>>参考 [賢いモリー][ジャックと豆の木][ヘンゼルとグレーテル][人さらい]
「親指小僧(ペロー)」「ちびっこの甘露」
せむしのタバニーノは貧しい靴直しだった。村には直す靴もろくに無く、食べていくのも難しい。思い切って、幸せを求めて広い世界に旅立った。旅の中、日が落ちて眠る場所もなかった時、遠くにチカチカと瞬く明かりがあった。それを目ざして進むと一軒家があり、戸を叩くと一人の女が戸を開けた。
「一晩泊めてくれないか」
「でもここは、野蛮人の家なのです。入れてあげたいけれど、私の夫に見つかれば食べられてしまうでしょう」
しかしタバニーノが何度も頼むので、女は哀れに思ってタバニーノを中に入れ、灰の下に埋めて隠した。
間もなく、野蛮人が帰ってきた。鼻をうごめかしながら家の中を歩き回り、こう言った。
クン、クン
人間の臭いがするぞ
ここに来たのか、いたのか
まだ隠れているのか
野蛮人の妻は「お前さん、ご飯ですよ。一体何をしてるの?」と誤魔化すと、大きな釜でマカロニを茹でた。夫婦は一緒にマカロニをたらふく食べ、食べ終わると野蛮人は妻に言った。
「ごちそうさま、もう腹がいっぱいで食べられない。家の中に誰かいるのなら、残りは食べさせてやれ」
「今晩だけ泊めてくれと言って、気の毒な男が来たのです」と、妻は訳を話した。「あなたが食べないと約束してくださるなら、出してあげてもよいのだけど」
「出してみろ」
それで女は灰の中からせむしのタバニーノを引き出して、食卓に座らせた。灰だらけの哀れなせむしは、野蛮人の前に出ると木の葉のように震えたが、勇気を奮い起こしてマカロニを食べた。野蛮人が言った。
「今夜のところは食べられないが、明日の朝はさっさと逃げ出さないと、お前を一口で食べてしまうぞ!」
それから二人は、仲の良い友達同士のように話し始めた。タバニーノは悪魔のように賢かったので、早速こう切り出した。
「お宅のベッドカバーはずいぶん綺麗ですね!」
野蛮人はいい気分になって答えた。
「金と銀の刺繍だぞ。房飾りも金だ」
「それであの衣装箱は?」
「中に金貨の袋が二つ入っているのだ」
「それであのベッドの陰の杖は?」
「天気を晴れにする杖だ」
「それで聞こえてくるあの声は?」
「籠の中のオウムさ。俺たちと同じように喋れるんだ」
「素晴らしい宝物ばかり持っているんですねぇ!」
「いや、これだけじゃないぞ! 馬小屋には、この世に二頭といない、風のように速く走る美しい馬がいるのだ」
夕食が済むと、野蛮人の妻はタバニーノをまた灰の穴の中に入れた。それから夫と寝室へ行ってしまった。あくる朝、夜が明けぬうちに女はタバニーノを起こした。
「さあ、早く逃げないと夫が目を覚ましてしまうわよ!」
タバニーノは女に礼を言って、そこを後にした。
タバニーノは再び世界を放浪し、しまいにポルトガルの王様の宮殿に着いた。そして自分を客分としてもてなしてくれるように望んだ。王様は喜んで彼に会い、旅の体験談を語らせた。野蛮人が家に素晴らしい宝物を沢山持っていると聞くと、王様はそれがどうしても欲しくてたまらなくなった。
「よいか、タバニーノ。お前をいつまでもこの宮殿に住まわせ、何でも好きなようにさせてやろう。だが、一つ頼みがある」
「どうぞ、お申し付けください。陛下」
「金と銀の刺繍がしてあり金の房飾りのついた美しいベッドカバーを野蛮人が持っていると、お前は言ったな。それを盗って来い。さもなければ、お前の首を刎ねてしまうぞ」
「何ということを仰るのです。あの野蛮人は人間を見れば食べてしまうのです。そんなことをお命じになるとは、私に死ねと仰っているようなものではありませんか」
「そんなことはどうでもよい。方法はお前が自分で勝手に考えろ」
可哀想に、タバニーノはありったけの知恵を絞った。考え抜いてから王様の前に進み出た。
「陛下、一週間も餌を与えていない熊蜂を一箱、用意してくださいませんか。そうすればあの美しいベッドカバーを盗って来てごらんにいれます」
王様は軍隊を派遣して熊蜂の群れを捕らえさせ、それを箱に詰めてタバニーノに渡した。更に杖を授けた。
「これは魔法の杖だ。きっと役に立つだろう。水の上を渡るときには、これで岸を一打ちすればよい。では、お前が野蛮人のところへ行っている間、私は遠い海辺の王宮へ行って、帰りを待っているぞ」
タバニーノは野蛮人の家へ行って耳を澄ませた。夕食を食べているらしい物音が聞こえる。タバニーノは窓から寝室に入り、ベッドの下に隠れた。夜になって野蛮人と妻がベッドで眠りにつくと、タバニーノは布団の中に熊蜂の箱を押し込んで蓋を開けた。ベッドの温もりの中で熊蜂の群れは箱から這い出し、羽根を震わせて歩き回った。
野蛮人は寝苦しくなってベッドカバーを跳ね除けた。すかさず、タバニーノはそれをベッドの下へ丸め込んだ。蜂の群れは怒って、寝ている二人を刺しまくった。悲鳴をあげて野蛮人と妻は逃げて行き、誰もいなくなると、ベッドカバーを小脇に抱えてタバニーノも逃げ出した。
暫くすると、野蛮人は窓から部屋を覗き込んで、籠の中のオウムに尋ねた。
「おい、オウム。今はどんな頃合だい?」
するとオウムは答えた。
「せむしのタバニーノが美しいベッドカバーを持って逃げた頃合だよ!」
野蛮人が部屋に駆け込むと、ベッドカバーがなくなっていた。それで馬を引き出し、まっしぐらに後を追った。やがて遠くにせむしの姿が見えた。だが、その時すでにタバニーノは海岸に着いていて、王様からもらった杖で岸を叩いた。すると海の水が真っ二つに裂けて、タバニーノの前に道を開いた。彼が通り抜けると海は元通りになり、野蛮人は岸辺に立って大声で叫んだ。
おうい、人でなしのタバニーノ、
今度はいつここへ来るのだ?
その時には必ず喰ってやるからな、
さもなければ俺は生きていられない
王様はベッドカバーを見て、小躍りせんばかりに喜んだ。そしてタバニーノに厚く礼を言ったが、その後で付け加えた。
「タバニーノ、よくぞベッドカバーを盗ってきた。こうなったからには、天気を晴れにする杖も盗ってこい」
「何ということを仰るのです、陛下」
「よく考えるのだな。さもなければお前の首を刎ねてしまうぞ」
タバニーノはよくよく考えてから、一袋の胡桃を下さい、と王様に願い出た。
野蛮人の家に着いて、耳を澄ますと、二人が寝室に行ってベッドに入る物音がした。タバニーノは屋根に登って、胡桃を掴んでは瓦の上に撒いた。その音を聞きつけて野蛮人が目を覚まし、妻に言った。
「おい、雹が降ってきたぞ! 早く屋根に登って、あの杖を置いてこい。さもないと小麦畑が雹にやられてしまう」
女は起き上がって窓を開け、杖を屋根に乗せた。待っていましたとばかりに、タバニーノはそれを取って逃げ出した。
暫く経って、雹の音がしなくなったと思って野蛮人は起き上がり、満足した様子で窓辺に行くとオウムに尋ねた。
「おい、オウム。今はどんな頃合だい?」
「せむしのタバニーノがお天気の杖を持って逃げた頃合だよ!」
野蛮人は馬に乗って、まっしぐらにせむしの後を追った。そして海岸のところでやっと追いついたが、タバニーノは既に杖で岸を叩いていた。海の水が真っ二つに裂けて、タバニーノが渡り終えると閉じてしまった。野蛮人が叫んだ。
おうい、人でなしのタバニーノ、
今度はいつここへ来るのだ?
その時には必ず喰ってやるからな、
さもなければ俺は生きていられない
お天気の杖を見ると、王様は嬉しくてじっとしていられないくらいだった。が、また言った。
「今度は二袋の金貨を盗ってこい」
タバニーノは考えに考えた。それから木こりの道具を用意してもらい、服を着替え、髭を付け、斧と楔とハンマーを持って野蛮人のところへ出かけた。野蛮人はそれまで昼間のタバニーノを見たことがなかったし、そのうえタバニーノがこのところの宮廷暮らしでせむしがだいぶ治っていたので、それがタバニーノだとは気付かなかった。
野蛮人は気さくに挨拶をしてきて「どちらへ行かれるのです?」と尋ねた。
「木を伐りに!」
「ああ、木ですか。木ならこの森にはいくらでもありますよ!」
そこでタバニーノは道具を取り出して、樫の大木の周りで仕事を始めた。太い幹を伐るために楔を一本打ち込み、また一本、それからまた一本打ち込んでハンマーで叩いたが、やがて楔が一つ取れなくなって困り果てた風を装った。
「そんなに短気を起こしなさるな。私が手を貸してあげよう」
見ていた野蛮人はそう言って、両手を幹の裂け目に差し込んで押し広げ、楔を抜こうとした。が、すかさずタバニーノがハンマーを一打ち、全ての楔を抜いてしまったので、野蛮人は両手を幹に挟み込まれた。
「お願いだ、助けてくれ!」と、野蛮人は叫んだ。「早く家へ行って、かみさんから大きな楔を二個もらってきてくれ。そしてここへ打ち込んで助けてくれ」
タバニーノは野蛮人の家へ駆け込んで女に言った。
「早く、早く、旦那さんに頼まれたのだ。衣装箱の中の金貨を二袋出してくれ」
「金貨を出せですって? これで色々な買い物をすることになっているのよ! 一つならまだしも二つともよこせだなんて!」
タバニーノは窓を開けて呼びかけた。
「おーい、一つだけかい? それとも二ついるのかい?」
「二つだ! 早くしろ!」と、野蛮人がおらび返した。
「聞こえましたか? 怒っていますよ」
タバニーノはそう言って、まんまと金貨二袋を両手に掴むと、さっさと逃げ出した。
誰も助けに来なかったので、野蛮人はやっとのことで幹から手を引き抜いた。皮をすりむき、呻きながら帰ってきた。すると妻が尋ねた。「なぜ、金貨を二袋もよこせなんて言ったの?」
野蛮人は危うく腰を抜かすところだった。それでオウムのところへ行って尋ねた。
「おい、今はどんな頃合だい?」
「せむしのタバニーノが金貨を二袋持ち逃げした頃合だよ!」
しかし今度ばかりは、手が痛かったので野蛮人も追いかけるわけにはいかなかった。それで罵りの言葉を浴びせるだけにした。
おうい、人でなしのタバニーノ、
今度はいつここへ来るのだ?
その時には必ず喰ってやるからな、
さもなければ俺は生きていられない
それでも王様は満足しなかった。風のように速く走る馬も盗ってこいと命じた。
「なんということを仰るのです。馬小屋には鍵がかかっているし、馬具には沢山の鈴が付いているのですよ!」
タバニーノは言ったが、従わなければ首を刎ねられる。考えに考えてから、細長い
「可哀想に、お腹でも壊したのかな? 今夜は全然じっとしていないじゃないか」
また暫くして、タバニーノが錐で馬を突付いた。馬が足を踏み鳴らす音に耐えられなくなり、野蛮人は起きて馬小屋へ行くと、馬を小屋から出して星空の下につなぎ、部屋に戻って眠った。タバニーノは馬小屋の暗がりに隠れていたが、這い出してきて、馬具に付けられた鈴の一つ一つに綿くずを詰め、ひづめも綿で
暫くして目を覚ますと、野蛮人はいつものように窓辺へ行って尋ねた。
「オウムよ、今はどんな頃合だい?」
「せむしのタバニーノが馬を盗み去った頃合だよ!」
野蛮人は追いかけたかったが、馬は既にタバニーノのものだった。誰がそれに追いつけただろうか?
王様は大変に満足しながらも言った。「今度はオウムが欲しい」
「でも、オウムは口をきいたり、叫んだりするのです! たちまち野蛮人に見つかってしまうでしょう」
「そこを考えるのがお前の仕事だ」
タバニーノはいずれ劣らぬ味のイギリスのスープ二皿と、ケーキにビスケット、その他色んなお菓子の包みを用意してもらい、それらをバスケットにつめて出かけた。野蛮人の家に着くと、声を潜めてオウムに話しかけた。
「おい、オウムよ、見てごらん。みんなお前に持ってきてやったのだよ。一緒に来たら、こういう美味しいものをいつでも食べさせてやるよ」
イギリスのスープを食べるとオウムは口をきいた。「おいしい!」
こうして、イギリスのスープと、ビスケットと、ケーキと、キャラメルを次から次へと食べさせては宥めながら、タバニーノはオウムを連れ出した。
やがて、いつものように野蛮人が窓辺に近寄って尋ねた。
「おい、オウム。今はどんな頃合だい? ……おい、今はどんな頃合だい? おい、聞こえないのか? どんな頃合だい?」
駆け寄ってみると、鳥籠は空っぽになっていた。
タバニーノがオウムを連れて戻ると、王様の宮殿では賑やかに祝いの会が開かれた。王様が言った。
「これで全てやり遂げたから、お前に残っている仕事は一つだけだ」
「でも、盗ってくるものはもう何もございません!」と、タバニーノは言った。
「いや。一番大切なものが残っている。野蛮人を連れてくるのだ」
「やってみましょう、陛下。では、私がせむしに見えないような服を作ってください。それから人相も変えてください」
王様は選り抜きの仕立て屋と
こうしてタバニーノが出かけていくと、野蛮人は畑を耕していた。そして帽子を取って彼に挨拶をした。
「何をお探しです?」
「私は棺桶屋なのですが、せむしのタバニーノの棺桶用の木を探しているのです。あの男もとうとう死にましたよ」
「おお、そうですか! とうとう、くたばりましたか!」と、野蛮人は破顔した。「それならば喜んで、木を探すお手伝いをしましょう。どうぞ、ここで棺桶を作っていってください」
「そうさせていただけるとありがたいですな。ただ、一つだけ困ったことがあります。ここでは死人の背丈が計れません」
「そんなことでしたら。あの悪党めの背丈は、だいたい私と同じでした。ですから、私に合わせて作ればいいでしょう」
タバニーノは木材を切って釘を打った。棺桶が出来上がるとタバニーノは言った。
「さあ、出来上がった。これでよいかどうか、大きさを試してみましょう」
中へ入って、野蛮人が横になった。
「蓋も閉めてみましょう」
蓋を閉めて、タバニーノは釘を打った。それから棺桶を担いで王様のところへ持って行った。
国中の名士たちが集まってきて、草原の真ん中に棺桶を置くと火を放った。そして賑やかな祝宴が開かれた。この国の人々はもうあの化け物を恐れなくてもよくなったのだ。
王様はタバニーノを家臣に取り立てた。そして、いつまでも側に仕えさせた。
話は尽きないが命は短い。今度はあなたが話す番。
参考文献
『イタリア民話集〈上、下〉』 河島英昭編訳 岩波文庫 1984.
※どう見ても非道なのは主人公の方で、退治された野蛮人は被害者である。一晩泊めてもらって夕飯もご馳走になって親切にしてもらっておきながら、財産を全部盗んだ挙句に騙して殺害って…。あの親切で人のいい野蛮人の奥さんが、独りになってどうなったのか気になってしまう。
もっとも、この話は本来は「冥界に下って、その力を手に入れる」というテーマなのであって、主人公がどうして冥界へ行って宝を取ってくるのかの理由は、各語り手に任された後付けなのである。「冥界」という曖昧模糊としたものを分かり易く認識するために「神」とし、「怪物」とし、ついには、普通に奥さんと小屋に暮らして馬を飼って畑を耕しているおっさんにまでイメージの普遍化をしてしまった。この話では「主人公が食い殺されそうになる」という要素さえ希薄である。そのため信仰が忘れ去られるにつれて主人公がそれから宝を奪い退治する動機が見えなくなってしまい、結果的に主人公の方が非道に見えてしまう。次に紹介する類話も、どう見ても「人食い鬼」の方が被害者にしか見えない。
コルヴェット イタリア 『ペンタメローネ』三日目第七話
昔、ヒューメラルゴの王にコルヴェットという優秀な若者が仕えていた。その能力と心栄えから王に目をかけられている彼を、他の廷臣たちは妬み憎んで、いつか追い落としてやろうと様々な陰謀を練っていた。
さて、この辺りには鬼の中でもとりわけ野蛮で乱暴な鬼が住んでいたが、王に追い払われ、今は王城から十マイル離れた山頂の暗い森に身を潜めている。この鬼は人の言葉で喋る芸術品のような素晴らしい馬を持っていた。廷臣たちは口々にその馬がいかに素敵で王に相応しいものであるか、優れたコルヴェットなら必ず鬼から馬を奪い取れるだろうと吹き込んだ。すっかりその気になった王はコルヴェットを呼び出し、この危険で華々しい仕事を若者に命じたのだった。
コルヴェットはこれが自分の政敵たちによって仕組まれたことだと理解していたが、素直に王命に従って出かけて行った。鬼の馬小屋に忍び込み、馬に鞍を置いてまたがると、小屋を出て拍車を入れた。途端に馬が叫んだ。
「大変だ、コルヴェットがおいらを連れて行く!」
この叫びを聞くと、鬼が手下の全てを引き連れて飛び出してきた。その手下は山猫、熊、狼、大山猫、ライオンといったあらゆる獣たちだった。しかしコルヴェットは馬を走らせてこの追跡を振り切り、全速力で町に駆け下りた。
若者から馬を差し出されると、王は彼を実の息子のように優しく抱きしめ、金袋の中身をそっくりコルヴェットの手の中に空けた。これを見ると廷臣たちは嫉妬に震えた。
怒りを大きくした廷臣たちは、またも王に吹き込んだ。鬼は言葉に出来ないほど素晴らしい壁掛けを持っている、これを持てば王の名声は世界に轟くだろう。これを取って来れるのは優秀なコルヴェットだけだ、と。王はまたもその気になり、コルヴェットに命じた。若者はすぐに出かけて行った。密かに鬼の寝室に入り、ベッドの下に潜んだ。夜になって鬼の夫婦がベッドに入り、すっかり眠ってしまうと、そっと抜け出して壁掛けを取り、ついでにベッドカバーを持っていこうとした。すると鬼が夢うつつに言った。
「そんなにカバーを引っ張ると腹が冷えるじゃないか」
「カバーを引っ張ってるのはあんたよ。私の方には全然無いわよ」と、鬼の妻が答えた。
「いったいベッドカバーはどこへ行ったんだ」
鬼は手探りでベッドカバーを探し、コルヴェットの顔に触れた。
「曲者だ。曲者だぞ。出あえ、お前たち。ろうそくを持って来い!」
この叫びで鬼の宮殿は蜂の巣を突付いたような騒ぎになったが、コルヴェットは既に手に入れた品物を窓の外に投げ出していたので、自分もその上に飛び降り、上手く束にまとめると一目散に町に駆け下りた。
その壁掛けは絹で、黄金の刺繍が施してあり、千の模様や想像画が描かれてあった。中でも素晴らしいのは太陽を表す絵で、トスカナ語で「太陽よ、我に顔を見せたまえ」と書いてあるところには夜明けを告げる雄鶏の姿があり、「日没に際して」と書いてあるところにはしおれたヘリオトロープの花が描いてあった。王は何度も何度もコルヴェットを抱きしめ、廷臣たちの怒りは破裂しそうになった。
ついに廷臣たちは、鬼の宮殿そのものをコルヴェットに奪わせるように王をそそのかした。あの宮殿には王が住むのこそ相応しい、と。王はすぐにコルヴェットに命じ、コルヴェットもまた直情的な若者だったのですぐに飛び出していった。
鬼の妻は赤ん坊を産んだばかりだったが、夫が親戚を招くために出かけていたので、産後でありながらベッドから起き出し、祝宴の準備で忙しく立ち働いていた。そこにコルヴェットが心配顔で入って行って言った。
「こんちは、おかみさん。そんなに無理をしたらお体に障りますよ。昨日お産をなさったばかりでしょう。なのにくたくたになるまで働くなんて。少しは体をいたわらないと」
「それじゃあ、どうしたらいいのかしらね。誰も手伝ってくれないのに」
「おいらがいるよ。一生懸命、何でもお手伝いしますよ」
「それはありがたいわね。折角だし、薪を割ってもらおうかしら」
「いいですとも。四本でも五本でも任せといてくださいよ」
こう言いながらコルヴェットは研いだばかりの斧を取り上げ、薪を割るようなふりをして、いきなり鬼の妻の首筋に一撃を見舞った。鬼の妻の首は梨のように地面に転がった。それからコルヴェットは急いで戸口に走り、その前に深い穴を掘った。そしてその上を木の枝と土で覆い、戸の陰に隠れて見張っていた。やがて鬼と親戚一同が到着するのを見ると、コルヴェットは中庭から叫んだ。
「止まれ。そこを動くな。ヒューメラルゴ王、ばんざい」
鬼は、このこけおどしの雄叫びを聞くと、コルヴェットめがけて突進してきた。しかし怒りで前後の見境がなくなっていたので、玄関に踏み込んだ途端に、他の親戚もろとも例の穴の底に落ちてしまった。コルヴェットがその上からどんどん石を投げ込んだので、とうとう全員が形を留めぬほどに潰されてしまった。それからコルヴェットは玄関の扉を閉め、その鍵を王に渡した。
王は今や、この若者がいかに勇敢であり、いかに巧みに運を切り開く力を持っているかよく分かったので、彼を自分の娘と結婚させることにした。このようにして、妬みのためにコルヴェットを始末しようとした廷臣たちは逆に彼の前に広い道を作ってしまい、次の言葉を思い知らされたのだ。
悪事の罰に手加減なし
参考文献
『ペンタメローネ』 杉山洋子、三宅忠明訳 大修館書店 1995.
※主人公を妬む同輩が王に色々吹き込んだため難題を命じられるという裏切りモチーフが入っているが、【童子と人食い鬼】の要素の方が強い。「悪事の罰に手加減なし」という最後の格言は文脈的には意味がよく分からないが、コルヴェットが鬼の一族を容赦なく皆殺しにしたことを言っているのだろうか。生まれたばかりの鬼の赤ん坊も殺されたのか…。鬼がそうされても仕方ないほどの悪事を働いていたということなのだろうが、物語中でそれが具体的に語られていないので読者には分からない。だから酷い話だと感じてしまう。
ほぼ同じ内容であっても、小子部 栖軽 が雷神を捕らえる話くらい単純に語られていれば、「神(人食い)」の人格が分からないので全く酷いようには感じないものなのだが。
タバニーノが野蛮人の家に行くと、王は遠い海辺の王宮に行く。海は現界と冥界を隔てる境界だ。冥界の野蛮人と現界の王は海を挟んで鏡のように存在している。
王はタバニーノに魔法の杖を渡す。これで岸を打つと海が割れ、現界と冥界を繋ぐ道が現れる。この杖は三途の川に架かった橋や冥界の川の渡し守と役割的には同じものである。なお、『旧約聖書』によればモーセがエジプトから脱出する際、杖で打って紅海を割り、道を作ったとされる。追跡するエジプト王の軍は渡れずに波に飲まれた。民話の「アンデ・アンデ・ルムト」や「クワシ・ギナモア童子」にも同様のモチーフが現れている。