>>参考 「木のつづれのカーリ」「三公本解」
【塩のように大事】[灰坊]
[火焚き娘〜獣の皮をまとう][火焚き娘〜姥皮をまとう][火焚き娘〜容器をかぶる]
これは昔々のこと。大金持ちの男がいて、三人の娘を持っていた。男は娘たちの愛情を知りたいと考えて、まずは一番年上の娘に訊いた。
「お前はどのくらい、私のことを大事に思っていてくれてるかね?」
「それはお父様、私の命と同じくらい」と娘は答えた。
「そりゃ嬉しいね」
今度は二番目の娘に訊いた。
「ところで、お前はどのくらい、私のことを大事に思っていてくれてるかね?」
「それはお父様、世界を全部合わせたよりも」と娘は答えた。
「それは嬉しいね」
最後に三番目の娘に訊いた。
「それで、お前はどのくらい、私のことを大事に思っていてくれてるかね?」
「それはお父様、生肉に塩がなくてはならないくらい」と娘は答えた。
それを聞くと、父親は腹を立てた。
「お前は私の事をまるで大切に思っておらん。もうこの家から出て行ってもらおう」
そう言うと、その場で三番目の娘を追い出し、娘の目の前でぴしゃりと戸を閉めてしまった。
仕方なく娘は家を後にして、どこまでもどこまでも歩いて行ったが、そのうち沼の傍までやって来た。沼で
「お宅で女中は入り用ではありませんか?」と、娘は訊いた。
「いや、うちではいらんね」
「どこにも行くあてがないんです。お給金はいりませんし、どんな仕事でもいたします」
「そうかね。皿を洗ったり鍋をこすったりしたけりゃ、いてもいいよ」
そこで娘はこの家に置いてもらうことにし、皿を洗ったり鍋釜をこすったり、汚い仕事を全部引き受けた。名前を言わないので、家の人たちは娘を《藺草ずきん》と呼んだ。
そんなある日、少し離れたお屋敷で大きな舞踏会があり、この家の召使いたちにも見物に行っていいとのお許しが出た。《藺草ずきん》はとてもくたびれてしまったから行かずに家にいます、と言った。しかしみんなが出掛けてしまうと、娘は藺草のずきんを脱ぎ、身体を奇麗に洗って、舞踏会へ行ってみた。会場にも、この娘ほどに美しい装いの客は一人もいなかった。
さて、舞踏会には《藺草ずきん》の働く家の息子も出ていたのだが、これが娘を一目見るなり、たちまち恋い焦がれてしまった。他の誰とも踊ろうとしないくらいだった。しかし舞踏会が終わる前に娘はこっそり抜け出し、急いで家へ戻った。他の女中たちが帰ってくる頃には、藺草のずきんをかぶって眠り込んでいるふりをしていた。
あくる朝になると、みんなが口々に言った。
「藺草ずきんさん、あんた惜しいことをしたわよ」
「一体何のこと?」
「何のことってあんた、あんな奇麗な人って見たことがないわ。そりゃもう素敵な服を着てさ。うちの若旦那なんか、じっと見とれたきり目を離さないんだから」
「そう、あたしも見てみたかったわ」と《藺草ずきん》は答えた。
「なら、今夜もまた舞踏会があるから、またおいでになるかもしれないわよ」
ところがその日の夜になると、とてもくたびれてしまったからみんなと一緒に行けない、と《藺草ずきん》は言った。しかしみんなが出掛けてしまうと、昨日のように支度して舞踏会へ出かけたのだ。
また会えるはずだと心待ちにしていた若旦那は、他の誰とも踊らず、片時も娘から目を離さなかった。しかし舞踏会が終わる前に娘はこっそり抜け出し、急いで家へ戻った。他の女中たちが戻ってくる頃には藺草のずきんをかぶり、眠ったふりをしていた。
あくる日、女中の同僚たちは口々に言った。
「本当よ、藺草ずきんさん、あんたも行って、あのレディを一目見ればよかったのに。また来てなすったんだよ、そりゃもう素敵な服を着て。うちの若旦那なんか、じっと見とれたきり目を離さないんだから」
「そう、あたしも見てみたかったわ」
「なら、今夜もまた舞踏会があるから、あんたも一緒においでよ。きっとあの方、またお見えになるよ」
ところがその日の夜になると、とてもくたびれてしまったから行けない、と《藺草ずきん》は言い、みんながどんなに誘っても一人だけ家に残った。しかしみんなが出掛けてしまうと、藺草のずきんを脱ぎ、身体を奇麗に洗って、舞踏会へ出かけた。
娘の姿を見つけると、若旦那はこの上なく喜んだ。他の誰とも踊らず、片時も娘から目を離さなかった。しかし娘が名を明かさず、どこから来たのかも言わないので、若旦那は指輪を渡し、もしまた逢えないようならとても生きてはいられない、と言った。
しかしまたもや舞踏会が終わる前に娘はこっそり抜け出し、一足先に家に帰って、同僚たちが帰って来た時には、藺草のずきんをかぶって眠ったふりをしていた。
あくる朝になると、「駄目ねえ、藺草ずきんさん」とみんなが言った。
「ゆうべも来なかったから、もうあのレディにはお目にかかれないよ。舞踏会はゆうべでおしまいなんだから」
「そう、とても見たかったんだけど」と《藺草ずきん》は答えた。
若旦那は八方手を尽くしてあの娘の行方を捜したが、どこへ行こうが誰に尋ねようが、噂の一つも聞けなかった。娘恋しさに、次第に身体の具合も悪くなり、とうとう病の床についてしまった。
「若旦那におかゆを作っておくれ」と、料理番は家の人たちに言われた。「あの娘さんへの恋煩いで死にそうになっているから」
料理女がおかゆを作りかけたところへ、《藺草ずきん》が入って来た。
「何をしているの?」
「若旦那様に、おかゆを作って差し上げるとこだよ。あの娘さん恋しさに、もう死にそうになっておられるから」
「それなら、あたしに作らせて」と《藺草ずきん》は言った。
はじめは料理女も渋っていたが、やっと承知してくれたので、《藺草ずきん》はおかゆを作った。おかゆが出来ると、料理女が二階へ持っていく前に、こっそり例の指輪を中に落とした。若旦那はおかゆを食べ、鉢の底の指輪に気付いた。
「料理女を呼んでくれ」と若旦那は言った。そこで、料理女が二階へやって来た。
「このおかゆは誰が作った?」
「私でございます」と料理女は答えた。叱られるのが怖かったのだ。若旦那はじっと料理女を見つめた。
「いや、お前ではない。誰が作ったかを正直に言うんだ。咎めはしない」
「はい、それでは申し上げますが、《藺草ずきん》でございます」
「《藺草ずきん》をここへ呼べ」
そこで、《藺草ずきん》が二階へやって来た。
「お前が私のかゆを作ったのか?」
「はい、私が作りました」
「この指輪はどこで手に入れた?」
「私に下さったお方から」
「いったい、お前は誰なんだ?」と若旦那は言った。
「それではご覧いただきます」
そう言って藺草のずきんを脱ぐと、そこには美しい服を着た娘の姿があった。
若旦那の病はたちまち良くなり、間もなく二人は結婚式を挙げることになった。とても盛大なもので、遠くからも近くからも、誰もが式に招かれた。勿論、《藺草ずきん》の父親も招かれていた。しかし娘は、誰にも自分の身元を打ち明けていなかった。
結婚式の前になると、娘は料理番の所へ行って、こう頼んだ。
「披露宴のお料理には、どれにも塩はちょっとでも入れないで」
「それじゃ不味くてとても食べられませんよ」
「それでもいいの」
「分かりました」と料理番は言った。
いよいよ当日になり、二人は無事に式を終えた。式の後、招待客たちは祝宴のテーブルについた。ところがご馳走を食べ始めると、あまりの味気なさに、誰も喉に通らなかった。《藺草ずきん》の父親はまず皿の一つに手をつけ、ついで次の皿を味わったが、そこでワッと泣き伏した。
「どうなさいました?」と若旦那が訊いた。
「いや実は! 私には娘がおりました。そこで、どのくらい私を大事に思っているか訊いてみたのです。すると娘は『生肉に塩がなくてはならないくらい』と言いました。それを聞いた私は娘を家から追い出してしまったのです。私のことを愛してくれていないと思ったものですから。
やっと今になって、あの子が誰よりも私のことを大切に思っていてくれたことが分かりました。多分、もう死んでしまっていることでしょうが」
「いいえ、お父様、あなたの娘はここにいますわ!」と《藺草ずきん》は言った。そして父親に近づくと、しっかりと抱きしめた。
こうして、それからは誰もが幸せに暮らした。
参考文献
『イギリス民話集』 河野一郎編訳 岩波文庫 1991.
※植物で作った衣には二系統あり、この「藺草ずきん」のように草を編んだものと、「木のつづれのカーリ」のような、《木の皮みたいなもの》とがある。
「藺草ずきん」の類話はイタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、コルシカ島、スウェーデン、ドイツ、ベルギーにもあり、そのほぼ全てに父に「塩のように大事」と言って勘気に触れるエピソードが見られると言う。
参考 --> 【塩のように大事】