Bachicul KIMLASCA=LANVALDEAR
2day,Gnome,Gnome Decan
ND2018

 ノックの音が聞こえている。それが分かっても声を返せるほどに覚醒はしていなかったが、部屋の主の寝穢いぎたなさは心得たものなのだろう、少し待った後で勝手に扉は開かれた。

「ルーク様。おはようございます。今日もいいお天気ですわ」

 メイドが入ってきて、大きな窓に掛かったカーテンをシャッと開けた。眩い朝の光が部屋をいっぱいに満たしていく。

「ただ、ローレライ教団の預言スコアによると、にわか雨があるかもしれないとのことですけれど」

 ベッドの中で掛布に包まっていた赤毛がもぞもぞと動き、いかにも眠そうな顔でようやく半身を起こした。それを確認して、メイドはベッドの脇に立つと伝言を告げ始める。

「今朝方、ナタリア殿下から使者が参りまして、ご登城なさるようにとのことでした」

「俺、屋敷の外に出ていいのか?」

 ぱちりとルークが目を開くと、メイドは自分こそ嬉しいような顔で「よろしいようですよ」と笑った。上着などを細々と用意して、一礼してから部屋を出て行く。

「ナタリア、何の用だろ?」

 袖を通した上着の裾を払って、ルークは呟いた。今までは必ず彼女の方から訪ねて来ていたのだ。こちらが軟禁されていたせいではあるのだが、呼び出されるなんて記憶にある限り初めてである。

(家に来ないで城に来いって事は、伯父上の用事かもしれないな……。ヴァン師匠せんせいのことかな?

 ……しっかし、簡単に屋敷から出れちまった。複雑だぜ……今までは何だったんだっつーの)

 軽く頭を振ると、長い髪がサラサラと揺れ動いた。そのまま部屋を出て行きかけて足を止め、戻って、棚に無造作に立てかけておいた剣を手に取る。

 厳重に警備されたバチカル最上層、ましてやバチカル城で、これが必要になることなどないだろう。だが旅の置き土産と言うものなのか、この重みがないと何となく落ち着かない。

 腰の後ろに剣を差し、ルークは部屋の扉を押し開けた。





 バチカル城とファブレ公爵邸は殆ど離れていない。領地ではなく王都に邸宅を構えているのは、体の弱い公爵夫人にして王妹のシュザンヌを慮ってということもあるのだろうか。

 父の公爵は既に登城していると言う。勝手にくっついてくるミュウを足下に引き連れて、ルークもまた城の門を潜ったが、自分の名が耳を掠めて足を止めた。

「それでは第七譜石はアクゼリュスに……?」

「そうだ。恐らくルークがアクゼリュスに……」

 見れば、廊下の片隅でティアとモースが話し込んでいる。

「俺がどうした?」

 声を掛けると、モースはハッとしたように口を閉ざした。たちまち、気味が悪いほど相好を崩す。

「これはルーク様。お待ちしておりました。カーティス大佐はもう中でお待ちですよ」

「……ジェイドが?」

「参りましょう」

 三人は連れ立って謁見の間に向かった。

 謁見の間には、玉座についたインゴベルト王とナタリアの他に、ファブレ公爵、アルバイン内務大臣、そしてジェイドが揃っていた。

「おお、待っていたぞ、ルーク」

 モースたちと共に歩み寄ってきたルークを見て、インゴベルトが早速口を開く。アルバインが後を継いだ。

「昨夜緊急議会議が招集され、マルクト帝国と和平条約を締結することで合意しました」

「親書には平和条約締結の提案と共に、救援の要請があったのだ」

「現在マルクト帝国のアクゼリュスという鉱山都市が、障気なる大地ノームの毒素で壊滅の危機に陥っているということです」

 王とアルバインが交互に語り、ナタリアも口を開いた。

「マルクト側で住民を救出したくても、アクゼリュスへ繋がる街道が障気で完全にやられているそうよ」

「だが、アクゼリュスは元々我が国の領土。当然カイツール側からも街道が繋がっている。そこで我が国に住民の保護を要請してきたのだ」

「そりゃ、あっちの人間を助けりゃ和平の印にはなるだろうな。でも俺に何の関係があるんだよ」

 ルークが不遜に言うと、ファブレ公爵が息子に言った。

「陛下はありがたくもお前を、キムラスカ・ランバルディア王国の親善大使として任命されたのだ」

「俺ぇ!? 嫌だよ! もう戦ったりすんのはごめんだ」

 アクゼリュスへ行くということは、また旅をするということだ。足を棒にして歩き、時に野宿をし、様々な面倒に耐えて――魔物や人を剣で薙ぎ払いながら。

 今も剣を腰に差している。だが、もうあの重い感触を、生温い臭いを感じたくはなかった。殺気に肉薄される恐怖も。

「ナタリアからヴァンの話を聞いた」

 甥に拒絶されても、インゴベルトは淀むことがなかった。

「ヴァンが犯人であるかどうか我々も計りかねている。そこで、だ。お前が親善大使としてアクゼリュスへ行ってくれれば、ヴァンを解放し協力させよう」

「ヴァン師匠せんせいは捕まってるのか!?」

「城の地下に捕らえられているわ」

 暗い声でナタリアが言った。力が及ばなかったことを悔いているのだろうか。

「……分かった。師匠せんせいを解放してくれるんなら……」

「ヴァン謡将が関わると聞き分けがいいですね」

 ジェイドが揶揄してくる。

「……うるせぇ」

「しかしよく決心してくれた。実はな、この役目、お前でなければならない意味があるのだ」

「……え?」

 インゴベルトの言葉に、ルークは眉を顰める。ファブレ公爵が兵士に持たせた譜石を示した。

「この譜石をごらん。これは我が国の領土に降ったユリア・ジュエの第六譜石の一部だ」

「ティアよ。この譜石の下の方に記された預言スコアを詠んでみなさい」

「……はい」

 インゴベルトに促されて、ティアは譜石を詠み始めた。

「――『ND2000。ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。

 ND2018。ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで……』。

 ……この先は欠けています」

「結構。……古代イスパニア語に言う聖なる焔の光とは、今のフォニック言語では『ルーク』。お前の名だ。つまりルーク、お前は預言スコアに詠われた、選ばれた若者なのだよ」

 

『大丈夫だ。自信を持て。お前は選ばれたのだ。超振動という力がお前を英雄にしてくれる』

 

 ルークの脳裏に、あの日キャツベルトの甲板でヴァンに言われた言葉が鮮明に甦った。

「よいかルーク。お前にはユリアから授かった超振動という力がある。今までその力を狙う者から護るため、やむなく軟禁生活を強いていたが、今こそ英雄となる時。その力でアクゼリュスを救うのだ」

(そうか……。やっぱり師匠せんせいの言う通りなんだ)

 父の声を聞きながらルークは思う。

(父上も伯父上も、俺が特別な力を持っていることを知っていた。それで……俺を利用するために軟禁していたんだ。

 だけど……俺の名前がユリアの預言に詠まれてるって? 和平のために親善大使になればキムラスカを繁栄に導く……ってことは、兵器にはならなくて済むのか?

 それにしても俺が親善大使……。アクゼリュスの奴らを助けたら、師匠は助かる、か〜。それに、平和条約が上手く結ばれたら俺は英雄になれるかもしれない……。そしたら、師匠の言っていた通り自由になれるかも……)

「英雄ねぇ……」

「何か? カーティス大佐」

 アルバインがジロリとジェイドを睨んだ。

「……いえ。それでは同行者は、私と誰になりましょう?」

「ローレライ教団としてはティアとヴァンを同行させたいと存じます」

 モースが言う。ファブレ公爵は息子に訊ねた。

「ルーク。お前は誰を連れて行きたい? ――おおそうだ。ガイを世話係に連れて行くといい」

「何でもいいや。師匠せんせいがいるなら」

 どこか気もそぞろのルークの一方で、ナタリアは隣に座った父に懸命に訴えかけている。

「お父様、やはりわたくしも使者として一緒に……」

「それはならぬと昨晩も申したはず!」

 ナタリアは憮然として黙り込む。ルークがインゴベルトに伺った。

「伯父上。俺、師匠せんせいに会ってきていいですか?」

「好きにしなさい。他の同行者は城の前に待たせておこう」





 バチカル城の罪人部屋は、例に漏れずに城の地下にある。案内を受けて罪人部屋に入ると、ヴァンはちょうど格子戸の中から解放されたところだった。

師匠せんせい!」

「簡単ないきさつはご説明してあります」

 駆け寄ったルークに告げて、兵士は罪人部屋を出て行った。ヴァンはじっとそれを見送っていたが。

「今ここには私たちしかいない。だから私の言うことを落ち着いて聞いてほしい」

 足音が遠ざかったのを確認すると、ルークを見つめて喋り始めた。

「……へ?」

「私の元へ来ないか? 神託の盾オラクル騎士団の一員として」

「……師匠せんせい、何言ってんだよ」

「お前はアクゼリュス行きを簡単に考えているだろう。だが、その役目を果たすことで、お前はキムラスカの飼い犬として一生バチカルに縛り付けられて生きることになる」

「ど、どうしてだよ。師匠が言ったんだぜ。英雄になれば、自由になれるって」

「しかしアクゼリュスはまずいのだ。お前もユリア・ジュエの預言スコアを聞いただろう」

「ああ。俺がキムラスカを繁栄に導くとかって」

「その預言には続きがある。『若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって』と。教団の上層部では、お前がルグニカ平野に戦争をもたらすと考えている」

「俺が戦争を……? そんな馬鹿な……!」

「ユリアの預言は今まで一度も外れたことがない。一度も、だ。……私はお前が戦争に利用される前に助けてやりたいのだ!」

 まっすぐに言われ、ルークの心は揺らいだ。

「――でも、どうしたらいいんだよ……。俺がアクゼリュスに行かないと街がヤバいんだろ」

「預言はこう詠まれている。お前がアクゼリュスの人々を連れて移動する。その結果、戦争が起こる、と。だからアクゼリュスから住民を動かさず、障気をなくせばいい」

「障気って……あの毒みたいなのだろ。どうやって……」

「超振動を起こして障気を中和する。その後、私と共にダアトへ亡命すればいい。これで戦争は回避され、お前は自由を手に入れる」

「……やれるかな。超振動だって自分で起こせるかどうか」

「私も力を貸す。船の上で超振動の暴走を収めてやったようにな」

 それを思い出すと、ルークは安心感に包まれた。本当に恐ろしかったあの時、ヴァンはルークを助けてくれた。

(――だったら。師匠が手伝ってくれるんなら)

「……分かった。俺、やってみる」

 ヴァンは真剣な表情でルークを見つめる。

「この計画のことは、直前まで誰にも言ってはならないぞ。特にキムラスカの人間に知れれば、お前をダアトに亡命させる機会が無くなってしまう」

「……なぁ、師匠はどうしてそんなに俺のこと、親身になってくれるんだ?」

「――お前は記憶障害で忘れてしまったのだったな」

「……俺が何か言ったのか?」

「私と共にダアトへ行きたい。――幼いお前はそう言った。超振動の研究で酷い実験を受けたお前は、この国から逃げたがっていたのだ。だから……私がお前をさらった。七年前のあの日に」

「師匠が!? 俺を誘拐したのはマルクトじゃなくて師匠だったのか!?」

「今度はしくじったりしない。私には、お前が必要なのだ」

「……俺、人に必要だなんて言われたの初めてだ」

 ルークは声を震わせた。

 冷たい父。利用するために軟禁していた伯父。母は優しくしてくれるが、それでも、過去の記憶はまだ思い出さないのか、と時折問われるのは辛かった。何も知らないことで呆れられ、眉を顰められる。ナタリアも、ガイも、本当に求めているのは誘拐される前の記憶を持った『ルーク』で。――記憶のない自分は、必要とされていないのではないか、と思えることがあって。

 けれど。

「師匠だけは、いつも俺のこと褒めたり叱ったり、本気で接してくれてたもんな」

 過去の記憶を思い出せ、とは言わなかった。知らないことを馬鹿にしなかった。間違っていたら叱ってくれ、覚えられたら褒めてくれた。

「俺……師匠についてくよ!」

「よし。では行こうか。お前自身の未来を掴み取るために」

「はいっ!」

 ルークは、心が高揚するのを感じた。目の前に無限の未来が開けたのだ。そして、そこには誰よりも好きな師匠せんせいがいてくれる。




「へへ……」

 罪人部屋から上る通路を歩きながら笑みをこぼすと、傍らのヴァンが顔を向けてきた。

「どうした? ルーク」

「これからのことを考えてたらワクワクしてきたんだ。師匠せんせいと旅するのも初めてだし」

 厳密にはカイツールからケセドニアへ向かう船旅を共にしたことがあるが、あの時のヴァンはティアと話し込んでいることが殆どで、多少とも話せたのは超振動の暴走が起きた時くらいだ。

 しかし、ヴァンは微かに苦笑めいた表情を浮かべた。

「そうか……初めてではないのだが、な」

「え、でも、俺……」

「いいのだよ、ルーク。お前はこれから過去ではなく、未来のために行動するのだ。思い出せぬ記憶に囚われることはない」

 ヴァンの笑みは優しく、声は力強い。――その瞳は、ルークを見ていてくれている。

「はい!」

「くれぐれも我らの胸の内を、他の者に悟られる事のないようにな」

「分かりました!」

 嬉しさで胸をいっぱいにして、ルークは明るく応えを返した。


 城に行く前にガイの部屋を覗くと、「おまえを探しに行ってる間に仕事がたまってたよ。こうなるとかったるいなー」と言って、椅子に座ってぐったりしてるガイが見られます。

 ……ガイの仕事ってルークの世話ってだけじゃないみたいですね。それとも、白光騎士団の方々の意地悪か?

 

 それはそうと、親善大使としてアクゼリュスへ行けと言われて、まっさきに「もう戦いたくない」と叫ぶルーク。

 ……なんか変だよね。普通、親善大使なんつったら、沢山の護衛に囲まれて出発して、被災地では被災者を励まして責任者と会談して……そんな感じだと思うんですが、生まれて初めての旅がアレだったせいか、ルークは「街の外に出る=戦う(人を殺す)」と刷り込まれてしまっているらしい。

 しかしルークのこの思い込みを誰も訂正せず、実際、ルークを前線に立たせて戦わせるわけで。……なんじゃこりゃ。

 ……まぁ、インゴベルト王やファブレ公爵にしてみれば、とりあえずルークがアクゼリュスに行ってくれればそれでよしと思ってたはずなので、どーでもよかったんだろうなぁ……。

 ジェイドも、この時点ではまだルークに冷たいですしね。

 

 親善大使に任命された後、バチカルを出る前にファブレ邸に寄ると、白光騎士団がルークの旅立ちをとても喜んでくれるので胸が温かくなります。

「ルーク様がお屋敷におられるのが今までは当たり前でしたので、寂しい気持ちが強いです。ですが、ルーク様ご自身のことを考えると とても良いことだと思ってます。親善大使という大役ですが、ルーク様なら立派に遂行されることと思っております」とか「ついに今までの生活から抜け出せましたね」とか「ルーク様が親善大使としてアクゼリュスに行かれるとは。ファブレ公爵家にお仕えして これほど素晴らしい日はありません」とか。

 なお、ヴァンは城の兵士や白光騎士団に大人気みたいです。口々にアクゼリュス救援はグランツ謡将がいれば安心だ、と褒め称えますし、彼が捕らえられていた時も「私はグランツ謡将を信じています」などと言う兵士がいました。

 

 ついでに。バチカルの市民や城の兵士に話しかけると、大半がナタリアを讃える言葉を言うんですけど、親善大使としてルークが出発することになった後、兵士の一人が「このような状況でナタリア殿下がおとなしくしているはずが……」と言ってて、なんか笑えました。読まれてるなぁナタリア。


 ヴァンと共に城を出ると、城門にジェイド、ティア、ガイが揃って待っていた。

「兄さん……」

「話は聞いた。出発はいつだ?」

 ヴァンが妹に顔を向ける。「そのことでジェイドから提案があるらしいですよ」とガイが言った。

「ヴァン謡将にお話しするのは気が引けるのですが……まあいいでしょう」

 そう前置きして、ジェイドは話し始める。

「中央大海を神託の盾オラクルの船が監視しているようです。大詠師派の妨害工作でしょう」

「大佐……」

 何か言いかけるティアを「事実です」と制して、「まあ大詠師派かどうかは未確認ですが。――とにかく海は危険です」と結論付ける。

「じゃあどうするんだよ」

「海へおとりの船を出港させて、我々は陸路でケセドニアへ行きましょう。ケセドニアから先のローテルロー海はマルクトの制圧下にあります。そこからなら、船でカイツールへ向かうことは難しくありません」

「なるほど」とヴァンが頷いた。

「では、こうしよう。私がおとりの船に乗る」

「えー!?」

 あからさまな不満声をルークはあげた。

「私がアクゼリュス救援隊に同行することは発表されているのだろう? ならば、私の乗船で信憑性も増す。神託の盾はなおのこと船を救援隊の本体だと思うだろう」

「よろしいでしょう。どの道あなたを信じるより、他にはありません」

「だけど!」

「ルーク。私を信じられないか?」

「……分かったよ」

「では私は港へ行く。ティア、ルークを頼むぞ」

 そう言い置くと、ヴァンは一行と別れて去っていった。

「ちぇっ。折角師匠せんせいと旅が出来ると思ったのに」

 呟くと、ティアが例によってたしなめてきた。

「仕方がないわ。前の時のように、船上で襲われたら危険だし」

「そうですね。砂漠越えも過酷ではありますが、逃げ場はあります。こちらの方が襲われた際には対応しやすいでしょうね」

「襲われないことが前提なんだろ」

 同調してきたジェイドからルークはツンと顔を逸らす。ガイが苦笑した。

「けど、神託の盾オラクルの連中は、しつこいからな〜」

「ええ。警戒はしておいた方がいいでしょう。

 とにかく、こちらは少人数の方が目立たなくて済みます。これ以上同行者を増やさないようにしましょう」

 ジェイドが言う。「話を通しておきますので、街の出口で待っていて下さい」と、彼も歩き去った。

「で、残ったのが冷血女と女嫌いか……」

 膨れ面のルークは呟く。ヴァンは行ってしまった。ガイ(と、ミュウ)はともかく、また冷血女と鬼畜眼鏡に挟まれて旅をすることになってしまったのだ。ついさっきまで抱いていた旅への期待はペシャンコにしぼんでしまった。

「誤解を招く言い方するな! 女性は大好きだ!」

「女好きだと声高に言うのもどうかしら……」

「そ、そうじゃないっ! そうじゃなくて!」

「さあ、行きましょう」

 ガイの弁明を無視してティアはさっさと歩き出す。ルークもそれに従うと、後ろからガイの叫びが追いかけてきた。

「人の話を聞け〜っ!」





「ルーク様ぁ!」

 街の出口近くに至った時、甲高い少女の声が聞こえた。波を持った黒髪をツインテールにした少女が、満面の笑顔で駆け寄ってくる。

「ひっ……」

 その突進を前にしてガイが顔を引きつらせて飛び退いた。少女は更にティアを押し退けて道を開け、ニコニコ笑ってルークに向かう。

「逢いたかったですぅv ……でもルーク様はいつもティアと一緒なんですね。……ずるいなぁ」

「あ……ご、ごめんなさい。でも安心して、アニス。好きで一緒にいる訳じゃないから」

(なんか傷つく……)

 ルークは思った。口には出さなかったが。

「アニス。イオン様に付いていなくていいんですか?」

 その時、背後からジェイドが歩いて来た。話を通し終わったのだろう。

「大佐! それが……朝起きたらベッドがもぬけの殻で……。街を捜したら、どこかのサーカス団みたいな人が、イオン様っぽい人と街の外へ行ったって……」

「サーカス団? おい、まさか……」

 ガイがハッとした顔をし、ジェイドが静かに結論付ける。

「やられましたね。多分漆黒の翼の仕業だ」

 ようやくルークが合点した様子で叫んだ。

「なんだと!? あ、そういえば神託の盾オラクルの奴と何か話してたな。あいつらグルか!」

「追いかけようぜ!」

 即座にガイが言ったが、アニスは眉尻を下げた。

「駄目だよ〜! 街を出てすぐのトコに六神将のシンクがいて邪魔するんだもん」

「……まずいわ。六神将がいたら私たちが陸路を行くことも知られてしまう」

 ティアが考え込む仕草をする。

「ほえ? ルーク様たち船でアクゼリュスへ行くんじゃないんですか」

「いや、そっちはおとりだ」

 そうルークは返して、「くそ、何とかして外に出ないと……」と唇を噛んだ。

「それなら私も途中まで連れてって! 街の外に出られればイオン様を捜せるから!」

「ジェイド、どうする?」

 ルークはジェイドを窺う。

「仕方ないでしょう。しかし今回のイオン様誘拐にはモースの介入がないようですね」

「そうですね。怒ってたもん。モース様」

「ということは、やっぱり六神将とモース様は繋がっていない……?」

「だからといって、モースが戦争を求めていることの否定には繋がりませんがね」

「……」

 ピシャリと言われて、ティアは黙り込んだ。一方でルークは首を捻っている。

「六神将はイオンをどうしたいんだ? 前の時は確か……セフィロトってトコに連れて行かれてたよな」

 親書は既に届けられているのだ。今更イオンを誘拐することに何の意味があるというのか。

「推測するには情報が少ないですね。それよりこの街をどうやって脱出するかです」

 その時、考え込んでいたガイが顔を上げた。

「待てよ。……いい方法がある。旧市街にある工場跡へ行こう。天空客車で行けるはずだ」

「工場跡? 分かった」

 殆ど反射的にルークは頷いている。

「ガイ〜。どこから行けばいいの? その工場跡って」

「港へ行ける天空客車の反対側に、兵士たちが立っていた乗り場があったろ。あれが工場跡へと直結している天空客車なんだよ。昔はあそこに勤めていた人たちが利用していたらしいが、工場が閉鎖してからは、ずーっと使用禁止だったわけさ」

 街の東の斜面にあるその工場跡は、閉鎖された今では魔物の巣窟になっている。その為、立ち入りが禁止されているのだ。

「ふーん。ガイ、何でそんなに詳しいんだ?」

 何気なくルークが問うと、一瞬だけガイは言葉を詰まらせた。苦笑を顔に貼り付ける。

「ガキの頃から……何か、行った事のない所とか見つけると行ってみたくなる性分でね。たまたま見つけたのさ。その時は興味なかったんだけどな」

「ふーん。そうなんだ」

「話してないで行こうよ〜」

「ええ、そうね。行きましょ、二人とも」

 アニスとティアの催促に従って、一行が歩き始めた時だった。

「兄の仇!」

 唐突に背後から一人の若者がジェイドに襲いかかった。ジェイドはいつものように手の中に槍を現出させて攻撃を受け流し、地に転がされた若者をティアが取り押さえる。

「お前! どういうつもりだ!」

 ルークの詰問には構わずに、若者はジェイドを睨み続けていた。

「昨日、港で話を聞いていた! お、お前が死霊使いネクロマンサージェイドだな! 兄の仇だ!」

「話を聞いていたなら分かってるだろう。こちらの方々は和平の使者としておいでだ!」

 ガイが叱責する。

「……分かってる。だけど兄さんは死体すら見つからなかった。死霊使いが持ち帰って皇帝の為に不死の実験に使ったんだ」

「……」

 ジェイドは黙って槍を手の中に霧散させた。様子に気付いたのか、慌てた様子でキムラスカ兵が駆けてくる。

「た、大変失礼いたしました! すぐにこの男を連行します!」

 若者は兵に連行されて行った。

「なんだ、あいつ。馬鹿じゃねぇの?」

「……ルーク。そんな言い方はやめろ」

 一部始終の後でルークが言うと、珍しくガイが不快な顔を見せた。

「あの人のしたことは許される事じゃないが、馬鹿にしていいことでもないだろう」

「ふん。そんなもんかねぇ。それよりジェイド、前から聞きたかったことがあるんだけど」

「――なんですか?」

「お前の槍って、何もないところから突然出てくるよな。どうなってるんだ?」

「コンタミネーション現象を利用した融合術です」

「こんたみ……?」

「コンタミネーション現象」

 ティアが言い直した。

「物質同士が音素フォニムと元素に分離して融合する現象よ」

「ああ。合成なんかに使われる物質の融合性質か」と、ガイ。

「ええ。生物と無機物とでは、音素はもとより構成元素も違います。その違いを利用して、右腕の表層部分に一時的に槍を融合させてしまっておくんです」

「へえ。それで必要な時に取り出すのか。便利だな」

「自分もやりたいなんて言い出さないで」

 ティアがルークに釘を刺した。

「普通は拒絶反応が出て精神崩壊を起こしかねないんだから」

「そうだな。このおっさんだから出来てるんだろうよ」

 ガイも追随する。

「はい。使いこなせるように努力するうちに おっさんになってました。はっはっはっ。さあ、行きましょうか」

 ジェイドは一行を促して歩き出す。素直に従っていくルークを見送りながら、ガイは立ち止まっている軍人二人に問いかけた。

「なあ、さっきの奴が言ってた噂……」

「そうね。軍人たちの間では有名な話よ。戦場で死体を回収して死者を甦らせようとしているって」

「マルクト軍の第三師団は死人しびとの軍だって噂があったくらいだもんね。実際会ってみたら違ってたけど」

「……死者を、ねぇ……」

 ティアとアニスの答えを聞きながら、ガイは少しばかり思いに沈んだようだった。


 ルークの傍若無人っぷりはとりあえず置いておいて、ティアも何気に毒舌家ですよね。

「安心して、アニス。好きで一緒にいる訳じゃないから」

 ……本人のいる前で言うなよ〜。城門でルークに「冷血女」呼ばわりされたのが余程ムカついてたのだろーか?

 この頃のティアとルークは互いを傷つけ合いまくってますよね。さして悪意のない時でさえ。(結局のところ、二人揃ってお子様ってことですね。)

 

 ゲームでは、工場跡へ行く前に強制イベントが一つ入ります。

#中心街への昇降機を降りて歩いていく一行。
ガイ「ああっと、そうだ。皆、ちょっといいかな」
#一行、立ち止まって振り返る。
ティア「どうしたの?」
ガイ「いつかルークに見せてやりたいと思ってた場所があってね。この機会に連れていきたいんだが……」
ルーク「俺を? おもしれぇトコなのか?」
アニス「だけどイオン様がっ!」
ガイ「それはわかってる。けど、こいつが長いこと閉じこめられてたってのも考慮してやってくれないか? それに旅にも役立つことなんだ。頼むよ」
アニス「……じゃあちょっとだけだからねっ」
ガイ「すまない。みんなも、悪いな」

#ミヤギ道場。道着を着た老人が立っている。
ミヤギ「いらっしゃい」
ガイ「ここだよ」
ルーク「なんだよ、ここ?」
ガイ「民間の道場さ。おまえ、剣術が好きだろ? ここなら色々練習ができるからな」
ルーク「へえ〜!」
ミヤギ「ここは武術に携わる者に……うん、なんじゃ心得はあるようじゃの?」
ティア「わかるのですか?」
ミヤギ「まあな。その者が持つ独特の空気……などでの。……しかし、まだまだとみえる」
ルーク「……なんだと」
ミヤギ「まあ、待て。短気は損気じゃ。弱いと言っておるのではない。創意工夫が足りんのじゃ」
アニス「創意工夫?」
ミヤギ「うむ。技なんぞはその使い方で より違う効果を生み出せる。使い手の磨き方で、技なんぞ千差万別となろう」
ルーク「具体的にはどうすりゃいいんだよ」
ミヤギ「だからそれをこれから教えようというのじゃ」

ミヤギ「……という訳じゃ」
ジェイド「なるほど。キムラスカの武術については色々噂に聞いていましたが……これは面白い」
ミヤギ「武術に秀でたバチカルならではの技法じゃ」
アニス「でも、私たちこの国の……」
ミヤギ「ああ、何、構わぬよ。伝わらぬ技法なぞ、磨かれぬ。ならば必要な者に語るべきじゃ。あとは活かすも殺すもその者次第……というところかの?」
ガイ「なるほど……」
ティア「では、確かに伺いました」
ミヤギ「何か戦うことで聞きたいことがあれば遠慮なく聞くがいい。この扉は誰にでも開かれ 知りたいと願う者、全てに語るため、ここにある。更なる鍛錬に向け わしからの手向けじゃ。受け取るが良い」
 カーマインチャンバーを手に入れました
 ムーンセレクタを手に入れました
 メニューのFSチャンバーが使用可能になりました

 要するに戦闘系のゲームシステムを動かすためのイベントなんですが、ちょっと面白いのは、イオンがさらわれたという緊急事態なのに、ガイがそれよりもルークに道場を見せるのを優先しているところ。

 道場を見せたかったのなら昨日見せていればよかった気がしますが、その時は忘れていて、後になって「あっあそこを見せてやればよかった」と後悔してたんでしょうか。また、「旅に出る前にもう少し実戦的な戦い方を教えてやらないと、この先ルークが危険だな」と考えたり。ルーク大好きだねぇお兄さん。

 

 なお、ここで街の宿屋に泊まると、アニスが料理のレシピを書き留めるイベントが起こり、炒飯のレシピが入手できます。

 このレシピはゲーム後半でも入手可能なので、ここで無理して入手しなくても大丈夫ですが、ここで入手する場合と後に入手する場合ではイベントの内容が異なるので注意です。(アニスとルークの関係が変わるため)

長髪バージョン
#宿屋の部屋で、うずくまってノートに何か書き込んでいるアニス。
ルーク「ん? アニスなにしてるんだ?」
#アニス、立ち上がる。
アニス「さっきの料理のレシピを宿の人に聞いたんで まとめてるんですぅ〜」
 炒飯の作り方を覚えました
ルーク「ふーん。アニスって結構料理好きなのか?」
アニス「はいv これも花嫁修業♪」
ルーク「へ、へぇ……」
アニス「ちょっとキムラスカとマルクトだと、味の濃さの好みが違いますけどぉ。大丈夫! ルーク様 の好みにばっちりあわせちゃいます♪」
ルーク「おう。今度つくってくれよ」
アニス「はーい」

 つくづく、アニスは努力家ですね。

 アニスは料理が大の得意で、盛り付けも上手いし品のいい味付けをするんだとか。ルークに言わせると「ウチのシェフよりもウマイんじゃねぇの?」だそうです。スゴい。

 ゲームが進んでルークが短髪になってからこのレシピを取ると、以下の内容に変わります。

短髪バージョン
#宿屋の部屋で、アニスが両こめかみを押さえて考え込んでいる。
ルーク「ん? アニスなにしてるんだ?」
アニス「さっきの料理のレシピを宿の人に聞いたからまとめてるの」
 炒飯の作り方を覚えました
ルーク「へぇ。アニス料理好きだもんな」
#アニス、ルークを見る。
アニス「まね〜。後かたづけはあんまり好きじゃないんだけど。それにしてもバチカルの料理って材料はマルクトやダアトのものとは変わらないのに味付けがちょっと濃いから さじ加減難しいね」
ルーク「ふーん。そうなのか」
アニス「でも、みんなの好みもわかってきたから大丈夫だよ。今度作ってみるね」
ルーク「ああ」

 ……ルークはマルクトでご飯食べても味が薄いとは感じなかったらしい。結構味オンチ? それとも薄味好みなのでしょうか。

 

 廃工場へ行く前にあえて港へ行くと、ジェイドが仇として狙われるサブイベント「コンタミネーション1」が起こります。

「コンタミネーション現象」は、実は終盤に関わる大きな伏線。


 天空客車乗り場の東の外れに、今は使われていない一角がある。

 一行を先導してそこに入ったガイは、足を止めて訝しげな顔をした。

「おっかしいなぁ。いつもここには兵士がいる筈なんだが……」

「兵士? なんで?」

「立ち入り禁止なんだよ」

 ガイがルークにそう返した時、向こうを歩いていた男が立ち止まって、「そこの兵士さんなら、城から呼び出されたとかでいなくなっちまったよ」と告げた。

「あんたたちも工場跡に行くのかい? さっきも若い女の子が天空客車に乗ったけど、最近はそういうのが流行ってるのかねぇ」

 それだけ言うと、男は歩き去っていく。ルークたちは顔を見合わせた。

「ん? 誰か行ってるってこと?」

「ま、いいんじゃねぇの? それよかこいつに乗るんだろ。さっさと行こうぜ!」

 ルークが促す。音素力フォンパワーによる動力は入っており、操作可能だ。支索にぶら下がった客車は宙を滑り始めた。





 バチカル廃工場。都市の下層に位置するこの工場には、陽は殆ど射さない。換気口などから漏れ落ちた僅かな光による薄闇の中に、金属製のパイプや床、梯子で構成された広大な空間が広がっている。

「バチカルが譜石の落下跡だってのは知ってるな」

 暗い空間に硬い足音を響かせながら、ガイが仲間たちに言った。

「ここから奥へ進んでいくと、落下の衝撃で出来た自然の壁を突き抜けられるはずだ」

「なるほど、工場跡なら……」

「――排水を流す施設がある」

 ジェイドとティアは合点した顔になった。

「そういうこと。ここの排水設備はもう死んでるが、通ることはできるはずだ」

 ――と。

「まあ、ガイ。あなた詳しいのね」

 不意に、背後から女の声が聞こえた。ぎょっとして振り向いた一行の目に映ったのは……。

「見つけましたわ」

 鷹揚に笑った彼女を見て、ルークはポカンと口を開けていた。

「なんだ、お前。そんなカッコでどうしてこんなトコに……」

 ルークの婚約者にして従姉。この国の王女であるナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアが、目の前に立っていた。

 ただし、今日は普段のようなドレス姿ではない。長袖のシャツに濃い色のタイツ、白いロングブーツを履き、背には矢筒を負っている。

「決まってますわ。宿敵同士が和平を結ぶという大事な時に、王女のわたくしが出て行かなくてどうしますの」

「……アホか、お前。外の世界はお姫様がのほほんとしてられる世界じゃないんだよ。下手したら魔物だけじゃなくて、人間とも戦うんだぞ」

「わたくしだって三年前、ケセドニア北部の戦で、慰問に出かけたことがありますもの。覚悟は出来ていますわ」

「慰問と実際の戦いは違うしぃ。お姫様は足手まといになるから残られた方がいいと思いま〜すv

「失礼ながら、同感です」

「ナタリア様、城へお戻りになった方が……」

 それぞれの表情で言ったアニス、ティア、ガイを、ナタリアはキッと睨みつけた。

「お黙りなさい! わたくしはランバルディア流アーチェリーのマスターランクですわ。それに、治癒術師ヒーラーとしての学問も修めました! その頭の悪そうな神託の盾オラクルや無愛想な神託の盾オラクルより役に立つはずですわ」

「……何よ、この高慢女ぁ!」

 指をさされて『頭の悪そう』と断言されたアニスは、既に身分も忘れて暴言を吐き返している。ナタリアはせせら笑った。

「下品ですわね。浅学が滲んでいてよ」

「呆れたお姫様だわ……」

『無愛想な神託の盾オラクル』であるティアが、頭痛をこらえるように片手で頭を押さえた。

「これは面白くなってきましたねぇ」

 見る見る険悪になっていく女性陣の様子を見るジェイドは、実に楽しそうである。いっそ無邪気な笑顔と言えるほどにすがすがしく笑っている。が、ガイは「……だから女は怖いんだよ」と、俯いて青ざめていた。まあ、それはともかく。

「何でもいいから、ついてくんな!」

 いい加減、ルークの口調に苛立ちがにじみ出してくる。元々忍耐強い方ではないのだし。しかしナタリアは落ち着いたもので、つかつかとルークの側に近付いてくると、「……あのことをバラしますわよ」と小声で言った。

 別に、耳に囁いたなどというわけではない。多少小声でもナタリアの声はよく響いたので、その場の全員がルークを見た。

「……あ、あのことって、何だよ」

「わたくし、聞いてしまいましたの。あなたがヴァン謡将と城の地下で……」

 最後まで言わさず、ルークはナタリアの手を取ると隅に走った。声を潜めて問い詰める。

「おい、どこまで聞いた!?」

「あなたを誘拐したのがあの方で、ダアトに亡命なさる……ということですわ」

「……その前は?」

「聞いていません。わたくし、立ち聞きしに行った訳ではありませんもの。ただあなたに、わたくしを連れて行ってくださるようお願いしようと思って……」

「……連れて行ったら黙ってるか?」

「亡命なさっても、わたくしとの約束を思い出していただけるなら」

「……よし、指切りだ」

 ルークは小指を差し出した。ナタリアも引かれたように小指を出して、そこでふと手を止め、ルークを見やった。

「……指切り、お嫌いではなかったの?」

「へ?」

「……いいえ。何でもありませんわ」

 二人は小指を絡め、約束の動作をした。

 この一部始終を、離れた場所から仲間たちは見ていたわけだが。指切りを終えた二人が戻ってきて、「ナタリアに来てもらうことにした」とルークが告げると、全員が白い目で見たので、流石のルークも冷や汗をかいた。無意味な笑みが浮かんでしまうのは何故だろう。ナタリアは気にした様子もなく「よろしくお願いしますわ」と微笑んでいる。

「……ルーク。見損なったわ」

 ティアが睨んできた。

「う……うるせーなっ! とにかく親善大使は俺だ! 俺の言うことは絶対だ! いいな!」

「あ、そうですわ。今後わたくしに敬語はやめて下さい。名前も呼び捨てること。そうしないと王女だとばれてしまうかもしれませんから」

 険悪な空気を意に介さず、ナタリアは笑ってそう命じた。

「では、早くここを抜けてしまいましょう!」

なぁ、ルーク。いいのか? このまま連れていっちまっても

 ガイが小声で訊ねてくる。

しょーがねーだろ……。ここで うだうだしててもしょうがねーしよ

 ルークも小声で言い返した。

「お守り役は大変でしょうねぇ。同情します」

 ジェイドも声を抑えていたが、実に楽しそうだ。ガイが憮然となった。

「あんたはお守りしないって口振りだなぁ」

「はっはっは。当然じゃないですか。謹んで辞退しますよ」

「何をこそこそやっているんですの?」

 ――と。ナタリアが鋭く睨んできた。

「殿方ならこそこそせずに、堂々となさい。それが紳士のたしなみではなくて?」

「おや。怒られてしまいました」

 ジェイドは朗らかに笑う。釣られたように、ナタリアも太陽のように力強い笑顔を見せた。

「さぁ、一刻も早くアクゼリュスへ!」

「わーったって」「そうですね」「了解」

 口々に応えてナタリアの後を歩き出した男たちを見て、アニスは首を捻っている。

「なーんか、男性陣の物分りがいい気がするんですけど」

「いいことだと思うけど……」

 そう返しながらも、ティアの浮かべる笑みは何とも微妙な感じだ。

「複雑な気もする……」

 同じ表情になってアニスも呟いた。




「ナタリア……、俺とヴァン師匠せんせいの話、伯父上や父上に話してねぇだろうな?」

 廃工場を行きながら、ルークはナタリアに小声で訊ねていた。

「話していませんわ」

「ホントか?」

「ええ。あなたが決めたことに対して、差し出がましいことは言うつもりはありませんし、人の秘め事をぺらぺら話すような軽い口も持っておりませんわ」

「そうか、分かった。そのまま誰にも話さないでくれよ」

「ガイにも伝えないつもりですの?」

 一瞬、ルークは沈黙する。

「……ああ。師匠せんせいに言われたからな」

「そう……分かりましたわ」

 ナタリアは僅かに寂しげな目をしたが、それ以上は何も言わなかった。


 廃工場を行く間、ナタリア様大爆発です。

 言うことは全くの正論。まっすぐかっちり正義で前向き。やや独善的な面もあるものの、案外素直な面もあり、納得すればすぐに謝罪して改めるなど、悪い人では全然ないのですが、この頃のナタリアは空気をイマイチ読めてないのでちょっと浮いている。

 

 このゲームでは戦闘後にキャラクターが勝ち台詞を言うのですが、条件によって実に様々なバリエーションがあります。で、この廃工場でアニス、ティア、ナタリアの三人娘(正確には「ナタリアとティア」か「ナタリアとアニス」)をパーティに入れておくと、定まった確率で戦闘終了後に口ゲンカを始めます。

 ケセドニアに着くと「少し仲良し」になるようで、ライバル的に互いを認め合う勝ちボイスに変わるんですが。更にその後、崩落編の戦争イベントになると「凄く仲良し」なやり取りに変わるようです。女性陣は、心を開き合って本当に仲良くなるまでかなり時間が掛かってるんですね。

 そんなわけで口ゲンカ勝ちボイスはかなりの期間限定。ちょっと貴重かも。

 

 ボイスといえば、アニスは戦闘メンバーにジェイドとルークがいるかいないかで戦闘中のボイスが変わります。ぶっちゃけ、金持ち男性のジェイドとルークの前では猫を被ってる。(ガイはどーでもいいらしい。)

 ジェイドとルークがいない時は全体的に口が悪くなって、秘奥義出す時には「やろーてめーぶっ殺ーす!」と叫んでくれます。(笑)

 

 工場に入って割りとすぐのところに半分だけの梯子がありますが、これは崩落編に入ってミュウウイングを修得してからでないと上れません。その先の宝箱を開けるためには、更にレプリカ編に入ってミュウファイア2を修得する必要があります。


「もー、ちょろちょろ邪魔だよっ」

「そちらこそ大きくて邪魔ですわ」

「あったまきた! いつか潰してやる」

「返り討ちにしてやりますわ。――それよりティア。もっと早く援護して下さらないこと?」

「むやみに敵に突っ込む方も悪いわね」

「んまぁ。無愛想な上に嫌味まで。最低ですわね」

 廃工場を徘徊する魔物と戦った後、三人の少女は喧々けんけんと言い争っていた。もうずっとこんな調子だ。ルークとしてはうんざりするよりない。

「……ふぅ。鍛錬と違い、実戦はなかなか難しいものですわね」

「……だったら帰ればいいのに」

 ぼそりとルークが言うと、ナタリアはたちまち柳眉を逆立てた。

「冗談ではありませんわ。わたくしは帰りません! それに今だって、わたくしの治癒術が役に立ったではありませんか!」

「確かに今まで治癒術を扱えるのはティアだけだったからな。第七音譜術士セブンスフォニマーであるナタリアが、治癒術師ヒーラーとして同行してくれるのは、ありがたいかもしれないが……」

 治癒術には第七音素セブンスフォニムを扱う天性の素養が必要だ。そして、その素養のある人間の数は多くはない。

「ガイ! ナタリアが付いて来たら、お前だってコキ使われて大変なんだぜ……

 ボソボソと親友兼使用人の耳に囁いていると、「ルーク! 約束を忘れましたの?」と、ナタリアが睨みつけてきた。

「う……」

「とにかく、わたくしが同行することは、あなた自身が了承しましたのよ? これ以上とやかく言うような未練がましいマネはお止めなさい。よろしいですわね」

「……ちぇっ、説教魔人」

 口を尖らせて呟くと、再びナタリアの眉が逆立った。

「お黙りなさい!!」

「いってぇ! ……くっそー、これじゃあ暴力魔人だよ……」

 耳を引っ張られて、ルークは情けない顔でぼやきを上げている。

「ま、まあまあ二人とも……。それより、腹が減らないか? ここらで少し休憩して飯でも食おうぜ」

「そうね。日が射し込まないからよく分からないけれど、そろそろ半日は経っていそうだし……」

 ガイの提案にティアが賛同した。アニスとジェイドが会話を続けている。

「えーと、じゃあ、今回の食事当番は……」

「ルークですね。以前からの順番でいくと」

「俺ぇ!?」

 思い切り嫌そうな顔になったルークの傍らで、ナタリアが緑の瞳をきょとんと見開いていた。

「食事当番? ルーク、あなたが料理をするんですの?」

「そ、そうだぜ。ここは城じゃねーんだからな。野宿だってするし、出来ることは何だって自分でやらなきゃならねーんだ」

 胸を反らしてナタリアに言ったルークを見ながら、他の仲間たちはそれぞれ笑いをこらえていた。かつて、殆どそのままの言葉をルークがティアに言われていたことを知っているからだ。

「まぁ……。ええ、そうですわね。ルーク、あなたの言うとおりですわ。何事も自分でやってみなければ。そうですわ、今日の食事は、わたくしが作りますわ」

「お前が? まぁいいか。じゃ、頼んだからな」

「お任せなさい!」

 まんまと当番をナタリアに押し付けることに成功して、これ幸いとルークはその場を離れた、のだが。




 かなり時間が経過した後で、ようやく目の前に出された『料理』を見て、ルークはあんぐりと口を開けていた。彼だけではない。他の仲間たちも、それぞれリアクションに困ったように表情を固めている。

「これ……何だ……?」

 答える者は誰もいなかった。目の前に置かれている真っ黒い塊は、一見して……いや、凝視しても、一片の炭にしか見えない。

「ルーク、どうぞ召し上がって」

(食うのかよ、これを)

 果たして、これは人間の食べ物なのか。そう思いはしたが、期待と不安に満ち満ちたナタリアの視線に逆らえず、それをルークは口に運んだ。

「……うぇっ」

「ル、ルーク! そんな顔するな。ナタリアに悪いだろう

 隣に座っていたガイが、小声で言いながら肘で突いてくる。

「……だ、だってまずいからよぅ」

「ルーク!」

「……いいんですのよ。本当に美味しくありませんもの。わたくし、料理が苦手だったんですわ」

 悲しそうに言って、ナタリアは顔を俯かせた。

「苦手とかそういう次元じゃないよな」

「お前の料理だって食えたモンじゃないだろうが」

 ガイはナタリアを気にしながらルークを小突いている。

「確かに、ルークの作るものは一風変わっていますね」

 ジェイドが皮肉な笑みをこぼした。

 正直、ルークが食事当番の時は、食材をどぶに捨てるような気持ちだ。しかし『仲間の一員である以上、ルークにも雑事を課すべきである』との強固なティアの主張があったため、彼にもその機会が与えられていたのである。

「ルークの料理は前衛的だよな」

 その味を思い出したのか、ガイが苦笑いを浮かべて声を震わせた。

「あのな。ナタリアよりはマシだぞ」

 ツンとしてルークが言うと、アニスが口に手を当ててケタケタと笑う。

「あはは。そりゃ人類史上最悪の料理と比べればマシですよぅ」

「……人類史上最悪で悪かったですわね」

 俯いていたナタリアが、ぬぅ〜と顔を上げた。「げ……」とルークたちは表情を引きつらせる。

「……わたくしだってこのままではいけないと思ってますのよ。でも何故か食材の方が美味しく料理されるのを嫌がるんですわ」

「何故か、って……。せめて火加減くらい見ればぁ?」

 真っ黒こげじゃん、とアニスが指摘すると、ナタリアは「火加減、とは……?」と不思議そうな顔をした。

「そりゃ、ちゃんとしたコンロじゃないから火力の調節なんて出来ないけど、鍋を遠ざけたりとか、色々出来るでしょ?」

「鍋……。まぁ、料理にはそれを使うものなのですね」

「はぁ!? お前、鍋も使わねえで、どうやって料理したんだよ」

 ルークが問うと、ナタリアは笑顔で答えた。

「食材に火が通ればよろしいのでしょう? ですから、直接火に入れたのですわ」

 ナタリア以外の全員が沈黙した。

 確かに、世の中にはそういう調理法も存在する。するが、その場合は食材を濡らした紙や葉に包むなどの下ごしらえが必要なのだ。しかし、ナタリアは文字通りそのまま投げ込んだ、らしい。

「そりゃ、食材を焚き火の中に放り込んだりしてれば、炭にもなるよな……」

 ルークが息を吐いた。こと料理に関しては同率レベル0の王族二人だが、鍋という調理器具の存在を知っていただけ、ルークの方がまだマシだったようだ。

 この事実を、ナタリアは厳粛に受け止めたようだった。

「この際、徹底的に料理の修行をした方がいいかもしれませんわね」

「そうだそうだ。マズイもの食わされる方の身にもなってみろ。俺たちの為にも少しは練習しろよな」

「……ホントに失礼ですわね!」

 ジロリとナタリアがルークを睨む。ガイが笑って割り入った。

「まあまあ。ルークもここまで言うんだから、当然味見役として協力してくれるさ」

「げ……」

 調子に乗りすぎたルークへのペナルティだ。引きつった彼を見て、高らかにナタリアが笑いを上げた。

「……ホホホホホ! そうですわね。たっぷり食べていただきますわよ!」

 どうやら、これからの旅はルークにとって辛いものになりそうである。





 果たして休憩になったのかはともかくとして、一行は再び廃工場を進み始めた。思いの外にここは広い。既に幾つかの昇降機を乗り継いでいる。これだけの広大な区画がどうして閉鎖され、今に至るまで放棄されているのだろう。

「おい、ナタリア! もう少しゆっくり歩けよ!」

 堪りかねてルークが呼びかけると、先頭を一人でさっさと歩いていたナタリアが足を止めて振り向いた。

「なんですの? もう疲れましたの? だらしないことですわねぇ」

「そ、そんなじゃねぇよっ!」

「……うはー。お姫様のくせに何、この体力馬鹿」

 アニスがげんなり顔で呻いている。

「何か仰いました?」

「べっつにー」

「導師イオンがかどわかされたのですよ。それにわたくしたちは、苦しんでいる人々の為に、少しでも急がなければなりません。違っていまして?」

「確かにその通りだけど、この辺りは暗いから、少し慎重に進んだ方がいいと思うわ」

 ティアが言った。

「そうですよ、ナタリア様。少しゆっくり歩きませんか?」

「ガイ! わたくしのことは呼び捨てにしなさいと言った筈です」

「おっと。そうでした。失礼……ではなくて、悪かったな」

 言い直して、ガイはニッと笑う。

「ナタリア。この六人で旅する以上、あなた一人にみんなが合わせるのは不自然です。少なくともこの場では、あなたは王族という身分を捨てている訳ですからね」

 静かにジェイドがたしなめると、ナタリアは小さく息を呑んだ。

「……確かにそうですわね。ごめんなさい」

「あれ、案外素直」

 アニスが目を丸くする。たちまち、ナタリアの目が三角になった。

「いちいちうるさいですわよ」

「…………」

 ティアは額を押さえて溜息をついている。

「やー、皆さん理解が深まったようですね。よかったよかった」

「……どこがだよ。サムイっつーの」

 朗らかに言ってのけたジェイドを睨み、ルークはむき出しの腕をさすった。

「だけど、確かにこの辺は暗いよな」

「ああ。表示やスイッチがあっても見落としていそうだ」

 ルークとガイは辺りを見回す。この辺りには換気口が見えず、日の光が全く射していない。あるいは、既に日が落ちてしまっているのだろうか。

 見回していたルークは、一角を見やって顔を顰めた。

「ん? このドラム缶の中、くせーぞ」

「オイルが溜まっているわ。どうやら可燃性のようね」

 中を覗いてティアが言う。

「ふーん……。――そうだ! おい、ブタザル」

 無造作に掴み上げられて、ミュウは驚いて「みゅ?」と鳴いた。

「なんですの、ご主人様」

「いいから、あのドラム缶に火ぃ吹け!」

「みゅ、みゅううう〜」

 振り回されたミュウの吐いた炎が缶の中に入る。たちまち油が燃え上がって明々と輝いた。

「ほぅ……。なるほど、照明代わりですか」

「これで周りがよく見えるな」

「さすがですわ、ルーク」

「ルーク様、すご〜いv

「へへ……。ま、それほどでもあるかな」

 口々に感心する仲間たちを前にルークは得意げに胸を張る。――と。ジェイドが緩く笑んで言った。

「ルーク、ミュウに炎を吐かせる時は、慎重にお願いしますよ」

「へ? どうしてだよ?」

 きょとんとしてルークは見返す。

「私たちが火を灯している廃油は、周囲の配管にまだ残留している可能性があります」

「だから?」

 呆れたようにティアが口を挟んだ。

「分からないの? 下手をすれば配管を通じて火が回って、大火事になるわ」

「げ……!?」

「その可能性は充分考えられるな」

 ガイも深刻な様子で頷いている。

「……へっ! 誰がそんなミスするかよ! おい、ブタザル! てめぇ、変なところに火ぃ吹いたらぶっとばすぞ!」

「はいですの……責任重大ですの」

 怒鳴りつけられたミュウは至極緊張した顔で頷いた。

「……お? こっちに操作盤があるぜ」

「ホントかよ、ガイ」

「何の操作盤なんですの?」

「これは……天空客車のだな。この工場区画の内部を繋ぐ路線のものみたいだ」

「それに乗ったら、この工場跡を抜けられるんだね。早く行こうよ〜」

「ええ、行きましょう」

 仲間たちが歩き去った後にジェイドはまだ立ち止まっている。ドラム缶の中で燃える炎を見やり、真剣な顔で呟いた。

「……一応、言っておいてよかったですね」


 パーティーメンバーのうち、最も料理が下手なのはナタリアです。次いでルークですが、この二人の料理に大差はないそうで。(ゲーム中のイベントで見る限り、ナタリアの料理は食べた人を卒倒させることがあるが、ルークの料理はマズいながらも何とか食べられはするみたいです。)

 次に下手なのはジェイド。しかし彼とルークの間には越えられない溝があり、ジェイドのそれは普通の素人料理です。一番上手いのがアニスで一流料理人顔負け。そして、設定上は次がティア、その次がガイということになっています。しかし実際のゲーム中のイベントを見ていると、ガイの方がティアより上手いように見えます。(彼の料理の味が高く評価されるエピソードが多いからです。ティアは、盛り付けや具の切り方等が兄譲りで男っぽく豪快、と言われるばかりで、あまり味については言及されていません。)

 

 実際にゲームのシステムでキャラクターに料理をさせた場合、設定の料理の上手い下手はアレンジ料理の覚えの早さに影響してきます。料理の上手いキャラほどアレンジ料理を早く覚える傾向があり、回復効果の高い料理が作れるようになります。なお、料理に「成功」する時と「失敗」する時があり、失敗すると色々妙な料理を作ってくれます。

 ……いや、ルークに料理を作らせて、彼が「ぬるぬるしたトースト」とか「焦げたフルーツミックス」を作った時は腹抱えて笑いましたよ。どーやったらフルーツミックスを焦がせるんじゃ。何したらトーストがぬるぬるするんじゃー! ……と思って使用食材見たら、ミルクを使ってた……。ああ……フレンチトースト作りたかったんだなぁ……。ルーク、牛乳苦手なくせに……。甘いものが好きなのだろーか。とかとか妄想したり。

 ちなみにルークは鶏肉とエビが好物。サンドイッチを作ればチキンサンド、玉子丼を作れば親子丼。おにぎりを握ればエビマヨにぎりにしちゃいますよ。全キャラ中嫌いな食べ物が最も多いのはルークですが、嫌いなにんじんが入ってるカレーやシチューを食べさせると、気力(OVL)が下がったりする。そんなに嫌だったのか……。

 他のキャラにもそれぞれ好物と苦手なものが設定されていて、アレンジ料理に好んで使用したり、食べると気力が下がったりします。ルークとティアは揃ってにんじんが嫌いだけど、ミルクはルークは嫌い、ティアは好物だったり。ジェイドの好きな豆腐がガイは食べられなかったり。ガイは魚介類全般が好きだけどルークはエビを除いて魚介類全滅だったり。アニスは嫌いな食べ物無かったり。ルークの嫌いなキノコはミュウの好物だったり。ナタリアはチーズが好きで、ほぼ全ての料理をチーズ味にアレンジしてしまったり。面白いですね。


 幸い、ここでも音素力フォンパワー供給機関は死んでおらず、天空客車を動かすことが出来た。それに乗って階層を移動したが、未だ出口には至らないようだ。

「ガイ、まだ出口ではありませんの?」

 さすがのナタリアも疲れてきたらしく、ぐったりした顔で訊ねてきた。

「そうだなぁ……。俺もここに入ったのは初めてだから何とも言えないよ」

「はぁ……。埃っぽいし、そのくせ油の臭いはしていますし……。嫌なところですわね」

「嫌なら帰れよ」

 ルークが不機嫌そうに呟く。

「まあ! そうやって厄介払いなさるおつもり? 駄目ですわ!」

「……厄介だって分かってんなら、帰ればいいのに」

 アニスが刺々しく言った。

「何か仰いました?」

「ああん、ルーク様ぁ、ナタリアが苛めるよぅ」

 アニスは小走りにルークの後ろに回って隠れるようにする。

「ルーク。あなた、そんな子供の味方をしますの?」

「なによぅ」

「なんですのっ!」

「……あなたたち少しうるさいわ。黙りなさい」

 視線を向けないまま、ティアが抑えた、しかし険しさが漏れ出る声音で言った。いかにもキレる寸前といった剣呑さだ。ガイが強張った笑みを浮かべて取り成した。

「そうだぜ。みんな、疲れてるのは分かるが落ち着いてくれよ。な、アニス。ナタリアも。ルーク、苛々しないで仲良くやろうぜ」

「俺のせいかよっ!」

 ガイの気遣いなど蹴飛ばして、ムッとしたようにルークが怒鳴り返してくる。

だ・ま・り・な・さ・い

 顔を上げてティアが全員を睨みつけた。その迫力に、ルーク、ナタリア、アニスの三人は怯んだように言葉を飲み込む。

一番不幸なのは俺だぞ……

 はぁ、と息をついて肩を落とすと、ガイは口の中で呟いていた。





 何台目かの天空客車から降りた時、ルークがくんくんと鼻を鳴らして首を傾げた。

「なんか臭うな」

「油臭いよぅ!」

「この工場が機能していた頃の名残かな? それにしちゃ……」

 ガイも首を傾げる。これまでもずっと油の臭いはしていたが、今までにない濃密さだ。

 その時、「待って!」とティアが仲間たちを引き止めた。

「音が聞こえる……。……何か……いる?」

 声を潜めて、辺りを窺うようにしている。

「まあ、何も聞こえませんわよ」

「いえ……いますね。魔物か?」

 ジェイドも言った。俄かに緊張が高まり、全員が身構えてそれぞれ武器を取る。ナタリアも警戒しながら辺りを見回していたが、そんな彼女の背に、不意にティアが突進した。

「危ない!」

 叫んで、突き飛ばす。間髪入れず、一瞬前までナタリアのいた場所にドロドロの巨大な油の塊のようなものが落ちてきた。ズシン! と金属の床が鳴動する。

「うわっ! きたーっ!」

 アニスが叫ぶ。ドロドロのそれにルークたちは立ち向かった。


 ここで中ボスのアヴァドンと戦闘です。そんなに苦戦はしないと思われます。

 アヴァドンを倒すと光になって消えてしまいますが。……何故? 後述しますが、この世界で魔物含む生物を殺しても、必ず光になって消えるわけではないのですよね。どうも、なにか特別な条件があるっぽいです。

 

 ガイ様華麗にお守り奮闘中。ルークの世話どころか、ナタリアもアニスもついでにティアも。問題児ばかりで困っちゃう。ジェイドは笑って見てるだけです。うは。


 それを倒すのにさほど時間が掛かったわけではない。だが、暗い場所で正体不明のものと戦うのは、かなり気味の良くない体験ではあった。

「な、なんだったんだ。この魔物はよ……」

 その死骸を見下ろしてルークは嫌そうに顔を歪めている。

「この辺じゃ見かけない魔物だな。中身は蜘蛛みたいだったぜ?」

 ガイも眉を顰めていた。戦ううちにドロドロが流れ落ちていったが、中から現れたのは巨大な蜘蛛のようなものだったのだ。

「廃工場ですもの。蜘蛛ぐらいいてもおかしくはないけれど……」

「油を食料にしているうちに、音素フォニム暴走による突然変異を起こしたのかもしれませんね」

 ティアとジェイドが言葉を交わす前で、巨大な蜘蛛の死骸は光に包まれて消えていった。稀に、生物の死骸はこうして音素フォニム化して消えることがある。

「……あ、あの。ティア」

 おずおずとナタリアが声を出した。

「何?」

「ありがとう。助かりましたわ。……あなたにもみんなにも迷惑をかけてしまいましたわね」

 ティアは軽く目を見開く。「いいのよ」と短く応えた。その口元に緩く笑みを浮かべ――かけた、のだが。

「よくねぇよ。足ひっぱんなよ」

「……」

 ルークには空気を読むスキルというものがまるでないらしい。睨むティアの目に気付かないまま、ガイを返り見て訊ねた。

「ところで、排水施設ってのは一体……」

「下の方じゃないかな。……ん?」

 ガイは目をすがめる。奥に、四角い扉の形に漏れ落ちた光が見えるのだ。

「あれ……非常口だよな」

「調べてみましょう」

 ジェイドに促され、一行はその光を目指す。果たしてそれは工場外に通じた非常口で、高い位置に開いていたが、付属の縄梯子で下に降りられるようになっていた。

「よし、あそこに梯子を降ろせば外に出られるな」

「はいですの、ご主人様。ここを抜ければ、あとは目指せケセドニア! ですのね」

「ケセドニアへは砂漠越えが必要よ。途中にオアシスがあるはずだから、そこで一度休憩しましょう」

 ティアの声が響く中、ナタリアがガイに顔を向けて命じていた。

「ガイ。あなたが先に降りなさい。わたくしが足を滑らせたら、あなたが助けるのよ」

「……俺がそんなこと出来ないの知ってて言ってるよな」

 なんとも困った顔でガイは頭を掻いている。

「だって早くそれを克服していただかないと、ルークと結婚した時に困りますもの」

「ルーク様はもっとず〜っと若くてぴちぴちのコがいいですよねっv 婚約なんていつでも破棄出来ますしv

 言うなり、アニスがルークにがばりと抱きついた。

「……なんですの」

「何よぅ……!」

 二人の少女はバチバチと火花を散らし始める。ルークはアニスを引き剥がそうともがいていたが、タコのごとく絡みつく彼女から、なんとしても逃れられないようだ。やや離れた位置でそれを見ていたティアが、絶対零度の冷たさで言った。

「……ルーク。あなたって最低だわ」

「何なんだよ! 俺のせいかよ!」

「やー、仲が良さそうで何よりです」

 ジェイドは朗らかに笑っている。

「あんたの目は節穴かっつーの!」

 少女たちで構成された三角地帯に囚われながら、ルークは大声で怒鳴り散らした。





 廃工場の外も薄暗かった。いつの間にか雨が降り出している。このために工場の中に日が射さなかったのだと、今になって知れた。

 仲間が全員梯子を降りるのを待って雨に濡れていたルークは、少し離れたところに見知らぬ陸艦が停泊しているのに気がついた。神託の盾オラクル兵たちがおり、烈風のシンクの姿もある中、彼らに拘束されて連れて行かれようとしているのは――イオンだ。

 それを認識するなり、カッと頭が煮えた。

「イオンを……返せぇ〜〜っ!」

 腰の後ろに渡した剣を抜いて、ルークは走っていた。イオンの側に立っていた黒衣に赤髪の男が振り返り、左腰の剣を抜いて怒声を発する。

「……お前かぁっ!」

 ガキン、と剣が打ち合った。その男の声には聞き覚えがあった。そうだ、六神将、鮮血のアッシュ。

 二人は激しく剣を打ち合う。何故か、剣を振るタイミングも、打ち合う力も、取る間合いまでもが同じだった。もう一度刃をぶつけ合い、ギリギリと拮抗しながら睨み合った時――ルークはようやく気がついた。

「お前……!?」

 愕然として目を見開く。今、間近で自分を睨んでいる男の、雨に濡れたその顔。

 同じだった。髪の色は向こうが僅かに暗く、こちらよりもやや毛先が切り揃えられているが、差異はそのくらいで。体格、碧の瞳、顔の造作さえ、何もかも。似ているどころではない。まるで鏡だ。

 ガキン、と弾かれて背後に飛び退る。やや開いた距離で対峙して見詰め合った。

「ルーク!」

 ガイが駆け出しながら叫ぶ。ナタリアが、ティアが、アニスが驚きに息を呑んだ。――ジェイドはじっと見つめている。

「アッシュ! 今はイオンが優先だ!」

 シンクが呼んだ。「分かってる!」と返し、アッシュは剣を収めて身を翻した。去り際にルークを睨み、言い捨てる。

「いいご身分だな! ちゃらちゃら女を引き連れやがって」

 彼らは素早く陸艦に乗り込み、去っていった。

 ルークはただ、それを呆然と見送る。胃の底からぐっと酸い物が込み上げてきて、その場に膝をついて吐いた。

「……あいつ……俺と同じ顔……」

 仲間たちも戸惑っていた。

「……どういうこと?」

 うずくまるルークから視線を移し、ナタリアが仲間たちを見渡す。だが、誰も答えを持っていない。

「ところで……イオン様が連れて行かれましたが」

 ジェイドだけは変わらず飄々としていた。「……あああ!! しまったーっ!」とアニスが喚いたが、もう後の祭りだ。

「どちらにしても六神将に会った時点でおとり作戦は失敗ですね」

「バチカルに戻って船を使った方がいいんじゃないか」

 ジェイドを見やってガイが言ったが、ナタリアはにべも無く言い切った。

「無駄ですわ」

「……なんで」

 立ち上がってのろのろと近付いてきたルークに顔を向け、彼女は語る。

「お父様はまだマルクトを信じていませんの。おとりの船を出港させた後、海からの侵略に備えて港を封鎖したはずです」

「陸路を行ってイオン様を捜しましょう。仮にイオン様が命を落とせば、今回の和平に影響が出る可能性もゼロではないわ」

「そうですよ! イオン様を捜して下さい! ついででもいいですから!」

 ティアとアニスが訴える。ジェイドがルークを見やった。

「決めて下さい、ルーク。イオン様を捜しながら陸路を行くか。或いはナタリアを陛下に引き渡して、港の封鎖を解いてもらうというのも……」

「そんなの駄目ですわ! ルーク! 分かってますわね!」

「あー! うるさいっ! 大体何で俺が決めるんだよ」

「責任者はあなたなのでしょう?」

「……イヤミな奴だよ、ホント」

 ルークはジェイドを睨んだ。しばし黙考して、決断する。

「――陸路! ナタリアを連れてかないと色々ヤバいからな」

 ……正直、気分がゴチャゴチャで考えるのも煩わしいばかりだったのだが。

「イオン様……。どこに連れてかれちゃったんでしょう」

「陸艦の立ち去った方角を見ると、ここから東ですから……。ちょうどオアシスのある方ですね」

「私たちもオアシスへ寄る予定でしたよね。ルーク様ぁ、追いかけてくれますよねっ!」

「ああ……」

 縋るような目をするアニスに頷き返しながら、ルークは思いを巡らせていた。

(それにしても……。俺と同じ顔のあいつ……アッシュとか言ったな)

 思い出すと、吐き気が再び込み上げるような気がした。『自分』がもう一人いるなんて。

(……うすきみわりぃ)




「鮮血のアッシュ、ルークとそっくりだったね」

 ぼんやりと佇むルークを見やりながら、仲間たちは意見を交わし合っている。

「生き別れの兄弟〜……なんてのは、聞いたことが無いけどなぁ。ナタリア、何か知ってるかい?」

「ファブレ公爵の子息はルーク一人のはずですわ……」

「分からないことを考えていてもしようかありません。アッシュ本人から聞くのが一番でしょうが、私たちの目的はそこにはありません。そうではないですか?」

 ジェイドが言うと、アニスは素直に頷いた。

「うん。アッシュのことはやっぱ気になっちゃうけど、今はイオン様を助けないと、だもんね」

「そうですわね。イオンをかどわかしたのもアッシュなのだし、イオンを助け出せれば、この疑問も解けるかもしれませんわ」

「そうだな〜。まずは、オアシスに向かうのが一番ってことだな」

「うん〜。行こ〜」

「よし。――おいルーク、行くぞ」

「……ああ」

 歩き始めた仲間たち――焔の髪を揺らす少年の背を、ジェイドはただ見つめる。

「……逃れられない運命か。――或いはこれすらも預言スコアに記されているのでしょうか」

 口の中で呟いた。その言葉を聞く者は誰もいなかったのだけれども。


 アッシュとの初顔合わせ。

 ルークを含め、みんな驚いていましたが、ジェイドは既にタルタロスで彼の顔を見ていたので冷静です。

 

 それはそうと、「ちゃらちゃら女を引き連れやがって」と捨て台詞を吐くアッシュ。

 この時点では、パーティの女性メンバー全員が「ルークに気がある」状態でした。それが憎たらしかったんでしょうか? 羨ましかったの? そういえば以前カイツールで突然襲って来たのも、ルークがアニスに抱きつかれて懐かれてた直後でしたが。


 バチカルから東南へ進み、東アベリア平野を抜けて街道を北に上ると、ザオ砂漠と呼ばれる広大な砂の大地が広がっている。この惑星上で唯一の砂漠地帯だ。寒暖の差が厳しく、時に砂嵐が起こることすらあるこの難所を抜けるには、通常なら陸艦か、せめて小型恐竜うまを使うところなのだが、ルークたちは徒歩だった。成り行きとはいえ、自虐とも言える過酷な道を行く一行である。

「うー。早くイオン様を見つけないと……」

 砂に足先を埋めて歩きながらアニスが唸っている。バチカルを出てから既に数日を経ていた。ティアも不安げな顔だ。

「命に危険はないと思うけど、心配だわ」

「ってか、神託の盾オラクルの連中の目的は何なんだ? 平和条約の妨害なら、俺らを邪魔するのがスジってもんだろ?」

 流れ落ちる汗を拭いながらルークは言う。

「イオン様をさらわないとダメなワケは、別にあるってこと?」

「そういう事になるわね……」

「ったく。めんどくせー」

 敵の思惑。起きていることの意味。分からない事だらけだ。……おまけに、砂漠はシャレにならないほど暑くてしんどいし。

 うんざりしてぼやくと、アニスがぷっと頬を膨らませた。

「そんなこと言わないで〜。ルーク様〜」

「わ、分かってるよ。ともかく、神託の盾オラクルのヤツに追いつかないとな」

「そうね」と、ティアが頷く。

 だが、砂漠越えは想像以上に辛い。何故か一人で涼しげな顔をしているジェイドは別にして、健康な成人男性のガイや、軍人として訓練を積んだティアやアニスでもそうだろう。まして、王宮育ちのナタリアは何をかいわんや、であった。

「……ナタリア、大丈夫かい?」

 見るからに辛そうなナタリアをガイが気遣う。

「……アクゼリュスの皆さんの苦労を思えば、これしきのこと……」

「とはいえ、辿り着く前に倒れては無意味です」

 ジェイドが言った。

「……え、ええ。それは」

「私かガイの後ろを歩きなさい。今なら日差しの関係で日陰になっています。少しはマシでしょう」

「わたくしはっ!」

「女性が体力的に劣るのは当然のことです。あなたには別の力を期待しています」

「そういうことだ。ナタリア、分かるね」

「え……ええ。そうですわね。お気遣いありがとうございます」

 ガイに優しく微笑まれ、不承不承頷いてナタリアは謝辞を述べた。

 一連の会話をルークはただ傍観していたが、不意に怪訝な顔になって口を挟む。

「ん? ……ちょっと待てよ。なんで俺はひさし扱いにならねぇんだ?」

「背が低いからじゃないか?」

 ガイの応えは明快だった。

 ルークは身長171cm。決して低くはないのだが、長身のガイやジェイドに比べると10cm以上低い。

「……き……気にしてることを……。今に伸びるんだよ!」

 喚くルークの声音はちょっと悲壮を帯びている。





 ザオ砂漠のほぼ中央に大きなオアシスがある。砂漠を行く旅人が必ず立ち寄る交通の要所で、当然のように商人が集まり、店が並び人が行き交って、小さな村の様相を呈していた。

 村のあちこちには古びた柱のようなものがあり、殆どが倒れて半ば砂に埋もれている。

「何か、色々倒れてますね。遺跡か何かの残骸でしょうか?」

 ティアがジェイドに訊ねている。

「これは、遥か昔に滅んだと言われている都市の名残……正確には都市の外れ、とでもいったところでしょうか」

「では、昔はこの砂漠あたりに人が住んでいたということですの?」

 ナタリアが小首を傾げた。

「確証はありませんが、その昔この辺りは砂漠ではなかったようです。ただ、何らかの天変地異で砂漠となり、風化してしまったようですね」

「ふーん。じゃあ、なんで水がこんなにあるんだ? 砂漠になったんだろう?」

 興味ないような顔をしながらも次第に引き込まれて、ルークも疑問を口にする。

「それは、あの巨大な譜石のせいでしょう。あの譜石が落下した衝撃で、地下にあった水脈が湧き出したのです」

 ジェイドの示した一方には大きな泉があった。その中央に見上げるほどの高さの譜石が突き立っており、強い日差しをチラチラと反射しているのだ。ガイが感心の声をあげた。

「へえぇぇ〜、さすがはジェイド。何でも知ってるんだな」

「いえ、先程すれ違った商人に、話を聞いただけですよ」

 ――……いつの間に。

 全員がそう思った。やはりジェイド恐るべし、である。




 村の中央には石積みで囲んだ小さな泉がある。傍にローレライ教団の教団員が立っており、道行く人々に声をかけていた。

「この泉から出る湧き水は、ローレライの加護を受けた神聖なものです。飲むだけで、浄化されますよ。百ガルドの寄付金でお飲み頂けますが、いかがですか?」

「ぐは。水一杯で百ガルド……」

「でも、教団への寄付なのだから適正な価格のはずよ」

 呻くアニスにティアが意見している。

「さすがにこの辺じゃ水は貴重なんだな」

「なんでもいいから水、飲もうぜ。干乾びちまう……」

 ガイに言って、よろよろとルークは泉に近付いた。

「ローレライのご加護がありますように」

 そう言って頭を下げた教団員から、人数分の水が振舞われる。泉の水はひんやりと冷たく、熱の篭もった体に染み渡る気がした。

「ふぅ。少し生き返ったな」

 泉の傍の椰子の木の下に座り込んで、ルークは息を吐く。

「ですわね」

 隣に座って、ナタリアも同じ表情をしていた。

「っつーか、一度休んじまうと、また砂漠歩くのがうざくなるな〜」

「分かりますわ……さすがにこたえますもの……」

 これからイオンを捜すにしてもアクゼリュスへ向かうにしても、再び幾日も砂漠を歩くことになるのは確実なのだ。

 二人で並んでぐったりしていると、ひょいと顔を覗かせてジェイドが笑った。

「おやおや。お二人の旅はここで終了のようですね。まぁ、王宮ではできない貴重な体験はできたわけですし、良かったんじゃないでしょうか。では、またどこかでお会いしましょう」

 たちまち、ナタリアは頬を怒りで紅潮させる。

「な、何を言うのです! まだ城には戻りませんわ! 行きましょう、ルーク!」

「え〜……。いいじゃん。そいつのイヤミなんてほっとけよ。……もちょっと休憩しようぜ」

「ダメです! 行きますわよ!」

「わ、分かったから引っ張るなって!」

 ルークの腕を引っ張って肩を怒らせる少女の背を見送って、ジェイドはなんとも人の悪い笑みを浮かべた。

「これはなかなか、扱いやすい方ですね」




 一方で、教団員と話していたアニスとティアは表情を曇らせていた。

「イオン様らしい人物は見かけなかったそうね」

「イオン様、どこに連れて行かれちゃったのかなぁ」

「陸艦を見たっていう話も聞かないな」

 村の奥まで行っていたガイが戻ってきて言う。ナタリアが、ルークを引っ張っていた手を外して口元に当てた。

「ここに向かった訳ではなかったのでしょうか……」

 その時、輪の外で漫然と話を聞いていたルークが顔を歪めた。

 頭の中に共鳴音が響き、猛烈な頭痛と共に声が聞こえてくる。

 

 ――……応えろ……! 応えろ!

 

「いてぇ……なんだ……!?」

 突然頭を抱えて唸りだしたルークに、仲間たちが不審の目を向ける。

「ルーク! また例の頭痛か?」

「例の頭痛?」

 ガイの呼びかけにティアが反応した。

「誘拐された時の後遺症なのか、たまに頭痛がして幻聴まで聞こえるらしいんだ」

 ――応えろ! グズ!

 頭の中に聞こえる声は、これまでとは違う感じがした。声の調子にはっきりと嘲りが入っている。

「誰だ……お前は……!」

 ――分かってるだろうよ、そっくりさん。

「お前、アッシュか……!」

 ――どこをほっつき歩いてんだ、アホが。イオンがどうなっても知らないぜ。

「お前……っ! 一体どこに……」

 ――ザオ遺跡……。お前には来られないだろうな、グズのお坊ちゃん。

 それを最後に声は消える。ルークはその場に崩れ落ちた。

「ルーク様! 大丈夫ですか」

 驚いてアニスが声を上げる。

「ご主人様、気分悪いですの?」

「しっかりして」

 ミュウやティアが心配げに覗き込むが、立ち上がることが出来ない。

「また幻聴か?」

「幻聴なのかな……」

 ガイの声に、どうにか言葉を返す。ナタリアが不安な声で言った。

「アッシュがどうとかって……仰ってましたわよね。アッシュって、あの神託の盾オラクルの……?」

 ようやく、ルークは立ち上がれた。

「……さっきの声は確かにアッシュだった。イオンとザオ遺跡にいるって……」

「ザオ遺跡!? そこにイオン様が!?」

「ザオ遺跡……。二千年前のあのザオ遺跡のことでしょうか」

 アニスの声に、少し考え込むようにしてジェイドが呟く。

(ザオ遺跡っていうのはマジにあるのか。じゃ、本当に幻聴じゃない?)

 弾かれたように振り返り、ルークは訊ねた。

「それはどこにあるんだ?」

「さあ、残念ながら知りません。責任者の方が探して下さると助かりますが……」

 ルークは憮然を通り越して呆気に取られる。

「あ、あんたホントに意地が悪いよな」

「いえいえ。悲しいくらい善良で真面目です」

 ジェイドは肩をすくめてみせ、ティアが「大佐! ルークをからかうのはやめて下さい」とたしなめた。

「ルーク。オアシスの人に聞いてみましょう」

「……お、おぅ」

 ルークが頷くと、ティアは考え込む仕草をする。

「遺跡の場所、知っている人がいればいいのだけど」

「おおよその場所が分かれば探し出せるのではなくって? 遺跡なら目立つのではないかしら?」

 ナタリアは、何を困ることがあるのかと言いたげだ。

「でも見つからなかったら、しおしおの涸れ涸れになっちゃいますよぅ。砂漠ですもん。当てずっぽうはヤバいっしょ」

「そうね。遺跡と言っても、砂に埋もれている可能性の方が高いと思う。それに砂漠にいる魔物は手強そうだし……」

「なかなか、簡単にはいきませんのね」

「うん〜。とにかく、聞き込み聞き込み!」

「そうですわね」

 少女たちはそれぞれに散っていく。だが、ルークはぼんやりと突っ立っていた。俯いて額を軽く押さえる。

「今までの頭痛や幻聴も、アッシュが絡んでたのかもしれないのか?」

 ガイが近寄ってきて訊ねた。

「わっかんねぇ。でも、何か違う気もする」

「んで、ザオ遺跡って所に行くのか?」

「それしか手がかりがありませんしねぇ。行くしかないのでは?」

 後ろからジェイドが言った。確かにその通りだ。少なくとも、女性陣はすっかりその気になっている。

「くそ暑い砂漠を歩いてようやくオアシスに着いたってのに、まだ砂漠をうろつくことになるのか……ったく」

 忌々しげに呟いて、ルークは内心で独りごちる。

( アッシュ……。どういうつもりなんだ? なんでアイツの声が聞こえたんだ?)

 考えたところで答えは出ない。熱された地面の上でゆらゆらと揺らめく陽炎を眺めながら、ルークは一言だけ声に出して吐き捨てた。

「胸くそわりぃ……」


 オアシスの村にある泉で水を飲むと専用のフェイスチャットがあります。

 また、後にミュウアタックを修得してから、泉の傍の椰子の木にアタックをかますと木の実(アップルグミ)が降ってきます。

 ファブレ邸でガイの奥義伝承イベント一回目を起こしていたなら、このオアシスの店にいるギィという老人からホド住民名簿がもらえます。

ガイの奥義2
ギィ「私がギィだが……」
ガイ「ペールの紹介で参りました。ガイ・セシルです」
ギィ「! あ……あなたが……! そうでしたか! ……いえ、子細はこのギィ、ペールから聞いて承知しています」
ルーク「ん? なんか大げさな奴だな」
ガイ「ははは、そうだな。それでギィさん、ペールはあなたが俺に、剣技に役立つことを教えてくれると言っていたんですが……」
ギィ「おお、なるほど。それでは我が剣の奥義をガイ殿に授けましょう」
ガイ「!」
ギィ「申し訳ありませんが技の伝授は一対一で行います。皆様は席を外していただけますか」
ルーク「なんでだよ」
ナタリア「ルーク。わがままを言うものではありません」
ティア「そうだわ。行きましょう」
#出て行く仲間たち。二人きりになるとギィが言う。
ギィ「……ご無事で何よりでございました」
 ホド住民名簿を手に入れました
#仲間たちのところに来るガイとギィ。
ルーク「で? 奥義ってのは習ったのか?」
ガイ「いや。俺の流派は奥義が口伝なんだ。奥義会の人たちを見つけて口伝を受けないと完成しない。次は……カイツールだな」
ギィ「はい。奥義会の人間は今散り散りになっています。彼らを捜し出して先程お渡しした名簿を最後まで埋めていただければ いずれ奥義を修得できるかと。頑張って下さい」
ルーク「ふーん。おまえの流派って大変なんだな。そういや、おまえの流派って……」
ギィ「我らの剣は秘伝です。詳しい話は部外者には出来ませぬ。お許しを」
ガイ「悪いな、ルーク。そういうことだ」
ルーク「……う、うん」

 ガイの剣の流派。素人目にはルークと同じに見えるらしいのですが、アルバート流剣術を修めたルークの目から見ると、似てるけど少し違う、というものらしい。

 ガイの流派について教えられないと断られ、「悪いな」とガイに言われて、「……う、うん」とどもりながら頷くルーク。幼なじみで使用人のガイが、自分を「仲間はずれ」にしたのは初めてのことだったんでしょうね。


「ザオ遺跡? それなら砂漠を東に行くといい。もっとも遺跡らしいものは殆ど残っちゃいないよ。……しっかし、暑いな……」

「砂に埋もれているし珍しくもないから、誰も行こうなんて思わないけどな」

 村人たちに訊くと、かなり簡単に遺跡の場所は知れた。オアシスから東にあると言う。果たして、オアシスを出て丸一日ほど歩くと、風化しかかった柱がゴロゴロと転がっている場所に出くわした。奥に石積みの壁が露出しており、入口らしきものがぽかりと暗く開いている。

「あれじゃないか!」

 駆け出したガイの後をルークたちも追った。

「この中か……」

「中は暗そうですわね……」

 砂漠の強い日差しに慣れた目には、遺跡の中は暗黒の世界のようだ。

「ミュウが火を吹くですの」

「ずっと吹き続けるのか? 無理無理」

 小さなチーグルの気負いを、ルークは一笑に付した。一方で、ジェイドは遺跡の周囲に目を配っている。

「風があるせいか、周囲に陸艦の痕跡が残っていませんね」

「立ち去った後か。それともまだ居るのか……」

 ティアも注意深い顔を見せたが、アニスが待ちきれない様子で促した。

「とにかくイオン様の手がかりがあるかもなんだから、行きましょうっ!」




 踏み込めば、内部は螺旋の通路が地下へくだっている。時折、上から砂が滝のように降っていた。

「ザオ遺跡というのはどのような由来がありますの?」

 ようやく慣れてきた目で内部を見回しながら、ナタリアがジェイドに問う。彼の博識を微塵も疑っていない口振りだ。

「さあ? 歴史全般は私の専門外ですので。ただ内部の様子を見ると、オアシスの遺跡と関係があるのだとは思います」

「ジェイドでも知らないことがあるんだな」

 ボソリとルークが言うと、ジェイドは「それは光栄ですね」と鮮やかに笑ってみせた。

「とはいえ私も若輩者ですから、知らないことの方が多いと思いますよ」

「若輩者……って。大佐、もう三十超えてますよね」

「はい。ですが人間性に磨きをかけ、円熟味が出るのは、そう、早くて四十以降でしょうか。よい年の取り方をして、名のある遺跡のように、風格が出ればと考えていますよ」

 アニスに向けてジェイドは笑う。両手を合わせ、ナタリアが感銘を受けたように目を輝かせた。

「まあ、よい心がけですわ」

「ま、その為に若い者をいびり倒そうかと」

「……呆れた心がけですのね」

 たちまち、ナタリアは胡乱げな目になった。




 螺旋の通路を降りると、道は深い谷の上を渡るものになる。

 その時、先を歩いていたルークが足を止めた。輝く結晶のようなものが浮いていたのだ。

「ん? なんだこりゃ?」

「ルーク! 迂闊に近付いては危険よ」

 無造作に歩み寄るルークに、ティアが慌てて警告を発する。

「でも、綺麗ですわ。危険そうなものには見えませんわよ」

 うっとりとナタリアはそれを見つめていた。「おや、これは……」とジェイドが呟く脇を、ミュウがちょこちょこ駆け寄っていく。

音素フォニムですの! 第二音素セカンドフォニムですの!」

「え? なんで音素が目視できるの?」

 目を丸くしたアニスに、

「それだけ濃度が高いのでしょうね。恐らくここはフォンスロットに当たるのでしょう」とジェイドが答えた。

 ルークは片手で髪をかきあげる。

「音素っていまいちよく分かんねぇんだよな……」

「全ての生命体や構造物は、固有の震動とそれに伴う音を発しているわ。それらは六つの音素に大別され、震動と結合の細かな差によって個という存在が確立されているの」

 ティアが説明を始めた。

「つまり、物質を構成する元素の一つってことさ。お前も音素と元素で出来てるんだよ」

 不可解な顔をするルークを見やり、ガイが笑って補足する。

「こんな風に目に見えるほど一つの音素だけが結合しているのは珍しいのよ」

「ところでミュウ。あなたは何をしていますの?」

 傍にしゃがんで、ナタリアは結晶の光で背中を炙るようにしているミュウを覗き込んでいた。

「ソーサラーリングに音素を染み込ませてるですの! 族長が言ってたですの! 音素を染み込ませるとリングが強力になるですの!」

「ふーん。強力にねぇ……」

 疑わしげなルークの向こうで、アニスは好奇心に目を輝かせている。

「で、実際、どんな感じ?」

「みゅうううぅぅ。力がみなぎってくる!」

 仲間たちはハッとしてミュウに視線を集めた。

「……ような、そうでないような感じですの」

 ――が、かくりと肩を落とす。

「なんだそりゃ。くだらねぇ……」

 ルークが吐き捨てた時、浮いていた結晶がミュウのリングに吸い込まれるようにして消えた。ビクリとミュウが震える。

「みゅみゅみゅみゅみゅうぅぅ! 力が……みーなーぎーるーでーすーのー!!

 居ても立ってもいられなくなったようにミュウは走り、近くにあった大岩目掛けて回転体当たりをした。

「あたーっく!」

 轟音と共に、岩が粉々に砕け散る。

「すごいですの! 何でも壊せそうですの!」

 唖然とする仲間たちの前で、ミュウは嬉しそうに飛び跳ねた。

「ソーサラーリングが強力になったことで、装備者のミュウが新たな力を得たということかしら?」

 ティアがどうにか理屈を捻り出している。ジェイドが明るくミュウを呼んだ。

「ミュウ。ソーサラーリングを見せて下さい」

「はいですの」

 駆け寄ってきたチーグルの装着したリングを調べ、ジェイドは「なるほど……」と呟く。

「どうした?」とガイが訊ねた。

「恐らく結晶体となった音素がリングを削ったのでしょう。文字が刻まれています」

「文字? なんて刻まれてるんだ?」

「譜ですね。これが新たな力となっているようです」

「そのリング、前からなんか書いてあったよな?」

 ルークが言った。なんだかんだ言って最もミュウの傍にいたのはルークだ。だから、それには気付いていた。

「多分それは、今までミュウが使っていた第五音素フィフスフォニムの力よ。今回、新たに譜が刻まれたことで新しい譜術を得たのね」

 ティアが結論付ける。ミュウが耳をピンと立ててはしゃいだ。

「新しい力ですのー!!」

「うぜっつーの、このブタザル!」

 ルークは怒鳴りつける。

「この遺跡には、あちこちに崩れた岩で塞がれた道があります。ミュウのこの力があれば、楽に先へ進めそうですね」

「ボク、がんばって、もっともっとお役に立つですの!」

「でも、岩にぶつかって割るだなんて、なんだか可哀相ですわ。ミュウ、痛くはなくて?」

 気遣わしげに言ったナタリアに、ルークはヒラヒラと片手を振った。

「譜術なんだろ? 大丈夫だって」

「ルーク。わたくしはミュウに聞いておりますのよ」

 ナタリアはルークを睨みつける。

「平気ですの! 心配してくれてありがとうですの! ナタリアさんは優しいですの!」

「本当ね。少しは見習ったら?」

 ナタリアと同じようにルークを睨んで、ティアの声は冷たかった。

「……るせぇなぁ」

 舌打ちして、ルークは顔を背ける。一人で足早に歩き始めた。

「おい! 早く来いよ!」

 少し行った所で立ち止まり、振り向いてみんなを呼んでいる。

「こういうところは似てますねぇ」

 笑ってジェイドが言うと、「誰にですか?」とアニスが訊いて見上げた。

「ナタリアに……だろ?」

 ガイがニヤッと笑う。

「まぁっ! 失礼ですわ!」

 憤慨したのはナタリアだ。肩を怒らせ、一人で足早に歩き始めた。ルークのいる辺りで立ち止まり、振り向いて仲間たちを呼ぶ。

「ほら! 早く行きますわよ!」

 仲間たちは声を上げて笑った。





 道を塞ぐ岩を破壊しながら進むと、広大な空間が開けて、大小の廃墟が連なっていた。まるで都市が丸ごと地下に沈んでいるかのようだ。二千年前の文明の跡なのだろうか。

 行けども行けども魔物の気配しかない。暗黒の廃墟を行きながら、ティアが言った。

「ますます分からない。六神将の意図が何なのか……」

 ジェイドが頷く。

「確かに量りかねますね。このような所にイオン様を連れてきて、しかも我々にその場所を伝えるとは……」

 ルークがアッシュの声を聞いたと言い、知らなかった遺跡の名を口にしたのは確かだ。だが、本当にイオンがここにいる保証はない。そもそもアッシュはイオンを連れ去った張本人だ。

「俺たちをおびき寄せる罠、とか?」

 ガイが言ったが、ティアは否定した。

「回りくどすぎるわ。今まで散々直接襲撃してきたのに、今更そんな事をするかしら……?」

「そうですね。まぁ、とにかく……」

「進むしかない、ってことか」

 ガイは前を見る。その後ろで、ルークはふと呟いていた。

「アクゼリュスは大丈夫かな……?」

 アッシュの声は幻聴などではない。その自信はあったが、自分たちは本来アクゼリュスへ向かう親善使節団だ。確かにイオンを放っておくことは出来ないが、こんな所にいていいのだろうかとも思える。

「……救助活動が必要なぐらいですもの」

 本来の目的を思い出したのか、ナタリアも表情を曇らせた。しかしジェイドは落ち着いている。

「今しばらくはつでしょう。救援物資は届いているはずです。まぁ、安全な所まで避難しないと根本の解決にはなりませんが」

(そんなわけにはいかねーんだよな……)

 内心でルークは独りごちた。アクゼリュスの住民を移動させれば戦争になる。外れたことのないユリアの預言スコアにそう詠まれているとヴァンは言ったのだ。これを解決するには、住民を移動させないまま、ルークが超振動で障気を中和すればよいのだと。

(……そういえば、師匠せんせいは今頃どうしてるんだろう)

 ルークは思う。

(イオンを助けるためにこんな寄り道なんてしちまってるけど、もうアクゼリュスに着いて俺を待ってるんだろうか。ぐずぐずしてる俺のこと、心配してるかもな。いや、海路でも陸路でも、途中で必ずケセドニアに寄るんだ。そこで俺を待っていてくれてんのかもしれない)

「――ちっと急ぐか。これ以上師匠せんせいを待たせるわけにはいかないからな」

「私たちは、アクゼリュス救援のための使節団なのですよ?」

 歩を早めたルークを、じろりとジェイドが睨んだ。

「? それが何だよ」

「ヴァン謡将に会うために旅をしているわけではないということです」

「……いちいち口出しするな。俺が親善大使なんだぞ」

「これはこれは失礼しました。『親善大使』殿」

 つくづくジェイドは嫌味だ。フンと鼻を鳴らし、ルークは顔を背けた。





 廃墟の街を進み続けると、奥に神殿のような建物があり、光り輝く奇妙な文様の描かれた扉があった。その前にイオンが立たされており、横にアッシュがいる。駆け込んできたルークたちをジロリと見やった。間を阻むようにラルゴとシンクが立ち塞がる。

「六神将……!」

 ティアが険しい顔をした。イオンが本当にいるのなら、きっと遭遇するだろうとは思っていたが、三人もいるとは。

「導師イオンは儀式の真っ最中だ。大人しくしていてもらおう」

「なんです。お前たちは! 仕えるべき方をかどわかしておきながら、ふてぶてしい」

 大鎌を担いで言ったラルゴを、ナタリアが睨んだ。

「シンク! ラルゴ! イオン様を返してっ!」

「そうはいかない。奴にはまだ働いてもらう」

 叫ぶアニスにシンクが言った。「なら力づくでも……」と、ルークは腰の剣を抜く。ラルゴが笑った。

「こいつは面白い。タルタロスでのへっぴり腰からどう成長したか、見せてもらおうか」

「はん……。ジェイドに負けて死にかけた奴が、でかい口叩くな」

「わははははっ、違いない! だが今回はそう簡単には負けぬぞ、小僧……。怪我をしたくなければ退けい!」

「うるせぇ! ジジイはすっこんでろ。ぶっ潰すぞ!」

「老兵は死なず、ただ去るのみってね」

 ガイが静かに、しかし揶揄を込めて追随する。

「チョロチョロ目障りなんだよねぇ……」

 シンクが言った。

「目障りなのはこちらも同じですわ!」

「ホント感じわるっ。イオン様を返してよね!」

「ゴチャゴチャとうざいんだよ。吹き飛びな!」

 二人の男はそれぞれ構えを取った。

「六神将烈風のシンク。……本気で行くよ」

「同じく黒獅子ラルゴ。いざ、尋常に勝負!」




 戦いは熾烈を極めたが、やがて二人の六神将は地に倒れた。

「……くっ……」

「ぬぅ……っ!」

 悔しげに呻くが、立ち上がれない。

「二人がかりで何やってんだ! 屑!」

 それまでイオンの隣で傍観していたアッシュが一声叫び、剣を抜いて駆け込んできた。ルークがそれを迎えうつ。一撃、また一撃と剣が交わる。一度離れ、必殺の技を仕掛けようと互いに駆け寄る。しかし放たれた技は同じもの。左右対称ながら、放ち、受け流す動きまでまるで同じで、いっそ美しく、あたかも剣舞のようだ。

 ルークは驚愕し、うろたえた。

「今の……今のはヴァン師匠せんせいの技だ! どうしてそれをお前が使えるんだ!」

「決まってるだろうが! 同じ流派だからだよ、ボケがっ! 俺は……!」

「アッシュ! やめろ!」

 何か怒鳴りかけたアッシュを、シンクが止めた。

「ほっとくとアンタはやりすぎる。剣を収めてよ。さあ!」

「……」

 アッシュは口をつぐみ、剣を収めた。シンクは改めてルークたちに向かい、「取引だ」と口火を切った。

「こちらは導師を引き渡す。その代わりにここでの戦いは打ち切りたい」

「このままお前らをぶっ潰せば、そんな取引、成り立たないな」

 ガイがそう言ったが。

「ここが砂漠の下だってこと忘れないでよね。アンタたちを生き埋めにすることも出来るんだよ」

「無論こちらも巻き添えとなるが、我々はそれで問題ない」とラルゴが続ける。

「ルーク。取り引きに応じましょう。今は早くイオン様を奪還して、アクゼリュスへ急いだ方がいいわ」

 ティアがルークを見て言った。「陸路を進んでいる分遅れていますからね」と、ジェイドも口を添える。

「……分かった」

 ルークは頷いた。

 イオンが解放され、ルークたちのもとへ歩いてくる。

「イオン様! 心配しました……」

「……迷惑をかけてしまいましたね」

 イオンはアニスに微笑みを見せた。シンクがきつい声音で命じてくる。

「そのまま先に外へ出ろ。もしも引き返してきたら、その時は本当に生き埋めにするよ」

「……やっぱり似てる」

 去り際、シンクを一瞥してガイが呟いた。その隣でナタリアが憤りを露わにしている。

「……あのような下賎な輩に命令されるとは、腹立たしいですわね」

「え? ああ、そうだな。でもナタリア、こらえてくれよ」

「分かっています。今のわたくしは王女の身分を隠して旅をしているのですもの」

「ナタリア……?」

 会話が耳に入ったのか、驚いたようにその名を呼んだのは、黒獅子のラルゴだった。

「……なんですの?」

 立ち去りかけていたナタリアは、大男をジロリとねめつける。が、ルークに「ナタリア! 行こうぜ」と声をかけられて、肩をそびやかして去っていった。

 その背を見送って、シンクが口を開く。

「あれがナタリア王女か……。因縁だね、ラルゴ」

「……おい、ラルゴ。てめぇ、ナタリアと何か関係があるのか?」

 アッシュが睨むような視線で大男を見上げた。

「……さて、昔のことだ。忘れてしまった」

「六神将は互いの過去を知る必要はない」

 シンクが言った。

「アンタだってそれが身に染みているだろ? ――『聖なる焔』の燃えかすである、アンタならね……」

「……ちっ」

 舌打ちし、アッシュは憮然として目を伏せる。

(あのガイって奴……気付いたな)

 シンクは小さく呟いた。





「ふ〜、何はともあれ、無事イオンを救出できたな!」

 神殿から離れて六神将の姿が見えなくなると、ホッとしたようにガイが言った。アニスも笑う。

「ホントですよ〜。イオン様ぁ、心配したんですから」

「すみません、僕のために」

「全くだ! ヴァン師匠せんせいが待ちくたびれてるぜ」

 微笑んで頭を下げかけたイオンを遮るように、ルークが倣岸に言い放った。

「ちょっ……!」

 アニスがムッとして言葉を詰まらせる。「ごめんなさい」とイオンは悲しそうに瞳を伏せたが、それでも「でも、ありがとう皆さん」と笑った。

「助けてくれた事、本当に感謝しています」

「導師イオン! 何を仰られるのですか! 大事に至らなかったとはいえ、このような危険な目に遭わせてしまい……」

「いいのですよ、ティア。……ありがとう」

「ところでイオン様、彼らはあなたに何をさせていたのです? ここもセフィロトなんですね?」

 ジェイドが訊ねた。

「……はい。ローレライ教団ではセフィロトを護るため、ダアト式封咒ふうじゅという封印を施しています。これは歴代導師にしか解呪できないのですが、彼らはそれを開けるようにと……」

「なんでセフィロトを護ってるんだ?」

 ガイが尋ねる。

「それは……教団の最高機密です。でも封印を開いたところで何も出来ないはずなのですが……」

「んー、何でもいいけどよ。とっとと街へ行こうぜ。干からびちまうよ」

 ふてくされた顔でルークが言った。ティアやナタリアも賛同する。

「そうね。ケセドニアへ向かいましょう」

「賛成ですわ」

「ミュウもですの」

「……ブタザルは黙ってろ。暑苦しい」

「みゅう……。ごめんなさいですの」

 一同は道を歩き出したが、アニスはまだむくれていた。イオンに対するルークの態度が許せないのだ。傍に残っていたガイが苦笑してなだめてくる。

「ルークはルークで色々事情があるのさ。さぁ、ケセドニアに急ごうぜ」

 確かに、これからケセドニアまで再び砂漠越えだ。自分とイオンはそこからダアトへ帰国するにしても、ルークたちは船でカイツール、徒歩で峠越え、アクゼリュスで救助活動である。これからも大変だろう。

「はぁ……。先は長いもんね。よ〜し、がんばろ!」

 気を取り直して、アニスは仲間たちを追っていった。


 イオンを助けた後の会話。

 直後のフェイスチャットでは、

ガイ「ふ〜、何はともあれ、無事イオンを救出できたな!」
アニス「ホントですよ〜。イオン様ぁ、心配したんですから」
イオン「すみません、僕のために」
ルーク「全くだ! ヴァン師匠せんせいが待ちくたびれてるぜ」
アニス「ちょっ……!」

 となり、この後アニスはずーっとルークに対して怒っています。アニスとルークの関係にヒビが入る始まりです。

 ところが、遺跡から外に出た時のメインイベントにも同様の会話があって、そこでは以下のようになっています。

アニス「ふー。やっぱり暑くても砂だらけで埃っぽくても外の方がいいっ」
イオン「皆さん。ご迷惑をおかけしました。僕が油断したばかりに……」
アニス「そうですよ、イオン様! ホント大変だったんですから!」

 ……オイオイ、アニスよ。自分は同じようなことをイオンに言うのに、ルークが言うと激怒なのかい。

 後の崩落編でも、やたらとさらわれるイオンへの愚痴をアニスがぶちまけていて、ルークたちがそれに同意したら「私はいいの! でも他の人が悪く言うのは、ぜ〜ったい駄目!!」と激怒してましたが。勝手だなぁ、アニス。複雑な乙女ゴコロ……なのかな? でもちょっとルークが可哀相かも(苦笑)。

 

 個人的に「あれ?」と思ったこと。

 ルークたちが駆け込んだ時、イオンは光り輝く扉(ダアト式封咒)の前に立っており、ラルゴが「導師は儀式中だ」と言いました。その後イオンが解放された時、背後に光り輝く扉が変わらずに見えます。――扉は開いていません。

 ですが、後の崩落編で再びこの遺跡を訪れた時、既にイオンが封咒の扉を開けていたから、ということでルークたちが自由に奥に入ってしまうのです。

 ……あ、あれれれれ?

 思うに、これはこのシーンの映像を作ったスタッフさんのミスですね。ホントは扉が開いてなければならなかったのに、気付かず閉じたまま作っちゃったんでしょう。


「ふー。やっぱり暑くても砂だらけで埃っぽくても外の方がいいっ」

 遺跡の外に出ると、胸いっぱいに空気を吸い込みながらアニスが言った。

 遺跡の中は外よりも涼しかったが、閉塞感がある。いつ砂の下に埋もれるかもしれないと考えながら歩くのは、やはり気味がよくない。

「にしても、凄い砂埃だ。後で服を脱いだら、きっと砂の山が作れるな。あちこちに入り込んでやがる」

 ガイが言って、パタパタとシャツを叩いた。砂漠の砂は細かく、粉に近い。密閉していたはずの荷物の中は勿論、袖の中、靴の底、あらゆる場所に溜まっている。

「確かにそうね。さすがに私も水浴びしたい気分だわ」

 苦笑してティアが同意した。

「水浴び……」

 ぽつりとルークは呟く。

「ルーク! なに鼻の下を伸ばしているのです!」

 途端に、ナタリアが凄い剣幕で怒鳴った。

「な、な、何だよっ! 何もしてないだろ!」

「ルーク様! えっちなこと考えてる暇があったら、早く街へ行ってイオン様を休ませてあげて下さいよぅ」

「き、決めつけるな! いつ誰が何を想像したってんだ! 勝手なこと言うなっつーのっ!」

「不潔ですわ! あなたがこんな方だったなんて!」

「ひどーいひどーい!」

「あーもーうるせーっつーの!」

 ぎゃんぎゃんと喚き立てる少女たちに追い立てられるようにして、ルークは小走りに先へ行く。残ってそれを見ていたガイに、ジェイドが爽やかな顔で微笑みかけた。

「……ガイ。ルークに救われましたね」

「……な、何が?」

「口。よだれ。ばれたら袋叩きですよ」

「……」

 苦笑してガイは口元を拭った。ルークは気の毒だったが、これが『日頃の行いの差』というものかもしれない。




「全く、殿方というのはみんな不潔ですわ」

 ナタリアはぷんぷんしている。

「水浴びの姿だとか、不埒な妄想をするなんて!」

「う〜ん……水浴びはアレだけど。ムキムキじゃないカッコイイ人の引き締まった胸板とか、ちょっといいかもって☆」

 口に手を当ててアニスが笑った。

「ま、まあ、はしたないっ! ……で、でも、悪くはありませんわ……ね」

「お尻とか、きゅっとしまってて」

「清潔感は必要ですわ。色が白すぎるのもいかがかしら」

「あ……あなたたち……。それじゃあルークと変わらないわよ」

 ティアは頬を染めている。

「あら……いやですわ……」

「だけどティアだって、色々好みがあるでしょ?」

「わ……私は……」

「――まさかルーク?」

 ジロリとアニスはティアを見やる。

「違うわよっ。あんな子供……」

「あ、アニスちゃん、ぴーんと来ちゃった。ヴァン総長でしょう!」

「! ! ! !!」

 声にならない叫びを上げると、ティアは逃げて行ってしまった。残されたナタリアは目を丸くしている。

「意外でしたわ。……ティアは髭が好みでしたのね」

「それを言うなら、ブラコンでしょ……」

 アニスがかくりと肩を落とした。


 この水浴びフェイスチャットは、個人的にちょっと納得行かない部分があります。

『アビス』は物語進行と共に どんどんキャラクターの立場や関係性が変わっていくのですが。このフェイスチャットが挿入されている時点では、ナタリアとアニスがルークを取り合って火花を散らしている、という状態のはずなんですよね。ティアは傍観者を装いながら、そんなルークを冷たく見ている、という四角関係。

 ところがこのフェイスチャット(後半)では、アニスが「だけどティアだって、色々好みがあるでしょ? ――まさかルーク?」とニヤッと笑ってティアに言う。ルークとティアの仲をからかっている感じなのです。

 なんか変だ……。(このノベライズでは少し違うニュアンスに変えてみました。) ルーク「様」とも言ってないし……。

 ルークの婚約者のナタリアが、アニスのことはバリバリに敵視するのに、ティアには ほぼ嫉妬を向けないのも変。

 多分、製作者さんの頭の中では「この物語のヒロインはティアだから」という認識が普通に入っちゃってて、だからまだルークとティアがそういう関係じゃないのに「ルークの相手は当然ティアでしょ」みたいなニュアンスのエピソードを入れちゃってるのではないかと。

 ですが、何度も言うように、この時点ではルークの婚約者はナタリア。ティアはまだ、いわば部外者なんですよ。

 

 オアシスの村でルークが頭痛で倒れた時も、アニスが声をかけ、ティアは傍にしゃがんで気遣うのに、幼なじみで婚約者のナタリアは一声もかけずに離れた位置に突っ立ってたりします。初登場時のガイといい、『アビス』にはこういう「え?」というシーンが多いのですが、もう少し演出が細やかだと嬉しかったですね。

 メインイベント、細かなキャラの演技、それらの間に挿入されたフェイスチャット(サブイベント)。それらでいちいちキャラクターの関係のニュアンスが違うので、感情移入が出来にくくて困惑します。

 今回の例で言えば、ナタリアがものすごくルークに対していい加減で、ムラっ気のある女の子に見えてしまいます。ルークのことが結婚したいほど好きなのか、どうでもいいのか、見ていて判断できません。

 アニスも、玉の輿を狙ってるんだか どーでもいいんだか、意味不明。

 ティアはルークに本気で冷たいくせに、時々 妙に気のある素振りを見せる……というか、既に女房気取りでさえある、思わせぶりな女。

 ……こんな感じに見えちゃいます。残念です。


「ようやくケセドニアまで来たな」

 街へ入るとガイが言った。同じ面子でケセドニアを訪れたのは、つい一ヶ月ほど前のことだ。ほぼとんぼ返りでこの地を再び踏むことになった。

「一息つけましたね」

「ですね。やっぱり砂漠はきついよ〜」

 イオンとアニスはホッとした様子だ。砂漠を抜けることが出来たこと自体もそうだが、体力のないイオンが徒歩で砂漠越えを出来るかは、ここ暫くの懸案事項だった。

 ガイは二人に笑いかける。

「まぁ、普通は海路を使うから、砂漠越えなんてしないからな。他人から見たら、俺らは、ま、変人だ」

「変人、ですか」

 イオンは虚をつかれた顔をした。

「変人って響きは、結構傷つく……」

 アニスは嫌そうな顔になっている。

「砂漠行くにしても、陸艦使うだろ。普通」

「っていうか、変人って言うのは、大佐みたいな人のことを言うんだよ!! このクソ暑い中でも涼しい顔してんだもん!!」

「いえいえ。トクナガを可愛いと思うアニスの趣味には負けますよ」

 ジェイドが涼やかに笑った。

「可愛いじゃないですか! 目はぎょろっとしてて、口はじゃぎじゃぎで!」

「……」

 愛しげにヌイグルミを抱いての少女の主張を前に、男三人はちょっとばかり引いていた。――それはともかく。

「ここから船でカイツールへ向かうのね?」

 生真面目にティアが言う。「マルクトの領事館へ行けば船まで案内してもらえるはずです」とジェイドが返した。

 今回は、マルクト側の港から特別に船を出してもらい、カイツールの軍港へ向かう手はずになっている。だが、早速マルクト領事館へ向かおうとした時、再び、ルークが頭を押さえて唸り始めた。

「……また……か!」

「ルーク! またか? 頻繁になってきたな……」

「……大丈夫。治まってきた」

「いや、念のため少し休んだ方がいい」

 気遣わしげにガイが言う。ルークの頭痛には慣れたものだったが、こうも続くと流石に心配になってきたのだろう。ここが旅先だということもあるし。

「そしたら宿に行こうよ。イオン様のこともどうするか考えないと……」

 アニスが言う。「……分かった」とルークは頷いた。




「ルーク、アクゼリュスに行く前にちゃんとした医者に診てもらった方がいいかもしれないわね」

 冴えない顔色でノロノロと後ろについてくるルークを気にしながら、ティアは提案していた。ナタリアも頷く。

治癒術師ヒーラーの治癒術だと外傷や解毒といったものしか癒せませんから、わたくしやティアだとどうしようもありませんものね」

「アクゼリュスに急がないといけませんが……本人次第ですね。聞いてみてはどうですか?」

 ジェイドがガイを見やる。

「んー。バチカルにいた時、診てもらったことあったけど、結局よく分からなかったしなぁ。本人もウザがって行かないんじゃないかねぇ」

「そう……」

 ティアの瞳が揺れる。ジェイドは額に手を当てて考え込む仕草をした。

「ふむ。ケセドニアにはバチカル以上の医者はいないでしょうし、今は医者に診せても時間の無駄になりそうですね」

「そうですわね……」とナタリアが頷いた。

 とにかく、早く休ませてやるべきだろう。宿屋に入って手続きを始める。後ろでぼんやりとそれを見ていたルークは、治まりかけていた痛みが急激にぶり返したのを感じて顔を歪めた。

「う……」

(なんだよこれ。変だ。こんな、みんなに心配されて、お荷物みたいになって、カッコ悪ぃ……)

 苦痛に歪む顔を隠すように仲間に背を向けて、二、三歩よろめいて離れようとする。――が、そこで足が止まった。勝手に。一歩、二歩と、地面を確かめるようなぎこちない動きで歩いて仲間の方へ戻っていく。

 ――オラ! どうした? そっちは宿屋じゃないぜ。

 頭の中に声が響いた。アッシュだ。

「う……るさ……」

 頭に響く声の一音一音の響きが、ガンガンと頭の芯を痛ませた。相変わらず体は勝手に歩いている。

 ――はは、いいザマだな。お前は俺と繋がってるんだ。お前は俺なんだよ!

 仲間たちがルークの奇態に気付いて、唖然として見ていた。

「ご主人様! 大丈夫ですの?」

「ルーク、しっかりして」

 ミュウとティアが近寄ってくる。

 ――よーし……。あの女に剣を向けてみろ。

「黙れ……! 俺を操るな……!」

 ティアが側まで来た。ルークの体はくるりと反転して剣を抜き放ち、それをティアに突きつけていた。

「ルーク! どうしたの!?」

「ち……ちが……う! 体が勝手に……!」

 剣を構えた手がカタカタと震える。不審と恐れの入り混じったティアの視線が痛かった。

「や、やめろーっ!」

 唯一自由になる声でルークは叫ぶ。次の瞬間、頭の中に響いていた共鳴音がフッとかき消えた。それは、極限まで高まった痛みで彼の意識が途切れたからだ。ドサリと、人形のようにルークはその場に倒れた。





「……ルークの奴、どうなっちまったんだ?」

 宿の一室で、ベッドに横たわるルークを見下ろしながらガイが呟いた。彼はまだ意識を取り戻していない。

 壁際で、ぼそぼそとアニスが呟いている。

健康に難ありかぁ。介護するぐらいなら、ぽっくり逝きそうなお金持ちの爺さんの方が……

「何か言いまして? アニス」

 隣に立っていたナタリアがじろりと睨んだ。

「……えへv なんでもないv

 アニスは可愛らしく笑ってみせる。

「……大佐。ルークのこと、何か思い当たる節があるんじゃないですか」

 心配げにルークを見つめていた顔を上げ、ティアがジェイドに尋ねた。

「……そうですねぇ」

「アッシュという、あのルークにそっくりの男に関係あるのでは?」と、ナタリアも言う。

「……今は言及を避けましょう」

「ジェイド! もったいぶるな」

「もったいぶってなどいませんよ。ルークのことはルークが一番に知るべきだと思っているだけです」

 ガイの激昂をかわしてジェイドが言った時、「ご主人様が目を覚ましたですの」とミュウが叫んだ。

「……俺がどうしたって?」

 目を開いたルークは、ゆっくりとベッドの上に半身を起こす。

「いえ、何でもありません。どうです? まだ誰かに操られている感じはありますか?」

「いや……今は別に……」

「多分、コーラル城でディストが何かしたのでしょう。あの馬鹿者を捕まえたら術を解かせます。それまで辛抱して下さい」

「……頼むぜ、全く。ところで、イオンのことはどうするんだ?」

「とりあえず六神将の目的が分からない以上、彼らにイオン様を奪われるのは避けたいわね」

「もしご迷惑でなければ、僕も連れて行ってもらえませんか?」

 イオンが言った。

「イオン様! モース様が怒りますよぅ!」

「僕はピオニー陛下から親書を託されました。ですから陛下にはアクゼリュスの救出についてもお伝えしたいと思います」

「よろしいのではないですか。アクゼリュスでの活動が終わりましたら、私と首都へ向かいましょう」

 ジェイドは賛同し、そこでわざとらしくルークの方に向き直る。

「……ああーっと。決めるのはルークでしたね」

「……勝手にしろ!」

 ベッドに座ったまま、ルークは吐き捨てた。





 俺……どうなっちまったんだろう。なんでアッシュの声が聞こえるんだ。なんで身体をあいつに操られるんだよ。

 前に船で体が勝手に動いたのも、アッシュに操られてたのか? ……けど、あの声は、なんか違う気がする……。

 何がなんだか分かんねぇ。船の時は、師匠せんせいが助けてくれたのに。

 師匠に会いたい。師匠ならきっと、何が起こってるのか教えてくれる。ジェイドみたいに嫌なことを言ったりしない。

 ――師匠。師匠、俺を助けてくれよ!





 この頃のジェイドはホントにルークに冷たいですね。まあ、好意的に接する理由もないんですけど。

 しかし、「自分のことは自分で知るべき」という建前で、この頃ルークに色んなことを説明しなかったことを、ゲーム終盤になってジェイドは少し後悔した、と告白してました。他人(年少者)に踏み込んで細やかに説明したり叱ったりするのは億劫です。年をとると特にそう感じるもの。でも、それはよくないことだったんじゃないか、と。

 

 ケセドニア二回目。ありじごくにんに会ってアイテムをあげておくのを忘れずにー。

アニス「あっ! またいたー」
ナタリア「な、なんですの? この奇妙な生物は」
ルーク「そうか。ナタリアは初めてだもんな」
ありじごくにん「俺ぇ ありじごくにん〜」
ナタリア「! まあ! 喋りましたわ!」
ティア「だって中には人が……」
ジェイド「ティア。アニスの夢を壊してしまいますよ〜」
アニス「あぁ〜。大佐バカにし過ぎです。私だって信じてませんってば」
ありじごくにん「『シミター』とぉ『スペクタルズ』ぅ くれぇ」
ルーク「またかよ……」
アニス「でもでも、ルーク様ぁ。この前はレシピくれましたよぅ。今回も何かくれるかもですよv
ティア「やめておいたら? 前回のアップルグミよりも要求が高価になっているわ」
ガイ「そして渡したら渡したで あれが出るのか……」
ナタリア「あれ? あれとはなんですの? ルーク渡してみて下さらない?」
 → くれてやる
ルーク「わーったよ。やりゃいいんだろ」
 『シミター』と『スベクタルズ』を渡した
#例によって、受け取ったものを蟻地獄に投げ捨てる ありじごくにん。
ナタリア「!」
#「……」となるジェイド以外の仲間たち
ナタリア「まあ! なんですの? 投げ捨てましたわよ!」
ルーク「さあ? 何なんだろうな」
ガイ「……童話の中のありじごくにんも こういう生き物だったからな」
アニス「で、で、今回は何をくれるんですかぁ?」
ありじごくにん「はいぃ」
 『オレンジグミ』を手に入れた
#「!」となるジェイド以外の仲間たち
ガイ「なにをー! 悪くなってるじゃん」
ティア「このグミ砂まみれだし……」
ナタリア「どういうことですの? ルーク!」
ルーク「し、知るかよ! 行くぞ!」
ありじごくにん「またぁ今度もぉ遊ぼうねぇ」
#子供番組のお兄さんのように両手を振って『さよなら』の挨拶をするありじごくにん。「……」となるジェイド以外の仲間たち

 二回目の遭遇となる今回。今回はアイテムを二つくれと要求してきます。ティアはお母さんのように止めますが、またいいものがもらえるかもしんねーし。アイテムをあげてみますよルークくん。

 ……アイテムはまたも蟻地獄の中に捨てられ、もらえたのは……オレンジグミ(最も安価な魔力回復薬)一個。しかも砂まみれだよ。ティアとナタリアのダブルママに睨まれて肩身の狭いルークでした……。

 しかしイベント的にはここでアイテムあげておかないと次に進みません。めげるなルーク!

 

 探索ポイントを六つ以上発見し、ディンの店で低ランクアイテムを五つ以上作成すると、ナタリアが称号を得るイベントが起こります。

ディン「なかなか良いもの作れましぇん〜」
ルーク「文句言うなよ。ちゃんと交易品は届けてるだろ?」
ナタリア「そうですわよ。方々探していますのに」
ディン「けんども、ナっちゃん。儲けはほとんど出てましぇん」
ナタリア「ナっちゃん……」
ディン「ナっちゃんも見てみたガールなんだから もっと色々な交易品見たいだしょ?」
ナタリア「私、見てみたガールなのですか?」
ディン「うん。好奇心が大旋風」
ナタリア「なんだか褒められている気がしませんわね……」
 ナタリアは見てみたガールの称号を手に入れました
ディン「もっと色々冒険するの〜。行きなされ」
ルーク「なんか、パシリっぽいな……」
ディン「あん? あん? ああん?」
ルーク「わかったって……探すってば」

 この称号をつけると、探索ポイントで手に入る低ランク交易品の拾得率が上がります。

 ……にしても、なんかディンに脅されて いいように使われてないか、ルーク。



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