ダアト港は穏やかなものだった。やはり、教団から表立って追っ手を送るつもりはないらしい。

「皇帝のいるグランコクマって、ここからだと どの辺になるんだ?」

 みんなの後について港に入りながら、ルークはそう訊ねてみた。自分が何も知らないことを自覚してみると、人に物を訊ねるのは少し勇気がいる行為かもしれない。

「えっと、確か北西だよ」

 アニスが屈託なく答えた。

「……ちょっと気になってたんだが、確かグランコクマは戦時中に要塞になるよな。港に入れるのか?」

 ガイが言う。「よくご存知ですねぇ。そうなんです」と穏やかな笑みのまま頷いたジェイドに、アニスが小首を傾げてみせた。

「でも、今はまだ開戦してませんよ?」

「それはそうですが、キムラスカの攻撃を警戒して、外部からの進入経路は封鎖していると思います」

「ジェイドの名前を出せば平気なんじゃねーの?」

 別にそんな難しく考えることねぇんじゃん? そう軽く考えてルークは言ったが。

「今は逆効果でしょう。アクゼリュス消滅以来、行方不明の軍人が、部下を全て死なせた挙句何者かに拿捕された陸艦で登場。――攻撃されてもおかしくない」

「う。そっか……」

 少しばかりルークは己の不明を恥じた。

「それにしてもアッシュの奴、どうしてタルタロスを残しておいてくれたんだろうな」

「わたくしたちを気遣ってくれたのではなくて?」

 ナタリアがそう言う。その瞳には切なげな色が揺れていたが、ルークは気付かないふりをした。

「どうでしょうねぇ。タルタロスはマルクト船籍です。両国をまたいで使用するには、不便だっただけなのかもしれませんよ」

 例によってジェイドが混ぜ返している。ガイが言った。

「どっちにしろ助かったぜ。船が無くてここで立ち往生ってのはごめんだからな」

「アッシュか……。あいつ、今何をしてるんだろう」

 ルークは、そう呟いた。意識を繋いでいる間はあんなに近くに感じられたのに、それでも彼が何を考えてどう行動しているのかは理解できなかった。みんなと離れて、たった一人で、どうしているんだろう?

「さてねぇ。……何かを企んでるのかもしれないぜ?」

「ガイ! 彼はわたくしたちの味方ですわ。どうしてそのように敵視しますの?」

 例のごとくに皮肉に答えたガイに、ナタリアが声を昂ぶらせる。

「お、おい……」

 ルークは少しばかり途方に暮れた。ガイがこんな顔をするのも、ナタリアがこんな風に声を出すのも、屋敷にいた頃は考えられなかったことだ。

「果たして味方……と言い切っていいものでしょうか。まだ結論を出すには早すぎると思いますよ」

 険悪な空気に割り入ったのはジェイドの声だった。幾分厳しくそう言われて、ナタリアは黙って憂いに目を伏せた。

「と、とにかく、海路じゃグランコクマへは行けないんだな」

 とりなすように言ったルークに、気を取り直したのか、穏やかにガイが答えてくる。

「だなぁ。無理に突破しようとしてもタルタロスが保ちそうもない」

「タルタロスの機能を完全に使えれば突破は可能かもしれませんが、乗員が我々だけではそれも無理ですし、なにより強攻策に出る意味がありません」

「俺たちは喧嘩しに行く訳じゃねぇもんな」

 ジェイドの言葉にルークは頷いた。ガイも同意する。

「それに、タルタロスがおシャカになっちまったら、この先不便だからな」

「その通りです。今の世界の情勢で、新たに船を手配するのは難しいでしょう。……タルタロスにはまだまだ働いてもらわなければ」

 僅かに皮肉に笑ってのジェイドの言葉に、ルークは少しばかり胸を突かれるものを感じた。

「そうだな。魔界クリフォトから打ち上げた時も結構無茶やっちまったし……。これ以上タルタロスに負担をかけない方がいいよな」

「――!? ルーク、打ち上げの時のこと、分かるのか?」

 ハッとしたようにガイが目を見開いた。

「ああ。俺とアッシュは繋がってる。あいつの眼を通じて打ち上げの様子も見えたよ。――だから、よく覚えてる」

 笑ってそう言うと、何故なのか、ガイとジェイドはそれぞれの表情で黙り込んだ。

「ジェイド。海路が無理なら、どこかに接岸して陸から進んではどうでしょう。丸腰で行けば、あるいは……」

 今まで黙って話を聞いていたイオンが口を開いた。ティアも口を添える。

「ローテルロー橋がまだ工事中ですよね。あそこなら接岸できると思います」

「……それしかなさそうですね」

 あまりいい手とは言えないが、他に方法はない。不承不承といった風にジェイドは頷いた。

「決まりですわね。ローテルロー橋を目指しましょう」

 ナタリアがそう言うと、「うは……歩くんだ……」とアニスがうんざりした声を上げた。


 ここからタルタロスでグランコクマ(ローテルロー橋)へ向かいます……が、実はまっすぐケテルブルク港へ進んでもそのまま話が進んでしまいます。その場合、ジェイドに睨まれて声付きで謝るルークが見られます(苦笑)。

ルーク「へー、ジェイドってここの生まれなんだ。でもなんでわざわざ知事に会うんだ?」
ジェイド「取調べにつきあわされる可能性がありましたからね。寄り道したくはありませんでしたが 来てしまった以上はそれなりに身の証を立てないと……」
ルーク「……悪かったよ。ちょっと来てみたかったんだ」
ジェイド「やれやれ……」

 日記も、まっすぐグランコクマへ向かった際とはほんの少し変化します。

「ローテルロー橋へ向かう途中で、ケテルブルクの港に立ち寄った。ジェイドは嫌がってたけど。」

 ……嫌がらせか。ささやかな仕返しなのか、ルークよ!(何故だか知らんが、乗り物で移動する際の移動先決定権はルークにあるらしいですもんね。それとも、乗り物の中で相当な駄々でもこねてんのか。)

 

 ちなみに、ケテルブルク港に入って左側の家(船員宿?)の椅子の上にサラダのレシピがありますんで、取っておくと便利です。

 また、ケテルブルク港の倉庫で荷物整理のミニゲームが出来ます。(シェリダン港、ベルケンド港でも出来るようになっています。)

ルーク「どうしたんだ? 頭抱えて」
倉庫番「倉庫の整理してたんだけど訳がわかんなくなって……。俺にはこれ以上整理できないから どうしたもんかと思ってさ。だいたい金持ちってのは荷物が多過ぎなんだよな」
ルーク「荷物を整理するなんて簡単だろ」
倉庫番「よく言うよ。やれるもんならやってみなって……。! そうだよ、やってみろよ! 中にあるお宝あげるからさ」
ルーク「……嫌だよそんなの」
倉庫番「自分で簡単って言ったんだから立証してみせてくれよ。箱を落として通路を通れるようにしてくれればいいからさ」

 アイテムと5000ガルド、全ての倉庫整理を終えることで最終的にアニスの称号が手に入るので、挑戦するといいと思います。アクションじゃないから私にも出来て安心だー。

(しかし、何周やってもその度にクリア法を忘れていて、一から考え直して倉庫番してる私のアホさ加減は…。いや、流石に三周目は比較的短時間でクリアできましたよ? 汗)


 ローテルロー橋を目指して走らせていたタルタロスが海峡近くへ至ったとき、大きく揺れた。

「きゃあっ!」

 悲鳴をあげてナタリアが床に倒れる。艦内に警告音が響き渡った。

「どうやら、防衛用の機雷に接触したようです」

 手元の計器を見やって、ジェイドが言った。

「沈んじゃうの?」

 真っ先にそう叫んだのはアニスだ。「見てきます」とジェイドが艦長席を立って駆け出した。ガイが「俺も行く。音機関の修理なら多少手伝える」と言って後を追う。

「ご主人様、ボクは泳げないですの……」

 不安げにミュウが訴えた。一瞬、ルークはぐっと詰まる。以前なら自分自身の不安な感情のままに、「勝手に溺れ死ね」などと放言したものだったが。

「……知ってるよ。大丈夫。沈みゃあしないって」

 軽く息をついて肩の力を抜いてから、そう言ってやった。

『機関部をやられましたが、ガイが応急処置をしてくれて何とか動きそうです』

 伝声管からジェイドの声が響いた。

『一時的なモンだ。出来ればどこかの港で修理したいな』

 ガイの声も響く。

「ここからだと、停泊可能な港で一番近いのはケテルブルク港です」

 額に手を当てて思い出す仕草をしてから、ティアが言った。

「じゃあ、そこへ行こう。いいだろ、ジェイド」

『……まあ……』

 ルークが伺うと、珍しくジェイドの歯切れは悪かった。





 ケテルブルク。世界最北端の大陸シルバーナに存在する、白銀の氷雪に包まれた常冬の街である。マルクト帝国に属し、現皇帝の三代前のカール三世の時代に貴族の別荘地として開発されて以来、カジノや巨大なホテルでも知られている。

「寒いですのー。お腹のソーサラーリングも冷え冷えで寒いですの」

 艦から降りるなり、ミュウがそう言って震えた。イオンが見下ろしながら、白い息を吐いて微笑む。

「チーグルは寒さに弱いんですね。僕も寒いのは少し苦手です」

「やっぱりお日様ぽっかぽかが好きですの」

 ミュウはブルブルと震えている。その隣で、「へっくしゅ!」とルークが景気よくくしゃみをした。両腕を組んで半袖の腕をさすり、むき出しの腹を庇うように僅かに前屈みになって歩いている。

「さみーさみー。腹がさみー」

「はぁ……ケテルブルクか……。どうして観光地の女性ってのはみんな大胆に近寄って、声をかけてくるんだ……。おっかなくて街も歩けない」

 その後ろから出てきながら、ガイは実に暗い顔をしていた。

「ケテルブルクと言えば、雪景色のロマンチックなリゾート地としても有名だけどぉ……」

 アニスが呟く。

「……この顔ぶれだと、そういうことは期待できませんわね」

 ナタリアが詰まらなさそうに息をついた。

「あら、いいじゃない。お腹を冷やしているぐらいの方が可愛げがあるわ」

 ティアが微笑む。すると、周囲にいたナタリア、アニス、イオンが目を丸くして、次いで含み笑いを始めた。

「な……なに?」

「何でもありませんわ」

「お幸せにv

「お似合いだと思いますよ」

 それぞれにそんなことを言って歩いていく。

「……ミュウのことだったんだけど……」

 残されたティアは、頬を紅潮させながら困ったように呟いた。





 港に入ると、警備のマルクト兵が早速近づいてきた。

「失礼。旅券と船籍を確認したい」

「私はマルクト軍第三師団所属、ジェイド・カーティス大佐だ」

 ジェイドが答えると、兵士はぎょっと身をすくませる。

「し……失礼いたしました。しかし大佐はアクゼリュスで……」

「それについては極秘事項だ。任務遂行中、船の機関部が故障したので立ち寄った。事情説明は知事のオズボーン子爵へ行う。艦内の臨検は自由にして構わない」

「了解しました。街までご案内しましょうか?」

「いや結構だ。私はここ出身なのでな。地理は分かっている」

「分かりました。それでは失礼します」

 敬礼して兵士は立ち去った。

「へー、ジェイドってここの生まれなんだ」

 ルークは言った。それなりに長い時間を共に過ごしてきたが、考えてみれば仲間たちの私的な事柄については全くと言っていいほど知らなかった。そんな話すらすることがなかったのだ。……しても、あなたに関係ないでしょうと突っぱねられることが大半だったし。

「……まあ、ね」

 答えるジェイドの声は、相変わらず歯切れが悪い。だがそれは気にせずに、ルークは言葉を続けた。

「修理はどうするんだ?」

「それも知事に報告して頼みましょう」

「よし、じゃあケテルブルクへ急ごう」


 ケテルブルクの街には仕掛けとイベントがいっぱい。

 東屋の屋根の上にある宝箱は、街の一番上の公園(ケテルブルク広場)の、子供たちが使っている右側のシェリダン製投雪器にミュウアタックをかますと雪玉が飛んで行き、落とすことが出来ます。この中にはアワーグラス(戦闘中に一時敵の時間を止められるアイテム)が入っているので、取っておくとお得。

 また、この公園の右上隅のかまくらでは、二周目以降、全フェイスチャットを閲覧できるようになっています。

 街の東側の端に屋敷を改築して何か事業を始めようとしている男がいます。話しかけると迷路屋敷建築のイベントのスタートです。

#大きな屋敷の前で立派な服装の男が唸っている。
「う〜ん どうしようかなぁ……」
ナタリア「どうしましたの?」
「この屋敷を改築しようと思ってね」
ルーク「なんでだ? 結構大きな屋敷だし住むなら問題ないじゃん」
「いや、別荘なら新しい屋敷を建てたから別に困ってないんだよ。ここを売りたいんだけど中古は人気がなくてね。何か新しい事業でも始めようかと思ってるのさ」
ガイ「それで、改築か」
「何か面白い施設を作れないもんかねぇ」
ガイ「だったらシェリダンに行ってみるといいんじゃないか?」
ナタリア「あの街の職人が作る仕掛けなら さぞ面白いでしょうね」
「シェリダンか。確かにあそこの職人たちなら凄いことになりそうだな。うん、よし決めた! 早速シェリダンに行って話を詰めてくるか。ありがとな」
#男、立ち去る。
ガイ「……時間があるなら俺が作りたいくらいだなぁ」
ルーク「ホント、おまえ こういうの好きだな」

 ガイは音機関だけでなく、建築にも興味あるらしい。ルークは呆れ気味ですが、多芸な人ですね。

 一度街を出てもう一度ここへ来ると、男が戻ってきていて、改築には20万ガルド要るが、出資者になってくれないかと持ちかけてきます。普通にゲームをしているとこの時点で20万ガルドは払えないでしょうから、実際にこの先へ進むのはレプリカ編も終わりになってからだろうと思いますが。

「200000ガルド融資してくれるのかい?」
 →20万ガルド払う
 200000ガルドを渡した

「さすがだね! アンタ金払いが良さそうだと思ったんだ。必ず仕上げるからな。期待して待っててくれよ!」
#男、立ち去る
ガイ「ルークいいのか?」
ルーク「まあな」
ガイ「やれやれ。相変わらず財布の紐が緩いな」
ルーク「ほっとけっ!」

 更にもう一度街を出てここに来ると、改築が終了しています。速っ。

「待ってたよ! ついに完成したんだ!!」
ルーク「そいつはよかったな」
ナタリア「それで? どのようになりましたの?」
「屋敷の階層をそのまま使って迷路にしてみたのさ」
ルーク「めいろ?」
「しかもただの迷路じゃないぜ。あとは遊んでみればわかるよ。詳しくは係員に聞いてくれ。約束通りあんたたちは無料だよ」
ガイ「迷路ねぇ。職人まで呼んだんだ。ただの迷路ってことはないだろうがどうする?」
ルーク「そうだな。せっかくだし遊んでみるか」
ナタリア「そうですわね。何やら楽しげですわ! さ、まいりましょう!」

 この迷路、クリアするにはミュウウイングが必須です。ナタリアでクリアするとイベントが起こって称号が手に入ります。

スタッフ「お嬢さんがここまで来たのかい?」
ナタリア「そうですわ。何かご不満でも?」
スタッフ「いやいやとんでもない。すごいお嬢さんがいたもんだと思ってさ」
ナタリア「ほほほ、当然ですわ。私に掛かればこれぐらい造作もありませんわよ。あまりにも簡単すぎてあくびが出てしまいますわ」
ミュウ「ナタリアさんすごいですのー。かっこいいですのー」
スタッフ「いや参ったね。こんなにすごい人がいたとはな」
 ナタリアはラビリンスガールの称号を手に入れました
ナタリア「あなたももっと精進なさい」
スタッフ「ああ。次はもっとすげぇの作ってやるからな」

 クリアすると、トーストのレシピをもらえます。

 迷路を遊ぶと発生するフェイスチャットでは、今は取り壊されているが、かつてベルケンドに宮殿があり、その庭に迷路があったことがガイの口から語られます。…ベルケンドってことは、ファブレ公爵の宮殿かな?

 知事邸に入ると、最初の部屋(執務室)の左奥の棚の中に響律符(フォルアルカ)が入っています。


「ふーん……貴族の別荘地っていう割に、あんま大した建物ないな」

 街に入ると、ざっと辺りを見回してルークは言った。

「そりゃお前、自分のところと比べてどうするよ。王位継承権を持ってるお前にしてみりゃ、どこだってショボいって」

 何気ない一言だったのだが、そうガイに苦笑されてぐっと詰まる。初めて街というもの――エンゲーブを見た時、同じようにティアにたしなめられたことを思い出した。

「……べ、別にそういうつもりで言ったんじゃねーよ!」

「あ、でも、向こうに大きなお屋敷があるよ」

 見渡して、アニスが一方を指し示した。なるほど、一際目立った屋敷がある。

「は〜。すっごいお屋敷v あそこの人と結婚した〜いv

「確かまだ独身でしたよ。三十は過ぎてますが」

 そう言ったジェイドを振り返り、アニスは両手を口元に当てて可愛らしく身をくねらせた。

「え、もしかして あそこ大佐の家とか? だったら大佐でもいいなぁ

「そうだとしてもお断りです。でもここの持ち主なら喜ぶかもしれませんよ。女性なら何でもいい人ですから」

「誰ですか」

 アニスの声は幾分真剣味を帯びる。ジェイドの口から答えは明かされた。

「ピオニー陛下です」

「ひゃほー♪ 玉の輿ぃv

 歓声を上げて、アニスは飛び跳ねた。

「この街がさほど開発されきっていないのは、皇帝陛下の思し召しでもあるのです」

「まあ。陛下は何か特別な思いでもありますの? やはりご自分の育った場所を大切に思われているのかしら」

 目を輝かせたナタリアの傍で、ルークは驚いていた。

「マルクトの皇帝は、首都の生まれじゃないのか?」

「確か王位継承の争いで、子供の頃、この街に追いやられたんじゃなかったか?」

 ガイが言う。頷いて、ジェイドが例の屋敷を目線で示した。

「ええ。そうです、あれはその時のお屋敷ですよ」

 陛下はあそこに軟禁されていたんです、と彼は言った。

「マルクト皇帝は世襲制だったっけ?」

「基本的にはそうですわね。議会の承認が必要だとは思いますけれど……」

 ルークの疑問にナタリアが答える。

「うーん。ピオニー陛下の帝位継承のゴタゴタって何だったんだろうな」

 首を捻ると、ティアが生真面目な口調で言った。

「前皇帝は、戦時中のまつりごとで敵も味方も多かったでしょうから、その前皇帝の息子である現皇帝も命を狙われていたのかもしれない。身を守るための情報操作だったのかもしれないわ」

「それなら軟禁などしなくても良かったのではなくて? それに、ここのような観光客が多い街では、かえって危険ですわよ」

 ナタリアが返す。「何か特別な理由がありそうですわね」と考え込んだ。

「軟禁か……。俺も身を守るって口実で軟禁されてたけど……。まったく。政治に巻き込まれたガキはいい迷惑だってーの」

 思わずぼやくと、仲間たちがハッとしたように口をつぐんだ。空気の変化に、ルークは逆に困惑する。

「あ、ちょっと気になっただけだ。……変な話して悪かったな」

「……ここがさほど開発されきっていないという話ですけれどね」

 場の空気を元に戻そうとするかのようにジェイドが口を開く。ふと額に手を当てて、何故か困ったような顔をした。

「まあ、陛下の初恋の人が、この街を貴族の好き勝手に開発することを嫌がっていたからではないでしょうか」

「まあv

 ナタリアが再び瞳を輝かせた。

「きゅーん……」

 アニスが身悶える。

「……素敵」

 ティアは僅かに頬を染めた。

「結局、その人は身分違いだった為に陛下とは結ばれませんでした。ですから陛下は、なかなか結婚なさらないのですよ」

「切ない話ですわ……」

「ずっきゅーん……。アニスちゃん感動〜」

「……むくわれない恋だったのね」

 女性陣はそれぞれにうっとりと瞳を潤ませている。

「ってことは、ここに遊ぶ施設が多いのも、初恋の人のためか」

 ガイが言った。が。

「いえ、それは単に陛下の趣味です」

「……」

 三人娘はがくりと肩を落とし、息をついた。

「あんたたち、この街は初めてかい?」

 会話を聞きつけたのだろうか、一人の割腹の良い中年の男が近寄ってきた。

賭博場カジノには行ってみたか? 遊んでいると時間を忘れるんじゃ」

賭博場カジノって何だ?」「噂には聞いたことがありますけれど……」

 ルークとナタリア、二人の王族の子供は目をしばたたく。

「貴族の別荘地としてこの辺りが開拓された時に建てられたんだ」

 ガイが言った。表情に茶目っ気を浮かべて、こんな風に続ける。

「そこにはちょっとした伝説があってね。奥から二番目の台で大当たりを出すと、城持ちになれるって……」

「はぅあ! 城持ち! マルクトっていい国〜!」

 アニスが叫んだ。その目はキラキラと輝いている。

「アニス、寄り道はダメよ。それにあなたは未成年でしょう?」

 生真面目にティアがたしなめた。

「ぶーっ!」

「ははは、まあそうむくれるなよ。保護者と一緒なら遊べるんだ。ジェイドに頼んだらどうだ?」

 ガイがニヤッと笑った。アニスは早速ジェイドを振り仰ぐ。

「パパv お小遣いちょーだいv

「お断りです」

 間髪入れず、実に朗らかな声音で答えが返ってきた。

「ぶーぶー。じゃあガイがチップもらってきてv

 ガイに擦り寄ると、彼は悲鳴をあげて飛びのいて、ガタガタと震え始めた。

「ちっ。ガイにはアニスちゃんのお色気作戦が通じないんだった」

「アニス、どうしてそんなに賭博場カジノで遊びたいんですの?」

 ナタリアが小首を傾げている。

「そりゃあやっぱりぃ、賭博場カジノで大もうけ。うはうは♪ お金持ち♪ 社交界の華♪ 大金持ちに見初められ、玉の輿……うへへ……」

「……おいおい。随分楽観的な想像だな」

 流石に、ガイが呆れた顔をした。

「前向きと言って欲しいなぁ。信じる者は儲かるんだよ!」

「それを言うなら、『信じる者は救われる』のではありませんか?」

 ナタリアが口を挟む。

「救われるより、儲けたい」

「……まあ、チップは換金できないけどな」

 再び笑って、ガイが言った。

「……え?」

「まあ、何故ですの?」

「戦争で大変な時に賭け事なんてもってのほかだってことで、先代皇帝が換金を禁じたんだ。……っていうか、さっきの城持ちになれるって話は、集客のために作られた嘘だし」

 アニスの頬がぷーっと膨れた。ジタバタと両手を振り上げる。

「わーん詐欺だー! マルクトなんて大嫌い!」

 そんなアニスを見ながら、ガイは満面の笑顔を浮かべていた。よほど面白かったらしい。

「お前ら、いい加減にしろよ〜……」

 一連の騒ぎを見守っていたルークは、ふうと息をつく。その向こうから、様子を見ていた見知らぬ女性が「そうそう、賭博場カジノもいいけど、この街はそればかりじゃないのよ」と言ってきた。

「ケテルブルクの街は二人の天才を輩出したの。譜業のネイス博士と、譜術のバルフォア博士。

 ネイス博士は今じゃ六神将の一人ですものね。でも、バルフォア博士はどこかの軍人さんの家に養子に行っちゃったんですって」

「バルフォア博士って……」

 ティアが呟いた。「ジェイドのことですね」とイオンが答える。ジェイドはカーティス家の養子となり、ジェイド・バルフォアからジェイド・カーティスに変わった。

「では、ネイス博士というのは……?」

「ディストですよ」

 ジェイドが答えた。

「サフィール・ワイヨン・ネイス。それが彼の本名ですから」

「はぅあ!? ディストが天才!?」

 アニスが叫ぶ。イオンが静かに苦笑した。

「アニス、そんなに驚くことはないでしょう。あなたの音素振動数に反応して、トクナガを巨大化するように改造してくれたのは、ディストじゃないですか」

「……え!? その、トクナガ……彼が……?」

 何故か、ぽかんとした表情で言ったのはティアだった。

トクナガ……あんなに可愛いのに……

 小さな声で呟いている。

「ディストはあれで寂しがり屋なんです。食堂の片隅でひとりぼっちで食事しているのを、アニスが不憫に思って声をかけてあげたんでしたね」

「……う、うん。そしたらトクナガを作ってくれた。悪い奴じゃないんだけど、いい奴でもないんだよねぇー」

 イオンの言葉を受けて、アニスは苦笑する。

「二言目には大佐の話しかしないし」

 ふ、とジェイドは含み笑いを漏らした。

「……虫酸が走りますね」

 その声音と表情は実に朗らかだ。それだけに、言っている内容との差がひどくて、胡散臭すぎてえらく怖い。背後におどろ線でもしょっていそうである。

 ルークは声を潜めてガイに耳打ちをした。

この街の天才ってのは、どっちもあれだよな

まあ、な

「お二人もトクナガのように改造してあげましょうか。つたない技術ではありますが、私にも出来ると思いますよ」

 バッチリ聞こえていたようだ。にこやかに眼鏡の底の目に見つめられて、二人は引きつった笑みをこぼし、「謹んで遠慮させていただきます!」と後ずさった。

「でもね、昔ここにネビリム博士という方がいらしたそうなんだけど、その方バルフォア博士とネイス博士に殺されたって噂があるの」

 先程の女性が言った。内容の不穏さに、一同はぎょっとして視線を向ける。

「まあでも、本当のところは火事で亡くなったっていう話だけどね」

 そう言うと、女性は向こうへ行ってしまった。





 知事邸に入ると、執務室にはメイドしかおらず、ガランとしていた。知事のネフリーは奥の私室で仕事をすることが殆どなのだという。その私室に入ると、細い眼鏡をかけた理知的な女性が、ぎょっとしたように席から立ち上がって言った。

「……お兄さん!?」

「お兄さん!? え!? マジ!?」

 素っ頓狂な声をあげ、ついでに妙なポーズまでとってルークは驚いてしまった。他の仲間たちも目を丸くしている。ルークほどには驚いていなかったけれども。

「やあ、ネフリー。久しぶりですね。あなたの結婚式以来ですか?」

 そんなルークたちの様子には構わずに、ジェイドは実に穏やかに微笑んで、優しげな口調でそう言った。

「お兄さん! どうなっているの!? アクゼリュスで亡くなったって……」

「実はですねぇ……」

 静かに目を伏せ、ジェイドは語りだした。これまでの彼らの通ってきた道を。戦争を起こそうとする神託の盾オラクルの暗躍、パッセージリングを消滅させたことによるアクゼリュスの崩落、ルークがレプリカであったこと、監視者の街ユリアシティのこと、ダアトから導師イオンを救い出してきたこと……。

「……なんだか途方もない話だけれど、無事で何よりだわ」

 椅子に腰掛けて息を漏らし、ネフリーは言った。声音が大分落ち着いている。

「念のためタルタロスを点検させるから、補給が済み次第ピオニー様にお会いしてね。……とても心配しておられたわ」

「おや、私は死んだと思われているのでは」

「お兄さんが生きてると信じていたのは、ピオニー様だけよ」

 ほんの少しの明るい呆れを滲ませた声でそう言ってから、ネフリーは他の面々に顔を向けた。

「皆さんも、出発の準備が出来るまでしばらくお待ち下さい。この街は観光の街ですから、危険はないと思いますわ。宿をお取りしておきます。ゆっくりお休み下さい」

 一同は背を向け、部屋を出る。最後にそれに続こうとしたルークに、ネフリーがそっと話しかけた。

「すみませんが、お話がありますので、後ほどお一人でいらして下さい」


 街に宿は二箇所あるんですが、ネフリーさんが手配してくれたのは豪華でハイソなケテルブルクホテルの方でした♪

 このホテルの二階はレストランと売店になっています。レストランに行って店員に話しかけると、ティアがバイトの女の子と間違えられ、配膳ゲームが始まります。行うと称号が一つ手に入ります。その後、ティアがバチカル城でメイド服の称号を手に入れてから、それを着てここの店員に話しかけると配膳勝負が始まり、フルーツポンチのレシピがもらえます。

 →ティアのメイド、ウェイトレス関連イベント

 二階のエレベータを降りてすぐのところにベルナールという男性がいます。有名な料理人らしい この人、実はルークの父上、ファブレ公爵の親しい友人だったりします。ファブレパパの顔は妙なところで広い……。パパは実は食べ物にはこだわるタチなのだろうか。戦場で料理作るのが得意だったりしたらすごいよなぁ。あの人、こだわったらものごっつ頑固にこだわりそうだし。(アッシュやルークの頑固(でマヌケ)なところは、絶対あの人の遺伝子だ。)

 

「二言目には大佐の話しかしないし」とディストを評するアニス。

 雑誌のシナリオライターさんのインタビューによれば、ジェイドは交流のあった改革派の詠師が失脚した後、(同じ改革派の)導師イオンを紹介されて親交を始めたとのことで、ジェイドとイオン、その付き人のアニスは平和条約締結のために出発した時以前から付き合いがあったらしく読めるのですが……。

 しかし、考えてみればディストが連絡船で襲って来た時、アニスは「私は同じ神託の盾オラクル騎士団だから……。でも大佐は……?」と言っていて、ジェイドとディストが知り合いであることを知らなかったようなのですよね。なのに、「二言目には大佐の話しかしない」って……。おかしくないですか?

 まあいいか。きっと、神託の盾でアニスと話してた時には、「ジェイド」という名前は言わないで「陰険眼鏡」とかいう言い方をしてたんでしょう、ディストは。二人が知り合いだったことを知ってようやく、アニスは「あれは大佐のことを言ってたんだ」と理解したのだ……と、自分脳内では思っておこう。

※追記。ジェイドとイオンの出会いについては、後に『マ王』漫画版外伝5「EPISODE 00」で物語として語られました。しかし詠師からの紹介で引き会わされる・親交の開始といったネタは消滅しており、ピオニー皇帝の使者としてジェイドが訪ねて来てイオンを出奔させたという形になっていました。


「知事から承っております。ごゆっくりどうぞ」

 ケテルブルクで最も大きく、その大きさから街のシンボルのようにさえなっているケテルブルクホテルに入ると、フロントの女性がそう言って客室の鍵を渡してきた。それぞれが受け取って部屋へ入ろうかという時、ルークが不意にこんな声をあげた。

「あ、俺ネフリーさんトコに忘れ物した。行って来る」

 妙に大きく、恐ろしく棒読みのこの台詞に、ミュウの周囲にしゃがみ込んでそれぞれ話しかけていた女性陣すら立ち上がって、ポカンとした顔でルークを見る。全員に注目されて、ルークは片手で頭をかきながらぎこちなく笑った。

「俺も行こうか?」

 そう、ガイが言う。ルークはガイを見て、低い声で言った。

「……ネフリーさん、女だぞ」

「美人を見るのは好きだ」

「ガイも男性ですものね……」

 きっぱりと言ったガイに、妙にしみじみとナタリアが言う。

「年上の人妻だよ〜?」

 アニスが咎めるように声を上げた。

「や、違うぞ! 変な意味じゃなくて……」

「ご主人様、ボクも行くですの」

 慌てるガイの足元でミュウが訴える。ルークは「あーもう、うぜぇって!」と、しっしっと言わんばかりに片手を振った。

「俺一人でいいよ!」

 言って、駆け出した。ホテルを出て行く。その足元に、勝手にミュウがくっついて来ている事にも気付かずに。





「すみません。あなたがレプリカだと聞いて、どうしても兄のことを話しておかなければと思ったんです」

 ネフリーの私室に行くと、彼女はまずそう言って頭を下げてきた。「……兄がまたこの街に足を踏み入れることがあるなんて、正直、思っていませんでした」などと呟いている。

「……なんの話ですか」

「兄が何故フォミクリーの技術を生み出したのか……です」

 そう言うと、ネフリーは顔を伏せ、目線をそらした。

「今でも覚えています。あれは私が不注意で大切にしていた人形を壊してしまった日のことです。その時兄は、フォミクリーの元になる術を編み出して、人形の複製――レプリカを作ってくれたんです。兄が九歳の時でした」

「し……信じられねぇ……」

 九歳でそんな術を編み出したなんて。ルークはそんなつもりで言ったのだが、ネフリーは違った意味に捉えたようだった。

「そうですよね。でも本当です。普通なら同じ人形を買うのに、兄は複製を作った。その発想が普通じゃないと思いました」

「普通じゃないって、そんな言い方……」

 思わず咎める口調で言うと、ネフリーは視線をルークに向けた。

「……今でこそ優しげにしていますが、子供の頃の兄は、悪魔でしたわ。大人でも難しい譜術を使いこなし、害のない魔物たちまでも残虐に殺して楽しんでいた」

 その視線を、再びフッと落とす。

「――兄には、生き物の死が理解できなかったんです」

「そんな風には見えないけど……」

 ルークは言った。

(だって、アクゼリュスを俺が崩落させた時……街のみんなの死を、ジョンが障気の海に沈む様子を見て、あんなに怒っていたじゃないか。責任逃れしか考えていなかった俺とは違って。……そして多分、今でも心の中では俺に怒っている)

「兄を変えたのはネビリム先生です。ネビリム先生は第七音素セブンスフォニムを使える治癒術師ヒーラーでした」

 席から立ち上がり、ネフリーはルークに背を向けて数歩歩いた。

「兄は第七音素が使えないので、先生を尊敬していたんです。そして悲劇が起こった。……第七音素を無理に使おうとして、兄は誤って制御不能の譜術を発動させたんです。兄の術はネビリム先生を害し、家を焼きました」

「殺しちまったのか!?」

「その時は辛うじて生きていました。兄は、今にも息絶えそうな先生を見て考えたのです。『今ならレプリカが作れる。そうすればネビリム先生は助かる』」

「――!!」

「兄はネビリム先生の情報を抜き、レプリカを作製した。でも――誕生したレプリカは、ただの化け物でした」

「……本物のネビリムさんは?」

「亡くなりました」

 低く、ネフリーの声が落ちた。

「その後、兄は才能を買われ、軍の名家であるカーティス家へ養子に迎えられました。多分兄は、より整った環境で先生を生き返らせるための勉強がしたかったんだと思います」

「……でも今は生物レプリカをやめさせた。どうして?」

 ネフリーは振り向いた。

「ピオニー様のおかげです。恐れ多いことですが、ピオニー様は兄の親友ですから」

「そうか……」

 ルークが呟くと、ネフリーは視線を伏せてこう言った。

「でも本当のところ、兄は今でもネビリム先生を復活させたいと思っているような気がするんです」

「そんなこと、ないと思うけどな」

「そうですね。杞憂かもしれない。……それでも私は、あなたが兄の抑止力になってくれたらと思っているんです」

 ルークは口をつぐむ。何で俺が? という戸惑い。そして、俺なんかが抑止力になれるんだろうか、という不安に押されて。

「話が長くなってしまいましたね。聞いてくださってありがとうございました」

 ネフリーは、ルークの沈黙をどう取ったのだろうか。もしかしたら、誰かに話しただけで満足したのかもしれない。微笑ってそう言うと、ブラウンの瞳でルークを見つめた。




「……俺、どうしたらいいんだろうな……」

 ホテルまでの夜道を歩きながら、ルークはポツリと呟いた。

 夜も更けたが、辺りは妙に明るい。積もった雪がルナ音素フォニム灯の明りを反射しているからだ。初めて見るそれらの光景も、今はあまり興をそそらなかった。一人で抱えるには手に余る問題だという気がする。といって、誰かに軽々しく話すわけにもいかない話だということは分かっていた。それで、思わず口に出してみたのだが。

「ボク、難しくてよく分からなかったですの……」

 足元から声が返ってきて、ルークはぎょっとした。

「おまっ……、ミュウ! なんで! 付いて来てたのか!?」

 青いチーグルがすぐ後ろをチョコチョコと歩いていた。

「付いてくんなって言っただろうが!」

「みゅぅぅ……。ミュウはご主人様が心配だったですの」

「ったく……。もうしゃーねぇけど……今度からは黙って付いてきたりするなよ!」

「は、はいですの」

 ルークはチョコチョコ歩くミュウを引き連れて、ホテルの正面扉を潜った。

 既に夜は遅い。ロビーはがらんとしていた。そこを歩いていくと、不意に後ろから声を掛けられて、ルークは体をビクリと震わせた。

「ネフリーから話を聞きましたね」

「……き、聞いてない」

 後ろから近付いてくるジェイドの気配を全身で感じながら、振り向かずに棒読みの声を返す。

「悪い子ですねぇ。嘘をつくなんて」

「……う」

 ジェイドの視線が痛いほどに刺さっていた。ルークの顔がこわばる。もうダメだ。

「……なんでバレたんだ」

 肩の力を抜き、片手で頭を抑えた。不思議だ。上手く誤魔化したつもりだったのに……。

「まあいいでしょう」

 何がおかしいのか、ジェイドの声は明るかった。

「言っておきますが、私はもう先生の復活は望んでいません」

「ホントか!? ホントにか」

「……理由はあなたが一番よく知っているでしょう?」

 顔を上げて勢い込んだルークに、ジェイドは静かに返す。

「私は、ネビリム先生に許しを請いたいんです。自分が楽になるために。でもレプリカに過去の記憶はない。許してくれようがない」

「ジェイド……」

「私は一生、過去の罪にさいなまれて生きるんです」

「罪って……ネビリムさんを殺しちまったことか?」

「そうですね。……人が死ぬなんて大したことではないと思っていた自分、かもしれません」

 ジェイドはそう言った。感情の起伏の乏しい声で。たまらなくなって、ルークは必死に言葉を選ぶ。

「俺……俺だって、レプリカを作れる力があったら、同じことしたと思う……」

「やれやれ。慰めようとしていますか? いささか的外れですが、まあ……気持ちだけいただいておきます」

 肩をすくめて、ジェイドは少し困ったように微笑った。そしておどけた口調で、まるで芝居の譜術使いが子供を脅す場面のように声を落としてくる。

「それより、このことは誰にも言ってはいけませんよ。いいですか?」

「……わかった」

「約束しましたよ」

 神妙にルークが頷くと、ジェイドはおかしそうにそう言った。


 ネフリーとルークとジェイドの会話は、実はそれぞれに少しずつ食い違っていると、私は思います。

 

 ルークは、ジェイドが当然ネビリム先生を慕っていて、「ネビリム先生の命を奪ったこと」を悔やんでいて、だからネビリム先生を生き返らせて謝りたいのだと思っている。そして多分、プレイヤーの多くもルークと同じ視点で理解するんだろうと思います。

 でも、多分そうじゃないのですよね。私は、ジェイドはネビリム先生の命、彼女という存在自体は惜しんでいなかったと思っています。もしゲルダ・ネビリムという人間そのものを愛していたなら、彼女が死にかけたからと言って、レプリカを作ろうなどとは思いません。レプリカはあくまでレプリカであってオリジナルとは別の存在であり、「レプリカを作る=オリジナルを助ける」ということには決してならないからです。

 ジェイドは、一人の人間がかけがえのない、換えの効かない存在であることを理解していなかった。だから、レプリカと換えられると思っていたのです。

 それが、彼の罪。唯一の存在としての命を、理解していなかった。理解しないままフォミクリーという技術を広め、多くの存在と命を弄んだ。

 だからこそ、「大切な人が死んでしまったら、自分も悲しみに耐え切れずにレプリカを作ったと思う」と慰めたルークに対し、「的外れ」と返したのだと思います。

 

 この推測は、『電撃Play Station』に掲載された、ゲームのメインシナリオライターさんのインタビュー記事に「(子供の頃のジェイドはネビリム)先生の人格的なこととかは一切関係なく、あくまでも第七音素が使えるって能力のみを見ていたんです」とあるので、あながち間違ってないんじゃないかなと思っています。

※追記。後に出版された『キャラクターエピーソードバイブル』(一迅社)の、メインシナリオライターさんによるジェイドの小説を参照すると、単純に、ジェイドはネビリムに恋していたとも取れる表現になっています。設定変更? それとも、子供の頃は自覚がなかったのでレプリカで代用できると思っていたが、成長してそれを自覚したと同時に、レプリカを作ってもネビリム本人が生き返りはしないのだから意味はないのだと気付いた、などという流れなのでしょうか。

 ちなみに、このインタビュー記事には、アクゼリュスが崩壊したとき言い訳しかしなかったルークにジェイドが「馬鹿な発言に苛々せさられる」とキツイ言葉を吐いたのは、ジェイド自身が自分の過ちに気付かずにフォミクリーという罪を重ね続け、言い訳をし続けた過去を重ね合わせたからだ、と明記してあります。つまり、この頃のジェイドはルークに自分自身を重ねていて、だから嫌悪したり、あるいは秘密を語ったりしているわけですね。

 ……でも今後話が進んで行くと、ジェイドはルークの中に自分にない資質……っていうか、まさに自分に欠けている「人間性」というものを見出すようになっていきます。そして、そんな彼に関わることで、自分も変わって行く。(具体的に言えば、ツンデレおじさんになる・大笑)

 

 ネフリーは、兄がそういう心の欠陥を持った人間だと理解していた。多分、世界で唯一、ちゃんと理解していた人間じゃないかなぁと思います。だから、必要以上に恐れて疑っている。

 実際には、今のジェイドは自分の愚かさに気付き、かつての行動を後悔しているのですが、ジェイド自身が(今回の非常事態までは)決してケテルブルクへ帰ろうとしなかったために妹と会う機会がなく、その変化がまだ伝わっていなかったのでしょう。


「ミュウ、昨日のネフリーさんの話、どう思う?」

 翌朝、ロビーに下りてから、ルークは足元のミュウに話しかけた。

 随分時間が早かったらしく、他の皆の姿はまだ見えない。朝に弱いルークにしては珍しいことだったが、何のことはない、昨夜は殆ど眠れなかったのだ。

「なんですの?」

 ミュウが大きな目で見返して首を傾げた。

「ジェイドが自分で殺してしまった人……ネビリム先生を作り出すためにレプリカの技術を作り出したって」

「ミュウ、難しいことはよく分かんないですの」

 ミュウはうなだれて、しおしおと長い耳を垂らした。その様子がいかにも申し訳なさげで、ルークは思わず苦笑する。

「そっか。わりぃな。なんか、誰かに聞いておきたくて」

「誰にも話さない、と約束したでしょう」

 ――と。不意に背後にジェイドの気配が涌いた。

「どわぁっ!」

 叫んで飛び退り、ルークは赤くなった。マズい所を見られた、という思いと、ひどく驚いてしまった自分への恥ずかしさからだ。そんな子供じみた所作と表情に、ジェイドは苦笑する。

「この調子では誰かに話してしまいそうですね」

「いや、話さない。絶対大丈夫!」

「ミュウも絶対ですの!」

 一人と一匹の子供は、笑顔で懸命に弁明する。一人の方はひきつった笑みで。一匹の方は心から無邪気に。ジェイドは険しい顔を見せた。

「果てしなく不安ですが、誰かに話してもどうしようもない事はルーク自身がよく分かっているはずですしね」

 ハッとして、「うん」とルークは頷く。

「やっちゃいけない事、やっちまった事。その言い訳を誰かが教えてくれる訳じゃないし、言い訳を探しちゃダメ、なんだよな」

「そうですね。過ちを隠すための言い訳などに力を入れてしまうと、人はどんどんそちらに流れてしまう。一番簡単で一番難しいことですが、受け入れなければならないことをきちんと受け入れなければ」

 ジェイドは言った。目の前の子供たちだけにではない、自分自身にも言い聞かせるように。――子供たちがそれに気付くことはなかったけれども。

「はいですの」

 ミュウが大きな声を出して頷いた。

「いい返事です。……もし話した時にはきつーい、お仕置き。これも分かりますね?」

 ジェイドは、相変わらず子供をさらう物語の譜術使いか何かのようだ。一人と一匹の子供はごくりとつばを飲み込んで、

「あ、ああ」「はい、ですの……」

 と恐ろしげな顔で頷いた。





 やがて全員がロビーに集い、チェックアウトも終わった頃、ネフリーがやってきてこう告げた。

「タルタロスの点検が終わりました。いつでも出発できますわ」

「さあ、それじゃグランコクマに向かおうか」

 ガイが言う。

「ええ。一刻も早く、セントビナー崩落の危険を皇帝陛下にお知らせしないと」

 ティアが言い、ナタリアも頷いた。

「そうですわね。まずはローテルロー橋に急ぎましょう」

「はぁ……。その後は徒歩か……。ねぇ大佐〜♪ 疲れたらおんぶして〜v

 アニスの可愛らしいおねだりは、例によって朗らかに却下された。

「お断りします。年のせいか体の節々が痛むんですよ。

 グランコクマへ行くには、ローテルロー橋から北東に進んだ先にあるテオルの森を越える必要があります。私のような年寄りには辛いですよ。若い皆さんが私の盾となって先陣を切ってくれないとv

「……よく言うよ……」

 そう呟いて、ガイがジト目でジェイドを見やった。くすくすとイオンが笑っている。

「さて、そうと決まればのんびりしちゃいられないな。行こうぜ! みんな」

 ルークはそう言い、「それじゃネフリーさん、お世話になりました」と頭を下げた。

 考えてみれば、以前はこんな風に人に頭を下げたことはまるでなかった。誰かの世話になることを当たり前のように思っていたからだ。……いや、単に何も見えていなかったからかもしれない。誰かが骨を折ってくれたこと、厚意を示してくれたこと、その人が何者で、何を考えているのかということ。以前は何一つ知らなかったし、知ろうともしていなかった。それを知れば、こうして自然に謝辞を述べ、頭を下げることも出来るのに。

「皆さんもお元気で。お兄さん、陛下に宜しくお伝えしてね」

 ネフリーは笑う。彼女に見送られて、一行は銀世界を後にした。


 ホテルのフロントの前で、しゃがんだティアとアニスの見守る前でぐるぐるその場前転し続けているミュウ……。何やってんだあんたらは。(苦笑)

 

 長髪だったときは他の誰かが宿泊の手続きをしていたけど、短髪になってからはルークが率先してやっています。細かいところでも積極的に頑張っていますね。そしてそんな彼の少し後ろで常に見守っているガイ兄さん。(笑) 昨夜の「俺も行こうか」発言といい、心配性だなー。(大笑) ルークがちゃんとできるか、ハラハラしながら見守ってるんでしょうね。一応手は出さずに。

 

 っていうか、気付くと殆どイオン様がいないんですが(フェイスチャット二種くらいにしかいない)、彼はどこにいるのでしょうか。思わずノベライズでは彼の台詞や行動を捏造しなければならなくなるくらいにいない。何故!? 画面外に隠れるのが彼の特技なのか。戦闘になると速やかに消え去る技量といい、彼の職業は実は忍者か? 敏捷の数値はもの凄く高そうだ!


 タルロタロスの整備は完璧だった。どうやらマルクトの軍人たちが行ったようだが、滞在したのはたった一晩だったのに、大したものだ。(港にいた人の弁によれば、ひどく懸命にやっていたらしい。)

 ローテルロー橋を目指して艦は走っている。航路を定めておけば後はほぼ自動に出来るので、到着までは余裕があった。艦橋ブリッジで皆がくつろいでいる時、ルークはジェイドの傍に歩み寄って、「ジェイド。頼みがあるんだけど」と言ってみた。赤い瞳が振り向いて見返してくる。

「どうしたんですか、改まって」

音素フォニム学の本を読んで超振動の制御を勉強しようと思うんだけど、教えてくれないかな」

「はぅあ! ルークが勉強ぉ!?」

「明日は雨だな」

 大げさに驚くアニスとからかい口調で笑うガイに「うるせっ」と返し、ルークは頬を微かに染めて口元を引き結んだ。

 その教本『音素フォニム学原論』は、ユリアシティを出る時にティアが使っていたものを譲ってもらったものだった。「あなたは超振動を制御する術を学ぶべきだわ」と勧められていたのだ。「超振動も第七音素セブンスフォニムで発生するから、役に立つ筈よ」と。

 色々と気ぜわしくて後回しになっていたが、確かに学んでおくべきことだと思う。……これまでは、自分の力すら、誰かの言うがままでなければ振るえなかった。そして、独学には限界があり、学びたければ礼をとって教えを請う必要があることは、ルークはちゃんと知っている。少なくとも、剣の道はそうして究めてきた。

 それにしても、例えばガイ相手だったらもっと気安く出来るのに、生憎、彼は譜術は扱えない。ならばジェイドに頼もうかと、断崖から飛び降りる気持ちで頭を下げてみたのだが。

「お断りします。私は第七音素セブンスフォニムを使えませんから」

 あっさりとそう返された。

「じゃ……じゃあ、ナタリア、頼む」

「構いませんけど……わたくしより、ティアの方が向いているのではなくて?」

 わたくしが扱えるのは治癒譜術が主ですもの、とナタリアは言った。

「う……じゃあティアに頼むしかないのか……」

 ルークは眉根を寄せてかなり困っているように見えた。その様子に、「私に習うのが嫌なら別に……」と、ティアがほんの少しむくれた口調で引こうとする。

「い、嫌だなんて言ってないだろ!」

 慌てたようにルークが叫んだ。「た……頼むよ……」と頭を下げる。顔がさっきよりも赤くなっていた。

「……そう?」

 ティアは不思議そうに小首を傾げた。ルークが何に困っているのか理解できない。

「その前にルーク、脈を診せてもらってもいいですか」

 二人の様子を微笑ましげに仲間たちが見守っていた中、不意にジェイドが口を開いた。

「あん? いいけど……」

 ルークはジェイドに近付いて左腕を差し出す。その手首を指で押さえて、「ふむ……。問題ないようですね」と彼は呟いた。ティアが不安げな表情になる。

「大佐。ルークに何か?」

「完全同位体のレプリカ……というのは、私も初めてなんです。今は存在が安定していますが、いつどのようなことが起きるか、ちょっと予測が出来ないものですから」

「え……! お、俺……おかしくなっちゃうのか?」

 ぎょっとしたようにルークが叫んだ。だが、その瞳に滲んだ不安の色は、続いたジェイドの失笑に掻き消される。

「大丈夫です。元からおかしいですから」

「どーゆー意味だ……」

「私も定期的に、あなたの健康を気にするようにはしますが、あなたも自分で何か異変に気付いたら、すぐ知らせて下さい。……分かりましたね」

 ルークの顔に笑みが浮かんだ。

「うん。ありがとう、ジェイド」

 途端に、その場の全員がざざっ、と数歩引いた。実際に、あるいは気持ち的に。

「ルークが……お礼……ですか……」

 ジェイドは、笑っていいのか困っていいのか、どうにも判断が付かないというような微妙な表情を浮かべている。

「ど、どうしてみんないちいち驚くんだっ!」

 いい加減、皆のこの反応にも飽きてきた。ルークは思わず怒鳴ってしまう。

「それが日頃の行いってもんだ」

 苦笑しながらガイが答えた。「行いですの」とミュウが嬉しそうに反復している。

「……うー……。黙れ、ブタザル」

 睨みつけると、ミュウは「みゅううぅぅ……」と小さくしぼんだ。

「じゃ、ルーク、静かな所へ行きましょう。音素フォニムの制御を学ぶには……まずは、音素を感じることから始めないといけないから」

 ティアが言い、「あ、ああ」と頷いて、ルークは彼女の後に付いて艦橋ブリッジを出て行った。




 二人が落ち着いたのは船室の一つだ。ルークはそこに立たされ、目を瞑るように命じられた。既に、そうしてからかなりの時間が過ぎ去っている。

「なぁ! いつまでこんなコトするんだよ」

 苛立って、目を閉じたままルークは言った。

「静かに! ただ目を閉じるんじゃないの。この世界に流れる音素フォニムを聞くのよ」

……聞こえる訳ねぇよ

 ボソリと、小声でルークは呟く。それは無論ティアに聞こえていて、「耳で聞くんじゃないの。全身のフォンスロットで感じるの」と返された。

「う〜」

 ルークは不満げに唸っている。



『耳で聞く訳ではない。全身のフォンスロットで感じるのだ』



(リグレット教官……)

 ルークに指示を飛ばしながら、いつか自分自身が言われた言葉を、ティアは思い出していた。



 あれはほんの二年ほど前。ユリアシティでのことだ。その頃のティアは神託の盾オラクル騎士団の士官学校に在籍していたが、籍だけで、実際には外殻から騎士団幹部のリグレットが訪れて、教官として直接ティアに訓練を施していた。

『……全身のフォンスロットで感じる?』

『そうだ。音素フォニムは音と属性の融合体だ。視覚できることはそう多くない。しかしフォンスロットは、音素――つまり震動を感じられる。そこから体内に引き寄せるのが譜術の基礎だ』

『はい。わかりました』

『……よし。では今日はここまでにする。ティア、おまえは筋がいい。さすが閣下の血を引くだけのことはある』

『あ……ありがとうございます!』

『だが自惚れるな。おまえが閣下の妹と言うだけで、謂れなき誹謗中傷を受けることもある。愚かなことだがな』

『承知しているつもりです』

『では堅い話はここまで。――ティア、あなたにヴァン総長から手紙を預かっているわ』

 訓練が終わると、リグレットはがらりと口調を変えた。冷徹な戦士から優しい女性のものへと。

『兄さんから?』

『総長はあなたの成長を楽しみにしているのよ。いずれはあなたを右腕にと考えておられるわ。しっかりご期待に応えることね』

『でも教官。私は、兄さんの右腕は教官以外に考えられません!』

『あら、ありがとう。でも私はただ小賢しい知恵と記憶力だけで、なんとかお役に立っているだけ。だから閣下のためにも――いいえ何より自分のために、あなたは生き残る力を身につけるのよ』

 リグレットは言った。そして低く呟く。

『……この先、世界は乱れるのだから』

『はい、教官!』



 あの頃は、ただ兄の役に立ちたかった。リグレットに憧れ、彼女のようになりたいと思っていた。兄がやろうとしていたことも、彼女の言葉の真の意味も、何一つ分かっていなかった。

 愚かで、だから幸せだった自分。

 あれからさして時は流れていないと言うのに、状況はどうしてこうも変わってしまったのだろう。



「……聞こえる」

 思いに沈んでいたティアの耳に、ぽつりとルークが呟く声が聞こえた。

「そこまで! 今の感覚。内側から力が溢れるような、全身が震えるような感覚を忘れないで。それが音素フォニムよ」

 ティアは言った。かつて、リグレットが自分に言ってくれたのと同じように。

「……ああ。なんか掴めた気がする」

「焦らないでね。まだ特訓は始まったばかりよ」

「わかってるっつーの」

 ルークは少し唇を尖らせる。だがすぐにその表情を解き、いかにも照れた、ぎこちない様子でこう言った。

「……でも、あ……ありがとう」


※ティアのリグレットとの訓練時代等の過去のエピソードは、後に『テイルズオブファンダム Vol.2』というファンディスクで、アドベンチャーゲームの形式で発表されています。本編と比べて矛盾がぽつぽつはあるんですけど。

 

 よーやくローテルロー橋へ。ルグニカに上陸できます。

 コーラル城でソードダンサーに勝っていた場合、テオルの森へ行く途中近くの探索ポイントを調べるとソードダンサーとの二回戦目になります。(ソードダンサー一回戦目をクリアしていない場合、その探索ポイントを調べると「なにか……嫌な気配を感じる」などと表示されます。)


 破壊されたローテルロー橋にタルタロスを接岸し、一行は徒歩でテオルの森へ向かった。ここを抜ければマルクトの首都グランコクマだ。それ故に森の入口には大きな門が作られ、兵士がそれを守っていた。近付くと「何者だ!」と厳しく誰何すいかされる。

「私はマルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐だ」

 一人近付いて、ジェイドが言った。兵士たちはハッと息を呑む。

「カーティス大佐!? 大佐はアクゼリュス消滅に巻き込まれたと……」

「私の身のあかしは、ケテルブルクのオズボーン子爵が保証する。皇帝陛下への謁見を希望したい」

「大佐お一人でしたら、ここをお通しできますが……」

 兵士たちはチラリとジェイドの背後の有象無象を見やった。

「えーっ! こちらはローレライ教団の導師イオンであらせられますよ!」

「通してくれたっていいだろ!」

 アニスとルークは不満げに訴えたが、兵士の首が縦に振られることはなかった。

「いえ。これが罠とも限りません。たとえダアトの方でもお断りします」

「皆さんはここで待っていて下さい。私が陛下にお会いできれば、すぐに通行許可を下さいます」

 肩越しに振り返り、ジェイドが静かに言った。ガイが息を吐く。

「それまでここに置いてけぼりか。まあ、仕方ないさ」

「……ちぇっ」

 兵士たちに案内されて去っていくジェイドの背を見送って、ルークは唇を尖らせた。





「グランコクマってのは、海の上に浮いた街なんだ」

 もうどのくらい待ったのだろう。ルークたちは森の入口で所在なくジェイドを待っていた。

「水道橋に取り巻かれ、街中を水が流れている」

 ルークとナタリアは、環になって座ってガイの話を聞いていた。

「ホントかよ。街が海に浮いているなんて、考えられないよな」

「街の中に巡っている水道橋も、キムラスカでは考えられませんわね」

「ただ流れてるだけじゃない。場所によっちゃ、坂を逆流までするんだぜ」

「なんで逆流なんかするんだ? 譜業か? 音機関で動かして……」

「いや。残念ながら、譜術なんだ。マルクトは譜術研究が盛んな国だからな」

「では、グランコクマが海の上に建設されているのも、譜術の……?」

「そりゃないよ。まあ勿論、音機関だ。だけど細部の動力源は固定式の譜術だな」

 小首を傾げて言ったナタリアにガイがそう笑うと、ルークが感心した口調で言った。

「お前って、ホントにマルクトに詳しいなー」

 初めてマルクトの領地に飛ばされた時、自分は右も左も分からなかったのに、ガイは迷いなく探し当ててくれて、地理にも詳しかった。セントビナーのソイルの木の噂なんてものまでも熟知していたものだ。卓上旅行が趣味だからと彼は言うが、何一つ積極的に世界のことを学ぼうとしていなかった自分とはまるで違う。やっぱり、ガイは凄い。

「あぁ……。まあな」

 素直な目を向けられて、ガイはほんの少し言葉を詰まらせた。照れているのかもしれない。

「それにしても、まだかなー……」

 ルークはぼやきを漏らした。いい加減、待つのにもうんざりだ。

「ただ待つのも結構大変ですわね」

 傍に座ったナタリアも詰まらなさそうだった。

「さっきの入口のマルクト兵……。俺たちが森に入ろうとしたら『罠かもしれない』って言ったよな……」

「ええ……。それだけマルクトとキムラスカの関係が悪化しているということね」

 少し離れたところに座ってミュウを相手にしていたティアが、いつもどおりの冷静な口調で返してくる。

「そうだね。イオン様までいるのに……」

 木を相手に模擬訓練めいたことをしていたアニスが手を止めて言うと、側に立っていたイオンがしょんぼりと目を伏せた。

「申し訳ありません、僕の力不足で……」

「違いますよぅ! そういうことじゃないんですぅ!」

 アニスは慌ててそう取り繕う。

「何にせよ、結構やばいところまで来てるってことだよな。このままじゃ本当に戦争が起きちまう……」

 ガイが固い顔で言った、その時だった。「うわぁあああ!!」という男の叫びが聞こえたのは。

「今のは……!?」

 ぎょっとして立ち上がり、ティアが言う。「悲鳴ですの……」とミュウが怯えた声で言った。

「行ってみましょう!」

 ナタリアの声を合図に奥へ走った一行が見たのは、地に倒れ伏した瀕死のマルクトの兵士の姿だった。

「しっかりなさい!」

 傍に駆け寄って声をかけると、「神託の盾オラクルの兵士が……くそ……」と呻きを上げ、息絶えた。

「神託の盾……。まさか兄さん……?」

 ティアの声は微かに震えを帯びていた。

「グランコクマで何をしようってんだ?」

「まさか、セフィロトツリーを消すための作業とか?」

 憤りを含んだルークの声に、ナタリアがそう返す。イオンが首を横に振った。

「いえ、この辺りにセフィロトはない筈ですが……」

「神託の盾の行動が早すぎるわ。いつも先回りされてる」

 ティアは唇を噛んでいる。

「ええ。ヴァンの指示なのか、それともモースの指示なのか……。どちらにせよ、的確で迅速です」

「主席総長も大詠師モースも、イオン様を無視しすぎ〜! 感じ悪い!」

 イオンが頷くと、アニスはいささか大仰に憤慨してみせた。

「イオン様、アクゼリュス以来の兄の足取りは掴めていないのですか?」

 ティアは訊ねる。

「分かりません。僕の指示で活動できるのは今や導師守護役フォンマスターガーディアンぐらいで、探索などは出来ていないんです」

「導師守護役も随分数が減らされましたしね……」

 アニスが肩をすくめた。

「そうですか……」

神託の盾オラクルより先にグランコクマに入らないと、まずいことになるかなぁ? キムラスカの王様みたいに変なこと吹き込まれたりして……」

「それは大丈夫でしょう。ピオニー陛下はジェイドの報告を待っているはず。神託の盾の狙いは別にあると思います」

「話してても埒があかねぇ! 神託の盾オラクルの奴を追いかけてとっつかまえようぜ!」

「そうですわね。こんな狼藉を許してはなりませんっ!」

 アニスとイオンの会話を断ち切って、二人の王族は怒りに震え、高らかに宣言して拳を握った。

「待って! 勝手に奥に入ってマルクト軍に見つかったら……」

 慌ててティアは止めたが。

「見つからないように隠れて進むしかないな。マルクトと戦うのはお門違いなんだから」

 小さく息をついてガイが言う。

「かくれんぼか。イオン様、ドジらないで下さいね」

 アニスが明るく言い、イオンは「あ、はい!」と姿勢を正した。

「……いつの間にか行くことになってるわ……。もう……」

 情けない声を上げて肩を落とし、それでもティアも杖を構えなおした。


 テオルの森でジェイドの迎えを待っている面々が、私はやけに好きです。

 アニスは何だか知らんが木の幹を殴り(何かを叩き付け?)続けていて、イオンはそれをじっと見ている。ティアは一人でぽつんと座っていて、彼女から少し離れたところにミュウがいる。(ティアはミュウと遊んでいる?) んで、ガイ、ルーク、ナタリアの三人は、三人で車座になって顔をつき合わせてるんです。

 うわ。このバチカル幼なじみ三人組、ホントに仲がいいんだ……!

 と、えらく衝撃を受け、もう大好きなシーンになりました。(笑)

 アッシュが登場して、一見 仲にヒビが入ったように見えて、この人たち実に仲良しなのねぇ、と。暇になったら三人でくっついてくっちゃべってんだなぁ……。屋敷時代もわやわややってたんだろーなぁ……。もう殆ど身内みたいな感じなんでしょうね。実際、ルークとナタリアは従姉弟ですけど。

 

 ゲームなんで仕方がないんですが、マルクト兵士が殺されたのを発見したからといって、マルクト軍に隠れながら奥へ進むって、もの凄く変です。(^_^;) ノベライズする時、書きながら自分で納得できなくて困るよ。なんだこいつらの謎行動。マルクト領内での事件で、敵対もしてないんだから、普通はマルクト軍に報せるものでしょう。その方がよっぽど早く侵入者を発見・捕獲できるはずだし。マルクトにケンカ売りたいのか。(本格的にノベライズするなら、マルクト軍に報せてから「お前らも怪しい」と拘束されて、そこを抜け出して独自に捜査開始とか、そういう流れになるものでしょうかね。)

 ちなみに、スタートから左へ進み、水たまりの辺りをウォッチャーウルフがウロウロしている所に出て、ティアに「魔物は火に弱い」と注意されたら、ミュウファイアでウォッチャーウルフを追っ払ってみましょう。ウルフは右手のツタで覆われた穴の中へ逃げ込んでいきます。そこを調べると奥へ入れて、宝箱(バトルガード)を入手できます。(このイベントをこなさないと、この奥へは入れません。)


 茂みに潜み、時にミュウアタックで木を揺らして見張りの兵士の気を逸らしながら、ルークたちは森を進み始めた。

 今のところ、見かけるのはマルクト軍ばかりで、神託の盾オラクルは見当たらない。

「隠れながら進むのって、何かドキドキするよね」

 アニスが呟く。「そうだな。しかしこれじゃあホントにかくれんぼだ」とガイが押し殺した声で笑った。

「かくれんぼなんて、子供の時以来だな」

 ルークも笑い、ガイが懐かしむ顔をした。

「そういや、ルークはかくれんぼの天才だったな」

「へぇ。ルーク、凄いじゃん。そういうセコイ技は得意なんだ」

「……う……。せこくて悪かったな」

「ま、あれだ。見つかりそうになったら、すかさず移動して別の場所に隠れる。そういう悪知恵は働くんだよな」

「ふーん。でもアニスちゃんと勝負したら、絶対アニスちゃんの勝ちだもんね。やっぱ、かくれんぼは、可愛くて小さい身体で上手く隠れられる人が有利だよ」

「自分で可愛いって言ってら」

 むすりとしてルークは呟く。たちまちアニスの頬が膨らんだ。

「何よぅ。アニスちゃんは可愛くないとでも言う訳!?」

「セコイ男に何言われたって気にすることねーだろ。ミュウ並みに色気なしのくせに」

「ミュウ並みとはなによぅ! あたしだって成長したら、ティアみたいにでっかくなるんだから!」

「ハッ。ばーか。お前があんなメロンになる訳ねーだろっ!」

メ、メ、メロンって何なのよっ! あなたたち馬鹿!? 少しは静かになさいっ!

 顔を朱に染めて二人の間に割り入ったティアの声は、辺りに響き渡った。

「……」

 幸いにして、近くにマルクト兵はいなかったようだ、が。

「……ティア。あなたの声が一番大きいわよ」

「……ご、ごめんなさい……」

 そっとナタリアが囁き、ティアはますます赤くなって俯いた。


 ガイ曰く、ルークはかくれんぼの天才だそうで。お屋敷時代、ガイ兄さんは隠れたルークを見つけるのに相当な苦労を強いられていたと見た。

 そしてアニスにセコいと笑われて「せこくて悪かったな」とむくれ、同レベルで口ゲンカを始めるお子様ルーク。なぜか胸談義へ発展。

 ……衝撃。ルークはティアの胸をメロンだと思っていたのである! つーか、ルークって胸の大きな女の子が好みっぽいですね。今後も胸の大きさの話を度々するし。

 

 テオルの森には、あちこちの木の枝の上に宝箱があるんですが、これは後に「ミュウウイング」を入手してからでないと取れません。


「もうすぐ出口だぞ。神託の盾オラクルの奴、もう街に入っちまったのか?」

 森をかなり進み、遠くに茂みの切れ間を見て取ってルークが言った。全員が立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。

「マルクトの兵が倒れていますわ!」

 それを発見して、ナタリアが声を上げると駆け寄った。その前に黒い影が立ち塞がる。漆黒の大鎌を構えた大男が、木の上から飛び降りてきたのだ。咄嗟に飛び退き、その動作のままにナタリアは弓を構えて一矢を放っていた。大男は片手で無造作にそれを掴む。そしてニヤリと笑った。

「お姫様にしてはいい反応だな」

「お前は砂漠で会った……ラルゴ!」

 弓を向けて男を睨み付けたナタリアの周囲に、ルーク、ティア、ガイが駆け寄る。ルークはスラリと腰の剣を抜いて構えた。

「侵入者はお前だったのか! グランコクマに何の用だ!」

「前ばかり気にしていてはいかんな。坊主」

「え?」

 馬鹿正直に後ろを向いたルークは、ラルゴが攻撃を仕掛けるのに充分な隙を見せていたと言えるだろう。だが、気にするべきものは本当に後ろにいたのだ。

 ヒュッ、と銀の光を弾いて刃がルークの体をかすめる。それに切り裂かれなかったのは、ティアがルークに飛びついて、一緒に地面に転がったからだった。

「ガイ!?」

 素早く身を起こしながら、ルークは信じられない思いでその襲撃者の名を呼んだ。たった今まで背を守ってくれていた彼が、確かな剣筋をもってルークを狙っている。

「ちょっとちょっと、どうしちゃったの!?」

 やや離れたところでアニスがうろたえている。その後ろに守られていたイオンが、険しい表情で片手をさし伸ばした。

「いけません! カースロットです! どこかにシンクがいるはず……!」

 その間にも、ガイは再びルークに斬りかかっていた。素早い動きと力強い剣撃は、これまでルークにとって誇らしく、頼りになるものだった。それが今は彼を追い詰める。反撃するわけにもいかず、ルークは一太刀目は後ろに退がって避け、二太刀目は剣で受けた。

「おっと、俺を忘れるなよ」

 その様子を面白そうに見つめていたラルゴが前に出ようとしたが、そこに矢が打ち込まれる。身を軽く捻る動作で避け、む、と不快そうに眉根を寄せた。

「させませんわ!」

 ナタリアが矢を放って牽制している。ラルゴは哄笑した。

「ふ、ふははははははっ! やってくれるな、姫!」

 一方で、ルークはガイの剣を受け続けていた。守勢に回るしかなく、しかしガイはそんな甘さを見逃してくれる使い手ではない。キィン、と音を立ててルークの手から剣が弾き飛ばされた。それはくるくる回って少し離れた場所に突き立つ。無防備になったルークに、ガイの剣が振り下ろされる……!

 ――その時。

「きゃっ、また地震!」

 アニスが悲鳴をあげた。ぐらぐらと大地が揺れ、ガイの攻撃の手が止まった刹那、ルークはガイの刃の下を掻い潜って地を転がり、突き立っている己の剣に手を伸ばした。

 揺れに耐えていたティアがハッとして一方を見上げ、そちらを杖で指してナタリアに叫んだ。

「ナタリア、上!」

 間髪入れず、ナタリアは示された場所に矢を放つ。木の上から、ドサリと小柄な少年が落ちてきた。仮面をつけている。シンクだ。

 途端に、ガイがビクリと全身をこわばらせて動きを止めた。その二の腕に赤い瞳の文様が浮かび上がり、ゆっくりとまぶたを閉じて消える。同時に、糸が切れたように彼はくずおれた。

「……地震で気配を消しきれなかったか」

 身を起こしてそう言ったシンクに剣を向け、ルークは声に憤りを滲ませた。

「やっぱりイオンを狙ってるのか! それとも別の目的か!」

「大詠師モースの命令? それともやっぱ、主席総長?」とアニスが詰問する。

「どちらでも同じことよ。俺たちは導師イオンを必要としている」

 悠々とラルゴが言った。シンクはルークを冷たく見やってくる。

「アクゼリュスと一緒に消滅したと思っていたが……大した生命力だな」

「ぬけぬけと……! 街一つを消滅させておいて、よくもそんな……!」

 弓を構えたナタリアが怒りに顔を染めたが、シンクは冷然と告げた。

「履き違えるな。消滅させたのは、そこのレプリカだ」

 ぐ、とルークは眉根を寄せる。

 その時、数人がバタバタと走る足音が聞こえた。

「何の騒ぎだ!」

 叫びながら駆け寄ってくるマルクト兵の姿が見える。

「ラルゴ、いったん退くよ!」

「やむを得んな……」

 構えを解いて、二人の男は素早く駆け去った。入れ違いのように、マルクト兵たちが現われる。

「何だ、お前たちは!」

 誰何する彼らの前に、ティアが駆け寄った。

「カーティス大佐をお待ちしていましたが、不審な人影を発見し、ここまで追ってきました」

「不審な人影? 先程逃げた連中のことか?」

神託の盾オラクル騎士団の者です。彼らと戦闘になって、仲間が倒れました」

「だが、お前たちの中にも神託の盾オラクル騎士団がいるな」

 兵士は、ジロリとティアやアニスを睨む。

「……怪しい奴らだ。連行するぞ」

 周囲の兵たちが取り囲んできた。

「……抵抗しない方がいいよな」

 ぐったりと気を失ったままのガイの肩を支えながら、ルークが呟く。

「当たり前でしょう」

 ティアの声はあくまで冷徹だった。





 テオルの森を抜けて街道をしばらく行くと、大陸北端の海岸線が見えてくる。その海の上に、マルクト帝国の首都、グランコクマは浮かんでいた。ぐるりと丸く水道橋に囲まれ、そこを流れる水が滝のように流れ落ち、あるいは壁のように逆流している。

 外国人も立ち入りを許されたグランコクマの玄関たる商業区。その入口に架かった最初の橋に、兵をずらりと従えた淡金髪の将軍が待っていた。

「フリングス少将!」

 彼の名を呼んで、ルークたちを連行した二人の兵士は敬礼をした。

「ご苦労だった。彼らはこちらで引き取るが、問題ないかな?」

「はっ!」

 兵士たちは答え、左右に避けて他の兵たちの中に並ぶ。空いた場所を歩いて、フリングスが近寄ってきた。

「ルーク殿ですね。ファブレ公爵のご子息の」

「どうして俺のことを……!」

 肩にガイを支えたまま、ルークは驚く。

「ジェイド大佐から、あなた方をテオルの森の外へ迎えに行って欲しいと頼まれました。その前に森へ入られたようですが……」

 フリングスは言って、少し笑いを声に含ませた。端正な顔立ちは、まだ若い。だが物腰は落ち着き、目には柔和な光がある。とはいえ、話しながらも左手を剣の柄に置いており、隙は見せていなかったが。

「すみません、マルクトの方が殺されていたものですから、このままでは危険だと思って……」

 ティアが頭を下げる。

「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。ただ、騒ぎになってしまいましたので、皇帝陛下に謁見するまで皆さんは捕虜扱いとさせていただきます」

「そんなのはいいよ! それよかガイが! 仲間が倒れちまって……」

 ルークが声を高くして訴えた。その肩で支えたガイは、未だに気を失ったままだった。あれからかなりの時間が経っているというのに、一度も目を覚まさない。何か、よほどまずい状態にあるのではないのか。ルークの瞳には不安と心配が揺れていた。

「彼はカースロットに掛けられています。――しかも、抵抗できないほど深く冒されたようです」

 言ったのはイオンだった。近付き、目を閉じたガイの顔を見やる。そしてフリングスを見上げた。

「どこか安静に出来る場所を貸して下されば、僕が解呪します」

「お前、これを何とか出来るのか?」

 ハッとして、ルークがイオンにすがる視線を向ける。

「というより、僕にしか解けないでしょう」

 イオンは答えた。幾らかこわばった声と表情で。

「これは本来、導師にしか伝えられていないダアト式譜術の一つですから」

 目の前の状況に感じるものがあったのか、フリングスは「分かりました」と頷いた。

「城下に宿を取らせましょう。しかし陛下への謁見が……」

「皇帝陛下には、いずれ別の機会にお目にかかります。今はガイの方が心配です」

「分かりました。では部下を宿に残します」

 きっぱりと言い切った導師に敬意を払って、フリングスは再び頷く。ルークが一人で重そうに支えているガイを受け取ろうと、二人の兵が駆け寄ってきた。そのままイオンと共に立ち去りそうになったのを見て、アニスが前に出て訴えた。

「私も残りますっ! イオン様の護衛なんですから」

「待てよ! 俺も一緒に……!」

 そう言いかけたルークに、イオンが険しい表情を向けた。

「……ルーク。いずれ分かることですから、今、お話しておきます。カースロットというのは、けして意のままに相手を操れる術ではないんです」

「……どういうことだ?」

 ルークは眉根を寄せる。

「カースロットは、記憶を揺り起こし理性を麻痺させる術。つまり……元々ガイに、あなたへの強い殺意がなければ攻撃するような真似は出来ない。……そういうことです」

 返されたイオンの言葉は、あまりにも衝撃的なものだった。

「……そ、そんな……」

 ぐらり、とルークの体が傾ぐ。傍に来ていた兵たちが、慌ててルークからガイを奪い取った。

「解呪が済むまで、ガイに近寄ってはいけません」

 厳しい声音でそう言い残し、イオンはアニスと兵士たち、彼らに抱えられたガイを伴って立ち去った。ルークは取り残され、呆然とその背を見送っている。

「よろしければ、しばし城下をご覧になってはいかがですか? 街の外には出られませんが、気を落ち着けるにはその方が……」

 気遣う声音でフリングスが言ったが、ルークは何も反応を返さなかった。それを見て取って、代わりにティアが答える。

「……そうさせて下さい」

「分かりました。それでは後ほど城にお越し下さい」

 頷いて、将軍と兵士たちは立ち去った。

「ルーク……」

「ご主人様、元気出してくださいの」

 その場に残ったティアやミュウが、立ち尽くすルークに声をかける。ナタリアが悲しげな瞳で言った。

「ルーク。月並みですけれど、どうか気を落とさないで。ガイがあなたを本気で殺そうだなんて思っているはずがありませんわ」

「――うるさい!」

 だが、ルークはそう怒鳴っていた。そしてハッとしたように口をつぐみ、仲間たちに背を向けて端の欄干まで歩く。

「……ちょっと一人にしてくれ」

 俯いてそう言い、視線を合わせないまま街の方へ歩いていった。


 カースロット発動。アニメだったら、このシーンのガイの目は赤くなっていそうです。

 以前ケセドニアのマルクト領事館で発動した時は理性の抵抗が強く、ルークを突き飛ばす程度で済んでましたが(単純に攻撃したとも取れるし、ルークを攻撃しないように、「傍に来るな」と突き飛ばしたとも取れる)、今回は全く抵抗できずにルークに襲い掛かります。

「理性を麻痺させられ、心の奥底に隠していた強い欲望のままにルークに襲い掛かった」……と書くと、嘘は一つも書いていないのに妙に怪しくなるのは何故だろう。(笑) ←怪しいのはお前ののーみそだよ!

 ガイの心の底の欲望が殺意だったのは、ある意味ではよかったのかもしれません。常々ルークの髪を全部ドレッドにしたかったとか、人目をはばからず踊り狂いたかったとか、女の子たちにミュウのように踏んづけられてみたかった俺をブタザルと呼んでくれとか、そういう欲望だったら、色々と愉快……いや、それはそれで悲惨なことになっていた気も。

(って、このシリアスで衝撃的なシーンの感想に何書いてるんだ、私は。)

 

 それにしても、ティアはよくルークを身を挺して庇ってくれます。ティアがいなけりゃルークは何回殺されてるんだか。命の大恩人ですよ。

 ……やっぱ、ヒーローとヒロインが逆転してるっぽいな。(^_^;)

 そしてラルゴ。飛んでくる矢を手で掴むなよ。どーゆー動体視力と反射速度なんだか。そんでナタリアの達人的強さを見て実に嬉しそうなのだった。


(ガイが、俺を憎んでるなんて……。今までそんな素振り、見せなかったのに……)

 ルークの中で、思考はぐるぐると回っている。

 ほんの数ヶ月前までの閉ざされた生活の中で、ガイは殆ど唯一の、何の気も置かずに打ち解けて接せられる人間だった。

 物心付いたときから――いや、生まれたときから一緒だった。言葉も、読み書きも、歩き方、走り方、日常のささやかな喜び、遊び、鳥かごの外の遠い世界のことまで。それら全てを、一つ一つ根気強く教えてくれた人だった。

 彼は何でも知っていたし、何でも出来た。記憶がなく世界を知らず、フワフワと拠り所のなかったルークを世界に繋ぎとめてくれていた、数少ない糸の一つだ。当たり前のように側にいて、……いつも笑ってくれていた。

 

『元々ガイに、あなたへの強い殺意がなければ攻撃するような真似は出来ない。……そういうことです』

 

 イオンの言葉が脳裏に響く。

(ガイは、殺したいほど俺を憎んでた……。ガキの頃、何かあったのかもしれないけど。もし……殺したいほどの事があったんなら、その機会は今まで沢山あった……。だけどあいつは俺を助けてくれてた……)

 髪を切ってから気付いたことが幾つもある。自分の目が、いかに狭い範囲のものしか捉えていなかったのか、ということ。何も見えず、見ようとせず、周囲をただ傷つけていた。ティアも、ミュウも、ナタリアも、イオンも、ジェイドも、アニスも。皆を傷つけていたことが、今なら分かる。そして多分、ガイのことも傷つけていたのだ。そしてそれに少しも気付かなかった。自分はホントに馬鹿だったから。なのに彼は優しくていい奴だから、黙って笑ってくれていたのだろう。

(ガイ……。お前は、本当は俺の側にいるの、嫌だったのか……? ガイから、ちゃんと……話を聞きたい……!)

 ルークの足は、ガイが運び込まれたグランコクマホテルに向いていた。しかし、その入口に立っていた兵士に「あなたはお通しできません」と押し留められる。

「――何でだよ!」

「あなたを通さないようにと、導師から固く言い付かっております」

 俯いて、ルークは両手を握り締めた。

 イオンは優しい。そしてしっかりした考えを持った人間だ。今ルークとガイを会わせても双方のためにはならないと考えているのだろう。

(だけど……俺は……)

 唇を噛んだ時、足元にふっと影が差して、背後に誰かが立ったのが分かった。――ティアとミュウだ。

 黙って、ルークはそのまま背を向けて歩き出した。なのに、背後の気配はそのまま付いてくる。

「……付いてくんな」

 背を向けたまま、ルークは言った。

「約束したわ。あなたを見ているって」

 ティアの声が返ってくる。「ボクは、ご主人様に付いて行くですの」と、甲高いミュウの声も聞こえた。

「……ほっといてくれ!」

「……放っておいたら、あなた勝手なこと考えそうだから」

 カッとして、振り向いた勢いのままに、ルークはティアに食って掛かった。

「勝手なことって何だよ!」

「ガイは自分のことを憎んでるって」

 だがティアはまるで怯まず、両腕を組んでルークを睨み返してくる。

「だって憎んでるんだろ。だから……」

「あなた馬鹿?」

 ティアの言葉は容赦がなかった。

「なんだと!」

「自分が、ほんの少しの悪意も受けることのない人間だと思っているの?」

「……そういう訳じゃ」

 ルークの目が見開かれ、握っていた両腕を下ろして力なくうなだれた。

「ガイだって人間だもの。きっと今まであなたに仕えていて、かっとなることもあったと思うわ。でも彼はあなたを迎えに来た」

「そうかもしれないけどよ……」

「ガイはあなたのこと、……殺したいほど憎んだ時期があった。それでもあなたが立ち直ると信じてくれたんだわ。そうでしょう」

 彼女の言葉は相変わらず鋭さを持っている。それでも、何を言わんとしているのかが分かってきて、ルークは少し可笑しい気分になった。

「……お前、ホントキツイ言い方しかしないよな」

「え……?」

 苦笑して言うと、ティアはぎょっとしたように言葉を呑み込んだ。

「慰めてくれようとしたのは分かったけど、それじゃあ、こっちは余計傷つくだろ」

 そう言ってやると、微かに頬を赤らめる。

「……ご、ごめんなさい。そう……きつかったのね……」

 そして、少し恥じたように視線を俯かせた。こんな風な彼女を見るのは初めてだ。

 でも、きっと最初からそうだったのだろう。――ただ、自分にそれを見る目がなかったというだけで。

 厳しい言葉や態度で、けれど、彼女は確かに自分を思いやってくれていた。

「でも……俺、へたれだからな。それぐらい言ってもらった方がいいのかも」

「……ルーク……」

 視線を上げたティアを見やって、ルークは片手で己の赤毛をかき上げる。照れ臭そうな笑顔を浮かべた。

「馬鹿だな、俺。落ち込んでる暇はないんだった。皇帝に会わないとな」

 そして、その顔をミュウにも向ける。

「ミュウも……ありがとう」

「いいんですの!」

 ミュウも笑い、嬉しそうに長い耳を揺らした。


 ティアの慰め方は、実際微妙ですよね(苦笑)。

 でも、ティアが常に(髪を切る前から)ルークのことを気にかけて、気を配ってくれているのは確か。包み込むような優しさではないけれど。ガイとはまた違う形の気遣いです。

 なんつーか、ティアって、いつもルークの後ろにいますよね(笑)。そんで荒れたり落ち込んだりしてるルークに厳しく、時に優しく声を掛けるわけですよ。命の危機に陥ったルークに飛びついて庇うのですよ。――あなたの後ろにティア・グランツ。ちなみにミュウはいつもルークの足元です。ゾロゾロと引き連れています。

 

「余計傷つくだろ」と苦笑されて、もの凄く驚き、恥じて謝るティア。ティアは一見完璧に見えるのですが、こうした姿を見ると、本当はまだ十六歳の少女なのだということを思い出さされます。

 ティアの「冷徹な女戦士」という姿は、実は憧れの教官だったリグレットの模倣ですよね。そんな演技を続けているのは、ティアが不器用な性格だからなのだろうと私は思います。人付き合いがあまり上手くない。だから、戦士を装って、常に合理的に、理屈で動こうとしている。軍服ばっか着ているのも、その一端かも。

 ですが、そんな彼女の仮面は、感情豊かで純粋なルークに接して揺るがされます。最初は子供っぽいだけだったのに、次第に変わっていく彼を見るうちにも、また。

 

 ルークは、ティアと出会ったばかりだった頃、彼を庇って怪我をしたティアに向かって「無理してるようにしか見えない」と、彼女の内面を見抜いた言葉を発していました。それはまだ直感的なものに過ぎず、ティアを理解したうえでの言葉ではなかったけれど。

 ルークと接し、こんな直球の言葉を受けることで、ティアの鎧は崩れていく。そしてティアをよろう厳しさが、甘ったれたルークの視野を広げて変えていく。この二人の関係は、こんな感じなのでしょうか?


 港で一人佇んでいたナタリアに声を掛けて壮麗な宮殿に向かうと、フリングス将軍に謁見の間に案内された。最奥の大きな飾り窓の向こうには大瀑布が流れ落ちている。それを背にした玉座に腰掛けた男は、実に気安い態度と口調でルークたちに語りかけてきた。

「よう、あんたたちか。俺のジェイドを連れ回して帰しちゃくれなかったのは」

 三十代の半ばだろうか。金色の髪はやや伸びて肩に届いている。瞳には快活な光が宿り、口元は笑いの形に歪められていた。

「……は?」

 伯父であるインゴベルト王とはあまりに違いすぎる。思わず、ルークは間抜けな声を出してしまったが、彼はそれを気にした様子もない。

「こいつ封印術アンチフォンスロットなんて喰らいやがって。使えない奴で困ったろう?」

「いや……そんなことは……」

 笑いながらそんなことを言われて、どう返せばいいのか分からず、ルークはしどろもどろに言葉を濁らせた。

「陛下。客人を戸惑わせてどうされますか」

 見かねたのか、ルークたちと並んで立っていたジェイドが口を挟む。「ハハッ、違いねぇ。アホ話してても始まらんな」とピオニーは笑い、幾分か声の調子を固く変えた。

「本題に入ろうか。ジェイドから大方の話は聞いている」

「このままだと、セントビナーが魔界クリフォトに崩落する危険性があります」

 ようやく、ルークもそれを訴える。

「かもしれんな。実際、セントビナーの周辺は地盤沈下を起こしてるそうだ」

「では、街の住人を避難させなければ!」

 ナタリアが声を高くした。ピオニーが少し困ったような声音で返す。

「そうしてやりたいのは山々だが、議会では渋る声が多くてな」

「何故ですの、陛下。自国の民が苦しんでおられるのに……」

「キムラスカ軍の圧力があるんですよ」

 憤るナタリアに顔を向けて、ジェイドが言った。

「キムラスカ・ランバルディア王国から声明があったのだ」

 そう言ったのは、ピオニーから見て玉座の右に立っているノルドハイム将軍だった。左に立っている長い白髭を垂らしたゼーゼマン参謀総長が、その言葉を継ぐ。

「『王女ナタリアと第三王位継承者ルークを亡き者にせんと、アクゼリュスごと消滅を謀ったマルクトに対し、遺憾の意を表し、強く抗議する。そしてローレライとユリアの名のもと、直ちに制裁を加えるであろう』、とな」

「事実上の宣戦布告ですね」

 ティアが冷静な口調で言う。「父は誤解をしているのですわ!」とナタリアは叫んだ。

「果たして誤解であろうか、ナタリア姫。我らは、キムラスカが戦争の口実にアクゼリュスを消滅させたと考えている」

 ノルドハイム将軍が言った。ナタリアは腕を組み、キッと強面こわもての将軍を睨む。

「我が国は、そのような卑劣な真似は致しません!」

「そうだぜ! それにアクゼリュスは……俺のせいで……」

 従姉いとこに同調したルークの声は次第に小さくなり、彼の口の中に消えた。

「ルーク。事情は皆知っています。ナタリアも落ち着いてください。本当にキムラスカが戦争のためアクゼリュスを消滅させたのかは、この際重要ではないのです」

 ジェイドが言った。ピオニーがその後を続ける。

「そう、セントビナーの地盤沈下がキムラスカの仕業だと、議会が思い込んでいることが問題なんだ」

「住民の救出に差し向けた軍を、街ごと消滅させられるかもしれないと考えているんですね」

 ティアの声に、「そういうことだ」とピオニーは頷いた。

「俺自身、ジェイドの話を聞くまで、キムラスカは超振動を発生させる譜業兵器を開発したと考えていた」

「少なくとも、アクゼリュス消滅はキムラスカの仕業じゃない。――仮にそうだとしても、このままならセントビナーは崩落する。それなら、街の人を助けた方がいいはずだろ!」

 感情のままに素の口調で叫んでしまってから、ルークは「……あっ」と顔色を変えて、その姿勢を正す。

「……いや、いいはずです。もしも、どうしても軍が動かないなら、俺たちに行かせて下さい」

「わたくしからもお願いします。それなら不測の事態にも、マルクト軍は巻き込まれないはずですわ」

 ナタリアが同調すると、ピオニーは怪訝な表情で二人の若者を見つめた。

「驚いたな。どうして敵国の王族に名を連ねるお前さんたちが、そんなに必死になる?」

「敵国ではありません! 少なくとも、庶民たちは当たり前のように行き来していますわ。それに、困っている民を救うのが、王族に生まれた者の義務です」

 毅然としてナタリアは言い放つ。それを見やり、ピオニーは視線をルークの方へ巡らせた。

「……そちらは? ルーク殿」

「――俺は、この国にとって大罪人です。今回の事だって、俺のせいだ。俺に出来ることなら何でもしたい。……みんなを助けたいんです!」

「と、いうことらしい」

 満足げに笑って、ピオニーは周囲の部下たちに声を掛けた。

「どうだ、ゼーゼマン。お前の愛弟子ジェイドも、セントビナーの一件に関してはこいつらを信じていいと言ってるぜ」

「陛下。『こいつら』とは失礼ですじゃよ」

 ゼーゼマンは若い皇帝を軽くたしなめる。その老賢に向かって、ジェイドがこう提案した。

「セントビナーの救出は私の部隊とルークたちで行い、北上してくるキムラスカ軍は、ノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと愚考しますが」

「小生意気を言いおって。まあよかろう。その方向で議会に働きかけておきましょうかな」

「恩に着るぜ、じーさん」

 ゼーゼマンは頷き、ピオニーはそれに謝辞を述べた。

 どうなったのだろう。これで話は上手くまとまったのか? 恐る恐る、ルークは皇帝に訊いてみる。

「じゃあ、セントビナーを見殺しには……」

「無論しないさ。とはいえ、助けに行くのは貴公らだがな」

 倣岸とも取れる台詞を吐いて、ピオニーは玉座から立ち上がり、ルークの前まで歩いた。彼の目を見つめ、真摯な声を出す。

「……俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい。頼む」

「全力を尽くします」

 碧の瞳で見上げ、ルークは力強く頷いた。

「わたくしもですわ」

 その側で、ナタリアも同意する。

「御意のままに」

 ティアは静かにそう言った。

 若者たちの声に満足したように皇帝は笑う。

「よし、俺はこれから議会を招集しなきゃならん。後は任せたぞ、ジェイド」

 そう言って、傍らの幼なじみを見やった。





「やれやれ、大仕事ですよ。一つの街の住民を全員避難させるというのは」

 ピオニーたちが退出すると、ジェイドは大仰に肩をすくめた。

「どうすればいい? 俺、何をしたらいいんだろう」

「陛下のお話にもありましたが、アクゼリュス消滅の二の舞を恐れて、軍が街に入るのをためらっています」

 懸命な、どこか不安げな様子でもあるルークに向かい、ジェイドは少し考える素振りを見せてからそう言う。

「まずは我々がセントビナーへ入り、マクガヴァン元元帥にお力をお借りしましょう」

「ああ……分かった」

 ルークは頷いた。

「でも……その前に、ガイやイオン様たちの様子を見なければ」

 ナタリアが言う。ビクリとルークの体が震えた。「ルーク……」と声を掛けてくるティアに笑って首を振り、「そうだな」と碧い瞳を上げた。


 グランコクマ宮殿は、正面入口から入って直線、すぐのところに王の私室のある、素敵な宮殿です。

 ちなみに、宮殿右から入れる客室の二番目の引き出しの中にパラライチャームが入っています。この客室では、無料で自由に休めます。


 グランコクマホテルに向かうと、入口の兵士がすぐに「解呪に成功したようです」と言ってきた。

「導師のお許しは出ています。どうぞ」

 彼らは、二階に上がって最初の客室にいるという。

 扉を開け、ベッドの上に半身を起こしているガイの姿を認めるなり。

「ガイ! ごめん……」

 ルークは彼の名を叫び、次いで所在無くその頭を下げていた。

「……ルーク?」

 後ろに両手をついて胡坐をかいた格好で、ガイは不思議そうに赤毛の若者を見返す。彼の座るベッドの隣には、イオンとアニスが並んで立っていた。そのベッドに近付き、ルークは懸命に言った。

「俺……きっとお前に嫌な思いさせてたんだろ。だから……」

「ははははっ、なんだそれ。……お前のせいじゃないよ」

 ガイは笑った。これまでと同じように、朗らかな優しい声で。

「俺がお前のことを殺したいほど憎んでたのは……お前のせいじゃない」

 そして、後ろについていた両腕を前に組み直して。それに顎を乗せ、彼はそう言って目を伏せていた。

 下げていた視線を上げ、ルークはガイを見つめる。

「俺は……マルクトの人間なんだ」

 視線を落としたまま、ガイは告白を始めた。

「え? ガイってそうなの?」

 アニスが息を呑む。ガイは再び腕を後ろについて、行儀悪く彼女を振り返って続けた。

「俺はホド生まれなんだよ。で、俺が五歳の誕生日にさ、屋敷に親戚が集まったんだ。んで、預言士スコアラーが俺の預言スコアを詠もうとした時、戦争が始まった」

「ホド戦争……」

 部屋の入口に固まって立ったままの仲間たち――その中からティアの呟きが落ちた。

「ホドを攻めたのは、確か、ファブレ公爵ですわ……」

 その隣で、ナタリアが青ざめている。

「そう。俺の家族は公爵に殺された。家族だけじゃねぇ。使用人も親戚も。あいつは、俺の大事なものを笑いながら踏みにじったんだ! ……だから俺は、公爵に俺と同じ思いを味わわせてやるつもりだった」

 家族を。愛する者を。その全てを奴の目の前で血の海に沈めてやるのだと。長い間、そればかりを考えて過ごしてきた。

「あなたが公爵家に入り込んだのは、復讐のため、ですか?」

 暗い瞳を見せる彼に一歩近付いて、ジェイドが口を開いた。

「――ガルディオス伯爵家、ガイラルディア・ガラン」

「……うぉっと。ご存知だったって訳か」

 低く吐き出すように笑って、ガイは彼を見上げた。

「ちょっと気になったので、調べさせてもらいました。あなたの剣術は、ホド独特の盾を持たない剣術、アルバート流でしたからね」

「俺や師匠せんせいと同じなんだよな」

 ルークはそう言ったが。

「正確には、俺が習得したのはアルバート流から派生したシグムント流――いや、シグムント派とでも言うべきものなのかな」

 ガイはそう説明した。

「よく似てはいるが、こっちは素早さを重要視してるんだよ。二千年前にユリア・ジュエを守ったフレイル・アルバート……彼から剣を習ったシグムントが、ユリアとアルバートを守る為、二人の先陣を切るべく改良した剣術なんだ。

 実戦では一対一で戦うことはまずない。連戦のコツを掴んで、戦いに勝つことよりも生き残ることに重点を置くのがシグムント流の思想なんだ。

 元々、あまり広く知られてはアルバート流の弱点をつくことになるからって、奥義書も残さずに口伝で伝えられているものなんだが……。シグムント流の使い手はガルディオス家とそれに連なる者しかいない。俺たちの存在が知られれば、キムラスカ王室やファブレ公爵は、どう動くのか……。ホド滅亡後、伝承者たちはそれを恐れて流派をひた隠してきた」

「……わたくし、お父様には何も言いませんわ」

 ナタリアが言った。

「俺だって!」

 ルークも訴える。

「……すまないな」

 少し陰を刷いて、けれどガイは二人の幼なじみに笑みを見せた。

「……けど。なら、やっぱガイは、俺の傍なんて嫌なんじゃねぇか? 俺はレプリカとはいえファブレ家の……」

「そんなことねーよ」

 泣きそうな目で言い始めたルークに、ガイは息を吐いてそう笑う。

「……そりゃ、全くわだかまりがないと言えば嘘になるがな」

「だ、だけどよ」

「お前が俺に付いてこられるのが嫌だってんなら、すっぱり離れるさ」

 ガイは険しい顔をした。

「だが、そうでないなら、もう少し一緒に旅させてもらえないか? ……まだ、確認したいことがあるんだ」

「……」

 ルークは、黙って幼なじみの顔を見下ろした。その表情は険しいが、同時にひどく真剣で。……どこか、懇願をしているような気もした。何かを、訴えている。

「……分かった。ガイを信じる」

 するりと唇が動いて、ルークはそう言っていた。言ってしまってから、何かが変だ、と混乱して言い直す。

「いや……ガイ、信じてくれ……かな」

(ひどいことをしたのは俺なんだ。俺はレプリカだけど、俺の父上がガイの家族を殺した。俺はそんなことを何も気付かずに、ずっとガイに辛い思いをさせてきた)

 だけど……俺は、これからもガイと一緒にいたい。親友でいて欲しい。……親友であれるだけの自分でいたい。

 その気持ちを、信じて欲しいと願った。

 揺れそうになる瞳を必死に抑えてガイを見ると、彼は声を上げて笑った。

「はは、いいじゃねぇか、どっちだって」

 その表情は明るく、曇りがないように見える。よかった、とルークは安堵した。

 本当はきっと、ガイは平気なわけじゃないだろう。でもこいつは大人でいい奴だから、そんなことは言わない。俺を気遣ってくれている。

 それは少し胸に痛かったが、彼が自分から離れなかったということは、ただ嬉しかった。

(ガイが俺の親友で……本当によかった)

 そう思う。

「よかった。お二人が喧嘩されるんじゃないかって、ひやひやしてました」

 息を詰めて二人の様子を見守っていたイオンが、ホッとしたように笑みをこぼした。場の空気がほぐれたのを見計らったように、ジェイドが例の胡散臭い笑みを浮かべて一同を促す。

「さて。いい感じに落ち着いたようですし、そろそろセントビナーへ向かいましょうか」

「ああ、使者の方から聞きました。セントビナーに行くって。でもイオン様はカースロットを解いてお疲れだし、危険だから 私とここに残ります」

 アニスが言った。彼女は実に清々しげだったのだが、隣のイオンはと言えば。

「アニス。僕なら大丈夫です。それに僕が皆さんと一緒に行けばお役に立てるかもしれません」

「イオン様!?」

「アニス。それに皆さん。僕も連れて行ってください。お願いします」

 そう言って、彼は全員の顔を見渡す。しばらく沈黙が落ちたが、それを破り、ルークがこう言っていた。

師匠せんせいがイオンを狙ってんなら、どこにいても危険だと思う。それに、ほっとくとイオンは勝手に付いてくるかもしれないし。――いいだろ、みんな」

「目が届くだけ、身近の方がマシということですか」

 言って、ジェイドが渋い顔で肩をすくめる。

「仕方ないですね」

「もうっ! イオン様のバカ!」

 アニスがぶーと頬を膨らませた。


 ここで、「セントビナーまでパッと移動する?」という選択肢が出ますが、サブイベントを手際よくこなしておきたいのなら、「パッと移動しない」を選ぶべきです。

 まず、港の前にある酒場へ行ってみましょう。ここはジェイドの行きつけの店で、一階カウンターにいるマスターに話しかけるとカレーのレシピがもらえます。また、この一階で倉庫整理のミニゲームが出来ます。酒場の二階へ行くと、階段を上がってすぐのところに老人がいます。彼に話しかけるとガイの奥義伝承イベントになり、ガイの流派について教えてもらえます。

#酒場の片隅に白髪の老人が立っている。
奥義会「おお、よくぞ、わしを捜して下さいました。勝手に約束の土地を離れて申し訳ありません。さっそく奥義の伝授と参りましょう」
#伝授
ジェイド「しかし何故このように回りくどいやり方で奥義を伝えているのですか?」
ルーク「そうだよ。お前の剣はアルバート流だろ。なら、師匠が残していった奥義書で……」
#ひらひらと片手を振るルーク。ガイがルークを見る。
奥義会「我らの剣はアルバート流の本流ではありません」
ガイ「俺の習った剣はアルバート流から派生したシグムント流――いやシグムント派とも言うべきかな」
奥義会「シグムント流はフレイル・アルバートから剣を習ったシグムントがユリアとアルバートを守る為 二人の先陣を切るべく改良した剣術です。あまり広く知られてはアルバート流の弱点を突くことになると考え その技は口伝とされてきました」
ガイ「それに、シグムント流の使い手はガルディオス家と それに連なるものしかいない。俺たちの存在が知られればキムラスカ王室やファブレ公爵がどう動くかわからなかったからな」
ナタリア「……私、お父様には何も言いませんわ」
ルーク「俺だって!」
ガイ「……すまないな」
アニス「それで奥義は習えたの?」
奥義会「わしは第三の口伝者です。後二人から話を聞く必要があるでしょう」
ルーク「大変だなぁ……」
#ルーク、片手で頭を掻く。ガイ、奥義会の老人を見て
ガイ「それで第四の口伝者は?」
奥義会「よく回る機械の前にいると思います」
ガイ「よく回る機械ねぇ。わかった。探してみるよ」

 ついでに、バチカルのミヤギ道場での『シグムント兵法家』の称号取得イベントのログも併記してみます。シグムント流に関する資料になりますので。

ミヤギ「おお。おまえたちか。剣術の修行はどうかの?」
ルーク「意識して修行してる訳じゃないけど腕はそこそこ上がったかな」
ミヤギ「ふむ。相手の出方に合わせた身のこなしができるようになると より強きものとも戦える筈じゃ。励むがいい」
ルーク「わかった。剣術は奥が深いんだな」
ガイ「まぁ、俺たちの場合一対一とかは滅多にないから 剣術よりも、連戦する技術の方が重要な気がするけどな」
ミヤギ「なるほど。じゃがおまえはもうそのあたりのコツはつかんできておるようじゃな」
ガイ「それなりですけどね」
ミヤギ「敵を倒す術と戦いから生き残る術は違うということかの。おまえは剣術家というよりは兵法家なのかもしれぬな」
ガイ「いやいや、そんな大層なもんじゃないさ。ホドの剣術、シグムント流の思想みたいなもんさ」
 ガイはシグムント兵法家の称号を手に入れました
ルーク「あれ? ガイってアルバート流じゃなかったか?」
ガイ「シグムント流は、アルバート流から派生した流派なんだ。よく似てはいるが、こっちは素早さを重要視してるんだよ。ただシグムント流はガイラルディア家特有の剣術なんでね。ぱっと見よく似てるんで正体を隠すのに、アルバート流と言い張ってただけさ」
ルーク「へー。確かに俺や師匠とは微妙に違うもんな」
ミヤギ「なるほど。おまえたちとは剣術について語り合うと面白そうじゃ」
ガイ「ははは。そういうのガラじゃないし勘弁してくれよ」
ルーク「そうだな〜。剣術は色々話すより実践したほうが性にあってるな。俺たち」
ガイ「そういうこと」
ミヤギ「残念じゃな」
ルーク「じゃあ、いくよ。邪魔したな」
ミヤギ「うむ。いつでもくるがいい」

 このイベントは、累計エンカウント数300以上でミヤギの戦闘チュートリアルを全て聞いている状態でミヤギに話しかけると発生するのですが、この条件だとアクゼリュス出発前(ルーク長髪)の時点でも起こせてしまうんですよね。長髪ルークの前で「ぱっと見よく似てるんで正体を隠すのに、アルバート流と言い張ってただけさ」とサラッと語るガイ。微妙……。

 つーか、「ガイラルディア家」って言っちゃってますけど。自分の家の名前を間違えないで下さい、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス様。

 そして、こうしてイベントを並べてみると、ルークが何回ガイに話を聞いてもアルバート流とシグムント流の違いを理解できない頭弱い子に…。トホ。

 

 それから、街の最奥にあるマルクト軍本部の作戦会議室に行ってゼーゼマンに話しかけると古文書解読を依頼され、禁譜イベントが始まりますが……。これはこの時点では起こす必要がないと思います。古文書に詩の形で書かれたヒントを元に、世界中で「禁譜の石」を捜すと、ジェイドが三つの強力な譜術を覚えるというものなのですが、ラスボス戦直前になっても問題なく起こせるもので、しかも禁譜の石の中にはゲーム終盤にならないと手に入らないものもありますので、今からイベントを起こしても気ぜわしいだけというか、正直、忘れそうな気が。

 つーか、このゲームって結構情報が前後していたり断片化していたりしておかしいところがあるんですが、このイベントもそうで。

 この時点でこのイベントを起こしてしまうと、ゼーゼマンが「外殻大地が魔界に降りた衝撃で、グランコクマの北の地層が表に出てきてな。そこで発見された」と言うのに愕然とさせられます。

 おいおい、まだ外殻は全然降下してヌェーよ。つーか、そもそも外殻を降下させようという作戦自体、誰も思いついてすらいないよ。じーさんボケたのか。それとも未来を見てんのか。という、苛立った気分に。うあ゛ー。

 つーわけで、このイベントはレプリカ編に入ってから起こすことをオススメします。イライラするから。

 

 グランコクマホテルのロビーのソファに、料理人が腰掛けて頭を抱えています。大事な万能包丁をテオルの森で落としたと言うのです。

 おお、これは包丁を取ってきてあげるというお使いイベントなのかっ!? ……と思いきや、単なるヒントだったみたいです。包丁はテオルの森の北東の出口から出たフィールドの探索ポイントで拾えるんですが、これを持ってグランコクマに戻っても、もう料理人はいません。

 万能包丁は、持っていると料理の成功率の上がるアイテムです。また、ゲーム終盤、シチューのレシピを取得するイベントを起こすために必要です。


「戦争が起こりそうだから、もっとピリピリしてるのかと思ってたけど、みんな、案外のんびりしてるんだな」

 ホテルを出て街の人波の中を歩きながら、ルークが言った。ようやく、街の様子にまで気が回るようになったのだ。

「のんびり……というより享楽的ですね。落ち着きがない」

 そう言って、ジェイドは「嵐の前の前兆かもしれません」と呟いた。

「私たちがどこの国の人間か名乗っていないから、警戒されていないのだと思うわ」

 ティアが言う。

「そうですわね。わたくしやルークの正体が分かれば、憎しみを顕わにされる方もおられるでしょう」

 と、ナタリアが神妙に頷いた。

「みゅぅぅ……。仲良くするですの」

「はは。仲良く……か。そうだな。どちらも仇で被害者だ。過去を忘れず、それでも許し合うことができればいいんだろうけどな」

 ミュウの声を聞いて、ガイが笑って返す。そのいつもの笑顔に、ほんの僅かな苦味と痛みが潜んでいたことに、ルークはようやく気が付いた。

(俺って、本当に馬鹿だ……)

「現実はきびしーのです。ホド消滅なんて、未だにお互い罪をなすりつけ合ってるし」

 肩をすくめてアニスが言う。ホドは魔界クリフォトに崩落したが、マルクトはそれをキムラスカの仕業とし、キムラスカはマルクトの陰謀だとしていた。丁度、今回のアクゼリュス崩落のように。

「でも諦めたら、預言を唯々諾々と受け入れる生き方と何も変わりません」

 イオンが言う。すると、ジェイドがこう言った。

「変わりたいのに変われない……というのは嘘ですからね。変わりたくないから変われないと言い訳して変わらないんです」

「……それって俺のことみたいに聞こえるな」

 その言葉はルークの胸を刺した。変わりたい。変わらなきゃならない。そう言ったのに、俺は何も変わっていない。何も見えずに周りを傷つけて、八つ当たりして。

「あなたが自分でそう思うのなら、そうなんじゃないですか」

「……う。嫌な奴だなー」

 溜息をついたルークに、横からティアが言った。確かに優しい声で。

「変わればいいじゃない。そして変えていけばいいのよ」

「……うん」

 ルークは頷く。

「そのためにも、セントビナーの人たちを助けないとな。今、自由に動けるのは俺たちと……アッシュしかいねぇんだ。アッシュは何してっか分かんねーし。……戦争のことも気になるけど」

「そうね。鍵を握る人物がここに揃っているのに、戦争回避の為に出来ることはないのかしら」

「セントビナーの危機を救えば、両国の誤解を解くことにも繋がるでしょう。それに、戦争回避の重要人物たちがセントビナーを救うことで、より強い意味合いを持つことにもなるでしょうし」

 ジェイドが言った。それを受けてティアが呟く。

「セントビナーの住民を救うことが、そのまま戦争回避に繋がる……」

「楽観視する訳ではないですが、ね。そうなるのが一番いい形でしょう」

「でも、セントビナーを救えなかったら……」

 ルークは呟いた。ジェイドが肩をすくめて声を返す。

「状況は、より悪い方に傾くでしょうねぇ……」

「最悪の状況ばかり考えても仕方ないわ。そうでしょう?」

 ティアにそう言われて、ルークは笑顔を繕った。

「ああ。セントビナーを救って、戦争も回避……だな」

 その後ろで、アニスがうんざりしたように声を上げた。

「あーあ。戦争は起こりそうだし、街は崩落しそうだし、イオン様はヴァン総長に狙われてるし、六神将はしつこいし、モース様は陰険だし、根暗ッタは根暗だし、アッシュは謎だし、ウチは貧乏だし、お腹減ったし。もう、なんか大変〜!」

「なんだか機嫌悪いなぁ。アニス……」

 ガイが苦笑している。

「べっつに〜。機嫌悪くないよーだ。それよりガイ、体の具合はもういいの?」

「イオンのおかげで快調さ。……でも、今回は随分無理をさせちまったからな」

 笑って答えたガイは、しかしふと暗い顔になってイオンを見やる。アニスも傍らの少年を覗き込んだ。

「イオン様、大丈夫ですか? 顔色あんまり良くないけど……」

「ダアト式譜術を使いましたから。少し疲れていますが大丈夫です」

 いつものように彼は微笑む。余程の時でない限り、彼は決して弱音を吐くことがなかった。

「二人ともぐったり気味なんだから、もうちょっとゆっくりしててもいいのに〜。ってか、イオン様はピオニー陛下のとこで保護してもらってれば良かったのに〜」

「いえ。セントビナーが手遅れになってしまっては意味がありません。今は無理をしてでも向かわなければ」

 見ようによっては貪欲なほどに、イオンは先へ進もうとしていた。前からそうだったかな、とアニスは不思議に思う。ジェイドがダアトに訪ねて来て、戦争回避の為に外に出て……そうだ、それからだという気がした。イオンが、時に頑固なまでに意思を主張するようになったのは。

「そうだな〜。ぐずぐずして、セントビナーが崩落しちまったら、後悔じゃすまないし」

 ガイがそう口を添えてやっている。「ぶー。仕方ないなぁ」と、アニスはおどけた調子でむくれる仕草を見せてやった。




「ガイ……。身体の方は本当に……」

 歩を緩めて並んだルークが、そっとガイに声を掛けてくる。不安そうなその顔に、ガイは笑みを返してやった。

「大丈夫だって。ついでに心の方もな。……別にお前に対しては、恨むとかそういうのはないから」

「……それは、俺じゃなくてアッシュにはあるってことか?」

 言われて、ガイは目線をそらした。

「……嫌なこと聞くなよ。ナタリアに聞かれると心苦しい」

「じゃあやっぱり……」

「だからって、奴をどうこうしようとも思わないぜ。今はセントビナーのことが優先だ。

 ……あの街は、俺がホドから逃げ出して、最初に匿われていた街なんだ。救ってやりたいよ」

 真情のこもったガイの声を聞いて、ルークの瞳が揺らいだ。

「……うん。助けよう。絶対に!」

 掠れた、けれどひどく真剣なその声に、ガイは「はは」と僅かに苦笑する。そして優しい瞳でルークを見返した。

「頑張ろうぜ」


 これにてガイとルークの問題は一件落着……に見えますが、まだこの後にも波が。

 

 今まで、周囲のことが殆ど見えていなかったルーク。次第に仲間たち一人一人が何を抱えていたのか、どんな思いで自分に接していたのかが見えてきて、心が繋がっていきます。

 でも、見える、知るというのは良いことばかりではない。残酷な現実がそこには隠れていました。

 けれど、見えたものを乗り越えることで得られるものもある。痛いけど。でも頑張れ。強くなれー。

 

 そんなわけで、ルークの地獄への降下は、まだまだ加速が続くのでありました。



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