*捏造設定につき、ED後でルークは外見が子供になっています。詳しくは『偽りの預言』参照。
「子供!?」
そう叫ぶと、ルークは大きな目を瞬いた。
「ええ、そうですわ。あと七ヶ月もすれば生まれてきますわね」
穏やかに目を伏せて、ナタリアは自分の下腹の辺りを撫でてみせる。
午後の柔らかな日差しが、ファブレ邸の中庭に落ちていた。そこに面したルークの私室のテラスに置かれたテーブルセットに、彼らはついている。
従姉であり、義姉ともなった彼女が訪ねて来るのは久しぶりだ。その隣で苦虫を噛み潰している、彼女の夫となった半身――今は『兄』ということになっている――も同様である。
自分の客を迎えてはしゃいだルークが二人をテーブルにつかせ、控えるメイドに指示を出そうと「紅茶がいいか、それともコーヒーか」と訊ねた時、ナタリアが「ミルクを」と頼んだことから、この話は始まった。今までになかったリクエストにキョトンとしたルークに、ナタリアは微笑んで言ったのだ。
「今、紅茶やコーヒーの類は控えるようにお医者に言われているのですわ。――子供のために」と。
「そ、そっか……そうだよな、二人は結婚したんだし、夫婦になったら子供ができるモンなんだよな」
子供時代を共に過ごしたナタリアが子供を産む。自分は子供時代をもう一度やり直しているわけだが、その間に彼女はすっかり大人になってしまったのだ。そう思うと、寂しいような、少し悲しいような気もしたが、一方ではワクワクするような喜びが膨れ上がってきていた。
「じゃあ俺は、えっと、叔父ってことになるのか? 俺が叔父上かぁ。なんかすげぇー!」
「何が叔父上かすげぇー、だ、このバカ」
むっつりとした声音でアッシュが言った。
「言っておくが、生まれてくるのは『ナタリアと俺』の子供なんだからな」
「はぁ? お前こそ何言ってんだよ。当たり前じゃん」
ルークが困惑すると、ナタリアが「気にしないで、ルーク」と笑った。
「アッシュは、嬉しくてたまらないのですわ。
「ナ、ナタリア!」
アッシュは何か言い掛けたが、妻にジロリと睨まれ、「アッシュ。あなたもそろそろ、国を負う者として相応しい言葉の使い方を学んでいただかないと困ります」と言われてぐっと詰まった。
「あ、あの、いいよナタリア、俺気にしてないし。アッシュも、今じゃ俺のこと屑とか劣化レプリカとか全然言わないしさ」
相変わらず、ルークのとりなし方は少し的が外れている。
「それより、なんか不思議だよなぁー。そのお腹の中に今、もう一つ命が入ってるなんて」
「不思議でも何でもありませんわ。人は皆、このようにして生まれてまいりますのよ」
微笑みと共に出されたナタリアの言葉に、ルークはふと笑みを曇らせた。
「……俺は違うけど」
言ってからハッとして「あ、いや、ごめん、変なこと言って」と慌ててしまう。
「いいえ、何も違いませんわ」
だが、ナタリアの声は落ち着いていた。「え?」とルークは彼女を見返す。その表情は変わらず柔和だ。――誰かに似てるな、という思いが掠めた。
「同じです。アッシュは叔母様のお腹から産まれ、そのアッシュからあなたは生まれた。あなたの命も、叔父様や叔母様から繋がっているのですから」
「ナタリア……」
じんわりとした痺れを胸の奥に感じて、ルークは彼女の名前を呼んだ。
「……うん」
そうか、この感じ。……母上に似てるんだ。
そう気付いて、不可思議な気がした。
子供が出来れば、自動的にこんな風になっていくものなんだろうか?
……いや、違うよな。ナタリアが自分の意思で、『お母さん』になろうとしてるからなんだ。
子供のためにミルクを選んだ彼女の姿を思い出して、ルークはそう思う。
「だけど、その言い回しだとちょっと微妙だよなー。何か俺、アッシュの腹から生まれたみてぇ」
笑ってふざけてやると、「……気色の悪いことを言うなっ」と、アッシュが本気で嫌そうに眉根にしわを寄せた。
ルークはテーブルにひじをつき、少し身を乗り出すようにして、向かいに座ったナタリアの下腹の方に目を向ける。
「早く産まれてこいよ。――ここは、すっげぇいい所だからさ」
微かな風が庭を渡って、応えるように花壇の花々を揺らした。
終わり
06/03/14 すわさき
*レス板からの再録。
『偽りの預言』の流れで、ルークが見た目11〜12歳くらいの時の話。