>>参考 [牛とシンデレラ〜異郷へ導く牡牛

 

予言する牛とその主人  ハンガリー

 昔、遠く遠く、大きな大きな海の向こうに、一人の貧しい男がいた。彼には息子が一人あった。さて、その男の妻が死んだので、彼は再婚したが、その女には娘が五人あった。末の娘は三つ目で、その上のは四つ目、その上は五つ目、その上は六つ目、一番年上のは七つ目をもち、その一つは首根っこのつむじの中に隠れていた。

 男は牛を二頭持っていたが、鋤につけるときに左側に立つやつは<あばれん坊>の名をもらっていた。息子は毎日その牛たちを牧場へつれて行ったが、継母のくれる弁当はふすまのパン切れだけだった。息子がいつもふすまパンしか食べないのを見て、<あばれん坊>は同情して言った。

「若いご主人、あんたはいつもふすまパンしか食べないが、僕の右の角の中にはいい食事がどっさりある。角を引きぬいたら、好きなだけ食べられますよ。だけど、誰にもそれを見られないように気をつけなさい」

 息子が右の角を引きぬくと、そこには料理を並べたテーブルがあった。彼はさんざ食べたり飲んだりした後、また牛の角をはめた。こんなことが毎日続いて、少年はたくましくなり、いかにも生き生きと見えた。継母はふすまパンしか与えないのに、継息子がこんなに元気なのを怪しんで、様子を探らせるために末の娘を牧場までつけてやることにした。

 その晩、いつものように息子が牛小屋にエサをやりに行くと、既に継母の企みを見抜いていた<あばれん坊>が、こう警告した。

「気をつけろよ、明日は<三つ目>が牧場までついてくるぜ。君はあの娘が眠りこむまで一緒に遊んでやることだ。だが、目が三つとも眠るのを見届けろよ。君が食事をどこから貰うかを知られたら、厄介なことになるからね」

 翌日、息子は全て牛の言った通りにして、娘がすっかり眠りこんで目を閉じるまで一緒に遊んだ。それから角を抜いて腹いっぱい食べると、またはめ直したのだった。

 彼らが家に帰ってくると、継母は娘に訊いた。「あいつは何か食べたかい?」「いいえ、ふすまパンだけよ」

 次の日は<四つ目>がついてきた。それから毎日、別の娘が牧場に一緒に行ったが、息子は牛の言い付けを守ったので みな同じ結果に終わった。最後に、一番年長の七つ目が、母親に厳重な注意を受けてついて行った。<あばれん坊>も厳しく少年に注意したのだが、彼は七つ目の首の後ろのつむじに隠れていた目を見落とした。この目で、娘は少年が牛の角を抜いて食べたり飲んだりするのを見てしまい、家に帰ると母に話した。――彼が男爵様でも食べないような豪勢な食事をしたことを。

 継母は仮病を使って夫に言った。「あの<あばれん坊>の肉を食べなくては二度と健康になれないのです」と。夫は悲しみながらもその牛を屠殺することにした。

 牛は自分を待っている運命を知って、泣きながら少年に言った。

「いいかい、息子よ。明日、みんなは僕を殺す気なんだ。いっそ二人で逃げよう。明日僕を屠殺場に曳いていく時に、君はお父さんに僕の手綱を取らせてくださいと頼むんだ。そして僕が膝をついたら、僕の角の間に飛び乗りなさい」

 あくる日、みなは牛を屠殺場へ曳いていった。彼が身をかがめた途端に、少年はその角の間にとび乗った。と、牛は彼を乗せたまま空中に舞いあがって、みなの見ている前で遠く飛び去ったのだ。

 

 こうしてどこまでもどこまでも飛んでいくうちに、彼らは美しい銅の森に来た。少年はその花が一つ欲しくなって、帽子にさしたいから一つ摘んでいいかと訊いて、実際にその花を一つ取って帽子にさした。<あばれん坊>が言った。

「愛しい息子よ、それはよした方がよかったな! そのために僕は苦しい目に遭わなければならないんだからね」

 二人が銅の森から出てくると、突然一匹の大狼が立ちふさがって怒鳴った。

「止まれ! 何故俺様の銅の森を痛めたんだ? おい、あばれん坊の牡牛め、きさまは俺様と決闘しなくてはならんぞ」

 こうして二人は戦ったが、三突き目で牡牛は狼を突き刺すと、六メートルほども高く投げ飛ばした。落ちてくると、狼は首と脚を折って動かなくなった。

<あばれん坊>は少年に言った。

「君にもわかっただろう、僕が危うくこの狼の餌食になるところだったのが。だから二度と森を傷つけるんじゃないよ」

 それからもどんどん進んでいくと、今度は葉も花も全て銀の森に来た。前の森よりずっと美しいので、少年はどうか花を一つ摘ませてくれと頼んだが、牡牛は承知しなかった。それでも少年があまりに頼んだので、彼はとうとう負けてしまった。そこで少年は、この森でも花を一つ摘んだ。

 森を抜けると、だしぬけに一頭のライオンが飛び出してきて怒鳴った。

「あばれん坊の牡牛め、よくも俺様の銀の森を痛めたな」

 そこで<あばれん坊>はライオンと戦わなくてはならなかった。彼はライオンのわき腹を角で突き刺したが、自分も右の耳を食いちぎられた。

「ごらんよ、僕はもはや印を付けられた者だ。三度目にはきっと命に関わるから、花を摘むのはやめてくれ」

 と、牡牛は少年に言った。

 それからなおも進んでいくと、今度は素晴らしい黄金の森に来た。少年はまたもや花を一つ摘みたがったが、牡牛は泣いて頼んだ。

「どうか摘まないでくれ。この森には番人が三人いるんだから」

 それでも少年は花を一つ摘んでしまった。

「これで僕は最期だ。僕の言うことをよく聞いて、その通りにするんだよ。僕が番人と戦う時、僕の右の角が遠くへ飛ぶだろうが、よく見ていて、それを拾ってすぐにポケットに隠すことだ。そうしたら食事には不自由しないから」

 二人が森のはずれまで来ると、突然 虎と頭の三つある竜と小さい黒ウサギが飛び出してきた。

「おい、あばれん坊の牛よ、どっちかを選べ。――お前とその小僧が俺たちの奴隷になるか、俺たち三人と順に戦うかをな。お前たちは俺たちの金の森を痛めたんだから!」

 牡牛が死なねばならぬことを知って、少年は悲しくなって泣き出した。

「泣くなよ、まだ終わりじゃないんだ。僕はこいつらと戦ってみせるぞ」

 最初の決戦は次の日の昼近くに定められた。対峙した虎を、<あばれん坊>は首を角で貫いて倒した。それから草地へ行って休憩することにして、少年に言った。

「誰かが僕を探しにきたら、明日の昼頃にまたここへ来ると言っておくれ。それでもすぐに僕に会いたいと言ってきかなかったら、君の笛を吹きなさい。そしたらすぐに走ってくるから」

 しばらくすると、果たして小さな黒ウサギがやってきて、牡牛はどこにいるかと聞いた。少年はすぐさま笛を吹いた。しかも踊るような喜びの調子で。

「笛なんか吹かんでいい! ただ伝えてくれりゃいいんだ。明日の昼にぼくとここで戦えって。森の王様の、頭の三つある竜の命令だからね」

 そこへ<あばれん坊>もやってきて、少年に言った。

「何故あんなに嬉しそうに笛を吹いたんだ?」

「だって、こんな小さなウサギが出てきて、君と戦うと言うんだもの。喜ばずにはいられなかったんだよ」

 しかし、牡牛は言った。「これで僕は死ぬことになるだろうよ」

 

 こうして牡牛はウサギと戦うことになった。初め、黒ウサギはただ牡牛の周りを跳ねまわっていたが、最後に彼の腹の下に潜りこむと高く高く彼を投げ飛ばしたので、牡牛はたちまち二つにちぎれて、右の角は六メートルも遠くへ消し飛んだ。少年はそれを拾うと、ハンカチにくるんだ。

 

 悲しみながら少年が歩いていくと、綺麗な草原に出た。彼は泉の側に腰をおろすと、ポケットから例の角を取り出して腹いっぱい食べたり飲んだりしてから、そこに転がって眠った。

 一眠りして目を覚ますと、草原は牛で一杯だった。それはみな例の角から出てきたものだった。少年はどうにかしてその牛たちを角の中へ戻そうとしたが、手立てが見つからなくて絶望した。そこへ一人の婆さんがやってきたが、これは本式の魔女だった。困りきっていた少年は、どうやったらこの牛の群れを角の中に戻せるか分からなくて困っているのだ、と話した。

「それしきのことだったら、大した不幸じゃないよ。わしが追い込んであげよう。ただし、お前さんが決して結婚しないと誓うんならね」

 少年がしぶしぶ承知すると、婆さんはあっという間に牛の群れをすべて角の中へ追いこんでくれた。少年は婆さんと別れて先へ進んだ。

 

 まもなく彼は一軒の水車小屋に来たので、そこで一夜の宿を求めた。ところでこの水車小屋には綺麗な娘がいて、彼らはお互いに好きになって、結婚したいと思った。けれど、若者にはあの魔女と交わした誓いがある。

「それだけのことでしたら、私がきっと助けてあげられます。勇気を出しなさいな。あなたには何も起こりはしませんよ」と、水車小屋の娘は言った。

 そこで二人は結婚して、婚礼のお祝いをした。客がみな帰って家の者が寝床に入ると、娘は一塊のパンと水差し一杯の水をテーブルに置き、戸口には鉄の十能とほうきを逆さに立てた。

 真夜中、あの魔女がやってきてほうきに声をかけた。

「ほうきよ、戸を開けろ!」するとほうきが答えた。「おら逆立ちしてるんで戸は開けられないだよ」今度は鉄の十能に叫んだ。「十能よ、戸を開けろ!」「おらも逆立ちしてるんで開けられないだよ!」

 すると魔女は部屋の中へ叫んだ。「誓い破りめ、出て来い! 殺してやる」

 と、テーブルの上のパンが答えた。

「老いぼれの汚い魔女め、お前は奴らを許してやることが出来ないのか、僕でさえ許してやれるのに。奴らは僕を土に埋め、大きくなると刈り取り、打ち叩いて粉に引き、水を混ぜてこねて、それから焼いて――食べちまうんだ。そんな苦しみに全て耐えて、それでも僕は心の底から奴らを許してやるんだぜ!」

 すると魔女は何も言えなくなったが、あまりにも腹を立てたので、ついにその場で粉々に砕けてしまった。

 その若い夫婦は、まだ死ななかったとすれば今もまだ生きているだろう。



参考文献
『世界のシンデレラ物語』 山室静著 新潮選書 1979.

※牛が泣いて頼むのに花を摘まずにいられない主人公。アホというか情なしというか。それでも、牛は少年の行く末を案じて角を残す。結婚してからは妻に守られているし。何故こんなぼんやりをそうまでして守るのか、と疑問に思うが、これが主人公補正という奴だろうか?

 最後に、パンが己の来歴を語って魔女を倒してしまうくだりは唐突で奇妙に思えるが、実は西欧の民話にはちょくちょく現れるモチーフだ。自分の食べるもの着るものがいかな過程で生成されているか、正確に知っていて説明できるのが美徳と考えられていたらしい。そんな人間は魔を退けることも、味方にすることさえできるのである。

 水車小屋にはちょっと「魔の領域」じみたイメージがあったようで、水車小屋に住んでいた妻は、つまり彼女自身も魔女なのだろう。………主人公の未来に幸あれ。



参考--> 「木のつづれのカーリ」「一つ目、二つ目、三つ目



牛飼いと織姫  中国

 昔、二人の兄弟がいた。兄には妻がいたが、弟にはいなかった。

 弟は毎日、朝はきびがゆ、昼はきび飯を食べるだけで一日中働いていたが、実は、兄夫婦は弟が働いている間に、家でこっそり美味しいものばかりを食べていた。

 ある日、弟が牛を使って畑を耕していると、昼近くなって牛が口をきいた。

「牛飼いよ、家に帰って美味い昼飯を食べたらどうだ?」

「だめだめ、こんなに早く帰ったら叱りとばされちまう」

「なぁに、いつ帰ってもいいさ」

「でも、どう理由をつけて帰ろう?」

「そうだな、畑の南の端にでっかい石がある。あそこまで耕していって、すきの刃をぶつけて、欠いて、帰ろうか」

 こう言っている間に、もうでかい石のところまで来ていた。牛飼いが犂の手を無理に動かすと、パリンと音がして犂の刃が欠けたので、家に帰った。

 ちょうど兄嫁は餃子をゆでているところだったが、牛飼いが帰ったのを見て慌てて「今呼びに行くところだった」と言い訳した。兄は「何故こんなに早く帰ったのか」と訊いたが、「犂の刃が欠けたから」と答えると、それ以上何も言わなかった。牛飼いは餃子を腹いっぱい食べた。

 翌日も同じ事が起こった。畑の北の石で犂を壊して早く戻ると、肉まんが蒸しあがるところだった。兄嫁は悪態をつき、兄は「こんなことなら家を出て一人立ちしろ!」と怒鳴った。

 三日目、また牛が「今日は揚げパンだ。早く帰ろう」と言った。牛飼いは家を出たくなかったので渋ったが、「どうせ帰っても帰らなくても追い出されるんだから」と言われて、畑の南の石で犂の柄をもぎ取って、家に帰ることにした。牛は言った。

かずらを少し刈っていって、家に着いたら私の前に置くんだ。そんなもの私は食べないから、お前さんが揚げパンを食べ終わったら、こうお言い。

牛は葛なんか食べないし

俺だってあんなきび飯 食べないよ

牛はれんげが好きなのさ

俺だって揚げパンが好きなのさ

 そして兄さんと嫁さんが財産分けをするから一人立ちしろと言ったら、私とぼろ車と荒縄だけ分けてもらうんだよ」

 牛飼いが折れた犂の柄を持って家に帰ると、兄も兄嫁も怒って口がきけないほどだった。牛飼いは黙って揚げパンを食べ、牛の側に行って言った。

牛は葛なんか食べないし

俺だってあんなきび飯 食べないよ

牛はれんげが好きなのさ

俺だって揚げパンが好きなのさ

「このとんま、ウチの犂を壊したのはお前だろう!」

 兄嫁は叫び、兄はすぐさま財産分与の立会人を呼びに飛び出して行ったが、牛飼いは兄の帰りを待たず、牛にぼろ車を付けて荒縄を積んで出て行った。

「どこへ行く?」

「まっすぐ南へ行きましょう」

 それで牛飼いと牛は南へずっと歩いて行った。日が暮れる頃、綺麗な水の流れる谷に辿りついた。牛は放してもらって、草を存分に食べ始めた。牛飼いは言われた通り石に座って待っていたが、自分も腹がへってたまらなくなった。

「牛やぁい、お前は水があって草があれば腹いっぱいになるだろうが、俺の方はお前に言われて食いものも持ってこなかったんだから、腹が減っちまったよー」

「腹が減ったのか? この山の向こう側に食堂があるから、食べにいっといで。私のつけにしてくりゃいい」

 牛飼いが行ってみると食べたいものは何でもあったので、心行くまで食べることが出来た。食べ終わって、店員が「何という名前におつけしましょうか?」と尋ねるので、「牛につけといてくれ」と答えて店を出た。戻ると、牛が言った。

「明日は七月七日で、南天門が開いて、西王母様の孫娘たちが天からここに洗濯に来る。いいか、西から東に数えて七番目にあたる最後の娘が織姫だからな。お前さんは織姫の干した着物をこっそり取って、返すんじゃないぞ」

 そして、牛はどこかに去って行った。「もしも着物を娘に返す日が来たら、私を三度呼ぶんだよ」と言い置いて。

 次の晩、牛飼いは夜通し寝ないでじっと待った。そのうち南天門がガラガラと開き、中から真っ白なハトがひと群れ飛び出てきて、谷川の側に舞い降りた。そして一羽ずつ綺麗な娘になり、水辺の石に腰掛けて着物を洗い始めた。牛飼いは七番目の娘から目を離さず、隙を見て干してあった洗濯物を取った。

「私の着物、返して! あなたが持っていてどうするの」

 娘はせがんだが、牛飼いは返さない。他の娘たちは、着物が乾いたので帰り支度をしていた。

「七妹、早く帰りましょうよ」

「私、着物がないから帰れないわ!」

 仕方なく、六人の娘たちは白いハトになって飛んでいった。そして南天門の側で振り返って叫んだ。

「七妹、早く帰ってらっしゃい! 南天門が閉まるわよ! 早く、早く」

 この時、南天門の中から赤ら顔の大男が出てきて大声でふれた。

「南天門が閉まるぞー! 帰る者は早く来ーーい!」

「私帰らないから、閉めていいわよー!」

 織姫が叫ぶと、門はガラガラと閉まった。織姫は、石に座っていた牛飼いに言った。

「私、あなたの奥さんになるわ。だから着物を返して」

 それでも牛飼いは返さない。

「この星空の下じゃ、なんだか冷えてきたわ。家を建てましょう。目をしっかりつむって!」

 織姫は小さな袋から綺麗な模様のハンカチを取り出し、地面に大きく広げてフッと息を吹きかけた。見る間に、こざっぱりとした家が現れた。

「さあ、目を開けていいわよ」

 牛飼いは手を叩いて喜び、二人はこの家に住むことになった。やがて女の子が生まれて七つになり、男の子も生まれて三つになった日のこと。

「もう子供たちも大きくなったことだし、あの着物を返してちょうだい。ずっと隠してたんなら ぼろになってるかもしれないし」

 牛飼いはもうすっかり安心していて、織姫に着物を返した。その夜、織姫はこっそり起き出すと、子供達を置いたまま天に帰ってしまった。

 牛飼いは寒さで目を覚ました。魔法は解け、家は消えていて、子供たちが泣きじゃくっている。いくら探しても妻はいなかった。

「そうだ、着物を返すときには牛を三度呼ぶんだった。どうして忘れちまってたんだろう」

 すると、闇の中から牛がやってきて言った。

「ほら見ろ、帰っちまったじゃないか。私の言ったことをしっかり覚えておかないからだぞ。さあ、こうなったからには仕方がない。今度は私を殺すんだ」

「なんだって? あんたは俺の恩人だ。どうして殺せる?」

「いいから、やるんだ。私が死んだら、芝を刈って骨を焼き、皮はお前さんが着る。そして籠を二つ編んで、子供たちを一人ずつ入れて天秤にかつぎ、目をしっかり閉じていろ。すると空を飛んで南天門まで行く。南天門の門番は金の獅子だが、襲いかかってこようとしたらすかさずこう言え。『こら、何をする! 俺は七姫の婿様だ。赤い腹掛けの赤ん坊なんぞとは違うんだぞ!』

 これで金の獅子は降参するはずだ。次に二の門に行くと、銀の獅子が飛びかかって食い殺そうとするだろうから、同じように言え。最後に三の門に行くと、鬼が金棒で殴ろうとするだろうから、やはり同じように言え。

 ここを通りすぎると、はじめて織姫の母親がお前さんを迎えに出てくる。部屋に通されると、娘が七人オンドルに座っていて、見分けがつくまい。だが、籠から子供を出してやれば、母親に飛びつくから、すぐに判る」

 牛飼いは言われた通りにやって妻を探し当てた。織姫の母親は小さな家まで世話して、牛飼い夫婦を住まわせた。

 こうしてしばらく暮らしていたが、織姫の父親はこの押しかけ婿を腹立たしく思っていて、なんとかして追い出そうと考えていた。

 ある日、織姫が言った。

「明日、お父さんがあなたにかくれんぼの勝負をしかけてくるわ。まず一度、庭の端から端まで丁寧に見てまわって、最後にもう一度南の塀の側に行ってごらんなさい。塀にくっついている南京虫がお父さんよ」

 次の朝、庭から父親が呼んだ。

「わしを見つけられたらよし。見つけられなかったら、お前を食うぞ」

 牛飼いは散々探しまわって、最後に南の塀に行って南京虫をつまみ上げた。

「お父さん、あなたじゃありませんか? 違うなら、このまま指で潰しちまおう」

「わしじゃ、わしじゃ! あれー、わしの弁髪二本、千切っちまって!」

「俺を食わないな?」

「ああ、食わん。もう行っていいわい」

 帰ってきた牛飼いに、織姫は言った。

「お父さんは明日もあなたをかくれんぼに誘うわ。今度は大きなサンザシの実になって、お母さんの衣装箱に隠れるつもりらしいから、ようく探してね」

 翌日、牛飼いは散々探しまわってから、最後に織姫の母親の部屋に入って、衣装箱を開けた。赤い風呂敷包みの上に、大きなサンザシの実が乗っていた。

「お父さん、あなたじゃありませんか? 違うなら、このまま食べちまおう」

「わしじゃ、わしじゃ! あれー、わしのひげをすっかり抜いちまって!」

「俺を食わないな?」

「わかった、食わん。もう行っていいわい」

 織姫が、帰ってきた牛飼いにまた言った。

「明日は、あなたの方が隠れろと言うはずよ」

「えっ、俺のこのでかい体をどこに隠せる?」

「大丈夫、変化の法を教えるわ」

 翌日、牛飼いはしゃがんで地面を転がると、刺繍針になった。織姫がこれを拾い上げて刺繍を始めた。父親はぐるぐる回って探しまわったが、とうとう牛飼いを見つけることは出来なかった。

 さて、織姫が刺繍針をさっと地面に投げ出すと、トンと音がして牛飼いが立ちあがった。織姫は言った。

「明日はお父さん、あなたと鬼ごっこ勝負をしようと言うわ。お父さんが鬼で、あなたを追うの」

「なぁに、追いつけるもんか」

「そんなに甘く見ちゃだめ。お父さんの方が足が早いわ。

 そうね、今すぐお父さんの納屋から、赤いコウリャンをひと升たっぷりもらってらっしゃい。後、赤いはしをひと束と、私のこの金のかんざしもいるわ。いい、金のかんざしはね、私が「前に振って、前に振って」と言ったら、前に向いて振るのよ。忘れないで。絶対に後ろに向いて振っちゃだめよ」

 次の日の朝、父親がまたもや呼びにきました。

「婿さんよ、今日は二人で鬼ごっこだ。お前が逃げて、わしが追う。追いついたらお前を食うぞ。逃げ切れたら許してやろう」

 そして鬼ごっこが始まった。織姫と母親も、子供たちを連れて追いかけていった。

 牛飼いは、追いつかれそうになると箸を二本投げ、コウリャンを二粒投げ、を繰り返した。その度に父親は止まって拾わずにおれず、「わしのものを盗みくさって!」と怒鳴った。

 走りに走りつづけ、ついに箸もコウリャンもなくなった。今にも捕まりそうになったとき、織姫が慌てて叫んだ。

「早く振って! 早く振って!」

 牛飼いがちらりと後ろを見ると、すぐ後ろに父親が迫っていたので、大慌てで金のかんざしを取りだしざま、後ろに向かって一振りした。ところが、その途端に水が湧き出し、天の川となって夫婦の間を隔てた。天の川の向こう岸では、子供たちと織姫、母親までもが泣いていた。牛飼いもたった一人、立ったまま泣いた。だが、もうどうしようもなかった。

 やがて織姫と子供たちは母親に連れられて帰り、父親も帰り、牛飼いは一人で川岸に取り残された。そしてそのままそこに住みついた。

 それから、夫婦は一年に一度、七月七日にやっと会えるだけになった。七月七日の朝、カササギ、ヒバリ、ツバメ……地上の全ての小鳥はみんな天に飛んでいき、織姫の母親が、その一羽一羽の頭の羽を一つまみずつ抜いて、天の川に長い長い橋をかけるのだ。人が寝静まった夜更けにぶどう棚の下にいれば、夫婦の話声さえ聞くことが出来る。

「私があれほど前に振れといっておいたのに、後ろに振ったりするからこんなことになっちゃうのよ!」

「ああ、ああ、お前の親父にとっ捕まりそうになったんで、慌ててお前の言い付けを忘れちまったんだよ」

 一年の間に牛飼いが使った三百六十五の鍋と皿を、織姫は綺麗に洗って積み重ね、服を洗濯したり繕ったりする。そして七月十五日には、また辛い気持ちで帰っていくのだ。



参考文献
『世界むかし話4 銀のかんざし』 なだぎりすすむ訳 ほるぷ出版 1979.
『中国の民話〈上、下〉』 村松一弥編 毎日新聞社 1972.

※七夕由来譚の一つ。

 …単身赴任の旦那さんの面倒見に行く奥さんかい。一年に一度会ったのに、やることはおさんどんか? 牛飼いも、なべや皿くらい洗え。甘えんな。……と、思ってしまう。ロマンチックな逢瀬とは程遠いなぁ。でも、こんなもんなのかも……。

 

 なお、牛飼いが家を出るときもらってくる、荒縄。多分、元は天に登るための小道具だったのだろうが、忘れられて無意味になっている……。



参考 --> [七夕〜中国・韓国・ベトナム]




inserted by FC2 system