そこは最初にアッシュの中で目覚めた時に見たままの部屋だった。ベッドの上に、ルークは半身を起こしている。

 走っていたわけでもないのに、呼吸が荒い。鼓動が速かった。ゆっくりと、視線を己の両の手に落とす。――思い通りに動かせた。

「……回線が切れたのか」

「ご主人様!」

 耳元でミュウの声が弾けた。青い柔らかな塊が飛びついてくる。

「ミュウ……」

 ルークは、そっとその小動物の頭を撫でる。暖かかった。

 部屋は静まり返っている。ティアは、まだ階下にいるのだろうか。ふと上げた視線が、部屋の一角の飾り窓にぶつかった。ルークは立ち上がり、その窓に近付く。ガラスは明るい室内を鏡のように映していたが、目を近づけると暗い外が見渡せた。

 ドームに覆われた中庭のような場所が見える。白い花が群れ咲く中央に、ティアの見慣れた後姿があった。

(――綺麗だな……)

 自然にそう思えた。まるで絵のようだ。静謐で、神秘的で、……でも、どこか物悲しい。

 その情景にしばらく目を奪われていたルークは、しかし、やがてハッと顔を上げた。回線が切られる前、アッシュが何を語っていたのかが脳裏に閃く。

「そうだ! セントビナーが危ねえっ!」




 いつものように花々を眺めながら物思いにふけっていたティアは、その気配に気付いて振り向いた。部屋から続く金属製のスロープをバタバタと駆け下りてくる足音が聞こえ、けれど花の間に入ると少しためらったように歩を緩めている。

 赤い髪を腰まで伸ばした少年が、ゆっくりと辺りを見回しながら近付いてきた。

「ルーク……。目が覚めたのね」

「ここは……花畑?」

 そんなことを彼は訊ねた。ティアは目を伏せて数歩歩き、ゆっくりと彼の隣をすり抜ける。目を覚ましたら何を言ってやろうか。何と言うだろうか。散々考えあぐねていたのに、暢気な質問をする彼にホッとした反面、苛立たしいような気もする。少しだけ、顔を見たくないと思った。

「セレニアの花よ。魔界クリフォトで育つのは夜に咲くこの花ぐらい……。ここは外殻大地が天を覆ってるから、殆ど日が差し込まないし……」

 けれど、逃げても仕方がない。思い直して足を止め、ティアはルークに顔を向けた。

「ところで、なんだか慌てていたみたいだけど」

「そうだった! 外殻大地へ戻りたいんだ」

 勢い込んでルークは言う。

「いずれは戻れるわ。今は……」

 レプリカだった彼にはもう、外殻大地に帰る場所はないかもしれない。戻ったところで傷を広げるだけだろう。今は、この外殻世界からは切り離された街で自分を見つめ直して、新たな生き方を模索するしかない。――そんな思いを浮かべるティアの両肩を、ルークの手が強く掴んだ。

「今じゃなきゃ困るんだよ!」

 驚いて、ティアはただ目を丸くする。

「このままだとセントビナーが崩落するって、アッシュが……!」

「……どういうこと? だってあなた、今まで眠っていたのに……」

「分かるんだよっ! あいつと俺は繋がってんだから!」

 ティアは怪訝に眉をひそめて彼の顔を見返していたが、やがてふうと息を吐いた。目を上げ、ルークを睨みつける。

「……それが真実だとして、セントビナーの崩落をどうやって防ぐの?」

「あ、それは……」

 たちまち、ルークの勢いがしぼんだ。視線が揺らぎ、強く掴んでいた手が下ろされる。相変わらず、その場の感情だけなのだ。それを見て取って、ティアは不快感に目を伏せた。

「あなた、ちっとも分かってないわ。人の言葉にばかり左右されて、何が起きているのか自分で理解しようともしないで……。それじゃあ、アクゼリュスの時と同じよ」

 言い捨ててもう一度睨みつけたルークの顔は――見えなかった。彼は、顔をうつ伏せていたからだ。長い前髪が落ちて、その表情を隠していた。

「……はは……。ホントだな。ヴァン師匠せんせいが言ったから、アッシュが言ったから……って、そんなことばっか言って……」

 そうして僅かに上げられた彼の表情を目にして、ティアはハッとした。

「これじゃ……みんなが呆れて俺を見捨てるのも当然だ」

「知ってたの? みんなが外殻へ帰ったこと……」

「さっきも言ったろ。俺とアッシュは繋がってるんだ。あいつを通じて見えたんだよ」

 ルークは、泣き出しそうな瞳を静かに伏せる。

「……やっぱ、俺、あいつのレプリカなんだな……」

「ルーク……」

「俺、今まで自分しか見えてなかったんだな……。いや、自分も見えてなかったのかも……」

「……そうね」

「俺、変わりたい。……変わらなきゃいけないんだ」

 身を強張らせて立ち尽くしたまま、彼は呪文のように繰り返している。その様子があまりにも小さく、痛々しく感じられて、ティアは思わず言葉を紡いでいた。

「本気で変わりたいと思うなら……変われるかもしれないわ」

 碧の瞳が、ハッとしたようにこちらを見た。そこに浮かぶ縋るような色を見て、ティアは目元を歪める。そうじゃない。私は、彼を縋らせてはいけないんだわ。兄さんがそうしていたようには。

「でも、あなたが変わったところで、アクゼリュスは元には戻らない。……何千という人たちが亡くなった事実も」

 誰かに頼り、縋るのではない。彼は自分で立たなければならないのだ。それが――きっと、人形だった彼が変わるということなのだから。

「それだけの罪を背負って、あなたはどう変わるつもりなの」

 睨み据えると、「分からねぇ」とルークは視線を逸らした。

「……だせぇな、俺。こんなことしか言えなくて。アクゼリュスのこと……。謝って済むならいくらでも謝る。俺が死んでアクゼリュスが復活するなら……ちっと怖いけど……死ぬ」

 呟き、ルークはティアを見た。

「でも現実はそうじゃねぇだろ。償おうったって、償いきれねぇし。だから俺、自分に出来ることから始める。それが何かはまだ分かんねぇけど、でも本気で思ってんだ。変わりたいって」

「……あなた、やっぱり分かっていないと思うわ」

 ティアは、背を向けてその視線を拒んだ。

「そんな簡単に……死ぬなんて言葉が言えるんだから」

 ルークは俯いた。しばらく、沈黙が落ちる。

「……すぐに信じてくれとは言わない」

 背に聞こえるルークの声が揺らぎ、そして、ふと調子を変えた。

「……ティア。確かナイフ持ってたよな」

「ええ、持ってるけど……」

 怪訝な顔で、ティアは視線を戻した。確かに、自分は常に戦闘用の投げナイフを携帯しているが、それがどうしたというのだろう。

「ちょっと貸してくれ」

 不得要領ながらも、ティアはナイフを一本、ルークに手渡した。それを受け取ると、ルークは長い後ろ髪を右手で無造作にまとめ、そこにナイフを当てる。

「ルーク!」

 思わず声を上げたティアの目の前で、今まで彼を彩っていた豊かな炎は呆気なく切り離された。王族の証でもあり、常に彼を周囲から際立たせていたそれは、今はただの髪の束となって彼の右手に握られている。それもまた、風に煽られてサラサラと散らばり、消えていった。

「これで、今までの俺とは……さよならだ」

 微笑んで、ルークはティアを見た。ふ、とティアの顔にも微笑みが浮かぶ。

 髪を切ったところで、実際にはなんら変化はありはしない。彼はまだ、彼のままのはずだ。

 それでも……変わりたいと。変わるという意志を、見える形で示したのだから。これは彼の決意であり、誠意だと認めるべきものだった。

「これからの俺を見ていてくれ、ティア。それで、判断してほしい。……すぐには上手くいかねぇかもしれない。間違えるかもしれない。でも俺……変わるから」

「……そうね。見ているわ、あなたのこと」

 静かに、ティアはそう答えていた。

「頼む……」

「ええ。でも気を抜かないで。私はいつでもあなたを見限ることが出来るわ」

「……うん」

 殊勝に頷く姿は、確かに今までの自分から変わろうとしているもののように見えた。

「それより、セントビナーが本当に崩落するなら、それを食い止める手段を探さないと」

「……そうだな。でも、どうすればいいんだろう」

 崩落を防ぐ方法なんて想像もつかない、とルークは唇を噛む。

「そうね。崩落は防げなくても住民の避難は出来るはずよ。市長に……お祖父様に聞いてみましょう。中央監視施設の会議場にいると思うわ」

「よし、行こう」

 短く切った襟足から首筋を覗かせながら、ルークは強く頷いた。二人は並んで歩き始める。

「……なあ、ティア。どうしてアッシュと一緒に行かなかったんだ?」

 歩きながらルークが問うた。

「どうして行かなければならないの? アッシュに付いて行く理由はないわ」

「それはそうかもしれないけど……」

「私は大詠師モースの命令で第七譜石を探していた。結局、アクゼリュスの物は偽物だったわ。報告の必要があるにしても、アッシュは関係ない。まして彼は兄さんの部下よ。……迂闊に信用は出来ないわ」

「あ……それじゃあ……」

 俺のことは信用してくれてるのか? 碧の瞳にそう言いたげな色が淡く浮かんだのを見て、ティアはその期待を一蹴する。

「自惚れないで。あなたの為でもないわ。お祖父様に私の今後の行動を相談しようと思っていたの。その前にあなたが目を覚ました。それだけのことよ」

「……そ……そうか。そうだよな」

 ルークは肩を落とす。自分の言葉が意図以上に彼を傷つけたらしいことに気付いて、ティアは少し声音を優しくした。

「……でも、今あなたと一緒にいるのは、あなたが本当に変われるのかを見る為よ。――しっかりして」

「……うん。分かってる。俺……やれるだけのことをするよ。……ティア」

 呼ばれて視線を向けると、ルークはどこか張り詰めた、気負った表情で見ていた。

「何?」

「俺、何も知らないからさ、ユリアシティの市長に話を聞いてもよく分からなくて、色々教えてもらうことになるかもしれないけど……どうするかはちゃんと自分で考えて決めるから」

「そう……。でも、最初から言い訳みたいに『何も知らない』なんて言わないで」

「あ! ……ああ、ごめん」

 ハッとして、ルークはうな垂れる。その大きすぎる反応に、ティアは小さく息をついた。

「急いで変わろうとしなくていいと思う。出来ることから、始めるんでしょう?」

「そうだな。うん。まずは、市長に話を聞くことから、だな」

「ええ。さあ、行きましょう」


 ルークの決意と断髪。

 ルーク/アッシュ役の声優さんが最も印象的、としていたシーンです。

 

 ルークってどのくらい昏睡していたんでしょうね。アッシュたちがベルケンド〜ワイヨン鏡窟の探査を済ませるまでですから、移動時間を考えると、最低でも十日近くかかっているはず。……よく衰弱しなかったなぁ。ティアが余程 丁寧に看護してくれていたんでしょうか。定期的に治癒術を当てるとかはしてそうです。栄養点滴は打ってなかったみたいですし。注射はしてたのかな?

 

 それはともかく。このゲームには『称号』というものがありまして、ゲームの中で様々な条件を満たすと各キャラクターが獲得することが出来るんですが。称号にはそれぞれ特典効果がついていまして、HPなどが回復したり、あるいは衣装(髪型含む)が変わったりします。で、この称号、一度クリアした後、次のプレイに受け継ぐことも可能です。二周目以降は、物語の冒頭からキャラクターに好き勝手な姿をさせておくことが出来るんですね。

 この機能は前作『テイルズ オブ シンフォニア』でもあったものなんですが、このゲームでは衣装を変えてもそれがゲームの物語に関わることはありませんでした。ただ、アンソロジーコミックなどの二次創作では、シリアスな場面や銀世界で水着を着ている等のおかしさを笑ったり、そういうパロディが溢れていたんですが。

 ところが。なんと今回の『アビス』では、称号で得た特殊衣装で戦闘したりすると、それに合わせたミニエピソード(フェイスチャット)が挿入されるようになっていました。今回は妄想補完の必要なし! 公式がセルフパロをやってくれちゃってますよ! サービスいいなぁ(笑)。

 さてさて。そんなわけで、よく知られていることですが、二周目以降、物語上まだルークが長髪のはずのシーンで短髪の称号をつけて行動しますと、イベントが一部変更されることがあるんですよね。……まあ、ギャグになっちゃう。

 たとえば、ゲーム冒頭、ガイ初登場のシーン。自室で頭痛に苦しんでいたルークにガイが「どうした、ルーク! また例の頭痛か!?」と声をかけ、ルークが「くそっ。マルクトの奴らのせいで俺、頭おかしい奴みてぇだよ」と答えます。通常だと、それ以降は以下のような会話になります。

ガイ「まあ、あんまり気にし過ぎない方がいいさ。それより今日はどうする? 剣舞でもやるか?」
ルーク「あー、残念でした。今日はヴァン師匠が来てるから」
ガイ「ヴァン様が? 今日は剣術の日じゃないだろう?」
ルーク「急ぎの用があるんだってさ」

 しかし、短髪(タクティカルリーダー、ベルセルク、ドラゴンバスター、ワイルドセイバー、ファブレ子爵)の称号を付けておくと……。

ガイ「それより、なんだよその頭!」
ルーク「おっ。気付いたな」
ガイ「気付くよ。髪を切ったのか? あ……ヅラか」
ルーク「ヅラって言うな!」
ガイ「なんでそんなもん……」
ルーク「気分転換だよ。気分転換」

 と、なるのでした。ガイ兄さん、全体に笑いをこらえています。

 更に。スパに入るときの衣装で、海パンで頭には白いタオルをバンダナのように巻いているという「タオラー」の称号の場合は、

ガイ「それより、なんだよその格好!」
ルーク「……うん。俺も微妙だとは思ってたんだけどよ」
ガイ「だったらそんな格好でうろつくなよ。それに髪はどうしたんだ? 切ったのか?」
ルーク「ウィッグだよ」
ガイ「……ヅラか」
ルーク「ヅラって言うな!」
ガイ「なんだってそんなアホみたいな……」

 となります。(笑)

 これ、ちゃんと声優さんの声付きなんですよ!

 タオラー姿は実際微妙なんですが、この姿で屋敷をうろついても、執事も両親もヴァン師匠も何も言ってくれません。突っ込んでくれるのはガイだけなのです。それは見て見ぬふりをしてあげる深い優しさなのか……それともどーでもいいだけなのか。ちなみに「アビスレッド」とか「ドラゴンバスター?」なんかの覆面系の称号をつけると、ガイですら突っ込んでくれなくなります。トホホ。

 で。今回の断髪シーンでも、予め短髪の称号を付けておくと、最後に声優さんの声付きで追加の会話があります。

#ティア、腕組みして
ティア「……それにしても、突然カツラをとって髪を切るなんて驚いたわ」
#ルーク、片手で頭を掻く
ルーク「そうしないと髪が切れないじゃん」
ティア「それで? 次は長髪のカツラでも作るの?」
#ルーク、面白そうに
ルーク「それもいいかも……」
ティア「……」
ルーク「……ごめん。調子に乗りすぎた」

 ……感動のシーンが台無しだ!(笑)

 なのでお勧めしません。割りとマジに。(なんかヘコむんで。)

 

 ちなみに、断髪シーンで短髪称号にしておくためには、随分前の時点――アクゼリュス崩落直後辺りから変更しておく必要があります。そんなわけで、私は三周目データでこの辺をプレイしたとき、ずーっとタオラーにしてました。アクゼリュスで皆の顰蹙を買うときも、超振動で力を使い果たして倒れるときも、ジョンが泥の海に沈むのをなすすべもなく眺めたときも、「俺のせいじゃねぇ!」とガニマタで訴えたときも、アッシュと戦ったときも、ずーっと海パンで頭にタオル巻いていました。……いやぁ。なんか色々と微妙な気分でした。

(ちなみに、前に書いたアッシュとの戦いの時にあえてルークを立ちっぱなしにしてみた時もタオラー姿でした。……だらーっと立ってるか「たりぃーっての」と挑発してるだけの水着男を強面の黒衣のにーちゃんが剣でビシバシ! 見た目が痛かったです。)

 

 一転して真面目に。ティアの話。

 ティアは厳しいです。しかし、ルークは甘えっ子なので、このくらい突き放さないと成長できなかっただろうなと思います。もしティアが優しく慰めていたら、それまでのルークにとっての「ヴァン師匠」が「ティア」と摩り替わっただけだったんじゃないかな。ティアに依存して、崇拝して、まあ、ティアを守るとか言う大義名分でもつけて、そこに安住してたかも。

 そう思えば、ティアのこの行動は正しい。……けど。ちょっと余計かな、と思う部分があるのは確かです。例えば、ルークが変われるかどうか見ているわ、と言った直後に「でも私はいつでもあなたを見限ることが出来る」と言ってしまう。「物知らずだから馬鹿な質問をするかもしれないけど、どうするかはちゃんと自分で決めるから」と訴えるルークに「最初から『知らない』と言い訳しないで」と言う。ティアの言うことは正論だし、誰もが(現実の場面で)一度は心の中で思ったことのある台詞だと思うんですが、言わなくていい一言ですよねー、これ。

 ルークが戦闘で勝つと「調子に乗らないで!」と言い捨てるのが基本ボイスになってる辺りもそうなんですが、ティアの厳しさは、ちょっち方向が曲がっていて、適正量をはみ出てると思います。あんたそれ、人間関係を破壊して、人を萎縮させるよ。

 ティアもまだ十六歳ですし、この少し先のエピソードで例によってルークに厳しいことを言った時、苦笑交じりに「それじゃ余計に傷つくだろ」と言われて「ごめんなさい、キツかったのね」と慌てたように謝ったりしてましたから、これは多分今後彼女が克服していくべき欠点なのだと思いますけれど。

 ルークと出会ったばかりの頃の会話を見ていても思いますが、ティアって、案外鈍いというか、人の心の機微には疎いところありますよね。割と怒りの感情に呑まれて皮肉や嫌味を言うことも多いですし。そういう意味では彼女も、まだまだ子供だと言えそうです。

 

 さて。プレイヤーとしては、テオドーロ市長のいる会議場へ行く前に、ティア(テオドーロ市長)の家を探検するといいです。ルークが寝かされていたのはティアの私室で、ベッドはティアのベッドでした。後でそれを知ったルークは、密かに赤面していたものです。

#中央監視施設の会議場を出ようとするルーク、立ち止まって訊ねる。
ルーク「なあ、ティアの部屋ってどこなんだ?」
ティア「あなたが寝てた部屋よ。隣の家の二階が私の部屋」
ルーク「へぇ、そうか」
#ルーク、「……」と黙り込む。
ルーク(じゃあ……オレ ずっとティアの布団で……?)
#赤面するルーク。
ミュウ「ご主人様? どうしたですの?」
ルーク「な、なんでもない! い、行こうぜ!!」
#「?」となるティアとミュウ。

 オイオイ、何を考えてるんだ七歳児!(笑) このベッドでは今後、自由に寝て回復できるよーになってたりします。いやん。

 ティアの部屋のクローゼットの中にはデッキブラシがあります。ジェイドの装備品です。(笑) 器用だなぁ大佐。

 しかし、何故女の子の部屋のクローゼットにデッキブラシがあるのかということを疑問に思うべきかもしれません。

 一階に降りると、アッシュを操作していた時には入れなかった奥の部屋(テオドーロの私室?)に入れるようになっています。人物名鑑のイベントを起こしてキャラクターディスクを入手し、宝箱から響律符フォルシルドを取っておくのを忘れずに。

 

 ……関係ないけど、一周目プレイで初めてアッシュ操作した時、どこからこの家の外に出られるのか分からなくて、散々右往左往したのは私だけじゃない……ですよね? 出口分かりづらいよ。


 魔界クリフォトの街は相変わらず紫の薄闇に沈み、譜業の光に照らされている。

「ここは、外殻大地で今まで見てきた街とは、全然雰囲気が違うんだな」

 市長の家を出て街を歩きながら、ルークが言った。「それは、障気が出ているからってこと?」とティアが訊ねる。

「それもあるけど……。ほら、建物の造りとか、材質とか……」

「そうね、確かに外殻大地の街とは、異なっているわ。でも、この街がどういう材質で作られているかは誰も知らないの」

「どういうことだ?」

 ルークは目を瞬かせる。

「この街は外殻大地を浮上させる前からあったのよ。つまり創世暦時代の街なの。障気から街を守るために、当時でも最新鋭の技術を使ったそうだけれど、今では技術が殆ど失われてしまって……」

「へ? じゃあ、この建物は、どうやって造ったか分からないってのか?」

「そうね。だから簡単な修理は出来るけれど、根本的な改造は誰にも出来ないのよ」

 はー、とルークは息をついた。

「なんか、信じられねぇ話だな」

 そう言って、街のあちこちに視線を巡らせている。その足元には青いチーグルがいて、先程からずっと歌いながらスキップを踏んでいた。

「みゅうぅーみゅみゅみゅう〜♪」

「なんだか機嫌がいいわね、ミュウ」

 可愛らしい様子に表情を綻ばせて、ティアが覗き込む。

「はいですの。ご機嫌ですの。ご主人様が元気になってミュウも嬉しいですの!」

「そう……。でもミュウ、あなたいつもルークに冷たくされているでしょう? ルークのこと嫌いになったりしないの?」

「ボクはちゃーんと知ってるですの。ご主人様はホントは優しいんですの。だからチーグルの森でボクを助けてくれたんですの」

「……でもミュウ。あなたも随分、ルークを助けていると思うわよ」

 目を細めてティアが言うと、ミュウは長い耳をピンと立てる。

「嬉しいですの! お役に立ってるですの! ボク、これからも火を吹いたり岩を壊したり頑張るですの!」

 そう言うと、「ですのー♪ ですのー♪ ですのー♪」と歌いながら飛び回り始めた。

「精神的な部分で……という意味だったんだけれど……」

(でも『チーグルは恩を忘れない』……本当だったのね)

 チーグルの森で出会ったチーグル族の長老の言葉を思い出して、ティアは感心の息を漏らす。

 その時、独特の長衣をまとった市民の一人が、ルークに声をかけてきた。

「キミかい? 第五セフィロトのパッセージリングを消滅させたのは」

「え……」

 ギクリと顔を強張らせたルークの傍で、ティアが「アクゼリュスのことよ」と小声で言った。

「セフィロトは全部で十箇所だが、プラネットストームを発生させている第一と第二、アルバート式封咒の要である第五と第八セフィロトは特に重要なんだ。

 セフィロトはユリアによって防衛機構を備え付けられている。第一段階がパッセージリングへ近づけないようにする『ダアト式封咒』。第二段階が第五と第八セフィロトから、全セフィロト操作を禁止している『アルバート式封咒』。第三段階が、ユリア自らパッセージリングに施した封印、『ユリア式封咒』。これを解かない限りセフィロトは操作できないんだよ。

 第八セフィロトのパッセージリングも十六年前に既に消えたから、今回の第五の消滅で、セフィロト防衛機構の第二段階が解除されてしまった訳か……」

 どうやら、この市民にルークを責める意図はないようだった。もう興味がなくなったように、ぶつぶつ呟きながら向こうへ行ってしまう。

「第八セフィロト……。俺が消しちまったの以外にも消滅してたパッセージリングがあるのか」

「ええ……。ホド島を支えていた柱よ」

「ホド?」

 聞き覚えがあるような気もする。見返すと、何故なのだか、ティアはその瞳を伏せていた。

「私と兄さんの故郷よ」

師匠せんせいの?」

「十六年前のホド戦争で、マルクト領のホド島が消滅したでしょう? そこが私たちの故郷なの。ホドはアクゼリュスと同じように魔界クリフォトに崩落したわ。その時、兄さんと私を身ごもった母さんも、魔界に落ちた。多分、兄さんも譜歌を詠ったのね。そして、お祖父様――市長が私たちを引き取って育ててくださったのよ」

「そうか……ティアと師匠せんせいは、ここで育ったんだな」

「ええ。私はここで生まれたから、そんなに違和感はないんだけど、兄さんは……とても苦労をしたみたい」

「……外殻大地とはまったく環境も違うもんな」

「その上、外殻育ちの何も知らない子供だと馬鹿にされて……。兄さん、辛かったと思うわ」

師匠せんせい……」

(あの、誰よりも立派で強かった師匠せんせいにも、そんな辛い経験があっただなんて……)

 何か打たれる心地がして、ルークは思った。だから俺が何も知らなくても馬鹿にしたりしなかったのかな、と。

(いや。師匠せんせいは俺を騙していたんだ。……こんなこと考えても、しょうがないのに)

「教団に入ってからも、どんどん出世する兄さんを妬む人も多かった。若いくせにって……。兄さんが髭を生やしたのもそのせいなのよ。少しでも老けて見えるように」

 ルークが考えている間も、ティアの言葉は止まらなかった。こんなに懸命に話すティアを見るのは初めてかもしれない。

(そっか……)

 ルークの顔に笑みが浮かんだ。ほんの微かに痛みを滲ませた。

「ティアは……師匠せんせいが大好きなんだな」

(それだけは、ティアは俺と同じだったんだ)

「……あ、当たり前よ。……だから余計悲しいの。あんなに強くて優しかった兄さんが……。あんなの私のヴァン兄さんじゃない……」

 ティアの声はついに湿り気を帯びる。ルークは驚き、少しうろたえた。

「ティア……」

「……ごめんなさい。少し感情的になってしまったわ」

 だが、それはほんの僅かな間だ。もう、彼女はぎこちない笑みの仮面を被っている。己の気持ちを押し隠して。

 初めて、それにルークは気が付いた。――そうか。そうだったのか。

「いいよ。ティアはもっと感情を出した方がいい。内側に溜める方が、多分辛いよ」

 少しでも和ませたくて笑ってそう言うと、ティアは驚いた顔で見つめ返してきた。

「ルーク……」

 そして彼女は笑う。半分はまだ泣いているような感じだったけれど、仮面ではない笑顔で。

「ありがとう……」


 ルークにとって、ティアはずっと『ワケわかんねぇ奴』でした。無愛想で、冷たくて、考えてることは言わなくて。その謎の一端が明かされる。ティアにとってヴァンはどんな存在だったのか。何を思って兄に立ち向かっていたのか……。ルークのティアに対する見る目が変わり、そこから世界が広がり始めます。

 

 それはそうと。ルークが目覚めて喜ぶミュウに、「でもミュウ、あなたいつもルークに冷たくされているでしょう? ルークのこと嫌いになったりしないの?」と訊ねるティア。相変わらず、何気に人の渡らない橋を渡る人ですよね。(^_^;)


 他に誰もいない、がらんとした会議場に、テオドーロは一人座っていた。

「おお、ティアか」

 ルークとミュウを伴って近付いてきたティアに顔を向ける。

「そちらは、確か……」

「あ……は、はじめ……まして。俺、ルークです」

 ルークの主観では初対面ではない。だが、アッシュではない自分として会うのは初めてだった。慣れない腰の低い挨拶は、続いた「ミュウですの」という甲高い名乗りで途切れさせられたが、「お前は黙ってろって」と小声でたしなめて、更に言葉を続ける。言おうとすると、血の気が引いた。胸が痛んだ。だが、これは、言っておかなければならないことだ。

「えと……アクゼリュスのことでは……ご迷惑をおかけして、す……すみません……でした」

 罵倒されるのかもしれない。そう覚悟していたが、テオドーロは表情すら変えはしなかった。腰掛けたまま、一瞥して口を開く。

「きみがルークレプリカか。なるほどよく似ている」

 レプリカ。その言葉がルークの胸をえぐった。だが、耐えねばならない。事実なのだから。それでも我知らず掌を握り締め、ルークはぎゅっと目を閉じる。「お祖父様!」と、ティアが非難めいた声を上げた。

「これは失礼。しかしアクゼリュスのことは我らに謝罪していただく必要はありませんよ」

「ど、どういうことですか?」

「アクゼリュスの崩落は、ユリアの預言スコアに詠まれていた。起こるべくして起きたのです」

 数瞬、ルークとティアは言葉を失っていた。

「どういうこと、お祖父様! 私……そんなこと聞いていません! それじゃあホドと同じだわ!」

 ティアが叫ぶ。

「これは秘預言クローズドスコア。ローレライ教団の詠師職以上の者しか知らぬ預言スコアだ」

 そう語るテオドーロに一歩近付き、ルークも怒鳴っていた。

預言スコアで分かってたなら、どうして止めようとしなかったんだ!」

「ルーク。外殻大地の住人とは思えない言葉ですね。預言スコアは遵守されるもの。預言を守り穏やかに生きることがローレライ教団の教えです」

「そ、それはそうだけど……」

「誕生日に何故預言スコアを詠むか? それは今後一年間の未来を知り、その可能性を受け止める為だ」

「なら、どうしてアクゼリュスの消滅を世界に知らせなかったの?」

 声を怒りで震わせ、ティアが問う。ルークも続けた。

「そうだ! それを知らせていたら、死ななくてすむ人だって……」

「それが問題なのです。死の預言スコアを前にすると、人は穏やかではいられなくなる」

「そんなの当たり前! ……です。誰だって死にたくない……!」

「それでは困るのですよ。ユリアは七つの預言スコアで、このオールドラントの繁栄を詠んだ。その通りに歴史を動かさねば、きたるべき繁栄も失われてしまう。我らはユリアの預言を元に外殻大地を繁栄に導く監視者。ローレライ教団はそのための道具なのです」

「……だから大詠師モースは導師イオンを軟禁して戦争を起こそうとした……?」

 ティアの声は掠れている。それは、ルークも同様だった。

「ヴァン師匠せんせいも……預言スコアを知っていて俺に……?」

「その通りだ」

「……お祖父様は言ったわね。ホド消滅を警告しても、マルクトもキムラスカも聞く耳を持たなかったって! あれは嘘なの!?」

「……すまない。幼いお前に真実を告げられなかったのだ。しかしヴァンは真実を知っている」

「……じゃあやっぱり、兄さんは世界に復讐するつもりなんだわ。兄さん、言ってたもの。預言スコアに縛られた大地など消滅すればいいって!」

 テオドーロは孫娘を見やり、宥めるように言った。

「ティア。ヴァンが世界を滅亡させようとしているというのは、お前の誤解だ。確かにホドのことで、ヴァンは預言スコアを憎んでいた時期もあった。だが今では監視者として立派に働いている」

 それを聞いて、カッとルークの頭が煮えた。

「……立派? アクゼリュスを見殺しにしたことが!? お前らおかしいよっ! イカレちまってる!!」

「そんなことはない。ユリアは第六譜石の最後で、こう預言スコアを詠んでいる。

『ルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる』

 未曾有の繁栄を外殻大地にもたらすため、我らは監視を続けていたのだ」

「でもお祖父様……兄さんは外殻大地のセントビナーを崩落させようとしているのよ!」

「セントビナーは絶対に崩落しない。戦はあの周辺で行われる。何しろ預言スコアには何も詠まれていないのだからね」

 何を言おうともテオドーロは動じなかった。ルークやティアの熱も怒りも、決して彼には伝わらない。

 その時一人の職員が入ってきて、テオドーロに告げた。

「テオドーロ市長。そろそろ閣議の時間です」

「今行く」

 職員にそう返してから、テオドーロは憤る二人の若者に視線を向ける。

「二人とも、心配ならユリアロードで外殻大地へ行ってみなさい。お前たちの心配は杞憂なのだよ」

 そして、職員と共に去っていった。

 老市長の姿が消えると、ルークはティアに訴えた。

「ティア、外殻大地へ戻ろう! ここにいても埒があかない」

「……兄さんはずっと預言スコアを憎んでいたわ。私の部屋の窓辺で、いつも言ってた。ホドを見捨てた世界を許さないって」

 ガランとした会議場に、ティアの声が落ちる。

「私が外殻大地へ行く前だったわ。兄さんが珍しくこの街へ帰ってきたことがあったの」



『――アッシュが何かに勘付いているようです』

 セレニアの花の群れ咲く中庭で、背を向けて立つヴァンにリグレットが告げていた。

『アッシュは妙なところで潔癖だ。この計画が外殻の住人を消滅させると知れば、大人しくはしていまい』

『シンクを監視につけましょうか』

『そうだな』



 この様子を、ティアは見ていた。――会話を聞いてしまった。

「兄さんは何かとてつもないことを企んでると思ったわ。少なくとも、人が沢山死ぬ……。そんなの許せない。たとえホドが預言スコアのせいで見殺しにされたんだとしても」

 ティアは目を閉じ、両手で己の胸を抱いた。

「だから……刺し違えてでも止めるって……」

「ティア!」

「でも私、しくじったみたい。アクゼリュスを救えなかったわ」

「それは俺が……」

 ルークは俯く。が、ティアは言った。

「あなただけのせいには出来ないわ。私は兄さんを止めるために……外殻での任務を引き受けたんだから」

 毅然として言った彼女を見たルークは、微かに苦笑ともつかない息を漏らした。

(俺は、あんなに……。自分の責任を認めることから逃げようとしたのに)

「……お前って強いな」

「……そう、かしら」

「強すぎ。でも……話してくれてありがとう。お前のこと、少しだけ分かった気がする」

 鼻をこすって笑みを浮かべたルークに、ティアも笑顔を返した。

「あなたにお礼を言われたの、初めてだわ」

「……そ、そうだっけ」

 ばつが悪そうに頭をかいたルークの足元で、ミュウがニコニコと笑っていた。

「二人が仲良くなって嬉しいですの」

「べっ、別にそんなんじゃねぇって。それより、外殻大地へ急ごうぜ」

 身を翻し、ルークは足早に会議場を出て行く。その背に微笑んで、ティアも後を追っていった。





 一度ティアの部屋に戻って荷物をまとめ、外殻へ繋がる唯一の道だと言うユリアロードへ向かっていると、髪を結った上品な女性が声をかけてきた。

「ティア、捜したわ。第三譜歌のことだけど……。あら、彼、回復したのね」

 傍らのルークを見て軽く瞠目する。

「あ、レイラ様! 第三譜歌の『象徴』が見つかったんですか?」

「第三譜歌って何だ? お前がいつも使うあの譜歌か?」

 思わず訊ねると、「彼は何も知らないのね」とレイラがティアに言った。眉根を寄せたルークに、ティアが説明をする。

「私が詠っているユリアの譜歌は、全部で七つあるの」

「ああ、その三番目の譜歌ってことか。……あれ? でもお前、いつも二つしか譜歌を使ってないよな」

「仕方ないわ。私が『象徴』を知らないんだもの」

「ユリアの譜歌は旋律を知っているだけでは駄目なの。譜歌に込められた意味と英知を正しく理解しなければ、ただの歌でしかないわ」

 補足してくるレイラの説明は、いつかどこかで聞いたもののような気がした。

(ガイ……)

 そうだった。いつか、ティアの譜歌がユリアの譜歌なのだと初めて聞いた時。ガイが同じようなことを言っていたのだ。昔、そう聞いたことがあるのだと。

「譜歌って大変なんだな」

「そうね。象徴の解読は難しいわ。私が象徴を知っているのは第三と第五以外の譜歌よ。でも意味を正しく理解できたのは、まだ第一と第二だけ……」

「象徴を知って意味を理解しないと、ホントにただの歌なんだな」

 ルークがそう言うと、ティアはしばらく黙り込んだ。

「――実は、ユリアの譜歌は七つで一つの譜歌としての意味も持っているの。七つの譜歌を連続して詠うことで『大譜歌』になるわ。これは象徴を知らなくても機能するの。歌が契約の証そのものだから」

 大譜歌。かつてイオンやジェイドもその存在を口にしていたことがある。それは確か……。

「ローレライの契約の証っていう大譜歌か! それはどんな力があるんだ?」

「大譜歌とローレライの鍵が組み合わさると、ローレライを召喚できるのですって」

「何か凄そうだな!」

「そうね。でも、ローレライの鍵という物は失われてしまったそうだし、私も七つめの歌を知らないわ。だから結局は、意味がないのかもしれないわね……」

 興奮しているルークの前で、ティアはスッと目を伏せて口をつぐんでしまった。

(どうしたんだ……?)

 不意に変わった空気に、ルークは戸惑う。

(あれ? そういえば……。前に大譜歌の話をした時も、いきなり無愛想になって話をやめてたよな)

 触れられたくないことなのだ、とようやく思い至った。大譜歌が詠えない、使えないということは、彼女にとって。

「……げ、元気出せよ。大譜歌がどんなものか知らないけど、俺はお前の第一と第二の譜歌にすっげー助けられたんだし……。それで充分じゃん!」

 必死に言葉を捜して言うと、ティアは驚いたように目を上げる。恥ずかしそうにもう一度伏せた。

「ルーク……。あ……ありがとう……」

 二人の様子を見ていたレイラが、再び口を開く。

「――そうそう。頼まれていた第三譜歌の象徴のことだけど、ヴァンが置いていった本に隠しページがあったのよ。もしかしたら、そこに残されているかもしれないわ」

「え? 兄さんの置いていった本というのは……」

「本自体はどこにでもある譜術の研究書よ。ただ一番最後に隠されたページを見つけたの。これが写しよ」

 レイラは、一枚の紙をティアに手渡した。

「私には意味が分からないんだけど、あなたなら……」

「これは……!」

 目を通したティアの顔色が変わった。

「ヴァ・レイ・ズェ・トゥエ……。母なる者……理解……ルグニカの地に広がる……壮麗たる……天使の歌声……」

 目を閉じ、ぶつぶつと呟き始めた彼女の周囲に音素フォニムの輝きが立ち昇り始める。

「な、なんだ?」

「静かに。ティアは瞑想に入ったわ。やっぱりこれは譜歌の象徴だったのね」

 やがてティアは青い目を開いた。周囲を覆っていた光が消える。

「……分かったわ。これが第三譜歌なのね」

「隠されたなんとかってのを理解できたのか?」

「ええ……」

「おめでとう、ティア!」

 レイラが笑って祝福をした。

「ありがとうございます。……この象徴の写し、もらっていってもいいですか? ここには他の象徴についても記述されています。……私の理解力では、まだ使いこなすことができないけれど……」

「勿論よ。いつか役に立つわ。あなたの力がもっと強くなった時に」

「はい。ありがとうございます」

 本の写しを抱きしめ、ティアも笑って頭を下げた。





 ユリアシティと外殻を結ぶ移動用の譜陣、ユリアロードは、会議場のあった並びの右奥にある。さほど広くはない部屋の円形の床、一段低くなった中央にそれは描かれていた。

「この道を開くと、パダミヤ大陸にあるアラミス湧水洞に繋がるわ。……準備はいい?」

「ああ」

 頷くルークの耳に、「ボク、ドキドキするですの」と言うミュウの声が聞こえた。

「大丈夫よ、ミュウ。――さあ、道を開くわよ」

 ティアが目を閉じ、意識を集中すると、彼女を介して集められた音素によって譜陣が輝きだす。

「また、ここから旅立つのね……」

 光り輝く譜陣に歩を踏み出しながら、ティアが呟いた。

「え?」

「あなたと初めて会ったのも、ここが始まりなの……」

「そうなのか……」

「ええ、兄さんを止める為に、ここから……」

「……ティア」

 俯き、光に照らされた彼女の顔をルークは見つめた。あの日、唐突に屋敷に現われた彼女は、自分にとって不審で忌々しい闖入者に過ぎなかった。けれど、あの時の彼女はどんなに己の決意に張り詰め、不安と孤独におののいていたのだろうか。

 ティアは顔を上げた。その視線はまっすぐで、強い。

「今度こそ兄を、兄さんを止めないといけない……。そして、セントビナーの人々を救いましょう」

「……そうだな。アクゼリュスの二の舞はごめんだ!!」

「行くですの!」

 彼らは、譜陣の光の中へ踏み込んだ。


 会議場に入ろうとすると、レイラという女性が来て、時間があったら自分のところに来てくれ、と言います。……会議場の下の譜石部屋に行くと、ティアがホーリーソングを覚えるイベントなのですが、一周目の時、私はレイラの言った「私のところ」というのが一体どこなのか分からなくて、ホーリーソングを覚えられませんでした。譜石部屋には何度か入っていたんですが、あの部屋の奥にいる「ただ見禁止」ぐらいしか言わない ぶっきらぼうな人間がレイラ様だとは……それどころか女性だとすら思ってませんでした。だって点のように小さいんだもん……。

 

 大譜歌を詠えないことを告白するティア。すると、なんとルークがティアを励まします。

 髪切った途端、突然 素直に優しさを見せるようになるルーク。今までは優しさを見せようとする時、ぶっきらぼうな態度や悪態といった誤魔化しを必ず入れていたのですが、それがなくなっています。今までは優しい人間だと見られることに抵抗があったようなのですが、そういう「カッコつけ」をするのをやめたみたいです。アクゼリュスで自分の気持ちにばかりこだわって崩壊した反動から、「自分の気持ち」よりも「他人の気持ち」に より強く目が行くようになったということなのかな?

 

 それはそうと、何故かいつも一人で会議場にいるテオドーロ市長。んで、閣議の時間だからと会議場から出て行きます。

 ……えぇええええ? なんかおかしくないですか……。


 光が消えると、目の前に溢れているのは水の奔流だった。

「みゅぅ〜〜!?」

 激しく湧き立つ水源の真ん中に浮かび上がったミュウが、大きな目を更に丸くしてジタバタともがいている。

「うわっ、いきなり水の中かよっ!?」

「大丈夫、濡れたりしないわ」

 慌てふためくルークとミュウに対し、ティアは落ち着いていた。二人を導き、水源を歩いて陸に上がる。そうしてみれば、水源はさほど深いものではない。そして、実際彼らの体は乾いていた。

「すっ、すっ、すごかったですのー!」

「ホントに濡れてねぇ……。どうなってるんだ?」

「セフィロトが吹き上げる力で水が弾かれるらしいわね」

「セフィロトか……。そうだよな、大陸を浮上させてるんだから。すげー力だよなぁ」

 感心した声を上げ、ルークはすぐに声を沈めた。

「俺、そんなすげぇものを消滅させちまったのか……」

「落ち込んでいても何も出来ないわ。そうでしょう?」

「そうだな。それより、出来ることをやるんだった。……ダメだなー、俺」

 ルークは少しおどけた風に、けれど悲しそうに笑った。

「でも、突然水の中に放り込まれた時は、マジ焦ったな。セフィロトを利用してって言ってたけど、どういう原理なんだ?」

「使用している私たちも原理がどのようになっているか、理解しているわけではないの。このユリアロードのように、創世暦時代の譜術や音機関は沢山あるけれど、その原理は完全に解明されていないわ」

「そうか……。創世暦時代ってのはすごい時代だったんだろうな」

「そうね。当時の技術の大多数は、ユリアが開発に関わっていたそうよ」

「ユリア。預言を詠んだっていうユリア・ジュエか。ってことは、このユリアロードも……」

「ユリアが拓いたと言われているわ。だから『ユリアロード』なのね」

「ミュウも、ユリア様はすごい人だったって教わったですの」

 ミュウが片手を挙げてピョンピョン跳ねている。ルークは俯いた。

「俺、ユリアのことなんて興味なかったから、全然知ろうともしてなかったな……」

「これから知っていけばいいと思うわ。少しずつでも」

「……そうだな」

 一行は水源を離れ、内部に水を流す洞窟を抜ける道へ進んだ。




「ようやくお出ましかよ。待ちくたびれたぜ、ルーク」

 浅い水の流れを渡って洞内の道を登ると、そんな声がルークの耳に届いた。

(あ……!)

 登る道の途中、上の方に、片膝を抱えて腰を下ろしている男の姿が見える。

「へー、髪を切ったのか。いいじゃん。さっぱりしててさ」

 立ち上がり、ガイ・セシルは懐かしい人好きのする表情かおでルークを見下ろした。ゆっくり近付いてくる。

(アッシュと繋がってた時に見た通りだ! ガイは俺を待っててくれた……!)

「ガ……ガイ!」

 詰まっていたような喉から彼の名を弾き出して、ルークは幼なじみに駆け寄ろうとする。……が、すぐに足が止まった。

「……」

「あん? どうした?」

 縫い付けられたようにそこから動かないルークを見て、ガイが首をかしげる。

「……お、俺……。ルークじゃないから……」

 立ち尽くし言葉を震わせるルークに、ガイはことさら大仰に嘆くような顔を見せてやった。

「おーい。お前までアッシュみてぇなこと言うなっつーの」

「でも俺、レプリカで……」

「いいじゃねぇか。あっちはルークって呼ばれるのを嫌がってんだ」

 ガイは、自分からルークの前まで歩いた。

「貰っちまえよ」

「貰えって……。お前、相変わらずだなー」

 ルークは微かに苦笑する。

「そっちは随分 卑屈になっちまったな」

 が、即座に返った声に、ムッと眉を寄せた。

「卑屈だと!」

「卑屈だよ。今更名前なんて何でもいいだろ。……せっかく待っててやったんだから、もうちょっと嬉しそうな顔しろって」

 言うと、ガイは笑ってルークを見る。一瞬ポカンとしたものの、自然とルークの顔にも笑みが広がっていった。

「……うん。ありがとう」

 にっこり笑って言えたのだが、ガイは身をすくませ、ぎょっと目を見開いた。

「ルークがありがとうだって……!?」

「彼、変わるんですって」

 それまで黙って二人のやり取りをみていたティアが近付いてくる。すると、ガイは今度は青ざめて飛びのいた。離れた位置でガタガタと震えている。

「……あ、あなたは変わらないのね……」と、ティアが呟いた。




 湧水洞を進む一行は、一人増えた。

「ルークの奴、なんか感じが変わったな……」

 ミュウと共に少し先にいるルークの背を見ながら、ガイが呟いている。髪が短くなったというだけではない。以前は傲岸不遜で、けれど大抵ダルそうな表情を浮かべていて、無気力な気配を漂わせていたものなのに。今はどこか所在無さげで、それでいて、ひたむきな意志の光が瞳に宿っている。……そんな気がする。

「そうね。そうかもしれないわね」

 側にいたティアが声を返した。「変わりたい」とルーク自ら髪を切ったのだと、たった今彼女から聞いたばかりだ。

「ルークにとっては、人一倍辛い事件になっちまったからな。アクゼリュスのことも、ヴァン謡将のことも」

「でも、本当に変われるかどうかは、ルーク次第だわ。これからの彼を見ていれば、いずれ分かることよ」

「変に考えすぎてヘコまなきゃいいが……」

 思わず心配を漏らすと、見上げてきたティアが笑顔を見せる。

「ガイがいるじゃない。理解してくれる人が」

 ふ、とガイは微笑む。そして優しく言った。

「キミもいるしね」

「……そうね」

 少し困ったような、けれど否定はしない彼女の笑顔を見て、ガイは満面の笑顔を浮かべる。

「さぁ、そろそろ行こうか」

「ええ」

 二人は、ルークの方へ歩き始めた。





「どうして……俺を待っててくれたんだ?」

 時折現われる魔物を下し、道を並んで歩きながら、ルークはガイに訊ねていた。

「友達だろ?」そう言い、ガイはすぐに「あ、俺、下僕だったわ。わりぃわりぃ」とおどけてみせる。

「……俺はレプリカだぜ。お前の主人じゃないんだぜ」

「……別に、お前が俺のご主人様だから仲良くしてた訳じゃないぜ」

「……え?」

「ま、お前はお前、アッシュはアッシュ。レプリカだろうが何だろうが、俺にとっての本物はお前だけってことさ」

「ガイ……」

「お前さ、覚えてる? 誘拐された後だから、お前が生まれてすぐってことなのかな」

「何? なんかあったか?」

「記憶なくて辛くないかって聞いたら、お前『昔のことばっか見てても前に進めない』って言ったんだ。だから過去なんていらないって」

 それを聞いて、ルークはおどけた調子で、けれど苦しげに笑った。

「ははは……。ばっかだな、俺。過去なんかいらないんじゃなくて、無いんじゃんな」

「……いや。結構真理だと思ったね。俺は」

 ガイは言った。その瞳には湧水洞を満たす水のような、青く深い色がたゆたっている。それをルークに向けた。

「辛かっただろ。色々……」

「……そんなこと言えるかよ。俺のせいでみんな、……死んじまったのに……」

「その一端は、俺のせいでもあるな」

 驚いてルークはガイを見返す。

「お前は関係ないだろ」

「記憶がなくてまっさらなお前を、わがまま放題、考え無しのおぼっちゃんに育てた一因は俺だぜ」

「……へ?」

「歩き方も覚えてなかった……つーか、知らなかったお前の面倒を見たの、俺だからな。マジ反省した」

 そんなことを言う。

(……だけど。もう、誰かのせいにすることは許されないんだ。俺は……その罪を負って、責任を取らなきゃならないんだから。……出来るのかなんて、分からないけど。でも)

 ルークは足を止めた。ガイが、ティアとミュウが彼を見つめる。

「俺……アクゼリュスのこと、どう償ったらいいんだろう……」

「難しいことだわ。ただ謝ればいい問題ではないし」

 ティアが言う。「だな」とガイも頷いた。

「謝るってのも確かに大事なことだが、謝られた方は困るモンだしな」

「困る? どうして?」

 視線を向けると、ガイは険しい表情を見せた。

「失ったものがでかいほど、人は誰かを憎まずにはいられないんじゃないか? 謝った奴は気も晴れるだろうが、謝られた方は『はいそうですか』って許せないだろうし」

「生涯忘れることなく責任を負い続けること……かしら。ううん、漠然としてるわね」

 ティアが考え深げに呟く声を聞きながら、ルークはそれを口にしていた。

「俺が……幸せにならないこと……とか?」

「そりゃ違うだろうよ」

 張り詰めたルークの声に、ガイは苦笑する。

「そうなのかな。だってそもそも俺は生まれる筈のない命だろ。そんな奴がアクゼリュスを……」

「あーあーあーあー。後ろ向きなのはやめろ。うざいっての」

 最後までルークは言えなかった。ガイは不快な表情を見せてルークに背を向ける。「ガイ! ルークだって真剣に考えて……」と、ティアが非難したが、頓着しなかった。

「とりあえず人助けしろ。残りの人生全部使って世界中幸せにしろ」

「世界中って……。で、できるわけねーだろっ!」

「ンなこと分かってる。それぐらいの勢いでなんかしろってんだよ」

 そう言うと、ガイは先に立って歩いていってしまう。ルークは虚をつかれた顔になって、「……あ、ああ……」と曖昧に頷いた。

(分かったような、分かんないような……)

 それでも、とりあえず歩き始める。彼の背を追って。





 一行は洞窟を出た。久しぶりの日の光に目をすがめたところで、駆け込んできた人影にぎょっとさせられる。

「おわっ!?」

「ジェイド!?」

「ああ、よかった。入れ違いになったかと心配していました」

 ジェイド・カーティスはガイを見て、ホッとしたような声を出してきた。

「大佐、どうしてここに……」

「ガイに頼み事です。ここでルークを待つと言っていたので、捜しに来たんですよ」

 ティアの問いにそう答える。「俺に?」と怪訝な顔になったガイに、こう告げた。

「イオン様とナタリアがモースに軟禁されました」

「何だって!?」

 思わず声を上げたルークに、今初めて気付いたかのようにわざとらしく、ジェイドの視線が向けられる。

「おや、ルーク。あなたもいらっしゃいましたか」

「……いたら悪いのかよ」

「いえ、別に。それよりモースに囚われた二人を助け出さないと、まずいことになります。近くにマルクト軍がいないので、ここはガイに助力をと……」

「まずいことって、何が起きるんだ」

 ガイが訊ねた。

「アクゼリュスが消滅したことをきっかけに、キムラスカは開戦準備を始めたと聞いています。恐らく、ナタリアの死を戦争の口実に考えているのでしょう」

「そうだわ……。外殻の人たちは何故アクゼリュスが消滅したか分かっていない……」

「戦争になっちゃうですの? 怖いですの!」

 ティアとミュウの声が聞こえる。

「イオン様もこれを警戒して、導師詔勅を発令しようと教団に戻ったところ、捕まったようです」

 ガイはジェイドには答えなかった。ルークに向かい、こう言う。

「よし、ルーク。二人を助けよう。戦争なんて起こしてたまるか。そうだろう?」

「……ああ。そうだな、戦争はまだ始まった訳じゃねえんだ。急げば止められる!」

「でもでもでも、セントビナーには行かないですの?」

 足元でミュウが飛び跳ねた。

「う、そうだ。セントビナーも危ないんだ」

「ルーク。焦っても仕方ないわ。とにかく、まずはダアトに行って導師イオンとナタリアを助けましょう」

 うろたえたルークの側にティアが歩み寄ってきた。

「でも、ダアトの奴らって、あのモースの言いなりなんだよな? 一筋縄じゃいかないし、下手したら色んなことが間に合わなくなるかも……」

「教団は大詠師派ばかりじゃないわ。導師派や中立の教団員は、私たちの味方よ。大丈夫。焦らず、でも迅速に行動することが大事よ」

「……そ、そうだよな。分かったよ。ダアトに急ごう」

「話はまとまったようですね」

 ジェイドが言った。ルークを見やるその顔には冷たい笑みが浮かんでいる。

「やれやれ。また、あなたと行動することになるとはねぇ。念のためお知らせしておきますが、ダアトはここから南東にあります。迷子になったりして足を引っ張らないようにお願いしますよ」

「――ルーク。一度失った信用は簡単には取り戻せないわ」

 目元を歪ませたルークの耳に、そっとティアが囁いた。

「……わ、分かってるよ」

 ルークは手を握り締める。それでも、どうにか視線は下げないように。

「……ジェイド、ごめん。だけど、俺、前みたいなことはしない……と思う……」

「――そう願いたいものですね」

 ジェイドは笑みを消す。ガイが微苦笑を浮かべて、殊更明るい調子で言った。

「まあまあ。このメンツはルークの最初の旅と同じだろ。ギスギスしないで仲良くいこうぜ」

「……でも、あの時とはあらゆる事情が変わってしまったわ」

 ティアの声がポツリと落ちる。ルークは俯いた。

「……うん」

 苦い思いでその様子を見つめてから、ガイはジェイドに笑いかけた。

「ジェイドも、弱ってる子供を威圧して楽しむほど、人格ねじ曲がっちゃいないだろ?」

「……まあ、いつまでも一緒にいなければならない義理もないですし。しばらくは我慢しましょう」

(……だからギスギスすんなっつってるのになぁ)

 ガイは内心で嘆息する。先はまだずっと長そうだった。


 本当にルークを迎えに来てくれていたガイ。感動のシーンです。少なくとも私は感動しました。

 よかったね。ルークの存在は偽者だったけど、結んだ人間関係は本物でした。

 

 ちなみに一周目の時は日記をよく読んでいなかったので、ここで初めて七年前のルークが歩くことさえ知らない赤ん坊状態だったことを知り、ものすごい衝撃を受け、一気にルークへの見る目が変わったものでした。(日記にはバチカル帰還前のキャツベルトの時点で既にその情報が出ています。)

 

「俺にとっての本物はお前だけ」。これって、すごい殺し文句ですよね。(笑) ガイは今後もポイントポイントでこういう熱烈な殺し文句を吐いてくださいますので、正直、メインヒロインのティアの印象が薄いくらいです、冗談抜きに。熱烈度は話が進むごとに上がっていくぞっ。ラスボス前のガイのルークへの言葉を聞いて「なんかのプロポーズかよ!」と悶絶したのは私だけではないと思いたい。(大笑)

 

 ルークを見捨てて去っていたジェイドとの再会。早速の皮肉や嫌味。手厳しい挨拶です。

 くそぅ。大佐の意地悪っ子め! こうなったら称号を変な衣装のに変えてやるぅう! 装備はティアの部屋からパチってきたデッキブラシだぁああ!

 ……っつーか、三周目の時、別れる前にジェイドの称号をアビスブルー(戦隊ヒーロー風の全身スーツ)に変えていたままだったことを忘れていて、湧水洞を出たら怪しい覆面スーツ男がアップで駆け寄ってきたので、ルークと一緒にマジ驚きました。おわぁあ!? び……びびびっくりしたぁ。ジ、ジェイドかよっ。

 

 ルークが短髪になる(のと、ADスキル・スペシャルを習得している)と、秘奥義『レイディアント・ハウル』が使えるようになります。超振動です。オーバーリミッツ中に奥義またはFOF技が発動している状態で○ボタンを押し続けると出ます。アッシュも同じ方法で秘奥義「絞牙鳴衝斬」を出せます。こっちも超振動。でも、ルークより威力が高いそうです。……やっぱルークは超振動関係は劣化してるのか……。


 大きな石碑の建っている丘から、巨大な尖塔のある教会を中央にした都市が見えた。

「ご主人様! あれがダアトですの?」

「俺は知らないよ。――そうなのか?」

 ミュウに答え、ルークはティアの顔を見やる。

「ええ、そうよ。あの教会にイオン様とナタリアが軟禁されているのね」

「戦争を食い止めることが出来る可能性を持った二人ですからね。モースとしても、ダアトから外に出したくないのでしょう」

 そう、ジェイドが言う。

「伯父上に軟禁のこと伝えたらいいんじゃないか?」

「ナタリアは多分、アクゼリュスで亡くなったと思われてるはずよ。難しいわ」

「だな。それに陛下にはモースの息が掛かってる。俺たちで助けてやろうぜ」

 ルークの楽観的な提案をティアは退け、ガイも彼女に同意した。

「アニスが教団の様子を探っています。街で落ち合えればいいのですが」

「アニスを捜すしかねぇか……」

 ジェイドの言葉を聞いてルークは肩を落とした。ガイが考え込む顔をする。

「けど、アニスはどこにいるんだろうな?」

「彼女は結構行動派ですからね。下手に探すより待った方がいいかもしれませんねぇ」

「でも、セントビナーの時みたいに、どんどん先に行っちまうかもしれないぜ」

 ルークが言い募ると、ジェイドは皮肉に笑った。

「アニスは不必要に先走ったりはしませんよ。あなたと違って」

 ぐっ、とルークは言葉に詰まる。アクゼリュスでは確かにそうだった。……それを思えば、何を言い返す権利もありはしない。

「……わ、分かったよ。じゃあ待とう」

 短く諦めの息を吐いて言うと、ガイが少しからかう声音で言ってきた。

「ルーク。イヤミにまで素直になったら、大佐にこれからいじめられ続けちまうぜ?」

「いや、まぁ、先走ったのは事実だし」

 そう言うと、何故か、ガイもジェイドも困った顔になった。意味は違うのだろうが。

「ふむ。絡み方が前とは違うようですね。これだと私が悪者のようではありませんか」

 ジェイドが芝居がかった調子で悩む仕草を見せる。――と。それまで静観していたティアが怒鳴った。

「もうっ! 早くアニスを探さないとダメなのよ。さあ、行きましょう!」

「わ、分かってるよ」「分かってるよ」「分かっていますよ」

 肩を怒らせて歩み去る彼女に、男三人はそれぞれの表情で従った。


 ダアトに入ってすぐ左の階段を上るとイベントが起こり「序奏の音盤」が手に入ります。

ルーク「ん? なんだこれ?」
ガイ「ルーク。勝手に触ると怒られるぞ」
教団員「そちらは巡礼者の方が置いていったものです」
ルーク「それってただのゴミじゃん」
ティア「! ルーク! 失礼よ」
教団員「いえ、よろしいんですよ。本当にゴミですから」
#全員、「……」と黙り込む。
教団員「よろしければ差し上げますよ」
ルーク「もらっても、使い道ないだろ」
#ガイ、「……」と音盤を見ている。
ガイ「……どうかな。見たところ音機関の一種みたいだぜ。何かに使えるかもしれないな」
ルーク「ふーん。じゃあ一応もらっとくか」
 序奏の音盤を手に入れました

 天然に無作法なルークとか、まるで両親のように叱るガイとティアとかが何だか面白いです。

 よく見ると道に響律符の入った宝箱が落ちています。また、宿屋の看板のある路地の下側の見えない位置に隠しショップがあります。

 オープンカウンター形式のお店(?)のコックさんに話しかけるとピザのレシピがもらえます。コックさんから突然「あんたたち料理するだろ」と問われてピザのレシピを貰い、「あんたたちが初めてちゃんと話を聞いてくれたよ。みんな話しかけても無視するんだよな」と言われるのですが、その返答がパーティーの先頭を誰にしているかで変わります。

ルーク「いきなり知らないヤツに「料理する?」とか聞かれたら普通ひくだろ……」
ガイ「まぁ、そうだろうなぁ。変な人だと思うわなぁ」
ジェイド「当然でしょう。普通の人なら、ね」 ←それは自分が普通でないと言いたいのか。
ティア「そうでしょうね。怪しいもの」 ←ティア……。
アニス「当たり前だよ。おじさん、超怪しいよ?」
ナタリア「そうなんですの? どうしてかしら……」 ←天然さん。ちなみに、コックさんは「わかんないねぇ」と答えてました。彼も天然か。

 

 なお、ダアトに入ったら何はともあれ宿屋で一泊することをお勧めします。すると、ジェイドがルークの健康の心配をするフェイスチャットと、ティアがルークに超振動の制御を教える特訓イベントの一回目が起こるからです。どっちもオススメ!

 特に、ティアの特訓イベントは今後三回起こり、全て終わらせると、最終的にティアの称号が二つ手に入る他、ラスボス前にリグレットの過去に関するイベントが見られるという重要なものです。

 一周目の時、私はティアの特訓イベントの存在に全く気付いていませんでした。なので、このちょっと先に話が進んだとき、ルークがいきなり「俺だって訓練してたんだ」とか言いながら超振動を使いこなし始めたので、「あんたいつの間に……!?」と、エラく驚いたものでした。


「ここがダアトの第一自治区よ。巡礼者は必ずここに入るの。正面に教会があるわ」

 街の門を潜り、石碑を中心にして商店や宿屋の並ぶ通りに至るとティアが言った。

「なんだか、人がやたらと多いな」

 ルークは物珍しそうに辺りを見回している。ガイも同じようにして言った。

「ダアトに来るのは、奥様の快気祈願の巡礼に同行したとき以来だな」

「巡礼?」

「このパダミヤ大陸には教団の教えについて書かれた石碑が三十三あるの。それを第三十三石碑から順番に巡るのが巡礼。でも、全てを巡るのは大変だから、五大石碑だけを巡る初心者用の巡礼も人気ね」

 さっき通った丘にあったのは第四石碑よ、とルークに説明するティアに、思いついた顔でガイが訊ねた。

「そういえば、ここに住んでいる人間は、一体どうやって生計を立てているんだ?」

 ダアトは農業も工業も行っていなかったはずだが、見たところ商店の数もそう多くはない。

「ローレライ教団は、信者からの寄付金が主な財源なの。だから、私やアニスのように神託の盾オラクルに属する者は、生活費を教団から支給されるわ。教団員ではない一般的な信者の人たちは、自給自足で暮らしているのよ」

「自給自足? 商売しちゃいけないのか?」

「いけないわけじゃないけど、ダアトで暮らしている人たちはその必然性を感じていないわ。この第一自治区には宿屋があるけど、あれは特別に認可されたケセドニアの人たちなの」

「ふーん。預言スコアに守られて、最低限の暮らしが出来ればいいって訳だな」

 ガイは考え込む顔をした。宗教都市ダアトに集まる人々は、預言スコアに従って穏やかな生活を送ることこそを望んでいるのだろう。――預言を守るために見殺しにされた人々がいることなど、想像すらすることなく。

預言スコアか……」

 ルークは呟く。

「なぁ、ティア。テオドーロさんは、アクゼリュス崩落が預言に詠まれてたって言ってたよな」

「ええ。お祖父様は知っていたようね」

「なら、もっと先のことも聞いておけば、これから役に立ったんじゃないか?」

 そう言うと、ガイが異を唱えてきた。

「それはどうだろうな。預言に書いてあることを知ったところで結局避けられないんだったら、余計に辛いだけかもしれないぜ」

「そうね。お祖父様も私のことを気遣ってアクゼリュスのことは教えて下さらなかったようだし……」

「そうなのかもしれないけど……」

「それにお祖父様は、セントビナー崩落は預言に詠まれていないって仰っていたわ。それなら私たちの行動には役立たないかもしれない」

「そうだな。崩落しないかどうかはその時になるまで分からない。ただ、崩落の可能性があるなら、放っておけないってだけさ」

 そう言って、ガイは「考えてみると、ダアトってところは、世界で一番安全な場所なのかもしれないな」と呟いた。

「どういうことだ?」

 ルークが見返すと、ガイは笑って説明する。

預言スコアを取り仕切る宗教団体の総本山だ。まさか、崩落するような土地にそんなものを建てる訳がない」

「そうですね。以前からザレッホ火山という活火山がある為に、パダミヤ大陸は危険な土地だと言われていましたが、崩落が秘預言クローズドスコアに詠まれていたなら、ガイの言うとおりです」

 ジェイドが頷いた時、ふとティアが首を傾げた。

「そういえば、外殻は本来の地表と離れているのに、なぜ火山活動があるのかしら」

「それは俺も気になってたんだ」

 ガイが少し勢いづいて同意する。

「そうか。外殻ってのは、地殻部分だけを引き上げたようなもんだから、そんなことあり得ないんだよな」

 教科書の文面を思い出してルークは言った。確か、星の核は高温と高圧の世界で、周囲の岩は溶けて対流している。それが地殻の弱い部分から噴き出してくるのが火山なのだ。この星の外殻が地核から引き剥がされているというのなら、マグマが噴き出してくるはずがない。

「それはセフィロトツリーと関係しているのではないでしょうか。あれが放出しているのは音素フォニム記憶粒子セルパーティクルだけではなく、惑星の生命力のようなものも循環させていると考えるべきでしょう」

「……ユリアは途方もない技術を考案したんですね」

「ユリアだけではありません。彼女の十人の弟子、それにサザンクロス博士も、ですね」

 しみじみと落とされたティアの声に、ジェイドはそう返した。




 ローレライ教団本部。天高くそびえるその威容は、バチカル城に勝るとも劣らない。

 一行がその正面階段に至ったとき、突然小柄な少女が飛び出してきた。間近に迫られたガイが悲鳴をあげて飛び退り、ルークの後ろに駆け込んでしがみつく。

「アニス!」

 思わず彼女の名を呼んだルークを見て、アニスは目を見開き、「うわっ!」と驚きの声を上げた。

「アッシュ、髪切った?」

「お、俺は……」

 言いよどんだルークを怪訝な目で見つめて、ハッとする。

「あ、違った。ルークだ」

 呟いてから、再び「ん?」と眉根を寄せ、今度はアワアワと慌てだした。

「えええ!? なんでお坊ちゃまがこんな所にいるの!? ――てか、後ろにいるのは大佐たち? わっはv これってローレライの思し召し?」

 一息に放たれたアニスの台詞と百面相に、思わず沈黙する一同である。「……けたたましいなぁ」とガイが呟いた。ルークの背に隠れたままであったが。

「アニス、とりあえずイオン様奪回のための戦力は揃えました。お二人はどうされています?」

 ジェイドが問う。すぐに真面目な顔になって、アニスはきびきびと答えた。

「イオン様とナタリアは、神託の盾オラクル本部に連れて行かれましたっ!」

「そうですか……。神託の盾本部はこの教会の地下でしたね。ここは何とか潜入して奪還、ですか」

 こちらは少人数ですし、と言うジェイドの声を聞いて、ルークはティアに訊ねた。

「勝手に入っていいモンなのか?」

「教会の中だけならね。でも地下の神託の盾本部は、神託の盾の人間しか入れないわ……」

「ってか、今は詠師職以上の許可がないと立ち入りできないようにされてるんだよ。だから私も入れなかったし、ティアもダメでしょ」

「侵入方法は無いのか? なんとしてでも二人を助けないと、本当に戦争が始まっちまう」

 ルークにしがみつくのをやめてガイが勢い込む。「っていうかぁ、もう始まりそうだけど」と無情に突っ込むアニスの声を聞きながら何か考え込んでいたジェイドが、その顔をティアに向けた。

「ティア。第七譜石が偽物だったという報告は、まだしていませんよね。私たちを第七譜石発見の証人として本部へ連れて行くことは出来ませんか?」

 ティアは頷く。

「分かりました。自治省の詠師トリトハイムに願い出てみます」


 捜す必要は無く、本当に自分の方から現われた行動派なアニスです。

 

 突然アニスに真横に来られて、悲鳴あげてルークの背にしがみつくガイ。ルークとの距離は結構離れてたのに、全力疾走で彼の後ろに逃げ込んでました。いつもと立場逆転してる感じでなんか可愛いですよね。(笑)

 

 ちと真面目に。ルークに対する仲間たちの態度のこと。

 実は、私は一周目をクリアした時点では、むしろ仲間たちはやさしーなぁというか、大人だなーと思ってました。いや。だって現実だと、人って失敗したり、今まで威勢がよくて弱った相手にはもっとずっと辛辣じゃん。それが、嫌味を多少言うくらいで、罵るでも足ひっぱるでも無視するでもなく、比較的短期間でルークを再び受け入れるようになって行くので。全年齢向けのゲームですから、あえてねちこいリアル感を出しはしない。やっぱゲームだなぁと思いつつ、みんな大人でいい人だよねぇ、と感心してました。

 そう思ってましたので、他サイトさんのレビューなどで「責任はみんなにもあるのにひどい、ルークが可哀相」という意見を読んで、ポロポロッと、目から鱗が五枚くらい落ちましたよ!

 ああ……っ。そうか、そういう見方もあるのか。なるほど、言われてみたら確かにそうかも。

 そりゃルークが実行犯だけど、ヴァン、モース、インゴベルト王、ファブレ公爵、そして多分キムラスカの重臣たち全員がアクゼリュスを滅ぼすためにルークを騙して送り出したわけで。旅の仲間も、本来イレギュラーのイオンの方をあらゆる面で優先して、親善大使ルークをあえて不快にさせる接し方をして(特にジェイド)、ピリピリしたり頭痛で倒れたり操られたりあからさまに状態のおかしかったルークを放り出してましたし。そして責任は全部ルークに押し付け。そうだよね、確かにルークだけが責任を負わされるのは変……というか、異常だよね、と。

 でも、それから一年ほど経つと、また自分の中で考えが変わり、やっぱり仲間たちは優しいんじゃないかな、と思うようになりました。ベタベタな甘さではないけれど、みんな結構寛容だよねーと。

 二周目までクリアした時点で、私はとても強くルークに感情移入していました。なので、ルークに都合のいい解釈がしたくてたまらなかったのですね。

 迎えに来てくれたガイは大好き。何故って、好意の示し方がとても分かり易かったからです。そして彼の愛情に感激し彼を特別視したいと思ったあまり、見捨てずに実際の面倒を見てくれたティアや、ルークが自力で立ち直ることを信じ続けてくれていたイオンの好意には「大したことじゃない足りない言い方がキツい態度が気に食わない」などと難癖をつけ、直視しないようにしちゃってました。ごめん、ティア。イオン…。

 

 最初にプレイしてから一年ほどの間、ルークへの周囲の態度に、強い飢えを感じていたように思います。

 どうしてもっとルークに優しくしてくれないの?

 どうして特別にルークにチヤホヤしてくれないの?

 アクゼリュスが崩落した後、責任逃れを叱るのではなく、優しく慰めて「あなたは騙されてたんだからちっとも悪くないよ」と言って欲しかった。レプリカ編の冒頭でルークが思い悩んでいた時、側で見守るのではなく、抱きしめてねっとりと「私たちはあなたが大好きだから悩まなくていいんだよ」と言って欲しかった。何より誰よりルークを一番愛して欲しかった。

 いつもどこかに「ルーク(=プレイヤーキャラ)は愛されていない。愛情が足りない」という不満があって、それが燻っていたように思うのです。

 でも、そうじゃないんですよね。ルークは仲間たちが崇める天使でも、かしずく君主でも、賞賛する英雄でも、庇護する赤ん坊でもない。ただ一方的に、ルークがみんなからチヤホヤされることばかりを期待するなんて、馬鹿なことでした。大抵のRPGでは主人公を盛り立てるための賞賛要員として仲間や恋人キャラが存在していますから、ついついそれが当たり前だと思ってしまっていたのですね。

 でも違う。ルークと仲間たちは対等の存在でした。ルークが仲間たちの言動に傷つき怒るのと同じように、仲間たちもルークの言動で傷ついたり不快になったりしている。そして、ルークと仲間たち全員で一緒に嬉しくなって笑い合うこともある。

 悪い結果を出せば叱られる。ひどいことをすれば軽蔑される。でも反省すれば認めてくれるし、悩んでいる時は側で見守ってくれて、日々の生活をさりげなく助けてくれる。

 そう思うようになったら、ただ可哀想だとしか思っていなかったルークの冒険も、また違ったものに感じられるようになったのですから、不思議なものです。

 

 教会に入ったら、トリトハイムと会う前に右の扉の奥の通路に入ること。モースとリグレットの会話が見られます。トリトハイムに会うとこのイベントは起こせなくなるので注意です。


 ローレライ教会の正門は、巡礼者たちのために常に開放されている。潜ると、内部は巨大なホールになっていた。トリトハイムはこの更に奥、短い階段を登った先にある礼拝堂にいるという。

「ルーク。もう体は大丈夫なワケ? 無理しないで、ず〜っと寝ててもよかったのに〜♪」

 近寄ってきたアニスが、ルークの顔を見上げて意地悪そうに笑った。

「おいおい、きっついなぁ……」

 並んで歩いていたガイが渋い顔で言ったが、ルークは落ち着いた口調で親友に返す。

「いや、言われても仕方がないよ。でも寝てるわけにはいかないんだ。何を言われても、俺はやらなきゃ!」

 力を込めるルークを、「あれ? なんか熱血君になっちゃったの?」とアニスが不思議そうに見つめる。しかしすぐに興味を移したように頬を膨らませた。

「ま、そんなことよりも、イオン様とナタリアだよ〜。早く助けないと」

「そうだな。トリトハイムって人に会いに行こう」

 ルークが返すと、アニスはぎょっとした顔になり、次いで失笑した。

「え゛? ルークが仕切るんだ!?」

「え!?」

 ルークは赤面し、口ごもってしまう。ガイが苦笑して、「ま……、まぁまぁ。と、とにかく行こうぜ」と促した。

「でも、どういう経緯で、イオン様とナタリアが軟禁なんてされてしまったの?」

 ティアがアニスに訊ねる。

「んーとね、アッシュの奴が、私たちを送ってってくれることになったんだ。で、まずは私とイオン様をダアトに連れてってくれたんだけど、そこで戦争が起きそうって話を聞いて……」

 ジェイドが後を継ぐ。

「ナタリアが導師詔勅の発令を願い出たのです。そこで教会に向かったところ、捕まってしまったようですね」

 失笑を見せたジェイドに、ガイが尋ねた。

「ですねって、旦那は何をしてたんだい?」

「タルタロスの陸上走行機能の復元をしていました」

 アニスが再び説明する。

「私だけ何とか逃げて、大佐に助けを求めたんだ。んで、すぐ教会に取って返して、二人の行方を捜索したって訳」

「アニスは大活躍だな」

 ただ感心してルークは言ったが、「おぼっちゃまとは違うしぃ〜」と返されて憮然となった。

「大詠師モース……。何故そのようなことを……預言スコアにあるオールドラントの繁栄を願って行動しているのは確かなんだけれど……」

 ティアが俯いて呟いている。ルークはムッとしたまま彼女に言った。

「だからって、戦争を起こしていいわけないだろ!」

預言スコアは守られるべきだと……私たちローレライ教団に属する者は教えを受けていたわ」

「オールドラントの殆どの人々は、預言を守り生活することを美徳と考えています。それを踏まえるとモースの考えや行動も悪とは言えないですね。彼は誰よりも敬虔なローレライ教徒なのでしょう」

 ジェイドが口を添えてくる。

「じゃあ、二人はこのまま戦争が起こってもいいと思ってるのか?」

「もちろん戦争は回避すべきです。そしてその為には、早くイオン様とナタリアを救出しなければなりません」

 ティアは顔を上げた。

「そうですね。――それで、タルタロスの陸上走行機能はどうでしたか?」

「駄目です。一部に魔界クリフォトの泥が入り込んで、部品がイカれていました」

「お、珍しく大佐は活躍しなかったんだな」

 面白そうに言ったガイに「私ばかり働かされても困りますね」とジェイドは皮肉な笑みを返す。

「さ、事情を飲み込んでもらえたら、二人の救出を急ぎま……」

「あら あら あら! アニスちゃん、久しぶりねぇ」

 その時、ホールを歩いていた一人の女性が大声で呼びかけてきた。

「ママ!」

 アニスが声を上げる。女性の前に小走りで駆け寄った。

「ママ。ちゃんと貯金してる?」

 開口一番、そう訊ねる。女性は気にした風もなくニコニコと笑ったままだ。

「あら あら あら。大丈夫よ。ちゃんと月のお給金はローレライに捧げているわよ」

「まーだそんなことしてんのっ!? それじゃあ老後はどうすんのよっ!」

「大丈夫。預言スコア通り生きていれば、お金なんて要らないのよ」

 何の屈託も無くそう言いきる母親を前に、アニスは頭を抱えた。

「……あー、やっぱ私が玉の輿狙わなきゃ……」

(そういうことだったのか……)

 以前のアニスの今ひとつ理解しがたかった言動の謎が、今初めて解けた気がしたルークである。なにやら冷や汗が背を伝った気がする、かつての『アニスちゃんのお婿さん候補』であった。




 礼拝堂にはホールに増して荘厳な気配が満ちていた。ユリアの姿をかたどったらしき大きなステンドグラスから、鮮やかな影が斜めに床に落ちている。信者たちは毎週のレムの曜日のミサごとに、この部屋で預言スコアを詠んでもらうのだという。また、誕生日に詠んでもらう生誕の預言ならば、曜日にかかわらず随時詠んでもらえるようだ。

「おっ、アニスじゃないかぁ。こんな所でどうしたんだい?」

 出口へ歩いてきた男が、アニスを見て言った。先ほど出会ったアニスの母親――パメラとよく似た雰囲気で、いかにもお人よしの笑顔でニコニコと笑っている。アニスが言った。

「パパ!? パパこそ何してんの」

「私は詠師トリトハイムから伝言を預かったところだよ」

 彼はアニスの父親にしてパメラの夫、オリバー・タトリンだった。夫婦ともども、教会に住み込んで下働きのようなことをやっているという。

「パパ……また変な詐欺に引っ掛かってないでしょーねっ」

 親に向かい、アニスは今度はこんなことを言って胡乱げな目で睨む。「アハハハハ」とオリバーは屈託無く笑った。

「パパは大丈夫だよ。毎日預言通りに生きているから いいことだらけさ」

「ホントにぃ? それならいいんだけどぉ……」

「本当だよ。この間もケテルブルク七泊八日の旅が当たったという手紙が届いてねぇ」

「何それ、懸賞?」

「それが応募した覚えがなくてね。人違いですよと連絡したら、何でも敬虔なローレライ教信者へのご褒美ということらしいんだ。一人一万ガルドの格安旅行だったんで、早速お金を支払ってきたよ」

「……また騙されてる」

 アニスは溜息をついた。

「そうだよなぁ。一万ガルドぽっちで旅行に行けるかよ」

 ガイを見上げてルークが言うと、「アホッ、そういう詐欺じゃない!」と返された。ティアが言う。

「最初に旅行に当たったって手紙が来たのに、どうしてお金を支払うのかってことよ」

「あ……そっか!」

「きっと今頃、業者は雲隠れしていますね」

 ジェイドがすげなく言った。

「もーっ! パパ! どうしてすぐ騙されるの!」

「何でも疑うのはよくないよ。まだ旅行に行けないと決まった訳じゃないし」

「行けないに決まってるってばっ!」

「もしそうだとしてもね、きっと人を騙してまで あのお金が必要だったってことさ。私たちの元にあるよりいいと思うんだよ」

「パパ!!」

 懸命に叱り付けてくる小さな娘に、オリバーは穏やかに微笑んでみせる。

「オリバー? どうしたのです」

 その時、礼拝堂の奥の壇上から声がした。法衣を着て長い黒髪を背に垂らした威厳ある男性がこちらを見下ろしているのが見える。

「ああ、トリトハイム様――申し訳ありません」

 オリバーは頭を下げる。

「これはいけない。仕事に戻らなければ。皆さん、アニスを宜しくお願いします」

 ルークたちにローレライ教信者式に頭を下げ、彼は礼拝堂を出て行った。




 壇上のトリトハイムに、ルークたちは近寄った。

「ローレライ教会へようこそ。個人的な預言は毎週レムの日のミサにて行っています。……ん? そちらは唱師タトリンと唱師グランツか」

 一般信者向けの挨拶をしてきた彼は、アニスとティアを目にして口調を改める。

「詠師トリトハイム。大詠師より受けた任務を完了して参りました。つきましては報告のため ここにいる証人と共に、本部への立ち入り許可をいただけますか?」

「……むぅ。大詠師モースの……。あい分かった。これを持って行きなさい」

 トリトハイムは通行許可の木札をティアに手渡した。

「ありがとうございます」

 彼は大詠師に次ぐ詠師という職についている。詠師の席は六つあり、ヴァンやテオドーロもその一人だ。彼は大詠師派とされているが、現在の教会を二分する派閥争い――預言の全てを遵守すべきとする大詠師モース率いる保守派と、預言は生活の道具に過ぎないとする導師イオン率いる改革派の対立――に、どうやらさして関わっていないらしい。

「唱師タトリン、唱師グランツ、大詠師モースへの報告、頼みましたよ」

 彼はそう穏やかに言うのだった。




「イオン様、大丈夫かなぁ……?」

 神託の盾本部へ続く廊下に、苛立ちと不安の入り混じったアニスの声が響いた。

「すーぐ捕まっちゃうんだもん。もう……お姫様かっちゅーの!」

「それだけこの世界において、重要な御方だということよ」

 ティアが言ったが、アニスはまだ続ける。

「うーん……。それは分かってるんだけど、あの性格も原因だと思うんだよねぇ……。ちょっと……ってゆーか、かなり天然でしょ」

「ま、まぁな。いいように使われ易そうというか……」

 ルークが応える。お前が言うな、と周囲からは突っ込まれそうではあったが。実際、ティアはムッと眉根を寄せて言い返した。

「導師イオンは立派な方よ! それは……確かに、全く人を疑わない純粋すぎるお心をお持ちだけれど……」

「……間違いなくボケ担当だよなぁ」

 ガイが見解を述べた。のほほんとしたジェイドの声が続く。

「イオン様がボケなら、つっこみはアニスですね。主従漫才ですか……これはオモシロイ……」

 流れを断ち切ったのは、憤然としたアニスの声だった。両腰に手を置いて振り返り、仲間たちを睨みつける。

「もう! ちょっと待ってよ! イオン様のこと、あんまり悪く言わないでくれないかなっ!」

「おいおい、アニスから言い始めたことだろ?」

 ガイの突っ込みを、「私はいいの!」と理不尽に跳ね除けた。

「でも他の人が悪く言うのは、ぜ〜ったい駄目!! ――今度やったら潰す!

 最後にドスの効いた声で低く言い捨て、肩を怒らせて歩いていく。「お、おっかねぇ〜」と、ルークが怯えた。

「どうしたのかしら……」

「そりゃ、アレだよ。なぁ、大佐」

 首を傾げるティアを笑い、ガイがジェイドに目配せをする。

「ええ。ですねぇ」

「「愛!?」」

 ティアとルークは叫んでいた。

 愛。これが愛って奴なのか。愛してるから皮肉って、でも他の奴らが言うのは許せない……って、でも、なんかそれって歪んでないか? だから愛?

「味ですの!? イオンさんは何味ですの? アップルグミ味ですの?」

 一文字聞き違えたらしい(お腹が減っていたのだろうか)ミュウが足元で騒ぐのに、「ローレライ教団味でしょう」などと答えるジェイドの声を聞きながら、また一つ、世の真実を知って大人になった気がしたルークである。それが正しいのかどうかは別にして。




 木札を見せて神託の盾オラクル騎士団本部へ向かう通路に入って間もなく。曲がり角の向こうから聞き覚えのある声が聞こえて、ルークたちは足を止めた。

「ええいっ! ヴァンの奴にはまだ連絡がとれないのか!?」

 苛立ちを隠さぬ男の声は、モースのものだ。

「申し訳ありません。総長閣下はベルケンドに視察に向かわれて……」

 それに静かに返す女の声は、リグレットのものだった。

「ようやく預言スコア通り戦争が起こせそうなのだぞ。こんな大事な時にあやつは何をしているか」

「大詠師モースは一足先にバチカルへ向かわれてはいかがでしょうか」

「仕方ない。そうするか」

「お送りします」

 足音がこちらへ向かってくる。慌てて、ルークたちは手近の通路に逃げ込んでやり過ごした。まさか、教団深部に侵入者があるとは思ってもいないのだろう。気付かずに通り過ぎて行く二人を見送る。

「モース様、それに教官まで……。本当に戦争を起こそうとしていたなんて……」

 二人の姿が見えなくなると、ティアが小さく呟いた。その声音が苦しげで、ルークは何故か落ち着かない気分になる。

「とにかくイオンを捜し出して開戦を止めねぇと!」

 拳を固めてそう言うと、「そうだな」とガイが重く返した。




 長い通路を通って辿り着いた本部には、無数の階段と通路、扉があった。どこも似た感じで、まるで迷路のようだ。

「なぁ、ここってどういう施設なんだ? 本部って言うからには相当な数の神託の盾オラクル騎士団がいるんだろうけど……」

 辺りを見回して訊ねるルークに、辛辣なアニスの声が飛んでくる。

「そんなこと聞いてどうすんの? お坊ちゃまには関係ないことだと思うけどぉ〜」

「冷たいねえ……」と、ガイが首をすくめた。

「お、俺はただ……今まで知らないことが多すぎたから……」

「ふーん。まぁ、いいや。一応教えてあげるけど、ホントは秘密なんだからね。

 本部はどっちかってゆーと神託の盾オラクルの影の部分なんだよね。一般の人が入れないのは、ここが軍隊色強すぎだから。神託の盾兵士は、大体みんなここで訓練するんだ。私もそうだったし……ティアもそうでしょ?」

 アニスが視線を送ると、何故かティアは言葉を詰まらせた。

「……い、いえ。私は……リグレット教官がユリアシティにいらして下さっていたから……」

「へ? そうなの? やっぱ総長の妹だからなのかな。……ま、いいや。あとは寄宿舎なんかもここにあって、下っ端の兵士さんたちは、ここで寝泊りもしてるんだよ。……ねぇ、こんなもんでいい?」

「ああ、充分だよ。ありがとう」

 ルークは笑って礼を述べる――と、「はぅあっ!」とアニスが驚きの声を上げた。その勢いで数歩後ずさっている。

「……ルークにありがとうって言われた」

 その声は気味悪げに震えてさえいた。「はは、最初は驚くよなー」とガイが苦笑している。

「わ、悪かったな……」

 ルークは僅かに頬を染めて唇を尖らせた。

「けど……ここからどこへ行けばいいんだ? イオンたちはどこに軟禁されてんのか……」

「わかんないよ。しらみつぶしに捜さないと……」

 アニスがそう答える。

「んなことしてたら見つかっちまうぞ」

「なるべく目立たないようにするしかないわ」

「そうですね。敵に見つかったら新手を呼ばれないよう確実に息の根を止めなければなりませんから」

 ティアとジェイドが言った。

「……気が重いな」

「仕方ない。ぐすぐずしてれば本当に戦争が始まる。そしたら……もっと人が死ぬ」

 そう言うガイの声を聞きながら、ルークはふと、己のてのひらを見つめた。

(また誰かに恨まれるんだな……俺は……)

 その様子をジェイドが眼鏡越しに見ていた。眼鏡を軽く直し、「……まあ、それほど深刻になる必要はないかもしれません」と言葉を落とす。

神託の盾オラクルにいるのは大詠師派ばかりとは限らない。気絶させるだけでも構わないでしょう。今の我々にならそれも可能なはずです」

 顔を上げたルークに、「しかし、それは可能ならば、ということです。無理なら殺します。……あなたに見極めが出来ますか?」と揶揄の目で言った。

「……ああ!」

 強く見上げてくる碧の瞳を見ながら、ジェイドは微かに失笑する。己に向けて。

「――では、行きましょう」


 ゲームでは、神託の盾オラクル本部に入った直後の会話で「見つかったら敵の息の根を止めろ」と言われてルークが深刻になるのに、実際に戦い始めると「気絶させる程度にしておかないとな」などと先頭キャラが言うので混乱します。(まあ実際、イオンを救うためとは言え、マルクトとキムラスカの権力者たちが『ローレライ教団本部』で殺人をしたら国際問題ですが。)……で、ノベライズでは上のようにしてみました。(笑)

 実際にゲームプレイする時に、最初に銅鑼を鳴らして戦うときの先頭キャラをジェイドにしておくと、こんな気分が味わえますよね。いやもう。妄想にまみれてプレイしていますよ。

 

 神託の盾本部には宝箱が沢山あります。装備品など、今のうちに取っておかないと無意味になるので、じっくり見て回って取っておくのがいいと思います。なお、半分しかない梯子が幾つかありますが、これは後に「ミュウウイング」を入手してからでないと登れませんので、今は無視して構いません。

 

 ところで、神託の盾本部を探索してると、泥棒の気分が味わえませんか? 追ってくる兵士をヒラリヒラリとかわしかわして宝箱を開けまくるのですよ!

 イオンとナタリアの閉じ込められている部屋の前には見張りの兵士が一人立ってますが、一度、その兵士が完全に向こうむいてて、近寄って真横で扉を開けても完全無視してくれたことがありました。……おいおい、いいのか。


 無数の部屋の一つ一つを覗き、鍵のかけられた部屋から兵士を誘き出して気絶させる。こんな作業を延々と続けた果てに、ルークたちは軟禁されていたイオンとナタリアを見つけ出した。

「イオン! ナタリア! 無事か?」

 駆け込んで、ルークは声をかける。振り向いて、ナタリアはハッと表情をこわばらせた。

「……ルーク……ですわよね?」

「アッシュじゃなくて悪かったな」

 思わず苦い笑いが漏れて視線をそらしたが、「誰もそんなこと言ってませんわ!」とナタリアはルークを睨みつけた。

(だってお前はさ……)

 アッシュの目を通して見た様々な光景が、ルークを憮然とさせる。

「イオン様、大丈夫ですか? 怪我は?」

 一方のぎこちない空気を他所に、アニスがイオンに駆け寄った。

「平気です。皆さんも、わざわざ来てくださってありがとうございます」

「今回の軟禁事件に兄は関わっていましたか?」

 ティアが問うた。

「ヴァンの姿は見ていません。ただ、六神将が僕を連れ出す許可を取ろうとしていました。モースは一蹴していましたが……」

「セフィロトツリーを消すためにダアト式封咒ふうじゅを解かせようとしているんだわ……」

「……ってことは、いつまでもここにいたら、総長たちがイオン様を連れ去りに来るってこと?」

 アニスがティアを見返して言う。

「そういうこった。さっさと逃げちまおうぜ」

 ガイが言った。

「ひとまず、街外れまでで大丈夫だろう。この後のことは、逃げ切ってから決めればいい」

「なら、第四石碑だっけ? あれがあった丘まで逃げようぜ」

 頷いてルークは言った。


 一気に第四石碑の丘まで「パッと移動する」か? と思いきや、移動するのは教会の正面入口までです。

 しかし、この方がイベントをこなすには都合がいい。教会に戻ると図書室に入れるようになっているので、そのテーブルの上から「おすし」のレシピが取れます。また、教会の正面階段右側にある第一石碑へ行くと、ガイの奥義伝承イベントが起こります。

#法衣を着た教団員が教団式の礼をしてくる。
奥義会「……お待ちしておりました。第三の口伝者からの伝言です」
ガイ「何かあったのか?」
奥義会「第三の口伝者はだいぶ歳を取りましたので 親類を訪ね、海辺の街に腰を落ち着けると申しておりました」
ガイ「海辺の街っていうと……」
ルーク「バチカルか?」
ジェイド「グランコクマは海上都市ですよ」
ガイ「そうだな。他の街も海に近いとはいえ やっぱり海辺の街と言えばどちらかだろうな」

 それらをこなし、もしまだ泊まっていないならダアトの宿屋に一泊して、それから第四石碑の丘へ逃げるのがベストでしょう。……気持ち的には大変落ち着きませんが。(笑) 逃げてんのにこんなに漫遊してていいのかね。


「追手は来ないみたいだな」

 逃げのびた第四石碑の丘で、遠く見えるダアトの尖塔を見やりながらガイが言った。

「公の場で、イオン様を拉致するような真似はできないのだと思うわ」

 ティアが言う。ふと伏せられたその瞳は暗く揺れていた。

「大詠師モース……本当に戦争を起こそうとしているなんて……」

「ティア……、その……」

 そんな彼女の側に、一歩、ルークは近付く。ティアがキッと顔を上げて冷たい声を出した。

「何? 言いたい事があるなら、はっきりと言った方がいいわよ」

「……あのさ、俺……前にお前のこと間者スパイなんじゃないかって言ったことあるよな」

「ええ……」

「ごめん!!」

 がば、と勢いよく頭を下げたルークを見て、ティアは目を瞬かせた。

「ルーク?」

「お前、本当はモースの間者スパイなんかじゃなかった……」

「いいのよ。私が大詠師モースの部下なのは事実だから、そう思ってしまうのも無理ないわ」

 ティアはそう言う。だが、それでも強い瞳でルークを見た。一歩近付いて。

「……でも信じて。私はどんな事があっても戦争だけは回避したいと思ってる」

「ティア……」

 以前なら、「信じなくて結構よ」とその瞳はそらされていたものだった。でも、今それはルークに向いている。

「うん。――俺、ティアを信じてるよ」

「ルーク」

 笑って自分を見つめる若者の顔を、ティアは初めて見た物のように見返した。

「にしても〜。またこの面子が揃ったね」

 アニスの声が聞こえた。

「成り行き上ではありますけどね」

 ジェイドが言い、イオンが頷く。

「これもローレライの導きなのでしょうか」

「そうですわね。ユリアの預言スコアに関わる者、各国の重要な立場の人間……。偶然ではないような気もいたしますわ」

 ナタリアの言葉に、ガイが「これも預言に記されていたりするのかな」と呟いた。

「そうかもだね〜」と、アニスが軽く同意する。

「それにしても……ルーク。髪を切ったせいでしょうか。随分雰囲気が違いますわね」

 ルークを見つめ、ナタリアが微かに笑った。

「そ、そうか?」

「あなたなりに、色々と思うところがあったのかもしれませんね。まあ、今更という気もしますが」

 ジェイドが皮肉に笑う。「……う……」とルークは言葉を詰まらせた。

「人の性格なんて、一朝一夕には変わらないもんねぇ」

 肩をすくめてアニスも追随したが、それにイオンの言葉が被せられた。

「アニス、ジェイド。僕はあなたたちの言っていることに素直に頷けませんね」

 微笑を浮かべたまま、イオンは静かに言葉を続ける。

「ルークは元々とても優しかった。ただ、それを表に出す方法をよく知らなかったのです」

 ルークの頬が紅潮した。いつか、チーグルの森で「優しい」と言われた時の様に。ただ、その後紡がれた言葉は以前とは異なっていたけれども。

「い、いいよ、イオン! これからの俺を見てもらえば、それでいいんだからさ」

「そういうことね。さあ、こんなところでいつまでも立ち話は危険よ。行きましょう」

 ティアがそう言ったが、どこへ、と決まってはいなかった。アニスがウンザリした調子で声を出す。

「でもぉ〜、この後どうしますかぁ? 戦争始まりそうでマジヤバだし」

「バチカルへ行って、伯父上を止めればいいんじゃね?」

「忘れたの? 陛下にはモースの息が掛かっている筈よ。敵の懐に飛び込むのは危険だわ」

 最初にこの丘で話した時のままに、ルークの楽観的な提案はまたも却下された。

「残念ですが、ティアの言う通りかもしれません。お父様はモースを信頼しています」

 ナタリアの声は沈んでいる。

「私はセントビナーが崩落するという話も心配ですねぇ」

 ジェイドが顔を向けて、先送りになっていた問題を提示した。

「それなら、マルクトのピオニー陛下にお力をお借りしてはどうでしょう。あの方は戦いを望んでおりませんし、ルグニカに崩落の兆しがあるなら、陛下の耳に何か届いているのでは」

 イオンが提案した。「それでいいんじゃないですかぁ?」とアニスが賛同する。誰も反対する者はなかった。

「よし、じゃあ決まりだな。でもマルクトへ行くのに船はどうする?」

 そう言ったルークに、ジェイドが答えた。

「アッシュがタルタロスをダアト港に残してくれました。まずは港へ向かいましょう」

「アッシュが……。――分かった。港は北西だったよな。行こうぜ」



inserted by FC2 system