*捏造設定につき、ED後でルークは外見が子供になっています。詳しくは『偽りの預言』参照。

帰還


「うわ……、ホントに俺の墓だよ」

 ファブレ家の墓地に建てられた己の墓碑を目の当たりにして、ルークの発した第一声はこれだった。

 目を丸くしてしげしげと見つめている様子に、周囲の仲間たちは苦笑する。

「俺ってマジに死んでたんだなー」

「そうだよ。全く、ここで私たちがどのくらい泣いたと思ってるのかなぁ」

 覗きこんでアニスが言うと、「う。ごめん……」と少年は眉尻を下げた。

 ファブレ家の息子たちが崩壊するエルドラントに消えた時、最初の二年は墓碑はなかった。二年目に二つの墓が並び、一つはすぐに撤去されて。

 もう一つの墓碑は、それから三年、ずっとここに佇んでいた。

「父上たちは、この墓もすぐに撤去すると言っている」

 むっつりとした声色でアッシュが言い、その傍らでナタリアも口を開いた。

「そうですわね。墓は死者を偲ぶための物。生きている者には必要がありませんわ」

「ええ。ルークは今、ここにいるんですもの」

 ティアが柔らかに微笑んだ。

「うん……」

 小さくルークは頷いて、けれどもこう言った。

「でもさ、俺、このままでもいいよ」

「おや。またどうしてですか、ルーク」

 例によっての笑顔で訊ねてくるジェイドを見上げて、答える。

「だってホラ、昔の王様なんかも死ぬ前に自分の墓作ってたとか言うじゃん。生きてるうちから墓があったって別にいいだろ。それに……」

 ルークは墓碑に視線を戻し、ふと笑みを浮かべた。

 そろそろ夕闇の中に沈みかけたその墓碑の辺りは美しく整えられている。周囲にはセレニアの白い花が咲き乱れていた。最初は、ティアが魔界クリフォトの庭から持って来た一株。それをペールが植え、ファブレ公爵の指示のもと手入れされて、今ではこんなにえた。

「俺はレプリカで、死んだらその場で跡形もなく消えちまう。だけど……こうして、俺が生きてたってことが、ちゃんと形になって残されてたんだなって……」

 エルドラントで地核に降り、五年後に第二エルドラントで目覚めるまでの明確な記憶はルークにはない。だが、その間、この墓の下に眠っていたのだとしたら、それはそれで幸せだった気がした。

 墓そのものが大事なわけではないのだ。人々が自分のためにそれを建て、名を刻み、花を植えて。……忘れないでいてくれた。そのことが、素直に嬉しいと思える。

「……ま、いいんじゃないですか。ルークが好きなようにすればいいと思いますよ」

 ジェイドが軽く息をついて笑った。公爵が納得するかどうかは別ですが、と続けて。

「人は誰でも、最後には必ず死にます。遅かれ早かれ、結局墓は必要なわけですから」

「うわ。中将、その言い方ってちょっと身も蓋もないです」

「事実ですよ、アニス」

 ジェイドは微笑んで、「ですが、この墓は今後出来る限り長く未使用のままにしておいてもらいたいですね」と続けた。

「もう、あんな思いをするのはごめんですから」

「ジェイド……」

 神妙に見上げたルークの視線の先で、ジェイドは実に彼らしい顔で笑った。

「あなたが消えていた間のガイの腑抜けっぷりときたら、見ていて大変苛々しいものでしたよ。表面上は明るいんですから手に負えない」

「だ、旦那っ!?」

 ガイが慌てた声を出したが朗らかにスルーする。

「ピオニー陛下は『おいジェイド、ガイラルディアを何とかしろ』と何故か私に命じますし、それはもう多大な迷惑をこうむりましたとも」

「そ、そうだったのか……?」

「ええ。アッシュなど、八つ当たりを受けて、はたから見ていても気の毒でした」

「ジェイド〜!」

 なんとかその言葉を止めようと苦笑を装いながら叫ぶガイを他所に、アッシュはむっつりと「……俺は別に気にしていないっ」と言葉を落とす。それは逆効果だろ、っていうかワザとか、と思わずアッシュを睨みそうになったガイに向かって、「あ。えーと、その……ガイ」と、ルークが声を出した。

「……ごめん、な」

「……」

 ガイは僅かに目を見開いた。

 彼がこの墓を訪れたのは、実を言えばこれで二度目だ。以前、たった一度この前に立った時、ただ一人生還したアッシュに、同じ言葉を掛けられたことがある。

 ガイの顔に苦笑が浮かんだ。

 いつだって俺はそうだった。そうガイは自嘲する。何かを憎むことでしか、自分の痛みを支えきれなかった。忘れること、思い切ることが出来ない。そして、それを他者のせいにしていた。――なんて矮小なんだろう。

「お前のせいじゃないよ、ルーク。……ただ、俺が卑怯だっただけだ」

「な、何言ってるんだよガイ。お前は卑怯なんかじゃねぇだろ」

「いや、卑怯だよ。自分が弱いってことを認められなかったんだからな」

「ガイ……!」

 それ以上言うなよ、と非難がましい声になったルークの肩に、ティアがそっと手を置いた。そして口を開く。

「でもガイ、私はあなたに感謝しているのよ」

「ティア……?」

 不思議そうな顔になったガイに、ティアは笑顔を向けた。

「私は、忘れることで楽になろうとしていたのかもしれない……。でもあなたが決して忘れなかったから。だから、私も信じることが出来たの」

 ルークが、戻ってくるということ。

「そうですわね……」

 微笑んでナタリアが頷く。

「未練男の執念だよね〜」

 アニスがおどけて笑った。

「フン……」

 微かに口元を緩ませて、アッシュが鼻を鳴らしている。

 そして、仲間たち全員がそれを信じたからこそ、奇跡は起こった。

「……」

 仲間たちの顔を見ながら、ルークは考える。

 それを目前にしたあの頃は、死ぬことが怖かった。どんなものなのか、苦しいのか、痛いのか。何もかもが分からなかったから。ただ、今自分が手にしている全てを失うことだけは確かで、それがむやみに悲しかった。

 ――では、今はどうなんだろう?

 死から戻った今でも、死ぬことは恐ろしい。一度経験したのだから恐れない、などとは到底思えない。それは多分、痛みや苦しみや喪失の無念とは別のところでも。

 自分の墓を見た時、嬉しかった。

 死とは、存在の消失だ。命が失われた、その瞬間が確かに『死』なのだけれど。

(……多分、世界から忘れ去られた時が……本当に死ぬ時、なんだよな)

 死者は無力だ。その存在を保つのは、ただ、生者の想いでしかない。

「……日も落ちました。そろそろ戻りましょうか」

 ジェイドが言った。

「フローリアンとミュウが相手をしてくれていますから大丈夫だとは思いますが、あまり心配をかけると、公爵夫人がまた倒れてしまわれるかもしれません」

「そうですねぇ。それに、そろそろ晩御飯の時間ですぅ♥」

 おどけた調子のジェイドとアニスの声に従って、一行は帰路を辿り始める。

 白い墓碑は、薄闇の中に沈んでいた。周囲のセレニアの花が青白く浮き立って、それを囲んでいる。

「行きましょう、ルーク」

「ああ」

 微笑むティアに、ルークは頷いた。その脇を通ったガイと視線が合うと、彼も笑う。

(戻ってこれて、よかった)

 泣きたいほどに嬉しい気がして、ルークは胸のうちでそう独りごちた。






終わり

06/03/28 すわさき


*レス板からの再録。
偽りの預言』の流れで、ルーク帰還直後の話。

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