>>参考 「タンスの中の娘」「あなたはだれ?」「ブルブル」【手無し娘

 

伯爵のお姫さまと水の精  ドイツ

 昔、伯爵の奥方がいました。ある日のこと、気分がすぐれないので湖に散歩に行くと、湖の中から声がして湖の精が現れ、お喋りを始めました。奥方と水の精はそれからもたびたび湖のほとりでお喋りをし、ごく打ち解けた付き合いをするようになり、ついには奥方が妊娠している子供が生まれたら、洗礼式の代母を水の精に任せることになったのです。

 その日になり、かなり遅くなってから、水の精が大きな白いヴェールで顔を覆って現れました。ヴェールは半ば湿っていました。水の精は赤ん坊に洗礼を受けさせ、代母からのお祝いとして、小さな籠に入った三つの卵を枕元に置きました。そしてこの卵は大事に取っておくように、いつかはこの子の役に立つことがあるのだから、と言い添えました。

 まもなく奥方は亡くなり、伯爵が次に結婚した女は前の奥方の子供を嫌がって殆ど構いませんでしたので、子供はもっぱら子守り娘に預けられ、娘は子供の好きなようにさせてくれたので、子供はよく一人で湖のほとりで遊んで、水の精に色々な話を聞きました。

 こうして伯爵の幼い姫君はすくすくと成長し、そろそろ年頃になりました。ところが、ある夜のこと、伯爵の城が火事になって、伯爵はにわかに貧乏のどん底になってしまいました。

 姫君は危険を逃れ、卵の籠を持って湖の代母さまの元へ走りました。そして今後のことを相談すると、水の精は娘がまだ卵を無くさずに持っているのを見て、こう言いました。

「あなたはまだまだ大変豊かな身の上なのですよ。なぜって、その卵で三つの願いが叶えられるのですからね。どんな無理難題であろうとあなたの思いのままです。ですが、いいですか。だからこそ、軽々しくつまらない願いをかけないようにしなさい。本当に必要な時のために、一つだけは残しておくようにしなさい」

 そして、森の向こうの大公さまのところで下働きに使ってもらうのがいい、と勧めました。お姫様も納得して、早速出かけることにしました。

 途中で、ケーテルという百姓の娘に出会いました。お姫さまは、自分の上等過ぎる服装では雇ってもらえぬだろうと考えて、ケーテルと着物を取り替えました。

 普通の百姓娘の姿をしたお姫さまは、大公様の城で下働きを始めました。給料もタダ同然でいいし、どんな仕事でもすると熱心に頼み込んでのことでした。辛い仕事でお姫様の手は荒れ、服も汚れて、新しい服も持てないので、主人の部屋に入ることも許されませんでした。

 こうして、お姫様が台所の下働きになって七年経ちました。

 この頃、この城の若様が結婚を思い立ち、とびきり美しい花嫁を探し出すために盛大な舞踏会が開かれました。近隣の良い家柄の娘は残らず招待を受けました。

 その晩、きらびやかに着飾った姫君たちが続々やってくるのを見ると、お姫様は羨ましさのあまり溜息を漏らしました。そして、あの卵のことを思い出したのです。お姫様は台所仕事を済ませてから自分の部屋に行き、汲んだ水で体を清めてから、立派なドレスとそれに相応しい品を一揃い、と願って卵を割りました。あっという間に望みの品が目の前に揃っていました。

 お姫様が着飾って広間に入っていくと、お客はみな見知らぬ令嬢の美しさに目を見張りました。若様もお姫様をたいそう気に入ってしまい、殆ど一晩中側を離れませんでした。若様は、お姫様が帰ろうとすると、あなたのハンカチを下さいと言いました。お姫様が差し出すと、若様は自分のハンカチを渡しました。それから、お姫様はこっそり自分の部屋に戻り、再び下働きの粗末な服に戻りました。

 翌日には、城中が若様の心を捉えた不思議な令嬢の噂でもちきりでした。お姫様はその噂を余さず聞きながらも何も言うことなく、そっと微笑んでいました。

 四週間経つと、再び舞踏会が開かれました。今夜こそ嫁選びをするとの噂です。それを聞くとお姫様は二度目の願いをせずにいられませんでした。今度はダイヤをちりばめたドレスと揃いの品を出し、また一番後から広間に入っていきました。人々は以前に増して感嘆し、若様はもう片時もお姫様の側から離れませんでした。そして宴の終わりには、あなたを誰よりも愛していて、全世界を捧げても惜しくないと言い、あなたにその気があるならぜひとも妻になって欲しいと言い出しました。

「そんなことを仰って、もし私の素性を知ったらさぞ後悔なさることだろうと、それだけが気がかりです」

 しかし、若様が強く願うので、ついにお姫様も頷いて、二人は指輪を交換し、四週間後にまた来て、本当に結婚すると約束しました。

 翌日は、若様の愛を勝ち取った美しい花嫁の噂で持ちきりでした。お姫様はそうした話に耳を傾け、時には胸踊るのを抑え切れなくなりながらも、やはり花嫁が自分だということは黙っていました。

 こうして、いよいよ婚礼の行われるべき日が訪れました。しかし、お姫様は望みを叶える卵が後一つしか残っていないことにふと気付いて、ぞっとしました。そういえば水の精は、一つだけはもしもの時のためにとっておきなさいとかたく戒めていました。

 それで、お姫様はこの日、舞踏会へ行きませんでした。本当はとても行きたかったのですが。ところが若様の方は、花嫁がこなかったうえに居場所がわからないので、悲しみのあまり寝付いてしまいました。

 仲の良い料理女からこの話を聞いたお姫様は申し訳なく思い、自分が最後の願いをケチったことを責めずにいられませんでした。そして若様を何とか助けられないかと、そればかり考えていました。

 ある日、医者の指示で、若様のためのスープが作られることになりました。お姫様は料理女に無理に頼みこんで、スープを作らせてもらいました。そして、皿の底に婚約指輪を入れておきました。

 スープは病人の口にとても合い、若様はみんな平らげましたが、皿の底に婚約指輪を見つけて喜びました。そして料理女を呼んで、このスープは誰が作ったのかと尋ねました。料理女は困惑しながらも、下働きの娘が作りました、と打ち明けました。すぐに、その下働きの娘が若様の前に呼ばれました。

「それではお前がスープを作ったのか。そんな汚いボロボロのなりをして。あの指輪はどこでどうして手に入れた?」

 お姫様はおどおどして、さる高貴な方からいただきました、と小さな声で答えました。若様はひどく怒ってお姫様を叱り付けて下がらせましたが、部下に彼女を見張るように言いつけました。

 お姫様はすごすごと自分の部屋に戻りましたが、体を清めると、あのダイヤをちりばめたドレスをまとい、最初の舞踏会の日に着たドレスともらったハンカチを持って、もう一度若様の部屋に行こうとしました。ところが、部屋の戸を開けると、若様に見張りを言いつけられた男たちが立っていました。男の一人は慌てて若様に知らせに行こうとして階段から落ちて足を折り、もう一人はダイヤがあまり輝くので、目がくらんで動けなくなってしまいました。

 さて、お姫様が部屋に戻ると若様の病気はたちまち吹っ飛びましたが、お姫様は言いました。

「これがさっきこの部屋を追い出された、ボロボロの汚い娘。あなたのためにスープをこしらえて、いただいた指輪を中に入れた下働きの娘ですのよ。

 私が以前申し上げたことは正しかったでしょう? 私の素性が知れたら、とても結婚していただけないでしょうって」

 若様は下働きの娘とこの姫君が同一人物であったことを悟り、そうとは知らずひどいことを言ってしまったのをくれぐれも謝りました。そして、改めて「あなた以外の女と結婚する気はない」と誓い、その誓い通りに彼女を妻に迎えました。

 ただ、若様の母親はどうしても賛成してくれず、息子が後ろ盾のない下働きの娘と結婚したことに、ひどくおかんむりでした。

 

 さて、お姫様に最初の赤ん坊が生まれました。それは女の子でした。ところが姑はその子をこっそり連れ去って、湖へ放り込んでしまいました。二人目の女の子が生まれた時もそうしました。それでいて自分の息子には、「あんたの嫁さんは、自分の産んだ子を二人とも殺してしまったのだよ」と言いつけました。

 若様はそれを聞いてたいそう腹を立てました。元はあれほど愛した妻だっただけに怒りも激しく、罰として部屋に閉じ込めたまま焼き殺してやる、と言い出しました。

 お姫様は部屋に閉じ込められ、暖炉にものすごい火が焚かれました。あまりの熱さに気が遠くなりかけた時、哀れな姫君の頭に、ふと、最後の卵のことが浮かびました。お姫様はすぐに代母の水の精が来てくれるように願いました。

 あっという間に水の精が現れました。水の精は部屋を冷やし、開け放って、お姫様を救い出しました。そして、湖に捨てられた子供たちは私が育てているから、書類を持たせて帰してあげよう。あなたが子供たちを連れて帰れば万事うまく行きますよ、と言いました。

 お姫様が二人の娘を連れて城に戻ると、若様は喜びのあまり、娘たちを幾度となく抱きしめました。そのうえ、この子達を殺そうとしたのが思いあがった自分の母親だと知ると、涙ながらに妻に謝りました。

 かくして、腹黒い姑は、息子が妻のために用意した刑罰を、自らが受けるはめになりました。代わって若いお姫様は夫と愛しい娘たちと共にいつまでも楽しく平和に暮らし、みんなから慕われました。とりわけ、昔仲間だった下働きの女たちや、あの年取った料理女は、この奥方を誰よりも慕ったということです。



参考文献
『世界むかし話7 メドヴィの居酒屋』 矢川澄子訳 ほるぷ出版 1979.

※醜い姿への変身の要素が薄いが、前半は[火焚き娘]である。

 娘が家を出た理由が、継母の虐待でも父の好色でもなく、火事で家が落ちぶれたからとしているのは、ある意味リアルだ。湖に捨てられた子供を水の精が保護してくれているが、それを帰す際に「書類を持たせる」と言っているのもリアルである。血縁証明書か何かだろうか……。



ハンチ物語  インド カンナダ語族

 昔、兄妹の子供をもったやもめ女がいた。妹は金髪のそれは綺麗な娘だったが、成長した兄は欲情を抱いて、とうとう「妹と結婚したい」と母に迫った。母はとても驚いたが、つとめてそれを隠し、「結婚はすぐには出来ないよ。婚礼に必要だから、米と小麦粉とひら豆を買っておいで」と言って、近くの町へ買いにやらせた。その間に、金の器と引き換えに陶器の仮面を手に入れて、娘に被せ、食料を与えて家から逃がし、自分は毒を飲んで死んだ。兄は戻ってこの有様を見、発狂してしまった。

 

 娘は川沿いに逃げていって、ある親切な老婆の紹介で金持ちの家の女中になり、ハンチ(土、陶器)と名乗った。彼女の米料理はとても美味しかったので重宝された。

 ある日、果樹園でパーティーが開かれたが、ハンチは残って料理をしていた。誰もいなかったので仮面をとって水浴びをした。

 この家には若様がいたが、彼はこの水浴びを覗き見して、すっかり彼女に恋してしまった。彼は母に相談をし、家族の前にハンチを連れていくと仮面を取った。人々は驚き、ハンチの身の上を聞いた。そして彼女を嫁にした。

 

 さて、ハンチはめでたく若奥様になったわけだが、そんな彼女によこしまな思いを寄せる男がいた。彼はグルスワミといい、この家に出入りしている僧だった。彼は「子宝が授かるから」と言って、ハンチに魔法のかかったバナナとアーモンドとキンマの葉、クルミを食べさせようとした。これは媚薬で、食べればグルスワミのとりこになってしまうのだ。しかしハンチは何かに感づいて、抜け目なく食べ物を普通のものと入れ替えておいた。魔法のかかった食べ物は水牛が食べて、夜中に水牛がグルスワミの寝室に押しかけ、大変なことになった。グルスワミは懲りずに魔法のかかった升と樽、次はほうきを用意したが、その度に失敗した。

 流石に懲りて、グルスワミは新たな手でハンチを手に入れることにした。再び訪れた果樹園のパーティーの日、グルスワミは空っぽの屋敷に一人引き返して、ハンチの寝室に男物のターバンなどを置いて、ハンチが浮気したと騒ぎ立てた。家人はみな、僧であるグルスワミの言い分を信じ、ハンチは牢屋に入れられて打たれた。グルスワミは、この姦婦は箱に入れて川に沈めてしまいましょうと言い、ハンチを箱に入れさせて屋敷から運び去った。

 さて、遠くに行ってじっくりハンチを己がものにする前に、僧は箱を屋敷近くに住む、例の親切な老婆に預けていった。箱の中には狂犬が入っているから、どんなに暴れてもけして開けてはならないとかたく戒めて。しかし老婆は箱の中身がハンチであるのに気付いて助け出し、グルスワミの嘘に倣って、箱の中に狂犬を入れておいた。その後、グルスワミはいそいそと箱を運び出していき、開けたところ狂犬が飛び出てきて、噛み殺された。

 

 それから数年が過ぎ、老婆はお金持ちの家の人々を呼んで米料理をふるまった。ところが、この美味しい料理は、あの懐かしいハンチの味そのものではないか。驚き怪しむ人々の前に死んだはずのハンチが姿を現し、真相を語った。



参考文献
『シンデレラ ―9世紀の中国から現代のディズニーまで』 アラン・ダンダス著、池上嘉彦編、三宮郁子/山崎和恕訳 紀伊國屋書店 1991.

※これは、不倫の濡れ衣を着せられる話。

 前半は[火焚き娘]型だが、仮面で顔を隠すタイプは珍しい。強いて言うなら「鉢かづき姫」に近いと言えるだろうか。

 横恋慕した僧がハンチに食べさせようとしたバナナは男根、胡桃は睾丸、アーモンドは女性器を暗示している。次に用意した升と樽は女性器、ほうきは男性器の暗示だ。性を連想させる道具を用いた誘惑術である。

 ハンチを誘惑するつもりで水牛に押しかけられたり、ハンチが入っているはずの箱の中から狂犬が出てくるくだりは、日本では【嫁の輿に牛】または【牛の嫁入り】と呼ばれるモチーフ。

嫁の輿に牛  日本 青森県三戸郡

 昔、ある長者が一人娘を良いところに嫁がせようと思い、八幡様に願掛けをした。たまたまその声を聞いていた隣の怠け者は、松の木に登って天狗を騙り、「娘を隣の怠け者にやれ」と言った。

 長者はてっきり八幡様のお告げだと思い、言われたとおりにしようとしたが、乳母は怪しんで娘の代わりに牛を嫁入りの駕籠に乗せ、怠け者の家の戸口に置いてきた。

 怠け者は暗闇の中で牛の肌に触って「ビロードの着物を着てきた」と喜び、角に触って「こうがいを挿してきた」と喜んだが、夜が明けてみると牛だったので、「嫁が牛になった」と嘆いた。


参考文献
『決定版 日本の民話事典』 日本民話の会編 講談社α文庫 2002.

 インドや日本の他にも韓国、中国、フランス等で見られる。なお、日本には怠け者が神意を騙ってまんまと長者の娘を手に入れてしまう【鳩提灯】という話群も存在する。

 

 この後ハンチは夫と復縁しただろうか。妻の言い分を全く聞かず、牢屋に閉じ込めて殴り、挙句 水に沈めて殺すことに同意した夫や婚家の人々……。所詮、彼らにとってハンチは美しくて料理上手というだけの、都合がいいだけの人間だったのだろう。だから信じることもなく簡単に殺すのだ。人権を持たない女の悲しさがよく現れている。

 数年後にかつての夫たちに真相を話したハンチはどんな心境だったのだろうか? こんな目に遭わされても、やはり夫に未練があったのだろうか? それとも、せめて自分の潔白を示したいと思ったのだろうか?

 ハンチの運命がそもそも狂ったのは、彼女の美しさに実の兄が狂ったせいだった。一家崩壊だ。その美しさ故に夫に見染められて結婚し、また横恋慕されて殺されかけた。彼女の母親が娘に醜い土の仮面を被せたのは、どんな心境からだったのだろうか。

 なお、類話によっては、横恋慕する僧はかつて主人公を手に入れようとした実兄自身が変装したものである。



参考--> 「白檀の木」「タンスの中の娘」「鉢かづき姫




inserted by FC2 system