「ユリアよ……。今、あなたの願いを叶えよう!」
そう宣して、ヴァンは両手で掲げた音叉型の剣の刃を自らの腹部に突き立てた。輝く猛風が湧きおこり、渦を巻いて周囲を呑み込む。再生途中の白い神殿も、辺りに散らばっていた六人の男女の遺骸をも。
「ぐ……」
突き刺さった刀身が、鍵穴に差しこんだ鍵のようにガチリと回転する。解放ではない。より強固な封印。封じたまま、器ごと消滅させる。
衝撃はあったが、痛みは感じなかった。もはや、人としての肉体は残っていなかったということかもしれない。もとより、一度崩壊しかけたものを無理に繋ぎとめていたのだ。ここで先程まで行われていた最後の戦いが、あらゆる意味で限界だったのだろう。
終わる。これで全てが。
長かった。十六年だ。ホドの崩落、ユリアの子孫としての責務。その全てから……。
(解放、される……)
やがて各地に仕掛けたフォミクリー機器が起動し、新たな大地と人類を生み出す筈だ。そして厭わしき旧世界は消滅する。新たな世界の
分解されていきながら、腹の中で光が暴れていた。
「暴れるな、ローレライ……。お前の完全同位体は二人とも死んだ。全ては決したのだ。大人しく、私と共に消え去るがいい」
二千年前、ローレライは一人の少女に星の記憶を伝えた。少女はその記憶を元に世界を救い、後の世をも救うことを願って、膨大な
多くの命を見殺しにし罪に手を染めても、それを恐れようとすらしない。自身に責任はない、定められていたことなのだからと。
『きみがホドを崩落させたことも、予め第六譜石の預言に』
『栄光を掴む者』
『だから気に病む必要はない』
『全ては、ユリアの御心なのだよ』
ユリアの御心?
ユリアが望んでいたというのか。この滅亡を。
(そんなはずはない。私は…………僕たちは、それを誰よりも知っていた!)
フェンデとガルディオスが守り抜いてきたもの。信じてきた美しい世界。
ユリアが愛したそれは、しかし預言で髄まで腐りきっていた。それが、地の底に墜ちたヴァンが思い知った現実だ。
『全ての真実は預言にある』
(ならば)
ヴァンは腹の内に語りかける。
(預言をもたらすお前そのものを消すしかないだろう。ローレライよ)
腐り果てた今の世界もろともに。
(そして世界は再生される……。預言を知らぬ、穢れなき世界が……)
「それこそが我ら一族の……ユリアの願い、だ……!」
ローレライと共に消えていく。渦巻く光の中に、ヴァンは始祖ユリアの姿を見た気がした。
ああ。自分は一族の悲願を果たした。彼女の願いを叶えたのだ。
なのに、何故だろう。
彼女は微笑んでいるように見えない。伏せられた悲しげな面差しは、誰かにひどく似ている気がして心を騒がせた。
(母さん……? ………メシュティアリカ……)
伸ばそうとした手は、もう光に溶けている。
こうして、旧い世界と共にヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデは消えた。
終わり
08/04/21 すわさき
*08/02/16のレス板から移動。「もしも最終決戦で勝ったのがヴァンの方だったら」パターン1。