猫の論理


「そのぐらいのことも分からねぇのか、この屑が! レプリカってのは、つくづく劣化してるものらしいな」

「そんな言い方しなくたっていいだろ!」

 言い争いの声が響いている。

 たまたま立ち寄った街で、たまたま顔を合わせた。同じ顔、同じ目と髪の色、同じ背格好の二人の青年。一人が眉間にしわを寄せて傲慢な口をきき、もう一人は最初は神妙、けれど次第に煽られて噛み付いていく。

「お前、そんなに怒ってばっかだと、そのうちハゲるぞ!」

「なっ……!? ならばお前も同じだろうが、レプリカ! ハッ。劣化してる分、お前はつるっぱげだな!」

「んなっ、なんだとぉ!?」

 言い争いはより不毛な方向へ発展していた。ハゲの話題だからというだけでなく。

「相変わらずね……」

「まあ、あれが彼らのコミュニケーション法なんでしょうね」

 溜息と共に呟きを落としたティアの隣で、ジェイドが柔和に笑った。仲間たちは二人の青年を遠巻きにして眺めている。

「でもぉ、正直うっとーしいかも。いい加減仲良くすればいいのに」

 アニスが肩をすくめると、ナタリアが「そうですわね」と頷いた。

「色々と難しいのでしょうが……。二人ともキムラスカの王族であることに変わりはありませんもの。互いに手を取り合えたら、この上なく素晴らしいことだと思いますわ」

「ま、確かに無駄に争う必要はないわな。……だが、向こうが突っかかってくるんだから仕方がない」

 ヒートアップしていく赤毛二人を見やりながら、ガイがどこか皮肉な様子で言う。

「どうしてアッシュさんいつも怒ってますの? ご主人様は仲良くしたいって言ってましたの」

 仲間たちを見上げて長い耳をフリフリ振るミュウを、ジェイドが笑顔で見下ろした。

「そうですねぇ……。これはつまり、『猫の論理』というやつでしょうね」

「……猫?」

 小首を傾げて、ボソリとティアが呟く。「それってどういう意味ですかぁ、大佐」とアニスが訊ねた。

「長年一軒の家で一匹の猫を飼っていた場合、そこに新しい猫を加えようすると、元からいた猫はパニックに陥り、攻撃性が増したり、縄張りを強く主張するようになるのだそうです」

「まあ、それは……?」

 ナタリアが目を丸くして口元を押さえる脇で、ガイは無遠慮にぷっと吹き出した。

「――もういいっ、これ以上お前と話していても時間の無駄だ!!」

「あっ、待てよアッシュ!」

 その間に、赤毛の青年たちの対決には決着がついたらしかった。……例によっての決裂という形で。

 溜息と肩を落とし、暗い顔でルークが仲間たちの方へ戻ってくる。

「なんでこうなるんだろうなぁ……。俺がレプリカだから気に食わないのは分かるけど」

「ご主人様、元気出してくださいの! アッシュさんは猫だから仕方ありませんの」

 うな垂れるルークの足元でミュウが飛び跳ねながら励ました。

「は? 猫?」

「ジェイドさんが言ってましたの。ジェイドさんは、何でも知ってるですの〜」

 すごいですのーと笑顔で飛び跳ねるミュウから、ルークはジェイドに視線を巡らせた。

「ジェイド、アッシュとケンカしないで済む方法、なんか知ってんのか?」

 わらにもすがる、というのはこういう状況か。「おいルーク……」と何やら苦笑して近付こうとしたガイは、「ガ〜イ。これもルークの社会勉強だよ〜♥」と笑うアニスに阻まれ、悲鳴をあげて飛びすさった。

「うむ、そうですねぇ……」

 ジェイドが指で軽く押し上げた眼鏡が、キラリと光を反射する。




「おい……。なんだこれは」

 アッシュの声はいつにも増して低く、微妙に震えていた。――怒りによって。その証拠に、こめかみに浮かんだ血管がピクピクと痙攣している。

「なにって……プレゼント、っつーのかな。これをお前に渡してきちんと挨拶すれば仲良くなれるって、ジェイドとアニスが言うから」

 そう言いながらルークがアッシュに手渡したのは、カツブシ、マタタビ、猫缶に猫じゃらしなどの、まあいわゆるベタな猫好みアイテムの数々だ。

「えっと、きちんとした挨拶ってのが俺にはよく分かんねぇんだけど……。とにかく、これからヨロシクオネガイシマス、アッシュ」

 照れながらも真面目にルークは頭を下げ、「あっそうだ、これを忘れてた」と、カポンとアッシュの頭に何かをはめた。……猫の耳の形の飾りのついた、カチューシャを。猫アイテムを買いだしに行った時にたまたま店で発見し、アニスが大はしゃぎで「これは絶対必要だよ!」と主張した逸品だ。

「……ぐっ。ごのくずぐるわぁあああぁあああああっ!!!

「うわぁああっ!? 何叫んでんだか分かんねぇよアッシュ、っていうか、街中で抜刀すんなぁ!!」




 その日の二人の対面は、今までにない惨憺たる結果を生んだ。(後で街の皆さんに頭を下げて回った。)

 アッシュとルーク、二人の間の溝は魔界クリフォトのように深まり、ルークは「たとえ仲間の言ったことでも、自分の頭で考えずに盲目的に従ってはならない」と、ティアとガイからきつ〜く叱られたのだった。






終わり

06/03/30すわさき


*あらゆる面でベタ(苦笑)。
 アッシュとルークは、下手にベタベタと仲が良かったりするよりも、適度に反発しあってる方が兄弟っぽくて好きです。

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