フシェビェダ爺さんの金髪  チェコ

 随分と昔の話である。

 ある国に大変狩猟好きの王がいた。その日も鹿を追って森をさまよっていたが、いつしか道に迷い、外に出られなくなった。

 太陽が西に沈み辺りに夕闇が迫る頃、やっと一軒の丸太小屋を見つけた。そこには炭焼きの夫婦が住んでいた。王は、この森から出る道を教えてくれたら望み通りの礼をしようと持ちかけた。炭焼きは言った。

「いいですぜ。だが、わしの女房にもう少しで子供が生まれるんで、今から道案内というわけにはいかねぇなぁ。夜もかなり遅いし、今夜はその干草の上で寝てくれや。明日の朝すぐに案内するんで」

 間もなく、炭焼きの女房は男の子を産んだ。王は二階の干草の上に横になっていたが、なかなか眠れないでいた。ちょうど真夜中、階下にゆらゆらと明るいものが揺らめくのが見えた。床の隙間から覗くと、炭焼きの夫婦はぐっすり眠っていたが、生まれたばかりの男の子の側に白い衣をまとった老婆が三人、手に手に蝋燭を持って立っていた。

「わしはこの子に、どんな危難でも切り抜けていく力を授けよう」と、その中の一人が言った。

「わしはこの子に、いっぱいの幸せと、長生きできる力を与えるつもりじゃ」と、二番目の老婆は言った。

 そして最後の老婆はこう言った。

「わしはこの子に、今日、王の城で生まれた姫をめあわせてやろう。王は今、この家の二階で眠っておる」

 言い終わると三人の老婆は蝋燭を吹き消し、辺りはフッと真っ暗になった。老婆たちは暗闇の中に溶けて消えた。あれは運命の女神だったのだ。

 王は心臓に剣を突きつけられた心地がして、朝までついに眠ることが出来なかった。そして必死で考え続けた。この運命を回避するためにはどうすればよいのか?

 夜が明ける頃、赤ん坊が泣き出した。炭焼きが目を覚ますと、女房は側で眠ったまま冷たくなっていた。

「おお、お前のおっ母は死んじまったよぅ。俺は一体どうすりゃいいんだ?」

 身悶えて嘆く炭焼きに、王は持ちかけた。

「その赤ん坊をわしによこすがいい。わしが育てる。その方がこの子も幸せになれよう。お前には死ぬまで困らぬだけの金貨を与えるが、どうだ?」

 炭焼きはこれを聞いて喜び、すぐに承知してしまった。王は炭焼きに道案内させて森を出た。

 城に帰ると嬉しい知らせが待っていた。昨日、王妃に女の子が生まれたのだ。だが、王は運命の女神の言ったことを思い出して青くなった。

 王は家来の一人を呼んで申し付けた。

「あの森へ行ってくれ。森には小屋があって炭焼きが住んでいる。その男にこの金貨を与えよ。炭焼きはそれと引き換えに赤ん坊をよこすはずだ。赤ん坊を受け取ったら、戻る途中で川に沈めてしまえ。……それが出来ねばお前が川の水を飲まねばならぬぞ、よいな!」

 家来は森の小屋に炭焼きを訪ね、籠に赤ん坊を入れた。そして広く深い河の岸まで来ると、籠ごと河の中へ放り込んだ。

 家来のその報告を聞くと、王は呟いた。

「おやすみ、名もなき薄幸の子よ!」

 赤ん坊は溺れ死んだのだと王は安心しきっていた。しかし、死にはしなかったのだ。

 籠は沈むことなく、赤ん坊はせせらぎを子守唄のように聞いてすやすやと眠ったまま流れていった。その先に漁師の家があり、漁師が川辺で網を繕っていた。彼は何かが流れてくるのを見ると急いで小舟に乗り、それを追った。籠を拾い上げて家へ運んでいった。

「お前はいつも子供を欲しがっていたが、さあ、ここに連れてきたぞ。川がわしらに授けてくださったんだ」

 漁師の女房はたいそう喜び、川にちなんで川太郎プラバーチェクと名付けた。そして夫婦はこの赤ん坊を実の子のように育てたのである。

 

 川も月日も流れていき、赤ん坊はもう美しい青年になっていた。

 夏のある日、王は一人で馬に乗って漁師の家の側を通りかかった。暑い日でひどく喉が渇き、漁師の家を見つけると水を一杯所望した。プラバーチェクが水を汲んで差し出すと、王は思わず伸ばした手も下ろして、まじまじとこの立派な若者を見つめた。

「そちは素晴らしい息子を持ったものだな」と、王は漁師に話しかけた。

「そちの息子であろう?」

「はい、まあ、わしらの息子のような、そうでないような……」

 漁師は曖昧に言葉を濁した。

「今から二十年も前になるかね。川に籠が流れてきたんで拾い上げてみるってぇと、何と赤ん坊が入ってるじゃござんせんか。その赤ん坊がこの息子って寸法でしてね」

 王はすぐに気付いた。二十年前家来に命じて河に沈めさせたはずの赤ん坊こそが、この若者に違いないのだと。

 王は馬から飛び降りると漁師に言った。

「城へ急いで使いを出したい。だが、今日は一人も家来を連れておらぬ。そちの息子に使いを頼みたいが、いいか?」

「いいですともさ。息子なら間違いなく行ってくれますぜ」

 王は、すぐ王妃に宛てて手紙をしたためた。

『この手紙を持参した若者を殺せ。わしの敵だ。

わしが帰るまでに全てを終えておくように。

                           王 』

 書き終えると封をし、証の指輪を添えてプラバーチェクに渡した。

 プラバーチェクはすぐに城へ出かけて行ったが、途中の大きな森でいつの間にか道に迷ってしまった。奥へ奥へと進むうち太陽が沈み始め、次第に暗くなってきた。

 と、その時、プラバーチェクの前に老婆がひっそりと立っていた。

「どこへ行くんだね、プラバーチェク」

「王様の手紙を持って城へ行くところだが、どうやら道に迷ってしまったらしい。お婆さん、森から出る道を教えてくれないか?」

「今日はこれ以上歩かぬ方がいい。もう暗い。今夜はわしのところで泊まっておいき。少しも遠慮はいらぬ」

 プラバーチェクは老婆の言葉に従った。

 二人が歩き始めた途端、その行く手に地から湧いたように立派な家が現れた。それが老婆の家だった。プラバーチェクがぐっすり眠ってしまうと、老婆は若者の隠しから王の手紙を抜き取り、別の手紙をその中に入れた。その手紙には、こう書いてあった。

『この手紙を持参した若者に、ただちに姫をめあわせよ。大切なわしの婿殿だ。

わしが帰るまでに全てを終えておくように。

                                              王 』

 王妃はこの手紙を読むと、直ちに婚礼の仕度を命じた。王妃も姫も、婿になる若者に微塵の疑いも抱かなかった。むしろ好感を抱いたのである。プラバーチェクも美しい花嫁をもらって喜びを隠さなかった。

 数日後に城に帰った王は、状況を知ると烈火のごとく怒った。

「でもあなたが、お帰りになる前に婚礼を済ませておけと手紙に書かれたのではありませんか!」

 王妃はそう言って王の手紙を取り出した。王は手紙を取ると、筆跡、封筒、便箋を詳しく調べたのだが、どこからどう見ても自分のものに間違いなかったのである。王はすぐにプラバーチェクを呼び、城へ来る途中で何か変わったことはなかったかと訊ねた。

「はい、森の中で道に迷い、一晩、あるお婆さんの所へ泊まりました」

「どんな老婆であったか覚えておるか?」

 王はプラバーチェクの説明を聞いて、二十年前、炭焼きの小屋で見た三人の老婆の一人だと判断した。姫とプラバーチェクを夫婦にしてやると言った老婆に間違いなかった。

 王はしばらく考え込んでからこう言った。

「起きてしまったことは仕方がない。だが、そう簡単に姫をやることは出来ぬぞ。そなたが本気で姫を望むなら、フシェビェダ爺さんの金髪を三本持参しなくてはならぬ」

 王は、この気に食わない婿を遠くへ追い払ってしまおうと考えたのだ。

 

 プラバーチェクは姫に別れを告げ、フシェビェダ爺さんの金髪を求めて旅に出た。幾つもの山を越え、谷を下り、川を渡り、長い長い遠い遠い旅が続く。いつしか黒い海のほとりに辿り着いていた。そこには小舟が浮かんで、側に老いた渡し守がうずくまっている。

「こんにちは、渡し守さん」

「こんにちは、若い旅のお方。どこへ行くのかね?」

「フシェビェダ爺さんのところへ、金髪を三本取りに行くんです」

「ほう、わしはそういう人をずっと前から待っていたんじゃ。もう二十年も渡し守をやっとる。誰もわしを自由の身にさせてくれん。もしお前さんがフシェビェダ爺さんに会ったら、いつ、わしを自由の身にしてくれるのか聞いてくれんか。それを約束してくれたら、向こう岸へ渡してやるが」

 プラバーチェクは約束し、渡し守はプラバーチェクを乗せて漕ぎ出した。

 岸に上がると、大きな町が見えてきた。しかし町らしい活気がまるでないのだ。墓地のようにひっそりとしている。そこを行くうち、プラバーチェクは杖をついた老人に会った。

「こんにちは、お爺さん」

「こんにちは、若い旅のお方。どこへ行きなさるんだね?」

「フシェビェダ爺さんのところへ、三本の金髪をもらいに行くんです」

「そうか、わしらは長い間フシェビェダ爺さんのところへ行く使者を待っておった。それでは早速だがの、まずこの国の王様の許へお前さんを連れて行かんとな」

 プラバーチェクは王の前へ連れて行かれた。

「聞くところによると、お前はフシェビェダ爺さんのところへ行くそうだな? そなたに一つ頼みがある。

 その昔、この町には魔法の林檎の木があったのじゃ。その木には一年中みずみずしい実がなっておった。老いて死にかけた人間でも、その実を一口かじれば見違えるばかりの若者になったものじゃ。ところが二十年ほど前から、木には一つも実がならなくなってしもうた。

 そこで頼みというのはだ、もしフシェビェダ爺さんに会ったら、わしたちに力を貸してくれるか聞いて欲しいのだ。そうしてくれると約束するなら、そなたを貴族に取り立てよう」

 プラバーチェクは約束した。王は自ら若者の見送りに立った。

 また果てしない旅が始まった。

 行く手に大きな町が見えてきた。この町もひっそりとしていて、まるで活気がなかった。見捨てられた町であるかのように。町に入ったプラバーチェクは、息子を埋葬している父親に会った。彼の頬には涙が流れていた。

「こんにちは、気の毒なお父さん」

「やあ、若い旅のお方。どこへ行くんだね?」

「フシェビェダ爺さんのところへ行くんです。三本の金髪をもらいにね」

「何だって、フシェビェダ爺さんのところへ!? どうしてもっと早く来てくれなかったんだ。この国の王様は、フシェビェダ爺さんを訪ねる男を長い間待っておいでだ。早速お前さんを王様のところへ連れて行かなくては」

 プラバーチェクは王様の前へ連れて行かれた。

「そなたはフシェビェダ爺さんのところへ行くそうだな。その前にわしの話を聞くがよい。

 その昔、この町には命の水の湧き出る泉があったのだ。死んだ人間でも、その水を口に垂らしてやれば生き返ったものだ。だが、二十年前に泉は枯れてしまった。

 もし、そなたがフシェビェダ爺さんに、わしたちに力を貸してくれるかどうか聞いてきてくれたら、わしは名誉にかけてそなたに褒美を取らせる」

 プラバーチェクは約束した。王は自ら丁重に見送りに出た。

 

 プラバーチェクの旅は続いた。長く長く、遠く遠く……。

 いつしかプラバーチェクは黒い森に入っていた。森の中央には緑の芝生が広がり、あらゆる花が咲き乱れている。その中に黄金の城があった。燦然と輝くこれこそがフシェビェダ爺さんの居城であった。

 プラバーチェクは中に入った。片隅にひっそりと座る老婆以外に、誰にも会わなかった。老婆は口を開いた。

「よく来たね、プラバーチェク。お前にまた会えて嬉しいよ」

 プラバーチェクは、王の城へ使いに行く途中の森で泊めてくれたのが、この老婆だったことを思い出した。

「誰がお前をこんなところに遣わしたのかね?」

「王様は、私が簡単にお姫様の婿になるのを喜んでおられないのです。だから私をフシェビェダ爺さんのところへ追い払ったのです。三本の金髪を取って来いと言ってね」

 老婆は微笑した。

「フシェビェダ爺さんとは、わしの息子さ。明るい太陽だよ。朝は子供、昼は大人、夜はお爺さん。

 お前のために、息子の頭から三本の金髪を抜いてやろう。折角ここまで来たんだからね。じゃが、お前はここにいることは出来ぬ。息子は優しい心をしているが、夕方腹をすかせて帰ってくると、お前を取って食うくらい平気でやってしまうもの。さあ、このタライの下に隠れているといい」

 プラバーチェクは、この城へ来る道中、一人の渡し守と二人の王から頼まれたことを老婆に話した。

「聞いてみよう。息子が何と言うか、タライの中でよく聞いているのじゃ」

 そのとき突風が巻き起こり、西側の窓から太陽が飛び込んできた。老婆の言うとおり、金髪の老人の姿をしていた。

フィ、フィ、フィ、

母さん、ここに誰かいるのか?

「何を言ってるんだね、この子ったら。誰もいるわけがないじゃろ。一日中空を駆け巡り、世界を照らし、大勢の人々を見ているお前だから、夕方家へ帰ってきても、まだ人の臭いが消えないんだね」

 金髪の老人は何も言わず、夕飯のテーブルについた。

 夕食が済むと、息子は老婆の膝に頭を乗せて居眠りを始めた。老婆は息子が眠ったのを見定めると、頭から一本の髪を引き抜いて床に落とした。その途端、楽器の弦を弾いたような音がした。

「どうした、母さん。何か欲しいのか?」

 息子はむっくりと起き上がった。

「何でもないよ、何も欲しいものなぞあるもんかね。わしもうとうとして、おかしな夢を見たのさ」

「どんな夢を見たんだい?」

「ある町の話さ。その町の人たちは生命の甦る泉を持っていたのじゃ。死にかけた人でもその水を飲むと元気になり、死んだ人でもその水を振りかければ生き返るという生命いのちの泉じゃ。じゃが、二十年前から水は枯れてしもうた。泉の水がまた流れるようにするにはどうしたらいいんじゃろうのう?」

「簡単なことさ。泉の中に亀が住んでいるから湧いてこないんだよ。亀を殺して泉を綺麗に掃除したら、また湧き出してくる」

 息子はまた眠ってしまった。老婆は二本目の金髪を引き抜いた。

「またか、母さん。一体どうしたっていうんだ?」

「何でもないよ。じゃが、またおかしな夢を見てね。ある町に林檎の木があったのじゃ。その木にはいつも沢山の林檎が実って、それを食べると老人でもたちまち若返ってしまうのさ。ところが二十年前から林檎は一つも実らなくなったのだよ。どうしたら、昔のような林檎が実るんじゃろうのう?」

「簡単なことさ。林檎の木の根のところに大蛇がとぐろを巻いているから実らないんだ。大蛇を殺して木を他所へ植え替えればいい。そうすれば、前と同じように林檎がなるよ」

 息子はまた眠ってしまった。老婆は三本目の金髪を抜き取り、床に落とした。

「どうしたんだ母さん? わしを眠らせないようにしているのか?」

「まあ、まあ、いいから寝ておいで。そんな恐ろしい顔をするもんじゃないやね。お前を起こそうとなんかするもんか。わしはうとうとしているうちに、またおかしな夢を見たんじゃ。

 黒い海の渡し守のことじゃよ。この渡し守ときたら、この仕事を二十年もやっているのじゃ。誰か渡し守の苦しみを取り除いてやれないものかねぇ。お前、どうしたらいいか知っているかい?」

「頭が悪いな。客を乗せたら、そいつに櫂を押し付けて岸に飛び降りたらいいのさ。船に残った客が渡し守になるって按配だよ。母さん、もう頼むから放っといてくれよ。明日はまた早く起きなきゃならないんだ。夫の身を案じて毎晩泣いているお妃様の涙を乾かしてやるためにね。その夫というのは炭焼きの息子で、王様は三本の金髪を取りにわしのところへ遣わしたのさ」

 次の朝、烈風が起こると、老婆の膝で眠ってい老爺は既に金髪の子供に変わっていた。子供は別れを告げると、東の窓から飛び出して行った。

 老婆はタライを持ち上げると、プラバーチェクに言った。

「さあ、ここに三本の金髪がある。持って行くがよい。昨晩フシェビェダ爺さんが何と答えたか聞いておろう。もうフシェビェダ爺さんを捜さぬことじゃ。その必要もあるまいがの。気をつけてお帰り」

 プラバーチェクは丁重に礼を述べ、別れの挨拶をすると帰還の旅に出た。

 

 いつか通った町に入り、王の前に進んだ。

「王様、吉報でございます。泉の下に大あぐらをかいている亀を殺し、その後を掃除してください。生命いのちの水は前と同じように流れ出すでしょう」

 王は直ちに命令を出し、亀を殺して泉を清めさせたところ、たちまち水が湧き出した。王は白鳥のように白い馬十二頭に金銀財宝を積めるだけ積めて、プラバーチェクに与えた。

 次の町に入ったプラバーチェクは、直ちに王の許へ進んで言った。

「王様、吉報でございます。林檎の木の根元を掘ってください。その下に大蛇がとぐろを巻いているはずです。大蛇を殺し、林檎の木を他所へ植え替えるのです。そうすれば、前と同じように林檎の実がなるでしょう」

 王がプラバーチェクの言葉どおりに命ずると、林檎の木は僅か一夜で花を咲かせた。王の喜びは大きく、カラスのように黒い馬十二頭に積めるだけ積んだ財宝を与えた。

 プラバーチェクの旅は、まだまだ続いた。黒い海のほとりまで来ると、渡し守が待っていた。

「どうすれば自由の身になれるか分かりましたよ。まず私を向こう岸へ渡してください。そうしたらフシェビェダ爺さんの言ったことを教えます」

 そう言いながら、プラバーチェクは内心ではあまり気が進まなかった。渡し守を騙すような気がしたからである。しかし、それ以外方法はないと思った。渡し守はプラバーチェクと二十四頭の馬を対岸へ渡した。

「渡し守さん、よく聞いてください。いつか客を乗せることがあったら、その客に櫂を握らせて、すぐ岸へ飛び移ればいいのです。その客が渡し守になるでしょう」

 そう教えると、プラバーチェクは渡し守を残して立ち去った。

 

 プラバーチェクは元の城に帰ってきた。王は、若者がフシェビェダ爺さんの髪を三本持って現れた姿を見て、信じられないという顔をした。姫は夫の無事な姿を見て喜びのあまり泣き出していた。

「どこでこれほどの馬や財宝を手に入れたのかね!」

 次に王は、二十四頭の馬とそれに積まれた財宝を見て目を剥き、身を乗り出して訊ねた。

「これは得がたい授かりものなのです」

 プラバーチェクは道中のことを全て話して聞かせた。

「若返りの林檎! 生命の泉!」

 王は低く呟いた。

「一度、その林檎を食べて若返りたいものじゃな。死んだら泉の水で生き返るのじゃ」

 王は早速、林檎と泉を求めて旅立って行った。――未だに戻ってこない。

 プラバーチェクは王位を継いだ。彼が生まれた時、三人の老婆が言ったことは本当だったのだ。

 そして王は――多分、黒い海のほとりで渡し守になっているだろう。



参考文献
『チェコスロバキアの民話』 大竹 国弘編訳 恒文社 1980.

※ジプシーに伝わる「太陽の王と三本の金髪」は、細部まで殆どこの話と内容が同じである。(『「ジプシー」の伝説とメルヘン』明石書店)

 いわゆる「金持ちとその婿」の話型。

 この話は「結婚の運命」を語っているのだが、王の娘と結婚するということはつまり王の地位を受け継ぐ――奪うということ、そして実際、最後に王が冥界に留められて戻れなくなっていることから、ここに分類した。

 この話は大きく分けると三つの物語要素で形作られている。

  1. 運命を回避するため未来の結婚相手を殺すが、結局運命に逆らえなかった話
  2. 神(太陽)を訪ねて冥界(天の国)へ行く話 (人食いの持つ宝や霊的知識を得る話)
  3. 神に会いに行く途中で次々に問題を相談され、帰りに一つ一つ答えて富を得る話

 

 【運命説話】に属するのは、勿論「1」の要素だ。他の二つの要素は独立したり別の要素と組み合わさったりして、違う話として語られていることもよくある。中国の話では、父や兄の仇である「金鶏毛を持つ巨人」と主人公が戦い、倒して、その持っていた「火」を奪うという、文化英雄神譚として語られてもいる。

 この「フシェビェダ爺さんの金髪」は、話者が博識で、かつ、心配性でもあったようで、類話では暗示で済まされていることをかなり言葉で説明してしまっている。この話で明言されているように、金の髪を持ち世界の彼方の御殿に住む人食い鬼の正体は、太陽神なのである。持ち帰った三本の金の髪の毛は、王者が祖霊から授かる霊力であり、文明と恵みをもたらす炎でもある。また、「森の奥」「黒い海を渡った向こう」が冥界を示しているのはお馴染みだが、「大きいのに静かな町」もまた、様々な国の民話で見かける、冥界を示すキーワードである。語り手はわざわざ最初に老人に会わせたり、「墓場のよう」と形容したり、子を埋葬して泣く父親を出したりして、聞き手がそれに気付けるよう誘導している。

 フシェビェダ爺さんの言葉を盗み聞きすることは、冥界の宝を奪うことと同義となる。神の言葉とは即ち霊的知識だからだ。召霊の儀式には歌舞音曲が不可欠であるものだが、日本神話では、オオクニヌシが根の国から姫や琴を奪って逃走する際、琴が木にぶつかって大地が鳴動し、眠っていた冥王スサノオを起こしてしまう。イギリスの民話「ジャックと豆の木」でも、天の国の人食い巨人が眠っている間に歌う琴を盗み出すと、それが叫んで巨人を起こす。ロシアの「若返りのリンゴと命の水」では、世界の果ての全てが眠り込んでいる城から命の水を盗み出すと、馬の脚が塀に当たって張られた弦が鳴り響き、戦女神が目を覚ます。そしてフシェビェダ爺さんの金の髪を取ると、それは楽器の弦のような音を立てて爺さんを目覚めさせるのである。楽器の響きは神霊を呼び覚まし、召還する。今でも夜に口笛を吹くと鬼が来ると信じられているように。

 冥界に行って霊的知識(宝)を得ることは鳥の話を聞く「聴き耳」のモチーフと同じ、主人公が死者の声を聞いて託宣を下すシャーマンとなったことを示しているとも言える。

 

 プラバーチェクがフシェビェダ爺さんの城へ行く途中で通過する二つの町は、あの世の町である。それらの町にある回春の林檎と生命の泉は、世界中の伝承に登場する冥界名物だ。ところが、二十年前にそれらは失われたと言う。二十年。プラバーチェクの年齢と同じであることにお気づきだろうか。

 プラバーチェクは、二十年前に王に川に投げ込まれて死んだ。この旅は、そんな彼が本当の意味で甦るため、神に命を授かって再び現世に戻ることを意味していたのではないだろうか。こうして新たな王が生まれ、代わって古い王は冥府に去る。王は無意識にそれを知っていたからこそ、あれほどにプラバーチェクが王位を継ぐことを恐れていたのかもしれない。

 

 以下、『グリム童話』から類話を紹介する。

金の髪の毛が三本ある鬼  ドイツ 『グリム童話』(KHM29)

 昔々、貧乏な女が男の子を産んだ。その子は生まれたとき幸福帽をかぶっていたので、「この子は、十四歳で王さまのお姫さまをお嫁にするだろう」と予言する人があった。

 それからまもなく、王さまがこの村へやって来た。お忍びだったので、誰も王さまだとは知らなかった。

 王さまが村の者に何か変ったことはないかと尋ねると、村の者は応えた。

「この間、幸福帽をかぶった子が生まれました。幸福帽を被った子はツイていて、何をやってもうまくいくものです。この子は十四歳になると、王さまのお姫さまをお嫁にすると予言する者もおります」

 王さまは腹黒い人だった。この予言を聞くと腹を立てて、その子の両親のところへ行って、いかにも親切そうなふりをして言った。

「お前さんたち、暮らし向きもよくないようだが、子供を私にまかせなさい。引き取って面倒をみてあげよう」

 はじめのうちは断ったけれども、その見知らぬ人が代りにお金を沢山くれると言うものだから、

「この子は運のいい子だ。どのみち運がひらけるに違いない」と思ったので、とうとう承知して、その子をくれてやった。

 王さまはその子を箱に入れて、それを持って馬へ乗り、深い川のところまで行くと、箱を川のなかへ投げ込んでしまった。そして思った。

「ふふふ、やったぞ。これで、ロクでもない男に娘をやらずにすんだ」

 ところが、その箱は沈まずに小舟のようにゆらゆら流れて行って、王さまの都からニマイルほど先の水車場まで流れて行って、そこの堰に引っかかっていた。

 折りよくそこに居合わせた粉ひきの小僧がみつけて、とび口で引きよせて、立派な宝物でも出て来るかなと思って開けたところが、生まれたばかりの元気な可愛い男の子が入っていた。小僧はその子を粉ひきの夫婦のところへつれて行った。粉ひき屋には子供がいなかったものだから、よろこんで言った。「これは神さまのお授けものだ」

 夫婦はその捨子を大事に育てた。その子は十四歳になって、立派な少年になった。

 

 あるとき、王さまが暴風雨にあって、この水車小屋に雨宿りに来た。そして男の子を見て、「この立派な少年はお前たちの息子か」と粉ひき夫婦に尋ねた。夫婦が返事をした。

「いいえ、この子は捨子です。十四年前に箱に入って堰へ流れつき、それを小僧が水から引き上げたものでございます」

 それを聞いて、王様はこの少年が かつて川に投げ込んだあの幸運児に違いないことに気がつき、言った。

「お前たちは心がけのよい人たちだ。ところで、この若者は妃のところへ手紙を持って行けるかね。お礼に金貨を二枚あげるが」

「王さまのお言葉どおりに」と夫婦は答えて、若者に支度をするように言いつけた。王さまはお妃に手紙を書いたが、その手紙には、「若者がこの手紙を持って来たら、すぐに殺して埋めてしまえ。わしが帰らぬうちに、万事始末いたせ」と書いておいた。

 若者は手紙を持って出かけた。ところが、道に迷って大きな森の中へ入りこみ、夜になってしまった。暗闇の中に小さな灯りが見えたので、そっちの方へ行くと、小屋があった。入ってみると婆さまが火のそばにたった一人で座っていて、男の子を見て驚いて訊いた。

「どこから来なさったね。それから、どこへ行きなさるんだね」
「水車小屋から来たんだよ」と、男の子は答えた。
「お妃のところへ手紙を持って行かなくちゃあいけないんだ。だけど、森の中で道に迷っちまったから、今夜はここへ泊りたいんだけどな」
「かわいそうに」と婆さまが言った。「お前さんは盗賊の屋敷に入りこんじまったんだよ。みんなが帰って来るようなものなら、お前を殺してしまうよ」
「誰が来たってかまうもんか」と少年は言った。「怖かぁないよ。だけど、くたびれて、とてもこれ以上歩けないんだ」

 そして膝掛の上に大の字になって、くうくうと眠り込んでしまった。

 やがて盗賊たちが帰って来て、そこにいる小僧は何だ、と怒って訊いた。婆さんは応えた。

「ああ、その子は何の罪もない子供だよ。森の中で迷子になったと言うんで、かわいそうだから家へ入れてやったんだよ。お妃のところへ手紙を届けるんだってさ」

 盗賊が手紙の封を切って読んでみると、中には

『この手紙を持った者が着き次第、殺すように』

と書いてあった。これを読むと情知らずの盗賊たちも、流石に少年を哀れに思った。盗賊の首領が手紙を破き、別の手紙を書いた。

『この子供が着き次第、すぐに王女と婚礼を挙げさせるように』

 盗賊たちは、あくる朝になるまで子供をゆっくり腰掛に寝かせたままにしておいて、朝に目を覚ますと、その手紙を持たせて、ちゃんとした道を教えてやった。それで、少年は無事にお城に着いた。

 お妃はこの手紙を読んで、中に書いてある通りに立派な婚礼の支度をさせ、お姫さまは幸運児と結婚式を挙げた。この若者は男っぷりもいいし、優しかったので、お姫さまは一緒に楽しく幸せに暮らした。

 

 しばらくたって王さまが城に帰ってみると、予言の通りに、幸運児が娘と結婚していた。

「これはどうしたわけだ」と、王さまは言った。「わしは、手紙でまるで違ったことを言いつけたはずだが」

 すると、お妃は例の手紙を持って来て、「書いてあることをご自分でご覧下さいまし」と言った。王さまはその手紙を読み、「頼んだ手紙はどうしたのか、どういうわけで違う手紙を持ってきたのか」と若者を問い質した。

「何も存じません。きっと私が森の中で寝ていた夜の間に、すり替えられたのでしょう」

 それは本当のことだったけれども、王さまはたいそう怒って言った。

「そう易々とはお前の思うままにさせんぞ。娘と結婚したい者は、地獄へ行って、鬼の黄金の髪の毛を三本持って参らねばならん。それが出来たならば、娘をこのままお前のものにしてもいいだろう」

 こんな無理を言って、王さまはこれっきりこの若者を追い払うつもりだった。けれども、幸運児はこう応えた。

「黄金の髪の毛は、間違いなく持って参ります。鬼なんか怖いものですか」

 それから、お城の人たちに別れを告げて旅に出た。

 

 道を行くと、大きな都へ着いた。都を囲む城壁の門番が、どんな技術を身につけているか、どんなことを知っているかと根ほり葉ほり訊いた。

「何でも知ってるよ」

 こう幸運児が応えると、「それでは教えてくれ」と門番は尋ねた。

「この都の広場にある井戸は、昔は葡萄酒が湧いていたものだが、近頃すっかり枯れてしまい、水さえ出なくなってしまったんだ。一体どうしたわけなのか、教えてくれれば有り難いな」
「教えてあげるよ、僕がまたここに帰ってきたときにね」

 それからまたどんどん行くと、別の都へ来た、ここでも門番が、どんな技術を心得ているか、どんなことを知っているかと訊いてきた。

「何でも知ってるよ」

 こう幸運児が応えると、「それでは教えてくれ」と門番は尋ねた。

「この都に一本の林檎の木があるのだが、これまで黄金の林檎がなったのに、今では葉も出ない。一体どうしたわけなのか、教えてくれれば有り難いな」
「教えてあげるよ、僕がまたここに帰ってきたときにね」

 それからまたどんどん行くと、大きな川のところへ出た。どうしても、この川を渡らなければならない。渡し守は、若者にどんな技術を心得ているか、どんなことを知っているかと訊いた。

「何でも知ってるよ」

 こう幸運児が応えると、「それでは教えてくれ」と渡し守は尋ねた。

「私はここでずっと渡し守をしている。あっちへ渡ったり、こっちへ渡ったりばかりしていて、いつまでたっても交代してもらう事が出来ないんだ。どうやったら辞めることが出来るのか、教えてもらえれば有り難い」
「教えてあげるよ、僕がまたここに帰ってきたときにね」

 河を渡ると、地獄の入り口が見つかった。中は真っ暗で煤だらけで、鬼の婆さんが幅の広い安楽椅子に腰をかけていた。どうやら金の髪の鬼は留守らしい。婆さんは若者に気が付いて、「何の用だい」と言った。その様子がちっとも悪い感じに見えなかったので、若者は「鬼の黄金の髪の毛が三本欲しいんです、僕の妻を手元に留めておくために」と正直に返事をした。

「それは大したおのぞみだ。鬼が帰って来て、お前を見つけようものなら、お前の命だって危ないんだよ。だけど、まあ可哀想だから、手伝えるかどうかやってみよう」

 そうして、婆さんは若者を一匹の蟻に変えた。

「あたしのスカートのひだの中におはいり。そこにいりゃあ安心だ」
「ええ」と若者は言って入って、「これでもう大丈夫だけれども、もう三つだけ知りたいことがあるんです」と尋ねた。
「今まで葡萄酒が湧いていた井戸が枯れて、水も出なくなっちまったわけと、今まで黄金の林檎のなっていた木が、葉まで出なくなってしまったわけと、それから渡し守が年がら年中あっちへ渡ったりこっちへ渡ったりして、番を替えてもらえないわけと」
「そいつはどれも難しいことだね」と婆さんは返事をした。
「だがまあ、じっとしていて、あたしが鬼の黄金の毛を三本引っこ抜くとき、鬼が言うことをよく聞いてるんだよ」

 日が暮れると、鬼が帰って来た。鬼は家へ入るか入らないかのうちに、もう気配が怪しいのに感づいた。

「クンクン、人臭い、人臭いぞ。何か様子が変だ」

 そう言って、あっちこっちの隅をのぞいて探したが、なんにも見つからなかった。婆さんは鬼をしかりつけて、「たった今 掃除したばかりだよ」と言った。

「また散らかす気かい。人の肉ばかり嗅ぎ回っていないで、座って晩ご飯をおあがり」

 鬼は飲んだり食べたりすると、くたびれて、鬼の婆さんの膝を枕にして、ちょっとしらみをとってくれと言った。それからすぐに うとうとと眠りこんで、いびきをかき出した。そこで、お婆さんは黄金の髪の毛を一本つかんで引き抜いて、脇に置いた。

「あ、痛てえ」と鬼が喚いた。「何をするんだい」
「いやな夢を見たんだよ」とお婆さんが返事をした。「それでお前の髪の毛をつかんだのさ」
「一体、どんな夢をみたんだよ」
「広場の井戸の夢さ。昔は葡萄酒が湧いていた広場だが、今は枯れてしまって水も出ないんだよ。一体どうしたわけなんだろうね」
「へっ、それがあいつらに分かったら大したもんだ」と鬼が言った。
「井戸の中の石の下に、ヒキガエルがいるんだ。そいつを殺せば、間違いなくまた葡萄酒が出るさ」

 しばらくすると、鬼は窓がガタガタいうくらいの大いびきをかいて、また眠りこんでしまった。そこで、婆さんは二本目の髪の毛を引っこ抜いた。

「うう! 何をするんだ」と、鬼が怒って怒鳴った。
「悪く思わないでおくれよ」と婆さんが返事をした。「夢を見てやったことなんだからね」
「こんどは、どんな夢を見たんだい」と、鬼が訊いた。
「その夢っていうのはね、ある王さまの国に果物の木が一本あって、それが昔は黄金の林檎がなってたというのに、今じゃあ葉も出ないっていうんだよ。一体どうしたわけなんだろうね」
「へっ、それが、あいつらに分かったら大したものだ」と、鬼が返事をした。
「根のところをハツカネズミが齧っているのよ。そいつを殺しちまやあ、黄金の林檎のなること請合いってんだ。これ以上齧られたら、その木はすっかり枯れちまうのさ。だが、もう夢なんか見て邪魔しないでくれよ。もう一度眠るのを邪魔したら、横っ面ぶん殴るぜ」

 婆さんは謝って、またしらみを取り始めたが、そのうち鬼は再三、ぐうぐう眠り込んだ。そうすると、婆さんは三本目の黄金の髪の毛をつまんで引っこ抜いた。

 鬼はとび上って、怒鳴りちらかして、婆さんをひどい目に遭わそうとしたけれども、婆さんは今度も鬼をなだめて言った。

「いやな夢をみたんだもの、しかたがないやね」

 鬼は「一体、どんな夢を見たんだよ」と言って、やっぱり聞きたがった。

「渡し守の夢をみたんだよ。それが年がら年中、あっちへ渡ったり、こっちへ渡ったりしていなけりゃならなくて、代りが来ないって文句言ってるのさ。一体どうしたわけなんだろうね」
「えっ、馬鹿野郎」と鬼は返事をした。「渡りたい奴が来たら、そいつの手に棹を渡しちまうのよ。そうすりゃあ そいつが船を渡すことになって、手前はアバヨ、ってわけさ」。

 こうして、婆さんは鬼から黄金の髪の毛を三本引っこ抜いて、三つの問いにも答えてもらったので、今度こそ鬼をゆっくり寝かせてやった。

 翌朝、鬼が出て行ってしまうと、婆さんは蟻をスカートのひだから出して、もと通りの人の姿に戻してやった。

「さあ、ここに黄金の髪の毛が三本あるよ。鬼が、お前の三つの問いに答えたのは、よく聞いていただろうね」
「はい、よく聞きました。忘れはしません」
「それじゃ、これでお前さんの役に立ったね。さあ、帰っても大丈夫だよ」

 若者は婆さんにお礼を言って、地獄を去った。

 

 渡し守のところへ来ると、渡し守は約束の返事を聞きたがった。

「まずは、僕を向うまで渡しておくれ」と、幸運児は言った。
「そうすれば、今の仕事をしないですむようになる方法を教えてあげよう」

 向う岸へ着くと、若者は鬼の言ったことを教えてやった。

「誰かが来て渡りたいと言ったら、その人に棹を渡せばいいんだよ」

 それからまたどんどん行くと、実のならない木のあった都へ来た。ここでも番人が返事を聞きたがった。そこで若者は鬼に聞いた通り話してやった。

「根を齧っているハツカネズミを殺せば、また黄金の林檎がなりますよ」

 すると番人はお礼を言って、金貨を積んだ驢馬を二頭くれた。その驢馬は若者の後について来た。

 おしまいに、井戸が枯れてしまった都へ来た。

 若者は番人に向って、鬼の言った通りに話して聞かせた。

「井戸の中の石の下にヒキガエルがいるから、それを探し出して殺しなさい。そうすれば、また葡萄酒がたくさん湧きますよ」

 番人はお礼を言って、やはり、金貨を積んだ驢馬を二頭くれた。

 やっとのことで幸運児は、お姫さまのところへ帰って来た。お姫様は、若者が無事に帰ってきて、しかも何もかも上手くいったことを聞いて、たいそう喜んだ。王さまにはお望みの鬼の黄金の髪の毛三本を持って行った。

 王さまは、金貨を積んだ四頭の驢馬を見て、大喜びで言った。

「さあ、これで取り決めたことは残らずかなった。娘はお前のものにしてよろしい。だが婿殿、この沢山の黄金はどこで手に入れたんだね。聞かせてくれないか、全くすばらしい宝物だ」
「川を渡って行って、そこから持って参りました」と、若者は返事をした。
「そこの岸は、砂の代りに黄金が敷き詰められているのでございます」
「わしにも採って来られようか」と王さまは訊いた。欲しくて欲しくてたまらなかったのだ。
「いくらでもお望み次第です」と、若者は返事をした。
「その川には渡し守がおりますから、その者に渡してもらえれば、向う岸で幾袋なりと一杯にすることが出来るでしょう」

 欲張りの王さまは、大急ぎで出かけて行った。そうして川のところへ来ると、渡し守を手まねきして、向う岸へ渡してくれと言った。渡し守はやって来て、お乗りと言った。そうして向う岸に着くと、王さまの手に棹を渡して、船からぴょんと岸に下りてしまった。

 さて、それからというもの王さまは、いろいろ悪いことをした罰で、永遠に舟を渡さなければならなかった。

 

「今でもやっぱり渡してるかしら」
「きまってるじゃないか、だあれも棹を取ってやった者はいないだろうよ」


参考文献
『完訳グリム童話集(全五巻)』 金田鬼一 訳 岩波文庫 1979.

※幸福帽とは、胞衣えなのこと。胎児を覆う胎盤と膜で、いわゆる後産。西欧では、これを被って産まれた子は特別な運命を持つ存在だとされた。この話に出ているように「幸運を持つ」とされたりもするが、時には「吸血鬼になる」と、忌避されることもある。

 この話では、幸運児が故意に王を騙して川に行かせたことになっているが、類話では本当に三途の川の川砂は全て宝石で、それを持ち帰り、欲に駆られた王は自ら出かけていって棹を渡され、帰れなくなる。

「神に会いに行く途中で次々に問題を相談され、帰りに一つ一つ答えて富を得る」というモチーフは、日本では「山神と童子」という話型で独立している。グリムの話では、主人公の幸運は生まれたときに定められているが、日本の話では、成長した後に占い師に言われたり神に気に入られたりして、その指示で幸運を得るために旅立つ。

 西欧の類話には「魚と指輪」(イギリス)という女の子バージョンもある。

 運命の書を開いた王は、貧しい家の娘が自分の息子と結婚するという運命を知り、その赤ん坊を探し出して川に捨てる。だが、赤ん坊は拾われて成長する。それを知った王は「これを届けた者を殺せ」と書いた手紙を届けさせるが、途中で出会った盗賊たちが同情して手紙を書き換え、娘は王子と結婚する。王は指輪を海に投げ込み、「指輪が見つかるまでは顔を見せるな」と言って嫁を追い出す。嫁はある城の台所で働くが、宴会の日、さばいた魚の腹の中から例の指輪が出てくる。嫁は宴会に来ていた王と夫にそれを示し、ついに認められて城に帰る。

 ギリシアの類話はもっと[夫婦の因縁]に近い。運命の女神の予言を聞くのは王子自身で、結婚の運命を嫌い、何度も女の子を殺そうとする。最後に女の子に指輪を預けて「失くしたら殺す」と言っておいて、それを盗んで海に捨てる。しかし魚の腹から指輪は戻ってきて、王子は予言されたとおり娘と結婚する。……こんな男と結婚して幸せになれるのだろうか。

 手紙の書き換えのモチーフについては、<手なし娘のあれこれ〜手紙のすり替え>でも触れているので、興味ある方はどうぞ。



参考 --> 「太陽の母



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