その日は宿で休むことになり、一行がマルクト領事館へ入ったのは翌日だった。

「大佐。ルーク様。お待ちしておりました」

 席を立って話しかけてきたマルクト領事は女性だ。聞けば、ヴァン率いる先遣隊は既にカイツールへ発っており、更にそこを出発したとの連絡が入ったという。

「グランツ謡将より伝書鳩が届いています。グランツ謡将は先遣隊と共にアクゼリュスに向かわれるそうです」

「えーっ!? 師匠せんせい早すぎだよ!」

 聞くなり、ルークは声を上げた。これだけ遅れたのだ。ここで待っていてくれているとは流石に思わなかったが、カイツールまで発ってしまったとは。

(これじゃ、もう、アクゼリュスまでは師匠と会えないじゃん)

「僕たちも急がなければ」

 あからさまに落胆したルークを気にしたのだろうか。イオンが言った、その時だった。

「ガイ!?」

 前に立っていたガイが突然うずくまったのを見て、ルークは驚いた。どうしたんだ、と歩み寄ったところで、衝撃を感じて床に転がる。ガイが腕を振るって自分を突き飛ばしたのだ、と気付くまでに数瞬かかった。

「いてて……!」

 実際、痛みは結構あったが、それ以前にルークは唖然としてしまった。

(ガイが? 俺を突き飛ばした?)

 そんなことがありうるのだろうか、と、立ち上がるのも忘れて使用人にして幼なじみの親友を見やる。そしてハッとした。

「お、おい。まさかお前もアッシュに操られてるんじゃ」

「いや……別に幻聴は聞こえねぇけど……」

 ガイは苦しげに、それでも声を搾り出して答えた。己を抱きしめるように背を丸めて小刻みに震え、何かをこらえるように俯いたその様は、まるで世界を――ルークを視界に入れることを拒んでいるかのようだ。ジェイドがゆっくり歩み寄って、ガイが押さえている右の二の腕を診た。

「おや。傷が出来ていますね。……この紋章のような形。まさか『カースロット』でしょうか」

「カースロット?」

「人間のフォンスロットへ施す、ダアト式譜術の一つです」

 ポカンと座り込んだまま繰り返すルークに、イオンが答える。その表情は険しい。

「脳細胞から情報を読み取り、そこに刻まれた記憶を利用して人を操るんですが……」

「医者か治癒術師ヒーラーを呼びますか?」

 マルクト領事が言ったが、ガイは「……俺は平気だ」と断った。苦しげに床を睨んだまま、「それより船に乗って、早いトコ ヴァン謡将に追いつこうぜ」と言い張る。

「……でも、ヤバくないのか?」

「カースロットは術者との距離で威力が変わるんです。術者が近くにいる可能性を考えれば、ケセドニアを離れた方がいい」

 不安げに言い募るルークに、イオンがそう言い切る。領事が港への出口を示した。

「それでは、こちらからどうぞ」

 頷き、ルークはうずくまったままのガイに肩を貸した。ガイは一瞬、躊躇するような動きをしたが、結局は大人しくルークに肩を貸されて船まで歩く。

 そんな彼らの様を見送りながら、イオンは硬い表情で呟いていた。

「ダアト式譜術を使えるのは導師だけ……。やはり彼は……」




「思ったより抵抗が激しいな。……まあいい。どうせアクゼリュスの一件に巻き込まれるだろう」

 殆ど同じ時、領事館の外で、窓から中の様子を窺っていたシンクも呟いていた。


 ルークがガイに突き飛ばされて「いてて……!」と声をあげた時、それを見るミュウまで「痛い」顔になってます。可愛いです。


 連絡船は汽笛を鳴らしながらケセドニアを発った。

「おっかしいなぁ。ケセドニアを離れたら、すっかり痛みが引いたわ」

 甲板で、ルークたちに囲まれながらガイが明るく言う。

「なんだよ。心配させやがって」

 釣られて笑うルークは心底安堵した風だった。「悪い悪い!」とガイは苦笑して頭を掻く。いつものように。

「じゃあやっぱりカースロットの術者はケセドニアの辺りにいたのね」

「よかったですわね、ガイ。早めにケセドニアを出て」

 ティアとナタリアの声に、「ああ、そうだな」と頷いた。

「そういや、この傷をつけたのはシンクだったけど、まさかあいつが術者かな」

「恐らくそうでしょうね」

 右腕を押さえるガイにイオンが答える。その声音は幾分硬かったが、それに気付く者はいないようだった。

「もうすぐアクゼリュスか〜。師匠せんせいはもうカイツールを発ったって話だけど、急げばまだ追いつけるかもな」

 久しぶりに緩んだ表情になって、ルークは海原を見やる。潮風が彼の緋色の髪を揺らしていた。今日は彼自身の頭痛も起きておらず、気分がいい。

「とにかく、俺がアクゼリュスの奴らを助ければ戦争は回避されるんだろ?」

「基本はそれなんですけどね〜。そんなに簡単にいくかなぁ」

 アニスが不安を漏らした。ティアも同意する。

「そうね……。キムラスカ・マルクト間の緊張は相当のものだと言うし、各地で地道な活動をする必要があるかもしれないわ」

「モースって奴が大人しくしてればいいだけじゃねぇの?」

「モース様はイオン様の行動をよく思ってないみたいだし、なんだか難しそうだけどね〜」

「……」

 肩をすくめるアニスの言葉を聞きながら、ティアは黙っている。

「なんだよ。お前、もうモースの奴をかばわねーの?」

 ルークは揶揄した。少し前までなら、必ず『モース様はそんな方ではないわ!』などと顔を赤くして叫んでいたのに。

「言っても無駄だと思うから。アクゼリュスを救えば分かってもらえると思う」

「ヘ。どーだか……」

 ルークは鼻で笑った。正直、今はどうでもいいかもしれない。

(あと少しで師匠せんせいに会える。師匠に会ってアクゼリュスに着いたら、俺は英雄か……。そして……)

「ルーク。アクゼリュスに着いてからが忙しくなるんですのよ?」

 緩みきった様子に何かを感じたのか、ナタリアがたしなめる口調で言った。

「忙しいことなんか別にねぇんじゃねぇ?」

「呑気なことですわねぇ。アクゼリュスがどんな状況かも分かりませんのに」

「俺は親善大使だから、別の奴らに命令するだけじゃねーか。俺は治癒術師ヒーラーでもないしな」

「何を仰いますの? 救助活動に治癒術師であるとか大使であるとか関係ありませんでしょう?」

 ナタリアの柳眉が吊り上がった。ルークの苦手な『説教魔人』モードだ。

「分かったから、ごちゃごちゃ言うなよ。っせぇなぁ。アクゼリュスに着いたらちゃんと考えるよ」

「しっかり、お願いしますわよ。一国の使者として恥ずかしくないように」

「へいへい」

 ぞんざいに応えてルークは船室へ戻る。女性陣も続いて、甲板にはガイとイオンが残された。

「ガイ……大丈夫ですか?」

 ルークの立ち去った後を暗い目でぼんやり見つめていたガイは、ハッとした様に明るい笑みを浮かべた。

「ああ、痛みも何もないわ。悪いな。イオンにまで心配かけちまって」

「……いえ」

「……今は何ともないから別にいいけど、アクゼリュスの件が片付いたら、何とかした方がいいかな」

 ふと、目を伏せる。笑みは変わらず浮かんでいたが、それはどこか苦かった。

「ガイ。本当に何ともないのですか」

 しかし、問えば彼はまた笑みを明るくする。少し困ったように言った。

「大丈夫だって、そんなに心配するなって」

「……そう、ですね」

 イオンは目を伏せる。何故なのか、辛そうだった。


 ガイの奥義伝承イベントをオアシスの村までこなしている場合、カイツール軍港に着いてからデオ峠を越える前にカイツールの検問所のマルクト側まで足を伸ばすとよいです。ガイが裂空斬を覚えるんで。

ガイの奥義3
#黒髪の男が検問所近くに立っている。
奥義会「その名簿は、もしやギィ様の!」
ガイ「ご存じですか? 私はギィ殿の紹介でこれを預かったガイと申しますが……」
奥義会「お待ちしておりました! さっそく我が剣を伝授したいと思います。失礼ですがガイ様だけこちらへ」
ガイ「わかりました。……みんな ちょっと待っててくれ」
 ガイは裂空斬を修得しました
奥義会「お見事でございました。次の口伝者は、歴史をうたう石碑でお待ちしているとの事です」
アニス「あれ? どこの街かとか教えてくれないの?」
奥義会「教えたくても我らは互いの詳しい居場所を存じません。ガイ様がお持ちの名簿が埋まれば、所在地も明確になるでしょうが……」
ナタリア「あら、何故そのようなことを……」
#ガイ、ナタリアを見る。
ガイ「……まあ、色々あるんだ。とにかく、歴史を謳う石碑というのを捜してみるよ」
奥義会「お気をつけて……」

 

 ノワールファンクラブ(応援倶楽部会報)イベントをケセドニアで会費を払うところまでこなしていた場合は、ここでセントビナーまで足を伸ばしてもいいですが、崩落前までならまだ間にあうので、現時点で無理して行く必要はありません。(ルークの髪が長くても短くてもイベントの内容に変化はない)

 

 ところで、ルーク以外のキャラを先頭にしてカイツールの検問所に入ると、入った途端突然 先頭がルークに自動変更されることがあったんですけど、何なんだろうこれ。バグですかやっぱ。


 何事もなく、連絡船はカイツールの軍港に到着した。

 予め受けていた報せの通り、ヴァンと先遣隊の姿はない。もう何日も前にアクゼリュスへ向かったと言う。馬車で追えれば少しは早いのだろうが、用意は出来ないようだ。もどかしげに港を出ようとしたルークは、つと立ち止まってジェイドを見返した。

「そういや、ここからアクゼリュスってどう行くんだ?」

「北東のデオ山脈を越えた先ですね」

 カイツール軍港から国境地帯へ向かう街道の途中に、今は使われていない、東へ向かう旧道がある。その奥にはデオ峠があり、アクゼリュスは峠を越えてすぐだ。

「よし、急ごうぜ。師匠せんせいに追いつけるかもしれないし」

「待ってルーク。一人で先に行かないで!」

 走り出したルークの背に、ティアが厳しい声音で呼びかけている。

「ルークの奴、なんだか焦ってるな」

「よほどヴァン謡将に会いたいのでしょうねぇ」

 呟くガイの後ろでジェイドは失笑している。再びガイが言った。

「アクゼリュス、被害はどんな感じなんだろうな?」

「障気の被害が酷かったら、現場での介護はあまり効果がないわ」

「そうですわね。被災者の避難を優先すべきでしょう」

 ティアとナタリアの表情は暗い。

「つっても、マルクト側もキムラスカ側も街道が使えないからなぁ」

 マルクト側のフーブラス橋は落ちており、これから向かうキムラスカ側のデオ峠は険しい山道の上、何年も使われていない。病人を連れて移動するのは難しいだろう。どちらを使うにせよ、整備が必要だ。

「わたくしとティアだけでは、全ての被災者を診ることは出来ないでしょうけど、避難の準備が整うまで頑張りましょう」

「両国に避難準備の連絡は行っているだろうから、数日の内に手配してくれるさ。それまでやるしかないな」

 ガイは決意の顔をする。ナタリアが力強く頷いた。

「ええ。民を救うのもまた、国を治める者の務め。民の信頼に応えなければ!」

「そうね。出来る限りのことをしましょう」

 ティアも頷く。

 ……先を行くルークの耳には、仲間たちのこの会話は聞こえてはいない。





 街道を一日で踏破した。踏み込んだ峠道のあちこちには崩落したらしい岩が転がっていたが、通れないというほどではない。

「思ったより、整備されていますね」

 見回してジェイドが言う。

「本当だな。今じゃこの道は、あまり使われていないだろうに」

「なんでだ?」

 チラリと視線を向けて、ルークはガイに訊ねた。

「この道は元々、アクゼリュスがキムラスカ領だった頃に利用されていた道だ」

「マルクトに奪われた今となっては、こちらの道を使う意味がありませんものね」

 ガイの言葉をナタリアが引き取る。

 アクゼリュスは優れた鉱山資源を産出する重要拠点として常に領土争いに巻き込まれてきた。現在はマルクト領になっているが、今でも『アクゼリュスはキムラスカの領土だ』と主張するキムラスカ人は多い。根深い問題を抱えた都市なのである。

「この辺りの鉱物資源は、マルクト帝国が押さえているのよね」

 ティアが確かめた。

「まあ、アクゼリュスがあちらさんのものだからな。そりゃこの辺りのキムラスカ領土内にも鉱山はあるが、アクゼリュスの物に比べれば、かなり質が落ちるらしい」

「アクゼリュスの鉱石は武器や鎧の材料として、とても価値の高い物ですよ」

 ジェイドが言うと、アニスがニヤッと笑って声をあげた。

「じゃあ、こっそり持ってっちゃえば大金持ちだね! ……って冗談でーす。にゃははにゃははは……」

 場の空気が壊れたのはほんの少しだ。

「我が国の物資は不足しがちですわ。特に戦争の気運が高まると……」

 ナタリアが顔を曇らせる。「あー。ダアトからの三角貿易だと、ばっちり関税取るからね」とアニスが言った。

「申し訳ありません……。教団の運営資金などを考えると……」

「その件に関しては、いずれ導師ともお話し合いさせていただきたいところですわ。無論、ダアトがあってこそ、敵国マルクトとの貿易も成り立っている訳ですけれど」

 ナタリアがイオンに言葉を向けていると、「経済会議は然るべき場所でお願いしますよ」とジェイドがとどめてきた。

「そうですね。今はアクゼリュスのことが優先でした。私が変な話をしてしまって、……ごめんなさい」

 ティアがうな垂れる。

「とにかく、思ってたより道が荒れていなくてよかったよ」

 取り成すようにガイが言うと、ジェイドは声を落とした。

「……まあ次の戦いの狙いがアクゼリュスなら、整備しておいた方が得策ですが」

「どういう意味ですの」

 鋭い目でナタリアが睨む。ジェイドは失笑してみせた。

「仮に、ですよ。整備しているという風にも見えません。この道を造ったキムラスカの土木技術が高かったということでしょう」

「……どうもあなたはいちいち癇に障る物の言い方をなさいますわね」

「はっはっはっ。確かに。気をつけますよ」

「――おい、もういいから早く先に行こうぜ」

 苛立つ口調でルークが言った。ミュウに命じて道に転がっていた大岩を破壊させる。

「……ちぇっ。師匠せんせいには追いつけなさそうだな」

 開けた視界の向こうにも、先遣隊は影も形も見えなかった。ルークは頬を膨らませる。どうしてこんなに思い通りに行かないんだろう。

「砂漠で寄り道なんてしなけりゃよかった」

 腹立ち紛れにそう言うと、「寄り道って、どういう意味! ……ですか」とアニスが噛み付いた。

「寄り道は寄り道だろ。今はイオンがいなくても俺がいれば戦争は起きねーんだし」

「あんた……バカ……?」

 アニスの視線が思い切り白くなった。

「バ、バカだと……!」

「ルーク。私も今のは思い上がった発言だと思うわ」

 ムッとした声でティアが言った。ナタリアも続ける。

「この平和は、お父様とマルクトの皇帝が、導師に敬意を払っているから成り立っていますのよ。イオンがいなくなれば調停役が存在しなくなりますわ」

「いえ、両国とも僕に敬意を持っている訳じゃない。『ユリアの残した預言スコア』が欲しいだけです。……本当は僕なんて必要ないんですよ」

 そう呟くイオンに、「そんな考え方には賛成できないな」と言ったのはガイだった。

「イオンには抑止力があるんだ。それがユリアの預言のおかげでもね」

 ルークは無言でガイを睨んだ。彼までもが自分の味方をしなかったことに相当苛立ったらしい。険悪な雰囲気が膨れようとしたが、それより先にジェイドの気の抜けた声が場に落とされた。

「なるほどなるほど。皆さん若いですねー。じゃ、そろそろ行きましょう」

 言うなり、さっさと先へ歩いて行ってしまう。

「この状況でよくあーいう台詞が出るよな。食えないおっさんだぜ」

 呆気に取られてガイは言った。おかげで、危機的な雰囲気はとりあえず霧散したが。

(しかしルークお坊ちゃんよ。さっきのはかなりマズかったな……)

 まだ表情の硬いルークを見やり、ガイは内心で嘆息していた。





 峠道は続く。ルークは先頭を歩いている。まるでがむしゃらだ。峠に入るまでも相当急いでいたが、今は仲間たちと殆ど口もきかず、ただ足を速める。

 イオンはその足に懸命についていこうとしているが、峠道でもあるし、やはり遅れている。彼の守護役ガーディアンであるアニスはその少し後についていた。そうしてイオンの様子や周囲の魔物を警戒しながらも、頬を膨らまし、プリプリしている。

「……まったく。ルーク様って、ホント(バカぁ)?」

 思わず呟いた時、しんがりを守っていたジェイドが口を挟んできた。

「おやおや。まだ怒っているのですか? アニスにしては珍しいですね」

「そ、そんなことないですよぅ……。私はルーク様(の財産)のこと、だーい好きですもん☆」

「本当ですか? イオン様のことを軽んじられたら、流石のアニスも頭にきたんじゃないですか?」

「えっ? そ、そんなことないですってばー……」

 からかうように言われて反射的に否定したものの、「……まあ、ちょ〜っと、引いちゃいましたけど……」と本音を漏らした。

 正直、ちょっとどころではない。激怒したと言っていい。多少馬鹿でも財産があって見栄えがいいならまあいいかと思っていたが、なんだあれは。ローレライ教団を、世界中の尊崇を集めるイオン様を何だと思っているのか。信じられない。

「ふむ……そうですねぇ。微妙な国勢や各要人の立ち回りから縁遠いとはいえ、流石に失言でした。……いや、流石の失言、と言うべきか?」

 ジェイドは何やら言葉をひねっている。面白がっているように見えて、アニスはまた別の面でムッとした。

「もう、その話はいいです!! 大佐、とっとと行きましょ」

「はいは〜い」

 暢気な口調で言って、ジェイドは口を閉じた。


 デオ峠は今後二度と来られない場所なので、心残りないように探索しておくといいと思います。

 木にミュウアタックをかますと、宝箱が落ちてきたり魔物が襲ってきたりします。小屋の中に落ちた宝箱は、小屋の裏の縄梯子から小屋に入ると取れます。

 出口近く(石畳が見えてくる)でリグレットと戦闘。小屋の記憶陣でセーブしておくのが吉。

 

 それはそうと。バチカルを出たばかりの頃に比べると、アニスとティアの言い分は変わってきています。

「陸路を行ってイオン様を捜しましょう。仮にイオン様が命を落とせば、今回の和平に影響が出る可能性もゼロではないわ」
「そうですよ! イオン様を捜して下さい! ついででもいいですから!」

 最初はこういう言い方してたんですよね。あくまで旅のメインは親善大使ルークでした。

 なのに、いつの間にか『導師イオンと、ついでに親善大使ルーク』に変わっちゃってるのです。「イオンを助ける=寄り道」だなんて許せない。「イオン<ルーク」だなんてありえない。イオンがいなければ平和は成り立たない。ルークが平和を作れるなんて思い上がりもいいところだ! と。

 親善大使形無しです。じゃあなんでルークはここまでこんな苦労して旅してきたのか。その他の仲間たちと一緒に病人の看護と物資の運搬をするためですかそうですか。それも重要だけど、「親善大使」に求められているものって、それですか?

 導師イオンは惑星オールドラントの信仰の要。信仰心というものは恐ろしい影響力を持つものですから、こうなってしまうのは仕方がないことなのでしょう。……しかし、この状況はルークでなくても不愉快になるものだと思います。華々しい仕事を与えられて主役として出立したのに、旅のメインは常にイオン。イオンを捜せ。イオンを救え。イオンを気遣え。……何故こんなことに?

 ルークはお子様なのでその気分をストレートに表に出してしまって周囲に責められてしまいましたが。理屈で言えば、バチカル城から易々と誘拐され、体が弱いのに急ぎの旅にくっついてくるイオンの方がおかしいと言えます。

 

 そしてまた。アニスは導師守護役ですからイオンを第一に守るのが仕事ですが、ルークはそうではないのです。ルークにはイオンを助けて守る以外に緊急で重要な仕事がある。それをあえて時間を割いて体を張って協力した。ルークに多大な迷惑を掛けたのは事実で、アニスは協力をお願いした立場だというのが現実なのに、ルークがそれを口にするとアニスが激怒するというのは。履き違えてるんじゃヌェー。と思わなくもない。

(まぁだから…。オールドラントでは『導師』はそれだけ尊崇される『神様』に近い存在で、他の誰より何より優先されるべきだとルーク以外の誰もが思ってるってことなんでしょうが。イオンを『ただのイオン』だと思ってるルークの方が異端なんですよね。イオンを悪く言うってのは、いわば地雷だったわけです。)

 そもそも、ルークが頭痛で昏倒した時、心配するどころか「健康に難ありかぁ。介護するぐらいなら、ぽっくり逝きそうなお金持ちの爺さんの方が……」と言っていたアニスです。本人に面と向かって言ったわけではないけれど、この発言は、ルークの「砂漠で寄り道なんてしなけりゃよかった」に匹敵するかそれ以上の暴言だと思うのですが。

 この頃のアニスにとって、まだ、ルークは利用するだけ利用する相手でしかない。……ルークがあまりいい性格ではないから、アニスと良好な関係を築けなかったせいでもあるのでしょうが……。この関係がどう変化していくのかも、今後の注目ラインの一つです。


 懸命にルークの足に続いていたイオンだったが、峠がやがて下りに折り返す頃、ついに荒い息を吐いてうずくまってしまった。

「イオン様!」

「大丈夫ですか? 少し休みましょうか?」

 アニスとティアが駆け寄り、抱きかかえて声をかける。

「いえ……僕は大丈夫です」

「駄目ですよぅ! みんなぁ、ちょっと休憩!」

 アニスのその言葉に、ルークは怒鳴り返していた。

「休むぅ? 何言ってんだよ! 師匠せんせいが先に行ってんだぞ!」

「ルーク! よろしいではありませんか!」

「そうだぜ。キツイ山道なんだし、仕方ないだろう?」

 ナタリアとガイがたしなめる声を出したので、それに更にムッとする。

「親善大使は俺なんだぞ! 俺が行くって言えば行くんだよ!」

 白々とした空気が流れた。

「ア……アンタねぇ!」

 アニスは頭から湯気が出そうなほどに怒っている。

「では、少し休みましょう。イオン様、よろしいですね?」

 すかさず、穏やかなジェイドの声が割り入った。今までと同じように。無視された格好になり、ルークは「おい!」と苛立った声を上げる。

「ルーク、すみません。僕のせいで……」

 イオンが辛そうな顔でルークに頭を下げた。流石にルークも口ごもる。舌打ちし、「分かったよ。……少しだけだぞ」とそっぽを向いた。




 休憩の間、誰もルークの側には近寄ってこなかった。丁度いい、と思う。苛々して仕方がない。誰とも話す気にはなれなかった。誰も彼もが非難めいた、怒りを込めた目でルークを見ているのだから。

師匠せんせいに会いたい……)

 その思いがますます強くなる。

師匠せんせいに会えたら、きっと、色んなことが上手くいくのに。早く峠を出たい。なんだよ。イオンがどうしてアクゼリュスまでくっついて来るんだ。あいつがいなけりゃ、もっとずっと早くここまで来れたはずなのに)

 なのに……みんなはイオンを庇って、あいつの味方をする。

 座ることもせずに苛々と立っていると、ティアが近付いてきた。

「ルーク。何を焦っているのか知らないけど、そういう態度はやめた方がいいわ」

「……んだよ。何がだよ」

 ムッとした気持ちを隠さずに睨みつける。

「……もういいわ」

 それ以上何も言わず、ティアはみんなの方へ戻っていった。

「……何なんだよ! くそっ!」





 峠道は下りに入る。そろそろ出口に差し掛かったかと思われた頃、一行の足元に光弾が撃ち込まれた。

「止まれ!」

 譜銃を手に、やや離れた崖の上から六神将、魔弾のリグレットが見下ろしていた。

「リグレット教官!」

「ティア。何故そんな奴らといつまでも行動を共にしている」

「モース様のご命令です。教官こそ、どうしてイオン様をさらってセフィロトを回っているんですか!」

「人間の意志と自由を勝ち取るためだ」

「どういう意味ですか……」

 ティアは怪訝な顔になる。リグレットが続けた。

「この世界は預言スコアに支配されている。何をするのにも預言を詠み、それに従って生きるなど、おかしいとは思わないか?」

預言スコアは人を支配するためにあるのではなく、人が正しい道を進むための道具に過ぎません」

 イオンが毅然と言ったが、リグレットは動じなかった。

「導師。あなたはそうでも、この世界の多くの人々は預言スコアに頼り支配されている。酷い者になれば、夕食の献立すら預言に頼る始末だ。お前たちもそうだろう?」

「そこまで酷くはないけど……預言スコアに未来が詠まれてるなら、その通りに生きた方が……」

 アニスが言った。

「誕生日に詠まれる預言スコアは、それなりに参考になるしな」

 ガイも言う。ナタリアも言った。

「そうですわ。それに生まれた時から自分の人生の預言スコアを聞いていますのよ。だから……」

「……結局のところ、預言スコアに頼るのは楽な生き方なんですよ」

 ジェイドが言った。

「もっとも、ユリアの預言スコア以外は曖昧で、読み解くのが大変ですがね」

「そういうことだ。この世界は狂っている。誰かが変えなくてはならないのだ。ティア……! 私たちと共に来なさい」

「私はまだ兄を疑っています。あなたは兄の忠実な片腕。兄への疑いが晴れるまではあなたの元には戻れません」

「では、力ずくでもお前を止める!」

 譜銃を構えたリグレットに、ティアは必死に叫ぶ。

「教官! 兄と一緒になって何を企んでいるんです!」

「俺達の邪魔をするのも、ヴァン様の指示なのかい?」

 ガイが皮肉に笑った。アニスも叫ぶ。

「総長は私たちの到着を待ってるはずなんだよ! どいてっ!」

「ここで説明することは何もない。私はティアを止めたいだけだ」

 リグレットは一度言葉を切った。再び、視線をまっすぐに向ける。

「ティア……。その出来損ないの傍から離れなさい!」

「出来損ないって俺のことか!?」

 リグレットの蔑んだ視線を受けてルークは愕然とした。だが、ルーク以上に衝撃を受けた様子を見せたのはジェイドだ。

「……そうか。やはりお前たちか! 禁忌の技術を復活させたのは!」

 前に駆け出してまで叫んだ彼を、ぎょっとしてルークは見た。更に彼が何か言おうとした時、「ジェイド! いけません!」とイオンが叫んだのにもうろたえた。

「知らないままでいいことも世の中にはある」

「イオン様……ご存知だったのか!」

「な……なんだよ? 俺を置いてけぼりにして話を進めるな! 何を言ってんだ! 俺に関係あることなんだろ!?」

 しかし、ルークの問いに答える者はなかった。誰一人も。

「くそ、俺を無視するな!」

「……誰の発案だ。ディストか!?」

 やはり無視したまま、低くジェイドが訊ねる。

「フォミクリーのことか? 知ってどうなる? さいは投げられたのだ。死霊使いネクロマンサージェイド!」

 瞬速の動きでリグレッドが光弾を放つ。ジェイドは槍を現出させ、それを弾いた。怒りに燃えた目を上げる。が、そこからは既にリグレットの姿は消えていた。

「……くっ。冗談ではないっ!」

 ジェイドが吠える。アニスが声を震わせた。

「大佐……。珍しく本気で怒ってますね……」

 息を吐き、ジェイドは槍を霧散させた。

「――失礼、取り乱しました。もう……大丈夫です。アクゼリュスへ急ぎましょう」

 その声を合図にして、仲間たちは先へ歩き始めた。誰も、何もそれ以上のことは問わないし、言わない。何か尋常ではない空気を感じ取ったからなのだろう。だが、ルークだけは文字通りその場に取り残されていた。歩き去る仲間たちの背を見ながら拳を握って憤る。

「ふざけんな! 俺だけ置いてけぼりにしやがって。何がなんだか分かんねーじゃんか!」

「ご主人様、怒っちゃ駄目ですの……」

 唯一ルークの足元に残っていたミュウが、細い声で呼びかける。しかしルークは止まらなかった。今まで少しずつ積み重なってきた不満や不安、それによる苛立ち。それが膨れ上がり、ついに彼を爆発させていた。

「俺が知らないところで何がどうなってやがる! あのリグレットって女! 俺のことを出来損ないだと!? ちっ、くそ! ティアもジェイドもイオンも、みんな、みんな肝心なことを話しやがらねぇ! バカにしやがって……」

「怒らないでくださいですの……」

「ならっ! 俺に話しかけんじゃねぇ! うぜーんだよ! どいつもこいつも!! 俺を馬鹿にしてないがしろにして! 俺は親善大使なんだぞ!」

「ご主人様……」

師匠せんせいだけだ……。俺のこと分かってくれるのは師匠だけだ……!」

 うわごとのように、ルークはそれを繰り返す。

「ルーク……」

 声がした。ティアが戻ってきたらしい。

「確かに私たちも説明不足だったわ。でも、あなたのあの態度は、みんなから説明の意欲を削いでしまったことも事実よ」

「ふん、また説教かよ! ガミガミうるせぇな! 冷血女!」

「いい加減にして。子供みたいに……」

「うるさい! 師匠せんせいはそんな風に俺を馬鹿にしなかった! いつも俺に優しかった! 俺の知らないこともちゃんと説明してくれた! 師匠は……」

 スッとティアの声が低くなった。

「……なら、あなたは兄がいなければ何も出来ないお人形さんなのね」

「なんだと!?」

「もういいわ。ただ、一つ忠告しておくけれど、あなた、少しは自分の頭で物を考えないと、今に取り返しのつかないことになるわよ」

 ティアの気配が去っていく。

「……くそっ……! 師匠せんせい……!」

 ルークは再びその名を呟いた。無心に、救いを求めるように。


 ものすごい勢いで追い詰められていくルーク。なんか正論吐いて忠告するティア。(つーか、捨て台詞ですねあれは もはや)

 でもなぁ。いくら ここ暫くのルークの態度が気に食わなかったからって、あそこまで目の前でルークを不穏に話題にしてて、本人が説明しろと言ってんのに無視して「今訊かれて説明しないのも、今まで色んな事を説明しなかったのも、全部お前の態度が悪かったから。お前が悪いんだ」ってのは……。みんなにもスゲー問題あると思うんですけどね。いじめか。

 この辺りのルークの日記を読むと、「俺は親善大使なんだ! 俺がこの中で一番偉いんだ! 俺は選ばれた英雄になるのに! みんな死んじまえ!」とか書いてあって痛いです。この頃のルークはどうしたって好感の持てる人ではありませんが、どうしてこんな風に思うようになっちゃったかと考えると、単純に嫌な奴だと切って捨てることはできないと思うので。

 ここは、世話係でもあるガイがルークのフォローをすべきだと思うのですが、何故かシカトしています。深読みしてしまうとカースロットの影響ってコトになるのでしょうが。


 すり鉢状の都市であるアクゼリュスは、紫のもやの中に沈んでいた。

「こ……これは……」

「想像以上ですね……」

 愕然とするルークの傍で、流石のジェイドも動揺を隠せないようだ。

 街中に死の気配が充満していた。鉱夫たちがあちこちに倒れて呻き声を上げ、あるいはぼんやりと生気のない目で座り込んでいる。その中の一人にナタリアが駆け寄った。

「お、おい、ナタリア。汚ねぇからやめろよ。伝染るかもしれないぞ」

 思わずそう言ったルークを、ナタリアは激しい視線で見返した。

「……何が汚いの? 何が伝染るの! 馬鹿なこと仰らないで!」

 そして倒れた鉱夫に「大丈夫ですか?」と声をかけ、癒しの光を当て始める。

「あんたたち、キムラスカ側から来たのかい?」

 ただ呆然としているルークに、鉱夫の一人が話しかけてきた。

「あ……あの……」

 ルークは何を言うことも出来ず、へどもどする。ナタリアが立ち上がって駆け戻り、「わたくしは、キムラスカの王女ナタリアです。ピオニー陛下から依頼を受けて皆を救出に来ました」と告げた。

「ああ! グランツさんって人から話は聞いています! 自分はパイロープです。そこの坑道で現場監督をしてます。村長が倒れてるんで、自分が代理で雑務を請け負ってるんでさぁ」

「グランツ謡将と救助隊は?」

 歩み寄り、ジェイドが訊ねる。

「グランツさんなら坑道の奥でさぁ。あっちで倒れてる仲間を助けて下さってます」

「この辺はまだフーブラス川の障気よりマシって感じだな」

「坑道の奥は酷いらしいよ」

 ガイとアニスは既に辺りを走り回り、簡単に様子を確認してきたらしい。仲間たちは深刻な顔をつき合わせた。

「死者が出てもおかしくないよ。急がないとヤバい感じ」

「野ざらしになってる人や、坑道に残されてる人もいるみたいだ。……こりゃ大変だぞ」

「手分けした方がいいかもしれないわ」とティアが提案した。ジェイドが考える仕草をする。

「現状を正確に把握しないといけませんね。手分けするかどうかは、その後決めましょう。ともかく、街を隅々まで調査しなければ……」

「辺りの様子を確認したら坑道へ行ってみましょう」

 ティアはルークに顔を向けて言ったが、反応はない。

「ルーク!」

「あ……、ああ……うん……」

 鋭く呼ばれて、ようやく生返事を返した。デオ峠ではあれだけうるさかったのが嘘のようだ。

「今この街で生きている坑道は第7坑道だけです。障気はこの前起きた地震の影響で出たみたいで。障気だけじゃなく、足場が崩れたり亀裂が出来たりしましてね。おかげで第14坑道に取り残される奴も出る始末でさぁ。……そっちの鉱石保管庫を今は病院代わりに使っています」

 パイロープが一行を小屋の一つに案内する。仲間たちの後に従って中に踏み込んで、ルークはぐっと息を詰まらせた。床一面に人間が転がっているのだ。全員が酷い顔色をしており、処理しきれていないのだろう、室内には吐瀉物や排泄物の臭いがこもっている。

「……うぅ……う…………ぅ……」

 苦しげに呻きをあげる男の前に制服の女性が一人うずくまっていて、ルークたちの気配に気付いたのかハッと顔を上げた。

「あなた方は……」

「わたくしたちはキムラスカからの救援隊です」

 ナタリアが言った。

「そうでしたか。……また新しい患者さんかと思いました」

「あなたは……マルクト軍の看護士ですね」

 制服を見てジェイドが確認すると、女性は頷く。小屋にはもう一人、制服を着た男性が立っていたが、彼が軍医だと言う。

「私たちはちょうど定期健診でこちらに来ていたんです。その時、先日の地震に襲われて今まで治療を続けていました。しかしこの設備と薬の状況では治療とは呼べません。一刻も早くどこか別の街に移さなければ……」

……今年の……ゴホッ…………誕生日も……子供たちを……祝って……あげられないかもなぁ……

 看護士の隣で、横たわった男がうわごとのように呟いている。

「……ゴホッ……誕生日の…………プレゼント……約束したのに……買って……行って……やらなきゃ……。……しばらく……家に……帰って……ゴホゴホ…………なかったからなぁ……。…………また……ゴホッ……カミさんに……ゴホゴホッ…………怒られちまうなぁ……

「ひどい咳です。これは……障気のせいなのですか?」

 イオンが訊ねた。

「この症状は障気蝕害インテルナルオーガンと言います。障気に触れた事により発症して、最初は風邪のような症状が出ます。そこから体内に蓄積された障気が内蔵を冒し始め……あらゆる苦しみを与えた後、全ての臓器の活動を停止させてしまいます。通常はその前に衰弱死をしてしまう事が多いんですけど……。ただ、謎なのが障気に触れても平気な人もいる事なんです……」

「俺たちは……まだ、平気だよな」

 ガイが言い、仲間たちは不安げに顔を見合わせる。

「障気が平気な人でも長時間触れ続けていれば体に害がありますから、絶対に無理はなさらないで下さい」

 そう言い、軍医は転がる患者たちを見渡して苦い顔をした。

「一刻も早く体内の障気を取り除いてあげなければ……。どうにか、患者たちを搬送する方法があればいいのですが……」

 口元を覆って顔を歪めていたルークは、上着の裾が引かれたのを感じて目を向けた。掴んでいるのは土気色の手だ。

「……おかしいよなぁ……俺、死ぬんだぜ!」

 掠れた声を出し、その男は壊れたような表情で笑っていた。

「……笑っちまうだろ? なあ、あんた、おかしいだろう。――笑ってくれよ! なんで俺が死ななきゃなんねぇんだよ!」

 掴む力が強くなり、引き倒されそうな錯覚を覚えて、ルークは声にならない悲鳴をあげる。力いっぱい身を引くと、手は離れてパタリと落ちた。

……………………まだ……死にたくねぇよ……

 ルークはゾッと総毛立った。触れられたところから、じわじわと何かいとわしいものが侵食してくる感じがする。

「う……っ」

 身を翻して出口に向かおうとしたが、腹に誰かがぶつかってきて足を止めた。

「あら、子供……?」

 ナタリアが目を丸くする。七、八歳ほどの男の子が、ルークの前に立っていた。

「息子のジョンです。自分はエンゲーブからの単身赴任なんですが、間の悪いことに息子が遊びに来た日に障気が出ちまって。息子を無事帰さねぇと気が気じゃないんでさぁ」

 パイロープが少し困った顔で笑っている。「ジョン、こちらは救援隊の方々だ」と息子に言った。

「兄ちゃんたちがおいらを助けてくれるんだろ! おいらの家はエンゲーブだよ。早く連れてってよ!」

「え……」

 子供に詰め寄られて、ルークは言葉に詰まる。ティアが助け舟を出すように言った。

「数日中に避難準備が整うと思うわ。それまで、私たちも精一杯頑張るから……」

 ジョンは泣き出しそうな顔で口をつぐむ。パイロープが歩み寄ると、その腰にぎゅっとしがみついた。

「父ちゃんと遊びたかったのに、なんでこんなことになるんだよぅ……。早くエンゲーブに帰りたい……。母ちゃん……」

「すみません、息子を送ってきます」

 申し訳なさそうにパイロープが言う。ジョンの背中を押すようにして歩き去りながら、「今の状況ははっきり言って最悪だ……一体どうすればいいのかサッパリ分からねえ……」と苦く呟いた。





「想像以上に酷いですわ……」

 ナタリアは悲痛な声を漏らす。イオンも苦しげな顔をしていた。

「まだ症状が軽度の人も何人かいるようですが、彼らに救助を手伝ってもらうのは酷ですね」

「ええ……。とにかく、わたくしたちも皆さんを助けるために出来ることをやりましょう」

「うん。そうだね」

「そうだな。手分けして……」

 アニスとガイが頷く。

「ルーク、それでいいわね?」

 ティアが訊いた。しかし、ルークは再びぼんやりしている。

「ルーク! 聞いていますの?」

「あ、ああ」

 ナタリアに怒鳴られて顔を上げると、もう仲間たちは散開していた。それぞれが出来ることをするために。

「俺に……俺に出来ること……」

(障気を消すことか……? だけど、俺一人じゃ……)

 ルークはただ呆然と佇む。――と。肩にポンと手が置かれた。

「ルーク。俺たちまで元気がなくなっちまったら、街のみんなが不安になるぜ。しっかりしようや」

 見かねたのだろうか、ガイがそう言って笑っていた。

「……元気にったって、親善大使の俺がここでやることなんて何もねーじゃん」

「おいおい、やることは山ほどあるだろう。病人を運んだり、荷物を運んだり……」

「だから、どうして俺がそんなことしなきゃいけねーんだよ」

 遮るように言うと、ガイの表情が険しくなった。

「ルーク……」

「な、なんだよ」

「お前……、本当に、本当にそう思うのか? ……もう少し、ちゃんと考えてみろ」

 言って、ガイは向こうへ行ってしまった。

 沈んでいた苛立ちがルークの中に甦る。

(まったく。一人ずつ助けても埒があかねーじゃんか。俺の超振動なら障気を一気に消せるんだ。そのために、まずは師匠せんせいを探さねーとな。……だけど師匠、どこにいるんだよ……)

 奥の坑道に向かったとパイロープは言っていただろうか。

「ルーク。どこへ行くの?」

 下層へ向かう道を歩き出したルークを見咎めて、ティアが呼び止めた。

「っせぇな……。坑道へ行くんだよ。そこに師匠せんせいがいるんだろ」

「今は、そっちは先遣隊に任せればいいわ。私たちはまず、ここで……」

「黙れ! 親善大使は俺だぞ! 俺は師匠せんせいに会いたいんだよ!」

「ルーク……」




「親善大使殿は、どうやらあてにはならないようですね」

 怒鳴り散らすばかりのルークの様子を見やって、ジェイドが皮肉に言った。アニスは頬を膨らませている。

「人手が足りないのに〜。も〜」

「仕方がないかもな。こんなの初めてだろうし」

「ルークもきっと数日すれば、王族として親善大使として、その役を果たしてくれるでしょう。それまでは わたくしたちだけでも頑張りましょう。苦しんでいる民のために」

 ガイとナタリアは、まだ幼なじみに好意的だったが、ジェイドはにべもなかった。

「しかし、このままこの街に長期滞在すると、私たちも障気に侵されてしまいます。使えない人間は頭数に入れない方が賢明だと思いますよ。迅速な行動の弊害になりますから」

「きっついなー。大佐」

「事実なのだから仕方ありません」

 アニスとジェイドのやり取りを聞きながら、ガイは表情を苦しげに曇らせると沈んだ声音で呟いた。

「まぁ、そうかもしれないな……」 


 この辺りは、ルークと仲間たちの心がどんどん離れて行っているのが如実に分かるので、プレイしていてとても辛い部分でした。

「使えない人間」。全くその通りなんだけど。(でも、親善大使に荷物運びを要求する状況と言うのも、考えてみればすごいですね。)

 一応、ルークにはルークの思惑があるのですが、ヴァン師匠に「誰にも言ってはならない」と口止めされていたために、他の仲間にはそれが分からない状態。デオ峠での一件で気まずくなっていたこともありますし。どんどん孤独になるルーク。

 もっとも、実際にはガイとイオンは棒立ちルークを気にして励まし諌めようとしてますし、ナタリアはルークが自分で動き出すのを信じて、率先して動きながら待ってくれてる。そしてティアは、決定時には常にルークの指示を仰ぐポーズを取って、彼を立ててくれています。

 でもルークはそれらの思いやりには気付かず、師匠に会えば全部解決すると思い込んで、どんどん思いつめていっている。仲間たちの方も、追い詰められたルークの心理を今一つ親身に考えることが出来ていない。ただのお坊ちゃまのワガママだと思い込んでしまっている。

 仲間たちもルークも、互いにあと一歩が足りない。手を伸ばしきれていない。そんな状況になってしまっていると思います。

 

 余談ですが。

 アクゼリュス第七坑道へ行くと、まだ障気蝕害を起こしていない鉱夫たちが未だに採掘作業を続けています。

「そこに見えているのは唯一まともなアクゼリュス第7坑道だ。ただ、障気が出ていないわけじゃないがな。人によっては障気蝕害が発症しないらしいから 俺らは作業を続けるのさ。作業がやれるまで続けておかないと後悔するかもしれないからな」

「正直、時間は限られているだろうけど 山が先に崩れるか俺たちが先に倒れるか我慢比べだな」
「本当は俺たちも第14坑道に行きたかったんだよ。でもな魔物が出てきやがったから奥には入って行けねぇし……。障気が平気な奴らはじっとしていられないから作業を続けているんだよ。障気蝕害が発症した奴らの看病もできないからな」

 で、それとは別口になりますが、フェイスチャットの中でこんな会話があるんですよね。

ガイ「壁の中に埋まってる、青や緑の石……あれが鉱石なんだよな?」
ジェイド「そうですね。アクゼリュスの鉱石は武器や鎧の材料として、とても価値の高い物ですよ」
アニス「じゃあ、今こっそり持ってっちゃえば大金持ちだね! ……って冗談でーす。にゃははにゃははは……」
ナタリア「……ここの皆さんは、命を張って国のためにあの鉱石を採掘しておられるのですわね。私たちも、皆さんを助けるためにも出来ることをやりましょう」

 国の為に鉱夫たちが採掘を続けていたのだと理解するナタリア。……それも間違いではないでしょうが、自分たちの身を危険にさらしてでも採掘を続けていたのは、自分や家族の生活のためではないのかな?

 為政者と庶民の微妙な感覚のズレ。突っついてみたら面白いなとは思ったんですが、話が冗長になりすぎると思ったので、ここにメモするに留めておくことにします。

 

 素朴な疑問。アクゼリュス到着前、ガイは言っていました。「つっても、マルクト側もキムラスカ側も街道が使えないからなぁ」と。

 ……あれ? マルクト側はフーブラス橋が落ちてて(障気が出ていて)通行不能、だからキムラスカ側から救助に向かうんじゃなかったのか? キムラスカ側の街道も使えないのなら、ルークたちは一体どこを通ってアクゼリュスへ行くのか。

 デオ峠に転がった岩をミュウアタックで破壊してアクゼリュスに到着。するとアクゼリュスの鉱夫の一人が言うのです。

「そういやぁ……デオ峠はガケ崩れで通れなかったんじゃ……? ……あんたら街を救うためにわざわざ来てくれたのかい……?」

 ……あのぅ。ルークたちより先に到着したヴァン師匠とキムラスカ軍の皆さんは、どこを通ってきたというのですか??

(念の為。まだバチカルに帰還する前の時点から、既にデオ峠は大岩で塞がれていました。つまり、先遣隊が通った後 崖崩れが起こったわけではないと思われます。)


「そこのが第14坑道だよ。軍人さんがぞろぞろ入っていったけど大丈夫か? あの中には障気じゃなく魔物まで出てな……。俺たちも体力にゃ自信はあるが魔物相手じゃ……」

 座り込んでいた鉱夫に教えられ、ルークたちはヴァン率いる先遣隊が入ったという坑道に向かった。ルークがヴァンに会うと言って譲らなかったこと、先遣隊が未だ坑道から出ておらず、どうやら救助活動に手こずっているらしいことから、全員でこちらに向かうことにしたのである。

「グランツ響長ですね!」

 坑道へ入ろうとした時、一人の神託の盾オラクル兵が寄ってきた。ルークはギクリとしたが、兵士は襲い掛かってくることもなくティアに話しかけている。

「自分はモース様に第七譜石の件をお知らせしたハイマンであります」

「ご苦労様です」

 ティアも落ち着いて言葉を返していた。

(つーか、神託の盾オラクルって、敵と味方がゴチャゴチャで混乱するっつーの)

 ルークは僅かに憮然とする。

「第七譜石? まさか発見されたのですか!」

 イオンが目を見開いた。

「はい。ただ真偽のほどは掘り出してみないと何とも……」

「ティア。あなたは第七譜石を確認して下さい。僕はルークたちと先遣隊を追います」

「分かりました。この街の皆さんをお願いします」

 イオンに促され、ティアは仲間たちと別れて坑道を出て行った。




 話通り、坑道の中には魔物が徘徊し、障気が立ち込めていた。

「ここも障気が充満してやがる」

 小さく息を呑んでルークが呟く傍らで、「この奥に障気の発生源があるのかなぁ」とアニスが小首を傾げた。

「ってことは奥に行くほどやばいって事かもしれないな」

 ガイが険しい顔をする。

「ティアもいませんし、少し危険ですね。ですが、奥にまだ取り残されている人がいるかもしれません」

「発生源を何とか出来るかもしれないし、進んでみないと、ですね」

(発生源……)

 ジェイドとアニスのやりとりを聞きながら、ルークは思う。

 ヴァン師匠せんせいが言ったように、俺がそれを消せれば。

(みんな、俺のこと見直すかもしれない……)

 アクゼリュスに入って以降、自分がはっきりと孤立しつつあることを、流石にルークは感じ取っていた。

 構うもんか。どうせ、アクゼリュスを救ったら、俺はヴァン師匠とダアトへ亡命するんだ。そして自由になって、今までとは違う生活をする。だから、こんな連中とはおさらばだ。

(だけど……)

「ルーク、どうした? 行こうぜ」

 何も知らないガイが、気遣うように呼びかけてくる。「あ、ああ」と曖昧に頷いて、ルークは仲間の後に付いて行った。





 坑道の奥は惨憺たる有様だった。紫色の障気が濃厚に立ち込め、何人もの鉱夫たちが倒れ伏して呻いている。それを見た仲間たちは、それぞれに倒れた人影に駆け寄った。

「しっかりして下さい。今助けますわ」

「おい! しっかりしろ!」

 被災者のあまりの多さに、「もーっ! 私たちだけじゃ手におえないよ!」と、アニスが叫んでいる。

「……おかしい。先遣隊の姿がない」

 辺りを見回し、ジェイドが呟いた。ここに入ったはずのキムラスカの救援隊の姿は一人たりとも見えない。坑道にはまだ奥があるようだが、そちらへ向かっているのだろうか? それにしても、これだけの被災者を放置して?

 ルークは一人、ここでも何も出来ずに立ちすくんでいた。呻いている人々に触れるのが恐ろしい。および腰で見ていた時、いつもの頭痛が彼を襲った。

「……ってぇ……! またか……」

 

 ――そこから先に行くのはよせっ!

 

 刹那、脳髄を貫くように聞こえたのはアッシュの声だった。

「ご主人様、大丈夫ですの?」

 ミュウが見上げてくる。この生き物は、今でも常にルークの側に控えていた。だが、それも何だか煩わしい。

「うるせー! お前もどっか行け!」

「みゅぅぅ……」

 気付けばアッシュの声は消えていた。まだ痛む気がする頭を片手で押さえて、ルークは救助活動に勤しむ仲間たちを見やる。

(また俺だけ何もする事がねぇ……。師匠せんせい、ホントどこ行っちまったんだ。師匠さえ見つかったら、障気を消せるのに……)

「一体師匠せんせいはどこにいるんだよ……」

 声に出して呟くと、いつの間にか戻ってきていたイオンが話しかけてきた。

「ルーク。ともかく今は街の人を助けることを考えましょう」

師匠せんせいだって、ここで救助活動しているはずだろ。師匠なら俺がどうすればいいか教えてくれる。俺は師匠を捜したいんだ!」

「でもルーク、街の人たちは、一刻も早い救助を望んでいるはずです。親善大使としてのあなたの行動に期待して……」

「わーってるよ! そんなこといちいち言われなくても!」

 みなまで言わせず、ルークは怒鳴っていた。

(俺はちゃんと考えてる! 街の連中を移動させたら戦争になるから、避難より先に障気を消す。そのためには師匠に会わなきゃならないんだ!)

 そう言いたい。だが、『この計画のことは、直前まで誰にも言ってはならないぞ』とヴァンに言われたことを思い出した。だから、ただ苛立たしげに顔を背ける。

「そうですか……分かりました」

 イオンは悲しげに口をつぐんだ。

 その時、地上の方から入り乱れた激しい人声が聞こえてきた。

「……上の様子がおかしい。見てきます」

 そう言って、ジェイドは素早く坑道を戻っていく。それとは反対の奥への道をルークは進み始めた。イオンとミュウだけが後に付いて来る。





 坑道の奥はすぐに行き止まりになっており、奇妙な文様の描かれた光り輝く扉があった。どこかで見たことのある――そうだ、ザオ遺跡でイオンが開けさせられていたものと同じものだ。そして、その側に再会を切望していたヴァンの姿が見えた。

「師匠っ……!」

 駆け寄ろうとして、ルークはがくりとうずくまる。また頭痛が襲ってきたのだ。再び、アッシュの叱責の声が聞こえた。

 ――奥に行くんじゃねぇ! 取り返しがつかねーぞっ! 言うことを聞きやがれっ!

「……お前なんかに命令されてたまるか」

 ルークは強引に立ち上がる。気圧されたのか、痛みが僅かに遠ざかった。ヴァンは歩み寄ってくるルークを見つめている。

「ようやく来たか」

師匠せんせい! こんなところにいたのか。……他の先遣隊は?」

 怪訝そうなルークに「別の場所に待機させている」と軽く答えてから、ヴァンはルークに付いて来たイオンに顔を向けた。

「――導師イオン。この扉を開けていただけますか」

 背後の光り輝く扉を示して言う。

「……これは、ダアト式封咒。ではここもセフィロトですね。ここを開けても意味がないのでは」

「いいえ。このアクゼリュスを再生するために、必要なのですよ」

 迷う様子のイオンに、ルークは言った。

「イオン! 頼むよ。師匠せんせいの言う通りにしてれば大丈夫だからさ」

「……分かりました」

 イオンが扉の前で念じると、小さな譜陣が生じて砕け、文様と共に扉が消失した。ヴァンは躊躇いなくその奥へ入って行き、イオンもそれに続く。ルークも続こうとした時、再び頭痛が襲い掛かった。

 ――やめろ! 行くんじゃねぇっ! アクゼリュスを滅ぼすつもりか!

 アッシュの声が脳裏に響く。

「何言ってるんだ! 俺はここの障気を中和するだけだ」

 痛みも声も振り切るようにして、ルークは奥へ走り出す。

(俺は、これから英雄になるんだ。アッシュなんかに命令されてたまるか……!)




 扉の奥は広大な空間になっていた。円環状の通路が囲む中にそびえる巨大な音機関。辺りは眩い光に照らされている。目を丸くして見回しているルークの隣で、イオンが「ここは……ザオ遺跡やシュレーの丘と同じ……」と呟いている。

「ルーク。こちらへ……」

 ヴァンが呼んだ。ルークはそれに従い、螺旋に下る長い通路を降りていく。イオンがその後に付いて来ながら問うた。

「ルーク、みんなと離れて行動してよいのですか?」

師匠せんせいがいるじゃねーか。それに、これからアクゼリュスを救うんだ。みんなも文句ねぇだろーよ」

「どういうことですか?」

師匠せんせいに付いて行けば分かるさ! 師匠に任せておけば大丈夫なんだ」

 そう言ってルークが笑うと、何故か、イオンは悲しそうに黙りこんだ。

 螺旋の通路を一番下まで降り、巨大な音機関の前に出ると、ヴァンがルークを促した。

「さあ、ルーク。あの音機関――パッセージリングまで降りて、障気を中和するのだ」

 イオンがぎょっとしたようにルークに問うた。

「どういうことです? 中和なんて出来るんですか?」

「それが出来るんだ。俺は選ばれた英雄だからな」

 得意げにイオンを見返して、ルークはパッセージリングの前に立つ。




 その頃、坑道から出ようとしていたジェイドはただならぬ様子で駆けて来るティアと遭遇していた。

「ティア! どうしたんです、この騒ぎは……」

「大佐! 先遣隊が殺されていました!」

 ティアは叫んだ。

「タルタロスを拿捕だほした神託の盾オラクルが待ち伏せして、先遣隊を始末したようです!」

「それで先遣隊の姿がなかったのか。やはりアクゼリュスの救援を妨害するために……」

「いえ、彼らは私を連れ去るために、兄に命じられて停泊しているんです」

「どういうことです?」

「先程、第七譜石を確認しに行った時――結局あれは第七譜石ではありませんでしたが、とにかくあの時、私は神託の盾オラクルにさらわれそうになりました」

「どうしてあなたが……」

「兄です! 兄が私を巻き込まないために……! 兄はどこですか! 兄は恐ろしいことを実行しようとしています!」

 その時、背後からティア以上の勢いで駆け込んでくる人影があった。

「おい! そんなとこで喋ってる暇があるなら、あの屑をどうにかしろ! 死ぬぞ!」

 叫びながら駆け抜けていく。アッシュだ。彼は二頭の飛行魔物グリフィンに追われていた。

「彼が! アッシュが教えてくれました! 間違いありません。……兄さんは……」




 まさにその時。

 坑道の底で、ヴァンに促されるまま、ルークはパッセージリングをめがけて己の力を放とうとしていた。

「よし、そのまま集中しろ」

 言われたとおり、両手をさし伸ばしてルークは集中する。そんな彼の様子を見やりながら、ヴァンはこう告げた。

「さあ……『愚かなレプリカルーク』。力を解放するのだ!」

 

 それを聞いた刹那。

 ルークの意識の中に、忘れていた記憶が浮かび上がった。連絡船キャツベルトで超振動の暴走が起こり、それをヴァンが鎮めてくれた、あの時。そうだ。彼はこう言ったのだ。

 

 ――ルーク。私の声に耳を傾けろ。力を抜いてそのまま……。

 ――私が解放を指示したら、お前は全身のフォンスロットを解放し超振動を放つ。そう、今使っているその力だ。合い言葉は……。

 

 パキン、と体の中で何かが弾けた。走った衝撃波に飛ばされて壁に激突し、イオンとミュウが気を失う。

「な……なんだ!? 俺の中から何かが……」

 風が起こる。そして白光が膨れ上がった。あの、船での暴走のときと同じように――いや、あれを遥かに越えてとめどなく。

 

 ――合い言葉は、『愚かなレプリカルーク』。




 坑道で、ジェイドを見上げてティアは言った。

「……兄さんは……アクゼリュスを消滅させるつもりなんです!!」




 ルークは力を放つ。抑えることも出来ずただ溢れ出した力は、目の前のパッセージリングを、坑道までをも白光の中に飲み込ませ、跡形もなく分解し、消滅させていく。辺りは激しく揺れ始めた。轟音が響く。崩れていく。何もかもが。

 力を使い果たし、ルークはがくりとその場に座り込んだ。彼を冷たく見やってヴァンが言う。

「……ようやく役に立ってくれたな。レプリカ」

 その声には紛れもなく侮蔑が滲んでいた。

「せんせ……い……?」

 虚脱したルークは、僅かに視線を上げることしか出来ない。そのまま倒れて気を失った。そこに、アッシュが駆け込んでくる。

「くそっ! 間に合わなかった!」

「アッシュ! 何故ここにいる! 来るなと言ったはずだ!」

「……残念だったな。俺だけじゃない。あんたが助けようとしてた妹も連れてきてやったぜ!」

 ヴァンは黙って指笛を吹いた。二頭の飛行魔物が飛来し、ヴァンを、アッシュを崩れかけた大地から宙へ救い上げる。

「……放せ! 俺もここで朽ちる!」

 叫び、アッシュは自分を掴む魔物の嘴を殴った。しかし魔物はヴァンの命令を忠実に守り、放さない。

「イオンを救うつもりで用意したグリフィンだったが、仕方がない。お前を失うわけにはいかぬ」

 魔物はアッシュをどこかへ連れ去っていく。

 そこに、ティアを先頭にした仲間たちが駆け込んできた。

「兄さん! やっぱり裏切ったのね! この外殻大地を存続させるって言っていたじゃない! これじゃあ、アクゼリュスの人もタルタロスにいる神託の盾オラクルも、みんな死んでしまうわ!」

「……メシュティアリカ。お前にもいずれ分かる筈だ。この世の仕組みの愚かさと醜さが」

 妹の悲痛な叫びに、魔物の背に乗ったヴァンはそう答えた。

「それを見届けるためにも……お前にだけは生きていて欲しい。お前には譜歌がある。それで……」

 そう言い残して、ヴァンは飛び去っていく。

「まずい! 坑道が潰れます!」

 気を失ったイオンを背負ったジェイドが叫んだ。辺りの震動は臨界に達しようとしている。

「私の傍に! ……早く!」

 ティアが叫び、杖を構えた。意識を集中して歌い始める。気を失っているミュウをナタリアが、ルークをガイが抱えて、素早く彼女の周囲に展開した結界の中へ駆け込んだ。

 全てが、崩落していく……。












 ルークは目を開いた。

「ご主人様! よかったですの!」

 真っ先に目に入ったのは、ミュウだ。心配そうに曇っていた顔が輝き、飛びついてくる。

「ここは……」

 ルークは辺りを見回した。ひどい障気だ。周りじゅう紫色に染まって見える。

(ここはアクゼリュス、なのか?)

 坑道も、あの巨大な音機関もなかった。あるのは、紫色に染まった空と泥の海。ルークと仲間たちはその泥の海に浮かぶ僅かな大地の上にかろうじて立っていたのだ。辺りには、仲間たちだけでなく鉱夫の姿も見える。しかし彼らは倒れ伏したまま呻き声一つ立てない。一瞥しただけで、既に事切れているのは明らかだった。

 紫にけぶる世界。転がる無数の死体。地獄の光景とは、まさにこのことだ。

(アクゼリュスの障気を消そうとして超振動を使ったら、坑道が崩れて……それで……? くっそ、訳わかんねぇ……)

「……くそっ、一体、何が起きたってんだよ…………」

「何が起きたのか、ボクには分からないですの……」

 ミュウはしおしおと耳を垂れている。やや離れた場所に立つガイの声が聞こえた。

「俺たちアクゼリュスの崩壊に巻き込まれて……地下に落ちたのか? 他に生き残りはいないのかよ……」

 彼も動揺を隠せていない。ジェイドの呟きも耳に届いた。

「ティアがあの譜歌を詠ってくれなければ、私たちも死んでいました。あれが、ユリアの残した譜歌の威力か……」

「……ここは魔界クリフォト? こんな形で訪れるとは……」

 呆然とした様子で辺りを見回しながら、イオンは呟いている。その側では「イオン様が無事でよかった……」とアニスが安堵の息を吐いていた。

「くりふぉと……?」

「……いずれご説明します。今は少しでも生き残っている人を捜したい……」

 つられるように周囲を見回せば、座り込んで、倒れた鉱夫の顔を覗き込んでいるナタリアの姿が目に入る。ルークが近付くと首を左右に振った。

「……もう亡くなっています。助かったのはわたくしたちだけなのでしょうか……」

 その顔は青ざめて憔悴している。

「……取り返しのつかないことになってしまったわ。守りきれなかった……」

 佇むティアが暗い声を落とした時だった。微かに細い呻き声が聞こえた。

「誰かいるわ!」

 ハッとしてティアが叫ぶ。

「父ちゃ……ん……。痛いよぅ……父ちゃ……」

 子供だ。パイロープの息子の、ジョンだった。泥の海の中にかろうじて浮かんだ戸板の上に載っている。彼を守るように抱きかかえたパイロープは、既に事切れているらしく、ぐったりと伏せたまま身じろぎ一つしない。

「お待ちなさい! 今助けます!」

 叫んで駆け寄ろうとしたナタリアの腕を、ティアが強く掴んで止めた。

「駄目よ! この泥の海は障気を含んだ底なしの海。迂闊に入れば助からないわ」

「ではあの子をどうしますの!?」

「ここから治癒術をかけましょう。届くかもしれない」

 その時、ガイが叫んだ。

「おい! まずいぞ!」

 戸板が、ゆっくりと泥の海の中へ沈んでいく。

「いかん!」

 ジェイドも叫んだ。しかし、どうしようもない。

「母……ちゃん……助け……て……。父ちゃん……たす……け……」

 うつろな目で、救いを求めるようにジョンは片手を差し伸ばす。咄嗟に、ガイが駆け寄ろうとした。だが刹那、大きく辺りが揺れて、ジョンは泥の海の中に消えた。

「くそっ!」

 ガイは地面を殴りつけ、じっと顔をうつ伏せる。

「ここも、壊れちゃうの!?」

 アニスが不安げな声を上げた。ジェイドが指示を飛ばす。

「幸いにも、あそこにタルタロスが落下しています。そこに行きましょう。緊急用の浮標が作動して、この泥の上でも持ちこたえています」




 ジェイドに従い、一行はタルタロスに乗り移った。中には、神託の盾オラクル兵たちの死体が折り重なっていた。緊急用の譜術障壁のおかげか船体だけは無事だったが、中の人間は誰も助からなかったらしい。

「何とか動きそうですね」

 機関部をチェックし終わったジェイドの前に、ティアが進み出た。

「この世界――魔界クリフォトにはユリアシティという街があるんです。多分ここから西になります。とにかく、そこを目指しましょう」

「詳しいようですね。この場を離れたらご説明をお願いしますよ」

 ジェイドは鋭い視線をティアに向ける。

 艦は泥の海を進み始めた。

「先程のあの子……助けられませんでしたわ……」

 ナタリアが言った。甲板に立てば、見渡す限り死の世界だ。障気でけぶる空はぼんやりと紫に輝き、時折、雷らしきものが閃いている。

「……残念ですが、あの時点ではもう、どうしようもありませんでした。僕たちがもう少し早く、あの子を発見出来ていれば、何か方法があったかもしれませんが……」

「……兄さんを止めることさえ出来ていれば、あの子も、アクゼリュスの人たちも犠牲にならずに済んだのに……」

 悲痛に満ちた仲間たちの会話に耐え切れなくなって、ルークは叫んでいた。

「なんだよ! 訳わかんねーよっ! 俺と師匠せんせいは障気を消そうとしただけなんだ! ……消そうとしただけなんだ……」

 ルークの声は泣いていた。薄々は分かっている気がする、どうしてこうなったのかということが。

(でも、嫌だ。考えたくない……)

「……過ぎたことを言っても仕方がないわ……」

 呟くティアの声は、感情が押し殺されている。

「ティア……」

 何かを感じ取ったのか、ガイが気遣わしげに彼女の名を呟いた。

「そうですね。それよりもヴァンの意図が気になります。なぜ彼はこのようなことを……」

 ジェイドが疑問を投げかける。イオンが応えた。

「分かりません。……でもアクゼリュスを崩落させることだけが、ヴァンの考えの全てだとは思えないのです。まだ、何かこの先が……」

「これ以上の被害は絶対に食い止めなければなりませんわ」

 ナタリアは表情を険しくする。

「ええ……。今度こそ兄を、兄さんを止めなければ」

 ティアも決意の顔で言った。

 言葉が途切れ、しばらく沈黙が辺りを支配する。

 聞こえるのはタルタロスの駆動音と、時折響く雷鳴の音ばかりだった。果てなく続く泥の海を眺め、ガイが眉間に皺を寄せる。

「行けども行けども、何もない。……なあ、ここは地下か?」

「……ある意味ではね」

 ティアが答えた。

「あなたたちの住む場所は、ここでは外殻大地と呼ばれているの。この魔界クリフォトから伸びるセフィロトツリーという柱に支えられている、空中大地なのよ」

「意味が……分かりませんわ」

 ナタリアがティアに向き直る。ティアは続けた。

「昔、外殻大地はこの魔界クリフォトにあったの」

 全員が――正確には、イオンを除くみんなが、愕然としてティアを見た。

「信じられない……」

 アニスが呟く。

「二千年前、オールドラントを原因不明の障気が包んで、大地が汚染され始めた。この時ユリアが七つの預言スコアを詠んで、滅亡から逃れ、繁栄するための道筋を発見したの」

 ティアの言葉をイオンが継いだ。

「ユリアは預言スコアを元に地殻をセフィロトで浮上させる計画を発案しました」

「それが外殻大地の始まり、か。途方もない話だな……」

 ガイが息を吐く。

「ええ。この話を知っているのは、ローレライ教団の詠師職以上と魔界クリフォト出身の者だけです」

 アニスが、「じゃあ、ティアは魔界クリフォトの……?」と息を呑んだ。

「……とにかく僕たちは崩落した。助かったのはティアの譜歌のおかげですね」

「何故こんなことになったんです? 話を聞く限り、アクゼリュスは柱に支えられていたのでしょう?」

 ジェイドがイオンに問うた。

「それは……柱が消滅したからです」

「どうしてですか?」と、アニスが強張った声で訊ねる。

 無言のまま、ティアがルークを見た。その視線を追って、全員が彼を見る。

 仲間たちの視線を受けて、ルークは身を強張らせた。

「……お、俺は知らないぞ! 俺はただ障気を中和しようとしただけだ! あの場所で超振動を起こせば障気が消えるって言われて……!」

「あなたは兄に騙されたのよ」

 静かにティアが言った。

「そしてアクゼリュスを支える柱を消してしまった」

「そんな! そんな筈は……」

 ルークの反駁は口の中に消えていった。みんなが、黙って彼を見つめている。責めるように。

「……ヴァンはあなたに、パッセージリングの傍へ行くよう命じましたよね。柱はパッセージリングが作り出している。だからティアの言う通りでしょう」

 沈黙の中に、イオンの声が落ちた。

「僕が迂闊でした。ヴァンがルークにそんなことをさせようとしていたなんて……」

(嘘だ。だって、師匠せんせいは……)

「……せめてルークには、事前に相談して欲しかったですね。仮に障気を中和することが可能だったとしても、住民を避難させてからでよかった筈ですし」

 ジェイドが言い、「……今となっては言っても仕方のないことかもしれませんが」と言葉を終わらせる。

(だって。アクゼリュスの奴らを移動させたら戦争になるって、師匠せんせいが。直前まで誰にも言うなって。だから俺は……)

「そうですわね。アクゼリュスは……消滅しましたわ。何千という人間が、一瞬で……」

 ナタリアが言った。

(俺は、こんなことになるなんて、知らなくて……。人助けだったんだ。なのに!)

「……お、俺が悪いってのか……?」

 ルークの声に答える者はいなかった。ただ、見つめている。

「……俺は……俺は悪くねぇぞ。だって、師匠せんせいが言ったんだ……。そうだ、師匠がやれって! こんなことになるなんて知らなかった! 誰も教えてくんなかっただろっ! 俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!!」

 ジェイドが無言できびすを返した。

「……大佐?」

 訊ねたティアに、苛立ちを隠さない声で答える。

艦橋ブリッジに戻ります。……ここにいると馬鹿な発言に苛々させられる」

「なんだよ! 俺はアクゼリュスを助けようとしたんだぞ!」

 ジェイドの背に叫ぶルークに、ナタリアの冷たい声が掛かった。

「変わってしまいましたのね……。記憶を失ってからのあなたは、まるで別人ですわ……」

 立ち去っていく。

「お、お前らだって何も出来なかったじゃないか! 俺ばっか責めるな!」

「あなたの言う通りです。僕は無力だ。だけど……」

「イオン様! こんなサイテーな奴、ほっといた方がいいです」

 イオンはアニスに引っ張られて去っていった。ルークの声が震えだす。

「わ、悪いのは師匠せんせいだ! 俺は悪くないぞ! なあ、ガイ、そうだろ!?」

 救いを求めるようなルークの問いかけは、しかし、疲れ切った親友の声に打ち消された。

「ルーク……。あんまり幻滅させないでくれ」

 去っていく。彼も。

 最後まで残っていたのはティアだった。

「少しはいいところもあるって思ってたのに……。私が馬鹿だった……」

 呟くように言い捨てる。そして、彼女も去っていった。

 ルークは、一人甲板に取り残された。いや、足元にただ一匹、ミュウだけが残っていたが。

「……ど、どうしてだよ! どうしてみんな俺を責めるんだ!」

「ご主人様……。元気出してですの」

「だ、黙れ! お前に何が分かる!」

「ボクも……ボクの起こした火事のせいで、仲間たくさん死んでしまったから……だからご主人様の気持ち……分かるですの」

「お前なんかと一緒にするな! お前なんかと……うぅ……」

 その場にうずくまってルークは嗚咽した。泣くことしか出来なかった。


 アクゼリュスが崩落し始め、仲間たちが駆けつけた時。ジェイドとアニスはヴァンには構わずにイオンのもとへ飛び降ります。ティア、ガイ、ナタリアはヴァンを睨んで対峙する。(ヴァンが去ってから下に飛び降り、ティアは譜歌を歌い、ナタリアはミュウを、ガイはルークを助ける。)……興味深いのは、ヴァンと対峙した時のガイが、サッと腰の剣に手をかけて臨戦態勢を取っていることです。(他の誰も、ヴァンに向かって臨戦態勢を取るまではしていない。)後に明かされるガイとヴァンの事情を視野に入れて、この時のガイの心情を考えてみると面白いかもですね。

 

 さて。タルタロスでのルークですが。

 痛い……。痛すぎる……。責任逃れしか出来ない最低なルーク。

 プレイしていてズキズキ痛いシーンでした。また、言い訳するルークのポーズが情けないんだ。ガニマタで。

 

 このイベントに対する感想は、最初にプレイしてから一年少し後の現在までの間に、何度も、かなり変わりました。なので、この先の文章も二回ほど丸ごと書き直しています。

 何の先入観も思い入れもなくプレイした一周目は、このイベントでのルーク(=プレイヤーキャラ)のみっともなさが情けなくて恥ずかしくてズキズキ痛みを感じましたが、それだけでした。つまるところ、ルークがここで責められること自体には何の疑問も感じていませんでした。

 しかし二周目では、WEB上に出ていた「仲間たちに責める資格はない、ルークは騙されていただけなのに可哀想」というレビューを読んで目からうろこが落ちるような衝撃を受けていたので、そうだよねルークは可哀想だよ、ルークを責める仲間たちはひどいよと思いました。ルークは確かに悪いことをしたし責任逃れもしたけど、止められなかった仲間たちだって同罪だし、それぞれが脛に傷を持ってるんじゃないか。偉そうに上から目線で糾弾するな、と。

 この印象はかなり尾を引いていて、その後「製作側はそういうことを言おうとしているのではない」と頭で理解できるようになっても、なかなか感情が追いつかなかったです。たとえば、「イオンだってルークと同罪のはずなのに、どうして責められないのか」「(後に明かされる事情を鑑みるなら)アニスには責める資格はないはずだ」「幼なじみなのに見捨てたナタリアやガイはひどい」などと。

 けれども、現時点では、このイベントには違う印象を抱いています。

 騙されたとはいえ大罪を犯したルークを包み込んで何もかも赦してやるほど、仲間たちは強くも無責任でもない。けれど、彼らはルークが嫌いだから責めた訳でも、偉ぶっていた訳でも、ルークに崩落そのものの責任を取れとキツい要求をしていた訳でもない。ルークに「ひどい」ことは何もしていなかったのだと。

 そして、ヴァンやキムラスカに騙され捨てられたルークは本当に可哀想なんですが、何から何まで責任逃れをしたうえ、責任転嫁して逆に仲間たちを責めている。イヤなことは全部他者に押し付けて、自分だけは何も汚れていない顔をしようとしている。彼は幼稚で醜く自分勝手です。これは認めなければならないこと。……認めなければ、先へ進めないことなんですよね。

 

 私はルークに感情移入していたので、これをなかなか認めることができませんでした。非を認めるのは苦しいことだから。この場面のルークのように、「ルークも悪いけど、仲間たちだって悪いじゃん。ルークばっかり責めるな」と、ずっと思っていました。

 でも。この時、仲間たちはそれぞれ何を思ってルークに対峙していたのか。

 ジェイドは普段、嫌味を言うことはあっても怒りの表情を見せることは滅多にありません。そんな彼がどうしてここで――ルークが崩落させたことが分かった時点ではなく、言い訳を始めた時になって初めて、「苛々させられる」と席を外したのか。

 アクゼリュスまではガイと一緒に信じて期待していたのに、ナタリアはどうして「変わってしまいましたのね」とルークに背を向けたのか。

 イオンは、仲間たちに責任転嫁してキツく責め始めたルークの言葉に「あなたの言う通りです。僕は無力だ」と頷きながら、「だけど……」と、何を言おうとしたのか。

 アニスはどうして「サイテーな奴」と言ったのか。

 ルークにずっと優しかったガイが、何故「幻滅させないでくれ」と言ったのか。

 ルークをずっと気遣って立ててくれていたティアは、どうして「私が馬鹿だった」と言ったのか。

 

 これらの仲間たちの反応を、ただ「ルークを見捨てた、裏切った、責任をルーク一人に押し付けた。ひどい行為だ」と決め付けるのは、狭い部分しか見ていないということじゃなかっただろうか。

 仲間たちは本当にアクゼリュス崩落の責任をルークに押し付けているのか?

 本当は何を考えていたのか?

 みんなは、ここで何をルークに求めていたのか?

 

 イオンやガイはルークをただ見捨てた訳ではなく、ルークの言動に悲しみ、傷ついている。多分、ティアやナタリアも。

 でも、私はこれらのことに気付くまでに、一年ほどもかかってしまいました。

 ずっとルーク視点で物事を見ていたので、どうして優しくしてくれないのかと、そんな不満ばかり感じていたのです。与えられていた優しさや助力に、ベタベタに甘い言葉や態度じゃないというだけで気付かなかったし、あれこれ難癖をつけて目を逸らしていました。ルークが傷つけられたことばかり問題にして、ルークが周囲を傷つけていたことに、ずっとずっと、気付いていませんでした。

 仲間たちが何を思っていたかは、今後、ルークの視野が次第に広がり、仲間たちの内面や背景を知ることによって分かるようになっていきます。…でも、分かろうとしなければ分からないのだと思います。私自身がそうだったように。(いや、私が馬鹿なだけか… 汗)

 

 ティアは魔界の出身者でした。だから地理に不案内なところがあったり、タタル渓谷で「これほどの自然は見たことがない」と言っていたのですね。ある意味、ティアも閉鎖世界に育った人間だといえるのかもしれません。

 

 ところで、ユリアシティ目指して出発する時、ティアが「ここから西になる」と言うのですが。……実際は自動的に方向修正されて着いてしまうので、ティアの言葉を信じて自分で操作して西へ進むと、なんだか迷いまくって大変なことに。ぐぬぅ! ティアめ、何の陰謀なのか!


「わたくしたち以外は誰も生き残ってはいませんの……?」

 たまりかねたようなナタリアの声が、薄暗い室内に響いた。

「そうだな。多分みんな……あの泥の海に……」

 スプーンを置いてガイが眉を曇らせる。

 食料はタルタロスに備蓄されたものが充分にあったが、誰の食も進みはしなかった。窓の外に見えるのは、相変わらずの死の世界だけだ。

「もう……、最悪だよ……」

 アニスが顔を歪めて吐き捨てる。精神的に限界が近いのだろう。無理もない。

 あれから、航海はもう何日続いているのか。昼も夜も有って無きがごとしのこの世界では、それすらも曖昧だった。

「……僕の責任です……。僕があの時、安易に扉を開かなければ……」

 イオンは俯いて懺悔を落とす。

「確かに扉を開けたのはイオン様かもしれませんけど」

 アニスは哀しげにそう言った。イオンはずっと自分を責め続けている。それなのに、と思うと声音がキツくなった。

「本当に悪いのは主席総長と……」

「……」

 アニスに睨まれても、ルークは目を逸らし、頑なに口をつぐんでいる。

(俺は、悪くねぇ)

 頭の中にはその思いしかない。それなのに、どうして自分がこんな目で見られなければならないのか。どうして分かってくれないのか。そんな苛立つ気持ちばかりが渦を巻いた。

「――アニス、放っておきなさい。時間の無駄です」

 ジェイドは冷たく突き放す。ガイが、まるでどこかが痛むかのように苦しげに顔を歪めた。

「……そんな言い方をするなよ。大体今は仲間割れしてる場合でもないだろう?」

「……確かにそうですね。ユリアシティにたどり着かないと、私たちも危険です」

 皿を持ってジェイドは立ち上がる。他の仲間たちも同じようにして立ち上がり、手早く片付けて食堂を出て行った。艦橋ブリッジに戻るのだろう。ただ一人残されたルークは、ぼんやりと目の前の皿に視線を落とす。殆ど手つかずのままの料理は、冷めて油が固まりだしていた。

「…………くそっ」

 小さく吐き捨てる。その声に力はなかった。




「非常に強い音素フォニム反応を感知しました。このまま西の方向です」

 果てがないかと思われた泥の海を進むうち、ついに彼らは何かを見出した。

「多分、それがユリアシティです」

 計器を覗き込むジェイドの声に、ティアが答える。

「何か見えてきましたわ!」

 進むタルタロスの前に現われたのは、幾何学的な形をした奇妙で巨大な建造物だった。周囲には滝か豪雨のように水が降り注ぎ、建造物の放つ光を受けて金の霧のように輝いている。

「……あれって、滝!?」

「外殻の海水が落ちて大瀑布になっているの。街はその奥よ」

「タルタロスなんて、水圧で潰されるんじゃないか?」

 動揺した声でガイが訊ねたが、ティアは落ち着いたものだ。

「大丈夫よ。地面に近いところは水分が気化しているから」

「では入港しますよ」

 タルタロスはゆっくりと、障気の中で光り輝く街へ入っていった。




「ふぇ……! これがユリアシティ?」

 その街に降り立つと、アニスが感嘆の声を上げた。

 ユリアシティは、今まで見てきたどの街とも異なっていた。見たことも無い銀色の材質で作られ、一体化している床と柱。天井は遥か高く、ガラス張りのドームに覆われている。それでも魔界クリフォトの空は常に紫の薄闇に閉ざされているのだが、補うように街は譜業の光で溢れているのだ。

「ええ。奥にお祖父様が――市長がいるわ。行きましょう」

 ティアが一同を促す。仲間たちは港から街へ続く長い通路を歩き始めたが、ルークは立ち止まっていた。みんながどんどん歩いていき、その背が見えなくなっても。

「……いつまでそうしているの? みんな市長の家に行ったわよ」

 一人、戻ってきたティアが言った。

「……どうせみんな俺を責めるばっかなんだ。行きたくねぇ」

 ふてくされた声でルークが言った、その時だった。

「とことん屑だな! 出来損ない!」

 ぎょっとしてルークは振り返る。この声には聞き覚えがある。何度も頭の中で聞いた、そう、アッシュだ。

「……お、お前!」

 アッシュが目の前にいた。いつにも増して眉間に皺を寄せ、ルークを睨みつけている。ルークは彼に駆け寄った。

「どうしてお前がここにいる! 師匠せんせいはどうした!」

「はっ! 裏切られてもまだ『師匠せんせい』か」

「……裏切った……? じゃあ本当に師匠せんせいは俺にアクゼリュスを……」

「くそっ! 俺がもっと早くヴァンの企みに気付いていれば、こんなことにはっ!」

 己を罵り、次いでアッシュはルークに向き直った。

「お前もお前だ! 何故深く考えもしないで超振動を使った!?」

「お、お前まで俺が悪いって言うのか!」

「悪いに決まってるだろうが! ふざけたことを言うな!」

 ルークの言葉はアッシュに一蹴される。ルークは必死になって言い募った。

「俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ! 俺は……」

 アッシュの顔が不快に歪む。

「冗談じゃねぇっ! レプリカってのは脳みそまで劣化してるのか!?」

「レプリカ? そういえば師匠せんせいもレプリカって……」

「……お前、まだ気付いてなかったのか! はっ、こいつはお笑い種だな!」

「な、なんだ……! 何なんだよ!」

 声が震えた。嫌だ。聞きたくない……!

「教えてやるよ。『ルーク』」

 だが、アッシュは止まらなかった。ニヤリと笑い、ゆっくりと言葉を紡ぐ。何故か「アッシュ! やめて!」とティアが叫んだが、チラリと一瞥しただけで言葉を継いだ。

「俺とお前、どうして同じ顔してると思う?」

「……し、知るかよ」

「俺はバチカル生まれの貴族なんだ。七年前にヴァンて悪党に誘拐されたんだよ」

 アッシュの話はひどく聞き覚えがあった。よく知っている身の上話だ。

「……ま……さか……」

「そうだよ! お前は俺の劣化複写人間だ。フォミクリーで作られた、ただのレプリカなんだよ!」

「う……嘘だ……! 嘘だ嘘だ嘘だっ!」

 ルークは叫んだ。声の限りに。そして、腰の後ろに渡した剣を抜き放つ。

「……やるのか? レプリカ」

「嘘をつくなぁーーっ!」

 ルークはアッシュに斬りかかった。




 それから後のことを、ルークはよく覚えていない。

 剣の腕は互角だった。しかし、戦うほどに頭の中にあの共鳴音が響いていく。あるいは、それは錯覚だったのかもしれないが。

「邪魔なんだよ! レプリカがっ!」

「うるさい!」

 幾度も打ち合った剣の重みばかりは手に感覚として残っている。

「烈破掌!」

 掌底から爆気を放つ技を仕掛ければ、全く同時に同じ攻撃が返ってきて弾き飛ばされた。くるりと宙で回転して着地する動きまで同じだ。

「くうっ……。穿衝破!」

 ならばと拳と剣突のコンビネーションを繰り出せば、やはり同じタイミングで同じ技だ。互いに衝撃を受けて吹き飛び、床に転がる。

「くそっ! 同じ技ばかり……!」

「てめぇがレプリカだからだろう!」

「俺は、お前なんかじゃない!」

「認めたくねぇのは、こっちも同じだ!」

 鋼の打ち合う音と、手に伝わる痺れるような重みは果てなく続いた。――それが、いつどんな形で終わったのか。結末の記憶は、強くなった共鳴音と頭痛に喰い尽くされている。

「……嘘だ……俺は……」

 朦朧としながら、うわごとのようにルークは呟く。

 曖昧にぼやけて薄れた記憶の中で、「こんな屑レプリカに……俺の家族も居場所も、全部奪われちまったとはな……!」と吐き捨てたアッシュの悔しげな声だけが、やけに鮮明に耳に残った。


 ルークの正体が明かされました。実は彼は普通の人間ではなく、レプリカという複製体だったのですね。七年前以前の記憶がないのは記憶障害ではなく、単に七年前に「生まれた」からだったのでした。……つまり、ルークは肉体的にも実質七歳。

 あらゆる面でどん底に落ち、ついには「自分自身」さえ失ってしまったルーク。次は主役の座まで奪われちゃいますよ。(苦笑)

 このゲームのタイトル『テイルズ オブ ジ アビス』は直訳すると「地獄の物語」となりますが、「世界が魔界(地獄)に落ちる話」であると同時に、「ルークが地獄の苦しみを味わう話」でもあると私は思います。この先も、彼にはこれでもかこれでもかと不幸と苦難が襲ってくることになるからです。

 ……しかし、実は物語が断然面白くなってくるのは、ここからなのです。ルークには悪いけど。

 

 アッシュとの戦闘。勝っても負けてもゲームの進行には無関係です。(どっちにしても最後にルークが気絶してしまいます。)

 一周目だと勝つのはかなり難しいと思いますが、フリーランの操作などに慣れた二周目以降は負ける方が難しいかも……。何回目だか戦闘したとき、たまには負けてみようかなと思って、アッシュの前でルークを立ちっぱなしにさせてみました。ところが、ルークのHPが高かったうえ、自動回復のADスキルが付いていたために、全然倒れない……。もう、随分と長い時間かかってようやく倒れることが出来たのですが、そしたらアッシュが「手間かけさせやがって!」と捨て台詞を吐いた。……うん。確かに手間かかったよね。ものすごく。

 

 しかし、アッシュはどーやってユリアシティに来たのだろうか。謎。



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