寿命の取替え  『広異記』 中国

 洛陽県の長官をしていた揚が外出した時、その行列を避けもせずに店を出している易者がいた。長官が怒って易者を捕らえさせると、彼は言った。

「あなたはあとたった二日の長官だというのに、何故、私をこんなに咎めるのですか」

「わしの任期はまだ終わっておらぬ。いい加減なことを言うな」

「任期のことを言っているのではありません。二日後にあなたの寿命がなくなると言っているのです」

 易者があまりに落ち着いて答えたので、楊長官は不安になってきた。易者にもう一度占い直してくれと頼んだが、何度占っても同じだ、と突っぱねられる。長官も家族も不安で落ち着かなくなり、仕事も手につかなくなった。

「あなたが易の名人なら、私の災難を防ぐ方法もご存知のはず。どうか、その方法を教えてください」

 先ほどまでの勢いはどこへやら、長官は頭を床にこすりつけるようにして頼み込んだ。とうとう易者の方が根負けして、

「災難を避けるにはあなた自身が行動するしかない。しかし、それでも助かるかどうかははっきり分かりませんよ」

と言いつつ、とにもかくにも長官の命を救う手助けをする約束をしてくれた。

 易者は揚長官を庭のあづま屋に連れて行き、髪を解いてバラバラにし、裸足のまま土塀に向かって立たせた。そして、自分は机について魔よけのお札を書き始めた。

 真夜中を過ぎた頃、易者が長官の側にやってきて、ほっとしたように「冥界からの使者を、今夜のところは追い返しましたぞ」と言った。

「では、私は助かったんですか?」

「いや、まだ分かりません。明日は紙銭(死者のためのニセのお金。あの世の通貨で、焼くことであの世の人の手に渡るとされる)を三十枚を用意してください。それに餅と上等の酒を外の桑林の小屋に置いて、あなたは変装して、通りがかった人誰かれの区別なく、引き止めてご馳走するのです。

 もし、その中に黒の皮衣を着て片肌脱ぎをした者がいたら、それが冥界の使者でしょう。その使者があなたの勧める食べ物に一口でも手をつけたなら、もう大丈夫です。あなたは死なずにすみますよ」

「では、助かる望みがあるんですね」

「しかし、使者が何も手をつけずに通り過ぎたら、死を覚悟しなければなりません。そうなったら、私の力ではどうにもならないのです……」

 

 翌日、農夫に姿を変えた揚長官は、言われたとおりの品をそろえて、通りすがりの人々に食事を振舞った。日が西に傾き、食べ物も残り少なくなった頃、やっとそれらしい男が通りかかった。部下が慌てて呼び止めて酒や餅を勧めると、男は喜んでそれを口に運んだ。長官はほっとして、前に進み出て丁寧に礼をした。男はまじまじと長官の顔を見て、強い口調で詰問した。

「あなたは昨日、どこへ行っていたのです。幾度もお尋ねしたのですが、お会いできませんでした。多分、誰かに守られて私に見えないところに立っていたのでしょう。しかし閻魔庁から召し状が出ている以上、どこに隠れていても死からは逃れられませんよ」

 長官はひざまずいて拝み、なんとか助けてくれと命乞いした。そして用意した紙銭を使者の目の前で焼いた。

「私のためにこんなに多くの紙銭を焼いてもらったとあっては、お助けせねばなりませんね。よろしい、明日 冥府の同僚に一緒に来てもらい、みんなで相談することにしましょう。彼らの分のご馳走も用意しておいてください」

 使者はこれだけ言うと、西の方に向かって去っていった。

 翌日、揚長官は大人数分の料理を用意し、使者の一行を待ち受けた。辺りがだいぶ暗くなった頃、昨日の使者が十数人の同僚を連れて現れ、楽しそうに飲み食いしながら相談を始めた。

「こんなにご馳走になっちまったんだ、揚長官を助けるために、出来るだけのことをしなくちゃいけないな」

「色々考えたんだが、あの手がいいと思うんだ」

「アレか……なるほど、それはいい。一番確実だからな。よし、じゃあ安心するように揚長官に話しておくのがいい」

 使者は立ち上がると、離れた場所に長官を呼んだ。

「冥界は今 人材不足で、才能ある人を呼び寄せています。実はあなたもその一人で、冥府の上級役人になっていただくはずだったのですよ。……ところで、お宅の向こう隣に住んでいる同姓の揚さんも、たいそう学識が深いと聞いています。あなたの代わりに冥府に行っても、充分に勤まることでしょう。苗字が同じなのが幸い、あなたの身代わりにあの人を連れて行くことに相談がまとまりました。

 明日、朝の四時を報せる太鼓が鳴ったら、そっと向こう隣の家の前に行ってごらんなさい。もし家の中から泣き声がしてきたら、あなたは助かったということですよ」

 そのあと使者たちは料理を全部平らげてから、それぞれに姿を消していった。

 

 翌日、揚長官は四時の太古を待ちかねて起き、そっと隣家の様子を窺った。すると、あの黒衣の使者が、その家の犬に吠えられて木の上に逃げているのが見えた。そのうち、どう隙を見つけたのか、使者は土塀の僅かな崩れ目から、ふっと中に入ってしまった。すると、しばらくして家の中から叫び声が上がった。

「早く、誰か来てくれっ! だんなさまが急に亡くなられてしまった!」

 その後、悲しげな泣き声がいつまでも続いた。

 

 揚長官は、その後十数年も生き延びることが出来た。しかし、他人の命を犠牲にして生き残ったことが心にかかり、心安らかな日は一日とて無かったということである。



参考文献
『中国怪異集』 鈴木了三訳編 現代教養文庫 1986.

※冥界からやってくる黒衣の使者は、勿論、《死神》である。しかし、酒肴やお金で生死を融通してくれるのだから、まさに『地獄の沙汰も金次第』というヤツである。
 グリムの「死神の名付け親」では、死神は富者も貧者も分け隔てなく扱う、とされているが、中国の死神はなんとも人間臭い。

 揚長官は、桑林を通りすぎる死神を引き止めて饗応し、命長らえる。「寿命の書き換え1」でも、北斗星と南斗星は桑の木の下で碁を打っている。
 中国には《扶桑》の伝説がある。この世の果てに巨大な桑の木が生えており、太陽は毎朝そこから昇る。その花を食べれば不老不死になるという。
 つまり桑の木は生命樹であり、その木のある場所は異界に接した場所であって、そこでなら異界のモノと遭遇することが出来るのだ。

 『日本霊異記』中巻24にも類話がある。その場合、同じ干支に生まれたというだけの男が身代わりに地獄に連れ去られてしまう。




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