>>参考 [呪的逃走

 

人殺し城  ドイツ 『グリム童話』

 昔、娘を三人持っている靴屋がいた。あるとき、靴屋が留守にしている間にどこかの伯爵がやって来た。彼は美しく、立派な服を着て輝く馬車に乗っていたので、みんなこの人はお金持ちなのだと考えた。

 伯爵は娘たちのうちの一人と結婚したがった。娘はこんなに金持ちの男と結婚すれば幸せになると考えたので、逆らわずに彼と一緒に馬車に乗って行った。

 途中で日が暮れると、伯爵は娘に問いかけた。

 月の光は昼にも似て

 私の馬は足並み速く駆ける。

 幼き者よ、本当に悔やまないか?

「ええ、悔やまないわ。あなたの側にいれば安心ですもの」

 こうは言ったものの、娘は内心では薄気味悪く思っていた。伯爵の問いかけは、まるで死出の旅路の詩のようだったから。

 大きな森へ差し掛かると、娘は尋ねた。

「もうすぐなの?」

「もうすぐだよ。遠くの方に明かりが見えるだろう。あれが私の城だ」

 やっとその城に着いた。何もかもが美しく、素晴らしいものばかりだった。

 そのあくる日、伯爵は娘に向かって、どうしても自分で片付けなければならない大事な用があるので四、五日留守にする、だが鍵をみんな置いていくから、どこまでも見物するがいい、ここにある宝は全てお前の自由にしていいのだからね、と言った。

 伯爵が出かけてしまうと、娘は城中を歩き回った。目に映るのは素晴らしいものばかりで、すっかり幸せな気分になったが、最後に地下室の一つへ行ってみたところ、老婆が一人ぽつんと座って、何か長いものの内側のカスをこそげ落としていた。

「あら! お婆さん、何してるの?」

「腸をこそげてるのさ。嬢ちゃん、明日はお前の腸をそうするんだろうね」

 老婆が持っているのは人間の腸だったのだ。娘は肝を潰して、手にしていた鍵を血の溜まったたらいの中に落とした。血は鍵に染み付いて、いくら水で洗っても取れなくなった。

「これで、あんたも死ぬことに決まったね」と、老婆は言った。「この部屋へは、お館様と婆ァしか入れないのさ。ここにあんたが入ったことは、お館様にはちゃーんと分かるからね」

 ちょうどそのとき、干草を積んだ荷車が一台、城から出発しようとしていた。老婆が「生きていたければ、あの干草の中に隠れてここを抜け出すことだよ」と教えてくれたので、娘はその通りにした。

 やがて伯爵が帰ってきて、娘は何処にいると訊ねた。

「アレですか。この婆ァめの手はもういておりましたし、どうせあの娘も明日には始末するところだったのですから、手っ取り早く終わらせちまいましたよ。それ、これがあの娘の髪の毛、これが心の臓、血もまだ暖かいし。残りは、犬どもが寄ってたかって食べちまいました。婆ァは今、あの娘の腸をこそげているところですよ」

 老婆がそう言ったので、娘はもう死んだものと思って伯爵は安心し、探したりはしなかった。

 その間に、娘は干草の荷車に乗って近くの大きな城に入っていた。売られた干草の中からまろび出た娘が身の上をすっかり話すと、暫くここにいるがいいと言ってもらえた。

 それから暫くして、この城の主は近くに住む身分高き人々を招いて大きな宴会を催した。この宴会には娘も参加したが、人殺し城の伯爵も呼んだので、衣装と化粧を工夫して一目では分からないようにしておいた。

 客が全員揃うと、それぞれが何か一つ、面白い話をすることになった。やがて順番が回ってきた娘は、自分の身の上に起こった恐ろしい話について物語った。すると例の伯爵はそわそわし出して、他の者の制止を振り切って逃げ出そうとした。しかし城の主はしっかりした人だったので、既に手配を済ませており、伯爵は法の名の下に牢に入れられ、城は取り壊されて、財産は残らず娘に与えられた。

 その後、娘は自分を親切に匿ってくれた城の若君と結婚して、長生きをしたという。



参考文献
『完訳 グリム童話集』 金田鬼一訳 岩波文庫 1979.

※これは決定版からは削除されている。グリムは、初版に収めていた「青髭」をペローのもの(フランス的)だとして以降の版から削除したが、こちらはオランダ的だというので削除したそうだ。

 物語としてやや崩れている。恐らく上二人の姉が最初に嫁いで失敗して殺されたのだったり、夫が地下室だけは見てはならないと戒めるエピソードが入るべきだと思うのだが、欠けている。

 

 人殺しの夫が冥王(死神)であるということが、嫁入り道中の歌や、「大きな森に入ると夫の城が近い」という描写で暗示されている。

 人殺し城の地下室にいる老婆は、言ってしまえば山姥だ。「ヘンゼルとグレーテル」の人食い魔女と同じモノでもあるし、「せむしのタバニーノ」の人食い鬼のおかみさんと同じモノでもある。そして「フシェビェダ爺さんの金髪」に登場する太陽の母親と同じモノでもあるだろう。三途の川にいる奪衣婆と言ってもいいかもしれない。彼女は全ての命を呑み込む恐ろしい冥界の鬼女であるが、同時に沈む太陽(霊)を迎え入れては癒し再び昇らせる、生命の母神でもある。豊穣の地母神だ。血の溜まったたらいは地獄の釜。冥界そのものでもあるし、彼女の子宮でもある。

 死神たちは冷酷無比に死を与えるものであるが、同時に慈悲深い。娘は女神の慈悲に触れて(藁山の中から)産まれ直し、《黄泉帰る》ことが出来たのだろう。

 

 この話では、主人公の娘と、彼女と再婚した若君の間にどんなロマンスがあったのかは語られていないが、以下の類話を読めば補完できるのかもしれない。(これらにもやはり「開かずの間」のモチーフはないが、さしたる問題ではないことは読めばお分かりだろう。)

娘とバンパイア  ブルガリア

 吸血鬼(屍鬼)が美しい男になって、貧しい女を訪ねてくる。彼女の三人の娘のうち、一番上の娘を妻に貰った。吸血鬼は墓石を持ち上げ、地下に入る。そこには人間の肉が鈎に下がっており、それで料理を作るように命じられる。娘がその料理を食べず、吸血鬼の笛の音に合わせて踊りもしないでいると、吸血鬼は短刀で娘を殺して、切り刻んで鈎にかけてしまった。

 翌日の夕方、再び女の許へ行って、妻が病気で、会いたがっているからと二番目の娘を連れていく。同じ目にあう。

 最後に、娘が病気なら自分も見舞いに行きたいと言う母親の願いを断わって、末の娘が連れ出される。娘は姉達の肉を見て気を失うが、正気づいて神に祈る。吸血鬼が人肉料理を言いつけて留守にしている間に、抜穴を発見し、深い森に出る。神に祈り、髪一本で開け閉めの出来るトランクを授かり、中に篭り隠れた。

 

 娘がトランクに隠れ、食事のときだけ外に出て果実を食べるようになってから二月半ほど後、王子が狩りに来て、丁度果樹に登っていた娘を発見する。急いでトランクに隠れたので捕まらなかったが、王子は自分を誘惑する妖精ヤモヴィラかもしれないと思う。

 王子はトランクを拾い、それを自分の部屋に飾った。その日から、王子の部屋に運ばれた食事が少しずつ減るようになる。王子は腹を立てる。召使の一人が隠れて、トランクから金髪の娘が出てくるのを見る。それを聞いた王子は自ら待ち伏せし、出てきた娘を捕えて結婚した。しかし、またトランクの中に入られることを警戒し、特別室に閉じ込めた。

 大臣が、自分の娘を妃にしたいばかりに侍女や黒人女をたきつける。王子が留守の日の朝、娘は縛られて町から遠く離れた茨の茂みに投げ込まれるが、老婆に助けられ、その家で暮らすことになった。

 王子は妻を失って病気になる。元気を出させるため、誰でも料理に自信のある者は王子に病人食を持ってこい、とお触れが出される。娘は老婆に野菜の煮物を作らせ、中に自分の髪の毛を一本入れて届けさせる。門番は追い払おうとするが、窓から見ていた王子によって招き入れられる。王子は髪の毛を見つけ、また持ってくるよう命じる。二度目のときも髪の毛を見つけ、「病気はもう治ったから、今度の日曜に老婆の家に遊びに行く」と言う。老婆が娘をどこに隠そうかと動転すると、娘は捏桶の中に自分を隠して蓋をし、練り粉を膨ますため入れてあるのだと言えばいい、と指示する。やってきた王子は捏桶を気にし、あれは何が入っているのか、何故膨らんでいるのかと何度か尋ねた後、ついに蓋を取る。

 王子と娘は再会し、二人は老婆を連れて城に戻り、侍女達は処刑された。


参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.


参考 --> 「物言う手」「吸血鬼の花嫁」【箱の中の娘】[りんご娘]【蛇婿〜偽の花嫁型

ブルゴーは悪魔  ハンガリー

 昔、貧しい男が一人いて、妻との間に三人の美しく年頃の娘を持っていた。

 あるとき貧しい男が市場に出かけたところ、居酒屋に常ならぬ人だかりがある。そこでは一人の脂ぎった男が踊っており、楽団にも大判振る舞いしていた。好奇心に駆られて覗いた貧しい男を目ざとく見つけると、自ら近付いて親しげに振る舞い、食べ物や飲み物を存分におごった。そのうえ、貧しい男が帰るときには必要な買い物や家族への土産の分まで代金を支払ってくれたのだ。おかげで、貧しい男は頭からつま先まで上等な新しい服で包み、鉄の馬車で帰途に就くことになった。

 暫く行くと、どこからか例の脂ぎった男、ブルゴーが現れて話しかけてきた。二人は荷馬車に乗ったままパイプをくゆらせて話をした。

「ところで、あんたには年頃の娘さんがあるだろう?」
「ありますよ、旦那」
「上がジュジ、二番目がエルジ、末娘はユリシュカって名じゃないかね?」
「まさにさようで」
「なあ、あんた。あんたが無事に家に帰ったら、三週間後に、私はあんたの家を訪ねて娘さんに求婚したいんだが」

 ちょうど別れ道に来て、男たちは固い握手を交わすと、ブルゴーは左、貧しい男は右へ別れた。

 さて、三週間が過ぎると、ブルゴーは貧しい男の家に求婚しにやって来た。今度はどこかの王子もかくやという風にめかしこんだ姿だった。一通りの挨拶の後で貧しい男は一番上の娘を妻として与え、ブルゴーは花嫁を抱いて雄山羊の背にまたがり、七つの国に向かって軽やかに旅立った。

 どんどん道を行き、やがて荒涼とした大きな森に差し掛かると、行く手に清らかな泉が湧いているのが見えた。花嫁が言った。

「ちょっと、あなた。ここで少し休みませんか。あそこに泉があるんです。泉の水を飲まないで行ってはいけない、いつも立ち寄って飲んでいくようにって母さんが言いました」
「いいとも。だが、あまり長くは駄目だ。喉の渇きを癒すだけだよ」

 花嫁は泉のほとりに行ってたっぷり水を飲んだ。すると、どこからともなく一羽の白い鳩が飛んで来てこう言った。

「私にも飲ませてくださいな、美しい花嫁さん」
「飲ませてあげられないの。急ぎますから」

 娘は鳩に水を飲ませずに急いで夫のところに駆け戻り、雄山羊の背に乗って立ち去った。

 どんどん道を急ぎ、やがて雄山羊は大きな城の前に止まった。城の窓という窓は全て塗り込められていた。ブルゴーが花嫁を抱き上げてその城の中に入ると、全ての扉はひとりでに開いてひとりでに閉まった。やがて暗い部屋に入ったが、そこには簡単な寝椅子が一つあるきりだった。ブルゴーはその寝椅子に花嫁を投げ出して言った。

「ここがお前の部屋だ。これが花嫁のベッドだ」

 それからくるりと向きを変えて暗い部屋を出て行き、山羊の首を三つ持ってきて娘に渡した。

「山羊の首が三つある。目玉と口と耳と鼻を切れ。料理してお前が食うのだ。残り全部は召使いたちの分だ」

 そして妻を残したまま暗い部屋から出て行き、雄山羊にまたがって立ち去った。

 娘は涙に暮れた。それから三つの山羊の首を洗って切った。目玉と口と耳と鼻を切り取ったが、料理しないで焼け灰をかけた。

 昼、食事時になるとブルゴーが部屋に入ってきた。すると連れてきた召使いで部屋は一杯になった。

「どうだ、山羊の首を料理したか?」
「はい」と娘は答えた。
「目玉と口と耳と鼻を切って食ったか?」
「はい」と娘は答えたが、恐怖を感じていた。ブルゴーは声をあげた。

「目玉、口、耳、鼻よ。お前たちは何処にいる?」

 すると、声が返ったのだ。
焼け灰の中です

 ブルゴーは娘に飛びかかるや喉首を掴んで絞め殺し、厚い壁に穿たれた窓の枠のところに置いた。それから雄山羊にまたがって、再び貧しい男の家を訪ねた。

「私の花嫁は踊り疲れましてな。だから妹さんを連れて行きたいのです」

 そこで二番目の娘は着替えをして、婚礼の祝宴で踊るために出かけることになった。やがて大きな森に差し掛かり、泉のほとりで二番目の娘もこう言った。

「ねえ、義兄にいさん、ちょっと止まって下さいな。いつも母さんが、この泉の水を飲まずに行ってはいけないと言っていました」
「いいとも。お望みならそうすればいい。だが、少しの間だけだよ」

 二番目の娘は泉のほとりに急ぎ、両手で水を一杯すくって飲んだ。すると、どこからともなく一羽の白い鳩が飛んで来て言った。

「私にも飲ませてくださいな、美しい花嫁さん」
「飲ませてあげられないの。急いでいるのよ。婚礼の宴席に踊りに行かねばならないの。きっと若者たちが待っているわ」

 そうして水を飲ませてやらずに義兄の所に駆け戻り、雄山羊に乗って軽やかに立ち去った。

 どんどん道を行き、やがて雄山羊は大きな城の前に止まった。

「ごらん。あなたが来たので、あそこの窓辺で姉さんが喜んで笑っている。さあ急ごう」

 それから娘を掴んで暗い部屋に運び入れ、寝椅子に投げ出して言った。

「ここがお前の部屋だ。花嫁のベッドだ」

 ブルゴーはくるりと背を向けて部屋から出て行き、山羊の首を三つ持ってきて娘に押し付けた。

「ほれ、三つの山羊の首だ。目玉と口と耳と鼻を切って料理してお前が食うんだ。後は全部召使いたちのためにお前が用意してやれ」

 ブルゴーは娘を残して暗い部屋から出て行き、雄山羊にまたがって立ち去った。

 娘は一人取り残されて涙に暮れた。三つの山羊の首を洗い場に持っていって目玉と口と耳と鼻を切ったが、料理はしないで、燃えている火の中にくべた。

 昼になって食事時になると、ブルゴーがまたやって来た。そして暗い部屋は召使いたちで一杯になった。

「三つの山羊の首を料理したか?」
「はい」と娘は答えた。
「目玉と口と耳と鼻を取り分けて食べたか?」
「はい」と娘は答えたが、ぶるぶると震えた。ブルゴーは声をあげた。

「目玉、口、耳、鼻よ。お前たちは何処にいる?」

 すると、声が返った。
火の中にいます

 ブルゴーは娘に飛びかかって喉首を掴んで絞め殺し、窓枠の姉の死体の傍らに置いた。それからまたもや雄山羊にまたがって、みたび貧しい男の家を訪ねた。

「花嫁と妹さんは踊り疲れましてな。だから下の妹さんを連れて行きますよ」

 一番下の一番美しい娘もまた、晴れ着に着替えた。行きたくはなかったが、母が行くようにと強く言ったのだ。そして義兄と一緒に、婚礼の宴席で踊るために出かけて行った。

 こうして泉のほとりに差し掛かると娘は言った。

「ねえ、義兄にいさん、ちょっと止まって下さいな。母さんが、この泉には立ち寄って水を飲んでいくように、飲まずに行ってはいけないと、いつも言っていました」
「いいとも。飲みたいならお飲み。だが、少しの間だけだよ」

 一番下の娘も雄山羊の背から飛び降りて泉のほとりに駆け寄り、両手で水をたっぷりすくって飲んだ。すると、どこからともなく一羽の白い鳩が飛んで来て娘の肩にとまり、言った。

「私にも飲ませてくださいな、美しい花嫁さん」
「まだ時間があるわ。飲ませてあげましょう」

 娘は泉に身をかがめて両手で水をすくい、口移しで鳩に飲ませてやった。

「美しい花嫁さん、心配はありませんよ。親切にしてくれた代わりに良いことがあります。困ったことがあれば、いつでも私が助けてあげますよ」

 こう言って白い鳩は飛び去り、娘は義兄の所に急いで戻ると、雄山羊に乗って立ち去った。

 城に帰り着くとブルゴーは言った。

「ごらん。あなたが来たので、あそこの窓辺で二人の姉さんたちが笑っているよ。さあ急ごう」

 こうして娘を抱きかかえ、暗い部屋に連れ込むと、寝椅子に投げ出して言った。

「ここがお前の部屋だ。花嫁のベッドさ!」

 ブルゴーはくるりと背を向けて部屋から出て行き、山羊の首を三つ持ってきて娘に押し付け、言った。

「山羊の首が三つある。目玉と口と耳と鼻を切れ。料理してお前が食うんだ。ほか全部は召使いたちのために料理しろ」

 ブルゴーは暗い部屋から出て行き、雄山羊にまたがって立ち去った。娘は一人取り残されて涙に暮れ、三つの山羊の首を洗い場に運んだ。

 泣きに泣いていると窓が開き、白い鳩が飛んで来た。

「何をそんなに泣いているんです? 花嫁さん」
「泣くわよ。犬にやるような山羊の首を三つも投げてよこしたの。目玉と、口と、耳と、鼻を切って、自分で料理して食べるの。ほか全部は召使いたちのために料理するの」
「あなたの災難が取り返しのつかないことにならないように、私の言うことを聞くんです。あなたはご主人の命令通りになさい。三つの山羊の首の目玉と口と耳と鼻を調理場に持って行って料理するのです。料理したら、台所にぶちの猫が一匹いますから、それに食べさせるのです。ぶち猫が全部食べたら、猫を捕まえて殺し、あなたのお腹に結びつけるのです」

 こう言うと白い鳩は窓から飛び去り、娘は仕事に取り掛かった。三つの山羊の首の目玉と口と耳と鼻を切り、料理して猫にやった。猫が最後の一塊を食べ終わると、猫を捕まえて殺し、お腹に結びつけた。

 昼、食事時になるとブルゴーがやって来た。暗い部屋はたちまち召使いたちで一杯になった。

「三つの山羊の首を料理したか?」
「はい」と娘は答えた。
「目玉と口と耳と鼻を取って食べたか?」
「はい」と娘は答えた。ブルゴーは声をあげた。

「目玉、口、耳、鼻よ。お前たちは何処にいる?」

 すると、声が返った。
あったかいお腹の中にいます!

「よし、お前は最高の妻だ」

 すると部屋は一気に明るくなり、死体の置かれた窓枠は消えうせ、坊さんと首斬り役人と石頭の男が呼ばれた。坊さんは二人を祝福し、首斬り役人は箒で掃き、稲妻が彼らの周りで光ったが雷は落ちなかった。祝いの酒はたっぷりあったが、スプーン一杯でもありつけた者は幸せという有様だった。つまるところ、酒は全て平らげられたのだ。

 さて、どんな用があるのかないのか、ブルゴーは七年もの長い旅路に出ることになった。そこで召使いたちを集めて、妻に対しても自分に対するのと同じように忠実に仕えるようにと厳命した。こうしてブルゴーは雄山羊にまたがって愛妻に別れを告げると旅立ち、美しい娘は悲嘆に暮れたまま取り残された。

 すると窓が開き、白い鳩が飛び込んできて娘の肩にとまった。

「何がそんなに悲しいんです、美しい花嫁さん?」
「悲しいわよ。ひどい目に遭っているんですもの!」
「あなたの災難が取り返しのつかないものにならないうちに、私の言うことを聞くのです。まず召使いたちに命令して、あなたのために船を造らせます。窓も無く戸も無い箱船ですよ。あるのはただ一つの秘密の入口だけです。それに七年分の食料を積ませます。船が出来たらそれに篭り、外海へ向かって旅立つのです。神の助けを信じなさい。お城の鍵は持っていくのですよ」

 こう言うと白い鳩は飛び去り、娘は鳩に言われた通りに召使いたちに命令した。ブルゴーの言いつけに従っていた召使いたちは、娘の命令に全く逆らわずに七日で箱船を作った。娘が小さな入口から中に入ると、箱船は外界へ向けて押し出された。

 そして三年が過ぎた。七年の予定を切り上げて戻ってきたブルゴーは、妻がいないのに気付いて愕然となった。召使いたちに聞いたが、水の中の魚のように何も言わない。部屋という部屋、庭中を探し回り、しまいに雄山羊にまたがって地上のありとあらゆる場所を探したが見つからない。ならば海にいるはずだと探し回ったが見つけられなかった。箱船は水と同じ色をしていたからだ。

 とうとうブルゴーは家に帰らざるを得なかった。そしてすっかり悲嘆に暮れた。これまで九十九人もの少女を絞め殺してきた。あの娘とやっと本物の夫婦になって、殺人の習慣も終わりを告げるはずだったのに。

 一方、娘の方は波間を漂い続けて四年になろうとしていた。箱船は魚網に引っかかり、漁師たちはそれを贈り物として王子のところに持って行った。王子はこういうものが好きだったので、直ちに自分の部屋に運ばせた。

 ところで、この王子には変わった性癖があった。というのも、母親の手料理しか口にしないのであった。けれども母の王妃はもう年老いていたので、毎日の料理は大変だった。

 箱船の中の娘は、予め白い鳩に助言されていた。つまり、箱船からこっそり出て台所へ行き、王妃を手伝って焼いたり煮たりするように。そして料理が出来たらすぐに箱船に戻るようにと。

 王妃は美しい娘がエプロンを着けて現れて、火を起こしたり手際よく粉をこねたりしても驚いたり褒めたりしなかった。ただ、最後に尋ねた。

「あなたはどちらの娘さんかしら?」
「貧しい者の娘です」
「誰がここに連れてきたのですか?」
「白い鳩です」
「何処に住んでいるのです?」
「王子様のお部屋にある箱船の中です」
「私はもう年を取りました。ですから娘よ、今あなたがしたように私を助けてくれることを、心から望みます」

 娘は王妃の手にキスすると、急いで箱船に戻った。そこに、王子が狩りから戻ってきた。普段から美味しいものを食べつけている彼は、その日の昼食を見てもさして喜びはしなかったが、それでもいつもと同じように食べ始めた。王妃が言った。

「気に入りませんか、息子よ。これは私の料理ではないのですよ」
「誰が料理したんです?」
「美しい娘です。あなたの部屋にある箱船に住んでいます」

 みなまで聞かず、王子はすぐにスプーンを置いて自室に戻った。そして箱船を開けようとしたが開け方が分からない。中の娘に呼びかけて懇願しても、何も返事は返らなかった。

 次の日、王子はまた狩りに行ったが、出かけたふりをしてぐるりと回り、早く家に帰った。王子が出かけるとすぐに、娘はエプロンを着けて台所仕事を始めていたのだが、台所に王子が入っていくと、二人は互いに相手を見て言った。私はあなたのもの、あなたは私のもの。誰も二人を離せない、と。こうして二人が熱い抱擁に身を任せていると、窓が開いて白い鳩が飛び込んできた。そして強く娘を叱って言った。

「さあ、早く箱船に隠れるのです。あなたの婚約者が雄山羊にまたがってすぐそこまで来ています。――王子様、あなたは366トンのコールタールを溶かして、門の前に流しなさい」

 娘は一気に冷水を浴びせられた思いで箱舟に駆け込んだ。王子は366トンのコールタールを溶かして門の前に流した。

 そこへ雄山羊に乗ったブルゴーがやって来て、戸口の敷居を跳び越そうとして熱いコールタールの中に落ちた。こうして山羊も何もかも一緒に悪運が尽きた。

 それを見届けると、白い鳩は娘の所に舞い降りて言った。

「さあ娘さん、あなたはもう鳥のように自由ですよ。あなたが望む人に承諾の手を伸べられるのです。言わなくとも、あなたが心に決めたことを知っていますとも。お二人が望むなら、お坊さんが祝福してくれて夫と妻になれるでしょう。
 あなたが持ってきたお城の鍵は、海に投げるのです。するとブルゴーの召使いたちがその鍵をあなたに持ってくるでしょう。そこで彼らに説明するのです。彼らの主人がどういうわけで地獄で焼け死ぬことになったのか、そしてこの王子が新たな主人になるということも。
 さあ、これで私はもう、あなたのところへは来ないでしょう。あなたは私を必要とすることなく、幸せに生きていくでしょうからね」

 こうして鳩は飛び去り、娘は箱船から出た。

 その後、王子と娘は婚約し、七日目に坊さんの祝福を受けて結婚した。盛大な婚礼の宴が催され、人々は最上級の黄金色のチキン・コンソメスープにたっぷりありつけた。

 甘い日々を送る夫婦は、海岸に行ってブルゴーの城の鍵を海に投げ入れた。たちまちブルゴーの召使いたちが鍵を持って現れ、ブルゴーが死んだこと、この若い王が新たな主人になったことを聞くと狂喜して、王妃の手と足に滅茶苦茶にキスをしては死せる大地と二人の頭上に神の平安があるようにと祝福した。

 王夫婦はそれから長いこと船に乗ってブルゴーの領地を見て回った。今やそれは彼らのものだった。また、王妃の両親である貧しい男とその妻を訪れて、卵を扱うように死ぬまで大事にいたわった。

 

 これでおしまい。賢い人は信じないだろうけど、これは『お話』だから。


参考文献
『ハンガリー民話集』 オルトゥタイ著 徳永康元/石本礼子/岩崎悦子/粂栄美子編訳 岩波文庫 1996.

※たとえば【蛇婿〜偽の花嫁型】では、上の姉二人が嫌った魔物の夫を末娘だけが受け入れ、ついに愛して、夫は醜い魔物の姿を捨てて娘と本当の夫婦になる。魔物の夫は本来は神である。それまで闇の性を見せていたのが、娘の愛によって光の性を表すようになるのだ。しかし同じ蛇婿でも「姥皮(蛇婿〜退治型)」になると、末娘は魔物の夫との結婚に承諾したふりをしながら退治してしまう。そしてその後《王子》と出会い、シンデレラ的顛末を経て幸せな結婚をするのだった。神との結婚は否定されている。

 嫁入りの道中の泉で水を飲むシーンは、なかなかに示唆的である。単純に「鳩に親切にしてあげたから末娘だけ助かった。誰かに親切にするのは大切なことですね」と解釈してしまってもいいのだが、恐らく何かもっと別の意味が隠されている。ギリシアのパン神のような古い神…『悪魔』の象徴とされる雄山羊に乗るブルゴーは冥王プルートーと見ていいだろう。彼に嫁入りすることを「死」とみなすなら、その道中で水を飲むことは霊に水(ミルク)を供えることとと関連づけられるのではないか。[三つの愛のオレンジ]では、王子が冥界から花嫁を連れ出すために、彼女たちに水をたっぷり飲ませなければならなかった。死出の道で水を飲むことは、娘たちが試練を越えて黄泉帰るために必要なことだったのではないだろうか。この泉で水を飲むことを指示していたのは彼女たちの母親である。白い鳩は聖霊であり、娘たち自身の分身だったとも取れるが、同時に彼女たちの『母親』の象徴であるようにも思える。

 また、母親が末娘を強引にブルゴーの元へ行かせたというくだりを見れば、娘たちがブルゴーの城(冥界)へ行くことには、実際に行われていた習慣…成人女性として扱われるための通過儀礼的な匂いも感じ取れる。

 更に別の見方をすれば、鳩に水を与える方法が「口移し」であることに意味を見出せるかもしれない。「アンデ・アンデ・ルムト」では、三人姉妹が結婚相手の王子のもとへ行く途中で必ず川を渡らねばならない。三人姉妹の姉たちは、その川を守護する大蟹にキスをして渡らせてもらう。しかし末娘だけはキスを拒み、自らの呪力によって川を渡る。この「ブルゴーは悪魔」では水辺でキスをしなかった娘の方が失敗するのだが、「アンデ・アンデ・ルムト」ではキスをした方が失敗する。彼女たちは「既に大蟹に『使われている』から」花嫁に相応しくないというのであった。つまり、大蟹を男性と見て、キスを性行為とみなしている。しかし「ブルゴーは悪魔」の鳩は、どうも女性的に思え、「口移し」は(自力では飲めない霊に水を供えるための)誠意の現れに過ぎないように見える。
※これに関しては、「物言う手」を読めばスッキリするかもしれない。そちらでは悪魔の家に行く主人公は男性で、助けてくれる鳩がヒロインになっているからである。

 民話を見ていると、ある話では「正解」とされている行動が別の話では「間違い」とされているなど、「普遍的な正しさ」が揺らいでいて混乱させられることがあるのだが、この辺り、結局は語り手たちそれぞれの解釈が出ているということかもしれない。

 

 最後にブルゴーが落ちて死ぬ溶けたコールタールは、グリムの「赤ずきんちゃん」で狼が落ちる煮立った鍋や、ロシアの「狼と子ヤギたち」で狼が跳び越えられずに落ちる焚き火などと同じものだと考えることが出来るだろう。それは煮え立つ地獄の釜の暗示である。古い冥王のブルゴーは死に、(娘の夫となった王子という)新たな冥王が現れたわけである。


参考 --> 【箱の中の娘】「物言う手

 以上の類話に共通して見えているのは「魔物の夫(義父)の食べ物を、妻(養子)が拒む」という要素である。日本には「同じ釜の飯を食う」という言葉があるが、同じ物を食べることは一族の結束を深めるために重要な行為であった。霊が冥界に入る際には、冥界の食べ物を食べなければならない。でなければ冥界に入る資格を得られないのだ。

 この信仰にのっとって、ある物語では「冥界の食べ物を口にしてしまったため、もう甦れなかった」と語るし、別の物語では「冥界の食べ物を食べたから、主人公は冥界の霊力を授かって援助を受け、試練を越えて黄泉帰れた」と語る。この物語では「拒んだから冥界の一員として認められず夫に殺されそうになったが、逃げて黄泉帰ることも出来た」という文脈のようである。

 インドネシアの継子譚「バヴァン・プティとバヴァン・メラー」では、流された洗濯物を追って人食い鬼の家に辿り着いた娘が、その家の主婦である山姥に人肉料理を作るよう命じられる。怯えずに家事をこなした娘は山姥に気に入られて宝の詰まったお土産を持たされて家に帰してもらうが、おびえて家事が出来なかった娘は毒虫の詰まったお土産を渡される。グルジア共和国の「三人姉妹」では、大蛇に嫁いだ娘は夫に助言されたとおり、何でも言われたことと逆さに行動する。それがこの世と反転している死者の国のしきたりだからだ。「金の履物」でも、霊たちのしきたりに従って行動した娘は祝福され、言われたまま(つまり、霊たちにとっては反対に)振舞った娘は惨殺されている。

 開かずの間のモチーフのある【青髭】類話では約束を破ったこと自体が夫に殺される理由となるが(物語の文脈上は、破ったからこそ助かったとされているけれども)、以上の場合は「冥界のしきたりに従わなかったため」に、眷族(妻)として認められず、排除されたわけである。



参考--> 「思い上がった娘



三つ目男  ギリシア キプロス島

 昔、三人の娘を持った貧しい木こりがいた。ある日のこと、娘のうちの一人が窓からぼんやり外を見ていると目の前を一人の百姓が通った。この百姓は娘をたいそう気に入って、隣の家の奥さんに「あの娘はまだ独身だろうか」と尋ね、そうと分かると、取り持ってくれるように頼み込んだ。娘の父親はこの縁談に満足して娘を嫁がせた。

 娘は夫の家に行くと、すっかり幸せに感じた。夫は妻に百と一つの鍵の束を渡して、百の部屋はどれも開けていいが、百一番目だけはいけない、それにその部屋は空っぽだから開ける必要もないのだと言って、こう付け加えた。

「要するに、この百一番目の鍵はお前には用がないんだ。だから私が持っていよう」

 夫は百一番目の鍵を妻の手から取り戻すと、どこかにしまい込んだ。

 若い妻は百の部屋を開けてみて、その中に沢山の宝物が入っていることを知った。ひとつひとつを驚きの声をあげながらじっくり見てしまってから、それにしてもどうしてこんなに沢山の宝の管理を私に任せたのかしら、どうしてあの最後の部屋だけは開けてはいけないのかしらと不思議でならなかった。そこであの部屋の鍵を夫がどこに置くのか注意して見ておいて、後でそれを取ってその部屋を開けてみた。

 部屋の中を見回してみたが、何も置いていない四方の壁と、道路に面した窓が一つあるきりだった。妻は独りごちた。

「あそこから外が見えるって訳ね。でもどうして中庭に向けてではなく道路に向けて窓があるのかしら。私が外を覗かないように、うちの人はこの部屋を閉めておいたのだわ」

 妻は窓辺に腰を下ろした。すると間もなく棺がこちらへ運ばれてくるのが見えた。ところがその棺には、泣いている親族も友人も誰も付いてくる様子がないものだから、妻は何だか悲しくなって泣けてきた。もし自分が死んだときに夫が自分の親しい人たちを遠ざけたならば、自分の葬式もこんな風に寂しいものになるのだろうなぁと想像したからだった。さて遺体が埋められて人々が帰ってしまうと、今度は夫がその墓場にやってくるのが見えた。その墓地に入ると夫の頭はまるで大きな丸い容器のように大きくなり、頭には目が三つ付いていて、手は世界中を抱きかかえられるほど長くなった。そして指には三十センチもの長い爪があった。夫は死体を掘り出して齧り始めた。妻はこの光景をすっかり見て肝を潰したが、気を確かに持って、それが幻ではないことを確かめた。けれどもその後で高熱が出て、妻は床に就かねばならなかった。

 しばらく経って夫が帰ってきて、いつものように鍵のかかった部屋に入っていった。周りを見回して足跡と開いた窓を発見し、妻の部屋に駆け込んでいって大声で怒鳴った。

「この馬鹿め! お前はあの部屋を開けて、私が三つ目男だということを見たな。こうなったからには生かしておかん。お前を喰ってやる!」

 若い妻は大変なことになったのを知って、ベッドから起きて逃げ出す用意をした。一方、三つ目男は台所へ行って火をがんがん起こし、大きな焼き串を手にとって妻に向かって言った。

「さあいいからこっちへ来い。焼き串がお前を待ってるぞ。私は以前にお前をこの方法で食い殺すことを誓ったので、そうしなければならないのだ。そうでなければすぐに丸呑みするところなのだが」

 妻は哀願した。

「お許しください、ご主人様。私はいつでもあなたのものでございます。お願いですからあと二時間生かしておいてください。その間に私は懺悔してお祈りをいたします。それが済んだらどうぞ私を食べてください」

 三つ目男はこの願いを聞き届けてくれた。若い妻はこっそりそこを立ち去って、あの部屋の鍵を取ってその部屋を開けると、窓から道路へ飛び降りた。そして助けを求めて道路を走って行った。

 走っていくうちにやっと一人の馬方に出会った。

「三つ目男に追われているのです。どうか哀れと思って助けてください!」

「どこへ隠してやったらあんたを救ってやれるかなぁ、奥さん。あんたがわしのところに隠れても、三つ目男はきっとあんたを見つけ出して、わしや馬ごと食っちまうだろうよ。それより、もう少し走っていきな。そうすれば王様のらくだ使いがいるだろう。その男ならきっとあんたを助けられるよ」

 それで妻はまた力の限り走っていって、やっとらくだ使いに追いついた。

「三つ目男に追われているのです。どうか哀れと思って助けてください!」

 らくだ使いはこの女のことを心底気の毒に思い、らくだの背中から木綿の大きな束を引き摺り下ろして、その中に隠してくれた。

 そうこうしている間に、三つ目男の方は焼き串を真っ赤に熱して大声で叫んでいた。

「おおい、どこにいるんだ。こっちへ来い、もう時間だぞ!」

 ところが妻が来ないので男は家の中をあちこち探し回ったが、どこにもいなかった。しまいにあの部屋の窓が開いていることに気付き、大急ぎで窓から飛び出した。左右を見渡してから道を走り出し、馬方を見つけて大声で尋ねた。

「おい馬方、ちょっと待て! 待たねばお前とお前の馬を喰ってやるぞ!」

 今までの道中でこの三つ目男に出会った者は、みな恐怖のあまり死んでしまうか気絶したものだったが、この馬方は立ち止まった。三つ目男は尋ねた。

「若い女が走っていくのを見なかったか?」

「何も見なかったねぇ、旦那、ほんとですよ。だがもっと先にはらくだ使いがいますから、あの男なら見たかもしれませんよ」

 三つ目男はどんどん走っていって、らくだ使いに同じことを尋ねた。

「若い女が走っていくのを見なかったか?」

「知らないねぇ。何も見なかったよ」

 これを聞くと三つ目男は独りごとを言った。「もう一度家に帰ってよく探してみよう」。しかし戻って探しても見つからなかったので、考え込んでこう呟いた。「よし、この赤く焼けた焼き串を持っていって、あのらくだ使いをもう一度調べてやろう」。

 三つ目男が窓から飛び出し、焼き串を肩に担いで再び追いかけてきたのを見ると、らくだ使いも若い妻も恐ろしさのあまり息が止まりそうだった。けれども二人は何食わぬ顔をしていた。三つ目男はらくだ使いに命令した。

「さあさあ、グズグズしないですぐに木綿の束を全部ここへ下ろせ!」

 らくだ使いは命令に従わないわけにはいかなかった。すると三つ目男は焼き串で木綿の束を一つずつ突き刺した。勿論、自分の妻が隠れていた束も刺した。そして最後にこう言った。「もうよろしい、行ってよし」。

 三つ目男が立ち去ってしまうと、らくだ使いは若い妻に尋ねた。

「どうだったんだ。焼き串はあなたに刺さらなかったのか」

「勿論、焼き串は私の足に刺さってひどく傷つけたわ。でも私は焼き串を木綿で拭ったので血が付いていかなかったのよ」

 するとらくだ使いは言った。

「まあ心配するな。王様はいい方だから、お前を連れて行けばきっと手当てを受けさせてくださるだろう」

 

 王はこの話を聞くと、娘に向かって言った。

「もう恐れることはないぞ、お若い方。わしの宮殿の中ではその三つ目男も手を出すことは出来んからな」

 そう言ってから王は医者を呼んでくれ、医者は包帯を巻いてくれた。傷が癒えると、娘は何か仕事することを望んだ。

「お前はどんな手仕事が出来るのかね」

「刺繍が出来ます、王様」

 それで白いビロードと絹と、真珠と金の糸が与えられた。すると彼女は王冠を被り玉座に座った王の姿を見事に刺繍したので、王はたいそう喜んだ。娘がその並外れた素晴らしい技術で幾つかの刺繍を仕上げて王に見せると、王はある日女王に向かって言った。

「あの若い娘ほど優れた嫁候補はいないのではあるまいか。あれが王族の出身でないということなど問題ではあるまい。あの娘はあれほど器用で、賢く、しかも美しいから、うちの息子もきっと気に入るだろう」

 女王はこの考えに賛成した。そこで娘は呼び出されてこの縁談を聞かされたが、聞いてしまうと泣き出した。

「あなたさまはどうしてそんなことをお考えになったのですか。私はとても嬉しいのです。けれど、もしあの三つ目男がこのことを聞いたら、私と王子様を食い殺してしまうでしょう。

 けれども、もしそれでもお考えを変えないのであれば、どうか階段が七つある高い家を造って、その下に堀を掘らせ、その堀をむしろで見えないように覆ってください。そして階段には全て牛の脂を塗り込んでください。そして結婚式は誰にも知られぬよう夜中に挙げていただけると一番いいのですが」

 王は全てその通りにするよう命令を出した。

 結婚式の準備は密かに行われたが、三つ目男はそれを嗅ぎ付けていた。彼は復讐してやろうと決心し、結婚式の晩、誰もが寝静まった頃に新婚の部屋に忍び込んだ。花嫁はベッドの傍に三つ目男が立っていることに気付くと新しい夫を揺り動かしたが、彼は死人のように目覚めなかった。何故なら、三つ目男が彼の上に、ある墓から持って来た土を撒き散らしていたからだ。

「さあ、大人しく立つんだ、若い奥さん。焼き串がお前を待っているぞ。私は以前にお前をこの方法で食い殺すことを誓ったので、そうしなければならないのだ。そうでなければすぐに丸呑みするところなのだが」

 そう言うと、三つ目男は花嫁の手を掴んで階段を降りはじめた。三つ降りたところで花嫁が言った。

「お願いだから先に下りてちょうだい。私、怖いんですもの」

 三つ目男は、花嫁が音を立てて他の者を起こしてはまずいと考えて、言われるままにした。ところが一番下の段まで降りると、花嫁は片方の手でしっかり手すりに掴まって、もう片方で三つ目男を強く突き飛ばした。男は牛の脂のおかげでつるりと滑り、下の堀に落っこちた。その中には獅子と虎がいて、たちどころに男を食い殺してしまった。

 花嫁は三つ目男が死ぬか自分が殺されるかという決死の気持ちだったので、男を突き飛ばした瞬間、恐怖のあまり気を失って倒れた。

 

 翌朝、王は息子夫婦がいつまで経っても起きてこないので、寝室に見に行った。ところが息子はベッドに倒れて虫の息だったし、花嫁は階段で意識を失っていた。けれども医者がすぐに呼び寄せられ、二人は幸いにも息を吹き返した。花嫁から話を聞くと、王は三つ目男の痕跡を探させたが、獅子と虎にすっかり食われた彼の姿は既に跡形もなかった。

 それを確認して、やっと楽しい結婚式が挙げられた。賑やかな歓呼が響き、祝宴は四十日と四十夜ものあいだ続いた。

 

 私たちもその祝宴に参加した。そして他の客人たちに別れを告げて、こうしてここにやってきたのだ。



参考文献
『世界の民話 地中海』 小澤俊夫編訳 株式会社ぎょうせい 1983.

呪的逃走譚としての要素がかなり強い。

 三つ目男の家で、外の世界の様子が見えるのは開かずの間の窓だけ。主人公が逃げるときも三つ目男が追うときも、必ずその窓を通っているのは面白い。そこが現界へ向けて開いた唯一の道なのだろう。

夜叉物語  中国 『酉陽雑俎』

 汝州の傍県に住んでいた一人の娘が寝ている間に何者かに連れ出され、夜が明けると古い塔の中にいた。側に一人の凛々しい男が立っていて、
「私は天界の者だが、ちょっとした理由があって人間界に降っている。その間、そなたに妻になってもらうが、永いことではないので怖がらなくてよいよ。ただ、塔の中から外を覗くことだけはかたく禁じておく。どうか忘れないように」と言った。

 男は日に二度、塔に帰ってきて、食事をするのであった。こんな暮らしが幾年か続いたが、娘は故郷に帰りたくてたまらなくなってきた。

「一体あの人は、どうして外を覗いてはいけないと言ったのかしら。構わないわ、覗いてみよう。そうしたら故郷に帰れるようになるのかもしれない」

 娘はそう思い、ある日、男が塔を出た後に、そっと外を覗いてみた。すると、藍色の肌をして火の髪を振り乱して驢馬のような耳を持ったモノが、矢のように空に昇っていた。そしてそれが地面に降り立つと、凛々しい人の姿に還るのであった。娘はあまりの恐ろしさに、全身に汗をかいたまま呆然としていた。

 しばらくすると男が帰ってきて、
「そなたは戒めを破ったな。私は実は夜叉なのだ。だが、縁あって夫婦になったからには、決してそなたには害を加えないから、安心するがいい。正体を知られた以上は隠しても仕方がない。遠慮なく塔の外を覗いても構わないよ」と言った。

 それから一年ばかり経つと、男が悲しみ泣きながら言った。

「そなたとの縁が尽きて、別れなくてはならぬ。風雨を起こしてそなたを家に送り届けてやろう」

 それから鶏卵くらいの青い石を渡して、「家に帰ったら、これを砕いて呑むがいい」と教えた。

 ある夕方、雷雨が起こった。すると娘はいつの間にか塔から運び出されて、しばし空を飛んだかと思うと、自分の家の庭に落ちた。娘は教わったとおりに青い石を砕いて呑んだ。すると青泥のようなものを一斗あまり下して、怪物の毒気から清められた。


参考文献
『中国神話伝説集』 松村武雄編 教養文庫 1976.

※同じようなシチュエーションでも、夫の性格が違うとこういうことに…。堕胎薬(?)までサービスして、至れり尽くせりである。

 

 墓場で死体を齧る三つ目男は、冥界の神であることをはっきりと示している。最後に主人公が作らせる「七つの階段があり、周囲を深い堀に囲まれた高い家」というのも、冥界そのものを暗示しているように思える。

 堀の中に三つ目男が落ちると獅子と虎に食べられる。論理的な文脈を求める人は、娘が王に頼んで予め獅子と虎を放ってもらっていたのだと考えるだろう。だが、実際の物語にはそんな描写は一切なく、唐突に獅子と虎が出る。

 思うに、深い堀は冥界の暗示であって、その底で口を開けている猛獣は「死」のキャラクター化である。冥界の番犬ケルベロスや黄昏の国の百頭の竜と同じものだと考えていい。それらは理由などなく、奥底に『いるもの』なのだ。三つ目男自身が冥王でありキャラクター化された「死」なのだが、妻を呑み込もうとした彼が獅子と虎に呑まれる。「死」は「死」に呑まれて消えた。「ペトロシネッラ」では塔から逃げた娘を追う鬼女が、自分の呪具から放たれた狼に呑まれて消えるが、同じことを言っていると感じる。

 最後に娘は気絶し王子は半死半生になっていたと語られるのは、彼らが冥界に下っていたことを暗示しているのだろう。二人は「死」の手から逃れて冥界から生還し、結婚して、新たな生活を始めたというわけである。逆に言えば、新たな生活を始めるために、二人は冥界へ行かねばならなかったのだろう。

王女と山賊の結婚  イタリア

 昔、ある国の王に娘が一人いた。王は娘の結婚相手を娘自身に選ばせることにして、多くの男たちを集めると片腕に王女を抱きながら拝謁を行った。王侯貴族たちも騎士たちも王女の気に入らず、最後に学者たちが並んで通ったとき、王女は中の一人を指差した。

「お父さま、私はあの方に嫁ぎます」

 その男は素性もよく知れないのだったが、好きな男と結婚させると約束した以上は仕方がない。結婚式が終わると、花婿は直ちに花嫁を連れて故郷に帰りたいと言った。夫婦は軍隊を引き連れて出発したが、半日経った頃、兵隊たちが「殿下、そろそろ食事にいたしましょう」と言うと、花婿は「こんな時間に食事をとるものではない」と言って取り合わなかった。この問答がその後も何度か続いて、とうとう耐えられなくなった兵たちは故国へ引き返してしまった。

 夫婦は二人きりで進み、草木が繁り断崖が続く寂しい土地に着いた。

「さあ、家へ着いたよ」
「なんですって? この辺りには家なんか影も形もありませんよ?」

 王女が恐ろしくなって言い返すと、夫は杖で地面を三度叩いた。たちまち地下の洞窟が口を開いた。

「入れ」
「怖いわ」
「入れ。さもないと叩き殺すぞ!」

 王女が中に入ると、中には老若男女の死体がぎっしり積み上げられていた。夫は学者ではなく、山賊だったのだ。

「どうだ、驚いたか? いいか、お前の仕事は、この死体を一つ一つ並べて壁に立て掛けさせることだ。毎晩、新しい死体を車に一台ずつ運んできてやるからな」

 こうして王女の結婚生活が始まった。山のような死体を起こして、なるべく場所をとらないように立て掛けるのだ。日暮れになると、山賊の夫が新しい死体をいっぱい積んだ車を引いて帰ってきた。死体はどれも重く、それを立て掛けるのは辛い仕事だった。出入り口はとうに消えており、王女は洞窟から出ることも出来ないのだった。

 ところで、王女が少しだけ持ってきた嫁入り道具の中に、魔法の心得のある叔母から贈られた箪笥があった。ある日その引き出しを開けると、箪笥が口をきいて言った。

「なんなりとお申し付けください。新しいご主人さま!」

 王女はさっそく命じた。

「早くここから出しておくれ。お父さまやお母さまのところへ帰りたいの」

 すると箪笥から一羽の白い鳩が飛び出して言った。

「お父さま宛に手紙を書いて、くちばしにくわえさせてください」

 王女が言われたとおりにすると、鳩は飛び立って王に手紙を届けた。鳩が返事を待っているので王は手紙を書いた。

『娘や、すぐに報せなさい。どうすればお前を洞窟から救い出せるのか、その方法を。必ず助かることを信じなさい』

 鳩が父の返事を持って帰ってきた晩、王女は夫に優しくして、従順に振舞った。そしてあくる朝、目を覚ましたときに、夢を見たふりをしてこんな風に言い出した。

「ねえ、私がどんな夢を見ていたか分かる? この洞窟から外に出ていたの」
「そんなことは有り得ない!」
「何故? どうして有り得ないの?」
「何故なら、まず、私のように早産で生まれた男がいなければならない。その男が杖で崖の土を三度叩かなければならない。そうしなければ洞窟は開かないのだ」

 王女はその秘密を鳩で父に報せた。王はすぐに軍隊を町や村に派遣して、早産の男を捜させた。慌しく行き来する軍隊を見て、洗濯物を干していた一人の女は怯え警戒し、盗まれないようにシーツを綱から外した。それを見て軍の伍長が話しかけた。

「怖がらなくてもいい。我々は徴収に来たのではない。実は早産で生まれた男を捜しているのだが、誰か知らないか? 王さまがお求めなのだ」
「まあ、それなら、私の息子に一人、早産で生まれたのがおりますわ」

 そのひ弱な男の子は、すぐに王と並んで軍の先頭に立ち、王女の救出に出発した。その子が杖で三度崖の土を叩くと洞窟が開いた。待ちかねていた王女は、彼らと一緒にその場を後にした。

 途中の畑に老婆が一人いた。兵士たちが呼びかけて頼んだ。

「お婆さん、もしも誰かが追ってきて、誰かここを通らなかったかと尋ねても、私たちのことは見なかったことにしておくれ。いいね?」

 すると老婆は言った。

は? 何だって? お土産に干しぶどうやオレンジジュースはいかがかね」

 みんなは言った。「こいつはいい。お婆さん、あんたはうってつけの人材だよ」と。

 やがて妻が逃げ出したことを知った山賊が追ってきて、老婆に尋ねた。

「おい、女と軍隊を見かけなかったか」
「は? 何だって? スープに入れる玉ねぎが欲しいのかい?」
「玉ねぎじゃない! 早産の子供と王と娘を探しているんだ」
「ほう! パセリとバジリコを百グラム欲しいんだね?」
「違うよ! 王の娘と兵隊たちだ!」
「あいにく、きゅうりの漬物は切らしていてねぇ……」

 山賊は首を左右に振り、黙ってその場を離れ始めた。その後姿に向かって老婆が言った。

「何をそんなに怒っているんだい!」
「誰もきゅうりの漬物の話しなんてしてないんだよ!」

 一方、王女は無事に父の王宮に帰り着き、暫くしてから改めてシベリアの王と結婚した。

 しかし山賊はまだ王女のことを諦めてはいなかった。あるときシベリア王は大きな聖人の絵を買い、その生きているかのような見事な絵を寝室に飾ったが、実はその絵の中の聖人こそが山賊であった。三本の留め金のついた分厚い額縁の中に聖人の姿で入り、ガラスの陰で絵の人物に成りすましていたのだ。彼は部屋に誰もいない隙に絵から出て、王の枕の下に呪いの札を入れると、再び絵の中に戻った。王妃はその絵を見て、あの山賊に似ている気がして身震いしたが、シベリア王は聖者を恐れてはならないと窘めるのだった。

 夫婦が眠ってしまうと、山賊は絵の中から出るために第一の留め金を外した。

 バチーン!

 王妃はその音で目を覚まし、脇に眠っている夫をつねって起こそうとしたが、彼はまるで目覚めなかった。枕の下の呪いの札のせいだ。

 バチーン!

 第二の留め金が外された。王は目覚めない。王妃は恐怖で身を凍らせていた。

 バチーン!

 ついに第三の留め金が外れた。山賊が出てくる。

「さあ、お前の首を切ってやるぞ。大人しく枕の上に出せ」

 やむなく王妃が首を差し出すために夫の枕を掴んだとき、呪いの札が床に落ちた。その瞬間、王は目覚めた。一切を見て取り、肌身離さず身につけていた笛を吹き鳴らした。すると兵たちがどっと駆けつけて、たちまち山賊を切り倒したのだった。


参考文献
『みどりの小鳥』 イータロ・カルヴィーノ著 河島英昭訳 岩波世界児童文学集16 1994.

参考 --> 「白い鳩

カンネテッラ  イタリア 『ペンタメローネ』三日目第一話

 昔、ベッロポッジオの王には子供がなかった。そこで女神シリンガに祈願して、もし娘を授けてくれるなら、女神がサトウキビに化身したという故事にちなんで、その子をサトウキビの娘カンネテッラと名付けますと誓った。果たして妻が望みどおりの娘を産み、王はその子に誓いどおりカンネテッラと名を付けた。

 カンネテッラはすくすく育ってすらりと背の伸びた娘になったが、年頃になっても結婚を拒んだ。しかし父王が執拗に結婚を勧めたので、ついに夫を選ぶことに同意した。王は喜んで、日がな一日窓際に座って通りかかる男の品定めをした。とてもハンサムな男が通ったので娘を呼んで「あの男はどうだね」と勧めると、カンネテッラはその男を見定めたいと言って、招きいれて立派な宴会を開いた。ところがこの若者、食事の途中で口に入れようとしたアーモンドを床に落としてしまい、それを拾って服の下に隠したのだ。それがカンネテッラは気に入らず、あんな人と結婚したくないと言う。仕方なく王はまた道を見張って、別のよさそうな若者を見つけて宴席に招いたけれども、カンネテッラは「あんな貧乏人、いやだわ。自分のマントを脱がす使用人が二人くらい付いていなくては」などと言う。とうとう王が怒ると、カンネテッラは言った。

「お父様は無駄なことをしていますわ。何故なら、私は黄金の頭と黄金の歯を持った殿方以外と結婚するつもりはありませんもの」

 王は娘の強情さに胸を痛めながら、その条件を備えた男を求めるお触れを出した。

 ところで、王にはフィオラヴァンテという名の仇敵がいた。彼は強力な魔法使いで、このお触れを耳にするとすぐに悪魔を召喚して黄金の頭と黄金の歯を作らせた。そうして王宮の窓の前を通ると、王はついに求めていた男が来たと娘を呼び、カンネテッラも「この人よ。私の手で捏ねたってこれ以上の男は出来ないわ」と喜んだ。王は黄金の頭のフィオラヴァンテを追いかけて引きとめ、娘婿になってくれるように懇願した。召使いも結納品もどっさりやると言ったが、フィオラヴァンテは自分の財産は浜辺の砂ほどもあると言って馬一頭だけしか受け取らず、それにカンネテッラを乗せて連れて行った。

 夕方になって馬が止まったのは、何頭かの馬のいる馬小屋だった。フィオラヴァンテはカンネテッラを馬小屋に入れると言った。

「いいか、よく聞け。私はこれから家に帰るが、それには七年かかる。お前はこの馬小屋で待っているのだ。その間、決して外に出てはならぬし、人に姿を見られてもならぬ。もしもこの言いつけを破ったら、お前が死ぬまで忘れられないような仕置きをせねばならぬ」

 カンネテッラは言った。

「お言いつけどおりにいたします。でも、教えてください。その間、私は何を食べて生きていけばよいのですか」
「馬の食べ残しで充分だ」

 カンネテッラは悲しい生活を送ることになった。馬糞の臭いの中で藁を寝床に過ごす日々。それでも、見えない手が毎日馬どもに麦をやり、カンネテッラはその残り物で命を繋いだ。

 二ヶ月が過ぎたとき、カンネテッラが壁の隙間から外を覗くと、とても美しい庭園が目に飛び込んできた。ライムとレモンの果樹棚に花壇、ブドウ棚。カンネテッラはブドウを食べたくて耐えられなくなり、馬小屋を出て庭園に入るとブドウを一房食べたのだった。

 ところが、このすぐ後に予定よりずっと早く夫が帰ってきた。すると馬小屋の馬の一頭が言った。奥さんがブドウを一房食べましたよと。フィオラヴァンテは激怒し、短剣を抜いて妻を殺そうとした。しかしカンネテッラが身を投げ出して必死に許しを乞うたので心を和らげ、言った。

「今回だけは許してやろう。しかし、再び悪魔の誘惑に負けて陽の光の中に出たなら、ズタズタに切り刻んでやる。
 私はもう一度旅に出る。今度こそ本当に七年間は戻らない。お前はどうせ自由の身にはなれんのだ。だから変な気を起こすんじゃないぞ。さもなければ新しい罰に加えて、今日許してやったことも帳消しにするからな」

 夫が旅立ってしまうと、カンネテッラは身悶えて嘆き、後悔を叫んだ。ああお父様、どうして私をこんな苦境に追いやったの。いいえ、お父様が悪いんじゃない。自業自得よ。黄金の頭や黄金の歯など望むのではなかった。親に逆らったから天罰が下ったのだわ。毎日泣かない日はなく、カンネテッラは痩せ衰えて哀れな姿になった。

 ちょうど一年経った頃、たまたま馬小屋の外を一人の掃除夫が荷馬車に乗って通りかかった。彼は王宮に勤めていたので見覚えがあり、カンネテッラは外に出ると声をかけた。掃除夫はこの見るも哀れな女が王女カンネテッラだとはなかなか信じることが出来なかったが、同情と功名心を半ばさせて、彼女を荷馬車の空き樽に隠すと、急いでベッロポッジオへ向かったのだった。

 二人が王宮に着いたのは朝の四時で、門を叩くと、最初は「掃除夫ふぜいが、何時だと思ってるんだ!」と召使いに罵倒されて汚物をひっかけられた。しかし騒ぎを聞きつけた王が、誰であれこんな時間に訪ねるからには緊急事態に違いないと、中に呼び寄せた。

 王の前に出ると、掃除夫は馬から荷を下ろして樽を開いた。王は痩せ衰えたコレが愛娘だとは俄かには信じられなかったが、右腕のほくろを確認して、娘を千回も抱きしめた。すぐに風呂と着替え、食事が出された。カンネテッラは空腹で気を失いそうだったのだ。

「まさか、我が娘よ。誰がそんな姿のお前と再会することになると思っただろうか。本当にそれはお前の顔なのか。誰がお前をそんなひどい目に遭わせたのだ」
「おお、お父様、申し上げます。あの残忍な鬼めが私に犬の生活をさせたのです。何度ももう最期かと思いました。具体的なことは申せません。言葉では言い尽くせぬ、想像を絶する暮らしでしたから。けれど、私は帰ってまいりました。お父様からもう決して離れません。他所で王女になるより、ここで召使いでいるほうがマシです。他所の天蓋の下で王笏を振るより、この家の台所で焼き串を持つ方がましでございます」

 一方、フィオラヴァンテの方は、旅から帰ると妻がいない。掃除夫の樽に隠れて逃げたと馬たちから聞いて怒り狂った。彼はすぐにベッロポッジオに向かい、王宮の反対側に住んでいる老婆に「金は幾らでも払う、王の娘を見せてくれ」と頼み込んだ。老婆はダカット金貨百枚を要求し、フィオラヴァンテがそれを払うと、彼を自宅の屋根に連れて行った。そこから、王宮の中の様子が見えるのだ。

 カンネテッラはバルコニーで髪を乾かしていたのだが、ふと、まるで虫の報せでもあったかのように振り向いた。そしてフィオラヴァンテが隣家の屋根から見ていることに気付くと、脱兎のごとく階段を駆け下りて大声で父王に言った。

「お父様! すぐに鉄の扉が七つある部屋を作ってください。でないと私は殺されます!」
「それしきのことでわしの可愛い娘が救えるのなら、片目を失っても惜しくはない」

 職人が総動員され、たちどころに七つの扉が作られた。

 フィオラヴァンテはこれを知ると、再び例の老婆を訪ねて頼み込んだ。
「金に糸目はつけぬし、欲しいものは何でもやる。だから、頬紅売りか何かに化けて王宮に行き、娘の部屋に入れたら、この紙切れをこっそり布団の間に入れてくれ。その時、こう唱えるのだ。『みんな眠れ。カンネテッラだけが起きておれ』と」

 老婆は更に百ダカットもらってこの仕事を引き受けた。彼女がこの仕事をやり遂げると、宮廷全体が深い眠りに襲われ、眠り込んでしまった。目を開けているのはカンネテッラただ一人だ。宮殿の扉が次々に破られる音を聞くと、カンネテッラはまるで火炙りにされているかのような金切り声をあげた。しかし、この声を聞いて助けに来る者は一人もいない。フィオラヴァンテは悠々と七つの扉を打ち壊し、部屋に入って王女を連れ去るために布団に包んだ。

 まさに、その時。老婆が布団の間に入れておいたあの紙切れが、運のよいことにはらりと落ちたのだ。その途端に魔法が解け、宮廷全てが目覚めた。カンネテッラの悲鳴を聞くと、居合わせた全員が、犬や猫まで含めて救助に駆けつけた。そして魔法使いに飛び掛るとたちまち八つ裂きにしてしまったのだった。つまり、彼は自らが仕掛けた罠によって自身を滅ぼしたのだ。我が命と引き換えに、

自分で自分に負わせた怪我を癒せるものはなく、
そのために死ぬことほど苦しいことはない

ということを知る羽目になったのだった。


参考文献
『ペンタメローネ』 バジーレ著、杉山洋子/三宅忠明訳 大修館書店 1995.

※一見すると意味不明の物語に思えるかもしれない。「仇敵」なのに王がフィオラヴァンテを知らない様子なのは何故か。どうしてフィオラヴァンテは自分の家に帰るのに七年もかかるのか。どうしてカンネテッラを馬小屋に閉じ込めたのか。

 フィオラヴァンテは魔法使いということになっているが、冥王であり「死」そのものだ。王は太陽、すなわち生命の神の化身とされるものなので、王とフィオラヴァンテは仇敵とみなせる。「コルヴェット」でも、山の上に住む人食い鬼は王によってそこに追われたと語られていた。

 馬小屋に篭って外に出てはならないし誰にも見られてもならないし、馬の食べ残ししか食べられない。この苦行のような状態は「死」の状態の暗示かと思われる。

 ギリシア神話には、冥王ハーデスが大地の小女神ベルセポネーを連れ去って妻にするエピソードがある。ベルセポネーが「死んだ」ために地上の作物は枯れ果てた。ベルセポネーの母神デメテルは娘を地上に戻すよう要求したが、彼女は既に冥界のざくろを口にしていたため、年の四分の一は冥界に留まらなければならなかった。こうして「冬」という不毛の季節が生じるようになった、という話だ。

 カンネテッラは「サトウキビの娘」という名の、いわば作物の女神の化身たる娘である。そんな彼女が冥王の妻になり、連れ去られて惨めな「死」の状態に置かれる。彼女が美しい冥界の庭園で果実を食べることは、禁忌である。

 フィオラヴァンテは自分の家に…すなわち冥界に到達するのに七年を要すると主張した。そして彼から逃れるためにカンネテッラが作らせた鉄の扉は七つである。「三つ目男」でも、三つ目の前夫から逃れようとした娘は七つの階段のある館を作らせている。日本民話「鬼が笑う」では、妻が鬼の夫から逃げるために、眠る夫を入れた箱に七つの蓋を閉め七つの鍵をかける。日本のお伽草子の一つ、「御曹司島めぐり」では、七里山の奥、七重の締めの向こうの石蔵に主人公が捜し求め続けていた宝がある……。

 この「七」を「とてつもなく多い」もしくは「聖なる数」とみなす表現は様々な伝承に見られるものだ。メソポタミアの神話において、愛と豊穣の女神イナンナが冥界に下ったとき、七つの門を通らねばならなかった。ユダヤ教やキリスト教においても、天国は七つの層に分かれていて七つの門があると伝えている。七つの門を越えたところ、七つの山の向こう、七つの海の彼方。世界の果ての果てのどこかに、冥界はある。

 

 後半、老婆が二度に渡り買収され、魔法使いがカンネテッラを害する手引きをするくだりは、「アリ・ババと四十人の盗賊」で靴屋の老人が買収され、アリ・ババの家まで盗賊を導いてしまうのと同根のモチーフだろう。

 

余談1。カンネテッラを助けるために犬や猫まで駆けつけたってのは、なんか癒された…。お姫様 愛されてますね。

余談2。カンネテッラが黄金の頭の男を見たとき「この人よ。私の手で捏ねたってこれ以上の男は出来ないわ」と言っているが、親に結婚をせっつかれた娘がマジパン(アーモンド粉と水飴を練ったもの。ケーキの上の飾りの人形や花を作るためなどに使われる)を捏ねるなどして自分の理想の男を作ってしまうという民話は本当にある。(例えば『ペンタメローネ』五日目第三話「ピント・スマルト」。理想の男を作ったのにさっさと他の女に誘拐され、盗まれてしまった主人公が、苦難の果てに彼、ピント・スマルトを取り戻す話。最後は無事に子供も生まれて、自我の目覚めた夫と一緒に故郷の父の家に帰るハッピーエンド。今風のアレンジで漫画にしても面白そうな話だと思う。)


参考 --> 「思い上がった娘」「王女と山賊の結婚



姥皮を被ったラサメイト  チベット

 昔、ひとりの美しい娘がいました。その美しさに惹かれ、魔物三兄弟が求婚してきました。娘の父親は言いました。

「嫁に欲しかったら、娘の名前を当ててからだ」

 帰り道、魔物たちは、カラスに出会いました。

「どうだい、娘の名を聞きだしてくれたら、ごちそうしてやるぞ」

 カラスはすぐに飛び立ち、娘の家の屋根に羽を休めました。すると家の中から、

「ラサメイト、馬に餌をやってちょうだい」

という声。カラスは「しめた」とばかり、ラサメイトの名を口の中で繰り返しながら帰っていきました。 ところが小川のほとりまでくると、川の中に美味しそうな魚がいるではありませんか。

「あ、サカナだ!」

 カラスは思わずこう叫ぶと、「サカナ、サカナ」と口ずさみながら飛んで帰って、

「娘の名は『サカナ』です」と魔物に伝えました。

「娘の名は『サカナ』だ。嫁にもらおう」

 魔物たちは娘の父親に言いました。父親は、首を横に振りました。

 魔物たちは小鳥に出会いました。こんどは小鳥に頼みました。小鳥は、娘の家の屋根にとまって、「ラサメイトや」と呼ぶ声を聞きました。小鳥は、その名を憶えて飛び立ちましたが、途中で木にとまったはずみに、足に刺がささりました。その途端、名前の半分を忘れて「ツーメイト、ツーメイト」と呟いて帰り、

「娘の名は、ツーメイトです」

と魔物に報告しました。

 もちろん、魔物三兄弟は今度も断られてしまいました。

 帰り道、カササギに出会いました。同じようにカササギに頼むと、賢いカササギは、「ラサメイト」という名をしっかり心にとめて、帰ってきて伝えました。

「娘の名前はラサメイトだ」

 魔物三兄弟は、とうとう娘の名を言い当てたのです。父親は娘を嫁がせるほかはありません。娘は、父親から贈られた馬に乗って、魔物たちの家へ行きました。

 魔物たちの家には、開かずの間がありました。魔物は出かけるとき、いつも言いました。

「奥の開かずの間を覗いてはならんぞ」

 そう言われるといっそう覗いてみたくてたまりません。ところが扉の鍵を探している間に、いつも魔物は帰ってきてしまうのです。

 ある日のこと。魔物たちが出かけるや、娘は素早く鍵の束を取り出すと、金の鍵で金の扉を開けてみました。中には馬のしかばねが山のように積んでありました。

 次に銀の鍵で銀の扉を開けてみると、羊の屍が山と積んでありました。

 最後に鉄の鍵で鉄の扉を開けてみると、なんと、痩せ細った老婆の亡骸なきがらが幾つも転がっているではありませんか。その中に、痩せて骨ばかりになってはいるものの、まだ息のある老婆がいたのです。

「魔物は人の血をを吸うんだよ。私たちはみな魔物の妻だった。年をとると、ここに閉じこめられてしまうのだ。さあ、早く、私の皮を着て、お逃げ!」

 老婆の皮を着ると、ラサメイトはみるみる老婆の姿に変わりました。大急ぎで魔物の家から逃げ出し、どんどん逃げていくうちに、ばったりと魔物に出くわしてしまいました。すると魔物は怪訝な顔をして、

「どこに行くんだ、婆さん」

と言ったので、ラサメイトはほっとして、

「物乞いに行きますんで、はい」

とうまく言い逃れたものの、歩き出した途端、チャリンと、身につけていた鍵が音を立てました。

「なんの音だ」

 すかさず魔物が問いつめました。

「おやまあ、わたしゃ、こんなに痩せてるものだから、骨と骨とが当たって鳴ってしまったんですよ」

 魔物はラサメイトを放しました。家に帰ってみると、妻の姿はなく、開かずの扉は開けっぱなし。

「さては!」

と追いかけてきました。ラサメイトが振り返ると、魔物たちが後ろに迫っているではありませんか。ラサメイトはそこにいたウサギに頼みました。

「隠して、追われているの」

 ウサギは、羊の皮で出来たふいごの中に、娘を隠してやりました。追いついた魔物が、

「娘を見なかったか」と、ウサギに聞きました。

「その人なら、たったいま川に身を投げたよ」

 その川はとても深く、助かる見込みはありません。魔物たちは諦めて帰っていきました。 

 ラサメイトは歩き疲れて、とある一軒の家に辿り着きました。けれどもその家の主は、汚い老婆を一目見るなり追いはらってしまいました。しばらく行くと小さなあばら屋がありました。白い髭の老人がにこやかに迎えて言いました。

「息子の嫁になってくださらんかのう」

 ラサメイトは驚きました。どうして姥皮が見抜かれたのでしょう。それは、天の神でした。娘は姥皮を脱いで、神の息子と幸せに暮らしました。



参考文献
君島久子 中国の民話』(Web) 君島久子訳 (岐阜教育大学サイト内
※現在は削除されている

*後半には呪的逃走の要素が見えるが、かなりあっさりしている。通常なら姥皮を被った娘は[火焚き娘]となって王子に見だされるものだろうに、ここでは唐突に神の嫁になる展開だ。物語の原型的には、「月の中の乙女」のように、家を出ざるを得なくなった(さまよう魂となった)娘が神と結婚する話だったのかもしれない。

 魔物と神は表裏一体と考えられるので、この話は結局、終始「神と結婚した娘」について物語っているのだろう。



参考 --> 「フィッチャーの鳥」「コモール」「姥皮」「花世の姫



脂取り  日本 鹿児島県 喜界島

 ある女が一人で遠方へ出かけたところ、見たことのない男と行き会った。その男は我が妻になれと言う。私は家に二人の子がある身で、あなたの妻にはなることが出来ませんと言うと、いやそう言うな、俺の家に行けば仕事は何もさせないし、美味いものは食えるだけ食われると言って、無理に女を連れて行った。

 男の家は山の中の一軒家で、実に立派な家であった。言ったとおり、男は女に毎日ご馳走して遊ばせ、それに夫婦の交わりというものもなかった。ただ一つ、男は女に向かって、この家の屋戸口から外へは出てはならんとかたく言いつけた。

 それから幾年も経ったある日のこと、女はいつも家の中にばかり篭っていたので、外の方を見たくなって、男のいない間にこっそり屋戸を開けて外へ出た。少し歩いていくと、また立派な大きな家がある。その家の中を覗いてみて女は驚いた。沢山の女が天井から逆さまに吊り下げられているのである。その中の一人が言った。自分たちはみな、ご馳走を食わされて肥ってきたところを、こうして脂を取られているのだが、あなたも今に私たちのようにされるに相違ないから、今のうちに早く逃げなさい……。

 女はこれは一大事と、そのまま山の中を目当てなしに逃げ出した。ところが悪い都合に日が暮れて、これからどこをどう行けばよいかと心配していると、幸いに遠くの方に火が見える。訪ねて行ってみると、白髪の婆さんが一人いた。婆さん婆さん、どうか私の命を助けてください、実はこういう話でここまで逃げてきた者ですと言うと、あいやそれはいかん、私もその男とまぐみ(喜界島の共同労働組織)じゃと婆さんは言う。けれども女は、この家で助けてもらえなければ道は暗く山の中ではあるし、どうしても助かる見込みみどーはないから、そう言わないでどうか助けてくださいと言って、幾度も幾度も頭を下げて頼んだので、婆さんも哀れに思って、それでは仕方がないから助けてやるが、早く天井に隠れないと男がもう来る時分だからと言う。女は急いで天井に上って隠れていた。すると案の定男がやって来た。

 婆婆、折角今まで飼っておいた女にひん逃げられたが、ここへ来ておりはしないか。いや、ここには来ない。本当に来なかったか。嘘だと思いば家の中を探してみれ。

 男は家の中を探したが見つからなかったので、ぶつぶつ言いながら帰ってしまった。明朝、女は婆さんにお礼を言って、やっと家へ帰った。帰ってみると、家ではもう死んだものと思って弔いまで済ませてあったが、それが戻ってきたというのだから、家の人も近所の人も大祝じゃと言って騒動である。

 ――ここまできて女は『目を覚ました』。これはみんな、夢であった。



参考文献
『日本昔話集成』 関敬吾著 角川書店

※脅威の夢オチ。

 しかし日本に伝わるこの系統の話は夢オチとして語られるのが主流なのだ。人の脂を絞る屋敷なんて有り得ないじゃん、と思った(言われた)語り手が早い段階でいて、照れ隠しに「実は夢でしたー」というオチをつけたように思える。

 主人公が子持ちの主婦なのは驚きだが、恐らく主婦に向けて語り聞かせたバージョンだったのだろう。平凡な家庭生活のほうが幸せだ、という戒めが込められているように感じる。

 

 上記の例話は非常に「青髭」に近いが、日本に伝わるこの話の類話の殆どでは、主人公は男になっている。

脂取り  日本 山形県

 ただ居て美味いもの食いたいて、神さまサ願掛けしたって。ほうしたらある時、駕籠たがって迎えに来たって。「何も仕事しないで、美味いものれっどこサ連れて行んがら、えべ(行こう)」て、駕籠で迎えに来てくれだって。「ええ按配だ」と思て、駕籠サ、生まっで初めてだから、喜んで乗って行ったて。ほしたら大きな山奥の寺みたいな大きな家サ連れて行がっで、何にも仕事などさせないで、板の間拭けっても言わないで、いやいや、美味いものどっさりせらっじゃど。

「いや、今日は こいつええべ。明日は果物か、明後日は魚か」

 家でなど見たこともない山海の珍味、どっさりずつせられる。喜んでいたら、夜小便に起きたら、どこかで人の唸り声が聞える。妙だなと思ったもんで、そおっとその声のする方サ行ってみだって。そしたらば、一番と奥まったどこの座敷からだど。窓を少し穴開けて見たど。そしたば、「苦しい、苦しい。こがなひどい目に遭ってるより、ひと思いに殺してくろ」て、とても泣くんだど。

 よくよく見たら、下サ炭の一俵もおこしてな、天井の梁サ男吊るさっで、下から大きな団扇うちわで煽り立てて、そうすっど脂タチンタチンと出るな、下サたらいを置いて、そこサ脂滴るようにしったんだけど。ほして、

「あの、先度せんどな来た男ァ、何日ぐらいしたら脂取ってええなだが」て言うたって。
「んだな、よっぽど美味いもの食わせたから、脂かかったべから、今二日か三日ぐらいで、あの人の番だごで」なて言うてだ。

 男はおっかなくなって、「俺も、ああいう風にされっぺなぁ」なて、そおっと来て、どこか逃げっどこないかて見たげんど、みな錠かかって、「さあさあ、困ったな」と思って、そこら探したら、便所の窓から逃げたど。

 そしたら松明たいまつつけて後ろから追っかけて来るずもの。逃げに逃げだげんども、追っかけ上手の逃げのろいて言うんだか、足、丸まってばんねうちに、追っかけて来る人、早くて早くて、追っつかれそうになったって。

 困ったなぁと思ってだら、今度は川サ出だって。見れば見るほど深いようだ、その川がよ。んで、なんとも仕様ないなぁと思って見だら、そこサ一本橋架かっていだ。死んだら死んだで一つだと思て渡ったてよ。そしたら橋から落ちてしまったごんだど。ザブンと川サ入ったて。

 ところが、それが夢でよ。川サ入った途端に目覚めてみたれば、今までのは夢だったて。ただ居て美味いもの食いたいて神さまに言ったから、神さまが夢見せらっじゃ。

 それから今度その息子(若者)が、脂取りされっからって、ただ居て美味いもの食いたいて言うことはやめて、うんと稼ぐようになって、その家、とっても金持ちになったという話だっけ。どろぴん。


参考文献
いまに語りつぐ日本民話集 動物昔話・本格昔話(12) [異郷/逃竄] 異次元への旅』 野村純一/松谷みよ子監修 作品社 2001.

 肥えさせた後に肉や脂を取ろうとするのは、「ヘンゼルとグレーテル」の魔女がヘンゼルを太らせて鍋で煮込んで食べようとした行動と同じである。ちょうど家畜を食べ頃まで育てるように。

 上に紹介した男性主人公バージョンでは、怪しい館から逃れるために一本橋を渡る。これは「賢いモリー」が渡った髪の毛一本橋と同じ、この世とあの世の境に架かった橋のイメージなのだろう。

 とはいえ他の類話を並べて見ると、橋を渡るよりも「老婆の家に逃げ込むと、老婆は男を俵やかます(藁で作った袋)に入れて天井から吊り下げ隠してくれる。しかし追っ手が来て俵に気付き、ついに下に引きずり落とされた…ところで目が覚めた」という展開の方が一般的であるようだ。鬼に追われて家に逃げ込んで、その家の主人に容器に入れてもらって更に高く吊るして隠してもらうというのは「三枚のお札」と同じモチーフである。

 ちなみに、男女逆転した「青髭」という様相になっている類話もある。

脂取り  日本 岩手県紫波郡煙山村

 ただ居て甘いものを授かりたいと、男が産土うぶすな様(氏神)に祈った。神が枕元に立ち、足の向く方へ行けと告げたのでその通りにすると、山の中に館があって、いい女に迎えられ、もてなしを受けた。

 ところが、女が外に出た留守中に奥座敷を覗くと、肥えた男が逆さに吊られて炭火で炙られ、人膏を取られている。傍には絞られ尽くした痩せた人間が横たわっていた。

 男が逃げ出すと荒くれ男たちが追ってきた。一軒家に駆け込むと婆がいる。助けを請うと、自分は見張り番ではあるが助けてやろうと、男を俵に入れて囲炉裏の上に吊るした。男どもが来て婆に問いただし、俵を見つけて、持っていた山刀で斬ると、中から男がまろび落ちた。とうとう見つかった。殺される!

 そこで男は目が覚めた。気がつくと神様のやしろの高縁から落ちて、地べたに転げていた。


参考文献
『日本昔話集成』 関敬吾著 角川書店


参考 --> 「人に知られぬ女盗人のこと

 脂を絞り取られた犠牲者も逃げた主人公も、どちらも火の上に吊られている点には注目すべきであろう。冥界に入った霊は獄炎で焼かれる。霊を再生させるのは女神だが、逃げ延びた主人公の方は、老婆の手によってその状態に置かれている。

 

「脂取り」話群には、「開かずの間」の要素が希薄である。ある部屋を覗いて地獄の光景を見、身の危険を感じるという点は他の【青髭】話群と同じなのだが、「予め『あの部屋を覗いてはならない』と言われていた」と語られることは稀なのだ。

 この話の類話は古典の『今昔物語』11-11や『宇治拾遺物語』13-10にあるが、「開かずの間を開けてしまった人間の逃走譚」という面よりは、「絞り取った血で染布を作る、恐ろしい城の話」としてよく知られているようである。面白いのは、民話の「脂取り」では主人公は怠け者の男なのに、古典では慈覚大師…即ち、聖人/偉人になっている。

 民話の方では「タダより高価いものはない、怠け者は罰を受ける」という日常生活の教訓にまで物語の主題がずれているのだが、本来、冥界へ行って再び帰ってくるのは霊力を授かった偉大な人物のはずであり、冥界下りの物語はその霊威と神秘を語り伝えるのが目的だったはずだ。古い時代に文字に固定された古典の方は、まだそうした物語根底の信仰を踏襲し、保持しているということだろうか。

慈覚大師、纐纈こうけつ城に入り行く事  『宇治拾遺物語』巻十三 十話

 昔、慈覚大師が仏法を習い伝えようとて中国もろこしへ渡って留学していた頃、会昌年中に、唐の武宗が仏法を排除しようと、堂塔を壊し僧尼を捕らえて殺し、あるいは還俗させるという動乱に遭った。大師をも捕らえようとしたので、逃げて、ある堂の内へ入った。皇帝の差し向けた使者が堂に入ってきて探している間、大師はなすすべもなく仏像の間に逃げ入って、不動経を念じていた。使者は探し回っていたが、見たことのない仏像がある。怪しんでその像を抱き下ろしてみると、大師は元の姿になった。使者は驚いて皇帝にこのことを奏上し、皇帝が「他国の高僧だ。すみやかに追放しろ」と言ったので追放した。

 大師は喜んで他国へ逃げて行った。遥かな山を越えた場所に人家があり、塀を巡らせて門が一つあった。そこに人が立っている。喜んで問いかけると、その人は答えた。

「ここは、とある長者の家です。お坊様はどこの人ですか」
「日本国から、仏法を習い伝えようとて渡ってきた僧です。しかしこのような浅ましい騒乱に遭ってしまい、しばらく隠れようと思うのです」
「ここは、僅かにも人の来ない所です。しばらくここにおられて、世間が静まった後に出て、仏法も習うといいでしょう」

 大師が喜んで門の内に入ると、門に鍵をかけて奥の方に入っていく。後ろに付いていくと、様々な建物が棟を連ねていて、人が多く騒がしい。その傍らに落ち着いた。

 さて仏法の勉強が出来る場所はあるかと見たが、仏経、僧侶等、全てが見当たらない。奥の方に、山に寄り添うようにして一軒の家があった。近寄って耳を澄ますと、人の呻く声が数多あまたする。怪しんで垣根の隙間から見ると、人を縛って、上から吊り下げて、下に壷などを据えて、血を垂らし入れている。驚いて訳を問うたが、返事もしない。とても奇妙なので、また異なる所の様子をうかがうと、同じような音がする。怖じ気ながら見れば、色がひどく青ざめた者たちの痩せ衰えたのが、数多臥せている。一人を招き寄せて

「これはどうしたことですか。このように耐え難い様子なのは、何故なのですか」

と問うと、木切れを持って、細いかいなを差し伸べて、土に何か書いた。それを見れば。

『ここは纐纈こうけつ城です。ここへ来た人には、まず物が言えなくなる薬を食わせて、次に肥える薬を食わす。そしてその後に高いところに吊り下げて、ところどころを切って、血を零して、その血で纐纈こうけつ(女性向けの絞り染めの布)を染めて、売っているのです。
 知らないものが入っていたら、それは物が言えなくなる薬です。そういう食事を持ってきたら、食う真似をして捨てなさい。そうして向こうが何か言ったら呻き声だけ返しなさい。そうして後に、どうにかして逃げる算段をつけて逃げなさい。門は、硬く閉ざされて少しも逃げられる隙はありません』

 そう教えられてから、大師は元いた場所に帰って居た。

 そのうちに、人が食事を持ってきた。教えられたような感じのものが中に入っている。食べるようにして懐に入れて、道に捨てた。人が来て何か問いかけたので、呻いて物を言わなかった。その人間は まずは上手くいったと思って、肥える薬を様々な方法で食べさせたが、同じく、食べる真似をして食べなかった。

 人が立ち去った隙に、丑寅うしとらの方(鬼門。北東のこと。霊界に通じるとされた方角)にぬかづいて、「我が山の三宝(祀っている三尊)、助けたまえ」と手を擦って祈ると、大きな犬が一匹出てきて、大師の袖をくわえて引く。意味があると思えて、引く方に出て行くと、思いがけず水門から出ることが出来た。外に出ると、犬は消えうせたのである。

 今はとにかくと考えて、足の向く方へ走った。遥かに山を越えたところに人里があった。人に会って、「これは、どちらの方からいらした方が、こんなに走っているのでしょうか」と問われたので、「このような所へ行ったのですが、逃げてまいりました」と言うと、

「ああ、無残なことです。それは纐纈こうけつ城です。あそこへ行った人は帰ることがありません。
 格別の仏のお助けによってこそ、出てくることが出来たのでしょう。ああ、尊いお方であることよ」とて、拝んで立ち去った。

 それから更に逃げて行って、また都へ入って忍び暮らしていると、会昌六年に武宗が崩御した。翌年の大中元年、宣宗が帝位に就いて仏法の弾圧をやめたので、大師は十年後に日本へ帰って、真言を広めたそうである。

『今昔物語』巻十一第十一話「慈覚大師、唐に渡り顯密の法を伝えて帰り来れること」も殆ど同じ内容だが、纐纈こうけつ城で食事に混ぜて出された「物が言えなくなる薬」が、「胡麻のような黒ずんだもの」だったと書かれてある。




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