軍本部の作戦会議室に通されると、マルクト軍の重鎮たちは既に席に着いて待ち構えていた。

「待っていたぞ。エルドラントはプラネットストームという鎧を失った」

 ゼーゼマン参謀総長が状況を述べる。その隣に立って、ノルドハイム将軍が太い声で続けた。

「キムラスカ・マルクト連合軍はプラネットストーム停止と同時に出兵準備に入った。貴公らに助力するためだ」

「ありがとうございます。でも、まだエルドラントには、あの強力な対空砲火があります。あれを潜り抜けないと……」

 もはやルークは気後れなどしていない。率先して話す彼に、ゼーゼマンは長い白髭を撫でながら答えた。

「ふむ。エルドラントの対空砲火には、発射から次の充填まで約十五秒の時間がかかる」

「その時間で砲撃を予測して回避しつつ、接近……。兄なら可能だとは思いますが……」

 思考を巡らせるように目を伏せ、言葉を濁らせたのはノエルだ。ジェイドが逃げ道を提示する。

「アッシュを捜してギンジさんに交代して貰いましょうか?」

「……いえ。やらせて下さい。アルビオール二号機の操縦士は私です」

 目を上げて、ノエルは真剣な声音で言った。空の色の瞳をルークに向ける。

「私も兄と同じ訓練を受けてきました。大丈夫。やります」

「頼むよ」

 笑ってルークは頷いた。不安は感じない。今までの旅もずっと、彼女の操る飛晃艇で乗り切ってきたのだ。全幅の信頼を置いていた。

「話は決まったな」

 ガイが笑みを浮かべる。改めてルークは確かめた。

「プラネットストームも止めた。あとは……エルドラントへ行くだけなんだな」

「……ええ。そこでローレライを解放し、レプリカ大地を作ろうとするエルドラントを停止させる」

 ジェイドが段取りを口にする。

「いよいよですのね」

 ナタリアは胸の前で両手を握った。

「そうね。これが最後の大きな戦いになる」

 ティアは真剣な目をしている。ガイが言葉を継いだ。

「ああ。俺たちがオリジナルの世界を守れるのか、それともヴァンたちの新世界が生まれるのか……」

「ヴァンの自由にはさせません。わたくしたちは、ただエルドラントへ向かうのではありませんわ。キムラスカとマルクト、そしてダアトの人々から、未来を託されているのです」

 強く言い切ったナタりアに、ルークは頷いた。

「……ああ。もう後戻りは出来ない。ヴァン師匠せんせいを……止めるんだ」

 自分たちにとっても、ヴァンたちにとっても。これが本当に命運を決する戦いになるはずだ。……最後の。

 ルークは表情を改めて仲間たちに向き直る。

「なあみんな、本当にエルドラントへ行っていいのか? ナタリアはキムラスカの王位継承者、ジェイドも本当なら軍属としてマルクトの防衛をするべきだし。それに……」

「今更、何を言っていますの? ここまで来て抜けられる訳がありませんわ」

 両腕を組んで、ナタリアはルークを睨みつけてきた。

「私は兄さんの……ヴァンのしたことに決着をつけなくてはいけないもの」

「イオン様なら、最後まで見届けなさいって仰います」

「姉上のレプリカに出会って思い知らされた。一度消えた命をあんな風に復活させるのは、同じホドの人間として許せない」

 ティアもアニスも、ガイも。全員が瞳に力を込めて、己の思いを強く訴えてくる。

「私は陛下の命令がありますから。それに一般兵を派遣するとしても隊長は必要ですし」

 ジェイドは飄々としていた。眼鏡を押し上げて、実に彼らしい笑みを浮かべてみせる。

 ルークにとって、エルドラントへ向かうことは必然だった。この世界の消滅を阻止し、ヴァンとの決着をつける。それは世界のため、国のため、家族のため……それも間違いではないが、何より、自分自身のためだ。

 世界を救う英雄としてではない。自分の存在、自分の意思。――目指す、未来。探し続けたその答えを示すためにも、この戦いを己の手で終わらせなければならない。

 だからこそ嬉しかった。自分を探し深淵を覗き続けた一年弱の旅。その道のりを支えてくれた仲間たちが、最後まで共に歩んでくれる。見届けてくれるということが。

「……うん。分かった。ありがとうみんな」

 じわりと滲んだ視界を誤魔化すように、ルークは笑う。

 ジェイドが、ゼーゼマンに顔を向けた。

「ゼーゼマン参謀総長。我々の突入に合わせて援護射撃願えますか? 我々はエルドラント内部で対空砲火を無力化し、直接ヴァンの元に向かいます」

「よかろう。ただし優先するのはヴァン討伐じゃ。対空砲火を無力化したところで、我々には空を飛ぶ術はない」

「分かりました」

 ジェイドは頷く。エルドラント内部での戦いは、ルークたちだけで行わなければならないということだ。であれば、敵の頭であるヴァンを一点突破で討ち取るより他に道はない。

「よし。あとはアッシュを見つけて、ローレライの鍵を完成させるだけだな」

 ルークが言うと、アニスが幾分皮肉に肩をすくめた。

「どこにいるのか分かんないけどねー」

「プラネットストームが停止したことは、世界各地に伝わっているはず。アッシュにも分かっていると思いますわ」

 ナタリアの取り成しに、ティアが結論を付ける。

「あちらから接触してくるということね」

「どちらにせよ、連合軍の配備が終わるまでに一週間ほどかかる。その間にローレライの鍵を完成させてくれ」

 ゼーゼマンが言い、ノルドハイムが最後を引き受けた。

「連合軍はケセドニアでお前たちの到着を待っている。頼むぞ」


 作戦会議室で、仲間たちに本当にエルドラントへ行っていいのかと確認するルーク。仲間たちが行くと言うと、目を潤ませて笑い、お礼を言います。

 ルークにとって、この戦いはもう「自分の問題」になっていたんだなぁと思いました。「師匠がそう言ったから」とか「みんなに見捨てられたくないから」などと言って他者に引っ張られてる訳じゃない。自分が前に立って向かっている。本当に成長したなぁと思わせられるシーンです。

 

 それはそうと、ここの仲間たちとの決意表明のノベライズには、モース戦直後に発生するフェイスチャットも混ぜているのですが。そのフェイスチャットだと、最後にルークが「……ああ。もう後戻りは出来ない。ヴァン師匠を……倒すんだ」と言うのです。

 ルークはずっと「師匠を止める」という言い方をしていて、アブソーブゲート決戦の前には「止めるんじゃねぇ、倒すんだよ」とアッシュに叱られたりしてました。ところが、ここでとうとう「倒す」と言った。ルークの変化を示すためのシナリオのこだわりなのかっ…! とか思ったんですけど。この後のアッシュとの決別シーンでは、やっぱりルークは「止める」と言っててアッシュに叱られているのでした。あれぇ?

 …意味無かったのかコレ…。(がくり)

 虚しさを感じつつ、ノベライズでは「ヴァン師匠を……止めるんだ」に修正しておきました。無意味なこだわりです。



 さて。この作戦会議のシーンは、ノエルが参加しているのが非常に珍しいです。更に、メジオラ高原でギンジ救出に失敗していた場合、この辺りのデモが少し変化します。

ノエル「その時間で砲撃を予測して回避しつつ、接近……。兄なら可能だとは思いますが……」
#ノエル、目を伏せる。眼鏡を軽く押さえて口を開くジェイド
ジェイド「ギンジさんをあてにする訳にはいきません。彼は亡くなりました」
#ノエル、目を上げて
ノエル「……ええ。そうですね。その通りです」
#ルークを見て訴える
ノエル「私も兄と同じ訓練を受けてきました。大丈夫。やります」
ルーク「頼むよ」

 ここのデモ変化の情報は、何故か攻略本では無視されています。そう考えてみると、ちょっとマニアック?


「情報をまとめておきましょう」

 ジェイドのその一声で、ルークたちはジェイドの執務室に立ち寄っていた。作戦会議室と同じ棟の一階にあるその部屋には執務机と資料棚、簡易的な応接家具までが揃えられ、なかなか使い勝手がよさそうに見える。――部屋の奥の一角だけ、何故なのか本やガラクタが取り散らかっていたが。

「大佐。情報部から資料が届いています」

 待ちかねていたように、補佐官らしき女性兵士が厚い書類を運んできた。

「ご苦労」

 受け取ってざっと確認し、「これは……ネビリム先生の資料ですね」と彼は言った。

「そういえば、随分前に陛下が資料を届けさせると言っていたな」

 ガイが記憶を探る顔をする。ブウサギを探して、触媒の光の剣を発見した時だった。それから様々な事件が起こり、資料を確認することなど忘れてしまっていたのだ。

「なんて書いてあるんだ?」

 ルークが訊ねると、資料の束をめくりながらジェイドは答えた。

「ネビリム先生の生い立ちや人となり、それに惑星譜術の呪文と……後は地図ですね」

「地図?」

「ええ。これはロニール雪山のようですね。どうやら奥の方に触媒に反応する譜陣があるようです」

「そういえば、ネビリム先生はよくロニール雪山へ調査に行ってたな」

 聞こえた声は当然のように落ち着いていたが、ルークは驚いて背後を振り向いていた。

「うわ!? なんで陛下がここに!」

 宮殿にいるはずのピオニー皇帝が突っ立っている。

「陛下は大佐の執務室へお忍びでよくおいでになるんです」

 本当に『よく』来るのだろう、人数分の茶を用意しながら補佐官は落ち着いたものだ。部屋の片隅にある滅茶苦茶に散らかされた一角――まるで皇帝の私室のような――を見やって、「納得しましたわ……」とナタリアが呟いた。

「ロニール雪山へ行ってみるか?」

 気を取り直したようにガイが訊ねたが、ジェイドは首を横に振った。

「……いえ。出来るなら触媒を全て揃えてからの方がいいでしょう。ところで陛下、この資料、欠落箇所が多いのですが」

「知らない間に何者かが持ち去ったらしい」

「……ディストですか?」

「多分な」

「最後の触媒のある場所とかは載ってないんですか?」と、アニスが訊ねる。

「残念ですが、マクガヴァン家の対の武器ぐらいしか言及されてはいないようです」

「地道に探すしかないってことか」

 ルークは息を吐いた。どちらにせよ、突入作戦開始まであと一週間では難しいことだろうが。

「そうだ。ケテルブルクと言えば、ネフリーは今、大忙しらしいぞ」

 ピオニーが笑って話を変えた。

「何か面倒なことでも?」

 心配になってルークは訊ねたが、悠然と笑う。

「そうじゃない。平和条約が締結されてから街への移住希望が増え過ぎてるんだそうだ」

「いいことじゃないか」

 ルークがそう言うと、大人たちは緩く否を述べた。

「……ですが急激な居住者の増加は様々な問題を生じます」

「ああ。ジェイドの言う通りだ。だから、移住を一時的に停止しているらしい」

「人が増えてもいいことばかりじゃないんだな」

 こういう時、自分の考えはまだまだ浅いのだと自覚させられる。ルークは眉を下げたが、ピオニーは再び笑っていた。

「そうだな。だが観光客も増えたから財政は助かる。これは、お前たちのお陰でもあるな」

「そうなのか、ジェイド」

「そうですねぇ……。我々が目的の為に起こした行動が間接的に影響を与えた……というところでしょうか」

「だとしても世界が変わったのはお前たちの尽力の賜物だ」

 笑顔で皇帝に言われて、ルークは俄かに落ち着かない気分になって鼻をこする。

「……べ、別にそんな感謝されたくてやった訳じゃないし。だから……」

 例によってしどろもどろに誤魔化そうとしたルークの照れを、あっさりとジェイドが一蹴した。

「あなたは本当に褒められ慣れていませんね。こういうのはお世辞なんですから、ありがたく受け取って気分良くなっておきなさい」

「……」

 身も蓋もない。ルークは憮然となったが、続いた言葉を聞いて目を瞠っていた。

「それに本当のところ良くやっていると思います。あなたも、みんなもね」

 他の仲間たちも驚いたようにジェイドを見る。彼がこんなにも率直に周囲を褒めるなど、青天の霹靂ではないだろうか。

「ジェイド……」

「ははっ。ジェイドもな」

 ピオニーが笑い、「おや、私もお世辞を言われてしまいました」とジェイドは笑って肩をすくめてみせた。


 ジェイドが「あなたは本当に褒められ慣れていませんね。こういうのはお世辞なんですから、ありがたく受け取って気分良くなっておきなさい」と言うのは、ケテルブルクのネフリーの執務室で起こせる最終タウンイベントから。このノベライズではネフリー役をピオニーに代わってもらいました。

 

 橋建設のサブイベントにも、誉められて照れ隠しをするルークにガイが「相変わらずルークは誉められることに慣れてないな」と言うシーンがあります。

 二周目で初めて橋建設のイベントを見て、アホな私は「えっ、ルークってあんまり人から誉められたことがないの? もしかして、誰にも誉められない辛い子供時代を送ってたりしたの?」と考えたりしました。そーゆー意味じゃねぇ〜!(大笑) 三周目になってやっとそれに気付き、四周目でようやくこの最終タウンイベントを見ることが出来て、あーやっぱそうだった、と。うあー馬鹿馬鹿。自分が馬鹿すぎて恥ずかしかったです。

 

 人の好意を受け取る器ってのもあるんですよね。

 ルークは人に誉められるのが下手。必要以上に照れてしまったり、あるいは「自分にはそんな価値がないんじゃないかな」と気後れして言い訳を始めたり。長髪時代はそれが顕著で、イオンに誉められて逆に悪態ついちゃったりしてましたね。付き合いづらい人でした。でもジェイドが言う通り、ここは素直に受け取って「ありがとう」と返すのがオトナなのでございます。ランバルディア至宝勲章を受け取る時にジェイドが言ってたことは、まあ、そういうことだと思うのです。


 音叉が共鳴し合うような例の音をルークが聞いたのは、その翌朝、宿泊したグランコクマホテルを出たところでだった。続いて軽い頭痛を感じ、思わず頭を押さえて立ち止まる。仲間たちがルークに注目した中で、ナタリアは街の外へ続く橋の方から歩いてきた人影に気付いて声をあげていた。

「……アッシュ……!」

「……プラネットストームが止まったようだな」

 黒衣の若者はやや離れた位置で足を止める。顔を上げて、ルークは痛みに顰めていた表情を明るくした。

「よかった! そのことをお前に伝えようと思ってたとこだったんだ!」

「いや、すぐに分かった。だから俺はお前に……」

 静かに言いかけたアッシュは、嬉しそうに駆け寄ってきたルークを見て目を逸らし、ぶっきらぼうに右手を差し出す。だが何かを乗せられたので、怪訝そうにそれを見た。――ローレライの宝珠だ。

「なんだこれは……」

「前に言っただろ。ローレライを解放できるのは被験者オリジナルのお前だけだって」

「……」

「俺はみんなと一緒に全力でお前を師匠せんせいの元へ連れて行く。お前はローレライを……」

「…………ろう」

「……え?」

 不思議そうに目を瞬かせたルークを見て、アッシュは破裂したように怒鳴りつけてきた。

「馬鹿野郎!! 誰がそんなことを頼んだ!」

「何を怒ってるんだよ。一緒に師匠を止めないって言うのか? 俺がレプリカってことがそんなに……」

「うるせぇっ! 大体いつまでも師匠せんせいなんて言ってるんじゃねぇっ!」

「……アッシュ」

「しかもこの期に及んでまだ止めるだぁ? いつまでもそんなことを言ってる奴に、何が出来る! お前甘過ぎなんだよ! あの人は……本気でレプリカの世界を作ろうとしてるんだ。それが正しいと思ってる。確信犯なんだよ。

 俺が馬鹿だった。もしかしたら……こんなレプリカ野郎でも、協力すれば奴を倒す力になるかもしれねぇって」

 一気に吐き捨て、自分と同じ顔を睨みつける。

「お前は俺だ! そのお前が自分自身を劣ってるって認めてどうするんだ! 俺と同じだろう! どうして戦って勝ち取ろうとしない! どうして自分の方が優れているって言えない! どうしてそんなに卑屈なんだ!」

 苛烈な視線と怒声を受けて。しかしルークは、怒りも怯みもしなかった。

「違う! そんなつもりじゃない。第一、俺はお前とは違うだろ」

「……な、何……」

 虚を突かれたように、アッシュは喉を詰まらせる。

「俺はお前のレプリカだ。でも俺は……ここにいる俺はお前とは違うんだ。考え方も記憶も生き方も」

「……ふざけるな! 劣化レプリカ崩れが! 俺は認めねぇぞ!」

「お前が認めようと認めまいと関係ない。俺はお前の付属品でも代替え品でもない」

 言い切ったルークに向かい、アッシュは無言で宝珠を投げつけた。

「アッシュ! 何をする……」

 なんとか両手で受け止めたルークの前で、アッシュの顔は皮肉に歪められている。

「おもしれぇ! ならばはっきりさせようじゃねぇか! お前が所詮はただの俺のパチモンだってな!」

 ルークの顔は苦しげに歪んだ。

「アッシュ、俺はお前と戦うつもりはない!」

「うるせぇっ! 偉そうに啖呵を切っておいて逃げるつもりか? お前はお前なんだろう? それを証明してみせろ! でなけりゃ俺はお前を認めない! 認めないからなっ!」

 好きなだけ罵ると、アッシュは背を向けて大股に歩き去ろうとする。慌てて飛び出してナタリアが呼びかけた。

「アッシュ! 待ちなさい! 今のあなたは言ってることがめちゃくちゃですわ!」

「うるせぇっ!」

「アッシュ……」

 見もせずに怒鳴られて、ナタリアは悲しげに声を詰まらせる。ルークがムッとした様子で声を荒げた。

「待てよ、ナタリアに八つ当たりするな。俺は……」

「あいつの――ヴァンの弟子は俺だ。俺だけだ!」

 遮るように声が響く。振り向いたアッシュの目が、憎しみに燃えてルークを睨んでいた。

「てめぇはただの偽者なんだよ」

「アッシュ! なんてことを!」

 ナタリアの声に悲憤と僅かな失望が混じる。再び背を向けて、アッシュはただ自分の言葉を継いだ。

「俺はあいつを尊敬してたんだ。預言スコアを否定したあいつの理想を俺も信じたかった。俺の超振動を利用したいだけだってことは分かっていたが、それでもいいと思ったんだ。あいつが人間全部をレプリカにするなんて、馬鹿なことを言いださなけりゃ……あいつの弟子であり続けたいって……」

「アッシュ、お前……」

 驚いて、ルークは苦しげに目を伏せたアッシュを見つめる。

 アッシュはいつもヴァンへの憎しみを口にしていた。彼を悪党と呼び、師匠せんせいと呼び続けるルークをなじって。止めるのではなく倒すのだと言っては、ヴァンを憎みきれないルークの弱さを罵倒してきた。

(だけど、そうだったのか? お前も……)

 アッシュは目を上げてルークを睨みつける。

「エルドラントに来い! 師匠ししょうを倒すのは弟子の役目だ。どちらが本当の弟子なのか、あの場所で決着をつける」

 そう言い捨てると、今度こそ立ち止まらずに歩み去った。ナタリアはかける言葉を持たない。

 見送るルークの側に、ゆっくりとティアが近付いた。彼女を見やり、寂しげに笑うとルークは声を落とす。

「あいつがうらやましいよ」

 黙って見守るティアの暖かさを感じながら、言葉を続けた。

「あいつは……いつだって師匠せんせいに認められていた。俺だって、認められたかった。弟子でありたいって思ってたんだから……」

 それはもう、過去の感傷だ。

 いつでもずっと、誰かに認められたかった。ヴァンや、父や、周りを囲む多くの人々――世界に。

 アッシュが本物オリジナルだと知ってからは彼を羨み、比較して己の惨めさに打ち震えた。世界に認められるのならば命を引き換えにしようと思ったことさえある。

 だが、本当に大事なのはそんなことではなかったのだ。間もなく消える自分を見つめた時、それがようやく分かった。

 どちらが本物の弟子か。そんな戦いに意味はない。けれどアッシュにそれが必要ならば、そうするしかないのだろうか。

(アッシュ。俺たちは協力し合えないのか? 戦うことでしか、俺たちはお互いを受け入れられないのか? 俺はとっくにお前を受け入れたぜ)

 ローレライ解放を託そうとした。それを卑屈だとアッシュは言う。確かに以前はそうだった。いや、もしかしたら今でも自分の気質にはそんなところがあるのかもしれない。けれども、これは違うのだ。

 より能力に優れた者に任せる。それは目的を達成するためであり、己を卑下して逃げたからではない。超振動では劣っているが、自分という存在そのものがアッシュに劣るとは思わなかった。

 自分は自分だ。アッシュと同じではない。付属品でも代替え品でもない。

 違う存在として――ここにいる。

 いつか夜明けのシェリダンで、ティアがそう言ってくれていたように。

(お前がなんて言っても、俺がここに存在するってことだけは否定できない……。俺は生きているんだから)



「ここに来て、立場逆転、だな」

 佇むルークを眺めながら、ガイは笑っていた。

「ここに来て、だと思いますか」

 やはり笑ってジェイドが訊ねる。

「……そうだなぁ。アッシュは何も変わっていないな。多分ルークが変わったんだ」

「ええ……。死を目前にして、彼は人になった」

 頷いて、ジェイドは思慮深げな顔を作った。

 ルークは変わった。突然にではなく、少しずつ。時に迷走や後退をしながらも、ついにここまで辿り着いたのだ。アッシュが同じ場所で足踏みを続けていた間に。

「アッシュだけがその事実を理解できず、自分の身代わり人形が自我を持ったことに腹を立てている」

「本当はアッシュだって気付いてるんじゃないか? ただ認めたくないだけだ。自分から何もかも奪った人形が、自立したってことをさ」

 ガイは目の中に僅かに痛ましげな色を滲ませた。

「怒るのだからそうでしょう。……だからまだマシですよ」

 ジェイドは再び笑みを浮かべる。

「ルークの相手もせず立ち去るようでは見込みがなかった」

「次はアッシュが自立する番か……」

「ええ……。レプリカを作られて日の当たる場所から追い出された……という被害意識から、ね」

 男たちはもう一度ルークを見やった。佇む彼もアッシュが立ち去った彼方も、等しく明るい光に照らされている。


 アッシュと遭遇する前、港から出航できなくなっています。アッシュとの遭遇場所が港の向こうにあるグランコクマホテル前だからだと思われます。

 

 アッシュとの決裂。

 ある意味、アッシュの『化けの皮がはがれる』イベントです。

 これまでアッシュの内面が語られることは殆どなく、彼の役割は概ね「ルークより優れている、ルークに説教する役、ピンチに助けに来てくれるダークヒーロー」という感じでした。プレイヤーにとって、彼は情けないルークの尻を叩いてくれるスゴイ奴だったのです。

 ところがルークの成長を目の当たりにした途端、彼は崩れる。偉ぶってルークに説教しながら実は優越感を感じて満足していたこと。ヴァンを憎みきれないルークの甘さを罵倒しながら実はアッシュ自身もヴァンに依存し続けていたことを、自ら暴露してしまったのです。

 

 最初にプレイした時、ここでアッシュが「あいつの――ヴァンの弟子は俺だ。俺だけだ!」と言い出したのが、とても唐突に思えて驚いたものでした。あんた今までそんな気持ちおくびにも出してなかったやんけ〜!

 でも、今思えばこれはシナリオの仕掛けだったんでしょうね。プレイヤーの驚きは、物語の中のルークの驚きそのままなのでしょう。

 

 アッシュの気持ちは、ゲーム本編だけでは本当に本当に分かりにくかったです。なので、二周目くらいまで深く考えず「ルークより大人で、ルークより賢くて、ルークより強くて、ルークよりカッコイイ人」だと思っていました。だから、ここでのアッシュの崩壊には本当に驚きましたし、ゲーム後に出たシナリオライターインタビュー(『ファミ通PS2』Vol.210)には衝撃を受けました。

 以下引用します。

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 教団内のアッシュは、表舞台に出ることのない特務師団を任され、六神将以外とはほとんど接触しませんでした。意図的に孤独な環境に置くことで、ヴァンしか頼る者がいない状況を作るためでもあります。ヴァンと思想を共有するように洗脳されてしまったアッシュですが、彼の根底には貴族として育てられた、潔癖な部分があります。それを刺激しないようにヴァンはレプリカ計画の全容を隠していましたが、ほかの六神将たちを見ればおかしな部分が見えてくるわけです。自分を必要としている存在を信じたいという感情と、自分をこの環境に追い込んだ男を信じていいのかという、二律相反に襲われていきます。アッシュは最後まで、このふたつの感情に揺さぶられていました。

 アッシュは、ルークが自分の劣化品だと、つねに見下しています。同時に、自分のレプリカのくせに、自分にできたことが何ひとつできないことを腹立たしく思いつつ、心のどこかで安堵していました。ここでも彼の中には二律相反が存在しています。そのうち、屑だから手を貸してやらなきゃ駄目だな、と思うようになってからも、ルークは自分よりも下で、優越感をもたらしてくれる存在でした。その一方で、自分の居場所をルークに奪われていることは劣等感を刺激しますが、彼は”ルーク”を自分から捨てたんだというポーズを取ることで劣等感を隠します。むしろ、奴のために捨ててやったという被害意識と優越感で心理的安定を得るんです。

 心理的に安定すると、屑は屑なりにがんばってるらしいから認めてやるか、となる。それでもルークは卑屈なことばかり言う。まあ、ルークの立場では当然だとは思いますが、アッシュにしてみれば「せっかくオリジナル様が認めてやろうってのに、なんなんだ」となる。また、ルークに居場所を奪われたことで、自分は被害者だ、可哀想なんだという心理を無意識に抱いています。でも、自分が被害者だとは思いたくない部分もある。ここも二律相反です。アッシュはつねに相反する思いのあいだで揺れ動いている。だから彼はつねにイライラしているんです。

 アッシュがそうやって、ルークは自分より下の存在だと思っているあいだに、ルークは自我を確立していきます。上とか下とか、レプリカとオリジナルの関係性にこだわっているあいだに、ルークはそんなところを飛び越えてしまった。ずっと後ろを走っていたはずのルークが、自分よりさきを行っていることに気づいて、アッシュは愕然とします。その瞬間に、自分がいつまでも一ヶ所に立ち止まっていたことに気づくのですが、にわかには認められない。それが、エルドラントでの最後の決闘につながります。もうわかっているけれど、アッシュが心を振り切る儀式として必要だったと。彼はある意味、10歳のときに誘拐されたまま、心の成長が止まっていたんですね。

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 最初はこれがえらくショックでした。アッシュは実はこんな『子供』だったのか。酷く幼稚で、ルークを屑呼ばわりできるような立派な人間じゃないじゃないかと。

 色々とアッシュメインの外伝も出た今は、もうすっかり飲み込めて、アッシュが『イライラしている子供』だという事実に違和感も全く感じないのですが。

 

 レプリカ編開始直後のロニール雪山のセフィロトシーンのコメントで「悲劇の王子様ぶってんじゃヌェー」と書きましたが、まあ、そういうことでした。

 アッシュが全部一人で抱え込んでいるのも、その心理が根底にあったからだと思っています。

 レプリカに過去も未来も奪われた可哀想な俺。でも一人でも戦い抜く気高い俺。

 そういう陶酔が、彼のプライドを支えていた。だからルークたちに詳しいことを話さないし、そのくせルークのせいにして怒鳴りつける。優位に立とうとしているのです。協力して情報を全部与えて、ルークの存在を本当に認めたら、自分の価値が無くなると無意識に恐れてたんじゃないかなと感じます。キノコロードの時、ルークが絶対アッシュと一緒には行動しようとしなかったみたいに。

 

 でもルークはもう、本物だとか偽者だとかにはこだわらなくなっていた。確固たる『自分』を持ち、流されなくなったからです。

 レプリカが自分より『さき』に行ってしまった。決定的に。

 頭ではそれが分かっても気持ちが治まらないアッシュは、様々な意味での惨めさに打ち震え、それを払拭するべくルークに剣での(命がけの)決闘を申し込むのでした。…こんな時にメイワクだなぁ。

 けれど、かつて自分がレプリカだと認められなかったルークはユリアシティでアッシュに剣の戦いを挑んだのですから、その返礼としても、受けなければならないことなのでしょう。

 

 しかしそれはそれとして、握手しようとしたアッシュの手にいきなり宝珠を握らせたルークはせっかち過ぎと言うか、ちょっと失礼ですよね。(^_^;)

 怒られても仕方なかったかもです。成長してもまだまだルークはルークってコトで。



 アッシュとの決裂を終えると、『古文書解読』のイベントを全てクリアできるようになります。…忘れられてそうですが、禁譜の石を探してジェイドに強力な譜術を覚えさせるやつです。

古文書解読4-A
#カイツール軍港。整備員たちが騒いでいる
ルーク「どうした?」
整備員A「これはルーク様! 実はこんなものを拾いまして……」
アニス「はぅあ! これって、禁譜の石ですよね」
ルーク「どこで見つけたんだ?」
整備員B「アクゼリュス崩落跡を調べに行った時 あの付近に落ちていました」
ジェイド「なるほど……峠とはデオ峠のことだったのかもしれませんね」
ルーク「悪いが、その石を俺たちにくれないか?」
整備員C「もちろんです。こちらも拾ったはいいが古代イスパニア語が記してあったので、何か貴重なものではと処分に悩んでおりましたから」
#整備員C、ルークに石を手渡す。
ルーク「ジェイド、これ……」
#ルーク、それをジェイドに渡す
ジェイド「はい。峠に七光の輝きをもちて降り注ぐ……」
#石が消える
ナタリア「禁譜の石が魔界クリフォトの海に消えなくてよかったですわね」
ルーク「ああ……そうだな……」
ナタリア「あ……! あの私、そういう意味では……」
ルーク「わかってるよ。ごめん、俺の方こそ暗い顔してさ」

古文書解読4-B
#ベルケンド、レプリカ研究施設の片隅のワゴンを覗き込んで
ジェイド「これは禁譜の石ですね」
ティア「大佐、古文書の封印を解くと石がなくなってしまいます。誰かに許可を得て……」
ルーク「ここって父上の施設でもあるんだよな。だったら多分平気だよ。それにこっちにはナタリアもいるし」
ナタリア「……ですが勝手にそのような……」
#渋るナタリアだが、ジェイド構わずに
ジェイド「そうですか? では失礼して。沼地の虹霓は知の追求者を照らし……」
#「!」と驚く仲間たち。石は消えてしまい、汗タラ
ナタリア「大佐!」
ジェイド「あ、これは失礼。うっかり解除してしまいました」
#憮然とする仲間たち
ガイ「……悪党ってのはこういう奴を言うんだよな」

古文書解読4-C
#ラジエイトゲート。入り口を歩いているとアニスが「!」と立ち止まる
アニス「……あれ? 大佐、これってもしかして禁譜の石ですか?」
#拾い、ジェイドに駆け寄る
ジェイド「そのようですね。断罪の剣は寄せては返す南海の楔……」
#石が消える
ルーク「南海の楔ってここのことだったのか……」
ジェイド「なんにしても禁譜の石が見つかってよかったです」

古文書解読4-完
ジェイド「古文書に新しい譜術が浮かび上がってきました。これは……プリズムソード……ですか」
ルーク「そうか! 封印が解けたんだな!」
ジェイド「なかなか面白そうな譜術ですね。さっそく今度使ってみますよ」
ナタリア「そうですわね。期待していますわ」
 ジェイドはプリズムソードを修得しました

 

古文書解読5-A
#フーブラス川。魔物の声と羽ばたく音が響く。
ジェイド「! ……あの魔物」
ルーク「どうしたんだよ」
ジェイド「石のようなものをくわえていたのですが 禁譜の石のように見えました」
ナタリア「まあ! すぐ追いかけましょう!」

#少し奥で
ジェイド「これですね。無数の星は浅い川の水面を揺らす……」
#石が消える
ガイ「よくあんな小さな石が見えたな」
ジェイド「日頃の行いがいいので」
ミュウ除く全員(そんなばかな……)

古文書解読5-B
#ユリアシティ、中央監視施設1F右奥片隅。何か光っている
市民「その石に興味がありますか?」
ジェイド「はい。これは……」
市民「外殻大地が降下してきた後 ユリアシティの外の大地が固まりました。そこに埋まっていたんです」
ジェイド「そうですか。実はこの石は私たちが持っている古文書解読に必要なんです」
ティア「譲っていただけませんか?」
ジェイド「お願いします」
市民「あなたたちは魔界を変えてくれた恩人です。どうぞ持っていって下さい」
ジェイド「ありがとう」
#石を手に持って文字を読む
ジェイド「神秘の島にて天の力にひれ伏さん……」
#石が消える
ルーク「外殻大地を下ろさないと この石は手に入らなかったんだな」
ミュウ「石が見つかってよかったですの!」

古文書解読5-C
#ダアト、イオンの寝室
アニス「あれ、フローリアン。何持ってるの?」
ティア「それ、禁譜の石ね……」
フローリアン「これはね、モースがくれたんだよ」
アニス「モースが?」
フローリアン「僕たちが、ずっと閉じこめられてた部屋においてあったんだよ。外に出る時、モースに持っていっていいって聞いたら いいって」
アニス「あ……そうなんだ……」
アニス(そんな話聞いちゃうと頼めないよ……)
#ジェイド、アニスとフローリアンの様子を見ながら「……」と考えている
ジェイド「やめましょう。フローリアンの思い出を、無理矢理取り上げることはありません」
アニス「大佐……。ありがとう……」
フローリアン「アニスたちはこの石が欲しいの?」
アニス「ううん。もういいんだ」
フローリアン「だけど……アニスたちがどうしてもっていうなら……僕、いいよ」
ジェイド「フローリアン。無理しなくていいんですよ」
フローリアン「ううん。アニスたちが遊んでくれるなら、僕いいよ。はい、あげる」
#アニスに石を手渡す
ジェイド「……わかりました。ありがたく頂きますよ」
フローリアン「うん! じゃあ僕 勉強の時間だからいくね」
#フローリアン、去る
ジェイド「さて、それでは。天から降る怒りは神の子の大地に……」
#石が消える
ルーク「やっぱり禁譜の石だったんだな」
ナタリア「ええ。それにしても大佐はフローリアンには優しいのですわね」
ルーク「さすがの死霊使いネクロマンサーも無垢な子供をいじめたりは出来ないんだな」
ジェイド「そうですか? 無垢なフローリアンだからこそ、ああいえば必ず石をくれると思いました」
#一同、沈黙。アニスぷんぷん怒り出す
アニス「……ほんっとに最低です!」

古文書解読5-完
ジェイド「古文書の文字が消えました。禁譜の封印が解けたようです。これは……メテオスォームという譜術ですね」
ルーク「どんな譜術なんだ?」
ジェイド「使ってみればわかりますよ。とても強力な術です」
ルーク「そうか……。楽しみだな!」
 ジェイドはメテオスォームを修得しました

 

古文書解読 全終了
ジェイド「なんにしても、これで全ての禁譜が手に入りましたね」
ティア「大佐の術はますます頼りになったということですね」
ガイ「こいつがどんどん強くなると手に負えない気もするがな」
ナタリア「そうですわね……」
アニス「そりゃ大佐は元々タチが悪いから……」
ジェイド「おやおや。皆さんずいぶんな言い草ですね」
ルーク「ま、とにかく期待してるから これからも頼むよ」
ミュウ「頼むですのー」

 

 なお、ベルケンドにスピノザを訪ねると、『コンタミネーション3』が起こります。エルドラントでシンクを撃破するまでの期間限定です。アッシュが大爆発現象を勘違いして自暴自棄になっているらしいことが分かるもので、『コンタミネーション2』(シェリダンで黄色いチーグルに話を聞く)を起こしていることが条件です。


「そうだ。ケセドニアへ行く前にシェリダンへ寄ってくれないか?」

 ケセドニアへ向かうアルビオールの艇内で、思い出したように声をあげたのはルークだった。

「それは構いませんが……」

 答えながら、ジェイドは幾分怪訝そうな顔をする。振り向いてガイが口を挟んだ。

「エルドラント突入の要はアルビオールだからな。ノエルにも無理をさせちまってるし、作戦の前にシェリダンで休むのもいいかもしれない」

「大丈夫ですよ。心配かけてすみません」

 操縦席からノエルが言ったが、笑ってガイは取り成す。

「まぁまぁ、そう言わないで。なぁ、ルーク」

「はは、そうだな。今日はシェリダンで休もう」



 飛晃艇は専用船渠ドックに収められ、集中メンテナンスを受けることになった。ルークたちはいつものように集会所へ向かい、そこにいたアストンと対面したのだが。

「こ……これは!?」

 真っ直ぐに歩み寄ったルークが渡した紙片を見て、アストンが喉を震わせていた。訝しげな顔になった仲間たちの中で、「まあ、小切手ですか?」とナタリアが小首を傾げる。

「小切手ぇ!?」

 素っ頓狂にアニスは叫び、ティアがハッとした目を向けた。

「ルーク……。それは、もしかして」

「うん。シェリダンとベルケンドの間に橋を架けようって、前に約束してただろ」

「その資金か。だが、どこからそんなに調達したんだ?」

「そうだよ! そんなガルドがあったんなら、アニスちゃんにどばーっと……」

「そんな訳にはいかないっつの」

 アニスを睨んでから、不思議そうなガイたちに向けてルークは少し困ったように笑ってみせる。

「俺、子爵の位をもらったからさ。多少は自分で融通できる金が出来たんだよ」

 額面を確かめていたアストンが、興奮した様子で雄叫びをあげた。

「おぉぉ! 資金調達が終わったぞい。これで資材が全部揃うわ。お前さんたちにはいくら感謝しても足りん」

 両手を握り締められて、ルークは真っ赤になると大きく叫ぶ。

「ち、ちげーってば! ……じゃなくて、えっと……みんなでってやったんだから そういうの、もうやめて下さい」

「相変わらずルークは誉められることに慣れてないな」

 困り果てるルークをガイがからかった。「るせっつーの」と睨んで、ルークは声音を落ち着かせる。

「とにかく。俺たちだけじゃないよ。みんなで頑張ったんだし」

「ははは。そういうことだな」

 ガイは嬉しそうだった。

 ルークの言う通りで、シェリダンとベルケンドの人々も資金を集めていたはずだ。なにより、多くの技術者たちが手弁当で建設に携わっていると聞く。ルークたちだけでは橋を架けるには足りなかっただろう。そしてアストンだけでも、街の人々だけでもそうだ。

 多くの人々の手を繋ぐことで成し遂げられるものがある。そしてその中心に、確かに『彼』が立っている。

「はう……。アニスちゃんの大好きなガルドが……」

「そう言うなよ。この橋はイエモンさんたちへの供養だって俺、思ってんだからさ」

 頭を抱えてアニスは苦悶していたが、ルークの言葉を聞くと胸を突かれた顔をした。

「……そっか」

 なんとなく全員が黙りこんだ。ややあって、アストンが強いて明るい調子で声を出す。

「おいおい何を湿っぽくなってるんじゃ? そんなんじゃイエモンも悲しむぞ」

「そうだな。せっかく橋が渡せるんだ。もっと喜ぼうぜ」

 ガイが言い、アニスも声音を明るくした。

「それで、橋はいつ頃完成予定なの?」

「資材も人材も揃っとるからな。そんなにかからんじゃろうて。次の春までには仕上げておきたいの」

「頑張って下さい」と、ティアも明るく励ます。ナタリアがアストンに訊ねた。

「橋の建設を始めて何か変わりまして?」

「早速技術者と研究者の交流が始まりました。今まででは考えられないことですじゃ」

「完成すれば物資の流通も良くなりますね」

 再びティアが言い、ジェイドが結論付ける。

「これで音機関や譜業の技術力が更に向上するでしょう」

「そいつは楽しみだ!」と、ガイが笑った。

 技術力が増せば、世界の経済にも影響を与えていくことだろう。平和条約後に変化した流通を思えば、世界は更に変わるはずだ。

「ふぅ……総長を倒してもやることは沢山あるなぁ」

 大仰に息をついたアニスに、ガイが苦笑を向ける。
「そりゃそうさ。生きてる限りやることは沢山ある」

「まずは国の建て直しですわ。レプリカたちの受け入れ態勢についても考えなくてはなりません」

「ローレライ教団もボロボロだから、しっかりしないとなぁ」

「マルクトも同じだ。特にこっちは結構大陸を削られてるから……」

 そう言って、ガイは少しばかり表情を曇らせた。最初に擬似超振動で消滅したホド諸島は、本来ならガルディオス伯爵家の領地であったはずだ。今回は人的被害はなかったが、国は民と国土の双方で成り立つ。損害は大きいものだ。

「そうですわね……」

 ナタリアも顔色を翳らせる。アニスも同じ顔を見せたが、ふっと息を吐いて笑った。

「だけど、誰かを倒す為に頭を悩ませるよりはずっといいよ」

「同感」

 ガイも笑う。ナタリアも笑顔を取り戻して願った。

「いつまでも、誰かを救う為に働ける世界であってほしいですわ」

「ところでの。お前さんたちにお願いがあるんじゃが」

「ほえ?」

 不意にアストンにそう言われて、アニスが間の抜けた声を漏らす。

「実はの、橋の名前を決めてほしいんじゃよ。お前さんたちのお陰で出来る橋だからの」

「うーん、どうする?」

 ルークは仲間たちを見回したが、ガイは可笑しそうに笑った。

「どうするって、ルークが決めたらどうだ?」

「そうね。協力すると言い出したのはルークだし」

 ティアも微笑む。

「俺ぇ? そんなこと言われても……」

「すぐには決められんじゃろうから一晩考えておくれ。宿は取っておくからの」

 アストンが言い、その日はここで解散することになった。




 アストンが取ってくれたのは集会所の裏手にあるいつもの宿だ。荷物を置いて仲間たちがめいめいに散らばった後、宿の前に立ってルークは街の向こうに見える海を見下ろしていた。

 元々、アストンに橋建設の資金を渡すだけのつもりだったのだが、アルビオールのメンテナンスやら橋の命名やら、色々な用事が出来てしまったものだ。やり残したことがないようにしようとしても、こうして後から後から物事は起こってくる。結局、どこまでも尽きることはないのだろう。

 グランコクマでの作戦会議から、一週間はもう過ぎようとしていた。ローレライの鍵は完成していないままだったが、アッシュはあれ以降現れず、エルドラントでの邂逅を期待するよりないようだ。既にキムラスカ・マルクト両軍は各都市からケセドニアに集結して待っていることだろう。エルドラントのヴァンもまた、大地のレプリカ情報を抜き続けている。世界の消滅を回避するためにも急がなければならない筈だった。

「こうして休んでいる間にも……」

「と、気ばかり焦った結果、ろくな休息にならず、ひいてはヴァンに負ける――なんてのはごめんですよ」

 失笑を含む声が返って、ばつの悪い思いでルークは口をつぐんだ。いつの間にかジェイドが来ている。

「……う……」

「あなたはこれからローレライの解放で第七音素セブンスフォニムの力を使う。恐らくヴァン戦では、超振動も必要になるでしょう。……元々、今のあなたの体には負担が大きい」

「……死ぬってことか」

 ルークが呟くと、ジェイドはうわべの笑みを消した。

「万に一つの『生きる』という可能性に賭けるためにも、休める時は休んで下さい」

 真摯な目で言う。年長の友人の顔を見つめて、ルークも同じ表情で頷いた。

「……分かった」

 ジェイドは柔和な笑みを見せる。

「他の皆さんは街に出かけたようです。このまま部屋で休むのもいいですが、少し気晴らしをするのもいいでしょうね。まだ日は高いですから」

「そうだな。散歩でもしてくるよ」

 笑って返すと、ルークは宿の前の階段を下りた。



 集会所の前を通りがかると、角の向こうに見覚えのある二人の姿が見えた。

「ん? ガイとノエルだ」

 確かガイは、アルビオールの整備の様子を見学すると言っていたのではなかったろうか。声をかけようかとも思ったが、向かい合う様子がどことなくただ事でない気がして咄嗟に物陰に隠れる。ノエルに話しかけるガイの声が聞こえた。

「ずっと無理をさせてしまってるね」

「そんなことないです。世界を救うための重要な任務ですし」

「ははは。真面目だなぁ。ちゃんと息抜きしないとキミが潰れちゃいそうでホント心配だよ」

「ガイさん……」

 ガイのフェミニストぶりはいつものこと。そうと言えばそうかもしれないが、雰囲気がいつになく甘い気もする。そういえばいやに熱心にノエルに休息を勧めていたよな、と思い当たった。

(まさかガイの奴、ノエルのことを……)

 ついついしゃがんで本格的に身を隠すと、ルークは真剣に二人の姿に見入る。

「むむ」

「むむ♪」

 間近で楽しそうな声に真似されて、ぎょっとして横を見た。

「アニス! いつのまに!」

 黒いツインテールを揺らした少女が、ルークの隣に並んでガイたちの様子を窺っている。口に人差し指を押し当てて声を潜めた。

「し〜!! バレちゃうよ! ナタリアやティアに見つかっても怒られちゃうんだから!」

「俺だって立ち聞きするつもりは……」

「何言ってんの。どう見てものぞき見してたよ。ルーク」

「いや、なんとなく……」

「あ、ほら!」

 アニスがガイたちの方を示し、ついついルークも見てしまう。ガイが緊張に強張りながら、真剣な顔でノエルに切り出し始めていた。

「実はノエル。前からキミに話そうと思ってたことがあるんだ」

「え?」

「ずっと我慢してたんだけどもう我慢できないんだよ」

「え、ガイさん」

 ノエルの声が揺れている。物陰ではアニスがはしゃいでいた。

「おおお〜! コクるコクる!」

「え! マジかよ!」

 ルークが更に身を乗り出そうとした、その時。

「二人とも、何をなさってるの」

 本当にルークは飛び上がってしまった。

「ああ! ナタリア!」

 ばつが悪そうにアニスも立ち上がる。二人の後ろでナタリアが仁王立ちしていた。

「ルーク……。キムラスカ王家に名を連ねる者が何度ものぞき見とは……感心しませんわ!」

「そんなつもりじゃねぇって!」

 たじたじとルークは下がる。その背にガイの声が届いた。

「ん? 何してんだ? お前ら」

 物陰からぞろぞろと出てきたルークたちを見て、ガイは不思議そうにしている。その隣で、ノエルはルークの姿を認めるなり見る間に赤くなって俯いてしまった。

「わ、悪い。邪魔するつもりは無かったんだけど」

「もー! ガイ! そんなことよりそこまで言っちゃったんだからバーンといけー!」

 ルークは慌てたが、アニスは大して動じていない。破れかぶれなのかもしれないが。

「ん、そうだな!」

 意外にもその言葉に乗って、ガイは再びノエルに向き直ると真剣な目で言った。

「よし! ノエル!!」

「は、はい!」

 びくりとしてノエルもガイに向き直る。着ているパイロットスーツに負けないくらい赤く染まった彼女に向かい、ガイはついに、己の真剣な思いを告白していた。

「アルビオールを操縦させてくれ! 頼む! 一度で良いんだ! 今だけでもいい! もう我慢できないんだよ!」

「……」

「……」

「……」

 この男に恋人が出来ないのは女性恐怖症のためだけではないのかもしれない。

「……ダメ?」

 やけに静まった空気の中に、空気を読めない男の声が落ちた。


 サブイベント『ロマンチェイサー』は、対空砲火を潜り抜けてのエルドラント突入後、シェリダンの集会所前に戻ると発生します。ナム孤島に行ったことがあるというのが条件です。

 原作では、まず集会所の前でルークとガイがこんな会話を交わします。

ガイ「なぁアストンさんに報告してこようぜ。マジで対空砲火も大丈夫だったってな」
ルーク「はは、そうだな」

 なにやらはしゃいでいるガイ。アルビオールすげーっ、と興奮する子供みたいですね。

 集会所の中に入り、アストンと会話します。

アストン「ふぁふぁふぁ。言ったとおりだったろう」
ガイ「ああ、たいしたもんさ」
ノエル「でも、やっぱり危険です。私が操船に失敗したらみなさんの命に関わるし……。できればもう対空砲火の中を飛びたくないです……」
#しばらく沈黙
ガイ「なぁ、ルーク。今日はここで休まないか? ノエルにもアルビオールにも無理をさせちまってるし」
ノエル「大丈夫ですよ。心配かけてすみません」
ガイ「まぁまぁ、そう言わないで。ルーク、いいだろ?」
ルーク「ああ。構わないよ。今日はここで休もう」

 なんだかやけにシェリダンに滞在したがるガイ。ノエルを気遣っているように思えますが…ってところで、例の告白(笑)へ続きます。悪意ないんだけどちょっとヒドいな(苦笑)。そして告白されてる場面をルークに見られちゃって赤面するノエルが可愛いのです。

#しかし、この話コメディにはなってますが、会話の流れをよくよく読めば、もしかしたらガイはノエル一人に負担をかけたくなくて操縦を習おうとしたのかな、とも思えますね。(いざ操縦できるとなったら舞い上がってその他は吹っ飛んじゃったみたいですが。)

 

 ナタリアが「キムラスカ王家に名を連ねる者が何度ものぞき見とは」と怒ってますが、フリングス将軍がセシル将軍にプロポーズした時もルークはアニスと一緒になって覗こうとしていたんですよね(笑)。そしてやっぱりナタリアやティアに叱られてました。

 このイベントはまだ続きます。


 翌朝になって集会所を訪ねると、待ち受けていたアストンが振り向いた。

「メンテナンスは終了じゃ。特に故障箇所は無かったぞい」

 そう言う彼の側にはノエルと、整備士のツナギを着たガイがいる。昨日あれから、彼は宿には帰ってこなかった。船渠ドックに泊り込んでアルビオールの整備を手伝っていたらしい。更には模擬装置シミュレーターによる操縦訓練まで受けたようで、まったく偏執狂の情熱には恐れ入る。

「ありがとう。アストンさん。また何かあったらお願いするよ」

 ルークが言うとアストンは嬉しそうな顔をして、「そうじゃ、橋の話じゃが」と話題を変えた。

「どうじゃ? 名前は決まったかの?」

 ルークは少し困った顔で頬を掻いている。

「イエモン橋とか、め組橋とか、い組橋とか、考えたんだけど微妙に不公平な感じがしてさ」

「ならルーク橋でいいじゃん」

 アニスが元気よく片手を挙げて提案した。

「い、嫌だよ、そんなの」

「あら、いいじゃない。無難だわ」

「そうですわね。そうなさい。『ルーク橋』でいいですわ」

 ティアとナタリアが微笑む。

「素晴らしいですねぇ。後世まで名が残る。とても名誉なことですよ」

「あんたが言うと嫌味に聞こえるけどな」

 例によって胡散臭い笑みを浮かべて言ったジェイドに、ガイが一言添えていた。アストンは頷く。

「ふむ。確かに『ルーク橋』がいいかもしれんな。お前さんがいたからこそ橋は完成した訳じゃから」

「俺がいたから……か」

 ルークは呟いた。どこか噛み締めるように。

 ガイが明るい声を張り上げた。

「よし! それじゃ早く行こうぜ! ノエルが操縦させてくれる約束をしてくれたから俺、凄くドキドキしてるんだ」

 流石に長時間は無理だが、出発前に街の周囲を飛行させてもらう許可をもらったのだ。無論、ノエルの指導付きで。

「まーったくガイったら思わせぶりにも程があるよ」

 少しばかりアニスが皮肉を口に乗せたが、既に舞い上がっているガイには通用しなかった。

「そんなこと言ったって飛晃艇の操縦は、音機関好きには夢のようなことなんだぜ。言い出すまで相当我慢したんだ」

「論点ずれてるし……」

 小さくアニスは突っ込む。ルークが訊ねた。

「んで、ガイいつまで整備士の格好してるんだ?」

「ん? 良いだろ。この格好。作業着がそのまま操縦士の服として使えるんだぜ。やー、シェリダンの職人は分かってるよな〜」

「また論点ずれてる……」

 アニスは肩を落とす。ガイの音機関狂ぶりは今更なのだけれど。

「さぁさぁ、早く行こうぜ! ノエル、よろしく!」

「……はい」

 ひたすらに音機関のロマンを追い続ける男の前で、ノエルの表情が少しばかり複雑に見えたのは、まあ、気のせいではないのだろう。



「私は遠慮します。皆さんで楽しんできて下さい」とジェイドが言ったのは、賢明なのか慎重すぎだったのか。

 ガイの操縦するアルビオールは何事もなく飛行し、シェリダンから海岸沿いに南西に下ってニルニ川の河口に至ろうとしていた。ここは岬になっていて、海峡を挟んだアベリア大陸へ向けて陸地が突出している。

「あ、見えてきたよ!」

 広い風防ガラス越しに下界を見下ろしていたアニスがはしゃいだ。岬と対岸を繋いで、建設途中の橋が海の上に伸びているのが見える。

「大きいですの〜」

「もう骨組みは出来ているのね」

 ミュウを抱いて、ティアもそれを見ていた。完成すればローテルロー橋に匹敵する規模となるだろう。

「バチカルもそうだったけど、こうして橋が作れるくらい落ち着いてきたんだな」

 しみじみとルークは言った。先日帰郷した際に見たバチカルは明るく、再開された闘技場にはマルクトからの観光客の姿も多くあるようだった。

「そうですわね。平和条約後は人の流れも変わってきましたものね。それに……」

 ナタリアがルークを見つめる。

「それに?」

「『ルーク橋』のおかげでシェリダンとベルケンドも友好関係が築けましたし」

「『ルーク橋』ねぇ……」

 少々居心地悪げにルークは赤い頭を掻いた。

「よろしいではありませんの。自分の名前が橋になるなんて、とても名誉なことですわよ」

「う〜ん。いつまで経っても慣れないな」

「あの時の判断は、わたくしも感服しましたわ」

「感服してんのはこっちだな。ナタリアはいつだって立派に自分の務めを果たしてるからさ」

「いいえ。まだまだですわ。この国に住む民のために、より良い国を造っていかなくては!」

 両腰に手を当てて、ナタリアは胸を張る。

「さすがナタリア。熱いなぁ……」

 思わず呟くと、彼女はたちまち胡乱げな目になって両腕を組んだ。

「それは褒めてますの? けなしてますの?」

「も、もちろん褒めてるに決まってるだろ!」

「あら、そうでしたの? 褒めているような顔に見えませんでしたわ」

 従姉弟同士がじゃれ合っている間に、アルビオールは橋の上を大きく旋回している。

「よし、そろそろシェリダンへ戻るぞ」

 操縦席からガイが報せた。

「あっという間だったな。操縦し足りないんじゃねぇの?」

 歩み寄ってルークがからかうと、笑って「まあな」と答える。

「だけど今はこれで充分だよ」

 ありがとうノエル、と礼を言われて少女も笑った。

「ガイさんはとても飲み込みが早いです。これならすぐにお一人で操縦できるようになるかもしれませんね」

「こいつ、無駄に何でも出来るからな〜」

 ルークはドカリと操縦席の後ろの座席に腰を降ろす。やがて前方に街の影が見え始めたが、突端に建つ高い塔が遠目にも目立っていた。ロケット爺さんの塔だ。

「何度見ても面白いと思うな。あの建物……」

 ガイの声が聞こえる。

「あんな崖の上にあんなもの建てるなんてな」

「ああ。でも夢があっていいよ。ここの人はみんな活き活きしてる」

「お前もここに来ると、すんげー活き活きするけどな」

 少々の皮肉を込めてルークが言うと、「ははは、そうだな」といつもながらの屈託ない声が返った。

「だけど、お前も旅を始めてからいい顔をするようになったよ」

「そ、そうかぁ?」

「ああ。――頑張ったな、ルーク」

 ルークは言葉を飲んだ。

 思いがけない時に言われた。だからこそ、無防備に胸の奥深くに落ちた。

「……ガイ。俺……」

「ははは、泣くな泣くな。まだまだ全てが終わった訳じゃないんだからな」

「な、泣いてなんてねーよっ!」

 操縦しているガイにはルークの顔は見えていないはずだ。怒鳴り返すとガイは笑う。後ろに座るルークにその表情ははっきりとは見えなかったが。

「よーし。調子が出てきたな。じゃあ降りる前に街の周りをもう一周くらいしてみるか!」

「……お前。マジでここに住んじゃえよ」

 名残を惜しむように旋回した銀の翼は、やがて職人の街へと滑り降りて行った。


 ナタリアがルークに「『ルーク橋』のおかげでシェリダンとベルケンドも友好関係が築けましたし」と言うのは、バチカルの宿屋前で起こせる最終タウンイベントから。ガイがルークに「頑張ったな、ルーク」と言うのは、シェリダンの望遠鏡前で起こせる最終タウンイベントから採りました。

 ありじごくにんを逃してばかりいた私がこれらのイベントを見ることが出来たのは四周目だったのですが。見た時、とても安堵したのでした。

 よかった。ルークの旅は無駄じゃなかった。仲間たちはちゃんとルークを見てくれていた。

 報われた、と感じました。

 

 それまでずっと、どこかで不満が燻っていました。不幸なだけの報われない人生だったように思えて、ルークが可哀想でならなかったのです。

 でも、そうじゃなかった。ルークが生きたことに意味はあったのだと実感出来ました。初回クリアから一年近くも経って、ほぼ最後にこのイベントを見ることになったのは、結果としてよかったんだろうなと思っています。

 

 ケテルブルクでの決戦前夜では、ルークと仲間たち一人一人の会話が見られます。なのにケセドニアでの最終決戦前夜ではルークはティアとしか絡まない。それがちょっとつまらないと思っていたのですが、このイベントを見て、ああそうだったのかと納得もしました。

 最終タウンイベントは、ルークと仲間たちの最終イベントでもあるんですね。(だから、最終決戦前夜イベントでルークと絡むティアは、最終タウンイベントでは唯一ルークと絡まないのかな、と。)



 ルーク橋は、イベントをクリアするとゲーム中でも実際に完成したものを見ることが出来ます。真緑色……。つーか作業早過ぎ(苦笑)。

 これがルーク橋かぁ…となにやらしみじみして、何度も何度も意味なく渡ってはウロウロしてしまった私でした。仲間たちも渡ったのでしょーか。決戦の後で。



 おまけ。勝手に小話


「皆様ようこそいらっしゃいました。ご活躍は伺っておりますよ」

 どこで到着を見られていたのだろう。ケセドニアに入ってすぐに従者たちを連れたアスターに迎えられて、ルークは面食らってしまった。

「活躍?」

「色々と。今回のエルドラントへの突入作戦の中核を担われているとか。ワイヨン鏡窟のレプリカ施設ですとか、ルーク橋の着工もありましたね」

「すご〜い。なんでも知ってるんですねぇ」

 アニスが口に手を当てて驚いてみせると、アスターは例の調子で笑う。

「この手の話は放っておいても聞こえてきますから。ヒヒヒ」

「さすがにケセドニアを牛耳ってるだけはあるな」

 さぞかし裏の人脈もあるのだろう。暗にガイはそう含めたが、ナタリアやティアは屈託がなかった。

「ですがケセドニアのおかげで経済は活性化しておりますわ」

「そうね。世界が混乱してもここまで持ち直しているし」

「みなさんの活躍に触発されましたから。何しろ他の街を回ってみても皆様のお話ばかりですよ」

 アスターは言葉を続ける。

「おやおや。ライバル視されているみたいですよ、ルーク」

 面白そうにジェイドに言われて、「はあ?」とルークは彼を見上げた。

「まだまだご活躍されるのですよね? こちらも負けていられません」

「ほほう。挑まれれば受けて立つしか。ね、ルーク?」

 アニスがニヤニヤ笑って見上げてくる。

「……好きにしろよ、もー」

 片手で頭を掻いて、ルークは大きく息を落とした。



 砂漠の街には多くの兵士たちが溢れていた。ある者は気炎を吐き、ある者は震えている。以前にも似た光景があったものだが、その時と違うことには、赤い装備の兵と青い装備の兵があちこちで入り交じっていた。

「世界は随分変わったもんじゃな。キムラスカとマルクトの戦争なぞ遠い昔のことのようじゃ」

 道端の老人が呟いている。つい数ヶ月前までこの街を二分して争っていた兵士たちが今は足並みを揃え、同じ敵に立ち向かおうとしていた。共に、生きるために。

 マルクト軍の総代を務めているのはノルドハイム将軍で、キムラスカ側はゴールドバーグ将軍だ。それぞれの陣にされている各国領事館に顔を出した後、国境の酒場の前に止まるとジェイドは情報を確かめた。

「作戦決行は明日。マルクト・キムラスカ連合軍と合流した後になります」

 厳密には明日の正午が作戦開始となる。

「ってことは、今日一日は時間があるよな」

 ガイが言った。

「ええ。出兵前の兵士には二十四時間の自由行動が与えられますからね。その間は暇があります」

「じゃあ、私たちも自由行動しようよー!」

 アニスがはしゃいだ声で提案する。

「構いませんが、ケセドニア付近からあまり離れないで下さいよ」

「は〜い。分かってまーすv ガイ、ナタリア、行こう!」

 呼びかけられて二人は顔を見合わせたが、黙って少女の後に付いていった。残されたルークは、やはり残っているティアを窺う。

「お前はどこかに行かないのか?」

「私は……別に……。あなたは?」

「ケセドニアって砂漠の街だからなぁ……。それに明日決戦だって言われても、なんだかまだ実感がな……」

 苦笑して肩をすくめながらも、立ち去ろうとはせずに突っ立っている。そんな二人の様子を見ていたノエルは、ふっと苦笑にも似た吐息を落とすと明るく誘いかけてきた。

「なら、お二人とも私に付き合っていただけませんか?」

 ルークが答えるより先に、その足元からミュウが必死に訴える。

「ミュウも行くですの」

「勿論、一緒に行きましょう」

 ノエルは微笑む。チラリと目を見交わすと、ルークとティアは並んでノエルの後に付いていった。




 解散したのは昼だったが、既に日は暮れ始めている。時間は容赦なく過ぎ去っていくものだ。

 キムラスカ側の港に佇んで、ナタリアは金色に染まっていく海を眺めていた。

「待ち人来たらずって顔だな」

 声が聞こえた。領事館前から続く階段を下りて、ガイが近づいてきている。

「来るわけありませんわね……」

 アブソーブゲートでの決戦前もアッシュがナタリアの前に姿を見せることはなかった。ましてや、今回はあんな別れ方をした後だ。……それでも、淡い期待を捨てきれずにいたのだが。

「ルークが自立した瞬間に、アッシュはレプリカを憎むことで保っていた存在意義を見失ったんだ。顔を見せることはないと思う。次に顔を合わせる時は……」

「戦う時……ですか?」

 ナタリアは言葉をつなぐ。

「でもどうして戦わなければならないんですの」

「傷つけ合うためじゃない。互いの存在を確認するためだよ。もう違う存在なんだと認識するためだ」

「わたくし……そうなった時どうすればいいのかしら……」

 目を伏せたナタリアを、ガイは厳しいとさえ言える真摯な表情で見つめた。

「結果を受け入れる事じゃないか。キミがルークもアッシュも大切に思っているならね」

「あなたは? あなたもそうするの?」

「ん〜、それが友達ってもんだろ」

 訊ねれば少し考え込む素振りをしたが、彼は迷わない。

「アッシュもあなたの友達?」

 見透かそうとするかのような目を向けられても落ち着いていた。

「……俺は俺なりに過去にケリをつけたつもりだ。アッシュも過去と決別しようとしているんだと思う。そうなれば、あいつと俺は仇の息子とその使用人じゃない。人間アッシュと人間ガイラルディアとして一から始めることになる。全てのしがらみを取り去ったら、あいつはあいつで面白い奴だと思うよ」

 微笑みさえ浮かべる。複雑な色の揺れる瞳を戻して、ナタリアは俯いた。

「……ガイは大人ですわね。それとも男女の差なのでしょうか」

 自分はそんな風には割り切れない。

 アッシュは生涯の敬愛を捧げた相手であり、ルークはやんちゃな幼なじみだ。頭ではとうに分かっている。けれど胸の奥のどこかに未だ曖昧なままのものがあることを、ナタリアは密かに自覚していた。

 同じ顔、同じ声。交わした言葉、積み重ねた時間。繰り返された出会いと別れ。喜びも愛情も絶望も希望も後悔も。全ては切り離せるものではなく、自分の中でひとつながりになっている。

 ルークとアッシュが本当に違う存在なのだと決定されてしまったら。その時どうすればいいのだろう。

 曖昧に引っかかったままの何かが胸の奥で痛み続けていた。

「ナタリアにとってルークは友達で仲間だろ」

 俯いた幼なじみをしばらくの間見つめ、ガイは確かめる。

「ええ」

「なら、今はそれで充分だ。全てにケリが付いた時、ナタリアの心に浮かんだ感情に素直になればいい」

 ナタリアは目を上げた。

「……ええ。そうですわね。あれこれ考えても、出ない答えもありますものね」

 それはかつて、ティアが教えてくれたことだ。

 日はいつしか沈み、暗く沈んだ水平線の彼方から夜の闇が迫ろうとしている。




 酒場のカウンター席に見つけた背に、アニスは遠慮なく近付いた。

「大佐。飲んでるんですか?」

 液体の揺れるグラスを置いて、もはや見慣れた赤い瞳が見返してくる。

「もう少し気の利いた場所で飲みたかったのですが、この街では……ね。アニスは自由行動を満喫するんじゃなかったんですか?」

「私はティアに気を利かせてあげたんです」

 すまして言ったのを聞くと、ジェイドはふっと視線を宙に浮かせた。

「へぇ……。酷なような気もしますが……」

「……大佐。何か隠してるでしょ?」

 ジロリとアニスが睨んだが、ジェイドは眼鏡を押し上げて表情を誤魔化す。

「いえ。何も」

 この男が簡単に秘密を明かすことなど、それこそブウサギが逆立ちするほどにありえないことなのだろう。アニスは小さく息を吐いて隣の椅子に腰掛けた。

「……まあいいや。大佐は、ヴァン総長を倒したらどうするんですか?」

「軍人ですから。また軍属としての生活に戻りますよ。ただ……」

「ただ、なんですか?」

 目を伏せて、ジェイドは微かに笑う。

「おかしいですね。私は帰ったら、改めてフォミクリーの研究を再開したいと思っているんです。レプリカという存在を、代替え品ではない、何かに昇華するために」

 最初は自嘲にも似ていた表情は、最後には真剣なものに変わっていた。

「……うん。是非それやって下さい。イオン様も喜ぶと思う」

 アニスは頷く。

「アニスは教団を立て直すんですね」

 言ってやると少女は一瞬慌て、大げさに顔の汗を拭う仕草をした。

「あ、気付いてました? こうなったら玉の輿は諦めて、自力で初代女性導師になりますよぅ」

 笑顔の中に真剣な色があるのを見て取って、ジェイドはふっと笑う。グラスを持ち上げて通告を下した。

「さて、アニス。そろそろ宿に戻って下さい」

「えー、大佐はまだここで飲むんでしょう」

「ここからは大人の時間です。お子様は早く帰りなさい」

 飄々とした口ぶりだが態度は頑としている。

「ぶーぶー。けちー」

 頬を膨らませながらも、アニスは足をぶらぶらさせるのをやめて高い椅子から滑り下りた。




 ノエルはルークたちをアルビオールに案内し、街の周辺をゆっくり飛び回った。今、飛晃艇はケセドニアの港からやや沖合いに停泊し、波間に浮かんでいる。

 すっかり暗くなった空には星が瞬き、それ以上に大きく、丸いルナが輝いていた。その明るい光に半ば重なるようにして、いびつな爪に囲まれた巨大な要塞島が黒々と浮かんでいる。

 アルビオールの上部昇降口ハッチから出て佇み、ルークはそれを眺めていた。

(明日には、あそこに行くんだな)

 ヴァンはそこにいるはずだ。彼に取り込まれたローレライも。対空砲火をかわして突入を成功させ、ヴァンを倒し、ローレライを解放する。そして…………。

 物音が響いて、ルークは意識を引き戻された。昇降口から灰褐色の髪の少女が上って来ている。

「ティア」

 黙って前を横切った彼女を目で追っていると、立ち止まってくるりとこちらに向き直った。長い髪がふわりと広がり、優しく微笑んだ青い瞳が正面に見える。

「……私も、少し風に当たろうと思って」

 少し恥ずかしそうに言った彼女にルークも笑みを返した。数歩前に出て腰を下ろし、夜空を見上げる。



 アルビオールの操縦席では、ノエルに抱かれたミュウが耳をパタパタさせてもがいていた。

「……やっぱりご主人様が心配ですの」

 腕から抜け出そうとするが、あえなく膝の上に抱え直される。

「駄目です。ミュウは私とここで待機」

「みゅううぅぅぅ……」



 

「いよいよ……明日あしたね」

 後ろに立つティアの声が聞こえた。

「……うん。それまで、俺の体、ってくれるといいんだけどな」

 月を見たままそう返すと、彼女の気配が歩み寄ってきて隣に腰を下ろす。膝を抱えて、少し頑固な口調で言った。

つわ」

「ティア……」

「明日も……明後日も明々後日しあさっても……ずっと……」

 ティアの髪や肌の上で月の光が躍って、淡い銀色にその形を浮かび上がらせている。海は穏やかで、やはり月を映してゆっくりと煌いていた。

「……ティア。あのさ、俺……」

 彼女に奪われた目を戻せぬまま、ルークは僅かに身を起こして言いかける。

「何?」

 ティアが顔を上げた。月光に支配された世界の中で、波は静かにその響きを繰り返し続けている。

「……やっぱ、いいや」

 息を吐いて笑い、ルークは目を夜空に戻した。ティアが小さく笑う。

「変なルーク」

「……変なことないだろ! ただ……そう、お礼が言いたかっただけだよ」

 ルークは言って、誤魔化すように鼻の頭をこすった。

(そうだ。それも嘘じゃない)

「何、突然……」

「ずっと見ててくれたから……」

 いつでも見守ってくれていた。時には叱咤し、時にはそっと支えて。一年近いこの旅路の間、ずっと側にいてくれた。

 今、曲がりなりにもこうして穏やかな気持ちで月を見ることが出来るのも彼女のおかげだ。体が震えるほどの『恐怖』を、一緒に背負ってくれたから。

 その代わり、もう私に隠し事はしないでと願われていたが。

(ごめんな)

 たった一つだけ、この気持ちだけは言わないままでおこうと思った。

(だって俺は消えてしまうから……)

 何を感じたのだろう。夜空を見上げるルークの横顔から目を逸らし、零れたティアの声は震えを抑えきれてはいない。

「……ばかね。この後もずっと見てるわ。あなたのこと」

「……馬鹿なのはお前じゃん。俺……消え……」

 言おうとしたルークの唇に、ティアの人差し指が押し当てられた。言葉を止めたルークに彼女は優しく微笑みかける。

「……いいの」

 微かな風が渡って二人の髪をそよがせた。離れていったティアの指先を名残惜しげに見送ってから、ルークはもう一度夜空を見上げる。

「なんだかさ。妙な感じだよ。今、すごく幸せだなって思うんだ。

 仲間がいて……ティアもいて、俺は俺だって……やっとそう思えるようになって……」

 その顔には穏やかな笑みが広がっていった。

「……今が、俺の人生で一番幸せな時なのかもな」

「……え?」

 夜空に浮かぶ月は優しく世界を照らしている。その形は満ちて少しも欠けるところがなかった。なのに、半ば重なったエルドラントの黒い影が禍々しい爪の形で輝きを切り取っている。

「『今』が一番幸せなんじゃないって……思えればいいのに」

「…………」

 星が一つ、夜空から流れ落ちて消えていった。











「ふんふふーん♪」

 アニスは鼻歌混じりで髪にリボンを結んでいる。鏡に映る顔の角度や表情を変えてみては、めつすがめつしていた。

「あら、随分入念に身支度していますのね」

 荷物をまとめる手を止めて、ナタリアが笑う。

「だって。もうすぐ最後の戦いなんでしょ。華麗に! そして美しく!」

 大きな動作で見得を切ってみせたアニスに、ティアが笑って問いかけた。

「アニスは緊張していないの?」

「うん」

「嘘おっしゃい。指先が震えてるわよ」

 微笑んで指摘する。けれどアニスは構わなかった。

「これは武者震いなのです」

「まあ、アニスといいティアといい、強情ですわねぇ」

 ナタリアは肩をすくめる。アニスもそうだが、ティアが昨夜殆ど眠れていなかったことは知っていた。

「ナタリアだって強がってばっか」

「ふふ……。似たもの同士というところね」

 アニスが少し唇を尖らせ、ティアは苦笑を浮かべる。

「ええ、そうですわね」

 ナタリアの中にも渦巻く何かがあることを、アニスもティアも勘付いているのだ。戦いの不安以外の部分でも。

 けれど、二人は無理にそれに触れない。無視されているわけではない。ナタリアを想い、信じて尊重してくれていることが伝わってくるから。この暖かさが自分に進む力を与えてくれているように、彼女たちにも自分がそうできていればいいとナタリアは思う。

「最初の頃はあなたたちのこと、好きになれませんでしたけれど……」

「むむ、それはこっちの台詞だもんね」

「けれど? 今は?」

 アニスは言い返し、ティアが笑って促した。ナタリアは明るく笑う。

「大好きですわ」

「むむ、それもこっちの台詞だね☆」

「二人とも、頑張りましょう」

 ティアが言い、少女たちは明るい笑顔を見交わし合った。



 青い空の彼方には、相変わらず無骨な外骨格をまとった要塞島が浮かんでいる。

「エルドラントか……。やっぱりでっかいなぁ……」

 宿から出たところで立ち止まって、ルークは朝の光に目を眇めながらそれを見上げていた。

「そりゃあ、島一つが丸々浮いてるんだからな」

 後ろから出てきたガイが笑う。

「巨大なものは内側から攻撃する。まあ、基本中の基本ではありますがね」

 最後に現れたジェイドがそう講釈をした。

 そんな二人の様子を見ながら、ふとルークは笑みを零す。

「なんか変な感じだな。まさかガイとジェイドと、三人でこうやって戦うなんて、出会った頃からは想像もつかなかった」

 あの頃の自分はワガママなお坊ちゃんで。自分の手が誰かの命を奪えることも、その責任の重さも。何一つ知りはしなかったし、知ろうともしていなかった。

「ははは。そりゃそうだな」

 ガイは笑い、僅かに表情を翳らす。

「あの頃はヴァンだって、まだ敵だと思ってなかったし」

「マルクトは敵国だったし……ですか?」

 ジェイドは皮肉に笑った。

「へへ、ジェイドはただの嫌味な奴だと思ってたけど」

「やっぱり嫌味なだけだった」

 ガイがふざけた調子でルークの台詞を継いでしまう。

「本当にな」

 ルークは笑った。気分を害した風もなく、ジェイドも笑っている。

「……フフ。じゃあこの嫌味な軍人に、もう少しだけお付き合い下さい」

「こっちの台詞だよ。ジェイド、ガイ。頑張ろうぜ」

 男たちは決意を込めた目を見交わした。




 国境の広場には統合軍が揃っている。

「こうやって見ると、すごい光景だな」

 広場の入り口に立ち止まるとルークは呟いた。実際にここに集ったのは一部なのだろうが、赤い装備と青い装備の兵団が揃い踏みした様はかなりの壮観だ。

「ああ。世界の命運をかけた決戦だ」

「これほどの規模で両国軍が協力するのは、歴史上でも初めてのことでしょう」

 ガイとジェイドが言う。

「そうか。俺たちは、ここにいる人たちみんなと一緒に戦うんだよな」

 それだけの大きさの戦いだ。

 作戦が開始されればもう本当に後戻りは出来ない。ぐっと唾を飲むと、ルークは仲間たちを見渡した。

「みんな。準備はいいか?」

「よっ、偉そう!」

 たちまちアニスに囃し立てられて、赤くなって言い返す。

「……る、るせーなぁっ!」

「はは。アニス、いじめるなよ」

 ガイが笑って取り成し、他の仲間たちは口々にルークに答えた。

「わたくしたちはもちろん準備万端ですわ」

「ええ、いつでも戦えるわよ」

「ボクもですの!」

 気合の入ったミュウとは反対に、ジェイドは例のごとく飄然としている。

「まあ、最後だからといって気負うことなく行きましょう。無事帰ってこれた暁には、私もやっと子守から解放されるわけですし」

「相変わらず嫌なこと言うなぁ」

 色んな意味でルークが憮然とすると、「これは失礼」と笑って返された。

「まあだけど、一応は最後の戦いだよ」

 珍しくアニスが取り成すようなことを言う。

「うん。みんな。よろしく頼むよ」

 仲間たちに笑顔を見せて、ルークは広場に足を踏み入れた。



「作戦決行は本日正午だ。我々は戦艦と陸艦で中央大海とイスパニア半島の所定の位置に着く」

「アルビオールの方が移動速度が速い。作戦開始の時間までは、エルドラント下の中央大海に着水し、我々の到着を待ってくれ」

 両国軍の総大将であるゴールドバーグ将軍とノルドハイム将軍が並び立ち、兵たちの前で最後の確認をしてくる。

「分かりました」

 ルークが頷くと、ジェイドが顔を向けて言った。

「連合軍の到着後、時間になったら砲撃が始まります。その援護を受けて、我々は対空砲火が比較的薄い、下方からエルドラントへ突入します」

 ガイもルークに顔を向ける。

「その後は、可能であれば対空施設を破壊してヴァンを目指す」

「最終目的はローレライの解放。それでよろしいですわね」

 ナタリアの確認の声にルークは頷いた。もう作戦の手順は頭に入っている。

 アニスが笑って呼びかけた。

「よし、ルーク。最後だし、ばっちり号令かけてよ」

「お、俺が?」

 思わず己を指差して、ルークは碧い目を瞬かせる。

「だって、もうあなたがリーダーのようなものよ」

 ティアが笑って言ったが、今までとは勝手が違っていた。ここにはキムラスカ・マルクトの両国軍もいるのだ。号令をかけるなら、ナタリアかジェイドの方が相応しいのではないだろうか。

 しかし、周囲に異を唱える者は誰もいなかった。ゴールドバーグもノルドハイムも。ティア、アニス、ガイ、ナタリア、ジェイド、そしてミュウまで。みんな笑顔でルークを見つめている。

 面映い思いで鼻をこすると、ルークは頷いた。

「分かった」

 仲間たちを、両将軍や兵士たちを見渡す。握った左の拳を天に突き上げ、大きな声で号令した。

「みんな、必ず俺たちの世界を守るぞ!」

 おう、と轟きのような声が返る。この世界の命運をかけて、今、作戦は動き始めた。







 兵士たちは慌しく出発していく。ケセドニアの街は俄かに騒々しさを増していた。

「何だか大変なことになってきたですの」

 その情景を眺めながら、足元から聞こえたミュウの声にルークは相槌を打つ。

「そうだな。最初はなんてことない旅だったのに、気付いたら世界の危機だもんな?」

「ボク、森を出る時こんなことになるなんて思ってなかったですの」

「それを言ったら、俺だって、屋敷から飛ばされて、いつの間にかこんなことになって……」

 最初は笑っていたルークの顔から次第に表情が消え、声が途切れた。

「ご主人様」

 悲しそうにミュウが呼びかけてくる。

「色々あったな。俺はルークじゃないって分かって、アクゼリュスを消滅させて、障気を中和して……そして……」

「ご主人様!」

 強く呼びかけられて、ルークはいつしか俯いていた顔を上げた。

「はは、心配すんなよ。俺にはまだやらなきゃいけない事がある!」

 強い笑みを浮かべる。

「アッシュと……それにヴァン師匠せんせいとの決着をつける!」

「ご主人様、頑張って下さいですの!」

「ああ!」

 ルークは頷いた。彼方に浮かぶ要塞島を目指して、その足で歩き始める。





 最終決戦前にファブレ邸で白光騎士団に話しかけると、こう言います。

「この世界の未来はいったいどうなるのでしょうか? 私はルーク様の事を信じております」
「公爵様もルーク様のことをご心配なされています。必ずお戻り下さい」
「私はどんな時でもここをお守りします。ルーク様のお帰りをお待ちしております」

 みんなルークを信じて、凱旋を待っています。



 感動のシーンを台無しにするネタ一つ。

 決戦前夜、海に浮かぶアルビオールの上でティアがルークの唇に人差し指を押し当てて台詞を止めるシーン。ここでルークの称号を『ドラゴンバスター?』にしておくと、あら不思議。ティアがルークの被り物の鼻の穴に容赦なく指を突っ込む……ように見えます。

 これは偶然で、意図的な製作側のいたずらではないそうです。

 

 ともあれ、こんな感じになっちゃうので、このシーンのルークの称号を『ドラゴンバスター?』にするのはお勧めしません。

 いやそもそもこのシーンであえてああいうネタ称号を選ぶ人も、そうはいないでしょうが。(^_^;)



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