青髭 |
民話は童話であると安易に認識されがちであるが、妻を次々殺害していた大量殺人犯の夫の登場する「青髭」は、流石に童話としては好まれない。逆に、「大人のための童話」としては非常に好まれる傾向があって、「本当は怖い童話」系のサブカルチャー本には必ずと言っていいほど取り上げられている。
しかし、この話は本当に、それらの本が口を揃えて解説している通りのゴシップ的な「妻の裏切りの物語」でしかないのだろうか?
主人公は、豊かだがどこか得体の知れない男と結婚する。夫は出かける際に、ある部屋の中だけは見てはならないとかたく戒める。しかし主人公は好奇心を抑えきれずに見てしまう。すると、そこには彼女以前の妻たちの死体があった。
それ以降の展開は幾つかのバリエーションがある。
この後、悪魔の夫から逃れる[呪的逃走]モチーフが入ることがある。
こうして主人公は悪魔の夫から逃れ、悪魔の夫は(a.救援者に斬り殺される b.獣に呑まれる c.穴や鍋や火に落ちて死ぬ)。主人公は死んだ夫の財産を得、幸せな再婚をする。
異類(神魔)が人間を手元に置いて家族として庇護し、豊かで幸せな日々を与える。
ただし、ただ一箇所、ある特定の部屋だけは見てはならないと戒めた。
しかし人間は好奇心に負けて部屋を開け、幸せな生活は終わりを告げる。
開かずの間の中に何があるかは、物語によって異なっている。
殺された哀れな死骸が転がっていることもあるし、神々しくも畏れ多い神が燃え輝いていることもある。稲穂の実る天国のように美しい景色が広がっていることもあるし、生まれる前の魂が篭められていて、部屋を開けたために小鳥となって儚く飛び去っていくこともある。部屋の中に恐ろしい魔物が封じられていて、それが逃げ出して災いをなすこともあるし、逆に、中に封じられていた魔物が主人公の忠実無二の友となり、その後の冒険を助けてくれることもある。
類似のモチーフとしては、異類が配偶者である人間に(a.自分が部屋に篭っている様子を覗き見してはならない b.自分が水浴びしているところを見てはならない c.自分が出かける様子を見てはならない)などと戒めるが、好奇心に負けた人間は覗き、異類が醜い本性を晒している様子を見てしまう、というものがある。この約束違反によって幸せな結婚生活は終わりを告げる。
この系統のモチーフを含む物語で最も有名なものの一つに、ギリシア神話の「パンドラの壷」があるだろう。人類最初の女パンドラは、誕生の際にあらゆる神々に祝福され、美しさなどを贈られる。結婚の際には壷を渡され、決して開けてはならないと戒められた。しかしパンドラは好奇心に負けて開けてしまう。たちまち中からあらゆる災いが飛び出し、世界中に広まった。
戒めを破ったために、神と共にあった幸せな生活が終わりを告げる…という展開は、『旧約聖書』にも見て取れる。最初の人間であるアダムとイブは
[青髭]とよく似ているが、モチーフの組み合わせ方が異なっている。[青髭]は結婚しある程度夫婦生活を送った後から始まる話だが、このタイプは結婚前、または嫁入り直後に秘密を知る。そして最大の特徴は、大勢の人が同席している場で、彼が殺した娘の死体の一部を証拠として突きつけて、彼の罪を裁くところだ。
なお、日本の【猿婿入り】に「嫁入り前に猿の夫を退治する、西日本に多いバージョン」と「嫁入りした後、里帰りの途中で退治する東日本に多いバージョン」があるように、この話群にも、娘が男と結婚した後に開かずの間で死体を発見、夫を連れて里帰りしてから証拠を突きつけて逮捕させるというパターンもある。
異類婚姻譚としての匂いがより強く、[蛇婿〜偽の花嫁型]や[美女と野獣]との相似が強い。ただし、夫が以前に二人の妻を次々に殺害しているという点で[青髭]に近くなる。
正統的な[青髭]とは異なり、「夫が地獄の部屋を管理している」というエピソードがない。なにより、夫が妻の愛によって救われてハッピーエンドになるのは大きな違いである。
(青髭Cの「ブルゴーは悪魔」が夫にとってのバッドエンドバージョンだろうか。)
青髭に関する雑学あるいは考察?