>>参考 「人殺し城

 

ミスター・フォックス  イギリス

 メアリは若い。そして美しい。二人の兄を持っている。

 そんな彼女に求婚する男は数知れなかったが、中で最も勇気があり男気があったのは、父の別荘で知り合ったフォックスという男だった。彼が何者なのかを誰も知らなかったが、確かに勇気があり、間違いなく金持ちで、メアリは彼だけを気に入っていた。

 とうとう二人の間に結婚の約束が交わされた。新居はどこになるのかと訊くと、ミスター・フォックスは自分の城の様子を話して、どこにあるのかも教えてくれた。ところが不思議なことに、メアリにもメアリの兄たちにも、どうか見に来てくださいとは言い出さない。

 そこで、結婚式も近付いたある日のこと、二人の兄が外に出かけ、ミスター・フォックスも一日二日仕事があるとかで留守にしたのを幸い、メアリはミスター・フォックスの城を探しに出かけた。あちこち探し回ってやっと辿り着いたが、高い城壁を巡らし深い堀のある、どっしりした素晴らしい城だった。門のところまで行ってみると、そこにはこう書いてあった。

 勇敢に、勇敢に

 門は開いたままだったので、メアリは門を潜り抜けたが、誰もいる気配はない。城の入口まで行ってみると、扉にこう書いてあった。

 勇敢に、勇敢に、だが勇敢すぎぬこと

 それでもどんどん中へ入っていくと、大広間に出た。そこから大きな階段を上っていくと二階の扉の前に出たが、扉にはこう書いてあった。

 勇敢に、勇敢に、だが勇敢すぎぬこと

 心臓ハートの血が凍りついては何にもならぬ

 だが、メアリは本当に勇敢だったので、その扉を開けてしまった。

 その中にどんなものが見えたとしても、これほど恐ろしいものはなかっただろう。なんと、血まみれの若く美しい娘の死体や骸骨が、山と詰まっていたのだった。

 この恐ろしい場所から逃げ出すのが一番だと思ったメアリは、扉を閉め、二階の廊下を走り、階段を駆け下り、大広間を出ようとしたが、そのとき窓越しに見えたのは他ならぬあのミスター・フォックスで、若くて美しい娘を門から城の入口へ引きずってくるところだった。ちょうどメアリが大急ぎで階下へ降り、樽の陰に身を隠したとき、可哀想に気を失っているらしい娘を引きずり、ミスター・フォックスが入ってきた。メアリの隠れている側まで来たとき、ミスター・フォックスは引きずっている若い娘の指にダイヤの指輪が光っているのに気付き、抜き取ろうとした。ところが、指輪はしっかりはまっていてどうしても取れない。ミスター・フォックスは喚いたり罵ったりして、とうとう刀を抜くと高々と振りかざし、可哀想な娘の手の上に打ち下ろした。手は切断され、宙に舞い上がり、なんと、よりによってメアリの膝の上に落ちた。ミスター・フォックスは少し周りを探し回ったが、樽の後ろまで探してみることを思いつかず、とうとう諦めたようで、娘を引きずって階段を上り、あの血まみれの部屋へ引きずり込んだ。

 二階の廊下を歩くミスター・フォックスの足音が聞こえるとすぐ、メアリは戸口からこっそり外へ逃れ、門を抜け、一目散に家まで駆けて帰った。

 ところで、そのすぐ次の日は、メアリとミスター・フォックスが婚姻届にサインをすることになっており、式の前に素晴らしい朝食の用意が出来ていた。テーブルを挟んで向かいに座ると、ミスター・フォックスはじっとメアリを見つめた。

「今朝はとても顔色が悪いんだね」

「ええ、昨夜よく眠れなかったものですから。ひどい夢を見てしまって」

「夢は逆夢さかゆめと言うからね。ともかく、その夢の話を聞かせて欲しいな。きみの美しい声を聞いていると、幸せな式の時刻までの時間も知らないうちに過ぎてしまうだろうから」

「昨日の朝、あなたのお城へ行った夢を見ましたの。お城は森の中にあって、高い城壁を巡らせて、深いお堀があって、門にはこう書いてありました。――勇敢に、勇敢に」

「そんなはずはない、昔も今も」と、ミスター・フォックスは言った。

「それから入口のところまで行くと、そこにこう書いてありました。――勇敢に、勇敢に、だが勇敢すぎぬこと」

「そんなはずはない、昔も今も」と、ミスター・フォックスは言った。

「それから階段を上り、二階の廊下へ出ると、廊下の奥にドアがあり、ドアにはこう書いてありました。――勇敢に、勇敢に、だが勇敢すぎぬこと、心臓ハートの血が凍りついては何にもならぬ」

「そんなはずはない、昔も今も」と、ミスター・フォックスは言った。

「それから――それから、私がそのドアを開けると、可哀想に女の人たちの死体や骸骨が、みんな血まみれになって、部屋中いっぱい詰まっていました」

「そんなはずはない、昔も今も。そんなことがあってたまるか」と、ミスター・フォックスは言った。

「それから大急ぎで廊下を駆け、ちょうど階段を降りかけたとき、ミスター・フォックス、あなたが大広間の戸口へやって来るのが見えました。……可哀想に、若くて美しい、お金持ちの娘さんを引きずって」

「そんなはずはない、昔も今も。そんなことがあってたまるか」と、ミスター・フォックスは言った。

「私は大急ぎで階下へ駆け降り、ちょうど樽の陰に隠れたとき、ミスター・フォックス、あなたが若い娘さんの腕を掴み、屋内へ引きずってきました。そして私の側を通り過ぎるとき、娘さんのダイヤの指輪を抜き取ろうとしているようでしたけど、どうやら抜き取れないと分かると、ミスター・フォックス、あなたは刀を抜き、指輪を取るために娘さんの手を斬り落としてしまいました」

「そんなはずはない、昔も今も。そんなことがあってたまるか」と、ミスター・フォックスは言い、椅子から立ちあがりながら、まだ何かを言おうとしたが、メアリは大声で遮った。

でもそうなんだから、昔も今も! その証拠に、指輪のはまった手を見せてあげるわ!」

 そう言って服の中から若い娘の手を取り出すと、ぐいとミスター・フォックスに突きつけた。

 たちまち二人の兄とメアリの友人たちが刀を抜き、ミスター・フォックスを細切れにしてしまった。

 



参考文献
『イギリス民話集』 河野一郎編訳 岩波文庫 1991.

※なんだろうこの推理小説で探偵が関係者を集めて推理を披露するシーンみたいな展開は。「犯人は、お前だ!」

 いくら証拠だからって、切り落とされた人間の手を服の中に隠していたメアリは勇敢すぎる。

 

 ジェイコブズの再話で、かなり有名な民話。シェイクスピアの「空騒ぎ」にもこの民話に触れた箇所があるというので、かなり古い物語であるらしい。



盗賊の花婿さん  ドイツ 『グリム童話』(KHM40)

 昔、粉挽きが美しい娘を一人持っていた。年頃になったのでどこかいいところへ嫁がせたいと思い、「誰か立派な人が求婚したら、その人にやろう」と考えていた。

 ほどなく、娘を嫁に欲しいと言う人が現れた。その人はたいそう金持ちに見えたし、これといって欠点も見当たらなかったので、粉挽きはその人に娘をやる約束をした。

 さて、婚約した女は相手の男を愛しく思うのが普通のことだが、この娘は彼をさほど好きになれず、それどころか彼に会うたび、彼のことを考えるたびに、なんとはなしに胸の内にゾッとするものを感じてならなかった。

 あるとき、彼が娘に向かって言った。

「あなたは私の婚約者ですが、一度も私の家へ来たことがありませんね」

「あなたのお家がどこだか、私、存じませんもの」

「私の家は、村外れの暗い森の中にあるんですよ」

 娘はあれこれ言い訳を並べて、そんな所へ行く道は分かりそうにないと言い抜けた。けれども花婿は、

「次の日曜には、必ず私の家に来てください。もう客人もんである。あなたが森を通り抜ける道が分かるように、灰を撒いておきますよ」と言うのだった。

 約束の日曜日が来て、いざ出かける段になったとき、どうしたのか自分でも訳が分からず、娘は胸騒ぎがしてならなかった。そこで帰り道の道しるべになるかもしれないと、両のポケットにえんどう豆とひら豆を沢山押し込んだ。

 森の入口から灰が撒いてあった。娘はその灰を辿って行ったが、一足ひとあしごとに右と左へえんどう豆を二つ三つずつ放り投げた。そうして一日歩いて、森の真ん中に着いた。そこは最も暗い場所であり、家がぽつんと一軒建っていた。その家ときたらいかにも陰気で薄気味悪くて、娘は気に入ることが出来なかった。とにかく中へ入ってみたが、人っ子一人いるわけでもなく、森閑としている。――と、いきなり。

 帰るんだ、帰るんだ、若いお嫁さん

 お前がいるのは人殺しの家だよ

 こんな声が大きく響いた。見上げると、籠に入った鳥がそう歌っているのだった。もう一度、鳥は歌った。

 帰るんだ、帰るんだ、若いお嫁さん

 お前がいるのは人殺しの家だよ

 それを聞きながら、美しい女婚約者は、部屋から部屋に入って家中歩き回ってみたが、どこもかしこも空っぽで、人間と思しきものはただの一人も見つからない。しまいに地下室に入ってみた。すると、そこには化石のように年をとった婆さんが一人、頭をぶるぶると震わせていた。

「お婆さん、教えてくださらない? 私の婚約者はここにいるのかしら」

 娘が尋ねると、婆さんは答えた。

「やれやれ、可哀想に! えらいとこへ入り込んだねぇ! お前さんは、人殺しの悪党の隠れ家にいるのだよ。

 お前さんは花嫁になるつもりで、もうじき婚礼をするのだと思っているんだろうが、お前さんが結婚するのは死神さ。ほれ、これをごらん。私はこうやって、言いつけられたとおりに大釜に湯を沸かしているんだがね、あいつらがお前さんをとっ捕まえようものなら、情け容赦もなく細切れにして、ぐつぐつ煮て、食べてしまうのだよ。なにしろ、みんな人食い鬼なんだからねぇ。

 私が哀れに思って、お前さんを助けてあげないことには。お前さんはお陀仏だよ」

 こう言ってから、婆さんは娘を大きな樽の後ろへ連れて行った。ここにいれば誰にも見つけられる恐れはない。

「お前さん、死んだネズミみたいに静かにしてるんだよ」と、婆さんが言った。

「ぴくりとも動いてはいけない。体なんか動かしちゃ駄目だよ。そんなことしようもんなら命がなくなる。夜になって盗賊どもが寝ちまったら、二人で逃げ出すことにしよう。私はね、もう長いこと、こんな機会を待っていたのさ」

 娘が樽の後ろに隠れた途端に、悪党どもがどやどやと帰ってきた。彼らはみんな酔っ払っていて、一人の年頃の娘を引きずっており、その娘がわあわあ泣き喚いているのを気にかけもせずに酒を飲ませた。それはコップ三杯になみなみと注いだもので、一杯は白く、一杯は赤く、一杯は黄色かったが、それを飲まされると娘の心臓は破裂してしまった。そうすると悪党どもはすぐさま、娘の着ていた上等な服を乱暴に引き剥がし、娘をテーブルの上に横たえて、その美しい体を細かく切り刻んで塩を振りかけた。

 樽の後ろにいた女婚約者は、可哀想に、ぶるぶると震えていた。自分もああいう目に遭うところだったのだと目の前で見せ付けられたのだから、無理もない。

 男の一人が殺された娘の指に金の指輪がはまっているのに気がついたが、それがなかなか抜けなかった。そこで鉈を取ってその指を叩き切ると、指はポーンと跳ね上がり、例の樽を跳び越えて、ちょうど女婚約者の膝の上に落ちたではないか。悪党は灯火を手にして指を探し始めたが、なかなか見つからない。すると別の男が言った。

「お前、あの大樽の後ろも探してみたのか」

 その時、婆さんが口を出して呼びたてた。

「早く来て、飯を食べちまいな! 探すのは明日にすればいいさ。指は逃げていきゃしないやね」

「違ぇねえ! 婆さんの言うとおりだ」

 悪党たちはそう言って、探すことをやめ、腰を下ろして食事を始めた。婆さんが酒の中に眠り薬を垂らしておいたので、間もなく、どれもこれも地下室へ落ち込むような格好でふんぞり返って、ゴウゴウいびきをかきながら寝てしまった。

 いびきが聞こえるようになると、娘は樽の後ろから出てきた。外へ出るにはどうしても、ごろごろ雑魚寝している者たちをまたがねばならないのだが、誰かを起こしはしないかととても気を揉んだ。けれども神さまのご加護があったので、娘はいい感じにそこを通り抜けたし、婆さんも一緒に上の一階の部屋に上がってきて、出入り口の戸を開けると、二人ともできるだけ急いで人殺しの悪党の住処から逃げ出した。撒いてあった灰は風が吹き飛ばしてしまっていたが、えんどう豆とひら豆は芽が出て伸びていて、月明かりに照らされて道を教えてくれた。二人は夜通し歩いて、朝になってからやっと粉挽き小屋へ辿り着いた。娘は、自分の身に降りかかったことを漏れなく父親に話して聞かせた。

 

 婚礼の日が来ると、花婿は姿を現した。粉挽きは親類や知人を残らずんでおいた。みんながご馳走の席に着いてから、めいめいが何か一つ話す余興をすることになった。ところが花嫁は黙り込んでいて何も話さずにいる。すると花婿が言った。

「どうしたんですか。あなた、何も話すことを知らないんですか? あなたも何か話してくださいよ」

「では、私は夢のお話をいたしましょう」と、花嫁は答えた。

「私は、一人ぼっちでどこかの森をさまよっていました。やっとのことでどこかの家に着きましたが、家の中には人間と名のつくものはただの一人もおりません。ただ、壁にかかった籠の中に一羽の鳥がいて、『帰るんだ、帰るんだ、若いお嫁さん。お前がいるのは人殺しの家だよ』って鳴きましたの。それからもう一回。

 ねえ、あなた、この夢はついこの間見たばかりなのよ。

 それからね、私、部屋を残らず歩いてみましたの。どのお部屋も空っぽで、それはそれは気味が悪かったわ。おしまいに地下室へ下りてみたら、化石のように年を取ったお婆さんがいて、頭をぶるぶるさせていたのよ。私、お婆さんに『私の婚約者はこの家にいますか』って訊いてみたの。お婆さんはね、『やれやれ、可哀想に! お前は人殺しの悪党の住処へ入り込んだのだよ、婚約者はここに居るには居るが、お前を切り刻んで殺すよ、それからぐつぐつ煮て食べちまうよ』って返事をしたの。

 ねえ、あなた、この夢はついこの間見たばかりなのよ。

 それからね、お婆さんは私を大きな樽の後ろに隠してくれました。隠れた途端に盗賊たちが帰ってきました。盗賊たちは年頃の娘さんを一人引きずってきて、その娘さんに、白と、赤と、黄色と、三通りのお酒を飲ませたと思ったら、娘さんは心臓が破裂してしまったのよ。

 ねえ、あなた、この夢はついこの間見たばかりなのよ。

 そうしたら一人の盗賊が、娘さんの薬指にまだ指輪がはまってるのを見て、それがなかなか抜けなかったものだから、鉈でその指をちょん切ったの。そうしたら、指はぽーんと跳ね上がって、大樽の後ろへ飛んで来て、私の膝に落っこちたの。

 ねえ、あなた、これがその指輪のはまっている指よ!」

 こう言いながら、娘はその指を取り出して、その場にいる人たちみんなに見せた。

 盗賊はこの話を聞いて、まるで白墨のように真っ白になっていたが、いきなり椅子から立ち上がって逃げ出そうとした。けれども客人たちが押さえつけて、役人に引き渡した。こうして、この盗賊もその仲間たちも一人残らず、それまでに犯した罪の報いとして処刑されたのだった。



参考文献
『完訳 グリム童話集』 金田鬼一訳 岩波文庫 1979.

※初版では、花婿は盗賊ではなく城に住む王子とされていた。他の類話を参考にして変更したのだろう。

 冥王をそのまま語ることが嘘臭いと思われて語り直しが行われたとき、冥王の「豊か、権威ある」という面をイメージすれば城主に、「命を奪う」という面をイメージすれば盗賊になったのだろう。この話では花婿は盗賊 Rauber と呼ばれてはいるが、さらってきた娘を切り刻んで塩をかけて煮込んで食べる、人食い鬼であるとも語られている。恵みを与える半面で命を強奪する存在でもある神は、伝承の中では「人食い鬼」として語られることが多い。

 深く大きな森の真ん中にある家、というのは冥界の底の冥王の館を示している。「フシェビェダ爺さんの金髪」では、太陽神の館が森の真ん中にある。太陽神の夜の顔が人食いの冥王である。

 

 娘は、婚約者が撒いておいた灰に沿って豆を撒いておく。これが彼女の命を救う道しるべとなった。灰は、「清めるもの」であると同時に「遺灰」に通じる。脆くはかなく、崩れ去って帰りには消えてしまう「灰の道」は、冥界へ向かう死出の道のイメージには相応しい。「魔女カルトとチルビク」では冥界と現界の境には灰の橋が架かっている。

 そして娘が撒いた豆は、帰り道では芽吹いて伸びていた。生命力の象徴である。ジャックが蒔いた豆が天に届いたように、生命力溢れる豆だからこそ冥界から帰る道になったのだろう。

 なお、日本の民話では、鬼に嫁入りすることになった娘が、菜種や豆を蒔きながら嫁いでいく。やがてそれが芽吹いて花を咲かせると、それを辿って家族が助けに行ったり娘が逃げ帰ってきたりする。鬼が連れ戻しに来る場合もあるが、炒った豆を渡して「それが芽吹いたら来い」と言うと、鬼は永遠に現れなくなるのであった。

豆投げの由来  日本 群馬県

 昔、暖かな南の国の山際に一軒の農家があった。気候も土地もよく、作物も果物も何不自由なく作って豊かに暮らしていたが、ある年に旱魃が起こった。その家の親父は毎日畑に行っては天に向かって雨を降らせてくれと拝んでいたが、ある日、畑に行ってみると真ん中に大きな石が転がっていた。

 どうせ山奥の鬼の仕業だろうと考えながらその石に腰を下ろして、いつものように天に祈ってからこう言った。

「天の神さま、雨を降らせてくれ。降らせてくれるなら、俺には《おふく》という綺麗な娘があるから、それを嫁にやってもいい」

 すると、腰掛けていた石がぐらぐら動いて声がする。

「おい、百姓。お前は今、雨を降らせたら娘を嫁にやると言ったな」
「ああ、言ったぞ」
「ならば俺が雨を降らせてやるから、娘をくれ」

 親父が石の下を覗くと、山奥の鬼がいたのだ。鬼は天に昇ると雷太鼓を叩いて黒雲を呼び寄せ、雷雨を起こした。

 何日か経つと、鬼が娘をもらいに来た。母親は娘にそっと菜種を渡して、嫁入りの道々、それを撒いておくように言い含めた。どうせ鬼のところになど長くいられない。帰りたくなったら撒いた菜種を目印にして帰って来いと。

 おふくは鬼に負ぶわれて鬼の住処に連れて行かれたが、気付かれないように菜種を撒いておいた。家に着いてみると鬼は他にもいて、全部で八人もいた。おふくはすっかり嫌気がさして、菜種を頼りにして家に逃げ帰り、引きこもって隠れていた。

 数日後に鬼が追ってきて、おふくを返せと騒ぎ立てた。その日はちょうど冬と春の分かれ目、二月三日の節分で、お福は豆煎りをしていたのだが、母親がその豆を一掴み鬼にやって、「これを山に蒔いて雨を降らせて芽が出たらおふくを返してやる」と言った。そして、おふくが「鬼は外だ。ふくは内だ。出てけ」と鬼に豆を投げつけたので、鬼はほうほうの態で山へ逃げ帰った。

 さて、鬼は山に帰ると、なんとしてもおふくを取り戻そうと豆を蒔いて天に昇って雨を降らせた。けれども煎った豆が芽吹くことがなかったので、鬼は二度とおふくを取り戻すことは出来なかった。ともあれ、おかげで田畑が乾くことはなくなり、村は安楽になったということだ。


参考文献
豆投げの由来」/『ぐんまの国保だより 平成19年5月号』 薫高十郎語り、井田安雄著 群馬県国民健康保険団体連合会(Web)


参考 --> 「姥皮(蛇婿〜退治型)」「猿婿・東日本型」「節分のはじまり」 マオリ族の伝承



参考--> 「人殺し城



盗賊の嫁もらい  クロアチア

 昔、水車屋(粉挽き)がいて娘を三人持っていた。二人は利口だったが三人目は馬鹿だった。

 あるクリスマスの日、家の物はみんなミサに出かけたが、お馬鹿ちゃんだけは留守番をしていた。すると、盗賊団が家に誰もいないことを見越してやって来て、粉をありったけ盗もうとした。ところが入ろうとするとお馬鹿ちゃんが「ぎゃーーーっ、泥棒よーーーー!!」と飛び上がって悲鳴をあげる。そのうえでさっとサーベルを掴んで盗賊の一人の頭の皮を削ぎ落としたので、盗賊たちはみんな逃げて行った。家の者たちが帰ってきてから、お馬鹿ちゃんは一部始終を説明した。

 

 それから何ヶ月かが過ぎて、あの頭の皮を削がれた盗賊が身なりを変えて水車屋を訪ねた。一番上の娘を嫁にもらいたいと言うのだ。家の者は承知して嫁にやったが、娘は男の素性が知れないので怪しんでいた。すると男が、とにかく一緒に来て私の地所を見てくださいと言う。二人は出かけて森に入った。森の真ん中に、煤けきった小さな家があった。それを見ると娘はぞっとして、どういう家なのか、住んでいるのは何者か、すぐにぴんときた。男は娘にどの部屋の鍵もくれたが、一つの部屋のだけはくれなかった。また、遊びに使えるボールをもくれて、男は猟に出て行った。

 娘は、どうして一つの部屋の鍵だけ渡してくれなかったのかを考えた。鍵の束をじっくり眺めて、その部屋が開く鍵はないか一つ一つ試した。すると中に一つ、その部屋も開けられるものが見つかった。娘は扉を開けて中に入ったが、壁に人間の首が二つ見えて、床にはおびただしい血があったので、肝を潰して、弾みでボールを血の中に落とした。

 やがて男が帰ってきて、娘に訊いた。

「ここの暮らしは気に入ったか」

「ええ」

「では、前に渡したボールを見せてくれ」

 男がボールを見ると血が付いていたので、娘が禁じていた部屋に入ったことをすぐに悟った。男はその部屋に娘を連れて行って、首を刎ねた。

 

 何ヶ月か経つと、盗賊はまた水車屋を訪ねて、二番目の娘も自分のところに寄越してほしいと言った。両親は、一番上の娘が一度も里帰りしないし、娘はやれないと断ったが、「あれは私のところがとても気に入ったものだから、里帰りする気がないんですよ。それに妹さんもうちに来ればいいというのは、あれ自身が言ったことなんですよ」と言うので、安心して二番娘も出してやった。

 二番目の娘もその家を見るとぞっとして、どういう男のところに来てしまったのかすぐに悟った。しかも姉の姿が見えない。盗賊はやはり、一つの部屋のもの以外の鍵の束を渡して、遊ぶためのボールをくれて猟に出た。

 男がいなくなると、娘はすぐに鍵を試しに行って、あの部屋を開けた。中に入るとすぐに、首のない姉の胴体が見えて、怯えた弾みにボールを血の中に落とした。

 男が帰ってきて「ここの暮らしが気に入ったか」と訊くと娘は「ええ」と答える。しかしボールには血が付いていた。

「あの部屋に入ったな、行くのを禁じておいたのに。それではお前もあそこにいるがいい!」

 娘はあの部屋に連れて行かれて、首を刎ねられた。

 

 何日かしてから、盗賊はまた水車屋にやって来た。三番目の娘も欲しいと言うのだ。

「やれないね。もう二人もやってるのに、一人も帰ってこないじゃないか」

「うちでとても楽しくやっていますよ。だからもう実家さとのことなど考えられないんですよ。こちらに残っている妹も自分たちのところに来てほしいって言ってるんです。そうすりゃもっと楽しくなりますからね。私は財産は沢山ありますし、いい暮らしをしてるんです。お宅の娘さんがたには何不自由させてません」

 そこで水車屋は末の娘も男にやった。

 お馬鹿ちゃんは男と一緒に出かけて、森の中の小さい家に着いた。すぐにここがどういう場所なのかを悟ってぞっとしたが、自分を励ました。

 男は娘にどの部屋の鍵もよこしたが、ひと部屋のだけはくれなかった。そしてボールをくれると、また猟に出て行った。娘は片端から鍵を開けていったが、例の部屋の前まで来ると考え込んだ。

「私が見ちゃいけないこの部屋には、何があるのかしら?」

 どこにも姉たちの姿が見当たらないのも奇妙だった。

(もしかしたら、この中に閉じ込められているのかもしれないわ)

 娘は鍵を試してその部屋を開けたが、入る前にボールをポケットにしまっておいた。

 中には姉たちがいた。けれども、二人に首は付いていなかった。

 やがて男が森から出てきて、娘に尋ねた。

「ここの暮らしは楽しいか」

「ええ」

「では、俺にあのボールを見せてくれ」

 男はボールを見たが、血はどこにも付いていなかった。

「よし。お前は自由にしていいよ。出かけたいのなら、どこにでも連れて行ってやろう」

「私、父さんと母さんの顔が見たいの」

 盗賊は馬車に馬を繋ぐと、二人で娘の実家へ行った。娘は父親に会うと、急いで、その男がどんな人物で姉たちがどんな目に遭ったかを話した。水車屋は大急ぎで警察に連絡し、水車小屋の周囲を六人の警官が包囲した。盗賊はそんなことは知らず、もてなしに出された酒を飲んでいた。水車屋は様々なご馳走を出したが、最後に、ごとりと重い塊を二つ、テーブルの上に置いた。

 それは殺された二人の娘の首で、末娘がこっそり持って帰ってきたものだった。

 盗賊はそれを見るなり窓から飛び出して逃げようとしたが、待ち伏せていた警官たちに取り押さえられた。

 取調べを受けた盗賊は余罪を自白させられ、他にも十一人の共犯者がいることを自供した。警察は彼に道案内をさせて例の家に行ったが、誰もいない。そこで警察が「呼び寄せろ」と命じ、男が名を呼ぶと、それらは家に現れた。警察は彼らをその家に閉じ込め、火を放った。彼らは全て滅び去った。



参考文献
『世界の民話 アルバニア クロアチア』 小澤俊夫/飯豊道男編訳 株式会社ぎょうせい 1978.

※最後、警察に捕らえられることになっていて現代的に思える分、最後に森の中心の家で盗賊団が焼き殺されるという結末は前時代的で違和感を感じる。ちなみに、他の民話のモチーフで見る限り、これの本来の形は「人食いの魔物が、眷属もろとも退治される」という結末である。 --> 「コルヴェット」「麦粒小僧とテリエル」、おまけで「清水きよみず南辺みなみわたりに住む乞食こつじき、女を以て人を謀り入れて殺せること

 

 水車小屋、粉挽きは西欧の民話ではしばしば「魔と接するもの」として登場する。粉挽きがかつて村の共同体に属さず様々な特権を持っていたことに端を発するイメージらしい。「粉挽き屋の娘」は、民話の中では非常に賢く勇気あるイメージで扱われていることが多い。

 ところで、粉屋の娘が活躍する話に「侵入しようとする盗賊の頭を粉屋の娘が次々斬り落として退治してしまう」というものがあるそうだが、この話の「留守番の娘が侵入しようとした盗賊の頭の皮を削ぐ」というエピソードと同根であるように思う。

乞食  スペイン

 昔、二人の娘を持った父親がいた。ある日、父親は市に出かけるときに娘たちに言い聞かせた。誰が来ても扉を開けてはならない、家の中へ入れてはいけないよと。

 ところが間もなく哀れな乞食がやって来て一夜の宿を求めた。娘たちは父親の言いつけを盾に拒んだが、あまりに懇願するので、哀れに思って入れてやった。

 夕飯が済むと、乞食は娘たちにキャラメルを食べさせたが、それには眠り薬が入っていたのだ。真夜中に乞食は起き出して、家中のものを盗んで逃げていった。しかし自分の上着をその家に置き忘れた。

 さて、上の娘はキャラメルを食べて死んだように眠っていたが、下の娘は怪しんで食べたふりしかしていなかったので、乞食が立ち去ると起き上がって素早く扉を閉めた。そして火を掻き立ててお湯を沸かし始めた。そのお湯を姉の目にかけて死の眠りから呼び覚ますのだ。

 次の日、まだ夜が明けないうちに乞食が自分の上着を取り戻すためにやって来た。そして扉越しに妹娘に開けてくれと懇願したが、娘は開けようとせず、代わりに「扉の下から手をお出しなさい」と言った。乞食が手を出すと、妹娘は小刀でそれを切り落とし、上着はバルコニーから投げてやった。

 間もなく父親が市から帰ってきたので、姉妹は起こったことを全て物語った。

 それから何日か経って、また例の乞食がやって来た。しかし今度は立派な騎士の姿をしていたので、娘たちにもあの乞食だとは分からなかった。男は父親に向かって、お宅のお嬢さんを花嫁にいただきに参りましたと言った。父親が、それでは姉の方を差し上げましょうと言うと、男はぜひ妹さんの方をいただきたいと答えた。

 そうして娘をもらうまでは帰ろうとしなかったので、とうとう父親は妹娘を与え、騎士は娘を馬の後ろに乗せて帰っていった。しかしこの男が常に手袋をはめたままなので、娘がどうしていつも手袋をはめているのですかと尋ねると、男ははじめて手袋を脱いで、あの晩、娘に切られた手を見せ付けた。

 それから男は娘を、山中の仲間たちのいる場所に連れて行き、部屋に閉じ込めると、仲間たちと一緒にどこかへ出かけていった。

 そのうちに、娘は台所で働いている下男にやすりを探してくれと頼んだ。そうしてやすりで鉄格子を切り、男たちに見つからないよう大急ぎで逃げ出した。

 途中で、薪を積んだ荷馬車を引く男に出会ったので、薪の間に匿ってほしいと頼んだ。こうして薪の間に隠れて進むうちに、男が追いかけてきた。そして荷車引きに「娘を隠していないか」と質したが、荷車引きは見たこともないと答えた。そこで男は鋭い短剣を出して薪の山を滅多刺ししたが、幸いにも娘の隠れているところには届かなかったので、怪我をしないで済んだ。

 こうして妹娘は無事に家へ帰ることが出来た。

 紅い紅ヒワコロリン・コロラド。これでこのお話はおしまい。


参考文献
『スペイン民話集』 エスピノーサ著 三原幸久編訳 岩波文庫 1989.

※妹娘は姉の目に煮立てた鍋の湯を注ぐことで目覚めさせている。ムチャクチャだ、と笑って突っ込んで終わらせることも出来るが、一応。

 鍋で煮るのは死者が冥界で復活する、という暗示だ。また、盲目は伝承世界では「死」の比喩である。キャラメルに入っていたのは眠り薬となっているが、実際は、姉娘はここで一度殺されていると見るべきである。「フィッチャーの鳥」で末娘がバラバラにされていた姉たちを甦らせたように、死んだ姉を妹娘は甦らせたのだ。

 なお、乞食が上着を忘れて行ったことになっているのは意味深ではある。ここで娘たちは乞食の「妻になっていた」と考えることも出来る。

 

フィッチャーの鳥」でも魔法使いは乞食の姿で戸口を廻り、施しを要求していた。多くの伝承において、神はみすぼらしい姿で現れ、人の心を試す。恐らく、これらの類話で魔法使いや盗賊が乞食の姿で現れることも無関係ではない。

 

ミスター・フォックス」や「盗賊の花婿さん」では男が娘の手や指を切るが、この話では娘の方が男の指を切っていて、それによって男の正体が明かされていて面白い。日本に、悪戯してきた河童の腕を斬り落とすと後に河童が取り戻しに来て引き換えに万能薬を授けるという話群があるが、その類話の一つ、種子島に伝わる「骨つぎの妙薬」(『日本の民話 種子島篇』 下野敏見編 未来社 1974.)という話では、夜にトイレに行った女性が河童に下から尻を触られ、包丁で腕を切り落とす。すると翌朝、立派な身なりの男が訪ねてくるが、片腕がなく、不自由で難儀しているのでお前が持っているという不思議な腕をくれないかと請うのだった。女はこの男が例の怪異の正体だと悟ったが、泣くのを見て哀れに思い、返してやった。男は万能薬でたちまち腕をくっつけると、礼としてその薬を女に与えて立ち去った。

 夜中にやって来て家の中に頭や腕を差し入れるモノ、洞穴の中から腕だけをさし伸ばすモノは、神霊であるらしい。アイヌの神話には、人々が飢饉で苦しんでいるとき、夜毎に神の妻が食糧を入れたお椀を各戸に配って回ったが(人間にはお椀を持つ腕が差し入れられるのしか見えない)、ある男が悪戯心を起こしてその腕を掴んだため、神は永遠に立ち去ったという話がある。似た話は日本本土にもあって、椀貸し淵伝説と呼ばれる。

 

 後半は[呪的逃走]になっている。参考 -->「三つ目男

 

 女子供をさらう魔物または獣がいて、それが頭を出したところで斬り落として退治してしまうというモチーフは、例えばグリムの「腕利きの狩人」や、ニュージーランドのマオリ族の伝承にも見える。マオリ族の伝承では、怪物夫の住処である洞窟を燻して、たまらずに頭を出したところを斬り落とした。

 このモチーフは、恐らく『千夜一夜物語』の「アリ・ババと四十人の盗賊」で、奴隷女のモルジアナ(マルジャーナ)が、洞穴の財宝を盗まれた復讐のためにやって来た盗賊たちを退治してしまうエピソードとも、どこかで繋がっているだろう。モルジアナは甕の中に潜んでいた盗賊たちを煮えた油を注いで殺すが、スペインの「にんにくのようなマリア」では、木の上にいたマリアに金貨の壷を盗まれて復讐にやってきた泥棒たちが、煙突から入ろうとしてマリアに燻されて焼き殺されてしまう。

 一読しただけでは、【青髭】話群と「アリ・ババと四十人の盗賊」は全く違う話に思えるかもしれない。しかし物語を構成しているパーツをじっくり見ていくと、実は共通したものが結構多いことに気付く。

 盗賊(冥王)を退治した娘は、財産を手に入れて幸せな結婚をする。

 アリ・ババとカシムの兄弟は、盗賊(冥王)の管理する秘密の扉を開いてしまう。兄のカシムは失敗し、殺されて切り刻まれる。弟のアリ・ババは兄のバラバラにされ吊り下げられた死体を発見する。

 青髭夫が前妻の死体をそうしたように、盗賊がカシムの死体を切り刻んで吊るすのは、まるで食肉保存庫のイメージのようだ。「脂取り」などでは袋に入って炉の上に吊るされるが、冥界で死者は吊るされている、という定番イメージがあるらしい。

 カシムの死体を完璧に縫い合わせたというエピソードは、本来は「フィッチャーの鳥」や「緑の山」のように、バラバラの死体を繋げ直したり煮込んだりして復活させるというモチーフだったのが、どこかで欠落か改変がされたのだと思われる。

 アリ・ババとモルジアナを足して割れば、【青髭】のヒロインになるかもしれない。



参考--> 「フィッチャーの鳥




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