>>参考 [偽の花嫁][継子たち][三つの愛のオレンジ]【蛇婿〜偽の花嫁型】【金のなる木】
町外れに漁師がおり、二人の妻を持っていた。一番目の妻は親切で、アイという娘があり、二番目の妻は嫉妬ぶかく、イイという娘があった。
ある日漁師は用で町に出かけ、二人の妻は代わりに川に漁に出かけたが、二番目の妻は一番目の妻を船から突き落として殺し、夫とアイには過って落ちて死んだと教えた。
アイが毎日川岸に行って泣いていると、金のハゼが近寄ってきて、「私はあなたのお母さんですよ」と言った。ハゼは亡母の生まれ変わりで、自分の死んだ経緯も教えてくれたが、父にも疎まれ始めていたアイはそれを秘密にした。そして日に三度、ハゼにご飯をやりに川へ行くのだった。
それを知った二番目の妻は憎み、金のハゼを捕ってスープにした。アイがいつものように川に行くとハゼが来ないので、悲しんで家に帰ると、可愛がっているアヒルが金の鱗を一枚くわえてきて、ハゼが料理されたことを教えてくれた。
アイは鱗を土に埋めた。するとナスビが生えたので大事に世話をして、生った実を売ってお菓子を買った。継母はこれを知ってナスビを引っこ抜き、実を全部食べてしまった。アイが悲しんで高床式の床下に入って泣いていると、アヒルがナスビの種を二粒くわえてきて、継母の仕業を話した。
アイは継母を恐れ、三叉路に種を蒔いた。すると金と銀の菩提樹が生えた。家で継母に用ばかり言いつけられるアイは、毎日菩提樹のところに来て、悲しいことがあると話しかけた。菩提樹は何も言わないが、葉擦れの音を聞くと慰められるのだった。だが継母はこれにも気付き、抜こうとした。しかし抜けない。斧で叩いたり湯をかけたりすると、木はますます立派になる。憎んだ継母は、夫のいないところではアイを打ったり蹴ったり、奴隷のように扱った。
ある日、王様の一行が通りかかり、菩提樹を見て、根を掘って宮殿に植え替えようとした。だが掘れない。そこで「この木を掘れる者は、男なら国半分と大金を与え、女なら妃にしよう」と触れを出した。イイを連れた二番目の妻はもちろん、国中の人が挑戦したが無駄だった。王は悲しんで毎日菩提樹を見に行った。
ある日、王はアイが泣きながら菩提樹に話しかけているのを見、話を聞いて哀れに思った。そしてだんだん愛するようになり、木を掘ることを勧めて、出来たら妃にしようと言った。喜んでアイが右手で金の、左手で銀の菩提樹をつかんで引き上げると、木は簡単に抜けてしまい、早速宮殿からはお召し車が来て、アイは幸せになった。
二番目の妻は悔しがり、わざと優しくアイを家に呼んだ。アイが継母の心が良くなったと思って遊びにくると、落とし穴のある部屋に連れていき、煮えた油に突き落として殺した。そして代わりにイイを王の許に連れていった。
アイは小鳥に生まれ変わり、ヨガ行者の住まいの近くに住んで、毎日宮殿の窓の側に飛んでいった。そして王ととても仲良くなったので、イイはそれを憎み、小鳥を捕まえて羽をむしった。王が助けようとしたとき、鷹が小鳥をさらっていった。王はイイを怒り、鷹を追っていった。鷹はヨガ行者の住まいの近くの高い木の上にとまり、小鳥を食べようとしたが、慌てたので落とした。ヨガ行者がこれを救った。小鳥はこれまでの身の上を語り、ヨガ行者は通りかかった王に話した。王はアイを元に戻すように嘆願し、気の毒に思ったヨガ行者はアイを元の姿に戻したのだった。
二人は宮殿に戻った。王はイイと継母を殺そうとしたが、アイに頼まれて、国外追放に留めた。こうして二人は幸せに暮らした。
参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
両親が再婚し、父の娘カムと母の娘タムは姉妹になった。同じ年頃でとてもよく似ていた二人のどちらを長女にするか決めるために、両親は竹籠を渡して、川で魚を獲ってくるように命じた。沢山取った方を長女にすると言うのだった。二人は川に出かけ、カムは沢山の魚を獲ったが、タムは少しも獲れなかった。そこで、タムはカムに川の向こう岸にある睡蓮の花を取ってくるように勧めて、その隙にカムの魚を自分の籠に入れ替えてしまった。カムが戻ってくると籠の中にはわずかな雑魚しか残っておらずタムもいない。悲しくなって泣いていると天から妖精が現れて尋ねた。
「お前の姉妹は何も残してくれなかったのですか?」
カムが残されていたムーという魚の小さいのを見せると、妖精は言った。
「その魚を藪の中で密かに育てなさい。毎日餌をやりに行って、その時には
おお、ムー! ほら、白米と新鮮なお魚だよ
ご飯とお魚の残りだよ
ここへ来てお食べ
と唱えて呼び出すのですよ」
その日から、魚を呼び出しては自分の残りご飯を与えるのがカムの日課になった。
ところがタムは妹が何をしているかを探り当てていた。カムが野原で水牛の番をしている間に藪に行き、カムのふりをして魚を呼び出すと、殺して食べてしまったのである。
野原から戻ったカムが、魚がいないので泣いていると、オンドリがカムに言った。「私にお米を三粒ください。そうしたらあなたに魚の残骸がある場所を教えてあげましょう」。カムが米三粒を与えると、オンドリは家の裏に捨てられてあった魚の骨を見せてくれた。カムが骨を集めて悲しみにむせんでいると、妖精が再び現れて教えた。
「骨を四つの壷(類話によっては鍋)に入れてベッドの四隅に埋めなさい。三月十日経てば、望むものを見つけられるでしょう」
その時が来て壺を開けたカムは、奇麗な上衣と長いズボンと素敵な靴が入っているのを見た。野原に行って着替えてみたが、靴が濡れてしまったので乾かしておいた。するとカラスが片方をくわえていって、王宮の王子の前に落とした。王子はこの靴が履けた娘と結婚すると宣言した。
この話を聞いて、継母はタムを連れて王宮に出向いた。しかし履けなかった。カムも行きたいと願うのだが、継母は胡麻と豆をぶちまけて、これを選り分け終えたら行ってもいいと言う。カムが悲しんでいると、妖精が鳩を集めて豆と胡麻を選り分けさせた。それでも継母は何粒かを鳩が食べたと文句を付けたのだが、妖精は鳩の胃袋から豆を取り出して返させた。ついにカムは王宮に行き、靴を履いて王子の妃になった。
暫くして、継母たちは父が病気だからと伝えてカムを実家に呼び戻した。継母は夫のベッドに密かにパリパリのワッフルを置いて、寝がえりをうつたびに壊れるようにしておいた。そしてカムに言ったものだ。
「お聞き、お父さんの骨の壊れる音が聞こえるだろう。お父さんの病気はとても重くて、色んな幻を見てはうわごとを言うのだよ。今は新鮮なアレカの実を食べたいと言っているのさ。お前、お父さんのために取ってきておくれでないかい?」
こうしてカムはアレカ椰子の木に登ることになり、継母たちが「立派な着物が痛むといけないから」と言うので、妃の着物を脱いだ。そして高い木の上に登ったとき、タムが木を伐り倒したので、カムは落ちて死んだ。タムは妃の服を着てカムになりすますと王宮に行った。
こうしてタムは念願の妃になったが、突然人の変わった妻を王子は怪しみ、以前の彼女を懐かしんで、あまり構わなかった。
(類話によっては、タムはカムが死んだからと言って代わりに王妃になる。)
ある日のこと、タムが王子の服を洗って干していると、一羽のツグミが飛んで来て唄った。
ホーン、ホワッハ!
奇麗に洗って竿に干せ
垣根に干したら破れるから
それは私の夫の服
王子はこれを聞いて、そのツグミに呼びかけた。
「私がお前の夫なら、私の袖の中に入りなさい。違うのなら立ち去りなさい」
するとツグミは王子の袖の中に入った。王子はこのツグミを捕らえて大切に飼った。けれども、彼が留守の間にタムはそのツグミを殺して、料理して食べた。帰って来た王子がツグミはどこかと尋ねると、「私は身ごもっているから、ひどくお腹がすいて食べちゃったのよ」と言う。「ならば羽根はどこへ捨てたんだね」と訊けば垣根の陰に捨てたというので、王子がそこに行ってみると、そこには竹の子が勢いよく生え出していた。タムはこれを知ると、やはり王子が留守の間にそれを掘り返して食べた。その皮を捨てた場所に柿の木が生え、美しい実が生った。しかし、タムが取ろうとしてもどうしても取れないのだった。
ある日のこと、一人の乞食婆さんが通りかかって、その木の下に腰を降ろして休んだ。彼女は素晴らしい実を見ると食べたくなり、「おお、柿の木よ。私のずだ袋の中に実を落としておくれ」と唱えると、実は独りでに落ちて婆さんの袋に入った。
婆さんは実を持って帰って、米と一緒に壺の中に入れておいた。ところがそれ以来、婆さんの留守の間に家が掃除され、食事の仕度が整えられているようになった。婆さんは怪しんで、出かけたふりをして様子をうかがっていた。すると柿の実の中から一人の娘が現れて家事を始めたではないか。
婆さんが出ていくとカムは驚いたが、行き場のない自分の身の上を話して聞かせた。婆さんは彼女を引き受けて養女にし、一緒に暮らし始めた。
やがて婆さんの亡くなった夫の命日が近づいてきた。けれど貧しい婆さんには法事を行えるだけのお金がない。悲しむ彼女にカムは言った。
「心配しないで、お
夜の間にカムは祭壇をつくって、あの妖精に願いを伝えた。妖精はすぐにカムの望みを叶えてくれた。
立派に供物を捧げた後で、カムは婆さんに、王子を法事に招待してくださいと頼んだ。婆さんが畏れながらも王宮に行って招待したいと述べると、王子はからかって「私に来てほしいのなら、道に絹の刺繍布を敷きつめて戸口を金で飾ってもらわないとね」と言った。婆さんは急いで戻ってカムにありのままを報告した。彼女は「それはそんなに難しいことではないわ。どうぞ王子をお呼びしてください」と言い、再び妖精に願った。すると道は絹で敷き詰められ、あばら家の戸口には金の飾りが施されていた。
王子がやって来たとき、カムは奥の部屋に隠れていた。王子は、缶に入ったビンロウ樹の軽食がとても美味しいのに感心して、作ったのはお前なのかと尋ねた。婆さんはおろおろして奥の部屋に行くと相談した。カムは「自分で作りましたと言ってください」と答えた。王子は信じず、それなら私の目の前で作ってくださいと食い下がった。カムはハエに変身して婆さんの周囲を飛び回り、作り方を指導した。王子はそれを見破って、扇子で追い払った。そうなると婆さんは作業を続けることが出来なくなってしまった。
王子が色々な質問を浴びせかけるので、とうとう、婆さんは「私の娘が作りました」と告白した。王子はその娘に会いたいと言った。婆さんがカムを連れて来ると、王子にはそれが自分の失った妻であることが分かった。カムはこれまでのことを話して聞かせ、聞き終わると、王子は婆さんに娘を王宮へ上げるようにと命じた。
カムが王宮に戻ってきたのを見ると、タムはとても喜んでいるふりをして迎え、「今までどこにいたの」と尋ねた。
「とっても奇麗に見えるけど、今まで何をしてたの? 話してくださいな。私も同じようにしてみたいわ」
「私と同じように奇麗になりたければ、お湯を煮え立たせてその中に飛び込むのよ」
タムはそれを信じ込んで、本当に煮立った大鍋に飛び込み、哀れにも死んでしまった。
カムはその肉を塩漬けにして継母に届けた。継母はてっきりタムが豚肉を送ってきたものと思って、喜んですぐに食べ始めたが、カラスが一羽、木の枝にとまってこんな風に唄った。
食いしん坊のカラスなら、
お前みたいに我が子の肉を食べ、骨を噛み砕くものさ
「私の娘がこの肉を贈ってくれたんだ。お前はなんでそんな馬鹿なことを言うんだい!?」
継母は怒ってそう怒鳴ったが、よく見ると肉の中にタムの頭があった。それで継母は娘が死んでしまったことを知った。
参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
『世界の民話 アジア[U]』 小沢俊夫編訳 株式会社ぎょうせい 1977.
※タムとカムとは屑米と籾殻というような意味だそうだ。日本の「米福・粟福」や「お糟 お米」、韓国の「
ベトナムの標準的なシンデレラ譚で、様々なバリエーションがある。私の読んだことのある他の異伝では、タムとカムは実の姉妹で、父のくれる翡翠の指輪を競って魚捕り競争をしていた。いわば父の愛を争っているわけで、「ヤン・パとヤン・ラン」とも通じる。
なお、異伝には「カムが飼っていたヤギを殺され、魚が骨を四辻に埋めろと指示する。骨は金の靴に変わり、それをカラスがくわえていって…」となるものもある。「靴は美しい縫い取りのされた黒い絹の靴で、カムは殺されたのではなく、殴られて記憶喪失になっただけ」と語るものもある。
この物語の後半は日本の【瓜子姫】を彷彿とさせて興味深い。果樹に登らせて墜死させ、花嫁がすり替わるエピソードがそうだし、殺された娘が小鳥になって飛んで来て唄うところや、なにより、娘が果実より出現して貧しい老人の子になり、富を与える点も同じだ。乞食婆さんが木の下に休むとその袋の中に他の誰も取ることのできなかった実が落ちて娘が再生するくだりは、「小さな太陽の娘」や「木の上のたまご姫」にも見える。袋…母の子宮に果実…霊魂が落ち、新たに生まれてきたのである。夫が鳥を妻の霊と見抜き「我が妻なら袖に入れ」と言うと入るモチーフは『今昔物語』の「震旦の周代の臣、伊尹が子 伯奇、死にて鳴鳥となりて継母に怨みを報ぜる
タムは煮立った大鍋に落ちて死ぬが、日本の「継子と鳥」では、継母が煮立った大鍋に板を渡して継子達を無理に渡らせ、煮殺してしまうのを追記しておく。その話でも、殺された継子は小鳥に変わって歌を歌う。
なお、北ベトナムの越族の間では、この話は紀元前4世紀にカイ・カムとカイ・タムという少女たちの上に起こった事実……伝説として伝えられていたそうで、「葉限」との関連を考えさせられる。
参考 --> 「葉限」「南の島のシンデレラ姫」「白鳥の姉」「小さな太陽の娘」「うるわしのワシリーサ」【魚の恋人】
まもなく父が死ぬと、達稼の境遇は悲惨なものになった。食べる物さえロクに与えられなかった。
ある時、西の村で祝い事が起こり、継母は達侖に新しい着物を仕立てて着飾らせ、出かけさせた。達稼も「行きたい」と願ったが、「混ぜ合わせた五斗のゴマと六斗の大豆を今日中に選り分けられたなら行かせてやるさ」、と言われて混ぜたものを与えられ、途方にくれて泣いた。
達稼の泣き声を聞くと、死んだ母がすぐにカラスに化けて屋根の上に舞い降り、歌を歌った。
ターカア、ターカア
泣くのはおやめ、心配ないよ
大豆にゴマが混ざっていても
荒いふるいで振るってみれば
ゴマと大豆に分かれてしまうさ
これを聞くと、達稼は喜んでふるいを振るい、一本の線香が燃え尽きないうちに選り分けてしまった。いそいそと継母のところへ行くと、継母は今度は二つの水桶を渡して、「これで水を運んで、裏庭の三つの水がめをいっぱいにできたら行かせてやるさ」と言った。達稼はこんな仕事ならすぐに出来ると思って水汲みに走ったが、実は水桶には穴が開けてあったので、水がめに着くまでに桶の水はなくなってしまう。もう昼近いというのに水がめは空のままだ。達稼が焦って泣くと、死んだ母がすぐにカラスに化けて飛んで来て、木の上で歌った。
ターカア、ターカア
泣くのはおやめ、心配ないよ
水運びくらいなんでもないさ
桶の底を直してごらん
青草詰めて粘土をお塗り
達稼が桶の底に青草を詰めて粘土を塗ると、水は一滴も漏れなくなった。三つの水がめに水を張り終わると、達稼はいそいそと継母のところに行った。けれども、継母は「達侖は新品の服を着ているのにお前はボロじゃないか、とても行かせられないね」と言った。
達稼が悲しくて泣いていると、またも死んだ母がカラスに化けて飛んで来て、屋根の上で歌った。
ターカア、ターカア
泣くのはおやめ、心配ないよ
きれいな着物に、靴、靴下も
みんなビワの木の根元にあるさ
達稼は小躍りして、小さな鍬でビワの木の根元を掘った。するとすぐに小さな包みが出てきて、綺麗な柄の上着、縁取りした赤いシュスのズボン、色鮮やかな鳳を刺繍した女靴、金の腕輪と金の耳輪がそれぞれ一組出てきた。
達稼は喜んで、手早くそれを着て、「衣装はあるから、行ってもいいでしょう」と継母のところに行った。
継母はしぶしぶ承知して、達稼は晴れて出かけることが出来た。達稼は有頂天になって浮かれきり、橋を渡るとき石につまづき、靴の片方を川に落としてしまった。
それから少し経って、学生姿の若様が立派な馬に乗ってこの橋に差し掛かった。ところが、馬がぴたりと止まって、いくら鞭打っても橋を渡ろうとしない。不思議に思って馬から下りて辺りを調べると、橋の下の浅瀬に色鮮やかな鳳の刺繍をした女靴が浮いているのを見つけた。若様は不思議な縁を感じ、川に入ってこの靴を拾った。
若様が川で鳳を刺繍した靴を拾い、それを落とした娘を妻にするつもりだ、という噂は、たちまち近隣に広まった。継母は早速 橋のところに駆けつけて、「この靴を落としたのは、私の娘の達侖でございます」と言った。
「では確かめてみよう」「今、娘は祝い事に出かけております。まもなく戻るかと思いますが……」
などと話し合っているところに、祝い事から戻った達稼と達侖がやってきた。継母は急いで
「達侖や、お前の靴を若様が拾ってくださったよ、早く履いて確かめてごらん」と言ったが、若様の持つ靴が自分のものだと気づいた達稼が
「それは私の靴です。若様、返してくださいな」と言ったので、はらわたが煮えくり返り、こっぴどく達稼をののしった。若様は困って言った。
「ケンカはやめなさい。互いに自分のものだと言い合っていては、来年になってもケリはつかない。では、私がトゲのある木を橋の上に置くから、その上を通って裾にトゲが引っかかった方を靴の持ち主としよう」
最初に達侖が試した。彼女は裾をトゲに引っ掛けようと、懸命に裾をひらひらさせたが、するりと通り抜けるばかりで少しも裾は絡まなかった。次に達稼が試すと、サッと風が吹いて、着物の裾をしっかりとトゲに絡げてしまった。
幾日もしないうちに大きな赤い嫁取りの輿がやって来て、達稼は若様の奥方になった。そうして仲睦まじく暮らし、やがて丸々した坊やにも恵まれた。
ある年のこと、達稼は子供を連れて里帰りをした。継母はさも優しげに大歓迎したので、達侖は悔しがって部屋に駆け込んで泣いた。けれども、継母がそんな娘の耳元で何かをそっと囁くと、達侖の機嫌はたちまち直り、親しげに達稼に話しかけた。母子は恐ろしい計画を抱いたのだ。
「姉さん、結婚以来何年ぶりかしら。ウチの裏庭の井戸も、昔よりずっと澄んでいるわ。行って、私たちの顔を映してみましょうよ」
そして、井戸を覗き込んだ達稼を一息に突き落として殺してしまった。
達侖は自分の部屋に戻って姉そっくりに扮装し、坊やのところに行くと「一緒に帰りましょう」と言った。坊やは「母さんじゃない、母さんはこんなあばた顔じゃないよ」と言い張ったが、達侖が「馬鹿ねぇ、これは先刻おばあちゃんがお団子を揚げたとき、油が跳ねかかったからよ」と言うと、うまく言いくるめられた。それから輿に乗ったが、二人の輿かつぎたちは行きよりも重くなった、と訝った。達侖は「チマキを食べたから、その分重くなったのよ」と言った。家に着くと若様も怪しんだが、油が跳ねかかった話をまくし立てられて口をつぐんだ。しかし、胸の中ではなんとなく怪しんだままだった。
そんなある日、若様が学校から帰る途中で林を通りかかると、不意に小さなジュズカケバトが木の上で歌いだした。
ククルッ、ククルッ
あばたが美人に入れ替わり
これを聞くと、若様は不思議な心地になった。もしやこの鳩が本当の妻ではないかと思い、
「お前が私の妻なら、私の左の袖に飛び込んでおいで」
と言って袖口を開いた。すると、鳩はパッと袖の中に飛び込んだ。若様は鳩を連れて帰ると、籠に入れて広間に置いた。
さて、達侖は暇をもてあまして、広間に置いてあった機に座って布を織ろうとした。ところが、座ったとたんにバタンと音を立てて機はひっくり返り、籠の中の鳩が歌いだした。
ククルッ、ククルッ
人妻殺して夫を横取り
人をたばかる人殺しには
機も言うこと聞きませぬ
達侖はそれを聞いて、顔を赤くして籠をビシビシと鞭で叩いた。しかし、叩く手を休めると、鳩はまたも歌った。
ククルッ、ククルッ
達侖こそは狡猾キツネ
達侖の心根は虎のよう
達侖の心根は蛇のよう
達侖は怒りのあまり籠から鳩をつかみ出し、そのまま握り殺してしまった。その晩、若様が戻ると鳩がいない。どうしたのかと訊くと、殺して料理したと言う。達侖は早速、鳩のスープをよそって出したが、飲めば飲むほど苦く感じる。だが、若様はおいしいと言う。達侖は若様のものと碗を取り替えてもらったが、やはり達侖が飲めば苦く、若様が飲むとおいしいのだった。達侖は怒り、鍋に残っていたスープを全て裏庭にぶちまけてしまった。
すると間もなく、裏庭にひと群れの太い竹が生えた。夏になると竹やぶは涼しい木陰を作り、若様が涼みに行くと、その度に黄色くておいしい木の実が一つ落ちてくる。それを知った達侖が自分も竹やぶに行ってみると、木の実の代わりに一本の太い竹がしなってきて、達侖の髪を引っ掛けて、ピーンと高く吊るし上げてしまった。彼女の悲鳴を聞いて若様が駆けつけ、おかしがったり腹を立てたりしながら竹を切り倒した。達侖はヒューッと落下して打ち身だらけになり、若様から刀をひったくると竹やぶの竹をみんな切り倒してしまった。
若様が庭の竹やぶを切り倒したと知って、みんな我先に竹をもらいにきた。村外れに住んでいる老婆も一本もらって帰り、機につける糸巻きの筒を作ったが、それ以来、昼間畑仕事に行っている間に沢山の布が織り上げられて置かれてあるようになった。機が十台あっても織れないような量だ。不思議に思って近所の人に尋ねたが、誰も手伝ってなどいないと言う。だが、この頃は昼間に機織の音が聞こえるよ、と。
あくる日、老婆は畑仕事に行くふりをすると、垣根の外に隠れて様子を見ていた。と、糸巻きの竹筒の中からスーッと美しい娘が出てきて、辺りに誰もいないのを確かめると機を織り始めた。老婆は嬉しくなって、飛び出していって娘を抱きしめ、「名前を教えておくれ」と言った。
「おばあさん、私には母も家もないのです」
「じゃあ、私の娘になればいいじゃないか」
「嬉しい。でも、私の体は、まともな骨が一本もないほどに痛めつけられているんです。あなたの娘にしてくださるつもりなら、町でお箸を一束買ってきて、水で煮てください。その煮汁を私に飲ませてくれれば、私は骨のある人間に戻れます」
老婆がすぐにそうすると、娘はしゃんとして、前より美しくなった。
こうして老婆に娘が出来てしばらく経ったが、ある日、娘が言った。
「お母さん、こんないい天気の日にはお客さんを呼んでもいいでしょう」
「誰を招くのかね」
「村の若様ですわ」
「バカだねぇ、あの方の身分を考えてごらん。私たちのような貧乏人のところに来てくれるものかね」
「お母さん、呼んできてくださいな。ある娘がお招きしています、坊やも一緒にお連れください、と言えば、きっと来て下さいますから」
こうまで言われては仕方がない、と老婆が若様を呼びにいくと、若様は本当に坊やを連れて老婆と一緒にやってきた。家に着くと、老婆はせっせと料理に取り掛かったが、娘は部屋に閉じこもったきりで、とばりの影にじっと座っている。そこに、猫に取られた鶏肉を追いかけた坊やが飛び込んできて、娘を見るなり「本当の母さんだ」と騒ぎ出した。若様も、坊やを抱いて涙を流している娘を見て、しばらく言葉を失った。
「おお……、お前は私の達稼ではないか」
若様は駆け寄って娘を抱きしめ、互いに泣いた。
あくる日、達稼が若様と共に家に戻ると、達侖は慌てもし恐れもした。
「姉さん、あんたは昔、井戸に落ちたんじゃないの。なんで帰ってこれたのよ」
「人はそう簡単に死なないのよ。それに、心の清らかな者を殺すことは出来ないの」
達稼は冷ややかに返し、達侖は恥じ入るやら腹を立てるやらだった。
またある日、達侖は達稼に言った。
「姉さん、あんたの肌はどうしてそんなに白いの」
「私の母さんが、私を臼に入れて搗いたからよ。嘘じゃないわ。お米だって臼で搗いて白く精白するじゃない」
達侖は翌日に実家に帰り、母親に色白になるから自分を搗いてくれと言って臼の中に座った。母親は娘があまりに真剣なので本当だと思い、杵をヨイショと搗き下ろした。「アーッ」と声が上がり、達侖はそのまま何も言わなくなってしまった。実の娘を搗き殺したと知り、母親は泣き崩れ、そのまま悶え死んだ。
それからというもの、達稼は再び若様と仲睦まじく幸せに暮らしたが、達侖と継母は二羽の鳥になって、一日中
(人を呪わば穴二つ、人を呪わば穴二つ)
と、鳴き続けている。
参考文献
『中国の民話〈上、下〉』 村松一弥編 毎日新聞社 1972.
※死んだ母は、達稼が泣くとすぐに飛んで来て助言してくれるが、達稼が結婚してしまうと、いくら困っても現れることがない。人は結婚を区切りとして大人になり、親に庇護される存在でなくなる、ということか。
裾に棘が絡んだ方を妻にするテストは、かなり特殊なものである。棘が絡まない方が無傷でいいんじゃないか? 裾がびりびりになっている娘の方がいいのか? と思えてしまうが……。同じ中国系の「ヤン・パとヤン・ラン」にも、善い娘は茨を踏み越えるときも裾をたくし上げないが、悪い娘はたくし上げて足を傷だらけにし、"王子"の求婚対象から外されてしまう、というエピソードがあるし、「達斡爾のシンデレラ」では、悪い娘が"髪を振り乱して胸をはだけて子供を抱き、ズボンの裾を巻き上げ裸足"で夫を迎えて訝られているので、この辺りの民族には、いかなる時でも女は足を見せてはならない、というような貞節観念でもあったように感じられる。それにプラスして、裾をたくしあげない方が足が傷つかなくてよい、という知恵を試すテストなのだろうか?
夫が竹やぶに行くと美味しい黄色い実が落ちてきて、偽の妻が竹やぶに行くと木に吊り上げられるくだりは興味深い。善い娘と悪い娘が表裏一体の同一存在であること、再生復活する娘は植物の化身(木に実る果実)であることが比喩されており、ワークワークの樹の伝承や、[三つの愛のオレンジ]や【瓜子姫】との関連も思わせる。
骨が無いから、といって達稼が箸の煮汁を飲むのは奇異に思えるが、本来は以下に紹介する「小町娘とあばた娘」のように台所用品で人形を作り、それを依り代にして死者が蘇る、というモチーフだったのだろう。
姉妹がおり、先妻の娘である姉は《小町》と呼ばれるほどに美しかったが、後妻の娘である妹は天然痘にかかってあばた面である上、甘やかされて性質が悪かった。小町の母は今は黄色い牝牛になって庭にいるが、継母に虐待されていた。
継母はあばたと一緒に観劇に行く。小町も行きたがるが、「もつれた麻を梳いてまっすぐにしたら明日連れていく」と言う。小町はやり始めるが、長時間かかっても半分も出来ず、泣いて牝牛のところへ持っていく。牝牛がそれを全部呑みこんで吐き出すと、綺麗に片付いている。しかし継母は結局連れていこうとず、今度は胡麻と豆を選り分けさせた。それも牝牛が助けてくれる。
継母は怪しんで誰に助けてもらったかと問い質し、黄色い牝牛が助けたと知ると殺して食べてしまう。小町は牝牛をとても愛していたので食べる気になれず、骨を壺に入れてしまっておく。
また別の日、継母とあばたは観劇に行ったがやはり小町を連れていかない。やけになって暴れていると骨壺を壊してしまう。中から白い馬と美しい服と刺繍の付いた靴が出てくる。急いでそれを身に着け、馬に乗って劇場に出かける。
しかし、途中で溝の中に靴の片方を落としてしまう。取れずに困っていると、魚売りが来て「嫁になるなら拾ってやる」と言う。魚屋は臭いから嫌だと断る。次に米屋が、また次に油屋が来て同じことを言うが、米屋は粉まみれ、油屋は油だらけだから嫌だと断る。最後にハンサムな秀才が来たので、これに靴を拾ってもらって彼と結婚する。
三日後、小町は夫を連れて実家に挨拶に行った。継母と妹はてのひらを返したように歓待して、今夜は泊まっていけと言う。夫は帰ったが、小町は喜んで泊まった。
翌朝、あばたは小町を井戸に連れていって、どちらが美しいか比べようと言う。小町がかがんで井戸の水面を覗きこんだ途端、突き落として蓋を閉める。
妻がいつまでも帰らぬので夫が手紙を送るが、天然痘にかかったので帰れないと返事して、夫の送ってきたお見舞いの品はあばたが食べてしまう。二月ほど経つと、あばたは姉に化けて夫の家に行く。夫は妻が急に醜く変わったので別人ではないかと思うが、優しい人柄のため我慢している。
死んだ小町はスズメに変わり、あばたが窓辺で髪を梳くと、飛んできて歌った。
一度梳いては チュッ
二度梳いては チュッ
三度梳いては チュッ
あばた娘の背骨まで
夫は小町の生まれ変わりではないかと思い、「もしお前が小町なら三度鳴いてみよ、金の籠で飼ってやる」と言うと三度鳴くので、金の籠に入れて大切にする。あばたが妬んで殺し、庭に捨てる。そこから竹が生えてたけのこが出来る。あばたがたけのこを食べると舌にできものが出来たので、竹を刈りはらってベッドを作る。夫はそのベッドで心地よく眠るが、あばたが寝ると全身を針で刺されるように感じるので外に捨てる。それを隣家の老婆が惜しんで拾う。
翌朝 老婆が起きると、食事の支度が出来ている。こんなことが続くので不審に思って待ち伏せていると、暗い影のような者が出てきて米をとぎはじめる。捕まえて問い質すと、「私は妹に井戸に落とされて死んだ隣の妻だが、まだ魂は滅びていない。どうか米升を頭に、二本の箸を手に、ふきんを内臓に、火挟みを足にして体を作ってくれ。そうすれば元の姿に戻れる」と言う。老婆がそうしてやると元の小町が出現してこれまでの一切を話す。ついで彼女は夫からもらった美しい刺繍のある財布を取り出し、それを夫の家の前で呼び売りさせる。出てきた夫は財布を見て老婆の話を信じ、本物の妻を迎え取る。
あばたは戻ってきた姉を見て幽霊だと罵り、どちらが本当の妻か勝負をすることになる。第一に卵の上を踏んで歩くこと、第二に刀の梯子を登ること、第三に煮え立った油鍋を飛び越すこと。小町はどれにも成功するがあばたは全て失敗、最後に油鍋に落ちて死ぬ。
小町はあばたの頭を箱に入れて継母に届けさせた。継母は好物の鯉の肉を娘が届けてくれたものと思って開けたが、黒焦げの娘の頭が入っていたので卒倒した。
参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.
※「タムとカム」と殆ど同じ話だが、母の化身たる黄色い牝牛だの靴が溝(水)に落ちるだの、[牛とシンデレラ〜母親的な牝牛]で紹介している一連のアジア系シンデレラと共通項があって面白い。また、小町が復活するために台所用品で体を作る点が興味深い。ロシア近辺のシンデレラ系伝承には"シンデレラ"が亡き母の形見の人形に語りかけて危機を救ってもらう話群があり、人形は死者の魂の依り代、いわば死者をこの世に顕現させるためのアイテムとして現れている。
最後の残虐な花嫁テストは、「太陽の娘」などの西欧の民話にも登場するモチーフだ。太陽や植物から生まれた、異類の花嫁が他の花嫁候補もしくは兄嫁たちと勝負する。娘は煮立った鍋に手を突っ込んで引き出すと黄金の手袋をしていたり、かまどの中に入ってパンを焼いたりするが、真似した女たちは死んだり大火傷を負う。
煮立った鍋、刀の梯子は冥界の情景を暗示している。日本的感覚で言うなら《地獄の釜》と《針の山》である。
参考--> [牛とシンデレラ〜母親的な牝牛]「月の顔」「ペペルーガ」
参考--> 「川に落とした片方の靴」
昔、両親を亡くした姉妹がさ迷っていた。やがて二人は空き家を見つけ、そこに住んだ。姉はかまどの前で緑のえんどう豆を、妹は戸棚の側で赤いえんどう豆を見つけて食べると妊娠し、それぞれ一人ずつ女の子を産んだ。姉の娘を
娘達が十七歳の時、妹母が死んだ。姉母は莎佳にぼろを着せ、苛め始めた。
ある日、おばは娘を連れて東の村の婚礼に出かけた。莎佳には一斗の蕎麦と一斗の麦を選り分ける仕事を言い付けた。莎佳が泣きながら選り分けていると、白髪の老婆が入って来て訳を聞き、仕事を代わってくれた。そして、裏のポプラの木のうろに箱があり、中に服や靴があると教えた。
莎佳は着飾って婚礼の祝宴に行ったが、おばはそれが莎佳だと気づかなかった。それから、莎佳はおば達より先に急いで帰ろうとして、赤い靴を片方なくした。
靴を拾ったのは、
その後、ついに彼が花嫁を求めて莎佳の家にやってきた。おばは彼が裕福そうなのを見て靴を宝布に履かせるが、履けなかった。布楽托は帰りかけるが、莎佳が目配せするのに気づいて、彼女にも履かせた。靴はピタリと合い、莎佳は例の衣装を着けて現れ、布楽托と結婚した。
翌年の夏、夫の留守中におばと宝布が莎佳の家を訪ねてきた。宝布はしきりに「夫を迎える時はどうしているか」と聞きたがった。莎佳はわざと嘘を教えた。
それから、おばが「キノコ取りに行こう」と誘った。外に出ると「喉が渇いたから水を汲んでおくれ」と言う。莎佳が水を汲もうと井戸を覗き込んだ時、おばは彼女を井戸に突き落とした。
やがて布楽托が帰ると、莎佳になりすました宝布が出迎えた。しかし莎佳の教えた嘘の通り、髪を振り乱して胸をはだけて子供を抱き、ズボンの裾を巻き上げ裸足だったので、夫に訝られた。すると、夫の馬がこう言った。
「あれは宝布です。莎佳は井戸に突き落とされたのです。早く助けに行きましょう」
馬が井戸端で三度転ぶとしっぽが三丈にも伸びて、それで莎佳を救い出した。
おばと宝布は逃げ出したが、そのうち日が暮れ、二匹の狼に食い殺された。
参考文献
『中国のむかし話』 君島久子、古谷久美子訳 偕成社文庫 1986.
※
参考--> 「アラタフとモンゴンフ」
イー・クールハという王がティル・コナルを治めていた。王には三人の娘があって、上からフェア、ブラウン、トレンブリングという名だった。
フェアとブラウンは新しい服を着て日曜日ごとに教会に出かけたが、トレンブリングはいつも留守番で、料理や針仕事をさせられていた。姉たちはこの妹を決して表に出さなかった。というのも、彼女は姉たちよりもずっと美しかったので、妹に先に結婚されるのを恐れたのだった。
こうして七年が過ぎ、一番上のフェアはオマーニャの国の王子と恋仲になった。そんなある日曜日の朝、いつものように、姉たちが食事の支度をしておくよう妹に言いつけて教会に出かけた後、鶏番の老婆が台所に入ってきて、トレンブリングに言った。
「今日こそは教会へおいでなさい。家の中で仕事なぞしていないで」
「どうして出かけられるかしら。教会へ着ていくような服もないし、それに、教会でお姉さまたちに見つかったら、表へ出たということで殺されてしまいます」
「あのお二人が見たこともないような美しいドレスを差し上げますよ。さあ、どんなドレスがお望みか、言ってごらんなさいまし」
老婆は意に介さなかった。そこで、トレンブリングは夢を打ち明けた。
「私、雪のように白い服がほしいの。それに緑色の靴と」
すると老婆は黒い外套をはおり、トレンブリングの古ぼけた服の端をほんの少しだけ切り取って、「世界中で一番白くて一番美しいドレスと緑色の靴をおくれ」と唱えた。その途端、老婆の手にはドレスと靴が乗っていた。トレンブリングがそれを着てすっかり身支度を整えると、老婆は言った。
「これが右の肩にとまらせるハニーバード、これが左の肩に乗せるハニーフィンガーですよ。さあ、扉の外に、金の鞍と金の手綱を着けて、乳色の雌馬が待っとりますよ」
トレンブリングが金の鞍に座って出かけようとすると、老婆は忠告した。
「教会の中へ入ってはなりません。ミサが終わってみんなが立ち上がったら、入り口を離れて、大急ぎで馬を走らせて戻っておいでなさい」
トレンブリングが教会の入り口に着くと、中の者たちは彼女を一目見るなり惹きつけられた。ミサが終わってトレンブリングが急いで帰っていくのを見ると、みんな彼女に追いつこうとして教会を走り出た。しかし、誰も追いつけなかった。教会を出てから家に帰り着くまで、トレンブリングの馬は風に追いつき風を追い越して駆け続けた。
扉の前で馬を降り、家の中に入っていくと、鶏番の老婆が食事の支度をして待っていた。トレンブリングは白い衣装を脱ぎ、大急ぎで元の古ぼけた服に着替えた。
二人の姉娘が帰ってくると、老婆は尋ねた。
「今日は教会で変わったことがございましたか?」
「ありましたとも。素晴らしい貴婦人が教会の入り口にいらしたの。見たこともないような素敵なドレスを着ていたわ。私たちのドレスなんて比べ物にもなりはしない。教会に来ていた男の方たちは、王様から乞食まで一人残らずあの方に夢中になって、どこの誰だか知ろうと大騒ぎになって大変だったの」
姉娘たちは大騒ぎして、やっと不思議な貴婦人の着ていたものと似たドレスを手に入れた。けれども、ハニーバードとハニーフィンガーは手に入れられなかった。
次の日曜日には、トレンブリングはこの上もなく美しい黒繻子の服と真っ赤な靴を身に着け、顔が映るような輝く黒い馬に乗って教会に出かけた。馬には銀の鞍と銀の手綱がついていて、トレンブリングの右肩にはハニーバード、左肩にはハニーフィンガーが乗っていた。
人々は先週よりももっとこの貴婦人に心動かされたが、ミサが終わるやいなや彼女は去ってしまったので、やはり誰も引き止めることは出来なかった。老婆は帰ってきた姉娘たちに「変わったことはあったか」と尋ね、姉たちは「素晴らしい貴婦人がまたいらした、あの衣装に比べたら自分たちの服は色あせて見える、男の方たちはみんな彼女に夢中になって私たちには目もくれない」と言い、大騒ぎして貴婦人のドレスと似たものを手に入れた。
三週目、姉たちが黒繻子の服を着て出かけてしまうと、トレンブリングはスカートはバラのように赤く腰から上は雪のように白い服と、緑色のケープと、赤と白と緑色の羽飾りのついた帽子と、つま先が赤で真中が白、後ろとかかとが緑色の靴を身に着けた。右肩にはハニーバード、左肩にはハニーフィンガーが乗っていた。老婆はトレンブリングに帽子を被らせ、両側から一つまみずつ、髪の毛を鋏で切り取った。すると、目の覚めるような金髪がトレンブリングの肩に波打って現れた。トレンブリングは青と金色のダイヤ型の班のある白い馬に金の鞍と金の手綱をつけてもらい、それに乗って出かけた。馬の両耳の間には小鳥が一羽とまっていて、トレンブリングが鞍に腰を下ろしてから教会から戻るまで、ずっとさえずっていた。
美しい謎の貴婦人の噂は国中に広まっていたので、この日曜日は大勢の王子や貴公子たちが教会に集まっていた。オマーニャの王子は恋人だった姉娘フェアのことなどすっかり忘れて、謎の貴婦人を捕まえようと、教会の入り口に陣取っていた。
教会にはあまりに多くの人々が集まっていたので、トレンブリングはようやく門の内側に入れただけだった。ミサが終わって人々が立ち上がるのを見ると、トレンブリングは門を忍び出て金の鞍に腰かけ、風のように走り去った。しかしオマーニャの王子は彼女の馬の脇にぴたりとついて走り、彼女の足をつかんだ。そのまま三十パーチほど走り続けたところで、とうとう靴が脱げ、王子は片方の靴を持ったまま取り残されてしまった。
トレンブリングは全速力で馬を走らせて家に戻ったが、靴をなくしたことで老婆に叱られるのではないか、とそればかり心配していた。
「どうしましょう! 靴を片方なくしてしまいました」
「そんなこと気になさいますな。心配ございませんよ」と、老婆は言った。「これで姫様の身に素晴らしいことが起きるかもしれませんよ」
やがて姉たちが帰ってきて、老婆の問いに答えて「あの貴婦人はエリンの国で一番美しい方だと思うわ」と言った。
トレンブリングが教会から姿を消した後、王子や貴公子たちの間で いさかいが起こっていた。靴を手に入れたオマーニャの王子は「今日から、あの姫は私のものだ」と言ったが、他の王子たちは「靴を片方手に入れたからと言って、どうしてそんなことが言える。剣にかけて決めるべきだ」と主張する。
「では、この靴がぴったり合う娘を見つけたら、君たちと戦うことにしよう。絶対に姫は渡すものか」
王子たちは連れ立って、エリンの国中の娘のいる家を訪ね歩いた。金持ちだろうと貧乏人だろうと、身分が高かろうと低かろうと気にしなかった。貴婦人の靴は特別大きくも小さくもなかったので、娘たちはこれを見ると期待に胸を膨らませた。つま先を少し切り落とせば足が合うかもしれないと考えた足の大きな娘もいれば、靴下の先に詰め物をした足の小さな娘もいた。しかし何をやってもその靴に合わせることは出来ず、どの娘も足を痛めるのが関の山で、治るのに何ヶ月もかかる娘もいた。
二人の姉娘、フェアとブラウンも、この噂を聞いて自分たちも試してみたいものだと話し合っていた。ところが、トレンブリングが「その靴に合うのは私の足かもしれない」と言い出したので、姉たちは驚くやら腹を立てるやらだった。
「おやまあ、この子ったらとんでもないことを言い出すわね。日曜日はいつも家にいたのに、どうしてそんなことが言えるのかしら」
やがて王子たちの一行が彼女たちの家にもやってきたが、その時、姉たちはトレンブリングを物置の中に閉じ込めて鍵をかけておいた。オマーニャの王子がやって来て、例の靴を差し出した。しかし、何度試しても合わない。
「他に娘さんはおられぬのか?」
オマーニャの王子が尋ねた。
「おります」。物置の中からトレンブリングが答えた。「ここにおります」
「まあ! あの子は灰掃除をさせるのに置いている娘ですわ」と、姉たちは言った。
けれども、王子たちはぜひその娘さんに会いたいと言って帰ろうとしないので、姉たちは仕方なく物置の鍵を開けた。トレンブリングが出てくるとオマーニャの王子は靴を手渡した。靴はトレンブリングの足にぴったりと合った。
オマーニャの王子はトレンブリングをじっと見つめて言った。
「あなたこそこの靴の持ち主、私が靴を取ったのは間違いなくあなたからです」
するとトレンブリングは「ここでお待ちください」と言って鶏番の老婆の家に行き、まずは白い服に白い馬、次に黒い服に黒い馬、最後に赤と白と緑の服で青と金のダイヤ班の白馬に乗って現れて見せた。王子たちは口々に「この人こそ、私の見た貴婦人だ」と言い、決闘が始まった。
様々な国の王子がオマーニャの王子に挑み、何時間も戦ったが、諦めて権利を譲った。全ての外国の王子たちとの決闘が終わり、エリンの国の王子たちは「自国の者とは戦いたくない」と最初から権利を放棄していたので、トレンブリングはオマーニャの王子のものだと決められた。
こうして一年と一日もの婚礼の祝宴が行われ、祝宴が終わると王子は花嫁を館に連れて行き、やがて月満ちて男の子が生まれた。トレンブリングは長姉のフェアを呼び寄せ、しばらくの間産後の世話をしてもらうことにした。
夫が狩に出かけて留守の日、トレンブリングは姉と連れ立って散歩に出た。海辺に差し掛かると、フェアはトレンブリングを海に突き落とした。トレンブリングは大きな鯨に一呑みに飲み込まれた。
フェアが一人で戻ってきたので、王子が尋ねた。
「あなたの妹はどこにいます?」
「あら、姉さんは父様のところへ帰りましたの。私、もうすっかり良くなったので、姉さんの助けは要りませんわ」
「おや? いなくなったのは私の妻の方ではないのか?」
「いいえ、帰ったのは姉さんです」
三人姉妹はとてもよく似ていたので、王子にはそれが本当なのか嘘なのか分からなかった。その夜、王子は妻との間に自分の剣を置いて言った。
「もしお前が私の妻なら、この剣は暖かくなるように。そうでないなら、冷たいままであろう」
朝、王子が起きたとき、剣はそこに置かれたときのままに冷たかった。
ところで、トレンブリングがフェアに突き落とされる場面を、たまたま牛飼いの少年が見ていた。あくる日、潮が満ちてきた時、牛飼いの少年は、大きな鯨が近づいてきて、砂浜にトレンブリングを吐き出すのを見た。砂の上に吐き出されたトレンブリングは牛飼いを見て言った。
「夕方になって館に戻ったら、ご主人に伝えておくれ。
私は昨日、姉のフェアに海に突き落とされ、鯨に呑まれて、今こうして吐き出されたところだけれど、次の満潮にはまた鯨が来て私を呑み込むでしょう。そして潮が引くと沖へ去ってしまう。でも、明日の満潮にはまたここへ来て砂の上に吐き出すわ。
鯨は三度私を吐き出します。でも、私は鯨の魔法にかかっているのでこの砂浜から逃げ出すことは出来ません。四度、鯨に呑み込まれる前に主人が助けてくれないと、私の命はないでしょう。鯨が寝返りをうつようにして白い腹を見せたとき、銀の弾を撃ち込むのです。鯨の
牛飼いの少年は館に戻ったが、フェアが飲み物に忘れ薬を入れて飲ませたので、何も伝えることが出来なかった。
あくる日、少年は再び浜に行った。そこへ鯨が近づいてきてトレンブリングを吐き出した。
「私の話をご主人に伝えてくれましたか?」
「いいえ、忘れちまいました」
「どうして忘れたのです?」
「奥様の姉さんが飲み物を下さって、それを飲んだら忘れちまったんです」
「では、今夜は忘れずにご主人に伝えるのですよ。もしもまた飲み物を下さっても、決して受け取ってはなりません」
牛飼いが戻るとすぐ、フェアは忘れ薬を飲ませようとした。牛飼いはそれを断って王子のもとへ行き、一部始終を話した。
三日目、王子は銀の弾を込めた銃を持って浜へ出かけた。間もなく鯨が近づいてきて、トレンブリングを砂の上に吐き出した。しかし、彼女は鯨の魔法のために夫に話しかけることは出来なかった。やがて鯨は浜を離れると、一度ぐるりと体を回転させ、波の上に一瞬、赤茶色の斑点を見せた。まさに、その瞬間。王子の銃が火を吹き、斑点に銀の銃弾が命中して、鯨はのたうち、海を血で赤く染めて息絶えた。
トレンブリングはその途端に喋れるようになり、夫と連れ立って館に戻った。
王子はフェアの不行状をイー・クールハ王に報告した。すると父王が訪ねて来て、どのようにフェアを始末しても構わぬと言ったが、王子は生殺与奪権は父上にあると答えたので、父王はフェアを大樽に入れ、七年分の食料と共に封じ込めて海に流した。
王子とトレンブリングは十四人もの子供に恵まれ、老いて死ぬまで幸せに暮らした。例の牛飼いの少年は夫妻に我が子同然に育てられ、やがて夫妻の長女と結婚した。
参考文献
『アイルランドの民話』 ヘンリー・グラッシー編、大澤正佳/大澤薫訳 青土社 1994.
※トレンブリングは無神経だ。姉の恋人をだまし討ちのように奪っておきながら、その姉に産後の世話を頼むとは。よほど馬鹿…もとい純真なのか、あるいは長い間虐げられていた復讐のつもりだったのか。殺人者とはいえ、大樽に入れられて流されたフェアが哀れでもある。他の話でうつぼ船に入れられた娘が後に幸せになるように、フェアもどこかで幸せになったのならいいと思う。
大鯨の腹に呑まれて三度出てくるトレンブリングは奇異な感じだが、例えば「小さい野鴨」や「森の三人の小人」や「人狼の皮」で、殺された王妃が獣の姿となって三度戻ってくるのと同じ、死者が冥界から戻ってくるモチーフである。英雄が大魚または竜の腹にもぐってまた出てくる伝承は世界中にあるが、これは冥界へ下って再生することを意味しており、時代が下がるに連れてその意味が忘れ去られ、竜や大魚を殺して呑まれた者を救い出す物語に変化したものと思われる。吐き出されたトレンブリングは夫とは話すことができないのに、牛飼いの少年にだけは自由に口がきける。牛飼いの少年は、いわば死者の声を聴くことのできるシャーマンなのである。
……ところで、右肩にとまらせるハニーバード、左肩に乗せるハニーフィンガーって、何? 何の説明も無く、当然のように乗せてるが……。特にハニーフィンガー。指が乗ってるわけじゃないよね……。そうならホラーだ。
昔ある町に、父は同じながら母の違う若い三姉妹がおり、同じ家に住んで麻糸を紡いで暮らしを立てていた。三人とも月のようであったが、末の妹が最も美しく、最も優しく、最も愛らしく、最も手が器用だった。というのも、その娘は一人で二人の姉を併せたより多く紡ぐし、紡いだ糸の出来栄えも素晴らしく、殆ど非の打ちどころのないものであったから。そのため、二人の姉は妹が妬ましくてたまらなかった。
ある日のこと、末娘は
ところが、この小壺は実は魔法の壺であった。持ち主のお腹がすくと結構な御馳走を出してくれるし、着飾りたい時には見事な着物を与えるし、ちょっとでも望めばすぐに叶えてくれるのだ。けれども末娘は姉たちのいっそうの嫉妬を恐れて、その秘密を明かすことは差し控えた。そして姉たちの前では彼女たちと同じように暮らすどころか、もっとつましくしているようなふりさえしていたが、姉たちが出掛けると自分の部屋に引きこもって、前に白大理石の小壺を置き、これを優しく撫でて言うのだった。
「おお、私の小壺! 私の小壺よ、今日はこれこれの物が欲しいわ」
するとすぐに小壺は、美しい着物でも甘いお菓子でも、欲しいものは何でも出してくれる。娘は一人で絹や金の着物を着たり、宝石で身を飾ったり、全部の指に指輪を、手首と足首には飾り環をはめたり、美味しいお菓子を食べたりするのだった。それが終わると小壺は全てを消えうせさせる。すると娘はまた小壺を持って薔薇を挿し、姉たちのいるところで糸を紡ぎに行くのだった。
そんなある日のこと、町の王様が自分の誕生日に大宴会を開いて、町の住人全員を招待した。二人の姉はそれぞれ持っている一番よい着物を着たが、妹にはこう言った。
「お前はここに残って、留守番をおし」
けれども姉たちが出掛けると、末娘はすぐに自分の部屋に行って白大理石の壺に言った。
「おお、私の小壺! 私の小壺よ、今晩私は、緑の絹の着物と、赤い絹の胴着と、白い絹の外套と、お前の持っている一番贅沢で一番美しいもの全部と、それから指には奇麗な指輪、手首にはトルコ玉の腕環、足首にはダイヤモンドの足環が欲しいの。その他、私が今晩、御殿で一番美しい女になるために入り用なものを全部ちょうだいな」
頼んだものが全部手に入ったので、それで着飾って王さまの御殿へ出かけ、婦人向けの宴会の催されている
けれども祝宴が終わりに近づくと、この娘は姉たちを先に帰したくなかったので、歌姫たちが満場の注意を引いている隙を狙って後宮の外に逃げ出し、御殿から帰ってしまった。ところがあまりに急いだので、足首のダイヤモンドの環の片方を、王様の馬の水飼場になっている、地面すれすれに置かれた水槽の中に、自分では気づかないうちに落としてしまった。
その翌日、馬丁たちが王子様の馬を引いて水飼場に水を飲ませに行くと、馬は一頭も近寄りたがらない。どれも揃って鼻の孔を膨らまし、鼻息を荒くし、怯えて後じさりするのだ。馬丁たちが鞭を鳴らしても言うことを聞かずに、後ろ脚で立って手綱を引っ張る始末である。というのも、馬たちは水槽の底に何かが光っているのを見ていたからであった。
水飼場を調べた馬丁たちはダイヤモンドの環を見つけ、いつものように自分の馬の世話に立ち会っていた王子様に渡した。彼はそれを見て、その環のはまるはずの足首の細さに感心し、こう考えた。
(我が首の命にかけて! 女の足首で、こんなに小さな環の中に入るほど細いものは到底あるまい)
また、その足環を飾る宝石の一番小さなものでも、父王の王冠の宝石全部を寄せ集めたほどの値打ちがあることを悟ったので、こう独りごちた。
「アッラーにかけて! こんなに愛らしい足首で、こんなに素晴らしい足環の持ち主である女を、私はぜひ妻にしたい」
そしてすぐに父王を起こしに行って、その足飾りを見せて言った。
「こんなに愛らしい足首で、こんなに素晴らしい足環の持ち主である女を、私は妻に迎えたいと思います」
「おお、我が子よ。私に異論はないが、その問題はお前の母の裁量するところであるから、そちらに持っていきなさい。というのも、女性を探し回ることは私には出来ないが、お前の母には出来るからな」
そこで王子様は母君に会いに行って、足飾りを見せた。
「おお母上、こんなに愛らしい足首で、こんなに素晴らしい足環の持ち主を私と結婚させられるのは母上しかありません。父上がそう言いました」
「その言葉を承り、仰せに従いましょう」
母君はすぐに立ち上がって侍女たちを呼び、足飾りの主を探すために一緒に出かけて行った。一行は町の全ての家々を巡り、全ての
このように虚しく探し、虚しく試みて十五日目に、一行は三人姉妹の家に着いた。女王様は手ずから三人の娘の足首にダイヤモンドの環を試したが、それが一番末の娘の足首にぴったりとはまるのを確かめると、大きな歓声を上げた。
女王様はその娘に接吻し、従っていた他の貴婦人たちも同様にした。そしてみんなで娘の手を取って御殿へ連れて行き、王子様との結婚がすぐに取り決められた。四十日と四十夜に渡るという婚礼の準備が始まった。
いよいよ明日は婚礼という日、末娘は
いよいよ妹の髪を結いあげると、二人の姉はその髪の中に、鳥の冠毛の形をした大きなダイアモンドのピンを幾本も挿した。ところがその最後のピンが差し込まれるやいなや、花嫁は頭に冠毛の生えたキジバトに変わってしまった。そして翼を広げて、御殿の窓からすっと飛んで行ってしまった。
それと言うのも、姉たちが髪に挿したピンは実は魔法のピンで、若い娘をキジバトに変えてしまう力を持つものだったからだ。そしてこういうピンを白大理石の小壺に出させたのは、二人の姉の妬み心であった。
二人の姉は、そのとき妹と三人きりだったのを幸いに、王子に真相を話すことは決してしなかった。ただ、妹はちょっと外に出てそれきり帰ってこないのだと言っただけだった。王子は乙女が再び姿を現さないので町中を、そして国中を捜索させたが、何の甲斐もない。王子は悲しみでやつれ果て、苦悩に陥った。
さてキジバトの方はと言えば、朝な夕なに王子の窓辺にとまり来ては、長々と悲しげな声で啼くのだった。王子はその声が自分の悲しみの心と通じ合うものがあると感じ、このキジバトをたいそう可愛がった。
ある日のこと、近寄っても飛び立たないのを見て、王子はキジバトを捕まえた。すると鳥は王子の手の中で悲しげに鳴き続けながらバタバタともがいて身を揺すり始めた。王子は優しく撫でて羽をつくろい、頭を掻いてやっていたが、指先に何か小さな固いものが触れた。ピンの頭のようだった。そこでそれらを次々抜いてやり、最後の一本を抜き取ると、キジバトは身を揺すって、元の美しい乙女になった。
こうして二人は満ち足り栄えて、歓楽のうちに暮らした。二人の悪い姉は妬みと血の道の病気のあまりに死んでしまった。
アッラーは恋人たちに、彼らの両親と同じように、美しい沢山の子供を授けた。
参考文献
『完訳 千一夜物語』 豊島与志雄/渡辺一夫/佐藤正彰/岡部正孝訳 岩波文庫 1988.
※マルドリュス版第882〜883夜。戒律の厳しい文化に合わせ、娘が行く宴会が女性だけのものであったり、足飾りを落とした娘を探し回るのが王子の母親になっている点が面白い。
魔法の壺の入手法が簡略化され、偽の花嫁の要素が欠けてはいるものの、中国や東南アジアのシンデレラ譚とほとんど同じ内容なのは興味深い。頭にピンを挿されて鳥になり、夫がそれを抜くと元に戻る展開は「三つの金のオレンジ」などの[三つの愛のオレンジ]譚と同じである。
それはそうと、末娘が魔法の壺にねだるものが多すぎ…。末娘は欲深過ぎないか?
※前半は[魚とシンデレラ]に近いが、魚が死んだ母の生まれ変わりであると語られ、その死骸から植物が生じている辺り、[牛とシンデレラ〜母親的な牝牛]にも近い。不思議な植物がその正当な持ち主の娘以外には取り扱えない点は[一つ目、二つ目、三つ目]と同じモチーフである。
参考 --> 「葉限」「南の島のシンデレラ姫」【魚の恋人】