寿命の書き換え1  『捜神記』 中国

 昔、魏の人に管輅かんろという男がいた。色んな術に通じ、過去のことも未来のこともはっきり見通すことが出来るのだった。

 五月のある日、管輅が南陽の野原を歩いていると、一人の少年が田で麦を刈っているのを見た。管輅は少年の顔を見ると、思わず悲しそうな吐息を漏らして通り過ぎた。少年はそれを怪しんで管輅に尋ねた。

「どうしてあなたは、そんな悲しそうな吐息をつかれるのです」

 すると、管輅は少年の姓名を尋ねた。

「姓は趙、名は顔と申します」

「実は、お前さんは二十歳を越えないうちに死ぬことになっているのだよ。それが気の毒で、覚えず吐息をついたのじゃ」

 これを聞くと趙顔は仰天して、管輅の足元に身を投げ出しながら命を救ってくれるように哀願したが、管輅は

「いや、気の毒じゃが人間の寿命は天の司るところで、わしの手ではどうにも出来ないのじゃ」と言って立ち去った。

 趙顔は身も世もない気持ちになり、大急ぎで家に駆け戻った。そして父にこのことを話すと、父も非常に驚いて

「それは本当に一大事だ。どうしてもその方にお願いするよりない」と言って、息子と一緒に馬に乗って管輅の後を追いかけた。十里ばかり駆け続けると、やっと管輅に追いついた。親子は馬から飛び降りて、伏し拝んで延命を願った。管輅もとうとう根負けして、

「それでは、家に帰って 清酒ひと樽と鹿の肉を一斤ばかり用意しておきなさい。何とか工夫をしてみるから。卯の日にあなた方の家に訪ねていこう」と言った。

 親子は非常に喜んで、言われたとおりの支度をして待っていた。約束どおり卯の日に管輅がやってきて、趙顔に言った。

「お前さんが麦を刈っていた所の南に大きな桑の木があり、その下で二人の男が碁を打っている。で、お前さんはその側にそっと歩み寄って、酒を杯に注ぎ肉を並べて置くのじゃ。そうしたら二人はその酒を飲んで肉を食べるじゃろう。杯の酒がなくなったら、また注いでおくがいい。そのうちに二人がお前さんのいるのに気が付いて、何者じゃ、何しに来たと尋ねるに違いない。その時お前さんは、決して口をきいてはいけない。ただ黙ってお辞儀をしているのじゃ」

 趙顔が教わったとおりの場所に行ってみると、果たして二人の男が碁を打っていた。趙顔は静かにその側に歩み寄って、鹿の肉を並べ、酒を杯に注いだ。二人の男は碁に夢中で周囲のことはまるで気が付いていなかったが、酒や肴があるのは目に付いているので、誰がもってきたかなどは考えずに、碁を打つ手が空きさえすれば 杯の酒を飲み、鹿の肉を食べた。趙顔も黙々と給仕を続けた。

 しばらくすると一局が終わった。二人の男はほっと我に返って顔を上げ、見知らぬ少年が側にいることに気付いた。北側に座っていた男が非常に腹を立てて、

「お前は何者じゃ。何用あってここに来た!」

と叱りつけた。しかし趙顔は管輅の教えを守って、ただ恭しくお辞儀をするだけで何も返事をしなかった。そうするうちに、南側に座っていた男が北側に座っている男に向かって

「他人の酒を飲み肴を食らった以上、知らぬ顔をしているわけにもいくまいよ。何かお礼をしなければ、あまり無情に過ぎるね」

と言い出した。北側の男はこれを聞くと困ったような顔をして、

「しかし文書はもう決まってしまっていて、た易く改めるわけにはいかぬではないか」と言った。

「まぁ、そう言わずに、その文書を貸しておくれ」

 南側の男は北側の男から文書を預かると、パラパラとページをめくって趙顔の名を記したところを開いた。文書には、趙顔の寿命は十九歳と書いてあった。

「よし、これを改めることにしよう」

 南側の男はそう言って筆を取り上げると、十九のところに上下転倒の印を付けて九十にした。そして趙顔の方に振り向いて、「お前の命を延ばしてやったよ。九十までは大丈夫だ」と言った。趙顔はもう嬉しくてたまらないので、むやみにお辞儀をして、大急ぎで家に帰ってきた。

 管輅は趙顔の話を聞くと、「うまくいってよかった。これで安心だろう」と言った。趙顔は尋ねた。

「あのお二方は一体何者だったのでしょうか?」

 管輅はニコッと笑って答えた。

「北側に座っていたのは北斗星で、南側に座っていたのが南斗星じゃ。南斗は生を司り、北斗は死を司るのじゃよ」

 

 趙親子は管輅にお礼の品を渡そうとしたが、彼はそれには手も触れないで、飄然と立ち去ってしまった。



参考文献
『中国神話伝説集』 松村武雄編 現代教養文庫 1976.

※以下、類話を列記する。

寿命の書き換え2  朝鮮 咸興地方

 神僧が旅の途中、ある一人息子を見て「十九歳の寿命だ」と言う。父親が延命を嘆願し、息子は教えられた通り南山の頂に登って二人の碁を打つ僧に哀訴する。顔の醜い方は無視するが綺麗な方が哀れみ、言い争った結果、名簿の寿命を九十九に直す。

 醜い顔の僧が北斗七星、美しい方が南斗七星であり、北斗の方が人の寿命を司っているという。

寿命の書き換え3  日本 岩手県上閉伊地方

 一人娘が留守番をしていたとき、乞食が「十八と八月までだ」と言う。父親は乞食に短命を逃れる方法を尋ねる。娘は教えられた通り白酒三升と盃三つ、肴を持って目隠しして東に行き、算盤を弾いていた三人の僧をもてなして命乞いする。

 ご馳走になったからと僧が十八の数字の上に八を加え、娘は八十八まで生きた。


参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

寿命の書き換え4  日本 鹿児島県 喜界島

 女の子が川で洗濯をしていると、弘法様が通りかかり、十八までの寿命だと言う。話を聞いた父親は弘法様を追いかけて延命法を尋ねる。娘は教えられた通り、某山で算盤を使って命の計算をしている二人の後生(あの世)の役人に盃を供え、酒をつぐ。

 役人は見とがめて怒るが、「酒を飲まされては仕方ない」と娘の寿命を七十三にしてくれた。


参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

 ところで、日本の類話では殆ど主人公は娘になっているが、何故なのだろう。



花のまぐずみ  日本 鹿児島県 喜界島

 これも昔あったることですが、あがれひらしまの花のまぐずみという神のように美しい娘がいました。けれど、どんな男の愛にも応えることがありません。ところが、てんこーあんぢんという男がいて、「いかに鉄の女とはいえ、たかが女。俺が行ってモノにしてみせる」と言って、まぐずみの家に行ってみました。

 あんぢんが家に入って一言挨拶すると、娘は物も言わずに火箸で煙草盆の火をつかんで突き出しました。

「ちょっと待てよ」

 あんぢんは少しも動じず、ゆっくりと煙草入れを取り出して、キセルに煙草を詰めて、その火をつけました。これにはまぐずみも気勢をそがれて、火を引っ込めました。

(はぁ、この女なら落とせるな)

 そう考えて、あんぢんは今度はこちらから火をはさんでまぐずみに突き出しました。娘もなかなかのクセもので、少しも驚かずに絹の着物の袖で受け取りました。

 こうして二人は互いに心が合って、夫婦の誓いを立てました。あんぢんは十九、まぐずみは十八の盛りのことでした。

 あんぢんは暫くまぐずみの家に厄介になっていましたが、一度両親に挨拶に行かねばならなくなって、

「まぐずみ まぐずみ、俺はこれから三年の間、親に会いに行って来るから、寂しくとも一人で待っていてくれ。もし床の間に置いてある俺の弓の弦が切れたら、どこかで俺が死んだものと思えよ」と言って家を出て行きました。

 それから何年経ったか、あんぢんは帰って来ませんでした。ある日のこと、床の間の弓の弦が切れたので、まぐずみは いよいよあんぢんの命が失われたらしいと知りました。これはじっとしてはいられない、と言って、すぐに三升三合三勺の餅を搗いて、それを背負って どこという当てもなく家を出ました。

 どんどん行くと、途中で一人の白髪の爺さんに会いました。「爺さま爺さま、二十歳ばかりの若者に会いませんでしたか」と尋ねると、「お前の探しているのは てんこーあんぢんじゃろう。あんぢんなら もはや死んで、後生の国(冥界)では彼を迎える祝いをしようと騒いでいるぞ」と言います。

「なんとかして助ける手立てはありませんか」

「お前は三升三合三勺の餅を搗いてきたか」

「搗いてきました」

「ならば、この道をずっとまっすぐに行け。行けばひとりでに山の中に入る。その山の中に大きな平石があるから、それを押し開けて中へ入れ。どんどん歩いていくと、大きな家の沢山並んだ城下町がある。そこが後生の国じゃ。その中で一番大きくて立派な家が後生の親方の家じゃから、行って親方に会ってお前のその餅をあげよ。親方が餅を全部食べてしまうまでは、決して頭を上げて見てはならんぞ」

 花のまぐずみは喜んで爺さんにお礼を言って、道をまっすぐに行ったら山の中に入って、大きな平石が見つかりました。それを押し開けて中に入ると、なるほど、立派な城下町があります。一番立派な家を探して、「すみません」と呼ぶと家の人が出てきたので、「ちょっとお膳を貸してください」と言ってお膳を借りて、それに餅を積み重ね、「これを親方様に差し上げてください。そして是非お目にかかりたいと申し上げてください」と言うと、家の人はまぐずみを表座敷に案内しました。

 親方に挨拶をすると、まぐずみは白髪の爺さんに教えられたとおり、頭を下げたままいつまでもじっとしていました。その間に後生の親方は餅を食べてしまったので、まぐずみは頭を上げて頼みました。

「親方さま、私は あがれひらしまの花のまぐずみという者で、夫の てんこーあんぢんの命を貰い受けに参りました。どうかこの願いをお聞き入れください」

 親方は驚いて、

「それは困ったことになった。そのような話ならば もっと早く、我が餅を食べる前に言うものじゃ。だが、もはや食べてしまったうえは仕方がない。てんこーあんぢんの命は返してやるから、連れて帰れ」

と言って、あんぢんには九十九まで、まぐずみには八十八までの寿命を賜った。夫婦は親方に厚くお礼を言って、後生を出て島に帰り、よい暮らしをすることが出来たということです。



参考文献
『日本昔話集成(全六巻)』 関敬吾著 角川書店 1950-

※これはどちらかと言うと【冥界くだり】に属する話なのだが、『日本昔話集成』では【子供の寿命】に分類されているので、ここに載せておこう。一応、「食べ物を持って異界まで出向き、生死を司る神に黙って振舞って、見返りに寿命を延ばしてもらう」という要素は入っている。




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