蛙娘  ユーゴスラビア

 昔、あるところに年取った夫婦が住んでいました。二人には子供がありませんでしたので、いつも神さまに「どうか子供をお恵みください」とお祈りしていました。

 とうとう二人は巡礼に出かけ、旅の間ずっと、神さまにお祈りしました。

「たとえ蛙であっても構いません。子供を一人授けてください」

 巡礼から帰ってしばらく経つと、奥さんは身ごもったことに気がつきました。そして、九ヶ月経つと待ち望んだ子供が産まれました。ところが、その子は蛙だったのです。

 それでも二人は、子供がいないよりはずっといいと思いました。

 

 それから何年も経ちました。蛙娘は十四歳になりましたが、いつも外に出かけていて、たまにしか家に帰ってこないのでした。

 年取ったお父さんは、毎日、山のブドウ畑へ仕事に行きます。お弁当はお昼にお母さんが運んでいくのですが、お母さんもだいぶ年をとってきて、ある日、こんな愚痴をこぼしました。

「私はもう、体を動かすのがとても億劫だ。お父さんのお弁当を運びに山を登るなんて、とても出来ないよ。なにしろ、足が言うことを聞かないんだから」

 すると、その時帰ってきた蛙娘が言いました。

「お母さん、年をとって山へ行くのは辛いでしょう。今度は私が行ってくるから、そのお弁当を持たせてくださいな」

 お母さんは言いました。

「可愛い可愛い蛙娘。どうしてあんたがお弁当を運んでいけるの。あんたには足はあっても手がないから、お弁当を持つことすら出来ないじゃないの」

「私にだって持って行けるわ。お弁当を私の背中に乗せて、足にしっかり縛り付けてください。そうすれば、なんの心配もないわ」

「それじゃあ、出来るかどうかやってごらんなさい」

 そう言うと、年取ったお母さんは蛙娘の背中にお弁当を乗せ、足にしっかり縛り付けて、出してやりました。

 蛙娘はお弁当を背負って、ぴょんぴょん跳ねていきました。やがてお父さんが働いている山のブドウ畑に着きましたが、戸を開けることも垣根を跳び越えることも出来ません。そこで蛙娘は大声でお父さんを呼びました。お父さんは垣根までやって来て戸を開け、お弁当を受け取りました。

 お父さんがお弁当を食べ終わると、蛙娘が言いました。

「お父さん、私を、あの桜の木の上に乗っけてちょうだい」

 お父さんは、言われたとおり蛙娘を桜の木の上に乗せてやりました。すると蛙娘は大声で歌をうたい始めました。それはとても大きな声だったので、辺り一面に響き渡りました。とても美しい声なので、妖精がうたっているのかと思われるほどです。

 ちょうどそこへ、狩りをしている王子さまが通りかかりました。そして、長いこと、蛙娘の歌に聞きほれていました。

 歌が終わると、王子さまは年取ったお父さんのところへ来て尋ねました。

「あんなに上手に歌っていたのは、誰なんだ?」

 お父さんは答えました。

「知りませんねぇ。私には全然聞こえなかったし、何も見えませんでしたよ。そういえば、カラスが頭の上を飛んでいくのは見えましたけどね」

「誰がうたっていたのか、本当のことを言ってくれないか。もし男だったら友人に、娘だったら妻になって欲しいんだ」

 けれども年取ったお父さんは、蛙娘が歌っていたとは恥ずかしくて言えませんでした。王子さまは、仕方なくお城へ帰っていきました。

 次の日もまた、蛙娘は年取ったお父さんにお弁当を持っていきました。お父さんは今度も、蛙娘を桜の木の上に乗せてやりました。蛙娘は、昨日と同じように大声でうたい始めました。その美しい声は辺りの谷間に響き渡りました。

 すると、まあどうでしょう。あの王子さまがまた現れました。誰がうたっているのかを探り出すため、わざわざ狩りにやって来たのです。歌が終わると、王子は再び年取ったお父さんのところへ行って訊きました。

「うたっていたのは、一体誰なんだ?」

 けれどもお父さんはこう答えるばかりです。

「私には、全く分からないんですよ」

「それなら、一体誰があなたのところに弁当を持ってきてくれたんだい?」

「私は、昼に家に帰ったんですよ。だけどあんまり疲れていたもので、ちっとも食欲がなかったんです。それで、弁当にして持ってきたってわけですよ」

「ご老人、僕の心は、すっかりあの歌のとりこになってしまったんだよ。あなたはきっと、誰がうたっていたのか知っているはずだ。どうか僕に教えてください。もし男なら友人になって欲しいし、もし娘なら妻になって欲しいんだよ」

 これを聞くと、お父さんは言いました。

「出来ればあなたさまに打ち明けてしまいたいのですが、それが、とても恥ずかしいことでしてね。あなたさまも、お聞きになったらきっとお怒りになるでしょう」

「そんな心配はしなくていいよ。どうか、僕に打ち明けてくれ」

 そう言われて、お父さんはとうとう話し始めました。

「さっきうたっていたのは、実は蛙なんでございます。しかもその蛙は、私の娘なんでございます」

「そうだったのか。それじゃあ、あんたの娘さんに、ここへ降りてきてくれるように言ってくれないか」

 お父さんが呼ぶと、蛙娘は木から降りてきました。そしてもう一度、大きな声で歌をうたい始めました。

 王子さまは、嬉しさのあまりドキドキしました。そして蛙娘に向かって言いました。

「どうか、僕の許婚になってくれないか。明日、僕の二人の兄さんの許婚たちが、城へ来ることになっている。その時に、一番美しいバラの花を持ってきた娘とその夫にこの王国を譲り渡そうと、僕たちの父である王が言っておられるんだ。どうかバラを一本探し、それを持って、僕の許婚として城へ来ておくれ」

 すると、蛙娘は答えました。

「お望みどおりにお城へ参りましょう。けれどもその前に、お城から白いオンドリを一羽、私のところへよこしてくださいませんか。私はそのオンドリに乗って出かけてまいりますから」

 王子さまはお城へ帰ると、白いオンドリを一羽、蛙娘のところへ遣わしました。蛙娘の方は、すぐにお日様のところへ行き、お日様から太陽のドレスをいただきました。

 次の日の朝、蛙娘は太陽のドレスを持って、白いオンドリの背中に乗りました。こうして町の門まで来ましたが、門番が中へ入れてくれません。そこで蛙娘は言いました。

「もし私を町へ入れてくださらなければ、王子さまにあなたのことを訴えますよ」

 すると門番は、すぐに門を開けてくれました。

 町の中へ入ると、オンドリは、たちまち白い妖精に姿を変えました。そして蛙娘は、この世に二人といないほど美しい、人間の娘に変わったのです。

 娘は、太陽のドレスを着ました。手にはバラではなく麦の穂を一本持って、王様の宮殿へ向かいました。

 宮殿では王さまが、まず一番上の息子の許婚に尋ねました。

「お前は、どんなバラを持ってきたかね?」

 この許婚は、王さまに本物のバラを一本差し出しました。

 王さまは、次に二番目の息子の許婚に尋ねました。

「お前は、一体どんなバラを持ってきたかね?」

 この許婚は、王さまにナデシコを一本差し出しました。

 最後に王さまは、末の息子の許婚に尋ねようとしました。そしてすぐに、娘が手に持っている麦の穂に気付いて、こう言ったのです。

「お前は、一番美しく、一番役に立つバラを持ってきたね。それを見れば、人間というものは麦なしには生きられないということをお前が知っていると分かる。また、お前が暮らしというものがどういうものかを知っていることも分かる。麦と比べたら、どんな華やかでも他の花に価値があるだろうか。

 どうか、私の末息子の嫁になってくれ。私は、末息子にこの王国を譲ることにしよう」

 こうして、蛙娘は女王様になりました。



参考文献
世界のメルヒェン図書館3 『ヘビの王のおくりもの −バルカンのはなし−』 小澤俊夫編訳 株式会社ぎょうせい 1981.

※「蛙息子」の女性版という感じだが、蛙息子が自ら花嫁を探しに行くのに対し、こちらは王子の方からやってくる。父親が働くブドウ畑まで弁当を運ぶくだりは、「にんにくのようなマリア」と同じである。後の展開はまるで違うが。

 王子が姿の見えない素晴らしい歌い手に恋焦がれて求婚するくだりは「小指の童女」と同じだが、あちらが歌声の主の姿を見てガッカリし、婚約はしたものの疎んじるのに対し、こちらでは蛙と分かっても心から求婚する。読んで気持ちよいのはこちらの方ではあるのだが、真面目に考えてみるとこの王子はなんかおかしい。人として。実は両生類フェチとか…? 「森の花嫁」「白猫」くらい丁寧に、異形の花嫁の魅力と、それに王子が惹かれていく過程を描いてくれていたら納得できるのだが。

 そう。この物語は中盤以降、王子と出会ってからの展開がかなり簡略化されてしまっている。王子に求婚されると、蛙娘は太陽のところへ行ってドレスをもらってくるし、そのあと町に入るなり変身するが、その理由や冒険の様子は全く語られない。

 思うに、中国の「蛙息子」の多くで蛙の子が「天帝から遣わされた者」であったことと、蛙娘が太陽にドレスをもらいに行くことは無関係ではない。神に祈って授かった蛙娘は、百姓夫婦の娘であると同時に神(天帝)の子、即ち太陽の娘なのであろう。



参考--> 「ひきがえる息子」「小指の童女



小さな蛙姫  ミャンマー

 子供のない、年取った夫婦がいた。とても子供を欲しがっていたので、妻が妊娠していることが分かると大喜びした。ところが妻が生んだのは人間ではなく、小さな雌の蛙だったので、とてもがっかりした。しかし小さな蛙は口をきいて人間の子供のように振舞ったので、両親だけでなく隣人も彼女を愛するようになって、彼女を愛情をこめて《小さな蛙お嬢さん》と呼んだ。

 数年後に母親が死んで、父親は再婚することになった。彼が選んだ女性は二人の醜い娘を持つ未亡人だった。彼女たちは以前から《小さな蛙お嬢さん》の人気を激しく妬んでいて、三人で蛙娘を虐待して喜んだ。

 

 ある日、王の四人の息子のうち最も若い王子が、定まった日に洗髪式を行うと宣言した。それは全ての若い女性を招待して参加させるもので、彼の花嫁を選ぶためのものだった。

 定められた日の朝、二人の醜い姉たちは素晴らしい晴れ着を着させた。そして王子に選ばれることを期待して宮殿に出かけて行った。小さな蛙お嬢さんは彼女たちを追って訴えた。

「お姉さん、私も一緒に行かせてください」

 姉たちは嘲り笑い、からかって言った。

「何ですって。小さい蛙が行きたいって言うの? 招待されたのは若い女性で、若い蛙じゃないのよ」

 小さな蛙お嬢さんは一緒に行く許しを嘆願しながら、彼女たちに付いて宮殿の方へ行った。けれど姉たちは頑固で、宮殿の門で彼女は後に残された。けれども、彼女は中に入れてほしいと門番にとても甘く話しかけた。小さな蛙お嬢さんは、何百人もの若い女性が宮殿の庭のプールの周囲に集められているのを見た。そして彼女はその場所に混じって王子を待った。

 

 その時王子が現れて、彼の髪をプールで洗った。女性たちもまた自分の髪をおろして儀式に参加した。式典が終わると、王子は女性たちがみんな美しかったので誰を選ぶべきか分からなかった、よってジャスミンの花束を投げると言った。その花束が頭に落ちた女性が彼の妃になるのだ。王子は花束を空に投げた。そして全ての女性たちが期待して見上げた。

 花束は、ところが、女性たち……特に二人の継姉たちを激しく苛立たせたことに、小さな蛙お嬢さんの頭に落ちた。王子もまた失望した。しかし彼は自分の言葉を守らなければならないと感じ、小さな蛙お嬢さんと結婚した。それで彼女は小さな蛙姫になった。

 

 それから暫くして、老いた王は彼の四人の息子を呼んで言った。

「我が息子たちよ。私は今、国を治めるにはひどく老いた。そこで私は森へ隠居して、隠者になろうと思っている。そこで私はお前たちのうちの一人を後継者に指名せねばならない。

 私はお前たち全員を平等に愛しているので、果たすべき課題を与えるぞ。成功した者がこの宮殿の王となるだろう。その課題はというのはな、今から七日目の夜明けに、私に黄金の鹿を持って来るということだ」

 末の王子は小さな蛙姫の家に帰り、この課題について彼女に話した。

「なんだ、金色の鹿だけなの!」と蛙姫が叫んだ。「普段通り食事をしなさい、私の王子様。定められた日には、私があなたに黄金の鹿を差し上げますわ」

 それで、三人の兄王子たちが森に入って鹿を探している間、末王子は家にいた。

 七日目の日の出前に、小さな蛙姫は彼女の夫を起こして言った。

「宮殿にお行きなさい、王子様。ここにあなたの黄金の鹿がいるわ」

 末王子は見て、それから目をこすってもう一度見た。小さな蛙姫が手綱で引いてきた鹿は、本当に混じりけのない金に間違いなかった。そこで王子は宮殿に行き、普通の鹿を持ってきた兄王子たちは激しく苛立った。彼は王の後継者に定められた。

 

 兄王子たちは、しかし、第二の機会を嘆願した。そこで王はしぶしぶ承知した。

「では、二番目の課題を果たすがよい」と王は言った。

「今から七日目の夜明けに、永遠に腐らない米と永遠に新鮮な肉を持って来ねばならぬ」

 末王子は家に帰り、小さな蛙姫に新しい課題について相談した。

「心配しないで、愛しい王子様」と蛙姫は言った。「いつもどおり食べて、いつもどおり眠りなさい。定められた日には、私があなたに米と肉を差し上げますわ」

 それで、三人の兄王子たちが米と肉を探しに行った間、末王子は家にいた。

 七日目の日の出前に、小さな蛙姫は彼女の夫を起こして言った。

「我が君、すぐに宮殿にお行きなさい。ここにあなたの米と肉があるわ」

 末王子は米と肉を持って宮殿に行った。よく調理された米と肉を持ってきた兄王子たちは激しく苛立った。彼は再び王の後継者に定められた。

 

 しかし兄王子たちは再び更なる機会を嘆願した。王は言った。

「これは間違いなく最後の課題だ。今から七日目の夜明けに、この地上で最も美しい女性を連れてきておくれ」

「ホー、ホー!」と三人の兄王子たちは物凄い喜びの声をあげた。

「私たちの妻はとても美しい。彼女たちを連れてきます。私たちのうちの一人が後継者になるのは確実だ。そして今回は役立たずの弟は手も足も出ないぞ」

 これを聞いて末王子は悲しく感じた。何故なら、彼の妻は蛙で醜かったからだ。

 家に着くと、彼は妻に言った。

「親愛なる妃よ、私は地上で最も美しい女性を探しに行かなければならない。兄たちは自分の妻を連れてくる。彼女たちは本当に綺麗なんだ。だが私はそれより美しい誰かを見つけるよ」

「心配しないで、私の王子様」と蛙姫は返した。

「いつもどおり食べて、いつもどおり眠るの。定められた日に、あなたは私を宮殿に連れて行くことができるわ。きっと、一番綺麗な女性だって言われるわよ」

 末王子は驚いて姫を見た。だが彼は彼女の気を悪くさせたくなかったので、紳士的に言った。

「分かったよ、姫君。私はきみを期日に一緒に連れて行くよ」

 

 七日目の夜明けに、小さな蛙姫は王子を起こして言った。

「我が君。私は身支度をしなければならないの。ですから出発間際になったら呼んでくださいね」

 言われた通りに王子は部屋を出た。しばらく過ぎて、王子は「姫、私たちは行かなくてはならないよ」と外から叫んだ。

「分かったわ、我が君」と姫が返した。「私のために扉を開けてちょうだい」

 王子は内心で考えていた。(恐らく、黄金の鹿と素晴らしい米と肉を手に入れることができたように、彼女は自分自身を綺麗にすることが出来るんだ)と。だから期待して扉を開けた。しかし小さな蛙姫が蛙のままで、醜いのを見てガッカリした。

 けれども彼女の気持ちを傷つけないために、王子は何も言わずに宮殿に連れて行った。王子が彼の蛙姫と共に謁見室に入ると、三人の兄王子たちは彼らの妻と共に既にそこにいた。

 王は王子を見て驚いて言った。

「お前の美しい娘はどこにいるのだ?」

「王子様のために私がお答えしますわ、我が王よ」と、蛙姫が言った。

「私が彼の美しい娘です」

 彼女は自分の蛙の皮を取った。すると、そこには絹とサテンの衣装を着た美しい娘が立っていた。

 王は彼女が世界で最も美しい娘であると断言して、末王子を彼の後継者に選んだ。

 王子は彼の姫に二度と醜い蛙の皮を着ないように頼んだ。そこで蛙姫は、彼の願いに応えるために、皮を火の中に投げ込んだ。



参考文献
Maung Htin Aung: Burmese Folk-Tales. Calcutta 1948, p. 70 ff.
The Frog Maiden」/『maerchenlexikon.de』(Web)

※「小指の童女」とは違い、王子が人間的なレベルで優しい人でよい。最後の最後で溜飲を下げるカタルシスといい、女性好みのしそうなアレンジバージョンである。

 前半は【シンデレラ】的だが、意地悪な継母や姉たちは後半には出てこずに消化不良になっている。門番に甘い言葉をかけて通過するくだりは、ユーゴスラビアの「蛙娘」で、オンドリに乗った蛙娘が門番を脅して通過するシーンと、モチーフ的には同一なのだろう。根底にあるのは「冥界の門の通過」のイメージかと思われる。蛙の姿をした死者の魂が美しい娘に転生する暗示である。




inserted by FC2 system