「あの街は、俺がホドから逃げ出して、最初に匿われていた街なんだ。救ってやりたいよ」
そう吐露すると、ルークは真っ直ぐにガイを見返してきた。
「……うん。助けよう。絶対に!」
「はは。――頑張ろうぜ」
思わず苦笑してしまったのは、その掠れた、けれどひどく真剣なルークの声に、少なからず揺るがされるものを感じたからだ。――いたたまれない、というのか。
「一時は心底の殺意すら抱いた仇の息子……。それを命かけて守り、共に旅を続けることを望むとは、ね」
ティアたちの方に戻って行ったルークの背を見送っていると、いつの間に側に来たのか、ジェイドが例の考えの読めない顔で笑っていた。
「笑っても構わないぜ。だがこれが、今の俺の正直な気持ちなんだ」
「笑いませんよ。ただ、随分と騎士道的……ある意味《プラトニック》だと思いましてね」
私には到底無理な芸当です、などと苦笑している。
「そんな上等なもんじゃないさ」
ガイは静かに笑みを浮かべた。
「俺があいつを親友だと――守るべき存在だと思ってるのは嘘じゃない。だが、殺したいと思ったのも本当なんだ。
正直、このバランスは不安定で、まだ整理なんてついてないのかもしれない。だからこの旅を共にしても、もしかしたらあいつをもっと傷つける結果に終わるのかもな。
……それが分かっていて、それでもこうしてるんだから、俺もつくづく利己的で醜い男だよ」
「そういう意味だけで言ったのではないのですが」
「え?」
意味ありげに言われて、ガイは目を瞬かせた。
「言葉には幾つもの意味がある。……例えば、《プラトニック》とは《非実践的な》という意味でもあるんですよ」
「……《現実に行える筈のないこと》、か。……そうかもな」
殺したいのに守りたい。そんな相反する気持ちを抱えたまま、それでも側にいたい、だなんて。
なんてムシがよく、そして危険な願いなのだろうか。
ルークはガイを信じる、信じてくれと言ったが、正直、彼がどうしてそう言ったのか、信じ切れない部分もあった。長年側で笑っていた奴に裏切られていたのだ。平気なはずがない。だがあいつは純粋で優しい奴だから、それでも俺を信じてくれようとしているのだろう。
その優しさに、自分は甘えただけだ。そうすれば、恐らく彼の負担になるだろうことは分かっているのに、それからは目をそらして。
自嘲の笑みを浮かべたガイをジェイドは見つめていたが、困ったようにフッと笑って視線を流し、軽く眼鏡の位置を直す。
「軍が整備されて後の時代、中央では廃れましたが、かつて騎士たちは主君に忠誠を、女性には奉仕することを誇りにしたと言います。それは無私で行われるものでなければならず、見返りを求めるものではなかった。プラトニック・ラブ――《精神的な愛》ですね」
「見返りなんて、必ずしも必要なものじゃないさ。……やっと。そう、やっとそう思えるようになったんだ」
十四年間の奉仕という形の雌伏。かつては、復讐の完遂こそが見返りだった。焦がれるように求めた続けたというのに、今は何も。
(何も……?)
「《無私の愛》というものが真に成立し得るかという話は別にして、面白い話を聞いたことがありますよ」
不意にジェイドが口を開く。「え?」と顔を向けたガイに、ほがらかな、だからこそ人の悪い笑みを見せた。
「《プラトニック》という言葉は古代イスパニアの哲学者の名に因んだものです。彼は、外見や肉体、そこに生じる肉欲に囚われない、精神的な結びつきこそが至高だと説いた。……ところで、彼は男色家だったのだそうです」
「……はぁ?」
「肉欲を排除した親交が《プラトニック・ラブ》なら、それは《抑圧的な愛》と言い換えることもできるのかもしれませんね」
思わず口をぽかんと開けたガイを面白そうに見やると、ジェイドは歩を速めて、先を行く仲間たちに紛れてしまった。
その背をしばし見送って、やがてガイは苦笑を浮かべる。
「抑圧された愛……か」
言いえて妙だ。復讐と慈しみ、そのどちらともつかぬ、どちらでもある醜い感情は、確かに律し、抑えておくべきものなのだから。
それが、七年間彼にのしかかっていた重石だった。大半が暴露された今、それは大分軽くなってはいたが、未だ消えてなくなったわけではない。
苦しみを伴うそれを、しかしまだ捨てることは出来ないでいる。みっともなく、無様なばかりの自分。
だが――きっと、こうした重石を抱えているのは自分だけではないのだろう。そうガイは思う。この世界に存在する誰もが、多かれ少なかれ、何かを己の内に抑え込んで生きている。
先を行くルークが、時折チラチラと視線をよこしていた。その瞳の中に抑え込まれた不安を見て取って、ガイは笑みを明るくしてやると(それでもやはり苦い色を刷いてはいたが)、仲間たちの方へ向かって歩いていった。
06/03/24 すわさき
終わり
*レス板からの再録。一時期サイトから下げていましたが、一部修正して09/10/27に再アップ。
噛み合わないのは、互いが互いを崇拝しているから。
でも結果オーライならそれでいいのだろうと個人的には思います。