>>参考 「クノクアとボマイタウペ」「小さな太陽の娘
     [その後のシンデレラ〜偽の花嫁型]【蛇婿〜偽の花嫁型】[三つの愛のオレンジ

 

小さい野鴨  ドイツ 『グリム童話』(KHM135)

 一人の女が、自分の娘と継娘をつれて、かいばを刈りに野原を通って行った。そこへ、神様が貧乏人のなりをして来て尋ねた。

「村へ行くにはどう行ったらいいでしょうか?」

「知りたけりゃ自分でおさがし」と女が言い、「道がわからなくなって心配なら、道案内をつれてお行きよ」と娘が言った。

 けれど、継娘はこう言った。

「お気の毒ですね。あたしが案内してあげましょう」

 で、神様が傲慢な二人に背を向けると、二人とも夜のように真っ黒く、ひどく醜くなってバチが当たった。神様は継娘と一緒に村近くまで来ると、娘に祝福の言葉を唱えておっしゃった。

「三つの願いを言ってごらん。わたしがかなえてあげるから」

「お日様のように綺麗に、罪穢れなくなりたい」

 そのとたんに娘は、お日様みたいに白く、綺麗になった。

「それから、いくら使っても空にならない財布がほしい」

 これも、神様は娘におやりなさったけど、「大事なことを忘れるんじゃないよ」とおっしゃった。

「三番目には、死んだら天国へ行けますように」

 これも、やはりおききとどけなさって、神様と娘は別れた。

 継母が娘と一緒に家へ帰ってみると、自分たちは炭みたいに真っ黒でみっともないのに、継娘は白くって綺麗なものだから、二人とも、憎らしくて憎らしくてたまらなくなって、どうしたらこの娘をいじめてやれるだろうかという事ばかり考えていた。

 

 継娘にはレギイネルという名の兄さんがいた。継娘は兄さんが大好きで、今回の出来事もすっかり話してきかせたほどだった。ある時、レギイネルは妹に向かって言った。

「なぁ、いつでもお前が目の前に見えるように、お前の絵を描こうと思うんだ。俺はお前が大好きだから、しじゅうお前の顔を見ていたいんだよ」

 娘は頷いたけれども、こう言った。

「だけど、お願いだからその絵を誰にも見せないでね」

 

 さて、レギイネルは妹の絵を描いて、それを自分の部屋へ掛けておいた。彼は王様の御者として働いていたので、城の中に住んでいた。毎日、絵の前に立って、かわいい妹の幸せを神様にお礼申していた。

 ところが、その様子を同僚が見て妬み心を抱き、「御者がたいそう美しい絵姿を毎日見ています」、と王様に申し上げた。王様はすぐにその絵を持ってこさせた。

 というのも、王様はお妃を亡くされていて、とても器量よしだったお妃に並ぶ後添えが見つからずに、たいそう悲しんでいたからだ。絵を見ると、何から何まで死んだお妃そっくりで、違うところはお妃より器量がいいだけだったので、心底から好きになってしまった。

 王様は御者を御前へ呼び出して、この絵の娘は誰かと訊いた。御者が「わたくしの妹でございます」と言うと、王様はこの娘でなければ妃にしないと心にきめて、御者に馬車と馬と目も醒めるような黄金の衣装を渡して、花嫁を迎えに行けと命じた。

 

 レギイネルが使者となって家に来ると、白い妹は喜んだけど、黒い妹の方は妬み心が抑えられず、ひどく腹をたてて母親に言った。

「あたしにこんな幸運が来るようにしてくれないなんて、お母さんの術なんか、いったいなんの役にたつのよ」

「静かにおしよ。きっと、お前にいいようにしてみせるから」

 継母は魔法でレギイネルの目をくもらせて、片目を見えなくしてしまった。おまけに、白い娘の耳をふさいで、片耳が聞えないようにしてしまった。

 それから、みんな馬車に乗った。最初に黄金のドレスを着た花嫁が乗り、次に継母が娘をつれて乗り、レギイネルは馬車を走らせるために御者台へ乗った。

 しばらく進んでから、御者が大きな声で言った。

かぶれ、妹

雨がお前をぬらさぬように、風でほこりをかぶらぬように

きれいに、王様のところへ着くように

 花嫁が訊いた。「兄さんはなんて言ってるの?」

「ああ」と、継母が応えた。

「兄さんはね、お前の黄金の衣装をぬいで、妹におやりって言ってるんだよ」

 そこで、着物をぬいで黒い娘に着せてやり、代わりに彼女の粗末な灰色の上着を着た。

 またしばらく進むと、御者はまた大きな声で言った。

かぶれ、妹

雨がお前をぬらさぬように、風でほこりをかぶらぬように

きれいに、王様のところへ着くように

 花嫁が訊いた。「兄さんはなんて言ってるの?」

「ああ」と、継母が応えた。

「兄さんはね、お前の金色に輝く帽子をぬいで、妹におやりって言ってるんだよ」

 それで帽子をぬいで、黒い娘にかぶせて、髪に何もかぶらないままでいた。

 こうして先へ進むと、また、兄さんが大きな声で言った。

かぶれ、妹

雨がお前をぬらさぬように、風でほこりをかぶらぬように

きれいに、王様のところへ着くように

 花嫁が訊いた。「兄さんはなんて言ってるの?」

「ああ」と、継母が応えた。

「兄さんはね、ちょっと馬車からのぞいてごらんって言ってるのさ」

 ちょうど、深い川にかかった橋を渡っているところだった。

 花嫁が立ち上がって、馬車から身を乗り出して外を見たとき、継母と黒い娘が二人で背中を押したので、花嫁は川の真ん中へ落ち、沈んで見えなくなってしまったと思うと、雪のように白い鴨が一羽、鏡のような水面に浮かび出て、川下の方へ泳いで行った。

 レギイネルは、そんなことにまるで気がつかないで馬車をどんどん走らせて、お城へ着いた。そして、王様のところへ、黒い娘を自分の妹だと言ってつれて行った。目がかすんでいたうえに、黄金のドレスがぴかぴか光るものだから、ほんとに自分の妹だと思っていたのだ。

 王様は自分が胸に想っていた花嫁がひどく醜いのを見てとると、えらく腹を立てて、御者をまむしや蛇のうようよしてる穴へほうり込めと言いつけた。

 ところが、魔法使いの継母はうまいぐあいに王様を言いくるめ、おまけに魔法で目をくらましてしまったので、王様は継母と黒い娘をそのまま城へ置くことにした。それどころか、娘の醜さが気にならなくなってきて、ほんとにこの娘をお嫁さんにしてしまった。

 

 ある晩のこと。黒い娘が王様の膝の上にすわっていると、一羽の白い鴨が調理場の流しへ来て、若い見習いコックに言った。

見習いさん、火を起こして下さいな

あたしの羽が温まるように

 見習いコックはその通りにして、かまどに火をおこしてやった。鴨は火の側へ座って、ぶるぶるっと体を震わせて、くちばしで羽づくろいをした。そして訊いた。

レギイネル兄さんは どうしてるの?

 見習いコックが返事をした。

「とっ捕まえられて、穴蔵で、まむしや蛇と一緒さ」

 鴨はまた、訊いた。

黒い娘は 何をしているかしら?

 見習いコックは答えた。

「王様の膝の上に抱かれているさ」

 鴨が言った。

 ああ、なんて悲しいこと!

 そうして、流しから泳いで出て行ってしまった。

 

 次の晩も、また鴨がやって来て同じことを訊いた。三日目の晩にも、またやって来た。

 とうとう、見習いコックは思いきって、王様に全てをうちあけた。

 王様は、そのあやかしを自分で見ようと思い、次の晩、調理場に行って隠れていた。そして鴨が流しから頭を出した瞬間に、刀で鴨の首を打ち落としてしまった。

 ――と。

 途端に、鴨は世にも美しい娘になって立っていた。あの御者の描いた絵姿そっくりだった。王様は歓喜して、ずぶ濡れの娘のために美しいドレスをとりよせて、それを着させた。

 それから、娘は自分が悪だくみや嘘にだまされて、しまいに川へ放りこまれた次第を話した。そして、兄さんを蛇の穴から連れ出して欲しいと願った。

 王様はこの願いをかなえてやると、継母のいる部屋へ行って、これこれのことをした女は、どんな目にあわせてやったものだろうか、と事の次第を話してきかせた。継母は何も気づかずに言った。

「そんな女は丸裸にして針を打った樽へ入れて、樽を馬に繋いで世界中を引きまわさせるのがよろしゅうございます」

 そして、継母と黒い娘の運命はそっくりその通りになった。

 

 王様は白い綺麗な花嫁と結婚式をあげて、忠義なレギイネルは高い位を与えられた。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.
『完訳グリム童話(全三巻)』 グリム兄弟著、関 敬吾・川端 豊彦訳 角川文庫

※この物語の原題は「Die weisse und die schwarze Braut」(白と黒の花嫁/白い花嫁と黒い花嫁)だが、日本では「小さい野鴨」の題になっていることがあり、私はその方に親しみがあるのでそちらにした。

 中盤、王が兄の持っていた絵姿を見て白い娘を妃に望むのは【絵姿女房】と同じモチーフで、《失われて再び見つけだされたもの》のパターンの一つ。シンデレラは靴をなくし、王子がそれを手がかりに彼女を見つけ出すが、ここでは靴の代わりに肖像画が活躍している。「吉祥姫」も参照。

 

 殺された娘が白い鴨の姿になって上がってきて、ぶるっと震えながら火にあたるくだりは、怪談じみていてぞっとするシーンだ。(様々な民話を見ていると、《獣の姿で現れた神霊がぶるっと身を震わせる》という動作は《皮を脱ぎ落として人間の姿になる》シーンに繋がることが多いが、ここでは白い娘は鴨の姿のままでいる。)

 けれども、王は黒い娘を結構気に入っていて、夜には膝に抱き上げてイロイロよろしくやっていたのに、もっと美しい本当の花嫁が現れるとコロッと心を変えて残虐に殺してしまう。この辺りは「がちょう番の娘」の王子と同じだが、殺人者たる偽の花嫁と引けを取らず、身勝手な王が恐ろしい。

 白い娘は娘で、神様に望みを聞かれると即座に「美と金」を望む。そうして権力者の妻の座を射止めたのだから、かなりしたたかだ。神様の目はちょっぴり曇っているかもしれない。王と結婚しようとしたのも相手が「王だから」以外に何の理由もないので、他の類話に比べると結末の感動度は薄い。同じ『グリム童話』中にある類話「森の三人の小人」だと、娘は王との間に子供を産んだ後で殺されてしまうので、亡霊が夜な夜な現れては子供の心配をするシーンも、王が彼女を蘇らせる結末も感動的なのだが。

 

 水から上がってくる死霊〜白い鴨になっていた娘は、王に剣で首を切り落とされることで蘇る。類似のエピソードはオーノワ夫人の「白猫」にもあるが、これは生と死を逆転させる意味があるのだろう。生者は殺されて死者になった。そして死者は殺されて生者になるという、転生の観念である。

 

森の三人の小人  ドイツ 『グリム童話』(KHM13)

 昔、奥さんに死なれた男と、亭主に死なれた女がいた。男には娘が一人おり、女にも一人の娘があった。娘同士は知合いで、一緒に散歩に行って、帰りに女の方の家へよった。女は男の娘に言った。

「いいかい、お前のお父さんに言うんだよ。あたしをお嫁さんにするといいって。そうなったら、毎朝お前を牛乳で身体を洗わせてあげるし、葡萄酒を飲ませてあげるよ。あたしの娘には、水で洗わせて水をのませるけどね」

 女の子は家へ帰って、女の言ったことを父に話した。父は決めかねて、自分の長靴を脱いで言った。

「こいつは底に穴があいているが、こいつを屋根裏の物置へ持って行って大釘へ引っかけて、水を注ぎこんでみてくれ。水がもらなかったら、もう一ぺん嫁を貰おう。もるようなら、貰うのはやめだ」

 娘は言いつけられた通りにした。ところが、水で穴がちぢまって、長靴の上の方まで一ぱい水が入った。娘は事の次第を父に告げた。父は自分で登って行って、娘の言うのに間違いのないのを見ると、後家さんの所へ行って、縁組を申しこんで、結婚をした。

 

 結婚式をあげたあくる朝、二人の娘が起きてみると、男の方の娘の前には身体を洗う牛乳と飲むための葡萄酒が置いてあったが、女の娘の前には身体を洗う水と飲む水が置いてあった。二日目の朝には、身体を洗う水と飲む水とが、男の娘にも女の娘の前にも置いてあった。そうして、三日目の朝には、男の娘には身体を洗う水と飲む水が、女の娘の前には身体を洗う牛乳と飲む葡萄酒が置いてあった。それからはずっとそのままだった。

 女は日増しに継娘が蜘蛛のように憎くなって、何とかして苛めてやろうということばかり考えていた。なにしろ、継娘の方は器量もよくてかわいらしかったけれども、実の娘は器量が悪くて、みっともなかったものだから。

 

 ある冬のこと。石のようにかたく氷がはって、山も谷も雪が一面に降りつもっていたとき、女は紙の着物をこしらえて、継娘を呼んで言った。

「さあ、この着物を着て、森へ行って山苺を手篭に一ぱいとって来ておくれ。あたしは山苺が食べたいんだよ」

「まあ、おっかさん」と、娘は言った。「冬、山苺なんぞあるものですか。地面が凍ってますし、おまけにすっかり雪ですし、それになんで紙の着物を着て行けとおっしゃるの。外はとても寒くて、息が凍っちまうくらいですもの。ひどい風が吹きあれているし、茨にひっかかって、破けて身体からとれてしまいますよ」

「お前あたしに口答えするつもりかい」と、継母は言った。「さっさと行っといで。この手篭に山苺が一ぱいになるまでは顔を出すんじゃあないよ!」

 それから、固いパンをひとかけ渡して言った。

「これで一日食べられるからね」

 内心では、「外へ出りゃあ、凍えてお腹がへって、死んじまって二度とあたしの目の前に出て来やあしないだろう」と思っていた。

 

 娘は、言われた通りに紙の着物を着て、手篭を持って出て行った。けれど、あたり一面雪ばかりで、青い草なんか一本もなかった。

 森へ入ると、小さな小屋が見えた。中から頭でっかちの小人が三人のぞいていた。娘は「こんにちは」と挨拶して、おずおず戸をたたいた。小人たちがお入りと言ったので、娘は部屋へ入って、暖炉のそばの椅子に座った。体をあたためて朝御飯を食べようと思った。

 すると、小人たちが言った。

「ぼくらにも少しわけて下さいな」

「どうぞ」と言って、娘は小さなパンを二つに割って分けてやった。

「君、冬なのにそんな薄い着物を着て、こんな森で何をするつもりなのさ」
「それがねえ。手篭一ぱい山苺をさがさなくちゃいけないのよ。持っていかなければ、家へ帰れないの」

 娘がパンを食べてしまうと、小人たちは娘にほうきを渡して言った。

「これで、裏口の雪を掃いておくれよ」

 娘がほうきを持って外へ出ると、三人の小人たちは相談を始めた。

「あの娘に何をやろう」

 すると一人が言った。
「ぼくは、日ましにきれいになるようにしてやろう」

 二番目のが言った。
「ぼくは、口をきくたびに口から金貨が出るようにしてやろう」

 三番目のが言った。
「ぼくは、王さまが来て、あの娘をお嫁さんにするようにしてやろう」

 一方、娘は小人たちの言いつけ通りに、ほうきで小屋の裏の雪を掃いていた。ところが、彼女がそこに何を見つけたと思う? 山苺が一ぱい、雪の中からすっかり赤く熟れて出て来たのだ。娘は大急ぎで手篭一ぱいかき集めて、小人たちにお礼を言って、一人一人に握手した。それから飛んで帰って、継母にのぞみの物を手渡そうとした。

 娘が家に入って「ただいま」を言ったとたんに、口から金貨が一つころげ落ちた。それから、森の中であったことを話してきかせたが、ひとこと言うたびに口から金貨がころげ出て、たちまちのように部屋のなかは金貨でいっぱいになってしまった。

「なんだい威張りくさって」と妹が大きな声で言った。「お金まきちらしてさ」

 けれども腹の中ではうらやましくって、自分も森へ行って、山苺をさがしたくてたまらなかった。母は「とんでもないよ、お前、こんな寒くって凍えでもしたらどうするのさ」と言ったが、あまりうるさくせがむものだから、しかたなしに承知して、立派な毛皮の着物を縫って着せ、バターをつけたパンとお菓子を持たせてやった。

 娘は森へ入って、まっすぐに例の小屋を目指して行った。三人の小人たちが今度ものぞいていたけれど、娘は挨拶もしなかった。そうして、勝手に部屋へどんどん入りこんで、暖炉の傍に腰かけて、バターパンやお菓子を食べ始めた。

「ぼくらにも少し下さいな」

 ところが、娘はこう返事した。

「あたしの分にも足りないのに、ほかの人に分けてなんかやれないわ」

 食べ終えると三人が言った。

「そこにあるほうきで、裏口の前をきれいに掃いておくれ」
「何言ってんのよ、自分で掃けば。あたしはあんたたちの女中じゃないのよ」

 小人たちが何もくれそうにないので、娘は外へ出た。すると三人の小人たちはお互いに相談した。

「あの娘に何をやろう」

 一番目が言った。
「日増しにみっともない顔になるようにしてやろう」 

 二番目のが言った。
「口をきくたびに口からガマガエルがとび出るようにしてやろう」

 三番目のが言った。
「みじめな死にざまをするようにしてやろう」

 娘は外で山苺を探したけれど、一つも見つからなかった。そして、ぷんぷん怒って家へ帰った。それから口を開いて、森の中で起こったことをお母さんに話そうとすると、ひとこと口をきくたびにガマガエルが一匹ずつとび出したものだから、みんなはこの娘を気味悪がった。

 

 継母は一層腹を立てて、ただもう、何とかして継娘をひどいめにあわせてやろうということばかり考えていた。けれども当の娘は、日ましに美しくなるばかりだった。

 おしまいに、継母は鍋を火にかけて撚糸を煮た。糸が煮えると、それを継娘の肩にかけ、斧を手渡して、氷の張った川へ行って、氷へ穴をあけて撚糸をすすいでおいでと言いつけた。

 娘が言いつけられた通りに氷に穴を開けていると、王さまの馬車が通りかかった。馬車がとまり、王さまがおたずねになった。

「お前は何という名前だね。そこで何をしているのだ」
「わたくしは貧乏な娘で、糸をすすいでいるところでございます」

 王さまは可哀想に思い、また、娘が世にも美しいのを見ておっしゃった。

「一緒に来る気はないかね」

 娘は「ええ、よろこんで」と返事した。これで継母や妹を見ないですむと思ったから。

 そこで馬車に乗って、王さまと一緒に行ってしまった。それから城に着くと、小人たちが定めたとおりに、立派な婚礼のお祝いが開かれた。

 

 一年たってから、若いお妃は男の子を産んだ。継母は継娘がたいそう幸せになったのを聞くと、自分の娘をつれて城へ行って、挨拶するようなふりをした。そして王さまが留守で、他に誰も居合せない時、この性の悪い女はお妃をつかみ、娘の方は脚をつかんで、寝台から引きずり出して、窓から側を流れている川へ放りこんでしまった。そうして、みっともない顔をした娘が寝床へもぐりこんだ。母の老婆は娘の顔まですっぽり布団をかぶせた。

 王さまが帰って来て奥方と話をしようとすると、婆が言った。

「お静かに。お話なさってはいけませぬ。ひどい汗をおかきになっていらっしゃいます。今日はそっとやすませてあげなさらなければ」

 王さまは悪だくみがあろうとは夢にも思わないで、あくる朝になるのを待った。そしてまたやって来て話をなさると、奥方が御返事なさる度毎に、前には金貨がこぼれ出たのに、こんどはガマガエルが一匹ずつとび出した。

 王さまが一体これはどうしたものかと訊くと、婆は、これはひどい汗のせいで、すぐそのうちとまるでしょうと答えた。

 

 その晩のこと。料理番の青年が、鴨が一羽、台所の流し口から泳いで入って来たのを見つけた。鴨が言った。

王さまは何をしていらっしゃる?
おやすみか、おめざめか

 青年が何も返事をしないでいると、

あたしのお客は何をしてる?

 と言った。そこで料理番の青年は答えた。
「皆さまようやくおやすみです」

 鴨は続けて訊いた。

あたしの坊やは何をしてる?

 青年は返事をした。
「ゆりかごで すやすやおやすみです」

 すると、鴨はお妃の姿になって上って来て、坊やにお乳をのませ、小さな寝台をゆすって布団をかけてやって、また元の鴨の姿になって下水口から消えて行ってしまった。

 そうして二晩やって来たが、三晩目に、料理番の青年に向かって言った。

「王さまのところへ行って、剣をとって、敷居の上で三度あたしの頭の上を払って下さるように言ってちょうだい」

 そこで料理番の青年は王さまの所に行って、そのことを申し上げた。王さまは剣を持って来て、このあやしげなものの上で三度ふった。すると三度目に、奥方が元通りに、生き生きとした姿で立っていた。

 王さまは歓喜したが、赤子が洗礼を受けるはずになっている日曜の日まで、お妃を部屋にかくしておいた。洗礼がすんでから、王さまはおっしゃった。

「人を寝台からひきずり出して、川へ投げ込むような人間は、どんな目にあわせたらよかろう」

「そんな悪者は」と、婆は返事をした。「釘を打ちつけた樽に詰めて、山の上から川の中へころがし落してやるのが一番よろしゅうございます」

 これを聞くと、王さまは「お前は自分の罪のさばきを下した」とおっしゃって、その通りの樽を持って来させて、婆と妹を中へ入れさせ、かたく蓋をした。樽は山からごろごろと転がり落ちて、川の中へ消えてしまった。


参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.

※「小さい野鴨」に比べ、主人公と夫の絆が強く語られているので読後感がスッキリしている。しかし、語り手が残虐さを避けたのか、鴨の首を切り落とすべきところで「剣を三回振る」だけになっていて、そこだけはかえって意味不明である。

 それにしても、この話の白い娘と黒い娘は元は互いの家に遊びに行く仲良しの友達同士だったのに。こんな結末になろうとは…。

 

 ところで、紙の服を着て森にイチゴ摘みに行った娘。自分で言っていた通りに、紙が取れて裸になってたと思いますか? 小人さんたちはさぞや目の保養ができたのだろうか。……真面目に論じれば、これは死装束の暗示なのだろうが。冥界へ下る際には魂は虚飾を取り去られ、素の姿になるものでもあるし。


参考 --> 「地の果ての井戸」「十二の月」「ヨニと楊の葉」【運命説話】「三つの金のオレンジ」【死者の歌

人狼の皮  バルト諸国 ラトビア

 一人の王に二人の婚約者があり、一方と結婚して一方はほったらかしたので、ひどく恨まれた。結婚して一年後、美しい子供が生まれたとき、王は戦地に行った。その間にかつての婚約者はジプシー女から松の木の根元を九回回って這って人狼に変身する方法を教わり、城の掃除役に雇われて、手に入れた人狼の皮をお妃に投げかけた。途端にお妃は狼になって子供を残して森に駆け込んだ。かつての婚約者は残された子を取ってすり代わり、ベッドに横になった。帰った王すら近寄らせず、医者も遠ざける。

 ある美しい晩、年取った侍従が主人の悲しみを考えつつ庭の石に腰掛けていると、人狼がやってきてお妃の部屋の窓の下で言った。

「誰かが坊やを連れ出して中庭に置いてくれたら、私が乳をやるんだけど」

 翌朝、侍従は王に話した。その晩、王と共に子供を中庭に置いて待っていると、人狼がやってきて子供を抱いて城の食料部屋の隅に行って皮を脱ぎ、石の上に置いて乳を与えた。それは本当のお妃だった。王は飛び出そうとしたが侍従が止めた。妃は子供を中庭に戻すと「後二晩しか来られないわ」と呟いて狼になって去った。

 王は偽の妃を捕えて牢屋に入れ、侍従二人と相談してその晩待ち構え、乳を与えようとした妃を捕まえようとした。妃は「明日の晩もう一度来ます。だけどそれっきりよ」と言って去った。

 三晩目、年取った侍従の提案により、妃がいつも皮を置く石を(火を置いて)熱くして、皮がくっつくようにして待った。妃は石の上に脱いだ皮を置いてその上に座って乳を与え、与え終わると三度キスをして去ろうとしたが、皮が取れない。王は六か月人狼の皮を来ていた妃を抱きしめ、部屋に連れ帰った。そして牢屋に入っていた女を馬の尻尾に括りつけて踏み殺させ、妃と二度目の結婚式を挙げた。


参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.

※ここでは狼に変えられているが、白鹿にされる、もしくは追われた妃や捨てられた子が鹿に養われる類話も多いようだ。

 狼になったお妃は《殺された》のであり、魂の集う冥界〜森に駆け去る。冥界から夜な夜な戻ってきては我が子に乳を与える死霊を夫が取り戻せたのは、さすが物語ならではの幸運だ。

 侍従が夜に石に腰かけていると神霊たる狼の姿の妃が現れ、妃を捕らえるために石を焼いて皮がくっつくようにするくだりは興味深い。「猿にさらわれた娘」に現れているのと同じモチーフでもあるし、「カチカチ山」で山から来訪するタヌキを捕らえるべく、石にトリモチを塗っておくモチーフをも思い出させる。来訪する神霊は岩座に依り憑くもの、ということだろうか。


参考 --> 「フェアとブラウンとトレンブリング」「小さな兄と妹」「白鳥の姉」【死者の歌



瓜姫物語  絵巻 日本

 昔、神代から人の世に移り変わって間も無い頃、大和の石上いそのかみ辺りに貧しい爺と婆があり、生涯の愛を誓い合って以来、ずいぶんと長い年月を過ごしていた。けれども一人の子供もなかったので、明けても暮れても、ただこの事ばかりを嘆き悲しんでいた。

 また、瓜を栽培して日々の暮らしを立てていたが、年を取るにつれ、人生も もはや山の端に沈む落日の時期にさしかかれば、今更しょうがないことだけれども、前世の報いで子が出来ないのだろうことこそ悲しいなぁと、ままならぬ人生を嘆くのだった。

 そんなある日、爺は作っている瓜畑に行って、世にも美しい瓜を一つ見つけた。それを取って帰って婆に見せ、

「この瓜の美しいことといったら、どうだ。これくらい可愛い子供を持っていたら、どんなに嬉しいだろうな」

と冗談めかし、「この瓜を取っておいて、天の落とし子ということにしよう。あんまり綺麗だから」と言うと、婆はそれを漆塗りの桶に大事に入れておいた。

 その後のこと。

「夢を見た。天の神がわしに美しい手鞠てまりを賜って、これを汝の子と思え、と仰せられたぞ」

と爺が言うと、婆も

「私も少しウトウトした時、素晴らしい草子箱の夢を見ましたが、私の子に世にも素晴らしい姫君がいるから、その子にあげよう、と言うんですよ」

と言う。お互いに夢の話をして、「あまりに子供が欲しいとばかり思っているから、夢にさえ見るんだな」などと言って暮らしていた。

 そんなある日、爺がまた瓜畑に行って、熟れた柔らかい瓜を一つ食べようとした時、「そういえば、いつか取ってしまっておいたあの瓜は、どうなっただろう」と思い出して、桶から取り出してみると、見目形の美しい、光るほどの姫君に変わっているではないか。爺と婆は有難いことだと思って、

「さては、いつかの夜の夢は、こんなことが起こると神仏が報せてくださっていたんだよ」

と、尋常でなく喜んで、明け暮らして、大事に大事に育てたのだった。

 こうして、この姫君は月日を重ねるほどに、日ごとに愛らしさが増し、見目形ばかりでなく立ち居振舞いも賢さも人品も可憐さがあって、非凡で優れていたので、全て優美なことばかり教育した。

 習字、絵画、花結び(花の名をくじで引き、それを題に歌を詠むこと)などを習わせた。爺と婆は嬉しく思って、それにしても私たちは老い先短いし、どうにかして早く一人前になって人前で立ち回れるようにさせないと、と呟いていた。

 こうして、さほど時間の経たないうちに十四、五歳(当時の女性の成人の年頃)に見えるようになった。たいへん見目形が美しくて、野辺に咲き乱れる女郎花おみなえしの花が露を含ませて重たげに頭を垂れている感じで、眉、額、髪のかかった様子、雪の肌までも並ならず、唐の楊貴妃や漢の李夫人もこれほどではあるまいと思えて、さながら降臨した天人のごとくである。

 そうこうしているうちに噂は世間を駆け巡った。国の守護代は威勢並びなく、ふさわしい妻を探していたが、心にかなう人を見つけられずに日々を過ごしていたところ、この噂を聞きつけて、爺にこっそりと手紙を送ってきた。爺は「けっして、そのようなことはございません」と何度も断り続けていたのだが、世間の噂になり、流石に手紙の数も溜まりすぎたので、この申し出を承諾することにした。

「どうしたものかね。こうしたことは行く末の良し悪しが予測できない。けれど、望まれたのは嬉しいことだ。相手は国司さまなのだから、たとえ一時的なことであっても光栄なことだよ」と、爺と婆は話し合った。

 その頃、天照る大御神が天下った昔から、全てのことを妨害し災いをなす天探女アマのサグメという悪者があり、この話を聞いて、

(嬉しいな。この姫君をなんとかして騙して誘い出し、私が入れ替わって嫁入りして、チヤホヤしてもらおう。)

と思って急いで帰った。

 姫君は嫁入りの予定が定まり、その日が近づいてくると婆はそわそわして、嫁入り行列のお供の装束を揃えないと、と思っていたところ、国司から使いが来て、様々な装束がたっぷり入った長持(衣装ケース)が沢山送られてきた。

 天探女はそれを見て嬉しくなり、どうやって姫君を誘い出そうかということばかりを考えて、辺りをウロウロしていた。

 一方、突然のことだが婆は姫君に

「すまないけれど、私が帰るまでは、人が何か言ったとしても この引き戸を開けてはいけませんよ」

と言いおいて出かけた。

 その後、昼頃に、

「姫君はおられますか、ここを開けてください。婆が帰りましたよ」とて、引き戸を叩く者があったけれども、婆の声には似ていなかった。姫君が物陰から覗いてみると、美しい花の枝を折って「これを差し上げましょう」と言う。花に心引かれたのか、少し細めに戸を開けると、「私の手が入るくらい開けてください」と言うので、また少し開けた。するとバッと戸を引き開けて内に入り、ああっ、姫を抱きかかえて、遥かに高い木の上に縛り付けて、自分は姫君の部屋に入って、美しい衣装を着て、物にもたれて横になっていた。

 このように天探女が陰謀を行ったとは露知らず、嫁入りの約束の日になると、騒々しい様子で、急ぎ急ぎ国司のもとから御輿が迎えに来て、お供の人々は大勢おり、侍、中間ちゅうげん雑仕ぞうしに至るまで相応しい服装をさせて派遣されてきた。御輿を家に寄せて、ただちに嫁入りさせるのだ。こうして輿に乗るとき、花嫁が

「必ず必ず、輿を担いでいく時、直進の道を行ってください。木の下に近い辺りは通らない事。そうでなくても夜道はぞっとします」

などと言うと、迎えの人々はこれを聞き、あまりにも年寄りくさい声の姫君だなぁと思ったけれども、そのままなんとなく出発した。進むうちに暗さは増し、まっすぐ行こうと思ったものの道を間違え、木の下の道を通った。すると美しく優美な声が聞こえる。この 世にも素敵なさえずりを聞いて人々が立ち止まると、輿の中から

「春の鳥の声はなんとでも聞こえるもの。早くこの木の下を通り抜けなさい」

と花嫁が言ったが、佇んで聞いているうちに、人の声に聞こえてくる。

瓜稚児を 迎えとるべき手車たぐるま

あまのざくこそ乗りて行きけれ 

 このように言うので怪しく思って、たいまつを掲げて見上げると、世にも美しい姫君が木の上に縛り付けられている。

「あらあら、残酷な残酷な。これはどうしたことか」

 とて、急いで木から降ろして、輿の内を見ると、恐ろしい表情をした年老いた姥が乗っていた。急いで輿から引きずり出し、よくよく尋ねたところ、全てのことに障りをなす天探女という者だったので、探女は捕えて、姫君は急いで輿に乗せて、嫁入りさせた。

 さてさて、天探女は大和国の宇陀のその辺に連れていって、手足を引き裂いて投げ捨てると、ススキやカヤの根元を転げまわり、ついに死んでしまった。それ以来、天探女は粉々になって、世の中は平和になった。この天探女の血に染まって、ススキの根は赤く、花の出始めも赤くなったのだとか。

 さておき、姫君を迎え入れた国司は明け暮らすほどに楽しみ栄え、貧しさのことなど忘れてしまった。そのうちに若君が誕生すると、見る人聞く人 誉め喜び、羨ましく思わぬ者は無かった。このように楽しみ栄えたので、爺と婆は国の総政所そうまんどころを賜って、何不自由なく明け暮らした。

 

 爺と婆は、若い頃から天の神を信仰して神の加護を少なからず受けていたので、ひとえに仏神のお計らいだろうか、この姫君を瓜の中に宿したまわれたのだという。このために、姫君は「私が宿ったのですから、瓜は縁起物です」と言って、瓜を折に触れては人に贈った。

 このような果報めでたき人の、後世に残す例として、これを書き残すものである。これをご覧になっている人々は、神仏を敬うならば、将来ずっと栄えること、疑いがない。



参考文献
いまは昔むかしは今1 瓜と龍蛇』 網野善彦/大西廣/佐竹昭広編 福音館書店 1989.

※瓜が川を流れてくるというお馴染みのくだりこそないが、【瓜子姫】の異伝の一つである。これは室町時代の草子に書かれたもの。

 この話では姫は木の上に縛りつけられただけだが、類話によっては殺された姫の魂がうぐいすに変わり、嫁入りの輿に向かって悲しい歌を唄う。時には、偽の花嫁が退治された後、鳥になっていた姫の魂が体に戻り、息を吹き返して無事嫁入りする結末になるものもある。「小さい野鴨」の白い娘が、嫁入りの途中で殺されて鴨になって悲しみを訴え、後に蘇って嫁入りすることができたように。

 

 余談だが、《手車》とは騎馬戦のように複数人で手を組んで一人の人間を乗せて運ぶこと。古代、花嫁はそのようにして運ばれるものだったそうだ。


参考--> 【瓜子姫】[三つの愛のオレンジ]【死者の歌



がちょう番の娘  ドイツ 『グリム童話』(KHM89)

 昔、ひとりの年老いたお妃がいました。お妃の夫君はもう何年も前に亡くなっていましたが、ひとりの美しい娘がありました。

 娘は年頃になり、野原を越えたはるか遠くの王子さまと結婚の約束を交わしました。

 いよいよふたりが結婚する時がきて、娘が見も知らぬ大国へ旅立たなければならなくなると、お妃は娘のためにそれは見事な道具や金銀の飾りをたくさん荷物につめてやりました。

 金や銀、杯や宝石、手短にいえば、王家の嫁入り支度に必要なものがすべてつめられました。というのも、お妃は娘を心から愛していたからです。それから侍女もひとり付けました。侍女は馬に乗ってお供をし、花嫁を婿殿の手に引き渡すよう言いつかっていました。

 旅のためにそれぞれに馬が一頭ずつあてがわれましたが、お姫様の馬はファラダという馬で、口をきくことができました。

 いよいよお別れの時がくると、年老いた母は自分の寝室へ行き、小さなナイフを取り出して、指を切り、血を流しました。それから白い小さな布切れをあてがうと、血を三滴たらし、それを娘にあげて言いました。

「いとしい娘よ、これを大事にしまっておくんですよ。旅の途中で必要な時がきますからね」

 こうしてふたりは悲しい別れをし、お姫様は布切れを胸元にしまうと、馬に乗って花婿のもとへ出発しました。

 馬に乗って一時間やってくると、お姫様は喉がからからに渇いたので、侍女を呼んで言いました。

「馬から下りて、おまえに預けた金の杯に川の水を汲んで持って来ておくれ。どうにも水が飲みたいの」

 侍女が言いました。

「ご自分で下りて、川辺に腹ばいになってお飲みなさいな。あなたの女中はごめんだわ!」

 お姫様はとても喉が渇いていたので、馬から下りて水辺で身をかがめ、水を飲みました。金の杯で水を飲ませてはもらえませんでした。そして「ああ、なさけない!」と言いました。すると三滴の血のしずくが返事をしました。

もしあなたのお母様がこのことをお知りになったら、

胸が張り裂けてしまうでしょうに!

 けれどもお姫様はおとなしい人だったので、なにも言わずにまた馬に乗りました。こうしてさらに何マイルかやってきました。その日は暑く、太陽が刺すように照り付けたので、お姫様はまたすぐに喉が渇きました。そのうち川のほとりにやってきたので、お姫様はもう一度侍女を呼びました。

「馬から下りて、わたしに金の杯で水を飲ませておくれ!」

 お姫様は侍女の意地悪な言葉をすっかり忘れていたのです。

 すると侍女はさっきよりもっと高慢ちきに言いました。

「飲みたいなら、一人で行ってお飲みなさい。あなたの女中はごめんだわ」

 そこでお姫様は馬から下りて、流れる水の上にかがんで、泣いて言いました。

「ああ、なさけない!」

 すると血のしずくがまた返事をしました。

もしあなたのお母様がこのことをお知りになったら、

胸が張り裂けてしまうでしょうに!

 そうやって水を飲んでいるうちに、三滴の血のしずくの付いた布切れが胸元から落ちて、水に流されてしまいました。

 お姫様は不安な気持ちでいっぱいだったので、そのことに気がつきませんでした。けれど侍女はその様子を見ていて、これで花嫁を言いなりにできる、と思って喜びました。というのも、花嫁は血のしずくをなくしてしまったために、弱くなってしまったからです。

 さて、お姫様がファラダという自分の馬に乗ろうとすると、侍女が言いました。

「ファラダに乗るのはわたしよ。おまえはわたしのぼろ馬に乗るのよ」

 お姫様はそうするしかありませんでした。その上侍女はお姫様に、豪華な服を脱いで、自分のみすぼらしい服を着るように命じました。そしてしまいに、王の屋敷に着いても誰にもこのことは言わないように、青い空の下で誓わせました。もし誓いをしなければ、すぐその場で殺されていたでしょう。ファラダはそのありさまをじっと見ていました。

 

 こうして侍女はファラダに乗り、本当の花嫁はおんぼろ馬に乗りました。そしてふたりはさらに旅を続け、いよいよ王の城へやってきました。

 お姫様の到着は大喜びで迎えられ、王子がふたりの方へ駆け寄ってきて、侍女を馬から下ろすと、あなたがわたしの妻だ、と言いました。

 そして侍女は階段の上へ案内されていきましたが、本当の花嫁は下に残っていなくてはなりませんでした。

 そのとき、年とった王様が窓から外を眺めていて、娘が中庭にじっと立っているのを目にしました。その娘が品がよく、優しそうで、とても美しかったので、部屋へ行って、花嫁が一緒に連れてきた娘が下に立っているけれど、あれは誰なのか、と花嫁に尋ねました。

「ああ、あれは旅の道連れに連れてきたのよ。怠けていられないように、何か仕事でも与えてやって」

 けれども、この娘に与えるような仕事がなかったので、がちょうの番の小僧の手伝いをすることになったのです。その小僧はキュルドぼうずという名前で、本当の花嫁はこの小僧のがちょうの番の手伝いをすることになりました。

  

 まもなくして、にせのお姫様が王子に言いました。

「いとしいあなた、お願いがございます」

「喜んで聞こう」

「では皮はぎ職人を呼んでこさせて、わたしが乗ってきた馬の首をちょん切らせてください。来る途中、あれには腹が立つことがあったので」

 本当は自分がお姫様にしたことを馬にしゃべられるのではないか、怖かったのです。

 さて、いよいよ忠実なファラダが殺されることになったとき、お姫様は皮はぎ職人にお金を渡し、こう頼みました。

「街の門にファラダの首を打ち付けて、がちょう番の行きかえりにファラダに会えるようにしてもらいたいの」

 そうしてファラダの首は、暗い門の下にしっかりと打ち付けられました。 

 

 朝早く、お姫様とキュルドほうずが門の下を通り抜けようとしたとき、お姫様が言いました。

「ああ、ファラダ、おまえはそこに下がっているの?」

 すると首が返事をしました。 

ああ、姫君、あなたはそこを歩いておいでか。

あなたのお母様がこのことを知ったなら

胸が張り裂けてしまうでしょう!

 それからお姫様は何も言わず町の方へ出て行き、ふたりでがちょうを野原へ追い立てました。

 そしてお姫様は草原にやってくると、そこに座って髪をほどきました。髪の毛は銀むくでした。キュルトぼうずは髪の毛が輝いているのを見てうれしくなり、二、三本抜き取ろうとしました。するとお姫様が言いました。

吹け! 吹け! 風よ

キュルドぼうずの帽子を吹き飛ばせ             

そして帽子を追いかけさせよ

わたしが髪を編んで、むすんで、結い上げるまで

 するととても強い風が吹いてきて、キュルドぼうずの帽子ははるか遠くまでどこまでも吹き飛ばしたので、キュルトぼうずはあとを追いかけていきました。

そして戻ってきたときには、髪はとかし、結いあがっていて、髪の毛一本も手に入れることができませんでした。キュルドぼうずは怒って、お姫様とは口をききませんでした。そうしてふたりは夕方になるまでがちょうの番をして、家へ帰りました。

 

 翌朝、ふたりが暗い門の下をがちょうを追って通り抜けるとき、お姫様が言いました。

「ああ、ファラダ、おまえはそこに下がっているの?」

 すると返事がありました。

ああ、姫君、あなたはそこを歩いておいでか。

あなたのお母様がこのことを知ったなら

胸が張り裂けてしまうでしょう!

 そしてお姫様はまた草原に腰を下ろすと、髪をほどき始めました。するとキュルドぼうずが、駆けてきて、髪をつかもうとしました。お姫様はあわてて言いました。

吹け! 吹け! 風よ

キュルドぼうずの帽子を吹き飛ばせ

そして帽子を追いかけさせよ

わたしが髪を編んで、むすんで、結い上げるまで

 すると風が吹いて、帽子を頭から遠くへ吹き飛ばしたので、キュルドぼうずは追いかけなくてはなりませんでした。そして戻ってきたときには、お姫様の髪はもうきちんと結い上げられていて、一本も抜き取れませんでした。

 そしてふたりは夕方になるまでがちょうの番をしました。

 

 夕方になって家へ戻ると、キュルドぼうずは年とった王様の前に行って言いました。

「あの娘とがちょうの番をするのはもうごめんです」

 いったいどうしてかと王様は訊きました。

「ええ、あいつは一日中、嫌なことばかりで。

 毎朝、がちょうの群れを連れて、暗い門の下を通るのですが、そこの壁に馬の首がぶら下がっていまして、そいつにあいつは話し掛けるんです。すると首が返事をするんです」

 キュルドぼうずは、がちょうを放しておく草原での出来事や、風に飛ばされた帽子を追いかけなくてはならないことなどを、全て話しました。

 すると、王様は明日も出掛けるように、キュルドぼうずに命じました。

 そして王様自身が、暗い門の裏に行って娘がファラダの首とどんなやりとりをするのか聞きました。それから、娘のあとを追って野原へ行くと、草原の茂みに隠れました。そしてがちょう番の娘とがちょう番の小僧が群れを追い立ててやってきて、しばらくして娘が座って髪をほどくと、髪の毛が見事に輝くのを、自分の目で見ました。まもなく娘がまた言いました。

吹け! 吹け! 風よ

キュルドぼうずの帽子を吹き飛ばせ

そして帽子を追いかけさせよ

わたしが髪を編んで、むすんで、結い上げるまで

 すると強い風が吹いて、キュルドぼうずの帽子といっしょに吹き過ぎていきました。そこでキュルドぼうずは帽子を遠くまで追いかけなくてはなりませんでした。娘は静かに髪をとかし、巻き髪を編みつづけました。

 年とった王様は、このありさまを残らず見ていました。

 それから誰にも気付かれずに戻ってきて、夜になってがちょう番の娘が帰ってくると、そばに呼んで、なぜおまえはあんなことをしたのか、と訊きました。

「それは王様にも、誰にもお話することはできません。青い空の下でそう誓ったのです。そうしなければわたしは命を失っていたでしょう」

 けれども王様はしつこく尋ねて、娘をそっとしてはおかず、しまいにこう言いました。

「どうしても私に話したくないというなら、そこのタイル張りのストーブに話すがよかろう」

「ええ、そういたしましょう」と娘は答えました。

 そこで娘はストーブの中へ這って入らなければなりませんでした。

 そして、これまで自分の身に起きた出来事や、悪い侍女にだまされたことなど、心の内を洗いざらい吐き出しました。

 ストーブの上には穴が開いていて、年とった王様は娘の言うことにじっと耳をすまし、娘の運命を一言ももらさず聞き取りました。

 これで十分でした。すぐに娘には お姫様の服が着せられました。身なりを整えた娘の美しさは驚くばかりでした。

 年とった王様は息子を呼んで、息子の花嫁はにせの花嫁で、ただの侍女であり、本当の花嫁はここでがちょう番をしていた娘だ、と話してきかせました。そこで若い王子は娘の美しさと徳の高さを見て、心から喜びました。

 そして盛大な祝宴が催され、誰もかれも仲の良い仲間達が招待されました。

 一番の上座には花婿が座り、お姫様が片側に、侍女がもう片側に座りました。ところが侍女はお姫様の輝く衣装に目がくらんで、彼女が誰だか分かりませんでした。

 みんなで食事をしたり、お酒を飲んだりしていよいよ楽しい気分になった時、年とった王様は侍女に、自分の主人をあれこれだました女には何がふさわしいか、という問題を出しました。そしてあらましを残らず話して聞かせ、たずねました、

「そんな女にはどんな罰がふさわしいか?」

 すると偽の花嫁は言いました。

「そんな女は、衣装を剥ぎとってまっ裸にして、とがった釘の打ち付けてある樽の中へ放り込んで、二頭の馬に引かせて、死ぬまで通りから通りへ引き回したらいいわ!」

 王様が鋭く言いました。

「そいつはおまえだ!

 おまえは自分にふさわしい罰を見つけた。おまえをそのようにしてやろう」

 そしてなにもかもそのとおりに行われました。若い王は本当の花嫁と結婚し、ふたりして王国を平和に幸福に治めました。



参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 J.グリム+W.グリム著、金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.

※グリム童話の中では比較的有名なものだろう。

 血には霊力が宿る。「青い雄牛」でも、木の幹に塗りつけられた牛の血が願いを叶えていた。ここに登場する《三滴の血の染み込んだハンカチ》は、更に《由緒正しい血統》の象徴たる意味もある。故に、ハンカチを失った時、姫は血統も母の魔的な後ろ盾も失ってしまい、ただの弱い娘になって侍女に侮られる。

 口をきく馬ファラダは、いわゆる神馬・妖精馬だが、この物語では殆ど何の力も持たず、姫を助けることもアドバイスもせずに殺される。門に打ちつけられた首が喋るシーンは不気味で、故に印象深いが、本来は他のシンデレラ話にあるように、馬の死骸が植物に変わり、そこ(つまり馬の墓)に出かけては会話をする、というエピソードだったのだろう。

 みすぼらしく身をやつした娘が密かに美しい髪をあらわにして くしけずり、それを男が覗き見するというシーンは、「木造りのマリーア」や「雌熊」などの[火焚き娘]話群にもあるし、男性版シンデレラ[金髪の男]で、庭番に身をやつした王子が黄金の髪を隠しているモチーフとも符合する。

 姫は風を操る。古代、女性には天候を操る魔力があるとされたという。女が口笛を吹くと嵐になるという俗信があるが(雑学考「夜に口笛を吹くと来るもの、の話」参照)、この物語の姫君もあるいは口笛を吹いていたのだろうか。また、ストーブに語るシーンにも注目したい。「鉄のストーブに話す」という言葉があるそうだ。人に言えない話を(無機物を介して)打ち明けるという意味だそうだが、「王様の耳はロバの耳」にも通じる。火の燃え盛るストーブ・暖炉・かまどは女神の支配する冥界――地獄の象徴でもあった。人は地獄に秘密を告白し、天の裁きを期待する。

 

 ところで、この話でも、王子は偽の花嫁とかなりいい感じにやっていたのに、父に「こっちが本物だ」と言われ、それがより美しいとなると、喜んで乗り換え、元の妻を残虐に殺してしまう。……こんなことでいいんだろうか?

 

お姫様と七人の兄弟  北アフリカ

 スルタンに七人の王子があり、今度産まれる兄弟が男なら遠くへ去り、女なら祝おう、と言い合っていた。やがて姫が産まれたが、使いに立った老婆はわざと弟が産まれたと教えた。七人の王子達は遠くへ去ってしまった。

 やがて姫が十四歳になったとき、泉に水を汲みに行くと、例の老婆がふるいで水汲みをしていた。笑って、ひしゃくを貸そうかと言うと怒り、お前は七人の兄達を追い払ったのだと教えた。姫はショックを受け、母親に、煮立ったスープに腕を突っ込むと脅して真相を話させ、黒人の侍女を連れて兄捜しの旅に出かけた。

 途中、侍女が徒歩は疲れたので馬に乗りたい、代わってくれ、と言ったが、父に貰った籠の小鳥に尋ねると、真っ直ぐに行きなさい、と言う。そこでそのまま進んだが、その夜、泉の縁の石の上に鳥籠を忘れていってしまい、次に侍女に頼まれたとき、侍女を馬に乗せてしまった。その夜、二つの泉のある場所に着いたが、この一方で水浴びすると肌が黒くなり、他方ですると白くなる。ここで二人の肌の色と立場は入れ替わってしまった。

 やがて二人は兄達の許に着いたが、姫は召使としてラクダ番をさせられた。毎日荒野で嘆いていると、七頭のラクダのうち、耳の聞こえない一頭を除いてはみんな悲しみのため痩せ衰えてしまった。兄達は怪しんでラクダ番の娘に尋ねるが、娘はラクダに無理にものを食べさせることは出来ない、と言う。そこで一人が隠れて見張っていると、肌の色の変わる泉について話す、嘆きの声が聞こえた。翌日から一人ずつ隠れて嘆きを聞き、七日目に、ついに末の兄が直接訳を尋ねた。娘は水浴びで肌の色が変わったという証拠に白い肌の娘の髪は縮れている、と言い、かつぎを剥いで確認したところ果たしてそうだった。兄弟は二人の娘をそれぞれ泉で元に戻し、黒人の侍女は馬に繋いで森の中に引き摺り、頭と両手を切り落として火中に投げ込み、腕は火かき棒にして報復した。

 それから兄妹は揃って家に帰り、お祝いをした。


参考文献
『世界むかし話集〈上、下〉』 山室静編著 社会思想社 1977.

※グリムの「六羽の白鳥」と「がちょう番の女」がミックスした感じの話。結婚の要素はない。

小さなワシむすめ  南アフリカ ズールー族

 昔、山向こうの酋長が三人の子を持っていた。一番上の「数珠玉女」は遠くの酋長に嫁に行き、二番目はウルシワネという若者で、末はまだ子供の「小さな鷲娘ウントンビーヤパンシ」といった。

 ウルシワネは猟犬代わりにしようとヒョウの子を飼っていて、乳粥を与えて育てていた。「小さな鷲娘」はそのヒョウが恐ろしくてたまらなかった。ある日、ウルシワネは散歩に出かけて、その間にヒョウの子に冷ました乳粥を食べさせるように妹に命じた。しかし「小さな鷲娘」は熱いままの乳粥を食べさせたので、ヒョウの子はたちまち死んだ。帰ってこれを見た兄は激怒し、逃げる妹を刀を持って追いかけた。追いつかれそうになったとき、「小さな鷲娘」は叫んだ。

  大地よ大地、開いておくれ。さもないと今日が私の最期の日となる

 すると地面が開いた。《小さな鷲娘》が中に飛び込むと地面は元通り閉じたので、妹を見失った兄は仕方なく帰っていった。

《小さな鷲娘》はトンネルを通って父の畑に出て、母に相談した。母は暫くは《小さな鷲娘》が赤ん坊の頃に嫁に行った姉《数珠玉女》の所に身を隠すように勧め、牛の背に乗せて、召使いの《子犬の尻尾》に手綱を引かせた。ところが、二日目に二人で水浴びをしたとき、《子犬の尻尾》はサッと《小さな鷲娘》の綺麗な服や装身具を身に着けて牛に乗ってしまい、《小さな鷲娘》が怒っても嘲るばかりだった。それで、そこからは《子犬の尻尾》が《鷲娘》になり、《小さな鷲娘》が《子犬の尻尾》になってしまった。

《子犬の尻尾》は姉の屋敷で、召使いのウダラナを手伝って小鳥を追い払う仕事をした。ところが、彼女は魔法の歌を知っていたので、石を投げなくても小鳥を追うことが出来るのだった。昼になると、《子犬の尻尾》は川へ水浴びに行った。ウダラナがこっそり覗いていると、身を清めた《子犬の尻尾》は真鍮の杖で地面を突いて、

  父さんも母さんも、私の持ち物も、みんな出ておいで

と唱えた。たちまち、父母と牛、一族に代々伝わる服と見事な装身具が現われた。《子犬の尻尾》は牛に乗って両脇を両親に守られて歌を唄い、それが済むと全ては再び地面に消えた。

 このことが酋長と《数珠玉女》に伝わり、《子犬の尻尾》は自分こそが本物の《小さな鷲娘》だと明かした。姉は《子犬の尻尾》を罰そうとしたが《小さな鷲娘》はそれを止め、兄ウルシワネにあげる犬を持たせて村に送り返させた。これによってウルシワネも妹を許し、《小さな鷲娘》も間もなく家に帰ったという。


参考文献
『南アフリカの民話』 バーナ・アーダマ編・再話 掛川恭子訳 偕成社 1982.

※こちらにも結婚の要素はない。ただし別伝には[火焚き娘〜煤や泥を塗る]に属するものもある。兄から逃げた《小さな鷲娘》は真鍮のような美しい体に黒土を塗って隠すが、ある時水浴びして大地から現れた衣装を着ていたところをその地の酋長に覗き見られ、彼の妻になったという。




inserted by FC2 system