高句麗〜天孫降臨と国譲り

 紀元前五十九年の四月八日、天から不思議な一行が降りてきました。白鳥に乗って羽衣を翻した百人あまりの天人が、天空を駆ける五龍車につき従っています。清らかな楽の音が高らかに響き、鮮やかな雲の間をかきわけて、まずは熊心山に降りました。そこで十日あまり過ごし、ついに地上の訖升骨スンコという城に降臨しました。

 五龍車に乗っていたのは天帝の太子で、解慕漱ヘ モソと言います。頭には鳥羽冠をかぶり、腰には龍光の剣をさしていました。慕漱はそこを都に決めて自分のことを王だと名乗り、国の名前を北扶餘と名づけます。やがて解夫婁ヘ ブルという王子も産まれ、彼が成長すると国を継がせたのでした。

 

 という姓は「」に、夫婁ブルという名前は「」にひっかけたものだと言われます。つまり、「太陽・炎」という名前です。天から降りてきた一族は、太陽にちなんだ名前を持っているのでした。

 

 こうして夫婁が王として北扶餘を治めていたとき、大臣の阿蘭弗ア ランブは不思議な夢を見ました。天帝が夢枕に現れて、遷都せよと命じるのです。

「この地は、今まさに余の子孫が国を建てるべき場所である。よって汝らは遠慮して立ち退くのじゃ。

 東海の沿岸に迦葉原カソヴォというよく肥えた地がある。そこがお前たちに向いておるであろう」

 あのぉ、自分の子孫の場所だから立ち退けって、そんな……。そもそも、夫婁王はあなたの直系の孫息子ではなかったんですか? それに、どうして直接王様の夢枕に立たず、大臣の夢枕に立つんですか。

 かなり謎ですが、大臣に遷都を奨められた夫婁王はあっさりと従い、東に進んで王都を迦葉原に移しました。そして、国の名を東扶餘に変えたのです。




高句麗〜カエルの王子さま

 北から東に国を移す前のこと。

 夫婁王は年をとっても子供を授かりませんでした。王は山や川の神を祀っては、跡継ぎが授かりますように、と祈っていました。天の祖父ちゃんには祈らなかったみたいです。何か思うところがあったんでしょうか。

 ある日のお祈りの帰り道、鯤淵という池にさしかかったところ、王の乗っていた馬が大きな石の前で立ち止まり、動かなくなりました。何度もいなないて、あまつさえ「俺は今モーレツに感動している!」と言わんばかりに涙を流しています。不思議に思った王は、人に命じてその石を転がさせてみました。

 すると、そこには男の子がおりました。具体的にどういう容姿なのかはわかりませんが、まるで金色のカエルのようだったそうです。石で潰れていたのでしょうか。

 王は「天が私に子供を授けてくださった」と大喜びして、その子を連れて帰り、金蛙ワァという名前をつけました。大きくなると太子の位につけ、やがて夫婁王が死ぬと、金蛙は王となってこの国を治めたのです。




高句麗〜河の娘

 そんなある日、金蛙王のもとに不思議な相談をしてくる漁師がありました。彼は太伯山(今の白頭山)の南にある優渤水という沢で漁をしているのですが、最近、魚を盗んでいく獣がある。しかし、その正体が分かりません、と言うのです。金蛙王はすぐに「網を投げてその獣を捕まえよ」と命じましたが、引き揚げてみると網が破れています。そこで鉄の網を投げ、ようやく石の上に座っていたその獣を捕まえました。

 捕らえてみると、それはまことに奇怪な姿のものです。女性のようですが唇が異様に長く、そのために口もきけない様子です。三回なんども唇を切り取ると、ようやく人の言葉を話し始めました。

「わたくしは青河(今の鴨緑江)の河伯かわのかみの娘で、柳花ユファと申します。

 わたくしには萱花、葦花という妹がおり、いつも三人で水面をかきわけては青河を出て、熊心淵の辺りで遊んでおりました……」

 

 花のごとく美しい妖精たちが川辺で遊ぶと、腰に下げた宝石の飾りものがシャラシャラと音を立てます。夢のように美しい光景です。

 この様子をじっと見つめている男がいました。北扶餘を打ち建てた天帝の太子、解慕漱です。たまたま狩に来てこの様子を目にした慕漱王は、側にいたお供に言いました。

「水神の娘を妃にしたならば、我が跡継ぎにふさわしい息子を得られるだろうな」

 けれども王が姿を見せると、三人の娘たちは たちまち水に飛び込んで隠れてしまいました。周りにいたお供たちが言いました。

「王よ、宮殿を建てておいて娘たちを待ち構え、入った所で戸を閉めてしまいましょう」

「うむ、そうだな」

 王が馬の鞭で地面にさっと線を引きますと、またたく間に金色に輝く銅の宮殿が建っていました。部屋の中には三つの席を作り、お酒もたっぷり用意しておきます。そうして姿を隠していると、やがて好奇心に駆られた娘たちがそろそろと水から上がってきて、美しい宮殿を見上げたり、そっと中を覗き込んだり。すると綺麗な部屋の中にパーティーの準備がしつらえられていて、席もちゃんと人数分あるではありませんか。とうとう我慢できなくなって、中に入り込んで美味しいお酒を互いに注ぎあって、すっかりいい気分で酔っ払ってしまいました。

 そこに、慕漱王が入ってきたのです。

 三姉妹は驚いて、逃げ出そうとして足をもつれさせ、倒れたり転がったりしました。なにしろ、とても酔っていましたから。おまけに、慕漱王は出口の前に立ちふさがっています。それでも妹二人は逃げおおせたのですが、長姉の柳花は捕らえられ、そのまま強引に妃にされてしまったのでした。

 逃げ帰ってきた娘たちにこれを知らされた父の河伯は、烈火のごとく怒りました。直ちに使いを走らせ、問いただします。

「一体そなたは何者か。我が娘を捕らえ、乱暴を働くとは」

「余は天帝の子だ。よって、家柄のよい娘を妃にしたかったのだ」

「結婚とは大切なことだ。そなたが天帝の子で我が家門との婚儀を望むと言うならば、当然、仲人を立てて結納品も送り、正式な手続きを踏まなければならない。それを、突然娘を捕らえるとは、何故そうも礼儀を知らぬのか」

 それはもっともなことだったので、慕漱王は恥ずかしくなって反省しました。今からでも河伯の住処である龍宮を訪ねようと思いましたが、深い水の底なので行くことが出来ません。諦めて娘を返そうと思いましたが、柳花は既に慕漱王のトリコになっていたので、「あなたと別れたくありません」と嫌がります。よほどのテクニシャンだったようです、慕漱王。流石は天帝の太子だ。

「河伯の国へ行く方法はあります。龍車を使えばよろしいのですわ」

 それを聞くと、王は天空を指して龍車を呼びました。たちまち五頭の龍にひかれた車が降りてきて、王が柳花と一緒にそれに乗り込むと、一瞬で、風雲と共に龍宮に着いていました。

 河伯は礼儀正しく慕漱王を迎え入れて席に座らせてから、「何故 礼儀やしきたりを無視して我が家に恥をかかせるのか」と責め立てました。

「大体、そなたは天帝の子というが、どれほどの事が出来るというんだね」

「好きなだけ試してごらんになればいい」

「ならば、術比べをしよう」

 河伯は庭先の水に飛び込み、鯉に変身しました。すると慕漱王はカワウソに変身し、これを捕らえようとしました。河伯は雉になってかわしますが、慕漱王は鷹に変身して追います。河伯は鹿となって引き離そうとしましたが、慕漱王は狼となって追いすがるのでした。

「まいった、まいった。そなたは間違いなく天帝の子だ!」

 慕漱王を認めた河伯は、柳花との正式な婚儀を執り行いました。けれども、天の子が本当に我が娘と添い遂げてくれるのか、一時の遊びではないのかという不安が拭い去れません。そこでパーティーを開くと、音楽を演奏し、お酒を沢山すすめて、慕漱王をぐでんぐでんに酔わせて深く眠らせました。そうして柳花と一緒に革の輿に閉じ込め、龍車に乗せました。こうすれば、柳花も一緒に天界に連れて行ってもらえると考えたのです。

 しかし、龍車は何故か水から出ることが出来ず、水の中を漂っていました。河伯の酒は醒めるのに七日かかります。七日後に目を覚ました慕漱王は、静かに立ち上がると柳花の金のかんざしを取って輿に穴を開け、そこから煙のように抜け出して、一人で天に昇っていってしまいました。

 

「慕漱王さまは二度とお戻りにならず、取り残されてしまったわたくしを父は叱りました。そして周りの人に口をねじって引っ張れと命じましたので、わたくしの唇は三尺(約91cm)も伸びてしまいました。それから男女の召使一人ずつだけを付けられて、優渤水に追放されたのです」

 そのように、不思議な女は語り終えたのでした。




高句麗〜太陽の卵

 金蛙王は柳花を連れて帰ると、誰にも逢わせないように別宮に閉じ込めました。ところが奇妙なことに、やがて彼女が懐妊したとの報せが伝えられたではありませんか。なんでも、日の光が差し込んで彼女の懐に当たったことが原因だと言うのです。よけても光が追ってきて柳花の体を照らしていたのだとか。天神(太陽の神)である慕漱王が、日の光に姿を変えて妃に子を授けたのでしょうか。

 月満ちると、柳花は五升(9kgくらい?)もあるような大きな卵を、それも左脇から産みました。金蛙王は「人間が卵を産むなんてありえない」と不気味がりましたが、柳花さんは水神の娘ですよ? 自分だって石の下から出てきたのだし。忘れているのでしょうか。

 金蛙王は気持ち悪がって、人に命じて馬小屋に捨てさせました。けれども何故か馬たちはその卵をよけて、踏み潰しもしないし食べたりもしないのでした。野に捨てると、鳥や獣がそれを守って、曇った日には日の光がその卵にだけ当たっています。王はとうとう自分でこの卵を壊そうとしましたが、どうやっても割れません。諦めて、柳花に返して養わせました。

 柳花は卵を物で包んで暖かいところに置きました。すると、卵の殻を破って一人の男の子が出て来ました。

 並みならぬ生まれのこの子は並みならぬ能力の持ち主で、生まれながらにして、いかにも大物になりそうな気配を漂わせていました。

 生まれて一月も経たないとき、この子は母親に向かってペラペラと喋りました。

「お母さん、ハエの群れが僕の目にとまるから、眠れないんだ。弓と矢を作ってください」

 母が蔦で弓を、竹で矢を作って与えますと、赤ん坊は自分でそれを引いて、紡ぎ車の上のハエを射落として見せたのでした。

 このように、この子は特に弓矢の才能に優れ、七歳の頃には自分で作った弓矢で百発百中の腕前を誇っていました。扶餘では弓術に優れる者を俗に「朱蒙」と呼びましたので、この子は解朱蒙ヘ チュモンという名前になりました。




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 慕漱王、悪人だよーぉ。
 女の子を捕まえて無理やり奥さんにするなんて、悪人だー、悪人だー。その後は捨てていっちゃうし。と、思ったら子供を産ませるし。奥さんが苦しんでたときは全然助けなかったくせに。
 あんまりだよね! なんで柳花は慕漱王のことを好きになったんだろう。
 男女の仲は複雑で、単純ですからねー。
 なにそれ、わっかんないよ。
 それに、全体につじつまが合っていないよね?
 天帝の子の慕漱王が北扶餘を作って、その子供の夫婁王が後を継いでいたんでしょう。それなのに、天帝が出てきて「立ち退け」って国譲りさせるのは何で?
 それに、慕漱王の奥さんが柳花なら、夫婁王の養子の金蛙王の時代に出てきて慕漱王の子供を産むのも変だよ。神様だから年をとらないって事なのかなぁ。
 それから、どうして金蛙王は柳花を宮殿に閉じ込めたんだろう。理由がよく分からないよー。
 実は、この話には色々と別説があるんです。そちらで見て行きますと、

 東扶餘の金蛙王は妃を探していたとき、川辺で水神の娘の柳花に出会い、彼女と結婚しました。ところがある時、お供と一緒に遊びに出かけた柳花は慕漱という男と出会い、彼に誘われるまま館に連れ込まれて、そこで仲良くなってしまいました。
 この慕漱という男は、最近 扶餘の前の都(北扶餘)の辺りで自分こそ天帝の子だと名乗っているのです。
 これを知った金蛙王は妻の浮気に怒り、彼女を部屋に閉じ込めました。けれども、彼女は日の光を受けて卵を産んだのでした……。
 ええ!?
 それって……つまり、柳花は浮気相手の子供を産んだっていうこと?
 それに、慕漱王は金蛙王の義理のお祖父さんじゃないんだ。

 ……もしかして、夫婁王の治めていた北扶餘に慕漱王が降臨してきて「自分は天の子だから出てけー」と国譲りさせて、夫婁王たちは仕方なく引っ越して東扶餘を作って……なのに、慕漱王は東扶餘のお妃までもを奪って子供を産ませた……ってことなんじゃあ。
 どうでしょうね。歴史上は、鮮卑族の攻撃によって逃れた北扶餘の王族の一派が東扶餘を建てた、とされているようです。でも、神話が作られた背景を色々と想像してみるのも楽しいですよ。

 なお、こんな説もあります。
 金蛙王が優渤水に出かけると、川岸で柳花がしくしくと泣いていました。慕漱王に捨てられ、親にも追放されて、途方に暮れていたのです。金蛙王は彼女を保護し、連れ帰って結婚しました。そして柳花が卵を産んだのだと。

 この場合、物語の筋上は他説と同様、朱蒙の父親は慕漱王(天神)だとされているわけですが、実際にはどうも、慕漱王と金蛙王、どちらが本当の父親なのか曖昧な感じですね。
 そういえば、イエス・キリストは聖母マリアと天の神様の間に生まれたことになっているけれど、マリアには本当はヨセフっていう旦那さんがいて、実際にお父さんとしてイエス・キリストを育てたのはその人なんだよね、確か。なんだか影が薄いけど。
 マリアとヨセフは元々許婚同士でしたが、二人が正式に結婚する前にマリアが聖霊によって身ごもって神の子・イエスを産み、以降、ヨセフは畏れてマリアに手を触れなかった、とされています。けれども、社会的な夫であり父としてマリアとイエスを養ったのは、間違いなくヨセフです。

 歴史上偉業を成し遂げた人物や一族の始祖が「いかに素晴らしいか」をアピールしようとするあまり、「普通の生まれではない。神の血を引いていたのだ」とされるに至る……というのは、世界中で普遍的に見られる現象のようですが。
 本当のお父さんは金蛙王やヨセフだったのに、天の神様の子供だってことにしちゃったから、「お父さんと結婚する前にお母さんは天の神様から子供を授かっていたんだよ」って話にしたってコト?
 でも、それって本当のお父さんが可哀想過ぎるなぁ……。
 まあ、どう解釈するかは、結局は読んだ人次第だと思いますよ。

 それに、朱蒙の生まれに関しては、またまた別説がありますし……。
 まだあるのぉ!?
 はい。
 その説では、朱蒙は夫婁王に関わる子供だったようです。

 夫婁王(寧稟離王)の侍女が身ごもり、占い師が「産まれる子は王になる」と予言しました。夫婁王が「私の子ではない。殺せ」と侍女に命じますと、侍女は「この子は天から降った鶏卵のような大きな気によって身ごもったのです」と反発します。子供が生まれると、夫婁王は豚小屋や馬小屋に捨てさせたのですが、なぜか踏み殺されることも食い殺されることもなく、むしろ獣たちが大事に養い、立派に成長したと……。
 あれれ。金蛙王がいなくなっちゃった……。

 この侍女って、夫婁王の愛人だったのかなぁ? 私の子じゃないって言い切ってるから、無関係だったのかなぁ?
 夫婁王ってずっと子供が出来なくて、石の下から出てきた金蛙を喜んで跡継ぎにしたっていうのに、自分の侍女の産む子が跡継ぎになるのはイヤだったんだぁ。

 この説では、朱蒙のお母さんも普通の……っていうか、むしろ身分が低い人なんだね。神様の娘の柳花じゃなくて。
 柳花に関する物語は、世界中でよく似たモチーフを持つ伝承を見る事が出来ます。
 たとえば、河伯と慕漱王が柳花を巡って化け比べをするくだりは、ギリシア神話の英雄ヘラクレスの一エピソードによく似ています。
 ヘラクレスは王女デーイアネイラを妻にしようとし、彼女に求婚していた河の神アケローオスと対決しました。アケローオスはヘビに変身しましたがヘラクレスは怯まず、次に雄牛に変身したときその角を折って勝利し、デーイアネイラと結婚したのでした。

 また、幽閉された柳花が日の光を浴びて妊娠し、太陽の子を産むくだりも世界各地でよく見られるもので、例を挙げるなら、これもギリシア神話の英雄ペルセウスの物語が有名でしょう。
 アクリシオス王は娘の産む息子に殺されるという神託を受け、娘ダナエーを青銅おうごんの部屋に閉じ込めます。ところが天神ゼウスが黄金の雨に姿を変えてダナエーの膝に降り注ぎ、ダナエーは妊娠して男児ペルセウスを産みました。これを知った王は怒ってダナエーとペルセウスを箱に詰めて海に流しましたが、漁師が網を投げて箱を引き揚げ、二人を養います。成長したペルセウスは偶然アクリシオス王を殺し、予言を成就させたのでした。

 河伯に革輿に閉じ込められた慕漱王と柳花が水を漂うくだりや、漁師が網で柳花を引き揚げるくだり、別説で「産まれた子が王になる」と予言された夫婁王が赤ん坊を殺そうとしたくだりの原型さえもが見える感じがしますね。
 んー……。元の話(?)がぐちゃぐちゃになってるって言うか、分かりにくくなってるって言うか。

 そういえば、「金色のカエルみたいな子供」だったっていう金蛙王は、どーいう子供だったのかなぁ。これも分かんない。
 昔話の「一寸法師」だとか「たにし息子」のような子供だったのかもしれませんよ。
 はえ? ……小さかったの? それとも、打ち出の小槌で大きくて立派に成長したとか?
 カエルのようだったと言うのですから、小さかったのかもしれませんね。
 カエルは大地と水の象徴で、単純に言えば「田んぼの神様」です。金色だったのですから、中でも特別に尊い存在だったと言えます。金蛙王は大地と水の豊穣の神の申し子だったのですね。
 あ、そういえば夫婁王が山や川に祈って授かったんだよね。
 東扶餘の王は、北扶餘の王とは異なる神を祖としていたと言えるでしょう。


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