>>参考 [天梯樹

 

ジャックと豆の木  イギリス

 むかしむかし、一人の貧しい寡婦やもめがジャックという名の一人息子を持っていて、《ミルキー・ホワイト》という名の牝牛を一頭飼っていました。母子はこの牝牛の出してくれるミルクを市場で売って、なんとか暮らしを立てていたのですが、ある朝突然、牝牛はミルクを出さなくなりました。

「どうしよう、どうしよう」

「元気を出してくれよ、ママ。俺、どっかで仕事を見つけてくるからさ」

「仕事探しは前にもやったけど、誰も雇ってくれなかったじゃないか。やっぱりミルキー・ホワイトを売って、そのお金で商売でも始めるよりないよ」

「よしきた。今日は市の立つ日だし、俺、すぐにミルキー・ホワイトを売ってくるよ。後のことはそれから考えりゃいいさ」

 そう言うと、ジャックは牝牛の綱を引いて出かけていきました。そうして少し行くと、おかしな格好をしたお爺さんに声をかけられました。

「おはよう、ジャック」

「おはようございます」

 そう答えてから、何でこの爺さんは俺の名前を知ってるんだろう、とジャックは不思議に思いました。

「ところでジャック、どこへ行くんだね?」

「この牛を売りに市場へ行くところだよ」

「なるほど、お前は上手く牛を売れるだろうね。豆五つがどのくらいか数えられるかね?」

「両手に二つずつと口に一つで五つさ」と、ジャックは縫い針のように鋭く答えました。

「いかにも。ところで、ほれ、ここにその豆がある」

 そう言って、おじいさんはポケットからおかしな形の豆をドッサリ出してきました。

「お前さんはなかなか頭がいいから、一つ取り替えてやってもいい。――その牛とこの豆をな」

「冗談はやめてくれよ。そんな話があるもんか」

「ははーん、さてはお前さん、知らないな。この豆をまいて一晩経つと、あくる朝には天まで伸びてるんだぞ」

「ほんとかい? 嘘に決まってら」

「いや、ほんとの話だ。もしその通りにならなかったら牛を返してやってもいい」

「よしきた」

 ジャックはミルキー・ホワイトの引き綱をお爺さんに渡し、豆をポケットに入れました。そして家に帰りましたが、あまり遠くまで行ったわけではなかったので、まだ大して日は傾いていませんでした。

「もう帰ったのかい、ジャック。ミルキー・ホワイトを連れてないところを見ると、売ったんだね。いくらで売れた?」

「ママには、まあ当てられないと思うな」と、ジャックは言いました。

「いやいや、当ててみるよ。五ポンドかい? 十ポンド? 十五? まさか二十ってことはないだろう。よくやったねぇ!」

「当たりっこないって言ったろ。どうだい、この豆? 魔法の豆でさ、こいつをまいて一晩経つと……」

「なんだって!」

 お母さんは眉を吊り上げて喚きました。

「お前はそんなに阿呆だったのかい。トンマもいいとこだよ。馬鹿も休み休み言っとくれ。う、うちのミルキー・ホワイトを、教区で一番よくミルクを出すあの牛を、肉にするにしたってとびきり上等なのを、ロクでもない豆つぶと取り替えてくるなんて!

 ぶっ叩いてやるとも。これでもか! これでもか! これでもか! 何が魔法の豆だよ。こんなものこうしてやる!」

 お母さんはジャックから豆を取り上げると、窓の外に投げ捨てました。

「さあ、とっとと寝ておしまい。今夜のご飯は抜きだからね」

 ジャックは自分の小さな屋根裏部屋に上がりましたが、お母さんに済まないことをしたという気持ちもさることながら、ご飯抜きになったのが悲しくて悔しくてたまりませんでした。

 

 それでもいつの間にか眠ってしまい、あくる朝に目を覚ましたジャックは、どうも様子がおかしいことに気がつきました。部屋の一部に日が射し込んでいるのに、他は真っ暗なのです。飛び起きて着替えると、ジャックは窓から外を見ました。すると、なんとまあ。庭に大きな大きな豆の木があって、その先ときたら天のずっとずっと上まで伸びて、どうなっているのか下からは見えないくらいじゃありませんか。

 あのお爺さんの言ったことは本当だったのです。

 豆の木はジャックの部屋の窓のすぐ近くに伸びていました。そこで窓から木に飛び移ると、ジャックは天に掛かった梯子のような木を登り始めました。

 どんどん登り、まだまだ登り、もっともっと登り、これでもかこれでもかと登り、いやもう少しもう少しとよじ登っていくうち、とうとう天に着いてしまいました。長くて広い道が矢のようにまっすぐ続いていて、その道をずっとずっと歩いていくと、うんとうんと大きな家が建っていて、その戸口にはうんとうんと大きな女の人が立っていました。

「おはようございます」と、ジャックはとても礼儀正しく言いました。

「あのう、済みませんが、朝ごはんを少しいただけませんでしょうか?」

 何しろ昨夜は食事抜きでしたので、猟犬のようにお腹がすいていたのです。

「朝ごはんが欲しいですって? 早くここを出て行かないと、あなたが朝ごはんになってしまいますよ。うちの主人は人食い鬼で、炙ってトーストに乗せた男の子が何よりも好物なんだから。さあ、さっさとお行き。もうじきうちの人が帰ってきますよ」

「お願いですよ、おばさん、何か食べるものをください。本当に昨日の朝から何も食べてないんですから。飢え死にするくらいなら炙られた方がまだマシだもの」

 この人食い鬼の奥さんは、決して悪い人ではありませんでした。ジャックを台所へ連れて行き、チーズを挟んだパンの塊とミルクを一杯くれたのですから。ところが、まだジャックが半分も食べないうちに、ずしん! どしん! ずしん! と、誰かがやってくる足音で家じゅうが揺れ始めました。

「あらまあ、大変! うちの人だわ」と人食い鬼の奥さんが言いました。

「まあまあ、どうしましょう。さ、早くこっちに来て、この中に隠れておいで」

 そう言って、ジャックをかまどの中へ押し込んだところへ、人食い鬼が入ってきました。

 なるほど、確かに大きな奴でした。腰のベルトに仔牛を三頭、後ろ足でくくってぶら下げていましたが、それを外すとテーブルの上に投げ出して言いました。

「おい女房。こいつを二つ、朝飯に炙ってくれ。――ん? この匂いは何だ?」

 人食い鬼は鼻をクンクンいわせて、恐ろしい声で言いました。

フィー・ファイ・フォー・ファン

イギリス人の血の匂いがする。

生きていようが死んでいようが、

そいつの骨を粉にして俺のパンを焼いてやるぞ。

「おかしなことを言わないでよ、あんた。夢でも見てるんじゃないの? でなけりゃ、昨日の晩に食べた小さな男の子の食べかすが、まだ匂うんでしょう。さあ、顔でも洗っといで。戻ってくるまでに朝ご飯の用意をしておくから」

 そう言われて人食い鬼は行ってしまいました。ジャックがかまどから飛び出して逃げようとすると、奥さんが引き止めて、「うちの人が寝てしまうまでお待ちなさい。朝ご飯が済むと、いつも一眠りするから」と言いました。

 さて、人食い鬼は朝ご飯を食べ、食べ終わると大きな箱のところへ行って金貨の入った袋を二つ取り出しました。どっかり座り込んで金貨を数え始めましたが、そのうちこっくりこっくりやりだして、グオー、ゴオーといういびきで家じゅうがガタガタ揺れました。

 ジャックはそっとかまどから這い出すと、人食い鬼の横をすり抜けざまに金貨の袋を一つ盗って、小脇に抱えて豆の木まで一目散に駆けて行きました。そうして金貨の袋を投げ落とすと、自分も木を伝ってするするするするっと滑り降りたのです。そうしてお母さんのところへ行くと、金貨を見せながら今までの冒険を話して、こう言いました。

「どうだいママ。言ったとおり、あれは魔法の豆だっただろ」

 

 それからしばらくの間は、母子は幸せに暮らしていました。けれど金貨の袋が空になってしまうと、ジャックはもう一度豆の木を登って運試しをしてみようという気になりました。

 そこである朝、早起きしたジャックは豆の木に取り付き、どんどん登り、まだまだ登り、もっともっと登り、これでもかこれでもかと登り、いやもう少しもう少しとよじ登っていくうち、ようやくまたあの道にたどり着いて、その道をずっとずっと歩いて、あのうんとうんと大きな家に行き着きました。すると、やっぱりあのうんとうんと大きな女の人が戸口に立っていました。

「おはようございます」と、ジャックは怖いもの知らずに声をかけました。

「あのう、済みませんが、何か食べるものをいただけませんか?」

「早く出て行きなさい。でないと、あなたがうちの主人の朝ごはんになってしまいますよ」と、大きな女の人は言いました。

「ところであなた、前に一度来たことのある子じゃない? ちょうどあの日に、うちの人は金貨の入った袋を一つ無くしてしまったんですよ」

「そりゃおかしな話だね、おばさん。そのことでちょっと教えてあげたいことがあるんだけど、あんまり腹ペコで、何か食べないと口もきけないよ」

 そう言われるとぜひ話を聞きたくなって、人食い鬼の奥さんはジャックを家の中に入れて食べ物をくれました。ジャックが出来るだけゆっくりと食べ始めようとした時、ずしん! どしん! とあの大男の足音が聞こえ、奥さんはジャックをかまどの中に押し込みました。

 この前と同じように人食い鬼は入ってきて、同じようにベルトにぶら下げた仔牛をテーブルの上にズシンと放ると、同じように鼻をクンクンさせて恐ろしげに言いました。

フィー・ファイ・フォー・ファン

イギリス人の血の匂いがする。

生きていようが死んでいようが、

そいつの骨を粉にして俺のパンを焼いてやるぞ。

 けれども奥さんが誤魔化したので、炙った三頭の牛で朝ご飯にして、食べ終わると言いました。

「おい女房。黄金きんの卵を生むメンドリを連れて来い」

 奥さんの連れてきたメンドリに、人食い鬼が「生め!」と命令すると、メンドリは純金の卵をコロリと生みました。やがて人食い鬼はこっくりこっくりし始め、いびきもかき始めて、家じゅうがガタガタと揺れました。

 そこでジャックはそっとかまどから這い出し、黄金の卵を生むメンドリを捕まえてすぐさま逃げ出しました。ところが今度はメンドリがコッコッコと鳴いたので人食い鬼は目を覚まし、ちょうど家を出たジャックの耳に呼ばわる声が聞こえました。

「やい女房。俺の黄金の卵を生むメンドリをどうした?」

 奥さんが「どうしたの、あんた」と言っています。

 けれど、ジャックの耳に聞こえたのはそこまででした。豆の木まですっ飛んで行って、大慌てで滑り降りたからです。家に帰り着くと、ジャックはお母さんにメンドリを見せて、「生め!」と声をかけました。メンドリはジャックがそう言う度に黄金の卵を生みました。

 

 さて、ジャックはこれでもまだ満足できず、それから間もなく、もう一度豆の木のてっぺんで運試しをしてみようと決心しました。そこである朝のこと、早起きしたジャックは豆の木に取り付き、どんどん登り、まだまだ登り、もっともっと登り、これでもかこれでもかと登り、いやもう少しもう少しとよじ登って、てっぺんに着きました。

 けれど今度は、正面から人食い鬼の家に行きはしませんでした。家の側まで行くと草むらに身を潜め、人食い鬼の奥さんが桶を提げて水を汲みに行くのを見澄まして家の中に忍び込んで、大きな銅の鍋の中に隠れました。すると間もなく、これまでと同じように、ずしん! どしん! ずしん! と足音が聞こえ、人食い鬼と奥さんが入ってきました。

フィー・ファイ・フォー・ファン

イギリス人の血が臭うぞ

 人食い鬼が大声で言うと、奥さんが言いました。

「そう? もしあんたの金貨と黄金の卵を生むメンドリを盗んだ子だとすれば、きっとかまどの中に隠れてるに違いないわ」

 それで夫婦はかまどのところにすっ飛んで行って調べましたが、ジャックは見つかりません。

「やれやれ、あんたの鼻もアテにならないわねぇ。あんたが昨夜捕まえてきて、私がさっき朝ご飯に炙ってやった男の子の匂いだったんでしょう。私も忘れっぽくなっちゃったけど、あんたも生きてるのと死んでるのの匂いの区別もつかないなんて、耄碌もうろくしたものだわ」

 奥さんにそう言われて、人食い鬼はテーブルに向かって朝ご飯を食べ始めました。それでも時々「いや、あれは確かに……」とぶつぶつ言って、ひょいと立ち上がっては食料戸棚や食器棚やあちこちを覗きましたけれども、幸いなことに銅の大鍋のことだけは思いつかなかったのです。

 朝ご飯が済むと、人食い鬼は大声で言いました。

「おい女房。俺の黄金きんの竪琴を持って来い」

 奥さんは竪琴を持ってきて、人食い鬼のテーブルの前に置きました。人食い鬼が「歌え!」と一言命じると、黄金の竪琴は世にも美しい音色で歌いました。竪琴が歌い続けるうちに人食い鬼は眠りこけ、まるで雷のようないびきをかき始めました。

 そこでジャックは鍋の蓋をそっと押し上げ、二十日鼠のようにチョロチョロと忍び出ると、四つん這いになってテーブルに近付き、テーブルによじ登って竪琴を引っつかんで、戸口に向かって駆け出しました。ところが、竪琴が大きな声で叫んだのです。

旦那さま! 旦那さま!

 人食い鬼は目を覚まし、竪琴を抱えて逃げ出すジャックを見つけてしまいました。

 ジャックは懸命に走って逃げましたが、その後ろから人食い鬼も懸命に走って追いかけてきます。もう少しで捕まるところでしたが、すんでで豆の木に辿り着いて滑り降りました。人食い鬼の方はしばらくためらっていましたけれど、竪琴がまた「旦那さま! 旦那さま!」と叫んだので、豆の木に飛びつきました。けれどその間にジャックはどんどん滑り、まだまだ滑り、もっともっと滑り、これでもかこれでもかと滑り、いやもう少しもう少しと滑って、もうすぐ我が家というところまで降りていました。ジャックは大声でお母さんに呼びかけました。

「ママ! ママ! 斧を持って来てくれよ! 斧だよ!」

 お母さんは斧を持って飛び出してきましたが、豆の木のところまで来ると恐ろしさに足がすくんでしまいました。雲の間から人食い鬼の足が突き出ているのを見てしまったからです。

 ジャックは豆の木から飛び降りると斧を手に取り、幹に叩きつけて半分まで切ってしまいました。人食い鬼はぐらぐら揺れるので動きを止めて下を見ましたが、そこでジャックがもう一打ち。豆の木は真っ二つになって倒れ、人食い鬼はまっさかさまに落ちて頭を割ってしまい、その上に豆の木が被さりました。

 

 ジャックはお母さんに黄金の竪琴を見せました。その竪琴を見世物にしたり黄金の卵を売ったりして母子は大金持ちになり、やがてジャックは立派なお姫様と結婚して、みんないつまでも幸せに暮らしました。



参考文献
『イギリス民話集』 河野一郎編訳 岩波文庫 1991.
『世界昔話ハンドブック』 稲田浩二 他編 三省堂 2004.

※ジェイコブズの民話集より。人に読み聞かせる時は、人食いの大男がクンクン鼻をいわせる文言を怖〜く言うのがミソ(笑)。

 天の国に住む巨人は何者なのか。結論から言えば彼は太陽神であり、同時に冥界王であり、すなわち世界に死と恵みを与える祖霊神である。そのおかみさんは沈んだ太陽を出迎えて蘇らせ、翌朝また昇らせる太陽の母であり、命を呑み込み育む大地の女神である。(参考「太陽の母」「フシェビェダ爺さんの金髪」) 最後に巨人が墜死し、その死骸の上に「倒れた豆の木がかぶさった」とされているのは意味深である。死骸が植物に変わって豊穣をもたらした、という信仰がうっすら透けているよう思われる。(参考「天道さん金の鎖」)

 しかし本来の「霊的な知識」が失われ、ただの物語として語り継がれるにつれ――神話から民話に変化したことによってその意味は忘れ去られたのだろう、太陽神はただの「人食いの魔物」となって退治されることになり、挙句、近代に子供の教育用の絵本に描かれると「ジャックの父親の財宝を盗んだ極悪人」ということにされてしまった。

 愚かで生活力が無いものの、冥界へ運試しに行ってまんまと宝をせしめてきた息子と、口うるさいが息子が持ってきた宝に味を占めてしまう母親という組み合わせは、「隅の母さんの娘に結婚を申し込みたかった若者」にも見て取れる。ただし、ジャックが宝を奪って最後に冥界との繋がりを断絶してしまうのに対し、そちらの若者は宝を与えられて最後に冥界の花嫁と結婚する。

 

 以下に、味わいはだいぶ異なるが、やはり天梯樹を伝って冥界へ行き宝を盗んでくる話を紹介する。その話には「人食い鬼」は登場しないが、最後に天梯樹を切り倒して現界と冥界の行き来を断絶させる点まで「ジャックと豆の木」に共通している。

トゥミレン  インドネシア

 トゥミレンという農夫がいた。彼は地上でとれる米はどうしてこんなに小粒なものばかりなんだろうといつも考えていた。

 あるとき彼は、天国の米・マランソットの話を聞いた。その粒はとても大きくて、ランサット(ピンポン玉くらいの大きさのセンダン科の果実。ランサ)ほどにもなると言うのだ。けれども天国の人々はマランソットを地上人に売ってはくれない。トゥミレンは盗み出す決意をし、友達のマカエラとスメレンドゥックと共に旅立った。

 その頃、ロコン山の頂上には天国まで届く木が茂っていた。その幹には沢山の刻み目があって、人々はそこを登り下りして行き来していた。

 トゥミレンは、マカエラとスメレンドゥックを引き連れて登っていった。天国に辿り着くと、天国の王女たちがちょうど日なたでマランソットを干しているところに行き会った。

「どうして、あなたたちのような地上の人がこんなところにいらしたの?」と、天国の王女たちが訊ねた。
「俺は、ここへ飛んで来た青いニワトリを探してるんです」と、トゥミレンは答えた。
「青いニワトリですって? ここには青いニワトリなんて一羽もいませんわ。ここのニワトリはみんな真っ白ですよ。でもまあ、探してごらんなさい」

 トゥミレンはその辺りを探して回るふりをしながら、干してあるマランソットを素早く踏んだ。かかとに以前引っかいた傷があったが、その傷の間に何粒かを埋め込んで隠したのだ。

 それから三人は暇乞いをして地上に向かい、途中の天梯樹の上で、トゥミレンはかかとから十二粒のマランソットを取り出した。

 ところが、天国の人々はいつもマランソットの数を数えていたのだ。トゥミレンたちが帰った後で十二粒足りないことに気付いた彼らは、何千人もの追っ手を差し向けてきた。

 トゥミレンは言った。「マカエラよ、お前の力を見せてくれ!」。

 マカエラは剣を抜いて、東に向かって振り下ろした。その剣は魔力を持っていたので、太陽が昇る場所まで長く伸びた。西に向かって振り下ろすと太陽の沈むところまで伸びた。天国の人々はそれを見て震え上がった。

 次にトゥミレンは言った。「スメレンドゥック、お前の力を見せてくれ!」。

 スメレンドゥックは貝殻の笛を吹いた。するとつむじ風が起こってごうごうと吹き荒れたので、天国の人々は耐えられなくなり、とうとう降参して天に帰ってしまった。そして帰り際にこう言った。

「マランソットはダダップとヴァラントカンの木の下に埋めなさい。そうすれば沢山実がなるだろうから」

 トゥミレンが言われたとおりにすると、マランソットの実は本当にたくさん実ったが、その粒の大きさは普通の米と変わりがなかった。

 これを見てマカエラの心は重くなった。彼はロコン山に出かけていき、頂上に生えている天梯樹を切り倒すと海に投げ捨てた。

 こうしてマナドトゥアの島は出来た。それ以来、天国と地上の人の繋がりは断絶している。


参考文献
『世界の民話 アジア[U]』 小沢俊夫編訳 株式会社ぎょうせい 1977.

※この話は神話の形を明確に残している。「盗み」による穀物の請来を語るものである。この系統の神話・民話は世界各地に見え、日本にも弘法大師の話沖縄の話アイヌの話とある。

 

 この話では、ロコン山の頂上に異界に通じる巨木が生えている。この信仰は中国やインド、日本にも見られるものだ。「高い山は異界に通じる」という信仰と「高い木は異界に通じる」という信仰が混じり合ったものだと思われる。しかし信仰が人々の心から遠ざかって、伝承がただの「物語」と化していくにつれて、もっとお手軽に異界へ行けるようにアレンジが加えられていったのだろう。どこか遠くの山や森まで出かけていかずとも、庭に魔法の種をまけば一夜で異界に届く天梯樹が生え出てくれるのだ。主人公も、神話では民衆のために穀物を盗んでこようと決意する英雄だったのに、「ジャックと豆の木」になると自分の生活費を得るために出かけていく狡猾な貧乏人になっている。


参考--> <かぐや姫のあれこれ〜竹の呪力


 参考--> 「賢いモリー」「根の堅洲国」「魔法のつぼ」「雷神の婿になろうとした息子




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