八俣やまた大蛇おろち


 八百万の神々は再び会議を開き、須佐之男命に莫大な物品を賠償請求してから、ヒゲも手足の爪も抜いて追放してしまいました。ヒゲは一本一本抜いたんでしょうか? 今度ばかりは天照大御神もかばってはくれませんでした。



 須佐之男命は出雲の国に降りました。最初は朝鮮に降りたのですが、ここはお気に召さなかったようです。日本に粘土の船で渡って来て、高天原から持ち出してきたあらゆる植物の種を撒き散らして、緑の豊かな国にしました。



 こうして出雲の国に辿り着いて、側を流れるの河を見ると、一本のおはしが流れてきました。

 川上に誰か住んでいる!

 人恋しかったのでしょう。早速、河をさかのぼっていきました。



 川上に住んでいたのは、老夫婦とその娘でした。夫婦は娘の前でさめざめと泣いています。

「お前たちは誰だ」

「私はこの国の神・大山津見神オオヤマツミのカミの子で、足名椎アシナヅチといい、妻の名は手名椎テナヅチ、娘の名は櫛名田比売クシナダヒメと申します」

「何故泣いていたんだ。訳を言いなさい」

「この地には八つの頭と尾を持つ八俣のおろちという大蛇が棲んでおります。その目は赤いほおずきのように燃えて輝き、全身には苔や木が生い茂り、長さは八つの谷と八つの山を渡るほどで、腹はいつも血でただれたように赤くなっています。

 私達には八人の娘がいましたが、大蛇が毎年決まった時期にやってきては一人ずつ娘を食べてしまい、とうとう櫛名田比売ひとりになってしまいました。今年もそろそろ大蛇の来る頃なので泣いているのです」

 見ると、櫛名田比売は大変美しい少女でした。須佐之男命は身分を明かすと、比売との結婚を条件に大蛇退治を引きうけました。

 いくら尊い天の神の血筋とは言え、マザコンでシスコンで女性に乱暴を働いて追放刑を受けた罪人しかも天界に子供がいる男というのはあんまりな気がしますが、一応正式に結婚を申し込んだ分、一方的に食べていくだけの蛇よりはマシです。

 ちなみに、本当は息子の五十猛神イソタケルのカミが一緒に高天原から付いてきているはずなのですが、どこかではぐれたのか、いるけど影が薄くて無視されているのでしょうか。



 退治を請け負ったものの、須佐之男命にはそんなバケモノ蛇と真っ向から戦う自信はありませんでした。そこで家の周りを垣根で囲んで八つの門を作り、その一つ一つに酒を満たしたかめを置いておきました。はたして、大蛇の頭の一つ一つが瓶に頭を突っ込んで飲み始め、すっかり酔っ払って眠りこんだではありませんか。

 さぁ、今だ!

 すかさず剣を持って躍り出ると、須佐之男命は大蛇をズタズタに切り刻みました。卑怯千万ですが、これが戦略です。メチャクチャに切り刻んだところを見ると、かなり怖かったみたいですね。

 不思議なことに、切り刻まれた尾の中から、一本の立派な剣が出てきました。大蛇は金属を司る神だったのかもしれません。



 須佐之男命は約束通り櫛名田比売と結婚し、宮殿を建てて地上を治めました。やっと男として独り立ちしたのです。けれどシスコンは相変わらずだったようで、蛇の尾から出て来た剣を天照大御神に捧げてしまいました。



 蛇の尾から出て来たので、この剣は「天叢雲アメのムラクモつるぎ」もしくは「おろち麁正あらまさ」と名付けられました。ずっと後に英雄・倭建命ヤマトタケルのミコトのものになり、「草那芸剣クサナギのツルギ」と呼ばれることになります。




因幡の白うさぎ


 須佐之男命と櫛名田比売の血を引く六代目の子孫に、大穴牟遅神オオナムチのカミという青年がいました。彼には大勢の兄弟がいて、年少の大穴牟遅神を召使のようにコキ使っていました。

 ある時、兄弟たちは因幡に住む八上比売ヤガミヒメに求婚する旅に出かけました。大穴牟遅神も同行を許されましたが、それは荷物持ちとしてでした。重い袋をかついだ大穴牟遅神は、一行の一番最後から遅れて歩いていました。

 途中、一行が気多の岬にさしかかったとき、海辺に赤裸のうさぎが一羽いて、しくしくと泣いていました。

「おい、うさぎ。いいことを教えてやろう。あの海の水を浴びてから丘で風に当たるんだ。そうすれば気分がよくなるぞ」

 うさぎは喜んでその通りにしましたが、体が乾くと全身がピリピリして、気分のいいどころではありません。苦しんでいると、ようやく大穴牟遅神がやってきて、わけを尋ねました。

「私は元々、あの隠岐の島に住んでいたのです。

 ある時、私はこの因幡の国へ渡ろうと思い、海を泳ぐワニザメ達に言いました。

”おーいワニザメさん、君たちと私たちうさぎ、どちらの仲間の数が多いか比べてみようよ!”

 ワニザメたちは承知し、私は並んだワニザメたちの背中をぴょんぴょんと跳ねて数えるフリをしながら、この気多の岬まで渡りました。そしてとうとう辿り着くかというとき、”やーい、お前らはだまされたんだ!”とあざけったのです。

 怒ったワニザメは私に躍りかかり、皮をはいでしまいました」

 うさぎの皮って、ホントにすぐぺロッとむけるんですよね。大穴牟遅神はうさぎを可哀想に思いました。

「すぐにあの河口に行って真水で体を洗いなさい。がまの穂綿をしいて、その上で寝ていればきっとよくなるよ」

 うさぎがその通りにすると、体がすっかり治りました。うさぎは喜んで、大穴牟遅神に祝福の言葉をかけました。

「ありがとうございます。あなたはきっと良い姫様をめとることでしょう」

 はたして、八上比売は他の兄弟達の言葉には耳を貸さず、大穴牟遅神とだけ結婚すると言い張ったのでした。




産み直される神


 兄弟たちは悔しがり、大穴牟遅神を殺してしまおうと考えました。彼を狩りに連れ出すと、「山から赤い猪を追い落とすから、お前がしっかり受けとめて捕まえるんだぞ。やらなかったら殺すからな」と命令しました。けれど、落ちてきたのは真っ赤に焼けた大岩だったのです。大穴牟遅神は焼け死んでしまいました。

 大穴牟遅神の母・刺国若比売サシクニワカヒメは嘆き悲しみ、高天原にまで昇って神産巣日神に願い、蚶貝比売キサガイヒメ(赤貝の女神)と蛤貝比売ウムガイヒメ(はまぐりの女神)を派遣してもらいました。二人の女神が貝殻女性器の粉(?)をこそげ集めて母乳(はまぐり女性器の汁)に混ぜて大穴牟遅神の死体に塗ると、彼は以前よりも美しくなって甦りました。

 兄弟たちはまだ諦めず、今度は裂いて楔で止めた大木の隙間に無理やり入らせて、楔を外してはさみ殺してしまいました。二度も騙される大穴牟遅神。かなりお人よしのようです。母は泣きながら息子を探し回り、見つけると木を折って救い出し、治療してまたも甦らせました。天にも昇るし、スーパー母ちゃんです。つーか怪力?

 しかし、兄弟たちはまだ彼の命を狙っています。このままではまた殺されてしまうでしょう。母は息子を紀伊国の大屋毘古神オホヤビコのカミの屋敷に逃がしました。しかし兄弟たちはそれを追い、弓に矢をつがえて大穴牟遅神の引渡しを要求します。モテない男の嫉妬は怖いです。大屋毘古神は木の股の間からこっそり大穴牟遅神を逃がし、「須佐之男命がいらっしゃる根の堅州国かたすくにへ行きなさい。きっと大神がなんとかしてくださるでしょう」と言いました。……ホントに何とかしてくれるのでしょうか?




根の堅洲国かたすくに


 大穴牟遅神は根の堅洲国へやってきました。ここは全ての「根っこ」の国であり、あの世でもあります。須佐之男命は念願通り母の国に至ったのでしょうか。今、ここを支配しているのは彼なのでした。

 須佐之男命の屋敷までやってくると、ちょうど出てきた須佐之男命の娘、須勢理毘売スセリヒメと出会いました。一目見合っただけで二人は互いに心奪われてしまい、あっという間に結婚の約束までしてしまいました。手が早いです、大穴牟遅。日本のゼウスとさえ言われる彼の浮名の始まりです。

 須勢理毘売は家に帰ると、「大変麗しい神がおいでになりました」と報告しました。須佐之男命は彼を見て「あれは葦原色許男アシハラのシコオというのだ」と言いました。勝手に人に呼び名を付けるのはどうかと思います。

 須佐之男命は大穴牟遅神を中に入れはしましたが、さっさと娘に手をつけたよそ者の男が気に食いません。まぁ当然かもしんないですが。

「蛇の部屋に泊めてやれ」

 蛇の部屋は、その名の通り毒蛇が沢山入っている部屋です。なんでそんなものが屋敷にあるのかは分かりません。須佐之男命か須勢理毘売の趣味でしょうか?

 須勢理毘売が、こっそりと女物の肩掛けを渡してくれました。

「もしも蛇が噛もうとしてきたら、この”蛇の肩掛け”を三回振って下さい」

 その夜、言われたとおりにすると蛇は静まって襲ってこなかったので、ゆっくり眠ることができました。翌日にはムカデとハチの部屋に入れられましたが、やはり毘売が”ムカデとハチの肩掛け”を貸してくれたので、何事もありませんでした。

 須佐之男命はますます面白くありません。大穴牟遅神を連れて野原に出かけると、かぶら矢を放って「取ってこい」と命じました。大穴牟遅神が取りに行くと、須佐之男命のつけた火が周囲を取り囲んでしまいました。どこにも逃げられません。とうとう最後かと思われた、その時。

 一匹のネズミが走り出てくると、こう告げました。

「内はほらほら、外はすぶすぶ」

 はっとしてそこを踏みしめるなり、地面が抜けて下に落ちました。穴があったのです。その中に隠れて、大穴牟遅神は九死に一生を得たのでした。更に、ネズミは例のかぶら矢まで取ってきてくれました。矢羽は子ネズミが食べちゃってましたけど。

 須佐之男命と須勢理毘売はてっきり彼が死んだと思い、毘売は泣きながら葬式の道具を持ってきて、須佐之男命は野原に出て立っていました。すると、そこに大穴牟遅神がやってくるではありませんか。この期に及んで、「取って来ました」と例の矢を渡してきます。

 屋敷に帰ると、須佐之男命は寝転がって、大穴牟遅神に頭のしらみを取るように命じました。人の頭の虱を取るのはいやな仕事です。おまけに、須佐之男命の頭にはムカデがうようよしているではありませんか。頭洗ってないのでしょうか。流石の大穴牟遅神も「うっ」と引きましたが、またも須勢理毘売がこっそり、椋の実と赤い粘土を渡してくれました。これを口に含んで噛んで吐き出すと、須佐之男命はてっきりムカデを取って噛み千切っているのだと思い、「なかなか感心なヤツじゃないか」と少し気を許して、そのまま眠ってしまいました。

 今です。

 大穴牟遅神は毘売を背負い、生太刀いくたち生弓矢いくゆみやあめ詔琴のりごとの三つの宝物を盗んで逃げて行こうとしました。信頼させたところで裏切るとは、なかなかの策士です。しかし琴が木に当たって大地が揺れ動き、驚いた須佐之男命が目を覚ましてしまいました。

 ですが、大穴牟遅神は用意周到でした。彼は戸を大岩で塞ぎ、更に寝ている須佐之男命の髪を屋敷の垂木に結びつけておいたのです。須佐之男命がビックリして飛び起きた途端、彼は屋敷を引き倒して下敷きになってしまいました。安普請です。それから髪をほどいて追いかけましたが、追いつきません。

 須佐之男命は黄泉平良坂から大穴牟遅神に呼びかけました。

「その生太刀・生弓矢を使ってお前の兄弟たちを退け、武力において大国主神オオクニヌシのカミに、祭祀において宇都志国玉神ウツシクニタマのカミとなれ。わが娘を正妻にし、宇迦能うかのの山のふもとに 柱は地底の岩に垂木は高天原に届くような宮殿を建てて、地上を治めるがいい。こいつめ!」

 こうして、まんまと須佐之男命から娘と王権のシンボルの三神器を盗み出した大穴牟遅神は、兄弟たちを退けて地上の王となったのでした。



 その後、かねてからの約束通り、大穴牟遅神こと大国主神は八上比売とも結婚しましたが、彼女は正妻の須勢理毘売を恐れて、生まれた子供を木の股に挟んで因幡に帰ったといいます。何故なら須勢理毘売はとてもヤキモチ焼きで気性の激しい女性だったからです。日本のヘラと呼ばれています。

 以上のことから、八上比売の生んだ子を木俣神、別名を御井神ミヰのカミといいます。




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 前回までの話が”天上編”とすると、ここからが”地上編”ですね。
 あのさぁ。昔っから思ってたんだけど、「ワニザメ」って何? ワニ? サメ?
 この話を「日本の話」と限定して考えれば「サメ」でいいでしょうね。日本にも海にもワニはいませんし。
 ……日本の話じゃないの?
 実はインドから東南アジアの各国、そしてニューギニアにはこの白うさぎの話とそっくりなものが伝わっています。皮をはがれるのは小鹿だったり猿だったりもしますが、皮をはぐのは大抵ワニですね。
 えっ!? じゃあ……。
 この話は元々東南アジアの方に住んでいた人達が伝えたものでしょう。「ワニ」のキャストを何に当てはめるか、昔の人も困ったんでしょうね。
 そうなんだぁ。
 ……あ、そういえば前に聞いた伊邪那岐が奥さんを生きかえらせるためにあの世に行く話は、ギリシア神話にあるオルフェウスの話にそっくりだよね。
大国主が須佐之男命の屋敷に行って、須佐之男命が眠っている間に宝物を盗んで逃げたら琴が鳴って起きちゃう辺りは、『ジャックと豆の木』みたい。
 他にも色々ありますよ。
 例えば今回勉強した大国主神はギリシア神話のアドニスにそっくりだと言われています。アドニスは木から生まれて、猪に殺されて、あの世とこの世を行ったり来たりする神様です。
 大国主の子供も木の股に挟まれてるよね。何か関係あるのかな?
 木から生まれた、植物の化身の神様という謎かけでしょうね。ところで、どういうわけかこの木俣神の別名は御井神――泉の神様なのですが。
 木と泉じゃ全然関係無いじゃない。
 さぁ、どうでしょうね。案外関係あるのかもしれませんよ?


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