アイヌラックルとサマイュンクル


 アイヌラックルの誕生については、こんな話もあります。

 昔、国造神コタンカラカムイが地上を作ったばかりの頃のことです。神々が天の門から地上を見ると、二軒の家が並んでいて、それぞれの中に美しい娘の姿が見えました。

「なんて綺麗な娘だ」「あんな娘は天にもいないぞ」

 若い神々は押し合いへし合いして大騒ぎしましたが、中でも雷神カンナカムイは夢中になって、一番前に陣取って身を乗り出して見とれていました。そこで、悪戯な神が後ろからポン、と雷神の背中を押したからたまりません。

 ガラガラピシャーーーン!

 雷神は下界の少女たちの家に転げ落ち、たちまち家は炎に包まれました。

 こうして家は焼け落ちてしまい、その跡には春楡の木チキサニおひょうの木アトニだけが焼けて立っていました。あの美しい娘たちは木の精霊だったのです。そして、この一件でそれぞれの精霊は懐妊して、木肌の赤いチキサニ姫は赤い顔のアイヌラックルを、木肌の白いアトニ姫は白い顔のサマイュンクルを産んだのでした。百発百中ですね、雷神様。

 

 そんなわけで、アイヌラックルには腹違いの兄弟のサマイュンクルがいるとも言われます。どうやら別々に育ったようですが、仲がいいのか悪いのか、よく一緒に行動しては張り合っていたようです。例えば、互いの作った雪像に槍を投げて当てる勝負をしたところ、アイヌラックルは一発で当てたのにサマイュンクルは外したとか。大抵はサマイュンクルが負けて、アイヌラックルの引き立て役になってしまっています。

 また、こんな話もあります。

 アイヌラックルとサマイュンクルは連れ立ってある湖にやって来ました。舟をこいで湖を渡っていたところ、アイヌラックルが不自然な大声で言いました。

「忘れてたけど、昨夜ヘンな夢を見たんだ。この辺りまで舟をこいできたら、ウスプランカ・ウシッラムカとかいう大蛇が出てきて追いかけられたんだよなぁ」

 すると、ざぁああと湖面を波立たせて、本当に大蛇が出てきました。頭と尾が細く、胴体は丸太のようで、のみのように鋭い鼻先は大木さえ切り裂き、翼があり、体は黒味を帯び、目と口の周りだけが真っ赤な、ツチノコのような体型のこの大蛇は、アイヌラックルが軽々しく自分を話題にしたことに腹を立てて現われたのです。

 アイヌラックルとサマイュンクルは必死に舟をこいで逃げました。けれども、大蛇はどんどん追ってきます。さんざん追い回されて、とうとうサマイュンクルは手の血豆を潰して、疲労のあまり死んだように倒れました。大蛇はますます勢いづいて残ったアイヌラックルを追いましたが、いよいよ追い詰められたとき、アイヌラックルは短弓を構えてハッシと矢を放ちました。大蛇は身をくねらせてこれを避けましたが、アイヌラックルの矢は自動追尾式です。まるで糸で繋がってでもいるように大蛇に当たり、矢羽が見えないほど深々と刺さります。それでも大蛇は「この程度の矢傷など」と侮ってアイヌラックルを追うのを止めませんでしたが、実はこの矢には猛毒が塗ってあったのです。やがて毒が回って どうと倒れたところを、止めとばかり、アイヌラックルは腰の刀を抜いてバラバラに切り刻みました。それでも肉は互いに寄り集まってくっつこうとしましたが、肉片を国中にばら撒いて離したので、とうとう甦ることは出来ませんでした。

(別の説では、アイヌラックルはみぞれの神とみぞれの女神に祈ってみぞれを降らせ、大蛇の翼が黒くなって動かなくなったところで倒したといいます。)

 さて、あらゆるカムイは本来は人間と同じ姿をしていますが、地上にやってくるときには獣の肉をまとっています。この大蛇もそうで、魂は肉体を離れて木の枝にぶら下がっていましたが、その姿は人間と同じものでした。アイヌラックルは大蛇の魂を睨んで言いました。

「こら、大蛇。お前がこの湖にいるために、悪臭で木も草も育たず、人間もお前の毒気に触れただけで皮膚が腫れたり、腫れが引いても全身の毛が抜けて死んでしまう。人間たちは困り果てていたが、お前を倒す勇気のある者はおらず、ついにはオレに依頼が回ってきたのだ。

 しかし、いくら化け物とはいえ、意味なく襲い掛かって殺すことは出来ない。そこで偽りの夢の話をしてお前をおびき出し、わざと襲わせたのだ。

 いいか、もしもこの先も人間に害をなすなら、人間も住めない湿地の国アッテイネモシリへ蹴落としてやるぞ。

 ――さぁ、いくら邪悪とはいえ、天から降ろされたお前の姿をこの世から完全に消滅させることは出来ない。だからせめて大きさを変えて、人間の持つ杖くらいにしてやろう」

 言い終わると、アイヌラックルは足でサマイュンクルを蹴りました。すると、息が絶えたようになっていたサマイュンクルが目をこすりながら起き上がり、二人は来たときと同じように連れ立って、さっさと帰っていきました。

 こうして恐ろしい大蛇は小さな普通の蛇になり、今でもこの地上に生きているのです。

 

 また、こんな話もあります。

 天の国の竜神カンナカムイに、一人の息子がありました。この息子神はまだ人間界アイヌモシリに降りたことがなく、ある日、父神と母神にさりげなく「行ってみたい」と頼みました。ところが、両親は顔色を変えて止めてきます。

「駄目だ、行ってはいけない」「行ってはいけませんよ」

「どうしてですか。人間界はそれは美しく素晴らしいところなのでしょう。どうしても行ってみたいのです」

「確かに、人間の国は美しい国、のどかな国。人間たちも心優しい。けれども、人間たちは悪戯者。何をされるのか分からないのだ。そんなところに、お前のような経験のない短気者が行ってごらん、どんなことをしでかすか。絶対行ってはいけません」

 けれども、「美しい国、のどかな国」と聞いて、息子神は行ってみたい気持ちを我慢することができませんでした。なにしろ短気者ですからね。よく晴れた秋の日、息子神はそっと家を抜け出すと、シンタに乗ってその綱を握り、音を潜めてゆっくり、こっそりと下界を目指しました。

 星造神ノチユーカラカムイの家の側をそっと抜け、日の神トカプチュプカムイの傍らをそっと飛び、月の神クンネチュプカムイの傍らをスッと飛び、雲造神シニシカラカムイの家の近くを通り越し、ようやく雲の下まで降りると、広い海が見えてきました。シンタの綱を水平に引いて座りなおし、しばらく行くと、話に聞いた人間の集落アイヌコタンが見えてきました。

 沙流川の流れは透き通って川底の石が七色に光り、虹がかかっています。川辺には柳が並んで手をつなぎ、川の中には水面が盛り上がるほどの鮭の群れが泳ぎ、上の鮭は太陽で背中を焦がすよう、下の鮭は川底で腹をこするよう。人間の若者たちはこぞって水辺に走り、柄の長い鉤で鮭を引っ掛けては川原にバラ撒き、その鮭を大きな袋に入れて背負う人々が川から集落へと列を作っています。

 山すそに目を移せば、ハンの木の林が広々と広がり、野萱、鬼萱の原が果てなく広がり。鹿の群れが駆け回り、若者たちが強弓を持って重なり走ってはそれを追い、皮を剥ぐ者は皮を剥ぎ、肉を運ぶ者は集落へ向かっています。球根の美味しいウバユリは足の踏み場もないほどに生え、女たちは楽しげに歌いながらそれを掘り、大きな袋に長い負い縄で運んでいます。

 ああ、人間たちの働く姿の美しさ、なんと豊かな世界だろう。

 息子神は両手の綱を静かに引きながら、シンタを操って川の上流に進みました。やがて見えてきたのは勇名とどろくアイヌラックルの集落です。

 アイヌラックルは遠雷――シンタの音に すぐさま気付くと、館の窓から半身を乗り出し、集落の人々に向けて言いました。

「村人どもよ、よく聞け。位の高い神 尊い神が集落を見においでだぞ。貧乏者は姿を隠せ、金持ちは姿を出して良い宝を祭壇に並べよ。働く者は手を休め、特に女は物忌みせよ。花ござを広げ、雷神カンナカムイが通り過ぎるまで、物音一つ立ててはならぬ」

 現人神アラケカムイたるアイヌラックルがそう言うと、人々は言われたとおりに物忌みし、一つの村が深い沼底に潜ったようにスッと静かになりました。息子神は感心しながら自分も静かにシンタの綱を引き、そっとアイヌラックルの集落の上を通り過ぎました。

 更に行くと、やがて別の集落が見えてきました。ここはサマイュンクルの集落でした。サマイュンクルも神の近づいてくるのに すぐさま気付いて、館の窓から半身を乗り出し、集落の人々に向けて言いました。

「村人どもよ、よく聞け。位の高い神 尊い神がお通りだ。貧乏者は姿を隠せ、金持ちは姿を出せ。働く者は手を休めよ。窓のブラインドを下ろし静かにするのだ」

 ところが、サマイュンクルがこう言うなり、集落の家々から男も女も飛び出してきて、口々に文句を言いました。……人望ないんですね、サマイュンクルさん。

「うるさい、雷の音がするたびに ごちゃごちゃ言うな。神が来たからといって どうして働いてはならないのだ!」

 ある意味、働き者で合理主義な集落なのです。集落は一向に静まらず、仕事をするうるさい音が響き、掃除の埃が舞い、息子神は頭から汚い洗い水を浴びせかけられました。

 さぁ、大変です。

 カッと頭に血を上らせた短気者の息子神は、シンタの頭をバンバンと叩きました。途端に、ズガガガガンと炎の滝が集落に降り注ぎ、たちまち集落は炎の海になって、妻の手を引き子供の手を引いて人間たちが逃げ惑います。次にシンタの尻を叩くと今度はビョウビョウと氷のなだれが降り注いで集落をうずめ、しまいにシンタの頭と尻両方を叩くと、ドカンドカンと大きな石がなだれ落ちて、とうとう集落は跡形もなくなってしまいました。




サマイュンクル〜カムイコタンの魔神ニツネカムイ


 両岸を岩壁に挟まれた石狩川には激流が渦巻き、ここを丸木舟で渡って生活通路としていた人間たちにとっては大変な難所でありました。この川にはチョウザメ神シャメカムイがいて、この神に礼拝する限り、川を安全に渡してくれたり秋に沢山の鮭を呼んだりしてくれるのです。また、このチョウザメ神は山の神たる熊神キムンカムイと仲良しでした。人間たちは神々の集うこの地を神の集落カムイコタンと呼びました。

 ところが、カムイコタンに住んでいたのはチョウザメ神と熊神だけではありませんでした。近くの岩山の上に砦を築き、魔神ニツネカムイが住み着いていたのです。その姿はコケの生えた岩のようで、巌の鎧をまとい、櫂のような刀を腰に縛りつけ、ザンバラ髪で、片目は満月のように大きく輝き片目はゴマ粒のように小さいのです。魔神は、いつも人間たちをひどい目に合わせてやろうと考えていました。

 そんなある日のこと、魔神は石狩川を大岩でせき止めてやろうと思いつきました。

「上流の集落は洪水になり、下流の集落は川が枯れて一匹の鮭も上らなくなる。もちろん舟も通れず、人間どもは困り果てて、やがて争いあって全滅してしまうだろう」

 魔神は嬉しさに小躍りしながら辺りの大岩をもぎ取って川に投げ入れました。すぐに川はせき止められ、魔神は満足して砦に帰ると眠りこけました。

 最初に異変に気づいたのはチョウザメ神でした。金の鋲を打った尾でバンバンと岩を叩きましたが、ビクともしません。仕方なく、上流の集落へ危険を報せに行きました。報せを受けた上流の集落の人間たちは、守護神である熊神に訴えました。熊神は森を跳ね越え谷をひと飛びして山を駆け下り、川をせき止めていた大岩を渾身の力でもって押し転がしました。

 こうして水路は開かれましたが、目を覚ました魔神は怒りに震え、ゴウと飛び降りると熊神に刀を抜いて襲い掛かります。岩を押しのけるのに力を使い果たした熊神は逃げるばかりです。

 この騒ぎを遠くで眺めていた者がありました。英雄神サマイュンクルの妻、石狩イシカル姫です。熊神の苦戦を知り、彼女は夫の出先の空知川へ向かって危急を報せる鋭い声をあげました。

「フホー、フホー」

 妻の叫びを耳にするなり、サマイュンクルは疾風となって馳せ戻り、事情を見て取って熊神を後ろにかばいました。

「この悪党め、悪事を働いていたのは知っていたが、いよいよ正体を現したか。全ての神々に代わって このサマイュンクルが征伐してくれよう」

 サマイュンクルは刀を抜きました。その切っ先からは青い炎が噴き上がっています。

 激しい戦いが始まりました。魔神は追い詰められ、自らの砦に隠れましたが、サマイュンクルは砦を囲む六重の岩の柵を次々破って、とうとう中に踏み込みました。サマイュンクルの蹴りを食らって魔神はゴロゴロと川岸に転がり落ち、そのまま深い泥沼に両足が刺さって動けません。サマイュンクルは一太刀浴びせましたが、僅かに外れて近くの大岩に切り込んでしまいました。それでも二太刀目には魔神の首をとらえ、首は血しぶきを降らせながら対岸に落ちました。この首も直立したままの体もそのまま岩になり、サマイュンクルの付けた太刀傷と共に今でもそこに残っています。

 魔神を倒すと、サマイュンクルは妻の待つ舟に乗って去りました。川は再び幸に溢れ、人々の幸への感謝と喜びの歌舞は夜昼となく続いたということです。

 別の説によると、魔神は石狩川に梁(魚を獲る仕掛け)を作って魚と舟の行き来を阻み、人間を困らせようとしたといいます。サマイュンクルが熊神と一緒に魔神の館に行ってみると、魔神はせっせと魚獲りの網を作っていました。働き者ですね。そこでサマイュンクルが炉縁を焼き魚に変えてみせ、魔神がそれをかじった隙に作りかけの網でぐるぐる巻きにして、その間に梁も壊してしまいました。腹を立てた魔神はサマイュンクルに復讐してやろうと計画を練っていましたが、先んじてサマイュンクルは魔神のところに出かけ、大きな杭を美しい娘に見せかけて、「お前の嫁にやるから抱いて寝ろ」と言いました。魔神は喜んでこの娘を抱きましたが、腹に杭が刺さってそれっきり身動きできなくなってしまったということです。

 

 天塩川には川をせき止めるように一列に並んだ立岩があり、それを魔神の作った梁だと言ってサマイュンクルが見習い、人々に梁で魚を獲ることを教えた、という伝説があります。テシオとは「梁のあるところテシ・オイ」の意味だそうです。




BACK NEXT TOP
  



 サマイュンクルってよく分かんない……。アイヌラックルの引き立て役みたいで弱くて情けないのかと思ったら、強くて魔神をカッコよく倒してたり。
 一般に、北海道南部の伝承ではサマイュンクルはアイヌラックル(オキクルミ)より劣っていて引き立て役なのですが、北海道北部ではこれが逆転してしまい、サマイュンクルの方がアイヌラックル(オキクルミ)より優れていることになっています。
 恐らく、オキクルミを自分たちの英雄とする部族とサマイュンクルを自分たちの英雄とする部族が別にあって、両雄を並び立たせるために「兄弟」という設定にし、自分たちの英雄の方が優れている、と引っ張り合った結果、このような地域ごとの逆転が起こったのではないでしょうか。
 また、二人の英雄が「赤い顔」と「白い顔」をしていたという伝承を、人種的な特徴を表しているのではないか、と見る説もあります。
 ややこしいなぁ……。
 それはそうと、天から降りてきた神様が木の女神と結婚して、炎の中から子供が生まれるのって、日本本土の神話の番能邇邇芸命ホのニニギのミコト木花佐久夜毘売コノハナのサクヤヒメの話と同じだね。
 あら、そう言われてみればそうですね。


BACK NEXT TOP
  




inserted by FC2 system