「私の初恋ってルークだったのかも」
思わずこぼした言葉が足下で破裂したみたいに、背中で長い赤毛が跳ねた。
「……はぁ?」
扉の取っ手を握っていた手をおろして、
「うっわ。すごい顔〜。まーたそんなに眉間にしわ寄せちゃって、可愛い王子様に移っちゃっても知らないよー? ナタリアが泣いちゃうから」
「移るかっ!」
怒鳴ってから、「お前がおかしなことを言うからだろうが」って低い声を落としてる。後になって少しばつが悪そうにするのは、相変わらずって感じ。
見下ろしてくる目線の高さも、初めて会った頃とそんなに変わらなかった。私もそれなりに背が伸びたし、ヒールのある靴も履くようになってるんだけど。伸びたんだよねぇーって思うと、『俺はまだ成長期なんだよ!』って怒ってた姿が懐かしく浮かんでくる。
「……なんなんだ、いきなり」
「んー。特に意味はないけど。なんとなく。アッシュに会うのも久しぶりだしさ」
「ダアトに来る公務もしばらくなかったからな」
「色々あったもんねぇ」
レプリカ騒動とか、
「あーあ。いいなァ。アニスちゃんも早く幸せになりた〜い」
「あのな……」
身をよじってそう言った私を呆れたように見やって、アッシュは軽くため息をつく。てっきり出ていくって思ったのに、こっちに向き直った。
「だったら、さっさと決めればいいだろうが。結構な話を断ったと聞いているぞ」
「う……」
逆襲だ。私は首をすくめた。
「そ、そりゃー、パトロン選びは慎重にしなくちゃでしょ。なにしろ、ローレライ教団の今後が掛かってるって言って過言じゃないんだし」
「は。選り好みしてると、行き遅れるぞ」
ム、ムカつく……。
どう言い返してやろうかと考えてたら、アッシュの声が少し柔らかくなった。
「イオンが遺したものだからな」
「え……」
「だからじゃないのか?」
「……それは、そうだけど……」
今の私は、きっとおかしな顔をしているんだと思う。むにゅむにゅする気持ちを抑えて、考えを巡らせた。
「イオン様は大事な人だよ。それはずっと変わらない。イオン様のためにも、教団を変えていきたいって思う。……でも、だから決められないのかって言われると、少し違う気がするんだよねぇ」
イオン様は不思議な人で、玉の輿に乗るのが私の夢だって知っても引かなかったし、夢が叶うといいですね、なんてニコニコ優しく笑ってくれていた。
子供だった私は、お金持ちになれれば何もかもが解決するんだと思っていて、玉の輿に乗れるなら誰でもいいなんて思ってた。手当たり次第に媚を売って、それでも子供なりに必死だった。
「ジェイド大佐はお金持ちで、ガイは伯爵さまだし、アスターさんは大商人で、ピオニー陛下はマルクト皇帝で、ルークは公爵家の御曹司」
指折り数えてみる。教団の幹部だったディストは、出会って三分で候補から外したけど。
「うーん。やっぱり、ルークが私の初恋の王子様だったのかも♥」
両手を握り合わせてそう言ってみたら、アッシュは「はぁ? なんでそうなる」と、心底怪訝そうに眉根を寄せてた。ちょっと面白い。
「だって今思うと、私が一番熱心に玉の輿狙ったのってルークだったんだもん。条件ならアッシュも同じだったけど、婚約者と張り合ってまで奪おうなんて思わなかったし」
張り合われてたまるか、ってアッシュが不機嫌そうに言ってるけど、無視。
「これって、特別ってことじゃない? なーんて」
イオン様は私の大切な人だったけれど、玉の輿を狙おうと思ったことはない。
だって、私は偽りの従者だったから。そんな資格なんて、最初からなかった。
それでも、イオン様は最期に笑ってくれた。罪人の私を、ルークは泣きやむまで撫でてくれた。
だから。本当は、私にはもう選ぶ資格なんてないんじゃないかって、怖くなった時でも。
「ルークは、お前を心配していたぞ」
「え?」
急にアッシュがそう言ったので、私は目を瞬かせた。
「記憶にある。まだ小さいのにあんなに金にがめつくて、大人になったらどうなるのか心配だ、ってな」
「ええ〜!? なにそれぇー!」
心配だったのはルークの方だっちゅーの!
そう思ったけど結構ガックリきた私の前で、アッシュは今度こそ背を向けて扉を開ける。待たせているアルビオールへ向かうんだろう。早くキムラスカへ帰りたいんだろうから。
でも、扉を閉める前にもう一度こっちを見た。いつもは厳格な碧い眼が、面白そうに緩んでいる。
「嘘だ」
「へ?」
「――『アニスは小さいのにしっかりしてて偉いよな。親思いだし、面倒見がいいし。なにより、アニスに励まされると、すっげー元気になれる』」
その声色は、まるでルークそのものみたいで。
「……あいつは、そう思っていた」
そう言い終わると、パタンと扉は閉められた。
遠ざかっていく足音を聞きながら、私はしばらく、何も言えずに突っ立っていて。
「………ぁはっ」
やっと、変な顔で笑って目尻を拭った。
終わり
09/10/27 すわさき
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