二文のヤニック  フランス

 昔、プルベール教区のラニオンの近くに、両親に先立たれた若者が住んでおり、毎日家から家を廻っては施しをもらって暮らしていた。ある日のこと、通りすがりの紳士が彼に二文を与えた。たったそれだけのお金でも彼には初めて持ったほどの大金だったので、すっかり嬉しくなって跳ね踊った。彼は幾分《足りない》方で、はっきり言ってしまえば精神薄弱児に近かった。服がボロボロだったので新しい服の布地を買いに店に行ったが、商人は彼が得意げに差し出した二文を見て呆れるよりなかった。

「帰った、帰った。二文のヤニックか!」

 それ以来、彼は二文のヤニックと呼ばれるようになった。折角の二文は、同年代の連中に混じってコルク栓倒しをして遊んだらあっという間になくなってしまい、その場で泣き出した彼は笑いものになるばかりだった。

 

 その夜のこと、彼はブズルゾの丘に登り、そこの水飲み場で水を飲んで眠り込んだ。朝になってもう一度水を飲もうと水盤を覗き込むと、奥の方に大きなヒキガエルがいる。彼はビックリして後ずさったが、カエルは口をきいて言った。

「怖がらないでいいのよ。ここに来て私にキスしてちょうだい」

 カエルは水飲み場の縁石の上に這い出してきた。

「あんたにキスするのかい? ……僕はカエルさんとはキスしないよ」

「キスしてよ。そうすれば金だって銀だって持てるだけあげるわ」

「本当? 本当に持てるだけ金や銀をくれるの?」

「勿論よ。そうすれば新しい服だって買えるし、白パンや林檎だって買えるわ。コルク栓倒しだって好きなだけできるのよ」

 ヤニックはそれほどに素晴らしい話には抗えず、意を決して近寄るとキスをした。そしてすぐに尋ねた。

「金と銀はどこ?」

「そこの苔の生えた石をどかしてごらんなさい。水の側のよ。その下に約束のものがあるわ。明日になったらまた同じ場所に同じだけ見つかるから、明日も同じ時間にここに来てね」

 カエルは水の中に消え、ヤニックは苔むした石をどかしてぴかぴかの金貨と銀貨を見つけた。彼はそれを持てるだけ持つと町へ走って行って叫んだ。

「ほらほら見て、金も銀もいっぱいだよ!」

 そして金貨や銀貨を掴み出して見せると、たちまち町の不良たちが寄ってきて、あっという間に全て、彼らのポケットに移し変えてしまった。ヤニックは泣きながらブズルゾの水飲み場へ戻って、そこで丸まって夜を明かした。

 あくる朝、ヤニックが水盤の方を見ると、例のカエルがいたけれども、昨日よりももっと大きく、もっと醜くなっていた。

「おはよう、ヤニック。戻ってきてくれたのね」

「うん。町のいたずらっ子たちに取られて金も銀もなくなっちゃった。一文無しさ」

「心配しないでいいのよ。また私にキスしてちょうだい。そうすれば持ちきれないくらいの金や銀をあげるわ」

 ヤニックは、縁石の方に這い上がってきたカエルにキスをしようとした。でもカエルはとても醜く、毒々しく膨れ上がっていて、見ただけでゾッとして吐き気を催した。キスなんてとても出来そうにない。

「怖がらないで。昨日みたいにキスしてくれれば、好きなだけ金も銀も手に入るのよ」

 そこで、ヤニックは二度目のキスをした。カエルはまた明日も来るようにと言って、金銀の山の隠してある場所を教えた。ヤニックは金や銀でポケットをいっぱいにして町に戻ったけれども、やっぱり前の日と同じように巻き上げられてしまった。

 夕方、ヤニックは水飲み場へ戻るとそこで夜を過ごした。あくる朝には、カエルはますます巨大になって水盤いっぱいになっている。それでもヤニックはそのヒキガエルにキスをした。するとどうだろう。三回目のキスをした途端に、カエルのいた場所には美しいお姫様が立っていた。

「ありがとう、あなたのおかげよ! 魔法が解けたの。何年も前から魔法にかけられて、あんなみっともない姿になっていたのよ。二十歳のまだ結婚していない男の人が私に三回キスしてくれるまではそのままでいなければならなかったの。

 私はオリエントの方の大きな国の王女なの。私のお婿さんになってくださらない? お父さまが亡くなった後は、あなたが王になって国を治めるのよ。

 一年と一日後のちょうど八時に、この水飲み場の脇に一人で来てちょうだい。迎えに来るわ。一緒にお父さまのところへ行きましょう。でも、それまでどんな女の人にもキスしちゃ駄目よ。それから、ここへ来るときには何も食べないでね。それを守らなければもう二度と会えないの。金も銀も好きなだけ持っていって。でも、私のことを忘れないで」

 ヤニックはポケットというポケットに金銀を詰め込んだ。王女は彼に別れを告げると、まるで羽根でも生えたかのように舞い上がって姿が見えなくなった。

 ヤニックは町に戻ると、今度は不良たちに奪われないように、金銀をエモンの四人息子館という宿屋に預けた。ところで、この宿屋に勤めていたアネチックという若い女中が、ヤニックにぞっこん惚れてしまった。彼がどんなに知恵の足りない若者で、宿屋の客たちに散々馬鹿にされていても、何くれと世話を焼いて出来るだけ周囲から守ってやり、真剣に結婚したいと思いつめていた。ところがヤニックは、それに気付いた様子もないのだ。ある日、とうとうアネチックは正面から気持ちを告白した。ところがヤニックはその求婚を断った。

「きみと結婚するわけにはいかないんだ、アネチック。だって僕はもう、綺麗なお姫様と婚約してるんだもの。カエルにされていたのを魔法を解いてあげたんだ」

「なに、それ。馬鹿にしないでよ。どこにいるの、その、あんたのお姫様って人は!」

「遠い遠いところの宮殿に帰ったんだよ。でも、一年と一日経ったら迎えに来てくれる約束なんだ。そしたら一緒に彼女の国に行って結婚するんだよ」

「まあ、何てお話かしら! で、そのお美しいお姫様とどこでお待ち合わせ?」

「ブズルゾの丘の水飲み場の側だよ。そこにたった一人で何も食べずに行かなきゃいけないんだ。それに、それまでの間、どんな女の人ともキスしちゃいけない。そうするともう二度と会えないんだ」

 ヤニックは言うべきでないことまで言ってしまった。

「いいわ、何が何でも、その計画を邪魔してあげるわ」

 アネチックはヤニックの首に飛びつくとキスをした。そして翌日も、その後も毎日、それを繰り返した。

 その間に約束の日が近付いてきた。ヤニックはその日が待ち遠しく、指折り数えていた。

「いよいよ明日だ、アネチック」

「あら、間違えてるわ。まだ一週間先よ」

「違うね、明日さ。ちゃんと数えたんだ。約束の時間通りにブズルゾの水飲み場に行くんだ」

 翌朝、ヤニックはとっておきの服を着て、朝早くブズルゾの水飲み場へ向かった。彼は食べ物も飲み物もとらなかった。早く着きすぎたので水のほとりの石に腰掛けて待っていたが、何気なくチョッキのポケットに手を入れると、何故か一粒の豆が入っていた。実は、アネチックがこっそり入れておいたのである。ヤニックは不思議そうにそれを眺めてから、口に持って行って飲み込んだ。するとたちまち眠ってしまった。

 王女は八時ちょうどに現れたが、ヤニックが眠り込んでいるのを見て言った。

「まあ、何か食べたか、女の人にキスしたかだわ!」

 その両方だったのだ。

 王女は手紙をヤニックの手の中に残し、宙に舞い上がって消えた。やがて自分が眠っていたことに気付いたヤニックは悲鳴をあげた。

「眠っちまった間にお姫さまが来たんだ。この紙を置いていってくれたのはあの人なんだ。でも何て書いてあるんだろう? 僕には読めないからアネチックに読んでもらおう」

 ヤニックが一人で戻ってきたのを見ると、アネチックは言った。

「あら、ヤニック! あんたのお姫さまはどうしたのさ?」

「それなんだ、アネチック! 実は水のほとりで眠っちまって、逢えなかった。でも彼女は来たんだ。だって、僕の手の中にこの手紙を残していったんだもの。ねえ、何て書いてあるんだい?」

 けれども、アネチックも文字は読めなかったのだ。彼女はその紙を受け取って他の人に読んでもらい、内容をヤニックに伝えた。

『ヤニック、ここへいらっしゃる前に食べるか、女の人にキスするかしましたのね。眠っていましたわ! 明日十時にまた来ます。水飲み場のほとりに、何も食べず、どんな女の人ともキスしないで来て下さい』

「いや、明日はもちろん眠らないぞ! 眠くならないように今晩は早く寝よう」

 けれども、次の日も前と同じようになった。ヤニックはアネチックがポケットに忍ばせておいた空豆を見つけると、考えなしに口に入れたのだ。ヤニックはまた残された手紙をアネチックに渡し、彼女は人に読んでもらって内容を伝えた。

『明日また、お昼に来ます。ですが明日が最後です。もしまた眠っていたら、私たちはもう永遠に逢えないでしょう』

 ヤニックは悲嘆に暮れて泣き出し、今度こそ眠るまいとすぐにベッドに潜り込んだ。けれどもやっぱり同じになった。アネチックが忍ばせたイチジクをヤニックは食べ、王女は三度目のため息をつくと、半分の指輪を添えた手紙を眠る彼の手に握らせて去った。

 ヤニックは目を覚まして、悲嘆のあまり子供のように泣いた。今度はアネチックにではなく、プルベールの学校の先生に読んでもらった。

『私はもう二度とここへは来ません。私はこれから、紅い海の上に四本の金の鎖で吊り下げられた城へ行くでしょう。もしもあなたが私を愛してくださっているのなら、そこまで来て下さい。けれども、そのためには苦労に苦労を重ね、恐ろしい試練を潜り抜けなければなりません。

 それから、あなたはあなたが泊まっている宿屋に戻ったら、服のボタンを全て引き千切らなければなりません。一つを引き千切るたびに、宿屋の中の人間が一人、死ななければならないでしょう』

 ヤニックは宿屋に戻るとすぐに、着ていた服のボタンを引きむしった。一つボタンをむしるごとに一人、宿屋の中の人が倒れて死んでいったが、一番最初に死んだのはアネチックだった。そしてとうとう、宿屋の人間はみんな死んでしまった。

 ヤニックは王女を探す旅に出発した。杖を手にし、王女の残した半かけの指輪をポケットに入れた、あてのない旅だった。いたるところで、紅い海の上に吊るされた金の城について尋ねたが、それに答えられる者は誰もいなかった。

 ある日、彼は森の中で一人の年老いた隠者に出会った。彼はまた、紅い海の上に吊るされた金の城について尋ねた。

「いやはや、息子よ。そいつがどこにあるかをわしは知らんのじゃ。じゃが、ここから二百里先の森に住んでいるわしの兄ならば、わしより年をとっており、ありとあらゆる獣の王でもある。きっと何か教えてくれるに違いない」

「でも、そこまでどうやって行けばいいんでしょうか」

「ここにボールがある。これが勝手に転がっていくから、その後に付いていくだけでいい。それから塗り薬もやろう。わしや山野に生えた薬草について知らぬものがないが、この薬で治らぬ傷はないぞ」

 ヤニックは薬の壷を受け取ってお礼を言い、転がるボールに付いて長い道を歩いていった。

 二百里歩いた後に、ボールは二番目の隠者の庵の戸にぶつかって止まった。話を聞くと、二番目の隠者はこう言った。

「いやはや、息子よ。その城がどこにあるかわしは知らんが、獣の中に知っておる者があるかもしれん。わしは全ての獣の王という役を与えられておる。奴らを呼び出してみよう」

 隠者が銀の笛を吹き鳴らすと、四方からあらゆる獣たちが駆けつけてきた。けれども問題の城を知っている者はいなかった。そこで隠者は言った。

「ここから三百里ばかり先の森に兄が住んでおる。羽のある全ての獣の王じゃから、何か教えてくれるかもしれん。このボールの転がる後に付いていけばそこまで行けるはずじゃ」

 ヤニックは隠者に礼を言って先に進んだ。ボールはどこまでもどこまでも転がっていき、ヤニックがへとへとになった頃、ボールは三番目の隠者の庵の戸にぶつかって止まった。現れた老人は白く長い髭を垂らしており、ヤニックが何か言う前にこう言った。

「よく来た、弟のボールよ! それにそなた、二文のヤニックもよく来た。そなたのことはよく知っておる。何のために来たのかもな。

 そなたは、醜いカエルの姿で魔法に囚われていた王女を救った。じゃがその王女に去られたのじゃな。王女は、紅い海の上に吊り下がった金の白に引きこもっておる。そこへそなたは行こうとしておる」

「その通りです、隠者さま! お力を貸してください。お姫さまはどこにいるんでしょうか」

「金の城がどこにあるかわしは知らぬ。じゃが、神さまに羽ある眷属の王を任じられておるから、鳥たちに聞いてやろう」

 老人が銀の笛を吹くとあらゆる鳥が集まってきて空が暗くなったほどだった。集まった全ての鳥に尋ねたが、金の城のことなど知らないと言う。しかし一羽だけ、鷲がやって来ていなかった。老人がもう一度笛を吹くと、ようやく鷲がやってきた。

「どうしてすぐに来なかったのじゃ?」

「遠くから来たものですから! 紅い海の上の金の城から来たんです。そこでは、王女が明日、婚礼の式を挙げるというので、その支度をしていて、牛だの仔牛だの、ありとあらゆる獣を山ほどほふって肉を作っていまして……少しそのお相伴に預かっていましたので」

「それでは金の城がどこにあるのか知っているな。それでは、この男をすぐにそこへ連れて行ってやれ」

「それはいいですが、食料をたっぷり用意してください。なにぶん遠いところですから」

 老人は近くにあった巨人の城の羊を十二頭つぶして、細切れにした肉を鷲の背に乗せた。そしてその上にヤニックが乗ると、鷲は空高く舞い上がった。鷲は腹が減ると、クワッと鳴く。そうするとヤニックが肉を一切れ投げ与えるのだが、鷲は頻繁に鳴いて、紅い海の上に出た頃には肉がなくなってしまっていた。

「もうないよ、みんな食べちゃったんだから」

「クワッ、クワッ、食べないともう飛んでいけない」

「どうしたらいいんだい? 頑張ってくれよ、もうすぐじゃないか。城壁が見えるよ」

「早く食べ物をよこせよ、クワッ。さもないと落っことすぞ。食べなけりゃこれ以上飛べないんだから」

 そこでヤニックは自分の右足のふくらはぎを切り取って与えた。鷲は飲み込んで、「美味しいけどほんの少しじゃないか」と言った。しばらくするとまたクワックワッ鳴き始めたので、ヤニックは左足のふくらはぎを切って与えた。更に右の臀部と左の腿も与えることになり、血を流しすぎてヤニックは半死半生になっていた。

 けれども、そのとき彼は、最初の隠者からもらった薬の壷を思い出した。この薬を塗ると切り取った肉はたちまち再生し、前以上に元気いっぱいになった。

 ヤニックは金の城に到着した。そして教会へ向かう婚礼の行列が通る道の、必ず目に付く場所に立って待っていた。十時ごろに行列がそこに差し掛かると、王女はヤニックに気がついた。感激した彼女は仮病を使い、その日の婚礼を明日に延期させた。こんなことが三日続いた。

 三日目になると、教会へ行く前に城で婚礼の宴を行うことになった。ヤニックは、とても遠い国の王子として宴席に招待されていた。王女が見事な衣装や宝石を用意して、彼に着せていたのだ。

 宴もたけなわになると、招待客たちはそれぞれいい気分になって、めいめいが何か面白い話を語ることになった。王が花嫁に何か話すことを勧めると、彼女は立ち上がってこんなことを言った。

「一つ頭を悩ませていることがございます。王さまは年輪を増され、知恵と経験に優れておられます。きっと私の悩みに答えを見つけてくださるでしょう」

「話しなさい、王女よ」

「はい。しばらく前に私、宝物の鍵をなくしてしまいました。それで新しい鍵を作らせたのでございます。ところが後で古い鍵が見つかりました。そこで今、鍵が二つあることになったのですが、古いものと新しいもの、どちらを選べばよろしいでしょうか」

「古いものが常に優れているのじゃ。古い鍵を取られるがいい」と、王は答えた。王女は「私もそう存じます」と言うと、ヤニックを指して言った。

「私が醜いカエルの姿で魔法にかけられていましたときに、救ってくださったのがこちらの方なのです。この方は非常な苦労をしてここにいらした。私の夫となるのはこの方をおいて他にはないのです!」

 そしてヤニックの元に歩み寄ると、手に手を取って、二人で宴の間を出て行った。その間、みんなあっけに取られて何一つ言い出さなかった。

 二人が城の中庭に出ると、見事な金の馬車が空から下りてきた。二人が乗り込むと舞い上がり、間もなく見えなくなった。

 王女はヤニックを自分の父の元へ連れて行き、そこで二人は結ばれた。祝宴は盛大なものだった。やがて老いた王が死ぬと、二文のヤニックは王位を継いで国を治めた。それも、大変賢く治めたのだということだ。



参考文献
フランス民話より ふしぎな愛の物語』 篠田知和基編訳 ちくま文庫 1992.

※ヤニックがお馬鹿なまんま王になったらオリエントの国はどうなるのだろうかと危ぶんでいたが、大変賢く国を治めたのか…。辛い長旅が彼を成長させたのだなぁ…。

 ヤニックがアネチックの策略で王女と別れた後、アネチックだけではなく宿屋にいた人がみんな死んだのはかなり理不尽な気がするのだが、どうだろう。

 獣の王が獣たちを、鳥の王が鳥たちを集めて探しものの情報を集めるくだりは、日本神話で山幸彦が釣り針を探して海神の宮へ行ったとき、海神が全ての魚を集めて、釣り針を知らないか尋ねたのと同じモチーフである。古いモチーフなのだろう。しかしこの話にはキリスト教の影響が出ていて、獣の王や鳥の王たちは、「(キリスト教の)神に命じられて、たまたまその役を請け負っている」とされている。



参考--> 「天まで届いた木」「処女王



かわず女房  日本 新潟県

 あったてんがな。

 あるどき、道端でへんびかわずくわいて、ギーギーと言わしていた。村の独り暮らしの男が通りかかって、棒でポンとへんびを叩いた。へんびかわずをおっ放して逃げて行った。かわずは草むらへ飛び込んで助かった。

 それから二、三日めえて(過ぎて)、ある晩、いとしげな娘が男の家へ来て、「今晩一晩、泊めてくれ」と言う。

「いや、オラ独りもんで、食うもんも、泊めるようなとこもねえし、泊めらんね」

「食うもんは、オラがしる(する)

と言うて、泊まったてや。ほうして、朝げ早起きて、掃き掃除したり朝飯つくったり、クルクル働いたてや。ほうしてその娘は、

「お前、独りのようだが、オレを嫁にしてくれ」

「そうか、お前さえその気だば、なじょも(どうぞ)、嫁になってくれ」

と言うて、嫁になったてや。ほうして、よう働いていた。

 ある日、嫁が

「今日は、実家うちに親の法事があるすけ、遣ってくれ(帰らせてくれ)

と言うて、米一升とお明かし(蝋燭)を持って出かけていった。男は、「かか、どこへ行くか」と思て、後を付けていったれば、裏のせせなぎ(台所仕事用の水洗い場)の中へ、かわずになって飛び込んだ。ちっとめえると(少し過ぎると)、せせなぎにかわず一杯いっぺ集まってきて、ギャク、ギャク、ギャクとやかましく鳴き出した。

 男は(オレのかかかわずであったか)と思て、石を一つ、ポンとせせなぎの中へ投げたれば、ピタッと泣き声が止んだ。

 夕方になって、嫁はゴナゴナ(しょんぼり)して帰ってきた。男が

「親の法事は、なじだった(どうだった)

「いや、とんでもねえことがあって大騒ぎだった。お経の盛りに、どこからか石が飛んできて、お寺さまの頭にぶつかって大怪我しらした」

「そうか、それは大騒ぎだったな」

「お前、見ていたのし(見ていたんだね)。実は、オラはお前に助けらったかわずで、恩返しに嫁になってきた。お前に知られてしもて、もうこれっきりにしてくれ」

と言うて、嫁は帰っていったってや。

 いきがポーンとさけた。



参考文献
『おばばの夜語り 新潟の昔話』 水沢謙一著 平凡社名作文庫 1978.

※異類婚姻譚だが、かなり変わりダネだと感じる。しかし日本に伝わる「蛙の娘と結婚する話」と言えばこれなのだった。




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