世界の始まり


 遠い昔、世界には天もなく地もなく、ただ何かが混沌として渦巻いていました。時が経つうちにそれは軽い部分と重い部分に別れ、天と地になりました。

 この天地の中心に、最初に天之御中主神アメのミナカのヌシのカミという神様が現れ、次に「ものを生み出す力」である高御産巣日神タカミムスビのカミ神産巣日神カミムスビのカミが現れました。

 この頃 大地はまだ若く、水に浮く油のように頼りなく漂っていましたが、泥海の中からすくすくと生え出る葦の芽のように宇麻志阿斯訶備比古遅神ウマシアシカビヒコジのカミが生まれ、天を永遠に支える柱として天之常立神アメのトコタチのカミが生まれました。

 以上の五柱の神様は「天と地」の仕組みそのものであって、男でも女でもなく、実体もなく、人々の前に姿を見せることはありませんでした。これらを別天神ことあまつかみ、特別の天の神様と呼びます。

 こうして天と地が生まれると、今度は男女ペアの神様が何組も現れはじめました。「泥」や泥の中に立てる「杭」や杭の上に建てる「家」の神様たちです。この神様たちは実体を持っていて、それぞれ夫婦になって次のペアの神様たちを生んでいきました。そして最後に、伊邪那岐神イザナギのカミ伊邪那美神イザナミのカミの兄妹神が生まれたのです。




 

地上で最初の結婚


 別天神は、兄妹神に「国土を作りなさい」と命じました。二神は天の浮橋の上に立って下界を見ましたが、ちゃんとした陸地がないので降りられません。そこで、別天神に授かったあめ沼矛ぬぼこを下界に挿し入れて「コオロ コオロ」とかきまぜると、落ちたしずくが固まって小さな島が一つ出来ました。この島をオノゴロ島と呼びます。

 二神はこの島に世界の中心の印であるあめ御柱みはしらを建て、自分達の家も建てました。引越しが片付いてしまうと、兄である伊邪那岐神が、興味津々で伊邪那美神に尋ねました。

「お前のカラダってどうなってんの?」

「私の体は一箇所 足りなくて穴があいてるわ」

「俺の体は一箇所 余分なモノがついてる。なぁ、俺の余ってるところをお前の足りないところに足してみたいんだけど、いいかな?」

「いいけど」

 そこで、二神は天の御柱をそれぞれ別の方向に廻って行き、出会ったところで抱きあって足りないところに足してみました。でも、それからどうすればいいのか分かりません。なにしろ地上に住んでいるのはこの若い二神だけで、誰も教えてくれる人はいなかったんですからね。

 その時、二羽のセキレイが飛んできて、二神の前で頭と尾羽をピコピコと動かしました。

「そっか、そうすればいいんだ」

 悟った二神はうまくやり遂げました。先に伊邪那美神の方が「あぁ、すてき!」と声をあげ、次に伊邪那岐神が「お前もイイぜ」と言いました。

 こうして、二神は地上で最初の夫婦になったのでした。



 

 その後、伊邪那美神は赤ちゃんを生みました。地上で生まれた最初の子供です。

 ところが、この子は手も足もない肉の塊のような水蛭子ヒルコでした。この子は葦で作った小さな船に乗せて水に流し、無かった事にしました。次に生まれたのはもっとひどく、淡島という何だかよく分からないカタマリでした。

「どうしてこんな子供ばかり生まれるんだろう。何か問題があるんだろうか」

 二神は別天神に相談しました。別天神は鹿の骨を焼いて占いをして、「コトの時、女が先に声を上げるのがイカンのだ」と言いました。一体ナニを占っているのでしょうか。

 でも、不具の子供ばかり二度も生んでしまった二神にとっては本当に「神の声」です。早速 天の御柱を廻りなおして、今度は伊邪那岐神の方から先に声を上げて結婚しました。

 神の声は絶対でした。その後、生まれる子供はどの子も玉のように健康で完全になったのです。

 それから、二神はどんどん子供を産みました。まずは八つの島を生んで日本列島を作り、建築材の神々、水利関連の神々、山の神、海の神、岩の神、土の神、木の神、風の神、作物の神など、休む間もなく子供を増やしていきました。




 

世界で最初の「死」


 伊邪那美神は沢山の子を産んでいました。もはや出産のベテランです。ところが、その出産はいつもと勝手が違っていました。

 その時生まれた火之迦具土神ホのカグツチのカミは「火」を司る神でした。彼は、生まれたその瞬間からぼうぼうと燃え盛り、炎をあげていたのです。伊邪那美神は大火傷を負い、涙を流し、吐き、大便や小便すら漏らし散らして、苦しみぬいて亡くなってしまいました。

 これまで、世界に「死」というものはありませんでした。誰一人として死んだ者なんていなかったのです。なのに、伊邪那美神は死んでしまいました。もう二度と、このオノゴロ島に建てた家で顔を見て、話をしたり笑いあったり出来ないのです。

 あまりの悲しみと怒りから、伊邪那岐神は剣を抜いて、生まれたばかりの火之迦具土神の首を斬り落としてしまいました。

 この時飛び散った血と、先に伊邪那美神が吐き散らしたものや大便や小便から、金属の神や水の女神など、また様々な神々が生まれました。



 

 伊邪那美神の遺体は出雲いずもの国と伯伎ははきの国の境に葬られました。けれど、伊邪那岐神は妻のいない生活に耐えられませんでした。

「なんとしてでもあれを取り戻し、黄泉帰らそう」

 そして黄泉よみの国へ出かけて行きました。

 黄泉の国の入口で、伊邪那美神が迎えてくれました。

「愛しいお前。お前とやっていた国造りもまだ終わっていない。一緒に帰ろう」

「愛しいあなた。悔しいけど、私はもう黄泉の国の食べ物を口にして ここの住人になってしまったの。……でも、待ってて。この国の神となんとかかけあってくるから。ただし、待っている間 絶対中に入らないでよ」

 そして、黄泉の国の奥に入っていってしまいました。

 伊邪那岐神は大人しく待っていましたが、あんまり遅いので待ちくたびれ、奥に入ってしまいました。髪にさしていたくしの一番端の歯を折り、それに火を灯して暗いところを覗き見ると――。

 葬った時のまま、そこには伊邪那美神が横たわっていました。美しかった姿は醜く腐り崩れ、うじがわいて、体の八箇所には蛇の姿をした雷神がじっとわだかまっていました。

 ぞっとして、伊邪那岐神は逃げ出しました。

「ひどい! よくも約束を破って恥をかかせたわねっ!」

 いまや黄泉の神となった伊邪那美神は、怒って黄泉醜女ヨモツシコメを差し向けました。伊邪那岐神が逃げながら髪飾りを投げるとぶどうに変わったので、醜女たちが食べている間に逃げました。しばらくすると追いついてきたので、今度は櫛を投げると、たけのこに変わったので、また食べている間に逃げました。地上に近い黄泉比良坂ヨモツのヒラサカまで来ると、今度は八柱の雷神が黄泉の軍勢を率いて追ってきたので、剣を振り回しながらそこに生えていた桃の木の実を投げつけてやっと退散させました。金属と桃の実には強い魔よけの力があるのです。

 最後に、伊邪那美神自身が追ってきました。鬼みたいな表情です。よほど約束を破られたことが腹に据えかねたのでしょう。もう甦ることも出来ないし、おまけに当の夫ときたらヒトの恥ずかしい姿を覗き見た上、泡を食って逃げ出したのですから。

 一息ついていた伊邪那岐神は大慌て。そこにあった千人がかりで動かすような大岩を引いて坂道を塞ぎ、「ええい、お前とはもう夫でも妻でもない。リコンだリコン!」と言い渡しました。自分で迎えに来たはずだったのに、激怒した奥さんはよっぽど怖かったんですね。当然、伊邪那美神は納得できません。

「愛しいあなた。こんなひどい仕打ちをするなら、私はこれから、あなたの国の人間を毎日千人ずつ絞め殺すわよ」

「愛しいおまえ。なら、俺は毎日 千五百人の子供を生まれさせよう」

 差し引き五百で、毎日五百人ずつ地上の人口が増えていくという計算です。見事な切り返しですが、何かが根本的に違っているような気もします。毎日くびり殺される千人のことはどうでもいいんですか伊邪那岐さま。

 こうして、世界で最初の夫婦は壮大な夫婦ゲンカの末に世界で最初のバツイチさんになり、無関係の人間にまで「死」を与えることになったのでした。大変 はた迷惑ですね。




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 ……え? セキレイがピコピコすると、なにが分かるの?
 江戸時代から明治の中ごろまで、結婚式場には常盤木にセキレイがとまった「セキレイ台」という飾り物を置くのが通例だったんですよ。
 江戸時代には、スプリング入りの腰枕も「セキレイ台」と呼ばれました。
 セキレイは「恋教え鳥」とも呼ばれています。アイヌ民族でも同様に言われています。水の近くにいる鳥ですから、伊邪那岐神さまと伊邪那美神さまがみあいなさったのは、浜辺か川辺だったんですね。
 ………え、え?
 常盤木に鳥、といえば、この世の最初の方に現れた高御産巣日神は、別名を高木神タカギのカミともおっしゃいます。
 木の神様なの?
 そうですね。でも、木にとまる鳥の神様かもしれません。
 姫様は「鳥居」をご存知ですか?
 神社の入り口に立っているやつでしょ。
 はい。では何故アレを「鳥居」と呼ぶのだと思います?
 え? ……鳥がとまるから?
 そうですね。
 昔から、神様は空から舞い降りてくるのだと考えられていました。空からやってくるのは鳥ですね。ですから、鳥は神様の化身か使いだと思われたのです。
 神様に降りてもらい、ずっと留まってもらえるように、鳥居や神社を作ったのです。
 ほえ〜、そうなんだ……。
 世界の最初に「大きな木」と「鳥」が出てくる神話は世界中にありますよ。他の国の神話も注意してみると面白いかもしれませんね。


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