔を上げれば、囲む仲間たちの心配の色を浮かべた視線にぶつかった。

「ルーク、しっかりして」

 ナタリアが呼びかけてくる。

「夢……?」

 ぼんやりと呟いて、すぐにルークはハッとなった。

「ゲートは!?」

「宝珠に反応して、譜陣が効力を無くしたようです」

 立ち上がったルークに向かい、落ち着いた口調でジェイドが言う。ガイが鮮やかに笑った。

「成功したってことさ。やったな!」

「よかった……! これがあればラジエイトゲートも閉じられるな」

 手の中の宝珠に目を落としてルークもやっと笑う。微笑んでそれを見ていたティアが、ふと表情を曇らせた。

「兄さんたちはどうしたかしら……」

「そうだ! アッシュが危ない。追いかけよう!」

 仲間たちを見渡してルークは促す。あれが夢であろうと無かろうと、アッシュが独りでヴァンやモースを追っていることに変わりはないのだ。



「やはり兄さんは生きていたのね……。ローレライを取り込んで……」

 螺旋の通路を駆け登りながらティアが言う。

 アッシュたちがどこにいるのかは分からなかったが、先程見た幻では出入り口に近い場所のようだった。戻るには時間がかかる。

「……ヴァン師匠せんせいは強敵だ。ローレライの力がなくても、震えが走るほど強かった」

「……ええ。また、私たち戦わなければいけないのね」

「師匠が俺たちの話を聞いてくれるんなら、戦わなくて済むかもしれないけど」

「無理よ。……兄さんの理想は、私たちの理想とはかけ離れ過ぎているもの……」

 哀しみと諦めの混じった声をティアは落とした。

 ヴァンは揺らがない。彼は彼の『答え』を変えず、自分自身の望む世界の実現のために全力で向かってくるだろう。かつてこの場所で殺し合った時、それは思い知らされている。

「俺たち……勝てるのかな……」

「……勝たなければいけないわ。そうでしょう?」

「ティアは、本当にそれでいいのか?」

「……」

 答えずにティアは目を伏せた。かつてのように「平気よ」とも「そうしなければならないもの」とも言わず、足を止めずに進み続ける。




 長い通路を戻って第一層に至った。

「……シンク……っ!」

 アニスが叫ぶ。出入り口に近い場所で、シンクとアッシュが対峙していたのだ。幻で見た光景そのままに。

 ティアがシンクに駆け寄ってナイフを一閃させた。しかしシンクはくるりとトンボを切って避ける。降り立ったところでジェイドが譜術エナジーブラストを放ったが、それも避けると出口へ向かって逃げ去った。

「アッシュ、師匠は!?」

 剣を下ろし、どこかきまり悪げに背を向けたアッシュに駆け寄ってルークは訊ねる。

「外だ。モースがイオンのレプリカに第七譜石の預言スコアを詠ませてるのに立ち会っている」

「行きましょう!」

 ティアが促し、一行は出口へ向かった。




 セフィロトを出てすぐの場所で、第七譜石の預言スコアの詠み取りは行われていた。

 降りしきる雪の中、イオンレプリカは小さな譜石を両手で持って目を伏せている。やや離れた場所に並んで、モース、ヴァン、リグレット、そしてシンクがその様子を見守っていた。

「……『かくしてオールドラントは障気によって破壊され、塵と化すであろう。これがオールドラントの最期である』」

 言葉を閉じると、全身を覆っていた音素フォニムの輝きが消滅し、イオンレプリカはがくりと雪の中に膝をつく。

ひゃはっひゃははははっ! でだらめを……詠むなぁ!

 モースが大声で怒鳴りつけた。殴りかかりそうな勢いで譜石を指さし、ヴァンに剥き出した歯を向ける。

ヴァーーン! ごの欠片わ本当に第七譜石の欠片なのが!?

「勿論」

「やめろ!」

 一声が響き、セフィロトの中からルークが駆け出した。

ぬぅ! じゃまだぁあああ!

「やめろぉっ!」

 剣を抜くことすら忘れ、絶叫して割り込むとルークはイオンレプリカを背に庇う。もう、『あの時』と同じ光景を見たくはなかった。溢れた感情に呼応したかのようにその全身が白く輝く。途端に、モースが両手で頭を抱えて悶絶し始めた。

ぐあっ!? わだじのがらだがぁあああひゃああーー!? どうじだごどが? いじぎが……も、もうろうど……

 ぶるぶると震え、舞い上がると狂ったように雪空を飛び回る。

すこあを……すこあを……ひゃーっはっはっはっ……や……めろ……! ぐおっ、がふっ!?

 もはや意味を成さない言葉を喚き散らしながら、モースはどこかへ飛んで行ってしまった。

「超振動か!? しかしそれで精神汚染が進むとは……」

「……いや、違う。私の中のローレライが一瞬ざわついた」

 眉根を寄せたリグレットに答えて、ヴァンは呆然と空を見上げるルークに歩み寄る。気付いて突き放そうとした片手を掴み上げたが、ルークの身体が白く明滅するとぐっと顔を歪めた。

「……ローレライの宝珠か!?」

 手を離してヴァンは苦悶の表情を浮かべる。ルークを掴んでいた右手が光の粒子となって輝いていた。

「ぐぅ……しまった。ローレライが……暴れる……っ!」

「兄さんっ!?」

「閣下! お体が……」

 悲鳴のようにティアが叫び、リグレットが駆け寄ろうとしたが。

うおおぉぉぉぉぉおおおおおおっ!

 辺りが鳴動し、ヴァンを包んだ白光が爆発的に広がると、周囲にいた誰もを弾き飛ばした。

「……じょ、冗談じゃねぇ! 今の力は一体……」

 片膝をついて、ガイが戦慄した様子で声を落とす。

「ローレライだ……。ヴァンが体内に封じたローレライの力を制御しきれずに……」

 アッシュはその前でなんとか立っていたが、流石に声がうわずっていた。その視線の先でリグレットとシンクがヴァンに駆け寄り、少し離れた所で窺うように止まる。己の右腕を押さえていた力を緩め、ヴァンが息を吐きながら告げた。

「大事ない。もう……押さえ込んだ」

「ですがここはお体のため、エルドラントへ戻りましょう!」

 リグレットが言い、シンクが指笛を吹き鳴らす。すぐに飛来した三羽の飛行魔物グリフィンを背にして、ヴァンはアッシュとルークに目を向けた。

「全ての屍を踏み越え、我が元へ辿り着け。アッシュ、そしてルークよ。その時、今一度お前たちに問いかけよう」

「兄さん、待って!!」

「メシュティアリカ……。次に会う時はお前とて容赦はせぬ」

 静かに妹に告げると、ヴァンは片手でグリフィンの鉤爪を掴む。舞い上がった彼らはたちまち雪空の向こうに遠ざかり、恐らくは停泊させてある船を目指して消えて行った。

 彼らの去った空を眺めていたルークの隣に、アッシュが歩み出てくる。

「これでローレライの鍵がどこにあるのか奴らに知られたって訳か。気をつけろ。ヴァンは……それを全力で奪いに来る」

 ルークに目を向けぬまま、注意を促した。

「ローレライを音譜帯に解放すれば、ヴァン師匠はローレライを消滅させる機会を永遠に失い、世界には第七音素セブンスフォニム預言スコアも星の記憶も残ってしまう」

「そういうことだ」

 確かめたルークに低く返して、アッシュは歩き出す。

「プラネットストームを停止したら、もう一度お前に会いに来る。宝珠を奪われるなよ」

 静かに言い置くと、厚い雪を踏みしめて去って行った。

「アッシュの奴……なんかお前に優しくなったな」

 見送って、ガイは少し不思議そうな顔をしている。

「そうかなぁ」

「……でも何故でしょう。彼……哀しそうですわ」

 ナタリアは心配そうにしていた。ルークにはよく解らなかったが、幼なじみたちはアッシュの様子に確かな異変を感じたらしい。

 一方で、アニスは放置されていたイオンレプリカに近付いていた。薄着で裸足の彼の手足は雪の中で赤くなっており、見るからに痛々しい。気後れが押し退けられ、アニスは手を伸ばすとかじかむ彼の手をそっと包み込んだ。ピクリと肩を震わせた少年の目が初めてしっかりとアニスを捉えたように思え、やがて幼子のように笑う。

「ねぇ、みんな。この子……ダアトに連れて行ったら駄目かな。この子……どこにも行き場がないと思うんだ……」

「……そうだな。分かった。ダアトへ送っていこう」

 ルークは頷き、一行は雪道をアルビオールに向かって歩き始めた。長い石橋を渡った後で、一番後ろを歩いていたナタリアが声をあげる。

「……ちょっと宜しいかしら」

「どうした?」

 先頭のルークが立ち止まって訊ね、仲間たちも足を止めて振り向いた。

「少しだけ、祈る時間をくれますか?」

「そりゃ……構わないけど……」

 ナタリアは数歩アブソーブゲートの方へ戻ると、片膝をついて祈りを捧げた。やがて立ち上がり仲間たちの方へ戻ってくる。

「……ラルゴに祈ってたのか?」

「ええ……」

「ねぇ、お墓とか作ってあげなくていいの?」

 気遣うようにアニスが訊ねた。ラルゴの遺体は音素フォニム化して消えてしまったが、墓には死者を偲ぶ意味もある。残された者にとっても必要なものではないのか。

「バダックもラルゴも、キムラスカの法に照らせば悪人として裁かれます。それならむしろこの土地で安らかに……」

「……うん、分かった」

 静かにルークは頷く。ふと呟いた。

「ラルゴは何で俺たちにあんなことを言ったんだろう」

「あんなことって?」

「敵に情けをかけるな。そんなに生半可じゃ、あいつは倒せないって……」

 問い返したアニスに答える。いまわの際にラルゴが遺した言葉だ。まるでルークたちを激励するかのように。

「……あれはナタリアに向けた言葉なんじゃないか」

 ガイが言い、ナタリアが伏せがちになっていた目を上げた。

「……わたくし……ですか?」

「死の直前、父親としてナタリアに――メリルに生き延びて欲しいと願ってさ」

「……」

 溢れそうな情動を抑えるかのごとく、ぐっとナタリアは口を閉ざす。しかし、アニスは小首を傾げた。

「うーん。だけどラルゴはナタリアが父殺しの罪悪感を背負うのを、良しとするような奴じゃないよ」

「だったらあれは……」

 訊ねたルークに、アニスは切なげに笑いかけた。

「俺はお前の敵なんだから、情けをかけるな。非情の心で俺もヴァンも倒せってことじゃない?」

「どっちの意見もありだと思うけどよ……」

 ルークが困惑していると、ナタリアが静かに言った。

「……真実はラルゴにしか分からないですし、わたくしはわたくしの信じた答えを心に秘めていきますわ」

「ほえ? ナタリアはどう思ってるの?」

「……秘密ですわ」

 そう答えると、ナタリアは鮮やかに笑う。

「お待たせしてごめんなさい。さあ、参りましょう」

 促され、仲間たちはアルビオールへ向かい始めた。


 

 誰かが死んだ後、その人物が何を考えていたかを残った人々が推測し合い、しかし当然ながら結論は出ない。このパターンは、イオンが死んだ時にも現われています。

 ラルゴは何故、激励とも取れる言葉を遺したのか。個人的には、アニスの推測の方が正解に近いのかなと思ったりします。でも、ガイの言うことも間違いではないのだろうとも思います。

 罪悪感に囚われずに己の信じる道を行け。それはつまり、生き延びたいなら生きろ、という意味でもあると思うからです。信念では相容れないがお前を否定しない、お前が自分で、生きる未来を勝ち取るならそれでいい、と言うか。

 実際のところは、ナタリアの言う通り、ラルゴ本人にしか分からないのですが。

 

 ルークを罵らなくなった、けれど哀しそうなアッシュ。

 今まで便利連絡網で語りかけることが出来たのも、ヴァンに認められ誘われていたのもアッシュだけでした。ところが、ルークの方から通信され、ヴァンもアッシュと同等にルークを誘った。あまつさえルーク(たち)に助けられた。

 自分に残された時間が少ないことを実感している『ルーク』。

 この辺りのアッシュの心境を想像してみると興味深いのかもしれません。

 

 ところで、アブソーブゲートの最深部から入口まで戻るには(ゲームシステム上のショートカットを使わない限りは)相当時間がかかるはずなので、ルークが地核の中で見たアッシュとシンクの対決風景は、実はほんの少し未来のものだったんじゃないかなーと思っていたりします。アッシュ的には、通信があって割とすぐにルークたちが駆けつけてきた感じなのではなかろーかと。

 過去も未来も同一線上に混沌としている。ローレライの視点では、きっとあんな感じなんではないでしょうか。


 アルビオールはダアトへ向かって飛んでいる。

「モースの奴、なんか凄いことになってたね」

 機室キャビンの段差に腰掛けて、アニスは複雑そうに眉根を寄せた。

「あの方には、もう、私たちの声は届かないのかしら」

 ティアは悲しげに目を伏せている。答えたジェイドの表情は険しかった。

「重度の精神汚染です。恐らく正気を保ってはいないと思います」

「この後、一生魔物として生きるのかしら……」

「……恐らくその前に、元素と音素フォニムが乖離して、亡くなると思います」

 ティアとジェイドの会話を聞いて、アニスは苦しげに吐き捨てる。

「……馬鹿だよ。あいつ……。どうして預言スコアをもっと広い目で見られなかったんだろう」

「……ううん。私たちもああなっていたのかもしれない」

 ティアは生真面目な顔で首を左右に振った。

「何かに固執するという事は、時に大きな代償を必要とする事もあるわ」

 今、自分たちはヴァンを倒してレプリカ大地計画を阻止しようとしている。だが、望む結果に固執しすぎてはならないのだろう。少なくとも、その結果を得る為に手段を選ばなくなるようでは。

 かつてティアが、兄を討とうとなりふり構わずファブレ邸に押し入ったように、固執は視野を狭め、受容と変化を阻み、きっと何かを代償として奪う。

「気をつけよう……」

 首をすくめてアニスは呟き、ジェイドも何事かを考えている様子だった。

(音素が乖離して死ぬ、か……)

 それらの話を聞きながら、ルークも自分の思いに沈んでいる。

(今日は大丈夫だった。……でも、明日も保つかは分からない)

 膝の上に広げた日記帳にペンを走らせていた左手を止め、じっと見つめた。まだ消えてはいない。――ここに在る。

「ルーク。そろそろダアトに着くぞ」

「あ、ああ。分かった」

 ガイに答えて、ルークはもう一度日記に目を落とした。

 物心ついて、字を覚えてからずっと書いてきた。自分の記録。つまらないと思っていた屋敷での日々も、突然投げ出された外の世界での鬱憤も、その時その時の精一杯だった後悔も決意も。全ての軌跡が刻まれている。

 あと何ページ、残りを埋められるのかは分からなかった。きっと多くはないだろう。それを思うと恐ろしい。認めたくはないし、想像するのも嫌だ。

(だけど……震えて怯えて、無為に過ごすことだけはしたくない)

 退屈だつまらないとダラダラ潰していた日々へは、もう戻れない。その代わりに実感があった。自分は今、生きている。――生きていたい。

(ヴァン師匠が復活して、これから戦いはますます激しくなるんだろう。だけど、出来れば笑っていたい。……みんなと、少しでも長く一緒に過ごしたい)

 アルビオールが着陸態勢に入ったようだ。ルークは一文を余白に書き足すと、小さな帳面ノートを閉じた。




『残りの日記が、いいことだけで埋まりますように。』



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