親友


「二人ってさぁ、ホーント、仲いいよねぇ」

 そう言ったのはアニスだった。タルタロスを沈めて地核の震動を止めて後、外殻降下作業を進めるためにメジオラ高原のパッセージリングに向かう道中、野営の準備を始めていた時のことだ。

「仲がいいって……俺たちのことか?」

 簡易のかまどを作ろうとしていたルークが、石を持ったまま振り返る。その隣に立っていたガイも、その青い目をアニスに向けて、不思議そうにしばたたかせた。

「そうだよぅ。なんか、気がついたらいっつも一緒だしー。しょっちゅう頭付き合わせてベタベタしてるもんねぇ」

「ベタベタって……。その言い方は微妙だな……」

 ガイが力なく苦笑した。ルークは、むっと眉根を寄せている。

「別におかしくなんかねぇだろ。俺とガイは親友なんだから」

「えーー。親友って言うか、ちょっと行き過ぎ? もしかしてアヤシー関係かも。って言うかぁ」

「おいおい、アニス……」

 更に苦笑の度を深めるガイ。周囲では、他の仲間たちがそれぞれの作業をこなしながら、何をおかしなことを言っているのか、という視線をアニスたちに送っている。

 しかし、アニスはそんな空気も知らぬ気だ。長く続く旅生活で、何か鬱屈したものがあるのかもしれない。気晴らしに始めたからかいを止める気はないようだ。

「大体、ガイってルークに構いすぎなんだよね。今はもう主従関係ってわけでもないのに。ってコトは、やっぱアレ?」

 アニスは声を低めて、なにやら一人芝居を始める。

「『ルーク……俺は、お前が好きだ。愛してる』『俺もだよ、ガイ。俺にはお前が必要なんだ』……なーんて! いいねぇ、いいねぇ。若い二人の愛の暴走! ラブラブ? イチャイチャ? 試練続きの運命の恋?」

「おーい、アニス!」

 苦笑のままではあるが、流石にガイが声を大にした時だった。

「まあ……そうかも」

 と、ルークが言ったのは。

「ル……ルークっ!?」

「えええーーっ。マジ? マジですか!?」

 自分で言い出しておきながら、アニスは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。が、ガイはもっとすごかった。目を見開き、顎がカクンと落ちている。

「なんだよー、そんなに驚くことねーだろ」

 ルークは僅かに頬を染めて口を尖らせた。

「だってさ。ガイがいなかったら、俺、生きてられなかったかもしれねぇ」

「はぅあーっ。なにそれ、熱烈ぅーっ! 二人はホントにおホモだちぃ!?」

 アニスは勝手なことを言って騒いでいたが、ガイは硬い表情を取り戻し、眉根を寄せていた。

「ルーク。お前、まだ何か卑屈なことを……」

「屋敷に軟禁されてた頃さ」

「え?」

 予想とは違う。続いたルークの言葉に、ガイは目を瞬かせた。

「あの頃、俺はホントに何も知らなくて。知ってる世界は屋敷の中だけだったけど。……それでもやっぱ、閉じ込められてるのは辛かった。毎日が平和で穏やかで、でも退屈で……。なんっつーのかなぁ、こう……爆発しそうーっつーか、逆に、何もかもどうでもいいーっつーか」

「ルーク……」

「お前がいてくれなかったら……俺、ホントにどうにかなってたかもしれない」

 ルークはガイを見上げた。碧の瞳は澄んで、まっすぐに見つめてくる。少し照れ臭そうに笑った。

 ああ……そうだったな、とガイは思う。誘拐されたルークが屋敷に戻ってきて――正確には、生まれたばかりのルークが屋敷にやってきて。最初の三、四年は、与えられるものを吸収し、己の感情を発散することにただ夢中な子供だった。無心で、無邪気だったと言っていい。だがここ数年は――確かに、冷めた、無気力な目をすることが多くなっていた気がする。「うぜぇ、たりぃー」が口癖になり、それまでしつけられていた公爵子息に相応しいものではなく、ガイの口調を適度に真似た、崩れた言葉遣いを好むようになった。他人を不快にする言葉をあえて選んでいたようにも思える。

 それがよくない兆候だとは屋敷の誰もが分かっていたが、誰にもどうにもできなかった。彼の軟禁は国王の命令だったのだから。

(だが俺は……それを哀れむ一方で、喜んでいたのかもしれない。こいつが、緩やかに壊れていく様を……)

 ファブレ公爵に復讐し、彼の家族までもを不幸に落とすことを夢見ていた、この俺は。

「ガイ?」

 呼びかけられて、ガイはハッと思いから浮上する。相変わらず碧の瞳は彼を見つめていて、後ろめたい気持ちに襲われた。僅かに視線をそらす。――と、ルークの声が続いた。

「いいんだよ」

「……え?」

「いいんだ。それでも俺は、ガイがいてくれて……親友になってくれて、本当に嬉しかったんだから」

「……ルーク」

「俺にはお前が必要だったんだ。ありがとな、ガイ」

 ルークは笑う。あの頃とは違う、曇りのない笑顔で。……一瞬、引き込まれる。

「おーおー。見詰め合っちゃって。熱々ですねぇー。犬も食わないって言うか、もう勝手にやってくださいって感じぃ?」

 が。アニスの野次が場を現実に引き戻した。

「なっ……。い、いー加減にしろよ、アニス。俺はな、確かに女性は苦手だが、女が好きなんだっ!!」

「はぁ? いきなり何 力説してんだよ、ガイ」

 咄嗟に、力いっぱい言うと、ルークが「そんなの知ってるよ」と困惑顔で言った。仲間たちの注目の中、動揺しているのは自分だけだ。猛烈に気まずい。恥ずかしい。

「ううっ……。そ、そうだ。俺は水を汲んでこなきゃならなかったんだよな。ひとっ走り行って来る。じゃ!」

 一息にそう言うと、ガイはそのまま脱兎のごとく駆けて行ってしまった。

「あ、ガイ!? ……おーい。バケツも持たねぇで、どうやって水汲んでくるつもりなんだ? ったく、しょーがねぇなぁ」

「ルークにしょうがない、なんて言われちゃ、ガイも形無しだよねー」

 アニスが笑う。少しからかいすぎたかなー、などと付け足して。「どーいう意味だよ」とルークは少しむくれた。

「でも……ルークとガイは、本当に仲がいいですよね」

 ミュウと一緒に袋から食材を出して並べていたイオンが、微笑みながら口を開く。

「そりゃ、な。付き合いもなげーし」

「お二人は親友ですものね。……僕にはそういう人はいませんから、少し羨ましいです」

 僅かに目を伏せたイオンを見て、ルークは目を瞬かせる。

「何言ってんだよ、イオン。確かに俺とガイは親友だけど、お前とだって親友だぜ?」

「え……?」

 イオンは目線を上げた。ぽかんとした表情は、いつも微笑むばかりの彼には珍しい。

「親友……ですか? 僕とルーク……が?」

「そうだよ。……あ、ごめん。もしかして嫌だったか?」

「いえ……いえ、そんなこと。そうですね、僕とルークは親友、なんですね」

「ああ」

 ルークが頷くと、イオンは笑った。いつもの微笑とは異なるくっきりした笑顔を見て、アニスは目を丸くしている。

「ルーク! いつまでお喋りしているの。早くかまどを作ってくれないと、イオン様たちが食材を用意してくださっても、料理が作れないわよ」

 ティアの声がかかった。

「っと……。いけね、そうだったな。じゃ、ちゃっちゃとやっちまうか」

 ルークは作りかけのかまどに意識を集中させる。

 日は既に岩山の向こうに去っている。橙色とすみれ色に沈み始めた空には、星が瞬いていた。






終わり

 

06/01/29 すわさき

*…時期と場所を設定するのに一番迷いましたです。ルーク断髪後でガイの秘密が明かされてて、仲間たちと仲がよく、ルークに差し迫った心労がない。で、イオンがいる。更に、乗り物から降りて野営をする必要がある。こういう状況が成立するのは、長いゲーム本編ストーリーの中のいつ、どこになるのか?
 それでここに設定してみましたが。矛盾してないことを祈ります。




おまけ

「ところでさー。『おホモだち』って何なんだ?」

 かまども出来て、スープも煮えて。みんなで火を車座に囲んで食べていた穏やかな時間、ルークが投下したのはそんな爆弾だった。

「さっきアニスが言ってただろ。俺とガイが『おホモだち』だって。それってどういう意味なんだ?」

「ル……ルーク!?」

 こいつは一体何を言い出すのか。ガイが言葉を詰まらせている。

 念のために言っておくと、ルークにも通常の性知識は人並みにあった。十四歳になったとき、屋敷に医師をはじめとする専門家たちを呼んでちゃんと講義させたのだ。それに、ナタリアが持ってくる少女向きの小説も(宿題と称して、強引に)読まされていたから、男女の間に恋愛というものが存在することも知っていたし、ガイとそれなりの猥談をしたこともあるし。屋敷に勤めるメイドたちや白光騎士団の会話に混ざってみたこともある。……が。流石に同性愛の知識までは、この真白いお坊ちゃまに伝えた猛者はいなかったらしい。特に日常生活に必要なものでもないし。

「なぁアニス、教えろよ」

「えっ……えーとぉ、それは……」

 アニスは返答に窮していた。別に、そんなに大したことではない。サラッと説明してもよいのだが、何故だろう、妙に恥ずかしい。

 だってみんなが注目してるし、それにルークが。なによその目は! キラキラして真面目でまっすぐで。そんな目で見られて、どーしてホモの説明なんか出来るかっつーの! アニスちゃんはこれでも花の十三歳、思春期真っ盛りな乙女なんだからねーっ!!

「って、ルークの教育係はガイじゃん! ガイが教えなよ!」

 アニスは逃げた。ルークの純真な目から。話を振られたガイはうろたえる。必要以上に。さっきの気まずさが尾を引いているのかもしれない。結局、しおしおとバケツを取りに戻ってこなければならなかったし。

「あ、あのなルーク。ホモって言うのは……あー。つまり、男性同士が……」

「うん」

 こころもち身を乗り出し、ルークは真面目に相槌を打つ。知らぬ知識を吸収しようと、その目は実に真剣だ。

「……すごく仲がよいこと、っつーか……」

 負けた。その純真な目に負けた。間違ってはいないかもしれないが、わりと説明をぼやかしてしまう。案の定、ルークは「男同士が仲がいい? じゃあ、俺とガイはホモなんだな」と、朗らかに納得してくださった。

「っだーー!! 違う! 俺たちはホモじゃない!! そうじゃなくて!!」

 否定を叫ぶと、ルークの顔がへにゃ、と歪んだ。

「俺と仲がいいの、ガイは嫌だったのか……」

「うぁっ。いや、待てルーク。違うんだ。俺はお前が好きだ。大好きだぞ! だが、女も好きなんだ!」

 動揺のあまり、なんだかワケが分からなくなってきているガイである。

「やれやれ、騒がしいですねぇ……」

 溜息をつき、ジェイドが己の額に手を当てた。

「ガイは頼りにならないようですし、仕方ありません。ここは、私がルークに教えてあげましょう」

 ホモの意味を! と、何のてらいもなく言ってのける男性軍人三十五歳。いやまあ、もしかしたらこれが普通の反応なのかもしれないが。

「本当か、ジェイド」

「ええ。いいですかルーク、ホモとはホモセクシュアルの略で、特に男性同士の……」

「わーっ、わーっ、やめろ!!」

 スラスラと紡がれるジェイドの説明を、何故かガイが大声で遮っていた。

「なんですか、ガイ。うるさいですよ」

「いいんだよ説明しなくて。もう、こいつはそんなこと知らなくていい!」

 動揺が頂点に達し、いっそこの話自体をなかったことにしたくなったらしい。

「そんなこと知らなくったって死ぬわけじゃないし、世界の存亡にも関わらない。いいんだ、ルークはそんなこと知らなくても!」

 ……と、ガイが主張したところで、ルークが納得するはずもないのだが。

「なんだよそれ。どうして俺に隠すんだ。……俺は何にも知らなかったから、少しでも沢山のことを知らなきゃならないのに……」

「そうですねぇ。俗なものでも知識は知識。知ることは必要でしょう」

「う……まあ……それはそうかもしれないが」

 口ごもるガイを横目に、ジェイドはルークを手招きした。

「ちょっと来なさい、ルーク。ガイの前で説明するとうるさいようですから、こっちで二人っきりで教えてあげましょう」

 ルークは素直に頷いて、食べかけのスープの皿を置き、席を立ったジェイドの方へ歩いていった。火は席の方にあるわけで、そこを離れるというのは、まあ、暗がりへ行くという形になる。

「うわわぁーーっ、だっ、駄目だーーーーっ!!」

 ガイは二人の間に割り込んだ。

「なんですか。邪魔をしないでくださいよ、ガイ。折角この私が、手取り足取り懇切丁寧に教える気になっているというのに」

「あんたの言い回しは不必要に妖しいんだよ! 駄目だ! 二人っきりになるな!!」

 なにやら揉め始めた二人を見て、ルークは頬を膨らませた。

「なんだよー、教えてくれないのかよ。いいよ、なら、他の奴に訊くから!」

 ルークは、みんなの方に振り返る。

「ティア! 教えてくれよ、ホモって何なんだ?」

「えっ……。わ、私!?」

 スープ皿を持った手をピクンと震わせて、ティアは何故か赤面した。

「え、その……ルーク、それはね……恋愛は自由というか、世間では色々言うけれど、価値観は多様っていう……」

「なんだよそれ」

「えっと……あーん、もう、言えないわっ。そうだ、ナタリアに訊いて!」

「えっ、わたくしですの!?」

 突然話を振られたナタリアは、やはり頬を赤らめてうろたえる。

「そ、そんな……。そんなこと、わたくしの口からは言えません。淑女のたしなみに反しますもの!」

 いや別に、そこまでのことではないはずなのだが。

 ルークの極度の純真さや、ガイのタガの外れた慌てっぷりが、場の雰囲気を曲げていた。なんだかとっても恥ずかしい。身もだえするほど恥ずかしすぎる!

「な、なんだよ……。ホモって、そこまでヤバいことなのか? ……なあ、イオン」

「さあ……。僕もそんなに知識があるわけではありませんから。でも、そんなに恐ろしいことではなかったと思いますよ」

 イオンは淡々としている。どんな時にも『導師イオン』に相応しい振る舞いは崩さない。悲しいかな、それが彼の習い性である。

「ご主人様! ボクもホモって何だか知りませんの! ボクも知りたいですの」

 突然、ミュウが叫んだ。長い耳をフリフリ振って見上げている。

 ルークはなにやらムッとした。まぁつまり、自分を見ているような気がして腹が立っているのだが、本人は全くそれには気付いていない。

「うっせー! 黙れブタザル。いきなり大声出すんじゃねーよ!」

「みゅうう……。でも、知らないことを知るのはよいことですの。みなさんが教えてくれないのなら、他の人に聞いたり本を調べるのもいいと思いますの」

 ルークは、ミュウをグリグリしていた手を止めた。

「あ、そうか……。そうだよな! みんなに頼ってばかりじゃなくて、知らないことは俺自身で調べないと!」

 いや全くそれはそうなんだけどね、とその場にいたミュウ以外の仲間は思った。とりあえず口には出さずに。

「ダアトの教会には、本が沢山ありましたの。きっとホモのことも書いてありますの!」

 それはどうだろう……とアニスは思う。ローレライ教団本部の図書館は、一応教団の教義と歴史の資料が中心であるはずで。といって、調べたことがあるわけではないので、もしかしたらあるのかもしれないが、ホモの本。それもなんか嫌だなぁ。

「ユリアシティにも沢山本があったよな。……テオドーロ市長に訊くのもいいかもしれない」

 それはやめて。ティアは思う。かなり真剣に。

「よーし。見てろよ、街に戻ったら、ホモについて絶対調べてやるからな!」「頑張るですの!」

 目を輝かせて拳を握り、高らかに宣言するお子様二人組であった。



 その後、様々な街で、出会うめぼしい人ごとに「ホモって何ですか?」と訊ねて回る赤毛の少年と青いチーグルの姿が見られたということだが、何故か人々は答えに窮し、少年の疑問はなかなか解消されなかったという。






おまけの終わり

 

*おそまつさまでした。…おまけの方が本文より長いって何なんだ(苦笑)。
 アッシュも出したかったんですが、どう考えても登場が不自然になるのでやめました。妄想で補完お願いします。(笑) いや、きっとルークはアッシュにも訊いたよ。

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