「もしも、自分が自分でなかったらどうします?」

 ジェイドにそう問われたのは、いつのことだっただろう。その時は、訳の分からないおかしなことを言われたとしか思えなかった。

 ――いや。本当にそうだっただろうか? 俺は、本当はずっと恐れていたんじゃないだろうか。俺自身の真実を知らされる日が来ることを。……お前に価値はない、お前なんか要らないって言われる日が来ることを。








「――…いるの? ……ュ!」

 声がする。これは……ティアの声だ。

 なんだよ。また怒ってんのか? 相変わらずピリピリしてる女だなぁ。うっせぇな、分かったよ。もう起きるから。

「アッシュ!」

 え……?



 ルークは目を開けた。目の前に自分が見える。一瞬混乱したが、すぐに理解した。鏡だ。

 どこかの部屋の壁に備え付けられた姿見に映った自分は、しかし、普段の姿とはかけ離れていた。黒地に赤の文様の入った法衣をまとい、手足は銀ねずの手袋とブーツで覆い、赤い前髪は撫で付けて額を出している。

 まるでアッシュだ。……というより、これではアッシュそのものではないか。眉間に気難しげに皺を寄せているし。

(……何で俺、アッシュの服なんか着てるんだ?)

「聞いてるの、アッシュ!」

 突然、眼前にティアの顔が迫った。彼女は肩を怒らせて覗き込んでいる。

「聞いている。大声を出すな」

 アッシュの声が答えた。

(え……? 今の、俺が言ったのか? なんで勝手に……)

「とにかく、タルタロスの打ち上げに関しては市長に……お祖父様にお話して」

 それだけを言うと、ティアは向こうへ行ってしまう。それを視線で追いながらルークは困惑した。

(……どうなってるんだ!? なんでティアが俺を見てアッシュだなんて……)

 ――聞こえるか。ルーク。お前はこっちだ。

 アッシュの声が響いた。例の、耳ではなく頭の中に響く声。しかしあの共鳴音と頭痛はない。視界が勝手に斜め後ろに動く。そこにベッドがあり、その上には見慣れた衣服の赤い髪の男が横たわっていた。

(俺……!?)

 呼吸はしているようだが、身じろぎ一つしない。眠っているのだろうか。枕元には長い耳をユラユラ揺らしてミュウが座っていた。

 ――俺とお前は完全同位体。つまりお前は、音素フォニム振動数まで同じ完全なレプリカだ。

 アッシュの声が続いている。『レプリカ』という言葉でズキリと胸が痛んだ。

(お……俺はレプリカなんかじゃ……)

 アッシュの声は、ルークの弱々しい反駁など意に介さない。

 ――完全なレプリカと被験者オリジナルの間には、フォンスロットを通じて繋がりが出来る。お前のフォンスロットが俺の方に開くよう、コーラル城で操作した。あれ以降、お前、何度か俺の声を聞いただろう。

(じゃあ今は、俺の声がお前の頭ん中に……?)

 なら、やっぱり俺は……レプリカ、なのか。アッシュの。――本物のルーク・フォン・ファブレの。

 表層に出さない思いは、アッシュには読めないらしかった。その声が嗤いを帯びてこんなことを言ってくる。

 ――声だけじゃないぜ。俺はお前の体を操ってやった。……まあ、屑のお前には出来ないかもな。

(……馬鹿にしやがって! やってやる!)

 怒りが一時的に虚脱を凌駕した。ルークは必死に念じる。――動け、アッシュの体。俺の思うとおりに動け!

 ――どうした。動かせないのなら、このままお前を殺してやろうか。

 横たわる『ルーク』を視界に映しながら、アッシュがせせら笑う。

(やらせるか!)

 ルークは叫ぶが、指先一つ動きはしなかった。感覚はなんとなく同化した気がしたが、自分が動かしているというよりはアッシュが共有を許した、という感じがする。

 ――……ふん。今は殺しはしない。屑相手に卑怯な手は使わないさ。

 アッシュは『ルーク』の側から離れた。その動作にルークの意図はまるで関わりはしない。

(何で動かせないんだ……)

 ――ふん。レプリカ野郎の意志の力なんてそんなもんだ。

(バカにするなよ! 絶対、この体を操ってやるからな……)

 ――レプリカ風情が言うじゃねぇか。やれるもんならやってみろ! この出来損ないが!

(くそ……!)

 アッシュの意識の中で歯噛みすることしかルークには出来ない。牢獄だ。これは。

「みゅうぅ……」

 警戒するようにアッシュを見上げていたミュウが、細い声で鳴いた。

「……お前はいつまでその出来損ないのところにいるつもりだ?」

 何を思ったのか、アッシュがこの小さな生き物に問いかける。

「ボクのご主人様はルーク様だけですの。ボクはずっとここにいるですの」

(ミュウ……)

 なんでだろう。俺は、こいつにひどいことばかりしてきたのに。

「……勝手にしろ」

 背を向け、アッシュは階段を下りた。さっきまでいた部屋は住宅の二階だったらしい。一階にはティアがいた。ルークはティアに視線を向ける。――正確には、アッシュがルークの意思に従って視線を向けてやったのだろうが。

(ティア。俺はここにいるんだ)

 訴える声は、当然ながらティアには届かなかった。彼女は冷たい目で――旅を始めたばかりの頃によく見た目だ――ルークを……いや、アッシュを見やり、「外殻大地へ戻るんでしょう。私は行かないと伝えたはずよ」とだけ言って口を閉ざした。

(外殻大地……。上の世界に戻るのか!?)

 ――ここにいても意味がないからな。

 アッシュはその家の玄関を開ける。――というより、扉が勝手に開いた。自動扉だ。

 一歩出ると、そこは街だった。紫の薄闇に閉ざされ、四方から様々な形の譜業の光に照らされている、美しくて奇妙な街。

(……なんで俺と回線を繋げたんだ?)

 歩いていくアッシュに、ルークは訊ねた。

 ――……ここまで馬鹿な出来損ないだと知ってりゃ、繋ぎはしなかった。

(な……なんだと! だったらなんで……)

 ――お前にヴァンの計画を阻止させるためだ!

 アッシュの声が叩き付けられた。

(……それって、アクゼリュスのことか)

 ――それもあるが、カイツールでお前を襲った後、ヴァンから、お前を利用して外殻の連中を消滅させるって話を聞いたんでな。俺は六神将としての立場を利用して、ヴァンの動向を探り、お前に表立った行動を任せるつもりだったが……。

(だったらそうだって、最初から……)

 ――お前にそれを伝えて、お前がそれを信じたか? 信じるどころか、ヴァンにのこのこと報告してただろうな!!

(……それは……)

 ――けっ! レプリカなんざあてにした、俺が間抜けだったってことだ。

 アッシュの言葉はルークに突き刺さる。

 全部……俺のせいだったのかよ。

 俺が、人の話を聞かなかったから? 何も考えずに師匠せんせいの言葉だけを信じていたから……。

 ………師匠。

「ルーク!」

 不意に呼ばれた。振り向くと、ナタリアがビクリと震えて、「……あ、いえ、アッシュ」と言い直した。

「…………元気でしたか?」

「……別に」

 別にって何だよ。とルークは思う。アッシュはやけに無口になっている。それはナタリアも同じで、妙にぎこちない空気が流れていた。

「……あのっ! わたくしのこと……覚えて……いらして?」

「……」

 アッシュは答えない。

「ご……ごめんなさい。変なことを聞きましたわ」

 ナタリアは顔を伏せてしまう。アッシュはしばらくそんな彼女を見つめ、何かを言いたげに口を開きはしたが、結局は何も言わないまま歩き去った。俯いたままのナタリアの姿が、どんどん小さく遠ざかっていく。

(おい……いいのか?)

 ――……いいって、何がだ。

(だって、ナタリアが……)

 ――婚約者の心配か? ハン、屑のくせにいい気なもんだな!

(なっ……!)

 怒りで声を詰まらせて、ルークは はたと気付いた。

 そうか……ナタリアは、本当はコイツの婚約者だったんだよな……。

 俺は、ニセモノだったんだから。

(…………)

 ルークが思いに沈む間にも、アッシュは歩いていく。

「正体不明の『鮮血のアッシュ』が、バチカルのお貴族様とはね」

 そう声をかけてきたのはアニスだった。同じ神託の盾オラクル騎士団のよしみだろうか、かなり気安い調子に見える。

「お前も来るんだったな」

「私はイオン様についてくだけだもん」

 そう言うアニスの口調はさばさばしていて、ルークの知っていた彼女とはだいぶ違っていた。今までは、馴れ馴れしいほどに人懐こい少女だと思っていたものだったが。

「あなたはここに来るのは初めてでしたね」

 アニスの傍らからイオンが言った。

「……ああ」

「僕はこの街が好きではありません。この街の人々と僕とでは預言スコアに対する考え方が違い過ぎますから」

 アニスがうんざりした顔で息を吐いている。

「あーあ。魔界クリフォトって空の色はヤバめだし外は障気だらけだし、早く外殻大地に帰りた〜い」

「……あれのことは放っておいていいのか?」

 カイツールでは随分仲がよかったようだが、とアッシュが揶揄すると、アニスは軽侮の笑いを漏らして肩をすくめた。

「ルークもあ〜んなお馬鹿さんとは思わなかったし。お金持ちでも馬鹿はちょっとね〜」

 ――……だそうだ。レプリカ。

(…………)

 嗤うアッシュの思考に、ルークは沈黙を返す。分かっていたことだったが、それでも痛いと感じた。

 アニスもイオンもアッシュと一緒に行くという。――外殻大地へ、だろう。

 俺をここに置いていくつもりなのか……みんな。

 そう……そうだよな。俺、最低だったもんな……。見捨てられて当然だ。

 そのうえ………レプリカだったんだから。

 選ばれた英雄なんかじゃなかった。親善大使でも、公爵子息でもない。俺は……今の俺は、何なんだろう?

「ルークはどうしてる」

 険しい顔で通路に佇んでいたガイは、近付くアッシュを認めるなりそう訊いた。

「……寝ている。そのうち勝手に起きるだろう」

 アッシュはそう うそぶく。

「そうか……。一人で考えればルークも気付くだろう。自分がこれから何をすべきなのか」

「ふん、どうだかな」

 こいつがお人好しなのは昔から変わっちゃいないな、というアッシュの思考がルークにも漏れ聞こえた。

(ガイ……)

 そうだな。お前はいつも優しかったよな。それこそお人好しなくらいに。

 お前は、まだ俺を気にかけてくれてるんだろうか。見捨てないでいてくれてるのか?

 ……そんなわけないよな。俺はもう、お前の主人ですらないんだから。

「おっと。俺は、お前のことは信用しちゃいない」

 ガイがアッシュに言った。アッシュは眉根を寄せてガイを見やる。

「変なことをしでかさないように、付いて行かせてもらうぜ」

「……好きにしろ」

 そう言い、アッシュはその場を去った。




(みんな……俺より、お前を選んだんだな……)

 ルークは呟いた。

 気を失っていた間に、話は済んでしまっているらしい。また俺だけ置いてけぼりだな、と可笑しくなる。今度は話だけではなく、本当の意味でもだ。

 ――お前みたいな屑野郎よりは、敵だった俺と一緒にいる方が数倍マシだったようだな。

(なんだと……)

 低く唸り、ルークはハッとした。

(……おい、これから魔物と戦う時、手を抜くつもりじゃないだろうな!?)

 ――あ? ……馬鹿か?

(まさか味方のふりして、みんなを魔物に殺させようとか……)

 ――おまえ正気か!? そこそこ強い連中だがな、それでも俺の足元にも及ばねえ。はぁ……。これ以上、くだらねぇ言いがかりをつけるなら、それなりの覚悟をしてもらおうか。

(な、なんだよ……。どうせ、離れてるんだ。何もできねえだろうが……!)

 ――お前には、な……。

 言って、アッシュは剣の柄に手を触れさせた。動かした視線の先には、ガイやイオンやアニスや――仲間たちの姿が小さく見える。

(おい……まさか……。やめろ……!)

 ――フン……何もしねえよ……。お前が静かに見てるんならな。

 ルークは押し黙った。

 ――……安心しろ、レプリカ。俺はあいつらと永遠に一緒にいるって訳じゃねぇ。そんなに大事なお仲間なら、後でちゃんと返してやるよ。

 アッシュは嗤う。

 ――まあ、お前のところに戻るかどうかまでは、責任をもてないがな。

(……みんなが俺のところに戻ってきてくれる訳ない)

 ――そうだろうな。一癖も二癖もあって扱いづらい連中だが、お前よりも物の道理を分かっているからな。

(……くそ……)

 ルークは呟く。悔しかったが、諦めの気持ちも強かった。

 無視されて置いていかれるのは寂しいが、こうなると、気を失っていてかえってよかったのかもしれないとも思う。

(みんなが、俺を見捨てる瞬間を見ないで済んだから……)





 ユリアシティ市長テオドーロは、街の中心にある中央監視施設の会議場にいた。白髪で小柄な老人だが、その目には力があり、威厳を感じさせる。会議場の左右の壁にはぎっしりと本が並べられていた。どれも貴重な資料なのだという。

「どうかな、魔界クリフォトの感想は」

「噂通り……気持ちのいいところじゃない」

 テオドーロの問いに、アッシュは正直すぎる答えを返した。この若者に愛想というものは存在しないらしい。しかしテオドーロは怒るでなく、「天は障気と外殻大地に覆われ、大地はむき出しのマントルの上を液状化した地殻の一部が流れている。およそ人間の住む場所ではない」と淡々と同意した。

(じゃあ何でこいつらは ここに住んでるんだ?)

「……あんたらも外殻へ移住したらどうだ」

 思わずルークが疑問を漏らすと、アッシュがそれを継ぐようにテオドーロに言った。実際、それはルークのために発された言葉だったのかもしれない。テオドーロは「知っているだろう」とアッシュに返したのだから。

「我らには監視者の役目がある。この土地を離れる訳にはいかない」

(監視者って。……何を監視してるんだ)

 相も変わらず、ルークには分からないことだらけだ。しかしアッシュはもうルークの疑問を満たしてやる気はないらしい。

「タルタロスを外殻にあげること、不可能ではないらしいな」

 と、本題を切り出した。

「ええ。アクゼリュスのセフィロトを利用すれば行けそうです」

 テオドーロの側にいたジェイドが口を開いた。

(タルタロスを外殻に? そんなこと出来るのか!?)

 ――うるさいっ! レプリカは黙ってろ!

「どうしたんです。苦虫を噛み潰した顔で。……いえ、いつもそんな顔でしたね」

 思考の中での会話は、他の人間には分からない。ジェイドに奇異な目で見られて、アッシュは憮然とした。……表面的には、いつもの顔なのだが。

「タルタロスにパッセージリングと同様の音素フォニム活性化装置を取り付けた。一度だけならアクゼリュスのセフィロトを刺激して、再びツリーを伸ばすことが出来るだろう」

 テオドーロが説明する。

「セフィロトツリーに載せられる形で外殻へ上がるんだな」

「さよう。しかし、そこまでしてあの陸艦が必要なのか?」

「必要だから言っている!」

「分かった。では、タルタロスで出発するがいい。アクゼリュスの崩落跡地まで」

 頷いて、テオドーロはアッシュたちを促した。





 タルタロスの艦橋ブリッジに、仲間たちは再び集合していた。――ティアとミュウ、そしてルークの姿はなかったが。

 艦長席にジェイドが着き、各操縦席のボックスにアッシュ、ガイ、アニスが座って計器を睨んでいる。ナタリアとイオンは席に着いていない。

「これだけの陸艦をたった四人で動かせるのか?」

 アッシュが艦長席を見上げて訊いた。「可能です。最低限の移動だけですがね」とジェイドが答える。アニスも問うた。

「ねぇ、セフィロトって私たちの外殻大地を支えてる柱なんだよね。それでどうやって上にあがるの?」

 答えたのはイオンだった。

「セフィロトというのは星の音素フォニムが集中し、記憶粒子セルパーティクルが吹き上げている場所です。この記憶粒子の吹き上げを人為的に強力にしたものが『セフィロトツリー』。つまり、柱です」

「要するに、記憶粒子に押し上げられるんだな」

 ガイが顔を向けた。ジェイドが頷く。

「一時的にセフィロトを活性化し、吹き上げた記憶粒子をタルタロスの帆で受けます」

「無事にいくといいのですけれど……」

「……心配するな。始めろ!」

 不安げなナタリアの声を打ち消し、アッシュの号令で作戦は開始された。

 タルタロスに取り付けられた、音素フォニム活性化装置が稼動する。

 崩落したアクゼリュスの残骸が散らばる泥の海。そこに浮かぶタルタロスの底から光の触手が幾筋も立ち昇り、見る間に収束して巨大な幹のようになっていく。タルタロスの帆がバッと開いた。幹は幾重もの枝を生み、舞い上がったタルタロスはその枝に乗り、滑っては移動し、遥か天上へ押し上げられていく。やがて長く宙を滑空すると、衝撃と共に水の上に落ちた。――泥ではない。潮をたたえた海だ。

 青い海に浮かんだタルタロスの側、アクゼリュスが崩落してぽっかりと空いた外殻の穴の中から、成長したセフィロトツリーがにょっきりと顔を出し、輝いている。

 それは、まるで光り輝く巨木のようだった。





「うまく上がれたようですね」

 艦橋から見える青い海原を見やりながら、ジェイドが言った。

「無事に魔界クリフォトから脱出できましたわね。それにしても、ここが空中にあるだなんて信じられませんわ……」

 ナタリアがようやく表情を緩めている。席に着いたままアニスが言った。

「外殻の穴の方に見えた、あのでっかい光の樹がセフィロトなんだよね? あれで外殻大地を支えていたなんて信じらんないよ」

「ええ。……でもわたくしたちは、あれに押し上げられて魔界クリフォトから脱出できたのですわ」

「ホント、よく戻って来られたね〜♪」

「……理論は間違っていなかった。成功するに決まっている」

 むっつりとした声音でそう言ってのけたのはアッシュだ。ところが、思いがけない声がそれに被さった。

「結果、上手くいっただけだろ。失敗したら、俺たちみんな死んでたかもしれない」

 え!? という感じでその場の全員が彼を――ガイを見た。いつも朗らかで穏やかな笑みを浮かべていた彼が、硬い表情で否定的な意見を吐いている。ナタリアの柳眉が上がった。

「ガイ、あなたル……いえ、アッシュに対して刺がありませんこと?」

「……こいつは失礼」

 ガイは謝ったが、その声には明らかに悪意が混じっていた。

「ガイ……。またそんな……」

「ナタリア! 放っておけ。俺は別に構わない」

 アッシュが表情を揺るがさずに止める。ナタリアは戸惑った様子で彼の名を呟いた。

「アッシュ……」

「それで? タルタロスをどこへつけるんだ?」

 そんなやり取りなど知らぬ風にガイは言葉を続ける。そこに篭った投げやりな響きを無視して、アッシュは機敏に指示を飛ばした。

「ヴァンが頻繁にベルケンドの第一音機関研究所へ行っている。そこで情報を収集する」

「主席総長が?」と、アニス。アッシュは視線で頷く。

「俺はヴァンの目的を誤解していた。奴の本当の目的を知るためには奴の行動を洗う必要がある」

「私とイオン様はダアトに帰して欲しいんだけど」

「こちらの用が済めば帰してやる。俺はタルタロスを動かす人間が欲しいだけだ」

「自分の部下を使えばいいだろうに」

 ガイが冷たく揶揄した。

「それは出来ない。俺の行動がヴァンに筒抜けになる」

「いいじゃありませんの。わたくしたちだってヴァンの目的を知っておく必要があると思いますわ」

 ナタリアが言うと、イオンも追随して微笑んだ。

「ナタリアの言う通りです」

「……イオン様がそう言うなら協力しますけどぉ」

 アニスが不満げに頬を膨らませながらも同意する。ジェイドも言った。

「私も知りたいことがありますからね。少しの間、アッシュに協力するつもりですよ」

「……」

 ガイだけは無言だ。

「ベルケンドはここから東だ。さあ、手伝え!」

 アッシュは檄を飛ばした。


 ここから、主人公(操作キャラ)がアッシュになります。アッシュのレベルやステータスはルークと全く同じです。ただ、ルークが使えない譜術の数々が使えますが。他方、ミュウはルークにしか従わないので、アッシュを主人公にしている間はソーサラーリングは使えません。

 

 気を失った…っていうか、実際は精神的ショックと共鳴による頭痛で昏睡してるらしきルークを放置して、さっさと外殻大地へ戻っていく皆さん。緊急にやるべきことが他にあったので仕方ないですし、ティア(ユリアシティ)に任せていったので完全放置って訳でもないでしょう。でも、最初にプレイした時はかなりショックでした。

 ルークのことを気にかけてくれているのはミュウ(とガイとティア)だけ……。ルークも冷静になったらしく、もう「俺は悪くねぇ」とは言いません。「俺が悪かったから仕方ない……」と、諦めの目で去り行くみんなを見るばかりです。……辛い。

 

 アッシュは神託の盾騎士団特務師団長という地位を持っており、六神将の一人に数えられていますが、腹心の部下はいないようです。部下を使うとヴァンに筒抜けになるらしい。……人望ないのね。あくまで、今の地位はヴァンが丸々用意した座、ということなのでしょう。それに無愛想だし、(ルーク以外でも)他人をナチュラルに屑呼ばわりするし、基本的に何でも一人でやろうとして、そのくせ他人が自分の意図どおりに動かないと苛々する性格だから、部下の心を掴みにくいのでしょうか。(個人的にこういう上司はいやだ)

 

 アッシュはルークを利用してヴァンの企みを防ごうとしていたと言います。ちゃんと説明しなかったのは、レプリカルークがヴァン以外の人間の言葉を聞く耳を持っていなかったからだと。

 …それはその通りではありますが。でもそれ、ルークに何も説明せずに好き勝手に動かそうとした理由にはならないですよね。嘲って勝手に体を操ってティアに剣を向けさせて。そんなことしてくる相手を信用する人間はいないっつーの。あれがルークを心理的に追い詰めて 更にヴァンに傾倒させた理由の一つになったのは確かなのに。

 と言いますか、アクゼリュスの時、ルークの体を操って止めればよかったのに、と理屈では思えますが。……まあ、あの時は、多分追い詰められてたルークの「師匠についてく!」という意思の方が強くて、操りたくても操れなかったんでしょうかね?

 要は、この頃のアッシュはレプリカルークを一個の人間として見ていなかったってことですね。自分の付属品のロボットみたいに思っていて、だから自在に動かせる、便利な道具みたいに考えていた。でも……。

 

 ティア(テオドーロ)の家の一階のテーブルの上にラーメンのレシピがあります。……ティアはラーメンをそれまで作れませんでしたから、これはティアの家族であるヴァンかテオドーロ市長のものということに。師匠はたまご丼だけでなくラーメンも得意料理なのかもしれない。

 

 街の外れにアップルグミ三つを欲しがる若者がいますが。アップルグミをあげると、次にユリアシティに来た時はライス五つ、次はメイス五本と言った風に次々と品物を要求してきます。しかし実はこれ特別なイベントに繋がるものではなく、単にユリアシティのショップの値段が少し安くなる程度のことらしいです。だから無理して商品を渡す必要はないのかも。…しかし、無口でぶっきらぼうだけど優しくて照れ屋なアッシュの姿が見られるので、やはり商品は用意しておくべきでしょうか。

↑と、思ってたらフォームでご指摘をいただきました。ラスボス前に各キャラの最終タウンイベントを起こし、称号をもらうために必要なイベントのようです。

 ちなみにライスを持っていなくて渡せなかった場合は、後にシェリダンかバチカルでライスを買って、セントビナー完全崩落前にアラミス湧水洞から戻って渡すしかないかも。(エンゲーブライスは持っていても受け取ってくれません。ケッ。)辛いので、ライスはバチカルを出る時に予め五つ用意しておくべきでしょう。(カイツール近辺の盗賊が落としてくれることもありますが。)

 

 さて、アッシュの指示で、一同は海路で『ベルケンド』を目指します。

 ……しかし、正直、とても困りました。一周目のとき。

 アッシュは当然のように「ベルケンドへ行く」と言いますが、そもそもそれ何処ですか。どの国に属するどの大陸にあるどういう場所ですか。今までの話題に出てきてたことありましたっけ? 東と言うので東に向かうと、大陸にぶつかる。でも港は見つけられません。

 ………ウロウロ。
 ………ウロウロウロ。
 …………ウロウロウロウロウロウロウロウロウロウロ……。

 キィイ〜ッ! 全然見つかりゃしねぇ!! ベルケンドってどこだよ。「ここから東」の範囲がどんなに広いと思ってるんじゃアッシュよ。説明が大雑把過ぎるっつーの!!

 おまけに3D酔いします……。陸に上がらないとセーブも出来ませんし。前作『シンフォニア』の時も船の操作と移動は大嫌いでしたが、今回もかよ!

 吐き気に耐えながら長時間ひたすら艦を操作してベルケンドを探す作業。正直、ここでゲームをやめようかと迷いました。割りと本気で。

 世界中のありとあらゆる港に上陸し、最後の最後にベルケンド港を発見できたときは、安堵のあまり涙がちょちょぎれましたよ……。

 くそぅ。アッシュめ!

 

 しかし、ここで迷うようにしてるのは製作側の意図なのかな、とも思います。何故なら、このアッシュが主人公になっている僅かな期間に、物語の進行とは無関係のシェリダン港に入らなければ発生しないイベントというのが存在するからです。ナタリアの奥義伝承イベントですね。

 私は、一周目では迷いまくったために自然にこのイベントを起こしていたのですが、二周目ではまっすぐベルケンドに行ったため、このイベントを起こし損ねてしまいました。

#シェリダン港の片隅で、一人の老人が三人のガラの悪い男たちに囲まれている。
男A「せっかく港まで護衛してやったのに たった10000ガルドぽっちしか払えないとは、どういうことだ」
老人「馬鹿を言うな! おまえさんたちにはもう5000ガルドも払ったぞ」
男B「あれは前金だったんだよ。ほら、有り金全部よこしな!」
#男Aが老人の財布を奪う。
老人「か、返してくれ! それにはわしの全財産が……」
ナタリア「あなたたち そこで何をしているのです!」
#つかつかと歩み寄るナタリア。
男C「なんだなんだ? 俺たちは今 大事な話をしてるんだ。邪魔すんじゃねぇ」
ナタリア「ですが ご老人にそのような……」
男A「うるせぇんだよ!」
ナタリア「……無礼者!」
男A「こいつ!」
#アッシュが歩み寄ってくる。
アッシュ「……何の騒ぎだ ナタリア」
#男B、佇んでいるジェイドに気付く。
男B「おい、マルクト軍の奴がいるぞ?」
男C「なんでキムラスカにマルクト軍の奴が……」
男A「戦争屋相手じゃ分が悪い。ずらかれ!」
ナタリア「待ちなさい!」
#ナタリア、弓に矢を番えて狙う。
ナタリア「逃がしませんわよ! さあ、その方から取り上げた物を返すのです」

老人「ありがとうございました。タチの悪い護衛詐欺に引っかかったようです。おかげで助かりました」
ナタリア「いいえ。それより怪我はありませんか?」
老人「はい、なんとか。……ところであなた様の弓術はランバルディア流弓術ではございませんか?」
ナタリア「まあ、よくおわかりですわね」
老人「やはり……。それも相当の使い手とお見受けしました」
ナタリア「ええ。マスターランクを頂きましたわ」
老人「やはりそうでしたか……。実はこの老人 若い頃ランバルディア流弓術を指南しておりました。もしよろしければ助けていただいたお礼に この老人の技を受け取ってもらえませんか」
ナタリア「まあ! よろしいのですか?」
老人「もちろんです。私が編み出した技は全部で二種。なかなかよき使い手に巡り会えず技を伝授することもありませんでしたが これもローレライのお導きかと」
ナタリア「わかりました。是非ご指導のほどよろしくお願いいたしますわ」
ジェイド「伝授には時間がかかるでしょう。失礼ですが、ご老体。この港からどちらへ?」
老人「ダアトへ向かうところでございました」
ジェイド「ではタルタロスでお送りしてはいかがでしょう。その間に技を習えばいい」
アッシュ「……勝手なことを言うな」
ジェイド「おや ナタリアの為ですよ?」
#ナタリア、アッシュを見つめる。
ナタリア「お願いですわ、アッシュ……」
アッシュ「……くっ……好きにしろ!」
ナタリア「ありがとう、アッシュ」
#ナタリア、老人に向き直る。
ナタリア「私はナタリアです。あなたのお名前は?」
老人「ニックとお呼び下さい」
ナタリア「わかりましたわ。ニック先生。ではさっそくダアトへ参りましょう」

#ダアト港。ニックと向き合っているナタリアと、その後ろで見守っているアッシュ。
ニック「わざわざダアトまで送って下さり本当にありがとうございます」
ナタリア「とんでもありませんわ。船の中では、丁寧なご指導をありがとうございました」
ニック「うむ。よく辛抱なさった。これで奥義ブレイブフィードはあなたの物です。後は実戦で確実にするといいでしょう」
 ナタリアはブレイブフィードを修得しました
ナタリア「はい! 頑張ります」
ニック「残りの技については またの機会にご指導致します」
ナタリア「それまで、技を磨きますわ。ありがとうございました、先生」

 ナタリアの為に積極的に寄り道提唱。ジェイドが珍しく優しいですが、ニックの正体に気付いていたからなのでしょう。ニックの方も愛称しか名乗らなかったのは、ナタリアのことジェイドのこと、色々思うところがあったんでしょうね。


 タルタロスは順調に海路を走行していった。艦の走行の制御は概ね自動で行えるため、操縦席の面々も艦橋ブリッジ内で自由にしている。

「ベルケンドに行けば、主席総長の目的ってのが分かるのかな〜?」

 手持ち無沙汰なのだろう。アニスが首をかしげた。

「どうでしょう。ただ、他に手がかりがありませんし」

 少し困ったようにイオンが微笑む。子供の無意味な問いに、ジェイド、アッシュ、ナタリアが律儀に応えた。

「そうですね。まずはベルケンドの第一音機関研究所へ行ってみるしかありません」

「ああ。奴が頻繁に出入りしているからには、何か秘密があるはずだ」

「そうですわね。きっと手がかりが見つかりますわ」

「……そう上手くいくかねぇ」

 またも否定的な意見を吐いたのは、ガイだ。

「ガイ! なんですの、その態度は……」

「ナタリア! 放っておけ」

 ガイは無言で席を立ち、追おうとしたナタリアをアッシュが言葉で制した。アニスは目を丸くしている。あのルークがいた時だって、仲間たちがこんなに険悪な雰囲気になることはなかった。それは、他ならぬガイが調停役を務めていたからなのだが、今は彼自身が場を波立たせる存在になっている。

(なんで?)

 確かにアッシュはカリカリしてて、眉間にはこーんなに皺が寄っちゃってる無愛想なヤツで、こないだまで敵だったりもしたけどぉ。それでもルークほどお馬鹿じゃないし、ルークみたいに無責任じゃないし、ルークよりはよっぽど頼りになる。それに、『本物のルーク』でしょ。

「はわー、なんか険悪〜。ねぇ大佐、どういうことかな?」

「アニス、余計な詮索はしないのが、淑女のたしなみですよ」

 ジェイドは、いつもと変わらぬ飄々とした笑顔で少女をたしなめた。

 あるべき形に戻っただけだ、と多くの人が言うのだろう。劣化した偽者は消え、優れた本物が帰ってきた。

 なのに、軋みがあるのは何故なのだろう。それは確実に大きくなっている。

(そうそう理屈通りにはいかない、ということですね……)

 人の心というものは。

 ジェイドは独りごちる。それを実感としては感じられない己自身に、僅かな苦味を感じながら。




「……ユリアシティは遥か下、か」

 艦橋ブリッジ近くの通路の片隅で、ガイは一人、窓から海原を見下ろしていた。

「……ガイ。あなた、ルークのことを気にしていますの?」

 いつの間にか、ナタリアが近くに来ていた。「……ん? ああ、まあ……、な」とガイは曖昧に頷く。アッシュ以外の人間になら、いつも通りに振舞えた。

「ティア以外、みんな戻ってきちまったし……。あいつ、完全に見捨てられたと思っちまうんじゃないかってな」

 ルークを残してきてしまったのは失敗だったのかもしれない。最初の激情が鎮まり、アッシュと過ごす時間が増えて行くにつれて、今更ながらにそう思えてきていた。

 目が覚めて、俺まで帰っちまったって知った時、あいつはどんな顔をするんだろう。怒るか、沈むか。それとも泣くかな? ……ああ、流石にここ二、三年は人前で泣くことはなくなっていたけれど。以前はよく泣いていた。十歳の体で、けれど真っ白な赤ん坊の心しか持っていなかったあいつは。

「それに、やっぱりまだあいつには、俺がいてやらないと……」

「そういうのを自惚れって言うんですのよ」

 ナタリアは呆れた顔をした。

「大体、あなたはルークを甘やかしすぎですわ。少なくとも皆、ルークの無責任な発言には呆れていましたわよ」

「……だがな。あいつはレプリカだったんだ。七年前屋敷に帰ってきた後、ルークをあんな風に育てた原因は、俺にもある」

 ガイは反駁していた。レプリカルークは七年前に『生まれた』。真実、七年しか生きていない、閉ざされた世界で最低限の情報しか与えられなかった子供だった。

 そんな彼に、自分はきちんと接していたのだろうか。いずれは記憶を取り戻す、その間までの仮初めの知識しか与えようとせずに、ただ『元のお前に戻れ』と命じていたばかりではなかったか。

「ガイ……」

 それは、この少女も同じだ。『本来のルーク・フォン・ファブレに戻ること』。それが彼女がレプリカルークに求め、課していた全てだったのだから。

「……責任はある。キミにも、ね」

 優しく言うと、ナタリアは虚をつかれた顔をして、「……そう……ですわね。そうかもしれません」と目を伏せた。

「確かにあなたの言う通り、ルークには今、支えが必要なのだろうというのも理解できますわ」

 そう言い、しかし彼女は声音を高くする。

「――でもそれなら……七年間存在を忘れ去られていたルーク……いえ、アッシュは、誰が支えてあげれば宜しいんですの? それもわたくしやあなたのような幼なじみの役目だと思いますわ」

「……確かにそういう考え方もある、か……」

 否定することもなくガイは呟く。だが、何かを抑え込んだような瞳には、暗い光が灯っていた。





 ベルケンド。それはキムラスカ王国に属する譜業の街だ。海を挟んだ位置にある、同じく譜業の街と言われるシェリダンは実際に仕掛けを組み上げ音機関を産出する職人の街だが、ベルケンドは理論研究に重点が置かれていた。

「ル……アッシュ。確かベルケンドはあなたのお父様の領地でしたわね」

 ベルケンドの街は重厚で、各建築物のデザインが白漆喰と煉瓦で統一されている。『譜業の街』には似つかわしからぬ美しい街並みを眺めながら、ナタリアは傍らのアッシュに語りかけた。

「覚えていまして? 子供の頃、ベルケンドの視察へ一緒に参りましたわよね?」

「……ああ。大人になったら二人で来ようって、お前から指切りをせがまれて……」

「でもあなたは、指切りなんて意味はない、父上は約束を守ってくれたことがないと仰って、むくれてしまいましたのよ。それでガイと一緒に、わたくしを置いて遊びに行ってしまって……」

 怒って、泣いて。それから仲直りしてまた笑って……。あの頃はなんて楽しかったのかしら、とナタリアは思う。何の憂いも染みもなかった。彼はいつも側にいたのだから。

「……昔の話だ」

「でも、約束は果たせましたわ。こうして、二人でまたこの街におりますもの。違いまして?」

 ナタリアはアッシュに微笑みかける。だが、彼の顔に浮かんだのは不快な表情だった。傷が鈍く疼いたような。

「それはルークの約束だ。……今の俺はルークじゃねぇ」

「ルー……!」

 アッシュは足を速め、ナタリアを置いて歩き去った。咄嗟に彼の名を呼びかけて、はっとして口を閉ざす。その名は、今まさに彼自身が否定したものではないか。

 ……『ルーク』ではない?

 確かに最初はぎこちなかった。七年もの空白があったのだ。その間彼がどうしていたか、何を思っていたかをナタリアは知らない。だが、こうして再び時間を共有し、言葉を交し合うほどに、ナタリアの中で七年の隔ては意味を成さないものになっていた。変わった所も多い。けれど、少しも変わっていない。

「いいえ……。あなたは昔のままのルークですわ……。わたくしには……分かりますもの……」

 微かに痛む胸を押さえ、ナタリアはそっと呟いていた。





 第一音機関研究所。キムラスカ王室や領主であるファブレ公爵などの援助を受けて譜業に関する様々な研究が行われている研究所である。その中に『レプリカ研究施設』があった。

「――ノザは焦ってたのよ。ダアトの地下から発掘された浮遊機関の研究をシェリダンに取られてしまったからね」

 老女の声が聞こえる。他の研究員とは異なる制服を着た彼女は、恐らくは地位の高い研究者なのだろう。色違いの同じ制服を着た老人と話し込んでいる。

「そうだな、キャシー。今やレプリカ研究は第一音機関研究所でも最も予算の割かれた部門になっとる。スピノザはわしらの英雄じゃ。たとえ禁忌に手を出したとしてもな」

「スピノザ……?」

 怪訝な顔でアッシュが首を巡らせる。話し込む二人の向こうに、同様の制服を着た老研究者の背を見出して、サッと顔色を変えた。

「――!! あいつは……」

「アッシュ? どうしましたの?」

 ナタリアの声にも応えず、大股に近付く。

「スピノザ!」

 呼ばれて振り向いた老研究者の顔が驚愕に歪んだ。

「……! お前さんはルーク!? いや……アッシュ……か?」

「はっ、キムラスカの裏切り者が、まだぬけぬけとこの街にいるとはな。……笑わせる」

「裏切り者って、どういうことですの?」

 ナタリアが表情を曇らせる。

「こいつは……俺の誘拐に一枚噛んでいやがったのさ」

「まさかフォミクリーの禁忌に手を出したのは……!」

「……ジェイド。あんたの想像通りだ」

 チラリと視線を向けてアッシュは答える。それを聞いて、スピノザは目を見開いた。

「ジェイド! 死霊使いネクロマンサージェイド!」

「フォミクリーを生物に転用することは禁じられた筈ですよ」

「フォミクリーの研究者なら、一度は試したいと思うはずじゃ! あんただってそうじゃろう、ジェイド・カーティス! いや、ジェイド・バルフォア博士。あんたはフォミクリーの生みの親じゃ! 何十体ものレプリカを作ったじゃろう!」

「……!」

 全員の視線がジェイドに集まった。しかし彼は動じはしない。

「否定はしませんよ。フォミクリーの原理を考案したのは私ですし」

「なら、あんたにわしを責めることは出来まい!」

「すみませんねぇ。自分が同じ罪を犯したからといって、相手を庇ってやるような傷の舐めあいは趣味ではないんですよ」

 ジェイドは軽く眼鏡の位置を直した。

「私は自分の罪を自覚していますよ。だから禁忌としたのです。生物レプリカは、技術的にも道義的にも問題があった。あなたも研究者ならご存知のはずだ。最初の生物レプリカがどんな末路を迎えたか」

「わ、わしはただ……ヴァン様の仰った保管計画に協力しただけじゃ! レプリカ情報を保存するだけなら……」

 黙って聞いていたアッシュが眉を上げた。

「保管計画? どういうことだ」

「お前さん、知らなかったのか!」

 スピノザはハッと口をつぐんだ。

「いいから説明しろっ!」

「……言えぬ。知っているものと、つい口を滑らせてしまったが、これだけは言えぬ」

「貴様っ……!」

 アッシュは激昂して詰め寄ったが、スピノザは視線をそらせるばかりだ。「……これ以上話すことはない。出て行ってくれ!」と言い捨てた。

「行きましょう、アッシュ。ここで騒ぎを起こすべきではない」

「くそっ……」

 ジェイドに促され、アッシュは肩を落とす。一同はその場を離れた。




「あなたがフォミクリーの発案者だったのですね……」

 研究所の通路を歩きながら、ぽつりと言ったのはイオンだった。

「はい。フォミクリーが持つ数々の問題点。それを無視してでも行いたいことが、かつてはありました。……若かったのでしょうね。私も」

「ジェイド……」

 アニスが不安げにイオンを覗き込んだ。

「大丈夫ですか、イオン様? 顔色が悪いですよ?」

「いえ……大丈夫、大丈夫です……。ただ、ちょっと、びっくりして……」

 イオンはぎこちなく微笑む。硬い表情でガイが言った。

「……つまり、あんたがフォミクリーを生み出したから、ルークが生まれたってわけか……」

 そこに渦巻く怒りに近い何かを意に介さずに、「だったら、大佐はルークのお父さんってことになるのかなぁ?」とアニスが首をかしげてみせる。

「父親、ですか……。私の息子なら、もっと利発で愛くるしいと思いますがねぇ」

「あ、ひど〜い」

 茶化した口調のジェイドに、アニスは少しも『ひどい』とは思っていない声で愉快そうに笑う。アッシュの中のルークがそれに痛みを覚える暇もなく、ジェイドはこう結論付けた。

「そもそもアッシュにフォミクリーをかけたのは、私ではなくヴァンですから。ルークの父親はヴァンになると思いますよ」

(父親……師匠せんせいが……)

 アッシュの意識の中でルークは呟いた。

 そう思っていた時期があった。師匠せんせいが俺の父上だったらいいのにな。そんな風に。父に冷たくされても、ヴァンが優しくしてくれるから満たされるのだと。

(でも……)

 それは、幻だったのだ。甘美な幻は一つの都市の命を巻き込んで崩落した。

「……」

 他の誰にも聞こえないルークの呟きを聞きながら、アッシュはただ沈黙していた。





 研究所の門を出て、一行はこれまでの情報を整理しあった。

「ヴァンは、レプリカ情報を集めてどうするつもりなのでしょう」

「そりゃレプリカを作るんだとは思うけど……」

 ナタリアの疑問にアニスが答える。ここまで来てはみたが、それぐらいのことしか分からなかった。アクゼリュスを滅ぼし、レプリカを作る準備をして、彼は一体何をしようとしているのだろうか?

 アッシュはしばらく腕を組んで何事かを考え込んでいたが、やがて顔を上げると「……ワイヨン鏡窟に行く」と言った。

「西のラーデシア大陸にあるという洞窟ですか? でもどうして……」

「レプリカについて調べるつもりなのでしょう。あそこではフォニミンが採れるようですし」

 ナタリアの疑問にジェイドが答える。アニスが言った。

「そういえば、さっき研究施設の研究員がそんなことを言ってましたよね。フォニミンがないとレプリカを作れないとか、ワイヨン鏡窟へ行くのは面倒だとか」

「ええ。ワイヨン鏡窟へ行けば、現在の生物レプリカ研究について何か分かるかもしれません。それに……」

「それに?」と、ナタリアが問う。

「……まぁ、色々と」

 ジェイドは声音を茶化したものに変えた。ここで言う気はないらしい。相変わらずの秘密主義だ。

 アッシュが苦虫を噛み潰した。

「……お喋りはそれぐらいにしろ。行くぞ」

 命令口調に、アニスが頬を膨らませる。

「……ぶー。行った方がいいんですか、イオン様」

「そうですね。今は、大人しく彼の言うことに従いましょう」

 イオンは穏やかに微笑む。こうして行動は決定された、のだが。

「俺は降りるぜ」

 言ったのはガイだった。驚いた一同から背を向ける。

「……どうしてだ、ガイ」

 一拍の後に訊ねたアッシュの声は、意外なほどに掠れていた。

「ルークが心配なんだ。あいつを迎えに行ってやらないとな」

「呆れた! あんな馬鹿ほっとけばいいのに」

「馬鹿だから俺がいないと心配なんだよ」

 苛立った声を上げるアニスを見やり、ガイは微かに笑う。

「それにあいつなら……立ち直れると俺は信じてる」

「………」

 イオンは黙ってガイを見つめている。ナタリアは非難の声をあげた。

「ガイ! あなたはルークの従者で親友ではありませんか。本物のルークはここにいますのよ」

「本物のルークはこいつだろうさ。だけど……俺の親友はあの馬鹿の方なんだよ」

(……ガイ!)

 ガイは、ルークの意識がアッシュと共にここにあることなど知りもしないだろう。誰もがルークから心を離した今、態度を取り繕う必要はない。

 なのに、俺を親友だって……。まだ、俺を信じてくれてるのか……。

(ありがとう……)

 今までは滅多に使うことのなかった感謝の言葉。それが自然に湧き出した。

 ありがとう、ガイ。俺も信じていいのかな。何もかもが終わっちまったわけじゃない。まだ俺にも何かが……やれることがあるはずだって。

「迎えに行くのはご自由ですが、どうやってユリアシティへ戻るつもりですか?」

 水を差すように、やや揶揄の口調で言うのはジェイドだ。

「それは……」

「……ダアトの北西にアラミス湧水洞って場所がある。もしもレプリカがこの外殻大地へ戻ってくるなら、そこを通る筈だ」

 道を示したのはアッシュだった。意外にも。

「悪いな、アッシュ」

 彼に向けたガイの声に、なんら刺が含まれなかったのは初めてかもしれない。

「……フン。お前があいつを選ぶのは分かってたさ」

「ヴァン謡将から聞きました、ってか? まあ――それだけって訳でもないんだけどな」

「どういうことですの」

 事情の飲み込めないナタリアが訊ねたが、「何でもないよ」とガイは視線をそらせた。「それじゃ」と短く別れを告げて駆け去って行く。

「ルーク! 止めないのですか!」

「その名前で呼ぶな。それはもう俺の名前じゃねぇんだ」

 ナタリアに答えるアッシュは、ひどく頑なに見えた。

「でも……」

「……ヤツの好きにさせればいいさ。お前も、あのレプリカのところに行きたければいつでも行くんだな」

 そんな、と言いかけて声を失い、そんな自分にナタリアは驚いた。本物のルークはあなたです。わたくしはあなたから離れません。そう告げるのは簡単なことだ。なのに、どうして躊躇っているのだろう。

 それは、たった今、レプリカでも愚かでも自分の親友はあのルークだ、と言い切ったガイの姿を見たからなのかもしれない。

 どうして思い至らなかったのだろう。本物のルークはここにいる。でも……だからといってあのルークが、指切りを交わした彼が、溶けて消えてしまうわけではなかった。

「……わたくしは……」

「……迷いもするでしょうね。ルークがレプリカだからといっても、彼と過ごした七年という時間や思い出は、消えた訳ではありませんから」

 言ったのはジェイドだった。ナタリアは目を伏せ、口をつぐむ。

「ま、それはともかく。ガイが抜けてしまったのは戦力的に不安ですね。ワイヨン鏡窟にもきっと魔物はいるでしょうし」

「……もうガイの話はするな。魔物ぐらい、アイツがいなくても俺が蹴散らしてやる」

 更に眉間に皺を刻んで声を荒げたアッシュを見て、ジェイドは肩をすくめた。

「おや。こちらのルークもガイがお気に入りでしたか。お友達に出て行かれて、寂しいですねぇ」

「……うるせぇっ!」

「ふむ。微妙に性格も似ていますね。理論上はありえませんが、育った環境が似ていればこうなるのかもしれませんねぇ」

 きつく睨むアッシュの視線もどこ吹く風で、こんなことを言っている。

「もうその話はいい。……行くぞ!」

 言い捨てて、アッシュは歩き出す。

 ワイヨン鏡窟のあるラーデシアは隣の大陸だ。しかし鏡窟はこのアベリア大陸側とは反対の西部にあるので、タルタロスを回り込ませてかなり走らさねばならないだろう。

「ガイもティアもいなくなっちゃったから、な〜んか寂しいなぁ」

 アニスが言った。

「ええ。それにルークもいませんしね……」

 イオンが応える。ルークの名を聞いて、たちまちアニスは頬を膨らませた。

「あのお馬鹿なんか、どーでもいいですよぅ」

「そんなこと言わずに……。ルークは、本質的には優しい人でした」

「えっ……何言ってるんですかぁ、あんなワガママで横暴な奴! イオン様だって色々ひどいこと言われてたじゃないですか!」

「……そうですね。でも、今は分かります。彼は、人と接すること……周囲に自分の気持ちを伝える方法を、まだよく知らなかったのです。彼は優しかった。……アクゼリュスの惨状を見て、最も傷ついたのは彼なのかもしれません」

「そんなっ……。だってあれは、ルークのせいです!」

「ええ。犯した罪を消すことは出来ません。これからが大変ですが、早く立ち直ってほしいと、僕は思っていますよ」

(イオン……)

 彼らの声はアッシュの――ルークの耳にも聞こえていた。

「……フン。さすが導師イオンはお優しいことだな。あんな屑の心配をしてやるとは」

「彼は仲間ですから」

 皮肉なアッシュの声に、イオンは曇りなく答える。アニスは、どこか恥じたように彼の微笑から目を逸らした。


 ベルケンドの街には色んな仕掛けがあって幾つもの宝箱が取れます。ミュウがいないと取れないものが二箇所あるので、後日ルークで来た時に。模型の機関車が走っている近くの陸橋の下に穴にはまった青年がいて、助けるとおそばのレシピをくれます。また、第一音機関研究所の医務室の引き出しに『戦乙女の人形』と『ダークシール』があります。

 

 アッシュと女の子二人(ナタリアとアニス)をパーティーメンバーに入れて、戦闘時にアッシュが最後のとどめを刺すと、終了後に女の子たちにキャーキャー言われて照れて動揺する姿が見られますよん。

アッシュ「ふん、三下が」
アニス「はぅあ! かっこいー」
ナタリア「さすがですわ!」
アッシュ「……さ、先を急ぐぞ!」

 ナタリアとアニスは、ルークよりアッシュが好きだよねぇ……。いや、アニスはパーティーにアッシュがいても「やろーてめーぶっ殺ーす!」と叫んで秘奥義使ってくれるので、ガイと同様に、アッシュを恋愛対象として見てはいないようですが。(ルークの時は、婚約者と張り合ってまで奪おうとしていたのに、アッシュのことは完全対象外。)

 ……つか、ルークに愛想を尽かした後もアニスは相変わらずルークのいる戦闘では猫かぶってるよなぁ。あれ? ってことは、なんだかんだ言ってアニスってそれなりに本気でルークのこと意識してた……? だから愛想尽かし後にあんなに辛辣になってたのか……?

 

 この辺りには、アッシュとナタリアの過去話がチラチラと出てきます。アッシュ――オリジナルルークもまた、レプリカルークと同様に父親に愛されない寂しさを抱いていたことが分かります。彼が指きりが嫌いだったのは、父親と約束をしても守ってもらえなかったからだったんですね。

 彼は十歳の時点で国の行く末を案じ政治を思う子供らしからぬ子供だったようですが、それは父親に認められたいと思っていたからかもしれません。オリジナルルークは、国と家のために生きる武人、ミニ・ファブレ公爵みたいな子供だったんじゃないかなぁ。

 そんな彼は十歳のときに剣の師であったヴァンに誘拐されます。誘拐された後で、「実はお前の名はユリアの預言に詠まれている、お前は十七歳でキムラスカの武器となってアクゼリュスを滅ぼして死ぬ。そのことを王も公爵も承知している」とヴァンに聞かされたんじゃないかな。「こんな預言は馬鹿げている。私はお前を救ってやりたい。共に戦ってくれ。私にはお前が必要なのだ」とか言われたり。で、ヴァンはルークのレプリカを作って、それを公爵邸に送り返した。「預言の時には、レプリカがお前の代わりに死ぬのだ。ユリアの預言を出し抜き、お前の命は助かる」とか言って。

 ヴァンの言うとおりにすれば命は助かるし、預言に詠われた都市消滅や戦争も回避できるかもしれない。オリジナルルークはそう思って納得したけど、失ったものはあまりに大きかった。名前、家族、そしてナタリア。ナタリアと交わした未来の約束……。

 最初の頃、アッシュが何度もルークを殺そうとしてたのは、ルークにそれらを奪われた、という憎しみがあるからですよね。彼は、奪われた自分を取り戻したい。……その一方で、「俺はもうルークじゃない、アッシュだ」と頑なに振舞ってしまう。

※追記。アッシュの過去については、後にゲーム雑誌のシナリオライターインタビューで概要が語られ、更に後に、漫画版外伝1「還るべき場所」をはじめ、多くの商業二次作品で少しずつ異なる形で語られました。上記の予想は、概ね間違っていなかったみたいです。

 

 アッシュもまた、ルークと同じように表面は傲慢だけど根は優しいという性格。でも色合いは全然違いますね。ルークは原始的・感覚的というか、良くも悪くも「真っ白」。アッシュは、思考や論理にギリギリに縛られてる感じ、でしょうか。


 ワイヨン鏡窟は海食洞である。海に面した断崖にあり、船でしか入ることは出来ない。桟橋にタルタロスを接岸させると、一行はその内部へ降り立った。

「何だかジメジメしていますわね」

「海風が吹き込むからでしょうね」

 呟いたナタリアにイオンが答えた。

「ねぇ、アッシュ。ベルケンドではレプリカがどうとか言ってましたけれど、ここは何のために作られた施設なのですか?」

「……俺も詳しいことは分からない。ただ、この場所で何らかのレプリカ研究が行われている可能性は高い」

「フォニミンがどうのって言ってたもんね。入口には桟橋があったし、ちょくちょく人が来てるって感じ」

 アニスが言った。辺りを見回し、岩壁に露出した滑らかな石を覗き込む。かなりはっきりと自分の顔が映っているのに気付いて歓声を上げた。

「ねぇねぇ、この辺って鏡みたいじゃない? 珍しい〜。もしかして、削って持って帰ったら、高く売れちゃったりしないかなぁ?」

「あら、本当ですわね。これが鏡窟と言われる所以なのでしょう」

 ナタリアも目を丸くする。ジェイドが笑った。

「エンシェント鏡石ですね。フォニミンは、この石から採取されるんですよ。一部の研究者たちには高く売れるでしょうね」

「マ、マジですか!?」

 たちまち、アニスの目が輝く。が、「そんな暇はない」とアッシュのキツい声が飛んだ。アニスはぷっと頬を膨らませる。

「欲しけりゃ後で勝手に採りに来い」

「ぶーぶーっ!」

 いかにも子供っぽく不満の声を上げるアニスに、ジェイドが失笑する。

「どのみち特殊な道具を使わなければ採取できません。残念でした〜」

「ぶーぶーぶーぶーっ!」

「まあ、とりあえず、奥まで行ってみましょう。何か分かるかもしれません」

「ぶー……。大佐はなーんか、知ってそうですよねぇ」

「とんでもない。私も来るのは初めてです。ただ……」

「ん? ……何か知っているのか?」

 眉根を寄せたアッシュに、軽く否定の言葉を返す。

「……いいえ、何も。ただ、古い知り合いを思い出しましてね」

 不本意ながら、と肩をすくめた。

 サフィール・ワイヨン・ネイス。今は六神将、死神ディストと呼ばれる男だ。

(『ワイヨン』鏡窟ねぇ……。まったく馬鹿馬鹿しい……)

「まぁ……この大陸はキムラスカ領。マルクトは手を出せない。ディストは元々マルクトの研究者ですから、フォミクリー技術を盗んで逃げ込むにもいい場所ですね」

「ディストが……」

 呟いたイオンに向き直り、アニスが言った。

「イオン様はタルタロスで待ってて下さいね!」

「僕も興味があるんですが……」

「ダメです! 危ないんですから!」

 押し問答が始まるかと思えたが、にべもなく断ち切ったのはアッシュだった。

「導師は戻れ。ついてこられると邪魔だ」

「……残念です」

 イオンは項垂れる。アッシュの意識の中でルークは口を出していた。

(連れてってやれよ!)

 これまでであれば、イオンが行きたいと言えば連れて行っていたのだ。

 ――馬鹿かお前? 戦えない奴を連れ歩いてどうするんだ。

 アッシュは呆れた風に思考を返してくる。

「奥に行ってみましょう」

 ジェイドが一同を促した。




「……へぇ〜。アニスちゃん大発見! アッシュって案外優しいんだね☆」

 先頭を行くアッシュの隣に、アニスが小走りに近寄ってきた。

「……何の話だ」

「イオン様のことだよぅ。邪魔だなんて言っちゃって、本当は危ない目に遭わせたくなかったんでしょ?」

「俺が邪魔だと言ったら、邪魔だってことだ。それ以上の意味はない」

 すげなく言ったが、何故かアニスは笑い始めた。

「ま〜たまたぁ〜! 照れない、照れない♪」

「こ……このガキ! 黙ってさっさと歩け!」

「へ〜、そうやってムキになるところ、結構ルークに似てるのね」

「な……、なんだと!!」

「ほ〜〜〜らムキになった♪」

「……くっ!!」

 なにやら、この上ない屈辱だ。アッシュは歩を緩め、しんがりに下がった。あのガキと並んで歩きたくはない。一方、ナタリアは前方に奇妙なものを見つけ、「あれは、何かしら」と疑問の声を上げていた。

 それは、クラゲ……に見える。ただし空中に何匹かフワフワと浮いていて、通路を塞いでいたが。

 あまり危険なものには見えない。ナタリアは近付いてよく見ようとした。――と、クラゲがパッと触手を広げる。

「きゃ……!?」

 悲鳴をあげかけたのとほぼ同時に、背後からアッシュが駆け出した。ナタリアの前に飛び出し、無言のまま剣を振るう。クラゲは全て分断されて地に転がった。

「アッシュ! すっご〜いv

 アニスも駆け出してきて歓声を上げる。アッシュはチラッと目線でナタリアを見やった。

「……無事か?」

「え……ええ。大丈夫ですわ。ありがとう、アッシュ……」

 アッシュは視線をジェイドに向けた。

「……ジェイド。こいつに見覚えは?」

「生物は専門ではないのですがねぇ」

 やれやれ、と言いながらジェイドはクラゲの死体を覗き込む。検分を始めた。

「ふむ……。この辺りに生息するものとは違います。新種にしては、ちょっと妙ですね」

「……簡単にはいかないかもな」

 アッシュはぼそりと呟く。「行くぞ」と身を翻した。


 二つの優しさ。イオンを連れて行こうとするルークと、残そうとするアッシュ。

 でもまぁ、護衛一人もつけずにイオンだけを残して行くってのは優しいのかどうか ちょっと疑問ですけどね。マジに邪魔だっただけなのかも(苦笑)。

 

 ルークは、アクゼリュスへ行くときイオンが付いてきたのを快く思ってなかった風でしたが、それでもイオンが行きたがるなら連れて行こうとします。甘いと言えばそこまでだけど。でも、今までも常に、イオンが仲間にいるときは魔物から自分が守るのが当然、という態度と行動を取っていたわけで。それはルークの美点と言ってもいいんじゃないかと思います。

 

 アッシュが仲間にいる時に料理をすると、専用のフェイスチャットが発生します。

 ルークの料理は前衛的だそうですが、そのオリジナルであるアッシュは、実は料理が上手。……つまり自分で料理をせざるを得ない環境に育っていたわけで、それを思うとちょっと胸が痛みますけれど。

ナタリア「まあ……おいしい」
アニス「あれ、ホント。これアッシュが作ったんだよね」
アッシュ「……何だ? 何か文句でもあるのか?」
ナタリア「文句などありませんけれど……。私より上手いというのが……どうも納得いきませんわ」
アッシュ「おまえは王女なんだ。別に料理など出来なくても……」
アニス「俺が作ってやる」
#アッシュの声真似をするアニス。
アッシュ「!!」
#ナタリア、赤面する。
アニス「いいねぇ、いいねぇ。若い二人はお幸せですよ。
『まあ、アッシュ。嬉しいですわ。ナタリアし・あ・わ・せ』
『俺がいつでもお前の舌を満足させてやる』
 ……とか何とかやっちゃったりして……」
アッシュ「……双牙斬!」
アニス「はぅあ! 冗談だよ! 本気で斬りかかってこないでよっ!」

 アニスにナタリアとの仲をからかわれて、本気で斬りかかるアッシュでした。余裕ないなキミ(笑)。

 他の誰に対しても尊大で傲慢で無愛想なアッシュですが、ナタリアにだけは、不器用ながら明確に優しさと情愛を見せてきます。アッシュ、キミは本当にナタリアのことが好きなんだねぇ。

 それはそうと、アッシュとナタリアは二人揃って食材の中ではタコが苦手らしいですが、なんかトラウマでもあるんでしょーか。子供時代に二人でタコに襲われたとか!(なにそれ)

 

 ワイヨン鏡窟には停止した昇降機などがありますが、この時点では動かせませんしクリアには無関係なので無視して構わないです。レプリカ編に入ってミュウファイア2を修得すると、鏡のような岩に炎を反射させてスイッチを操作できるようになります。


 鏡窟の奥はやや開けた空間になっており、幾つもの音機関が並べられていた。

「ここは……?」

 見回して、ナタリアが呟く。「フォミクリーの研究施設ですね」とジェイドが答えた。薄埃を積もらした様子を見やって、「廃棄されて久しいようですが……」と続ける。

「ベルケンドの第一音機関研究所。そしてこの鏡窟……。こんな所にレプリカの施設があったなんて……。わたくし……自分の国ですのに、知らないことが多すぎますわね。王女として失格ですわ……」

「城の中にいるだけじゃ何も分からないってことは、ガキの頃学んだだろう?」

 俯きぎみになったナタリアにアッシュが言った。

「あ……! あの時のことはよく覚えていますわ! あなたがわたくしを初めて城の外に連れ出してくれて……そして……」

「……城がバチカルになっただけだ。真実を知るためには、自分の目で、自分の足で確かめる。そうしなければ、この国の政治は何も変わらない」

「……あなたは変わりませんわね」

 微笑んで、ナタリアはアッシュを見つめる。

「子供の頃と同じように、この国の行く末を案じて、わたくしの至らない部分を助けてくれます」

「……勘違いするな。俺は昔の俺じゃない」

「え?」

「七年前の誘拐の時、俺の中の『ルーク』は死んだ。……お前が見ているのは、ルークの幻だ」

「そんなことありませんわ! わたくしには分かります。あなたは……やはりルークなのですわ」

「……その名前で呼ぶな、と言わなかったか? 俺はアッシュだ。聖なる焔の……ルークの燃えかすだ!」

 言い捨て、アッシュは音機関の方へ歩き去る。その背を見つめてナタリアは囁いた。

「……それでもわたくしは、あなたが……」




 アッシュは音機関の端末まで歩き、スイッチを入れた。

「演算機はまだ生きてるな」

 右手で素早く操作盤のキーを打っていく。モニターに次々と文字列が浮かぶ様子を見て、ジェイドが珍しく感心した風に言った。

「大したものですねぇ。ルークでは扱えなかったでしょう」

「これは……。フォミクリーの効果範囲についての研究……だな」

 瞳にモニターの光を映しながら、アッシュが呟く。ジェイドも覗き込んで同意した。

「データ収集範囲を広げることで巨大な物のレプリカを作ろうとしていたようですね」

「大きなものって……家とか?」

「もっと大きなものですよ、アニス。私が研究に携わっていた頃も、理論上は小さな島程度ならレプリカを作れましたから」

「でか……」

 アニスが頭を抱えた時、モニターの文字列を確認し続けていたアッシュが動揺した声を上げた。

「……なんだこいつは!? あり得ない!!」

 こんな声を出すと、姿だけでなく声もルークと同質であることが分かる。ナタリアが彼を見やった。

「どうしたのですか?」

「見ろ! ヴァンたちが研究中の最大レプリカ作成範囲だ!」

「……約三千万平方キロメートル!? このオールドラントの地表の十分の一はありますよ!」

 読み上げ、ジェイドも流石に驚愕した。

「そんな大きなもの! レプリカを作っても置き場がありませんわ!」

「採取保存したレプリカ作製情報の一覧もあります。これは……マルクト軍で廃棄した筈のデータだ」

「ディストが持ち出したものか?」

「そうでしょうね。今は消滅したホドの住民の情報です。昔、私が採取させたものですから間違いないでしょう」

「まさかと思いますが……ホドをレプリカで復活させようとしているのでは?」

「……気になりますね。この情報は持ち帰りましょう」

 ナタリアの推測を受けて、ジェイドはそう言った。





 情報の複製を待つ間、ジェイドとアッシュはモニターの前であれこれと議論を始めた。手持ち無沙汰なアニスとナタリアはなんとなく辺りを見て回っていたが、やがて何かを見つけたアニスが一方へ駆け出した。

「あれっ、これチーグル?」

 施設の片隅に岩を穿って鉄格子をつけた小さな檻が二つ並んでおり、中に一匹ずつチーグルが入れられていた。ミュウと違い、その毛並みは黄色い。

「まあ! こんなところに閉じ込められて、餌はどうしているのかしら」

 ナタリアも近寄って覗き込んでいると、作業を終えたのか、アッシュとジェイドが歩み寄ってきた。

「生きているんだから誰かがここで飼っているんだろう。多分こいつらはレプリカと被験体オリジナルだ」

「そのようですね。星のようなアザが同じ場所にあります」

 ジェイドがチーグルたちを見やって頷いた。

「この仔たちもミュウみたいに火を吐いたりするのかな」

 右の檻の前にしゃがんで、アニスは鉄格子を叩いてみる。すると激しく火を吹いたので、驚いて立ち上がった。

「うわっ、びっくりした!」

「この仔も同じかしら」

 一方、左の檻の前にいたナタリアは、アニスがしたのと同じように、しゃがんで鉄格子を叩いてみる。チーグルは火を吹いたが、その炎は細く、弱かった。

「あら、こちらは元気がありませんわね」

 近付いて、ジェイドが言った。

「レプリカは能力が劣化することが多いんですよ。こちらがレプリカなのでしょう」

「でも大佐? ここに認識票がついてるけど、このひ弱な仔が被験体オリジナルみたいですよ」

 アニスに言われ、ジェイドは僅かに虚をつかれた風だった。

「そうですか。確かにレプリカ情報採取の時、被験体オリジナルに悪影響が出ることも皆無ではありませんが……」

「まあ……悪影響って……」

 ナタリアが立ち上がってジェイドを見る。アッシュは無言であさっての方を向き、しかし幾分身を強張らせたように見えた。

「最悪の場合、死にます。完全同位体なら別の事象が起きるという研究結果もありますが……」

(そ、そんな……。俺が作られたせいで、こいつが……)

 知らず、ルークは動揺した声を漏らす。その声が聞こえたはずはないのだが、ジェイドはナタリアとアッシュを順に見回し、安心させるように笑って言った。

「ナタリア、それにアッシュまで。心配しなくていいですよ。レプリカ情報を採取された被験体オリジナルに異変が起きるのは、無機物で十日以内です。生物の場合はもっと早い。七年も経ってピンピンしているアッシュは大丈夫ですよ」

 ふぅ、とナタリアが安堵の息を漏らした。

「よかったですわ……」

(よかった……)

 ルークも同様に安堵の声を落とす。どう感じたのか、アッシュはムツッと目を伏せて

 ――屑に心配されるとは、俺も落ちたもんだな……。

と、思考を送ってきた。

(……な、何だと!)

 ――うるさいっ! 黙れっ!!

 そんな二人のやり取りを、他の仲間たちは知る由もない。アニスは頭を抱えて少し唸った。

「はぁーっ。レプリカのことってムズカシイ。これって大佐が考えた技術なんですよね?」

「……ええ、そうです。消したい過去の一つですがね」

「それに、結局わかったことって、総長が何かおっきなレプリカを作ろうとしてるってことだけ?」

「それで充分だ。……行くぞ」

 アッシュは言った。ナタリアが少しうろたえる。

「行くって、どこへ……」

「後は俺一人でどうにかなる。お前らを故郷に帰してやる」

 言って、アッシュは背を向けて帰路をたどり始めた。――が、その足が不意に止まる。岩壁で鏡のように輝く鉱石を見やり、反対側の海水の溜まった水路に視線を巡らせた。

「アッシュ……?」

 不安げな顔になったナタリアの前に立つと、腰の剣を抜き放つ。

「……気をつけろ。何かいる」

「え……!?」

 俄かに場の空気が緊張し、間を置かずに破裂した。激しい水しぶきを上げ、海水の中から巨大なイカのような魔物が飛び出したのだ。その周囲には数匹のクラゲが宙を漂っていた。

「あれは……!」

 ナタリアが顔を強張らせる。「行きに見たクラゲじゃん!」とアニスが言った。そんな少女たちに向かい、魔物が長い手を広げて挑みかかってくる。

「チッ……。死にたいらしいな!」

 叫ぶと、アッシュが前に駆け出した。ガキィン、と音を立て、振り下ろされた巨大なハサミを剣で受ける。

「アッシュ!」

「よーし。行くよ、トクナガ!」

 アニスが巨大化させたヌイグルミに乗って飛び出した。その後ろでは、ジェイドが譜文を唱えている。

「終わりの安らぎを与えよ……フレイムバースト!」

 唐突に燃え上がった炎が空気を爆裂させ、空を飛ぶクラゲたちを吹き飛ばした。巨大なイカも炎に焼かれたが、身体の下部に付いていた二枚貝のような殻の中にサッと隠れる。

「まぁ、何ですの!?」

 放った矢を殻に弾かれて、ナタリアが戸惑った声をあげた。アッシュはフン、と鼻を鳴らす。

「出てこねぇんなら、丸焼きにしてやるまでだ! ……全てを灰燼と化せ! エックスプロォオオオオドッ!!」

 剣を掲げたアッシュの周囲が音素フォニムで輝き、爆発的な炎が轟音を響かせて魔物を覆い尽くした。

 ――耳が痛くなるほどの衝撃の後の静寂。漂う煙が薄くなっていく。魔物がもう動かないのを見て取って、アッシュは剣を鞘に収めた。

「なんなの、今の! でかっ! キモっ!」

 アニスが気味悪そうに喚いている。ジェイドは考え込む仕草をした。

「フォミクリー研究には生物に悪影響を及ぼす薬品も多々使用します。その影響かもしれませんね」

「アッシュ……」

 ナタリアが呼んでいる。アッシュが顔を向けると、彼女は両手を胸で組み、恥ずかしそうに視線をさまよわせていた。

「あの、庇ってくださってありがとう……」

 同じように、アッシュの視線もさまよう。

「……い、行くぞ!」

 傲然と身を翻したが、その声はあからさまにどもっていた。


 ゲームでは、行きに空中クラゲ(プルプ)を見た場所で、イカのようなボス魔物(アンキュラプルプ)と戦闘になります。ここでもナタリアを庇って戦うアッシュ。まるで騎士のよう。

「アッシュ……。あの……庇ってくださってありがとう」(両手を組んでモジモジ)
「……い、行くぞ!」(ぶっきらぼうな振りしてますが思いっきり動揺してます)

 アッシュ、キミは本当にナタリアのことが以下略。

 

 レプリカ情報採取のせいでアッシュの健康に悪影響があるかもしれないと知って、ショックを受けるルーク。問題ないと言われて心から安堵します。

 ……こういう反応を見ていると、やはりルークって非常に純心なのだなぁと思えます。まさに今現在、アッシュの意識に無理に捕らえられて意地悪されてる(?)真っ最中なのにね。


 桟橋まで戻ると、待ちかねていたのだろう、イオンがタルタロスから駆け出してきた。

「おかえりな……」

 その時、グラリと大地が揺れた。

「地震!?」

「きゃ……!」

 バランスを崩し、ナタリアが後ろに倒れかける。それを支えたのはアッシュだった。

 揺れはそう長くはなかった。自分を支えていた逞しい体がスッと離れるのを感じて、ナタリアはどぎまぎと彼を振り返った。

「あ、あの……ありがとう……」

「……前にもこんなことがあったな」

「そうですわ! 城から抜け出そうとして、窓から飛び降りて……」

 破願してナタリアは思い出を語り始める。しかしアッシュは目を伏せ、背を向けて彼女から一歩離れた。

「アッシュ?」

「……今の地震、南ルグニカ地方が崩落したのかもしれない」

「そんな! 何で!?」とアニスが叫んだ。

「南ルグニカを支えていたセフィロトツリーを、ルークが消滅させたからな。今まで他の地方のセフィロトでかろうじて浮いていたが、そろそろ限界の筈だ」

「他の地方への影響は……?」

 ジェイドが訊ねる。

「俺たちが導師をさらってセフィロトの扉を開かせてたのを忘れたか?」

「扉を開いてもパッセージリングはユリア式封咒ふうじゅで封印されています。誰にも使えないはずです」

 頑として否定しようとするイオンに視線を向けて、アッシュは叫んだ。

「――ヴァンの奴は、そいつを動かしたんだよっ!」

 イオンは口をつぐむ。

「つまりヴァンは、セフィロトを制御できるということですね。ならば彼の目的は……更なる外殻大地の崩落ですか?」

「そうみたいだな。俺が聞いた話では、次はセントビナーの周辺が落ちるらしい」

 訊ねるジェイドに答え、アッシュは己の中に捕らえたルークに呼びかけた。

 ――時間がない。お前と馴れ合うのはここまでだ!

(……え!?)

 ブチリ、と何かが切れる。全ての感覚が途絶え、瞬間、闇に放り出される。




「――っ!!」

 そして、ルークは目覚めた。



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