太陽を見てはならない子供

太陽の娘」や「森の牝鹿」のように、成人するまで娘を塔に閉じ込め、一切の日の光を見せないようにする物語がある。

 これは馬鹿馬鹿しい行いのように思えるが、実はこれに類する禁忌は現実にあった。フレイザーは『金枝篇』において王あるいは神官とその子供を取り巻く禁忌の体系を示したが、その中に《王は自分の顔を太陽に見せてはならない》というものがある。王は地べたに触れてはならず、高床の宮殿や塔の中に住む。顔を誰にも見られないように御簾越しに話す。彼らは神格化されて厳重に保護されているが、反面、宮殿から離れることを禁じられる。また、南アメリカのグレナダのインディオは、将来酋長またはその妻となるべき男女を、七年未満の数年間、幽閉していたという。王の子供たちは太陽を見ることさえ禁じられ、もしも見てしまえば継承権を失うものだった、と。

 ウラジーミル・プロップによれば、これは初期国家体制に見られる現象だという。王は自然・人民・家畜に対する呪力をもっている。王が安寧に暮らすことで人民の生活も守られるのだ。

『グリム童話』にある【美女と野獣】系の話「鳴きながらぴょんぴょん跳ぶひばり」にも、変形はしているもののこのモチーフが見える。

鳴きながらぴょんぴょん跳ぶひばり  ドイツ 『グリム童話』(KHM88)

 昔、一人の男が大きな旅行をすることになり、出立間際に三人の娘に土産は何がいいかと尋ねた。長女は真珠、次女はダイヤモンドを望んだが、父親の一番のお気に入りの末娘はこう言った。

「お父様、私は鳴きながらぴょんぴょん跳ぶひばりが一羽欲しいです」

 父親は快諾して出かけて行った。

 帰る段になって、真珠とダイヤは手に入ったが、鳴きながらぴょんぴょん跳ぶひばりというのはどこを探しても見つからなかった。がっかりして帰る途中、森を通り抜けねばならなかったのだが、その真ん中にきらびやかな城があって、近くに木が一本あり、その木のてっぺんにひばりが一羽、ぴょんぴょん跳ねながらさえずっているのが見えた。父親は喜んで、従者にそれを捕まえてくるように命じた。ところが従者が木に近付いた途端、その下にいたライオンが跳ね起きて、恐ろしい声で吠えて辺りをビリビリと震わせた。

「鳴きながらぴょんぴょん跳ぶ、私のひばりを盗もうとする者は、何者であろうと食ってやるぞ」※ドイツ語のひばりの語源は《ライオンの木の実》だという

「この鳥があなたのものとは存じませんでした。とんだ失礼をいたしましたが、賠償金はいくらでもお支払いいたしますから、命ばかりはお助けください」

「お前が家へ帰って最初に出会った者を私に差し出すと約束しろ。そうすればひばりもやろう。だが、そうしないのならば、どうあってもお前は助からぬ」

 父親は、末娘は自分を非常に愛しているので一番最初に出迎えるかもしれないと恐れて跳ねのけたが、従者が「必ずお嬢様が最初に出迎えるとは限りません。犬か猫かも」と耳打ちしたので、とうとう承知してしまった。

 父親が家に帰ると、果たして、最初に駆け出してきたのは末娘であった。彼女は父親に飛びついてキスをし、お土産のひばりを見て狂喜したものだが、父親はそれどころではなく、くびくびと萎れて嘆くばかりだった。ライオンとの約束を話し、ライオンはお前を手に入れたら八つ裂きにして食べてしまうだろう、どんなことがあっても奴の所に行くなと言い聞かせたが、末娘はこう言った。

「お父様。約束されたことはその通りに守らなければなりません。私、行きます。行って、きっとライオンを宥めて、無事にお父様のもとへ帰ってきます」

 

 あくる朝、娘は家族に別れを告げて、教えられた道をたどって、平気な顔で森へ入って行った。そうして城に入ったのだが、親切に迎え入れられ、夜になると美しい男性が現れた。実はあのライオンは魔法を掛けられた王子で、昼の間は家臣たち共々ライオンになるのだが、夜には人間の姿を取り戻すのだ。きらびやかに婚礼の式が挙げられ、娘はライオン王子の妻になった。そして昼は寝て夜は起きて、何不足なく暮らしていた。

 そんなある日のこと、ライオンが来て言った。

「明日はお前の一番上の姉の婚礼で、お前の父の家で祝宴がある。行きたいのならば家来のライオンたちに送らせるが」

 娘がお父様に会いたいと言ったのは勿論のことで、ライオンたちを引き連れて出かけて行った。

 実家の方では、末娘はとうにライオンに引き裂かれて死んだものと思っていたので、帰ってきたのを見て非常に喜んだ。娘は、自分が美しい夫を持って幸せに暮らしていることを語り、祝宴が終わると森へ帰って行った。

 次に、二番目の姉の婚礼の祝いの日が来た。娘はライオンに言った。

「今度は私、一人で行くのはいやよ。あなたもご一緒にいらっしゃらなくちゃ」

「いや、私が行っては危険なんだ。もしもあそこで蝋燭の光に当たるようなことになったら、私は鳩になって、七年の間、他の鳩と共に飛び回っていなければならなくなる」

「いやね、ご一緒にいらっしゃいな。私が気をつけて、光なんて決して射さないようにしますから」

 ライオンと娘は、二人の間に生まれた小さな子供も連れて、娘の実家に出かけて行った。娘は一つの広間の周囲を頑丈に囲わせて、全く光が入らないようにし、夜にろうそくが灯される頃にはライオンをその中に入れておくことにした。ところが扉が生木で出来ていて、乾いて縮んだためにごく小さな裂け目ができていたのだ。今礼はきらびやかに執り行われ、教会から帰ってきた行列が燈火を灯して広間の脇を通り過ぎた時、毛の一筋ほどの光が射し込んで王子に当たった。たちまち彼は白鳩に変わり、娘が広間に入ると、こう言って戸外へ飛び去った。

「七年の間、私は世界を飛び回らなくてはならない。だが七歩ごとに赤い血を一滴、白い羽根を一枚落とすことにする。お前がこの後をつけてくれば、お前の手で私を救いだすこともできるだろう」

 

 娘は鳩を追い、血と羽根を手掛かりに歩き続けた。七年目がとうとう近付いたが、急に血も羽根も見当たらなくなった。困り果てた娘は太陽のところへ上って尋ねた。

「太陽よ、あなたはどんな隙間へも射し込んで、どんな高い尖端でも照らしていらっしゃいます。もしや、白い鳩が飛ぶのをご覧になってはいませんか?」

『いや、全く見かけなかったね。だが、お前に手箱を一つやろう。本当に困った時に開けるがよい』

 娘はお礼を言って歩きだした。やがて日が暮れて月が昇ったので、月にも尋ねた。

「月よ、あなたはどこの野原でもどこの森でも、夜通し照らしていらっしゃいます。もしや、白い鳩が飛ぶのをご覧になってはいませんか?」

『いや、全く見かけなかったね。だが、お前に卵を一つやろう。本当に困った時に割るといい』

 娘はお礼を言って歩き始めた。やがて北風がやって来て娘に吹き付けた。娘は尋ねた。

「北風よ、あなたは木という木の梢を吹き渡り、葉という葉の間を吹き抜けていらっしゃいます。もしや、白い鳩が飛ぶのをご覧になってはいませんか?」

『いや、そういうものは見かけなかったね。だが、他の三方の風に聞いてみよう。ことによると、他の連中は見たかもしれない』

 やって来た風たちのうち、東風と西風は知らないと言ったが、南風は言った。

『その白鳩なら、私が会ったよ。あの鳩は紅海へ飛んで行った。その時ちょうど七年の期限が切れて再びライオンになったが、今は紅海で龍と戦っている。その龍というのが、本当は魔法をかけられている王女なのさ』

 それを聞くと北風がアドバイスをしてくれた。紅海の右岸に生えた大きな木のうち十一本目を伐って鞭にし、それで龍を打てばライオンが勝つし、両方の魔法も解ける。それから辺りを見回せば、紅海の岸に住むグライフ(グリフィン)が見つかるだろう。その背に夫と共に飛び乗れば海を飛び越えて故郷へ運んでもらえる、と。そして一つの胡桃をくれて、グライフに乗っての帰路、海の真ん中あたりへ来たら落とすように指示した。するとたちまち胡桃の大木が育ち、グライフはその枝で休憩する。そうでなければ疲れ果てたグライフは海の中へお前たちを振り落としてしまうだろうと言うのだった。

 娘は紅海へ行き、十一番目の木から作った鞭で龍を打ち叩いた。するとライオンが龍を打ち負かして、途端にどちらも人間の姿に戻った。

 ところが、今まで龍だった王女が、魔法から解き放たれるやいなや、若者を抱きかかえてグライフに飛び乗った。そしてそのまま飛んで行ってしまったのである。

 残された娘は途方に暮れて、ぺたりと座り込むとおいおい泣いた。彼女はまたも棄てられたのだった。それでもやっと心を奮い立たせて、立ちあがると、声に出してこう言った。

「風の吹くところならどこまでも、鶏の鳴いている間はいつまでも、歩いて歩いて、どうでもあの人を見つけてやるわ」

 

 娘はいつまでも歩いていき、とうとう龍だった王女とライオンだった夫がいるという城へたどり着いた。聞けば、間もなくこの二人の婚礼が挙げられるという。

「きっと神様はお助けくださるわ」

 娘は呟いて、かつて太陽にもらった手箱を取り出した。本当に困った時に開けろと言われていたのだった。開けてみると、中には太陽のように輝くドレスが入っていた。娘がそれを着て城に入ると、誰もがその美しさに驚嘆した。中でも花嫁は、そのドレスをウェディングドレスにしたいと思ったほどの惚れ込みようで、それを売ってもらえないかと頼んできた。

「お金や品物とはお取り換えできませんが、血と肉をいただけますなら」

「それはどういうことなの?」

「あなたの婚約者の眠る部屋で、私を一晩休ませてください」

 花嫁は嫌だと思ったが、ドレスがどうしても欲しかったのでとうとう承知した。だが侍従にそっと命じて、王子に眠り薬を飲ませておいたのだ。

 いよいよ夜になって王子がベッドに入ると、娘は部屋に案内され、寝台のそばに座って懸命にかき口説いた。

「私は七年の間、あなたを慕って後を追い続けました。太陽や月や、四つの風のところへも行ってあなたの消息を尋ねましたし、お手伝いをして竜にも勝たせて差し上げました。それなのにあなたは、私をすっかり忘れてしまうおつもりなの?」

 けれども王子は死んだように眠っていて、娘の言葉など風が樅の木を揺らす音程度にしか感じないのだった。

 朝になると娘は部屋から引き出されて、金糸の衣装を引き渡さざるを得なかった。野原に座り込んで泣いているうち、月にもらった卵のことを思い出して、割ってみた。するとめんどりが一羽、コッコッコッコッと鳴きながら出てきて、金無垢のヒヨコを十二羽連れていた。このヒヨコたちが雌鶏の周りを歩いたり羽の下に潜り込む様子の、なんと可愛らしく面白いことだろう。

 娘が野原でヒヨコたちと遊んでいると、それを窓から見た花嫁がすっかり気に入って、すぐさま降りて行ってそれは売り物ではないのかと尋ねた。

「お金や品物とはお取り換えできませんが、血と肉をいただけますなら。と申しますのは、あなたの婚約者の眠る部屋で、私を一晩休ませていただきたいのです」

「ええ、いいわよ」

 花嫁はすぐにそう答えた。というのも、前の晩と同じように娘を騙すつもりだったからだった。

 ところがその晩、王子は眠る前になって、「昨夜はなにやらぶつぶつ言うような声かざわざわするような音が聞こえたが、あれは何だ」と侍従に尋ねた。すると侍従は全てをすっかり打ち明けたのだ。

「実は、どこやらの下賤の娘が一人、この部屋に眠ることになりましたので、王子様に眠り薬をお勧めいたすように申し付かりまして。――今晩も同じ薬を差し上げることになっております。いえ、その薬はベッドの脇にこぼしておしまいなさい」

 王子は薬を飲まずにベッドに横になった。夜が更けて娘がまた部屋に案内されて来て、自分のやるせない身の上を語り出した。王子はその声を聞いただけで、それが自分の大切な連れ合いであると分かったので、ベッドから跳ね起きて言った。

「今度こそ、本当に救われたぞ。まるで夢でも見ていたかのように、見知らぬ王女に惑わされてお前のことを忘れていたのだ。それでも神が、ちょうど良い折に私の迷いの目を覚まさせてくれてよかった」

 王女の父親は恐ろしい魔法使いなので、二人は夜のうちにそっと城を抜け出してグライフに乗り、江海を渡って行った。海の真ん中あたりに差し掛かった時、娘が北風にもらった胡桃を落としてみると、たちまち胡桃の大木が生え、グライフはその枝に一休みして元気を取り戻し、残りの道を飛ぶことが出来た。故郷に帰ると、家には子供が待っていて、もう立派に大きく成長していた。

 それからは、家族みんな何不足なく、死ぬまで楽しく幸せに暮らした。

 外界から隔絶された部屋に閉じこもっていなければならず、僅かな外光でも見れば《白い鹿》や《白鳩》に変わって、深い森や紅海の果てに去ってしまう。これが《死》の暗示であることは明確だ。古来より世界中で、死者の霊魂は獣の姿をとると考えられた。そして観念上の森や紅海は、《冥界》の暗示である。

 

 それにしても、どうして太陽を見ること、太陽に見られる(光が当たる)ことが、そのような災いをもたらすのだろう。太陽を天神の目とみなす観念や、視線には人を害する魔力があるという邪視の観念が混ざり合ったのだろうか。

 あるいは、太陽や月は女子供を神の世界(冥界)へ連れ去ってしまうという観念に関連するのだろうか。連れ去った女子供を、太陽や月は食べるか養子にするか配偶者にするものだが、実際、「太陽の娘」ではただ一度日光を見ただけで感精して、塔に閉じ込められていた娘は子を孕む。考えようによっては、娘は太陽の妻になったのである。

参考文献
『魔法昔話の起源』 ウラジーミル・プロップ著 斎藤君子訳 せりか書房 



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